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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
三章 争乱の魔女アルクトゥルス
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56.決戦 争乱の魔女アルクトゥルス


天蓋には星の輝き 場は静寂に包まれ、二つの影が相対する


「フシシシシ…」


牙を見せ笑うは 狂気に飲まれた魔女、名を争乱の魔女アルクトゥルス


別名史上最強の戦士、拳の一撃で国全体の地形を変え ただ一人の武を以って国を作り国を滅ぼすことができる、絶対にして最悪の存在


「…………」


それを険しい目で睨み返すのは黒髪紅眼の魔女、コートをはためかせ腕を組む孤独の魔女レグルス


魔の深淵に至ったと言われており、八人の魔女屈指の使い手 その魔術は最早人智を超越しており、曰く 今現在最も万能に近い存在とも伝えられる



アルクトゥルスとレグルス、魔女の歴史に詳しい者なら卒倒する組み合わせだ…何せこの二人は八人の魔女の中でも指折りの武闘派、無双の魔女に次ぐ実力者の二名が揃い踏み 今にも食い合おうとしているのだから



魔女と魔女と戦いは、少なくとも記録される歴史の中では初めてだ…つまり有史以来起こり得なかった未曾有の決戦が始まろうとしている


「はぁ…はぁ、ぐっ…」


そんな戦いを見逃すまいと エリスは痛む体を引きずり 戦いの見える場所にしがみつく、何が何でも それこそ死んでもここを離れまいとする為に、目をかっ開いて観戦する


「エリス、…危ないから下がるんだ それにお前は今瀕死の傷を負って…」


ラグナが引き剥がそうとするが無視して観戦する、離れるわけにはいかない 見ないわけにはいかない、だってこれから起こる戦いは確かに恐ろしいものではあるが、言い換えれば魔女の弟子たるエリスにとっては…いずれ至る高みに昇った者同士の戦い


絶対に見なくてはならない



「…くくく、なら…やるかァッ!レグルスッッ!」


「ふっ、…言われずとも…」


そして…始まった、轟音が響き 今レグルス師匠とアルクトゥルスの闘志がぶつかり合い…っ!戦いは始まった………






まず巻き起こったのは爆風、全てを吹き飛ばす程の爆風が二人の間で炸裂した…何魔術ではない、ただ単純に二人の拳がぶつかり合っただけだ、ただそれだけで大地は割れ 空気は揺れ 周りの全てが消し飛んだだけで…


続くのはアルクトゥルスの蹴り、大地を跳ね上げるような重厚な蹴りが何の前触れもなくレグルスに飛ぶが、それをレグルスは片手でいなす 受け止めるのではない ただほんの少し横に力を加え打点をずらしたのだ


しかしそれを読んでいたかアルクトゥルスは一瞬で態勢を立て直すと生まれたレグルスの隙目掛け拳が飛ぶ 本命フェイントを織り交ぜた乱撃 数えるならば百を超えるそれが一瞬というあまりにも短い間に殺到しレグルスに襲いかかる…がしかし 、レグルスもまたそれも無駄であると言わんばかりに片手でいなしていく


時に腕で時に肩で、時に体全体を使いするりするりと拳の雨を抜け、お返しにと掌底がアルクトゥルスの腹に突き刺さる


合理を突き詰めた掌底とは ただそれだけで岩を粉砕する、しかし岩と魔女の腹筋を比較してはいけない 、事実レグルスの一撃を受けてもアルクトゥルスは仰け反るどころか痛がりもせずに返す刀で貫手を放ち、レグルスはそれを……



………刹那にも満たぬ時間の最中、息が触れるほど距離で行われる無限の攻防…この場にいる魔女以外の存在には、まるでレグルスとアルクトゥルスの間でいきなり爆発が起こったようにしか見えないだろう


その実 レグルスとアルクトゥルスの間では芸術的とも言える拳と拳のやり取りが行われていた


そんな攻防の乱撃を先に制したのは、アルクトゥルスであった


「ぐっ…」


「ハッハハハー!」


レグルスが口元に血を流しながら一歩引く…やられた、上手く防御を誘導され フェイントに引っかけられ、避けても守ってもどうにもならない一撃腹に叩き込まれたのだ、ただの一撃でレグルスの内臓は張り裂け 血が口からこぼれ出る


接近戦ではレグルスが不利だ、力と力でやり合えば恐らく互角、されど 殴り合えばレグルスは勝てない


何故か?それはアルクトゥルスという女がこと接近戦においては無敵の強さを誇るからだ


嫌がるレグルスの後を追い アルクトゥルスは一歩詰める、その一歩でレグルスの取れる選択肢は凡そ一万と四千程消えた 、全て考えて置かれた一歩だ


アルクトゥルスはその筋骨隆々の姿と荒々しい性格からよく誤解されるのだが、彼女はただ誰よりも力が強く誰よりも速いだけの超絶技巧派の戦士、つまり戦術や戦略といったテクニックこそ彼女の最たる武器なのだ


彼女は八人の魔女の中で誰よりも頭がいい、脳の回転スピードや思考のキレは随一だ、常に綿密な戦闘理論と算術を用いて確実に相手を落とす為に戦況を進めていく


「チッ、、相変わらず凄まじく強いな アルクトゥルス!」


「オメェが考えなしなのさ!」


振るわれるアルクトゥルスの拳、これをレグルスが防いだら次はどうするか 避けたら次はどうするか、何十 何百手と先を読み 結果的に敵を倒すという所に話を落ち着かせる、これが争乱の魔女の戦い方…未来視にも近い予測と演算を高速の白兵戦で行えるのが彼女の強みだ


「くっ…」


そんなこと、レグルスだって知り得ている このまま流されるように戦えば、そう遠くない未来アルクトゥルスの拳がレグルスの頭蓋を砕く、分かってはいるが何をどうやってもアルクトゥルスの計算を凌駕出来ない


必死にアルクトゥルスの攻撃を凌いでも それすら予測通り、次なる手は更に鋭くレグルスに王手をかけに来る、拳を蹴りで防ごうが 叩いて払おうが関係ない、読まれる 次の手を常に読まれている


「おせぇ!」


「ぐふぅっ…!」


また一手、アルクトゥルスが取った レグルスの防御と回避の間を的確に読み、まるでそこに来ることが分かっていたかのように放たれた拳がレグルスを捉え、衝撃波が背後まで響き 後ろの岩を粉砕する


「げほぉぁ…くそっ」


「ハハハハハハ!、オレ様に殴られても死なない奴なんてやっぱお前らくらいしかいないぜ!、たまんねぇなぁ!レグルスゥァ」


攻める攻める、猛烈に 苛烈に 激烈に、飛んでくるのは一撃で山を割るような砕拳の連打、しかしもそれを一つ凌ぐ都度レグルスの形成は悪くなり また一度 もう一度とクリーンヒットを貰う、こめかみに 顎に鳩尾に…凡そ急所足り得る部分を的確に打ち抜き確実に仕留めようと迫り来る


孤独の魔女とまで謳われたレグルスが、まさにサンドバッグ状態 防御も回避も意味をなさなさずアルクトゥルスの両の拳に振り回されるように踊らされる


分かっていた、レグルスは最初から分かっていた、近距離ではまるで勝ち目が無いことに、アルクトゥルスのあの太い両腕 あれが届く範囲は彼女の世界だ、その世界では誰よりもアルクトゥルスが強い…


だからこそ、引き込む…戦いの流れを、アルクトゥルス側から こちら側へ


「ふぅ………」


小さく、吐息を吐くレグルス…拳打の雨晒し状態の中 極めて沈着に努めて冷静に、落ち着かせるように 息を吐く


「ッ!…やっと本気出すかい」


その吐息をアルクトゥルスは知っている、レグルスと深く関わった者なら誰もが知っている 魔術発動の前の予備動作、レグルスはいつも詠唱をする前に息を吐く癖がある


普通ならば、アルクトゥルスに取って魔術は恐るるに足らない 、長々と詠唱を口ずさむ間に彼女は千を超える拳を叩き込める、だが相手がレグルスであれば別 魔の深淵に至ったコイツの魔術は、もはや魔術であって魔術では無いのだから


「くっ!」


アルクトゥルスは咄嗟に構える 防御の姿勢を…そして


「ッッーーーーッッ」


刹那の間に発動する、爆裂 落雷 大瀑布 凡そこの地上にあって経験し得る災害と呼ばれるそれが大挙してアルクトゥルスの前に現れ、奔流を成しその体を飲み込む


「っっぐぉぉっっ…!!!」


アルクトゥルスが回避の暇さえなく苦悶の声を上げる、いや そもそも詠唱さえ無くレグルスの魔術は発動して…


「ッッーーーーッッ」


「チッ、いてぇじゃねぇか!」


今度は突風が千刃を作り出し大地ごとアルクトゥルスを切り裂く、次から次へと飛んでくる 詠唱という予備動作無しに アルクトゥルスの周囲で火が 水が 風が 土が 雷が 熱が 冷気が 森羅万象全てが一つのうねりに 攻撃となり、その身を傷つける


…詠唱という予備動作無しに、というのには些か齟齬があった…あるのだ、この魔術の雨に一応詠唱はある…だが


「ッッッーーー」


聞き取れない程早いのだ、音速を超える音 とは意味の分からない話ではあるが、事実レグルスの詠唱は音速を超えている、瞬きの間に応酬する魔術 その全ては瞬きを超える速度で詠唱を唱えるレグルスの詠唱スピードにあった


彼女の前では詠唱の隙などあってないような物


「ッッーー」


鳥がな 泣くような甲高い音がレグルスの口からキュるりと鳴ると、その掌から爆風と火炎が同時に放たれアルクトゥルスの胴に炸裂する


「ぢっ…、一気に自分の土俵に持ち込みやがったな」


「ッッーー」


アルクトゥルスが嫌がり離れると、そこに向けて鋼の刃が降り注ぐ、大地が割れて溶岩が吹き出す 、絶対零度がその身を凍りつくす…速い、アルクトゥルスが拳を放つよりも早くレグルスの魔術はアルクトゥルスを責め立てる


レグルスの必勝パターンだ、敵に息を吐かせる間も無く怒涛の魔術で圧殺する…それこそが孤独の魔女レグルス本来の戦い方…その一つだ


「ッッーー…アルクトゥルス、頭に血がのぼると周りが見えなくなるのは変わらんようだな」


「あ?…」


レグルスがほくそ笑む、アルクトゥルスをバカにするように…、しかしアルクトゥルスは切れない いやその挑発に乗る間も無くアルクトゥルスの四方を囲む無色透明の箱が現れ、外界とアルクトゥルスの居る内界を完全に断絶する


「封印魔術『絶界八宝狩籠』…悪いな やはり貴様と真っ向勝負では勝てる気がせんのだ、許せ」


「封印魔術だぁ?…これで閉じ込めたつもりかよ」


「閉じ込めたのでは無い、我々の居る世界とお前の居る世界を別々に切り分けたのだ、今のお前の世界はその四方の範囲だけだ、外などない…お前に使うのは初めてだったか?」


封印魔術…古式魔術のうちの一つであり レグルスしか扱うことが出来ないと言われる対象を完全に無力化し封ずる魔術、何故これがレグルスしか扱えないのか?


それは単純…べらぼうに詠唱が長いのだ、普通の人間が唱えれば半日は要するほどに…だが超高速で詠唱を行えるレグルスならばそれを戦闘中に扱える、あまつさえ別の詠唱に組み込みながら詠唱するという離れ業を用いて戦いながらこの魔術の準備をすることが可能なのだ


「けっ、これで勝ちっていうつもりはねぇよな?、今に世界の壁くらいぶち破ってテメェの脳髄ぶちまけて啜ってやるさ…」


「分かってるよ、最上級の封印魔術でさえ時間稼ぎにしかならぬことは、だから…そこはお前を入れておく檻ではない、貴様を殺す 断頭台だ」


「断頭台…うぉっ!?マジか!」


レグルスが目の前で拳を握ると 予め用意されていた魔術の雨が、アルクトゥルスの閉じ込められた箱の中で爆裂する いや爆裂するだけならいい、その爆裂が呼び水となり連鎖的にレグルスの大魔術が発動し、まるで壺の中に水を満たすが如く その箱の中に魔術が充満する


逃げ場などない、閉じられた世界全てを砕かんばかりに降り注ぐ爆炎や爆雷はアルクトゥルスの体を飲み込んで消し去っていく、世界が閉じられてまわりに被害が出ないことをいいことに全霊の魔術を次々炸裂させていく


容赦ない、一切の容赦がない かつての友に対し一抹の迷いもなく、表情一つ変えることなく、まるで作業でもするかのように淡々と魔術を発動させ続ける…きっとこのままアルクトゥルスの耐久力が尽きるまで嬲り続けるつもりなのだろう


そう誰もが思っていた、レグルス以外が…


「む、もうか」


意外そうにポツリとレグルスが呟くと 魔術の連鎖発動をやめ急いでその場から離れる、のと同時に 閉じられた四方の世界、それを滅ぼし尽くさんが如く爆裂を続ける魔術の雨の中から…まるで鐘の音のような低い声が響いてくる


「…鬼に会うては鬼を穿つ、仏に会うては仏を割る…我が手には山を割る剛拳を 我が足には海を割る豪脚を、我が五体に鬼神を宿し…我今より修羅と成る『紅鏡日華・三千大千天拳道』」


爆ぜ飛ぶ、レグルスが作り出した世界を隔てる四方の壁が 内側から押し出されるように膨張し、風船のように爆ぜてその破片がチラチラと宙を舞い 虚空へと消えて行く、レグルスがあれだけの魔術を炸裂させても微動だにしなかった封印魔術が容易く…


「テメェが魔術使いたい放題なら、こっちも使わせて貰うぜ…付与魔術をな」


砂塵を纏い 爆ぜた封印魔術の内側から現れるのは 、言うまでもない アルクトゥルスだ、数百の魔術をその身に受けてなお 大した傷を負うこともなく悠然と歩いて出てくる…


ただ少し、前と違う点を挙げるとするならばアルクトゥルスのその体がドス黒いの輝きを放ち 先程までとは段違いの威圧を放っていることだろうか


「付与魔術か…お前もようやく本気というわけだな」


付与魔術…アルクカースで主力として使われる魔術をアルクトゥルスは使ったのだ


武器に魔力を纏わせ発動させるアルクカース特有の魔術体系、当然ながらアルクカースを統べるアルクトゥルスもまたそれを使える…というか、この国に存在する全ての付与魔術の祖たる彼女が使う付与魔術こそが唯一無二の本物 名を『古式付与魔術』


魔力の流れに耐えられる頑丈な武器でないと使えないそれを使うには当然 武器がいる、ならアルクトゥルスは何に纏わせたか?


「嘘だろ…アルクトゥルス様 自分の肉体に付与魔術をかけて、自分自身を強化している」


ポツリと遠巻きに観戦しているラグナが呟く、そう アルクトゥルスは頑強な武器でないと使えないそれを 生半可な武器に使えば魔力の流れに耐え切れず破裂してしまうそれを、体にかけたのだ


ラグナは絶句する、そんなこと出来る人間を見たことがなかったからだ、いや試したことがある人間は見たことがある、苦し紛れに自分にかけて自分自身を強化しようとした者を見たことがあるがそいつの末路は凄惨で腕が弾け 足が弾け 悲鳴をあげながら頭が爆ぜた…


無理なのだ、鋼鉄製の武器でやっと耐えられる付与魔術の負荷に耐えるなど人間には不可能、何せ肉体全てを鋼鉄のように鍛え上げられる人間はいるがそれ以上に鍛え上げられる人間などいやしないから


だがそんな常識 アルクトゥルスには通用しない、彼女はそんな常識軽く超越し 自分の体に付与魔術をかけたのだ それも…


「三千か…相変わらずデタラメな量だな」


レグルスが憎々しげに呟く、三千 それは魔女アルクトゥルスが今し方自分に付与した魔術の総量だ、ジャガーノートの七百五十を遥かに上回る絶大な量の魔力がアルクトゥルスの体の中と外で迸り爆ぜ飛び散る


「テメェには三千位で充分だろうが!、クハハハハ!こっから第2ラウンドだ!耐えろよレグルス!」


その雄叫びと共にアルクトゥルスが踏み込む、その踏み込み一つで大地が盛り上がり その全てが崩れ去り 圧倒的エネルギーの奔流を纏いながらレグルスへと向かい……





「な…なぁエリス、何が起こっているのか理解できるか?」


「いいえ、分かりません 何も見えません」


そこからはもはや、観戦など出来なかった 魔術を完全解放したレグルスと三千の付与魔術をその身に宿したアルクトゥルスの、魔女と魔女のぶつかり合いは見ることさえ叶わないのだ


レグルスの魔術とアルクトゥルスの拳がぶつかり合った時に生まれる光が何重にも生まれ続け、直視すれば目が潰れてしまうほどの光を放っていた


二つの光はぶつかり合いながら星を輝かせる天へと登って行く、まさに神話の戦いだ…理解の及ばない領域で理解の及ばない何かを使いながら理解の及ばない人達が戦っている、あれが史上初めて巻き起こった魔女同士の戦い


もはやどっちが勝つのだろう、なんて不安どこにもなかった 只々ラグナとエリスは圧倒されていた


「なぁ、エリス…君はいつかあの領域まで行ってしまうのか?」


「…………行きます、それがエリスの使命ですから」


だが理解出来ないのは今だけだ、いつか必ず あの人達と同じところまで登ってみせる、そう決意しながらエリスは、見えなくとも師匠の戦いを感じるために空を仰ぐ…


…………………………………………



「だぁぁぁあぁあっっらっしゃぁぁっっっ!!!」


「ッッッーーーーー!!!」


私とアルクトゥルス…魔女同士の決戦の地は 軍事大国アルクカース上空、静謐な星空の戦場へと移っていた


旋風圏跳を使い音を追い抜き飛ぶ私に向けて、幾千もの閃光が煌めく あの星空を覆い尽くすような光の線 あれが全てアルクトゥルスの攻撃だ、奴は虚空を蹴り飛ばし空を飛び…この星空を乱れ飛ぶように何度も何度も私に向かって体当たりを仕掛けてくるのだ


「くっ…隼か貴様は!、『多重防壁大陣』!」


腕を振るい 虚空に壁を作る、風の壁岩の壁炎の壁氷の壁、この世界を構成する全てを使い奴のスピードを少しで減速させようとするが


「こんなもんでオレ様が止まるかよぉぉぉぉあああああっっ!!!」


そのどれもが一瞬でぶち抜かれる破片となって空を舞う、くそっ カケラも止まらん!奴の勢いは止まるところを知らず夜空にジグザグとした光の軌道を残しながら再度私目掛け飛んでくる、今度はただの体当たりじゃない…私に接近するほんの一瞬を狙い蹴りの連撃が飛ぶ


「がぁっ…ぐぅ!」


それら一つ一つが私の体を的確に打ち抜いていく、素の状態のアルクトゥルスの体術ならまだ何とか私でも対抗出来るが、付与魔術を纏ったアイツの体術はもう誰にも止められない、私最大の防御力を持つ封印魔術を余波だけで吹き飛ばしてしまうのだ、止めようなど思うこと自体が間違いだった


「フハハハ!!もっとやれよ!もっと本気出せよ!もっとお前は強いはずだろ!何手ぇ抜いてんだぶっ殺すぞ!」


離れたと思えば次は拳で空気を弾き砲弾のように飛ばしてくる、一発一発ならまだ可愛いが それが雨のように連射される上的確に私を捉えてくる、旋風圏跳で急加速急停止を繰り返し、目まぐるしく移る変わる戦場を把握しながら飛び回る 拳空弾の雨の隙をついて突っ込んでくる乱打 …その広大な空という環境をアルクトゥルスは完璧に生かして戦っていやがる


アルクトゥルスめ…本気を出せだと?バカ…本気を出せばなるだろ 殺し合いに…!、そうなればもう取り返しがつかない、私はこいつを殺したく無い!


「バカが!少しは落ち着…ぐっ!?」


音の壁を突き破りながら突っ込んでくるアルクトゥルスに 苦し紛れで接近戦を挑むがまるで相手にならない、一瞬で避けられると共に腹に手痛い一撃をもらう、くそ…守りでは勝ち目がない、もはや攻めるしかない アルクトゥルスの苛烈な攻めを超える勢いでこちらも攻める


「風よ、集え…耳あらば我が声を怖れよ 目あらば我が威を恐れよ、心あらば我が力を畏れよ!、那由多の凛風は今この号に従い天籟響かせその轟で天趣へ至り、無辺万象へと吹き荒ぶ大颪となりて 一条の破壊を地上に為せ…」


大空が揺れる あり得るはずもない天空の地鳴りが起こる、違う 集っているのだ…この無限と言えるまでに広大な空を覆う、全ての風がただ一点 私の集まり凝縮されていくのだ


幸いここは空、多少無茶したって 被害はまぁ軽微で済む!、世界一つ分に相当する風は 私の手に収まる程にまで圧縮され…


「『九霄巨門 神天壊』!」


その総てが一点へと吹き出し、絶対的な力を生み出しアルクトゥルスを捉えると


「ぬぉ…ッーーーー」


刹那 叩き落とす、放たれるだけで周囲の雲をまとめて吹き飛ばしてしまうような衝撃波を伴いながらアルクトゥルスの体は天風に攫われそのまま地面に真っ直ぐ進んでいき…やべぇやりすぎた



大地へとアルクトゥルスの体が叩きつけられる、飛んで行ったのはホーフェン地方の方か、山々に包まれたその広大な大地は一条の隕石のように飛んできたアルクトゥルスを受け止め、ホーフェン全ての大地が粉々に吹き飛び天空にまで砂塵が飛んでくる


山は砕け散り 森は消し飛び 平原は巨大なクレーターと化した、やり過ぎた…いやまぁ地上で撃ってたら余波でアルクカースが半壊していたと考えれば ホーフェン地方一つ消滅しただけで済んだのは幸いか


さて、アレでどれだけダメージが与えられたか……




「ッハッハーーー!!!、レグルスゥゥゥーーーッッッ!!!」



粉々に砕けたホーフェンから獣の叫び声が聞こえてくる…まだまだ元気そうだ、着実にダメージは与えられているはずなんだがな、やはりこのままでは千日手か?…私が真の姿を解放すれば瞬く間に終わるが…


だがダメだ、私がそれを解放すれば相手もまた使ってくる そうなれば今度消し飛ぶのはホーフェンではなくこの国だ、今打てる手だけで奴を倒すしかないが…あの無限のタフネスを持つアルクトゥルスをノックアウトする方法が思いつかん


「だがやるしかないな、アルクトゥルスは本気だ…本気で私を殺しこの国を破壊するつもりだ、友に…そんなことさせてたまるか!」


胸の内に久しく燃えあがる何かを感じながら、私は風に乗りホーフェン跡地へと飛び立つ、これ以上長引かせればこの国に響く 次で決着をつけたいが 如何にと目を鋭くしている間にもホーフェンへと到着する


継承戦の舞台だったこの地はもう元の姿など無く、アレだけ広がっていた山も総て崩れ、今ここにあるのは巨大な瓦礫と盛り上がった大地と


「ァガァァァアアアアア!!!、体が…体が熱い!熱いんだよレグルス!もっとやろう!もっと本気でやろう!殺しあうぜオイィッ!」


昂り狂うアルクトゥルスの姿、アイツの体から漏れ出る魔力で足元の岩がグツグツと溶けていき まるでこの地一帯が火口でもなったかのように大地が燃え上がっている


「目を覚ませアルクトゥルス!、お前はそんな下等な物言いをする女じゃなかったろう!」


その火口に降り立ち、アルクトゥルスを睨みつける そうだ。…こいつはこんな下品な奴じゃない、戦いの中に意思を持ち 高潔な信念を貫く戦いを好んだ、それが今はどうだ 戦うために戦い 殺すために殺す、そこになんの意味もない


「今の貴様が振るおうとしているのは お前が一番嫌った意味ない暴力ではないのか!、お前の拳は…意思を貫く為の高潔な刃じゃなかったのか!アルクトゥルス!」


「うるせぇ…うるせぇんだよレグルス!、何言ってるか聞こえねぇよ…もう何言ってるかもわからねぇんだよ!」


拳が振るわれる、ただそれだけで大気が砕け衝撃波音を追い抜き飛んでくる、この私が前動作を読んでかわすのがやっとだ


「っ…聞こえないなら、体に刻んでやる!炎を纏い 迸れ轟雷、我が令に応え燃え盛り眼前の敵を砕け蒼炎 払えよ紫電 、拳火一天 雷神降臨 殻破界征、その威とその意が在るが儘に、全てを叩き砕き 燃え盛る魂の真価を示せ『煌王火雷掌』」


紫電豪炎を纏った拳を腰だめに、アルクトゥルスの無防備な腹へと突き刺すように打ち放つ、炎は弾け雷は爆ぜ 我が拳と共にアルクトゥルスの鋼の肉体を穿ち抜けば、奴は体をくの字に曲げその動きを止める…


「かはっ…は…ははははははは、効かないねぇ」


がしかし、全く効いた様子が…マズいっ!


「突きのやり方がなってねぇ、拳骨ってのは…」


アルクトゥルスが一瞬で構えを取る、足を地面に突き刺すように踏み込めばその巨体に乗る体重が一縷の無駄もなく前方へと移動する


「こうやって…」


その勢いを殺さぬままミシミシと音が出るほどに拳を握りしめ 弓を引くように思い切り振り絞り


「打つんだよッ!!」


刹那、流麗極まる流れから一転激流のようにアルクトゥルスの拳が火を噴き私の顔へと叩きつけられる、防ぐ 避ける 対処する…そんなアクション何一つとして出来ない、打たれるとわかっていても何も出来なかった ただ一拳を極め抜いたアルクトゥルスの究極の一打は不可避にして必殺…そう 必殺だ、これを受けて立ち上がった存在を私は未だ知らない


「っっっぐげぶぅぁっ…」


気がついたら私は大地にめり込んでいた、アルクトゥルスの体が豆粒のように遠くに見える…一瞬でこんな吹き飛ばされたか、ごぶぅ…ダメだ血が止まらん、内臓をいくつもやられた こんな傷だらけになるのはいつ以来か


「げぼっ…げぼっ…くっ」


咳き込めば夥しい量の喀血が飛び出る、この場に鏡があれば見てみたいよ 自分の今の姿を、さぞ生きているのが不思議な姿をしているに違いない


魔女は不老にあって不死あらず、殺されれば死ぬ…もし私がこのままアルクトゥルスに負ければ私はきっと長い生に幕を閉じることになるだろう、昔なら…仲間の手によって葬られるならそれも良しとしたが


今はそうもいかない、私にはエリスがいる エリスには私しかいない、あの子が一人前になるまで死ぬわけにはいかない


「がはぁ…はぁ…はぁ!」


血を吹きながら立ち上がる、さぁ立てたぞアルクトゥルス!貴様の必殺の一打を受けて!


「立ったか、流石はオレ様のライバル、殺しがいがあるぜ」


「アルク…トゥルス…!」


豆粒のように離れていたというのに、もう目の前まで来ている…くそが…立つには立ったがこちとら意識が朦朧としているというのに、もうさっきみたいな殴打戦には付き合えんぜ


「オレ様の必殺の一撃を受けて立ったのはお前が初めてだ…が、言っちまえばただの突きを受け止めただけだぜ?、オレ様の最大の奥義はまだ残ってる…分かるよな」


そうだ、今のはただのパンチだ 本気で打ったが全霊の一撃ではない、アルクトゥルスには付与魔術を用いた技がまだまだある、そしてそれら全てを上回る最強の奥義もまだ…


「お前なら、オレ様の全てを受け止めてくれそうだ…次は全霊で行く!受け止めてくれやレグルス!」


そういうとアルクトゥルスは私にとどめを刺すでもなく、天へと飛び上がり 垂直に垂直に登っていき…い いやまさかアイツ全霊って!


「十大奥義を用いるつもりか…!」


奥義…そう奥義だ、あの第二王女が用いていた子供騙しとは違う本物の奥義、一説によれば この世に伝わる数多の奥義 武術…その全ては一つの武術から始まっているという、開闢の武術 古式武術とでも言おうか

名を『無縫化身流拳術』、拳法の根源にあるのは模倣だ…獣を模倣し 自然を模倣し 神を模倣する、化身のように全てをその身に宿す全ての武術と全て付与魔術の始祖


アルクトゥルスはその無縫化身流拳術最後にして唯一の継承者なのだ、…そしてその拳術に伝わる十の奥義 すなわちアルクトゥルスの持つ正真正銘の最大技


「アハハハハ!滾る!滾るぜ!やっと全霊を出せる!やっと全力で暴れられる!ずっとこの時を待ち侘びたんだ!オレ様自身の完全開放…それがようやく ようやく!」


雲を超えるほど天高く飛び、星空を背にアルクトゥルスはこちらを見下ろしている…間違いない、使うつもりだ 奥義を…、奥義とはいえただ手で撃つだけの技でしかない そんなに恐る必要はない…と思うか?、そんなことあるわけない


争乱の魔女アルクトゥルスの全霊は全ての魔女の中で最も高い破壊能力を持つ、アイツが使う奥義はそれこそ大陸さえ叩き割る…あんな空高くから撃てばそれこそこの大陸が砕けるかもしれない


なら受け止める?受け止められるのか?受け止めるには同じく大陸を砕く程の魔術をぶつけるより他ないが、そんなものをアルクトゥルス個人に撃てば今度はアルクが死んでしまう…、アルクトゥルスはそれを分かってる 分かった上で奥義を使おうとしている、まさしく捨て身の攻撃…


「我が身に宿しは強き風…、人を超えし 大いなる風…十在りし化身 その第一の化身よ顕現せよ」


手をなだらかに動かし 独特の構えを取るアルクトゥルス、撃ってくる …もう止めるしかない、止めるしか…でも私はアルクを失いたくは…


っ!、ダメだ!ここで迷ったから!私は以前の選択を誤ったのではなかったか!、もう二度と同じ過ちを犯しすまいと誓ったんじゃないのか


「っ!…魔力臨界…」


全身に魔力を滾らせる、いや溢れさせる アルクトゥルスの魔力によって支配されたこの空間が 引き裂かれ形を変えていく、奴が全霊を出して全てを壊そうと言うのなら 私も全霊を出し迎え撃つ、必ず止める たとえアルクトゥルスを殺すことになっても!


「殺す気で止めるさ!だが死ぬなよ…アルクトゥルス!」


祈るように叫び私もまた同じように構える……


スピカには治癒魔術 アルクトゥルスには付与魔術と得意な魔術分野が存在するように、私にもまた得意な魔術が存在する 火を操ったり風を操ったりなんて元素魔術は使うのが楽だから用いてるだけだ、口を割らせたり縄を作ったりする数多の魔術もただ使えるから使っているだけ、私の本分ではない


エリスにも見せていない エリスにも教えていない、私の得意分野…それは


「ふぅー…色不異空 空不異色 色即是空 空即是色、この世は在るようにして無く 無いようにしてまた在る、無とは即ち我であり 我とは即ち全であり 全とは即ち万象を意味し万象とはまた無空へ還る、有は無へ転じ 万の力は未生無の中ただ消え去る」


大地が色を失う 空気が音を失う あれ程荒れ狂っていた周囲の自然が、命を失ったかのように寂静の中虚ろへと消えていく、我が最奥にして私が孤独の魔女と呼ばれるもう一つの由来、名を虚空魔術…


「ッハハハハハ!やろうぜ!ぶつかり合おうぜ!レグルス!レグルスゥァァアア!!、第一の奥義 『風天 終壊烈神拳』ッ!」


雄叫びとともに放たれるアルクトゥルスの拳…いやそれによって生まれる拳風、極限まで鍛えられた肉体と究極の技を持ってして放たれる拳は、ただそれだけで極大魔術級の風と衝撃波を生み出す、私の頭上には星天を覆い尽くすほどの巨大な衝撃波が天を引き裂きながら迫ってくる、まるで空が落ちてきたみたいで圧巻だな


あの烈風がアルクカースに落ちれば、ただそれだけで衝撃でカストリア大陸は砕け散る、その反動で海は吹き飛び 世界は未曾有の大混乱へ陥ることとなる…だがさせない


我が愛弟子が生きる世界を 歩む未来を ただの暴力如きに潰えさせてなるものか


「……『天元無象之理』」


アルクトゥルスの奥義を迎え撃つ…その為に手を広げるように詠唱を終えれば、我が虚空魔術は発動する


放たれたのは 白だ、光ではない力ではない、ただただ白い輝きが我が体より出でて 降り注ぐ巨大な衝撃波へと、天へと昇っていき…そして


両者の奥義はぶつかり合った…否 ぶつかり合わない 、我が魔術を難める物は『何も無い』、天へと昇った白い輝きは 一瞬で全天を覆い尽くし…そして




何もかもが消えた



無音、…何も音はしない


無景、…何も見えない


無空、…何も無い


私がアルクトゥルスの奥義に対して放った魔術 虚空魔術とは、その名の通り 凡ゆる物を無へと転じさせる絶対消滅魔術、我が魔術の前では力は無力となり 人は無人になる、即ち 何もかもを完全に消し去ることが出来る魔術だ


この魔術が触れた部分は削り取られるように綺麗さっぱり消えてしまう、それを空へ 空を覆う全てに向けて放ったのだ、防御は無駄 回避は無理 私が魔術を放った時点で全ては消える定めとなる


先程まで轟音響かせ迫ってきた衝撃波…否 力の奔流は最初から何もなかったかのように消えてしまっており、世界には無音が響いている…


なら、その背後にいたアルクトゥルスはどうなったか?消えてしまったか?、バカ言え 友を消せるか、今使った魔術は『万物に宿る力を消し去る魔術』即ちアルクトゥルスの放った力の権化で在る奥義は 力は消え去り、その背後にいたアルクトゥルスは


「が…ぁ、オレ様の…魔力が…力が…かは…」


その体の魔力と力を一時的に奪われ、力なく大地へ降り注ぎ 受け身も取れずに大地へ叩きつけられ岩の中へとめり込み、呻いている


…ふぅ、生きてるか…危なかった いや私がでは無いアルクトゥルスがだ、この魔術はあらゆる力を奪い去る、当然魔力さえも…しかし魔力とは即ち魂だ、下手をすれば魂まで消え去りアルクトゥルスが死んでしまうう可能性があったが故に最後まで使用を渋ったが…、やはりこいつはしぶといようだ


「体から …力が抜けていく、オレ様の…何もかもが抜けて…」


「もう立つな、と言っても立てんだろうが…勝負ありだアルクトゥルス」


「レグ…ルス…」


遥か天井から墜落したというのにこの女は未だ生きているばかりか 意識さえある、まぁ奪ったのは力だけ 肉体の頑強さは別だしな


立ち上がろうと蠢くアルクトゥルスの前に立ち、吐き捨てる…


「これで目は覚めたか…?」


「ぁ…ぁー…目…か、わか…らん だが……ああ、痛みもねぇ…頭の…痛みも オレ様の力と一緒に抜けていった……今は酷く…いい気分…だ…」


そういうアルクトゥルスの力ない目は 先程まで溢れていた闘争心と共に その奥でアルクを蝕んでいた『何か』も共に消える、多分暴走は治ったようだ


いや、実は予想はついていた 八千年前から暴走の原因とは何かずっと考えていた、その仮説の一つが当たってしまった、アルクトゥルスの暴走とはきっと物凄く単純で普遍的な理由だ


それはきっと、名付けるとするなら『魔力暴走』…八千年という長い長い 悠久と言える時の中、全力で魔力を発散する機会にも恵まれずただただ内側に溜まり続けた莫大な魔力が逆流して魂にまで影響を与えてしまったのだ


故に魔力を無くせば きっと、元に戻れる……だが同時に思う


これはアルクトゥルスだけに言える話ではない、むしろ魔女全員に起こり得る話だ…そう 私にさえ、…私は…いつか私を見失ってしまうのだろうか 、出来ればそれは エリスが生きている間には起こってほしくないな


そう物思いに耽る間にもアルクトゥルスは安らかに 息をひきとるように目を閉じて…そして……


「…意識を失ったか、まぁ命までは取ってないし 死にはしないが、これで落ち着いてくれればいいんだが、…取り敢えず運ぶか、こいつにゃエリスに謝らせねばならんからな、…ぐぇっ!?重っ!クソこの筋肉ダルマが!」


悪態をつきながらもアルクトゥルスの体を運ぶ、意識はなくだらりと垂れた体はこれ以上ないくらい重いが、とにかくこいつを運んでエリス達のところへとっとと戻ろう



……………………………………………………


「『リカバリーオラトリオ』」


エリスの傷ついた体を慈悲の癒光が包み、その傷を忽ちに癒していく…ナタリアさん程的確にでは無いが、それでも中々のスピードでエリスの体から痛みが消えていき


「エリスちゃん?元気になった?」


「はい、ありがとうございます アスクさん」


そう言いながらエリスに手を翳し 傷を癒してくれるアスクさんにお礼を言う、どうやらベオセルクさん 後方支援として治癒魔術を使えるアスクさんも連れてきていたようで、師匠とアルクトゥルスが決戦の場を移したあたりで みんなの傷を直しにアスクさんが来てくれたのだ


「よかった、まだ辛かったら言ってね包帯たくさん在るから!」


「も…もう大丈夫です」


「これで怪我人は全員か、アスク連れてきたわりにゃあんまり被害は出なかったな」


そう言ってエリスの隣に立ち周囲を油断なく見渡すのはベオセルクさん、彼に習いエリスもまた周りを見渡す、もはやこの地下施設は地下とは呼べない有様に変わってしまった、黒服達はみんなホリンさんに倒され ブラッドフォードもリオンさんに敗れた…


ちなみにホリンさんは敵を倒した後酔い潰れて寝てしまった、一応世話はリオンさんがしてくれているみたいだから大丈夫だと思うが…しかし本当に宴の真っ最中に引っ張ってこられたんだな



そして跡地と化した地下施設の中央に一人で立つ…、ジャガーノートはアルクトゥルス様に一蹴され、それら全てを束ね永遠の戦争を作り出そうとしていたラクレスさんは


「これが魔女の力…これが力の極致、…こんなにも…差があったとは…、我が野望は 全て…無駄だったか」


先程から跡形もなくなったジャガーノートと地下施設を眺めて呆然としている、そんな兄にベオセルクさんはすっかりやる気をなくし 、その場でリオンさんが連れてきていた餓獣戦士団の指示を取り始め 、職人達の救出と回収出来そうな書類の確保に動いていたの


ちなみにホリンさんは酔い潰れて寝てしまった、一応世話はリオンさんがしてくれているみたいだから大丈夫だと思うが…しかし本当に宴の真っ最中に引っ張ってこられたんだな


「ラクレス兄様…」


そしてラグナは今 呆然と膝をつくラクレスへと歩み寄り 声をかけている…


「ラグナか…、兄を哀れと笑うか?お前の言う通り私の戦いには意味がなかったようだ…力を持ってして戦いを起こそうとしても更なる力によって淘汰される、どれだけ力を求めても世の中上には上がいる 絶対的な力と永遠の闘争などこの世にはないんだ、いや それこそ魔女なのか…」


ラクレスさんは自傷気味に笑う あのジャガーノートがあれば魔女にも対抗できると踏んでいたのだろう、いや事実エリスも思っていた 魔女にも届くのではと、だが実際は違った 届くどころか攻撃ですらない衝撃でジャガーノートは消し飛び、オモチャ呼ばわりされたのだ…エリス達が想像している以上に魔女は怪物だったんだ


「はい やはりラクレス兄様は間違っていました、ですが笑いません 間違えることは別におかしいことじゃないので、俺もたくさんのことを間違えましたから」


「そうか…いや、君は間違いを間違いと認めたから強くなれたのだろう、間違いを指摘されても頑なに認めなかった私と違い…ね、ははは 滑稽だな…戦いに囚われ戦いを見失い 王としての責務も放り出しこんなものに傾倒するなど、私は なんと弱いのだ…人として 王子としてあまりに弱すぎる…」


力なく項垂れ 己の過ちを認め小さく呟く、彼は事実王の器を持つ人物だったが、戦いの世など求め 自分でいっていた王の責務も果たさず、国を締め上げ剰え刃さえ向けた、誤った 道と判断を誤り、彼はその全てを失ってしまったのだ


しかし


「ラクレス兄様、一度誤っただけで何を言うのですか」


「…なに?」


「道を違え 本懐を遂げることが出来ず、己の矜持も何もかも失って…確かに打ちひしがれる気持ちはわかりますが、でも 兄様は…俺の兄様は決して弱くありません、今はまだ強くないだけですから、これから立ち上がって 今度は責務を果たせるように頑張ればいいのです、前へ進み続ければ…人はいくらでも強くなれます」


「……………」


「兄様 だから立って前へ進んでください、自分の闘争本能を抑えつけ 己を律することが出来るくらい強くなってください、兄様は…きっと自分自身に打ち勝つことだって きっと出来ますから」


「ラグナ…」


ラクレスの肩を掴み、負けるなと 弱い自分に負けるなとラグナは力強く言う、確かに間違えはしたもののここで終わりじゃない、膝をついたなら また立てばいい、立ったなら進めばいい…そうすればいつか自分の失敗すら踏みこえることができるから


「弟に説教される日が来るとは…いや、君はもう王だったな…なら従おう、王命に従うは 義務だからな」


そういうラクレスは力なく、それでいて昔のように優しく笑う…彼はここからやり直すのだ、そりゃこのあとラクレスさんはタダで終わりというわけにはいかない、暗躍し 金属を独占し職人を奴隷扱いし国内に動乱を齎そうとした、王族とはいえ許されない…もしかしたら彼は地獄を見るかもしれない それでも言っているんだラグナは、俺の兄なら立てと


……そしてラクレスさんもそれに答えた、ならきっと大丈夫…というかここから先はエリスの関与できない領域だから、気を揉んだって仕方ないが


「しっかしすっごいねぇ、レグルス様 あのアルクトゥルス様と互角に戦っちゃうなんて」


エリスの怪我をひとしきり直し終わったアスクさんは周囲の惨状を見てそう言う、ああそうか この人の故郷エラトスはアルクトゥルス様の猛威によりめちゃくちゃにされてたから、その恐ろしさは父や母から聞いているのかもしれない


「ああ、あれは完全に互角だった…つまり どっちが勝ってもおかしくない状態だ、孤独の魔女が負けりゃ 今度こそアルクトゥルスを止められる奴は居なくなる、そうなりゃ…めんどくせぇ事になるな」


ベオセルクさんは目を険しくする、…ああ そうだ 二人とも互角だった、あのレグルス師匠が今まで見た事ないくらい苦戦を強いられていた、少なくとも真っ向からの殴り合いでは負けてすらいた


…二人とも空へと飛び上がり どこかへ消えていってしまった、時々ここにまで伝わってくるような地鳴りが響くが 戦いの行方はここからでは見ることが出来ない、後はもう祈るだけだ


「…師匠は負けません、相手が誰でも絶対に負けません、絶対に勝って帰ってきます」


「あ?、…まぁ思い込むのは勝手だが、俺の見立てじゃ五分五分だ それこそ戦いの流れ次第でコロッとどっちにでも転がるような危うい戦いだった、だから…」


「もう!ベオセルクさん!そんなつまらないこと言わないの!、エリスちゃんはレグルスさんのこと信じてるんだから!、それに私もレグルスさんは勝つと思うよ?


「アスク…テメェまで、だがお前は戦いに関しちゃ素人だろう」


「素人でもわかるの、だってベオセルクさん私を守るためだったらどんな相手にも負けないでしょ?、それと一緒で レグルスさんもエリスちゃんを守るためだから絶対に負けないよ」


「チッ、…思い込むのは勝手だ」


お、照れてる照れてる…でもそうだ、師匠はエリスのために戦ってくれている、だから負けない 師匠は絶対に負けない、エリスの師匠は無敵なんだ…


「むっ、戻ってきた」


すると誰かが呟く、教えられずとも分かる 砂塵を纏わせながら何かがこちらに飛んでくるのだ、そういえば先程天空が強い光に包まれてから 戦いの余波が響かなくなった、もしかして決着がついたのかな…師匠


「レグルス師匠ーッ!」


飛んでくる人影目掛け 叫ぶ、いや叫ぶだけじゃないそちらに向けて走り出す、いくら言い訳したって心配なものは心配だ!師匠無事ですよね!師匠!


ジャガーノートを踏みつぶした時同様 凄まじい砂蹴りと衝撃を伴いながらそれはエリス達の目の前に着地する、その砂塵の中の影がゆらりと揺らめき…


「エリス、無事か?」


「レグルス師匠!」


気を失ったアルクトゥルス様を肩で持ち上げるレグルス師匠が、歯を見せて笑っている…エリスが見たことないくらいズタボロだ、全身血まみれ 口からは夥しい量の血が流れており その上で泥まみれ土まみれ、余程の激闘だったのだろう…だが 師匠は帰ってきてくれた


「マジかよ、ほんとにアルクトゥルスを倒しちまうなんて…気ぃ失ってるところなんざ見るのは初めてだ、いや 殺したのか?」


「殺すか、私はアルクトゥルスとは違い友達思いなのだ」


気を失い白目を向いているアルクトゥルス様を見てベオセルクさんが目を細めるが、ああ 息は浅いが生きてる…というか今のアルクトゥルス様からはほとんど魔力を感じないが、一体 何があったんだ…どんな魔術を使って


「アルクトゥルス様は…どうなりましたか?、正気に戻りましたか?」


「ん?、ラグナか…いやわからん、私の仮説が正しければ 先程のように暴走はしないと思うが、何分初めてのことだからな もしかしたら今から第三ラウンドが始まる可能性もある」


そう言いながらレグルス師匠はアルクトゥルス様を床に乱雑に放り投げる、今から第三ラウンドって…あの天変地異が裸足で逃げ出すような戦いがもう一度?そうなれば今度こそアルクカースは粉々になってしまうぞ


皆 固唾を飲んでアルクトゥルス様を見つめる、ベオセルクさんはアスクさんを後ろへ ラクレスさんと話し終わったラグナもこちらに寄ってきてエリスの前に立つ、ラグナ ちょっと邪魔 エリスも見たい


「ん…んん…」


そしてその視線を受けてから、アルクトゥルス様の瞼がピクピクと動き、そして


「…ぁ?、んだよ何見てんだこの野郎、見世物じゃねぇぞ…殺されてぇのか」


ギロリと目を鋭く尖らせ 牙を剥きながら起き上がるアルクトゥルス、そのギラギラした印象に変わりはなく エリスの中の危機管理センターは相変わらず極限集中の使用許可を申請している


その荒々しい言葉遣いにベオセルクさんもラグナも表情を硬くする、いや分からないんだ…エリス達が生まれた時には既に暴走した状態のアルクトゥルス様しか見てこなかったから、それ以外の状態がどんなもんなのか判別できない


この場でそれが出来るのはレグルス師匠だけ…と思いきや既にレグルス師匠は拳を硬く握っており


「てやぁっ!」


思い切り後頭部をぶん殴る、まるで銅鑼でも打ったかのような凄まじい音共にアルクトゥルス様は前へとぶっ倒れ、すわ戦闘か!やはり上手くいかなかったか!と皆構えを取る



「いってぇぇぇぇ!、何するんだよレグルス!テメェ!殺すぞ!」


「その殺す殺すという口癖を直せ!チンピラか貴様は!、というかいつまで寝てんだ起きろおい!」


あれ?、なんか様子がおかしいぞ…アルクトゥルス様以上にレグルス師匠が激昂し、倒れるアルクトゥルス様の胸ぐらを掴みあげグラグラと揺らしまくり


「殺すぞと言いたいのは私の方だぞアルク!貴様エリスをよくも傷つけたな!詫びを入れろ今すぐ!エリスに!額を地面に擦り付けて死んで詫びろ!」


「待て待て待て待て!、頭揺らすんじゃねぇっ!寝起きで状況が掴めねぇんだよ!落ち着かせろ!」


「戻ったのか!落ち着いたのか!頭の痛みは!、早く答えろ!」


「ぅがぁあぁ!首を絞めるなぁぁぁ!…んー……頭の痛みか、……」


レグルス師匠にチョークスリーパーをかけられながらアルクトゥルス様は難しい顔をしている、頭の痛み?何かは分からないが、エリスは少し安堵する だってその瞳に既に狂気はない…荒々しいが、それ以上に理性の色が見える


つまり暴走は……


「頭の痛み…ああ、そうか オレ様 我を失ってたんだな、確かにもうスッキリしてる 胸の内掻き立てるような闘争本能ももう無い、やけになってなんもかんもぶっ壊してぇって破滅願望も何もかもな…」


「つまり…戻ったんだな!、昔のお前に」


「ああ…昔ってのがよく分からんが多分?、まぁデルセクトとは戦争してぇけどな 面白そうだし」


「貴様ぁぁぁぁ!!」


「うげぇぇぇ!!、首を絞めるな!死ぬ死ぬ!マジで死ぬ!」


締め上げられるアルクトゥルス様の悲鳴が夜の星空に木霊する、…よかった 継承戦への勝利 ラクレスさんの野望を潰し アルクトゥルス様をも狂気から救い出した、これでデルセクトとの大戦への火種は完全に潰えたことになる


そうだ、これでようやく…エリス達の戦いは終わったのだ、ちょっぴり安心して 師匠とアルクトゥルス様のそんなやりとりを見つめる、二人も昔の友達に戻れたみたいだしよかったな



…………………………………………….…



「何?暴走していたという自覚はなかっただと」


「おう、今でも自分がおかしくなってたとは思えん、まぁ さっきまでと違って意識が明瞭だったり 頭の痛みがなかったり、無性に暴れたかったりするような感じはないからさっきまでとは違うってのは分かるんだけどな」


それからアルクトゥルス様とレグルス様はお互い座り、状況を確かめ合う 本当に暴走から解放されたのか の確認を兼ねての会話なのだが


アルクトゥルス様が言うに、暴走していた…という実感はないらしい、言ってしまえば異様にムシャクシャしていた気がする、というだけの話だ …だから別に人格が変わったわけじゃないし、急に優しくなったりするわけじゃない


ただ暴れなくなり アルクカースに襲いかかったりしないだけで、それ以外は以前と変わりはない


「だからオレ様が闘争を求めていることに変わりはねぇ、デルセクトとの戦争が起こるなら喜んで戦うぜオレ様は」


「バカが!そうなれば世界の秩序は…」


「知ったこっちゃねぇ!、この世界はオレ様達が守り続けてきた世界だ、どうしようがオレ様達の勝手だろ!」


だから闘争に飢えている事にも変わりはない、そう胸を張りながらいうのだ…そりゃそうだ、レグルス師匠曰くこの人の本質は善人ではないらしい…まぁ確かに暴走する前からこの国は軍事国家として名を馳せていた、つまり乱暴者である事に変わりないんだ


「だが無理矢理やろうってんじゃねぇ、ラグナ!テメェが決めろ!、オレ様言ったよな 戦争の権利は王にあると…そしてお前は継承戦を勝ち抜きそれを得た、だからお前が決めろ戦うか戦わないか…お前が戦争しろってんならオレ様は今からデルセクトに殴り込むぜ?」


「え?俺ですか?」


「ラグナはお前しかいねぇだろ」


ちょっとこい とラグナはアルクトゥルス様の隣に座らされる、決めろというのだ この場で、だが迷う必要はない…ラグナはその答えをずっと前から得ているのだから


「…アルクトゥルス様、何度でも言います俺はデルセクトと戦争はしません、その為に俺は王になったんです」


「向こうが攻めてきたら」


「応戦します、国を守るのが俺の使命なので、ただ こちらからは仕掛けません」


「……そうか」


アルクトゥルス様の意志を 真っ向から否定しその目を見据える、…ラグナの答えを受けアルクトゥルス様は少しだけ考えると歯を見せ笑い


「分かった!、勝者が戦わないと決めた以上オレ様も従うぜ、デルセクトとの戦争はナシだ!文句言う奴はオレ様が殴って黙らせる!」


「本当ですか!アルクトゥルス様!」


「ああ…あと悪かったなラグナ、自分を見失ってたとはいえ手前の国に戦争ふっかけるなんてよ、そこだけは恥ずかしく思うぜ…すまんな」


戦争はしない そうアルクトゥルス様は笑う、ラグナの意志をアルクトゥルス様が飲んでくれたのだ、正直不安ではあった やっぱり戦いたいからナシと言われる可能性もあったから、でも 滾る闘争本能以上にアルクトゥルス様は優先したのだ、ラグナの覚悟と今までの努力を


そして謝る、先程の暴走を…ラグナに詰め寄りオレ様と戦争をしろと、極度の忘我と暴走から来る凶行ではあったものの、謝る…暴走してたからノーカンね?なんて恥ずかしいことは言わないのだ


「エリス…だったか、お前も悪かった…暴走しててもオレ様の行動はオレ様の行動だ、責任はオレ様にある…すまなかった」


「ええ!?い…いえいえいいんです!エリスも無事ですし」


深く頭を下げ謝罪する、魔女様が…な なんか逆にエリスの方が申し訳なくなる、魔女様が謝罪なんてそんな、頭を上げてくれと言うがアルクトゥルス様は深々と頭を下げたままだ


「いいことあるかエリス、もっと頭を下げさせろ!おいアルクトゥルス!額が浮いているように見えるぞ!地面に擦り付けろ!詫びろ全霊で!」


「師匠…」


しかしレグルス師匠は許さない、エリスの頭を撫でながらその体を抱きしめる…いやエリスはそんなに怒ってませんよ師匠…アルクトゥルス様へのその当たりのキツさはなんなんでしょうか


「レグルスに言われると癪だな…」


「癪もあるか!、私の大切な弟子を傷つけた罪は大きいんだよアルク!」


「弟子ねぇ、しかし未だに信じられねぇぜ…」


そう言うとアルクトゥルス様は顔を上げエリスの顔をジロジロと見つめる、な…何でしょうか?信じられない?エリスが魔女の弟子らしからぬ存在だからでしょうか


「信じられない?何がだ」


「エリスはお前の弟子だろ?、にしては人間が出来すぎている!こんな穏やかなわけねぇ!実は裏で人を何人か殺してんじゃねぇか?それか二重人格か…ぶげっ!?殴るな!」


「殴るわ!貴様エリスがそんなことするわけないだろうが!」


「だってテメェの弟子だろ!オレ様以上に喧嘩っ早いお前の弟子がこーんな慎ましいわけがない!」


「何を…!また張り倒されたいか!」


「上等だ、今度はオレ様がお前を潰れたカエルみたいにしてやるよ!」


二人とも立って睨み合う、なんか友達と言うよりはもっと…なんだろう、悪友?腐れ縁?、仲がいいと言うよりは気が合うようなそんな感じだ、しかしすぐに喧嘩を始めるな…こんな師匠を見るのは初めてだ


「…しかしそうか、弟子か…魔女の弟子か、そういやスピカもリゲルも弟子を取ってたな、それなのにオレ様に弟子がいねぇってのは面白くねぇ」


「お前に弟子入りしたがる奴などおらん、諦めるんだな!フハハハハハ!!!」


勝ち誇るレグルス師匠を他所にアルクトゥルス様はエリスをじっと見つめて考える、魔女の弟子…確かにアルクトゥルス様には弟子はいない、すると何を思いついたのか ニヤリと悪い笑みを浮かべると


「よしっ!、ならラグナ!お前オレ様の弟子になれ」


「えっ…え?…ええぇぇぇえぇぇっっ!?お 俺がですか!」


な な…何を言ってるんだ、というかラグナがアルクトゥルス様の弟子に?、アルクトゥルス様はこれぞ妙案というような顔でラグナの指をさし、ラグナもまた自分の顔を指差して困惑するように周りを見る、しかしベオセルクさんもラクレスさんも目をそらしそっぽを向いてしまう


「え?、お…俺でいいんですか?」


「いいも何も十分だ、昔のオレ様が気まぐれで教えた多重付与魔術もちゃんとものにしてるし素質はある、それに継承戦の内容を見てたがな…恥ずかしくねぇのか!お前エリスにばかり守ってもらって!、男なら!女一人満足守れねぇで何とするか!」


「守る…エリスを」


ふとラグナの顔が変わる、エリスを守る そう呟きながら…確かにラグナとエリスではエリスの方がちょっぴり強い、というか使える魔術に幅があるから必然的にエリスがラグナを助ける場面が多かったように思える、良くも悪くもラグナの近接攻撃は腕前が上の相手と相対したとき効きにくいというのもあるし


ただそれでも逆に言い換えればラグナは魔女の弟子でも何でもなかったのだ、それなのに魔女の弟子であるエリスと殆ど同格といってもいい強さだった、年齢だって二つしか違わない、はっきり言ってあの歳では異例と言っていい強さだ


なら、そんな彼がもし魔女の弟子になったら…一体


「考え直せラグナ!、君はまだ若い こんな頭の中まで筋肉で出来ている奴の修行などまともなわけがない、トレーニングと称して平気で嬲り殺しにかかってくるぞ!」


「黙ってろレグルス!決めるのはラグナだ!、それとも何か?オレ様の育てる弟子にテメェの弟子が負けるのが怖いか?ああ?、だよなぁ!だってオレ様の方が弟子を育てるのうめぇし!オレ様!!」


「何を戯言を言っているんだこのゴリラ!、お前の鍛錬は肉体をいじめているだけだろうが!、あんなもの修行とは呼ばん!自殺未遂だ!」


「テメェこそどうせ一日中魔力制御とかさせてんだろ!体が腐るわ!そんなもん!、限界ってのはな!体をいじめ抜いた先にあるんだよ!、オレ様が厳しいんじゃなくてテメェが生温いんだよ!エリスの才能をテメェが殺してんだ!」


「お前は物理的にラグナを殺そうとするだろうが!」


「何を…!」


「やるかッ!」


「俺!、弟子になります!」


醜い取っ組み合いが始まったその瞬間ラグナが立ち上がる、なるというのだ アルクトゥルス様の弟子に、その答えを受けアルクトゥルス様は笑い レグルス師匠はお葬式みたいな顔をする


「フハハハ!!そうかそうか!、やはりアルクカース男児!強さを求めるのは男の本懐だ!」


「ラグナ…ちゃんと墓参りはするからな…」


「別に俺は死にませんよ、それに ただ単純に力が欲しいから弟子になるんじゃありません、俺はこの継承戦で痛感したんです、この世の中で自分の意思を押し通そうとすれば必ず壁に阻まれる、…その壁を乗り越える為に時に仲間は傷つき もしかしたら失うこともあるかもしれません」


継承戦での話だ 彼はベオセルクという強大な相手を前に 仲間を見捨てる選択を取った、だがもしあの時ラグナがベオセルクさんと渡り合えるほど強ければ、凌駕するほど強ければ そんなことせずに、誰も傷つかずに済んだかもしれない


「…つまり何か?仲間を傷つけたくないから 失いたくないからオレ様の弟子になるってか?、甘いな 戦いという道を選んだ時点で多かれ少なかれ犠牲は出る、それは世の真理だ…いくら強くても真理は捻じ曲げられねぇ」


「ならその真理を捻じ曲げられるほど俺を強くしてください、俺はどんな壁が立ち塞がっても 国を仲間を友を守り通せるほど強くなりたい、何があろうと 誰よりも前に立って 誰一人として傷つけることなく勝つことが出来る、強い王になりたいんです」


「…ただ強くなるのとはわけが違うぜ?、仲間をみんなを傷つけない為の強さを得るってのは それこそ誰よりも自分が傷つかなきゃいけない、その覚悟がテメェにあんのか?」


「あります、どんなことがあっても折れません 何があっても貫き通します、だからアルクトゥルス様…俺を弟子にしてください!」


頭を下げる、ラグナの方からアルクトゥルス様に深々と頭を下げて 弟子入りを志願する、何があっても それは嘘偽りでも比喩でも何でもない、本当にラグナは何があっても折れるつもりはないのだろう


あの時の敗北感をもう一度味わうくらいなら、仲間を失う痛みを味わうくらいなら…彼は死を選ぶだろう、いや 守る為の強さを得る為なら彼は 死さえも超越する、エリスには分かる ラグナの芯の強さを見たから


そのラグナの姿を見てアルクトゥルス様は満足に笑い


「アルクトゥルス様じゃねぇ、これからは師範!…そう呼びな」


「っ!はい!師範!」


「おう!オレ様に全部任せておけ!、お前を必ず世界最強の大王にしてやるからな!グハハハハハハ!」


この時 世界に四人目の魔女の弟子が誕生した、凡ゆる者から仲間を守る為に凡ゆる者を打ち倒す、世界最強の王…の卵、争乱の魔女アルクトゥルスの弟子 ラグナが


それは心強くも思うと同時にエリスは燃え上がる、これは…強力なライバルが出来てしまった、エリスも同じ弟子として負けないように頑張らなくては



こうして、アルクカースでのエリスの戦い、デルセクトとの大戦を食い止めるという長い戦いは幕を閉じた、多くの仲間と一人の掛け替えのない友を得て…エリスはまたこの国で一回り大きくなることが出来た

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