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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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554.魔女の弟子とルビーギャングズ


「とりあえず言うだけ言っちまうとここはウチのシマで、アンタは他所者で、そんな他所者がウチで大切にしてる場所を荒らしまわるような金儲けしてる、それをやめるか他所にいくかを選べ」


「は…はぁ?」


突如として現れた紅髪の女ルビー・ゾディアックは椅子の上に腰を下ろし木の台に乗ったデティに向けこの商売をやめるか他所に行けと言うのだ。周りにはルビーの部下であるルビーギャングズが目を光らせ武器を構えている。


交渉に来た…というよりは問答無用って感じだ。それに対してデティはやや困惑しながらもムッと返す。いまさらこんな美味しい商売をやめられるか、今日だけでめちゃくちゃラール稼いだんだから。


けど…。


「場所を移せば文句は言わないの?」


「ああ、ウチのシマじゃなけりゃ何処でもいい」


周りのギャングとは異なりやや話の通じる雰囲気を醸し出すルビーに聞いてみる。場所を移すだけで文句言われないのか…ならそのシマの外に移ればいいか。


「分かった、じゃあどの辺がシマなのか教えてくれる?」


「この街全体。フレデフォートは全部ウチのシマだ」


「はぁ!?つまりこの街で商売するなっての!?」


「そうだが?郊外に行けば見逃してやる」


「ふざけないでよ!そんなの商売になるわけないじゃん!」


「それが嫌なら、商売をやめるか…或いは売り上げの五割をウチらに寄越せ」


ご…ご…業腹〜ッ!なんでこいつに決定権握られなきゃならんのだ〜ッ!?ただ自分達の土地だと一方的に宣言してる奴に商売やめるかさもなければ売上寄越せなんて言われて従う奴はいないよ。


「嫌だと言ったら」


「普通に死んでもらうが?」


「う、でも私にだって生活があるんだけど」


「そりゃあ重々承知だ。けれどそれを言ったら他の奴らだって食い扶持がかかってる」


「だから私を襲って揺すってアンタ達の食い扶持にしようって?」


「そーいうこと、で?どうする?どっちを選ぶ」


「……………」


ルビーは腕を組んだまま私をしっかり見据えている。オマケにその在り方には一切の隙が見受けられない。まずいな…今ここで戦いが始まったら私勝てないかもしれない。


魔力が荒れている、ルビーは口では穏やかだがその実かなり荒れている、私が受け答えを間違えればその瞬間…即座に戦闘になる。私が作ったこの店はスペースが最小限しかない、つまり私の逃げ場がないのだ。ルビーはどう見ても近接タイプ…ああいうのから逃げ回りながら戦うには、今この場は不利すぎる。


そう思考しているとルビーは目を見開き私を見上げ…。


「お前、嘘だろ」


「え?」


「この状況で私と戦う方法考えてんのか?」


「えっ…!」


嘘、バレてる…。


「クックックッ…なるほどねぇ、ただのケチなインチキ商売者かと思えば…踏んできた場数は私と大差ないと見た…」


「だ、だから何!」


「貴様…いい加減にしろ!ルビーのカシラに向かってさっきから!」


その瞬間私に向けて銃を構えるギャングが…ってアイツ銃まで持ってんの!?


「やめとけ!防壁持ちだ…それもかなり高位の。私の見立てじゃ地上のエリアマスター級…それ以上」


「なっ!?こいつが…?」


しかしその部下を制止したルビーはポケットに手を入れたまま立ち上がり…。


「なぁどうだ?私と手を組まねぇか?私の部下になるなら上納金は五割から二割に減らしてやる、今は少しでも戦力が欲しい…だから」


「お断りなんだけど」


「…ヘッ、安くねぇか…」


ギャングなんぞに手を貸してる場合じゃないんだよ私は、そもそもね…店に勝手に上がり込んで一方的に条件押し付けて、剰え部下になれなんてよく言えたもんだよ。私はそんな安い女じゃない、取引や脅しに屈してホイホイ言うこと聞いてるような…そんな安い女ではね。


「分かった、今日のところはこれくらいで許してやる。ただし明日もここで営業してたら問答無用でこの店を潰す…分かったな」


「二度と来んな!」


「明日も来るって言ってんだろ…?じゃあな。おう、行くぞテメェら…ミュラー!早くしろ!」


「は、はい!」


「うす!」


言うだけ言ったルビーとギャング達は店を荒らすだけ荒らして入り口を破壊し去っていく。何故か傍にいた緑髪の女性ミュラーだけを名指しにして。とんでもない連中だ…この街にはあんなギャングまで居るのか。いや居るか、治安終わってるし治安を維持する連中も終わってるんだから。


ったく、面倒なのに目をつけられたな。明日も営業してたらまた来るのか…明日はエリスちゃんにもこの店に居てもらおうかな。


「まぁいいや、そろそろ店終いにして私も帰ろ──」


『ここですか?営業許可証を発布せず勝手に商売をしている不届き者がいるのは…』


「あ…!」


ルビー達が立ち去った後…更にまた外から声が聞こえる。しかもこの声って…まさか。


『先程ルビーギャングズが出入りしていると通報もありましたし…奴等の傘下か、潰しておきますか』


(エラリー!?やばっ!逃げなきゃ!)


店の外に感じるこの嫌味な魔力は間違いなくエラリー!しかも大量に部下を連れてる!そうか…さっき逃げた客が懲罰隊に通報したんだ!…くそう、私にとってそりゃあマイナスだぞぅ…。


仕方ない!もう店を放棄して逃げよう!そう思い踏み台から飛び降り売上の入った箱からラールを回収して……。


「あぃ!?無い!?」


無い!?あれだけ500ラール硬貨の入っていたはずの木箱の中に何も入ってない!馬鹿な!さっきまであったのに…いつの間になくなって────。


『今日のところはこれくらいで許してやる』…とルビーの去り際の言葉を思い出す。これくらいで許してやるって…まさか。


「アイツら!私の金パチって行ったな!」


クソッ!!やられた!アイツら私の金持って行きやがった!クソッ!!私の今日の売り上げが…金がぁっ!


『おい!店主はいるか!懲罰隊の隊長エラリー・アンズリベンジだ!話がある!』


「やべっ!くそぅ〜!」


もうダメだ、エラリーが店に入ってくる。アイツに見つかるのだけは避けたい!仕方ない!そう思い私は被っていたローブを目深く被り直し顔がバレることを避けつつその場に居座り…。


「…おや、いるではありませんか。居るなら返事をなさい」


「……失礼、瞑想をしていたのです…全宇宙と合一となる為の、大事な瞑想を…」


「そうですか、返答よりも大切とは思えませんがまぁよしとしましょう」


木箱で身長を誤魔化しつつ、変声魔術で声を変えて正体発覚を防ぐ。これで店に入ってきたエラリーの目を欺きつつ…帰ってもらう作戦をとることにした。


目の前にはやや不機嫌そうなエラリーが私を見上げ、部下の懲罰隊に銃を構えさせている。どいつもこいつも…銃好きね。


「貴方がここの主人…癒しマスター、なんて言う胡散臭い名前の魔術師ですね?」


「然り…私は癒しマスター。癒しを極め癒しを突き詰めた癒しの伝道師なり…」


「ふむ、まぁそう言うのはどうでも良いのですが。貴方…ここで営業する為の許可証の発布は行っていますか?」


「………いや、してないが」


「ふぅむ」


私の返答を聞くなりエラリーはメガネをかけ直し、手元の冊子を確認して…。


「悪窟街フレデフォートの決まりに、診療所及び医療機関は領主チクシュルーブ様への許可を仰いだ者のみが営業することが許されている…、とあります。つまり貴方の行っている行為は違法です」


「………違法では無い」


「いいえ違法です、規則としてそう記載されている。規則とは守るべき物であり、守るべき物を蔑ろにする者は即ち悪です。そんなことも分からないのですか?医療機関は公的な物以外容認しません」


何が容認しないだ、そもそも医療機関ないんだろ!?この街に!どうせソニアはそう言うのに許可を出していないんだ。なのにこんな事をいけしゃあしゃあと…。


「故に貴方を逮捕します。よろしいですね」


「待て…違う」


「だから何が違うと…」


「料金表を見ろ」


「料金表…?」


そうエラリーに促しつつ、木の板に書かれた料金表を見せる。そこには…。


「靴磨き30ラール…そして回復サービス500ラール…だと?」


「そう、ここは靴磨きの店。回復は飽くまで有料サービスの一環。診療所や医療機関でないなら申告は必要ないはず」


「…しかし」


「靴磨きの少年達は皆、申告しているのか?していないはずだ、なら私の営業にも違法性は全くなーい」


「……ふむ」


ミスだけど…靴磨きの料金が残っていたおかげで言い訳も効いた。医療機関には申告が必要だろうけど靴磨きには申告が必要ないはずだ。本当は必要だったとしても私を取り締まればエラリー達はこの街にいる靴磨き少年全員を取り締まらなければならない…そう言う前例ができてしまうからだ。


それはさぞ面倒臭いだろう。…分かるよ、私も為政者だから分かる。ある程度お目溢しをしていた軽犯罪を全て取り締まろうとするとそこにかかる人手もコストも馬鹿にならない。だったら私は取り締まれないはずだ。


「……現状の規則では、どうやら貴方を逮捕することも処罰することも出来ないようだ。この私が物の見事に言いくるめられるとは」


「だろう…だったら」


「仕方ありません、今から戻って急ぎ規則の書き換えを行います。『靴磨きも店を構えていたら一般の商業的及び公的施設と同じ扱いをする』…と加筆しなければ」


そうかいそうかい、まぁ別にいいよ。もうこの店は捨てるつもりだったし。


どの道ルビー達に目をつけられた以上この店は使えない。なら明日からは個別で訪問する形に変えようかなって思ってたし、丁度いいや。


「分かった、ならば明日からはこの店での営業は取りやめよう」


「よろしい、なら次の質問ですが…」


「え?」


「先程この店にルビーギャングズが出入りしていたようですが、貴方とルビーギャングズの関わるは?」


あ…ああ、そんな事も疑ってるのか、だがここに関しては嘘をつく必要はないな。正直に言ってやろう。


「奴等…私に売上の五割を寄越すか店を畳めと言ってきたんだ、突っぱねてやったけど」


「なるほど、奴等またそんな小狡いシノギを…」


「それでその、お金盗まれちゃって…」


「そこは自己責任です」


そうなんだ…。


「貴方も命が惜しければルビーギャングズとは関わらない事ですね。奴等はこの街に住まう最悪のギャング…我々執政側に楯突くゴミの中のゴミ、謂わば悪の根源です。近く奴等は私がこの手で殲滅しますので…その時巻き添えを喰らいたくないのなら、無関係のままでいる事です」


「じゃあそれ早めにお願いしまーす」


「………はぁ、帰りますよ」


そう言って部下を引き連れエラリーは帰っていく。ったくルビーギャングズも懲罰隊も店に来るだけ来て金も落とさず帰るとは、最悪の客だったな。


にしても…。


(なんとなく、この街の勢力図が見えてきたぞ…。ルビーギャングズと懲罰隊は対立しあっているんだ、ルビーギャングズは戦力を欲していたし懲罰隊は近いうちに奴らを殲滅すると言っていた…つまり真っ正面から抗争する予定なんだ)


この正面切った抗争は、ある意味私達にとって都合がいい物なのかもしれない。この街で激しい対立が起き、街を支配する二つの勢力がぶつかり合えば必ずそこに空白が生まれる。


その空白こそ、私達が動く隙になるのではないか。いや?或いはどちらかの勢力に加担すれば…。


(懲罰隊は逢魔ヶ時旅団の一員…つまり私達の敵であることは確定してる。じゃあルビーギャングズに…いやいや、アイツらに加担するのは無いな、こいつらも敵だ)


どっちもどっちでロクでも無い奴らばかりだ。なら…協力するのは無いな。取り敢えずこの事をエリスちゃん達に報告しておこうかな。


そう思い私は木箱から降りて…ため息を吐く。にしても今日の儲けはなしか…はぁ〜せっかく大儲けしたのになぁ〜…くそぅ〜。


……………………………………………………………


「ルビーギャングズに会った、ですか?」


「うん、そいつら悪い奴でさ。私がやってる商売にケチつけて来たの」


「それは災難だったな…、怪我はないか?」


「全然、やり合わなかったし」


それから私はシャナ婆さんの家に戻りみんなに今日あったことを話した。ルビーギャングズに絡まれ金を取られたこと、危うくエラリーに身元がバレそうになったこと、それを私の華麗な起点と燃えるような根性で乗り切ったこと。全部話したのだ。


そんな中でエリスちゃんが最も興味が惹かれたのが…。


「ルビー…という人物がルビーギャングズのリーダー…ってことですか?」


「うん、だってルビーギャングズだし」


ルビーだった、彼女の特徴を伝えたところエリスちゃんは怪訝そうな顔をして。


「ラグナのように英雄の気風を漂わせ、剰えとんでもない魔力を持っている…。それがルビー…しかも姓がゾディアックと来ましたか」


「え?知ってる?」


何やらルビーを…いや、ゾディアックという家名を知っているような口振りだ。されど私は知らない、ゾディアックなんて姓聞いたこともない。だからエリスちゃんに聞いてみるとエリスちゃんはなんだか誤魔化すように笑い。


「いえ、ただエリスの知っている人物と同じ姓をしていたので…ちょっと気になったんです」


「知ってる人?」


「一応、ですが多分関係ないですね。あの人に血縁がいるとは聞いたこともないので…だから混乱させない為に明言は避けておきます」


私はエリスちゃんの旅路を魔伝で知っている。だから彼女が旅で出会った人は大概知っている。それでもなおゾディアックは聞いたことがない…ここ最近の旅で会った人なのかな。


まぁでもエリスちゃんがこう言ってる事だしあんまりあれこれ聞くのはやめておこう。


「しかしとんでもない連中だな、ルビーギャングズ…デティの金を盗むなんて」


「そうだよー!しかも銃や剣で武装しててさ。あれ私じゃなかったら危なかったよ」


「半ば押し入り強盗ですね、まぁ…ギャングズを自称するならそれくらいするか」


そんな中、今まで黙りこくっていたシャナ婆さんが…手に持った食器を置いて、口を開きこう切り出すのだ。


「ルビーギャングズ…アレには手出しすんなよ、アレはこの街で一番厄介な奴らなんだから」


「知ってるの?シャナ婆さん」


「この街に住んでりゃ知らない奴はいないよ、知らない奴はみんな死ぬからね。ルビーギャングズはフレデフォートに蔓延る小悪党共さ」


そう語りながらシャナさんは何処か遠くを見るように、そして忌々しげに眉をひそめシワだらけの顔を更に皺だらけにして。


「ルビーギャングズはこの街でやりたい放題するギャング達でね。この街が今の形になる前から…四年前から居る数名の古株ギャング達が勢力を伸ばしたのが連中の正体さ。アイツら昔からいる事をいい事にこの地下を自分達の王国かなにかと勘違いしてやがる」


「そんなに好き勝手しているのか?」


「好き勝手なんてレベルじゃないよ、自分達が金を儲ける為ならなんだってする…その一環である盗み一つとっても多岐にわたる方法で金を巻き上げる。強盗に空き巣は当たり前、詐欺に窃盗もよくやるね、ユスりにタカり…ああ、孤児にスリを叩き込んで上手く使ってるなんて話も聞くね」


「こ、子供も使って犯罪をさせているんですかッ!?」


「使える物ならガキでもバカでもなんでも使う。奴らの目的はただ他人よりも良い暮らしをすることだけ、他人よりも働かず、他人よりも楽をして、他人よりも上に立つ、他人より他人よりを繰り返し他人の幸せを奪って啜る人型のダニさ!」


とんでもない連中だ、ただ楽をして稼ぎたいから他人の成果を奪うことに注力するなんてゴミ野郎もいいところだ。なんて言ったって私はそれの被害を受けている、私が今日一日一生懸命働いて稼いだ金を奴等は何もしてないのにいきなり現れて掠め取っていった。


金はこの街でどれだけの重さを持つか、奴らだって分かってるだろうに。


「それは…本当か、シャナ殿」


「ああ本当さ、…それで…そいつらは今懲罰隊とも事を構えようってんだろ?全く迷惑なもんさ、奴らは街の住民から奪った金で武器を買い揃え懲罰隊と一戦やり合って…それで何になるってんだ。巻き添え食うのは私達みたいな戦う力のない住民達だってのに」


「……捨ておけんな」


メルクさんが視線を外す、まぁ…メルクさん的には放っておけないよね。メルクさんはそういうのを許せないから戦っていたし、今も有り余る金を持ちながらも戦う道を選んでいるのは彼女の正義感故だ。


ならばこそ、街を荒らし人々を巻き込むギャングは許せないだろう。私も許せない、金取られたから。


「だから、捨ておけ放っておけって言ってんだろ。どうせ刺激したってどうしようもないんだ…それに、連中はただのギャングだが頭目のルビーは違う。アイツはエリアマスターに匹敵する実力の持ち主だ、やり合えばただじゃ済まないよ」


「かもな…」


「ギャングなんて構うだけ無駄なんだ、それにアンタ達にはやるべきことがあるんだろう?なら…今は見て見ぬフリをしな」


「…ああ、分かった」


とメルクさんは理解したような口をしているが、目つきはギラついたままだし魔力も荒れたままだ…こりゃ本気で分かってないな。


エリスちゃんも同じだ、子供を使って金儲けをしている…その一言で彼女にとってギャングズは抹殺対象なのだろう。


そして私も怒っています、死刑です。デティフローア国際法に則って死刑です。


けど…この話が始まってから黙りこくってる人が…一人いるよね。


「…ねぇ、ナリア君。さっきから黙ってるけどどうしたの?」


「え!?え…いや…なんでもないですよ?ただエリスさんのお食事が美味しくて集中してしまって」


「あ、そっか」


「にしてもギャングズですか、怖いですね…僕みたいなのが出会したら逃げることしか出来ませるよ」


怖いですよねって苦い顔をするナリア君を見て、…私は付き合うように『ねー』と口にする。いやぁ流石だ、流石は役者だ…顔で見せている表情と心が全く別だ。


ナリア君は口では怖いと言っている、だがその心は…『困惑している』。何故だ…?


「にしても、懲罰隊にギャングズか…どうしたもんかな」


「なんかややこしくなってきましたね、エリス達の目的を達するにはこの街は混沌とし過ぎている」


「まぁアタシは金さえもらえりゃなんでもいいけどさ、あんまりゆっくりするんじゃないよ」


「はーい」


食事をとりながら私達は明日からの動きについて話し合う。…ギャングズに懲罰隊…そして入口のない居住エリアの地下。問題は山積みだ。


………………………………………………………


そして後日、エリス達がこの街に来て十日程が経ち、この生活が日常になり始めた最近。エリスは今日も職場に向かう事になる、既にメルクさんもナリアさんも仕事に向かっている。


「それじゃあエリスもそろそろ仕事に行きますね」


「いってらっしゃい、私も今日から頑張るね」


「はい、気をつけて」


そして家に残っているデティに挨拶をする。彼女は今日から靴磨きをやめ『癒しマスター・出張店』なるものを始めるらしい、彼女は強かだし…多分何をやらせても大丈夫だろう。


そう思い革鞄に荷物を入れて、玄関口に立ったその時。


「そう言えばこの街に来て十日だけど私エリスちゃんの仕事…何か知らないなあ」


「えっ!?」


ギクリと肩が揺れる…、エリスの仕事が何かしらない?そりゃあそうだ、エリスは言ってない。言ってないというか…言えないというか。


「あ、はは…カジノで用心棒ですよ」


「…………嘘だね」


「う………」


ダメだ、デティに嘘は通じない。デティの鋭い視線がチクチクエリスの胸を突く、出来るなら嘘は突きたくないが…。


それ以上に!言いたくないんだよ!こんな仕事してるって!だってデティ!貴方知ったら絶対アマルトさんに言うでしょ!アマルトさんに知られたらエリスこの先百年はバカにされます!


「ハッ!まさかエリスちゃんの売春してるの!?」


「してません!」


「エリスちゃんの貞操はラグナの物でしょ!?」


「なんでラグナが出てくるんですか!」


「う…金で買われるエリスちゃん」


「なんでちょっと興奮してるんですか…」


「うがぁーっっ!!解釈違いッッ!エリスちゃんを買った客は全員すり潰して殺すッ!すり鉢に入れて木の棒でかき混ぜてすり潰すッ!」


「一人で怒らないでください!というか仕事に行ってくださいデティも!エリスも行きますから!」


「あ!ちょっ!エリスちゃーん!」


革鞄を抱えて走り逃げる、なんか面倒な勘違いをされている気がするから…。うう…でも…知られるかなぁ、エリスの仕事は…カジノの用心棒じゃないんだ。


最初はそのつもりでカジノ・サドベリーに行ったのだが…、そこで突きつけられた条件でエリスは…用心棒ともう一つ、別の仕事を兼任させられたんだ。


それは…。


「お、おはようございます〜…」


「あ、おはようエリスちゃん。今日も元気そうね」


「はいぃ、よろしくお願いします先輩…」


やってきたのはこの薄暗い街で燦々と輝くカジノ・サドベリーの裏方の女子更衣室。中には今日もここで働く予定のバニーガールの先輩方がいる。その隣のロッカーを開けて、エリスは持ってきた鞄の中を見る。


そこには…『エリスのバニースーツ』がある。


「うう、なんでエリスがバニーガールに…」


このカジノのオーナーであるオンタさんから突きつけられた条件は『用心棒として雇うのは構わない、けど平時はバニーガールとして働いてほしい』という物だった。この条件が受け付けられないなら雇わない…なんて言われてしまったので仕方なく働いているのですが…。


こんなの、アマルトさんやメグさんに知られたらどえらい事になる…。天地がひっくり返っても知られるわけにはいかないのだ。


「あはは、まだ納得してない感じ?」


「うう、マヌエラ先輩…エリス恥ずかしいです」


そんな風に落ち込んでるエリスを励ましてくれるのはここのベテランバニーガールのマヌエラ先輩だ、このカジノで一番おっぱいが大きいのが自慢らしい。


「恥ずかしいかもしれないけどさ、でも実際エリスちゃんがきてくれて助かってるのよ?物覚えもいいし、器用だし、仕事は早いし、何より一日中フルで働いても全くバテないタフさ。貴方みたいな優秀なバニー見たことないわ」


「一応…いろんな仕事はやってきてるので」


「そうなの?流石エリスちゃんね」


まぁそれでもエリスはいろんな国に行っていろんな仕事をやってきた。役者から軍人まで、なんでもだ。だから新しい職場に順応する事自体はできている。それはそれとしてが恥ずかしいってだけだ。


…だぁー!ダメだ!現状に文句言っても仕方ないんだ。今やらなきゃいけないことは金を稼ぐこと、幸いここの給料は3000ラールとお高いしやめるわけにはいかないし!


「どぉっしゃーっ!気合一発!エリスバニーッ!」


「ふ、不思議な気合の入れ方ね…でも今日もよろしくね」


「ハイっ!バニーッ!」


服をスポーンと脱いでやや露出の高いバニースーツを着て、頭にウサギの耳をつけ完成!バニーモードエリス!今のエリスは無敵ですよ!羞恥心がありませんからね!


「よっしゃ!全部壊します!」


「普通に仕事してね」


「おんやぁ〜ぃエリスちゅわ〜んマヌエラちゅわ〜ん。今日も気合十分ねぇ〜ん、ぬふふふ」


「あ、オンタオーナー。おはようございます」


そして更衣室を出ればそこに待っていたのはここのオーナー。出来物だらけの顔にでっぷり太った体。全身に高級品を身につけた如何にも成金って感じのオーナーのオンタさんだ。エリスは彼に頭を下げて挨拶する。一応雇い主だし。


「ぬふふ、バニーが様になってきたねん。今日もよろしく頼むよん」


「ハイっ!」


そしてエリスの今日の仕事が始まる………。




と言っても別にエリスの魅惑のボディでお客さんを誘惑したりとか、勝ちまくってるお客さんを囃し立てたりとかはしない。エリスのメインとなるお仕事はお客さんのお金の管理とゲームのメンテナンスだ。


本当はディーラーとかもやらなきゃいけないんだが…そういうわけにもいかないじゃん?エリスがお客さんと勝負したらお店に損害出しそうだし。


ただ…一応弊害的なのもある。…例えば。


「おっしゃ〜!めっちゃ勝ってる!勝ってるよ!俺!今日はつきまくりだ!バニーさん!追加のチップ持ってきて!」


「は、はーい」


メチャクチャ勝ってるお客さんに言われてエリスは倉庫からこのカジノ・サドベリーで使われている専用の通貨であるサドベリーチップを持ってマヌエラ先輩とポーカーをして遊ぶお客さんにチップを運ぶ。


「はいどうぞ、サドベリーチップです。頑張ってください」


「よーし!早速このチップを賭けて勝負だ!…あ、あれ?…なんか、急に運が…」


エリスがチップを運び『頑張ってください』と言われたお客さんは先程までの豪運ぶりが嘘みたいに勝てなくなる…勝てなくなるんだ。エリスに応援された人はギャンブルで勝てなくなる…という呪い地味た体質がここでも発揮され、あちこちで被害を出している。


頑張ってください…って言うのはお店の決まりだから言わなきゃいけないんだけど、なんか申し訳なくなる。引導を渡してる気分になるんだよなぁ…。


『ぎゃあー!俺の稼ぎが!全部パァ!』


(まぁ、全財産ギャンブルに使ってる時点でいつかああ言う負け方をするもんですし…、因果応報かな)


アマルトさんも言っていた、使っちゃいけない金に手を出して賭けをする時点で、ギャンブルの勝敗如何関係なしにそいつは負けてるんだって。まぁこう言うところに落とされる時点で…お察しなんだが。


(そういえばシャナさん、ギャンブルが好きでここに落とされたって言う割に、カジノに着てるところを見たことないな…まぁエリス的には助かるんですけど)


「ぐへへ…」


「む…」


瞬間、背後に気配を感じ…振り向くと、そこには浮浪者のような小汚いジジイが立っており、手をワキワキ開閉しながらエリスの体を見て…涎を垂らしている。


…こいつ、アイツみたいな顔だ。定義上エリスの父親に部類されているだけの歩く廃棄物と…同じ顔。


「お嬢ちゃん綺麗だねぇ〜…お、俺と一緒に寝ないかい…?」


「まだ日も高いですよ、地下なのでわかりませんが、寝るに早いです」


「惚けちゃってぇ、俺今日メチャクチャ勝ったから…金あるんだ、一回10万ラールでどうだい?」


「断ります、貴方の存在がマイナス100万ラールなのでエリスは90万ラールの損ですし」


「気が強いねぇ、ますます気に入ったぁ〜…ちょっと胸触らせてや…」


「ちょっ、近寄らないでください…!」


「うへへ」


ああもうくそ、この格好はこう言うのが寄ってくるんだ。だから嫌なのに…なんて思ってる間に浮浪者ジジイはエリスに寄ってくる。けど…一応客だし、殴るわけにはいかないのか?殴ったらクビかな…。


「へへへへへ…」


「よ、寄らないで!」



「ハッ!エリスちゃんが!」


その瞬間、エリスのピンチに気がついたマヌエラさんはゲームを中断し…。


「オンタオーナー!エリスちゃんが悪客に絡まれてます〜っ!」


そう叫ぶのだ、すると同時に奥の事務所の扉が勢いよく開かれ…。


「ッグルォァッ!何処のどいつじゃ!ウチの可愛い従業員に猥褻な真似するクソ野郎はーッ!!」


飛び出してくるのは両手にリボルバーを持って目を充血させたオンタオーナーが、鬼の形相で現れエリスの前にいる浮浪者を見るなり拳銃を向け。


「な、なんだお前!」


「テメェか!テメェだな!テメェッ!ウチはそう言うサービスやってねぇんだよッ!性欲有り余らせてるならそう言う店行くか今ここでチンコもいでけやボケカスがぁっ!」


「ひ、ヒィッ!?助けてぇっ!」


「待てゴルァッ!テメェ顔覚えたからな!懲罰隊に報告しとくから覚えとけや!ウチはな!お触り禁止じゃ!カスがァッ!」


銃を乱射しながら浮浪者を追い立て遂にはカジノから追い出してしまう…。エリスの危機を察知するなり飛んできて守ってくれたのだ。


そして、エリスの前に立つと…ホッと顔を柔和に緩め。


「ん大丈夫だったぁ?何処も触られてない?嫌な客がいたもんねん」


「だ、大丈夫です、ありがとうございますオンタオーナー」


「いいのよん、大事な従業員を守るのがオーナーの責務だからん。でも怖い思いしたしねん、今日は裏方で落ち着いて仕事してていいよん。お給料もその分 割増しとくからん」


…この人は、顔がいやらしいだけでその実性格は非常に厳格で従業員思いの人なんだ。エリスだけでなく他のバニーが絡まれてたら銃を持って助けに行くし、男の従業員が『イカサマだ!』と客に言い寄られたら飛び出して来て助けに行く。


優しい人なんだよね、この人。だからバニーガールとして働いても絶対にそう言うサービスはさせないし、寧ろ無理矢理迫ろうとした客は即座に出禁にして叩き出す。雰囲気だけで言うなら嫌な部類に入るこの人をエリスが心の底から信頼してバニーガールを続けているのはそう言う面があるからだ。


「この街は治安が悪いからねん、ここでカジノを運営していこうと思うとその分色々頑張らなきゃだしねん。そう言う部分はなるべくオーナーが負担するわん、いつもみんなに頑張ってもらってるからねん」


「ありがとうございます、助かります」


「いいのよん。さ、裏方をお願いねん。エリスちゅわんは優秀だし安心して経理も任せられるわん」


「はい、頑張ります!バニーッ!」


「ふふふ、バニー!」


取り敢えずオンタオーナーに守ってもらった分働かねば。ええっと経理だったな、別に算数は得意ではないが書類の整理くらいなら出来るし…とエリスはオンタさんのいた事務所に入り、オンタオーナーが用意してくれていた上着をバニースーツの上から羽織り椅子に座る。


「凄い数の書類…これ全部オンタさんが片付けてるんだ」


あの人、見かけの割に真面目だな…なんかあれを思い出すな、クリストキントの団長であるクンラートさん、あの人も悪人ヅラだったけど優しくていい人だった。


「さてさて…」


教えてもらった通りに書類を処理していく、このサドベリーカジノは唯一『地上と地下の両方に店を出してるカジノ』らしく、オンタさんはその地下サドベリーのオーナーらしい。


地上は金楽園のオーナー兼エリアマスターのサイ・ベイチモなる人物が取り仕切っている、が…オンタさん曰くあまり真面目な人物ではないらしく、地上の書類がそのまま地下に流れてきて処理を任されることもあるらしい。


なので混じっている、地上のサドベリーカジノの書類も。しかし地上か…。


(アマルトさん達は大丈夫かな…、あれから十日経ったけど。まさかあの四人がやられたりはしてないとは思うけど…)


一応向こうにはメグさんもいるし頼りになるネレイドさんもラグナもいる、何よりなんだかんだ立ち回りが器用なアマルトさんもいる。あの四人が居てダメなら…多分誰が居てもダメだと思えるくらいには理想的なメンバーだ。


けどそれでも不安なのは、相手が相手だからだろうか…。


(…地上のみんなが頑張ってソニアの計画を止める術を探してるのに、こんなことしていていいのかな)


ソニアのヘリオステクタイトなる兵器が完成したら、世界は大変な事になるとオウマは言っていた。だから必ず阻止しないといけないのに……。


…ん?


「なにこの書類…凄い金の使い方してる人がいるな」


地上の書類の一つに、凄い金額が書き込まれた物を見つける。なにやら上のカジノでは改修工事をしているようだ…。その責任者の名前は…。


「アマリリス………」


アマリリス…と書き込まれた物があった、アマリリスという名前、そしてこの豪快な金の使い方、これは……。


「…………」


いや…気のせいか。


『エリスちゃん!ごめん!来て!』


「マヌエラさん…!?」


そして事務作業を始めてしばらくした頃、再びマヌエラさんの声が響く…しかもこれ、オンタさんを呼んだ時と同じ声。まさか!


そう思いエリスは上着脱ぎ捨て事務所の扉を蹴り開け再びフロアに戻ると…そこには。


「う…うう」


「ひゃははは!ここに金があるのはわかってんだよ、さっさと出しやがれ!」


「俺達を誰だと思ってやがる!ルビーギャングズのお出ましだぞ!」


口元に布を巻き顔を隠した如何にもな悪人三人が銃を手に持ち暴れている、フロアで暴れてる、お客さんが怖がっている。


そして何より、オンタオーナーが殴られたのか…蹴られたのか、苦しそうに倒れ伏している。


強盗だ。


「え、エリスちゅわん…こんな日が…来ないことを祈ってたけど、…どうやら貴方の『本当の仕事』をしてもらう日が…来ちゃったみたい…」


「ああ?なんだぁ?」


「……………」


チラリと視線を動かして周りを見る。マヌエラさんも他のバニーも恐れている、オンタオーナーはそれを守ろうとしたんだろう。なるほど、状況は分かりました。


「おいテメェ、さっき裏方から出てきたな。金は何処だ!言え!言わなきゃ撃つぜ!」


「…………エリスとしたことが、失念していました」


「はぁ?」


バニーガールの仕事は多岐にわたる。チップの用意、お客さんの呼び込み、ディーラー…はエリスは出来ないけれど何れもお客さんが楽しめるようにする為尽力するのがバニーガールだ。


だが中でも、最も大切な仕事がある。それを…失念していた。


「エリスとしたことが…フロアの清掃を怠るとはッ!こんな巨大な生ゴミが残っていましたッッ!!!」


ブチブチとエリスの頭で色んな琴線がぶっちぎれるのを感じる、こいつら…よくもオンタオーナーとマヌエラ先輩達を脅かしたな!地獄に落としてやるッ!!


「なっ!?なんだこのバニー…よ、寄ってくるなぁっ!!」


「やべぇ…なんかやばいぞこいつッ!!」


「ギィィィイイイイイイッッ!!」


「ヒッ…!」


歯軋りをしながら飛びかかる、そして拳を握りエリスに向けて銃口を向けるこいつらを────。



……………………………………………………


「どう言うことだ、これは…」


いつものように職場にやってきたメルクリウスは…驚愕に口を開け、持ってきた荷物を取り落とし…呆然とする。


「なにが起こったんだ…」


私の職場である工場にやってきて、一番最初に気がついた異変は…工場の扉、その鍵が破壊されついたこと。


嫌な予感を感じて慌てて工場の中に入ると…中は荒らされに荒らされていたんだ。一目でわかったよ、これは強盗が入ったんだと。


次いで気になったのがこの工場にいつもいた社長の存在。ローン社長の姿が見えない…そう思い慌てて工場内を探し回り…見つけたのだが。


「社長……」


ローン社長は…事務所で血を流して倒れていた。頭を殴りつけられて気を失い、その目前には破壊された金庫が…。


「社長!ローン社長!」


「う…うう…痛てぇ…」


「大丈夫ですか!?一体なにが…」


「大丈夫じゃ…ねぇ、強盗に入られた…野郎、金庫の中身…全部取っていきやがった…」


「一体誰が…」


「……ルビーギャングズ…」


「………………、社長…これを」


私は即座に手元の汚い布切れを錬金術で再構成し清潔な布へ変え、空気中の水分を集め氷を作ると共にローン社長に渡し患部を冷やす事を言いつけ、立ち上がると共に工場の中を探し回る。


犯人はルビーギャングズだという証言を得た、だが同時に違和感を覚える。金庫を破壊して持っていった割には工場内部が荒らされすぎだ。押し入り強盗はスピードが命だ、騒ぎが起こって憲兵が来たらそのまま立て篭りをしなきゃいけなくなる。


だから余計なことはせず、金庫だけ持っていくのが定石。しかし態々工事の中を破壊するか?そう思い…私は一つの推察を立て、真っ先にその証拠確保に進む。


すると…やはり。


(やはり、工場の備品や部品が纏めて持ち去られている)


奴らの狙いは金庫じゃない、こんな場末の工場に押し入って金を持ち去るだけ…なんてのはあり得ない。持ち去られていた、大量の鉄材と機構の部品や備品が、ここはソニアの兵器工場だ、持ち帰って組み立てれば武器にすることができる。


(ルビーギャングズは懲罰隊とやり合うために戦力を集めている…、これもその一環か)


人々を傷つけ、略奪し、許されることではない。


「金も…資材も…盗まれちまった…」


「ローン社長…」


「あの金がないと…俺は家族を養えねぇ…、資材がなきゃ…仕事も出来ない…」


ローン社長には家族がいる。元は盗人…この地下に落ち以降真面目に働き続け、妻を得て今は三歳の子供がいる。いつか外に出ることを夢見て働き続けていた彼の金が奪われた。


いやそれだけじゃない、資材も盗まれ仕事が出来なくなった。工場は潰れるだろう…そうなればローン社長の家は終わりだ。…そうなったら。


「………ッ!」


脳裏に過るのは封印した記憶。借金を苦に首を吊った父の姿…間男と逃げて山賊に殺された母の訃報、そしてそれにより一人孤独に残された幼児だった私と…以降の辛く険しい地下生活。


今、目の前に…かつて私が味わった地獄と同じものが再現されようとしている。このまま行けばローン社長は首を括らねばならない、奥さんも真っ当には生きていけない、もしかしたら子供はこの地下で一人で生きていかなくてはならないかもしれない。


……そんな事、させてたまるか。


「…ローン社長、確か引き出しに拳銃が入っていましたね」


「え?…あ、ああ…だが弾は一発しか入ってないぞ」


「十分です、後で治癒術師を連れてくるので大人しくしていてください」


「お前…ッ!何処行くつもりだ…!」


引き出しから手付かずのリボルバーを取り出し脇に置いてあったホルスターを取り付けそこに収める。きっとこれを使うまでもなく彼は殴り倒されたのだろう。


そして目の前で金と資材が盗まれるのを見て…さぞ無念だったろう。許せん…許すまじ、ルビーギャングズ!


「…奴等から、私の給料を返してもらうだけですよ」


「まさか…ッ!無茶だ!殺されるぞ!」


「問題ありません…待っててください、必ず…貴方の家族は守って見せますから」


もう二度と、あんな悲劇は繰り返させない。そして、あんな悲劇を平然と巻き起こす連中は…私が絶対に許さない。


そんな覚悟を秘めて、私は工場を出るのだった。

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