552.魔女の弟子と世界を変革する兵器
ひょんな事から金楽園エリアの中枢に潜り込み、その経営の実質的な主導権を握ることになったアマルト達。金楽園はその華やかさとは裏腹にあまり経営はうまく行っておらず、主任であるサイのやる気のなさから全エリアで最も低い売り上げを誇っていた。
そこに目をつけたアマルトは金楽園を掌握し支配することにより利用する手立てを思いついた。金を生み、金の流れを読み、ソニアが何に金を使っているかを調査する方法に切り替えたのだ。
何よりどうやら多くの売り上げを叩き出した者は『褒章会』なる物にも招かれるようだし…やる気を出す意味もある。そう考えたアマルト達はやる気を出し…金楽園エリアの改造に乗り出したのだった。
改造だよ改造、このカジノの秘めるポテンシャルの高さはカジノ通のアマルトが感嘆するほどのものだった…だからこそ彼は奮起し出来る限りをした。と言っても彼に経済的な視点はなく、またプロジェクトのリーダーをしたこともない。
が、そこは仲間達がなんとかする。経済的な視点はメルクリウスの補佐を三年以上勤めて来たメグが、皆のリーダーとしての振る舞いはラグナが、そして改造の為の力仕事はネレイドが。
それそれがそれぞれ出来ることをやり、やり通し、やり抜き…。
そして、一週間が経った。
金楽園エリアはソニアに無断で『ニュー金楽園エリア』と名前を変え、その配置や構造、そして多くのゲームを改造した。
元々はカジノ大好きなサイによって多くのゲームを置いてあるだけだったこのカジノ。カジノ好きから見れば天国だがカジノ好きではない人間にはウケが悪い、そこでアマルトが加えた改善は…。
棲住み分けだ。
「おお、チクシュルーブのカジノと聞いていたからもっとギラギラした場所かと思ったら…随分人がきてるんだなぁ」
街の外からやってきた観光客が、金楽園の門をくくりながら口を開く。彼は一度賭博街アルフェラッツに行ったことがある、カジノ店が街のように連なるあの街を見てここもまたそのような感じを想像していたのだが。
人がいる、それも想像していた数倍はいる。しかもカジノといえば大人の遊び場であるにも関わらず…。
「パパー、次アレで遊ぶー!」
「ああ、構わないよ」
子供を連れた家族連れも多く見受けられるのだ。これは他のカジノでは見受けられなかった光景だ。その様はカジノというよりまさしく『遊び』の楽園、大人も子供も年齢を問わず皆が皆『遊んでいる』のだ。
これが金楽園の新たな姿、新たな金を使って遊ぶ為の場所だ。
「やったー!玩具取れたー!」
通りの比較的入り口に近い地点。謂わば金楽園の玄関口に当たる部分には子供向けのゲームが多数用意されている。値段は一律100ラール、カードゲームのような複雑なルールで遊べないまだ小さな子供が感覚的に遊べるゲームがずらりと並ぶ。
例を挙げるなら工業用のクレーン型魔力機構を改造して作られたそれをレバーで動かして、穴の中に落ちている人形や剣の模型などを掬い上げる『玩具すくい』などが子供に人気だろう。
他にもパズルや指定されたパネルを指定された時間内に踏むゲームなど、今現状のチクシュルーブの技術力で使用可能な全てを簡易的な遊びに用いている。
そして、子供達が遊んでいる間大人は…。
「パパー、貰ったカードのポイント無くちゃった…」
「え?もう?ああ分かった、じゃあ…ちょ、ちょっと待ってくれな?今いいところだから」
「カードの交換はしますか?」
「いや、このままでいい…ほら、これでポイントを買ってきなさい」
大人達はポーカーで遊ぶ、最初は子供達の遊びを見守るだけのつもりだったがここは誘惑が多い、軽い気持ちで始めてのめり込む者も多くいる。そしてポーカーで遊ぶ大人はポケットからラールを取り出し子供に渡し、子供はそれを使いまた遊ぶ。
そしてそれを見た別の観光客は…。
「これだけ家族連れが多くいるなら、安全なカジノなのかもな…。悪い噂も聞いたもんだが、あんまり噂も信用ならないな」
安心してカジノに足を踏み入れる。カジノと言うだけで忌避していた層も遊楽園のような安全な遊び場と認識しライトな層も次々と入ってくるのだ。これにより客足は以前の数倍近くに膨れ上がっていた。
「こっち方に本格的なゲームもあるのか、ちょっと行ってみようかな」
そして、さらに奥に行けばその分本格的なゲームでも遊べる。中にはカジノ通も『こんなのもあるのか!』と唸るほど珍しい物もあり、金楽園の箱の大きさが存分に活かされる結果となっている。
全てはカジノ改造のおかげだ…が。
当然、それを良しとしない者もいた。
「ふ…ふ…ふざけるなァーッ!!!」
「ちょっと、大声はやめてくださいって」
金楽園の入り口に、大挙して訪れた人々が金楽園のスタッフに向けて青筋を立てて激怒し怒鳴り散らす。彼等は客ではない…彼らは。
「お前らなぁ!節操ってもんがないのかよ!」
「いやいや遊楽園さん、あんた達に言われたくないよ…」
テーマパーク…遊楽園のスタッフ達が激怒して怒鳴り込みに来たのだ。それを金楽園のスタッフが苦笑いで対応する。
そうだ、激怒も激怒だ。金楽園の売上は以前に比べ劇的に上昇したが…。
「お前らなぁ!お前らの節操の無い商売のせいで遊楽園は商売あがったりなんだよ!」
「って言われてなぁ…」
金楽園は儲かった、だが隣の遊楽園はその分売り上げが激減。以前なら列で並ばなくては乗れなかったアトラクションにも普通に乗れるくらいには閑散としてしまった。金楽園が改造を行いその物珍しさで客が流れている…と言うだけならここまで怒らない。
遊楽園が激怒しているのは…。
「お前ら!なんだよあのワンコインゲームって!あれまんま遊楽園のアトラクションと変わらないじゃないか!しかもウチより数倍安い!アレじゃウチが商売できないだろうが!」
遊楽園のアイデアをまんま丸パクリしてるのが問題なのだ、ワンコインゲームの体験型遊戯は遊楽園のアトラクションなどの体験型遊戯と需要が酷似している。しかもそれだけではなく遊楽園は一回1000ラールであるにも関わらずこっちは100ラール…勝負にならない。
その分遊楽園の遊戯は大掛かりだし、楽しさでいえば本当はそっちの方が上なのだが。その分金楽園は商品としておもちゃが貰える、何よりワンコインはただの客寄せであるが故にこちらで収益を上げる必要はない為安い…。
これでは遊楽園の客が取られるのも無理はない。
「変わらないって、そっちが勝手に言ってるだけでしょ?」
「あっちの着ぐるみが風船配ってるのは!?」
「アレはサービスですけど」
「ウチのエリアでビラ配ったのは!?」
「あー、風でビラが飛ばされちゃったみたいで…」
「テメェこの野郎ふざけやがってぇっ!」
「わー!わー!暴力反対!」
すっとぼける金楽園スタッフの物言いに激怒した遊楽園スタッフが胸ぐらに掴みかかり吠え立てる。あちこちで行われている金楽園の革新的なアイデアは遊楽園のパクリばかり、その他は水楽園や娼楽園のやり方の真似。金楽園独自の試みといえば家族共有のファミリーカードくらいだ。
マネはダメだろ、自分たちでアイデア考えろよ!と遊楽園スタッフ達は激怒し、掴みかかるスタッフに捕まれた金楽園スタッフ達は束になって遊楽園スタッフ達を追い返す。
ちょっとした小競り合いになり始めたその時。
「何ことですか、営業中ですよ!」
「あ!アマリリスプロジェクトリーダー!」
「アマリリス?…誰だそれ」
現れる、一人の女が。ソイツはサングラスをかけ口に葉巻…ではなく煙発生魔力機構を搭載した棒。子供達に大人気の『タバコごっこ』を加えながら煙を吐いて遊楽園スタッフ達の前に立ち金楽園エリアのスタッフ達を守る。
見慣れない女に遊楽園スタッフ達は眉をひそめ。
「誰だお前は」
「私はアマリリス、このカジノの改造プロジェクトのリーダーです」
「は?リーダー?サイ主任は?」
「あそこの着ぐるみで風船配ってます。何か問い合わせがあるなら私にどうぞ」
「どうぞって…お前がこのパクリの諸悪の根源か!」
パクリの諸悪の根源と言われてもアマリリスは憮然と煙を吐いて首を傾げ。
「パクリ?この新しい革新的な試みは私のアイデアですが?何か?」
「お前ッ!今すぐ取りやめろ!こう言うのは遊楽園の専売特許なんだよ!」
「はて?私が調べた限りではそう言う決まりとかはないですよね?ね?皆さん」
「無いですよ、カジノの本分を逸脱しなきゃ何してもいいってチクシュルーブ様も言ってます」
「ほら」
「ほらじゃない!」
確かにここにある全てのゲームは金を使い、ゲームに勝てば賞品が貰えると言う体裁を持っている為カジノの本分を逸脱しているわけではない。だがそう言う問題ではないのだと言う遊楽園スタッフはさらに激怒し。
「被ってるんだよ!ウチの商売の邪魔しやがって!今すぐやめろ!」
「ふぅむ、被ってるからやめろ…か?だったらそっちもやめろよ」
「な、何を…」
「CBC…チクシュルーブバトルコロシアム、アレをだよ」
「は!?」
遊楽園の中心で行われている闘技場。アレをやめろとアマリリスは言うのだ…だがアレは今確かに客を呼べている遊楽園の目玉の一つ。何より参加費用が高い割にこちらから出す必要な出費が異様に少ないと言うこともあり遊楽園の大黒柱的な存在だ。
それをやめろと言われてやめられるわけがない。
「そんなの無理に決まってるだろ!アレはウチの目玉だ!」
「けどゲームに挑戦して、賞金が貰えるって仕組みだろう?まんまカジノのパクリじゃないか!」
「は!?い…いや、それは屁理屈だろ!」
「遊楽園は客の遊びに見返りを渡すのか?そりゃあカジノの本分だろう…そっちが先に本分から外れてウチの客取ってたんだろうが!だったら先にそっちがやめるもんやめてから文句言いやがれ!」
「ぐっ…」
なんか凄まじい勢いに押され遊楽園スタッフは一歩引いてしまう。確かにアマリリスの言う事は最もであり有楽園にありながらコロシアムは金楽園っぽいと言う意見は何度か耳にしている。
もし金楽園の遊楽園っぽい物をやめるよう言うのであれば、有楽園も金楽園っぽい物をやめろ。理屈としては筋が通っている為何も言い返すことが出来ず。
「第一、お前達は理解してないんじゃないの?」
「な、何がだ…」
乱雑な口調に変わったアマリリスはニタリと笑い。
「ここにいる客の中に、一人だって遊楽園を求めてきてる奴はいない」
「はぁ?何を言って…」
「そして金楽園を求めてきた奴もいない。求められているのは『楽園たる理想街』…つまり俺達は五つのエリアでチクシュルーブを求めてやってきた客を奪い合っているんだ。食い合ってんだよ俺…じゃなくて私達は」
客は遊楽園に来ているのではなく、チクシュルーブに来ているのだ。つまりそもそもエリアに招ける客の絶対数はチクシュルーブ来場者数によって決まっている。遊楽園単独で外部に宣伝が出来ない以上、宣伝は他エリアも含めてやる必要がある。
楽しさを醸し出して売り出すよりも、多少強引にでも招き入れた方が客足は当然増す。つまりは奪い合いなのだ、客の…利益の。
「悔しかったらそっちもなんかやってみろよ」
「そんなことをしたら、全エリアの秩序が失われるぞ…全てのエリアが無秩序に客の奪い合いをしたら…折角作り上げられた楽園が…」
「理想卿はお前達に『チクシュルーブは秩序溢るる楽園足るべし』なんて言ったのか?言ってないよな、…金だ。金を寄越せと言っているはずだ、なら金が稼げりゃ文句はないだろ」
「うぐっ…」
目を背ける、あまりにも悔しいがアマリリスは徹底して正論という名の棒で殴ってくる。自分たちの過ちを棚に上げて言い返せない正論だけを突きつけてくる。そのあまりの正しさに遊楽園スタッフ達は引き下がるしかなく…。
「こ、これで終わると思うなよ。今回の一件は間違いなく問題にさせてもらうからな」
「お好きにしてください〜」
ヒラヒラと扇子を振って逃げ去っていく遊楽園スタッフ達を見送るアマリリス…そして。
「さっすが!アマリリスプロジェクトリーダーは違うなぁ!」
「遊楽園が文句言ってきたのを逆に言い負かして追い返すなんて!」
「おほほほ、まぁザッとこんなもんですねぇ〜」
こんな感じだ、金楽園スタッフ達は既にアマリリスを自らのリーダーとして認めており彼女の周りには喜色に湧くスタッフ達で埋め尽くされる。
彼女の素性を知る者はいない、サイ主任の奥方である事以上の情報を持つ者はいない。だがそれでも彼女には実績があり、何よりサイ主任にはなかった胆力と度胸がある。彼女こそ金楽園が求めていた頭目なのだと…皆が皆持ち上げるのだ。
「さぁさぁ皆さん、外敵は追い払いましたので仕事に戻ってください?」
「はいっ!アマリリスプロジェクトリーダー!」
故に当然…、アマリリスに促され方々に散っていくスタッフ達は知らない、彼女の腹の中を。
(ふぅ、問題にでもなんでもしやがれってんだ…その頃にゃ俺もここにはいねぇ〜しなぁ〜)
くききと凶暴な笑みを浮かべるアマリリス…いや、アマルトは無責任にも遊楽園の方を見る。彼の目的は飽くまで調査・潜入。この遊楽園の一員としていつまでも働くつもりはない。
故に遊楽園が金楽園に対する対抗処置を取ろうとも関係ないのだ。どうせ奴等の対抗処置にも時間がかかるだろうしな。それまでにおさらばすれば問題ナシナシ。
「やったね、アマリリス」
「んぉ?なんだよ見てたのか?」
ふと、声をかけられ振り向くと、そこには物陰からヌッと覗く悪人ヅラ…男の姿になったネレイドが隠れて見ていたのだ。周りの人間に聴かれぬようアマリリスは壁の側に立ちネレイドに声をかける。
「見てたなら助けろよ、お前が出てく顔を見せりゃ一発で退散したろ」
「私が顔を出すと、荒事になる。どう見ても…力づくで追い出す人の顔だから」
「そら違いないな」
「それにアマリリスなら、口だけで追い返すと思ってた。…口喧嘩なら…無敵だから」
「口喧嘩『なら』ってのは余計だな」
まぁ実際、遊楽園が文句言ってくるのは予想の範疇内の話だった。だってめっちゃパクったもん、俺でも文句言うレベルでな。だからこそその為の言い訳というか言葉の弾丸を既に装填してあっただけ。
次また文句を言いにきても口と舌だけで追い返せる自信はある。
「今日も仕事?」
「いや、今日は早めにアガって旦那様に飯作る予定だ」
「そうなの?」
いつもなら裏方に入ってカジノの運営に精を出すところだが…そういうわけにもいかない。なんせ今日は…。
「フッフッフッ、実は今日な?チクシュルーブの中央…居住エリアに招かれてんだ」
「え?そうなの?」
「ああ、褒章会って言う優秀な売り上げを叩き出したエリアマスターに対するご褒美的なアレだとか。まぁ実態はよく分からないがそれにサイが招かれた、そしてその奥さんである俺もまた出席することになる」
「なるほど…」
「その為に早仕舞いして褒章会に備えるのよ、ああ…ネレイデス。お前もついてきてくれよ?一応な」
「分かった」
葉巻型の玩具を吸って煙を吐き出しながら…考える。その一週間で俺はある程度ソニアの手にある金の流れを把握出来ている。全容とまではいかないが何も知らなかった頃に比べれば随分違う。
ソニアはやはり手に入れた大量の金を使って兵器を作っている。理由は単純、街の外から魔力機構のパーツと金属類を大量に仕入れているから、街の発展のために使うにはあまりにも多すぎる量をな。
これは多分兵器開発に使っている、しかしやはりそこはソニアというかなんというか。外部からでは決して把握出来ないように立ち入りが制限された居住エリア内部で全てを簡潔させている。
つまりここから先は居住エリアに入らないと探れない。つまり渡りに船って事だ、是が非でも物にしたいチャンスだぜこれは。となるとやはり仲間も連れて行きたい、ネレイドは当然として…ラグナとメグも。
って…。
「ラグーニャとメグオはどこだ?」
ふと、気がつく。そういえば最近ラグナとメグを見かけていないと。そう俺がネレイドに聞くと…。いや待てよ?そういえばちょっと前にラグナが…。
「ラグーニャは…修行してる、男に戻って…」
そうだ…女体化の呪術を解いてくれって言って頼み込みにきてたな。
つまり…ラグナは今、修行中?何処で?
…………………………………………………………………
「フッ!ハッ!…セイッ!」
「……………」
振るう、拳を。突き上げる、蹴りを。放つ、技を。ラグナはただ一人…噛み締めるように岩と土だけで構成された荒野の只中で己を研ぎ澄ませていた。
そして、それを見守るのは…執事の姿となったメグだ。呆然…と言った様子でメグはただラグナの修練を見守る。
「あ、あの…ラグナ様。私…昨日丸一日席を空けたのですが…もしかしてずっと修行されてたのですか?」
ここはメグが取り寄せた『アルクカースの絵画の中』だ。絵画の世界へメグの覚醒を用いて移動したラグナは、偽りの故郷の景色の中、上着を脱いで汗だくになりながら拳を振っていた。
彼がここで修練を始めたのは今から七日前。つまりアマルトがカジノの改造を始めた辺りだ。このまま自分ががここにいても今現在出来ることは無いと判断した彼はアマルトに頼み女体化を解いてもらい馬車に戻り。
メグの覚醒でどれだけ暴れても影響のない絵画の世界へと閉じこもった。メグが絵画の世界から出ても単に現実世界への入り口が消失するだけで他の人間は引き続き絵画の中で動ける事は分かっていた為、彼はただ一人ここで修行に励む事に専念した。
そしてそれから七日、結局ラグナは一度も外に出る事なく、七日間ぶっ通しで修行を続けていたのだ。
「ああ…まだ何も掴めてないからな…。折角温まってきた熱を…逃したくない」
「流石に休まねば体を壊すかと」
「俺だって修行初心者じゃない、必要な休息は取ってるから大丈夫」
「………」
拳を振るう、七日間修行をして…それでも俺は、まだ何も掴めていなかった。修行が全くの無駄とは言わないが、それでもこれが結実しない限り…意味はない。
俺がここで修行に励む理由は一つ。…あの男、ガウリイル・セレストに勝つ為だ。
(きっと、俺達が行動を開始すれば…再びガウリイルと戦うことになるのは間違いない。そして、ガウリイルと真っ向から戦えるのは俺だけだ)
ガウリイルは全身をアダマンタイトで覆う無敵の防御力を持つ戦士だ。エリスやネレイドでは戦うことは出来てもあの硬度を抜く事は出来ない。なら少しでも可能性が高い俺が戦うべきなんだが。
だが…。
「はぁっ!!!」
瞬間、ラグナは槍のように鋭い突きを目の前の岩に放つ。家屋のように大きな巨岩はラグナの拳を受け中央から線を引いたようにパッカリと真っ二つに割れる。態々ラグナが修練ように外から拾ってきた巨岩だ…それが鋸で切ったような綺麗な断面を描き破れる。
それを見たメグは思わず手を叩く。あれは怪力で割ったのではない、技量にて割ったのだ。ということまでしか分からないレベルでラグナの技量は卓越している…しかし、当のラグナの顔は晴れず。
「っ…ダメだ!こんなんじゃガウリイルの防御は抜けない!」
それでもイメージ出来ない。ガウリイルの肉体を割れるイメージが、唯一可能性のある程度ラグナでもあのアダマンタイト製の躯体を砕けるイメージが出来ないのだ。
「私には、十分に思えますが…」
「ダメなんだ、力も技も俺は師範の領域に達していない」
アダマンタイトは決して朽ちぬ不滅の石だ。八千年経ってもその形を残し続ける世界一硬い石…されど師範達は『朽ちない』とは言ったが『砕けない』とは言っていなかった。
つまり師範達はあれを壊せるのだ、あれはそもそも壊せる代物なのだ。なら…俺も早くその領域に至らないと。
「いや、師範で持って…魔女様達は八千年も技や力を磨いてきた達人達ですよ?それがそんな、私達みたいな若輩が追いつけるわけが…」
「いや、師範達がピスケスと戦っていたのは不老の法を授かる前…つまり年代的には俺達と殆ど変わらない同年代だ。その頃からアダマンタイトを擁するピスケスと戦い勝利している…つまり師範達の技は俺達と同じ歳の頃に殆ど完成されていたんだ。なら今の俺達にだって追いつけない事はないだろ」
「そ、それはそうですが…」
分かってるさ、師範達曰く八千年前は今と比べてもレベルが高かったらしい。それこそ第三段階到達者もゴロゴロいたし、中には第四段階到達者もそれなりにいた…そんな末世みたい状況に於いて当時世界最強と呼ばれた師範達の実力が生半可ではないことくらい分かってる。
けど、俺達は師範達を『八千年生きた伝説の偉人』としてあまりに遠くに見過ぎちゃいないか?俺達が目指すのは俺達と同年代でありながら第四段階に到達した若き日の魔女様達なんだぜ?
…同じ年頃の師範にできたなら、きっと俺にも出来るはずだ。
「師範達は俺達と同じ年頃から強かった、なら弟子である俺達も同じくらい強くあるべきだ」
「…しかし、そんなぶっ通しで修行しては体を壊します」
「壊れないさ、壊れないように鍛えられてるから」
壊すのは俺、壊れるのはガウリイルの方だ。そしてその為の修練を積んでるんだ。
「もっと負荷が必要かな…」
「負荷?」
「…『付与魔術・重量属性百連付与』ッ!」
「ちょっ!?」
この絵画の世界はいい、いくら外的な要因を与えようとも決して壊れることがない。絵筆で書いた世界は、絵の中にある如何なる事象によっても破壊されない。故に俺がここで自らの体重を100倍にしようとも、決して地面は砕けないんだ。
最高の修行場だよ。
「ラグナ様!?まさか今まで…」
「ああ、体重を50倍にして動いてた…けどこれじゃ足りないから、次は100倍だ!」
付与魔術にて体重を100倍にする、それは俺の服や身につけている物にも及ぶ。俺の両手足には錘が付いており、それぞれを合計する1トンはいく、そしてそれが100倍だから少なくともこの体には100トンの負荷がかかっている。
正直今すぐにでもやめたいくらいキツい、けど…。
「もうワンセット…」
「ラグナ様…」
メグは呆れるを通り越して恐怖すら覚える。あり得ない重量を抱えながら再び動き出したラグナを見て。だがそれと同時に尊敬すらする。
ラグナ・アルクカースは魔女の弟子最強の男だ。そしてその最強の肩書きは決して恵まれた才能や天賦の物ではなく、こうして地道に形作られたものなのだろうと。
自分も負けてはいられない…とは思いながらも、それでもやっぱりラグナの修練は異常だとも思う。
(ガウリイル…ガウリイル…!アイツの腹をぶち抜くイメージを!作れ…!奴の体をへし折る感覚を想像しろ!)
100倍の拳を振りながら一心不乱に想像する、拳を振って…拳を当てて、それでガウリイルの腹に拳が当たって、奴の体にヒビが入って…入って…入……ッ!
(…ダメだ)
振り抜いた拳をダラリと下ろす、ダメだ…イメージが出来ない。まるでイメージが湧かない、イメージが湧かないのに拳を振り続けても意味がない。
……一旦立ち止まる必要があるのか。
「………………」
「ラグナ様?」
俺は拳を突き出した姿勢で静止し瞑想する。ガウリイルを倒すイメージを模索するために…。
(アダマンタイト…今の俺の拳じゃどうやったって破壊できる気がしない。だが若い頃の師範はきっとあれを破壊出来た…どうやったんだ、正直教えてほしい…けど)
きっと、師範は俺がその場に蹲って涙ながらに懇願しても『やってみて、考えてみて、それでも分からねぇならオレ様が説明してやっても無駄だろ』とか言って何も教えてくれないだろう。
あの人は実戦第一主義…けど、そんな師範だからこそ、あの領域に行けたんじゃないのか?
(イメージ…か)
実戦の中でしか、技は磨けない。そして師範は技こそが…何にも勝る武器と言った。ならばやるしかあるまい、実戦を。
俺はむむむと眉間に皺を寄せながら想像しイメージする…『俺が想像し得る、ガウリイルという男の影』を。
(出来た…)
目を開けばそこには陽炎のように揺らめくガウリイルが立っていた。俺の想像で作り出した虚影だ、そいつに向けて俺は拳を握り…。
「はぁあああああああ!!」
一歩踏み込み、拳を放つ。ガウリイルもそれに応じて巧みに打撃を受け流し、返す刀とばかりに鋭い蹴りを見舞う。俺はそれをしゃがみながら回避し、100倍の重量を持ち上げながら立ち上がり再び裏拳を放ち……。
イメージ出来ないなら作り上げる。このガウリイルの虚影と戦って、俺の中の勝利の糸口を作り上げるんだ。全てはもう一度奴と戦った時に…勝ちを得るために。
「ラグナ様…一人で組手を始めてしまった…」
ただ一人で、まるで目の前に敵がいるかのように動き出したラグナを見て、メグはまたこれは時間がかかりそうだと諦める。本当なら少し休んで欲しかったのだがこうなっては仕方ない。
「一応ここに食料を置いていきますので、それでは失礼します」
一応新たに七日分の食料を置いて一旦メグは絵画の世界から出る事を決意する。本当は誰かを絵画の世界に入れたまま外に出たくない。もしメグに何かあればラグナは永遠に絵画の世界から出ることが出来ないのだから。
だがそれはラグナも織り込み済み。覚悟の上と言うなら止める事はしない。それに…。
「さて、そろそろアマルト様が褒章会に出席される頃合いですね…私もそれに参加しますか」
外は外でまだ事が動いている、私もそれに参加しなくてはならないのだから、いつまでもここには居られない。
……………………………………………………………
「んじゃ、行くぜ?アマリリスちゃん」
「ええ…」
そして時は夕暮れ、カジノにとってこれからが稼ぎ時に当たるゴールデンタイム。しかしそんな掻き入れ時に俺は…アマルトは金楽園を離れ、理想街チクシュルーブの中央…居住区へとやってきていた。
背後には鎧を着たネレイドと…先程合流したメグを連れ、俺達はサイと共に何時ぞやか引き返すことになった居住エリアの鉄門を潜る。目的は…ソニア主催の褒賞会への出席だ。
「いやぁ久々に出席するなぁ、褒賞会。いつも俺のところは売上が悪くてチクシュルーブさんに怒られてばっかだったから、最近バックれてたんだよなぁ」
褒賞会とは即ち月に一度、各エリアの売上を纏めて報告しその中で最も優秀だったものにソニアから褒賞が与えられると言うパーティだ。サイ曰くソニアが人前に出て誰かと話すのはこの褒賞会くらいなもんらしい。
今までは金楽園エリアの売上が悪かったからサイもサボることにしていたようだが、今回は違う。大改革による経済成長を迎えた金楽園には胸を張って報告出来る。頑張った甲斐もあり俺達も褒賞会に行けることになった。
正直ソニアのところに行くのはバレる恐れがあるし出来れば避けたいが…逆に言えばチャンスだしな。
「にしても…ここが居住区ですか」
メグは居住区の街並みを見て、目を細める。こうして居住エリアを歩くのは初めてだからな、前回居住区に来た時は捕まっていたし、出る時も時界門で出たから。
故に初見となる居住エリアの街並み、それはデティールは以前俺達が来た一年前の理想街と同じだ。なにせ居住区は元々理想街と呼ばれていた部分を丸々流用して使われているから大きくは変わらない。
強いて変わった点があるとするなら二つ、一つはあれだけ並んでいた店が全て消え高級感溢れる住宅に変わっていることと…。
「どいつもこいつも、いい格好してんな…」
チラリと脇に目を向ければ気取った顔して歩く紳士がいる。鼻を突き上げるような姿勢で歩く淑女がいる。子供も如何にもボンボンというか…昔の俺みたいな格好して歩く奴もいっぱい。
変わった点は『人間』だ。他エリアには遊びを求めて、或いは富を求めた顔をして欲望をギラつかせる言ってみればあんまり綺麗ではない人間ばかりだった。対する居住エリアの人間は経済的にも人生的にも充実しており、欲望という欲望が粗方叶えられている事もあり皆余裕のある顔をしている。
肉も、酒も、女も…全て味わい尽くしましたって顔だ。
(ソニアのお膝元で暮らしてるって事は、つまりこいつらは相当金を持ってるって事だもんな)
ソニアが居住エリアを作って一年、まだ一年だ。つまりここで暮らせる人間とは元々外の世界で成功していた奴等で、ソニアの酔狂とも言えるラール制度にも余裕を持って答えられる人間ばかりという事。
この街は富裕層の街、勝ち組の街なのだ。
(勝ち組…なんて揶揄するけど、ぶっちゃけ俺のが勝ち組だしなんとも思わんが…)
まぁいくら富裕層って言っても、悪いけど家柄だと俺のが上だし、やっかみとかは無いな、うん。アリスタルコス家だし、実家も俺のがデカいし。
「…ケッ、毎度毎度この街の人間共は…カスみてぇなのばっかだな」
と、俺が内心マウントをとっていると。何やらやっかみを含んだ口を聞く奴がいる。サイだ、この狂ったギャンブル人間はいつも金がないからな、金持ちが羨ましいんだ。
…ってわけでもなさそうだな、寧ろ金があるからムカつくというより。
「欲のない顔をした人間が嫌いですか?サイ」
「ああ、分かってんじゃんアマリリスちゃん。人間ってのは満足しならダメだ、現状に心地よさを覚えたら終わりだ。金を得て、デカい家構えて、そこで満足する奴は…そこで終わる程度の人間だ、そういうのをカスってのさ」
サイはギャンブル狂いである前に流れの傭兵だ。こいつの居場所は平和な街でも職場でもなく戦場だ、そう言うところで生きてきた…生きていかざるを得なかった人間としては、こういうみんながみんな戦いどころか血の色さえも知らずに生きている人間があまりに小さく見えるんだろう。
まぁそれはそれとして。
「まぁ貴方は金もデカい家も持ってないので社会的にはここにいる人達以下ですけどね」
「うひー!手厳しー!」
こいつの家で俺は今暮らしてるけどさ、まぁ小さいのなんのって。リビングとダイニングが一つづつしかない。って話をネレイドにしたら『それは普通』って言われた。
「お、見えてきたぜ。アマリリスちゃんは行くの初めてだよな。摩天楼ロクス・アモエヌス」
すると、見えてくる。というかずっと見えていた。街の中心…ソニアのいる巨大な塔に。別に来るのは初めてじゃないが…まぁここは話を合わせよう。
「ええ、立派な塔ですね」
「外装だけじゃないさ、中身もすげぇよ」
そう語りながらサイは俺達を連れてロクス・アモエヌスの門を開き、この間あれだけ苦労して抜け出したアモエヌスの敷地内へと踏み込む。
(…警備が厳重になってるな)
チラリと緑の芝生に覆われた敷地内に目を向ければ武装した衛兵が周囲を見渡している。前回よりも警備の層が厚くなっている。やはりソニアは俺達の事を警戒している?まだこの街に残ってると思っているのか…、やっぱ油断できねぇな。
なんて余所見をしていると…。
「…ん?んぉっ!?」
瞬間、目の前を何か巨大な物が通過して思わずたたらを踏む。な…なんだ!?
「おっと、悪いなアマリリスちゃん。魔導機兵だ、轢かれないよう気をつけてな」
「魔導機兵…?」
通過した物を目で追うと、そこには巨大な人型の鉄の塊が足裏の車輪を転がし動いていた。人型とは言うが実際は鉄の球体に手足がついたようなフォルムをしており、前面のガラスの向こうにはそれを動かす人の姿が見える。
右手には砲門、左手には回転鋸…なんとも凶悪そうな奴だな。
「なんですか、あれ」
「チクシュルーブ様が作った次世代兵器『魔導機兵』、外面を耐魔石でコーティングし常に防壁発生機構で防御を固めながら砲門での攻撃を行う人型駆動兵器だ、あれなら体を改造しなくてもサイボーグ技術と同程度の力を発揮出来る、それもただの一般兵がな」
「一般兵って…まさかあんなのがまだ?」
「大体千機くらいあるんじゃないか?」
「…………マジか」
あんなのと正面切って戦えないぞ俺達は。しかもあれ一般兵だって?じゃあそれに加えて逢魔ヶ時旅団もいるって事じゃないか。
ゾッと肝が冷える。また戦闘になったらあれも出てくる、いやそれ以前に…俺達はソニアの計画を止める為にソニアと事を構える必要がある。
こんなやばい軍勢を持つソニアを…俺達はマジで止められるのか?
「さ、行くぜ」
「え、ええ…」
軽く周囲の衛兵に挨拶をしつつ、俺達はロクス・アモエヌスの中へと入り。そのまま受付で待っていた係員によって会場へと案内される事になる。流石は月一で開かれているだけあり皆手慣れておりサイもなんだかんだで緊張している感じはない。
逆に言えば俺は緊張してる、というよりなんか勢いのまま来てしまったけどこれバレたらマジでやばいんじゃないかという意識しかない。今この場にはラグナがいないし、オウマがいる以上時界門も使えないし、これバレたら今度こそ離脱出来ずに殺されるんじゃないか?
「ん?どしたん?アマリリスちゃん。顔青いけど…まさか隊長悪いとか!?」
「い、いえ…少し緊張を」
「あ、そう…ならよかった。別に緊張しなくて良いよ、確かにチクシュルーブさんは怖い人だけど俺が守ってあげるから」
今回ばかりはサイが頼りだ。そうして俺達はロクス・アモエヌス屋上の会場へと案内され、その豪勢な赤扉の向こうへと招かれる事になる。
ロクス・アモエヌス屋上…高い塔の上に皿を乗せたようなフォルムのこの大規模建築物の、所謂皿の部分に当たる場所がここだ。普段はソニアが仕事場所に使っているというこの場所で褒賞会なるパーティが開かれるという話だった。
俺はてっきり表彰式みたいな簡易的な物で、売上が優秀なエリアマスターを前に呼びつけソニアが『貴方は頑張ったでしょう!』ってな感じ褒めるだけの簡単なパーティだと…思ってたんだ。
思ってた…ってことはつまり、事実は違ったという事。その実態は…。
「なるほど、仮面舞踏会」
開かれた扉の向こうには、アモエヌスの外にいた住人よりももう一ランク上の階層にいる住人達。富豪富裕層よりも上…こいつらは、なんだ?大富豪?よくわからん。
見るからに恰幅のいい男、見るからに厚化粧した女、それらがみんな仮面を被った上で会食をしている。この感じ…あれだな、エルドラド会談で見た感じと似てる。
いや、それより少し…妖しいか?
「そちらの事業の方は如何ですかな?」
「ええ、好調ですよ。やはり今の時代は魔道具事業に限りますな、どんな粗悪品でも非魔女国家は買い付ける、それがどれだけ高くとも。ただこちらは横流しするだけで荒稼ぎ出来るのですから」
「おやおやそうですか、私は海運事業なので羨ましい限りです。国王の胸先三寸で決まる仕事ですからね、今の世情では不安で仕方ない」
「そんな事を言って、随分多くのラールを買い付けていましたが…儲かっているのでしょう?」
「いやいや、ははは」
仮面の男達は随分景気のいい話をしてる、そこでなんとなく察する。ああ、こいつらは商人だと。
この街はラールを持っているかどうかで決まる、ラールを手に入れるにはチクシュルーブで金儲けをするより外部で金貨を稼いで換金した方が効率がいい。
となると貴族よりも安定して金を稼ぎラールを手元に置き続けられる商人の方がより上へ行けるのだ。金が全ての街…デルセクト臭いやり方だな。
「おや?サイ様ではありませんか、出席されるなんて珍しいですね」
「おう、まぁ〜な」
すると、そんな出席者達からサイは『様』付けで呼ばれているんだ、この場でのサイの立場はここにいる仮面の男達以上…ということか。俺はチラリと周りを見ながら会場を横断するように歩くサイの後ろを歩く。
「驚いたかいアマリリスちゃん、仮面人間ばかりで」
「ええ、私はつけなくても良いのでしょうか」
「いいんだよ、この仮面は飽くまでチクシュルーブさんが決めた見せかけの決まりなんだから」
「見せかけの決まり?」
「ここでは素性を探らないのがルールだ、つっても全員誰が誰だか分かってるし仕事の話も公然としてるからあんまり意味はないが、それでも深く踏み入るのはタブーだ。何よりチクシュルーブさんがそれをされたくないからそうなってるのさ」
なるほど、ソニアも突かれたら困る部分を抱えた人間だ。それをさせない為に全員に仮面をつけさせ全員に深く踏み入らないルールを適用させ、連帯感を持たせる事で自分への詮索を封じてるのか。
つーかさぁ…。
「あの、私達全員顔面晒し状態なんですけどいいんですか?超絶浮いてるんですが」
「あーいいのいいの」
いいわけあるか。
「おんや?サイィ〜!あんた出席してんのぉ〜?珍しい〜!」
「ンゥ最近調子がいいようだな相棒」
「おお!アナスタシア〜!ディラン〜!いぇ〜い!」
すると、会場の奥で俺達と同じように仮面をつけていない者が居る。できればもう顔を見たくないメンツ…そうだ。
逢魔ヶ時旅団幹部達…両刃剣を操る狂女アナスタシアと割れ顎の伊達男デュラン。そして…。
「ん、先日の。君達も来たのか」
ラグナを倒した男…ガウリイルもいる。ヤベェ…冷や汗止めらんねぇ…分かってたけどこいつらは怖え〜!しかし何故かガウリイルが友好的だ…なんでだ?
「おうおう!紹介するぜ!こちらにいるのが俺の奥さん!アマリリスちゃんでーす!いぇーい!」
「うっそ〜!噂には聞いてたけどマジで結婚したのかいアンタ〜!ぅおめでとう〜!」
「フゥー、ンゥ相棒がまさか所帯を持つとは、アン想定外だな」
「美人の妻を持ったな、ちゃんとしろよ、サイ」
「ああ!俺達ラブラブなんだ〜!ねぇ!アマリリスちゃん!」
「……ええ、主人がいつもお世話になっております」
「うわ、めっちゃ丁寧。ディラン…こういう時アタシはなんて返せばいいの?結構なお手前?」
「いつも通りのキミでいれば、ンァいいのさ。取り繕ってボロが出る方が失礼ってもんだよ」
「そっか!よろしくねアマリリスちゃん、おっぱいでかいね!アタシの風俗で働かない?」
「ン、ンン〜!多少は取り繕った方がいいかなァ〜!」
水楽園のエリアマスターディランと娼楽園のエリアマスターアナスタシア…、どっちも直接対決したことのあるメンツだが、どちらも俺を疑る様子はない。アナスタシアなんか俺の乳をバインバイン叩いてくるし、これならバレる心配はないか…?
「ピピ…認証、敵対存在と認識…」
「え…!?」
「………攻撃を開始する」
無機質な声が響く、無機質で、鉄のように味気なくて、それでいて確かな敵意を秘めた声。慌てて振り向けばそこにいたのは…。
(ギガンティックシジキ…!)
シジキだ、天井に頭が届くんじゃないかって位の図体をしたコイツが…俺達を見下ろし、武装を展開していた。や…やばい…こいつ。
気がついてる!俺達の正体に!
「魔力反応に同一性確認…承認完了」
あ、やば!魔力か!俺の呪術は肉体は変えられても魂までは変化させられない!そこでバレたのか!そういやデティも昔似たようなことやってネズミになったエリスを助けてた!まずい…こいつそれ程までに高い魔力認識能力を持つのか!
ど、どうしようと俺はメグとネレイドに視線を向けると。
「おうゴルァッ!この腐れポンコツ野郎がァッ!」
「衝撃を確認、…反撃行動…承認不可、味方サイ・ベイチモからの攻撃を確認」
しかし、そこで咄嗟に俺を庇うように飛んできたサイが蹴り一発でシジキを壁の際まで押し飛ばし…って嘘だろこいつ!ネレイドでも組み合うのがやっとなシジキを蹴り一発で!?
「真意の確認を開始、サイ・ベイチモ…当機体は味方関係の筈」
「ッるせぇ!テメェ今俺の愛しのアマリリスちゃんに何しようとしたァッ!」
「アマリリス…否定、そこにいるのは敵対関係者」
「はぁ?頭ぶっ壊れてんのかこいつ。目ん玉修理してもらえよ!」
「当機体は破損していない」
「あのなぁ、ここにいるのは俺の奥さんのアマリリスちゃんとそのツレ。一切の攻撃行動は俺の責任によって禁ずる。いいな」
「…………了承、攻撃可能存在の認識を書き換え…完了」
「ったく」
…サイが、助けてくれたのか。こいつ…そっか、俺のことお嫁さんだと思ってるからか、…フゥー助かった〜ッ。オマケにシジキに攻撃の禁止も命じてくれて…マジで助かったぜ。
「悪いなアマリリスちゃん、こいつ脳みそまで機械に置き換えてるから偶に変なこと言うんだ。でももう安心だからな」
「た、助かりました…サイ。とても怖かったです」
「そ、そーかそーか!俺が守ってやるからなぁ〜!」
「………………やーい」
「……………疑念」
やーい、バーカとサイに抱きつきながら後ろにいるシジキに向け舌を出す。やーいバーカ、俺に手出しできねぇーだろ!脳みそまで機械になってんだってな!そのせいで詳しい説明できねーでやんの!
「それよりさ、まだなのか?オウマ団長とチクシュルーブさんは」
「もうすぐ来る、食事でもして待ってろ」
「うーい、アマリリスちゃんこれ食べる〜?美味しいよ〜!」
ソニアはまだ来ないか…、にしても褒賞会ってのは多分名ばかりだな。だって関係ない人間が多すぎる、きっと売り上げ優秀者に対する云々カンヌンは建前…本当は、多分密会…いや談合か?
ここにいる商人達は恐らくこの街に住まう中でも上澄の成功者達。それをソニアが抱え込む形で取り巻きにして自らの権威の安定に利用している。つまりこの集まりはただ単にソニアにとって都合がいいから開かれているだけで、エリアマスターの褒賞は言ってみれば誰にも文句を言われることなくこの会場に自分の護衛を配置出来るから。
それを事実に、幹部が全員ここに集合してるしな。もしここの誰かがソニアに歯向かえばその瞬間ここにいる逢魔ヶ時旅団が牙を剥くってわけだ。
(色々考えてんだな、ソニアも)
そして、そこまで考えてやりたいことって…一体。
「お待たせしました、皆さま」
「ッ…!」
「来ました…!」
「む……」
瞬間、奥の扉を開けて現れたのは…ああ、エルドラド会談で見たあの仮面。俺達の馬車に来た時はつけていなかったあの黒と金の仮面をつけた女が、このマレウスにおいてチクシュルーブと名乗る女が…。
別名『双貌令嬢』の名を持つ悪鬼羅刹の子…ソニア・アレキサンドライトが、現れたのだ。
「少々用事を済ませていました」
カツカツとヒールを鳴らしながら歩み、夜の帷の如きドレスを揺らし、ソニアは皆に一礼しながら会場へと向かう。そしてその背後には…。
「…………」
オウマもいる、八大同盟の一角にしてサイ達の団長…逢魔ヶ時旅団のオウマ・フライングダッチマンが。
ひぃ〜…すげぇな、こうして見るだけでも体が震えるような魔力だな。ジズの魔力は静かで見通せない物であったのに対してオウマのそれはまるで爆音を上げ燃え上がる大炎。荒々しく、それでいて熱く恐ろしい。少なくとも魔力量で言えば俺達魔女の弟子の誰よりも大きい。
やっぱ…戦って倒せるようには見えないな。いや戦う気はないんだけども…どーせやることになるんだろうなぁ。
「チクシュルーブ様、ご機嫌よう。本日も麗しいですなぁ」
「先月にも増して理想街は栄えているようで、流石の手腕でございます」
「チクシュルーブ様の口添えあってこそ我々も大手を振って商売が出来ると言う物で」
そしてソニアが姿を現した瞬間、その周りには仮面の男や女が集い始めみんなでソニアをヨイショし始めるのだ。
「フフフ、皆さまが精力的に働いた結果ですよ。私はただ少しお手伝いしただけです」
…え?今の穏やかに笑ったやつ…あれソニア?アイツあんな可愛らしい声出せるのか?もっとこうチンピラみたいな喋り方してなかったか?
いや…あ〜。そういえばエリスとメルクから聞いたことがある。ソニアは双貌令嬢と呼ばれるように二つの顔を使い分ける。表の『令嬢』としての顔と『裏』の悪魔の顔。ソニアが味方として認識している相手には礼儀正しく、そうではないものには本性を。
つまりあれはソニアの表の顔なのだろう。すげぇ変わりよう、怖えの。
「何を仰いますやら、全てチクシュルーブ様のおかげです」
「それよりここ最近体調が良くないというお話を聞いていますが、大丈夫ですかな?」
「ええ問題ありません、ただ最近は働き詰めで…少し食事を怠ってしまっていたようで、反省しています」
「そうでしたか、でしたら早速…」
「おら、退けよ。チクシュルーブが歩けねぇだろ」
「おっと申し訳ないオウマ殿」
そんな商人達を押し退けるのはオウマの役目だ。彼は手で商人達を押してソニアの道を確保する、商人達もオウマの存在を認知しているのか申し訳ないと頭を下げる。やはりこのパーティは定期的に開かれ、その都度商人達はオウマ達を見ているのか。
とすると、ここにいる連中は…オウマ達が何者か知っている可能性が高いな。
「それでチクシュルーブ様、本日はどのようなお話を聞かせていただけるのでしょう」
「いつもいつも美味しいお話ばかりで、是非とも我々も一枚噛ませてほしいのですが」
「ふふふふ、ええ…皆さんに是非、紹介したいものがあります。きっと皆さんの懐も潤うことでしょう」
「紹介したいもの?」
「オウマ、準備」
「へいへい」
するとソニアは商人達を押し退け、会場の中央に配置されたお立ち台の上に立つ。それを見た商人達はこれから始まるソニアの話に耳を傾け黙り込み、場は一気に静寂に包まれる。
「なんか始まるみたいだな…」
「ええ、これは良い話が聞けそうです」
そしてそんなソニアを見て、俺とメグはこっそりと体を寄せて小声で話し合う。どうやらソニアは何か重要な話をするようだ、こいつはいい土産話ができそうだ…危険を冒して潜入した甲斐があった。
「…皆さん、本日はお集まり頂きこのチクシュルーブ…感謝の至りを表します。本来ならば今月の売上を報告し、優秀者に対して表彰を行うところですが…私も一瞬でも早く皆様にお話ししたいことがあり、こうして割愛させて頂きました」
徐々に会場の光源が薄くなり、ソニア一人にスポットライトが浴びせられる。否が応でもソニアの話に耳を貸さなくてはならない状況が生まれ、全員が黙ってソニアの話を聞き続ける。
「先月お話しした通り。私はとある兵器の開発を行なっております、この私が…皆様より頂いた資金によって完成させた『世界を変革させる超兵器』。それがようやくお見せできる段階にまで至ったのです」
『おおぉ!』
『遂にッ!』
『待っていましたぞ!』
来た、エリス達の言ってた超兵器の話だ。ってかお見せできる段階だって?つーことはもう完成は間近ってことじゃねぇか!思ったより時間がないのか!?
「早速見て頂きましょう…私が作り上げた。『超長距離破壊兵器・ヘリオステクタイト』を!」
パチン!とソニアが指を鳴らすと…地面が揺れる、音が響く、何事かと暗くなった室内を見回すと、最奥に見えるガラス張りの壁、その向こうに…何かが現れる。
「なんだあれ…!」
「あれは…」
窓の外に何かが現れる。慌てて窓辺に駆け寄り見て見ると…そこには開いた地面から伸びる巨大な何かが屹立していた。見てくれは白い彫像、無数の腕が巨大な剣に絡み付くような不気味なデザインをした彫像だ。
特筆すべきはそのデカさ。なんせここはロクス・アモエヌスの屋上だぜ?それをお前…窓の外に見えるくらいにはデカいんだ。
「あれが…ヘリオステクタイト…?」
「大きい…しかし、どう使う物なのでしょうか」
「お前も分からん感じ?」
「えへん、分かりません」
「なんで自慢げ…?」
窓から見るにヘリオステクタイトはただの彫像に見える、それもただただ馬鹿でかいだけのモニュメント。これをどう使うんだ?剣の先からビームが出るとか?それともなんかこう…動き出すとか?
そう疑問に思っているのは俺だけではないようで周りの商人達も怪訝そうな顔をして。
「あ、あの?チクシュルーブ様?これはどう言う兵器なのですか?」
「お話によれば国を一つ吹き飛ばせる威力があると…そういう話でしたが」
「私方にはただの不気味な…えっと、前衛的なモニュメントにしか見えませんが」
当然の疑問、そりゃ分からん。ただソニアと周囲の逢魔ヶ時旅団の面々は既に知っているのか無反応…或いは不気味な笑みを浮かべている。
「では今日は特別に…動いているところをお見せしましょう」
「え!?」
「窓の向こうに山が見えるでしょう。理想街の郊外にある山が…今からあれを、吹き飛ばします。跡形もなく」
そう言って指差し先にはそれなりに大きな山の影が月の光に照らされて見える。ここから結構な距離がある上にそもそも大きい山を、今から吹き飛ばすと言うのだ。
はっきり言おう、想像出来ん。あれくらいの大きさの山となるとエリスが全力で古式魔術を撃っても半日は連発しないとダメだろう。それを今から吹き飛ばすと?この彫像を使って?
全員が固唾を飲む、ソニアが動く、指を鳴らし…告げる。
「ヘリオステクタイト《仮式》…起動」
「なっ!?」
その瞬間世界が闇に照らされる、今まで地上を照らしていた全てのエリアの光が一瞬にして消えたのだ。遠くから聞こえる街人達の困惑の悲鳴を他所に…突如として現れた彫像ヘリオステクタイトは…まるで街のエネルギーを吸ったように動き出す。
あれだけ大きな彫像が…浮かび上がる、下から炎が噴き出し…飛び上がる。壮絶な轟音と衝撃を伴いながら天への一気に飛翔したヘリオステクタイトはソニアの宣言通り向こうの山に向けて飛んでいくのだ。
まるで天を切り裂く剣ように、夜空を炎にて切り裂き真っ二つにしながら遠方の山に吸い込まれるように消え…そして─────。
「ッッ…!?」
爆裂、闇に包まれた世界が一瞬朝になった…かと思うほどの巨大な爆裂、真っ赤な光が視界を照らし一歩遅れて大地が揺れるほどの衝撃が走り、そしてさらに遅れてそれが『爆音』であることに気がつく。
ここまで届く爆音、届いてなお大地を揺らすほどの爆音、ロクス・アモエヌスがぐわんぐわんと揺れるような衝撃に思わず倒れそうになるものの俺は窓辺に食いつき、それを見る。
(山はどうなった!?つーかなんだあの威力!魔術なんか比じゃねぇぞ!)
灼けそうな視界の中、俺は必死に目を凝らし…徐々に闇に順応し始めた瞳が、結果を捉える。爆音と爆発…その向こうにあったのは。
『頂上付近から円形に抉れた山の姿』だった。…地形が、一撃で変わった…?
「おっと、想定していたよりも威力が低かったですね…ですがご安心を、これは飽くまで仮式。本来の物には更に強力な『魔力炉心』を搭載します、その威力はザッと…そうですね、これの五十倍になるでしょうか」
「……………嘘だろ」
『アレ』で…本来の物の五十分の一の威力だって?タチの悪いセールストークだと思いたいが、こりゃあ多分事実だ。ソニアは本当に世界を変える兵器を作り上げてしまったんだ。
『素晴らしい…素晴らしいですよチクシュルーブ様!』
『これ程とは!やはりあなたは天才です!』
『凄い、これだけでも買い付けたい!』
「なぁ、メグ…」
騒ぎ始めた商人達の中、俺とメグは密かに小声で話し合う。見ただろ、あの威力…。
「ありゃあ、なんだ…爆弾?にしては威力がおかしすぎる。魔装ってやつか?」
「いえ、帝国の魔装でもアレほどの威力は出せません。というか現状の技術ではアレだけのエネルギーを生み出すことは出来ないのです。あれだけの熱量を生もうと思うと相応の大きさの魔力炉心を搭載する必要がありますから」
「相応の大きさって、どのくらいだ」
「現実的ではない大きさです、ロクス・アモエヌス一つ分を魔力炉心にする必要があります…」
「あれでか、しかも本命はその五十倍だから…どう考えても足りないな」
「ええ、ですが事実としてソニアはこれを可能にしている。現行の魔装開発技術を根底からひっくり返すようなエネルギー効率論を生み出さなければ出来ないような事を…」
「一体、何がどうなってんだ…」
恐らくヘリオス・テクタイトの中には魔力機構の心臓となる魔力炉心が詰まっている。だがあの威力を発揮するには魔力炉心はもっと巨大でなくてはならない。ということは技術的にも現実的にも不可能ということ。
一体何をエネルギーにしてるんだと俺とメグが話し合っていると。
『ええ、皆様には是非…これを世界的に流通させていただきたい』
「…何?」
ふと振り向くと、そこには商人達に向けてとんでもない話をしているソニアの姿があった。そう言えばアイツ…この武器を商人達に見せてどうするつもりなんだ?決まってる、売るんだ。なら商人達はこれを買ってどう来る?…当然、こちらも売る。
まさか……。
『ヘリオステクタイトは世界を変革します、この武器が有れば世界はひっくり返ります。魔女大国が今まで幅を利かせていたのはいざと慣れば魔女という絶大存在の武力を行使できるから、或いは行使させられる可能性があるから…魔女大国は今まで絶対だったのです』
ソニアは語る、魔女大国の存在とはつまりなんなのか。極大的に分解して解釈すれば魔女とは即ち超過剰な戦力。国家の枠組みに収まらない世界最強の武力行使手段そのもの。それを持つからこそ魔女大国は強く、そして優位であった。
例えば、もう二十年以上前に行われた魔女対アルクカースと非魔女国家エラトスの戦争。内容は殆どアルクカース人による蹂躙であったが戦争を決めたのは魔女アルクトゥルスによる国全域を破壊する一撃だった。魔女の前では如何なる抵抗も無駄であると示した極めて象徴的な結果に終わったこの戦争は…。
或いは、非魔女国家と魔女大国の関係性を明確にしたとも言えるだろう。だが…もし、非魔女国家が魔女と同程度の火力のある物を手に入れれば。
『魔女と言う存在は、並ぶ物がいないからこそこの世界で幅を利かせられたのです。なら並ぶものがあれば…その絶対性は失われ、魔女大国の優位性も消え去る。非魔女国家も魔女大国を相手に物を申せるようになるですよ…私はそんな世界を作りたい』
エリスが言っていた…オウマ達の目的。魔女の優位性の消滅、そして人類そのものの対等、それを可能にするのがヘリオステクタイトという絶対兵器…、もしこれがなんらかの方法で世界に流通すれば…とんでもない事になる。
言い方は悪いが今の世界の平穏は魔女大国が絶対だから、無用な戦争が起こらずにいる。だがもしこれが失われればエラトスみたいな無茶する奴が爆発的に増える…絶対的な力持つ奴が皆魔女のように広い視座を持つとは限らず。抵抗出来る手段を持った奴が、それを行使しない理由は何処にもない。
『その一助を皆様には担っていただきたい。ここに集まった世界中に拠点を持つ商人の皆様によって…全ての国にヘリオステクタイトを売る。皆様の手腕ならこれが出来るでしょう』
『ええ勿論、やり方など沢山ありますからな』
『例えば、戦乱を軽く煽ってしまえば皆こぞって強い兵器を買い付ける。隣国がヘリオステクタイトを買えば他の国も挙ってヘリオステクタイトを買い付ける』
『それでもし何処かの国にヘリオステクタイトが落ちれば…むほほっ!それだけで絶大な宣伝効果が期待出来ますなぁ!』
『死人は出れば出るだけよい、その分だけヘリオステクタイトの値段も釣り上がると言う物』
…こいつらマジかよ。今の爆発見てなかったのか!?あんなもんを無秩序に売り捌くって…そんなことになったらあっという間にヘリオステクタイトが飛び交う世界が生まれるぞ!そうなった時…人類はどれほど生き残れる、築き上げた文明はどれだけ残る。
メルク達はソニアの狙いを世界転覆と形容した。だが俺はもうソニアの狙いを転覆程度で済ませるつもりはない…。
破滅だよ、世界が破滅する!第二の大いなる厄災が起こり始めてるんだ!
『しかし懸念点がある、もし世界中に売り捌いて…それを独自に改良し、より廉価で売り捌く国が現れるかもしれない…そうなると我々の利権に関わる…』
『確かに無秩序に売り捌くのは良くないかもしれない、売る相手はもっと吟味して…』
しかもこの期に及んで利権の話…こいつら、頭終わってるのかよ…。もっと気にするところがあるだろうが。
そう考えているとソニアは首を横に振り。
『ふふふ、ヘリオステクタイトは『核融合魔術』と呼ばれる魔術を行使した特製の兵器です。核融合魔術は現代の魔術では再現不可能な魔術です、なんせレーヴァテイン遺跡から出土した文献にのみ記載があった魔術ですからね、おいそれと模倣は出来ませんよ…それこそ私でもない限り、量産は出来ない』
「核融合魔術…分かるか?メルク」
「分かるわけないですよ、レーヴァテイン遺跡ってことはその技術はディオスクロアではなくピスケス由来。ディオスクロア文明に生きる私達にとっては埒外の存在なんですから」
「確かに………ん?」
ピスケスってあれだよな、魔術に頼らず科学技術によって繁栄した国…だったよな。それがなんで核融合魔術の文献なんか持ってるんだ?それとも…ソニアは嘘をついているか、何か隠していることがあるのか?
『核融合による爆発は核爆発と呼び、周囲に解毒不可能な毒を振り撒きます。例え魔女とは言え直撃を受けずとも毒に冒されれば死に至るでしょう。つまり…』
『我々は遂に魔女を殺し得る存在を手に入れたと…そう言うことですね』
『ええ、これが真の意味で完成すれば我々の計画は最終段階に移行することが出来る…、そうですね話によれば今から十七日後に、全ては整うとの話でした』
『と言うことは例の変換器ももう?』
『それはもうとっくに完成して全エリアに配置済みです』
…なんだ?変換器って…。なんて考えているとソニアは指を鳴らす。すると天井から壁が降りてきて、その壁に貼り付けられた巨大なマレウスの地図を見上げる。
『十七日後…全てが整いしその時、私達はまずこのヘリオステクタイトをサイディリアルに撃ち込みます』
『おお!』
「なっ…!」
今アイツなんつった!?サイディリアルに撃ち込む!?確か今あそこにはステュクスやレギナちゃんが居たよな!?いやそれだけじゃない、あそこはこの国の王都だぞ!?どれだけの人間が住んでると思ってんだ!?
そこに撃ち込む…?どんだけ死者が出ると思ってんだ…。
『そしてマレウスという国をヘリオステクタイトで完全に掌握し、私たちが世界中にヘリオステクタイトを売り捌く土壌を作り上げる。その後世界は新たな時代を迎える』
『世界中が魔女に匹敵する武力を持つ時代…』
『そしてそんな時代の中心で、我々マレウス人は唯一ヘリオステクタイトを量産出来る技術を持つ国として世界の覇権を握る!』
『魔女さえも我らの顔色を窺う時代がやってくるいうわけか!これは愉快だ!』
「……………」
ヤベェ、マジでヤベェ…こいつら全員狂ってる。行動で得られる利益にしか目が行ってない。その過程で生まれる死者の数や破壊される規模を全く勘定に入れてない!狂人共が…そんなことになったらマジで世界が終わっちまうぞ。
それともソニアはそれを望んでいるのか?アイツなら世界が破滅することくらい分かるはずなのに、そんな世界で金儲けなんかできるわけないって分かるはずなのに。
ソニアの目的は金ではなく世界の破滅?…そんな奴だったのか?俺はソニアを良く知らないからなんとも言えんが、メルクの言い分的にアイツはそこまでの奴じゃないと思ってたのに。
「メグ…」
「ええ、これは悠長に構えている暇はなくなったようです…」
「なんとしてでも…阻止しないとね」
そう、なんとしてでも阻止しないといけない。だが…現状どうすればいいのか全く分からない。何をどうすれば止まるんだこれは、一個人をぶん殴って止まる規模じゃねぇぞこれ。ハーシェルの時と違いソニアを倒せばそれで終わりってわけでもない。
金が動いている、人が動いている、組織が動いている、それは一個人の消失で止まる物ではない。もう巨大な大河となってこの計画は進んでいる…それを俺達は、止められるのか?こんな状態で。
「クソッ、最悪だぜ…」
俺達はソニアが動き出す前に、ヘリオステクタイトが動き出す前に、全てを終わらせなきゃいけなくなった。それほどまでにソニアという人間は狂っている、人の命をなんとも思っていない。いやここにいる全員おかしい…。
放置すれば、こいつらによってヘリオステクタイトが世界中にばら撒かれ…世界が終わる、全てを破壊する兵器が空を飛び交い、何もかもが破壊される最悪の世界が来てしまう。だから十七日後までに俺達はソニアの計画を潰し、ソニアをなんとかして止めて、それを阻止する逢魔ヶ時旅団全員を倒さなきゃいけなくなった。
…嗚呼、クソ。こいつはちょっと…想像以上だぜ。
(なぁおいエリス…メルク…お前ら、今どこにいるんだよ、今とんでもないことになってるぞ…)
これはちょっと、地上組だけじゃなんともしようがない。俺達だけではどうやっても止められない、だから今は祈る…今もどこかで戦っているはずのエリス達の活躍が、状況を好転させることを。
頼むぜエリス…そしてメルク。お前らだけなんだ、ソニアを止めたことがあるのは。だから今は…お前らを信じさせてもらう!俺達も出来る限り頑張るからさぁ!