550.魔女の弟子と宇宙一の美人令嬢アマリリス
魔女の弟子達がチクシュルーブに訪れ、そしてソニアの闇を暴く為二手に別れてより…一日が経った。
昨晩大穴の中へ消えたメルクリウスを捜索する為ソニアは地下に追手を向けたものの、地下の膨大な空間の中からメルクリウス達を探す事はできず捜索は難航。
それと同時に、ソニアは地上にも目を光らせていた。
メルクリウス達とは異なり、地上へ逃げ延びた四人の魔女の弟子…ラグナ、アマルト、メグ、ネレイド。ソニアはこの四人を警戒していた。
逢魔ヶ時旅団曰く、四人は馬車を使って街を離れ逃げ出した…との報告を受けたものの、それでもあの弟子達が仲間を見捨てて簡単に逃げるとは到底思えず、通常の五倍近くの憲兵達を動員し、チクシュルーブ全てのエリアで警備を拡大。
ラグナ達は絶対に戻ってくる、そしてその時こそが…ラグナ達を捕まえる二度目のチャンスであると、考えていた。
そして…。
「ええっと、指名手配はこの四人だよな」
「赤髪と茶髪とメイドと巨人女…ねぇ」
ぼやきながら食楽園エリアを歩き警備をしている憲兵達は、朝方全員に配られた手配書を手にため息を吐く。なんでも昨日の夜恐ろしい犯罪者が脱獄してしまったらしく、領主のチクシュルーブ様はそれを大変気にしている様で…こうして一般兵にもお達しが来たという訳だ。
「脱獄犯なんて…物騒だよな」
「でももう街を離れたんだろ?こんな真面目に見張りする必要あるのか?」
「さぁ」
魔女の弟子の件も、逢魔ヶ時旅団の存在も、理想卿の本性も、何も知らない一般警備兵達は呑気に街の大通りを歩きながら形だけの経費を続ける。
にしても…。
「はぁ〜今日はいい天気だよなぁ、こんないい天気の日にはこう…美人に声かけてさ。一緒にお茶がしたいよなぁ」
「お前またそんなこと言ってんのかよ、っていうか今勤務中」
「いいじゃんいいじゃん、その脱獄犯とやらが実際まだ街に残ってたとしてだ。そんなのがこんなさ?俺達が見張ってる様な分かりやすーい所にいるわけねぇーって」
「そうかもだが、それでも不真面目にサボったり遊んだりしていい理由にはならないだろ」
「なんでぇ…ん?」
ふと、不真面目な憲兵が唇を尖らせながら食楽園のカフェテリアに視線を向けると…そこには。
「おい見ろよ!あそこ!すげー美人が二人いるぜ!」
「なに?…うぉっ!美人…」
そこにはドレスを着た二人の美人が優雅に紅茶を飲んでいたのだ、きっとまた何処からか貴族が遊びにでも来たんだろう。いやそんなことはどうでもいい。
大事なのは美人であること、やや背の高いお姉さん系の茶髪の美女は艶やかな唇を動かし紅茶を飲み、もう一人のちょっと背の低い赤髪の妹系の赤髪のかわいい〜子が紅茶をフーフーしながら飲んでるんだ。
こりゃ今まで見たことがないレベルの上玉、声をかけないわけにはいかないと不真面目な憲兵は慌ててカフェテリアに駆け込み。
「ちょっとちょっと〜、そこのお姉さん〜」
「あら?私達かしら」
「…………」
声をかけると茶髪の美人と美しい切れ目をこちらに向け鈴の音のような美しい声で微笑み、赤髪赤目の可愛い子はこちらをジッと見たまま静止する。これは好感触、もしかしたら一緒にお茶が飲めるかも…!
「実はさぁ、俺達今すげー暇してて、是非とも一緒にお茶が飲みたいなぁ」
「もしかしてナンパかしら?けどごめんなさい、今は妹と一緒に朝日を楽しみながらモォーッニングティーッを飲んでる所でして」
「………」
「そ、そうなの?っていうかさっきから赤髪の子…なんで俺を見て停止してるのかな」
「妹は人見知りなの、許してあげて?ご覧通り貴方達が近くにいるとお茶が楽しめないの。また今度にしてくださるかしら?」
断り方まで品がある!これは本当に上玉だ…是非とも物にしたい!と不真面目な憲兵は茶髪の美人の肩に手を回し。
「なぁなぁ、そんなこと言わないでさぁ〜お願いだよ〜」
「ちょっ、だから…」
すると、その瞬間赤髪の子がピクリと動き…。
「……アマルト、やるか?」
「バカ、手ぇ出すな」
「ん?なんか言った?」
「いえいえ何も」
なんか一瞬何か聞こえた気がしたんだけど…気のせいか…。まぁいいや!それより!
「ここのお茶代も俺が出すよ!だから…」
「失礼…、何をされているのですか?」
「へ?」
トントンと肩を叩かれ、ふと振り向くと…そこには。
「お嬢様達は今、お茶を楽しんでいるのですが…それを邪魔する程の急用がおありで?」
「……………」
「うっ…男…!?」
そこにいたのは、端正な顔立ちをしつつも、なんとも気難しそうなキリリとした片眼鏡の執事と、筋肉ムキムキの信じられないくらいどでかい上裸の巨人が立っていた。
こ、これなんだ…?まさか執事とその護衛?ってかデカッ…柱かと思ったら人間かよ!
「もし、お嬢様達にナンパ…だなどと言う不埒な行為を行うのであれば、私も執事として…相応の対処をしなくてはなりませんが、勿論。背後の彼もそれに参加します」
「ひっ!じょ…冗談ですよ冗談!失礼しましたー!!」
憲兵は慌てて逃げ出す。あのお嬢様二人を逃してしまうのはもったいないがあんなおっそろしい奴らが護衛にいるならお茶を楽しむどころではない!
「ひぃ〜!」
「玉砕か?」
「おっかねぇのがいた…なんなんだアイツら」
「さぁな、チクシュルーブにはいろんな人間が集まるし、ああ言うのもいるだろう。それより脱獄犯が潜伏していた場合に備えて真面目に警備だ」
「はぁー…はいはい、仕方ない」
そんな会話をしながら…立ち去っていく憲兵達。それらを見送る茶髪の美人は…美しい顔立ちを崩しグェッとジト目でその背中を見て。
「クソアホナンパ野郎が…、女の口説き方もしらねぇなら関わってくんじゃねぇよ」
「口が悪うございますよ、お嬢様」
「ああはいはい、悪うござんした…でも助かったぜ?メグ」
「いえ、助けられたなら…幸いでございます、アマルト様」
なんて会話を、人知れずするのだった。
…………………………………………………
警備の目を掻い潜るならいい手がある。そう言い出したアマルトの策により…ラグナ達は物見事に憲兵達の目を誤魔化し、再びこうして理想街へと潜入することに成功した。
その策とは何か?…即ち、これだ。
「うぅーん、紅茶うめぇー」
「あ、アマルトさぁ…」
カフェテリアで優雅にお茶をするのは茶髪の美人と赤髪の美少女達だ。その背後には気難しそうな片眼鏡の執事と常軌を逸する大きさの戦士が立つ。
そうだ、即ちここにいる四人こそが…ラグナ達なのだ。
「こんな格好までして…俺は…」
「なんだよ、お前オライオンでシスターの服着たんだろ?今更だろ、変装なんか」
「全然違う!」
策とは即ち変装だ、姿を誤魔化しチクシュルーブに入り込み憲兵達の目を誤魔化すのだ。そうして変装しているのがこの姿…茶髪の美人がアマルトで、赤髪の美少女がラグナで、執事がメグ…そして戦士がネレイドというわけだが…。
「騒ぐなよ、ラグナ」
茶髪の美人に扮したアマルトが軽く動くと、その胸にぶら下がった乳房がボヨンと揺れる。一般的な女性よりも二回り程大きな胸が生み出す揺れと柔らかさは…偽物のそれではない。
と言うか先程から喋っているアマルトの声も、顔も、まるで別のものだ。とても変装の域にあるとは思えないこの変化こそが…アマルトが提案した策。
「まさか…マジで呪術で性転換するとは思わんだろ…普通」
「そうか?可愛いだろ?お前も俺も」
その名も『性別入れ替え大作戦』。呪術による力でラグナ達四人は性別を男から女へ、女から男へと変化させているのだ。しかもただ体の構造を変えただけではなくその顔は『もしラグナが女性として生まれていたら…』と言うもしもの可能性をそのまま投影している様な完成度の高さだ。
故にアマルトは男の時より若干背が高くなり胸が膨らみ、代わりにラグナは若干線が細くなり背も低くなり、幼げ溢れる姿になったのだ。
まさかこんな術が使えたとは…とラグナは紅茶を口に含み考える。
「いつこんな呪術覚えたんだ?」
「別に?いつもの変身呪術の応用さ。まぁでもいつも通りやったらこうも上手くはいかない、けど…ほら、前立ち寄った魔術理学院。あそこで見た遺伝子組み換え魔術を見て思いついたのさ。これ上手く利用したら染色体もいじれるじゃね?ってな」
「センショクタイ?」
「まぁ簡単に言えば男が男であるために持つ遺伝子と女が女である為に持つ遺伝子さ。こいつらは元を正せば殆ど同一のものでさ、これをチョチョイと反転させれば…お前が女として生まれていた場合の可能性を反映した姿を再現できるのさ」
「つまりこれは、俺が女性として生まれていた場合の姿…ってことか?」
「おう、平行世界ってのが本当にあるとして、そんなifの世界にある可能性の一つって訳だ。古式魔術ってのはすごいよな」
ただ女性になるだけでなく、女性として生まれていた場合の姿へと変じる。それはつまりこの世には実在しない存在へと変身することを意味する。女として生まれたラグナを見たものは少なくともこの世には一人としていないからバレる事はまず間違いなくない。
それにしても、俺は女として生まれた場合こんな貧相な体に生まれていたのか。腕も細っこいし、まぁ力は殆ど衰えてないから戦えるには戦えるが…。
「なんか、違和感がすごい。喉から出る声が自分じゃないみたいだ」
「いい加減慣れろよ、折角メグに女物の服を取り寄せてもらったんだからな、な?メグ」
「はい、このメグ…全力でコーディネートしました」
と語るメグもまた男になっている。女のメグはスレンダーな見た目だったものの、男の執事となったメグの体はがっしりしており男のラグナよりも男らしい体つきと言える。
何よりその顔、生真面目で気難しそうな切れ目と万物を見通してそうなクールな口元。なんというか…雰囲気だけの話だが。
「ジズに似てるよな」
「なるほど、アマルト様はそう思うのですね。自刃します」
「冗談だよ…、ネレイドの方はどうだ?」
「………力のコントロールが出来ない。自分で自分が恐ろしい…」
一方ネレイドも男になっているんだが…なんか、女の時よりもデカくなってる。ゴツい岩みたいな顔で地鳴りの様な声を上げ、丸太よりも太いムキムキの腕を若干動かしながら力がコントロールできないと言うのだ。
男の体になったせいか、腕力が凄まじく強化されているのだ。…こいつは元に戻さないほうが強いんじゃないか?と思うレベルだ。
「かっこいいよな、ネレイド。俺やっぱり筋肉ムキムキの体が好きだ」
「えへへ」
しかしこの顔でいつもみたいに無邪気に笑うと…気味悪いな、やっぱ全部終わったら元に戻したほうが良さそうだ。
「ま、ともかくこの格好なら天地がひっくり返ってもバレねぇ。安心して楽しめ」
「楽しめって…でも不思議な感覚だ。エリス達はいつも胸にこんな錘を付けて戦ったのか…」
「いやお前エリスより胸デカいじゃん、ってかちょっと触らせろ」
「バ!バカ!セクハラか!?」
「いいじゃん、俺も触っていいぜ?すげーデカいから」
「アホ!」
「ふふふ、胸を触ることが出来るのは女性の特権でございますから存分にお楽しみくださいませアマルト様、ラグナ様」
「メグも止めて!」
「では私とネレイド様も触り合いっこしましょうか、男の部分を…つまり股間」
「別件で捕まるから絶対やめろ!」
何故か優しげな顔で微笑むメグを止めつつ一旦咳払いをする。
「ともかく…そろそろ真面目な話をするとしようか」
「ずっ不真面目だったのお前だけだろ」
「いやそうでもなくない?いやそうじゃなくて、で?実際どうするよ…表から攻めるったってよ」
アマルトが胸と膝を机に乗せ頬杖を突く、自分たちの目的はチクシュルーブに入ることではなくこのチクシュルーブでソニアの計画を止める方法を模索すること、一応聞いた話では結構ヤバげなことしようとしてるみたいじゃん?と口にするアマルトを前にラグナは腕を組み考える。
「当たり前だが居住区周りには近づけない、理由は単純金がない」
「ならどうするよ」
「まずは立ち寄った事のないエリアを探ってみよう。現状なんのとっかかりもないからな、取り敢えず動くところからだ、そうだな…今日は金楽園エリアに行くか」
「お!」
「言っとくが遊ぶのは程々にしろよ、今俺達の手元にはそれほど多くのラールがある訳じゃない」
一応、変身してから朝一番で魔女通貨とラールを交換してきたが…交換出来るのは一人1万ラールまで、八人いる時は8万ラールまでいけたが今は四人だ、つまり収入は半減の4万ラール。
金銭的な余裕も無いし遊ばせてやるわけにはいかない。
「5000ラールだけ!」
「お前なぁ…」
「まぁ少しくらい良いのでは?それにアマルト様がカジノで遊びたがってるのは…ご本人がただ遊びたいから、ではないのですよね?」
「まぁな、収入が減ったから少し増やそうと思って」
「………」
アマルトのギャンブル強さは分かってる、けどそれでもギャンブルはギャンブル…ダメな時もある。それに片足乗せるのは少々怖い、なので頼りにはせずある程度の期待に留めておくか。
「分かった、カジノに行ったのに遊ばないとそれはそれで警戒されそうだし」
「そういう訳!んじゃ早速行くか」
「そうだな」
よし、行くかと俺は椅子を後ろに押して立ち上がり──。
「あ、おいラグナ。お前今自分の格好分かってんのか?」
「え?なんだよ…」
「そんなズケズケ歩くな、スカートの中が見える」
「なっ!?」
「レディはこうやって歩くのよ」
そう言いながら美しい動作で立ち上がるアマルトを見て、愕然とする。アマルトって凄い女らしい動作が上手いんだなって感心よりも…。
「お前なんで上手いんだよ…」
って呆れが勝る。するとアマルトは何処からか綺麗なセンスを取り出しバッと開くと口元を隠し笑い。
「カリストとかの真似だよ、身近な貴族女の真似すりゃ余裕さ」
「俺の国だとそういうの気にする女とかいないしな…、俺もエリスみたいなズボンスタイルがいいなあ」
「ワガママ言うな、それとここから先は偽名で行くぞ。いつまでもラグナ、アマルトとかで呼び合ってると知ってる人間に聞かれたら面倒だ」
「偽名…」
四人で歩きながら金楽園エリアを目指しつつ、俺は腕を組んで首を捻る。偽名か、まぁ確かに逢魔ヶ時旅団は俺たちの事を調べ上げたと言っていた、なら名前だって当然把握されている。
下手に名乗り合うのは少々無謀か。
「じゃあ俺、ラグーニャ」
「そのまんま過ぎないか…?まぁいいけどよ、ちなみに俺はアマリリスな?アマリリス、覚えとけよ。とある財界の名のある貴族の一人娘な。お前は俺の妹ってことでよろしく」
「なんで一人娘に妹がいるんだよ…」
「あそっか…一人娘って言葉が好きだったからつい、メグとネレイドは?」
「私は超有能敏腕執事メグオでございます」
「私は…ネレイデス」
「ほ、ホーン…まぁあんまり変な名前するのもアレか」
ともかく俺達の偽名は…俺がラグーニャ、アマルトがアマリリス、メグがメグオ、ネレイドがネレイデス…呼び合う時はこれで呼び合わないと、覚えておこう。
「さぁラグーニャ、お姉ちゃんがなんでも買ってあげるわ。欲しいものがあったらいいなさい?」
「アマリリスお姉様、私お肉が食べたいです。あそこ行きたい」
「お、お前妹ムーブ上手くね?」
「一応末っ子だからな、兄様と姉様に甘やかされて生きてきた自負がある」
「ネレイデス様、なんかこうやって歩くとアレですね。股間の辺りがアレですね」
「ノーコメント」
なんて他愛もない話をしているうちに、俺達は食楽園を抜けカジノひしめく金楽園エリアへと差し掛かる。
金楽園エリア…ここにも例のエリアマスターがいることが推察できる。水楽園はデュラン、遊楽園はシジキ…残る幹部はガウリイルとアナスタシア…と。
あれ?あと一人いねぇな、あの場には四人しか幹部が来てなかった。エリアマスターは全部で五人、ってことはここには昨日は現れなかった五人目の幹部がいる可能性があるのか。
(最後の一人か…どんなやつなんだ…)
今のところ出会った逢魔ヶ時旅団幹部は全員強かったし、ちょっと気になるな…。
「ラグーニャ、何をボーッとしてるのかしら?もう金楽園エリアよ、気合い入れなさい」
「あ?え…ああ、うん」
センスを張ってウインクするアマルトに声をかけられ変な気分になる。こいつ馴染み過ぎだろ……。
まぁそれはそれとして、エリアを分ける隔壁に設けられた入り口を潜ると、そこから先は金楽園エリアだ。何処か牧歌的で落ち着いた雰囲気を持つ食楽園エリアとは異なり、最初に一歩踏み込んで感じた感想は…『喧しい』だった。
『だぁああ!負けた〜ッ!くそっ!』
『やったぁあああ!大当たりだぁ〜ッ!!』
『こちら現在スロットキャンペーン実施中でございま〜す!』
「うひょ〜〜ッ!」
「アマリリス姉様…淑女にあるまじき顔ですけど」
「おっと…うひひ、楽しそう〜…イェイイェイ!」
俺は…金楽園エリアと聞いて、街の至る所にカジノがある様な街を想像していた…が。実物はその想像すら絶する規模だった。
『街にたくさんカジノがある』のではない…『街そのものが一つカジノ』なのだ。
空は天蓋で覆われ常に夜の様に暗く、それでいてあちこちに光源魔力機構によって輝くネオンがキラキラと輝き明るさを保つ。天蓋に覆われたエリアは一つの店の中の様にも見え、さながら巨人のカジノの様に巨大なスロットゲームやルーレット台が立ち並ぶ。
それをよくよく見ると、巨大なスロットゲームは一つの建物になっており、内部にはそりゃあもう沢山のスロットが、巨大なルーレット台にはこれまた多種多様なルールのルーレット台が。
こと『ギャンブル』や『ゲーム』と呼べる物は全てある、今この世にある物ならなんでも揃ってる、そんな風に思える宵闇の賭博街に俺達は足を踏み入れることになる。
「ふむ、凄いですね。流石はギャンブルで成り上がった理想街チクシュルーブが作り上げた珠玉のギャンブル街でございます」
「……目がチカチカする」
「俺ここに住みたいわ」
「やめとけって、それより遊ぶんだろ?何処かで例のメダルに交換するのかな…」
「だな、あっちに受付があるし聞いてみようや」
すると、近くに受付らしき物が見え俺達はそちらに向け走り出し、早速受付に話しかけようとして…近くのガラスに映った自分の姿を見て、一歩下がる。今の俺はちょいと幼げの過ぎる女の姿だ、これでいつもの口調で話したらギャップで変に思われる。
かと言って演技とかは苦手だし、ここはアマリリス姉様に任せるとしよう。
「失礼?ここが受付かしら」
「はい、ようこそ金楽園エリアへ。お客様はこちらは初めてですか?」
「一年ほど前に来たことがあるのだけど、その時はこんな様子ではなかったわ。よければお話を聞かせてもらえるかしら」
アマルトは流石の対応力だ、パッと見その本性が男とはとても思えない…。
「以前来た時は、メダルと金貨を交換したのだけれど…それは使えるかしら」
「一応残っていますがゲームに使用することは出来ません。今はこちらのカードを使ってゲームをしていただきます」
「カード?」
そう言って差し出されたカードは、真っ黒に輝く漆のカード…そこに金の文字で『カジノカード』と書き込まれている。これを使う…ってどうやって。
「どう使うのかしら」
「まずこのカードにポイントを貯めて頂きます、ラールはお持ちですか?」
「ええ、5000ラールでいいかしら」
「ありがとうございます、ではこちらをカジノポイントに変換させていただきます」
そう言って受付さんはカードを何やら仰々しい魔力機構に差し込みつつ…。
「お客さま、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「アマリリスよ」
「アマリリス様でございますね、では…はい、こちら5000ポイント分のカードでございます」
そう言って差し込まれたカードをアマルトに手渡すと、そこには先程までなかった5000の文字が…。これどういう仕組みなんだ?俺もう全然分からないんだけど…。
「このカードに書かれたポイントを賭けの対象にしていただき、勝てば増え負ければ減ります。そして金楽園を出る際に…」
「ポイントをラールに戻す…ということね」
「はい、これならメダルなどを持ち運びエリア中を歩き回る必要もなく、盗難の危険性も減りますので」
「ふぅん、考えたのね」
「お褒めに与り光栄でございます、一応以前使われていたメダルなどもポイントに変換出来ますが…」
「いえ、それはいいわ」
以前アマルトがカジノに預けた膨大な量のメダルもカジノポイントに変換出来るようだ。出来るならそれ使いたいが…残念かな、そのメダルは『アマルト』名義で保存されているはずだ、『アマリリス』ではない。
今アマルトがそれを引き出せばカジノ側に怪しまれる。ということはつまり…使えないということだ。
「一応カジノポイントをこちら側から貸し出すことも可能となっております、しかしその場合はマイナス分のラールを一ヶ月以内に補填して頂かねばなりませんので、ご注意ください」
「多分だけれど、必要ないからいいわ」
「畏まりました、では楽しんでくださいませ」
「ええ、そうするわね」
カードを受け取りセンスで隠した向こう側でニマニマ笑うアマルトはチラリとこちらを見る。楽しそうだ、俺もゲームは好きだけど何かを賭ける事の楽しさはここまでは分からない。
「では行きましょうか、ラグーニャ」
「はい……」
足早にカジノから離れたアマルトは人気のない場所でカードを見て…。
「んふふふ、5000ポイントか…これ一気に増やしてやるよ」
「使い込むなよ…って、アマルトなら大丈夫か」
こいつはギャンブルが好きだが、好きだからこそその危険性に対しても理解が深い。そもそも彼は『遊びは余った時間とリソースでやる物。生活に影響が出た時点で遊びは遊びじゃなくなる』という信条を抱えている。
だから借金抱えてまでやるようなことはないだろう。
「んじゃ、早速ポーカーでもしに行くか。みんなも行くよな?」
「いや、俺パス…」
「なんでだよ…っていうかラグナ、お前なんかさっきから元気ないな…どうした?」
「いや、なんか…さっきから歩くと胸がこう、痒いんだ…胸が」
「痒い?」
さっきから歩いてると、こう…胸がモゾモゾする。普段ない物ぶら下げてるからか、あるいはそもそもこういう物なのかは分からないが、痒くて不快でなんか気分が上がらない。
「もしかして、採寸が合っていないのでしょうか」
「いや合ってるけどなんかなぁ…」
と俺が胸を弄っているとアマルトはハッと気がつき。
「まさかお前、ブラつけてないのか?」
「え?うん、だってなんか恥ずかしいじゃん」
「アホ!つけんほうが恥ずかしいわ!通りでさっきからやたら動いてると思ったら…!」
「ら、ラグナ様。流石にこんな公衆の面前でノーブラで歩くのは倒錯しすぎでございます…」
「ノーパンで歩くような物…」
「そ、そうなのか?」
一応メグから下着も渡されてたけど、ブラは付け方も分からないしなんか付けると大事なものを失う気がしてつけてなかったんだが…そうか、だからさっきから擦れて痒かったのか。
「だぁ〜…もう、メグ…確か例のボトルに仕舞った馬車の中にはいつでもいけるんだよな?」
アマルトはメグのボトル型魔装の中に仕舞った馬車の話をする。逢魔ヶ時旅団に見つかると面倒になるから小さくしてボトルの中に隠してあるんだ。
「ええ、いつでも入れます」
「ならラグナを中に入れてやってくれ、あとネレイドも。きっちりした格好で帰ってきてもらう。いいな?ラグナ」
「でも…」
「デモもシュプレヒコールもあるか!でなきゃお前ノーブラ痴女スタイルでチクシュルーブを練り歩いてたことエリスに言うからな」
「な!?お前それは卑怯だろ!」
「いいから行け!メグ!」
「はっ!」
そうして取り出したボトルの蓋を外し、中にラグナ達を吸い込み着替えをさせる。ラグナが妙なところでプライドを発揮するのは意外だったが…まぁ無理させてんのはこっちだし、大きくは出れないか。
「さて、んじゃ俺達はその間にカジノで遊んでますかね」
「畏まりました、正直アマルト様には期待しているのですよ?アマルト様ならきっと所持金を増やしてくれると」
「まぁ任せとけって、取り敢えずイカサマされても気が付きやすいカード系に行こうぜ?メグ…いや、メグオ」
「はい、アマリリス様」
そして残ったのは比較的ノリが良く順応性の高い二人…アマルトとメグだ。二人は早速演技を開始しながらカジノ街を歩く。
まずはカードゲームだ、それで所持金を増やす…なぁに、楽勝さ…うん、楽勝楽勝。
………………………………………………………………
「ほい楽勝、カジノポイント3万ッ!」
「流石でございますアマリリス様、賭け事をさせれば百戦無敗でございますね」
そして実際楽勝だった、ポーカーでは数回負けはしたもののそれでも結果は大儲け。カードには3万の文字が刻まれこれで2万5千の大儲けだ。
「まぁあ?私大負けしたことないし?」
にひひと淑女らしくからぬ笑みを浮かべカードを指で挟むアマルト。驚異的な豪運を持ち合わせない物の、それでもギャンブルに必要なのはゲームの腕以上に時流を読む力…つまり行けそうな時に行けそうな分賭けること。
それを武器にアマルトは負けそうな時に小さく賭け、勝てそうな時に大きく賭け、堅実に着実に勝ち分を増やしたのだ。あと…それ以上に大きかったのが。
「しかし、イカサマを警戒したが…存外にクリーンなゲームだったな」
「でございますね、私も目を光らせていたのですが驚くほど真っ当に勝負してくれましたね」
チクシュルーブのカジノといえばイカサマだ。前回行った時もイカサマをされた…けれど、今回はそれは無し。正直ちょっと肩透かしを食らった気分だ。
「いくつか悪どいゲームはあったがそれにさえ注意すれば、多分ラールはいくらでも稼げるな」
「ラール…そう考えると面白いシステムでございますね。この街では紙幣として機能する反面、外ではただの紙屑同然。つまりこの街の領主であるソニア自身はラールを必要としない…」
「なるほど、この街に生きる人間…この街に来る人間が金貨をラールに変えてくれれば、その分ソニアが外で使える金が増えるってことか」
「はい、ソニアはただの紙を渡し、旅人は紙切れを金貨で買う…。そしてそれを使ってカジノで遊び、ある者は借金を負ってどん底へ落ち自らの全てさえ差し出す。ソニアが差し出し物が少ない反面得る物が異様に大きいシステムです」
ラールというシステムはある種物凄い効率よく金を集めるシステムなのだ。今こうしてカジノで得たポイントを見て殊更思う。俺は今金を儲けた気分になっているが、実際はチクシュルーブ内部でしか使えない限定的な紙幣…に交換出来るポイントを手に入れただけ。
街の外に出ればこのポイントもラールも全く意味を持たない。なのに金を儲けた気分にさせるソニアの手腕には脱帽させられる。
「…ってことはソニアは今マレウス国内外から人と金を猛烈な勢いでかき集めてるってことだよな」
「はい、そしてその人と金が行き着く先は…一つしかありません」
「例の兵器だな…。じゃあ金の流れでも追えば何か分かるかもしれないな」
「ええ、その為にはもっと奥深くに潜り込まねばなりませんね…例えば────」
話し合いながら、歩みを進めていた…そんな時だ。俺とメグの足が止まる…騒がしい喧騒とチカチカと輝く街の一角に、何か…目の端に変な物が映り込んだ気がして、立ち止まってしまうのだ。
「……………」
「……………」
二人とも揃って…視線を横に向ける。騒がしく絢爛な街並みの…店と店の間の裏路地に…。
人が倒れているのが見えたからだ。そいつは全身をローブで包みまるで志半ばと言わんばかりにもがくような格好でうつ伏せで倒れながら…。
「だ…誰か…飯を…飯を食わせて…くれ……死ぬ……」
なんて掠れるような声でピクピクと指を動かして助けを求めていた。周りを見るが誰もアイツの存在に気がついてるようには見えない、いやまぁこんな騒がしい街じゃ仕方ないにしてもだ…。
…うん、恐らくアレは浮浪者だ。この街に夢を見て立ち寄った者の全財産スッてしまった大間抜け。それで食うに困ってあんなところで…可哀想に、可哀想だが俺には関係ないな。
「向こう行こう、メグオ」
「え?ええ…」
「だ…だ…誰か……」
気分悪い物を見てしまった、だが俺は聖人ではなく見ず知らずの人間を助けるような優しい〜人でもない、ただただ今日の夜ぐっすり枕を高くして寝れるような毎日を送れるよう自分に正しく損なく生きていくのが大好きな俗物人間だ。
なのでここは足早に立ち去るとしよう。メグがいいのか?と言いたげナメてー見てくるが…いいんだよ、第一自分の残金の管理すら出来ないような奴を今ここで助けても後々どうせ似たような状況になって、そん時に今度こそ死ぬだけなんだから。
助けるだけ無駄無駄、だからここは足早に立ち去るのが正解で…。
「は、腹減った……」
「…………………」
「アマリリス様…」
「…そんな目で…見んなよ、…だぁぁーっっ!クソッ!メグオ!私が朝作ったお弁当!あれ出して!」
「はいっ!」
くそっ!ダメだ!寝覚めが悪い!ここで助けを求めるアイツを見捨てたら俺夜気にして眠れなくなっちゃう!くそっ!嫌な事に関わっちまった!
仕方ないので俺は急いで引き返しながらメグからお弁当を受け取り行き倒れた男を抱えて路地の壁に座らせる。
「貴方、大丈夫!?」
「あ…ぅ、あんたは…」
「誰でもいいでしょ!お腹減ってるんならこれ食べなさい!」
「あ…ああ!飯!ありがとう…!」
持ってきたのはサンドイッチとおつまみのミートボールだ、ついでに俺がじっくりコトコト作ったコーンクリームスープが入った水筒も持ってけクソ野郎!
「はぐっ…もぐっ…んめぇ、こんな美味い飯はお袋に作ってもらったコートレット以来だ…」
「それは良かったわ、そんなに急いで食べたら喉に詰まるわよ」
「ずずっ…うう、優しいんだな…あんた。こんな俺なんかを助けてくれて…それで、オマケに声も可愛い…」
そう言って男はフードを剥いで顔を顕にする。紺色の髪に垂れ目の甘いマスクと泣き黒子、パッと見れば美形にも見える物の漂うダメ人間オーラの凄さはなんとかならんもんか。
まぁいいや、助けられたならもうこれで関わらないでおこう。
「そう、助けられたなら良かったわ。それじゃあ私は…」
「いやいや流石に何か礼を…ォッ…ッ!?」
「え?」
男は立ち去ろうとする俺の手を取り立ち上がった瞬間、何か声を詰まらせ始めたのだ。まさか慌てて食ったから喉に詰まったか?と思ったが…男は特にそんなこともなく、俺の顔を見てワナワナと震えていた。
なんだ、別になんともないのか。なら今度こそ…と手を引こうとした瞬間男は俺の手をギュッと握り…。
「美しい……」
「は?」
「美しすぎる…天使?いや女神…俺の女神…ッ!」
「な、何言って…うぉっ!?」
そして次の瞬間男は訳のわからないことを言いながら俺を引き寄せ顔を近づけると共に…声叫ぶのだ。
「君!名前は!」
「え、ええ?私?私はアマ…リリス…」
「アマリリスちゃんか!分かった!…アマリリスちゃん!俺は君に惚れた!結婚してくれ!」
「はぁっ!?」
「まぁ」
所謂ところの求婚、男はいきなり俺に向かって求婚し始めたのだ、球根ではなく求婚だ、何故なら花が咲かないからだ、つまるところ俺の返事は勿論ノー。
しかし男は俺を離すまいと目を輝かせながら返事を待っていやがる。クソボケが…何言ってんだアホかよこいつ。
「離れろよッ!そもそもアンタの名前も知らんわ!」
「おおっと、そうだった…なら聞いてくれ俺の名を」
そういうと男は俺に突き飛ばされながらよろりとよろめき、体に羽織っていたローブをバサリと落としながら、その下に着てきた服を顕にしながら…こう言う。
いや、それ以前に…こいつの格好って…ッ!?
「俺はサイ、サイ・ベイチモ…!この金楽園エリアのエリアマスターだ!」
「エリッ…!?」
「まぁまぁ」
男は…いやレイズがローブの下に着ていたのは黒いジャンパー。つまり逢魔ヶ時旅団の幹部たちが着ていた服と全く同じ物…旅団幹部であることを現す黒いジャンパーを着て自らをエリアマスター・サイだと口にするのだ。
こいつ…敵かよ!しかも幹部って!昨日いなかった最後の一人がこいつ!?
…………………………………………………………
「と言うわけで、助けてくれ」
「な、何があったんだ…」
それからラグナがネレイドにブラの正しい装着法を習い終わり、こうしてカジノ街に戻ってきてみると…。
「アマリリスちゃん!俺!君に惚れたんだ!大好きなんだ!結婚してくれ!」
「色々あった…」
「ありすぎだろ…」
アマルトが見知らぬ男に惚れられ抱きつかれていた。求婚だってさ…求婚。一体何があったんだ…。と呆れていると男はこちらを見て。
「ん?お前達は?いつの間に現れたんだ…?」
「あー、こいつらはラグーニャとネレイデス…私の妹とその従者です」!
「妹!?………………… 妹?」
「はぁ?って何その間は」
「名前は…ラグーニャか、まぁいいや!よろしく?妹ちゃん。俺はサイ・ベイチモ…君の義兄さんだ」
こいつ脳みそにウジでも沸いてんのか?俺の兄はこの世に二人だけでありこいつではない。と言うかそもそも…こいつ、逢魔ヶ時旅団のジャンパー着てないか?
そう思いそそくさとメグの近くに歩み寄り、耳打ちで聞いてみる。
「なぁ、メグ…こいつ」
「ええ、この金楽園エリアのエリアマスター…つまり逢魔ヶ時旅団の幹部の一人でございます」
「マジかよ…なんだってそれとこんな関係になってんだ?」
「実は彼、行き倒れでいまして。それにアマルト様がお弁当をあげたら…色々あって一目惚れされたようで。先程からずっとこうしてアプローチを受けているのでございます」
『アマリリスちゃ〜ん!顔が可愛い!乳デカイ!料理上手い!完璧〜!』
『はーっ、クズ男…』
『冷えた目も素敵ーッ!』
なるほどね、アマルトは変に親切な部分がある…それがこの面倒事を引き寄せたと言うことか。オマケにサイはアマルトの正体にも気がついていないどころか性別にさえ気がついていない。いやまぁ体は本当に女なんだが…。
「というか、なんでエリアマスターが自分のエリアで生き倒れているんだ…」
「ああ、それはさ…実は俺ギャンブルが好きなんだ、大好きなんだ。それが高じてこの金楽園の運営を俺達の雇い主…あー…理想卿チクシュルーブ様からおまかせされたんだ。あ、俺はただの警備兵ね?」
「うん…」
なんか逢魔ヶ時旅団であることを伏せつつもレイズは俺達に色々教えてくれる…、こいつ結構口が軽いな。
「でさ、任されたはいいんだけど俺もギャンブラーとしてカジノを前に黙ってるわけにはいかないだろ?でさ、給料貰ったら…ね?」
「まさか…給料全部ギャンブルでスッたのか!?」
「えへへ」
「金楽園エリアのエリアマスターっていうくらいだから、ギャンブル強いのかと思ったら弱いのかよ…」
「あはは、まぁギャンブルに強いも弱いもないっしょ?時の運な訳だし、まぁ確かにここ一年は負け通しだけどさ」
「つまりエリアマスターになってからずっと負けてんじゃねぇか!」
「そうなんだよなー…っていうかラグーニャちゃんだっけ?可愛い顔して男みたいな口調で喋るのな」
「あ……」
思わず口を閉じる、危ない危ない…思わず普通に話してしまった。だが取り敢えずこいつが碌でもない奴だということは分かった…だが。
「んんぅ〜!それにしてアマリリスちゃんは可愛いなぁ!」
「やめてください、ギャン中は好きじゃありません」
「じゃあ俺!ギャンブルやめる!賭けてもいい!」
「頭の中まで賭けて負けたんですか?」
サイは本当にアマルトの正体に気がついていないようだ、まぁ昨日会ってないし…何より今のアマルトは本当にどこからどう見ても普通に美人のお姉さんだ。気がつくはずはない…。
それでいてこの惚れっぷり…これはもしかしたら。
(使えるかもしれない…)
惚れた弱み…と言う言葉もある。俺もエリスから猫撫で声で『ラグナァ〜、マレウスを征服してください〜』って言われたら喜んで軍を率いる自信がある。
つまりサイも、アマルトの言うことなら聞くんじゃないか?こいつはギャンブル中毒者の碌でなしだがそれでも逢魔ヶ時旅団の幹部でありエリアマスターだ。
なら…。
「アマリリス姉様、ちょいちょい」
「なにさ…」
一旦サイを引き離しアマルトの耳元でコソコソとお話しする、その内容は…。
「あー…ねぇサイさん?」
「何かな!結婚!?」
俺の指示を受けたアマルトは少々嫌そうにしながらも…。
「サイさんはこのチクシュルーブに住んでいるのですよね?」
「ああ!勿論!」
「なら居住権は持ってますよね?」
「持ってる!」
「ならこの金貨、全部ラールに変換出来ますか?」
例えばだ、サイはこの街に住む住人でもある。なら金貨の交換制限を持たないと言うことであり、こうして麻袋に入れた大量の金貨も一日1万ラールだけと言う制限もなく変換出来るのではないか?
そう思い俺は一旦サイにラールの変換を頼む…すると彼は。
「お安い御用だよアマリリスちゃん!ちょっと待ってろ!そこでラールに変えてくるから!」
うぉおおおおおおお!と叫びながら麻袋を持って走り出すサイを見送り…俺とアマルトは目を見合わせる。
「面倒事を引き寄せたな、アマルト」
「俺が可愛いばかりに…」
「けど、アイツ使えるかもしれないぜ?本気の恋を利用するみたいで気が引けるが…あのまま袖にしても多分サイはお前に付き纏うはずだ」
「かもな、そうなったら逢魔ヶ時旅団の幹部に監視されてるのと同じだ。だから…取れる手は二つ」
「結婚を受け入れるか、諦めさせるか…アマルト、お前の意見を聞きたい。どっちがいい」
「決まってる、諦めさせる。使えるって言ってもさっきの感じからアイツは逢魔ヶ時旅団関連の事やソニアの事は話す様子はないしな、利用しても意味がない」
「そうか、分かった」
俺的にはサイを上手く使ってやりたい気持ちがあるが、こればかりはアマルトの自由意志だからな、だから彼が嫌なら強制はしない…そう思い俺達は。
数分、サイが帰って来るのを待った…。サイに渡した金貨的に俺達の手元には200万近いラールが転がり込んでくる、それがあれば今後の活動もかなりやり易くなるだろう。それで戻ってきたら…彼には悪いがアマルトの事を諦めてもらおう。
どうやって諦めさせるか…と思っていると。
「おーい、アマリリスちゃーん戻ったよ〜」
「おかえりなさいサイ、それでラールは?」
「バッチリ交換してきたぜ!」
にゃははと笑いながら頭を掻くサイ…しかし、見た感じ彼の手元にはラールの札束があるようには見えないが。
「それで…ラールは?」
「ああ、えっとさ。アマリリスちゃんお金いっぱいあった方が嬉しいかなって思ってさ、…そこのルーレット台に突っ込んだ」
「は?」
「でさ、負けちゃった!ごめん!」
「つまり…ラールを交換して、その場で使ったと?」
「うん………」
「頭おかしいんじゃないのか?お前、一回病院行ってこいよ」
「うひぃ〜!ごめ〜ん!!」
こ、こいつ…大分ヤバいな、と言うか想定外だった…まさか受け取った金をその場で使い果たすとか、いやそうか…こいつ貰った給料もその場で使い果たすゴミ野郎なんだった!それに金の交換なんか任せたらこうなるか!
クッ!俺の誤算だった!
「うう、俺…部下からも信用されてなくてさ、俺に金を任せると全部使うって言われて…俺エリアマスターなのに金庫の鍵も持たせてもらえてないんだ」
「超絶妥当だろ」
「そうなんだけどさ…他のみんなは真っ当にエリア運営してるのに、俺ばっかこんなので…情けなくて、寂しくて…、こんな歳になっても貯金も無いし学もないし、この先年老いて働けなくなった後もこうやって路地裏で小銭かき集めてギャンブルしてると思うと…」
「………」
「何もしてないと不安で頭がおかしくなりそうなんだ…、ただ賭け事をしてる時だけはそれを忘れられる、勝ったら底辺の俺が少しでも上に行けたような気になれて、のめり込んで…おかしいのは自分でも分かってるのに!うぎゃぁああああ!俺は!俺はぁああ!!」
なんか急に発狂して壁に頭叩きつけ始めたぞこいつ…。なんか笑えないレベルで病的だ…。
「でも俺!アマリリスちゃんが側に居てくれたら!真っ当になれる気がするんだ!」
「嫌よ、そもそもこんな頭おかしい奴と結婚したがる奴なんかいるわけないでしょ」
「そこをなんとか!なんとか!」
俺の予想通り、いやある意味誰もが思った通り…サイはアマルトの拒否を前に食い下がる。ここからどうする…と思ったところ、アマルトには一計あるようで。
「なら、貴方の好きなギャンブルで勝負しましょうか?」
「え?」
「貴方が勝てば好きにしていい、代わりに負けたら金輪際私に関わらない…それでどう?」
それはギャンブル、ここまでで得た情報としてサイは賭け事が好きな割にギャンブルは滅法弱い。ならば逆にそこを逆手に取る。
ギャンブルならばサイは嫌とは言わない、そしてそれを受けさせた上で負かせばサイも文句は言えない。相手に拒否をさせず、なおかつ確実に相手を拒絶する手として最善だ。
当然、その提案を受けたサイは喜んで賛同を…。
「へぇ、いいね…ギャンブルか。疼くよ…アマリリスちゃん」
「ッ……」
賛同はした…だが、同時に変わった。目つきが…スッと目が据わり表情が影を帯びる。今まで見せていた『ダメ人間』と言う評価の中に隠れていた『勝負師』の顔が表出化したのだ。
…アマルト、これ大丈夫か?こいつ、なんか異様な空気漂わせてるぞ。
「勝負は何にする?カード?ルーレット?なんでも出来るぜ…好きなのを選べよアマリリスちゃん」
「ポーカー…一発勝負でどう?」
「いいね、乗った…俺が負けたら今後一生君の前に姿を見せない、だが勝ったら結婚してもらう」
「上等…!メグオ!」
「ハッ!」
その瞬間、アマルトとサイのギャンブルバトルが始まる。メグが用意したトランプをアマルトとレイズが交互にシャッフルを行い、最後にメグがシャッフルし…近くの木箱の上に並べ、互いに五枚のカードを手に取る。
俺はアマルトの後ろに陣取り彼のカードを見る。
(役は…無しか)
「交換を…」
アマルトの手札に役はない、受け取ったのはハートの3、スペードの5、スペードのJ、クローバーの4、クローバーの9、これでは勝負にならない。故に全てのカードを交換すると。
(ストレートフラッシュ!)
ハートの8、スペードの9、クローバーの10、そしてダイヤのJ、Qの連番のストレートフラッシュ!役の強さとしては上から二番目、これを全交換から引き当てる豪運…流石だ。しかも悪くない手だ。これなら多少の手なら負けることはない…対するサイは。
「サイ様、交換は?」
「結構、このままでいい」
「…………」
かなり、自信があるようだ。これ大丈夫か?とアマルトを見るが、彼は表情を崩しておらず…。
「それじゃあ、勝負でいいかしら?」
「ああ、勿論…行くぜッ!」
瞬間、叩きつけられるのはアマルトのストレートフラッシュ。これに勝るのはロイヤルストレートフラッシュだけ…だが、アマルトには確実に勝てる算段があった。
ロイヤルストレートフラッシュをサイが引き当てるのは不可能に近いのだ。
(アマルトの手札には最初ハートの3、スペードの5、スペードのJ、クローバーの4、クローバーの9があった。そして次はハートの8、スペードの9、クローバーの10、そしてダイヤのJ、Q対するサイの交換はなし…)
つまりスペードでのロイヤルストレートフラッシュは5とJが埋められているから出ない、クローバーは4と9と10が埋められているからこちらも出ない。ハートも1から8までは実質埋められており出せるのは9から上の連番のみ。
唯一殆ど手付かずのダイヤもJ、Qが埋められており7以上の連番も出ない。
ロイヤルストレートフラッシュはスートと数字を一致させた上で五枚連番で揃えなければならないが故にアマルトがその殆どのスートと数字を埋めたが故にただでさえ確率の少ないロイヤルストレートフラッシュの出現の芽はほぼもぎ取られた。
ここからサイがアマルトに勝つにはロイヤルストレートフラッシュしかない反面それは出ない状態、だからこれは最悪引き分け…そのほとんどが勝ちで埋め尽くされた分の良い賭け。
「フッフッフッ、…ストレートフラッシュか。じゃあ俺は…」
しかし、自信満々でカードを叩きつけたサイ…が見せた役は。
「Aのファイブカード!」
「は!?」
四つのスートのAと…これは、ジョーカー!?っていうか。
「ポーカーの役でファイブカードなんて…あるのか?」
「公式なカジノ店では無い、ジョーカーを抜いてる店が多いから…、ジョーカーがなければそもそも成立しない手だから公式ではまず出ない手、けど」
「このトランプは今さっき開封したものでジョーカーも抜いてなかっただからファイブカードも行ける…そしてファイブカードの強さは」
「ロイヤルストレートフラッシュ以上…、ジョーカーありのポーカーでなら唯一無二の最強の役…」
確かにAを揃えるだけならあの山札でも出来る。アマルトは一枚もAを引いてないから…、けど…そんな。あり得るのか!?こんな、つまりファイブカードを出されたってことは。
「私の…負け…ッ!?」
「そうだ、負けだよアマリリスちゃん…これで決まりでいいよな」
アマルト…なんでこんな…、確率で言えばロイヤルストレートフラッシュ以上に出ない役だぞ、それをこんな場面で出せるか普通。いや…まさか。
「サイ…お前、イカサマしたな?」
「え!?イカサマ!?」
するとサイはキョトンとしながらイカサマを指摘されたことに対して驚き目を丸くする。こんなのイカサマしか有り得ない、イカサマされない限りアマルトが負けるなんて有り得ないんだ。
だからサイはきっとイカサマをした…、いくら惚けても調べればすぐに。
「どうなんだ、イカサマ…したのか!」
「な、何言ってんだよ…イカサマなんて、するに決まってんだろ…ギャンブルなんだから」
「は?」
しかし、サイは惚けるかと思いきや逆に何を言ってるんだ?とばかりに首を傾げるのだ。
「どんなイカサマって単純な奴だけどな。未開封のトランプってのは大抵一番下にジョーカーが来る、それをシャッフルしながら調整したのさ。これ使って…」
と言いながらサイは台の下から…手鏡を取り出す、こいつまさか…シャッフル中に手鏡で下のカードを確認しながらシャッフルしてたのか?いや…どんな手際だよ、俺でも気が付かなかったぞ…。
「ジョーカーがどこにあるか分かってれば、あとは好きなカードを揃えておけば、一発で俺の好きなカードがくる」
「あり得ません、そのあと私もシャッフルしたのですよ?」
「ああ執事さん、勿論それも織り込み済みでカードを置いた。まぁ俺にとっての賭けはその部分だけかな?あんたが俺の思惑通りにシャッフルしてくれた時点であとは消化試合。何があってもアマリリスちゃんは俺以上の手は出せないわけだからさ」
「ぐっ…」
「っていうか、アマリリスちゃんはイカサマしなかったのか?ディーラーもいない、周りは身内だらけ、カードを配るも身内、こんな都合のいい野良のゲームで…いやしてるよな?してるからストレートフラッシュなんか出たんだろうし…でもそこでストレートフラッシュを選んじゃうなんて、奥ゆかしいなぁ」
「お、お前…なんでここまでのイカサマの腕がありながら負け続きなんだよ…!」
「そりゃここのカジノではイカサマは御法度だからさ、そもそも俺がここのエリアマスターに選ばれたのはギャンブル好きであらゆるイカサマを知っているから。そしてその対応策が練れるからさ…まぁそのせいで俺のイカサマも通用しなくて、負け続きなんだけどな?なはは!」
マジかよこいつ…つまり、ギャンブルの腕自体はクソ雑魚な代わりに、そのイカサマの手腕は神懸かり的だってのが?それこそギャンブルに慣れたアマルトの目を欺き、周りで見てた俺達でさえ気がつかないほどの手腕を持つ…。
「まぁ、イカサマもハッタリも飲み込んでやるのがギャンブルの醍醐味だから、たまにはこう言うのもいいよな」
…『イカサマの達人』。それがこのサイ・ベイチモという男が持つ技、抜かった…この男を測り損ねた。ソニアがエリアマスターに任命するだけの技量を持つ男を甘く見過ぎたんだ…!
「こ、こんなの無効だ!イカサマなんて…そんなの」
「おいおいそれは…」
俺が咄嗟に無効試合を言い出すも、サイが否定するよりも前にアマルトが首を振り。
「ダメだ、ゲームが確定した以上…結果は結果だ。ポーカーは役が出た時点で終わる、イカサマはゲーム中に見抜かなきゃ…意味がない」
「そんな…」
「つまり…私の…」
「そう、負けだ。悪いね、アマリリスちゃん」
金楽園ではイカサマがない、だからアマルトも勝手にエリアマスターであるこいつもイカサマをしない物と思い込んでしまった。サイと言う男がイカサマを得意とする点を見落としてしまった、可能性を捨てていた。
思い込み…つまり慢心から、アマルトは負けてしまったのだ。
つまり…それが意味するのは。
「じゃあ俺と結婚だね!アマリリスちゃ〜ん!」
「う…マジかよ…」
「大丈夫!俺絶対幸せにする!ギャンブルもやめる!アマリリスちゃんが側に居てくれるなら!絶対!」
「………………」
「今日からよろしくね!アマリリスちゃん!いや…アマリリス・ベイチモ〜!」
「籍まで入れるのかよ…」
アマルトに抱きついてチュチュッと頬にキスするサイにアマルトは辟易する。
変装のために行った女性への変身。そのあまりの完成度の高さが生み出した…最悪の誤算。どうするんだこれ…と思いながらも同時に俺は思う。
(タリアテッレさん達に手紙送ろうかな、アマルトが男と結婚しましったって。いやこれでショック受けるのはイオの方か?)
なーんて、適当なことしか…今は思い浮かばないや。