548.魔女の弟子と旅団の脅威
「エリス達は何処行った!?」
その瞬間ラグナが見たのは、オウマが生み出した空間の歪みに飲み込まれ消えるエリス達の姿だった。
一瞬、消し去られでもしたのかと焦りもしたが、同時にオウマの姿が消えた件、そしてあの魔術の雰囲気が時界門に酷似していることからあれが転移系の魔術である事を看破する。
しかしだとしたら何処へ行った?何処へ飛ばされた?エリス達はオウマと一緒にいるのか?完全にここからでは観測出来なくなってしまった。
「オウマの奴、時界門を使うのかよ…」
恐らくあれは現代魔術版の時界門。まぁ特記魔術を作ったのもメグに魔術を教えたのも同じカノープス様だ、あり得ない話じゃない。それ確かにあれがあれば大量の魔装とやらを持ち逃げすることもできるだろう。なんせ普通に持って転移するだけで持ち逃げが可能なんだから。
しかし参ったな、転移を分断に使われるとは…。時界門は便利な魔術であると同時に、敵に回すとどう使われるか予測が不可能になる程使い勝手が良い魔術だ。正直メグを敵に回したくないと思っていたが…こんな所でそれが実現するとは。
「オイオイラグナ!これヤベェぞ!一気にこっちの人員五人削られたぞ!」
アマルトが焦った様子で俺に寄ってくる。今俺たちは逢魔ヶ時旅団と戦い、その包囲を抜ける為幹部達を相手に戦っている。が…そんな最中エリス達五人が一気にオウマに連れ去られてしまった。
これは正直痛手…どころの騒ぎじゃねぇな。
「ああ、こっちは三人。ネレイドさんはシジキと戦ってるし…アマルト、幹部二人倒してくれ」
「無茶言うじゃーーーッん!」
相変わらず殴り合いを続けているネレイドさんとシジキ、向こうは決着がつきそうにない。となると残る幹部はディランとアナスタシアとガウリイル…全員が魔女の弟子の攻勢を押し退けた猛者達だ。
出来るなら、俺が全員請け負うと言いたいが…。
「悪い、マジで手一杯なんだ」
「……あのガウリイルって奴、そんな強えのか?」
「強い…」
俺は今、敵方最強の幹部ガウリイルと戦っている。俺と同じ拳で戦うインファイター…なのだが、正直に言うとこいつ、洒落にならないくらい強い。
腕力で俺を上回る相手はいた、モースやチタニアの様な怪物だ。技量で俺を上回る奴はいた、アスタロトやカイムの様な達人だ。だが俺はモースには技量で、アスタロトには腕力で勝っている。今まで戦ってきた奴に俺は何かしらで勝てる点を持っていた。
しかし…ガウリイルは違う。
「腕力でも技量でも、俺は奴に負けている…今のところ、勝てる点が見当たらない」
「マジかよ!」
「燃えてくるよな…」
「今…?」
燃えてくる、久方ぶりの格上との戦いに燃えてくる。そんな事を言ってる場合じゃないのは分かるが…現状ガウリイルを放置するのは現実的じゃない。こいつを押し留める意味合いも込めて、俺が単独で相手をする必要がある。
「悪いアマルト、持ち堪えてくれ…」
「いぃー…まぁ別にいいけどさぁ!どうすんだよ、エリス達がいなきゃ脱出もクソもねぇぞ!」
「エリスは戻ってくる!それまで耐える!」
「あいよ、なら…死ぬ気で生き残ってやるよ!」
そう言いながら背を向けて敵を誘き寄せる様に逃げ出すアマルトを見て、取り敢えず安心する。アマルトは器用な男だ、倒しに行かなければ例え格上相手でも十分持ち堪えられる…問題は。
「俺達か…」
「仲間と結託しなくていいのか?」
「テメェくらい、俺一人で楽勝って話をしてたんだ。悪いな、軽く潰してアマルトを助けに行くよ」
深く腰を落として構えを取る。同時にガウリイルもまた拳を少しだけ開いて流れる様な動きで構えを取る…、問題は俺がこいつをなんとか出来るかってところにあるが。
まぁそこもなんとかなるだろう、俺負ける気ないし。
「もう一戦、頼めるか?」
「来い…ッ!」
そんな声が相手に届くか否かと言うタイミングで、両者の踏み込みが重なり…共に拳の射程にお互いを定める。と同時に──。
「フッッ!」
「ッ…」
ラグナの弾丸の如きストレートが空気を鳴らしながら放たれるもガウリイルは腕を回す様にラグナの拳の側面を打ち逸らすと共に。
「甘い!」
「ッと!」
ラグナの脛目掛けガウリイルのローキックが見舞われる、しかしラグナはそこから更に踏み込み放たれた蹴りの太腿に自らの足を引っ掛け勢いを殺し受け止める。
「お前、武の心得があるなッ!ガウリイル!」
「拳一つで戦場を渡る、それが俺の信条だッ!」
打ち合う、高速で互いの領域を侵犯する様に腕と足を振るい、それを技によって防ぎ、技によって再び攻める。手本の様な武術による渡り合い、それは魔術戦の様な派手さは無いものの、内包する技量の凄まじさたるや、二人の間に別世界が展開されているが如く歪み荒れ狂う。
「それが争乱の魔女アルクトゥルスの技か!凄まじいな…その齢でこれ程の技量を持つとは」
「お褒めに与り光栄───」
瞬間、ガウリイルのハイキックをしゃがみ込むと共に回避したラグナはその場で体を回し、巨木を切り倒す斧の如き足払いでガウリイルの一本足を蹴り据える。
「──だよッ!」
「ぐっ!?」
「ッ取ったッ!」
ラグナの蹴りによりようやく体勢を崩したガウリイルの防御が崩壊したのを確認したラグナは、立ち上がり拳を握り魔力を高め…。
「『熱拳一発』ッ!」
「ッッ───」
炸裂する紅蓮の拳。魔力を圧倒的な握力で握り込み擬似的な覚醒を引き起こしただの一撃を飛躍的なまでに強化するラグナの十八番、その一撃を防御も出来ず真っ向から胴体に受けたガウリイルの背後の床が抉れる様に破砕しガウリイルもまた吹き飛び──。
「なッ!?」
「恐ろしい一撃だ…が、まだ荒削りでもある…」
吹き飛ばない、耐えた…防御ではなく己の耐久力だけで踏ん張りその場で静止し衝撃を受け切ったのだ。そのあまりの光景にラグナは己の拳を見て…。
(お、おいおい、今の感触…)
拳から感じたあの感触にラグナは覚えがあった。ガウリイルを殴った際返ってきたのは肉の感触では無い…ならなんだ、覚えはある…だが同時にラグナの冷静な部分が否定する。
『あり得ない、あり得てはいけない』と…だが、無情にも答え合わせをするようにガウリイルは先程の一撃で破れた上着を自ら破り脱ぎ。
「俺でなければ耐えられなかった」
「お前…その体…」
「ああそうだ、悪いな…俺ばかり」
破り捨てた服の下から現れたのは漆黒の体。明らかに筋肉では無い、作り物の体だ、鋼鉄だ。先程の黒服同様ガウリイルもまたサイボーグだったのだ。
だが問題はそこでは無い、正直構成員がサイボーグなんだから幹部もサイボーグだろうとは思ってたけど、問題はサイボーグであることではなく、その材質。
あの黒色、そして触った時の独特の感触と打った時響いた甲高い音…間違いない、あれは。
「不朽石アダマンタイトッ!?」
「ほう、知っていたのか」
ジャックと共に航海している時立ち寄ったグリーンパーク。あそこで見かけた『絶対に破壊できないと言われる黒色の鉱石』、ラグナでさえ小枝ほどの細さのアダマンタイトを破壊するのに全力を出してやっとなレベルの硬度を持つ世界最硬の漆黒の鋼鉄。
魔女曰く『不朽石アダマンタイト』と呼んだあの鉱石で…ガウリイルの体は構成されていた。
「じょ…冗談だろ…」
冷や汗が溢れる、アレは同じアダマンタイトが無ければ加工すら出来ないほど硬い代物だ、だが同時に魔女はこう言った…。
『アレはピスケスの女王レーヴァテイン姫が作り上げた人工鉱石だ』と…、先程エリス達に教えてもらった話ではソニアはピスケスの技術を持っている可能性が高いと言っていた。
つまり何か、ソニアはアダマンタイトまで生成出来る上に…それをサイボーグの外殻に使ってるってかッ!?冗談じゃ無いぞ、アレは俺の全力でも細っこい枝みたいなのを壊すのでやっとなんだ!
なのにどうだ、ガウリイルの分厚い胸板を。もし奴の体の殆どがアダマンタイトなら…破壊どころか傷ひとつつけることさえ不可能。
全身をアダマンタイトで覆った俺以上の拳士、こんな奴…どうやって倒せばいいんだよ。
「次は俺から行くぞ…ッ!」
瞬間、ガウリイルがギリギリとアダマンタイトの拳を握り締め、一気に迫り…。
「『黒銃拳』ッ!」
「ぐぶふぅっ!?」
叩き込まれたのは銃弾の様な一撃、それが腹を撃ち全身に響く。師範曰く俺の体は鋼鉄並みに硬いらしい…だがガウリイルはその鋼鉄以上の世界最高峰の物理防御力を持っている。
その硬さはそのまま攻撃力になる、人間を超えた膂力を発揮するサイボーグの肉体と達人の技から繰り出される最硬の一撃。それはたった一度の攻撃の俺の肉を裂き鮮血を舞わせる。
「ぅグッ…」
「お前の話は聞いているぞラグナ・アルクカース!戦乱の国でありながら戦乱を捨てた愚王の名としてなッ!」
叩き込まれる怒涛の連撃、見ればガウリイルの拳が放たれる都度爆音が聞こえ、その肩の排気口から硝煙が噴き出て、二の腕から薬莢が排出されている。恐らく腕の中で大型の弾丸を射出し、その勢いに合わせて殴ることで衝撃を高めているのだろう。
まるで弾丸の様な拳…ではなく、文字通り銃撃を利用して打撃を行っているのだ。その連撃を前にラグナはなす術なく打ち続けられる。
「お前の在り方俺達の在り方に反しているッ!戦乱を望む者の希望をお前は絶ったんだッ!」
「ぐぶっ…」
「そのせいかッ!お前がここまで腑抜けなのはッ!争いに血を滾らせる事を知らない青二才がッ!」
鋭い蹴りがラグナを打つ、膝を打ちそのまま跳ね上げるように顎を蹴り上げ、トドメとばかりに腹に一撃…黒拳を叩き込み、ラグナの体を叩きのめす。
「ぅ…ぐぅ……」
「修練が足りないんじゃないか?ラグナ・アルクカース…」
「ッ…クソッ、想像してたより…ヤベェな…」
倒れるラグナを見下ろすガウリイルの猛威を前に、ラグナは苦々しく表情を歪める。
これが、八大同盟最高幹部の力か…。
………………………………………………………
「よぉっと!」
「むぐぐーっ!」
鋭い蹴りがエリスの顎を打つ、魔力防壁と魔力射出を組み合わせた打撃強化…これが八大同盟の技か!
「まだまだァーッ!」
「ハハハッ!そうだそうだ!覚悟させてみろよ…俺に!」
チクシュルーブから所変わりエリスは今マレウス近海のエンハンブレ諸島の真上、夜空の只中で風を纏い飛び交いながら戦っている。
相手はオウマだ、時界門の現代魔術版『ディメンションホール』にてエリス達をエンハンブレ諸島の上空へ移動させた彼はエリスに対して牙を剥く。故にエリスもまた応戦しているのだが…未だ決定打は無い。
エリスは自由に飛べる、オウマは飛べず自由落下な上魔術も使わない。とても対等とは言えない状況下でオウマはエリスを圧倒する。凄まじい強さと勢いでエリスを弾き返すのだ。
「はぁぁあああ!」
「気合いは十分みたいだが…魔力覚醒は使わないのか?使えるんだろ?聞いてるぜ」
「ッ…!」
烈火の如く飛びかかり何度も拳を振るうがその全てをオウマは煩わしい蚊でも落とす様に手で払い除けそう言うのだ。魔力覚醒は使わないのかと…まぁ、使うべきなんだろう。魔力覚醒なしで勝てる相手じゃ無いのは分かってる。
けど。
「エリスが覚醒を使えば、お前も使うでしょう」
「ああ、勿論」
ニタリと笑うオウマを前にエリスはチラリと視線を移す。そこには。
「エリスちゃーん!耐えてー!」
「あと少し…あと少しですから!」
そこにはデティが全力で下に向け風を放ち落下を減速させながらメルクさんやナリアさんがそれを支え、…空中に向け魔力を集中させるメグさんの姿があった。
「もう少しで…打ち破れますから!」
この戦いの目的はオウマを倒すことではない、チクシュルーブに戻ることだ。その為にも時界門を使う必要がある。
しかし、その時界門もオウマが周辺の空間を魔力で凝固しているせいで使えないらしいのだ。空間を凝固って感覚がエリスには分からないが使えないものは使えない。だが使わないことにはエリス達はこのままエンハンブレ諸島に落ちることになる。
だから…全力でオウマの影響から脱し、時界門をこじ開ける為にメグさんは集中している。今エリスはメグさんを守らねばならない。そんな中でオウマに魔力覚醒を使わせるわけにはいかないのだ。
だからエリスも覚醒は使えない…!
「時間稼ぎか、殊勝だな!エリス!」
「友達思いなので」
「そうかい、けど相手が悪かったな…お前が今相手にしてるのまは歩み潰す禍害…。俺は如何なる意志も踏み潰し、蹂躙し、破壊し、押し通るのさ」
するとオウマは拳を握り魔力を高めると同時に。
「『ディメンションホール』!」
空間を削り取る様に下に穴を作る。アレが現代版の時界門、本家本元とは違い作られた穴は不安定であり、禍々しく青色の光を放つ光が中から溢れている。メグさんが空間に穴を開けるのなら、オウマは空間を破いて強引にこじ開けている様だ。
そしてその穴の中に飛び込むと…更に上に、オウマが現れる。落下で下がってしまった高度を再び稼ぐと今度はもう片方の手に魔力を集中させもう一度ディメンションホールを使い…。
作り出した穴から…何かを取り出す。それはまるで倉庫からメグセレクションを取り出すメグさんの様で…。
「来い、謫仙・一式…!」
「む、カタナ…?」
取り出したのはカタナだ、漆黒の刀だ、鍔は無く持ち手と刃しか存在しない黒色のカタナ。刃だけが赤い炎のような光を放つ恐ろしいカタナがオウマの手に握られ穴から飛び出てくる。
というか…謫仙って確か。
「謫仙・一式!?オウマッ!お前!」
「お?確かそこのメイドは帝国出身だったか?そりゃあ知ってるか…この剣の事を」
そうだ、謫仙ってメグさんや帝国のマルクスさんが使う特異魔装『謫仙』と同じ名前…いやメグさんが使うのが三式でマルクスさんが使うのが二式だったか?
「気をつけてくださいエリス様!謫仙・一式は世界最強の切れ味を持つ剣の一振りです!オウマが帝国を脱した時に持ち出した魔装の中で…最悪の代物でもあります!」
「なるほど…」
謫仙という魔装は合計『四振』存在する。
マルクスの使う特異魔装『謫仙・二式』は刀身が常に高周波の振動を放ち凡ゆる物を断ち切る力を持った世界最鋭の剣。しかしその振動の強さ故に卓越した剣の使い手でなければ扱えないというデメリットが存在する。
メグの持つ『謫仙・三式』は更にそれを改良し使用者への負担を出来る限り軽減しつつ可能な限り切れ味を残した物であり、今現在量産計画のある魔装だ。
そして、そんな謫仙の系譜であり帝国が作り出した剣型魔装に於いて最強最悪の威力を誇る一振りと呼んでもいい。
まず最初に述べるなら『謫仙・一式』とは後年になって名前がつけられた物であり当初はこう言う呼ばれ方をしていなかった。この魔装の出来栄えと可能性から後継機たる二式が作られ名がつけられた結果、なし崩し的にそれよりも前の剣達が謫仙と呼ばれる様になっただけで…最初は軍用の魔装ではなかった。
これは兵器ではない…試みだ、魔装を剣の形にし今現在の技術でどれほどの威力と切断能力を出せるかという実験の際生み出された代物であり、その正式名称を『切断特化剣型魔装実験計画第二十三号』…これは最初から戦いに用いるつもりはなく作られた物。
それ故に使用者の事をまるで考えて作られておらず、その負担と負荷は二式を遥かに上回る…が、それと同時に。
この剣が内包する威力は、下手をすれば帝国史上最強の疑惑さえある程で…。
「メグさん!エリスはいいので集中を!」
「ゥハハハハ、久しぶりに使わせてもらうぜ…初撃は避けろよ、一発で終わっちゃつまんねぇからな!」
「ッ…」
振りかぶる、謫仙・一式を。来る…メグさんが血相変えてギョエーって怪鳥みたいな感じでエリスに向かって叫び散らすくらいやばい剣の一撃が。
受けはやめたほうがいい、回避を─────。
「ゥオラァッッ!!」
「ッこれは!?」
瞬間エリスが見たのは…幻影、この肌が冷える感覚…エアリエル!?ってことは!やばい!
「『旋風圏跳』ッ!」
風を纏い再度加速し遥か遠方で振り下ろされた剣撃を抜ける様に回避する…と。
同時に…海が割れる。
「ゲェーっ!海が割れてる…島も切れてる、嘘でしょ…」
足元の海はパックリと割れ、一緒に存在していた小さな小島もまるでケーキでも切り分けるみたいに真っ二つになった。いくらなんでも威力がありすぎる。
この時エリスはようやく理解した、オウマが場所を変えた理由が。あんなモン街中じゃ振り回せないよな…少なくとも自分の保有する街の中じゃ。
「よく避けた!それでこそだ!んじゃあドンドン行くぜ!」
「ッ…メグさんッ!早くしてくださいッ!」
謫仙・一式とは、即ち切断に特化した時空魔術の一環である。二式とは異なり刀身そのものは揺れず、刀身が纏う魔力が常に高速で振動を行っている。それはこの世界の法則的に行える限界速度に達する程の速さであり、剣を振るうとほんの一瞬だけ、その限界速度を超える仕組みになっている。
魔力振動の限界速度を超えるとどうなるか。裂けるのだ…空間が、この世の切断技の中でもトップクラスの階位を凝る攻撃である『時空切断』を単独で成し遂げる兵器。
それはエアリエルの覚醒と同様凡ゆる物を裂き、防ぐことの出来ない万断の一撃となる。
危険すぎる、使用者への負荷もそうだが…それ以上にこの剣は危険過ぎる。故に帝国の倉庫に封印されていたのだが…それを聞きつけ持ち出したオウマによって、その封は切られてしまったのだ。
「オラオラッ!もっと見せてみろよエリス!テメェは一回世界も救ってんだろ!」
「ぐぅぅううううう!」
避ける、エリスはこの斬撃にエアリエルを見た。つまり籠手でもコートでも防げない、受ければ両断待ったなし。だからこそ全力全開で飛び回り避けるのだ…。
そしてそれを遠目に眺めるメグ達は。
「ぐ…ぬぬぬ!」
「メグ!まだか!このままじゃエリスが!」
「分かっています!…あと少し…あと少し…ッ!」
ジリジリと穴をこじ開けていく、力技でオウマによって閉ざされた空間をねじり上げていく。オウマが謫仙・一式で空間を切断しまくり空間が乱れているからこそ、今がチャンスなのだ。
「エリス様!もう少しです!」
「ほ〜う、退路を確保しようとしてるな?けどそれ…俺が邪魔しないわけないよなッ!」
「オウマッ!」
オウマがメグさん達を狙う。大きく腕を振りかぶりあの斬撃をメグさん達に飛ばそうとする、やばい…!防ぐ手立てのない攻撃がメグさん達に飛ぶ!今のメグさん達は回避も出来ない!
ならどうするか、エリスは大きく息を吸いオウマに向けて叫びながらメグさん達を指差して。
「オウマーーッッ!!あそこにいるナリアさんはリーシャさんの所属したクリストキント劇団の一員です!リーシャさんの事を甲斐甲斐しく世話してくれた命の恩人の一人ですーッ!」
「なッ!」
はッ!とオウマは表情を変える、そうだ…エリスがリーシャさんの命の恩人ならナリアさんもまたそうだ。いやリーシャさん的には恩人度合いで言えばナリアさんの方が断然上のはずだ。
エリスに恩を返すならナリアさんにも返すべきだ、そう言われたオウマはぐぬぬと歯を食い縛り迷う様に振り上げた剣を下ろし攻撃を取りやめ、エリスに向けて指を一本立て。
「い、一回!この一回だけだからな!今のでチャラだからな!」
「ありがとうございまーす!」
こいつ悪人のくせしてなんだかんだ義理堅いな…。なんだかオウマという人間の扱い方がちょっと分かった気がする。
「なんの話をしているんだエリスとオウマは…」
「リーシャさんの名前が聞こえたような…」
なんて事をしている間にメグさんは一気に穴に手を突っ込み無理矢理押し広げエリス達が通れるだけ穴を確保すると同時に。
「開きましたー!エリス様ー!」
「っありがとうございますメグさん!そしてオウマも!」
「チッ!クソがー!」
一気に押し広げられた穴に向けて飛ぶ、あのままチクシュルーブに戻る!そうすればオウマも謫仙・一式を使えなくなるはずだ!
(やられた、無理矢理空間に穴を…謫仙でぶった斬るか?いや間に合わねぇ!なら!)
しかしそこはオウマも歴戦の戦士、即座に謫仙での攻撃から切り替え手元に魔力を集め。
「『ディメンションホール・バインド』!」
一気に魔力を拡散する…と同時にエリス達は揃ってメグさんの作り上げた時界門の中に飛び込み。
「よいしょー!」
「ぐぅ!地面!戻れたか!」
穴に飛び込み、エリス達五人は揃って地面の上を転がる。地面がある…ということは転移成功…いや。
「待て、ここはどこだ!?」
「ここは…さっきの牢屋!?」
「なんで!?」
転移し転がり込んだ先は…何故か先程エリス達が閉じ込められていた地下収容所の廊下部分で…。いや、なんでここ!?
「メグさん!どうしてここに!」
「直前でオウマの干渉を受けて行き先を変更させられました…!そのせいでラグナ様達のところに行くはずが、こんなところに!」
「アイツそんなことも出来るんですか!」
転移する直前でオウマが行った悪足掻き、アレで恐らくメグさんの時界門の行き先を無理矢理ズラしたんだ。そのせいでラグナ達がいるよりも下層の地下収容所に。
「よっと!悪いな、まだ逃すわけにはいかねぇのさ!」
すると、混乱するエリス達の前の空間が割れて、奥からオウマが現れる。既にその手には謫仙がない…やはりここでは使えない様だ。が…。
「ギャー!オウマだーっ!」
「くっ…!」
それでも、オウマがエリス達を追ってきた事実は変わらない。謫仙が無くてもこいつは強い…、なんせ飛べないはずなのに空中戦でエリスに勝ってしまうくらいには実力があるんだ。
地上で戦えば…もっと強い、それを今から相手にしながら逃げなければならない、モタモタすると今度はもっと変な場所に飛ばされるかもしれない。
「エリス様、こうなったら私とエリス様の魔力覚醒で一気に行きましょう」
「そうですね。多分オウマも魔力覚醒使ってきますが…エリス達なら」
エリスとメグさんが前面に立ちみんなを守る様に構える。今はメグさんも魔力覚醒を使える…けど、さっきの強引な転移で体力をかなり使ったのか、メグさんの額には冷や汗が見える。
…勝てるか、これ。
「……このまま逃げ切るのは難しいか」
「…メルクさん?」
ふと、地面に手を当てたメルクさんが、目を伏せながらそんな弱気な事を言うのだ。かと思えば…。
「なぁエリス、みんな…私が今から地獄に落ちると言ったら、ついてきてくれるか?」
「な、何言ってるんですかメルクさん、諦めるのはまだ…」
「違う、…ついてきてくれるか?」
「…………!」
違う、メルクさんの目はまだ諦めていない。問いかけの意味は分からないが…でも。
「勿論です」
全員で頷く、エリス達はいつだって一蓮托生。一人が地獄に落ちるならみんなで一緒に落ちて、そしてまたみんなで舞い戻る。それがエリス達の進み方だ。
それを受け取ったメルクさんは小さく微笑み…。
「メグ、悪いがこれを持ってラグナのところに向かってくれ、そして離脱するんだ」
「え?」
するとメルクさんがポケットから出したのは、先程しまった小さな紙だ、それをメグさんに手渡すと一人でラグナ達のところに向かいみんなで逃げろと言うのだ。だがその言い方ではまるで…。
「め、メルク様達は…」
「それも全てその紙に書いてある、だが確認は後にしろ。いいな、私が一瞬隙を作るから…その隙に迎え」
「………畏まりました」
紙を握り締め、一礼すると共に再びオウマに視線を向ける。するとそこにはニヤニヤと笑ったオウマが立ち尽くし…。
「で?どうする?覚醒…使うか?」
「…………メグ…行くぞ」
「はい」
そして、一呼吸分…間を置くと。
「ッ…今だ!行けーっ!」
「ッッ!!」
「おっ!?なんだ!?」
瞬間、メグさんは走り出す。一気にオウマに向けて走り出す…と共にその脇を潜り彼を超えて奥の階段へと走るのだ。
「一匹逃げたか!だがさせるかよ!『ディメンション…」
「させるか!開化転身フォーム・ニグレドッ!」
「なッ!?」
メグさんを追い振り向き様に手元に魔力を集めたオウマに向けて、メルクさんが放つのは創造の力ニグレド。白い結晶を無から創造しオウマの半身を結晶に閉じ込める。
「ぐっ!?なんじゃこりゃあ!?」
「オウマッ!貴様は先には行かせんぞ!」
「また足止めか!いい加減にしろやメルクリウスッ!」
オウマを閉じ込める結晶が一瞬で割れる、がそれを食い止める様に再び結晶が生まれるがそれを防壁で弾く様に遠ざけるオウマとメルクさんの鬩ぎ合いが続く…。
どうするつもりなんだメルクさん!なんか考えがあるんでしょ!?エリス!メルクさんを信じますから!
「オウマ、お前の弱点はわかっている」
「ああ?」
「お前の生み出すディメンションホールは時界門よりも展開が早い反面、安定性に欠ける」
オウマのディメンションホールは腕を振るうだけで発生する。手元でグルリと穴を開ける時界門よりも零点数秒展開が早い…だからこそ、安定していない。
だからこそ…生まれる弱点は。
「咄嗟の環境変化には、弱い…そうだろう!」
「ッ…」
瞬間、メルクさんは地面に手を当て…全身から黒い塵を生み出し、ってこれ!
「メルクさん!まさか!?」
「お前諸共地獄に落ちてやる!オウマ!」
「ッメルクリウス!テメェ!」
「開化転身…フォーム・アルベド!」
破壊の力…触れた全てを破壊するアルベドの力を大地に使う。するとどうだ、強制収容所の地面がバキバキに砕け、エリス達もオウマも飲み込む大穴が一気に開き、エリス達を飲み込んで行く。
「ちょわぁぁぁ!?メルクさぁぁん!」
「落ちるぅぅうう!」
「ッ!みんな!今助けます!『旋風…」
地下収容所の下には更に何かしらのスペースが空いていたようで、先が見通せない奈落が誕生する。その中に落ちていくナリアさんとデティを助けるために風を纏おうとしたエリス…だったが。
「ッ…!?メルクさん…?」
メルクさんが、エリスの手を握り…首を振る、それはしなくてもいい…と。
どう言う意味か分からない…けど、メルクさんが言うなら…仕方ない!このまま落ちるか!
「ッと!よっと!…ったくメルクリウスのやつ、とんでもないことしてくれやがった、下手すりゃロクス・アモエヌスが倒壊するところだったぞ…」
一方、瓦礫を踏み締め飛び上がり穴から這い出たオウマは穴の淵で奈落を見下ろす。エリス達は下に落ちていった様だ。
「自爆覚悟で俺を道連れにしようとした…様には見えないな」
一見すれば、これはオウマを巻き込んで自爆しようとしたメルクリウスの無謀にも見える。だが結果だけを見ればオウマはメグもメルクリウス達も見失ってしまった…逃げられたと言ってもいい。
(この地下には、確かにプールの排水を送り込む超巨大下水迷宮があったはず…、メルクリウス達はそこに落ちたと見るべきか…)
もしメルクリウスがこの下の排水口の存在に気がついていて、敢えて下に逃げようとしたなら…。
「……一応、追手だけでも差し向けておくか…多分無駄だが」
超巨大に広がった理想街チクシュルーブ…だが地上部分はあくまで表の顔。ソニアと同じだ、薄っぺらな仮面の下には分厚い裏の顔がある、厚顔なソニアの野郎と同じ…な。
この地下にある巨大な水路迷宮は、地下の何処にでも繋がっている。そのどこに落ちたかは分からない、やってくれたなメルクリウス。
「三度目だな、俺がお前を取り逃すのは…」
またしてもメルクリウスを仕留め損った。ったく…マジで面倒な奴に目をつけられたぜ。
……………………………………………………
「ラグナーっ!」
「ぐぶふっ…クソッ!」
「この程度か…?ラグナ」
ラグナは膝をつく、拳を握るガウリイルの猛威に耐えかね遂にラグナの肉体が許容し得るダメージを超えたのだ。そんな彼の姿を見たアマルトは信じられないとばかりに口元を手で覆い…。
(嘘だろ、ラグナの奴がまるで通用してない…。なんだよアイツ、強すぎるだろ…)
ラグナは三魔人ジャックにだって勝ってるんだぞ、そんなラグナが膝を突く様な奴がまだこの世にいた事が驚きだ。それと同時に奴が飽くまで最高幹部止まりであることにも驚く。
魔女排斥組織は実力主義の組織だ、往々にして頂点に座る者が最も強い場合が多い。つまりガウリイルよりもオウマはもっと強いことになる。
「もう終わったのかい、ガウリイル〜」
「ンゥ初撃の勢いはあったが…所詮は素人集団か」
「如何にも、戦いのプロを…傭兵をナメすぎていた様だな」
剣を肩に背負うアナスタシアと上裸のケツアゴのデュランも合流する。やばい…これ俺達だけじゃ手に負えないとアマルトは顔を青くする。
「クッ…昼間より、強い…!」
「ピピピ、推進力強化…」
先程から壮絶な殴り合いをしているネレイドとシジキの戦いも段々趨勢が決し始めている。ネレイドが押され始めているのだ、人智を逸したシジキのパワーは超人ネレイドさえも上回り抑え込み始める。
(負ける…!)
そんな嫌な想像がアマルトの脳裏に過ぎった瞬間。
『アマルト様ッ!伏せてッ!』
「っ…!?」
響く、背後から声が。その声が何かを確認するよりも前にアマルトはその声に従ってその場でしゃがみ込む…すると。
「ッむ…!?」
「はぁあああああああ!!」
通路の奥から凄まじい勢いで走ってきたメグ現れ、両手に持った銃を乱射する。アレは黒服達が持っていた魔弾だ、何処から調達してきたのかそれを連射しガウリイル達を撃つ。
「ヤベッ!」
「んおぉっと!」
これは流石にやばいとアナスタシアとデュランは飛び退き。
「小賢しい!」
ガウリイルはその場で腕を振るい魔弾を受け止める、あの銃撃さえも効かないのかよ…何なら聞くんだアイツ!って言うか!
「メグ!?戻って来れたのか!?メルク達は!」
「メルク様達は別行動でございます!それより離脱を!」
瞬間メグはラグナを抱えて銃撃によって作り出した道を、魔弾を避ける為に横に飛び退いたアナスタシア達が作った道を一気に駆け抜ける。メルク達はどうなったのか、どうやって戻ってきたのか、分からないが兎も角今は離脱だ。
このまま戦い続けても勝ち目はない!
「ネレイド!逃げるぞ!」
「クッ…勝負は預けるぞ…シジキッ!」
「ピピピ…逃亡を確認、阻止する」
「ッ止めろ!アナスタシア!デュラン!」
「あいあい!」
逃げ出す俺達四人を、当然の様に追ってくる逢魔ヶ時旅団…しかし俺達は既に包囲を抜けている、包囲を抜けているなら…。
「移ろい代わる一色を、象る幻『十元夢影』ッ!」
シジキを突き飛ばし俺達に合流したネレイドが背後に向け幻惑魔術を放つ。それによって生まれたのは逃げ出す俺達の幻影…合わせて数十組に分かれ四方八方に散って逃げて行く。
「くっ!幻惑魔術か!どれが本物だ…」
「追え!とにかく追え!逃すな!」
翻弄される逢魔ヶ時旅団の声を背後に聞きながら俺達はそのままロクス・アモエヌスの敷地を超え、門を抜け街に出る…すると。
「ッ…待てメグ!」
「これは…!」
街に出た瞬間、俺は気がつく。それと同時にメグの手を引きネレイドと共に街の路地裏に隠れる。早くしないと逢魔ヶ時旅団が追ってくるのはわかってる、けど…。
「街中に兵士が彷徨いてやがる…」
「私達が逃げ出したから、街に見張りを放ったのでしょうか」
「それにしては早すぎる気がするけど…」
街中に目を光らせる警備兵達が大量に徘徊していたのだ、街に出れば逃げられる物と思っていたが…まるで先んじて待ち構える様に見張りを増やしていた敵方の手際の良さに歯噛みする。
蹴散らして進むにしては少々数が多い、今はラグナも動けそうにないし…。
「あ、そうだ。時界門は使えるか?」
「え?あ!使えます!多分オウマから距離を取ったからだと思います…」
「よし!なら時界門で馬車まで急ぐぞ!」
「はい!時界門!」
オウマとの距離が開いたおかげでメグの時界門も復活した、これなら馬車に戻れるとアマルト達は時界門にて馬車に戻る。
帰還できたのはメグのアマルトとラグナとネレイドの四人だけ、メルクとエリスとデティとナリアの四人は未だ消息不明。
ソニアの強襲によって物の見事に分断されてしまったが…きっとエリス達ならば大丈夫だと信じて今は、行動を続ける。
……………………………………………………
「急げ急げ!早く魔女の弟子達の馬車を抑えるんだ!」
「まさか奴等に脱獄されるとは…だが馬車さえ抑えておけば奴等は逃げられない!」
ダカダカと馬を超える速度で走る黒服達は慌てた様子でチクシュルーブの外にある馬車置き場へ駆けつけ、脱獄したアマルト達の馬車を確保する為に現れる。
だが…。
「ッ…馬車がない!?」
「ここにあったはずなのに…まさか既に馬車を使って街を去ったのか?」
確かに置かれていた馬車が綺麗さっぱり消えていたのだ。念の為に周りを確かめるがやはり弟子達の馬車はない。どうやら逃げ延びた弟子達は他の仲間を置いて早々にチクシュルーブを後にした様だ。
「居ないな、やはり馬車で逃げたか」
「チッ、チクシュルーブを去るなら手出しはするなと団長が言っていたな」
「仕方ない…、もうチクシュルーブには居ないと報告するか」
逃げられては仕方ないと黒服達は諦めた様子で銃を下ろし、再び凄まじいスピードで走り出し居住区の方へと消えて行く。
馬車を見つけられず、諦めた彼等が立ち去り…馬車置き場には再び静寂が戻り……。
「行ったか?」
「アマルト様の賭けは成功した様でございますね」
「……だね」
ニュッと他の馬車の下から顔を出すアマルトとメグ、そして幻惑で姿を消していたネレイドが現れ消えた黒服達を見て胸を撫で下ろす。
「馬車をあのままにしては黒服達が来る…と言う予測が当たって何よりでございます」
そう語るメグの手元には一つの瓶が握られている。これはメグセレクションNo.3『どこでもボトルストレージ』…。
瓶の内側には小型の馬車と小さくなったジャーニーが入っている。この何処でもボトルストレージはどんな物でも小型化し内側に収めることが出来る優れ物。これを使えばどんな船でも中に収めボトルシップの様にすることが出来る。
これを使い馬車を回収し黒服達の捜索を掻い潜ったのだ。
「とりあえずいつでもボトルの中に入って体を休めることは出来ますが…」
「ラグナもネレイドもボロボロだからな、一旦馬車の中で治療を受ける…にしてもその前にやることがあるな」
「うん…エリス達は無事なの?」
やるべき事は状況の整理。エリス達がこの場にいない、一緒にいた筈のメグだけが戻ってきてこうして四人だけで脱出してしまった。今なら馬車を使って本当に逃げ出すこともできるが…この中に仲間を置いて何処かへ行こうなんて考える奴はいない。エリス達が戻ってきてないならチクシュルーブからは離れられない。
これでよかったのか?とアマルトはメグに視線を向けると、彼女はポケットから一枚の紙を取り出し。
「実は、メルク様の指示なのです…仔細はこの紙に書いてあると」
「メルクが?」
「なんて書いてあるの?」
「少々お待ちを、えぇっと」
パラリと折り畳まれた紙を開き中を見ると…そこには。
『私は内側からソニアの計画の秘密を暴く、其方は表からソニアの計画を暴いてほしい。両面作戦で攻めたい』…と、つまり。
「内側から…どう言う意味だ?」
「もしかしたら…メルク様達はチクシュルーブ地下の工場地帯に向かったのかも」
「工場?ああそう言えばそんなのあったな…」
「そこに、メルクとエリスと、デティとナリアが…いるの?」
「恐らく、そして四人は今工場地帯で裏からソニアの計画…魔女に匹敵する超兵器の存在を探っているのでしょう」
なるほどそう言うことかとアマルト達は納得する。ソニアの計画を暴くには裏から攻めるしかない…つまりメルク達はその裏側に飛び込み調査を進めて行くと言うこと。
チクシュルーブをかき乱す。コップの底に溜まったココアを掬い上げるように…スプーンでかき混ぜる、この街の闇を。
そして、俺達は…。
「俺達は…表から…か」
「ラグナ!大丈夫か?」
「なんとかな…」
ボロボロになったラグナがようやく目を覚まして、体を引きずりながら馬車の下から這い出て…立ち上がる。随分ズタボロにやられた、やり方を変えたら勝てるとかまた仕切り直したら勝てるとか、そう言う段階のレベルじゃない負け方だ。
「メルクさんの判断は正しいと思う…、この街には…光に当たる部分以上に大きな闇があり、その闇の中に…ソニアは真実を隠している」
「それを探るには表と裏から、理屈は分かりますが…」
同じく続いてアマルトとメグも馬車の下から這い出て、夜を切り裂く光の街を見つめる。
「チクシュルーブ中に凄まじい数の見張りがいました。表から探るにしても我々はもう街には近づけません」
「アレを掻い潜って、ソニアの計画を潰す算段を探るのは…生半可じゃない」
「…かもな、見つかったらまた逢魔ヶ時旅団が来る。今の戦力じゃ今度こそ終わりだ」
メルクリウスの判断は正しい、だがチクシュルーブは今厳戒態勢だ。用心深いソニアとオウマは簡単には警戒を解かないだろう…、あの凄まじい見張りの中で街を探るのはかなり難しい。
それでもやらぬばならないとラグナは拳を握ると…。
「はぁ〜…しゃあねぇ、じゃあアレ使うか」
「アレ?なんか作戦があるのか?アマルト」
「まぁな、本当はエリスとメルクに悪戯として使う予定だった…新技が一つ、な?」
「新技…?」
アマルトが自信満々でニッと笑う、それはある意味頼りにもなるが…同時になんか、怖い。アマルトがこう言う笑い方をする時は大抵碌でもないアイデアである場合が多い。だが…今はそれに縋るしかないか。
「ああ…分かったよ、それで行こう。そして俺達も…チクシュルーブを探る、いいな?みんな」
「おー!」
表はラグナ達が探る…そして、今度こそソニアとオウマの計画を叩き潰す。
表で動き出したラグナ達…それと同時に、メルクリウス達も…。
………………………………………
理想街チクシュルーブ…華やかで、煌びやかで、夢と希望が詰まった光の遊楽街。訪れた旅人達は皆口々に『ここが地上の楽園か』と褒め称える。
理想街の名に恥じぬその楽園ぶりに人々は笑顔と笑い声で街を満たす。
しかし、昔から言われている通り…天国の下には地獄があるのだ。
チクシュルーブの地下には広大な空間がある、地下洞窟も巻き込み使える金と使える人員を全て注ぎ込みソニアが一年で作り上げた地下帝国が存在する。それはかつてデルセクトに存在していた落魔窟の様でありつつも、それを更にソニアの色で脚色した新たなる地獄が…。
ソニアの罠にかかり次々と地下に人が落とされる、それらは手となり足となり地下工場で働き続けている。それはいつしか一つの世界として完結し始め…今も稼働している。
その名も理想街チクシュルーブ改め…理想街下層地下世界・フレデフォード悪窟街。
「今日の仕事場はあっちだな…」
「こんだけ働いて100ラール…、生きていけない…」
「お腹が空いた…」
生気のない人々で満たされた雑多な街がある。遥か頭上に輝く光源魔力機構を太陽代わり街は照らされ薄汚い石煉瓦で構成された複数階立ての建造物が敷き詰められたようなそんな街は…常に貧困と暴力で満たされている。
ここにいるのは皆ソニアに嵌められ地下に落とされた物ばかりだ、ギャンブルにのめり込んだりチクシュルーブで一旗揚げようとして失敗したり、或いはラールを無理に借りて返済不可能に陥ったり…或いはチクシュルーブの居住権を獲得しようとして失敗したり。
さまざまな理由で落とされここで労働に従事する事を義務付けられた人々で作られた街…これがフレデフォード悪窟街だ。地下世界ではあるもののその広大さから一緒の自然さえ生まれている街の…やや離れた地点に、湖がある。
地下でありながら湖がある。それは壁に亀裂が入りプールの排水が流れ込み生まれた湖だ、これがこの街の人達にとっての飲み水であり唯一の水源と言ってもいい。
天井付近に開いた大穴からザバザバと降り注ぎ続ける大瀑布…その中から、四つの影が吐き出され、湖の上に浮かび上がる。
「……………」
プカプカと浮遊する影達は皆水に揉まれ意識を失っているのか、力無く漂うばかりで動く気配がない。
「……………」
彼女達は…メルクリウス達だ、あの後そのまま排水溝に落ち大量の水に揉まれながら偶然悪窟街の付近へと流れ込んだメルク達は、水の猛威に晒されて気絶してしまったのだ。
このまま行けば全員低体温症で死ぬか、或いは窒息で死ぬかのどちらかだろう…そんな中。
「んグッ…!」
一人だけが動く、片手でメルクリウスを掴み。
「んしょ!」
もう片方の手でナリアを掴み。
「はぐっ!」
最後にエリスの服の裾を口で噛んで、一人足を動かして湖から這い出る為に動き続ける…彼女は。
「ち、治癒術師のタフネス、ナメんなよぉ〜!」
デティだ、一人だけ水の中にあって気を失わず、動けなくなった仲間達を全員連れ、泳げないながらも必死に地面を見つけ全員を引きずって湖の外へと這い上がったのだ。
師匠であるスピカより、どれだけ苦しくとも治癒術師たるもの仲間のために最後の最後まで気を失ってはならない。その教えの通り彼女は仲間達が気絶している中一人起き続け無事湖から仲間を引き上げたのだ。
「ぜぇ…ぜぇ…はぁ…はぁ…、ここ…どこ?」
仲間達の腹を押して水を吐き出させながらデティは周りを見る。自分達は地下収容所の更に下まで来てしまった様だ。ここは間違いなく地下なのだろう…しかし。
天井が高い、まるで空が光ってるみたいに明るい。なんなんだここは…。
「地上…ってわけじゃなさそうだよね」
湖から出た先に広がっていた景色は、鉄屑の森だった。鉄骨が無数に突き刺さり、何かの部品が大量に散乱し山となる鉄の森、ひどい景色だ…と言うか空気も酷い。ここは一体…。
「う……ここは」
「ううん、エリス生きてますか?」
「あれ…僕は…」
「あ、みんな起きた?」
「デティ、ああ…また貴方に助けられましたね」
するとみんなも意識を取り戻したのか次々と起き上がり、目の前に広がる景色を見て口元を押さえる。
「な、なんですかここ。僕達はまたオウマに転移させられたんですか?」
「分かんない、けどそこの滝から私達は落ちてきたみたいだよ」
「………」
エリスちゃんは滝をチラリと見た後、周囲の景色を見て…静かに頷く。
「メルクさん、ここ」
「ああ、どうやら…キチンと辿り着けたようだ。チクシュルーブの落魔窟に…あると思ったぞ、ソニアの足元に」
「つまり、メルクさんはここに来る為に態と地面に穴を?」
「ああ、悪いな。あえて危険な道を選んで…」
「ちょ、ちょっとちょっと。そこ二人で分かった気にならないでよ!私とナリア君は何が何やらちんぷんかんぷんなんだから!」
「あ!すみません…」
エリスとメルクは、この景色と空気感に覚えがある。これは間違いなく…メルクがかつて暮らしていた落魔窟にそっくりなんだ。そしてソニアは落魔窟を何よりも活用し利用していた。
なら、地下工場があると聞いた時点で…債務者が落ちる街があることは予測出来ていた。つまりここが…ソニアにとっての裏の顔。
「悪いが説明は移動しながらするぞ、街の方を見ておきたい」
「う、うん分かった」
「それに、ここにも追手が来てないとも…」
『誰だい!あんた達ッ!』
「びゃあっ!?」
瞬間、響き渡る怒号にエリスは猫みたいに毛を逆立てて飛び上がる、他のみんなも慌てて構えを取る。まさかここにもオウマの追手が…と警戒すると。
「ここはアタシの縄張りだ、荒そうってんなら容赦しないよ…!」
近くの、鉄屑の山の向こうから…現れたのは嗄れた老婆だ。オイルで汚れた作業着を着こなした老婆は鉄屑の山の上で、エリス達を見下ろすと…顔を顰め。
「アア?あんた達見ない顔だねぇ」
「…お前は誰だ」
「誰だ?このアタシに向かって誰だと来たか…」
クツクツと笑う老婆は腕を組みながらエリス達を見下ろし…こう言って笑うのだ。
「アタシはね…レグルス。孤独の魔女レグルスさ…!」
「………ああ?」
思わずエリスは眉を吊り上げ睨みを効かせる、しかしいきなり現れ見えすいた嘘を言う謎の老婆は自信に満ち溢れた笑みで…。
ニヤニヤと笑い続けるのであった。




