547.魔女の弟子と世界最強の傭兵軍団
「貴方が…エリスの味方?」
突如現れた逢魔ヶ時旅団に囚われたエリス達。皆揃って地下収容所に捕まったかと思えば、そんなエリスを自室に連れ込んだオウマは突然こう切り出した。
俺はお前の味方だと。お前達をこれから外に逃してやると。これがエリスを安心させ油断させる為だけの罠だとは到底思えないほどにオウマの顔は真摯であり、真剣だった。だからこそ聞き返す…どう言う意味なのかと。
「ああそうだ、味方だ」
「嘘おっしゃい!それならなんでエリス達をこうして捕まえたんですか!」
「こうでもしなきゃソニアに疑われる。ソニアはお前を特段恨んでいるし、お前もソニアを警戒してただろ?何より俺は八大同盟…道端でパッと会って話聞いてくれるか?お前」
「そ、それは…」
確かに彼と言う通り、こう言う状況でもなければエリス達は二人きりになれなかったし、こうして話し合うこともなかった。この状況だからこそ、エリスは彼の言葉に耳を傾けている。
つまり、オウマはエリスと話をするために…、ソニアにエリスとの会話を聞かれないために、態々エリス達を一度捕まえて…?
「回りくどいことをしますね…」
「ややこしい状況だからな。元からソニアとお前の間に確執があって…その間に割って入るとなると、面倒臭いんだよ。お陰でいらん手間を増やされた」
「……本当にエリスの味方なんですか?」
「ああそうだ、今この空間が…それを証明してるだろ。俺はプロだ、要らん隙は晒さねぇ」
事実彼の周りに部下はいない、彼自身も武装していない、敵意がないことを証明している…と言う形を体現している。油断は出来ない…だが無理に話を突っぱねるほどでもない…か。
「分かりました、一旦話は聞きます」
「警戒心が強いな。だがそれでいい、この街じゃ信じる相手はきちんと選べ。つーかせっかく肉用意したんだから肉食え肉」
「エリスはもう晩御飯食べ終わった後なので、歯磨きも終わってますし」
「行儀がなってるねぇ」
「それで…その、一応聞いてもいいですか?」
「なんで魔女排斥組織のトップである俺が、魔女の弟子の味方なのか…って?」
「はい」
そこが一番分からない、エリス達は魔女側と反魔女側。相容れない存在同士だしあまりにも立ち位置がかけ離れすぎている。その上オウマは八大同盟だ、ジズと同じ八大同盟…いくら状況がどうと言っても流石に八大同盟が味方とは思えない。
「まぁあ?お前はジズ爺と戦った後だしそう思うのも無理はないかもな」
「はい、というか知ってるんですね」
「そりゃあまぁ?有名だし?八大同盟の間でも議論されてたぜ?魔女の弟子をどうするかって」
「え!?会議?どんな結果になったんですか?」
「今はまだ手を出さない…って方向になった。ビビる必要ねぇ!って俺が力説してな」
「……それはそれで腹立ちますね」
「でなきゃお前らんところに八大同盟が押し掛けてたぞ。感謝してほしいくらいだぜ」
それは…まぁ、感謝してもいいのかな。
「で、俺がお前の味方って件だが。これは八大同盟も逢魔ヶ時旅団も関係ない、俺一個人の話なんだ、だからソニアも部下にも話してない。飽くまで俺個人…」
「貴方個人の…?」
「お前……リーシャの友達で、アイツの命の恩人なんだろ?」
「あっ…!」
繋がる、点と点が…オウマは元帝国軍人にして、リーシャさんやフリードリヒさんと同じ最強世代の一人。色々あって離脱したけど…彼もリーシャさんの友人の一人なのだ!そうか!そこの縁か!
「まぁこの事を知ったのは最近なんだが、お前はエトワールで自殺するほど苦しんでたリーシャを励まし、立ち直らせてくれたんだろ?アイツは一応俺のダチだった女だ…というかぶっちゃけ惚れてた。そんな女を助けてくれたお前には…恩があるからな」
「貴方…まだリーシャさんの事を、でも彼女は…」
「聞いてる、大いなるアルカナとの戦いで死んだんだろ?……まぁ、アイツも最後は軍人として逝けて、よかったんじゃねぇのかな。って…自分に言い聞かせるしかないが、少なくともその死はアイツだけの物で、誰かの意志を介在させていい物でもない」
オウマはなんとも苦々しい顔をしながらワイングラスを仰ぐ、そうか…彼はまだリーシャさんの事を思って。その上でリーシャさんを助けてくれたエリスに恩義を感じているから…そうだったのか。
「そんなアイツに最後のチャンスを与えてくれたのがお前だ…、だからこの恩は逢魔ヶ時旅団ではなく俺個人のものだし、恩の先も魔女の弟子ではなくお前個人の物だ、だからメルクリウスのヤローも他の魔女の弟子も関係ない、俺とお前の関係だ」
「なるほど…なんとなく分かりました」
「……なぁエリス、お前帝国に立ち寄ったんだよな」
「え?ええ」
「フリードリヒやジルビア、トルデリーゼは元気だったか?」
「…………」
帝国を捨てたお前が何を言うんだ…と言いたかったが、この短い会話でなんとなく彼の価値観が分かった。彼は所属する組織と一個人の立場を分けて考える人のようだ。
だから帝国と敵対しながらも、帝国にいる友人のことはまた別に考えているんだろう。それに…それ以上に。
「元気でしたよ、みんな揃って今も帝国で働いてます」
言いたかったか、フリードリヒさん達の友達であるオウマに、彼の友人の近況を。これは立場云々の話ではなく、エリス一個人の感情だ。
「そうか、…フリードリヒは将軍になったって聞いたが?」
「でも相変わらず仕事はサボってるみたいですがね」
「だろーな、アイツは出世しちゃいけない人間なんだよ。将軍はジルビアみたいな責任感の強い奴の方が向いてる、フリードリヒは雑兵にでも格下げして敵陣に突っ込ませとけば仕事するんだ」
「それはそうですね、ラインハルトさんもいつも頭を悩ませていますよ」
「アイツは逆に真面目すぎる、昔はもうちょい可愛げがあったのにな…」
こうして話していると、彼は帝国にいるエリスの友人達のこれまた友人のように感じる。いや事実そうなんだろう、彼は帝国の人達と友人で…今も故郷に残した友達を想い続けているんだ。
……ハッ!そうだ!
「あのぉ、オウマさん?」
「…急に猫撫で声でどうした」
エリスは気がつく、今オウマはエリスに好意的だ。八大同盟の盟主が好意的に接してくる場面など今後あるだろうか…ない。ならば聞く事がある。
「エリス達、マレフィカルムの本部を探してるんですけど…場所って知ってます?」
「ああ?…ああ、そういやお前ら本部の壊滅とかを目指してるんだっけか」
え?マレフィカルムはそこまで把握してるのか?…でもどこからそんな情報を。
「まぁあ?確かに、俺だって八大同盟の盟主だし?本部なんか何回も行ってるしそれこそ目を瞑っても行けるなぁ」
「場所…教えてもらえます?」
「アホか、教えるわけないだろ。俺は別にお前の味方をすると言っただけでマレフィカルムを裏切るとは一言も言ってない」
まぁ…そうですよね、うん。エリスの味方をするからと言ってマレフィカルムの敵になるわけじゃないんだし、流石に教えられないか…なら、言い方を変えるか。
「じゃあオウマさん、質問を変えます」
「なんだ、本部の場所はどうあれ教えられんぞ」
「ソニアは…本部の場所を知ってますか?」
「…………へぇ?」
オウマはエリスの意図を察したのか、面白そうに笑うと、机に肘を突き…。
「知ってる」
そう言うのだ、つまり…ソニアを問い詰めることが出来たなら。本部の場所を把握することが出来るのか!…そしてマレウスから出ずに王貴五芒星をやってるソニアが知ってるってことは、やっぱり本部はマレウスにあるんだ…!
「満足しました」
「そりゃ結構、そこから先の話には俺は関与しない。やりたいようにやればいい」
「……………」
こうして接していると、思うことが一つある。オウマと言う人物に対してエリスが抱いているイメージと実際の彼の雰囲気には、大きな差があるように思える。
彼はもっと、闘争と破壊を望む怪物みたいな人かと思ったんだが。実際に関わってみると…なんというか、普通だ。普通に友達の事を考えるし、友達の恩を自分の恩だと語るほどに気前の良さを持ち、敵対者たるエリスに対しても相応の礼節を払う人物に見える。
友情に厚く、義理の人情を持ち合わせた男…それが今のエリスのオウマに対する人間的なイメージだ、行動とかはまぁ…今は考えないものとするとしてだ。
だからこそ、考える。これほどまでに義理や友情に厚い彼が…何故。
「…オウマさん、もう一つ聞いてもいいですか?」
「今度は真面目な話っぽいな、なんだ」
「……どうして、フリードリヒさん達のことをそこまで想いながら、帝国を抜けたんですか」
「………」
オウマは、そのことについて聞かれると、顔から笑顔を消して…ただ無表情でワインボトルを開け、グラスに注ぐ。
彼は今もフリードリヒさん達を友人だと思っている。でもそんなに大切に思ってるなら、なんでこんな…友を裏切るような真似をしたのか、それを聞いてみたかった。エリスからすればそれはあまりにも…不可解だったから。
するとオウマは数秒の沈黙の後…ワイングラスに口をつけこう言った。
「帝国軍が…俺の思っていた物と違ったからだ」
「は?帝国軍が思ってたのと違ったって、貴方…働き始めたばかりの新人店員みたいな、そんな理由で?」
「俺は、兵士として戦いその果てに己の意志と存在証明をするために農業やってた親の反対押し切って士官学校に通い、死に物狂いで勉強して軍人になった。全ては俺個人の意志によってだ」
「はあ…でもやめたんですよね」
「……帝国軍は帝国の為にあるわけじゃない、皇帝カノープスただ一人の為にある。帝国軍数百万の軍勢の命全てが…カノープスという不老の化け物を囲う楼閣の為に、使われている。それが帝国軍だ」
「ですが、そうは言っても…」
「ああ、言いたいことはわかる、国とは即ち王であり、王とは即ち国だ。ならば軍が王の為に在ろうが国の為に在ろうが本質は変わらない。この世の軍は大概がそうだ…それは分かってる。だが…帝国の場合は違うだろう」
オウマは怒りに打ち震えながら…ワイングラスを握り潰す。その目には確かに憤怒の炎が燃えており…。
「帝国は世界秩序の維持を掲げている。いや掲げているのはカノープスだけだ、帝国はそれに付き合わされている。そして…結果として魔女排斥組織との終わらない戦いを強いられ続けている。カノープスただ一人を守る為に、カノープスただ一人が望んだせいでだ」
「でも、誰かが世界の秩序を守らなきゃ…、魔女排斥組織と戦わなきゃ…」
「その魔女排斥組織があるのはカノープスのせいだろ!?なんでその尻拭いを俺達帝国軍が!帝国の兵士達がしなきゃならねぇ!お前だって見ただろ、大いなるアルカナとの戦いで傷つき倒れた兵士達!あれは全てカノープスただ一人のせいで起こった戦いの為に!カノープスただ一人の為に!生まれた負傷者達だ!」
「ッッ…!」
エリスは見た、大いなるアルカナとの戦いで生まれた無数の負傷者達。マルミドワズを埋め尽くさんばかりの戦傷者達の海を。確かにあれはカノープス様一人を守る為に行われた戦いで…傷ついた人たちだ。
剰えカノープス様はそこまで行ってなお、自らが戦線に立つことはなかった……。今にして思えばあれはシリウスがレグルス師匠の体を乗っ取る兆候が見えていたから、動くわけにはいかなかったのだわかるが。
それも…魔女達の理屈であること変わりはない。今を生きる人達にとっては…関係のない話。だが…だが。
「それでも魔女排斥組織がテロまがいの事をしなけりゃ済んだ話でしょう!貴方達マレフィカルムが!魔女世界の破壊をお題目に!無関係な市民を巻き込み始めたから戦乱になったんでしょう!そこを棚上げして魔女様一人に責任を押し付けるのは違う!」
「そうだな…」
「例え魔女がいなくなろうとも!魔女排斥組織のような手段を厭わぬ者たちがいる限り!魔女を肯定する者と否定する者の戦いと戦乱は終わらない!」
「確かにな、だから俺はここでソニアと組んだ」
「え…?」
「エリス、お前にゃ俺の目的を話す。それがお前をここに呼んだ真の狙いだからだ…」
オウマは、静かに椅子から立ち上がり…エリスを見下ろしながら。
「俺はソニアと、魔女に匹敵する力を持った兵器を生み出し、魔女と魔女大国の優位性を消し去るつもりだ」
「な…そんな事出来るわけ…」
「それだけじゃない、あらゆる兵器を生み出して限りなく一個人が所有する武力の差を均等にする…平等な世の中を作る」
「何言ってるんですか、そんなことしたって戦いはなくならない」
「俺が望んでるのは戦いのない世界じゃない。ただ…戦いの中に『魔女の存在』が介在しない世界だ」
「魔女の存在が介在しない…世界?」
「ああ、人が人の為に戦い人によって死ぬ世界。人によって戦いが起こり、人によって戦いが終わり、人の自由意志によって決定され、人の信念によって事が為される世界!そこには魔女の存在も何もない!魔女を生かそうとする魔女大国も無く!魔女を殺そうとする魔女排斥組織もなく!この両者による二分の戦いでもなく!…ただ、人が人を気に入らないから殴れる世界を作りたいんだ」
今世界で起こっている大部分の戦いは『魔女の存在を肯定する魔女大国』と『魔女の存在を許せぬ反魔女派』のぶつかり合いがほとんどだ。結果、この世の戦いの殆どの中心には魔女が居る。
魔女大国も反魔女派もどちらも結局『魔女の為に戦い死んでいる』のが現状。それをオウマは無くしたいのだ。
魔女の為ではなく人の為、人が自由意志によって戦いを選び、信念によって戦いに臨み、ただ…人の為に死ねる世界を。
帝国軍のように、魔女の為に戦い死ぬような軍ではなく…自分の為、或いは隣人の為に戦う軍が、彼の理想…つまり彼は。
「自分で自分の戦いを選ぶ為に、帝国軍を抜け。その意思を世界中に拡散する為にソニアと組んだ…と?」
「ああ、その通りだ。帝国はオライオン以上に信仰の国だ、魔女信仰の国だ。フリードリヒもトルデリーゼもいい奴らさ、こんな俺にも心を砕いてくれた最高の友達だ。だがアイツらもきっと…魔女が戦えと言えば戦う、死ねといえば死ぬ。用済みだと言われれば捨てられる!」
「そんな事あるわけが…」
「リーシャがそうだったろうが!」
「ッ……」
「お前アイツがどんだけ頑張って軍人になったか知ってるか?俺は知ってる、だがお前は知らないし…同じように魔女も知らない、だから『エトワールで小説家の夢が叶ってよかった』なんてお為ごかしが言えんだよ!」
「………」
「俺はどうしてもリーシャが軍から追い出されたのが納得できないんだ。魔女を守る為に魔女排斥組織と戦った結果、帝国から追い出されたリーシャの顛末が。負傷したなら最後まで面倒見ろよ…そんなことさえ、魔女はしなかっただろ」
「……でも」
「受け入れられないか。分かってるさ、お前は魔女が死ねと言えば死ぬ側の人間だ。俺はその支配が嫌で帝国を抜け出した側だ。ダチの事が気がかりでも…魔女の下には決して帰りたくない、戦う理由も死ぬ理由も全て支配されて生きるのはもうゴメンだからだ」
「…わかりました、やっぱりエリス達は相容れないですね」
「そうだ…」
するとオウマは腰から何かを取り出し、エリスに向けて投げ渡す。それを咄嗟に掴み確認すると…鍵だった。
「牢屋の鍵だ、そいつを使って仲間を解放しろ」
「……いいんですか?」
「お前らを捕まえたのは、お前への恩を返す為だ。別にもう解放してもいい」
「恩を…」
「ああ、俺が与える恩返しは『ソニアが何かを企んでいる事実を教える事』と『俺達と言う脅威がここにいると教える事』の二点…、どうせ探ってたんだろ?だから教えてやる。ソニアは魔女大国の脅威になる兵器を作っている、そして俺達はそれを守っていると。その先は好きにしろ」
「そこまで教えてくれるんですね…エリスは、敵ですよね」
「今は味方だ、けどこれは飽くまで一時的…この恩をお前に返すまでの間の話だ、お前とその仲間達を解放した時点で…お前への恩はチャラになる。逃げ出したお前に俺は遠慮なく追撃を仕掛けるし、次また捕まったらもう二度と助けん…」
「………」
「そのままチクシュルーブを離れるならもう追わないし、また向かってくるなら遠慮なく叩きのめす。俺がお前に与えるチャンスは一度だ、よく考えて物にしろ」
つまりオウマは、エリス達と戦うつもりでいるんだ。徹底的に叩きのめすつもりでいる。だがその前に…リーシャさんへの恩を返しておきたかったんだ。
叩きのめすその直前に、迷いが生まれないように。彼は彼自身の『やり方』を貫く為に、ケジメをきっちりつけておきたかった。だから態々エリス達を捕まえ、計画を明かすような事をして、そして解放までした。
これが彼の恩の返し方、そして恩を返した以上…もうそれより先はない。次会えば敵に戻る。そういうことか。
「分かりました」
「よろしい、まぁ久しぶりに故郷の友達の話が出来て楽しかったぜ」
「帝国に戻る気は…」
「ない、言ったろ。魔女が全てを支配する場所に戻りたくない。俺の生き方と死に方は俺が決める」
「そうですか…。なら最後に言わせてください」
「なんだ?」
エリスは静かに立ち上がり、オウマに背を向けながら…言ってやる。
「貴方はリーシャさんがどれだけ苦労して軍人になったかを知っている。だからエリス達にそれを否定する事は出来ないと言いましたね」
「ああ」
「けど貴方は…小説家になったリーシャさんを知らないでしょう。あの人がどんな顔で本を書いていたかを…貴方は知らないでしょう。そんな貴方に…小説家としてのリーシャさんの在り方を、否定されたくありません」
「…………」
「エリスは貴方と戦いますよ。リーシャさんが守ろうとした物をエリスが守ります。何よりエリスの友達を傷つけたお前を…エリスは許しませんから」
そんな宣戦布告にも似た言葉を受け取ったオウマはなんとも嬉しそうに牙を見せ笑い。
「なるほど、リーシャが友達にするわけだ。俺は強かで肝の座ってる女好きだ、どうだ?やっぱりマジで俺の仲間にならねぇか?マジで歓迎するぜ」
「なりませんよ、貴方のせいでエリスの友達…メルクさんは地獄を見たんですから、貴方にも地獄見せないと、フェアじゃありませんから」
「クカカ!違いない!なら行け!せいぜい俺に捕まるなよ!」
「貴方こそ、負ける覚悟…しといてください」
エリス達はマレフィカルムを潰す、その道に立ち塞がるなら全てを跳ね除ける…最後に勝つはエリス達だ。何より、メルクさんの借りもある…それは必ず返す。
だから覚悟しろ…そう伝えながら部屋を出て、鍵を持ちながら牢屋へと帰るエリスを見送るオウマは…一人椅子にもたれかかりながら。
「ヘッ、やっぱ友達を選ぶセンスはピカイチだな…俺の軍師」
酒を飲みながら今は亡き友を想う。リーシャ…本当は俺の側にいて欲しかった女、されどアイツの気持ちを尊重して無理には連れていかなかった女、そのせいで…結局帝国の為に死んでしまった…愛すべき女。
リーシャ…やっぱりお前はいい女だ、だからこそ許せねぇんだよ。お前を使い潰すだけ潰して、お前の努力を無に帰した帝国と皇帝を。お前の死はお前の為だけにあるべきだったのに…そこに魔女という不純物が混ざったことが許せない。
「……俺はやるぜ、リーシャ…エリス。テメェらが泣いて嫌がっても俺はこの世を制する、その為に故郷に唾吐いたんだからな」
もう二度とは戻れぬ場所に思いを馳せる。想うことさえ許されぬ身なれど、それでも自分にとっての始発点は変わらない。
オウマは滾らせる、野心を滾らせる。この世から…この世の戦いから魔女を取り除く。そうする事でようやく、俺達の戦いは俺達だけの物になり、俺達は俺達の為に死ぬことが出来る。
「………………」
そんな風に久しく感傷に浸っていると…、突如バタバタと騒がしい足音が部屋に入ってきて。
「オウマ団長!…え?食事中?」
「いや今終わった、どうした?」
入ってきたのは団員だ…そいつが血相変えてこう言うのだ。
「捕らえていた魔女の弟子が早速脱獄したみたいで!」
「……脱獄」
ふと、顎に指を当てて考える。俺がエリスに鍵を渡した事は団員達には内緒だ…けど、エリスがやったにしては早くないか?
いや…いいか。
「チャンスは一度、そう言ったよな…エリス」
「え?なんて言いました?団長」
「いや、なんでもねぇ…」
椅子から立ち上がる。俺のエリスへの恩返しは鍵を渡し話をした時点で返している、つまりここから先は俺とエリスは『リーシャの友とその命の恩人』ではなく『八大同盟と魔女の弟子』と言う関係に戻った。
つまりアイツに慮る必要はどこにもない、遠慮なく…そして躊躇なく、ぶっ殺せる。
「…俺が出る、ガウリイル達も呼べ。逃げ出したゴミ共は全員殺す!」
今度は敵だぜエリス、躊躇した方が死ぬ…分かってるよな。
…………………………………………………
「みなさん!エリス戻りました!」
「だ!大丈夫か!エリス!」
「ゴーモン受けたの!?受けたのエリスちゃん!爪とか剥がされた!?親知らず抜かれた!?うへぇ〜〜ん!怖いよ〜!怖いけどエリスちゃん心配だよ〜!」
「おや?全然無傷では?」
「血の匂い…しない」
そして慌てて牢屋へと戻ったエリスを心配していたみんなは、てっきりエリスがソニアから拷問を受けているものと思っていたのか、全然ヘッチャラなエリスを見て目を丸くしている。
まぁ拷問はされずオウマから食事を振舞ってもらっていた…なんて言えませんけどね。
「まぁ〜、うん。大丈夫でした」
「大丈夫でしたってお前…」
「それより鍵を手に入れましたよ、みんなで逃げましょう」
「お前…鍵まで奪ってきたのか?」
「……………」
…オウマはきっと、エリスに鍵を与えた事を誰にも言わないだろう。それなのにエリスがこの事を周りにベラベラ言うのは違う気がする。
恩を返す為一時的にとは言え味方になってくれた彼の真摯さに、今はもう敵ながらエリスも真摯さで答えたい。
だから…。
「はい、運良く鍵を奪えました」
「そうか、流石はエリスだ…では早速手枷を外してくれ」
「はい、お待ちを…」
牢屋の鍵を解除し、鍵束からみんなの鍵を選んで一つ一つ錠を外す。そこでエリスはようやく…真の意味でオウマがあの時エリスに恩を返してくれようてしていた事を確信する。
そして、彼が言っていたあの言葉…チャンスは一度、あれもきっと本当だ。次会った時は恩のことはナシに襲ってくる。彼が受けたエリスの恩はこれで返され、チャラになったのだから。
「よしっ!手枷が外れた!」
「魔力も戻った!メルクさん!足の怪我治癒するね!」
「ラグナ達も探さないとね…」
「それにきっとすぐに見張りがきます。ここからは強行突破になりますね」
あっという間にデティがメルクさんの傷を治し、エリス達は全員揃って脱獄の準備が完了する。恐らくだがすぐに見張りが来る、そこにはきっとオウマもいる。
魔力量で言えばあのジズさえも上回るあの男が精鋭の大群を率いてやってくる、真っ向から戦っても勝ち目は薄いだろう。なら今は離脱することだけを考え…。
「ん?どうしたんですか?メルクさん…それ」
「…なんでもない」
ふと、立ちあがろうとしたメルクさんが、手元の紙を隠したのが見えて聞いてみるが。メルクさんはすぐに誤魔化すように紙をポケットにしまってしまう。
なんだったんだろう。
「それより早く行きましょう!あとオウマ達の狙いも聞き出せました!走りながら聞いてください!」
「お前拷問受けてたんだよな!?随分いろんな収穫があるじゃないか!」
「流石はエリス様でございます、それで奴らの目的は?」
エリス達はラグナを探して地下収容所の廊下を走る、多分それほど遠くにはいないだろうと皆で魔力を探りなから、エリスはオウマから得た情報をオウマから得た事を隠しながらみんなに伝える。
「奴の目的は魔女さえ殺せる兵器を作り、それで魔女大国の優位性を消し去り、魔女と言う存在から戦いを解放する事です」
「なるほど!どう言う意味!?」
「つまり奴らは魔女に匹敵する兵器を作り現行文明を根底から覆すつもりです!」
「嘘ーっ!?」
「国家転覆を超えた…世界転覆とでも言いましょうか、とんでもない事を考えますね」
「……でも、出来るの?…そんなの」
ネレイドさんがチラリとエリスを見る。そんな事出来るのか…と、そんなこと聞かれてもエリスは答えられない、だがオウマの目は見果てぬ夢を語る無謀者の目じゃなかった。
確たるプロセスを見据え、着実に計画を進めている男の目だった。ならやるんだろう…そしてきっと、放置すれば確実にそれは結実する。
けどそのプロセスがエリス達は見えてこない、技術をいくら進化させたところで魔女級の火力を出せるとは思えない。
「分かりません、前例がありませんから」
「……………いや、前例ならある」
「え?」
しかし、そんな中口を開き切り出すのはメルクさんだ、走りながら、足を止めず、それでいて顔面を真っ青に染めながら…彼女は一つ思い当たる節を語る。
「ある、技術を以ってして魔女に迫った前例ならある」
「それって…」
「ピスケスだ!古の超技術大国のオーパーツを奴等は手に入れているんだ!」
ピスケス…かつてフォーマルハウト様が感銘を受けたと言う技術の国。
八千年前、シリウスと戦う前に魔女様達が敵対していた魔術と双対を成す『科学』にて敵対した国、碩学姫レーヴァテインが数々の技術を作り出し、それを扱い魔女様達を苦しめた国。
確かにピスケスの技術力は魔女様達さえ恐れさせた、もう一人のシリウスとまで魔女様達に言わせたレーヴァテイン姫が生み出した数々の技術…それがもし、今もなお残っていて、もしそれをソニアが手に入れていたなら…。
現代のレーヴァテイン姫とでも言うべきソニアの手の中にそれがあったなら…。
「っ!レーヴァテイン遺跡群です!ピスケスの技術があると言うあの遺跡は確か!」
「昔レナトゥスの手にあったってオケアノスさんが言ってた!」
「そこで発掘された物がレナトゥスの手から、その下に与するソニアの手に渡っていたと考えればあながち無い話とは言えません」
「じゃあ…ソニアは、魔女様達が恐れた技術を…再びこの地上に…?」
「なんとしてでも止めねばならん…!」
今はデナリウス商会とか言う商会の手にあるレーヴァテイン遺跡群、だがそれはデナリウス商会の手に渡る前はレナトゥスの手にあったと言う。あの絶対に破壊出来ない黒い石アダマンタイトが出たと言う遺跡なら他の技術があってもおかしくない。
レナトゥスはなんと成果も出せなかったと公言していたが、もしそれがレナトゥスには理解出来なかっただけで…同じ天才のソニアに理解出来る代物だったとしたなら。
まずい…本当にまずい、国家転覆なんてレベルの話じゃない!魔女様達が恐れ技術抑制を行うきっかけになった武器が…よりにもよってソニアなんかの手に渡るのは絶対に阻止しなくてはならない!
「おーい!みんな〜!」
「お!エリス達ももう牢屋出てんじゃんよ!」
「っ!ラグナ!アマルトさん!ナリアさん!」
ふと、曲がり角の向こうから現れたのはエリス達が探していた男組みだ。彼等も特に体に傷を作ることなく無事牢屋から出ていたようで…。
エリス達はこの牢屋迷宮で無事合流を果たす。
「全員揃ったな!よし!とっととここから脱出するぞ!」
「メグさん!時界門を!」
「はい!」
みんな揃ったなら取り敢えずは脱出、話し合いはその後だとメルクさんとエリスはメグさんに頼み時界門を用意してもらい。
「『時界門』っ!」
そうして生まれた時空の穴にみんなで飛び込み外に脱出………あれ?
「時界門が…開かない」
「えぇっ!?」
開かない、メグさんの手で空間を触っても穴が開かない。まるでいつぞやのジャックの船で起こった現象のように、メグさんの時界門が作動しないのだ。
「な、なんで!?なんでですか!メグさん!」
「また船酔いしちゃった!?」
「い、いえ…そんなわけ。いや…でもこの感覚、以前も…」
これじゃ脱出出来ない…なんでメグさんの時界門が封じられて…。
「っ!みんな!後だ!敵が来た!」
「チッ、仕方ない!敵を蹴散らしながら出口を探すぞ!」
『こっちだ!こっちから奴らの気配がする!』
「うへ、気配だって」
ダカダカと靴音が廊下の向こうから響き渡る。時界門が使えない理由は分からないが、使えない事だけが確定している今…他の事を考える余裕はない。今は別の方法で出口を探すしかない。
そんな中訪れた黒服の軍勢、数にして十数名…その手には。
「ヤベッ!例の魔弾だ!」
「しかも特別製のヤツ!あれ鉄板も防壁も貫くヤバいヤツなんですよ!」
「嘘でしょ…!」
ラグナが顔を顰める。曰くあれは魔力防御も物理防御も殆ど通用しないヤバい銃らしく…今この廊下であれを使われるのはまずい。なんて思っている間に黒服達は全員で銃を構え。
「総員!撃てーっ!」
「まずい…!」
防壁展開も無意味、物理的に防御も無理、じゃああれ…どう防げばいいんだ!?この廊下には遮蔽物なんてないし、逃げ場もない…ッ!
エリスとラグナが一瞬、躊躇する中…先んじて動いたのは。
「開化転身…!」
メルクさんだ、その身に黒い塵を纏いながら前に出た彼女は、迫る銃弾に向け手を伸ばし。
「フォーム・アルベドッ!」
「なっ!?」
放つのは破壊の波動、凡ゆる物を破壊する究極の錬金術…アルベド。その力を前面に出し破壊の化身と化したメルクさんの力により、迫る魔弾は全て塵となって消え去る。
「魔力は無効化できても、物質そのものに干渉する錬金術は防げないようだな…」
「流石!メルクさん!」
「防御は私がやる!エリス!ラグナ!行け!」
「りょーかい!」
「ぐっ!あれがソニア様が言っていた究極の錬金術を身に宿す力か!」
黒服達が慄いた瞬間を狙い、エリスとラグナは踏み込む。その一瞬で銃弾が飛ぶ距離を一気に詰め…。
「行くぜエリス…」
「はい、やり返しましょう…」
「ぐっ!?距離を詰められ───」
「穿通拳ッ!」
「『煌王火雷掌』ッ!」
「ぐごぉっ!?」
突っ込む、ラグナの拳が黒服を打ち据え、エリスの拳が黒服を殴り飛ばす。この距離まで詰めて仕舞えば銃よりもエリスのパンチの方が速いですよ。
「ッ…迎え撃て!」
「お、流石判断が早えな」
しかし敵方もやる物で、銃が役に立たなくなったと見るや否や腰の剣を抜き放つ。刀身が青く輝くカタナを持ちエリス達を囲むように迫る黒服。それを前にエリスとラグナは背中を合わせ拳を構える。
「死ねッ!」
「死にませんッ!」
正面から切り掛かってきたその刃を交わし、カタナを持つ黒服の手を掴み強引に振り回しながら無防備になった顔面に一撃を入れ…。
「ぐっ…」
「簡単に人に死ねとか言うなッ!」
怯んだところに叩き込むのは怒涛の蹴り。側頭、脇腹、太腿、からの腕、鳩尾、顎。これだけの蹴りを受けようやく黒服は吹き飛び動かなくなる。
「オラァッ!」
「ぐぶぅっ!?」
対するラグナも手で刃を弾き顔面と鳩尾にそれぞれ一発づつ拳を入れ一人黙らせる。
……しかし。
「チッ、こいつら一人一人が強えな」
「というより異様に頑丈です!」
エリスは引き続き切り掛かってくる黒服の刃を捌きながら蹴りを見舞い、ラグナもエリスの背後を守りながら黒服を片手で投げ飛ばしながらもう片方の手で叩き潰し、表情を歪める。
こいつら、一人一人が弱くない。寧ろ硬い、エリスとラグナが一発で倒せないくらい強いんだ。こんなのがただの構成員か…いや。
(そうか、こいつらハーシェル一家で言うところの影か!)
思えばハーシェルの影も一人一人が強かった、そうだよ…こいつらこんなナリで八大同盟の看板背負った戦闘員なんだ。
「どっこいせ!」
「どりゃぁっ!」
黒服の顔面を掴み、同時にラグナもまた最後に残った一人の顔面を掴み、エリスとラグナは互いに掴んだ黒服の頭を叩きつけ合うようにし、気絶させる。
終わった、ようやく。ちょっと時間が取られたな…。
「ふぅ、やべぇな。これ本格的に囲まれたら厄介だぞ」
「急いで脱出しましょう。みんな!」
「エリス様!デティ様が脱出ルートを見つけました!」
「魔力反響技術でね!ふふん!私ね!私がね!ふふん、やったら出来ちゃった!天才だし!」
「よくやった!一気に行くぜ!」
走り出す、今はとにかく脱出だ。もし今の戦闘員にオウマが絡んで来てたらやばかった。もしこのまま苦戦するようなことがあれば魔力覚醒の使用も考えなきゃ行けないくらい…逢魔ヶ時旅団は強い。
「こっちにでっけー階段があるよー!それ行けー!」
「ん…」
走る、ネレイドさんの肩に乗ったデティの先導に従い地下収容所の廊下を進む。何度か曲がり角を曲がり見えてきた直線の通路をいった先に…見えてくる。
階段が!どでかい螺旋階段!それと一緒に!
「来たぞ!撃ち方用意!」
「ゲェッ!やっぱ階段で張ってるよな!そりゃあ!」
階段の目の前には大量の黒服達が銃を構えて待っている。ヤバい…またあの魔弾銃を持ってるッ!
「アマルト…」
「おう!…え?何?」
「行って」
「は?ちょっ!?待てやぁっ!?」
瞬間、銃が照準を合わせる前にネレイドさんが咄嗟にアマルトさんを掴み、黒服達に向け投げ飛ばしたのだ。
「だぁぁあ!くそ!こう言う連携技はさぁっ!」
「なっ!?飛んで来た!?」
「事前に打ち合わせしようぜぇっ!?」
瞬間、空中で姿勢を整えたアマルトさんは即座に黒剣を展開し…一閃。
「速斬アシュレット…ッ!」
「ヴっ!?」
無数の斬撃と共に黒服の間をすり抜け、余すことなく斬りつけ黒服の体を切り裂き…。
「ん?」
「貴様ァ!やってくれたなぁっ!」
「うぇっ!?嘘ぉっ!?」
しかし、切られた黒服達は倒れることなくアマルトさんに銃を向ける。いやいくらタフでも剣で斬られたら普通は血くらい流すだろうに、アイツら全然出血してな…。
「アァっ!こいつら体が鉄で出来てる!」
サイボーグだ!黒服全員、服の下が鋼鉄で覆われている!あれはヒルデブランドと同じ…そうか!こいつらの防御力はサイボーグ技術で体を改造してたからか!
ってことはこいつら、全員ヒルデブランドと同じかそれ以上ってことか!構成員全員準討滅戦士団級って!アホか!強すぎるだろ!準討滅戦士団って言ったら数年前の四神将並みだぞ!
「貴様から殺してやろう!」
「あ!この数無理!エス!オー!エス!」
「エリスに任せてくださいッ!焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ!」
(あれ?エリス…今火雷招の詠唱してない?いやまさかな、あいつまさかそんな馬鹿じゃないだろ、だって俺…敵と一緒にいるんだぜ?普通に俺射程圏内だもんな、うん。あいつもそこまで馬鹿じゃないよ…)
「 『火雷招』ッッ!!」
「ド馬鹿ァーッ!!!」
アマルトさんの助けに応じ、敵の集団に向けてぶちかます火雷招。その一撃は廊下の暗闇を切り裂き一気に黒服達に迫り…階段の目の前で巨大な黄金の爆裂を巻き起こし全員まとめて吹き飛ばす。
そんな爆風の中からゴロゴロと転がり出てきたアマルトさんはそのまま華麗に体勢を整えると共にエリスの胸ぐらを掴み。
「想像を絶する馬鹿!俺まだいたろうが!」
「アマルトさんの身のこなしなら避けられると信じて撃ったんです!それに無事じゃないですか」
「辛うじてをつけろ!ドアホ!お前ら俺になら何してもいいと思ってない!?終いにゃ死ぬぞガチで!」
とは言うがこの中で地味に反射神経が一番いいのがアマルトさんだ、剣士やってるだけあって投げられようが攻撃に巻き込まれようが即座に反応出来る。そこを理解してるから無茶出来るんですよ。
「ごめんね、アマルト…咄嗟だったから、投げちゃった…」
「あ?え?いや別にマジで怒ってねぇさ。この馬鹿に対して以外な!」
「エリスは馬鹿じゃありません!」
「馬鹿だろ!」
「まぁまぁアマルト、エリスの信頼故さ、それより上にあがるぞ」
「ああ、このまま蹴散らして行くぜ」
ともかく階段を登り上を目指そう。そんな事を言いながらみんなで螺旋階段を登って行く。
しかし、と一拍思考を挟み…倒れる黒服達を見る。
(黒服に銃を向けられる…か、ソニアも相俟ってデルセクトを思い出しますね)
あの時はヘットの配下が揃いの黒コートを着てソニアの銃で襲ってきた。そして今は逢魔ヶ時旅団が黒服を着てソニアの銃で襲ってくる。あの時を思い出す構図だ。
あの時のエリスにはあまりに味方が少なかった、けれど今は。
「…ラグナ!待ってくださーい!」
「おう、早くしろ」
頼りになる仲間がいる。エリスもあの時から強くなった、なら…やれる筈だ。
……………………………………………………
それから螺旋階段を登り切り、エリス達はロクス・アモエヌスの地上部分に出てきた。
「よっと!」
階段の先にあったのは番号認証を必要とする鉄の扉だった。どうやらこの地下収容所は表向きには秘匿されているエリアらしく、かなり難解なセキリティが存在したのだ。
まぁそれも全部ラグナがぶっ壊して…エリス達はロクス・アモエヌスの一階へとやってくる。普段はソニアの仕事関係の来訪者を出迎える受付などがあるフロント部分。
そこへ踏み込んだエリス達は…。
「まぁ、やっぱりそうですよね」
出入り口を前にして…立ち止まる。この摩天楼から出るための唯一の出口を塞ぐように、そいつらが陣取っていたから。
「よう、魔女の弟子…お早いお帰りだな。もう少しゆっくりしてけよ…茶でも出そうか?」
「オウマ…」
オウマ・フライングダッチマンが、迷彩柄のジャンパーのポケットに手を突っ込みながら笑う。オウマ達が…エリス達の道を塞ぐ。しかも今回は幹部と思われる人物達も一緒だ。
「ンァ…やっぱり君達か」
「……ディランさん」
「ンゥ苦しいなぁ、顔見知りのレディを…今から殺さなきゃ行けないなんて」
昼間、水楽園で出会ったディランさんも今はオウマと揃いのジャンパーを着てエリスの前に立ち塞がっている。やはり彼も…幹部の一人だった、ということか。
「ピピピ、認識…魔女の弟子。殲滅モードに移行する」
「シジキ……ッ!」
そしてネレイドさんが敵意を向けるのは、何あれ。巨大な鉄の塊?いや機械か!エリスが想像してたよりも機械じゃん!?ヒルデブランドも結構なサイボーグだったけどこいつはもうサイボーグと言うより元人間の今機械だよ!
「ふむ、あれが魔女の弟子か…」
「あんまり強そうじゃないねぇ、どいつがエアリエルを倒したの?」
「ガウリイルとアナスタシアもいるか…」
そして、漆黒のジャンパーで体の殆どを覆った男…ガウリイルと。
迷彩柄のジャンパーを背中まで垂らして着崩した女…アナスタシア。
あれらもまた幹部なんだろう…けど。こいつらに関してはちょっとヤバいかも。
(アイツら、エアリエル級の魔力を持ってる…)
冗談じゃないと言いたい。もう二度と戦いたくないと胸を張って言える怪物エアリアルと同格の奴がまた出てくるとか…しかも二人。まぁでもいるよな、ハーシェル一家も逢魔ヶ時旅団も同じ八大同盟…。
エリス達が戦っている相手はそう言う奴らなんだ。
「…チャンスは一度、だよなぁ…」
「ッ……」
オウマはニタリと笑いエリスを見る。チャンスは一度、チャンスを与えるのは一度だけ、追撃を仕掛けるし、殺しにかかる。彼は自分で言った通り…もうエリスの味方として動く事はないようだ。
「さてと、ソニアは俺のスポンサーなんだ。金払いもいいし未だかつてない優良物件でな、アイツに嫌われたくねぇんだよな…だからよ。悪いが回れ右してもらえるか?」
「断る…と言ったら?」
「メルクリウス、お前には言わなくても分かるんじゃないのか…?なんせ二回も、味わってんだからな」
オウマはポケットから手を抜き、拳を握る。それと同時に他の幹部達も構えを取る。やるつもりのようだ…故にエリス達も同じく構えを取り。
「突破するぞ…みんな!」
「応!」
「制圧するぞ…テメェらッ!」
「了解!」
瞬間、両陣営の主力達が前へ出て…踏み込み、ぶつかり合う。こいつらを抜いて外に出るんだ!
「シジキィィイイ!!」
「ピピピ、類似データ確認。ネーちゃんと同タイプの戦闘スタイルと推察」
先手を切ってぶつかり合うのはネレイドさんと機神シジキ。床にヒビを入れるほどの踏み込みと共に突っ込むネレイドさんと足裏のキャタピラで大地を削りながら疾駆するシジキが正面から衝突し、互いに一歩も譲らぬ押し合いへと発展する。
その脇を潜り走り抜けるのは…。
「オウマァァァ!!二度の屈辱!今晴らす!」
「メルクリウス…懲りねぇ奴だな」!
メルクさんだ、脇目も振らず一気にオウマに向け突っ込み銃を構える…しかし。
「だがお前の相手はもうしてやんねぇ、雑魚の相手は好きじゃないんだ」
「ッ…!」
メルクさんの行手を阻むのは…巨大な刃、人の胴体程の太さを持つ巨大な両刃剣が大地に突き刺さりオウマへの道を断つ。立ち塞がったのは。
「グッ!そこを退け!アナスタシア!」
「退けてみろよ雑魚女。それともアンタ、いつもみたいに半べそかいて逃げ出すかぁ?」
立ち塞がるのは『殺剣』のアナスタシア。逢魔ヶ時旅団の団長オウマを支える二大看板が一人。第二隊長アナスタシアがメルクリウスの行手を阻むのだ。
アナスタシアは強い、恐らくだがエアリエルまでとは言わずともアンブリエルよりは確実に強い。出来ればエリスも助けに行きたい…けど。
「ふゥんっ!」
「ッと…!」
エリスもエリスで戦ってるんだ、…水楽園で戦った伊達男デュランさんと。
彼は拳に魔力防壁を纏わせ地面に叩きつけると同時に防壁を拡大しその衝撃で地面を破る。防壁の扱いが巧みだ…このレベルってことか。
「手伝うよエリスちゃん!」
「僕もです!穴を作りましょう!」
「ありがとうございますデティ!ナリアさん!」
デュランの拳をバク転が回避しつつ、ナリアさんとデティと共に並びデュランを迎え撃つ。まずは一人でも幹部を倒してこの包囲網に穴を作る!
「ンォっと、三対一か。これは厳しいな、ちょいと本気を…」
するとデュランはスルリと滑らかな動きで上着を脱ぎ…ってぇ!?
「何脱いでるんですか!?」
「行くぜ?『リキッドスプリンクラー』ッ!」
「ゲェッ!?」
上裸になったデュランの体がテカテカと輝いたかと思ったその時、彼の全身からドロッとした液体が溢れ出しエリス達の立つ空間を一気に制圧し…。
「っ!ヤバいエリスちゃん!この液体!」
「この匂い…油ッ!?」
「ノンノン、オイルさ!『フレイムスピア』ッ!」
撒き散らされたのは可燃性のオイル。足元に散らばったオイルが意志を持つように槍となってエリス達に向かって伸びる…と同時にデュランから放たれた炎が引火し瞬く間に視界が炎で満たされ、次々と迫る炎の槍に体を貫かれる。
「ぐぅっ!」
「熱ッ!」
「ッ…『ヒーリングオラトリオ』ッ!」
「ハハハハッ!まだまだ行くぞ?」
咄嗟にデティが治癒魔術で回復させてくれたおかげで二人を連れて火の海を脱することができた…が。
上手い…上手いぞこれ。属性魔術を扱うのが上手い…!
「『ゲイルオンスロート』ッ!」
「チッ!『風刻槍』ッ!」
燃えるオイルを風で巻き上げ辺り一面にぶちまけるデュランに対し、エリスも風で応戦する。
…メルクさんは、デュランという男を『属性魔術の達人』と称した。エリスも属性魔術を操るし、今まで属性を極めた魔術師と何度も戦ってきたから今更何するものぞと息巻いたが…違う。
デュランは何かしらの属性の達人じゃなくて…『属性魔術』そのものの達人なのだ!一つ一つの魔術が全て連動している!
「『ストーンボウガン』ッ!」
「ひび割れ叩き 空を裂き 下される裁き、この手の先に齎される剛天の一撃よ、その一切を許さず与え衝き砕き終わらせよ全てを…『震天 阿良波々岐』ッ!」
地面から生えた鏃が次々とエリスに迫る。撒き散らされた炎と共にオイルによって燃え上がる矢の雨が一気に場を制圧する。エリスも衝撃波を放って攻撃をかき消すが…エリスが防戦一方だ、属性魔術の扱いで完全に押されている。
「こうなったら、デティ!」
「レジスト任せて!得意分野!『ディザスタータイダル』ッ!」
「むっ!」
属性魔術の扱いじゃエリスは完全に負けている。だからこそ、デティに任せる。彼女を抱えたまま飛び回り攻撃を回避しながら彼女の詠唱を助ける。
デティが放ったのは地面を洗い流す水だ、これにより彼の攻撃起点たるオイルを洗い流し…。
「続いてナリアさん!」
「はい!秘技!」
瞬間、ナリアさんは懐から大量の紙をばら撒く。それはデティの水に乗って流れ…ふよふろとディランの足元まで流れ。
「ンンゥ?なんだいこれは…って、魔術陣が書き込んであ───」
「『衝爆陣・武御名方』ッ!」
流れた紙の数々が連鎖的に爆裂する。今流したのは魔術陣を書き込んだ紙だ、それもアストラで開発された『水に濡れてもインクが滲まない不思議な紙』ッ!これにより紙を水に流しても機能する…そう、これこそ。
「秘技!紙流し」
エリスが二人を抱え攻撃を避け、デティが攻撃を潰す水を作り、その水にナリアさんが紙を流し、それによって敵の懐で大爆発を起こす合体技、いいですかアマルトさん、即興連携技とはこうやってやるんですよ。
「ッ…さぁすがに魔女の弟子三人相手はンゥきついね」
しかし、爆裂に飲まれたはずのディランさんはやや吹き飛ばされながらも手傷を負ったようには見えない。恐らく即座に手を前に出し防壁を前面に集中させ衝撃を防ぎながら後ろに飛ぶことで完全にダメージを逃したんだろう。
咄嗟の判断にしてはあまりにも完璧過ぎる動き、やはり強い……。
「きゃぁっ!?」
「ッ…メグさん!?」
すると、ディランと睨み合うエリス達の間に転がってくるのは…ズタボロのメグさんだ。彼女がこんなに直ぐにやられるなんて…いや、相手は。
「この程度か…」
ガウリイルだ、奴を相手にメグさんが手も足も出ずにやられたのだ。逢魔ヶ時旅団最強の幹部によって…しかも今のメグさんは。
「くっ、何故…時界門が使えないんですか…」
メインウェポンである時界門が何故か使えないのだ、これによりメグさんの戦闘能力は半減どころの騒ぎではない。これでは太刀打ちできないのも当然だ。
なんでだ、なんで時界門が使えないんだ!
「このまま一人潰すか…」
「ッテメェの相手は俺だよッ!」
「む、お前は…!」
しかし、そこを助けるように間に入るのはラグナだ。一気にガウリイルとの距離を詰め、その頬に向け拳を放つが…。
「なっ…!」
「お前は拳で戦うインファイターだったな。…楽しめそうだ」
受け止める、ラグナの拳を真正面から…。しかも揺らぐこともよろめく事もせず、真っ向から完璧に受け止めて見せたのだ。
つまり、力でラグナが…負けている?
「フンッ!」
「ぐっ!…いてぇな…!」
そのまま逆にラグナに対し殴り返し、彼の頬に傷を入れながらも…互いに拳を握り睨み合う。
……混戦だ、あちこちで幹部と弟子が戦っている。他にも周囲を囲む黒服達を相手にアマルトさんが立ち回っているが、完全にエリス達の勢いが閉じ込められている。
「グッ!」
「アハハハハハハ!!しょうもねぇ!」
そしてメルクさんがアナスタシアの一撃を受け押し返され、エリス達の攻勢は完全に押さえつけられる。強いのだ、逢魔ヶ時旅団が…エリス達の想像を絶する程に。
「どうするエリスちゃん」
「…仕方ありません、このまま魔力覚醒を使って…」
このままじゃジリ貧だ、こうなったら奥の手を切ってでも前へ進む。
そうエリスが、覚悟を決めた瞬間のことだった。
「……ううーん、思ったよりこっち側も手こずってるな。しゃあねぇ俺も出るか」
動く…オウマが、幹部でさえここまで手こずってるのに、ここから更に…八大同盟の盟主まで加わったら…。
そんな恐怖さえ吹き飛ばす程の魔力を纏ったオウマが、狙いを定めるのは…。
「まずは、テメェらからだ」
「ッ…!」
エリス達だ、ただ目を向けられただけで飛んでくる威圧。その威圧に思わず吹き飛ばされそうになる…凄まじい闘気と魔力…まずい。
「エリス!」
「エリス様!」
慄くエリスを助けるように、メグさんとメルクさんもエリスの元に向かってくるが、そんな事お構いなしにオウマは片手を振りかぶり…。
「上等だ…一気に五人纏めて制圧してやるよッ!」
拳に魔力を集め、放つ…魔術を。特記組最強世代として皇帝陛下より下賜されたこの世で彼だけに許された魔術にして、その魔術によって帝国軍を翻弄し、彼を八大同盟の盟主の座まで導いた魔術が…今。
──放たれる。
「『ディメンションホール』ッ!」
「なっ!あれは…」
振るわれた拳によって、空間が歪み…穴が生まれる。その穴がエリス達に向かって伸び…エリス達五人を一気に『空間に生まれた穴の中』へ引き摺り込む。
オウマだ、オウマがやったんだ。オウマが空間に穴を開けたんだ…それに飲み込まれたエリス達が味わうのは…転移の感覚。
まさか、これって…!
「ッ!なんだこれは!?」
瞬間エリス達が見たのはロクス・アモエヌスの無機質な天井ではなく、夜空に月が煌めく星月夜と、その下にて光を反射する…大海原。
大海の上空へと、転移させられたッ!?間違いない!これ!
「現代版の時界門ッ!?」
「ハハハハーッ!遠慮なく暴れられるところに来てもらって…悪かったな!」
海に向かって落ちるエリス達の上空の空間が歪み、生まれた穴からオウマが飛び出して来る。その様はエリス達が今まで何度も見てきた『時界門』による移動と同じ。
間違いない、これ…メグさんの使う時界門の現代魔術版だ!
あって然るべきだった。エリスの火雷招にも現代魔術版のゼストスケラウノスがあったのだから、メグさんの時界門の現代魔術版であるディメンションホールも存在しているべきだったが、思考から外れていた。
だが考えてみれば特記組に与えられる魔術は全てカノープス様が自らの古式時空魔術を作り替え現代魔術にしたものを与えているんだ、なら…当然時界門だってその中に含まれる。
つまりオウマは、メグさんと同じ魔術を使うんだッ!
「そうか!時界門が使えなかったのはアイツが邪魔をしていたから!」
メグさんが一度この感覚を味わったことがあると言ったのはこう言う事だったんだ。味わったのは四年前…ウルキと会った時、あの時もウルキは時界門を使って移動していたし、それを応用してメグさんの時界門を封じていた。
時界門の技量ではメグさんがオウマを上回るだろう、だがそれを埋めてあまりある程に魔力量に差があるから、オウマは強引に空間を凝固させメグさんの時界門を封じていたんだ。
「ハハハハーッ!」
「エリス達、何処に飛ばされたんですか…」
下を見れば遠くに海が見える。上を見ればオウマが笑ってる。ここは何処だ…何処に転移させられた、そう思いグルリと体を回し環境を確認する、星の配置や月の方角、そして遠くに見える陸地と足元に点在する小さな島々…。
これらの情報を統合すると…ここはマレウス近海のエンハンブレ諸島である事が分かる、と同時に分かるのはオウマは1モーションでエリス達五人をチクシュルーブどころか西部から…マレウスから追い出し、海のど真ん中に投げ入れたことになる。なんで凄まじい射程範囲だ…。
「エリス様、何処に飛ばされたかは問題ではありません…」
「え?」
「問題は…オウマが全力を出しても、壊れる物が何もない場所に飛ばされたこと、つまり…」
ここからオウマは、エリス達を全力で潰しに来る…!この逃げ場のない上空で!
「エリス!すまん!今空を飛べるはキミだけだ!迎撃を頼めるか!」
「はいっ!」
空に投げ出されたのはエリスとメルクさんとメグさんとデティとナリアさん、この五人で空中戦が出来るのはエリスだけだ…故にエリスは。
「『旋風圏跳』ッ!」
風を纏いオウマに向け加速する、重量に逆らい星海と黒海が挟む虚空にてエリスとオウマは…。
「オウマッ!メルクさんの借りをエリスが返します!」
「上等だ、見せてやるよ…本物の八大同盟の力をッ!」
衝突する、…はじめての…八大同盟との戦いだ。




