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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
599/868

547.魔女の弟子と宿命の対峙


「一ヶ月振りか?メルクリウス…」


「ソニア、貴様…どう言うつもりだ」


時は夜、場所はチクシュルーブ前の馬車止め場に停めた私達の馬車の中、ダイニングにて。メルクリウスは冷や汗を流し…ゆっくりと椅子から立ち上がる。


が、それを手で制するのは…ソニアだった。私達の馬車に何故かこいつがいて、今…エリスの後頭部に拳銃を突きつけている。そのせいで隣にいるラグナもメグも動けない、当然私もナリアも動けない。


「言っておくが、抵抗はやめておけよ。この拳銃は特別製でな…耐魔石の一種、魔力を弾く魔弾石で出来ている…その名も魔弾カスパール。こいつは魔力防壁を押し退けて飛ぶ…その意味が、分かるよな」


「グッ…すみません、油断してました…」


「メルクさん、今この馬車…囲まれてるぜ。ソニアだけじゃねぇ、手練れの傭兵が数十人規模で馬車を取り囲んでいる…」


「申し訳ありません、全く接近に気が付けませんでした」


魔力防壁を弾く弾丸?そんな物あるのか?まさかハッタリ?いや…ハッタリだと断じるにはあまりに状況が危険過ぎる。事実ソニアの背後には無数の黒服達が銃を構えて待機しており、奥を見れば既にアマルトやネレイド達も銃を突きつけられている。


…完全に、この馬車が制圧されている。メグも接近に気がつけない程に…迅速に。


「ソニアァ…ッ!」


「油断しすぎたのが悪いな…、私がお前の到来を予感してないと思ったか?メルクリウス」


そう言うなりソニアはエリス達の拘束を後ろの黒服達に任せ、私に拳銃を突きつけたまま…ナリアを手で追い払い、ダイニングの椅子に座る。つまり…私の対面にだ。


「…気がついていたのか、私達の存在に」


「気がついていた…というより、警戒していた。毎晩毎晩部下にこの馬車置き場の確認を行わせていたんだ。怪しい馬車があったら報告しろってな。そうしたらどうだ?…随分懐かしい馬車があるじゃないか、…ザカライアが買い取った孤独の魔女の弟子の馬車と全く同じデザインの馬車が」


「お前…覚えていたのか…」


「見れば嫌でも思い出す。にしても中はこうなっていたんだな…ザカライアはこんな事言ってなかったが」


クツクツと笑うソニアは勝ち誇るように拳銃を机の上に置き部屋の中を大きく見回す、かつて五大王族だった頃の記憶を頼りに魔女の馬車を思い出し、こうして足を踏み入れたといえことだろう。ソニアは馬車の内部を一通り見終えた後…そこに大した興味も見出せず、私の目を見る。


その間に私は周囲の確認を行う、ラグナとメグは抵抗の瞬間を伺っているが黒服達はその隙さえ見せる事はなく、いつでも銃を撃てるように待機している。人数も多く…それでいて全員が手練れ。


こいつらまさか逢魔ヶ時旅団か…?


「抵抗を考えているならやめておけ。既に中は逢魔ヶ時旅団で満たされている。外に待機している奴には携行大砲を持たせ常に馬車に照準を合わせている…抵抗しても、馬車ごと吹き飛ばすぞ」


「………そうか」


迂闊だった、私がソニアを警戒したようにソニアも私を警戒していた。そして馬車の中という今まで侵犯されたことない領域頭の中で勝手にを聖域化し侵されない物と思ってしまっていた。


故に、全員がて寝静まったのを確認し、そのまま容易く制圧されてしまったのだ。ラグナもメグもエリスも気がつけない程の早業で。


完全に、してやられた…ソニアに。


「まぁ殺すだけなら、いつでも殺せるわけだが…メルクリウス。私が今日ここに態々お前と話すための席と時を用意したのはなんでだと思う?」


「……さぁな」


「言っただろ、エルドラドで。私の目的は復讐…お前に対する復讐だけさメルクリウス、私から全てを奪ったお前に…今度こそ勝つ為に、私はお前を殺さず…勝利宣言をしにきたのさ」


「……復讐か。そこまで私を憎んでいるんだな、お前は」


「ああ、そうとも。…私は以前お前に負けた、私がお前という存在を過評価しすぎたせいだ…あまりにもお前を低く見積り過ぎた。それを前回のエルドラド会談で思い知ったよ…大きくなったな、メルクリウス」


ニッと、牙を見せ笑うソニアの顔を見て、察する。そうか、ソニアは今回…本気で私を潰しに来ている。だが…。


「…ソニア、お前の目的はなんだ」


「ああ?」


「お前は今、マレフィカルムで何をしようとしている」


「言うわけないだろ」


「逢魔ヶ時旅団と今も関わりがあるのは掴んだ、お前が奴らを抱え込みその隠れ蓑になっている事もな。明確な協力関係だ…だが、ソニア…私が知る限りお前は誰かに都合よく使われる女じゃない」


「フフフ…」


「ヘットの時もそうだった。お前はお前に利がある場合しか動きない…今回もあるんだろう?お前自身の利が」


「もうそこを掴んだか…なら隠しても意味ないか。…私とオウマの利害が一致したのさ。魔女は私にとって目の上のたんこぶだったしな、それを潰せる計画を持ってきたから…その計画を私が実行してやっているだけさ。企画立案と実行の関係さ」


「それは地下の工場で、作っている兵器か?」


「……お前どこまで掴んでいる…」


ソニアの顔色が変わる、正直これはカマかけだった、ソニアが地下に工場を用意していると言う情報から、こいつがしそうな事を逆算して引っ掛けで言っただけだが…そうか。地下で何か作っているな?


そしてそれは…恐らく以前作り上げた対魔女戦用巨大戦艦ウィッチハント…よりも恐ろしい物、となるとその威力は…。


「国を容易く破壊出来る兵器か…相変わらずお前の技術力には感心するよ。それを世の為に使えば…」


「お前…、ハッ…そうかい。流石の捜査力だ、まさかヘリオステクタイトまで辿り着いていたとは、だから焦ってここまで来たのか」


ヘリオステクタイト?と言いたくなったが黙って表情を崩さない。ヘリオステクタイトとは兵器の名前か?国を破壊出来る兵器くらい作るだろうと思っていたが、一体なんだ…ヘリオステクタイトとは。


もっと、情報を引き出さねば。


「ああ、正直焦ったさ。もう一刻の猶予もないと判断したからな」


「だろうな、だが残念だったな。今更もう止められる段階には無い」


つまり完成は目前か…地下にある対国兵器ヘリオステクタイト、なんとしてでも破壊せねばならん、もっと…詳しい情報はないものか。


私は慎重に言葉を選びながら、出来る限り曖昧でどうとでも捉えられる言葉を選ぶ。


「恐れ入ったよ…私を恐怖させる程の技術力だ、私でさえ完全に構造は理解出来なかった。あれが解放されれば…その真の被害範囲は想像もつかない」


「ハッ、バカな奴だ。あれはピスケスの技術を私が改良した物、既に現行文明の技術力の範疇にない、アイツを発射すりゃお前の大事にしてるデルセクトも──」


「待った、ソニア」


「ッ…」


もっと情報を引き出そう…と、カマをかけていたところ。調子に乗って語り始めたソニアの口元を押さえる手が、奥からぬるりと現れる。その手は…ソニアの背後に立ち、私に視線を向け。


「こいつ、カマかけてるぜ?調子に乗って余計なことを教えるなよ、ソニア」


「……オウマ」


土気色の髪、鋭い三白眼、迷彩柄のジャンパーを着た男…忘れもしない。


オウマ…オウマ・フライングダッチマン。ジズと同じ八大同盟『逢魔ヶ時旅団』の旅団長ッ!こいつも来ていたかッ!


「貴様ッ…」


「ああ、待て」


奴の顔を見た瞬間、思い出した怒りと屈辱。デルセクトが味わった痛みと辛酸。それら全てが喉元に込み上げ立ち上がろうとしたその時、オウマはソニアの手を取り拳銃を奪うと共に机に向けて銃を放つ。


それは…机を貫通し、私の太腿に命中する。


「ぐぅっ!?」


「メルクさんッ!」


「動くなーって…言ってんだろうが。俺はこの場を制圧してんだ、分かるか?お前ら制圧されてんだ。生殺与奪を決める権利は俺にある、今ここでお前らぶっ殺す権利も、女全員犯し尽くして玩具にする権利も俺にあるんだ。こんな事態々説明しなきゃダメか?おお?」


そう言うなりオウマは痛みに悶え冷や汗を流して机に突っ伏した私の頭に銃口を乗せながら私の隣に座る。この弾丸…確かに魔力を弾いている、防壁で防御が出来ない、まずい…こいつらの脅しが本物であることが証明されてしまった。


「ッアイツ今、どっから現れた」


そんな中ラグナは混乱する、オウマの出現に彼は一切気がつくことが出来なかったからだ。いやそもそもいくら油断して寝ていても銃で装備した一団が馬車に近づけば絶対に気がつく。


場数を踏んでるエリスも、対暗殺者に特化したメグさんも、なんなら起きて会話をしていたメルクさんも…誰も反応出来なかった事。それそのものが異様なのだ。おかしい、どう考えても正規の手段で馬車に来たとは思えない。


「いきなりです…ラグナ」


「何?」


「エリス見てました…アイツ、何もない場所から突然現れました…」


「………まさか」


エリスの話を聞いて…チラリとメグさんを見る、冷や汗を流しワナワナと唇を震わせるメグさんを見て、ラグナも理解する。そう言うことかと。


「ソニア、お前乗せられすぎだ。ヘリオステクタイトの名前まで出しやがって」


「チッ…、メルクリウスゥ…テメェ私を利用したのか…!」


「フッ…フフフ、面白いくらい…喋ってくれたな…ソニア、お前は昔から…優位に立っていると思うと、色々と説明したがる癖がある…からな…」


「ッテメェ!」


「ブッ!アハハハハ!してやられてんじゃねぇかよソニア!いつもならこんなミスしねぇのに宿敵相手だと勝手が違うか?それにしてもこの状況でも情報を取りに来るなんて流石だよなぁメルクリウス?」


「グッ…」


そう言うなり、オウマはメルクリウスの髪を掴み体を起こし、下卑た笑みを浮かべる。


「俺は好きだぜメルクリウス、強かで逆境に強い女ってのは大好きだ。おまけにお前は乳もデカい…軍人としちゃあんまり使えんが、媚び売るなら相応の扱いはしてもいいけど…どうよ」


「……悪いな、下品で無礼なカスの言語は理解出来ないんだ。一端の人間らしい言葉遣いを身につけてから、出直してこい」


「ケッ」


メルクリウスの乳房を鷲掴みにするオウマに向け、メルクリウスは冷や汗を流しながらも強かに返す。その返答が気に入ったのか気に入らないのか、オウマは舌を出して軽く笑う。


「オウマ…ソニア、お前達が…恐ろしい兵器を作っているのは分かった。何故そんな事をしようとしているか…なんてのは、聞かなくてもいいか」


「…………」


「ああ、俺達ぁ魔女排斥組織だぜ?やることなんか一つしかねぇーっての」


「なら…私はそれを阻止する、お前達の悪徳を…私と言う正義が、必ず穿つ」


「ッ……」


滾る、燃え滾る、メルクリウスの瞳。正義感という炎の灯ったメルクリウスの瞳を見たソニアは…三日月のような笑みを浮かべ。


「上等だ…その言葉が聞きたかった。…オウマ」


「ああ、取り敢えず俺たちがテメェらを制圧した…故に俺たちは今からお前達を拘束する。いいよな?制圧したんだし」


「ッ…拘束して、どうするつもりだ」


「アド・アストラの情報が欲しい…ってのが第一目標かな、それ以外にも聞きたいことがあるが、それをここで聞くのもな」


「言うわけがないだろう、私達が」


「知ってるだろ?ソニアは聞き上手なんだ。きっと言いたくなる」


「ッ……」


「そう言うわけだから、分かったか?魔女の弟子達ィ」


ギロリと笑うオウマとソニアの二人を前に、私達は…いいや、私は…またしても敗北を喫する事となった。


だがなソニア、お陰で私の心に火がついたよ…お前の顔を見て、お前の悪巧みを聞いて、久方ぶりの…炎がな。


(ソニア…………)


「……………」


睨み合う私とソニア、私とソニアの…最後の戦いの幕が今、開く。


……………………………………………………………


「エリス久しぶりに檻に入れられました、懐かしいなぁ」


「言ってる場合でございますかエリス様」


それから私達は全員『逮捕』と言う形でチクシュルーブ収容所へと入れられる事となった。男と女で分けられ薄暗く汚い地下牢に。そのままぶち込まれ手には魔力を封じる魔封じの縄を巻かれ抵抗する手段を奪われたまま…な。


「う………」


「メルクさん、大丈夫?…ごめんね、治癒魔術が使えないから、こんな応急処置になるけど」


「構わん…ありがとう、デティ」


デティの応急処置で太腿の弾丸を取り除き、エリスがポケットに持っていた包帯で傷口を塞ぎなんとか傷口は塞げた。まだ痛いが…文句も言ってられん。


「みんなも、すまない。私が…迂闊にソニアに近づいたせいで…こんな事になって」


「いえ、みんなで話し合った結果みんなでここに来る事を決定したんですから」


「誰かの責任というのなら、私達全員の責任です」


「そうだよ…メルクさん、気にしないで…」


「というかアイツメルクさんのおっぱい揉んでたよね、許せねー!」


皆檻の中に入れられても取り乱す事なく冷静さを保っている。そこはやはり場数の多さと言えるのか、こういう窮地は初めてではないが故の落ち着きぶり。楽観とは違う平静さだ…。


「見張りは…いるな」


「はい恐らくここは摩天楼ロクス・アモエヌスの地下…そして先程から牢屋の近くに二人、そしてその二人を見張る兵士が更に四人。目に見える範囲でもこれだけいます」


「厳重だな…脱獄は、出来そうか」


「現状は難しいです」


「そうか…」


投獄のプロであるエリスが言うのならそうなんだろう、何より今ここで魔力を封じられているのが痛すぎるな…。


「ラグナ達は大丈夫だろうか…」


「彼らなら大丈夫だと思います、ラグナがついてますから…でも」


「私とエリス様は以前プルトンディースに囚われ似たような状況になりましたが、今回はあまり時間をかけていられないようでございますね」


「そうだな、直ぐにソニアの拷問が始まる…奴の拷問は、ちょっと受けたくないな」


ソニアは私達から逆に拷問によって情報を抜こうとしている。奴の拷問の恐ろしさを知っているが故に…受けたくないし、何より仲間達をそんな目に合わせたくない。デティなんかは拷問と聞いてブルブルと震えているし…。


出来れば今日中に脱獄したいな。


「まぁ、脱獄に関してはエリスとメグさんに任せてください」


「プロですから」


「プロなのか…それは頼りになる…」


こんな最悪の状況でも悲壮感があまりないのはエリスとメグと言う経験者二人が先程からあれこれとネレイドの影で何かをしているからだろう。脱獄に関しては…二人に任せた方が良さそうだ。


「にしても…あれが逢魔ヶ時旅団なんだね」


ふと、ネレイドが背筋を立てて座ったまま口にする。自分の体の大きさを利用しエリス達が脱獄の準備をする為、看守の目を遮る壁として活躍しているのだ。


「逢魔ヶ時旅団…初めて見ましたが、アイツらやばいですね。全員が全員戦闘という物に慣れすぎています」


「強襲から制圧までのプロセスが早すぎますね。傭兵どころか一国の軍人以上に実戦慣れしている感覚を覚えました、よく訓練されている…というよりエリス様の言うように場数でしょうね」


以前も話した通り、ハーシェル一家が世界最強の殺し屋として暗殺の特級の集団だとするなら、奴等は戦闘の達人達だ。組織の強度で言えばジズに匹敵するか…或いは上回る。


そもそも八大同盟とは、多くの組織を束ねながらもその組織達から常に寝首をかかれる脅威に晒され、その上でその全てを跳ね除け頂点に立つ者達だ。言ってはなんだが世界最強の山賊や海賊とは比べ物にもならない…本物の怪物集団だ。


「強いね…あそこに居た黒服達、一人一人が強い。全員が魔力防壁を会得してた…そんなのが数十人規模で馬車を囲んでた。しかも多分…あれで全部じゃない」


「奴等は…デルセクトに攻め入り、デルセクト連合軍を蹴散らしたのだ。数千人単位で数十万人はいるデルセクト軍を圧倒したんだ…強いに決まっている」


「けどそれもフォーマルハウト様に撃退されたんですよね」


「……ああ」


あれはデルセクト始まって以来の失態だ。私やグロリアーナが出撃しても奴らの猛攻を押して止められず、遂にはマスターを戦線に出してしまった。魔女を戦わせてはデルセクト軍の存在意義がない…何より、弟子として不甲斐ない話だ。


だが、デルセクト軍やグロリアーナを以ってしても押しとどめられなかった逢魔ヶ時旅団を、マスターはただ一人で蹴散らした。その時の強さたるや…凄まじい物だったよ、弟子として誇らしいほどに。なんせ数分暴れただけで逢魔ヶ時旅団の半数をこの世から消し去ったのだから。


だが…。


「マスターにより逢魔ヶ時旅団は半数を失った、だがそれでも主要メンバーとソニアは取り逃した…まんまと逃げられたんだ、負けも同然だったよ」


「フォーマルハウト様は逃げた逢魔ヶ時旅団を追いかけなかったんですか?」


「そんなことまでさせられるか、あの人はあの時スピカ様との戦いを終え疲労困憊だったんだぞ。追撃は私達がするとマスターの足にしがみついて懇願した。…まぁ、結果はこれだが」


「なるほど…」


結局逃し、マレウスで再起させた。逢魔ヶ時旅団はデルセクト史に残る屈辱の象徴だ…その雪辱は同盟首長として私が何としてでも濯ぎたい。だが…。


(オウマ、やはり奴の力は…あまりにも絶大過ぎるな)


オウマが私の目の前に現れた時、私は思わず立ちあがろうとした…それは勇気からではない、恐怖から思わず戦闘態勢を取ってしまっただけだ。


それだけ、奴の秘める魔力が強力だったから。ジズも同じ八大同盟だが…オウマを目の前にしてまざまざと理解させられたよ、ジズは全盛期がとっくに過ぎ去った老人である事を。


人間としても戦士としても全盛の年齢にあるオウマは、ジズ以上の魔力を漂わせていた。実際に戦ったらどうなるかは分からんが、少なくとも纏っている物はジズを超えている。


「八大同盟との戦いですか。やはり厳しい物になるでしょうね」


「………ああ」


…私達は今、絶望の中にいる。もう終わりと言っても過言じゃない状況だ。


でも、皆先を見据えている。次を見定めている。次こそ奴等に勝つことを…望んでいるんだ。


「必ず、ここを出て…オウマにも、ソニアにも勝つぞ」


「はいっ!」


そう決意を固めたところ、外の廊下を歩む靴音が…牢屋の前で止まる。そこには逢魔ヶ時旅団の団員と思われる黒服が、私達を見下ろし立ち尽くし。


「孤独の魔女の弟子エリス、お前だけ外に出ろ…」


「うっ……」


呼び出しだ…どうやら始まったようだ。しかも…初手はエリスだと?…クソッ…。


……………………………………………………


「だぁぁあ!クソッ!なんか寝てたら急に牢屋にぶち込まれたんですけどー!」


「うう、急すぎますよ…」


所代わり、エリス達とは別の牢屋に収監されたラグナ達男性陣は、女性陣とは異なりもう一回り手狭で、かつ壁も床も鋼鉄で出来た薄暗い牢屋へと入れられて居た。


そんな中、魔封石で出来た鎖で手を縛られたラグナ達は収容所にてため息を吐く。いきなりの事だった、寝てたら唐突に銃を持った男達に取り込まれ拘束され、一気に地下収容所に連れてこられてしまったのだから。


ジャックの時のように真正面から戦って敗れたのなら納得も出来るが、馬車を制圧されて…となると、なぁ…。


「…………まさか、あそこまで見事に制圧されるとは」


「ラグナさん落ち込んでますね」


「こいつ責任感強いから」


ラグナはがっくりと肩を落とす。まさかアルクカースの王たる自分が、自陣たる馬車に踏み込まれた上で制圧され拘束されるとは。アルクカース人として縄目の恥辱は自刃に値する…出来るならここで舌を噛み切ってしまいたいが、そうもいかない。


「オウマ・フライングダッチマン…そして逢魔ヶ時旅団、油断ならねぇ相手だ…」


「つーかラグナぁ、どうするよこっから…」


「どうするって…」


ラグナは目を閉じ瞑想すると共に魔力を探る。地下収容所は迷路のように入り組んでおり、各地に見張りが点在している。何より恐ろしいのはその見張り一人一人の強さと配置。一人の見張りをもう一人の見張りが確実に視界に収められるように配置されている。


軍として、あまりに統率が取れている。これは手強い相手になりそうだ…けど。


「決まってんだろ、脱獄する」


「だよな、幸い荷物は取り上げられてねぇからこのままいけるぜ?」


「ぼ、僕も戦えますよ」


「ああ、だから……」


『おい、妙な気を起こすなよ』


「ッ……」


すると、脱獄の算段を立てるラグナ達を警戒して、一人の見張りが銃を構えてラグナ達を脅す。アレの弾丸は魔力を弾く魔弾とやらで出来ているらしい…正直、そんな鉱石があるなんて話は聞いた事がないが事実メルクさんの防壁を弾いて太腿を撃ち抜いて居たから効果は本物なんだろう。


だから防壁で防いでも意味はない…、だからこそ俺も動けなかった。なんせアイツらはエリスに銃を向けてたからな…。エリスも防壁で防御出来ないと分かって動かなかったし。


「やめろよ!銃向けんな!怖くて漏らすだろ!」


「そうですよ!アマルトさんがお漏らししてもいいんですか!」


「フンッ、…まだ余裕そうだな…魔女の弟子達。まさか自分たちが無事出られると思って居ないだろうな」


そう言って大口径の銃を向ける黒服は笑う。


「この銃は特別製だ、鋼鉄のプレートすら貫くこの弾丸なら…お前の体だって射抜けることを覚えておけよ」


「そりゃ怖え…、けどそんな銃マジであるとは思えないな」


「ソニア様が作ったのさ、あのお方は魔術や超人と言った選ばれた人間だけに与えられる武器ではなく、量産され金を払えば神さえ殺せる…そんな武器を万人が持つ事と誰もが平等なる力を持つ事を望み…そしてそれを実現したのだ。我々の前ではお前は特別ではない」


「その割には、お前らン所の幹部は魔術も魔力も使うみたいだが?平等じゃねぇだろ」


「ハッ…言ってくれる、まぁそうだな。隊長達は特別だ…だが直ぐにそれも無くなる事を隊長達も理解している。いずれ金と数、そして経験が物をいう世界がやってくる、そうすれば…」


「ソニアのバッグアップを受ける逢魔ヶ時旅団にとって都合が良い世界ができる…ってか」


結局こいつらのやろうとしていることは悪い時のラクレス兄様と同じ、戦乱を望んでいるだけ。こいつらは更にそこに『保有する武器の質が高ければ優位に立てる世界を望んでいる』が追加されてるがな。


言ってみれば、戦乱の世を作り、そこで無双したい…それだけなのさ。


「ああそうだ…よく分かったか?」


「まぁな、…なぁ所で物は相談なんだが、もし俺がアストラの軍事機密全部話すって言ったら俺たちを解放してくれるか?」


「何?」


「お前らは俺たちを拷問してアストラの秘密が知りたいんだろ?なら拷問受けるまでもなく全部話す。そうすりゃこっちも痛い目見ずに済むしそっちも楽だろ、どうだ?」


「情けない奴、命乞いか!」


「そう取ってくれて構わない、で?返事は」


「フンッ、無理だ。アストラの秘密を知った所でお前らを生かして返すつもりはない。それがオウマ様の望みだ」


「あ…そう、やっぱ生かして返してくれないんだ…」


まぁそうだよな、と俺は肩を落とすフリをしつつ…アマルトを見る。その目を見て、視線を合わせ…互いに小さく頷き合うと共に…。


「じゃあやっぱり脱獄するわ!それしか生きる道なさそうだし!」


「ッ!待て!動くな!」


瞬間俺は立ち上がり格子の外にいる黒服に向けて突っ込む。すると見張りも凄まじい速さで反応し銃口をこちらに向けると共に。


「抵抗確認!射殺する!」


即座に射殺に踏み切る。既にトリガーに指を当てて居たそれを一気に引き、大口径の拳銃を俺に向けて撃ち放つのだ…が。


「よっと!」


「なっ!?」


散る火花、咄嗟に手を前にし銃弾を手枷で弾く。すると弾丸は手枷を破壊し俺の顔の横を素通りし背後の鉄壁へと食い込み穴を開ける。


うへぇ!マジでヤベェ威力だな!直撃してたら俺も危なかったかもしれん!けど!


「サンキュー!邪魔だったんだこれ!」


「貴様!」


壊れた手枷を外す俺を見て即座に狙いを定め直す見張り、しかし…。


「おりゃぁっ!」


「ぐぅっ!?」


即座に横から飛んできたアマルトの投擲物を顔面に受け怯む。アレはアマルトが普段から『これ絶対武器になるから持っとくわ』と言って持ち運んでいるメグ特性超激辛パウダー!それを真っ向から浴びた見張りは一時的に視力を失い。


「よっこらせ!」


「ぐぶぅっ!?」


片手を格子の向こうに出してそのまま見張りの頭で格子を何度も叩き、見張りの頭部の鉄の檻を破壊する。よし…!


「脱獄じゃッ!出るぞ二人とも!」


「はい!ラグナさん!」


「その前にこれ外してくれ〜!」


まずはエリス達を見つけて!そのまま外に出る!後のことは後に考える!行くぞ!


…………………………………………………





「ンァそれがさ、実は孤独の魔女の弟子と思わしき人物を水楽園の方で見かけて…その報告に来たんだが…」


「ディラン…あんた何周遅れの話してんの?」


「アレ?」


理想街チクシュルーブの中心に位置する巨大な塔。摩天楼ロクス・アモエヌス…その頂上に存在する聖域と呼ばれる一般人及び一般スタッフでは立ち入ることが許されていない理想卿のプライベートエリア。


豪勢な彫像や室内でありながら噴水が設置された極めてリッチなその部屋にて、逢魔ヶ時旅団第四幹部ディラン・ディアリングは第二幹部アナスタシア・オクタヴィウスの言葉を聞いて目を丸くしキョトンとする。


孤独の魔女の弟子と思われる存在を見つけたと報告に来たのだが…。


「もう捕まえたよ〜、報告遅すぎ〜」


「もう捕まえただって?そりゃあいくらなんでも早すぎじゃあないかな」


ソファに座りながら爪を削るアナスタシアの言葉が信じられず、この部屋に集合している他の幹部達にも聞いてみる。


「ンァ本当かいシジキ、魔女の弟子を捕まえたって話は」


「ピピピ、解答…真実。十二分前ソニア・アレキサンドライト及びオウマ・フライングダッチマンの両名率いる四十名で構成された部隊が、馬車置き場にて休息を取って居た魔女の弟子達を奇襲、その後八分で完全制圧。今現在魔女の弟子達は地下収容所にて収監中」


「あらまぁ…」


「ディラン、お前まさか…魔女の弟子を見かけたのに取り逃したをじゃないだろうな」


「ああ情けない事に、全然気がつけなかったよガウリイル。ンァ俺もヤキが回ったかな」


同じく幹部である巨大なサイボーグ第三幹部である『ギガンティック』シジキと第一幹部である『黒鉄の死神』ガウリイルも一緒だ。彼らはこの豪勢な部屋を楽しむこともなく壁にもたれたり中央に鎮座したりと警戒態勢を続ける。


幹部達がここに勢揃いしていると言うことは、事実として魔女の弟子は捕らえられたのだろう。だとしたらやはり失態だった…ん?


「ンゥ?それでサイの奴は?」


ふと、ディランは気がつく。


居住エリア及び兵器開発区の番人・第一幹部ガウリイル


娼楽園エリアのエリアマスター・第二幹部アナスタシア


遊楽園エリアのエリアマスター・第三幹部シジキ


水楽園エリアのエリアマスター・第四幹部ディラン


エリアマスター達が勢揃いする中…唯一金楽園エリアのエリアマスター…第五幹部サイ・ベイチモだけがこの場にいない事に。


「サイならいつも通り、死んでるよ」


「情けない限りだ、エリアマスターともあろう物が路傍で倒れるとは…情けなくて回収にも行きたくない」


「ンァア、いつも通りか」


どうやら、サイは今日という日も変わる事なく死んでいるらしい。いつも通りなので気にする必要はない…とディランは窓から外を見下ろし、夜闇を切り裂く金楽園のカジノ街を見下ろす。


その光も当たらない裏路地にて、壁にもたれ掛かりぐったりと倒れ、ボロボロのローブで体を包んだ一人の男を…ディランは見つけられなかったが、特に気にすることもなく視線を部屋の中心に移す。


「ンァそれで?魔女の弟子達をどぉするんで?ソニア様」


「…………」


玉座に座り、リボルバーから弾を抜く我らがスポンサーに声をかける。魔女の弟子の到来に気がついたのは彼女のお陰だ。彼女が常に警戒を解かず目を光らせて居たからその到来に気がつくことが出来た。


その用心深さは傭兵集団であるガウリイル達を驚かせる程にマメで、それでいて大胆だった。


魔女の弟子の生殺与奪は今彼女が握っている。故に伺う、どうするのかと。


「勿論、全員拷問にかけて…情報を抜く。今後アド・アストラとやり合う時必要になる情報を得つつ、頭を潰せる絶好の機会なんだからな」


「まぁそうだな、これ程の機会はもう来ないと見てもいいだろう」


「拷問ならソニア様に任せとけばいいでしょ〜」


腕を組み静かに頷くガウリイルと爪をヤスリで削るアナスタシアは適当な返事を返す。ここに居る者たちは全員ソニアの拷問の腕を知っている。知っているからこそ任せる、その末に死んでしまっても別に構わない奴らだ。


「ンン〜一応顔見知りになった子が拷問にかけられるのは心苦しいが、仕方かぁ」


「それよりガウリイル、逢魔ヶ時旅団全体に通達して黒衛士と魔導機兵の準備をしろ。そいつらを各地に配置してチクシュルーブ全体の警備を強化するんだ」


「……何故か聞いてもいいか?」


ソニアの提案は、ガウリイルにとって不可解なものだった。ソニアの指示は外部に見張りを増やし守りを固める物、今存在が確認出来ている唯一の敵対者たる魔女の弟子を捕らえている現状でするべき指示ではない。


「私がやれと言っているんだ、やれ」


「断る、お前はスポンサーだ…逢魔ヶ時旅団の団長ではない」


「まぁまぁガウリイル、ソニアにも考えがあるんだろうし…聞いてみようよ」


「…だがアナスタシア、…いや…分かった」


命令されるのは好きじゃない、だがそれでもソニアが何かを間違えたことは基本的にない。オウマも抜群の信頼を寄せるのがソニアと言う女だ。彼女がやるなら何か考えがあるんだろうと即座に壁に立て掛けてあった子機を手に取り部下に指示を飛ばす。


「ンン〜?」


そして、その話を聞いて居たディランが漸く一つの事実に気がつく。それは…。


「オウマ団長は何処にンァ行ったんだ?」


エリアマスターが揃っているのに、肝心のオウマの姿が見えない。それを口にするとソニアがクッと眉を顰め。


「そう言えばオウマの奴は何処に行ったんだ?」


「アレッ?ソニア様も知らないのかな?」


ソニアもオウマの行方を把握して居ないようだった。基本的に相棒としてお互いの所在を常に把握し合っている二人にしては珍しい…とデュランが割れ顎を撫でる、するとシジキが機会音を上げながら…。


「ピピピ、現在オウマ団長は…私室にて食事を取っている」


「はぁ?オウマの奴今頃晩飯かよ」


と、言うのだ…しかしそれを聞いたソニア以外のメンバーは表情を変える。


オウマは普段、自室で食事は取らない。『飯、風呂、睡眠、この三つは人間にとって最も隙を晒す瞬間だ。だから…隠れてやる』と公言し、八大同盟の会談以外では基本的に人目に触れる所で食事を取らない。


そんなオウマがなぜ…自室で食事を、と思いながらも誰も口にしない。そこにオウマの何かしらの意図を感じたから……。


………………………………………………


一方、ロクス・アモエヌスの一角に貸し与えられたオウマの自室。こちらもまた立派な大豪邸の一室のようなその部屋に、ドンと置かれた長机…その上には大量のご馳走が並べられており。


「あーん、むしゃむしゃ」


机の上に座った男は、行儀悪くステーキを鷲掴みにしそいつを食らう。そんな様を…呆然と見ているのは。


「オウマ…エリスをここに呼んでどういうつもりですか?」


「……よう、来たか」


エリスだ、エリスは黒服に連れられソニアに拷問を受けるものと思っていた所、連れて来られたのは奴の拷問場ではなく、八大同盟の盟主オウマのいる自室だった。


部屋に通されるなり見えたオウマの食事シーンに、エリスはただただ困惑する。何故エリスはここに連れてこられた?何故オウマはエリスを呼んだ?…何も分からない、けれど警戒は解かず、エリスは手枷で封じられた手をギュッと握る。


そんなエリスの警戒を見てオウマは嘲り笑い。


「警戒すんなよ、取り敢えず座れ」


「言うことを聞くと思いますか?」


「聞かないとどうなるか一々言わなきゃダメか?」


「………」


「場数を踏んでいるお前なら、こう言う時下手に反抗するような真似はしないと思って居たんだが…?」


確かに、今この場で反抗するのは得策じゃない。エリス一人が痛い目見るなら全然いい、けど仲間も一緒に捕まっていることを忘れてはいけない。特にオウマは旅団のトップ、彼が一声発すればそれだけで仲間を皆殺しにすることもできる。


なら…ここは。


「分かりました…」


「それで良し」


座る、彼の対面に位置する椅子に座ると…、突然扉を開けて現れたメイド達がエリスの前にツラツラと料理を並べて…え?


「手錠まで…外すんですか?」


同時に、手錠まで外された。料理まで用意して…どう言うつもりですか?


「それがあったら食えないだろ、そら。チクシュルーブがかき集めた世界中の料理人達が腕によりをかけて作った飯だ。食うか?ってもう夕飯は食った後か…」


「どう言うつもりですか…、エリス…貴方の考えていることがまるで読めません」


いきなり現れエリス達を捕まえたかと思えば、次はいきなり呼んでエリスの手錠を外し料理を振る舞う。オウマの行動には一貫性がない、


まるで理解出来ないオウマの行動、その答え合わせを求めると彼は机から降り、エリスの対面の椅子に座る。


「お前が警戒するのは無理ないし、俺はお前が警戒するであろう事も折り込み済みでここに呼んだ…、だからこそ敢えて言うぜ?」


そんな風に切り出した彼は、今までニヤついていた顔をシュッと正し…冗談や、酔狂と言った要素を一抹さえ含まない真摯な顔つきで、エリスと向き合い…。


「警戒するな。俺はお前の味方だ…エリス」


「は?」


「ソニアにバレる前に仲間達もこっそり逃してやる。安心しろ」


そう…言うのだった。その顔はエリスの長年の経験がこう物語る…。


嘘偽りは、全くない…本心からの言葉であると。

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