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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十六章 黄金の正義とメルクリウス
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544.魔女の弟子と遊戯の楽園


「ここが水楽園エリア〜!」


「ぐっ…アクアパラダイスよりも、規模がデカいだと…」


「あらまぁ、凄い」


理想街チクシュルーブにて、マレフィカルムに繋がる情報をソニアから得る為にエリス達はこの理想街を訪れました。今の目的はソニアがマレフィカルム八大同盟の一角逢魔ヶ時旅団と確実に繋がっていると言う確証を得るための足場固め。


ほぼ確定を、確実に確定に変えるための第一段階。故にまずは理想街を手分けしてこの街の情報を集める…その為手分けをして街を探索することになったエリス達が一番最初に向かったのは五つあるエリアのうちの一つ。


水と涼の一大テーマパーク『水楽園エリア』だ。メルクさんが作ったアクアパラダイスと同じく水を使って遊ぶ所謂プールが備わった遊戯場なのだが…驚くべきはその規模。


たったの一年で数倍近く巨大に膨れ上がった理想街は外周に五つのエリアを作った、鉄壁で区切られそれぞれのエリアにはそれぞれの『遊』が備えられている。それがここでは水なのだ…。


エリス達はその水楽園エリアの入り口の前に立ちその入り口の隙間から見える規模に驚く、エリア一つ一つがかなりの規模を誇る、即ちこの水楽園エリアはただそれ一つだけで街一つをプールにしたような大きさを誇るのだ。


「うぅむ、スケールで負けた…クソ、ソニアめ」


そう言って入り口の列に並ぶのはエリスとメルクさん…それと。


「うひょ〜!楽しみ〜!」


「これはこのメグ、全力の背泳ぎを披露する機会にようやく恵まれた物と見受けます」


デティのメグさん。この四人が水楽園エリアの探索に割り振られた人員だ。同じく遊楽園エリアの探索に割り振られたのはここにはいないメンバー。ラグナとアマルトさんとナリアさんとネレイドさんだ。


つまり物の見事に女性陣で固められたと言うことになる。まぁ支障はないと思うけど…。


「にしても大きなプールですね」


「だな、そろそろ夏も近いし…ちょうどいいと言えばちょうどいいか」


「今度はメルクさんも泳ごうね!」


「でないとメルク様、また太りますよ」


「でぇい!喧しい!アマルトの作るご飯が美味しすぎるのが悪いんだ!私は悪くない!」


『お次のお客さま〜』


「あ、エリス達の番ですよ」


理想街チクシュルーブはマレウス…いや、ひょっとしたら非魔女国家随一の遊楽街だ。それ故に旅行者も多く訪れる。というかメルクさん曰くソニアが強引に西部のインフラを整備し西部の果てからでも安全にかつ迅速にチクシュルーブを訪れることが出来るラインを確保しているおかげで民間人や他国からでも簡単に訪れることが出来るようになっているとのこと。


この辺は流石はソニアと言える、アイツはこの手の商い事に関しては…というか、国を動かさせたら天才的だ。なんせ十代前半から他の五大王族と渡り合っていたベテラン王族なのだから。


…他の五大王族って、ザカライアさんとかか?…うーん、そう考えるとしょうもない気がして来た。


まぁともあれ、そのおかげで多くの人が訪れているせいでどんな施設も基本列並び。水楽園に入るだけで長蛇の列を並んで入ることになる。というか水楽園は入場する際に入場券を求められる唯一のエリアということもあり、エリア前に列が出来ているんだ。


その列に並び、ようやくエリス達の番がやって来たようだ。


「いらっしゃいませ、四名様ですか?」


「ああ、チケットをもらえるか?」


「はい、ラールはございますか?」


「勿論だ」


この街では専用貨幣である『ラール』を使う。上は1万ラール紙幣から1ラール硬貨まで…魔女通貨と違い事細かな価格設定が可能となるよう造られているそれを麻袋から取り出すメルクさん。


エリス達は今3万そこそこのラールを持っている…けど、ふと受付さんの頭の上を見ればそこには料金表が書かれており…。


『大人・3000ラール』…つまりエリス達四人で1万2千ラールか、今後のことを考えると痛い出費だ。


「……………」


痛い出費だ、今は少しでも節約したい。


「…………」


ほんの少しでもいい、今後のためを思うなら。


「……………」


節約…したいなぁ。


「……なんで、みんなで私をみるの」


デティを見る、エリスとメグさんとメルクさんの三人でデティを見る…と同時に思い浮かべるのは、『大人・3000ラール』の下に書かれた…。


『十歳以下の子供・1000ラール』の文字。子供料金はなんと三分の一…。これは大きい…。けどエリス達は全員二十歳越え、この恩恵には与れない…けど、デティ…。


「え、えっと。皆様四名でチケットお買い上げ…ですよね?」


「あ、ああ…」


「えーっと…」


受付のお姉さんは困ったようにエリス達を見る。後ろの列の人達もまだかまだかと苛立ちが募り始める。場に妙な緊張感が走り、エリスとデティはゴクリと固唾を飲みながら互いを見つめ合い、動かない。


「えっと、チケット四枚のお買い上げで…」


「…………」


お姉さんの視線はデティに注がれる、その瞬間…デティは覚悟を決めたように目を伏せ。


「ばぶばぶー、あたち、ごちゃい」


バッ!と親指を吸いながら目を潤ませ五本指を立てる、どう見ても五歳には見えない子供の演技。それを見たお姉さんはパァッと顔を明るくして。


「あ、大人三名子供一名ですね。では合計1万ラールになります」


「ああ、分かった」


「デティ…」


「いいの、エリスちゃんいいの…今は節約しなきゃだから…」


ダァーとプライドを捨てた事による涙を流すデティを他所にチケットは手渡されエリス達は水楽園へと踏み込むこととなる…。


「すまんな、デティ…」


「いいんだよ…あたち、ごちゃいのエケチェンだから…」


「でもデティのおがけで節約出来ましたよ」


「そうでございます、しめて2000ラールの節約。さっきのレモネードが四杯飲めます」


「私のプライド、レモネード四杯分かぁ〜…」


しかしこれでエリス達は水楽園へと入ることが出来た。チケットを買って入った先にまず見えるのは更衣室だ、男と女に別れる巨大な更衣室が見える。


その前では水着レンタルが一着1000ラールでやっている。一着1000ラールかぁ…高いな。


「水着は私が時界門で取り寄せますね」


「助かる、詰めるところは詰めていこう。さっそく着替えるぞ、みんな」


「はい、メルクさん」


「こうなったらせめて少しでも楽しまないと…」


水着はメグさんに用意してもらう、この度でもう何度か着用した愛用の水着だ。それをメグさんから受け取りエリス達はいそいそと更衣室に向かいチャチャッと水着に着替える。よし、これでプールに行ける。


「よっしゃあーっ!遊ぶぞー!」


「デティ…エリス達は遊びに来たのではなく…」


「分かってる分かってる、けど箱がどんな物か分からなければ中身なんてなおのこと分からない。ならまずは情報という箱の中よりも先にプールという箱について体感するべきではないでしょうか!」


「グッ!口が達者…」


「いいんだエリス、取り敢えず旅の疲れを癒そう」


「…分かりました」


ここに来た当初何か焦っていたメルクさんはやや落ち着きを取り戻したのか、今は逆にエリスを諌める側に回る。まぁメルクさんがいいと言うのならいいですが…。


なんて思いながらも浮き輪を装備したデティの後を追いかける…すると、ようやく水楽園の全容が見えてきて…って。


「うひゃあ〜、仕掛けがすごい」


見えてくるのは白亜のプールサイド。まるで水の神殿のようなデザインの巨大なプールが見えてくる。


外周には流れるプール、その脇を固めるように様々な水のアトラクションが軒を連ねる。水を発射する鉄砲で撃ち合うための水場、ガラス張りのプール、シャボン玉がプカプカと水中から現れる不思議なプール。


後はアレか…ものすごい勢いで流れるプール。その勢いのまま水は空中に浮かび上がりグルリと一周してまた大地に向かっている。恐らく魔力機構で水を浮かせているんだろうが…楽しそう以前に怖いわ。一歩間違えたら人が死にそう。


しかしそんな不思議なプール達以上に目を引くのは…流れるプールの中心にある巨大な円形の超巨大プール…。


その中心に、白銀の城が屹立し、中から大量の水を噴いている。恐らく城の中が水で満たされているのだろう。窓のあちこちから噴き出る水と一緒に楽しそうな観光客達が流れ出してきている。


…楽しいのかな、あれ。


「凄まじい仕掛けだな、まさか態々プールの為だけに大量の魔力機構を使うとは…」


「ソニアって奴はエンターテイメントの天才だね。使うべきところにどうお金を使うかを心得ている」


一般観光客が遊ぶ騒がしいプールから隔絶した位置に存在する優雅な富裕層向けのプールもあり、ここに来る人間全ての需要を満たす事だけを考え、資金を惜しまず投入している。


だからこそ人が来るし、来た人が良い噂を広めより人が来る。相変わらずソニアはこう言う面が上手い。


「ふむ、にしてもこのエリア…吹き晒しなのになんだか暖かいですね」


「それは恐らく床や壁に温風魔力機構が仕込まれているからでしょう。プールから出ても寒くないようにしているのでございます」


「うへぇ、そんなことまで?」


「プールから上がって、寒い思いをして帰ったら…良い噂は広まりませんから」


「なるほど…」


プールサイドを歩きながら周囲を見回す、見てみればあちこちに暖風魔力機構や暖房陣がこっそりと用意されており、細やかで目立たないながらも確かな気遣いを感じられる。これならプールで寒い思いをすることはないし、多分冬場でも楽しめるんだろう。


それにいい匂いもするし…、うん?いい匂い?何処からこの匂いはするのか、と見てみれば…プールの一角に出店の列がズラリと並んでいる。そこから発せられる匂いがエリスの目を釘付けにするのだ。


なるほど、あそこで食事を取るのか…いやプールに出店って…ん?いや待て!


「見てください!あそこ!食事を取るためのプールがありますよ!」


「なんだと!?」


見れば出店の近くにはガラスで細かく分けられたプールが存在している。広さで言えばお屋敷のダイニングくらいの広さだ。部屋の半分くらいまで水で満たされており、その中に浮かぶ机などに食事を置きお客さんが泳ぎながら飯を食べてる!


「プールサイドで食事は聞いたことがあるが、プールの中で食事とは」


「なんか水汚そう…」


「ふむ、売り物もソースなどがかかっている物は控えなるべく手が汚れないよう配慮しているのですね。それに恐らく部屋一つ一つに浄水機構が取り付けられ水の汚れを防ぎ、かつこまめに水の入れ替えもおこなっていると…」


「楽しいというより物珍しい上に雰囲気がありますね」


「でございますね、いやぁ様々な遊びが存在するとは…このメグ圧倒されっぱなしでございます。アマルト様もこっちにくればよかったのに」


「むぅ…」


売られているのもサンドイッチやハンバーガー、ソースのかかっていない串焼きなどなるべく手が汚れないようにし、水そのものの汚染を防ぐ心配りが見て取れる。水の中で食事を取るなんて経験は大多数の人間がしたことがない。したことがない未知の経験というのを人間は楽しめる生き物だ。


その未知を、娯楽に変えつつ。ガラス張りで綺麗な水をアピールし雰囲気も確保していると。うぅむ…凄まじい。


「だ、だがな…」


ふと、メルクさんは冷や汗を流しながら首を振るい。


「プールで遊び、プールで食事、いくら暖房陣などが用意されているとは言えこんなにも水に浸かっていては体が冷えてしまうぞ」


「なんか、メルクさん必死じゃありません?」


「必死ではない!経営上の課題を言っているだけだ!」

 

それでもこのプールには欠陥がある!と言い出すメルクさん。まぁ確かにずっと水の中にいたらなんか体がとかお腹が冷えそうで……。


「あ!メルクさん!見て見て!」


「こ、今度はなんだ」


するとデティがプールの一角を指さす。その先にはこれまた大きな施設があるではないか…それも見たことがない建築方式の館。いやアレは…トツカ風?黒い瓦と白い壁の背の低い巨大た屋敷がそこにはあるのだ。


あれはなんだと思いながらも看板を見ればすぐに合点が得る…あれは。


「温泉だと!?」


温泉だ、向こう側から白い煙が漂う温泉がそこにあるのだ。プールで冷えた体を温泉で温める…か。その辺もソニアはしっかり考えているということ、プールで遊んだ後温泉で体を休めることも出来る。


メルクさんの指摘は一転的外れに変わり、まるでメルクさんのような人間がそこを指摘するのを予め把握していたかのようにソニアは的確なものを用意しているんだ。


「プールで遊んだ後温泉って楽しそう〜!」


「ぐっ…ぬぬぬ」


「メルク様見てください、あそこ。水魔術師による噴水ショーやってますよ」


「な、なんだと…プールで見世物…!?」


「あそこのプールは魚と一緒に泳げるジャングルプールがありますよ、あ…取った魚は出店に持ち込めばそのまま料理してくれるそうで」


「ぅぐっ…そんなの思いつかなかった…」


「見てー!あっち!なんか水が!水が!すごい事になってる!凄い!あれ!見て!」


「ぐっ…ぅぐぐ」


メルクさんもまたアクアパラダイスという似たような施設を運営している。いや…歴史で言えばアクアパラダイスの方が長い。しかしそれでも見てみろ…この様を。


はっきり言おう、アクアパラダイスが前時代的に見える最新設備、アクアパラダイスが手狭に思える規模、アクアパラダイスとは根底から違う程の気遣いの細やかさと驚きの数々。


完全に、上回られた。商売一点でメルクリウスと言う女はソニアに上回られた…。それをなによりも痛感したメルクさんはワナワナと唇を震わせながら、メグさんを見て。


「メグ……」


「はい、なんでございましょうか」


「……メモとペンを」


「…………まさか、メルク様」


「ここの設備を、メモする…」


「パクる気ですか?」


「ち、違う!パクるんじゃない!…ただ、偶然…似たようなものができるだけだ…本当に偶然」


「メルク様…」


この人プライドないのか…。なんて視線をメルクさんに送ると彼女は目を背けダラダラと冷や汗を流し始める。まぁ…別にいいですけど、そもそもマレウスの客層とアストラの客層は全く別ですし、気にする必要はないのでは?


「ねぇねぇエリスちゃん、いこー」


「ああ、そうですね。では何処から行きましょうか」


「流れるプール」


「よし、ではメルクさん。行って来ます!」


「ああ…」


いそいそと必死に水楽園エリアの設備をメモするメルクさんに軽く挨拶しながらエリスはデティと一緒に流れるプールへと飛び込む。すると川のように水は流れており、脱力すると水に浮かぶ体が流されていく。


「キャッキャッ!」


(楽しいのかな、これ)


デティは非常に楽しそうだ、正直エリスには何が楽しいのかよく分からないけど。


にしても…不思議なもんだなぁ。


「こんな平地で水が流れるなんて不思議ですね、デティ」


と、デティの浮き輪に捕まりながらエリスがつぶやくと、デティはクルリと浮き輪の中で回転しこちらを見て。


「水流操作魔力機構だね、魔力機構というのは極論で言えば詠唱を必要とせず自動で効果を発揮し続ける機構だから。エリスちゃんも使えるでしょ?水流操作魔術…アレを常に稼働し続けて擬似的に川の流れを再現してるんだよ」


「ああ、そう言う感じですね…。にしても魔術を使うにはエネルギーが必要ですよね、そのエネルギーは何処から?」


「うーん、そう言う話はメグさんに聞いた方がいいかもだけど。魔力機構は基本的に外部から魔力を注入し続ける必要があるんだよね。それは人力である場合が多いけど…この規模になると多分変換魔術を使ってるんじゃないかな」


「変換魔術…エクスヴォートさんが使ったような奴ですか?」


「アレよりも規模が大きいやつをね」


エクスヴォートさんの魔術『エクリプス・リートゥス』。それは運動力や熱力と言ったエネルギーを別のエネルギーに変換・転換する魔術だ。本来は実験などに用いられる非戦闘用魔術。それを使えば…確かに魔力機構も動かせるな。


「変換魔力機構を間に挟んで、例えば水を沸騰させ続けてその中にある熱力を魔力に変換し続ければ魔力機構は永遠に動かすことができる」


「はぇ〜」


「石炭か何かで水を沸かし、沸騰させて蒸気を発生させ、熱エネルギーを取り出し魔力に変える。これにより効率よく蒸気機関と魔力機構を動かすことが出来る…誰でも思いつきそうだけど今まで誰もやって来なかった試みだよね」


「ソニアも元を正せば蒸気機関の国デルセクトの出身ですからね、そこに帝国から魔力機構技術を鹵獲したマレウスの技術力が加わり、生まれたのが…二つを組み合わせた魔蒸機関ですか」


「単純計算で発生エネルギーは二倍だからね」


「ってことはこれからのエネルギー事情は魔蒸機関が最先端の主流になるかもしれませんね」


「さぁ〜どーだろうねー、世の中にはまだまだ未知のエネルギーがあるし〜、もっと効率の良いエネルギーとかが発見されるんじゃない?」


デティは浮き輪の上で溶けながらヘニャヘニャと語る。世界の技術は進化し始めている、今までの技術抑制の中でも積み上がり続けた知識の累積が爆発しているから、本来なら数百年かかる技術の進歩がここ数年で急激に起こっている。


なら、実はもう発見されてたりするのかな。魔力よりも蒸気よりも…人類にとって主流になり得るエネルギーとか。


(電気…とかはエネルギーに使えないのかな。自然界で最も大きなエネルギーだし、使い道がありそうだけど)


なんて、電気使いのエリスは思うわけで…。


「それよりさぁエリスちゃん、私もっと早く泳ぎたい。押して!」


「はいはい、でも他の人もいるので程々にしますよ?」


「やったー!ビューン!って行こう!」


「じゃあ行きますよぉ」


よし、この流れに乗って一気に加速しようとエリスは流れる水の中で地面から足を離し…泳ごうと腰を低くした瞬間。エリス達の前にいきなり壁が現れるのだ。


「おわわ!?」


びっくりしてエリスは慌てて停止する、いきなり壁?と思ったら…エリス達の前になんとも軽薄そうな二人組の男がいやらしい笑みを浮かべ流れを切り裂きながら立ち塞がる。


なんだこいつら…。


「なんですかあなた達は」


「へへへ、お姉ちゃん可愛いねぇ。どーだい?俺達と一緒に遊ばないか?」


「遊ぶ?貴方達だけで遊んでいれば良いんじゃないですか?」


「つれないこと言うなよ、男女でしか出来ない遊びってのがあるだろ〜?」


「………なるほど、ナンパですか」


ナンパだ、二人の青年は下卑た笑みを浮かべながらサングラスを外しエリスの水着姿を見て鼻の下を伸ばす。まぁ人も多いし、少なからずそういうのを目的とした人がいる事も想定はしていましたが…。


「つーか何このチビ、ガキ持ち?人妻とか言わないよな」


「バカッ!人妻だからいいんじゃないか!」


「趣味悪〜、それよりさぁ!今から娼楽園エリア行かな〜い?すげぇいいホテルがあるんだよなあ、あそこ。なんとベッドが回転します」


「それの何がいいんですか?」


「そうだぜ馬鹿野郎、俺の紹介するところはそんな子供騙しとは違うぜ?なんとベッドがゼリーみたいに柔らかいです」


「それの何がいいんですか?」


「なぁなぁ遊ぼうぜ〜?子守りも飽きて来ただろ〜?」


「エリスちゃん、こいつら無礼じゃない?無礼すぎると思うんだよね、うん。私ってばごちゃいだけど私今すごい怒ってるよ」


「はぁ、相手するだけ損です。デティ、向こうのプールに行きましょう」


「あ、おい!」


相手をしてるだけ時間の無駄だ。そう断じたエリスは二人のナンパ男に背を向けデティを連れて流れるプールから出ようと歩き出そうとした瞬間。


「待てよ!話聞けって!」


「む…」


「ん?この女…なんかめっちゃ筋肉ムキムキじゃね…?」


エリスの腕を掴み強引に引っ張ろうとした男によりエリスの足は止まる。…正直喧嘩はしたくないが、お灸を据えねば言うことを聞いてくれなさそうだ。けど暴力沙汰は…。


「いいから来いよ。後悔させないから」


「貴方達ねぇ…」


ええい仕方ない、一気に振り切って逃げようか…そう決意した、その時だった。


『ンン〜、レディの腕を引っ張ってエスコートなんて。ンャ〜……ナンセンスだ』


「あ?…誰だあんた」


ナンパ男達の背後に、さらに大きな男が現れる。そいつはニカっと輝く白歯を見せ気持ちよく笑い。


「ンン〜俺かい?俺は本物の、ンッハンサムさ」


その体は引き締まった逆三角形、胸板が躍動し二の腕は丸太のように細く腹は贅肉が少なく引き締まり腹筋が六つに割れる。そんな如何にもな体を見せつけるように腰に手を当てた男は白い歯を見せる。


二つに割れたケツ顎に、オールバックの金髪を輝かせ、青い瞳と太い眉を胸板と連動させるようにピクピクと動かした彼はエリスを掴むナンパ男達を咎めるように首を振るう。


「レディのエスコートの仕方を知らないなら、やめておきなさい。ンン〜俺のようにハンサムでないのなら、痛々しいだけさ」


「ああ?なんだよテメェ、どっか言ってろ!」


「おおっと」


そう言ってナンパ男は腕を振り払い男を追い払おうとするが、その手を逆にハンサム男に掴まれ…。


「このプールじゃ、暴力沙汰は御法度さ。クールになれないなら他所へ行きなッ!」


「え?うぉぉっっ!?」


そうしてハンサム男はもう一人の男も掴み上げ、ヒョイと軽々と持ち上げ別のプールに向けて投げ飛ばし、颯爽とエリス達を救い出し、男達を逆に追い払ってしまったのだ。


なんだ…この人は。


「フゥー、ンン〜大丈夫かなレディ」


「え、エリスですか?エリスは大丈夫ですよ」


「それはよかった、君のように美しいレディに奴等のような男の跡が残っちゃ…ンン〜大変だからね」


男はやや溜めを作るように喋りながらキラリと白い歯を見せ笑う。変な人だけど…悪い人ではないみたいだ、寧ろあのナンパ男達よりも余程立派に見える…のはエリスを助けてくれたからだろうか。


「ありがとうございました、お陰で助かりました」


「ンン礼なんていいのさ、当然のことをした…ッン〜までさ」


「お兄さんムキムキだねー!でっかい!」


「よく言われる、俺の名前はンン〜ディラン〜〜」


「……?


「〜〜ディアリングだ。君達は?」


ディラン…と名乗った彼はにこやかに謎の溜めを作りながらエリス達の名前を求めつつ、近くから貸し浮き輪を取りながらその上に座り込み、足を組み流れに身を任せ始める。


「エリスはエリスです、こっちはデティ…ディランさんですか?」


「ンぁああ、その通りだ。最近このプールも人気になってな、賑わう反面、ああいう輩も湧いてしまっているのさ」


「最近ってことは、ディランさんはこのプールの常連なんですか?」


「ンッ〜そんなようなもんだ」


「ならおススメ聞かせて!」


「いいとも」


キャイキャイとはしゃぐデティにディランさんはバチコーンとウインクしながら答え…。


「君たちのような麗しいレディなら、こんな人混みよりももっと落ち着ける場所がいいだろう。例えばあの大プールの…ンッ〜真ん中に見える城があるだろう」


「あれですか?」


「アレはアトランターナ大宮殿って言う…ンッ〜アトラクションさ」


先程から見えているこのプールの中心に屹立する大きな白いお城。アレを割れた顎で差したディランさんはニッと歯を輝かせ。


「あの城の頂上、あそこから見える景色は最高さ。城の中に飲み物も持ち込めるからンッ〜ワインを飲みながら城下を見下ろせば、一国一城の王様気分さ。ああ、勿論飲み物をプールの中に捨てるのは御法度だ、やりすぎると出禁になるから…ンッ〜注意だ」


「なるほどぉ〜」


「他にも、夜になるとここのプールはンァナイトプールモードになる。みんなで音楽と共に踊りながら大騒ぎするのさ、俺はそれが大好きでね。ンン〜とは言え、君たちのようなレディが混ざると、大騒ぎになってしまうかもしれないなぁ」


「ははは、そんなエリス達は大した存在じゃないですよ」


「ディランさん喋り方面白いね〜」


「ンァよく言われる」


さっきの男達より余程接しやすく、それでいて親切に接してくれるディランさんにエリスとデティはすっかり打ち解け、ディランさんもまたウインクでそれに応じる。


「君達のようなレディを守るのが、ンァ俺の役目さ。何か困ったことがあったらディランの名前を出せば…大概の事は解決する、覚えて…ンン〜おきなさい」


「ディランさん、プール側に顔が効くんですか?」


「ンンハンサムだからな」


そう言う問題か?いや歯を見せて笑われても。


「にしてもここ、大きなプールですよね」


「近くの湖から水を引っ張って来ながら、かつ魔道具で水を増幅して使っているんだ。ンンだからここの水は贅沢に常に入れ替えられている。理想街の用水設備がンン〜最先端だから出来る贅沢さ」


「でも…」


そう言ってエリスは空を見上げる、そこにはカンカン照りの青空が広がっている。これは気分がいい、けど…。


「雨が降ったら大変ですよね、ここ」


「あー、吹き抜けだもんね。びしょ濡れになりながらプールには入れないもんね」


「ンン〜そんな心配必要ないさ可愛らしいレディ」


「も〜!レディーだなんてねぇ〜!エリスちゃん!」


「心配ないって、どうしてですか?」


「ンン美しいレディに言われちゃ、仕方ない。特別だ、見せてあげ…ンンようじゃないか」


そう言いながらディランさんは手を上げてまるで何かを閉めるようなジェスチャーをする。するとそれを見ていたプールの係の人間がやや驚きながらも何かを操作し始める。


すると…突如何処からか轟音が鳴り始める。


「このプールを作った理想卿チクシュルーブは、ンン天才でね。そう言う部分もカバーしてるのさ。だからこうやって…」


すると、空が…何かに覆われていく。水楽園を遮る鉄の壁から…何かが出てくる。それはまるでこの水楽園に蓋をするように覆いかぶさり。


瞬く間の間に天井が出来上がったのだ…。


「天井を可変で作ることも出来る、ンああ勿論。こう言う雰囲気作りも完璧さ」


そう言って閉ざされた天井に光が灯り。まるで夜空のようにキラキラとした星々の輝きと神秘的な月の光を再現しプール全体をに照らし、尚且つプールの中からも光が現れ…水楽園があっという間に雰囲気激変、幻想的な光景が目の前に広がり始める。


雨の日でも楽しめる、雨の日だからこそ楽しめる仕掛けが施されているのだ。これは驚きだね…けど、それ以上に驚きなのは。


「え、ええ…ディランさん。貴方何者ですか?プール側に指示できるなんて…常連ってレベルじゃないですよね」


ディランさんそのものだ、彼は今プールの職員に命令していたぞ。そんなのただの客が出来るのか?…そう思っていると、彼はエリスの問いに対してニッと白い歯を輝かせ。


「ン悪いねぇ、常連とは言ったが客とは言ってないんだ」


「ってことはまさか…」


「ンン〜ああ、その通りだ。俺は客じゃなくて…」


そう言って彼は浮き輪の椅子から立ち上がり、見事なブーメランパンツを見せつけながら腰に手を当て…笑う。


「俺は水楽園エリアのエリアマスター。チクシュルーブ五つのエリアを警護する五人の護衛主任の一人…四番隊長『雨も滴るいい男』ディラン・ディアリング。つまり運営側の人間さ、ヨロシク」


彼は…理想街チクシュルーブ側、即ち彼は…。


……どうやら、早速。情報収集のチャンスが…来てしまったようだ。



……………………………………………………


「あ!アマルトさん!アレ乗りましょう!」


「あれ?何アレ」


「でっかいティーカップに乗って回転するんですって!」


「はぁ?なにそれ、何処が楽しいんだよ。全然楽しさが分からんから一緒に乗って確かめてみるか!」


「わーい!」


「いえーい!そこのお姉さん!チケット二枚おーくれ!」



「楽しんでんなぁ…二人とも」


「楽しそうな街だしね」


一方、エリス達と分かれたラグナ、アマルト、ナリア、ネレイドの四人は様々な遊びが集うテーマパーク『遊楽園エリア』へとやって来た。その様はまさしく遊園地、グルグルと円を描いて回転する箱をぶら下げた巨大建造物『観覧車』に、超高速でレールの上を滑走するトロッコみたいなやつ『ジェットコースター』など…見慣れない遊具が集う中をアマルトとナリアははしゃぐように遊び回る。


…大の大人二人がなにやってんだ。


「ふぃ〜、すげぇ回った〜」


「楽しかったですね、アマルトさん」


「おう、メグもこっちくりゃよかったのに」


「楽しかったかよ、二人とも」


「おうラグナ、なに仏頂面してんだよ〜、楽しもうぜ〜?」


そうして、回転するカップの上で楽しむ『ティーカップ』なる遊具での遊びを終えたアマルト達がニコニコとラグナに絡んでくる。まぁ二人の言わんとすることは分かる、俺達はここに情報収集に来た…とは言えだ、それで何もせずジロジロ周りを見ていれば警戒されるのも無理はない。


「あ、アマルトさん!記念撮影しましょう」


「は?記念撮影?ってかさっきから気になってたけどその首から下げてるの…何?」


そう言ってナリアは首から下げた黒い箱を持ち上げる、黒い箱にボタンやら何やらがたくさんついて…ついでにレンズまでついている、なんだあれは。


「これはメルクさんが作ってくれた持ち運び可能な魔力カメラです」


「ああ、あの馬車に飾ってるあれを撮ったやつか。もう持ち運び可能なレベルまで小型化されてたんだな。ってかメルクの私物かよ…高そう〜」


「いえ、これは試作品でまだ実用化されてない奴ですね、なので値段はつけられません」


「そんなの首から下げて持ち運ぶなよ!ったく…いぇーい!かっこよく撮ってくれーい」


「はい!撮りまーす」


「おいおい、観光しすぎだろ…気を抜きすぎだ」


「そうは言っても、何もせず立ってたらそれはそれで怪しいでしょう?」


「む…」


まぁその通りなのは分かってんだけどさ…と思いながら俺は周りを見回すと。


(確かに、この遊楽園…あちこちに異様な雰囲気の警備兵がいるな)


チラリとラグナはアトラクションとアトラクションの間から、周りをキョロキョロと伺う黒服に意識を向ける。この遊楽園をポツポツ歩いていて分かったことが一つある。


それはエリアを警備する警備員にも二種類いるということ。一つは普通にチクシュルーブ職員の制服を着た一般的な警備員。そして異様な空気を漂わせる黒服の二種類。


一般警備兵はトラブルがあると仲裁に来る程度でその強さはその辺の冒険者より低いと見ていい。しかし黒服は…その足取りは確実に戦場を知る者の歩み方だという物。


正体はわからないが、あんまり目をつけられていい存在ではないのは確か。故に二人というようにアトラクションで遊んで人混みに紛れた方がいいんだろう。


しかし…しかしだ、俺が呆れてるのはそこじゃなくてな、


「で?二人とも。いくら使った」


「え?」


俺達四人はメルクさんから預かった3万ラールをそれぞれ適当に分割して持っている。故にアマルトとナリアに聞く、いくら使ったかを…するとアマルトとナリアはポケットに手を突っ込み。


「…俺、200ラールしか残ってないわ。ナリアは?」


「僕500ラールしか残ってません」


「はぁ〜…」


ここのアトラクションは勿論有料、さっきからホイホイとアトラクションで遊び回って残金は大丈夫なのかと思っていたが…マジかよお前ら。いや最近ずっとメルクさんのお陰で金の心配とは無縁の生活を送ってたし…ちょっと感覚が狂っていたのかな。


「お前らなぁ、ここではメルクさんの資金援助もないんだ。ラールは計画的に使わないと…」


「な、なぁラグナ…ラール貸して?」


「返せないだろ、貸せません」


「私が…貸そうか?私全然使ってないから…」


「マジ!?ネレイドサンキュー!」


「ダメだって!ネレイド、こいつら貸したら際限なく使うって」


「うーん、…確かにそうかも、ごめんね…二人とも」


「うう、次はあのジェットコースターに乗ろうと思ってたのに…一回800ラール。僕とアマルトさんのを足しても一人分にもなりませんよ〜!」


「ラールが圧倒的に足りなさすぎる…!無限に遊びて〜!」


「なら今日はおしまいってことにして、飯でも食おうぜ」


「奢ってくれる?」


「ま、まぁ…いいけどさ」


アマルトにはいつも料理を作ってもらってるし、そのくらいなら別にいいけど。しかし遊楽園エリアは危険だな、俺も気を抜くと『お!アレいいな!』と思ってアトラクションに乗りそうになる。


取り敢えず一旦調査は切り上げて、飯でも食いに行こうと四人で歩き出す。


「しかしすげぇよな、あんなの。どうやって動かしてんだろうな、全然検討もつかねぇや」


そう言ってアマルトが目線を向けるのは先程まで遊んでいたアトラクションだ。確かにアレはどういう原理で動いているんだろうか。


「メグに聞かないと…分からないけど。魔力機構…ってやつかな」


「ああ、そういやこの街は魔蒸機関ってのがあったな。豊富なエネルギー事情でああいうのを動かしてるのかねぇ」


「はっきり言ってアストラよりも最先端にあるよな、この街はさ」


「ふーーん…」


するとアマルトとが何かが気になったのか、顎の下をポリポリと掻く。アマルトはノンデリで言っちゃいけない事をよく言う男だがそれでいて細かな事に目が行く男だ。そんなアマルトが何かが気になったというのなら…聞いてみるか。


「どうした?アマルト」


「え?いや、この街を作ったのはソニアってやつだろ?あの〜例の仮面の」


「そうだな」


「って事はアイツの手元には今大量のエネルギー源があるってわけだろ?」


「そうなるな」


「そのエネルギー源は…どっから来てんだろうな」


「は?そりゃあお前、魔蒸機関ってんだから、魔力と蒸気だろ?つまり水と人がいればオッケーだ」


「だが水を沸騰させるには火がいる、火を作ろうと思うと莫大な石炭か或いは木材がいる。魔力の部分だって実際タダじゃない、つまりここのエネルギーは無償じゃない。の割には湯水の如く使ってるからさ…」


「あ?……確かにな」


アマルトに言われて腕を組み考える。水蒸気を作るのにも魔力を作るのにも結局源となる存在が不可欠だ。そしてそれは無からは発生しない、無からエネルギーを無限に取り出せるなら人間って生き物が生きていくのに、ここまで苦労はしない。


水蒸気を作るには大量の水が、水を沸騰させるには火が、火を作るには大量の可燃物が、大量の可燃物を用意するにはそれを買い付ける金と搬入ルートと人員が必要だ。それだけの物を使って…ただ客寄せのテーマパークを作る…か。


これが光り輝くような聖人がやってるなら手を打って褒め称えるところだが、生憎と違う。アルクカースとデルセクトを戦争させたがっていた狂人ソニアがこれを作った。


となるとこれには何か裏がある。それだけ莫大なコストを払ってでもソニアに得があるか…或いは。


「エネルギーの部分を、殆ど無償に出来る何かがあるか…かな」


「あぇ?そっち?」


「アマルトは違うのか?」


「いや俺はてっきりそれだけのエネルギー源の用意をしても、採算が取れるだけの得がソニアにあるのかなって考えてたけど…」


アマルトはどうやら『テーマパークを作り運営するのはソニアに得があるから、だからそれだけ莫大なエネルギーもテーマパークなんて娯楽施設に使えるのでは』と考えたようだが…俺はちょっと違うかな。


だって得があるのは当たり前なんだ。そうでもなきゃこれだけ大掛かりな事はしない。それはそもそも前提として…、そういう事を惜しみなく出来る何かがあると俺は思っている。


つまり、代価を必要とするエネルギー源…それを別の何かで代替えし、そしてその代替え品は殆ど無償で手に入る。だからソニアはこれだけの事ができている…と考えている。人を集めて得があるならテーマパークというコストがかかる形にする必要はないしな。


「態々テーマパークなんてコストがかかる手段を選んだんだ。そのコスト部分を解決出来る何かがソニアにあるんだろう」


「何かって?」


「そりゃあ…なんかそういう魔術があるとか…?」


「そんな魔術があったらみんな使ってね?」


「それはそうだけど…」


「二人とも、そういう話は…デティやメグさんみたいな、専門家がいる時に…した方がいい」


「む、ネレイドの言う通りかもな…」


このテーマパークが、何を原動力として動いているか。正直気になる部分ではあるが俺達の解決しなければいけない問題の本質ではない。なら今はとりあえず議題として残しておいて、後は生憎ここにはいない専門家達に聞くとしよう。


それより屋台が見えてきた。遊楽園のフードコート!立ち寄った時からいい匂いが漂って来てさぁ!ずっとここで食おうって決めてたんだ!


「よし!取り敢えず飯にしよう!何食う?」


「へへぇ、そうだなぁ」


そう言ってアマルトは近くの屋台に近づく。一つ目の屋台で売っているのはでっかいソーセージを串に刺し、ケチャップとマスタードを掛けた簡素な食べ物だ。正直アレじゃあ腹は膨れないが…美味そうだなぁ。


一つくらい買ってもいいかな、と思いアマルトの後ろから二人で値札を見る…すると。


「いぃっ!?高ッ…!」


「一本1000ラール!?ソーセージに串刺しただけのやつが!?ボり過ぎだろ…」


ソーセージ一本1000ラール。こりゃいくらなんでも高すぎだろ…。さっき立ち寄った飲食店はこんなに高くなかったぞ…!?


「いらっしゃい!何にします?」


「何にしますも何も高すぎだろ…、そんないいソーセージ使ってるのか?正直気になる」


「あはは…素材は普通のソーセージですよ。けど高いのは…そこの席に対するチャージ料みたいなもんですね。一応フードコートもアトラクション扱いなので」


「嘘だろォ…ラグナ、いけるか?」


「いけるけど…ここで一食済ませようと思うとあっという間にすっからかんだぞ…」


「大食漢二人がいるもんな」


「私、漢じゃない…」


「ごめんね?」


「いいよ」


しかし高い…あまりに高い、俺達の金はいずれ居住区突入に使わなくてはならない金だ。そんな無駄に使っていいもんでもない…。仕方ない、こればかりは仕方ないと俺は財布をしまい…。


「……食うのやめよう」


「えーっ!」


「これ終わったら、食楽園に戻って飲食店で食べよう」


「なら普通に馬車に戻ろうぜ、俺が作るよ」


「そっちの方がいいかもしれませんね」


「なんか……ひもじいね…」


「言わないでネレイド…殊更意識する…」


一応一国の王と貴族、そしてスーパースターと大国の将軍の四人が集まって、ソーセージ一本買うのに苦慮するとは…。


『パパー、僕アレが食べたーい!』


『ははは、いいぞいいぞ。いくらでも食べなさい』


『あらあら、あなたったら』


するとフードコートを離れる俺たちと入れ違えになった一組の家族が、あんな高い食品に顔色一つ変えずに対応し、子供に買い与えているのだ。まさかこの俺が一般家庭を相手に裕福だなぁなんて意識を持つ日が来ようとは。


見れば家族の格好は何処かいい暮らしをしてそうで、お坊ちゃんに紳士淑女って感じだ。そして…アマルトはその家族をジーッと見つめている…。


「………」


「やめろよアマルト、ガン飛ばすの」


「別にガン飛ばしてるわけじゃねぇよ。けどさ…このラールって貨幣、出来たの一ヶ月前だよな…」


「そうだな、浸透するのが早いと言うか、ここ街の人達は受け入れるのが早いと言うか」


「一ヶ月前に施行されたのにラールを大量に持ってる奴はなんなん?一ヶ月間コツコツ貯めてたとか?」


「おいアマルト、一日に1万ラールしか交換できないのは俺たちみたいな外部旅行者だけだって。元々ここに住んで戸籍を持っている人は無制限に交換出来るから元の資産全部ラールに変えたんだよ」


「あ、そっか。はぁ〜忘れてた〜」


「…………」


がっくりと肩を落とすアマルトの背を見送りながら俺は考える。…確かにラールが導入されて一ヶ月…それなのに大量にラールを持ってる奴はおかしいな。元の資産を無制限に交換出来るとは言えだ…。


…持ってる資産全部、交換するか?普通。


(ラールが使えるのは理想街の中だけ、外に出たらラールは紙屑同然だ。それなのに資産全部をラールに交換するなんて度胸ある奴そうそういないだろ…だってソニアが執政をしくじってチクシュルーブが無くなったら同時に自分も全財産を失うんだぞ?)


なら普通は金貨の一部をラールに交換するだけで留めるはずだ。そうなると自由に使えるラールの数は減るし、その分豪遊だって出来ない。あそこの家族がそうとは限らないが…それでももっと遊んでいる奴はいる。


どう考えても、考えなしに魔女通貨をラールに交換していないとできない遊び方。だとすると…そう言う人たちは何か確信があってラールに交換したのか?


(確信ってなんの確信だ?ラールが恒久的に価値を持ち続ける確信?それとも自分は永遠にチクシュルーブの外に出ないと言う確信?或いは…本当にラールが魔女通貨にとって変わると言う確信か?)


そりゃいくらなんでも気が長い話すぎるだろ、魔女通貨は世界中で使われている、それと入れ替わるのにどれだけの時間が…いや待てよ?エルドラド会談で出た話では確か…。


非魔女国家内に限定した新たな通貨を作るって話だったな。ってことはソニアはラールを非魔女国家内で…いや、もしかしてマレウス内でだけ完結させるつもりか?それならまぁ可能だけど…。


(だとしたら…国をひっくり返す必要があるな。マレウスで使われている通貨を纏めて別の通貨に入れ替えるなんて…それこそ国家転覆でも起こらない限りは不可能…、おいおい。まさかソニアまで国家転覆を企んでるとか言わないよな)


そりゃジズでやったぜ?ソニア…。どいつもこいつも国家転覆考えすぎだろ…。


「はぁ、推理に推理を重ねすぎた。なんかどれが真実かわからなくなって来たな…」


ため息を吐きながらみんなと何処かで体を休めようとベンチを探す。するとアマルトが大きく伸びをしながら…。


「はぁ〜金がないと思うとどれもこれ急に高く思えて来やがった。なんか手っ取り早くラールを稼ぐ方法とかないもんかな〜」


「働きますか?アマルトさん」


「いやそれでも給料入るの一ヶ月後だろ?今すぐ欲しいんだよ〜」


「それは…強欲すぎだよ、アマルト…」


「分かってるけどさ〜」


うへーと疲れた様子で歩くアマルトはラールが欲しいと呟きながらトボトボと歩く。この姿をイオが見たら絶句するだろうな、栄えあるアリスタルコス家の長男が金がない金がないと言いながら歩いてるんだから。


そう思うとちょっと面白いな、まぁ俺も笑えるほど金は持ってないが。


「この街に冒険者協会とかあるのかな。そこで働いたらラール貰えるかな」


「どうだろうな。冒険者協会は王侯の執政とは別の機関だ。多分報酬の支払いは魔女通貨だと思うぞ」


「だよなー…はぁ」


なんてため息混じりに歩いていると…前からやや焦り気味のカップルが俺達の横を駆け抜けながら…こう、言葉を残す。


「早く早く、武闘大会が始まっちゃうよ」


「ま、待ってー」


…ってな、今面白い単語が聞こえたぞ?武闘大会だってぇ…?


「なーんか、面白い単語が聞こえたよな」


「武闘大会…いいね、見てみたい」


俺とネレイドは視線を合わせニマニマ笑う。しかしアマルトはため息を吐き。


「でもどうせ見学にはラールかかるんじゃねぇの?」


なんて言うのだ、まぁ確かにそういうのは見学にも金がかかる場合が多い。だってただで見世物に出来ないからな…、なんて思っていると、同じく武闘大会を目指すであろう一団が…。


『でもすごいよね、一般参加も可能だってさ、君出る?』


『面白そうだな、どうせ出るのは素人だけだろ?おまけにエキシビションマッチに勝てば賞金800万ラール…一攫千金じゃねぇか。試してみようかなぁ』


「…………」


すれ違い様に聞こえた単語に、アマルトは耳をヒクヒク動かしながら…スッと姿勢を正しながら、俺たちを見て…ニコッ!と笑うと。


「……行くか!武闘大会!そして取ってこい!賞金800万ラール!」


「お前な……」


参加しろってか、こいつ完全に金に目が眩んでるな…まぁ?でも。


面白いじゃないか、参加が出来て…おまけに金も貰えるとは、800万ラールもあれば居住区に突入してもお釣りが来る!よし!これだ!


………………………………………………………………


「まさかエントリーするだけでラールが要るとは…」


「しかも参加費1万ラール…たかぁーい!」


なんて呆然とした顔で椅子に座るアマルトとわーんと泣くナリアを横目で見つつため息を吐く。武闘大会…正式名称を『チクシュルーブ・バトル・コロシアム』略してCBCに参加するには1万ラールが必要だったのだ。


いきなりとんでもない出費に二人は困惑しつつも、俺達は見学用チケット1000ラールを三枚買い、こうして観客席を手に入れ遊楽園エリアの中央にあるバトルコロシアムにやって来たわけだ。


「お前らが二人で無駄遣いしてなきゃ俺も出られたのに〜」


「ぅぐっ!それ言うなって…どの道優勝は一人しか出来ないわけだし…」


と残念そうに唇を尖らせるラグナは悪戯に笑う。何故参加する気満々だった俺がここに居るか…それは俺達の手元には二人揃って参加する為の2万ラールが無く。仕方なしにネレイドと俺のどっちが参加するかのジャンケンをした結果…俺が負けたというわけだ。


つまり参加するのはネレイド一人、アマルトの言うように結局優勝出来るのは一人だけだし、俺とネレイドの二人で優勝争いなんてした日には確実に目をつけられるしな。丁度いいといえば丁度いいのか。


「でも出たかった〜」


「いやお前出たら絶対加減出来ないじゃん」


「その点ネレイドさんはプロですからね。なんたってオライオンレスリングリーグ不動のチャンピオン。勝負では無く試合には慣れてますから」


「まぁ確かに、俺も前…自分で開催した武闘大会に自分で参加した時、挑戦者に全治八ヶ月の怪我を負わせたこともあったしな…」


「アルクカース人で八ヶ月病床なら一般人じゃ永遠に墓の中だからね?」


正直武闘大会と聞いて黙ってるしかないのは残念無念だが…、それでも『試合』という形式ならネレイドさんに勝てる奴はいない。俺が出るより余程可能性があるだろう。俺が出たらなんかこのコロシアム壊しそうだし…、ネレイドさんならいい感じに手加減するだろう。


(にしても立派なコロシアムだ…)


煌びやかな遊園地のど真ん中に立派で豪勢な鉄のコロシアムがあった。黒塗りの鉄骨で編まれた趣あるコロシアムは円形に広がっており、目下には四角いリングがある…周囲を水で囲まれた闘技場だ。


ここに来る時ルールは聞いた。基本的に武器の使用、及び魔術の使用は禁止。己の肉体だけで戦い、相手を気絶させるかリングアウトさせれば勝ち。予選を勝ち抜いた全十六名で勝ち抜き方式で戦うトーナメントだ。非常にシンプルな武闘大会だ、好感が持てる。


しかし遊園地に闘技場か。マレウスの富裕層にとって闘技は『遊戯』の部類に入るらしい。強さを求めた結果が見世物になるしかない未来ってのが来るとしたら…それはある意味幸福なのかもしれないな。


だって、せっかく強くなったのに戦争とかして死ぬのは勿体無いじゃん?なら決められたルールの中で体をぶつけ合う方が余程健全だ、なんて…祖国アルクカースで言ったら批判されるだろうか。


でも結局…いつかそういう世の中が来るのかもな。


「ってかよ〜」


するとアマルトは頭の後ろで腕を組みながら背もたれにもたれかかりながら、リングの上を見下ろし…。


「レベル低っき〜…俺でも優勝出来んじゃねぇのか?あれ」


そう、彼が見下ろすのはリング…では無く既に行われている闘技そのものだ。既に武闘大会は第一回戦四試合目に突入している。しかし…ここまで行われた四試合は、言っては悪いが…どれも低次元だ。


「魔力防壁も使ってませんね、使えない感じでしょうか」


「多分な、ありゃ冒険者の中でも食いっぱぐれた下級層だな」


参加してるのはどれも腕自慢の輩達。されどその腕前は戦闘…というよりまるで喧嘩だ。ただ握っただけのグーを振りかぶり、ただ上げただけの足をキックと呼ぶ。チンピラ同士が諍いをしてるみたいな戦いだ。


…アマルトの言った通り。あれは冒険者の中でも比較的下位の奴ら、まぁ強い奴はこんな所に来て食いっぱぐれることはないしな、自分で魔獣狩れるから。


「これじゃ、武闘大会というより喧嘩自慢大会だ…期待してたのとはちょっと違うかな」


「お、ラグナさんお怒りかい?」


「怒ってはない…いや怒ってるか。これだけ豪勢なテーマパークにある闘技場だからどんな戦いを見せるかと思えばこの程度。正直…金返して欲しい」


「まぁラグナさんから見たらレベル低いですよね…」


そうこう話している間に、一人の冒険者が相手に馬乗りになり何度も殴りつけた上でKOし、試合が終わる。観客達もちょっと想像していたよりもバイオレンスで暴力的な試合に引き気味だ。


もっとこう、高尚な殴り合いが観れると思っていたんだろう。


「試合終わったな、えぇっと?次は?」


「次はネレイドさんですよ!」


「お、いよいよか。つーかこれなら優勝確定だな!賞金800万ラール!こんだけありゃあティーカップに百回乗れるぜ!な!ナリア!」


「僕ジェットコースター乗りたいです!」


「俺も!フランクフルト一万本食いたい!」


「一万本食ったら普通に1千万ラールだよ!賞金でも足りねぇよ!つーか食えんのかよ!?」


なんて話していると、試合は次の第五試合…ネレイドさんの出場する試合が始まる。


『さぁ皆さんお待たせしました!次の試合は見応え抜群間違いなしの第五試合でございます!何と!次の試合は予選で行われた50人乱戦をたった一人で他参加者を蹴散らした怪物の登場だ!』


この本戦に出場するには、一同に介した参加者五十人を相手に乱戦を行いー生き残る必要があるようだ。と言うことはその分参加者も多くいた…ということ。それを勝ち抜いただけでも本戦参加者は大したもんだ。


しかし、そんな乱戦を…ただ一人で蹴散らして回った怪物が今日、参加している。


参加者の名は…そうだよ、あの人だ。


『身長2メートル強の大怪物!歩く山脈が如き威容に秘められた無敵のパワー!刮目ください!彼女こそ!』


その実況と共に、水場にかけられた橋を渡り…彼女は現れる。両拳を突き上げ慣れたように観客を沸かせながら入場してくるのは…。


『最強のプロレスラー!リングネーム『ネーちゃん』デェぇぇエス!』


「うぉぉおおおおおおおおッッ!」


匿名…『ネーちゃん』というリングネームを使い、シスター服を脱ぎ。下に来ていた動き易いウェア姿になり、何処から持ってきたのか水色の布マスクで目元を隠したネレイドが入場する。


一応、顔が知れている可能性も考慮して変装して出ているわけだが。…正直言っていい?ネレイドを知っている人間が見たら顔よりも先にあの身長見るだけで正体が分かる気がする。というか変装も殆どしてないしほぼ本人じゃん…。


まぁネレイド自身は隠せているつもりだからいいけどさ。


『な、な、なぁっ!?何じゃあありゃあ!』


『デッカー!?え?何?あれ人間!?』


『人ってあんなに大きくなれるんだ…』


ドスンドスンと音を立てて歩くネレイドさんの威容に観客は皆慄く。確かにあの身長も凄いが…それ以上に凄いのがネレイドさんの魅せ方だ。


ただ歩いているのに強そうに見える。ネレイドさんは普段あんな偉そうに歩かない…けど、そうか。あれがパフォーマンスというやつか、流石国民的なチャンピオンだ!


「うぉーっ!ネレイド…じゃなかった、ネーちゃんッ!勝てー!800万ラールーっ!」


「頑張ってくださいネーちゃんさん!」


『対するも大物!こちらはアルクカースからの使者!その体躯の大きさはこちらも負けていません!なんと祖国アルクカースでは熊を素手で狩ったことがあるとの噂!通称『熊狩り』のベアリングーッ!』


「ぐわっはっはっはっ!相手にとって不足なし!」


対する相手もまぁデカい、クマの毛皮を被り、目元に爪跡を残しひげもじゃの大男がドスドスと現れる。筋肉もムキムキ、拳骨なんか人の頭くらいある猛者の出現に観客もまた沸き立つ。


『すげー!デカいのとデカいのが戦うぜー!』


『見に来てよかったー!』


『でもあの大男もデカいけど、それ以上にデカいあのネーちゃんってやつなんなんだ!』



「へーすげぇ、熊素手で狩ったことあるってか、こりゃー強敵か?なぁラグナ」


「いや熊くらいみんな素手で狩るだろ、狩ったことあるだろ?みんなも」


「うーん!ねぇんだなこれが」


「熊じゃ無くて熊型魔獣の間違いじゃないか?流石に熊程度でイキらないだろ…俺の国の人間なら」


「アルクカースってほんと人外魔境なんですね…」


あの男も風体は冒険者だ、つまりアルクカース本国に居場所がなくて他国にスゴスゴ逃げて、その先でイキってるタイプの落伍者だ。だって熊狩りくらいアルクカース人ならみんなやる、山で取ってきた熊に縄くくりつけてレースさせる熊レースとか子供はみんなやるもんだし。


そして、その程度の相手なら…ネレイドさんの相手にはならない。


『それでは試合開始のゴングが…今!』


「へへへ、後悔するなよ…姉ちゃん」


「…………」


『鳴り響く!試合開始です!』


瞬間、響き渡る金属音。試合が開始したのだ…これによりネレイドさんの猛烈な攻めが始まり……。


「…………」


「………は?」


始まらない、寧ろ無防備な姿って突っ立っているのだ。そのあまりの無謀さに観客はどよめき…対戦相手のベアリングも目を点にする。しかし、そんな中ネレイドは…。


「……早く、打ってきて…先手あげるから…早く、観客が冷めちゃう…」


「は?え?え?」


「プロレスの基本…早く」


打ってこいと軽く挑発するのだ。プロレスは打つ競技ではなく打たれる競技、故に打て…今すぐにと。しかし彼女の理屈など知らないベアリングはみるみるうちに顔を赤くし。


「テメェッ!ナメるんじゃねぇっ!」


握る鉄拳が真っ直ぐネレイドの顔面を打つ…が。


(硬てェッ!?鉄かこいつッ!?)


硬い、握った拳が砕けそうなくらいネレイドの顔面は硬い。まるで打撃が通ってない…攻撃が効いてない!


と…ベアリングが思ったのも束の間。


「あァッ!?」


「え?」


ネレイドがやおらと大きくのけぞったのだ。手応え的にまるで打撃が効いている様子はなかったのに、なんか大きく痛がり頭を後ろに下げたのだ。


『おおー!すげーぞベアリングー!』


『あんな大きな相手を殴り飛ばすなんてー!』


「え?いや…え?」


そして沸き立つ観客、ネレイドのド派手な受けにすっかり観客席は温まり大歓声が響き渡るのだ。ただそんな中ベアリングだけが目を丸くして観客席と自分の拳を交互に見て。


「もしかして俺、やれる?…よっしゃぁッ!このままぶっ潰して…」


やれるかも知れない、なんだかよく分からないが倒せそうな気がしてきたとベアリングは奮起する。このまま攻めてエキシビジョンマッチへ進み『アイツ』を倒して……。


「むぐっ…!?」


しかし、攻め立てようとしたものの…次の瞬間、飛んできたのはネレイドの手だった。先程あんなに大きく仰け反っていた筈のネレイドが直ぐに頭を戻し…ベアリングの頭を覆い込むように握りしめたのだ。


「ちょっ!?手ェデッカ…」


「次は…私の番、うまく…受身とってね…」


「え……!?」


瞬間、ベアリングの足が大地を見失う。頭を掴まれそのまま根菜でも引き抜くように片手でベアリングの体を持ち上げネレイドはベアリングを自らの頭の上まで持ち上げ…。


「レウコトエ・スローッ!!」


「ぎょぶっ!?」


叩きつける、地面に向けて大きく振り下ろし叩きつけるように投げ飛ばす。その威力は凄まじく頭から落ちたベアリングの石頭により鉄のリングが大きく凹み…ベアリングは鼻血を垂らして、倒れ込む。


「あ……背中で受けないと…、基本だよ…」


『お…え?あ…あぁっ!?なんとネーちゃん選手!一撃でベアリング選手をノーーーッックアウトーーーッッ!!勝者ネーちゃん選手ーッ!強い〜!』


「むんぐっ…!」


倒れ伏したベアリングを前に拳を掲げるネレイドのパフォーマンスに観客席は思わず大盛り上がり。今までのただ暴力を押し付け合う試合ではなく魅せる戦いを前に客は心底体を震わせ興奮する。


『そうそうこれこれー!こういうのが見たかったんだよー!』


『かっこいい〜!』


『欲を言うならもっと試合が見たかったけど、一回戦なんてこんなもんか〜』



「すげーネレイドのやつ、一発で場を温めたぜ」


大歓声に見送られ、退場するネレイドを見てアマルトも思わず手を叩く。ネレイドの試合という物を見たのは初めてだった、彼女が選手として戦うのは初めてだった。


だからこそ思う、ネレイドはいつも一発で試合終わらせているモンだと考えていたが…どうやらネレイドはネレイドで立派にプロレスを色々考えて成立させていたようだ。


「あえて一発受け、その攻撃を前にやられたフリをして逆転劇を演じる。短いながらも試合そのものの道筋が演出されてましたね」


「勝負ではなく試合としての戦いか。アルクカースじゃ見られん物だな、面白い」


「つーかリング鉄製なの危なくない?」


ラグナとナリアはネレイドの演出能力に唸る、やらせ…と言われりゃ微妙な範囲だが、それでもベアリングは本気で殴ったしネレイドはそれを本気で受け止めた。本気の攻防の中に嘘は混じっておらずあれは確かな戦いだった。


あれがレスラーとしてのネレイドの顔…、プロだ…プロのレスラーだ。


「でもこの分なら優勝は間違いなしかな」


「ですね。これなら優勝賞金も…ん?優勝賞金…?」


「どうした?ナリア」


「いえ…そう言えば賞金って、『優勝』賞金ではなかったなって…今思って」


「ん?……ああ、そう言えば確かに」


「エキシビジョンマッチに勝ったら…賞金だっけ?同じだろ、一戦増えるだけだって」


優勝しても賞金は貰えない、優勝後に行われるエキシビジョンマッチ。それに勝ったらようやく800万ラールだ。


エキシビジョンマッチ…つまり、運営側が用意した奴と戦うことになるのだ。そこにラグナは異様な何かを感じ、些かの不安を覚える。


(デカい餌に、デカい箱、運転資金だってバカにならない。なら相手だって出来る限り賞金は出したくない…嫌な予感がするな)


とは言え、それを感じたからと言って今更出来ることなど…何もないのだ。


……………………………………………………


『カリアナッサ・スレッジハンマーッ!』


それからネレイドさんは順調に勝ち上がり。


『カリプソ・ドロップキック!』


無敵の強さで邁進を続け。


『アプセウデス・ヘッドバッドッ!!』


さしたる障害もなく…。


『ゆ、優勝〜ッ!強い!強すぎる!ネーちゃん選手!見事CBC優勝ォーッ!!!』


「むんぐ…っ!」


『一度としてダウンすることなく結局優勝してしまいました、これは予想外というかある意味予想通りというか…』


「すげぇなネレイド、マジで敵なしじゃん」


「そりゃオライオンで何年も無敗のチャンピオンやってねぇしな」


「無敗のチャンピオンどころかネレイドさんはデビューしてから一度も試合じゃ負けてないらしいですよ」


「まぁ…だろうな」


そして優勝したネレイドを俺達は見下ろしながらある意味納得だと言わんばかりの圧勝を見せた彼女を讃えるように手を叩く、さて…後は。


「エキシビジョンマッチか」


「誰と戦うんでしょうね…」


「…………」


エキシビジョンマッチだ、だがこのエキシビジョンマッチ…大会の概要を調べても全く情報が出てこないんだ。だが…。


『エキシビジョンマッチってことは、あの人が出てくるってことだよね!』


『流石のネーちゃん選手もアレには勝てないんじゃないか?』


『でもでも、いい勝負はするかも』


周囲の観客の様子を見るに恐らくエキシビジョンマッチで戦う相手は有名らしく、通常の試合よりもやや沸き立って見える。そしてそれは…このCBCに於いて無敗を貫く最強の存在らしく、今まで優勝者を相手にしても勝負にならない程の強さを見せつけてきた…。


ということが周囲の話から分かる、つまり…。


「ここからが本番だな」


そうラグナが呟くと…司会が立ち上がり。


『それでは皆様お待ちかね、CBCの恒例エキシビジョンマッチの開始へ移りたいと思います』


神妙な語り口と共に…リングが鳴動する。いや、会場全体が揺れる…、静かな揺れを伴いリングの周りを満たす水が波を作る。ネレイドの前…選手入場口の方から、波が訪れる。


『CBCが開催されてより四年。未だかつて誰も破った事が無い高き壁…チクシュルーブ最強の闘士が、今日も挑戦者の夢を打ち砕くのか…』


「………」


その異様な空気にネレイドも真剣な顔で選手入場口を見る、俺達も見る…アマルトもナリアも俺も。


しかし。ラグナは気がつく。


「ん?」


選手入場口を見てるのは…『俺達だけ』だ、他の観客は別の場所を見ている。何処だ?…天井だ。


『来たぞー!上だーッ!』


「何っ…!」


天井が開く、青空が見え…いや見えない。空から飛来したそれが俺達の視界を塞ぎ、凄まじい勢いで鉄のリングに降り注ぐ。


それは、絶大な振動を伴いながら会場を揺らし…ネレイドの前に立ち上がる。人だ、人が降ってきたんだ…いや、あれ…人か?


「なんじゃありゃっ!?」


「そんなのアリですかー!?」


「あれ…機械かッ!?」


地面に着地し、立ち上がるそれは…機械だ、全身が機械、腕も足も機械。漆黒の機器を剥き出しにしたまま、ムクリと立ち上がるそれは…ネレイドの頭を追い越し、彼女の顔を見下ろし屹立する。


ね、ネレイドよりも…デカいだと…!?


「嘘……私より、大きい…」


『さぁやってまいりました!CBC史上最強にして無敗の闘士!理想卿チクシュルーブ様お抱えの護衛集団が一人!遊楽園のエリアマスター!第三隊長『ギガンティック』シジキ〜ッ!!』


『ギガンティック』シジキ…そう呼ばれた機械はまるで起動するように機械音を鳴らし、顔に当たる部分に二つの赤い光が灯り、瞳のようにネレイドを見つめる。どう考えても人じゃ無いだろアレ!


「っておい!人間じゃねぇぞ!それ!」


『いいえ人間ですとも!『ギガンティック』シジキ様はチクシュルーブ最先端の技術による人体改造手術を受け続け!その体の九割九分を魔道具へと置き換えた謂わば魔道人間ッ!鋼の肉体は如何なる打撃も弾き返し!魔蒸機関を搭載した肉体の馬力は人間では太刀打ちできなーーーい!』


「四捨五入したら人間じゃねぇだろうが!」


人体改造手術…そう言えばエリスから聞いた事がある。ソニアの側近ヒルデブランドは人体を改造し機械に変える事で準討滅戦士団級の力を獲得していたと。


名前は確か…サイボーグ技術だったか?一応今のデルセクトにもあるが、あそこまで凄まじいのは居ないぞ!?


「グググ…ゴゴゴ…敵性存在確認、殲滅状態へ移行…失敗。現在試合中…機能を80%削減し、試合状態へ移行…」


「この機械…喋ってる…」


「ピピピ…否定、当機体は機械に有らず、人なり」


「当機体って言ってるじゃん…」


出てきたのは想像を絶する人外機械。サイボーグというかもう機械そのものだ、けど…感じる。


凄まじい魔力を…魔力覚醒者級の魔力を感じる。アイツには魂がある…ってことは人?信じられない、人間あんな姿になっても魂を捨てずに人間であり続けられるのか!?


『それではシジキ様!今日もお願いします!』


「承認」


『それでは!『ギガンティック』シジキ様とのエキシビジョンマッチ…試合〜』


「ちょ、ちょっと待ッ…」


『開始ーーーーッッ!!』


その瞬間、ゴングが鳴り響くと同時にシジキは全身から蒸気を噴き出し、足の裏のキャタピラを高速で回転させ一気にネレイドに突っ込んできた。


「ぐぐっ!」


それを咄嗟に受け止めたネレイド、しかしその馬力はとても彼女の腕で抑えられるものではなく徐々に足が後ろへと押されていく。


(なんて馬力…まるで機関車を受け止めてるみたい…)


踵から火を吹き履帯を回転させ全身から蒸気を放ちながらネレイドをリングアウトさせようとするシジキのパワーに、ネレイドは完全に力負けしている。そりゃあそうだ、ネレイドは超人とは言え飽くまで人間…対するシジキは最早人の範疇にいない。


「ピピピ…敵性対象の抵抗を確認。《スピアーニードル》展開」


「え……ぐっ!?」


次の瞬間、体全体でシジキを抑えていたネレイドの体に、鋭い棘が突き刺さり夥しい量の血が噴き出る。シジキの体の至る所から黒い鉄の棘が隆起したのだ。


「おい待てやァーッ!!!この大会は武装禁止だろうがッ!どー見てもそいつ武器使ってんじゃねぇかッッ!!」


即座にアマルトは立ち上がり運営側に異議を申し立てるが司会は首を振りながら。


『いえいえ、アレはシジキ様の体の一部!それを攻撃に転用しているに過ぎませんのでルールの範疇です!これがダメなら爪や歯も持ち込みができませんから』


「なァ…!?卑怯だろ!そりゃあ!」


『少なくとも審判は止めないのでOKです!』


「審判もそっち側だろうに…ッ!」


体の一部だから武器を持ち込んでいる判定にはならないと言う司会に苛立ちながらも言い返せないアマルト。


対するネレイドは突き刺さり食い込む棘を嫌がり咄嗟にシジキを突き飛ばし距離を取る。


「…これならッ!」


そしてそのまま飛び込み鋭いフロントキックを叩き込む。棘が隆起していない背後を狙いシジキに蹴りを見舞うが…微動だにしない。


「ッ…頑丈……」


「ピピピ…」


ネレイドの蹴りを受けてもピクリとも動かないどころか痛がりもしない。そりゃあそうか…あんな体だ、痛覚だってあるか怪しいところ。事実シジキは大したダメージも感じることなく首を百八十度回しネレイドを睨むと共に。


「《ミサイルシャワー》発射」


「えっ!?」


グルリと体を回転させ肩から飛び出た砲塔をネレイドに向けると共に無数のミサイルを連射したのだ。あまりの出来事に反応が遅れ、両手をクロスさせ爆撃に滅多打ちにされるネレイド。


「いやいやいやいや!あれはどう見てもッ!」


『アレもシジキ様の体の一部!言ってみれば唾を飛ばしてるようなものです!なのでルール的にオッケー!』


「ふざけんな!始めから勝たせる気なかっただろお前ら!」


棘にミサイル、そして機械の体。最初から勝たせる気ゼロの戦いにアマルトは激怒する。されどそれがルールなのだ、審判が止めなければ如何なることさえ許されるのが試合なのだ。


そんなルールの加護を受けたシジキは尽きることなくミサイルを連射し続ける。そんな中…ネレイドは。


「くっ!こうなったら…」


咄嗟に横に飛び退き一瞬ミサイルの雨から抜け出すと共に、拳に魔力を集める。肉弾戦じゃダメージを与えられない、だから魔力の塊をぶつけるエンピレオ・ブローで…。


『おっと!魔術・及び魔力による攻撃は反則扱いで即刻敗北ですよー!』


「あ……」


しかし、司会が放った言葉にハッと我に帰る。そうだ、魔力を使ったら反則なんだ…とネレイドが魔力を霧散させた瞬間。


「ピピピ…《バンカーブロー》…使用」


「ッ!?」


居る、目の前にシジキが。拳を腕の中に格納し、さらに腕を引っ込めバネのように縮めると共に…。


「インパクト」


「ぐぶぅっ!?」


無機質な声と共に放たれた拳がネレイドを打つ。腕を縮めそれを一気に解放するように放たれた拳はネレイドの顔面を打ち抜き彼女の巨体を吹き飛ばし…。


『あぁーっと!残念!リングアウトによりネーちゃん選手場外負けですッ!今日もシジキ様が挑戦者の儚い夢を無情にも打ち砕いたーッ!!』


水音を立て場外の水溜めに落ちるネレイド。それと共に鳴り響くゴングは非情にもネレイドの敗北を確定させる。負けたのだ…ネレイドさんが…それを見たアマルト達は即座に立ち上がり。


「ネレイド!」


「大丈夫ですかネレイドさん!」


「っ…私は…大丈夫」


観客席の最前列まで走り水の中から顔を出すネレイドに声をかける、幸い意識はあるようだ…というか、流石はネレイド…まだまだやれそうな雰囲気ではある。


しかしそれでも負けなのだ、そういうルールだから。ネレイドはもう戦うことは許されない…。


「…ピピピ、任務完了…帰投する」


「……シジキ…」


ネレイドを片腰にチラリと見たシジキは、彼女に声をかけることなく背中から炎を吹き出し再び開いた天井から空に向けて消えていく。とんでもないのが居たもんだ…、あんなの相手に魔力もなしに殴り合うなんて無謀だ。


『ギガンティック』シジキ…遊楽園エリアの、エリアマスター…。そしてソニアお抱えの闘士って話だったが…。


「…………アイツもしかして」


ネレイドは敗北した、シジキという鋼鉄の巨壁を前に。末恐ろしい存在との出会いを果たしたラグナは…今自分達が相手にしようとしている組織の力の一端を、味わったような気がしていた。

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