543.魔女の弟子と一遊一予の街
理想街チクシュルーブに向かう旅路は数日続いた、元々西部チクシュルーブ領とは灘らかな道にポツポツ街がある至ってスタンダードな地域である事もあり、この数日は極めて何もない…落ち着いた日を過ごせていたと言える。
東部のように茹だるような暑さでもなく、南部のように常に何かしらの危険が茂みの中に隠れているようなこともない…至って平和な、そんな毎日が続いて…。
「ぎゃあああああああ!」
「やべぇエリスが燃えた!水水!」
「何してんのーッ!?」
「馬車の中で火遊びはやめてくださいませッ!!」
全身を包む炎から逃げるようにエリスはゴロゴロと地面を転がっていると、メグが慌てて水瓶を持って来て頭からぶっかけてくれたおかげでなんとか一命を取り留める。
ふぅーっ、…助かったぁ。
「助かりました、メグさん…」
「何してたんですか!?」
「いやぁ、ちょっとした実験を…」
「外でやってください!」
「はい…」
「何してたの?エリスちゃん」
「いや、実はデティ…気になることがあって……」
「無法か…」
そして、そんなエリス達を眺めるのは…メルクリウスだ。スンスン泣きながら床の掃除をしながらデティと話すエリスの無法ぶりに呆れながらもメルクリウスは足を組んで考える。
(もうすぐ理想街チクシュルーブ…、さて…どうやってソニアを追い詰めるか)
足を組み、コーヒーを啜りながら考える。メルクリウスとソニアの関係は長く古い。メルクリウスの幼少期からソニアはメルクリウスを支配していた、自分と少ししか年齢の変わらない少女の頃から一国を統べていたソニアは…借金と恐怖でメルクリウスを縛り続けていた。
故にこそ、メルクリウスはその手練手管を最も側で見て来ている。故にアイツの考えそうな事は分かる。
(ソニアは間違いなく、何かをしようとしている。そしてそれは世間にとって不都合でソニアにとっては都合のいい事…)
ソニアという人間は心の底から世が荒れることを望む女だ、奴がマレウスにいるのは確実に世を乱すため。マレウスで一からやり直して今度こそは謙虚、堅実をモットーに生きていきます…なんて事はしないタイプの令嬢だ。
確実に、何かをやろうとしている…そしてそれを裏に隠して秘密裏に進めているのは間違いない。ここは疑う余地のない大前提であり思考する必要さえない行動の下敷き部分。なら何をしようとしている。
(逢魔ヶ時旅団…宰相レナトゥス、これだけ強力なバックアップをつけて奴がやろうとする事。確実に五大王族時代よりも規模がデカいのは間違いない)
メルクリウスが仲間達に進言してでもソニアの所に向かうようにしたのは、これ以上ソニアを放置出来ないと判断したから。奴が逢魔ヶ時旅団とレナトゥスを味方にして何かをしようとしていると確信したからだ…エルドラド会談で顔を合わせた時、そう感じたからだ。
なんでか…と聞かれると返答に困るが確信したのは確かだ。ソニアのあの…余裕を見せた顔つき、あれは私に挑戦状を叩きつけているに等しい顔だった。だからこそ向かう。
だが、その為にも先ずはソニアの企みを暴き…そこで初めてその企みを阻止する為の戦いが始まるわけだ。
(簡単ではないな…、それこそデルセクトでの戦いと同じように地道に証拠を集めていく必要がある。だが以前の対決に比べれば今回はソニアが黒幕と分かっているだけやりやすいか)
「──無理だからね!エリスちゃん!それ絶対実践しないでよ!」
「えー…いいアイデアだと思ったのになぁ」
「マジで死ぬから!」
「………」
ふと、デティの叫び声で意識が戻る。どうやらエリスの試みに対してデティがブチギレているようだ。全く何を企んでいるのやら…。
(前回は私とエリスだけだったな。…それに比べれば今回はあまりにも頼りになる仲間が多くいる、なんとかなるはずだ)
前回に比べれば今回は仲間がいる、ならばやっていけるだろうとメルクはマグカップを空にしながら大きく落ち着きを取り戻すように息を吐く。
……ソニア、お前がどこで何をしていようとも。私はお前と言う悪を逃しはしない。お前が諦めずに何度も這い上がってくるなら…私も全力でお前を押さえつけるまでだ。
『おーい!見えて来たぜー!理想街チクシュルーブ!』
「む…ようやくか」
外で御者をしているラグナから理想街チクシュルーブに着いたとの報告が聞こえる。ようやく着いたかとメルクリウスは手持ちの道具を整えながら立ち上がり──。
『でもさー』
「ん?どうした?ラグナ?」
『いや…チクシュルーブって、あんなんだっけ?』
「は?」
「どうしたんですかラグナ」
ラグナがふと、疑問の声を上げる。その声に反応してみんなで馬車の外に顔を出して、その先に見える理想街チクシュルーブを見て───。
「なッ!?」
「あれ…あれ!?」
見えてくるチクシュルーブに皆口をあんぐりと開ける。なんせ…見えて来たその光景は。
「チクシュルーブって…あんなデカかったか?」
デカいのだ、我々が以前チクシュルーブを訪れたのは丁度一年前…その時に比べて明らかに理想街の規模は大きくなっている。ただでさえ大きかった理想街に更にもう一層街が追加されており、なおかつ中央には無数の煙突が立ちモウモウと煙を吐いているのだ。
その様はまるでソニアの故郷…工業都市クリソベリアのように。
「な?なんか変わってないか?」
「どっからどう見ても巨大化してるじゃないか!」
「たったの一年であそこまで成長しますか?普通…」
「西部の豊かな土壌の栄養素を取り込んで大きく育ったのでしょう」
「根菜じゃねぇんだぞ…」
工業化が進んでいる、ソニアがいよいよ本気を出して何かをしようとしているのは間違いない…何より、そのチクシュルーブの様を見た私とエリスは目を見合わせ。
「メルクさん、あれ」
「ああ、クリソベリアのようだ…」
「ってことは、あの煙の中で作っているのは」
「……何かしらの兵器である可能性は高いな」
ソニアは以前クリソベリアの霧の中で大量の武器を作り、極悪麻薬たるカエルムも製造していた。あの工業化は恐らくソニアの本分である兵器開発によって生まれている煙だろう。
……デルセクトで、コソコソと作っていた兵器でさえ数百年先を行く凄まじい銃火器の数々だった。ならもし…大国からのバックアップを受け、堂々と隠れる必要もなくなったソニアが作るなら、どんな兵器になる?
少なくともデルセクトで作っていたものとは、比較にならないだろう。
「…急ぐぞ」
「おう、はいよー!ジャーニー!目指せ!チクシュルーブ!」
「ヒヒーン!」
……やはり、今…この街に来てよかった。私はそう小さく頷くのであった。
……………………………………………………………………
理想街チクシュルーブ…、それはマレウス屈指の遊楽街。あらゆる娯楽と世界最先端の技術が集うまさしく理想の街。突如として現れた謎の貴族チクシュルーブの名を冠するこの街は出来て数年だと言うのに既にマレウス中にその名が知れ渡り、今なお改築を続けるこの街の躍進は留まるところを知らない。
この街にはあらゆる物がある、金さえあればなんでも買えるしなんでも出来る。故に人々はこの街を訪れ一時の遊興に身を委ね、この街に金を落とし、そしてその金でまたチクシュルーブは大きくなる。
我々がこの街を訪れたのは一年前、プリシーラ・エストレージャのライブツアーの終着点としてこの街を訪れた時もその凄まじい技術力に度肝を抜いた物だが…、今一年経ってこうして再びチクシュルーブを訪れた私達は更にもう一度度肝を抜くことになる。
…街が大きくなっていた、そこは街の外観を見ただけで分かったが。こうして馬車を停めて正門から入り、内部を見てもう一度驚くことになる。
「ひゅー!着いたぜチクシュルーブ!」
「一年ぶりでございますね」
「うわぁ…凄い数の旅行者だねぇ」
「この独自の高揚感漂う感じ、いつ来てもこの街は心躍りますね」
魔女の弟子達は街の外の馬車停め場に馬車を置き、チクシュルーブの巨大な正門を前にする。既に周りはソワソワとした空気を漂わせる旅行者達に囲まれており、この街がいかに娯楽の地として有名であるかを物語るようだ。
そんな人の川に流されるように我々は着実に正門に近づいていく。
「理想街行ったら何しようかなぁ、あ!私あれ食べたい。銃弾型のチョコ」
「俺はカジノ行きて〜!出禁にされてなきゃの話だけど」
「おいお前ら、遊びに来たわけじゃねぇんだぞ俺たちは」
やれやれとラグナが首を振りながらもそれでもなんだかみんな、この街が漂わせる『遊』の誘惑に勝てていないような気もする。そんな中でもメルクリウスは険しい顔を崩さないまま歩き続ける。
にしてもこの街、たったの一年でここまで様変わりするか?一体どれだけの開発を急ピッチで進めているんだソニアは…なんて不安を抱いていると、ようやく長い列を越えて私達は正門の中へと入ることになるのだが。
「ん?あれ?」
「なになに?どったの?アマルト」
「いや、あそこに立てかけてあるの…理想街の地図だよな」
「んん?あ、ほんとだ…って、あれ?」
ふと、壁に立てかけられていた地図を見て、みんな…口を開ける。
そこには『理想街へようこそ』の文字と共に街の全容が記されていたのだが…。
「おいおい嘘だろ…」
「たったの一年で…ここまで変わるの?」
「信じられないですね…これ『街の内容が一年前とまるで違う』?」
そこに書かれていた内容は…私達の記憶にあるそれとは全く違った。即ち一年前の理想街とは、まるで内容が変わっていたのだ。
『へぇ、この街は五つのエリアに分かれてるんだ』
『やっぱり最初は遊楽園エリアに行きたいなぁ』
『まるでこの世の楽園だ…』
周りの観光客達も口々に地図を見て口を開く。
…一年前の理想街チクシュルーブは大通りが一つあり、それを挟むように様々に娯楽が立ち並ぶ娯楽の殿堂のような街並みだった。されどそれも過去の話、今は…違う。
今の理想街チクシュルーブは計五つのエリアに分かれている。
街の外周をグルリと回るように配置された『食楽園エリア』。様々な飲食店が立ち並びピンキリになるが宿泊施設も数多く取り揃えるエリアが存在する。
そして中央を四分割するのはそれぞれ…。
『遊楽園エリア』…魔力機構で動く遊具やアトラクションを取り揃えたテーマパークの楽園。
『水楽園エリア』…プールや温泉、凄まじい量の水を使って作り出された水の楽園。
『金楽園エリア』…エリア全体に数々のカジノが乱立する金を用いたスリルを楽しむ為の賭け事の楽園。
『娼楽園エリア』…まぁ言わずもがな、非常にアダルティ〜なエリア。
それそれがそれぞれ、別ジャンルの遊戯を取り揃えており楽しみたい遊びに応じてエリアを分けているのだ。即ち街全体が一年で完全に根底から改造されている。これを一年でやったと言う事実が信じられないのと同時に…ソニアならやりかねないという妙な現実味がある。
…いや待てよ?根底から改造したのではなく、これは…。
「…外周を回す食楽園、その中の四つの楽園エリア、そして…」
「更に中心は…立ち入り禁止エリア、か」
客が立ち入ることが出来るのは食楽園含めた五つエリアだけ。その中心にあるエリアには『立ち入り禁止居住エリア』とだけ書かれている。
ここから推察するに、恐らくこの立ち入り禁止エリアは『元々我等が理想街チクシュルーブ』と呼んでいた場所だろう。つまりこの楽園エリアは街を拡張して作った場所に新たに新設されたエリアで、元々理想街だった場所を纏めて居住区に変えたんだ。これなら街を改造する必要はない。
と言っても、膨大な範囲を一気に開拓する必要はあるのだが…。まぁともかく今の理想街の状況は分かった、理想街は以前に比べ二倍近く巨大になり、五つのエリアを新設し、今まで理想街だったエリアは纏めて立ち入り禁止の居住区になった、と言う事だ。
ならば行く場所は変わらない…ソニアはこの立ち入り禁止の居住区の中心にいるはずだ。
「よし、目的は分かった、早速向かうぞ」
「な、なぁメルク?この五つのエリアを調べる予定は?」
「ない、アマルト…私達は遊びに来たわけでは…」
「分かってるよぅ、聞いてみただけだよぅ」
こいつは本当に…まぁ、そうだな。ソニアを追い詰める算段が出来たら、少しくらい遊んでもいいだろう。ここまでの娯楽が溢れた街は、恐らく世界に他とない。アストラにもないだろう。なら少しくらい利用するのも悪くないか。
「ではまずはこの街の中心、摩天楼ロクス・アモエヌスを目指すぞ。みんな、いいな?」
「ああ、前もソニアはそこに居たしな」
「しかし入れてもらえるんですかね…正面から行って」
「行くだけ行ってみる、様子を見て後から色々考える」
「メルクって意外に猪突猛進だよな」
コートを翻し、正門を抜け…理想街チクシュルーブへと再び足を踏み入れる。以前来た時よりも…更に広大になったこの街で、私は今一度終生の宿敵との対決を迎える。
「すげー、前回来た時も結構なもんだったけどこれまたすげぇ〜」
『よ〜こそ〜!チクシュルーブへ〜!こちらはマレウス中の食を掻き集めた満腹の楽園〜!豪華な食事も質素な食事もなんでもござれでございまーす!』
バッ!と目の前に広がるのはあちこちに点在するフードコートと出店や飲食店の数々だ。そこら中に配置された机には旅行者達が座りパフェやら肉料理やらを好きなように好きなだけ食べている。そしてそれを宣伝するようにチンドン屋が太鼓を打ち鳴らしながら大通りを歩き騒いでいる。
更にその奥にはそれぞれのエリアを分ける大きな鉄の壁が屹立し、それらを飛び越えるような空中回廊が蜘蛛の巣のように張り巡らされる。…その奥に見えるのは、いつか見た巨塔。
ソニアがいる巨大な摩天楼ロクス・アモエヌスが見える…、あそこにソニアがいる。
「急ぐぞ…!」
「お、おい!いくらなんでも急ぎすぎじゃねぇか?もうちょい落ち着いても」
「落ち着いたらお前らその辺の出店で買い物を始めるだろ!」
「うーん反論出来ねー。とりあえずやることやってからにしますかぁ〜」
取り敢えず誘惑に惑わされないうちに一気に人混みを駆け抜けソニアの元を目指す。ともかく奴への動線だけでも確保しなければ…そう思い暫くの間駆け足で真っ直ぐ遠くに見える塔を目指し走る。
……………………………………………………
そうして数十分ほど駆け抜け続け、途中チョコレート屋さんの看板に釣られそうになったデティを抱え、金楽園エリアの入り口に吸い寄せられるアマルトを捕まえ、何故かお土産を買おうとするメグの首根っこを捕まえ、いくつかのエリアを超えると、見えてくるのは立ち入り禁止の居住エリア。
恐らくこの街を住まいとしているセレブ達御用達の街なのだろう。それぞれのエリアは鉄の壁で覆われているが…居住エリアに関してはもう『ここから先にはいけませんよ?』と言いたげな分厚い鉄の砦が屹立している。
「あそこが居住エリアか?すげぇ分厚い鉄の壁があるな…」
「なんか壁だらけの街だね」
「というか…あれ、入れるの?」
「見た感じ入れなさそうですけど…」
ネレイドとナリアは不安そうに入れるのかと聞いてくるが…問題ない。
「大丈夫だ。そもそもこの街の価値は『娯楽がある事』であるならば居住エリアの人間は外のエリアにいけなければならない」
「ってことは出入り口はあるってことだな…あれじゃね?」
「む、よくやったアマルト。あれだ!」
そして見つける、鉄の壁の一角に取り付けられた巨大な鉄の門を。恐らくあそこが居住エリアと外のエリアを分ける出入り口…だが。
「衛兵がいるな」
ラグナが目を尖らせる、当然ながら衛兵がいる。数人の衛兵だが…。
「ふむ、全員が連絡用の魔力機構を持っていますね」
「おまけに…見てみろよ、周りの建物。屋上から兵士が門を見張ってやがるぜ?」
「何かあれば即座に衛兵が応援を呼んで…大騒ぎになるって感じですか」
「完全に外敵用のマニュアルが組まれてる…、防衛ではなく警備の一点で見れば、穴がない」
皆場数を踏んでいるだけあり、門を一目見ただけでその警備の厚さを看破する。強行突破しようとするととんでもないことになるのは分かった…だが同時に。
『失礼、通行許可証をもらえるかな?』
『はい、畏まりました』
「…通行許可証があれば、通れるっぽいですね」
見るからに旅行者の風体の男が、門の受付に話を通し向こう側に入っていくのも確認出来た。これは入ること自体は容易そうだと全員で頷き合い…早速私達は門の近くに立つ受付に接触することにした。
もちろん接触するのはメルクリウスだ。彼女は襟を正し、こほんと咳を払いをし…。
「失礼?今いいかな?」
「え?ああ、はい」
「向こう側に行きたいのだが…通行証をもらえるかな?」
ゾロゾロと弟子達を引き連れ、受付に通行許可証を求める。すると受付は…。
「はい、畏まりました。通行許可証ですね、皆様の場合一時通行許可証という形になるので料金が発生しますがよろしいですか?」
「ゲェ〜、金とんのかよ」
「当たり前でしょアマルト」
金を求められる、まぁ当然だ。でなければ通行許可証という形にはしない…だが問題ない。金で解決できるならそれはもう問題が存在しないのと同じ。私は懐に手を伸ばし通行許可証を買い求めることにする。
「ああ分かった、一人いくらだ?」
「皆様は外部からの旅行者…でよろしかったですか?でしたらお一人様50万ラールになります」
「分かった分かった、50万ラールだな………は?」
ん?今なんて言った?ラール?ラールってなんだ?その言い方じゃまるで…いやいやまさか、そう思い私は金貨を一枚取り出し受付に見せ…。
「えっと、これで買えるんだよな?」
「はい?ああ、それは魔女通貨ですね?申し訳ありません。理想街チクシュルーブは今現在この街特有の通貨であるラール貨幣で取引していますので魔女通貨での取引は受け付けておりません」
「は、はぁ!?なんだそれ!?」
「ラール貨幣でございます、一ヶ月前に導入されたばかりなので驚くのも無理はありませんが、理想卿様のご命令により全ての取引はこの街で発行されているラール貨幣によって行われます」
そう言って受付が懐から取り出したのは…、マレウスの国章である星形が刻まれた白虹のコインと、同じく白色の紙に虹色のラインで星が刻まれた『ラール貨幣』を見せつける。
つまり…何か?この街では、魔女通貨が使えない?…だと。というかチクシュルーブの奴!エルドラド会談で新しい通貨を作る事に反対してたじゃないか!
「一ヶ月っていうと、エルドラド会談の直後だよな…」
「アイツ…、独自通貨の案を蹴っておきながら自分は早速そのアイデアパクるのか!?」
「なんというか、強かですね…」
ソニアはエルドラド会談から帰るなり即座にこの街から魔女通貨を廃し、新たな通貨であるラールを導入したという事だ。あり得ないだろ、アイツの転身具合は。
だが…仕方ない、ラールでしか買えないというのなら。
「なら、そのラールはどこで手に入る」
「魔女通貨でラールを買うことができますよ」
「なら買う!あるだけ持ってこい!」
「申し訳ありません、金貨一枚につき10万ラールにはなるのですが…外部旅行者の方は一度に1万ラールまでしか買い付けられない決まりになっていますので、ここにいる八名合わせて8万ラールまでしかお渡しできません」
「なっ!?ちょっ!待て!なんだそれ!」
「ラールはまだ発布されて間もないので、居住者に優先的にお渡しするようになっているのです、こちらがその交換限度額の一覧になります」
そう言って受付が渡してきた表には…。
『理想街に戸籍を持たない外部の旅行者は一度に1万ラールまで』
『理想街に戸籍を持つ者を親族に持つ旅行者は一度に10万ラールまで』
『理想街に戸籍を持つ者は一度に50万ラールまで』
『理想街に居住する者は限度無しに交換可能』
と、書かれているのだ。つまり外部から来た私達は一日一人当たり1万ラールまでしか交換出来ないと…?それじゃあ全員で通行するには四十日近くかかるじゃないか!?
「もしこの制限を解除したい場合は理想街の戸籍を得るか、理想街居住エリアに居を持つしかありません」
「なら、…ここに戸籍を持つにはどうすればいい」
「手続きしてもらえればいけますよ」
「ならする!」
「申し訳ありません、現在理想街に転居される方が多く…四ヶ月待ちになります」
「だぁあ!もう!なら最初にそれを言え!」
「四ヶ月待っていただければ抽選に参加出来ます。抽選は大体二千分の一で戸籍を魔女通貨で買うことが出来ます」
「に、二千分の一?その抽選に外れたら?」
「また次の月になります」
「………………」
「……………」
みんなと視線を合わせる。うん…えーっと…これは。
……どうすればいいんだ?これ。
…………………………………………………………
「だぁはーっ!どーなってんだこの街!魔女通貨が使えない街なんて初めてだぞ!」
「参ったな、これ…」
その後、私達は取り敢えず一人1万ラール…つまり全員で8万ラールだけ買い付け、一旦食楽園エリアに戻ってくることにした。そして適当な安酒場に入り…全員で500ラールのレモネードを買い、席に座り今後の方針を話し合う…前に、机に突っ伏す。
いきなり、この街に来ていきなり壁にぶち当たってしまった。
「まさかこんな早さで独自通貨を作ってそれを自分の街に適用してるとはな」
「ってかやばくない?メルクさんの財力がここでは通用しないんでしょ?」
「困りましたね、こんな事態初めてです」
皆、腕を組みながら頭を捻る。魔女通貨は世界共通通貨だ、どこの国に行っても基本的に使える、故に経験がない。魔女通貨が使えない状況なんてのは。
だが事実この街では魔女通貨はただのおもちゃのコインに等しい状態だ、この街では…ラール貨幣が全て。
「これがラール貨幣ねぇ」
「なんかおもちゃみたいだよね」
「ってかカジノのコインとかに近いな」
「これがこの街では…お金になるんだ」
ラグナはペラペラと1000ラール紙を指に挟み揺らす。金でもない、銀でもない、ただどこにでもある紙だ、こんなのが金になるとはとても思えないのだ。
がそれはこれをただの紙切れとして見た場合の話。そもそも通貨とは通貨であるから価値があるのではなく通貨そのものに売買取引以外の価値がなければ成立しない。金貨に価値があるのは金貨が金であり金にはそもそも価値があるからだ。つまり通貨としての価値が失効したとしても金貨には代替として金資本としての価値があるから重宝される。
ならこの紙にはどんな代替価値がある?…それは。
「金になるだろう、何せそれは引き換えチケットでもあるのだから」
「え?チケット?」
「このラール通貨の価値を担保しているのは理想街チクシュルーブそのものだ。ここには世界最高峰の娯楽と生活水準、そして最先端の技術が存在する。そこで生活するには、取引するにはラール通貨が必要になる…つまり」
「理想街チクシュルーブでの文明的な生活を担保することにより価値そのものを確立してるってこと?」
「例の戸籍だなんだはラール貨幣の価値を理想街チクシュルーブでの生活に直結させ価値を紐付けする為にやってるってことか」
これがもし一気に外部にばら撒かれた場合はどうだ、ラール貨幣は外では使えないからそれこそ紙切れ同然になる。だが他でもないチクシュルーブでの生活に必須であり、何より理想街チクシュルーブで生きることを…必要最低限の文化的生活を証明し保証するチケットでもあるからこそこの街では価値がある。
魔女通貨が世界の覇権を握った『魔女大国と取引をするのに必要だから』と言う点を踏襲し、新たな自領通貨としての価値を確立させたのだ。これがそのままマレウス全域、延いては世界全域にまで拡大され広められるかはまた別の話だが…まぁそこはおいおい示していくか或いはそもそも思考にないかだろう。
「それにさっき見せられた料金表を見るに、ラール貨幣でも金貨や金塊を買えるみたいだし、最悪いつでも金や金そのものと交換出来ると見れば価値もそれなりにあるのかもな」
「金の引換券としての利用価値もあるってこと?ふーん、でもそれじゃあ魔女通貨そのものにラール貨幣の価値が依存しているように思えるけど」
「そこに関してはまだ魔女通貨の代替品になる程の野心を見せていないだけじゃないか?結局これは理想街チクシュルーブで完結する貨幣な訳だし」
「なんか…ラグナ達が…難しい話してる…」
「僕達混ざれませんね…ネレイドさん」
新たな貨幣、という未知の存在に対し考察を深める六王達。まぁ議論を深めた結果、結局これに価値がある…と言うことだけは分かった。つまり貨幣としてしっかり機能しているといえる。
すると…。
「レモネード無くなっちまった、すみませーん!おかわり〜!」
「ちょっとアマルトさん!無駄遣いはやめてください!馬車に戻ったらアリスさん達にレモネード用意してもらえるでしょ!」
「おっと、そうだった。いつもの感覚でメルクに奢ってもらうつもりだったわ。今はそういうわけにもいかないもんな」
「ああ、悪いがここでの我々の手持ちはここにあるラール貨幣が全てだ、明日になったら倍になるとは言え…無駄遣いは出来ん」
今我の手元には8万ラール…いやみんなで500ラールのレモネードを頼んだから残金は7万6千ラールか。明日になったらまたラールを追加出来るとは言え無駄遣いは出来ない。
「ラールを稼がないと居住区にはいけないもんね。えっと…一人50万ラールで、私達は八人だから…えっと…」
「全員で行くには400万ラール必要だ」
「アマルト計算はやーい」
「教師なめんな〜?因みに一人で行こうと思えば一日8万ラールの収入だから五日で50万ラール貯まるぜ」
「…そうだな、一人で取り敢えず様子見をしに行くのもアリだとは思うが…」
メルクリウスは腕を組む、途方もない壁故に思わず目的がすり替わりそうになるが…ソニアと逢魔ヶ時旅団の繋がりを調べ、ソニアからマレフィカルムの情報を手に入れるのが目的であって居住区に行くこと自体が目的なわけではない。
もし、一ヶ月弱の時間をかけて居住区に行っても何も情報が得られない可能性だってある。
「そう言えばさっきそこで金融見つけましたけど、そこで400万ラール借りれば一発でいけません?」
「金貸し屋か…ソニアを相手に借金はしたくないな」
「そういやメルクは昔ソニアに借金してたんだっけか」
「私ではなく私の両親が…だがな。…よし、今後の方針を決めた。みんな聞いてくれるか?」
トンとグラスを机に置けばみんなでメルクの言葉に耳を貸す。取り敢えず決めた今後の方針…それは。
「目的を変える、ソニアに接触して直接逢魔ヶ時旅団及びマレフィカルムの情報を手に入れるのではなく、まずはソニアが確実に逢魔ヶ時旅団及びマレフィカルムと繋がっている証拠や情報を集める。その為には足場固め…つまり他の五つのエリアで情報収集をしよう、どうだろうか」
「いいと思う、正直ソニアが逢魔ヶ時旅団と関わっているのはほぼ確定事項とは言えまだ『かもしれない』が抜けていない、目的も曖昧なままじゃ進めない。まずは確たる物を掴んで足場を固めるのには賛成だ」
「堅実でよろしいかと、それで具体的にはどれくらいの時間を費やすので?」
「一週間、その間に情報を可能な限り集めソニアに対するアクションを確定させる…。一週間もあれば居住区への通行許可証一人分は貯まるだろう、というわけでこれからは五つのエリアに手分けをして聞き込みをしようと思う」
「じゃあ俺金楽園エリア」
「お前な…いや、まぁ…いいだろう」
メルクリウスはやや肩を落としながらも思う、ラグナ達に若干危機感のような物が欠如しているのも仕方ないことなのかもしれない。
ここに来たのはメルクリウスの進言だ、そしてソニアを調べようというのも独断専行、ソニアが何かを企んでいるかもしれないというのもメルクリウス一人の直感。そして彼女から情報が取れるというのもメルクリウスが言っているだけ。
みんなと感情を共有出来ていないのは、ラグナ達がソニアの恐ろしさを真に知らないから。だからまずは感情を共有して…皆で一丸になるところから始めていけば良い。
「取り敢えず二組に別れ今日は水楽園と遊楽園を調べていこう。残金も二等分するぞ」
「二組?四組じゃなくていいのか?」
「何があるか分からないし、二人組に分けると相方の目を盗んでアマルトがカジノで金を溶かしかねない」
「信用ねぇなー、増やすっての」
「行くなと言っている…いや、まぁ…少し遊ぶくらいならいいか」
まずは情報収集…とは言え、うん。少しくらいなら遊んでもいいかな。
……………………………………………………
「で?進行は」
「ハッ、大まかになりますが計画の進行具合は凡そ60%ほどかと」
「思ったより遅いな…支障が?」
「その、人手が足りないという言い方をすればいいのか…」
「なるほど、分かった、手配する」
カツカツと鉄製の廊下を歩みながら無数の研究者、技術者を侍らせながら仮面の女は顎に手を当て考え込みながら歩き続ける。当初計画していたよりも幾分進みが遅い点は気になる物のだからと言って焦って手を加える程でもない絶妙な塩梅に彼女は一人頭を悩ませる。
「資材の方は?」
「搬入は完了しています、当初計画していた通りの形になるかと」
「計画は全て上手くいっております」
「何もかも…チクシュルーブ様の意のままでございます」
「当然だ、そうでなくては困る」
研究者達のおべっかを受けながらも思考に耽り、鉄製の廊下を歩くのは仮面の女理想卿チクシュルーブ…またの名を元五大王族ソニア・アレキサンドライトだ。
彼女はその莫大な資金力と影響力で各地から技術者を連れ出し、魔術理学院からも無断で引き抜きを行い、独自の兵器開発局を作り上げた。そうして作り上げられたこの秘密兵器開発場は誰の目にも…元老院にさえ知覚されることなく、既に数年近く稼働を続けているのだ。
そうまでして、彼女が作りたい物。それはデルセクト時代では作ることができなかった超大型兵器。その完成は近い…。
「おう、チクシュルーブ…」
「オウマ…、おい」
ふと、鉄製の廊下の最奥。実験場へと続く未知の中腹にて壁にもたれ掛かる土気色の髪を持つガラの悪い男を目にした瞬間。ソニアは周りの研究者達に目配せを行い、離れるよう命令する。
その命令に従った研究者達は資料を抱えたままオウマを怖がるように散り散りに逃げるように消えていく。そうして二人きりになったソニアとオウマは互いに並び立ちながら歩き出し、実験場へと向かう。
「で?例の兵器の開発具合はどうだ」
「テメェ、私に命令するんじゃねぇよ。私はお前の部下じゃねぇ」
「分かってる、聞いただけだ。キレんなよソニア」
ソニアとオウマは仲間同士でも友人同士でもない、ただ互いの利害が一致しただけの協力関係。つまり対等な関係だ、故にオウマの不躾な口調にソニアは仮面を外しながらキレつつも懐に収めた拳銃は抜かない。
二人の関係の始まりは四年前、デルセクトに幽閉されていたソニアを欲したオウマが態々魔女大国に喧嘩を売ってまで奪取に乗り出し、救出してもらって以来の仲だ。
『お前の力が必要だ。俺はお前を閉じ込めた奴みたいにお前を戸棚の奥にしまって無かったことになんかしない、この手に握り使い続ける。だから俺と来い!ソニア!』
…そんな情熱的な口説き文句で誘われた上にもう二度と出ることはないと思っていたシャバに出された以上、ソニアとしてもオウマに協力せざるを得ないと思った。だから今もこうして利害関係の一致からの協力関係を続けているのだ。
オウマがレナトゥスに掛け合い、王貴五芒星の座を用意させ、その武力でソニアを守り。
ソニアはオウマの潜伏先としての街を作り、その権威で後ろ盾になり、今も絶大な資金力で彼らのスポンサーを続けている。少なくとも求めるだけだったヘットより信頼出来る協力相手だ。
…二人が見据える先は一つ、先も言ったように二人の利害は一致している。だからこそこうして手を組んでいる。
「60%だ、まだ少しかかる」
「ふぅん、まぁ兵器開発には口出ししない決まりだ。任せるぜ開発担当」
「指咥えて見とけや荒事担当」
そんな軽口を叩き合いながら二人は実験場へと足を踏み入れる。そこには大量の労働者が今も『アレ』の建造を進めている。それを点検用キャットウォークの上から眺める二人。そんな二人を待っていたかのように角から現れるのは。
「来たか、二人とも」
「ぃよう、団長にスポンサー様」
「ガウリイルにアナスタシア…お前ら持ち場はどうした」
待っていたのは逢魔ヶ時旅団の二大看板。
漆黒の皮服を着て素肌を隠した男…オウマの右腕にして『死神の拳』ガウリイル・セレスト。
濃赤の髪を揺らし着込んだジャンパーを背中にぶら下げるように着る女…オウマの左腕にして『殺剣』のアナスタシア・オクタヴィウス
二人ともマレフィカルム内部でも上位にいる使い手達だ。
「ガウリイルの持ち場はここだし、私の担当の娼楽園エリアの本格稼働は夜だし、いいじゃんここにいても」
「………まぁいいか」
「それより、『アレ』がスポンサー様の作ってる超兵器?」
そう言ってアナスタシアが振り向き、見遣るのは実験場の中枢に存在する巨大な『像』。…白亜の石を掘り出して作ったような質感に無数の手が絡みついた柱のような剣のデザインをした像、あれこそがソニアが求めた超兵器だ。
元々兵器開発を進めていたソニアは多くの銃火器を完成させてきた。その技術力は世界中を唸らせ剣と魔術の世界に銃という選択肢をソニアは増やした程、素晴らしい出来栄えの武器の数々を作り上げて来たんだ…だが。
ソニアから言わせれば、足りない。まるで足りない…。
「あれこそが『武器の本来あるべき形』だ」
「え?武器って剣とか弓とかが本来の姿でしょ?」
「オタンコナスタシア、違う…姿形の話じゃない。武具が持つ本来の役回りの話だ、即ち存在その物が抑止力であり、行使すれば確実に致命となる物…それが本来武器が立つべきポジション、剣とは即ち弓とは即ち、使うだけで終わりであるべき存在なんだ」
それがソニアの持論だ。武器とは即ち行使権限、持つだけでアドバンテージとなる物であるべきである。剣や弓もチラつかせるだけで相手にとって緊張を与える存在であるべきだ。
いや事実、場末の酒場でチンピラ相手にすればキチンとそのように機能するだろう。だが…それが上位の存在になればどうだ?
「だが魔力覚醒だの…極・魔力覚醒だの、一個人の力で武具を遥かに上回る奴がこの世には多すぎる。そういう奴に剣を向けても…意味はない、例えば」
そう言ってソニアは懐の銃を抜いてオウマ達三人に突きつける…が。
「…で?それどうすんの?」
「銃を向けて、どういうつもりだ?」
「…ハッ、なるほどね」
呑気な顔で笑うアナスタシア、首を振るうガウリイル、…ソニアのメッセージを悟り笑うオウマ。誰一人として…銃を恐れない、つまりはそういう事。
「武器の本来の役割は『存在自体が抑止となる』こと、つまり怖がられなきゃ意味がない。しかしお前たちレベルになると武器が武器として正常に機能しない。つまりは恐れられない、これじゃあ武器が本来の役回りを実現出来ているとは言い難い」
「ほぉん、で?あれはその役回りを実現出来ると?」
「ああそうだ、魔力覚醒でも極・魔力覚醒でも…魔女でも脅威になる最強の武器、超大型戦略兵器…」
ソニアは求めていた、本当ならデルセクトにいる時にこれを作りたかったが、グロリアーナの監視の中では精々手持ち武器程度しか作れない環境にあったが故に作れなかった。だからこそ満足していなかった。
それを、この環境では作れる。一眼も憚らず作ることが出来る…塔のように巨大で、この世にとって致命となる最強最悪の武器…。
「私はあれを『核砲弾』…と呼んでいる」
「核…砲弾?砲弾なの?アレ」
そう言ってアナスタシアは再び見る、白亜の像…無数の手が剣に絡み付く歪な巨像を。
核砲弾…ソニアが開発した武器の中で最も大きく最も強力な存在。レーヴァテイン遺跡群の中から発掘されたピスケスの古文書の中に存在していた『とある技術』を独自に読み解き一人で理解しソニアなりに開発したのがアレ。
核同士を融合させ生まれる核融合を短時間に連続的に発生させることにより爆発を生成する技術。これを開発した碩学姫レーヴァテインなる人物は『人類全域に無償でエネルギーを与えることが出来る夢の技術』と呼んでいた。
それをソニアは兵器に転用した、核融合を現代の技術で強引に再現することにより砲弾へと変えた。あれこそが…ソニアの夢、その名も…。
「ああ、あれが私の持ち得る技術全てを使って生み出した対国家殲滅核砲弾『ヘリオステクタイト』…」
「ヘリオステクタイト…砲弾と言うことは爆発するのか?どの程度の爆発だ?」
「三発程度あれば魔女大国を消し飛ばせる」
「な…ッ!?本当か…?」
「ああ、魔女に直撃させられれば手傷だって負わせられる。恐らく世界の修正力に次ぐ人類が手に出来る領域最強の力こそがこれだ、それに直撃させずとも…周辺環境は地獄に変わる、国を終わらせるなら数発で済む」
「まるで魔女の使う古式魔術だな…、それを我々の手で行使できると?」
「そうだ、だから躍起になって莫大な金を注ぎ込み作り上げている。そしてその完成も近い」
このヘリオステクタイトの完成は即ち旧時代の終焉を意味する。有史以来碩学姫レーヴァテインにしか理解出来なかった物を受け継ぎ、ある意味魔女の撲滅を願った彼女の祈りを継承し、更なる形に昇華させたこの兵器が…魔女八千年の歴史を終わらせる。
「よーし!じゃあ早速一発出来たらぶっ放してみようよ…、街がどんな感じで吹き飛ぶか見てみたい!」
「これは撃たない、売るんだよ」
「は?売り物なの?何処に売るの?」
「他国、まだ詳しくは決まってないが売ることだけ決まってる」
「は…は…はァ〜〜〜!?こんなすごいもの作って!結局使わずに!売るっての!?」
「ああ」
瞬間、アナスタシアはため息を吐きながら侮蔑の視線を向け始め…。
「団長、やっぱコイツ信用出来ないよ。どこまで行っても金儲け金儲けお金儲け!コイツ私達の思想は理解出来ないんだ…なら切ろうや、首を、物理的に」
こんな凄まじい兵器を作りながら売り物にしかしないと言うソニアにアナスタシアは凶暴性を発露させる…しかし、それを逆にオウマは制止するように首を振るい。
「止まるのはお前だよアナスタシア、テメェは頭が足りないんだから高学歴に逆らうなよ」
「はァ?でも使わないってよ」
「いーんだよ、ソニアの言いたいことは分かったから。けどソニア、ご存じの通りアナスタシアはガッコー出てないんだ、無学にも分かるように説明してやれ」
「…フンッ、売る…それでいいんだよ。言ったろ…兵器の本分は『抑止』だと」
剣の本懐は斬りかかる事ではなく、突きつけることにある。銃の本分は射撃ではなく向ける事そのものにある。兵器はただ在るだけで場に影響を与える物でなくてはならない。その為には使ってはいけない、使わせてはいけないと言う空気だけがあればいい。
「例えば、このヘリオステクタイトがだ。マレウス含め全ての非魔女国家に配備されたら…どうなるよ」
「そりゃみんなこれ使われたくないから、口先で駆け引きみたいなことするんじゃない?各国の王様が。王様たちはそう言うの好きだし」
「正解だ、加えて言うのならその駆け引きの場には…魔女大国も加わることになる、なんせ魔女大国だってこれを使われれば滅びるわけだからな」
「そーだね、…でも使われたら魔女が怒って出てくるんじゃない?あの怪物が……いや、そっか」
「そう、逆を言えば非魔女国家が怒れば魔女大国に対して同じことが出来る。無くなるんだよ…大国の優位性が、魔女大国だけが持ち得た脅威である魔女の存在がヘリオステクタイトの存在で相殺される…つまり」
アナスタシアは思わず笑う、ガウリイルも目を尖らせ、オウマは満足そうに牙を見せ核砲弾ヘリオステクタイトを見上げる。
もしこれが世界中に配備されれば、全て国は国を終わらせる切り札を持つことになる。有史以来魔女大国だけが持ち得た切り札と同程度のそれを人類が手にするのだ、そうすれば魔女の存在は相対的に格下げされ…。
終わる、魔女一強の魔女時代が。そして新たに訪れる…人の世が、醜く薄汚く卑怯で貪欲で隙を見つければ人の弱みに漬け込み得をすることばかり考える人の世が…訪れるのだ。
「クックックッ…最高だぜソニア、そりゃあ魔女共に対する最高の当てつけだ。魔女は人と同じ領域に落ち支配者無き時代が訪れる…!そして、その時代でもし…何処かで戦い火蓋が切って落とされれば」
「世界を終わらせる戦乱が巻き起こる、魔女が後生大事に抱えて守り続けて来た物が、世界が、時代が…終わる」
「最高じゃぁ〜〜〜ん!」
それこそがソニアの目的、ヘリオステクタイトを全非魔女国家に配備し装備させる事。全国家が魔女大国と同程度の武力を持ち得る世界。それこそが…ソニアが抱く最後の目的。
…そう、それが……。
「このまま続けろよ、ソニア」
「……ああ」
オウマ達はソニアの答えに満足して去っていく、それをソニアは視線だけで見送り…再びヘリオステクタイトを見上げる。
……これは、私の夢だ。私の目的は…人の技術が如何程の爪痕を世界に残せるか、ゴミクズ同然の私が生きた証をどれだけ世界に残せるか。そう言う意味ではヘリオステクタイトを完成させた時点で私の夢は終わるはずだった。
だがそれが全魔女国家の配備にまで至ったのは、魔女大国の支配を終わらせられると言う野心が湧いたからではない。
ソニアは、恐らくただ一人…気がついてしまった。マレフィカルムの情報収集能力を用いて世界の情勢を掴むうちに、その明晰な頭脳で…気がついてしまった。マレフィカルムもオウマも魔女の弟子達も気がついていないだろう…一つの事実に。
(メルクリウス、どうせお前は私を止めに来るんだろう。なら早く止めに来い…でなきゃ、押し通してしまうぞ、私が…私なりのやり方を)
ヘリオステクタイトは抑止だ。存在するだけで抑止となる力だ。だがその抑止は…魔女大国だけに向けられた物ではない、マレフィカルムが使うべきものでもない。
ソニアが向けたい銃口は…明後日の方向を向いていると言える。
(……これが悪のやり方だ)
それは、例え世界を壊してでも成就させようとする目的。故にこれはただより良い道を模索するだけの…試行の過程でしかないのだ。




