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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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外伝・新たな世界へと続く道を歩む者達


「ステュクス〜、薪木集め終わったわよ〜」


「おーう、サンキュー」


エルドラドの街を離れたステュクス達は、数日かけてサイディリアルを目指して旅の最中にあった。そろそろ星が見え始めると言ったところで馬車を止め…ここらで宵を越す支度をするのだ。


平原で薪を集め、それをひと所に重ねて敷く…よし、なら後は。


「あっ、待ってて、火打ち石持ってくる!」


「ああいいよ、必要ない」


慌てて立ち去ろうとするカリナを手で止めるステュクスはそのままディオスクロアの鋒を向けて…。


(ロア…)


『うむ、任せるが良い』


軽く心の中でロアに命じ、鋒から城で死ぬほど吸い込んだ炎を吐き出させる。それは薪木に燃え移り瞬く間に立派な焚き火が出来上がるのだ。


「あ、あんた炎魔術なんて使えたの…?」


「ま、まぁ色々あってさ」


「そっか、覚醒しちゃうんだもんね。そのくらい出来るようになるか」


「あはは、まぁそう言う事で」


ようやく、一息つける。ステュクスは焚き火を前に座り込み…一息つく。色々あったエルドラド会談は終わり…俺は今、サイディリアルに帰る道中にある。城に戻ったらまたレナトゥスとやり合う毎日が待っているだろう。


まだ何も終わっていない、寧ろこれからが始まりだ。あの会談を経てレギナは強くなった、俺達の団結も一向に増し、何より心強い仲間も得た。


「レギナ様、気をつけてください…この辺、虫がいます…の顔」


「問題ありません、心配は無用ですよ、エクス」



「にしても本当にサイディリアルまでついて来てくれるのかな?」


「ああ勿論、可愛い弟子と少しでも長く一緒にいたいからな」


「と言ってもいつかは東部に戻らなきゃだからいつまでもってわけにはいかないけどねぇ」


背後で話すレギナとエクスヴォーさん、ウォルターさんとヴェルト師匠とオケアノスさん。今一緒にいる仲間達の声を聞く。いつもならここにリオスとクレーの騒がしい声もあったんだが…今はもういない。


…色々あった、本当に色々。星を見上げながら想う。思えばエルドラド会談が終わってから酷く寂しさばかり感じている気がする。


姉貴達と別れ、頼りになる年上組がいなくなったのもそうだし。ティアという友を失ったのもそう。ロレンツォさんのような頼れる大人も…殺されてもういない。


多くの人達と別れ、エルドラド会談という境を機に…変わっていく様々な事を想い、ため息を吐く。


『えらくセンチメンタルじゃのうステュクス』


(ロアか…)


そんな俺を見かねて、ロアは声をかけてくれる。ロアは俺が落ち込んでいるとすぐに声をかけてくれる優しい奴…というわけではなく寧ろ。


『ぬはは、過去を想ってため息を吐くなど莫迦のする事。一流は未来を想って笑うものよ!さぁ笑え!』


(…………)


追い討ちをかけてくるんだよな、性格が悪いというか最悪というか。まぁでも、こいつもまた俺に起こった変化のうちの一つだ。


星魔剣ディオスクロア…それが意志を持ち俺に声をかけてくるようになった。ディオスクロアの事は相棒と言えるくらい信用してる、けどやっぱ話しかけてくると意識が変わるよな。


比喩的な意味合いでの相棒ではなく、本当の意味で頼りになる仲間になった気がする。それにこいつはなんか凄い蘊蓄があるし…色々聞いてみるか。


(なぁロア、俺って強くなれるのかな)


『なんじゃあお前、強くなりたかったんか?』


(そりゃ、これから俺が戦っていく相手を思えば…今のままじゃダメだろ)


『ほーーーん、まぁ覚醒が出来るという点で言えばお前はこの世界でも上澄みの使い手じゃ』


(そうなの?そんな気がしないけど)


『それは今、世界が荒れておるからじゃ。世界が荒れると覚醒者が増える、覚醒者の絶対数が増えると当然覚醒各々個々人の実力にバラつきが生まれ、結果同じ第二段階にも上下関係が発生する、お前の周りにはお前より強い覚醒者がおるから強さを実感出来んだけじゃ。じゃがそれでも覚醒は覚醒、覚醒してない奴の上に立ったのは確かじゃし別に気にせんでいいわ』


ロア曰く、世界の情勢と覚醒者の数というのは比例するらしい。覚醒の条件は心技体を一定段階まで極める事、ここに辿り着けず死んでいく者は多くいるが…ロア曰く問題はそちらではなく覚醒するだけの理由に出会えるかどうかが重要らしい。


心技体が極まっていてもキッカケがなくては覚醒しない、日常生活を送っている最中にボッ!と覚醒出来るようにならないように、覚醒とは自分にとって重要な戦いの中でなければ発現しない。となれば戦いを経験する数が多い方が覚醒発現確率は上昇する。


なら、やはり世界が荒れて各地で戦いが起こっている方が人類全体での覚醒発生の絶対数は増加するのは当たり前のこと。今のようなマレフィカルムとアド・アストラがバニバチにやり合っている現状は覚醒者を生むのに最適の世情だとロアは語った。


一昔前なら、覚醒したってだけで天下を取れた。だが世が荒れ覚醒者が増えた今では、数多くいる覚醒者の一人でしかない。だが覚醒そのものの価値が貶められたわけではないので、別に気を落とす必要はないとロアは続ける…がしかし。


(お前、マジで賢いよな)


『お?なんじゃい急に褒めて』


(覚醒者の増減と世界情勢の関係性…って論文でも書けば取り上げられそうなくらいお前の言ってる事には筋が通ってる。お前なんでそんなに賢いの?ただの剣なのに)


『まぁワシは賢いからのう、あんまりただの剣と侮るな』


(そっか、全然答えになってないけど納得するよ)


『おう、そして今より強くなりたければ取り敢えず今は覚醒に慣れるところから始めぇ』


(慣れるところから?)


『そーじゃ、魔力覚醒なんか所詮子供騙しの力に過ぎん。自分より下位の存在を吹き飛ばすなら覚醒の能力を使えば良いが、上の連中に挑もうと思うなら能力なんぞクソの役にも立たん。結局重要なのは『肉体』と『魔力』の二つじゃ、故にまずは覚醒を極め、その後また基礎に立ち帰るのじゃ…お前が魔術を使えれば良いのじゃが、そうでもないしなー』


(お前、師匠ぶんなって)


『お前から聞いて来たんじゃろうがい!』


だとしてもだ、なんていうかロアは人に教えるのがあまりに様になっている。分かりやすいし思わず従ってしまいそうになるくらい理論がしっかりした方針を示してくる。


けど俺の師匠はロアじゃない、俺の師匠は…。


「よっ、ステュクス。何もの思いに耽ってんだよ」


「あ、師匠」


焚き火を前に座り込む俺の隣に同じく座り込むのは師匠…ヴェルト師匠だ。そう、俺の師匠はこの人だけ!


「いや、俺…これからどうやって強くなったらいいんだろうかって考えてまして、修行するにも方針が必要かなと」


「うーん、覚醒を習得した時点で俺がお前に教えてやれることなんか無いが…そうだな、じゃあまずは覚醒に慣れるところから始めるのはどうだ?」


「え…?」


「覚醒の能力は確かに強力だが、この世の上位層は覚醒の能力を全て身体能力強化に回して戦っている上に覚醒そのものを息をするように容易く使う。故にまずは覚醒に慣れて…その後──」


「基礎に立ち帰る…?」


「お?分かってんな。そうだ、覚醒したことにより肉体のリミッターが外れてる、だからまた鍛え直して上を目指して行くこと。これで確実に強くなれるさ」


「…………」


「……どうした?」


「いえ…」


思わずロアを見てしまう、マジかよ…こいつ師匠と同じこと言ってやがる。って事は少なくともロアの言ってる事は正解だったってことか?クソッ、なんかロアのドヤ顔が見える…顔とか無いけど。


『ヴェルトとか言う奴、存外分かっておるでは無いか。のう?言うた通りじゃろう?これからはワシをもっと崇め奉れ!』


「………」


『無視するなー!』


「にしても、立派な顔をするようになったじゃねぇか、ステュクス」


「え?立派…っすか?」


「ああ、ソレイユ村にいた頃は…ただ剣を振るう為に剣を振っていた、明確な目的が無いから過程に依存してお前は進んでいた」


…まぁ、俺が剣を振り始めたのは元々姉貴を助ける為、それが強くなる理由だった。けどそんな頑張る理由が向こうから顔を出して俺を殴りつけて来たんだ…目標を失うのも無理はないだろ。


けど…確かにそういう意味では…。


「だがお前には今、明確な目的がある。そうだな?」


「……はい」


今俺は、レギナを助ける為に剣を振るっている。ある意味…俺が剣を振り始めたその時と、同じ形に落ち着いていると言える。


「ならそれを大切にしろ、最後まで捨てるなよ…そして、死ぬなよ」


「はい……」


そして師匠は俺の肩を叩いて再び立ち上がり、何処かへと歩いていく。恐らく勝手にフラフラと歩いているオケアノスさんを捕まえに行ったのだろう、あの人も大変だ。


にしても…明確な目的…か。


「…………」


『……お?どうした?ステュクス』


明確な目的…そう聞いて、俺は懐に手を伸ばし…取り出す。それはあのエルドラド会談を始めるに至った手紙、俺から姉貴に送った手紙の姉貴からの返答。


『今から殴りに行きます』とだけ書かれた手紙を取り出すのだ。


「…………信じてみても、いいのかもな」


俺の今の目的は、レギナを助ける事。だが…だからと言って一番最初の目的を捨てたわけではない。つまり姉貴を助ける…という目的。


今更あの人に助けなんかいらないだろう、姉貴は俺よりずっと強いから、でも……。そう思いながら俺は空白だらけの手紙を、焚き火にかざす。


『なんじゃ?その手紙燃やすのか?』


なんでロアの言葉を無視する。燃やさないよ、そもそもこの手紙を受け取った時…違和感があった。それは手紙から漂う柑橘の匂い、姉貴がそんな香水みたいな物使うわけがないと受け取った時から思ってたんだ。


だからゴールドラッシュ城にいる時、こっそり試してみた…そう、『炙り出し』を。


「…………」


火にかけられた手紙から、徐々に文字が浮かび上がる。柑橘の果汁を使って書かれた文字が、この手紙には隠されていた。その浮かび上がった文字を…俺はもう一度確認する。


そこに書かれていたのは…別に大した事じゃない、ただ…。


『仲良くしてネ(はぁと)』


と…書かれていた。…多分これを書いたのは姉貴じゃない、だって見るからに筆跡が違う、姉貴はこんなに字が綺麗じゃない。これはきっと…メグさんの筆跡。


(仲良くしてねか…、結局俺はあの会談の中で姉貴と仲良く出来たんだろうか。いや出来てねぇな…怖いもん、姉貴)


結局姉貴は終始怖かった、たまに『この人はひょっとして人間じゃないのではないか?』と思う場面も多くあった、けど…。


「仲良く………うん、次会ったら…今度はもうちょい、弟らしく振る舞ってみるかね」


最後に姉貴が見せたあの笑顔、あれはきっと…可能性はある。仲直り出来る可能性が。


だからその時は、今度こそ姉貴の力になろう。『俺の姉エリスを助ける』…俺はエリスの弟で、エリスは俺の姉だから助け合うのは当然だと思ったから。それが、俺の原点なんだから。


「その為にももっと強くならねぇーとなー、姉貴を助ける状況って絶対やばいやつが敵にいるもんな、姉貴でさえなんともならない敵って…想像できねー」


その為にもやはり、あの時同様の鍛錬が必要なのだと感じ、俺は焚き火を前に立ち上がり伸びをする。


「はぁ〜〜!よし!頑張ろう!」


気合を入れ直す、頑張ろう…姉貴はどんどん強くなる、俺も強くならないと…今度こそ、守れるように。


強くなるんだ…。


…………………………………………




私達は約束した、大切な仲間であるステュクスと別れて強くなる道を選んだ。全ては彼を守れるくらい強い戦士になる為。


だから私達…リオスとクレーは一時マレウスを離れ、レギナ達に別れを告げ、あれだけ嫌だったアルクカースへ帰国することにしたんだ。私達を強くしてくれるのは…アルクカースしかないと思ったから。


でも、私達は後悔することになる……。




『うぉおおおおおおおお!気合と根性の街十周マラソン!ラスト一周だぁああああ!みんな気合い入れろぉおおおおお!!』


『おおおおおおおおっっ!!』


「はぁ…はぁ…はぁ」


「ぜぇ…ぜぇ…」


ドカドカと足音を立て、砂埃を上げ、私達はアルクカースの中央都市『大戦街ビスマルシア』の外周をぐるっと十周するマラソントレーニングを行なっているのは国王ラグナの側近にして直属のエリート達王牙戦士団の面々だ。


ラグナ・アルクカースが自ら見出したエリート達で構成された屈強な戦士達はこの地獄のトレーニングを前にしても一切疲労を見せず、甲冑を着込んだまま小走りで街の外周を走る。


その一団の後ろ…遥か後方を走るのは。


「あ、あの人達頭おかしいよッ!」


「うぇ…げぇ…姉ちゃん、お、俺…もうダメ…」


リオスとクレーだ。ステュクス達と別れアルクカースでトレーニングを積む決意を固め、ひたすら断固として拒否したアルクカースへの帰国を果たした二人はステュクスと再会する一年後に備え、こうして王牙戦士団のトレーニングに混ぜてもらっていたんだ。


今日が王牙戦士団と一緒に行う初めてのトレーニング、だがリオスとクレーは早速その自信を打ち砕かれていた…。


「こんな…厳しいの…?本物の戦士達の修行は」


リオスとクレーは…『自分達なら大人達に混ざって修行してもそこそこ、いや結構やれるだろう』と考えていた。その自信はマレウスで培われた物だ。


マレウスで冒険者活動をしてるといつも言われる『流石はアルクカース人だ』『その歳でその強さとは、半端じゃないな、アルクカース人は』と。そう、マレウス人からしてみればリオスとクレーの身体能力は常軌を逸している。だから皆口々に褒める、ステュクスも褒める、レギナも褒めた。


だからリオスとクレーは思ってしまった。『自分達は大人顔負けの強さを持つ天才だ』と…、或いはそれは間違っていない、事実彼らは大人に混ざって戦っても頭一つ飛び抜けた戦いを演ずる事ができる天才的な子供達だった。


だが…どうだ?こうして帰国し大人達のトレーニングに混ざって動いてみたら…。


結果は『全然ダメ』…まるでついていけない。そりゃあそうだ、ここはアルクカースであり王牙戦士団はそもそも全員がエリート、そもそもリオスとクレーを超える天才だけで構成された超精鋭。


才能と言う要因で既に負けている、そこに年齢や経験、体格や体力、凡ゆる要因がリオスとクレーを上回る『本物のアルクカースの大人たち』の修行を前に彼らはマレウスで培った全てがまやかしだったと悟るのだった。


「こんなトレーニング積んでたの!?あの人達!」


『さぁさぁ!ドンドン行こう!』


この一団を率いるのは王牙戦士団の第一隊長ガイランドさんだ。金の髪を後ろで束ねた好青年風の彼の事はリオスもクレーもよく知っている。彼は父の第一の部下としてよくリオスとクレーと遊んでくれていた。


二人からしてみれば優しいお兄さんだった彼も、こうしてトレーニングを始めると一転。リオスとクレーがついていくので精一杯なトレーニングを嬉々としてこなしている。


あっという間に二人は自信を喪失し、ヘロヘロになりながら大人達の後塵を拝する。


「私達…全然ダメだね…」


「マレウスとアルクカースって…こんなに違うんだ」


そこでようやく父言っていた事を理解した。『マレウスで冒険者をやるのなんてアルクカース本国で居場所を作れなかった弱虫がやる事だ、強いお前らはやらなくてもいい』と…。


確かに今考えてみたら冒険の最中見かけたアルクカース出身の冒険者達はアルクカース本国にいる戦士達に比べるとなんとも弱そうに見えるし、実際弱い。


そして、そこでチヤホヤされていた自分達も…アルクカース本国に戻ってみれば、ただの子供でしかない。


ここはアルクカース、戦争と戦士の国。ここでは才能があるのは当たり前なのだ。


「二人とも大丈夫?」


「あ、ライラさん…」


すると、リオスとクレーを心配してスピードを落として隣を走ってくれるのはガイランドと同じく王牙戦士団の第二隊長ライラさんだ。如何にも優しそうなお姉さん的な風貌な彼女もこの細腕で鉄球を振り回し、一度戦場に立てば万夫不当一騎当千の戦いを見せる無双の猛将だ。


「ガイランドはあれでも二人を気にしているはずなんだよ、合流初日は軽く流すだけにするって言ってたし。でも…あいつってばバカだから一回訓練が始まると加減が出来なくて…」


「い、いえ…」


「大丈夫です…」


「でももう少しで終わるから」


もう少し…とは言うが、リオスとクレーはとてもじゃないがその言葉を信じる気になれない。


何故か?それは未だにゴールが見えて来ないからだ。今自分達が張っているのはビスマルシアの外周だ。昔はこの街に住んでいたから知らない街じゃない。だが冒険者として様々な街を渡り歩いて…ようやく理解出来た。


ビスマルシアは世界でもトップクラスにデカい街だ。冒険の途中に立ち寄る街なんかそもそも比較対象にならない、自分達が一番大きい街だと思ったマレウスの中央都市サイディリアルの数倍は大きい。


そんなどでかい街を十周だぞ、馬を使う距離を足で…しかも片時も休まずダッシュを続けてマラソンだぞ、頭がおかしいとしか言えない。


「が、頑張ります…」


「そうそう!子供は元気じゃないとね」


なんて、自分より元気な大人に言われても…。そもそもこんなキツいトレーニングを続けてたら体調を害しそうだ。


…けど。


「ライラさん」


「なんですか?」


「アルクカースの戦士はみんな…こんなトレーニングを積んでるんですか?」


「勿論です、このくらいのトレーニングが出来ない人はこの国に居場所はありません。他国に渡るか死ぬかのどちらかなので実質この国に弱い者はいません」


「そっか…、なら…!」


「頑張るしかないよね!」


一年後、ステュクスとレギナに再会した時。二人をあっと驚かせるくらい大きく強い戦士になる為に、弱音なんか吐いてられないと二人は再度力を入れる。


特別じゃない?いいじゃないか、これから特別になればいい。強くない?なら強くなればいい。もう私達は昔までの私達じゃ───。


「いい意気込みですね!これならこの後の『情熱と律動の筋トレ地獄』と『闘争と戦乱の無差別組手』も乗り越えられそうです!」


「まだあるのー!?」


───ない…んだけど、今はただついていくことだけを考えよう。


…………………………………………………………


「よーし!午前中のトレーニング終わり!いやぁいい汗かいたね!みんな!はははは!」


「………………もうダメ」


「………………足ついてる?僕」


それからリオスとクレーは地面に突っ伏しとにかく疲労から逃げる。あれから降り掛かる特訓地獄をなんとか達成したものの…これが毎日続くと思うと泣きたくなる。


それと同時に痛感する、自分達がマレウスで味わった経験はなんとぬるい物だったのか、魔獣を相手に命のやり取り?…そんな物この国では何の自慢にもならない、ここにいるみんなは休日、朝の体操代わりに魔獣を狩っている、それは命のやり取りではなく一方的な虐殺だ。


「おや?どうしたんだい?リオス坊ちゃんにクレーお嬢様。お腹でも痛いのかな?」


すると倒れ伏すリオスとクレーを見て心配そうに駆け寄ってくるのは件のガイランドさんだ。昔みたいに二人を可愛がるように微笑んでやってくるその姿には疲労の色は見えない。


「こ、子供扱いしないで…って、子供か…」


「今の僕達、完全に子供だよね…」


「?、何を言っているのやら!お二人は子供ですよ!アルクカースは十八歳から成人ですよ!あははは!」


ガイランドさんはいい人だけど、バカだよなぁ…。


「それより、今日のトレーニングは如何でした?やや収めにしましたが」


「あれで?」


「ええ、いつもならマラソンの途中で魔獣を倒しに行きますし、トレーニングも専用の錘をつけてやります、模擬戦も普段なら武器を使いますし…何より今日はお二人とも、甲冑をつけてないでしょう?」


「あ……」


ライラさんはガイランドが加減をしていないと言っていたが…違う、全然甘い。だって自分達は平服でガイランド達は鉄の板を貼り付けたような甲冑を付けてトレーニングをしていたんだ。


これじゃ負荷が全然違う。それで根を上げていたのか…自分達は。


「う……」


「まぁ子供の頃はそんな物ですよ!大丈夫!鍛錬は一日一日!毎日積み上げていく物なのです!あれだけ小さかったお二人が今こうして戦士を志していることがガイランドは嬉しゅうございます!」


「…おい、ガイランド。テメェ遊んでる暇あんのか?」


「あ!大隊長!」


「ッ…」


すると、そんなリオスとクレーを見て…訓練に参加していなかった一人の男がやって来る。王牙戦士団に所属しながら唯一普段の特訓を免除される男、彼が怠け者だと言う者は一人もいない、何故なら彼は…訓練などしなくとも、常に王牙戦士団に於いて最強だから。


そんな男の到来に、リオスとクレーは唾を飲む…。二人が国に帰りたくなかった…最大の要因がやってきたのだから。


「これくらいでへばったか、リオス…クレー…」


「お父さん…」


父だ、赤黒い髪を揺らし獣のように吊り上がった目と牙を持った凶悪の体現者…ベオセルクがボロボロのローブを肩から下げてやってきた。王牙戦士団の訓練を監督する為監視を続けていた彼が…ようやくリオスとクレーに向けて口を開く。


その目は冷たく、怒りに満ちている。


「情けねぇ…俺の子ともあろうもんがこの程度で疲れて動けなくなるなんてな。だから冒険者なんてなまっちょろい事して遊ばず、鍛錬に勤しめって言ったんだよ」


「ッ…冒険者は遊びじゃない!」


「毎日魔獣と戦って!命をかけて戦う冒険者が遊びなもんか!」


「魔獣を相手に命なんか掛けなきゃいけない時点で甘いつってんだよ、お前らが倒してんのは精々がDランクかEランクだろ、そんな雑魚この国じゃ害虫同然だ」


「うッ…!」


「この…!」


相変わらず父は嫌な奴だ、嫌な奴だが事実しか言わない。事実この国にDランクの魔獣は殆どいない、居ても他の魔獣に食われて人前に出る前に駆逐されるから。この国に冒険者がいないのはそんな恐ろしい魔獣達を民間人が自分で駆除してしまうから。


誰でも出来る事を職業にしてる時点で、父からすれば冒険者は遊び同然だ。


「ちょ、ちょっとちょっと…大隊長、折角リオス様とクレー様が帰ってきてくれたんだから…もうちょっと、ほら…」


「なんでオレが自分の子供にペコペコしなきゃいけねぇんだ、…リオス…クレー。お前らの話は聞いた、マレウスに逃げてそこで冒険者をやって…その上でマレウスの女王の護衛騎士になったそうだな」


「そ、そうだよ!」


「僕達もう子供じゃない!」


「で……その役目も務まらず、スゴスゴ帰ってきたわけだ」


「う……」


「情けねぇ…、よりにもよってマレウスでさえやっていけねぇとは」


「だって…敵強かったんだもん…」


「あ?敵が強かっただぁ?」


その瞬間リオスとクレーはまた身構える、バカにされると。マレウスで戦った敵たちはみんな強かった、けどアルクカース程じゃない。多分王牙戦士団のメンバーがあの燃え盛る城の中にいたら、きっとレギナはその場から動く事なく難局を乗り切れただろう。


マレウスなんかの敵に苦戦した事を、バカにされる…そう身構えた瞬間、ベオセルクはその場に屈んでリオスとクレーに視線を合わせると…。


「敵が強いなんざ当たり前だろうがッ!相手は命懸けて来てんだぞ!殺すつもりで来てんだ!覚悟を持って捨て身でかかって来る奴が弱いわけがねぇ…、そんな事を一々取り立てるな」


「え……」


「……お前らは、そう言う相手と戦って生き残ったんだ。その事をもっとキチンと把握しろ、テメェらが経験したのは魔獣相手の遊びじゃねぇ…本物の『闘争』だ。そしてその闘争に思うところがあったから…ここに帰って来たんだろう、強くなりに来たんだろう、なら弱音を吐くな」


二人の頭に手を置き、力強く撫でるのだ。戦って生き延びた事を称賛するように撫でて、笑う。


「バカにしないの?」


「しない、魔獣も冒険者もバカにする。だが闘争は別だ、お前達は一流を相手に戦い生き延びた。これは賞賛に値する…それでこそ、オレの…オレの〜…え〜っと…こ、子供達だ」


「ッ…!」


「だぁ!小っ恥ずかしい!」


すると父はすぐに離れていってしまう。その背中には…確かに、リオスとクレーを思う心を感じた。口下手で口が悪く態度も人相も悪いが…その言葉は全てリオスとクレーを思っての事だった。


それは前から一緒だ、冒険者なんかになるな…その言葉は父なりの思い遣りだったし、何より…。


「ね、ねぇ…お父さん」


「なんだ、クレー」


「私達、マレウスで戦って…その中で何度も、お父さんの教えに助けられた」


「お父さんの言ってたことは、全部正しかった」


「………そうか」


「きっと、冒険者を否定するのも、正しいことなんだと思う」


「けど僕達、やっぱりマレウスで戦いたい」


「だから、私達を強くして…?マレウスの王女様を、仲間を…守りたいの」


「……………」


父は正しい、もしかしたら自分達は間違えているかもしれない。そう思うながらも自分達を貫く。ステュクスとの生活で自分達の夢は夢でしかない事を思い知った。


けれど、それでも彼と一緒にいたのは、ステュクスと言う男が好きだからだ。私達も彼を守りたい…そう伝えれば、父は肩越しにこちらを見て。


「強くなりたい?…甘い話じゃねぇぞ、今日みたいにへばってちゃ一生強くなれねぇ…それでもやるか?」


「ッ…やる!また色々教えて!」


「チッ、調子のいい奴だ…全く、呆れ返る」


そう言って父の足に抱きつくと、父は舌打ちをしてそっぽを向いてしまう…しかし、そんな父の顔をソローっと覗き込んだガイランドさんは、父の顔を確認するなりパッと顔を明るくし。


「あれ!?大隊長メチャクチャいい笑顔ですね!ここ一年くらいで一番笑ってるんじゃ────」


「黙ってろテメェはッ!!」


瞬間、スパーンッ!と父の拳が飛び余計な事を言ったガイランドさん殴り飛ばし街の向こう側まで吹き飛ばしてしまう。


……そっか、お父さん笑ってるんだ。それを理解したリオスとクレーは互いに見つめ合い。


「うしし」


「えへへ」


笑い合う、案外お父さんも…悪い人じゃないのかも。


……………………………………………………


「それでさぁ、お父さん。これからトレーニングするの?」


「今日はいい、あんな疲れた状態じゃ怪我をする。怪我するくらいたら不参加でいい、それよりすることがある」


それからリオスとクレーは午後のトレーニングに参加せず、ベオセルクと手を繋ぎながらビスマルシアの街に戻って来た。久しぶりに帰ってきたビスマルシアは記憶の通り雑多で賑やかな雰囲気を醸してる。


昔と変わらない街、けれど冒険者としての経験を得たからこそ…この街の新たな側面も見えてきた。それは…。


「ねぇ、姉ちゃん…あれ」


「ん、あれ…武器だ」


店頭には所狭しと剣や槍が並んでいる。他の街では街に一つしかないくらいの武器屋がこの街には五軒に三軒くらいが武器屋だ。しかもその店頭に並んでいる武器はどれも超高品質。


マレウスの冒険者が酒場で言っていた事を思い出す。


『冒険者たる物、いつかアルクカースのビスマルシアに行って武器を買ってみてぇよなぁ…あそこの武器は他とは段違いだ』…と。


ビスマルシアは冒険者達にとっての一種の『ゴール』だ。DランクからAランクの魔獣がひしめき、道も殆ど無く、燃え盛るような熱い大地を無限に進んだ先にある街…ビスマルシア。そこで売っている武器は世界最高峰の出来だと言われているし、実際そうだ。


アルクカースに向かい。帰ってきた冒険者が伝説扱いされるのはそう言う理由だとウォルターさんが言っていた。因みに現会長のガンダーマンもアルクカースに一人で向かい帰ってきた者の一人だとか。


『おい店主!この剣くれ!』


『この槍…すげぇ、マレウスでこんなの売ってないぜ…しかもこんな安価で…』


街のあちこちには冒険者がいる、それもみんな字持ちだ。そのレベルの人達が挙って足を運ぶ市場がここにはあるんだ。冒険者になったからこそこの街の凄さが分かる…。


「ねぇ、姉ちゃん…」


「うん、あの武器があったら私達も伝説扱いされちゃうかな」


リオスとクレーは考える、そんなすごい街のすごい武器があったら自分達も伝説になれるんじゃないかと。別にそう言うわけではなくただアルクカースの道のりを乗り越えた事自体が讃えられているわけであり、それをすっ飛ばして来た二人が伝説扱いされるかは別だが。


子供らしい自己顕示欲が炸裂し店頭に並んでいる武器に目を向け。


「ね、ねぇお父さん…あれ買って」


「あれ?…武器か。そうか…お前らも自分の武器を欲しがる年頃か」


アルクカースの子供達はある一定の年頃を迎えたあたりから自分専用の武器を欲しがる物だ。それがアルクカースに於ける成長の指標にもなるし成人になったら親は防具を贈るのが慣習だ。


実際、リオスとクレーくらいの子供はみんなお小遣いで買った剣に自分の名前や気に入った言葉を刻んだり飾りをつけて自分だけの武器を作り上げて遊ぶのが普通だ。だからこそベオセルクも子供達の成長にやや感動しつつ…店頭の武器を覗きに行く。


「何が欲しい」


「買ってくれるの!?」


「物による、何がいい」


「え!えぇっと!私は剣がいいなぁ」


「僕棍棒!」


珍しく二人に物を買ってくれると言う父の言葉に二人は興奮し近くの武器屋へ走り寄る。まさか父が物を買ってくれるなんて!と二人は興奮してるが…実際ベオセルクが物を買ってくれない親かと言えばそうではない。


普通に買っていた、ぬいぐるみとかおもちゃの剣とか、ただその悉くがリオスとクレーの琴線に触れなかっただけ…。


「剣と棍棒か、まぁ無難な線だな。おい店主、この店で一番いい剣と棍棒持ってこい」


「へいへい、おや?ベオセルク様じゃないですか、珍しいですね貴方が武器買うなんて」


「オレのじゃねぇ、ガキのだ」


「ああお子さんの…え?ベオセルク様子供いたんですか?」


「いちゃ悪いか…ッ!いいから持ってこい!」


「は、はいはい!」


禿げ上がった店主が揉み手で父に寄って来る、しかしこの国はただの店番のオヤジであっても強そうだ。筋肉ムキムキで天井に頭がつきそうなくらい大きい。


やっぱりこの国は変だと思いつつ、オヤジの持ってきた武器を見る。


「これなんかどうです?名工マルンの十三番目の弟子が作った名剣。名を銀燐剣アグド。こっちの棍棒は魔鉱石で作られた黒鬼棒ガンテツ。どちらもうちの目玉です」


「おお…!」


「すごーい!」


「さびれた店にしちゃいいもん置いてるな」


持って来られたのは龍の飾り彫られた銀の剣と黒光する巨大な棍棒。どちらもマレウスでは見ないほど立派で輝しい物で、とてもじゃないがリオスとクレーのような子供に与えられるような代物ではない。


だがベオセルクは。


「気に入った、貰う」


「よ、よろしいんですか?ただかなりお値段が…」


「領収書な王牙戦士団に送っとけ、貰ってくぞ」


「あ、ああ!はい!」


そう言うなりベオセルクは銀燐剣アグドと黒鬼棒ガンテツを奪い去り…。


「ほれ、これでいいか?」


「い…いいの!お父さん!」


「高い奴でしょ!?」


「いいんだよ、寧ろオレの子供が安物使ってる方が気に食わん。ただし変に削って文字を書き込んだりするなよ?あとキチンと手入れはする事…あと」


「ありがと〜!」


「お父さん大好きー!」


「あ、…ったく」


父の手から武器を奪い取り、買ってもらった剣と棍棒に頬擦りするリオスとクレー。その様にベオセルクは呆れつつも…笑顔が溢れる。


「大事にしろよ」


「うん!大事にする!」


「これで山ほど敵倒すね!」


「ああ、キチンと武勲挙げろよ」


「はーい!」


「うっし、じゃあ次だ、こっち来い」


するとベオセルクは武器屋の隣の店に足を踏み入れる。そこは…。


「ここ何?」


「食事処だ、レストラン…って奴か?」


レストラン…と言うにはあまりに品がない、木を組んだだけのスペースに木箱や樽が置かれただけの店に案内される。そこでは冒険者や屈強な男達が所狭しと湯気立つ肉を貪り尽くしており。


「なんでここ?修行しないの?」


「修行以前にお前らは体が貧弱すぎる。肉食って体作るところからだ…おい、肉持ってこい!」


『はーい!ただいまー!』


そう言いながらベオセルクが肉を頼んだだけで鉄板の上で熱された巨大な肉の山が飛んでくる。しかもニンニクで作ったタレがダラダラとかけられた如何にも味が濃そうな奴だ。


それを見たリオスとクレーは…。


「お、おいしそー!」


「こんなご馳走!食べていいの!」


「構わん、食え。食ってデカくなってから強くなるだなんだを言え」


涎を垂らす、リオスもクレーもアルクカース人だ、アルクカース人は肉とニンニクが大好きだ、リオスもクレーもその例に漏れずこの二つが大大大好きなのだ。


マレウスにはこの手のザ・肉って感じの料理が少ない。食べようと思うと自分で肉を買って作るしかない。しかもその上…。


「しかしお前ら、貧相な体だな…向こうで何食ってたんだ」


「ガツガツむしゃむしゃ!んーとね!キャベツのスープとか!マカロニたくさんのグラタンとか!いつも二、三皿くらいしか出ないからお腹空いちゃって!」


「何…育ち盛りなのにその程度しか食ってないのか!?」


「お金なかったから!冒険やってると!」


「はぁ〜〜…だから冒険者は嫌なんだ。いいか?強くなる奴は飯を山ほど食ってるんだ、どれだけ鍛えても筋肉は無からは生まれない、外から肉を補充するしかないんだ」


「お父さんもいっぱい食べてた?」


「まぁな」


「ラグナ叔父さんも?」


「アホみたいに食うぞ」


父から振る舞われた肉を次々と口の中に運びながらリオスとクレーは久々に食べる『適量』に喜び勇む。マレウスでの冒険も楽しかったが…やはり故郷というのはいい。


空気感も食べ物もよく自分達に合っている。どれだけ恋しく思ってもやはりマレウスは自分達にとっては外国である事を痛感させられる。


「しかし、冒険者ってのは損な生き物だ、死ぬほど働いてもその程度しか食っていけないんだから」


しかし、直ぐに父の悪癖が始まった。…冒険者ディスりだ。


「もう、お父さん、食事中にやめてよ」


「事実だろうが、アルクカースで王牙戦士団の戦士隊長になったらこれが毎日食えるんだぞ?」


「僕達はやりたい事やってるからいいの」


「そうは言うが…お前らにひもじい思いはしてほしくないんだ。いつも腹一杯でいてもらいたいし、欲しいものは全部手に入れて欲しい、我慢もして欲しくないんだ…」


「お父さん……」


「だから冒険者なんてカスみたいな仕事はやめて───」


『誰がぁ、カスみたいな職だってぇ?』


すると、そんな父の冒険者ディスりを聞いていたのか、店内で同じく肉を食っていた男の一人が立ち上がる。


リオスとクレーは即座に察知する。その男は冒険者だ、身なりや身につけている物が完全に冒険者のそれだ。しかも複数人、全部で三十人近くいることからチームではなく中堅の字持ちだけで構成された強豪クランであることが分かる。


それが酒瓶を片手に酔いどれ気分で父に近づいて来る。


「あ…ッ!」


クレーは口を開ける、ステュクスが言っていた。クランは仲間意識が強く一人に喧嘩を売るとクラン全員でかかって来る。だからクランには絶対に喧嘩を売るなと何度も何度もステュクスが言っていたんだ。


「おい兄ちゃん、テメェ随分偉そうじゃねぇか?ええ?冒険者を下に見て、誰が魔獣殺して世の平和守ってると思ってんだよ!おお?」


「……………」


「聞いてんのかゴルァッ!」


だがリオスとクレーが心配してるのは父ではない。クランに囲まれ耳元でがなり立てられている父ではない。


クランに喧嘩を売ってはいけない、だがこの場で最も喧嘩を売ってはいけない相手にクランは喧嘩を売っているんだ。


「や、やめて!」


「ああ?ガキ持ちか?子供の前でカッコつけたか?」


「………失せろ、今はそう言う気分じゃねぇ」


「何ビビってんだよオイ!」


その瞬間、リオスとクレーの制止の言葉を無視して、クランの一人が酒瓶で父の頭を殴ったのだ…殴ってしまった、父を。


父の頭には酒がびっしゃりと被り、その髪が酒をポタポタと垂らす。…やってしまった…。


「…………」


「おいゴルァ!表出ろやボケ!」


「………」


しかし父は何も言い返さず、静かに手を伸ばし…リオスが食べようとしていた肉に手を伸ばす。


「え?」


その手が、リオスの肉に付着していた酒瓶のカケラ…ガラス片を摘む。もしこのまま食べていたらリオスの口の中にガラス片が入っていただろう。


父は、殴られた事よりも…その指に摘んだガラス片を握り潰しながら、ギロリと冒険者を一瞥すると。


「リオス」


「はぇっ!?」


「棍棒の使い方教えてやる」


「おい!聞いてんのかって言ってんだろ!表に!出ろよ!ボケカス!」


すると父は冒険者の言葉を無視してリオスの席に立てかけてあった棍棒を手に取る。黒光しリオスでも両手でなければ持てないそれを片手で持ち上げ。


「あ、あの…お父さん」


「棍棒ってのは重量の大切だ、殴る方に力はいらない、その穂先の操作だけをしていればいい。だから柄の遠いところに手を置いて、そいつでバランスを取ってその重量を相手にぶつければいい、こんな感じで」


そう父は指差しで説明しながら…背後に向け棍棒を振るう。


「ぎゃむっ!?」


「て!テメェ!やりやがったな!」


「クレー、剣の使い方も教えてやる」


殴り飛ばされた冒険者は血を吐きながら店の外まで転がる。宣戦布告と受け取った周囲の冒険者達は慌てて剣を抜き放つが既にクレーの銀燐剣を手に取りベオセルクは立ち上がっており。


「剣は刃だけを意識するもんじゃない、鋒から自分の腕、足先に向けて一本の線で繋がるイメージで体全身で振るうんだ、こんな風に」


「ごぎゅぁっ!?」


そのまま腰を使ったスイングで鞘に納められた剣を振るい迫る冒険家を殴り飛ばす。何より恐ろしいのはその暴力への躊躇いの無さでも一撃で吹き飛ばす膂力でもない。一切…見ていないのだ、相手を。


常に視線はリオスとクレーに向けられており、冒険者には一瞥もくれていない。必要がないとばかりに次々と叩きのめしていくのだ。


「テメェ、この野郎ッ!」


「む…」


しかし、その瞬間一人の冒険者が腰から散弾銃を引き抜きベオセルクに狙いを定める。あんな物魔力防壁でなんとでも防げるが物が良くない。


(散弾銃…リオスとクレーに当たる…!)


咄嗟に反撃よりも先に防御姿勢を取るベオセルク、せめて二人に当たらないよう距離を詰めようとしたその時だった。


「お父さんに手を出すなー!」


「僕達も相手になるからなー!」


「なぁッ!?このガキ…ぐげぇっ!?」


ベオセルクの脇を抜けて飛ぶのはリオスとクレーだ、神速の勢いで銃を構える男の太腿目掛け突っ込みフォークを突き刺すクレー。その痛みによって注意が下に向いた瞬間頭上から机を抱えてダイブして来たリオスの一撃により男は押し潰され昏倒する。


ゴールドラッシュ城で編み出した連携だ、一人が注意を引きもう一人が仕留める。このやり方で二人はあの難局を乗り切ったしハーシェルの影さえ打倒して見せたのだ。


「お前ら……」


「私達も戦うよお父さん!」


「僕達だってやれるんだよ!戦えるんだよ!」


「……そうか…」


自分の隣に立つリオスとクレーを見て、ベオセルクは咄嗟に顔を背ける。家出する前はただただデカい口だけを聞く弱虫だったのに、それがこうして自分から率先して敵に向かえる立派なアルクカース人になって。


そんな感慨を感じつつも。


「なら好きにやれ、怪我はすんなよ。アスクに怒られる」


「しないよ!」


「こんな奴らに!」


「テメェッ!俺達冒険者クラン『ブレイカーズ』に喧嘩売ってタダで済むの思ってんのか!」


「そりゃこっちにのセリフだ、リオス…クレー。お前らの武器だ、きっちり使え」


「お父さんは武器使わないの?」


「要らねぇよ、こんな奴らにッ!」


「そっかぁっ!」


そこからはもう手がつけられない大乱闘…いや一方的な蹂躙だった。嬉々として拳を振るうベオセルクと、勇んで武器を振り回すリオスとクレー。冒険者達とて字持ちの強者なのだが…それすら凌駕する程にアルクカースの血とは恐ろしく、そして強靭なのだ。


冒険者達は見誤った、喧嘩を売る相手を……いや、『場所』だろうか。


「オラァッ!」


「ぐへぇっ!なんだアイツ…メチャクチャ強え…」


一人の冒険者がベオセルクに殴り飛ばされ別のテーブルに突っ込みその痛みに悶えていると。


「おうゴルァ…テメェ、俺の昼飯が吹っ飛んじまったじゃねぇか…!」


「あ…え?」


そのテーブルで食事を取っていた男が…、普段は土木作業員として働いているアルクカース人が立ち上がる、肩幅は冒険者が手を広げくらいに広く、背を丸めてもなお天井に頭が当たるほどの巨大さを見せつける髭面の男が顔を真っ赤にして怒っているのだ。


「ちょ!ちょっと待て!俺はただ殴り飛ばされただけで…」


「うるせぇッ!喧嘩なら俺も混ぜろやッ!」


「ぐげぇっ!?」


そして飛んでくるのは当然、頭よりも大きな拳骨。その一撃が冒険者の歯を叩き割り店の外まで叩き出す。それを見た他の土木作業員も立ち上がり。


「喧嘩か!よし!俺もやる!」


「腕がなるぜッ!」


ちょっと待ってろ!現場から鉄骨持ってくる!」


次々と立ち上がる、いやそれどころか。


「喧嘩やってるってのはここか!」


「うひょー!やってるやってる!」


「面白そうだね!アタシも混ぜろよ!」


「ママー、ぼくもやるー!」


「店の外からも来やがった!」


店の外に叩き出された冒険者を見て次々と通行人が押し寄せてくるのだ。その全員が戦闘職ではない、普段は服屋を営んでいたり、鍛冶屋を営んでいたり、専業主婦をやっていたりする一般人達だ。それが字持ちを相手に対等以上の喧嘩して見せる。


これがアルクカースだ、ここがアルクカースなのだ。近隣の国々が恐れ他国の人間が出来れば一生立ち寄りたくないと言う魔境の中の魔境。一度喧嘩をすれば街人全員が寄って来る。


しかもその全てが強い、泣き虫が他国で英雄になり、弱虫が他国では最強と持て囃される国…それがアルクカース。


「テメェらこの野郎ッ!俺と俺の子供達の喧嘩相手だぞ!手ェ出すなッ!」


「如何にベオセルク様とは言え喧嘩は喧嘩だ!ぶっ潰してや───」


「うるせぇッ!」


「ぎゃぶっ!?」



「テメェらーっ!俺の店で暴れるんじゃねぇ!営業妨害だぞ!全員切り刻んで丸焼きにするぞオラァッ!」


それから…、店主も喧嘩に混ざり始め冒険者全員が倒れても何故か喧嘩は終わらず、結局ベオセルク達は夕方になるまで一心不乱に大乱闘を演じるのだった──。


…………………………………


「楽しかったー!」


「美味しいご飯に楽しい喧嘩!やっぱりビスマルシアはいいね!お姉ちゃん!」


「うんっ!」


そして、喧嘩が終わりまた三人で手を繋いで夕暮れの街を歩く。今日一日でリオスとクレーはアルクカースという国を堪能しきったと言える。アルクカースの武器にアルクカースの料理にアルクカースの喧嘩。


その全てが、肌に合っている。他国とは違う価値観を持つアルクカース人に取っての居場所は…何があろうともアルクカースにしかない事を痛感させられるような時間だった。


「楽しかったか…?」


「うん!」


「めっちゃ!」


「そうか……、俺もだ」


ベオセルクはリオスとクレーの手を強く握り、前を見据える。


「…リオス、クレー。冒険者の事…いや、お前達の夢と目標を馬鹿にして悪かったな」


「え?」


「お前らが家出して、お前らがどれだけ本気だったか思い知ったんだ…。お前らを傷つけて、出ていかれて、その後になって思い知るなんて、ダメな父親だな…俺は」


ベオセルクはこの一日で、やはり自分にとって子供達がどれだけ大切で尊い存在かを理解した。以前は喧嘩ばかりでロクに話し合うこともなかった、子供なんだから世の中のことなんて分からないだろうとベオセルクは思っていたし、実際何も分かっていなかったとリオスとクレーは冒険者になって痛いほど理解した。


けど、今になって思う。もう少し話を聞いてやればよかったと…もう少し話を聞いていればよかったと。


「だが…俺は、父さんはお前らに幸せになってほしいんだ。それが押し付けでも、抑え込んででも、父さんはお前ら二人に幸せになってほしい」


リオスとクレーがどれだけ本気だったか、そこにどれほどの覚悟を秘めていたのか。ベオセルクは二人がいなくなってから痛感し…思い悩んだ。


その悩みぶりは凄まじく、この一年ベオセルクは何も手が付かなかった。それこそ力も萎え精神的にも参り、自暴自棄になったところをラグナに殴り飛ばされ説教される程に落ち込んだ。それでラグナに国内最強の座を明け渡す形になってしまっても何も手につかないほどに。


朝、ガイランドが言っていたのは事実だ。子供達に擦り寄られここ一年で一番笑ったのは事実だ。それまで…リオスとクレーが帰って来るまでベオセルクは片時も笑わなかったのだから。


リオスとクレーがそんなにも冒険者になりたかったなんて、二人がそこまで夢に焦がれていたなんて、二人が自分に逆らってまで夢を追いかけるなんて、その結果二人を失ってしまうなんて…と。


そうやって思い悩み、悩み、悩み、そして二人が帰ってきた事で…彼は一つの答えに辿り着く。


「リオス…クレー、お前達の幸せはこの国に残り王牙戦士団の総隊長になる事だ。お前達が何を言おうとも俺はそれがお前達の幸せに直結すると思っている」


「……うん」


「ラグナから高い給料貰って、好きなモン好きなだけ買って、食い物も好きな物いつでも食べて、気に食わない敵ぶっ潰しまくって山程の部下に命令する…そんな未来こそ、お前達の幸せだと思ってる」


それはベオセルクの紛れもない気持ちであり、二人に対しての贖いでもある。だって二人は…本当なら戦士団の隊長の息子ではなく。…王子と姫だったんだから。


だがそれも、ベオセルクが継承戦に敗れ、なおかつ王族としての立場を捨てたから無くなってしまった。あの時はそれが弟に対してベストだと考えていたから後悔はない。


だが、二人の未来が…自分の我儘で一つ道が閉ざされてしまったと考えると夜も眠れない。


だからこそ、戦士長としての道だけはなんとしてでも死守してそれなりの暮らしをさせてやりたいと考えていた…けれど。


「でも、そんな暮らしさえ捨てる程に…お前達はマレウスに戻りたいんだな」


「……うん」


「あそこに、仲間がいるから」


「そうか……」


でも、そんな故郷での楽しい生活よりも優先したい物が、助けたい仲間が今二人にいるのなら、オレの個人的な感情など取るに足らない物なのかもしれないと彼は考える。


あの小さく、何をするにも誰かの助けが必要だった二人の助けを必要としている人間がいる。それがどれほど嬉しいことか、子供の成長ほど嬉しい物がこの世にあるものか。


なら今の自分に出来るのは二人を引き止めることではなく。


「分かった、なら…この一年でお前らを使い物になるようにしてやる、ただし…これ以上情けない戦いをする事は許さん。オレの息子と娘なら武器一つで一国の軍くらい滅ぼすくらいの気概でいろよ。それを可能に出来るだけの力はくれてやる」


「うんっ!ありがとうお父さん!」


「お父さん大好き!」


「ハッ…調子のいい奴らだ。しかしその…ステュクスだったか?随分お前らに気に入られてんだな」


「うん!優しくていい人だよ!」


「それにすごく強い!」


ステュクスの話はラグナから聞いていた。なんでもあのエリスの弟だとかいう男だ。アイツに弟がいるなんてのは初耳だったが…だがエリスの弟なら大丈夫だろう。


エリスは義理堅い奴だ、決して仲間を見放さず仲間の為ならどんな強敵にも挑み、そして勝つ為の計算が出来る女だ。もしステュクスがアイツのような奴だったとするなら、それはそれで安心だ。


「エリスの弟だったな。そりゃあ強いだろうな」


「お父さんもエリスさんを知ってるんだよね、確か昔負けたって…」


「ラグナが言ってたか?バカ言え二勝一敗で勝ち越し中だ」


「あれに勝ったの!?」


「ああ、そりゃあもうボコボコにしてやった。そのせいでアイツ事あるごとに人を恐怖の象徴みたいな扱いをしやがる」


「ねね!お父さん!エリスさんとお父さんの戦い聞きたい!」


「昔継承戦に参加したんだよね!お父さんもエリスさんも!」


「ああ参加した、今にして思えばエリスの奴も大概頭おかしいよな。フラッと現れていきなり継承戦に参加して、命懸けでラグナの為に戦うんだから。普通じゃねぇよ」


思い返すのは初めてエリスと会ったあの日、エリスと戦ったあの日、エリスに負けたあの日。


当時は小鼠が一匹増えた程度の認識だったが、戦ってみるとこれがまぁ強い。そんな奴がいきなりポッと湧いたようにラグナに味方して継承戦を勝たせてしまうんだから…世の中分からねぇ。


そしてそんなポッと湧いた奴と今も交友があるんだから、それもまた分からない。


「仕方ない、聞かせてやるか…ただし」


「ただし?」


『ベオセルクさーん!リオス〜!クレ〜!』


「あ!お母さん!」


城の方から慌てて駆け寄ってくるのは、ベオセルクの妻にして二人の母である意味アスクだ。今日から二人が本格的に特訓を始めると聞いて一日中ワナワナしていた彼女は遂に我慢の限界に至りこうして迎えに来たのだ。


「話は…お母さんと一緒に家に帰ってからだな」


「うんっ!お母さんの料理楽しみ!」


「まだ食うのか?そりゃあいい、最高の戦士になれそうだ」


二人の手を握る。握りながら願う、二人のこれからの道行きが出来得る限り最高の物になる事を。ただただ子供達の幸せを願う、やりたい事をやってやってやり通してその結果が笑えくらい全て上手くいって幸せな人生を送る事を願う。


それは無償の愛、他に何もいらない、ただ子供が幸せであれば良いという当たり前にして特別な感情。


ベオセルクは、父親として子供達の幸せを願い続ける。





────────────────────



ジズ・ハーシェルの人生が明確に変わったのは彼女と出会った時だった。


既に一流の殺し屋として裏社会に名を馳せ組織を束ねる長として打倒カノープスを掲げていた時、ジズはこの世界で一番美しい物に出会った…それは。


『───────』


自分の恩人でもあるクユーサー・ジャハンナムの紹介で連れてこられたマレフィカルム本部…当時は黒鉄島と呼ばれる孤島の地下施設に身を潜めていたマレフィカルム本部にてジズは世界で一番美しい女性と出会った。


女性の名は…沢山あった、けれどその時名乗った名前はこうだ。


ガオケレナ・フィロソフィア…数十万の組織を率い、数千万の構成員を束ねるマレフィカルム大総帥。ガオケレナ・フィロソフィアの顔を見た時ジズは確信した。


『彼女こそ、自分が求めていた同志』だと……。



「お待ちしておりました、ジズ様」


「ん、ご苦労」


そこから数十年、ジズはガオケレナに忠誠を誓って生きてきた。彼女が掲げる打倒魔女は自分の掲げるカノープス打倒と同じ物だった事もあり、私は魔女排斥機関の一部となりその影響力をマレフィカルムの為に…ガオケレナの為だけに使い続けた。


そうしているうちに私の地位は盤石になり、気がつけば八大同盟の一員になり、古参の域に入る程に私はこのマレフィカルムに長く支え続けたんだ。


そして今日は数年に一度行われるマレフィカルムを支える者達で行われる大会議だ。まぁ会議とは言っても他の面々が健在か確かめるだけで有用な意見なんてのは出てこないんだがね。


まぁそれもいいだろう、この停滞もいつかの進撃の糧となる。そう考えながらジズはマレフィカルムが所有するとある国の山脈、その頂上付近に存在する白亜の大遺跡を訪れる。


雲を下に見るこの白銀の大遺跡はマレフィカルムの活動拠点の一つとして使われているんだ。まぁここも私が発見したんだがね?


「おや、もしかして私が最後かな?」


「アンタが遅刻とは珍しいな、ジズ」


「まぁね、仕事が立て込んでいた」


「そりゃ羨ましい理由だ、是非話を聞かせてもらいたい」


「後でね、セラヴィ」


既に遺跡の中には数多の魔女排斥組織の頭領たちが集結していた。その中には当然いる…八大同盟の長達も。


「なんでこんなバカみたいなとこで会議するんだよ、平場でやれ平場で」


『歩み潰す禍害』逢魔ヶ時旅団の団長オウマ・フライングダッチマン…。


「仕方ないだろ、八大同盟もセフィラも集まる会議を街の集会所でやるつもりかお前は」


『魔術解放団体』メサイア・アルカンシエルの会長イシュキミリ・グランシャリオ…。


「感じる…気のせい?何処から…?」


『至上の喜劇』マーレボルジェの代表者ルビカンテ・スカーレット…。


「翁が居るせいで殺し屋界隈にゃが手出しが出来んなぁ」


『世の見る悪夢』パラベラムの社長セラヴィ・セステルティウス…。


「ここお酒常備してないの?してない?ストック切れちゃった…」


『正体不明の危険思想集団』ヴァニタス・ヴァニタートゥムの崇拝対象マヤ・エスカトロジー…。


「開始時刻まで一分と四十秒。二時間と四十分後には帰還している手筈になっているのですが」


『見えざる王国』クロノスタシス王国の女王クレプシドラ・クロノスタシス…。


「来たか、ジズ…」


『魔女抹消機関』ゴルゴネイオンの魔女狩り王イノケンティウス=ダムナティオ・メモリアエ…。


「チュパチュパ…空気が薄いでちゅ!」


『暫定最強の組織』五凶獣のティーちゃん。


八大同盟と三大組織の盟主が揃い踏みだ。そしてそんな者達が道を譲るように真っ二つに人混みを割作り上げた道の向こうにいるのは…。


「よう!ジズ坊!遅刻か?いや遅刻じゃねぇか!」


セフィロトの大樹の幹部、真っ黒な髪に黒いツノの峻厳のゲブラーことクユーサー・ジャハンナム。


「皆さん真面目ですね真面目。私なんか今日寝坊しかけましたよ、アハハっ!あはは?」


同じくセフィロトの大樹の幹部、白い仮面を腰まで流す仮面の男?女?王冠のケテル。


「ジズさん、定位置にどうぞ?」


セフィロトの大樹の幹部にして総帥の右腕、薄緑の髪をした女の栄光のホドことユースティティア・クレスケンスルーナ。


…総帥が手元に置く戦力の中でも際立って信頼を置いている三人が遺跡の奥に立つ。本当ならここに基礎のイェソドも入るのだろうが彼女はおいそれとここに来れる人間じゃないから除外するとして。


彼らがここに揃うという事は…居る、彼女が。


「会いたかったよ、ガオケレナ」


「…………」


遺跡の…かつては偶像を崇拝する為に作られた神殿の最奥に存在する玉座に座る漆黒の女、生命の魔女ガオケレナ・フィロソフィアが。


彼女は相変わらず薄弱で眠そうな目でこちらを見て大あくびをしている。この八大同盟を前にしてもこの余裕…それは彼女がマレウス・マレフィカルムと言う名の大国の王者である何よりの証拠だ。


「こらこらジズさん!定位置についてってば、言ったでしょうが!貴方待ちなんですよ今」


「そう言うなよケテル、久しぶりに飼い主に会ったんだ…尻尾くらい振らせてくれよ」


私は仮面の者たるケテルの言葉を無視して玉座に近づく。相変わらず美しい、何より素晴らしいのはその反骨精神が溢れた瞳。


彼女は魔女より生存を許されていない、しかしその魔女の身勝手な不文律を自らの力で覆し生きていく覚悟と力を示し続けている。まさしく野に咲く花…その在り方は好ましい。


私も是非一緒に行きたい、彼女の道行を共にしたい。だから…彼女の隣に立つ為に私は肉の体を捨てて無機質な体を手に入れたんだ。彼女のように老いない体を手に入れる為に…。


「………」


「やぁガオケレナ、久しぶりだね。君は何処を見据えているのかな?魔女大国の崩壊かい?それともこの世界の秩序の瓦解かな?それとも……」


「…………」


「ん?」


ふと、ガオケレナが視線を横に移す。チラリと横へスライドさせるように移すんだ。私は彼女の前に立ちその視線を追うように先にいる人間を確認する。


そこにいたのは…。


「クチャクチャ…」


「……バシレウス?」


ガオケレナが見ていたのは彼女の弟子、生命の魔女の弟子バシレウスだった。崩れた柱の上に寝そべりその辺で捕まえたであろう鳥の骨を舐りながら天を見上げるバシレウスの姿をガオケレナは見つめ続けていた。


「………ガオケレナ…?」


別に、弟子を見る事はいい。私も娘は可愛いしそれと同じような物だと私は考えている。だからそれそのものは別にいい…けれど。


「……君………」


私は、もう無くした筈の表情を隠せない。久しく失っていた筈の感情が掻き乱された。


ガオケレナが見ている物は問題でない、問題はガオケレナがバシレウスを『見る目』が問題だ。ガオケレナがバシレウスに抱いている感情が一瞬だけ見えてしまった、彼女が心の底で何を考え何を求めているか分かってしまった。


ガオケレナはバシレウスに対しとある感情を抱いている、それは愛情や同情ではなく……。


「こらこらジズさん、話進まんでしょう?早く定位置に───」


「ああ分かった、失礼したよ」


「およ?」


近づいてきたケテルの手を払って私は足速に引き返す、見てられなかったから…ガオケレナの目を。だって彼女は…あんな目を、つまりそれは彼女の本音…。


知ってしまった…ガオケレナは『魔女を殺す為にマレフィカルムを作り上げた訳ではない』事を。ガオケレナの本懐は魔女の打倒ではない事を。


(裏切られた…裏切られた…裏切られた、ガオケレナ…君は私を裏切っていたのか…!?)


ぬらぬらと燃える憎悪の炎。私はガオケレナを同志と考えた…私と同じく一心不乱に魔女の打倒を目指し、その反骨を示し続けることが出来る唯一無二の同志だと考えていたのに。抗い続ける君の姿は美しいと考えていたのに。


本当は違うのかい?私はマレフィカルムの停滞を良しとしていない、それはガオケレナも同じだと考えていた。ガオケレナも今の停滞に苛立ちを感じるやきもきしているものと考えていたのに…君は、寧ろそれを良しとしていたのか?


そうだよな…だって君は、魔女に対し憎しみとは別の感情を持っているんだから。


(ふざけるなよガオケレナ…君の個人的な価値観に私達を巻き込むな…ッ!ここにいるのは魔女に恨みを持つ者たちだけなんだぞ、それを…お前はずっと裏切り利用し続けてきたのか!)


許せなかった、彼女に抱いていた憧憬と愛情はクルリとひっくり返り憎悪と殺意へ変わる、最初から同志だと思っていたのは私だけ…ガオケレナは私も八大同盟もマレフィカルムも眼中にない。


ただ、彼女の極め付け個人的な感情と価値観を魔女にぶつける為だけに、マレウス・マレフィカルムは作られた。その為の道具として私達は使われていた。

 

到底許容出来るものではなかった、彼女は魔女排斥を行うつもりは毛頭ない。ただ彼女の目指す先にある物が達成された時…結果的に魔女が居なくなるだけ。それじゃあダメなんだよガオケレナッ!


(要らないなら、使わないなら、私が頂くぞ…マレフィカルムを)


それが…私の、叛逆の始まりだった……。


──────────────────


エリス達がエルドラドを立ち去った…その日の夜。


「グッ…ガッ…はあ…はあ…おのれ…マーガレットめぇ…!」


崩落した空魔の館の中、最奥に隠された棺の中から現れるのは…ジズ・ハーシェルだ。メグ達に捕らえられた筈のジズが棺から這い出て崩れた館の外に出る。


…これはジズが用意した、緊急用の脱出策だ。メグに倒され捕らえられる瞬間、ジズは自身の意識をもう一つ用意しておいたスペアのコアへ移動させたのだ。


故にメグが捕らえたと思っている宝玉…あれの中身は空だ。


(バカな奴だよマーガレットは、私は肉体の枷を捨て去る為にこの人形の体を手に入れたんだぞ。物理的な拘束が意味をなすわけがないだろう)


健在だ、未だジズ・ハーシェルは健在。スペアの肉体がある限り何度倒されても蘇ることが出来る。


だが…あれだけ必死に作り上げた空魔の館は叩き落とされ、剰えエアリエル達も囚われてしまった。こうなっては仕方ない、情報を抜かれる前に体内の爆弾を起動させ、全て自爆させておくとしよう。


「また一からか、嫌になるよ…本当に。私は不老であっても不滅じゃない、寿命はあるってのに」


崩れた館から這い出て、月夜を浴びながら考える。今度はもっと確実に策を実行する、その為には時間が足りない、こうなったらまずは寿命の問題を解決するのが先か…。


「まぁ何にせよ、次こそは……」


「いいや、お前に次はない、ジズ・ハーシェル」


「ッ……お前は」


気がつく、空魔の館の瓦礫の山の上に座り、こちらを見下ろす三つの影。自分を…今度こそ始末に来た、真の刺客の正体に。


「…まさか、君がここに来るとはね」


「……来るさ、お前のおかげで全部メチャクチャ…そう、計画がオシャカだ」


「マレフィカルムにもマレウスにも刃向かうとは、ただの殺し屋…使われる側の分際で使う側に牙を剥くとは。分を違えたか?ジズ・ハーシェル」


「ひゃわわ〜ん!しかもその上負けちゃうなんてクソ雑魚しゅぎ〜ん!」


現れたのは…この国の要人達。


「レナトゥス…マクスウェル、そしてオフィーリア…だったかな?」


紫の髪を伸ばすこの国の宰相レナトゥスが配下のマクスウェル将軍とオフィーリアを侍らせ現れる。この国の宰相が…だ。


しかし、レナトゥスは私の問いに首を振って答え。


「いいや違う、私はここにレナトゥスとして来ていない…私は」


そう語りながらレナトゥスは片手を前に差し出して…目を鋭く尖らせ。


「私は基礎のイェソド。セフィロトの大樹…その枝葉の一員としてここにいる。その意味が分かるな?ジズ・ハーシェル」


基礎のイェソド…マレフィカルムの中枢組織セフィロトの大樹にいる十一人の幹部達の一人。表の顔を宰相レナトゥス・メテオロリティス…しかしその裏の顔はマレフィカルムを束ねる絶対者の一人。


その横にいるマクスウェルもまたセフィラの一人…勝利のネツァク。オフィーリアも美麗のティファレトの名を持つ。三人ともセフィラ、マレフィカルムを裏から握り包む絶対の戦力達。


それが普段は国の宰相と将軍をやってるんだ…なんて事はない、この国は…最初からマレフィカルムに牛耳られているのだ。


「イェソドだけじゃねーぞ?ジズ坊…」


「みんなで来ちゃいました、貴方とは付き合い長いですしねぇ〜」


「ッ…ゲブラー…ケテル」


視線を動かせば先程戦ったクユーサー・ジャハンナム…否、峻厳のゲブラーと仮面の者である王冠のケテルも来ている…。


いや、二人だけじゃない、もっといる…この刺すような殺意は。


「いやはや何何、これほどのセフィラが集まるとは壮観でござるなぁ、拙者も全員集合は見たことがないでござる」


「亦復如是…全ては己で決定したことなれば」


「その通り、君は自分で選択したんだよジズ…」


「……これはまた」


背後には更に三人が立つ。


「謀反とは、悲しいでござるよジズ殿。まだ新参の拙者によくしてくれたお主を斬らねばならぬとは」


刀に手を当てたまま顎を撫でるトツカ風の男…慈悲のケセド。


「諸行無常、そして盛者必衰…終わる時が来ただけ」


背後に光輪を携えアルカイックスマイルを浮かべる茨冠を被った男…理解のビナー。


「……………哀れだな、ジズ」


残念そうにやれやれと額に指を当て月光により顔を隠した男…知恵のコクマー。


全員が、セフィラだ。…マレフィカルムの絶対者達が、八人も集まっている。


全員が、ジズを超える強者。いや八大同盟すら超える最悪の使い手達。八大同盟達が一斉に反旗を翻してもセフィロトの大樹だけで迎撃が可能と言われる所以にして絶対的な最高戦力達。


…私の叛逆において、最悪の課題とされた者達に…今、私は囲まれている。


「これはこれは、セフィラの皆さん…みんな多忙と聞いていたんだが」


「お前の為に集まったのだ、ジズ」


「レナトゥス…いや、基礎のイェソド。君はこんなところにいていいのかな?そこのゲブラーがしくじってロレンツォを守れなかった件、元老院が立腹なんじゃないのか」


「チッ、あのジジイが簡単に死ぬのが悪いんだよ」


私は燃え盛る城の中でゲブラーと戦った。当然実力ではゲブラーの方が上だ、そんな私が彼を撃退出来たのは流れ弾でロレンツォを始末出来たから。


ロレンツォが死んだ以上ゲブラーにあの場に残る意味はない、故にそそくさと撤退していったのだ…が、まさか仲間を連れて戻ってくるとは…いや、そもそも集まるつもりだったのか。


「元老院への言い訳の必要はない…私が元老院を殺し尽くしたからな。…そう、下克上だ」


「……何?君が?元老院を?バカな…元老院が死んでは君達はマレウスでの後ろ盾を失う、だから必死に守ろうとしてたんだろう!」


「ああそうだ、だが気がついたんだ…所詮奴等は影の支配者、形さえ残っていれば中の人間は誰でも良いと、故にこれからは…私が元老院の役目を負う事にした、宰相の私なら問題なく引き継げる」


「な……ッ!」


「ロレンツォの件ももういい、チクシュルーブという手駒がいる以上…資金面に関しては問題がない。雑多な組織が増えてその分献上金も増えているしな。故にジズ…君の叛逆は最初から意味がなかったんだよ」


「だから…あんなに守りが薄かったと」


「全ては総帥のご判断だ」


確かに、今のレナトゥスの権威は元老院を超えている。元老院はレナトゥスの後ろ盾になっているつもりだったかもしれないが、元老院が絶対の存在で在れたのはレナトゥスのおかげである面も大きい。間抜けな事にとっくの昔に立場は逆転していた。


故にフラウィオス達が死んでも…レナトゥスならその代わりになれる。だが傀儡だったレナトゥスがそう簡単に元老院の死を受け入れ…殺すとは、想定外だ。


「ロレンツォは死んだ、元老院は死んだ、マレフィカルムは彼らに依存しすぎた…だが今日からは違う、我等は我等を抑え込んでいた首輪を自ら外し、更に飛翔する…!おがけで良いきっかけができたよ、最期の献身…ありがとうジズ・ハーシェル」


「ッ…私を殺すか?」


「それを判断するのは……」


チラリ…とレナトゥスが背後を見る、それと同時にマクスウェルとオフィーリアが道を開け、更に後ろから何者かが現れる。それは…。


「総帥のお役目ですよ」


「クチャクチャ…」


総帥の右腕、腕を組み立腹したように現れる女…栄光のホドと、怠そうにポケットに手を突っ込んだ白髪の男…バシレウスこと王国のマルクト。セフィラが…十人集まった。


しかしそれ以上に衝撃なのは、ホドとマルクトを侍らせ現れた、漆黒の女。月光を浴び黄金に輝く闇の黒…。


それが瓦礫の頂点で屹立するように立ち上がり、私を見下ろす。その目は…この顔は、もう何十年も見続けてきた物と同じ物。


「……ガオケレナ…」


ガオケレナだ…黒い髪、白い肌を持った…この世で最も美しく、背徳的な女…私の飼い主にしてマレフィカルムの総帥。生命の魔女…ガオケレナ・フィロソフィアだった。


彼女が、ここに…私の元にやってきた。そのことがあまりにも衝撃的だった。彼女は普段滅多に人前に姿を現さな───いや。


違うな。


「そうか、それが世を忍ぶ姿だったね…」


ガオケレナ・フィロソフィアには無数の偽名がある、無数の偽りの身分がある、そんな中で彼女が最も使っている仮の名前、ここでは…こう呼んだ方が良いかな。


「冒険者協会最高幹部…ケイト・バルベーロウ。それが君の表の顔であり…今の君の名だろう」


「………はぁ」


月明かりの下に現れるのは、ガオケレナこと…ケイト・バルベーロウ。黒い髪と黒いローブを着た…あのケイトがそこにいた。何の違和感もなく、誰も文句をつける事なく、代表者としてセフィラ達の前に立つ。


セフィラ達はみんな表向きの顔を持ち、普段は人々に紛れて身分を秘匿して過ごしている。それはガオケレナも同じだ…その表の顔こそ冒険者協会最高幹部ケイト・バルベーロウだ。


ガオケレナは普段マレフィカルム本部にいる。そこから自らの枝葉を伸ばし、自らの分け身として分離し俗世を生きている。それがどういう意味を持つかは知らないが、ガオケレナはケイトとして普段生きている。


何故、ケイトがエルドラドに来ていたのか、来ていながらかつての仲間だったロレンツォを見捨てたのか、分からないことだらけだが、分かるのは一つ。


彼女が…ここに何をしに来たか、だ。


「…ジズさん、私達…ずっと一緒にやってきたじゃないですか。時間にして七十年以上ですか?七十年って言ったら生まれた子供が定年退職するくらいの時間ですよ。人に与えられた時間の中で『一生』と言えるだけの時間を…友に過ごして来たじゃないですか、私達は」


ガオケレナは…いやケイトはなんともやるせなさそうにため息を吐き。


「私ね、これでも貴方のことメッチャ信頼してたんですよ?ほらぁ他の八大同盟さんって協調性ないでしょ?そこをうまーく取り持ってくれる存在として重宝してたのに、なんでこんな事しちゃうんですか」


「なんでこんなことを…そりゃあ君の目が、気に食わないからさ」


「目がッ!?そんなぁ…目がって、ねぇ?ジズさん貴方も私と同じでいい歳なんですし割り切りましょうよ。組織ですよ?私上司ですよ?…それが、目って…、ねぇ?イェソド」


「ええ、ジズは組織の一員としてあるまじき行いをしました」


「ほら言ってる、ねぇ?ジズ…貴方はやっちゃあいけないことをやったんだ…、群体の一部を構成するカケラが、やってはいけない『裏切り』を」


ガオケレナは…コツコツと靴音を鳴らしてこちらに寄ってくる、その身に滾るのは魔力と怒り…魔女に匹敵する、いや魔女そのものの魔力を携えて。


「…私を殺すつもりか、その問いに総帥として答えましょう。『ええ、勿論』…と、笑顔で花束贈呈しながらお答えしますよ」


「ケイト・バルベーロウ…」


「ガオケレナって呼んでくださいよ、私も他のみんなと一緒でガオケレナとして来ている、そして…貴方にはその名で呼んでほしい」


「なら言おう、ガオケレナ…私は君の真の目的を知った。そしてそれが受け入れられない」


「真の目的ね、それが受け入れられないなら…どうすると?」


「マレフィカルムを頂く、私が魔女打倒を成す!」


「…ンフッ…フフフ、ククク…カカカカカッ!」


するとガオケレナは腹を抱えて笑い、顔を手で覆い…クツクツと揺れる。


「何がおかしい!」


「おかしいさ…ジズ、笑うだろうよ。お前は魔女を何も理解していない、たかだか半世紀…魔女と敵対しただけで奴等を分かったつもりになったのか?奴等は八千年を生きる怪物だぞ?武力と武装でなんとかなるものか。存外…人間少し長く生きた程度では人知の域を出ないようだ」


「ならお前は…どうするつもりだ」


「さぁて、どうするのでしょう…少なくとも、お前に聞かせてやる時間はない。お前はもう死ぬのだから、今際の際くらい考え事とか悩み事とかナシにしてサヨナラしましょうよ」


「ッ────」


瞬間、手から射出した刃を振るう。神速の斬撃が繰り出され…ガオケレナの首と脇腹を両断し…。


「長く付き合ってるなら分かるでしょう、無駄だと」


「………不死…か」


首がベロンと外れ薄皮一枚で繋がり、脇腹に大穴が空きながらも…ガオケレナはなんでもないように笑う。彼女は不死だ、生命の魔女ガオケレナ…生と死を操る彼女にとって生も死も関係ない。


絶対にガオケレナは絶対に死なない、どうあっても殺せない、分かっていた…分かっていたよ、けど。


「やはりその目は、気に食わない…!」


それでも、認めるわけにはいかないのだ。


「まだいいますか、なら目を潰しましょうか?これ…飾りなので」


「その態度だよ、ガオケレナ…!」


「はぁ〜ん、偉くなったなジズ、私の態度に物申せるか…?」


ああ言わせてもらうさ…お前もクユーサーもケテルも、魔女もそうだ。死なない人間などいてはいけない、それは私が殺せないから…じゃない。


「お前の目は…生を諦めた人間の目だ」


「生を…?」


人は生きるからこそ死ぬんだ、死ぬからこそ生きるのだ。死にたくないからこそ生きるし、生きんからこそいずれ死ぬのが人と言う生き物だ。そんな生物でありながら人は死を厭う…何がなんでも死を遠ざけ命を守ろうとする物なんだ。


だって命は尊いから、だって命は素晴らしいから、だから人は自分の命を抱きかかえて蹲って守ろうとする。それを踏み躙り奪い破壊するからこそ我々殺し屋の仕事には価値が生まれる。


価値ある命を奪うからこそ、我々はただの破壊者ではなく殺し屋という一つの職業を名乗れるのだ。命に価値がなければ…我々の仕事はそもそも成り立たない。


「人は生きるからこそ、素晴らしく。死ぬからこそ、素晴らしく。それを扱うからこそ私達殺し屋の仕事には価値が生まれる…それが人間なんだよ」


「数千、数万の命を奪った貴方が人間讃歌ですか?」


「ああそうだ、この星に私以上に命を扱った人間はいない。人の生き死にに関しては…私はプロだからね、だが…お前はそんな私の仕事を侮辱する存在だ」


人は死ぬから命に価値がある、だがどうだ?死なない人間がいたら。そいつらは決まって生を達観した目をしていた。カノープスもそうだ、奴等は命を軽視している。


失われない物に価値は生まれない。命の価値を貶める存在は私にとってなによりも唾棄すべき存在だ、だからこそ…不滅の不証明に私は生涯をかけたのだ。


…ガオケレナの目は生を諦めている、彼女の目にあったのは愛情でも友情でもなく…ただただ悲観のみ。


「ガオケレナ…私は君がそんな体になったのは、なによりも生を諦め切れず、魔女達の不滅性を否定する為だと…そう思っていたんだよ」


「勝手な妄想ですね、私が一度でもそう口にしましたか?」


「かもしれないね…確かに、私の思い違いだった。お前は…想像以上に俗物だった」


「ンフフッ、ひどーい…まぁ私からしてみればショックですよ、お前はもう少しハズれた人間だと思っていたのに、案外せせこましいんだな」


暗く、先を見通さない目。それでも昔は彼女の中にもあったはずなんだ、何かに抗うような光り輝く猛る炎の煌めきが。しかしそれもバシレウスと出会った事で消えた。


ガオケレナはバシレウスと出会った事で、魔女と同じになった。堕ちてしまったんだ、私の憧れは。生を諦めただ動くだけの死体となった、魔女達と同じ食って息をして喋るだけの死体になった。


なら、殺さなくてはならない。それだけ不可能であっても…それが出来なれば殺し屋という職に、私の生涯に価値がなくなってしまうから。


「まあ、貴方のいいたいことは分かりましたよ。お前は私に勝手な妄想を抱き、勝手に失望して…勝手に裏切り、勝手に勝手を尽くして勝手をした…殺すに値する理由だ」


「ガオケレナ…、今のお前は魔女と同じだ。ただ動くだけの死体だ、君は本当にそれでいいのか…!命の価値を侮辱する存在になって、本当に…」


「くだらないですね。命の価値をお前が語るなよ…ジズ・ハーシェル。それとも何か?私が命の尊さを語る伝道師になって欲しかったとでも?」


「違う、私は───」


「後、これ以上語り合うつもりもありません」


「───お前…っグッ!?」


瞬間、私の胸から何かが生える。いや、背中から私の胸を引き裂いて…何かが貫いてきたのだ。見ればそれは銀色の輝きを持った錫杖、それが…私のコアを的確に傷つけて…。


「ジズさん、ここに十人のセフィラが集まってるなら、私もいるに決まってるでしょう?」


背後に立った存在が、私の耳元で囁く。この声は…。


「知識のダアト…か」


「こんばんは、そしておやすみなさい」


そして背後に立ったダアトはそのまま私の背中を蹴り据えて錫杖を引き抜くと共に瓦礫の山に叩き込む。ダアト…こいつもいたか、いやいるはずだった。


だが分からなかった、その気配を感じさえない肉体が…私の注意を阻害した。


「この私が…背後を取られるか」


「ジズ、お前の苦労は称賛する…今までよく私に尽くしてくれた」


コアを傷つけられ、立ち上がる力を失った私の前に、巨大な満月を背に立つガオケレナが立ち塞がる。そしてそんな彼女を守るように立つのは…集結した十一人のセフィラ達。


マレフィカルムが保有する最強にして最高の戦力達が、月光を背に爛々と双眸を煌めかせこちらを見ている。


「だからこそ、その死を私が見届け。十一の我が枝葉達と共に天への旅立ちを見送ろう」


そう言って私を見下ろすガオケレナの瞳は汚れている。彼女は…諦めてしまったのだ、自分の生を、五百年の抵抗をやめ…魔女へと堕ちた。そんな彼女を前にして私が思うことは慚愧では無く…ある種の喜びだった。


(やはり、私は間違っていなかった…マーガレット)


想うのはマーガレット…彼女の瞳だ。私は彼女の才能を見込んだ、それは殺しの才能でも魔術の才覚でもない、一つの才能を見込んだから私は彼女を特別扱いし、全てを教え込んだ。


私にそうまでさせた才能とは何か?決まっている…誰もが持っている、されど誰もが持ち続けることが出来ない無二の才能。


(『生を諦めない才能』…それに満ちたお前を、見込んだ私は間違いではなかった)


マーガレットは絶対に己の生を諦めなかった。あの地獄にあってその輝きは増して力に変わった。人は…命を懸けて戦う時にこそ、力を発揮する。死ねない理由があるからこそ人は戦える。


マーガレットにはその生へしがみつく才能があった。これはエアリエルやアンブリエルにも勝る才能…、生へしがみつく必死さが生む力はきっと魔女さえ凌駕すると考えた。


まぁ、結果的にその才能をカノープスも見抜いて、弟子にするなんて反則技を使われたわけだが…それでも間違ってなかった。


この才能は特別だ、なんたってあのガオケレナでさえ放棄してしまう才能をマーガレットは持ち続けたのだから。私という絶望を前に折れずに向かってきたあの瞳。私が責めれば責める程に輝きを増すあの目を見るために私は彼女を虐め抜き、直接対決を挑むにまで至った。


嗚呼、やはり生の輝きは素晴らしい…死の暗さと同じくらい、素晴らしい。生きるからこそ人は素晴らしい、死ぬからこそ人は素晴らしい。


そんな素晴らしさを…魔女は知らないとは。悲しい生き物だよな。


「今のお前は、魔女と同じくらい…哀れだよ。ガオケレナ」


「そうか、私から見れば生き汚く人形に成り果てたお前も哀れだよ、ジズ」


「いいじゃないか、これが私なりの…生を諦めないやり方さ」


「そうか…、アホらしいですがよく分かりました…なら」


チラリとガオケレナは悪巧みをするような笑みを浮かべながら、セフィラのうちの一人に視線を向け。


「コクマー、お前が止めをさせ、借りがあるだろう」


「御意に、まさか私に回ってくるとは…」


すると、男がこちらに歩み寄ってくる。知恵のコクマー…月光の影で顔を隠した男が、ゆっくりと杖をついて、こちらにやってくる。


徐々に明らかになる壮年の男の顔…それを見た私は。


「なッ…ぁ!?」


口を開けて、驚愕する。なぜこいつがここに…いやあり得ない、こいつがセフィラだと?事前に掴んでいた知恵のコクマーの情報と違う。確か知恵のコクマーは…いや、なんだ。何が起こっている。


なぜここにこいつがいる…。


「久しいな、ジズ…いや、私はこう呼ぶべきか?」


「な…な…なっ…!?」


そう言って現れた男は…その顔を晒す。その顔は…間違いなく。


「オズワルド…とな、私の娘…メグが世話になったようだね」


「ウィリアム……!?」


現れたのはウィリアム…ウィリアム・テンペスト。マーガレット…メグ…そんな名前を持つ少女の本来の名コーディリア・テンペストの実の父。


私があの時殺したはずのマーガレットの父が…私の前に現れたのだ。


「これは、何かの幻覚か?幻惑魔術の類か…?」


「ははは、君もそうやって慄くんだね。だが私はここにいるぞ?ジズ…今もこうして健在だ」


そう言ってウィリアムは記憶にある通りの姿で私の前で健在をアピールする。その王者の気風を間違いなく前国家宰相の物。されどウィリアムはあの時間違いなく殺している。


首を断ち切り、それを引き剥がし、髑髏をあの城に残し…確実に死を見届けた、生きているはずが無い絶対に。それになにより…。


(あれから何年経ったと思っている。なぜあの時のまま…まさかガオケレナがクユーサーのように不死身にしていた?あり得ない、それならあの時も死ななかったはず、後から蘇らせた?そんな事ガオケレナにだって出来ないはず、なによりする意味がない)


頭の中に巡る可能性を一つ一つ考えるが、どれも該当しない。死者が蘇ることはあり得ない…絶対に。だがウィリアムはこうして生きていて、今知恵のコクマーとしてセフィラの一員になっている。


「どいつもこいつも、殺しても死なない奴らばかり、死は全員に平等で…均等であるべきなのに…、それをお前らは…ッ!」


「ジズ、お前が語った生死論に意味なんかないってことさ」


「ッ…化け物共め…!」


私だって、化け物だの怪物だのと呼ばれたこともある。だが…こいつらは本物の化け物だ、誰かに呼称されるまでもなく人外の化け物達だ。不死身の男に死を乗り越えて復活した男…何百年も生きる奴に絶対死なない女。


どいつもこいつも生を侮辱してる、死を冒涜している。こんな奴らの存在が許されるのか…こんな奴らが…。


(マーガレット…いや、今はメグか。お前はマレフィカルムを潰すのが目的だったな)


浅く笑い、怪物達を見る…これが、マレフィカルムだぞ?メグ。


(お前の前に立ち塞がるこの怪物達を前に、お前は何が出来る?何を成す…、旅の果てに待ち受けるこいつらを、お前は────)


「じゃあな、ジズ…」


そう言って手を翳したウィリアムを前にジズは手を動かし、メグを嘲る。どうかお前は生を諦めるなよ、私が見込んだ才能を最後まで貫いて生き抜けよ。


そして、その生の果てに…極上の死があらんことを─────。






「終わりましたか」


ガオケレナは盟友の死を見届ける。今やただの陶器の破片と化したそれを見下ろし、表情もなく立ち尽くす。


「ええ、我が主人よ」


「識の力で確認したところ、ジズはもうスペアを持っていないようです。これで確実に死亡したでしょう」


「ご苦労、コクマー…ダアト」


ジズがエルドラドを目指すことなど早々に分かっていた。その反逆の目的も…誰をどう使うかも。だからこそアイツらを使ったのだ。


魔女の弟子…、まさか仇敵たる魔女の弟子が私の下を訪ねあまつさえ協力関係をが結んでくるのだから驚きだった。だが同時に好都合だった、エリス達を使えばジズに私の狙いを悟られず効率よく、尚且つ的確にその計画を破綻させられたから。


だから、ジャックとぶつけたしモースのぶつけたし悪魔の見えざる手とも戦わせた。半分偶然による産物でしたがまさかここまで上手くいくとは。


流石私!……ではなく、魔女の弟子の成長が著しいと見るべきか。


(奴らに無用な餌をやりすぎましたか…)


まあそれでも、未だ取るに足らぬ存在であることに変わりはない。唯一気掛かりなのはエリスの……いや、これも杞憂かな。


「しかし総帥」


「ん?どうしました?イェソド…言いづらいのでレナトゥスでいいですか?」


「貴方がつけたコードネームでしょうに……まぁいいですが、しかし如何致しましょう。裏切り者のジズを始末し、ロレンツォと元老院という枷を捨て去ることも出来ました、しかしマレウスの主要な都市であるエルドラドがの有様で…」


「ああ…」


ここからでも見える、エルドラドの悲惨な末路。ゴールドラッシュ城なんか木っ端微塵だ、あの銭ゲバロレンツォが大枚叩いて作り上げた城が…ね。


しかしまさか私と袂を分かった後元老院に擦り寄って居たとは。元老院にお金を渡し地位を約束してもらい、そして元老院が私達にその金を渡し活動のお手伝いをして…ロレンツォは影ながら私を支えていてくれた。現役時代はあんなに頼んでも銀貨一枚くれなかったロレンツォが。


そう想うと感慨深いもがある。


「エルドラドはマレウスにとっても重要な街でした、如何に得るものがあるとはいえマレフィカルムにとっても痛手と言わざるを得ないですが」


「レナトゥスさん、世の中にはこんな格言があるのをご存知ですか?」


「はて?知り得ませんが」


「『終わりよければ全てよし』ッ!」


「いや終わりもあんまり良くありませんが…」


「私が言えばとにかくよし!」


「んゃあ〜ん!さっすがガオケレナしゃま〜!強引〜ッ!」


「ぅよーし!今から祝勝会を兼ねてみんなで居酒屋でオールだーっ!今日はボスの私が直々に奢っちゃうぞー!」


「いや流石にこのメンツが揃って居酒屋に行くのはちょっと問題ではござらんか?」


「だっはははは!流石俺様の親分ッ!器が違うねぇ!」


「諸行無常…無理なものは無理でしょう」


「えー、折角みんな揃ったのに…しゃあなし、じゃあまた今度ね」


このまま帰るのは癪だが仕方ない、そう諦めながら私は…私の弟子を、生命の魔女の弟子バシレウスを見遣る、こんなにも楽しいみんなの会話に混ざらないなんてコミュニケーション弱者か君は。


「バシレウス…」


「んだよ盆栽」


「おっ!樹木の私と天才凡才を掛けた一流ギャグですね?」


「………」


「はぁ〜、全然可愛くない弟子ですねぇ〜貴方。私のおかげで強くなれてるのに」


そう言いながら私は背を向けるバシレウスの男らしい背中にしなだれかかり…。


「もっと他の弟子を見習ってください?私…ついこの間までエリスさん達と一緒に旅してたんですよ?」


「ッ…!」


「ンいやぁかわいいですよねあの子達。それに比べてウチの弟子ときたら…拾い食いはするわ悪態は吐くわ、もう少し可愛げを身につけてください?」


「うるせぇよ…」


本当に可愛くないやつ、全然可愛くない。けれど可愛い…あまりに愛おしい。ククク…だってそうだろう?こんなにも必死なんだから。


「フフフ、こんなちっぽけな背中でお前は何を運ぼうとしている?何処へ運ぼうとしている?人間性が欠如した獣のなり損ない風情が一丁前に人の猿真似か?一生懸命人間のフリが出来て偉いでちゅねぇ…」


「クソ女が…」


「あらあら、そうじゃなくて…?」


「ドグサレ師匠」


「んハハハハハハッ!そうそう、頑張って私の機嫌を取りなさい?貴方がやりたい事は…私無しでは不可能なんですから、一生懸命私の枝葉にしがみつけ、振り落とされないよう死ぬ気で食らいつけ…そうすればいずれお前は私の種子になれる。私を超える…もう一つの大樹にな」


「お前のコピーになんざならねぇ、俺は俺だ。誰の指図も…俺は受けない」


「クカカッ!よろしい!その尻尾の振り方は気に入りました!新しい魔術を教えてあげましょう!」


バシレウス…バシレウス…私の種子。愛おしい、何処までも愚かで何処までも下手くそで何処までも人になれない愚鈍で愚劣で愚直な私の種子よ。


お前はお前が思っているより万能じゃない、そして世界はお前が思っているより汚くない。己が翼が如何に汚れているかを自覚しながらも、お前は飛ばざるを得ない。輝くばかりの世界の中、醜さだけを晒しながら…お前は飛んでいくしかないんだよ。


だから私の助けがいるんです、もっといい子にしてなさい?……あ、それと。


「あとそれと!勝手にフィロラオスを殺した件については怒りますからね!ぶっちゃけ元老院を殺すのは結果的にプラスになっただけで計画外なんですから!」


「はぁ〜…チッ、ハンセイしてまぁーす」


「してねェーなっ!こいつ!」


こいつ本当に可愛くねぇーッ!


「まぁまぁ総帥、そのくらいにしてあげてくださいよ」


「ダアト!私貴方にも怒ってるんですからね!貴方私がモース大賊団に捕まった時助けてくれなかったでしょ!」


「いやぁ、死なないし…いいかなぁって」


「そういう問題じゃなーい!危うくマグマに落ちそうになってる時も『え?まだ居たの?』って目してたしー!」


「エリスの対処に忙しかったので」


「こいつぅ〜…」


ホンマッ!こいつらホンマッ!


「して?如何する?ガオケレナ殿。拙者らどう動く?」


「魔女の弟子の始末にあたりますか?」


「エリスさん達ですかぁ、別に放っておいてもいいですよ」


「放置ですか?」


「ええ、放置です。面白い見世物が見れそうなので…このまま放置で、それよりガンダーマンは?」


「消えました、追跡は不可能です」


そうネツァクが語る。ガンダーマンは徹底して私から逃げていた、私がこの街に来ると知って七日間一切姿を見せなかった、そこから考えるに奴は何かを知った可能性が高い。


が、しかし…やはり生半可な手段では捕まえられないか。まぁいい、またエリス達を使って探させればいいだけだ。


(にしても魔女の弟子…本当に成長が著しい。魔女がマレフィカルム打倒に送り込むだけはある素質だ。磨かれっぷりではウチの弟子を遥かに上回る…)


エリス達を観察する為東部の旅を共にしたが、奴等は一戦一戦着実に力をつけている、もしかすると本当にマレフィカルム打倒を成し遂げちゃうかも。


「特にエリス…あの子はやはり素晴らしい」


「エリス、ですか…」


「直接戦ったダアトなら分かるでしょう。あの子は時代の中心にいる」


「はい、運命か…はたまた定めか。彼女は恐らくそういう天運に恵まれているんでしょう、ゴールへ辿り着く天運に」


「ええ、私もそう思います」


天を見上げ、星を見る。孤独の魔女の弟子エリス…あれは確実に至るところまで至る、その末は私の目を持ってすら見通せない。確定していない、されど確定することが確定している面白い存在。


「興味が湧きませんか?ダアト、彼女は一体どこに行くんでしょうね?何処へ行き、何処へ辿り着き、何をするか…非常に楽しみです」


「ええ、或いは私達とのところか…さらにその先か」


「或いは救いを、或いは破滅を招く天運の象徴…果たして辿り着くのはどこなのか、果たして何を成すのか、果たして少女は一体どのように育つのか」


ニタリと笑い、これから起こる全てに歓喜する。エリスはどのようにでも育つ素養がある。


孤独の魔女の力に、識確が合わさり、如何なる物の決定権を持つ彼女は世界をどのようにでも出来る。


魔女より受け継いだ力で魔女のように衆生を救うことも。


識確により文明を消し去りシリウスのように世界を壊すことも。


思うがままだ…。


「稀代の英雄の誕生か、或いは滅びの厄災の再演か、どちらにしても育ってみるまでわからない…ですね」


「エリスは、そこまで貴方の胸を高鳴らせる存在ですか?」


「ええ勿論、この歳になると若人の成長だけが…楽しみなので」


エリスさん、貴方は進み続けるでしょう。そしてその道を阻まれることなく最後まで辿り着けば、きっと私のところまでやってくる。その時貴方はどうなっているか…魔女の弟子達はどのような世界を望むのか。


そして、我が弟子バシレウスはどうなるか。


今から楽しみだ…なので私も、貴方の関門となれるよう精一杯頑張りますよ。なので…。


「さて、では取り敢えず…折角みんな集まったのでピクニックでもしに行きますか」


「あの、だから私達が揃って行動すると…」


「行き先はそうですね…」


チラリと見るのは我が故郷の方角…私が生まれ、育った町の方角。


「……帝国、そこに行くのはどうですか?あそこの麦畑は圧巻ですよ」


「ッ…!」


「ンフフフ、私と一緒に行きたい人〜」


エリスさん、私も私で止まれないんで。止めたきゃもっと頑張らなきゃダメですよ…?さもなくば。


貴方は、進む道どころか…何もかもを失うかもしれないのですから。



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[一言] い〜やケイト・バルベーロウがガオケレナなのは流石に予想外なんですけども、ホントにびっくりしました。 確かになんでこの人老いた姿じゃないの?とか考えましたけど知識のダアトと戦った時点で意識から…
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