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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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533.同盟討伐戦・第一戦『空魔』ジズ・ハーシェル


どいつもこいつも、好き勝手言いやがって。


そうコーディリアは怒る、宿敵たるマーガレットに敗北し、ジズからも捨てられ、完全に行く先を失った彼女の前に突きつけられたのは…あれだけ彼女が望みに望んだ『自由』という名の罰だった。


されど喜びはカケラもない、自由になって初めて私には何もないことに気がついたから。やりたいことなんて何もない、ただ自由になることだけを目指して動いて来たから。


あるのは恐ろしさ、これからどうしたらいいのかという言い知れない絶望、それを前にマーガレットは。


『選べ』…と、そう言ったのだ。


この世で憎いのは誰か、自分が何をしたいのか、それを選べと。


気に食わなかった、非常に気に食わなかった、だが…つい先ほど、見かけた女。


ラヴ…という元老院の手先の姿を見て、彼女を嘲り…理解した。


────ああ、私もこんな風に…盲信的に何かに縋るしかなかったんだと。


その盲信を、私は利用された。そう考えてからは早かった。


コーディリアは持ち前のプライドの高さと逆恨み根性でリアの洗脳を切り抜け自律性を守り抜いた女だ、その女の激怒に至るスピードと怒り狂い恨み始めてからのスピードは速かった。


(ジズを殺そう)


ギロリと燃え盛る瞳を尖らせた彼女は、関節を外し縄を抜ける。捨てられ、敗北し、もう何もする気力が湧かなかった…ただの歩く屍だった彼女に再び、生きる目的が出来た。


それは────。


………………………………………………………


「立て!早く立て!マーガレット!」


「コーディリア…どうして貴方が私を助けるんですか」


アリスとイリスを失い、絶望し、戦う気力も生きる気力も失った私を助けたのは。予想もしていなかった救援…コーディリアだった。


彼女は私がジズに殺される寸前でジズを吹き飛ばし、私を助け、そして立てと鼓舞してくれる。あのコーディリアが…だ。


けど私はもう…。


「私はもう…戦えません、生きる気力も湧いてこない…私は友達を失ったから───」


「だからなんだ!」


「……は?」


だからなんだとは…なんだ!こっちは生涯の友を失って…。


「そうやって落ち込んで、落ちぶれて、死んでいくのか。お前はなんのためにここまで来た…仇を討つために、私とも戦い、そして勝って来たんだろう。それはなんのためだ!失ったものを取り戻すためか!違うだろ!お前の歩みはもとより不毛なもの!何も勝ち得ることはないと理解していただろう…なら、最後まで立て、せめて…その決意くらい、貫いてみろ!」


「…励ましてるつもりですか、それ」


「励ましてるつもりはない、ただ提示しているだけだ。…選択肢をな、言っただろうお前も私に、選べと。だからお前も選べよ…ここで死ぬか、せめてジズを道連れにして死ぬか!どっちがいい!」


「……………」


今更ここで何をしても、失った物を戻らない。ジズに勝っても負けても、死んだ人間は蘇らない。父も母も姉様も、アリスもイリスも…そんなことわかっていた。


耐えられないよ、この苦しみは。耐えられないけど…。


「うるさい…偉そうに言うな…ッ!」


私は、言われたんだ。私は、託されたんだ。


姉様から生きろと、言葉をもらった。その意味は…諦めずに進むと、私に意志を託したのだ。


アリスとイリスが微笑んだ、それは…その命よりも、死の恐怖よりも、私に進むことを選んでほしいと願ったから。


そうだ、私は無数の死の上に今ここにいる。だからこそ負けられないんだ…負けちゃいけないんだ、ジズに殺された、全ての人達の心が、私の背には乗っている!


だから立て、もう力が入らなくとも立て、生きる気力がないなら死ぬ覚悟で立て!私は…私は!


「ジズッッ!!お前だけは…絶対に!叩き潰すッッ!!」


「………フンッ」


立ち上がる、コーディリアの隣に立ち、ジズと向かい合う。戦うんだ、戦い続けるしかないんだ、どれだけ悲しくても…諦めたら何も戻らない、諦めずとも何も戻らない、ならせめて変えるんだ。


ジズが人を殺し続ける、その死の螺旋を…この手で断ち切るんだ!


「おやおや、二人がかりになってしまったね…まさか娘二人に裏切られるとは、これは反抗期かな?」


「…二人がかりじゃありません、私はコーディリアと組むつもりはありませんから」


「私もだ、メグは私が殺す…けど。いつでも殺せるメグと違ってジズを殺せるチャンスはそうない、使えるものは全て使って…私を捨てたお前に復讐するだけだ」


「コーディリアは憎い、こんな奴と組んだら姉様に泣かれる…」


「けど、今は恨みも復讐心も超えてでも…、憎敵を使ってでも、ジズを倒す…!」


「ふふふっ、…まぁいいだろう、好きにしなさい」


並び立つ、これ以上ないくらい憎い相手同士が、並び立ちながらジズと向かい合う。メグとコーディリア…二人の敵意がジズを貫く。今ここで、手を組んででもこいつは倒さなきゃいけないんだと二人とも理解しているから。


そしてジズもまた余裕とばかりに球体関節の肉体を動かし、こちらを挑発する。


「分かっているな、メグ」


「貴方も、呆気なく死なないでくださいよ…あなたへの罰はまだなんですから」


「言っていろ、…行くぞッ!」


「はいっ!」


瞬間、走り出す。私は地面に突き刺さった『第三神器ヴァーヤヴィヤストラ』を握り、コーディリアは水銀を纏わせ作り出した長剣を握り、ジズに突っ込む。


「ふはははっ!いいねぇ!来なさい!」


「はぁぁああああああ!」


「死ねぇえええええ!ジズッッ!!」


ジズにぶつかり合う、その直前に二人で左右に別れ一瞬で地面を蹴り抜き方向転換、二人でジズを挟撃するように切り掛かる。


「カカカカカ!どちらも…万全ではないようだね」


「喧しい!」


「五月蝿いです!」


しかしそんな挟撃をジズは難なく捌く、最早隠す必要もなくなったとばかりに球体関節を回転させ本来人間では再現不可能な挙動で二人の挟撃を阻み、その連撃さえも左右片手同士で防いでみせる。


「ッ…!こんなにも強いのか…!」


「油断しない!コーディリア!」


「してない!」


ジズの目がギョロリと動き、右目と右手で私の相手を、左目と左手でコーディリアを、半身同士で別々の動きをしながら防ぐその不気味な動きに思わず攻め損ねる。


人型だからって、人間らしい動きを期待するのは…やめた方がいいか!


「君達本当に数時間前に殺し合った仲かい?随分連携が取れてるじゃないか…!」


しかし、内心焦っているのはジズも同じだった。メグとコーディリア…組んだ事は一度もないどころか協力したこともない二人の連携が想像を絶する程に綿密で巧みだったからだ。状況が悪くなり続けている…何故ここまでの連携を、ジズはそう考える…だが。


当初も言った通り、二人は連携しているつもりはない。


「はぁああああああああ!!」


「死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!」


(これは…まさか私を介して殴り合っている!?)


殴り合っているのだ、メグとコーディリアは。当然直接攻撃しているわけではない、ただジズを間に挟み互いの動きを見る事でジズの動きを読んでいるのだ、コーディリアの斬撃を避けるようにメグが動きジズを撹乱し、メグの反撃を防ぐようにコーディリアがジズの攻撃を避けている。


連動しているんだ、協力関係ではなく敵対関係だからこその連動…それは互いの動きを熟知し合った中だからこそ実現するコンビネーション。


「腹立たしい……、何より…お前達二人が組んだ程度でなんとかなると思われているのが腹立たしい!!」


メグとコーディリアのコンビネーションは確かな物だ、そもそも二人ともファイブナンバーに匹敵する実力者…この二人が組んだ時点でその脅威度は桁違いに跳ね上がっている。


だがそれでも、ジズはジズ…未だこの場で最強である事は変わらず、圧倒的である事も変わらない。


…二人の攻撃を魔力防壁により弾くと共に両手から放つ爆風によって吹き飛ばし分断を図る、この場でジズにとって厄介な人間…それは。


「まずは君からだ、マーガレットッ!」


「ッ…ジズッ!」


吹き飛ばされたメグを置いジズはガラガラと陶器の体を動かし走り抜ける。先程まで表皮を気にして使わなかった全力疾走、人の体では再現出来ない蛇のような走法にてメグに迫り、その手を広げる。


すると広げた掌に穴が開き、そこから鋭い剣が現れる。腕の中に刃を格納していたのだ。それを使いメグに向け引っ掻くように切り掛かる。


「ッ…いよいよ人間やめてますね…!」


「こうでもしなきゃ、辿り着けない領域を目指しているからね…!」


ジズの体は人型であって人型ではない、彼自身が設計した『殺しに最も適した構造』をしている。老いを克服する目的で肉体をオートマタに作り替えた上で、彼は未だ高みを目指した。


オートマタになった時点で、身体的修練は意味をなくした。代わりに無尽蔵に改造可能な肉体を手に入れたのだ。


「ハハハッ!人を殺してるからこそ分かるんだ、人間は脆すぎる、死因となる事象があまりに多すぎる!どんな事をしても人は死んでしまう!私はそれを一つ一つ消去しこの肉体を完璧に近づけた!不死すら超えた不滅の領域に!私は足を踏み入れつつある!」


「皮肉ですね、誰よりも殺している貴方が…他でもない誰よりも!死を恐れているとは!」


「死ねないだけさ!魔女を殺すまで、永遠にね!」


ヴィーヤヴァヤアストラを手繰りジズの猛撃を防ぐメグの顔に焦りが生まれ始める。コーディリアという救援を得た物の体力が回復したわけでも急激に強くなったわけでもない、こうして打ち合えば以前変わらず…いや、正真正銘の本気を出してきたジズには到底及ばない。


「人の体は不便さ、君も捨てればいい…手伝ってあげろよう!」


瞬間、ジズは踏み込むと共に腕を大きく振りかぶる。すると振りかぶったジズの関節が、肩、肘、手首の順に外れる。腕としての形を失い…まるで三節棍のように自由を手に入れた腕を踏み込みと共に振るい。


「五十六式・刧末ッ!」


「ぐっ!」


振り回される両手、それをヌンチャクのように振り回せば一瞬でジズを中心に刃の嵐が吹き荒れる。鋒が音速を超える連撃、それを前に疲労と消耗から握力を失ったメグは刀を弾き飛ばされ力を失い…。


「アハハッ!友達の所に送ってあげるよ!」


「ッ…ジィズゥッッ!!」


アリスとイリスのところに送ってやると口にすればメグの瞳に再び闘志が宿る、だが今更遅いとばかりに再び関節を接続したジズが刃を鋏のように重ねメグの首を狙い…。


「『有事必殺・惨の糸』ッッ!」


「おっと!」


「私を忘れるな!ジズ!」


「コーディリア…!」


しかし、飛んできたワイヤーがジズの腕と首に絡み付き動きを止める。コーディリアだ、その手にワイヤーを握りながら全力でジズの体を引き留め全霊で吠える。


「その技は、ああ…ビアンカの技だったか?」


「ああそうだ…!私達で組み上げた、私達の技だ!」


これは八番『絞殺』のビアンカの技。だがジズは知っていた、コーディリアがビアンカ達を利用し自分の技を改良させ自分を強くするための手駒として使っていたことを。


「コーディリアぁ、私が君に期待していたのは本当だよ。君にはなんとしてでも目的を達しようとする気概があった!」


腕の一振りでワイヤーを切り捨て迫ってくるコーディリアに標的を移したジズは腕の刃を振るう。


「だが!君は敗れた!目的を達しようと死に物狂いで戦う君が好きだったのに、ガッカリだよ!」


「お前は…いつもそうだ、勝手に期待して、勝手に持ち上げて、勝手に殺し屋にして、勝手に私の生き方を定める!お前は!いつも勝手だ!」


「そういう私が好きなんだろう?」


「私は私が勝手にするのが好きなだけだッ!」


空魔の短剣を握り締め執念の抵抗を見せるコーディリアを着実に追い詰めるジズはニタニタと無機質な笑みを崩さない。やはりコーディリアも完全に回復し切っていない、確かにメグに比べれば消耗の度合いも小さいが、それ以上にメグとの実力差がコーディリアにはある。


「そうかい、なら勝手に死ぬがいい」


「ぐぶぅっ!?」


拳から放つ魔術。『ジェットスラスター』により吹き飛ばされたコーディリアを見て確信する。格好撃破なら問題なく終わらせられると…しかし。


「ッッメグッ!」


吹き飛ばされたコーディリアはそのまま地面を掴み体を回転させると共に、蹴り飛ばす。地面に散乱したアストラセレクション…二丁板斧型の魔装『第六神器アンタルダーナストラ』を。


(まずい!あれをマーガレットに渡すのはまずい!)


咄嗟にジズは手を振るいメグ向かって飛ぶ斧を撃ち落とそうとするが…。


「私から目を離すなよ、ジズッ!私は眼中にないか!」


「ッ…!」


コーディリアが、斧と同じ速度でこちらに向かって飛び。ジズに肉薄する、メグに向けてアストラセレクションを投げ渡したのはメグへの援護ではない。


単に、ジズがそうして欲しくなさそうだから…そうしただけ、つまり陽動。


「ッ…コーディリアッ!」


「改定・空魔殺式」


コーディリアの身に漂う水銀…蓋砕の抱剣が揺らめき、展開される。アストラセレクションに向け手を伸ばした時点で、ジズにそれに対抗する手段は…無い。


(まずい、コーディリアの改定殺式は…確かッ!)


「『施餓鬼抱擁』ッ!」


瞬間、まるでウニのように棘を射出した水銀が、ジズの体に直撃する。しかしその一撃さえ弾くほどにジズの体は硬い。しかし…そうではない。


コーディリアの改定・空魔殺式『施餓鬼抱擁』。それは相手に攻撃を当てた瞬間に発動する。コーディリアの意志のままに動く水銀は、相手に直撃し、突き刺さった後も…彼女の意志を反映する。


「グッ…!」


この技は擦りさえすれば確殺と言えるまさしく必殺の奥義と呼ぶに相応しい効果を持つ。突き刺さった水銀を相手の体内に潜り込ませ、体の中で銀の花を咲かせ、そのまま硬化した花弁で相手の肉体を引き裂き開花させる。


それは陶器の体を持ったジズに際しても同じ、体の中にも潜り込めずとも、関節の間に入り込み、ジズの関節を塞ぐように銀の花が咲き乱れ、その動きを封じる。


「グッ…!」


「人形の体、そいつを見た時からこの手しかないと思ってたよ…」


表皮が消え去り、剥き出しの関節を晒した時点でコーディリアはこれを狙っていた。関節の間に銀を挟み込めば動けなくなると理解していた。だからこそ…叩き込んでやったんだ。


「まさかあんたがこんなダサい人形みたいな存在だったとは…、そしてそんなお前に操り人形にされていた自分に反吐が出る」


「コーディ…リアァッ!」


「今日まで育ててくれたことには礼を言う、だが!」


コーディリアがジズに向けて指を突きつける、いや…指を差したのはジズではない。その背後で斧を…『第六神器アンタルダーナストラ』を受け取り振りかぶるメグに向けて指を差したのだ。


「さっさとくたばれ!クソ親父!」


「ジズッ!アリスとイリスの仇を…私から奪った全ての報いを!受けろッ!!」


動こうともがくが、関節に芽吹いた銀の花が関節を巻き取り動きを阻害する。既に斧を振りかぶったメグの斬撃が首に迫る。


『第六神器アンタルダーナストラ』…暗闇の魔力変換現象を起こすこのアストラセレクションは別名『最鋭の魔装』と呼ぶべき威力を誇る、刃が闇と化し相手に張り込み内側から引き裂く。ジズの防御力もこれなら問題なく抜ける…切り裂ける。


「ぐっ…ぅぉおおおおおおおお!!」


刃が迫る、二人の影に完全に体を縛られ詰みに持っていかれた。ジズは慢心した、二人よりも強いと、圧倒されることはないと、だからみくびった。


二人の覚悟と、お互いへの嫌悪感を噛み潰す程のジズへの執念を。二人の技は今世界一の殺し屋を確かに追い詰めた…。


追い詰めたのだ…。


(ここまで追い詰められたのは数十年ぶりか…ともすれば、経験したことすらない窮地!この私が…こんな二人に、いや…違う。そうだ、そうだよ…二人の目の輝き、これこそ私が欲した物)


ギリギリと金属の歯を食い縛りながらも笑うジズは…決める。


(これだ、この光こそ…私が、『彼女』に─────!!)


…覚悟を、最早これより行うのは暗殺や闘争ではない…これは、ジズ自身の運命を賭けた戦いなのだとようやく理解し、彼は…運命に抗う覚悟を決める。


「魔力覚醒…『天獄のアジダハーカ』…ッ!」


それは、ジズにとって…人生最後の魔力覚醒となるだろう。


………………………………………………………


一瞬だった、二人で作り上げた最大の好機が…ジズの奥の手によって破壊されたのは。


「ぐぅっ!?」


「かはぁっ!?」


斧がジズの体に触れた瞬間、ジズは発動させた…魔力覚醒を。それと共に発生した巨大な衝撃波、爆発と言い換えても良いそれが斧を弾き飛ばし、メグとコーディリアを吹き飛ばし壁に叩きつける。


……分かっていた、奴がまだこの手を隠し持っている事を。だがもしかしたら、それを使う前に倒せるかと思っていた。けどまぁ…そんなに甘くはないか。


「っ…ぐぅ…ジズ……」


「四度、私がこの覚醒を生涯で使用した回数は四度。それも暗殺や虐殺に用いただけで…闘争に用いたのはこれが初めてだ。誇りなさい…君達は争いによって初めて私にこの手段を使わせた」


部屋の中心に立つのは、より一層人間の姿から遠ざかったジズの威容。


魔力覚醒を発動させ、まるで龍のように無数の空気の断層を身に纏い、ダラリと垂れるように帯を背から垂らした…ジズの姿だった。その目からは光が失われており、その胸から赤い光を放ち、陶器の躯体が糸に引かれたように浮かび上がり、カタカタと音を立ててこちらを見ている。


あれがジズの覚醒…使うことは分かっていた、けどその内容までは分からなかった。何故か?それは先程ジズの言った通り、彼はこれを闘争に用いたことは一度もない。


戦闘向きの覚醒ではないから?違う…彼はそもそも戦うこと自体が少ない、ましてや格上相手に切り札を使わなければ勝てないような戦いはしない。確実に勝てる時しか戦わない。


だからこそ、見せない、切り札は。それを引き出した…引き出せてしまった。


「『天獄のアジダハーカ』…もう数十年も前に辿り着いた領域。君達になら使うのも吝かではない。私をここまで追い詰めた返礼として…ね」


「…………」


今の一撃、空気が膨張した。ジズの得意な気圧魔術は風魔術の一部…つまり属性魔術だ。故に彼の覚醒は属性同化型魔力覚醒であることが考えられるが。


(問題は、ジズが空魔である…という事)


私達はマレウスに来て三魔人全員と戦ってきました。


世界最強の海賊、海魔ジャック・リヴァイア。


世界最強の山賊、山魔モース・ベビーリア。


全員が…属性を操る覚醒を使った、ジャックは海そのものを操る、モースは山を操る。


ならジズは…。


「殺そう、生きようと足掻く君たちを踏みつけ地獄に落とし二度と這い上がって来ようとも思えないほど、絶対的な力を見せつけて…殺そう」


ジズの手がカラカラと音を立てて動き…それは巻き起こる。


目の前の視界が、ブレたのだ。私の周りがじゃない、この謁見の間そのものが鳴動した。それは───。


「ごぶふぅっ!」


「がはぁっ!?」


悲鳴が上がる、私とコーディリアの。口から血が溢れ出てまるで内臓を握り潰されたかのような衝撃が走る。


……気圧だ、ジズは気圧を操ったのだ。


「ぐっ…ごぼほぉ…!」


「ッ…頭が…」


───それはジズによる0.15秒の打撃。彼が扱うのはメグの予測通り…『気圧』である。


属性同一型魔力覚醒『天獄のアジダハーカ』。本来は体を風に変える類の魔力覚醒であったそれはジズが肉体を捨てた事で変性した。魔力覚醒の影響を受け変質するべき肉体が消えてしまった事で歪んでしまった覚醒は…その力の行き先を外側へと向けた。


つまり、今の天獄のアジダハーカの効果は本来の真逆。『体を空気に変える』のではなく『空気を自らの一部』に変える物。この覚醒を発動させている間、空気はジズの魔力によって如何様にも姿や形を変え、攻撃にも防御にも生かされる。


今の一撃もそうだ、今のは空気の波を自身を中心に発生させ、急激に気圧を増加させメグとコーディリアの血液や臓器を圧縮し負荷をかけたのだ。発生から0.15秒で到達し過ぎ去っていく不可避の一撃。


……今のジズにとって、空気そのものが彼の武器となる。つまり…。


「さて、どうする?」


空気がある場所は全てジズの射程範囲である。空気に触れている限りジズはいつでも相手の臓器を破裂させられる。


これが空魔ジズ・ハーシェルの本気。伊達ではない、世界最強の文字を背負う魔人の持つ底知れなさは。


「ッ……」


充血する瞳を動かし、先に動いたのはコーディリアだ。口から血を吐きながらジズを見た後メグを見る。


(メグはまだ動けないか。ここまでやり合ってきた疲労が今の一撃で誤魔化しが効かないところまで来たか…オマケに相手は魔力覚醒)


今この場に、魔力覚醒出来る戦力はない。それどころか消耗し切った二人には抵抗する手段もない。


ここに来て魔力覚醒の投入に心が折れそうになりながらも、彼女は手元に水銀を集める。


対するメグは……。


(魔力覚醒を使ってきた…、恐れていた事態に発展した、…けど)


分かっていた事だ、その上で覚悟を決めていたことだ。だからエリス様達に約束した…死なないと、死なない意志を…私はアリスとイリスに示さなければならない。


なら立たねばならない、だから…。


「まだやるかい」


「ぜぇ…ぜぇ…」


「はぁ…はぁ…ペッ」


二人とも立ち上がる、無理だと分かっていても、心が折れそうでも、諦めるつもりはない、なんとしてでも…ジズはここで倒さなければならない。


「それでこそだ、私は君達を愛そう…そして殺そう、愛しているから殺そう。それが私からしてやれる君達への最後の贈り物だ」


「喧しいッ!」


「ッ…アストラセレクション…ッ!」


「だから、抗うな」


走り出した、ジズに向けて走り出した。その瞬間ジズもまた動き出した…というより、終わらせた。


二撃目だ、初撃の自己紹介めいた軽い一撃ではなく、次は本物の攻撃。大気全域を攻撃範囲に変え、そして大気そのものを武器に変えるジズが…その腕を操り。


「空魔七十二式・羅生門」


乱れ飛ぶ、斬撃が。空気を切り裂く…いや空気が切り裂く斬撃の雨が全方位に広がり全てを切り裂いていく。ジズの攻撃に穴はない、全方位に満遍なく行われる、回避は不可能、防御も不可能、接近も不可能、離脱も不可能。


凡ゆる行動を潰し、阻害し、絶対を叩きつける、正真正銘…本物の『必殺』。


それは謁見の間を満たし、剰え溢れ出し、廊下に溢れ出て、門の外まで広がり、城全体を切り刻む。大気がある場所は全てジズの攻撃範囲内、その言葉を体現するが如く普遍の『一撃』…。


「ッ…あっ!」


当然、受け切れるものではない。メグは必死にアグネヤストラで斬撃を切り裂こうと抗うも、一秒と立たず斬撃に飲まれ荒れる風の中に消えていく。


…これが、力の差なのだ。


「あまりナメない方がいい、八大同盟の盟主を」


一撃でメグを吹き飛ばしたジズは冷たく囁く。これが八大同盟の盟主、三魔人としての顔ではない。世界一の組織である魔女排斥機関マレウス・マレフィカルムの頂点に立つ八人の王達。


八大同盟を統べる者としての力、失う物のないジャックや衰えを許容したモースとは違う…絶対である事を求められ続け答え続けた者が持つこの力もまたやはり絶対である。


「君達如きに遅れを取るなんて、私もヤキが回ったかな。これじゃあオウマやイシュキミリに漬け込まれてしまう、この戦いが終わり次第私は一線を引こうかな…」


まぁ、この戦いがどの道最後の戦いだが。ロレンツォが死んだ以上もうマレフィカルムを支える資金源もない、ペイヴァルアスプが落ちれば地下にいる元老院も死ぬ、そしてマレウス最後の寄る辺である女王が死ねば。


『お父様〜!』


「ん?クレシダ?」


ふと、斬撃の嵐の中クレシダの声が響く。耳の中に仕込んだ念話魔力機構で連絡を取ってきたのだろう。斬撃の嵐を維持したままジズはクレシダの言葉に耳を傾ける。


『お父様!女王レギナを殺したよ!』


「ほう、それは良かった…君ならやれると信じていたよ、クレシダ」


なんて考えているうちに、どうやら女王レギナは私の娘が殺してしまったようだ。仕事の達成速度では劣るものの仕事の達成確率ではファイブナンバーにも匹敵するクレシダに任せたのは正解だったようだ。


良い働きをした彼女には褒美を与えなければ。そう思いながら念話を切り…。


「丁度いい、六番の座が空いたからクレシダにはそこに座ってもらうとしよう。いい子にはご褒美をあげないといけないからね」


「───アイツにゃ、その座は荷が重いよ」


「は?」


振り向く、私としたことがクレシダの報告に意識がいっていたようだ。死んだと思われた奴が…まさか、この斬撃の雨を抜けてくるとは思っても見なかった。


「コーディリア…」


「死ねって言ってんだろ、…化け物ッ!」


水銀を展開し防御をしながら、それでも貫通してくる斬撃に血塗れになりながら、コーディリアは斬撃の雨を突き抜けてきていた。抜けてこれるはずが無い、彼女の体力は把握していた。


だが抜けてきた、つまりコーディリアは限界を超えてきた、…そう、限界を。


「なるほど、まさか君も…メグと同じ才能を持っていたとは」


「死ねや…ジズッッ!!」


彼女がその手に構えるのは『天破火砲』…クレシダの空魔装。涙ぐましい努力だ、だが讃えるべき努力だ。そして謝罪しようコーディリア。


「君には期待していた、だがここまでではなかったよ…どうやら君には才能があったようだ」


その砲火が放たれるよりも前に指先を向け、謝る。


「だが私にはやはり、その才能は扱いきれないようだ…悪かったね、コーディリア…お詫びだ、死んでくれ」


瞬間、コーディリアの天破火砲が…裂けて。


「グッ…ぉが………ッ」


刻まれる袈裟気味の一線、コーディリアの命を懸けた一矢は容易く崩され…その涙ぐましい努力も血で染められていく。


(……届かない…か)


遠のく意識の中、コーディリアは離れていくジズの姿を見て目を細める。分かっていた事だ、ジズの強さは誰よりも分かっている、メグよりも分かってる、この人が絶対だからこそ私は盲信していたのだから。


だが、メグに選択肢を提示された時に…私は思ったのだ。私は父の為に戦っている、なら父はなんの為に戦ってる?父が見ている物の先に私の命を賭けるに足る何かはあるのか?


…ない、無いんだ。何もない、父の目は何も見てない、ただ殺すためだけなら父はいる…父は何も見てないのに、何故私達は従い続けるんだ?


…ビアンカ、オフェリア。私はこいつらを利用していた、アイツらは何も考えず私を盲信してついてきた、そしてその末に命を落とした…。アイツらが命を落として、ジズは目的に近づけたか?


それは否だ、だって目的なんてないんだもん。ビアンカとオフェリアは犬死だった。まぁアイツらは馬鹿だったし、何も考えないクズだったし、私に利用されるような奴だからジズに利用されたとて────。


『コーディリア姉様!次はどこ行くよ!』


『我々ならば如何なる者も殺せましょう、なんせ私達はずっとそうやって戦って…ここまで来たんですからね?姉様』


─────あんな奴ら…あんな奴ら…私の、駒で…私の……。


「ッッッがぁぁあああああああああああ!!!」


「まだ動くかッ…!」


胴を切り裂かれてなお動き絶叫するコーディリアにジズは驚きを隠せない。その間にコーディリアはワイヤーをジズに括り付け拳を握る。


せめてこの手をジズに届けなければ死ぬに死ねないと片手でジズに巻きついたワイヤーを引いて死力の一撃を放つ。


アイツらは馬鹿だった、アイツらは能無しだった、アイツらは利用される側だった、アイツらはそういう奴らでより馬鹿でクズな奴らを殺して生きてきたクズだった。


だが…そんな私達を作ったのは誰だ、私をこんな私にしたのは誰だ、あの二人をクズとして育てクズとして死なせたのは誰だ。


これは逆恨みだ、それでも目が覚めてしまった以上…分かってしまった以上、怒らずにいられない。


「テメェは!!私達の!娘達の!命を!なんだと思ってんだあああああああ!!!!」


「……そうか」


──それは、その叫びは、ジズに確信させた。


幼い子供達を攫い、洗脳して、暗殺者として育て上げる計画。


これが、失敗であったと、コーディリアはジズに…確信させた。


「やはり、有象無象に力を与えても無駄だったか。分かったよコーディリア…もう君みたいなのは作らない、こんなことになるくらいならね」


「ッ………」


血が垂れる、放った拳に…ジズの手から突き出た刃が突き刺さり、肘を貫通して血が垂れる。


………届かない。


「死んでいろ、コーディリア」


「ぁがっっ!?」


そのまま地面に叩きつけ血がぶちまけられ…コーディリアは動かなくなる。


それを見下ろしたジズは斬撃の雨を止め、その場に動く者が居なくなった事を確認し、…視線を動かす。


「女王レギナは死んだか……」


既に目的の大部分は達成された、ロレンツォと女王レギナを殺せた以上もうこの城にいる必要はない。マーガレットも致命傷を受け動けない、コーディリアも瀕死の重傷。なら後はこの城の炎に巻かれて死ぬのを待つだけ…なら。


「…………待てよ」


ふと、ジズは陶器の顔を歪め一つの事実を思い出す。


(確か、女王レギナの配下の下には…元老院が差し向けた影武者がいたはず、顔がそっくりな影武者…もしクレシダが殺したのが影武者の方なら…、あり得る話だ)


クレシダのことは信頼している、だがその暗殺法故に影武者であった場合の確認が難しいというものがある。


「おい、クレシダ」


耳元に手を当て再びクレシダに連絡を取るが……。


「クレシダ?クレシダ?…返答がない?やられたのか?誰に」


返答がないのだ、さっきまで返答があったはずなのに。考えられる可能性は一つ…クレシダがやられた。まぁクレシダなら近接戦に持ち込まれれば負ける可能性もあるが…。


「確認に行こうか」


歩き出す、クレシダに頼んで死体の確認をしてもらうつもりだったがそれも叶わないなら仕方ない。この手でレギナの生死を確認に行く、そして…もし生きていたら。


問題ない、殺すだけだ。


そう考えたジズは魔力覚醒を維持したまま陶器の足を動かしてレギナを探し謁見の間を後にする。


その場に、瀕死のメグとコーディリアを残して。二人はもう動けない、ジズがいなくなった後も二人は動けず…謁見の間を満たす火災に身を焼かれ───。


「っ…ぐぅ…ふぅ…ふぅ」


否、一人…動いてた。ジズがいなくなったのを確認し、動き出した者がいた。


「メグ…生きてるか…メグ…ッ!」


コーディリアだ、片腕を潰されて、もう片方の手で地面を這いながら倒れるメグの元へ向かう。ジズの攻撃により生死の境を彷徨うメグに向け…彼女はただ、動く。


「ッ…クソ、悔しい…悔しい…」


悔しかった、結局何も成せない自分に苛立ちが募る。


メグに言われて、コーディリアは考えた。選択肢を突きつけられ…考えた。そして…今まで目を背けていた都合の悪い事実と向き合い戦う覚悟を決めた。


…今まで居なくなって行った姉妹達、死ぬ事を強要された自分達、ハーシェルの影と言う存在の理不尽さ。そこに気がついた彼女は動かざるを得なかった。だからメグと戦う道を選んだ。


自分達はクソだよ、クソッタレだよ、ジズに対して怒りながらジズと同じように人殺してる、偉そうな事を言える立場じゃない。そんな事は分かってる、だからこれは自分達を作ったジズへの逆恨みなんだ。


どこまで怒ろうとも、それは結局逆恨み…逆恨みではきっとジズには勝てない。だから…。


「メグ、起きろ…そして生きろ、お前…トリンキュローに言われてんだろ」


私はメグとトリンキュローの最後の再会に水を差し、トリンキュローの死の一端に関わった、そんな私がトリンキュローの名を出せばこいつは怒るだろう。


トリンキュローは嫌な奴だったよ、だけどある意味私がこうしてジズへの反抗を決意したのはアイツのおかげであるんだ。アイツの言った通り私は捨てられた…否定された、トリンキュローは…間違っていなかった。


だからこそ、トリンキュローの意志を継ぐメグが…ジズを倒すべきなんだ。


「頼む、私じゃ無理なんだ…お前じゃないと、ジズは倒せないんだ…ジズは…何がなんでも倒さなきゃダメなんだ」


思考の自由を手に入れると共に。私達は多くを殺してきた、その罪の重さを理解したコーディリアは…誰も殺さず、非殺を見出したメグを…認めていた。


私とは違い真に解放された唯一の子。だから…託すしかないんだ。


「起きろ…治癒のポーションだ…」


瀕死の重体ながらコーディリアは懐から治癒のポーションを取り出す。ラヴが破壊した隠し通路の中に残されていた物を持ってきたんだ。これを使えばメグは回復できる。


本当はもっと早くに渡すつもりだったけど…それを、今。


「これで起きろ…そして戦え、こんなこと頼める義理じゃないのは分かってる」


ポーションの蓋を開け、メグにかける。自分の傷など無視してメグを助ける為メグにだけポーションを使う。


「…謝る、お前を虐め続けたこと、恨み続けたこと…謝るよ…本当に、ごめん…」


ポーションを使い切った後は、懐からワイヤーを取り出し、残った傷を縫合し、メグの治療に残った体力を使う。


「謝る、お前の…姉を…死なせる結果になった事を。侮辱したことを…、謝る、ごめん…と言っても、許されることじゃないのは分かってる、罪なら受ける…どんな罰でも受ける、だから」


そしてコーディリアは倒れ込みながら、メグの拳に…自分の拳を乗せ、預ける…。


預けるんだ、私達の抱えたものを。メグは嫌かもしれないしメグには関係ないことかもしれない、でも頼む…持っていってくれ。この…決意を。


「だから…だから、お願い…わたしの…お父さんとおかあさんの…仇をとって」


ボロボロと涙を流しながらコーディリアは懇願する、目を背けていた不都合な事実。ジズが…私の両親を殺したという事実。リアにより蓋をされていた記憶が自由になったことにより爆発した怒り。


これが、コーディリアがここに来た一番の理由だ。家族を殺された事を思い出したから…だから、メグに申し訳ないと思ったし、ジズを許せないと思った。


あの時、私はただの小娘だった…父と母に育てられ、幸せに生きていたただの小娘だった、それを奪ったのがジズなんだと…思い出した。


いや、私だけじゃない。


「空魔の館で生きた、生きていた…私達姉妹全員とその両親の仇を。幾多の幸せを奪い利用してきたジズに…『私達』の仇を…!」


メグに託すのは、今まで生まれてきた『ハーシェルの影達』の無念。ジズに利用され死んでいった者たちを真に救えるのは…メグだけなんだ。もう私達はメグに縋るしかない。


メグは嫌かもしれない、けど…お願い。私達も…貴方の行くところへ、連れていってくれ…。


「たの…む………」


必死に、メグの手を握りながら…崩れる意識の中、コーディリアは項垂れ…動かなくなる。





そして、…そのコーディリアの手を………。


「───分かりました」


目を開いたメグは、握り返す。


……………………………………………………………………


「ごはぁっっ!?」


「ステュクス!」


「はぁ…やはり女王は生きていたか。それに部下の一人が覚醒している…」


ジズの手勢が引いて、安寧を取り戻したかに見えたレギナ達。その中庭で彼女の埋葬をしようか話し合っていたところ…突如として襲来したのが、ジズだった。


既にウォルター達は戦える状態にない。故にステュクスは咄嗟に魔力覚醒『却剣アシェーレ・クルヌギア』を発動し、応戦したのだが。


「だが、まだ覚醒したてのようだね…。これなら簡単に殺せそうだ」


「グッ……」


戦いにならなかった。ステュクスは中庭の壁に叩きつけられ剣を杖に舌を打つ。自分が疲労していると言う事を差し引いても、…実力差は明白だった。


(マジかよ、ここに来て…こんなのが来るのかよ…。違いすぎる、覚醒したら…なんでも倒せると思ってたのに、同じ覚醒でもここまでが出力が違うか!)


ステュクスの却剣アシェーレ・クルヌギアはジズの天獄のアジダハーカに通用しなかった。同じ覚醒であるはずなのに全く通用しなかった。


これはステュクスの覚醒に対する理解度が低かったから…と言うのが主な原因である。


「覚醒初心者だろ、君。教えてあげるよ…覚醒にも、いや?覚醒者にも上下がある」


「ああ…?」


「覚醒初期段階では覚醒は絶対の力だと思い込みやすい、私も若い頃はこれが絶対だと思っていた。だが直ぐに思い知る事になる…『覚醒は所詮出来る事の一つでしかない』と言う事に。覚醒をした上でどう戦うか、どう生きるかを決めていくことが必要なのさ、それにどうやら君は正規の方法で覚醒したわけではなさそうだ」


「ッ……」


「私は覚醒の最上位段階にいる。覚醒の細かな部分を理解し改良しより自分に適切な形に変えその運用を極めた段階だね。主に魔女大国最高戦力たちが居る段階だ…それが今さっき覚醒したばかりの子が敵うわけがないだろう」


「ッ…そんな事、ねぇよ…!」


「まぁ最初の覚醒は補正がかかり最上位段階に匹敵する力を出せることもあるが…今はそれもないようだし」


ジズの言っていることは全て事実だった。事実としてステュクスは正規の方法で覚醒したわけではない為ティア…ラヴとの戦いの間は外部から注入された魔力により出力が安定していたが…。


戦いが終わり、魔力が枯渇してからはそれもなくなり、非常に不安定なものに戻ってしまった。所詮これはロアの秘策による一時凌ぎだったのだ。


だがそれでも…。


「ッ…カリナ!ウォルター!レギナを連れて逃げろ!こいつの狙いはレギナだ!」


「う、うん!」


「ははは、させないよ…」


「そりゃこっちのセリフだッッ!!」


レギナに向け狙いを定めた瞬間を狙いステュクスは立ち上がり飛び立ち、ジズに向けて斬りかかる。されどその斬撃はジズの陶器の肌に阻まれ火花を散らし…。


「っ!切れねぇ!」


「流石に覚醒してるだけあってあの子より動きがいい…だが」


ジズの目がレギナからステュクスに移る。もう流石に煩わしいんだ、これ以上邪魔されたくないんだと呟いたジズは全身から魔力を放ち。


「空魔五十七・阿防羅刹…!」


ジズを中心空気の揺らぎが生まれる。そして一瞬でジズを中心に空気が変動し…まるで空気が意志を持ったように動きジズと目の前のステュクスを避けるように動き……。


作り出した、真空状態を。


「ッッ─────!?」


空気が纏めてその場から無くなった、その瞬間ステュクスの耳が破裂するように血を吹き目が、口が内臓が張り裂けるような痛みに襲われ───。


「ッッ!」


咄嗟に目の前に魔力爆発を作り出し緊急離脱を行うステュクス、それにより真空の空間から抜け出し地面を転がり、血を吐く。


「げばぁっ!…ごぇ…がはっ…ひぃ…ひぃ…はぁ…」


「いい判断だ、で?次はどうする?」


「ぁが…ぁぐ…」


「ああ鼓膜が裂けたのか、じゃあ聞こえないね。残念」


真空により耳が裂け音を失ったステュクスはジズの呼びかけに応えず地面をのたうち回る、血が充血した瞳は一時的に色を失い、痺れた肌は感覚を失わせる。


一瞬だ、一瞬で覚醒したステュクスが無力化されたのだ。


「ステュクス!ステュクス!いやぁっ!貴方まで居なくならないで!」


「れ、レギナ!危ないわ…」


「カリナ!このままじゃステュクスまで死んじゃう!嫌だ…嫌!」


「んふふ…」


ジズは満足そうにレギナの顔を見る、死を厭う人間の顔はいつ見ても良い。充足感を感じる、良い仕事をしたなと思えるような目に見える達成感で胸が満たされる。


さて、お楽しみも良いが私はプロだ。軽くステュクスを殺してレギナを殺してこの城を離脱しよう。早く抜け出さないとペイヴァルアスプが発射されて………ん?


「……おかしい、そう言えばもう時間が過ぎてるじゃないか、なのに何故…」


そう言えば時間を忘れていたが、もうペイヴァルアスプが発射される時間じゃないか。なのに何故何も起こらない?まさかエアリエルが私に配慮して?馬鹿なことを。


私はペイヴァルアスプの発射と共に空魔の館に強制送還されることになっている、だから私を気にせず撃てと言ったし、彼女ならそうするだろうに…。


そう思い天を見上げたジズは眉を顰める。


「私の館が……」


そこには、天に跨る自分の居城がある。巨大戦艦だ、あれを作るのに莫大な時間と費用を使った戦艦が…黒煙を吹いて歪んでいた。


(馬鹿な、まさか魔女の弟子にやられたのか?たったの七人だぞ、しかもファイブナンバーはどうした?チタニアは?アンブリエルは?エアリエルは…全員、やられたのか?そんな馬鹿なことがあるわけがない…!)


あれは私が作り上げた最高傑作達、ハーシェル一家が八大同盟たる所以。あれが負けたなら私はマレフィカルムへの叛逆どころか八大同盟の座さえ危うくなる!


そんな馬鹿なことがあっていいはずがない、負けるなんてことが…そんな。魔女の弟子はファイブナンバーよりも弱かったはずなのに…!


「ッ…へへ……」


「ッ…貴様、何見て笑ってる…!」


慌てるジズを見て、にたりと挑発するように笑うステュクスを見て、流石に頭に血が昇る…血なんてないけど。


今の私に余裕はない、冗談を冗談と受け流す余裕がない、だから…そんな顔をするなら。


「分かった、ちょっと死んでくれ。イライラしてるんだ…」


手の剣を振り上げ、ステュクスに向け振り下ろす。それでも笑みを消さないステュクスに怒りを覚えながら力を込め─────。


「『天破火砲』ッ!」


「グッッ!?!?」


瞬間、ジズの背中が破裂し…黒煙を上げる。倒れることはない、だが…怒りは湧き上がる。


今のはクレシダの…先程切り刻んだ空魔装…いやあれは二つあるから、もう片方か?と言うことは、それを操るのは…生きていたか。


「くどいぞ…コーディリア…ッ!」


そう言いながら振り向くと、そこには…。


「ようやく私の名前を思い出しましたか?…ええそうです、私はマーガレットではなくコーディリアです。お名前…返していただきありがとうございます」


「ッ…マーガレット……」


メグだった、瀕死の重体を負ったはずのメグが天破火砲を手に立っていた。


何故生きてる、何故クレシダの空魔装をお前が使える、何故ここにいる、何故…何故…何故。


「何故だ!マーガレットッッ!!」


「言ったでしょう…私がここに立っているのは、お前に命を奪われた…全ての者たちの為に立っているとッッ!!」


何故?決まっている……父から、母から、姉から、友から、故郷の人たちから、宿敵から…託されたからだ。


この膨大で果てしなく、終わりのない死の螺旋を断ち切る役目を、託されたからだ。


………………………………………


『暗中模索の法』…それがメグに課された修行だった。


音もない、光もない、何もない世界に落とされ何をするべきかを自分で考えろと言い残した陛下の言葉に従うだけの修行。それが私がエルドラドに来る直前で受けた修行だった。


「……………」


何も感じない闇の中、最初はプルトンディースを思い出してすごく嫌だったけど…でも、それが次第に心地よさに変わっていったことで、私は自分があの時よりも強くなれた事を理解した。


そして同時に気がついた、何もない世界の中でも…自分の中にはあらゆる物が満ちている事に。世界が止まろうとも私は止まっていな事に、気がついた。


思考は次第に内側に向き…、考える。


私は何をしたい、何をする。


私は何処へ行きたい、何処へ行く。


私はなんなんだ、何になる。


私は…なんだ。


そんな思考をどれほど続けていただろうか、闇の中私はピクリとも動かず瞑想を続け…次第に。


「ッ……」


思考とは別の何かが、体の中に逆巻くのを感じ────。


「やめ、ふむ…ギリギリだったな。メグ」


「え?」


その瞬間、私の世界は光を取り戻し…再び陛下が目の前に現れた。え?あれ?もう修行は終わりですか?と言おうとした瞬間…。


「あ…れ……」


「答えを得るのに二週間、もう少しかかっていれば私から終了を切り出すところだったぞ」


「え?二週間…?そんなに経ってたんですか?」


「時を忘れたか?」


気がつけば、私の体はげっそりと痩せ細っていた。飲まず食わずで二週間も瞑想するなんて不可能だ…だが私は死なずに瞑想を続けていた。まさかそれが今の修行?


(時間の流れの感覚さえ消失させる空間で、永遠に瞑想させ続けるだけの…修行?)


ゾッとした、もし私が選択を間違えていた…どうなっていたんだと。


「だが何か掴めたか?」


「…はい、もう少しで…今なら、出来るかも…」


「それはお前が極限状態だからだ。体が追い詰められ生を求めたから…、だが今はやめろ、するな」


「でも折角掴みかけたのに…」


「問題ない、またお前が同じ状態に至れば自然と体はそれを思い出す…。良いか?メグ。これが我がお前に与えられる切り札だ」


「切り札…?」


「ああ、人生でたった一度しか使えない切り札、それを使えばジズにも勝てる。それは────」







「…陛下」


私は燃え盛るゴールドラッシュ城の中で、再びジズと相対しながら思い出す。エルドラドに来る前に陛下と行った最後の修行を。


「託された?…今度はお前一人か?コーディリアは?死んだか?…どうでもいい、お前一人で何が出来る」


「………」


私は一度、ジズに敗北した。そこで生死の間を彷徨い…結果的にコーディリアに助けられ、そして全てを託された。


あいつは姉様の死に関わった仇の一人で、私を虐めていた嫌な奴で、大嫌いな女だ…けれど。やはり彼女もまた、私と同じ…ジズに奪われた側の人間なんだ。


私だけじゃない、ジズに使い潰されたハーシェルの影も、エアリエル達ファイブナンバーも、全員…ジズに全てを奪われた側の人間なんだ。


故にコーディリアは、大嫌いな私を自分の命も顧みず助けてくれた。憎しみすら超えるほどの怒り、家族を殺された怒りと悲しみを思い出した彼女から…私は全てを託された。


ハーシェルの影達の無念も…。


「コーディリアは死んでません、帝国に搬送しました…一命を取り留めています」


「………ああそうかい、面白くない」


チラリとジズの近くを見れば、ステュクス様とホッと胸を撫で下ろすレギナ様達が見える。どうやら間に合ったようだ…。


今度は、死なせずに済んだようだ…。


「レギナ様、ステュクス様を連れてお逃げください」


「え?でも…」


「私は良いのです…こいつと最後の決着をつけたいので」


「ッ…わかりました、ご武運を」


私の意図と覚悟を察したのか、レギナ様は直ぐにステュクス様を連れて場を離脱し、再び私とジズは二人きりになる。


これが、最後の決着だよ…ジズ。長く続いたエルドラドの戦いの…ではない、十年以上に渡る私とジズの、個人的な決着の最後だ。


「………また邪魔された、マーガレット…私はいい加減イラついてきたよ。何度も何度も私の邪魔をして…」


「私はもう誰もお前に殺させない、私が…みんなを助ける」


「助ける?…ククク、カカカカカカカ!」


燃え盛る炎の中庭にて、ジズはカタカタと嬉しそうに腹を抱え笑い、笑い、笑い尽くす。


「無理だ、マーガレット。お前の力足りずまた人が死ぬ、私が殺す、そこに変わりはないし…君が死ぬのも変わらない。二人がかりでも私に手も足も出なかったお前が今更一人で私に勝てると思うか?」


「さぁ、それはどうでしょうか」


「ああそうかい、なら…ッ!」


ジズは再び魔力を高め…再びあれを作り出す。一度は私を生死の狭間に叩き込んだ大技。


「空魔七十二式・羅生門ッ!」


打ち鳴らされる空気の鼓動、それにより大気が鳴動し中庭を満たす斬撃の雨が荒れ狂う。防ぐ術も避ける術もない、全方位に渡る大規模攻撃。これに対する対処法は存在しない。


事実私の体は斬撃の中切り刻まれ…成す術がない。


「あはははははっ!やはり変わらない!変わらない!変わらない!」


「ッッ……」


「お前は結局無力なんだよ!マーガレット!また人が死ぬのを指を咥えて見ていろ!それしかお前には!出来ない!」


ああ、私には出来ない…けど。私の友達なら言うだろう、出来ないってだけじゃ諦める理由にはならないと。


ああそうだ、私は諦めていない、ジズに勝つ事、裁きを与える事、そして生き抜く事を。諦めていないんだ…!


「ッ…来い…来いッ!」


…生死の狭間を駆け巡った中で、再び思い出した感覚を、今度は確かな物にするために。斬撃の中で手を伸ばし、手をズタズタに引き裂かれる。


それでも引っ込めない、私には今…それが必要だから。


(必要なんです、今必要なんです!ジズを倒せる力が…みんなの、祈りを…叶える力が!)


暗中模索の中で掴んだ一つの光、それが…みんなを照らす光になる。


私の前には今、広がっている。失われた人々の幻影が。


父が…静かに勇気づけるように微笑み。


母が…朗らかに元気づけるように頷き。


姉が…拳をこちらに向けて決意を促し。


友が…私を奮い立たせるように声を上げ。


街の人達が、光と共に私を見守る。失われてしまったものは戻らない、失われた以上、取り戻すことはできない。私にそんな力はないし、誰にもない。


でも、だからこそ人は受け継ぐのだ。時として血を、時として意志を、時として使命を。人から人へ移るように流れる連綿たる意志の糸はやがて答えへと辿り着く物なんだ。


ジズ…お前は悲しい奴だよ、多くの後継を作りながら、お前は誰にも何も受け継がせなかった、受け継がせる事が出来なかった。


何も受け継がせることのないお前は、終わるんだ…ここで。


例えお前がどれだけの力を持ち、それで多くのものを奪い、何もかもを失わせようとも…失われない物がある、奪われない物がある。


それこそが受け継がれていく意志…、ジズから見れば蟻のように小さな物でも、それらは積み重なり、今…ジズに迫る力となる。


「みんな…、見てて。私…やるから、みんなの願いを、受け継いでみせるッ!!」


逆巻く魔力、結実する心、連綿と繋がる意志を受け継ぐ意図は今…結んだ、答えを。


さぁ行こう、みんなで行こう。これは私だけの答えじゃない…みんなで、勝つ。


その力を、私にくれ!


「その為の力を、魔力覚醒を…今!」


生死の狭間を彷徨い、自らの中にある決意に目を向け、メグは今…きっかけを得た。覚醒しなくてはいけない理由が出来た。


彼女は何処までも…誰かの為に生きる。メイドとして誰かを支え、生き残った者として誰かの意思を受け継ぎ、誰かの為に生き続ける。


それこそが、無双の魔女の弟子…メグ・ジャバウォックの在り方なんだ!


「ッッ───、魔力覚醒…ッ!『天命のカラシスタ・ストラ』…ッッ!!」


「なっ!?」


瞬間、ジズが見たのは…光に満ちたマーガレットの姿。そう…斬撃の雨を受け、向こう側にいるはずのマーガレットが。


いつのまにか、ジズの前に───。


「ごぶはぁっっ!?」


走る衝撃にジズの上半身が大きく仰け反りそのまま押し飛ばされるように吹き飛ばされ斬撃の雨が消え去る。何が飛んできた…なんて考えるまでもない。


メグだ、メグがジズの顔面に向けて飛び蹴りを見舞ったのだ。


だが…。


(どうやってここまで飛んできた…?斬撃の雨を突っ切ってきた?いやそれ以前に接近されたことにさえ気が付かなかった。この私が…!)


いくつも不可解な点がある、斬撃の雨を突っ切って飛びここまで到達するなんて不可能だ、コーディリアのように盾を展開していたならわかるがそれすらない。そしてジズは今メグから目を離していなかった…なのに、メグの姿が消えたと察知するよりも前にメグはジズの前に現れ、強烈な蹴りを見舞ってきたのだ。


過程が消えている…メグがいた地点からここに到達するまでの過程が丸々無視されている。


これは間違いない、している…魔力覚醒を。


「まさか…この土壇場で?覚醒を…?」


外れかけた首関節を戻しながら、ジズは中庭に立つメグの姿を見遣る。


その姿は先程までと違う。揺らめく虹色の髪と正体不明の白い炎に覆われた右目、そして常に大量の魔力を噴き出す体は淡く光を放つ。そして何よりその頭上に光る…花弁のような光輪。


魔力覚醒だ…メグが今、魔力覚醒を正式に習得したのだ。


「これで、対等…ですね」


「…………」


今さっき覚醒を習得したばかりのメグと熟練の覚醒者たるジズの間には未だ大きな差がある。が…問題は覚醒したことそのものではない。


『今』覚醒した事が問題だ、魔力覚醒は習得したその瞬間、または初めて発現した瞬間はその者が持つ性能を大幅に超えた性能を発揮する場合が多くある。今まで抑圧されていた魔力が一気に吐き出され凄まじく強化される場合が多くある。その強化幅は最上位段階にまで鍛えられたジズの覚醒に匹敵する程。


これがカノープスが与えたジズへの対抗策…つまり。


『今は覚醒をするな、ジズの目の前で覚醒し初回の強化でジズを上回るしか勝利する方法はない』…と言う物だ。


初回の強化は人生で一度しか起こらない、何事も初めては一回だけだ。だから…メグが今この覚醒を今ここで使ったと言うことは。


メグという人間に与えられたジズを倒す最後のチャンスが…今だということ。


ジズという男を倒すべきは、今だということ。


「……侮られた物だよ、魔力覚醒の出力が対等になっただけで私と互角のつもりか?そんな浅い人生を歩んできたように見えるか…違うんだよ君とは、積み重ねて来た歴史の重みが!」


「その歴史を全て、否定すると言っているんです」


手に小型の剣を握るメグはジズに向け、気炎を上げる。全ての布石が揃った…後は倒すだけ、終わらせるだけ、勝つだけだ!


「ナメるなとッ!言っているッッ!!空魔九十一式・天鼓ッ!」


拳を虚空に叩きつける、それにより発生するのは空気の波…気圧の操作だ、0.15秒の速度で空間全域を駆け抜けて生命体を破壊する気圧変化がメグに迫る。


防御は不可能、回避も不可能、時界門で逃げようとしてみろ…その瞬間詠唱を封じて無防備なお前を引き裂いてやるとジズは目を細めると同時に観察する。


メグが発現した力の正体を。


「もうそれは」


ふと、メグがジズの生み出した波の目の前で呟き、それが触れたと思った瞬間…消失した。


(消えた!逃げた!?何処へ!?時界門は使っていない!なら……)


二つの目がギョロギョロと別の方向に動き、全身の感覚器を利用してメグを探す、空気に魔力を通し中庭どころか城全体を覆うようにメグを探す。


遠くに逃げたレギナやステュクスは見つけた、別の場所で活動するヴェルトも見えた、敗北し倒れているクレシダも傘下の組織達も全てジズの目の中に入った。


だが……。


(居ない…メグが、居ない!?)


何処にも居ない、ゴールドラッシュ城どころかエルドラドの街の何処にも居ない。完全に消えてしまッ─────。


「何処見てるんですか、ジズ!」


「なッ!?」


現れた、先程メグが立っていた場所から一歩先へ移動した地点に立ち波を踏み越えてメグはそこに唐突に現れた。まるで最初からそこにいたかのように、されど何も居なかったはず空間に唐突に誕生したように、メグは現れたのだ。


「お前…何処に消えていたッ!」


瞬間ジズの右腕がパカリと割れ中から回転鋸が現れ、空気を引き裂きながらメグに向けて振るわれる。


空気の波に穴はない、踏破することは不可能。しかしメグは時界門も使わずに波を超えて来た…いや、その場から消え波をやり過ごしたのだ。一体どうやって…分からない、だがそれでもジズに出来ることはひたすらに攻めること、メグが覚醒の真髄を理解する前に。


「ッ……」


しかし、回転鋸を振るわれたメグはその場から避けることなく拳を握り。


「『多次元ソケット』ッ!」


「っは!?」


空振る、メグが手を突き出した瞬間ジズの回転鋸がメグの前で不規則な挙動を描き空を切る。確実にメグを狙って放たれた筈の斬撃が…当たらなかったのだ。


「なんだ…それは!なんなんだ!お前の覚醒はッッ!!」


「教えませんよ、貴方なんかには…何も。覚醒冥土奉仕術一式…『空前』ッ!」


「ぐぶっ!?」


叩き込まれる拳は一度メグの手元から消失し、あり得ない加速を生み出しながらジズに向け叩きつけられ、炸裂する。その威力はジズさえも吹き飛ばす程に強く、早く、鋭い。


(なんなんだこれは、私の理解の及ばない範囲の事象が起こっている…。いや…そうか、これが…古式時空魔術を扱う者の覚醒か…)


スケールが違うのだ、火を操るとか、体を強化するとか、そもそもメグが扱う魔術はそういう段階にいない。シリウスをして最高傑作とまで言わしめ、世界最強の皇帝カノープスが愛用する魔術体系…時空魔術とは。


メグの覚醒はそんな時空魔術に由来するもの。そう…彼女が得たのは、皇帝カノープスでさえ辿り着けなかった『時空魔術の秘奥の一つ』なのだ。


「ぐっがぁぁあああ!空魔七十二式・羅生門ッッ!」


放たれる斬撃の雨は一瞬で中庭を満たす…だが、メグは落ち着いて自らの覚醒の力を使う。ジズには教えていない…この力の名は。


「『次元渡り』…」


────世界編纂型魔力覚醒『天命のカラシスタ・ストラ』。時空魔術を基点に強化されたこの覚醒の力は…『次元を操る』というもの。


別次元とは現実の三次元的世界よりも高位に存在する人間には観測不可能な領域であり、また干渉も不可能な領域である。この世界を一冊の本として、メグ達がいる次元を一枚のページだとするなら、別次元はまた次のページ……。有体に言うなれば重ね合わされた別の空間。絶対に見る事ができない別の空間が別次元である。


白い炎に覆われたメグの右目は世界の『別次元』を視覚的に捉える事が出来る状態にある。そこに彼女の『見えている範囲に転移出来る』魔術が組み合わされば…詠唱を使わずとも転移出来る。


「──────ッ!」


『別次元』へと。即ちジズが居る次元とは別の次元。平行世界よりもなお遠い干渉不可領域、メグはそこに凡そ三秒間だけ転移する事が出来る。つまりメグは三秒間だけこの世界の凡ゆる場所から完全に消失する事が出来る。


三秒間は如何なる攻撃・干渉を受け付けない。何せ絶対に攻撃が届かない領域に逃げ込んでいるのだから、未だかつて誰も…魔女さえも観測出来ていない領域を見つけるどころか手を伸ばす事など、シリウスにさえ出来ない。


「ッこっちです!」


「また消失して…!」


そして一秒の移動の後、メグはジズの背後に飛び出す。メグが転移している別次元は違う次元ではある者のの別世界ではない、即ち座標情報は同一の物が参照される。


つまりどういう事かと言えば、別次元での移動距離はそのまま現実世界に反映される。メグは別次元へと飛びながら移動しジズの背後に移動し再び出現する事が出来る。彼女の移動は何者にも阻む事ができない、故にジズの全方位攻撃も別次元に逃げやり過ごした上でジズに容易に接近する事が出来るのだ。


これがメグの覚醒、時空魔術の極致『次元操作』を可能とした領域。何者も抗えない次元の操作を単独で可能とする史上唯一の人間へと彼女は至ったのだ。


「────『空前』ッ」


そのまま振り向きながら手を伸ばすジズに一撃、拳を叩き込む。これもまた次元移動を応用した一撃。


別次元への移動にはとある法則性がある。現実世界から別次元へと転移する速度は光速よりも速い、光速以上の速度で移動し別次元へと飛翔する。言ってみれば座標が一切変わる事なくその場で一瞬で光速に至る速度で加速していると言える。


…つまり、拳だけを別次元に転移させ、それを現実世界に引き戻す…するとその拳は別次元から光速で飛来し現実世界に舞い戻り、その勢いのままジズへと叩き込まれることを意味する。


次元を超えた助走をつけての光速を超える一撃。それはジズの外殻さえ叩き割り吹き飛ばす。


「ごぼがぁっ…!?」


「苦しいですか?痛覚なんてない筈なのに…貴方も痛みを感じるんですね、だったら…」


「この…クソガキがァッ!!!!」


「何故…親を失った子供達を前に、その胸が痛まなかったッ!!」


ジズの左手が割れ内側から赤熱した熱剣が飛び出し周囲の空気を燃やしながらメグに向け振るわれる。


激怒し一切の余裕を無くしたジズの全霊、大気全てが攻撃範囲となる彼の一振りは一瞬で中庭を一周し更にその向こうの壁さえも両断し抉る。


だが回避することなど元より不可能なその攻撃さえ、メグは回避して見せる。一瞬だけ別次元へ飛び再び現実世界に舞い戻りジズへと飛ぶ。


「その痛みは!お前が!この世に与え続けた傷に比べれば!塵芥も同然だッ!」


「くだらない事を言う!他を排斥する事の何が悪い!無限に生まれ続ける命を有効活用して何が悪い!」


飛ぶ、ジズもまた飛ぶ。中庭を抜け高速でゴールドラッシュ城の中を駆け抜けながらメグと共に城中を縦横無尽に駆け巡りながらぶつかり合う。


右手の回転鋸は常に空気の断層をばら撒きながら広範囲爆撃のように辺り一面を制圧し、熱剣は空気を焼きながら気体を通じて周囲のものに熱を伝導させ触れる事なく柱や床を融解させる。


追いかけるだけでも命を落としかねない致命の迫撃、それをメグは何度も別次元への飛翔を行い攻撃をやり過ごしながら追いかける。


圧倒的攻撃範囲を誇るジズに常に肉薄しながら追いかける、ピッタリとくっつきながら拳を振るいジズを追い立てる。まるで逃げれば追う、影の如く。


「無限に生まれる命の一つ一つが…唯一の命なんだ、誰一人として奪われて良い人間なんていない!正当に奪っていい理由なんてこの世にはないッ!」


「あるさ、人が人である…それだけで人は人の命を奪う理由になる。人が二人いるだけで殺す事が出来る、言葉を交わすだけで殺意を抱く理由になる、生命とは生まれ奪われる物…殺しを否定するのは不可能だよ!マーガレットッ!」


瞬間、メグの次元拳を見切り空気の高圧噴射により回避を行ったジズはそのまま手で地面を掴んだまま口を開く。くるみ割り人形のような口から現れたのは砲塔、体内に仕込んだ大砲が姿を現しメグに一瞬で照準を合わせ───。


「『超々小型ペイヴァルアスプ』ッ!」


口から現れたのは携行可能な超小型のペイヴァルアスプだ。今天よりエルドラドに向け狙いを定めている巨大砲塔ペイヴァルアスプ…放たれれば万民が死に絶える最悪の兵器、それをジズは体内にもう一つ隠し持っている。


火を吹いた砲塔は一瞬で世界を引き裂き爆裂、着弾と共にに青白い光を放ちながら巨大な魔力球体を形成しながら周囲の物を押し飛ばし破壊していく。


爆破範囲内には何も残らない、腕程のサイズの砲塔でさえ城の一角を完全に消し去る威力を持つペイヴァルアスプが、その猛威を晒す。


「君は青いんだよ、世の酸いも甘いも知らぬくせをして耳障りの良い言葉を並べるな…ッ!」


その一撃はメグの体を消し飛ばし、黄金の城に巨大な穴を開け───。


「悠久に続くこの世界を、たった百年生きただけで…賢者気取りですか?ジズ」


「ッ…!げぶほぉぁっ!?」


瞬間、天から降り注ぐ裁きの刃がジズの腹を引き裂く。この刃は…第一神器アグネヤストラ、そしてそれを投げたのは。


「あの攻撃にも、反応出来たのか…!マーガレット!」


「お前の動きは分かりきってますよ、…散々見せられましたからね、あの館の暗い暗い…地獄のような部屋で」


メグだ、ジズの不意打ちにも反応し彼女は即座に別次元へ飛んだ。世界を押し飛ばす攻撃さえも彼女の別次元には届かない、干渉は絶対に不可能。


そしてその上に、メグは…ジズの動きを読み切っている。今日この日の為に、この戦いの為に、何度も反芻したからだ。ジズの動きを記憶の中で…何度も何度も。


吐き気を催す嫌悪感と戦いながらも、今日…この日、ジズを罰するこの日の為に!


「『火葬炎舞』ッッ!!」


「グッッ!!」


突き刺さったアグネヤストラの柄を握り締め炎を噴き出させる。魔力変換現象を利用するアストラセレクション…、当然それはメグの魔力の質にも左右される。


魔力覚醒を行い、魔力出力が膨大に増加した今のメグのそれは…魔力同一化型の魔力覚醒にも匹敵する火力を獲得している。その炎が一気にジズを包み丸焼きにする。


「これ以上お前の好きにさせない!させてはいけない!みんなの為にも…ッ!ぅぐっ!?」


「馬鹿らしいィィッッ!!」


しかし、丸焼きにされてなお動くジズはそのまま関節を逆に動かし背中に乗って槍を突き刺すメグを掴み上げ投げ飛ばし、体に刺さった槍を引き抜き、燃え上がりながらも立ち上がりメグに向けて吠える。


「みんなの為に?それは私が殺した奴等の事かい?死者の声に従い動く幽鬼かお前は…!死んだ人間などに私を止める権利はない、置いて行かれた人間達に…私を罰する資格などない!」


「ッ…ジズ…貴方は……」


全身を燃え上がらせるジズは更に自らの力を解放する。背中から蜘蛛の足のような鋼鉄の複腕が複数飛び出し、腕が更に伸び関節が四つに増え、首が伸び口からは砲塔が生え、足先からは刃が生え…その上で炎を身に纏い止まる気配がない。


その姿はまさしく怪物、百年もの間世界に居座り続け、人を殺す事だけを求め続けた人でなしの末路…。


空魔ジズという存在が、如何なる物か…それを表すような光景に、メグは目を細め。


「それがお前の本性なんですね、貴方は死を恐れ怪物になったんじゃない…最初からお前は、人間じゃなかったんだ」


「そう!私は摂理だ!人が死ぬ、死んで巡る世界の摂理!死を司る存在なんだよ私は!誰も私に逆らってはいけない!誰もが私を恐れる!恐れるべきなんだッッ!!」


「浅ましい…所詮、皮を剥げばそこにいるのは世界一の殺し屋でも八大同盟の盟主でもない…、人を殺し、人以下に堕ちた…獣だよ、お前はッ!!」


「吐かせェッ!!」


その瞬間ジズの両肘から二つの砲塔が現れ、メグに照準が合わさり。


「空魔九十五式・天羅地網ッ!!」


放たれたのは圧縮空気弾。ジズの覚醒を用いてその場の空気を一気に砲塔に詰め真空状態にした上で放たれる極大の空気砲。それは熱と光を持ち一条の光の柱となり放たれ全てを消失させる。


更にそこからジズは砲塔たる肘を両側に開き目の前を薙ぎ払う無闇矢鱈な破壊により城の全てを破壊するのだ。


「ッ…メチャクチャな!」


「お前の覚醒も読めてきたぞ、お前出現先に物があったらそこには飛べないだろう!」


ジズがニタリと笑う、メグの次元跳躍の弱点に気がつき始めてきたのだ。そう…メグの次元跳躍はどれだけ規模が大きくなろうとも『跳躍』であることに変わりはない。


跳躍ならば当然着地点がなければならない。別次元から帰還する為の空間はメグ一人分の空きスペースがなければ行えない、もしそこに小石一つでもあろう物ならたちまちに着地が出来ず行き先が制限される。


ジズはそこを読んでメグの逃げ場を消し去る為にわざと城を破壊するように動いているんだ。だから当然、行き先が制限されるなら、出現場所も分かるということで…。


「カカカーッ!」


「ぐっ!?」


飛んでくる、関節が増え伸びたジズの右腕がメグに向け飛び回転鋸が振るわれる。それを後ろに飛んで回避するが…ジズはその動きをキチンと見ていた。


「消失ではなく物理的な移動で避けた、消失を一度行ってから0.1秒程の空き時間を要するわけか…、フフフ。分かってきたぞ、君の力は無敵じゃない」


「ッ……」


経験だ、メグを遥かに上回る経験値がジズにはある。当然、それは未知の事象に対峙した時の対応速度にも如実に出る。ジズはずっと攻撃を受けながらメグの覚醒の弱点を探っていたのだ。


暴かれ始める、メグの神秘性が…。このままでは捕まる。


(ッ…やはり決着を急いだ方がいい。覚醒による膠着は長くは持たない…でも)


「空魔九十七式・悪因悪果ッ!」


(どう止めるッ!)


両手の武器を振り回しその場で破壊の旋風を吹き荒らすジズを前にメグは考えを巡らせる、あれをどう止める。火で燃やしても打撃で叩き砕いても止まらない。あれは人間じゃない、体力切れも何もないし戦闘不能に陥ることもない。


ここにきて最後の関門…『ジズをどう倒すか』がメグの前に立ち塞がる。


「クカカカカカカカカカ!」


「……ッ!ますます動きが激しくなってる」


もういよいよ人としての動きを捨て始めたジズが手を突き四つ足でメグに迫る。ナイフのような歯がずらりと並んだ牙を煌めかせ、首を伸ばして噛みつきにかかってくる。それを次元跳躍で回避するが…。


「そこ、時界門の時と対処法は変わらないねェッ!」


「がはっ!?」


ジズの右足が伸びる、関節部分が鎖で伸びフレイルのようにメグの側面を打ち吹き飛ばす。読まれ始めた。まずい!


(ぐっ…早く倒さないと…!)


追い詰めたと思ったのに、最後の最後でジズが見せる粘りと底知れなさに恐怖する。世界最強の殺し屋の名は伊達じゃない…このまま押し切るのは不可能。


でも…どうすればいいんだ、このまま全霊の一撃を叩き込んでも、倒し切れる気がしない。あれはどうすれば止まる、あんな暴れ馬のような……。


(暴れ馬…?)


そのワードで思い浮かぶのは誰だ?一人だ、天下無双の暴れ馬…エリス様。預けた魔装をいつもいつもぶっ壊す彼女だ、直す私の身になってほしいと常々思わされる彼女だ。


そんな彼女が、エルドラド会談で聞いてきた話題を…なんでだろうか、今思い出す。


『この魔力機構ってどうやったら壊せるんですか?』


…私の念話魔力機構を手に彼女は聞いてきたんだ。最初聞かれた時は『この人まじかよ…』って思いましたけど、まぁそれにも理由があったみたいなのでよしとします。


けどなんでこんな話を思い出したんだろう、ジズにもこの手が有効?いやあいつは魔力機構で動いてないし……いや、待てよ。


それよりも前、エルドラドを訪れる前…更にずっと前、あれは…東部に向かってる最中、ポロッとエリス様が溢した言葉。


『そう言えば、シュランゲで見たあのオートマタ、エリス…何処かで見た気がするんですよね。でもエリスとした事がどこで見たか…こう、結びつかなくて』


と…、エリス様は持ち前の記憶力のお陰でほぼ全ての事柄を記憶しています、忘れることはありません。ですがその記憶力のせいで記憶の中にある出来事と僅かな違いがあるだけで同一のものとして認識できない事が度々ある。


だが、エリス様が一度見た事がある気がすると言った以上、エリス様は何処かでオートマタを見ている。何処で?…何処で…。


「ッ……そうか」


記憶、友との記憶、旅の記憶。…そうだ、ジズが経験から私の覚醒を見抜いたように、私にも経験はあるんだ。


なら戦える、…そうだよ。私だって積み重ねてきたんだ!


「ここで決める…終わらせる、ジズとの因縁に…空魔に奪われた全てを、私が」


道がある、赤く染まる道。ジズによって殺された人々の血と死体が織りなす道が。その先にで蜷局を巻くように居座り続け今も多くの人々の命を飲み込む死の螺旋…ジズ・ハーシェル。


父も母も姉も友も皆呑まれた、それでも私が残っているのは……全てを終わらせる義務が、私にはあるからッ!


(お願いしますよ、私の体…最後の最後まで、私に付き合ってください)


ガタガタと震える体、もう既に限界はとっくに超えている。でもこれが最後だから…お願い、付き合って。


「ジズ…っ!」


「終わらせる?違う…終わらせるのは私だよマーガレット、終わらせるのは死の具現たる私の役目だ…だから君は」


更にジズの体が変貌を重ねいよいよ人の形を失っていく。両足が合わさり蛇のように伸び体が解放され新たな複腕が出現し私を食い殺そうと迫る。その速度たるや凄まじく空気を操る魔力覚醒を完全解放し弾丸のような速度で跳びながら牙を剥く。


「ここで、終わるッッ!!」


「ッ…『光陰足法』ッ!」


それに追従するように私も飛ぶ、私の次元を操り一次元的にすることにより光の矢の如く飛翔しジズの全速力についていく。


最後の激突、それはゴールドラッシュ城の全てを破壊しながら何度も何度も行われる。


「マァァァアアアアアガレットォオオオオオオオオ!!」


「ッッジズゥッ!!!」


巨大なゴールドラッシュ城が死んでいくように、あちこちから砂埃が発生する。


高速で飛翔し相手を狙う殴打を的確に叩き込み合う、その乱打の応酬は秒速を超えた世界で展開される。


「いい加減に消えろマーガレットッ!」


口から放つ砲弾が壁に穴を開ける、振るわれる腕の数々が大気を打ち鳴らしその都度壁が砕け廊下が崩落し更にその隙間を縫うように飛ぶジズ。


「お前だッ!消えるのはッ!贖え!罪を!お前の!罪を!」


その破壊の旋風を次元跳躍で回避し、一次元的な直線運動の加速により走り抜けジズに次元加速の拳を叩き込み、城の外まで吹き飛ばす。


がそれでも止まらぬジズはすぐさま戻ってきて突進で全てを薙ぎ払う。


それをまたも次元跳躍でやり過ごし、背後からジズの尻尾を掴み地面に叩きつけ大地を砕き、それを体を捩り抜け出したジズの口から再び現れたペイヴァルアスプが周辺諸共消し飛ばし────そしてやはり次元跳躍により天へと逃げていたメグがジズの頭上に浮かび上がるように飛び出す。


「罪?罪と来たか…なら私を罰するのはお前かマーガレット。お前に掴めるか…私という存在がッ!」


「今すぐにでも…!」


「カハハッ!やれるものならやってみろッ!」


瞬間ジズの背部が開き飛び出してくるのは無数の毒針、数十万本にも及ぶ針が雨霰のように跳び、それ一つ一つが空気を射出し意志を持ったようにメグを狙う。


一本でも刺されば死に至る神経毒、だが本命は毒ではない…狙いは。


「さぁて、逃げ場がないぞ?マーガレットォ…!」


「ッ…」


そう、メグの弱点…着地先に空間が無いと次元跳躍が出来ないという点を突いた空間制圧、壁も何もかも壊されあちこちから天が見える廃墟同然になったゴールドラッシュ城の全てを覆うような針の霧。


メグの次元跳躍が封じられたのだ。


「死ね、死ぬんだよ!マーガレット!空魔百式・浄玻黎ッッ!!」


ムカデのように長い胴にいくつも生えた腕を広げ、それら全てが体を中心に回転し、まるで鑿岩機のような様相と化したジズが逃げ場を失ったメグに向けて飛翔する。


毒針が効かない体を生かして毒針の霧を突っ切って迫る。一撃一撃が空魔一式・絶影閃空に迫る速度で放たれる無限の斬撃…受ければ即死。


「………姉様、…私を守ってください…」


その攻撃を前にメグは祈るように天を仰ぐと共に、覚悟を決め自由落下と共に迫るジズへと向け両手を広げ─────。


「カカカカカーッッッ!!死ねぇぇーーっっ!!」


「グッ!うぅっ!ぅぉあああああああああああ!!」


一閃…、交錯する影と影。回転するジズの刃に両手を突き出したまま突っ込んだメグの体は引き裂かれあちこちから血を噴き出し、決戦装束アルファ・カリーナエも光を失い…力無く落ちていく。


あの勢いの回転に自分から突っ込んだのだ、こうなるのも自明。いや寧ろ原形を留めているだけでも御の字だろう。それに仮に生きていたとしても次の手で殺せば良いだけだとジズはニタリと舌を出しながら地面へと落ちていくメグに狙いを定め、トドメの一撃を放とうとし………。


「あ……?」


止まる、というより…動かなかった。如何なる攻撃を受けようとも止まらないはずのジズの体が…本人の意思に反して停止したのだ。


(何が起こって……なっ!?これは…!)


ジズが見たのは……。


ボロボロと崩れていく自分の体。パーツごとに分かれまるで力を失うように崩れていく、尻尾の先から外れていき、それはやがて胴に至り、数々の複腕も零れ落ちる、


接続が解除されているんだ、ジズのオートマタの体を制御する機関が停止している、いや…これはまさか。


「まさか…私の魔力路を…」


「オートマタも…ゴーレムの一種……ですものね」


───メグは推察した、エリスが一度オートマタを見たと口にしていたのはきっと彼女が一度オートマタを見ていたから。


それは…この旅を始めて最初に戦った相手、悪魔の見えざる手のデッドマンだ。


彼が使っていたという魔導義手、あれもまた球体関節を持った形状をしていたとエリス様は言っていた。そこまで精巧な義手を作れる人間が裏社会にそうホイホイいるもんでも無い。


恐らくあれを作ったのが…蛇魔ウィーペラ。ジズの体の製作者と同じウィーペラだからエリス様はシュランゲのオートマタを見て見覚えがあると言った。


彼女の記憶力は生半可じゃ無い、オートマタと義手という部分で合致せずか結びつかなくても、同じ製作者が同じ技術で作った物だと看破したから違和感を感じて居たんだ。


ならジズにもデッドマンと同じ攻略法が効く…。それは義手に魔力を流し、魔力の道を寸断することで、機能を奪うと言うゴーレムの破壊術を応用した攻略法。エリス様はこれによりデッドマンを倒した。


だから私も…同じ事をやったんだ。


「高速で動く私の全ての腕を捌きながら、一瞬で魔力の道を見切り、寸断しただと!?そんな事が出来るわけが無いだろうがッッ!!」


「ええ、だから賭けでした。友達が…姉様が守ってくれたんです」


「死者が誰かを守るかぁぁああああああッッ!!」


咄嗟に魔力の道を繋ぎ直し全てが崩落する前に上半身のと腕二本だけを守り抜いたジズは空中で雄叫びを上げる。天まで突き抜け遥かに続く筈のゴールドラッシュ城の天蓋を打ち抜き、淡く光り始めた空を背に…空魔は吠える。


「ギィィィイイイイイイッッッ!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねッ!マーガレット!マーガレット!貴様はあの時殺しておくべきだった!だから今殺す!私が殺す!絶対に殺す!何がなんでも殺す!貴様だけは貴様だけは貴様だけはッ!」


「遂に壊れましたか…ですが、それもここまで」


最後の魔力をかき集め、瓦礫の上に立ち…空高く天を見上げ、両手を羽のように広げる空魔ジズを睨む。


これでジズの全てを奪った、だから後は…決めるだけッ!


「グギギギギッ!終わりだ終わりだ終わりだッ!」


展開する、この場の空気、大気、気体…凡ゆるを操り虚空を駆け抜ける巨大な龍を無数に作り出し、天から地上を押さえ付ける様に大魔力を発揮するジズは…私に向け最後の大技を放つ。


「『空魔百八式・閻魔殺生曼荼羅』ッ!!」


螺旋を描き迫る龍はジズと共に飛来し、残った城部分を削り取る。恐らくあれはジズの魔力により刃同然となった気体が激しく渦巻いて出来ているのだろう。石材が触れただけで塵と消えている。


あれに触れば私も血煙と消えるだろう。だが…それでももう終わりなんだよ。ジズ。


「死ね死ね死ね死ね────ッ!?」


瞬間、ジズの動きが…止まる。メグに迫る龍が消える。霧散し消える己の技を前にジズは戦き…メグは目を向ける。


「こ…これは…」


「言ったでしょう、ジズ…これは罰だと。お前に与えられる…影の罰だ」


ジズの間接から、小さな銀の花が咲く。それがジズの魔力を吸い上げ、間接の動きを阻害し、最後の最後で技を打ち消したのだ。


これは…これは。


「コーディリアの…!」


蓋砕の抱剣…!水銀だ!いつの間にこれが!


…いや、さっきメグが使っていた天破火砲…まさか。


「預かり物なので…返しますよ、ジズ」


「ぐっ!がぁっ!コォォォォディリァァアアッッ!!!!」


二人のコーディリアに向け怒りを込めて叫ぶ、メグの手に握られた蓋砕の抱剣を。メグは預かっていたのだ、コーディリアの空魔装を。


あの時コーディリアから重ねられた拳には蓋砕の抱剣が握られていた。それを譲渡されたメグは蓋砕の抱剣を使い天破火砲に接続し使ったのだ。


…本来はコーディリアにしか扱えない蓋砕の抱剣、メグには扱えない筈の魔装…だが。


「ナメないでくださいよ、数千を越える魔装を扱ってきた私の腕を。戦いの最中に水銀を貴方の体に仕込むくらい…わけないんですから!」


「ぅぐぅああああああっ!!!」


怒りでめまいがする、先程の戦いの中でジズは体中に水銀を仕込まれていたのだ。それが大技に際して開花し…ジズの道を阻んだ。


まるで、ジズが使い潰した影達が、彼の足を引っ張り地獄へ引きずり込むように。


終わるのだ、恨みの連鎖が、影と影から脱した女によって…今。


(父様、母様、みんな…ようやく終わるよ。みんなの無念をようやく晴らせる…)


私の前には血の道が出来ている、血と屍出てきた道…そして。


その背後には…私の勝利を信じる人達の影が見える。父の、母の、姉の、そして街のみんなや…死んでいったハーシェルの影達さえ、私を見て…前へ進めとばかりに手を前に出す。


その手に押し出され、私は────。


「冥土奉仕術…改定」


光を放つ、大地が…否、この場にある物全てが光を放つ。干渉しているのだ…世界そのものに、そして世界もまた修正力を発揮せずそれを受け入れる。なんせこの力は…その修正力さえも超えているのだから。


私が出せる、最高の一撃…それは。


「『無双』────」


「なァッ!?」


その瞬間、ジズが見たのは……。


(なんだこれは、世界が…消える?いや、世界が…狭まっているッ!?)


メグの魔力覚醒は次元を操る物である、次元を移動する物では無い、それは覚醒の権能の一部である。


故にメグは、今いるこの次元そのものにも干渉する事が出来る。三次元を…二次元へ、二次元を一次元へ…そして一次元を。


……無次元へ。


(情報が縮小されるッ!?凡ゆるものが凝縮されているッ!まずいッ!これでは──)


三次元的な情報が無次元になることにより横幅、縦幅、奥行きが消え…世界がただ一つの『点』となる。凡ゆる情報がその点の中に収め全ての存在が同一座標に纏められる。


ゴールドラッシュ城も、ジズも、メグも、この場の全てが一点に収められる。それは即ち思考を奪い、行動を奪い、全ての事象が起こるだけの余地を奪うと言うことである。


極小化され情報が圧縮された世界の中ではジズも何も出来ない、思考も行動も何も起こらない、無に等しい点の中、唯一…動けるのは。


次元を超える事が出来る、メグだけだ。


「─────なっ!!」


次にジズが意識を取り戻したのは、世界が縦を、横を、奥行きを、音を、光を取り戻した時…全てが終わって居た。


ジズの体が、真っ二つに裂けていたのだ。


「なっ…がっ…マーガレットぉお…!」


ギョロリと動く瞳がメグを捉える、短剣を振り抜き…ジズの背後に、空魔のジズよりも高く高く、空高く飛び上がっていたメグの背中を。


…冥土奉仕術改定・無双。メグの次元を操る力を最大解放しての一撃、それはこの場にある物全てを巻き込み無次元へと誘う事により情報を圧縮し、自分と敵を世界ごと同一座標に纏める奥義。


そこには距離という名の奥行きも何も関係なく、縦にも横にも逃げる場所はなく、極限まで削減された情報の中、抵抗どころか認識すら出来ない相手を、何もなくなった世界でただ一人動けるメグが一撃を見舞う大技。


絶対不可避にして防御不可能、決まれば確実に相手に致命の一撃を与える…メグが至った現状の究極点。それが…師の名を冠するこの技。


『無双』である。


「地獄へ堕ちなさい、ジズ・ハーシェル…お前はあまりにも、殺しすぎた」


「ガッ…ギギッ…!マー…ガレットぉぉおおおおおおお!!」


真っ二つに引き裂かれ力を失ったジズの躯体が下へ下へ、闇の中へ、地獄へ堕ちるように落ちていく。ジズは最早動けない、何せ今の一撃で…ジズの体の中心にあった物。


ジズの魂を結晶化し作られた宝玉を、切り分けたからだ。事実落ちていくジズの体…真っ二つに割れた体の中から落ちていく赤い宝玉は、未だに煌めきを保っている物の動かす為の体を失い、何も出来ずに落ちていく。


「……体を失った貴方はもう何も出来ない」


空から落ちていくジズを見下ろす。あれが…あんなちっぽけな宝玉が、ジズに残された全てだったんだ。体を失い、人間性を消失させ、手に入れたのがあの何も出来ない小さな体。


…ジズはずっと、恐れていたんだ。死ぬ事を、殺される事を、だから人の体を捨て、人形の体に身を縮めて隠れて、安全だと思える場所で常に戦っていた。


アイツは…誰よりも臆病だったんだ。だから死を遠ざけ、誰も彼もを殺して遠ざけ…一人だけ生き続けようとした。


終わってみればなんとも情けない終わり方だ。あんな奴に…全部めちゃくちゃにされたのか。


「……終わったよ、みんな…」


天に開いた穴、最早原型を止めないゴールドラッシュ城の天井に開いた穴から見える空は、登り始めた太陽に満たされ黄金に輝く。


燃え上がる煙が、太陽の光を浴びて黄金の柱となって天に登っていく。私の背を潜り抜けて、登っていく。


その様はまるで、死の螺旋の終わりを見届けた魂達が…天へと帰っていく様にも見える。きっと…この魂の中には、父や母、姉や友の魂もあるのだろう。


…終わったんだよ、みんな…。もうジズに殺される人は…居ないんだよ。


「最後まで見守ってくれて、ありがとう…姉様、みんな。私は……」


天に昇り、空の上から私を見つめてくれているだろう姉の姿を夢想しながら…私は宣言する。勝利宣言だ…ジズに対する勝利宣言では無い。


「私は誰も殺さなかったよ」


自分への、勝利宣言…私は誰も殺さなかった。ジズさえも…殺さなかった。


アイツには罰を与える、そのためにも死んでもらっては困るんだ。なんてのは自分を納得させるだけの言い訳。


本当は姉様の言葉を思い知ったから、人を殺せば人は獣に堕ちる、人として生き人として死ぬには…誰も殺しちゃいけないんだと姉は言った。


そして、殺せばジズの様になる。人としての全てを失った怪物に。


あんな風になるくらいなら死んだ方がマシだよね、リーガンお姉ちゃん…。


「私は人として生きていく、これからもずっと…生きていくんだよ、お姉ちゃん。だからこれからも…ずっと、私の側に居てね…」


姉の形見の髪飾りを触りながら、限界を迎えた私の体は…ゆっくりと、大地へと…世界へと、降りていくのだった…………。

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