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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
581/868

532.魔女の弟子と死の螺旋


『立て、メグ…お前の志はその程度か。我の弟子でありながらその程度で終わるのか…』


「いえ…陛下、まだやれます…」


立ち上がり、私は前を向く。ズタボロになりながらも立ち上がり目の前の陛下を…カノープス様を見つめる。まだやれます、まだ終わりではありません。


「よかろう、それでこそ我が弟子だ…時間は潤沢にあるわけではない、だがやれるだけをやる…ではダメだ、必ず結果を出せよ、メグ」


「はいッ!陛下!」


私は今、帝国にいる。いや正確に言えば帝国にいる陛下の元…陛下の力によって作り出された星宿無間界と呼ばれる時間の流れが違う異空間にて修行を行なっている。


時はエルドラド到着前の二週間。祖国に戻る事になったメグはいの一番に師匠の元に向かいこう言った。


『宿敵との決戦が近いので、修行をお願いします』と…。それを聞き届けたカノープスは静かに頷き、この星宿無間界を用意し、メグとの修行を開始した。


星宿無間界は時間の流れが違う、二週間と言う時が肥大化し大体四ヶ月弱程に伸びている。ほぼ半年に近い時間をメグは密かに修行に充てていたのだ。


「再開する、今度は最後までやり通せ」


「畏まりました…!」


「ん、…では。始め───」


瞬間、カノープスが軽く指を鳴らした瞬間、メグの視界が歪み───世界が書き変わる。


「ッ!」


現れたのは荒れ狂う巨海。天からはガラス片のような雨が降り注ぎ波は城ような大きさで暴れ回る世界に、メグは突如として叩き込まれたのだ。


「魔装は使わずひたすらに凌ぎ続けろ!お前自身の力で自然に抗え!」


「はいっ!」


これが、カノープスの修行法。彼女は時空魔術によってその場の環境を自由自在に書き換える事が出来る。凡ゆる環境を限定的ながら用意する事が出来るが故にメグには凡ゆる環境での修行を行わせていた。


ある時は噴火する溶岩から足だけで逃げる修行、ある時は限定的に再現されたジャングルで道具も使わず一ヶ月サバイバル、ある時は極寒の大地で魔力だけを使って凍え死なないように耐える特訓。


そして今回は、魔装を使わず大波から生き延びる特訓。…それを前にメグは必死に荒れ狂う水の中で流されないよう体を動かし水流を受け流す。


『馬鹿者ッ!我が意図も察せぬかッ!』


「キャッ!?」


瞬間、カノープスが手を扇ぎ魔力爆発にて巨大な波を作り出し水中で波を受け流していたメグを吹き飛ばす。


「防壁だ!防壁を作れ!無限に続く波の攻撃をお前は体力が尽きるまで真面目に相手し続けるつもりか!お前の相手は常にお前よりもスタミナが少ないと見積もっているのか!」


「は、はいっ!」


カノープスの声は空間全域に響く、それを巧みに聞き取ったメグは吹き飛ばされながらもクルリと空中で姿勢を整え足元に魔力を集中させ…。


「くっ!うぅっ!」


足元に防壁を作り、サーフボードのように水を切って波の上に乗っていく。それを見たカノープスは天空からメグを見下ろし。


「まだ若干防壁の安定度に不安は残るが、それを身体能力でカバーするか…。まぁ及第点としよう、次はいつまでそれを維持できるか…」


「はいっ!」


「そして、不慮の事態にも、どれだけ対応出来るかだ」


その瞬間カノープスは天に手を翳す。カノープスの空間操作はレグルスの臨界魔力覚醒と異なり自然そのものを自在に操れるわけではない、飽くまで用意できるのは環境だけ…レグルスのあれは世界そのものを自分と同一化させる魔導の奥義。同じ事は出来ない。


だが、そもそもの話。カノープス程の使い手ならば…魔力だけで天候に影響を及ぼす事は出来る。天に送り込まれた魔力が荒れ狂い、巨大な暗雲から無数の落雷がメグに向けて降り注ぐ。


「くぅっ!?はぁ…はぁ…ッ!」


「良いぞ、まずは『生きる』事、それを諦めるな、どんな時でもお前の中に備わった全てを使い生存を勝ち取れ。生きてさえいればどんな敵にも打ち勝てる」


「はいっ!」


降り注ぐ落雷と荒れ狂う大波を防壁のサーフボードで全て捌き凌ぐメグを見てカノープスは静かに頷く。


しかし…同時に目を伏せ、首を振るうのだ。


「しかしメグ、宿敵との戦いが近いから修行をつけてほしいとは言ったが…近いのか?ジズとの戦いが」


「は…はいっ…え?」


「修行を続けながら聞け、我もかつて奴に命を狙われた事がある上に奴は未だ我の命を狙っている。あれ程までに執念深い人間は見た事がない」


ジズの狙いはカノープスの暗殺、結局そこに帰結する。エルドラドを狙っているのも、マレフィカルムを乗っ取ろうとしたのも。ハーシェルの影と言う集団を育てたのも、空魔の館と言う名の巨大戦艦を用意したのも、結局はカノープスを殺す為の布石。


ジズの長い人生の大半は、カノープス暗殺のためだけに捧げられていると言ってもいい。ただ一心を持って行動する事が出来るのは人間の特権…だが。


「あそこまで、一念に取り憑かれて行動出来る人間はそうはいない」


一念を見定め、ただ一つの目的の為に、如何なる犠牲も時間も労力も厭わないやり方を、ジズはもう半世紀以上も続けているのだ、狂気的と言ってもいい。


だが同時に、やってきた事・やっている事・やろうとしている事に目を瞑ればカノープスはジズを評価してさえいる。一心一徹の行動をこそ魔女は称賛する。


八千年の時の中でもそうはいない存在…ただ一心で行動出来る人間は。ジズはそう言う希少な人間だった。


(エリスやラグナやイノケンティウス、ガンダーマンやセバストスのようにただ一つの目的の為他の全てを捧げる事が出来る人間と言うのは、得てして大業を成す物だ…)


そして、そう言う存在の最たる者こそシリウスだ。カノープスはシリウスを今生最大の敵として見定めているが、同時に大事な事は全てあのお方に習ったと言っても良いほどに尊敬してさえいる。


シリウスと同じ性分を持つ、と言うのは大きい…ジズはシリウスと同じ一つ目的の為に狂気に身を落とせる人間なのだ。


…あれで秩序側に立ってくれていればと何度も思ったものよ。


「メグ、分かっているだろうがジズは強いぞ。奴は世界最強の殺し屋を名乗っているようだが…その殺しの技の冴えは世界最強どころか史上最強と言っても良い段階に居る。八千年前にもあそこまで殺しにだけ特化した存在は居なかった。お前がこれから戦おうとしているのは…そう言う奴だ」


「分かっています…だから、強くなりたいのです」


「そうか、だがまだ足りんぞ…それだけでは」


「分かっています…強いだけじゃ、ジズには勝てない」


ジズは闘争者ではなく殺戮者だ。奴との戦いで必要とされるのは純粋な実力ではなく生存能力。だからこそ今ここでそれを養っているのだが…。


カノープスは思う、それでもジズが今まで培った半世紀以上の経験と技は高々四ヶ月程度では乗り越えられないと。ジズが八千年を生きたカノープスに勝てないように、メグもまた百年近くを生きるジズには敵わない。


「…………」


このままむざむざ行かせれば、我は大事な愛弟子を失う事になる。…ならば、仕方ない。


「一旦やめろ」


「ぅおわっ!?」


瞬間、世界から海が消え再び星宿無間界へと戻り、メグは勢い余って尻餅をつく。


「へ、陛下。私何かダメでしたか?」


「いやよかった、だが…もう少し優先して進めたほうがいい修行があると思ってな」


「なんですか?それは…」


「業腹だ、非常に業腹だが。…今お前に必要な物を育む為にも、…かつて我が受けた特別な修行をつける」


「かつて陛下が?…え?それって」


「ああ、シリウスの修行法だ…」


先も言ったが魔女は皆師匠としてのシリウスを尊敬している、弟子を育てる立場になったからこそシリウスの育成能力の高さに脱帽しっぱなしなのだ。こうして弟子を育ててあの時シリウスが投げつけてきた無理難題はこう言う意味だったのかと気付かされることも多い。


武術も魔術も、凡ゆる分野での天才…シリウスがカノープスに残した修行。


「どう言う修行ですか?」


「教えん、修行終了の法は秘匿…何をするべきかは『自分で考えろ』」


「へ?」


だが同時にシリウスは…死ぬほどスパルタだった、今は敵であるシリウスの修行法を真似するのも業腹だが、こんな無理難題を課す事自体も気に食わない。


それでもメグに必要と言うのなら…我はプライドを捨てる。


「では始める、『暗中模索の業』…開始だ」


「え?ちょっ!」


その瞬間、メグの視界は暗闇に閉ざされ────。


………………………………………


────エルドラド六日目・未明。


七日間行われるエルドラドでの会談は、空魔ジズ・ハーシェルの介入により地獄の様相と化した。その過程で多くの命が奪われ、死の螺旋が形成された。


多くの命を奪う死の螺旋、赤黒く渦巻く巨大な螺旋の中心にて…ジズは一人笑っている。彼が作り出した巨大な螺旋は次々と人々を飲み込み、多くの者に消えない傷をつけ、それでもなお止まる事なく螺旋は広がり続ける。


未来を描くはずの会談が…ジズの生み出した螺旋の所為で、地獄へと変貌した。ジズと言う悪意を持ったただ一人の男のせいで。


…そして今、エルドラドで行われる決戦。秩序を求める女王レギナを守りし者達と、戦乱と狂乱を望む者達の鬩ぎ合い、五日目の夜から行われたこの戦いも遂に佳境に差し掛かり始めた。


魔女の弟子達によってファイブナンバーは次々と倒され、ステュクスによって元老院の差し金は倒され、エリスによって最強の影も撃破された。


戦いは各地で終わりに近づいている。それでもまだ完全に終わったわけではない…奴が消えない限り、戦いは終わらない。


全てを飲み込む死の螺旋、エルドラド会談が始まるよりも前…半世紀以上も前からこの世に居座り続け多くの人々を殺し続けた超巨大な死の大嵐の中心に立つジズ・ハーシェルがいなくならない限り。この戦いは真には終わらない。


私の人生をかけた復讐、私の人生をかけた最後の戦い、父の、母の、姉様の、街のみんなの、全ての命を奪ったジズに…今こそ裁きの鉄槌を与える時────!




「メグセレクション No.38 『追尾型魔装銃弾・飛翔式打金甲虫』ッ!」


燃え上がるゴールドラッシュ城内部、黄金に包まれた廊下にて、私は時界門を作り出し鉛で作られた甲虫型魔装を次々と発射し、奴を狙う。


しかし。


「帝国の魔装は多彩だね、私が現役だった頃よりも色々な形が作られている。面白い物だね」


数度、視界に煌めく剣閃。奴は軽く数歩歩みながらすれ違うように甲虫を切り捨てる。腕が動いたようには見えなかった…いや見えなかっただけ、奴は予備動作なしに『殺す』事が出来る、呼吸するのにわざわざ仰々しい予備動作がないように。


奴は呼吸同然に、殺しを行う事が出来る。そうさ、それが出来るんだ…なんせ奴は。


「ジズ……」


「だが多彩なだけ、どれも私には届いていないよ?マーガレット」


鍔の無い剣、飾りのない剣、ただ無地の柄に鋭い片刃が付いただけの剣を両手に二本持ちながら、ジズは両手を広げる。


私は今、世界最強の殺し屋ジズ・ハーシェルと戦っている。世界で最も恐れられる男にして、長きに渡り世界中の貴族界に影響をもたらし、裏社会の頂点に君臨し続けた最古の魔人にして暗殺者…。


そして、私の目の前で両親を殺した…姉様を殺した、張本人。私がこの生涯をかけて追い続けた悪鬼…ジズと、私は今戦っているんだ。


(思った通り…いや思っていた以上に、強い)


だが旗色は非常に悪い。先程から無数の魔力機構を使って攻撃を仕掛けているが、ジズからしてみれば水を浴びせられているような物だろう、効いている気配が一切ない。


やはり普通の戦い方では、勝機はありませんか。


「私が憎いんだろう?マーガレット、君の家族を私はみんな殺した。私だって親兄弟を殺されれば怒るよ?なら君だって同じなはずだ、憎くて憎くて仕方ない、なのにさっきから牽制ばかり……正直ガッカリだよ」


「うるさい、一緒にするな…!」


「君との戦いは、君が皇帝に弟子入りしたあの時から予感していた。いずれ君とこうして戦う事になると確かに予感していた、だからこそ…私は老い先短いこの身で待ち続けたというのに、この体たらくかい?これなら君…エアリエルどころかアンブリエルにも敵わないよ」


「……その人達なら、今頃きっと私の友達が倒してくれています」


「さぁどうだろうね、アンブリエルなら確かに可能性はあるが、エアリエルは無理だろう…君は彼女の全力を知らないはずだ、それに…エアリエルがもし倒されているなら、私達は今頃こうして話していることもままならないだろうしね」


「…は?」


「ああなんでもない、悪いね。久しい闘争で気が昂っているんだ。ついつい余計なことまで喋ってしまう…」


するとジズはクツクツと笑いながら剣をダラリと下に向ける。手をフリーにした…来る。


「君が仕掛けてこないから、次は私から仕掛けるよ、マーガレット」


「ッ…!」


しかし、身構えた次の瞬間にはジズは視界から消えており、耳元から声をかけられ咄嗟に横に飛ぶ、ジズが…私の隣にいた。


「ははは、まるで猫だね……なら、これは避けられるかい?」


瞬間、私に向けて踏み出したジズが剣を強く握る、私もまた時界門から刀型魔装・謫仙三式を引き抜き───。


「ぐぅっっ!」


乱れ飛ぶ剣撃、意識の隙間を縫って飛んでくる刃の嵐、前兆無しに飛んでくる斬撃の数々を私は刀で防ぎながら後ろに一歩引く、重い…斬撃一つ一つが重たい、全身を使って攻撃を受け流すしかない。


「そらそら、そんなものかな?言っただろう…私は、気が昂って来ていると」


ジズの顔から笑みが消え、より一層動きに速さが増し───。


「空魔三十二式・鬼儺(おにやらい)


線を描いていた斬撃が、点となる。あまりの速さに光芒さえ消え失せ、刃が弾き上げられた小さな砂に触れた瞬間現れる細かな火花だけが虚空に浮かび上がる超高速斬撃、それが次から次へと、風のように攻め立て、空中に無数の火花と破裂音を響かせる。


さながら雨、パチパチと音を立てて振るわれる斬撃はあっという間に私の許容範囲を超え刀が手から離れ───。


「空魔三十九式・欣求(ごんぐ)…ッ!」


「ぐっ!ぁがっっ!?」


そして、ジズの足元が爆裂し、まるで吹き抜ける風のような速度で私の腹に一撃、響くような蹴りを入れる。それもただの蹴りではない、的確に一撃で人体の骨全てに衝撃を与え、効率よく全身に痛みを走らせる蹴りだ。


しかもその威力もさることながら私の体は廊下を転がり血を吐き倒れ伏す事になる…。


───通常、空魔殺式は十式である終式・絶体絶命までしかない。というのは飽くまで影達の話、それを教えるジズはそれ以上の殺式を持つ、他人に譲渡出来るのが十式までだけで、彼自身の殺式は百を超える数存在する。


人を殺す為の技が、百以上…存在するのだ。


「技というのは、一度作ったら忘れないものだね。どうやら頭の方はまだ大丈夫なようだ…これはボケるのもかなり先かな───」


「ッメグセレクション No.95ッ!」


引き抜く、立ち上がりながら時界門を開き中から巨大な砲塔を呼び寄せ。


『大規模破壊魔装 ボルガニックバスーカ(使い切り式)』ッ!!」


発射と同時に空間を制圧する大規模な爆炎を放つ大砲塔の引き金を迷いなく引きジズに向け放つ、されどジズは動かず…。


「…『プレステル・グリゴロス』」


「ッな…!」


指を立てる、迫る炎に向けて指を。それと共に詠唱が放たれ…裂けた。


私が生み出した炎が、真っ二つに。使って来たんだ…遂にジズが、本気を出して来た。ジズの本領…それは。


「『ジェットスラスター』…!


「うっ…!」


「逃げるなよ、『デストラクトサクション』」


迫る、ビアンカの『ジェットスラスター』を使って加速し、逃げようとした私をコーディリアの『デストラクトサクション)を使って引き寄せ。


「『ウインドボム』」


「グッ…!!」


引き寄せた先で手を開いたジズは手元で風の爆発を起こしながらそれを私の上から叩きつけ地面を粉砕する。


これだ、これがジズ本来の戦い方。つまり…彼が得意とするのは。


『気圧魔術』…風魔術から派生したとされる分類であり、一瞬で空気を生み出し高密度の風を相手に叩きつける殺傷能力が非常に高い魔術。ジェットスラスターもデストラクトサクションも細かく部類すればこの気圧魔術に部類される、上手く使えば人命救助に使える反面、その取り扱いを間違えれば一瞬で人の命を奪うこともある魔術。


当然、危険度が高いが故に世の殺し屋達の大半がこの気圧魔術を扱う、コーディリアやビアンカ達が使うのもまたこの魔術が殺傷能力が高いから、故に殺し屋たるジズもまたこの気圧魔術を使う───のではなく。


そもそも、この気圧魔術を殺しに使うという潮流を作り上げたのがジズなのだ、世の殺し屋は皆ジズの真似をしているんだ、コーディリア達にこの魔術を教えたのはジズなのだ。


故にこそ、彼『も』気圧魔術を使うのではない、彼『が』使うから皆真似をして使う。故にこの世の気圧魔術を使った暗殺法は全てジズの物真似、彼こそがこの世で最も強く、巧みに、鋭く、気圧魔術を使える…達人なのだ。


「いつまで駄玩具で遊ぶつもりだ…やる気になったなら早く本気出せ、私がいつまでも笑ってお前に付き合っていると思うな」


「ッ…」


「それとも、培った物を発揮する前に殺されたいか」


「『時界門』ッ!」


ジズの顔から笑みが消えた、スイッチが入った、殺しのスイッチが、もう余裕がない。出し惜しみもしてられない、直ぐにアストラセレクションを使わねばと私は時界門で移動し廊下からダンスホールへと転移しそこに配置したアストラセレクションを取りに…。


「『プレステル・グリゴロス』」


次の瞬間、私が時界門を潜り終えダンスホールに着地した瞬間。壁を引き裂いて高密度の空気が放射され、それが銃弾のように私の背を打ち抜き私はその勢いで吹き飛ばされる。


「何処へ行くかと思えば…結局ここか」



ジズだ、転移した瞬間。転移先を狙って超高密度の空気放射による狙撃を行ったのだ。そして彼は悠然とダンスホールの扉を開き冷たい目で私を見る。


…私は今、メグセレクション No.99決戦装束 『アルファ・カリーナエ』に身を包んでいる。だからこそ先程の空気放射を食らっても体を貫通しなかった、けどもしこれを着ていなかったら。


今の一撃で死んでいた、それほどの威力が私を撃ったのだ。本気で殺しに来ている…。


「ッ……」


しかし先程の一撃でダンスホールの奥まで飛ばされてしまった、部屋の中心に突き刺したアストラセレクションまで距離がある。あそこに行くまでにジズから攻撃を受けてしまう…。


時界門だ、それでメグセレクションを呼び出して、牽制で足止めを行う!呼び出すのはメグセレクション No.72 『超大型拘束魔装 ダーヴィンズパーク』!これで決まりだ!


「『時界───」


「もういい」


しかし、次の瞬間私の詠唱は途絶える。ジズに何かされたか?されていない…何もされていないのに。


……『声が出なくなった』。


「───!?!?」


「もう駄玩具での遊びは飽きた、それしか出せないならもう使わなくていい」


「ッ〜〜!」


いくら声を絞っても声が出ない、詠唱が出来ない。何をされた?分かっている…分かっているんだ!私が一番警戒していたジズの奥義。


ジズが気圧魔術を使うのは単に殺傷能力が高いからではない、これが出来るから使っているんだ。


つまり今。この空間はジズの気圧魔術によって気圧を操作され…『声による空気振動が起こらなくなっている』のだ。ジズは大気中の空気を自在に操れる、相手から声を奪うことも容易く出来る。


彼はこれにより悲鳴を閉ざし、殺しの発覚を防ぐなどの使い方をする。だがその真骨頂は…『詠唱封じ』。ジズは問答無用で相手の魔術を完全に封じることが出来る。


どれだけ強い使い手でも、魔術が使えなくなった時点で戦闘能力は半減…最悪失う。ジズはこれを使い、完全に相手を封殺し、一方的に殺す戦法を得意とする。


警戒していた、これを一番警戒していた…これを使われた時点で私は時界門を使えなくなる。だから…!


(だから!アストラセレクションを倉庫に置かず、最初からダンスホールに用意したんだ!)


最早時界門は使えない、そうなったらもうアストラセレクションしか頼れる物がない…、私は即座に立ち上がりアストラセレクションに向け走り出すが。


「使わせると思うかい?相手から手札を奪うのは戦いの定石だ」


「ッッ─────!」


次の瞬間私の視界はジズの蹴りによって塞がれ、顔面に飛んできた蹴りで体が一回転し。


「そら、どう抵抗する」


倒れ伏した私に向け、ジズの剣が降り注ぐ。まずい…喉元を狙ってる!防げる物は───。


「ッ!」


「おっと」


転がった先にあった椅子を使い刃を防ぐと共に体を回して起き上がりアストラセレクションに飛びつく、掴んだのは…。


刀型のアストラセレクション…『第三神器ヴァーヤヴィヤストラ』。


「ッッ!」


「ほう、掴んだだけで魔力変換現象が…面白いね」


風を司る刀型の魔装『第三神器ヴァーヤヴィヤストラ』…、それを掴んだ瞬間私の髪は緑に染まり全身に風を纏う。クルリと手元で刀を回し足を広げ相手に鋒を向けながら刀を顔の横で構える。


これは私の切り札にして対空魔決戦用魔装…、魔力同化現象を必要としたのは。詠唱を封じられても戦えるようにするため。そもそもこれは…ジズに対してのみ、使う予定だった物なんだ。


(様子見は終わりだ、奴の動きはおおよそ見終えた。やはり私が持っている情報と変わらない、なら…ここから決めに行けるッ!)


「だが所詮駄玩具、それで私が殺せるか…」


(駄玩具かどうか、お前自身の体で試してみろッ!)


踏み込む、脳裏に浮かべるのはエリス様の姿。彼女が風に乗るように私も風で加速し一気に最高速に至り───。


「む…!」


「─────ッッ!!!」


一斬、それはジズによって防がれた物の。私の風斬は…確かにジズの顔色を変えさせた!ここから…捲るッ!


「ッッ!!!」


「風による加速、魔力同化現象を活かした戦法か、私の戦い方をよく研究している」


打ち合う、風で刃を跳ね上げ打ち込みとにかく押す、それを一つ一つジズは的確に刃で防ぐ、さっきは一瞬焦りを見せたがそこは歴戦の殺し屋…直ぐに落ち着きを取り戻しその技の冴えは鋭さを増していく。


「いいだろう、それなりに動けるなら…ギアを上げるぞ」


瞬間、カチリとジズの剣が音を立てる。今まで浅く掴んでいた剣の柄を握り直したのだ。より力の伝わる持ち方に。


…受けて立つ!


「空魔二十二式・御影(みかげ)ッ」


「ッ…!」


瞬間、ジズの動きが更に加速し全てを薙ぎ払う斬撃の結界が生み出されダンスホール全域を切り刻み爆裂させる。ただ一人の人間が剣を振るっただけで、城の一角が消し飛んだのだ。


「───くぅ!あ!声出る!『時界門』!」


吹き飛んだダンスホールから押し出され城の回廊を飛びながら悲鳴を上げれば、声が出る。どうやらジズの声封じは一定の範囲内にしか効果がないようだ。なので今のうちに時界門を使いダンスホールと共に吹っ飛んでしまったアストラセレクションを手元に集め着地すると。


「空魔五十六式・刧末(ごうまつ)!」


「チィッ!!」


吹き荒れる砂埃の中から鋭い斬撃波が飛んでくる、気圧魔術との連携で飛ばした空気の断層、それを刀で弾いただけで手が痺れる…!


「君が帝国に降ったのは、まだ君が十歳の頃だったかッ!」


「何を言ッッ!?」


瞬間、砂埃の中から飛んできたジズの剣が降りかかる。それを風に乗って回避すると同時に飛んできたジズは壁を蹴り私を追いかけ剣を数度振るい壁と天井を切り刻みながら私を追いかける。


「あの頃はまだ君も小さかった、それが私に迫る程に大きくなるとは、感無量だよ、懐かしいね」


「そんな小さな子を!よくも死地に向かわせられましたね!」


風に乗って空中を駆け抜けながらジズの死角から攻める、しかしそれでもジズは尚速い、壁と天井を切り刻み作り出した瓦礫の上に着地し寧ろ私に向かって突っ込んできてまるで網のような斬撃の雨を降り注がせる。


「何を言う、あの頃は小さかったとは言え十歳だったろう。その頃には私は殺し屋をやっていたしエアリエルも一線で働いていた、そこばかりは特別扱いはできないよ」


「貴方達異常者と一緒にしないでください!」


「異常者…異常者ね、なら君は平常か?通常か?そもそも狂ったこの世で普通でいる事の方が異常ではないのかな?」


「それは貴方の妄想です…!ぐぅっ!?」


瓦礫の上を駆け抜け空を飛ぶ私を圧倒するジズは、二つの剣を重ね合わせ私に叩きつける。刀で防げどもその威力までは死なず、背後に聳える大理石の壁を打ち砕き私の体は更に向こうへと飛んでいく。


飛んでいった先はこれまた廊下…、狭く様々な部屋に続く一本道の廊下だ。まずい…狭い場所に来てしまった、速度で劣る私では、この場は不利…!


「異常だよ、この世は狂っているのさ、マーガレットッ!」


私の嫌な予感は早くも的中し、狭い廊下に踏み込んだジズは一足で最高速度に至り右隣にある窓ガラスを次々と割り、左隣の扉達を細切れにし、廊下を満たす斬撃を纏いながら飛んでくる。


「魔女と言う一個人が統べる国は異常だよ、死なない人間が…居ていいはずがない!居てはいけない人間が統べる世界など、元より根底から狂っているとしか言えまい!」


「ッ…『旋風連斬』ッ!」


部屋を満たす斬撃を前に真っ向から速斬で迎え撃ち飛んでくるジズを食い止めるが…。


「空魔四十四式・閼伽坏(あかつき)


エアロゾルコンプレッサー…気圧圧縮魔術を用いたジズは剣の鋒の空気を一気に圧縮し、気体が高密度で圧縮された際生まれる『圧縮熱』を用いて刃に灼熱を宿し、紅蓮の刃を音速で振るい私ごと周囲を焼き切り吹き飛ばす。


「ぐぅ!」


「我々は殺し屋、死を与える物。人は死ぬから人なのだ、死なない人間は居てはいけないし我らに殺されない人間は居てはいけない、そんな当然の摂理を守らない人間がどうして世界の秩序を守れようか」


「ッ…世の秩序を乱してるのは!お前達だろ!」


「それはどうかな、我々は魔女のいない世界を知らない。もしかしたら魔女のいない世界は今よりもいいものかもしれないだろう。君も気にいるかもしれない」


「そんなわけ…」


「無いとは言えない、だって一度もそんな世界訪れた事がないから。アストラに任せて魔女は一線から身を引くと言っても未だ世界は魔女の影響下にある…。私はそんな世界を変えたいんだよ。私の心にあるのは…真なる秩序への憧憬だけさ、マーガレット」


強く踏み込んだジズの脚力により大地がまるで水面のように唸り、双剣が同時に叩き込まれ、圧縮熱が爆裂し私の胴に叩き込まれる


「ごぶふぅっ!」


口から血が溢れる、アルファカリーナエは対刃性能に優れている、対熱性能にも優れている、だから両断される事はない。それに加え衝撃に応じて硬くなる性質も持ち合わせている。


見た目に反して強靭だ、が…それでさえ守りきれぬ衝撃が背中に突き抜け、私の体は回転しながら廊下の上を転がり…ながらも受け身を取り刀を地面に突き刺し追い風を吹かせ停止する。


…秩序への憧憬…?それがジズの目的?


「それが、貴方の目的と?」


「ああそうだ…!」


「……それ、エアリエル達に言っている『嘘』…ですよね」


「何を言うか、本当だよ」


「いいえ嘘です、ハーシェルの子供達に対してついている嘘ですよね、だって貴方…」


立ち上がりながら、その目を見つめる…お前は秩序や平和を求めていない、だって。


「紛争地の只中で生まれた貴方が…平和を知るわけがない」


「……私の出征まで調べたのかい?」


調べた、ジズの全てを調べた。


ジズ・ハーシェルという男は…平和を知らない。今から九十年前…彼は。


今、歴史の教科書にも出てくる程に凄惨だったと伝えられている非魔女国家間の戦争『イブリスの大乱』の最中で生まれたのだ。


………………………………………………………………


魔女大国と異なり、非魔女国家は資源に乏しくみんな生きていくのに必死だった。シチュー一つ作るのに様々な工程を必要とする、木を刈り、ウサギを刈り、水を汲んで、土を掘って野菜を取り、手を使って火を起こし、これでようやく…一食、食べられるかどうか。


そんな生活を皆が強いられる程に厳しい。どれも大変だ、けどこれらの手順を全部すっ飛ばしてシチューを手に入れる方法がある。


それが、戦争だ。相手から奪えばいいのだ、木も水も奪い、敵を捕まえ土を掘らせ火を起こさせればいい。


そこに気がついた国々は時として争う。そんな中でも比較的凄惨だったのがイブリスの大乱。渦中で国王が死んでも王子が戦争を引き継ぎ続行させ周辺諸国を巻き込んだ最悪の戦争があった。


ジズは、その最中で生まれた。


敵国の兵士に強姦され自殺した村娘の腹から生まれた彼には家庭がなかった。偶々ジズを拾って使い捨ての手駒にしようとした傭兵団に育てられ、彼は五歳の頃から剣を握り、その歳には人を殺していた。


『おう、ガキ。飯が食いたきゃ殺してこい、ここは戦場だぜ?殺しだけが正義だ』


『………』


汚い布を着せられて、彼は同じような子供達と一緒に育った。そいつらは子供達を『兄弟』と呼ばせ無理矢理仲間意識を持たせた。子供達は彼と同じように戦地で拾われた子供達で行く場所など何処にも無く、ここにいるしかなかった…だから、彼は兄弟達と共に戦った。


戦わなきゃ、食べ物が貰えなかったから。



そしてそんな生活を続けて一年。


『戦争が激化してきやがった。国は俺ら傭兵の事を使い捨ての消耗品みたいに使いやがる。あんな国のために死んでやるもんか、おいテメェら!食わせてやってんだから働け!』


『…………』


六歳になっても人を殺して生きてきた、使い捨て同然に険しい戦場に送られても皆殺しにして生きてきた、時として死に物狂いに、時として偶然、時として兄弟姉妹を囮に使って彼は生き延び続けた。


そうしなければ、生存を許されなかったから。


そして更に一年後、いよいよ戦争が行き詰まり傭兵達も自分達の食糧の確保に困窮し始め、子供達への食糧を渋り始めた。食べ物を与えられなくなった子供達は次々と死んだ…だから。


『ま、待て!分かった!分かったから!このパンやるよ!ほら!食え!な?な?』


『…………』


『ひ、ひぃいいい!』


七歳の頃には拾ってくれた傭兵団を皆殺しにして、食糧を奪って食い繋いだ。そこからはその時の気分で陣営を変え食べ物を手に入れて生きてきた。



そこからまた一年、彼は戦地を転々として戦いが激しい場所を探して移り住んだ。戦いが激しいという事は人がたくさん居て、人がたくさんいるという事は食糧があるという事だと理解していたから。


『おい、なんだあの小汚いガキ…』


『シッ、話しかけるな。例の『ボロ衣の死神』だよ…』


『アレが?子供じゃないか…』


『死んだやつはみんなそう言ったよ、アレでお前より長く戦場にいるベテランだ、近づいたら殺されるぞ


ただ、それを繰り返すうちに彼は周りから避けられ、段々仲間がいなくなった。最初のうちは両陣営を転々としていたがそのうち両方の陣営から敵視されるようになり…、彼の獲物が増えた。


八歳になっても九歳になってもそれを続け、十歳になった頃彼の人生には変化が訪れた。


『………………』


戦争が終わったのだ。朝目覚めたら、兵士が何処にもいなくなっていた、探しても戦地がなくなっていた。食糧も無くなっていた。二、三日歩き回り…復興を目指す街を遠目から見て、彼は戦争が終わった事を理解……出来なかった。


彼にしてみれば、よくわからない状態に陥ったのだ。ただお腹が空いている事だけは分かった、だから…。


『シチューが出来たわよ〜』


『やったー!お母さん大好き〜!』


『ふふふ、母さんのシチューは絶品だからなぁ』


『そんな〜褒めすぎよ〜…え?扉が開いて…だ、誰…!?』


『………………』


『子供…?いや!刃物を持ってる!?に、逃げろ───ぎゃあああ!』


知らないから、戦場以外の場所を。いつもように剣を使って食べ物を手に入れようと家に押し入りそこの家人を皆殺しにして腹を満たした。分からなかった、平和というものが、戦場で生まれ戦場で育った彼は戦争以外を知らなかった。


そして彼は…。


『こいつがこの家の人達を殺した犯人か?…まだ子供だが、返り血を浴びてるし、間違いないか』


腹を満たして体を丸めて眠っている時…憲兵に捕まった。その後牢屋でなんでこんな事をしたか聞かれたが彼は答えられなかった…。


だって、彼にとっての食事とはそういう物。誰かを殺してそれを奪い食べるのが普通だったから。そしてそれ以前に彼は…十歳になってもなお言葉を理解していなかった。


そこから看守を皆殺しにして脱獄してからも、彼は困窮した。初めて『金』がないと物を手に入れてはいけないと知ったから。だがら金を手に入れるため今度は商家を襲い用心棒を皆殺しにして───ああ、後駆けつけた憲兵も皆殺しにして彼は血だらけの銀貨をその場に置いて商家の棚に並べてあったハムを頬張った。


そんな生活をしていたら、その街の領主が声をかけてきた。


『気に食わない奴がいる、それを殺したら罪は免除にする。だから殺れ』


『……………』


『金もくれてやる、食うに困ってるんだろう。断ったら即処刑だからな』


『…………………』


彼はそこで初めて気がついた。ああそうか、金はこうやって稼ぐんだと。


そして言われた通り殺し、金を得た。そして次はその領主を恨んでいる人に声をかけ領主を殺し金を得た。


そうやって彼は生きてきた…、殺しに殺しを重ね、血と死体で食べ物を手に入れて生きてきた。


そして彼は、言葉や名前を得るよりも前に…殺し屋になった。


それから何年か経った頃だろうか。


『おう坊主、お前かい?最近鳴らしてる殺し屋ってのは』


『……………』


路地裏で、パンを齧っていると。目深く帽子を被った男が…現れた。彼は帽子を取ると何処から出てきたのか、どう見ても帽子には収まらない大きさの黒い角を晒して。


『俺様も今は表に出れない境遇でな、世間的には死んだことなっててな。殺したい奴がいても殺せないんだ…お前さん、代わりにそいつを殺してくれないか』


『…………』


『…………いや、了承かどうか口で言えよ。ってかお前名前は何よ』


そいつは子供のジズを見下ろしながら首元をかき、牙を見せながら笑い…名前を聞いてきた。けれど彼には名乗る名前はない…。


『…………』


『いや名乗れよ、名乗るの、自分の名前、自分の、分かる?』


よく分からない、けれどあまりにもしつこく聞いてくれるので、彼は生まれて食事以外で初めて…口を開き。


『じず…ん?…』


首を傾げながら男の言葉を繰り返した、自分に言っているのかと…すると男は何を考えたのか。


『ジズ?それがお前の名前か?言いづらいがなんでもいい。お前…俺様の殺し屋になれ、そうすりゃ金をやる、仕事もやる、やってみろよ…なぁ』


『………うぇ…』


『そりゃ肯定か?肯定だな、よし来い』


そうして彼は…男の手引きで名前を得た。ジズ…空魔ジズ、これから数十年に渡り世界の脅威として君臨し続ける男の人生がこの時始まった。


………以上のことから、ジズは平和を知らない、秩序を知らない、寧ろ平和と秩序に苦しんだ側の人間だ。


そんな男が……望むのか?平和な世界を、それを理想に…するだろうか。


─────────────────


「そう、そうして少年はジズになり何十年も殺し屋を続け…、はぁっ!『空魔三十二式・鬼儺』!…って感じただの斬撃に名前つけて格好をつける老人になったわけさ、泣ける話だろう?」


「…お前は、戦地で生まれた。当時の記録を遡りお前らしき存在を見つけ調査を進めた…結果、お前は一度として平和な世を享受していなかった。そんな人間が平和?秩序?世界が狂ってる?おべんちゃらだよ…!」


ジズの全てを分かる範囲で調べ上げ知った、こいつが元より常識を知らない怪物である事。こいつは戦場にいる頃から何も変わっていない、会話の通じない殺戮者で殺すことでしか充足を得られない人間。


それが秩序の世界を求めるか?否、寧ろこいつは混沌しか求めていない。


「だからそんな嘘を言うのをやめなさい、貴方はただ依頼をされたから殺しをする。陛下を狙っているのだってそんな高尚な理由ではなく殺せなかったのが悔しいからでしょう」


「そうだね…そこまで分かってるなら君に嘘を言うのはやめようか、ごめんよ。世界の秩序なんてどうでもいいんだ。ただ娘達のモチベーションに関わる話だからどうしてもね…。けどね、嘘でも関係ないんだ、我等魔女排斥派にとって魔女のいない世界はどの道理想の世界なんだから」


「……魔女は殺させない、私が世界を…魔女を、守る盾となります」


「そうかそうか…、で。今の君を見てる限り出来そうにないが、守るんだろ?魔女を、…取るんだろ?仇を…さぁ」


「…………」


ジズが挑発するように笑う、ここで私が叫び声を上げてジズに切り掛かったとしても…きっとジズはまた先ほどのように私を叩きのめすだろう。


(悔しいですが、陛下の言うように四ヶ月の修行程度ではジズとの差は埋められそうにない、真っ向勝負では絶対に勝ち目がないのは明白…なら)


やり方を変える必要がある、幸いアストラセレクションのお陰でそれなりに戦う事は出来ているし…。


……なら、私らしく戦おう。


「当たり前でしょう、貴方は両親の仇…姉様の仇…だから…」


「んふふ…だからぁ?」


「こうしますッ!」


「へ?」


私は即座に転身してジズに背を向け走り出す、崩れた部屋から出て廊下に飛び出しとにかく逃げる。それを見たジズは呆気に取られ。


(逃げた?…いや、違う…距離を取っているのか)


ジズもまた即座に動き出しメグを追う。メグと距離を離されるのは面倒だと悟ったから。


(マーガレットは私の気圧操作の範囲を見切っているだろう、詠唱封じの範囲の外に出て時界門を使い何か準備を推し進めるつもり…と見ていい)


壁を蹴ってジズもまた廊下に出ると、廊下の先に背を見せ走るメグの姿が見える。そこでジズが感じたのは…違和感。


(…遅い?)


遅いのだ、先程までジズの動きについていくのに使っていた風による加速。あれを用いているならとっくに目に見える範囲から消えている筈なのに、未だメグが廊下を抜けていないと言う事実に奇妙な違和感を感じ…走り出す足を止めて、観察する。


(……ッ!刀を持っていない!?)


ジズから逃げるように走るメグの手には…例の風刀が存在していない、そこに気がついた瞬間ジズはメグから目を離し廊下の反対側に目を向けるとそこには…。


「そう言うことかッ!」


煌めく速度で飛んで来る…刀、メグが持っていた刀が一人でに飛び廊下の反対側からジズに向けて飛んできた。逃げると見せかけての不意打ちだ。


「そうか、マーガレット…私と、知恵比べがしたいのか」


迫る刀を撃ち落としながらジズは再度メグの思考を読む、メグは逃げたのではない、攻め方を変えたのだ。事実再び背後に目を向ければそこにはメグの姿がない。姿を隠して攻撃の隙を伺っているのだ、先程の刀による不意打ちはその布石…メグから視線を外させる為の一手。


ジズがメグを追った時点で、ジズはメグの罠にかかってしまった。もう後戻りは出来ない。単純な実力ではなく、知恵と直感を比べ合う戦いにシフトした事を悟ったジズはクルリと手元で剣を回す。


「フッ…面白くなってきた、どう攻める」


消えたメグを探しジズは両手に持った剣を壁に叩きつけ、打ち鳴らし。


「空魔十三式・聲明(しょうみょう)…」


鈴の根のように響き渡る音に耳を澄ませる、金属音の反射により目以上に全ての物を見る。


音が広がる速度でジズの目は城全体に広がり────。


「そこか…ッ!」


振るう、空気を圧縮した斬撃を頭上に。メグの鼓動を頭上から感じたジズはそこを狙い廊下の天井を切り裂く…が。


落ちてきたのは真っ二つに裂かれたメグではなく。


「なんだこれ…」


落ちてきたのは人形…否、メグセレクション No.22 『デコイ用人型魔装代わりに死んでくれる君』…メグの心音をコピーした音を鳴らしジズに対しても有効な物へと改造された代わりに死んでくれる君がジズの目の前に瓦礫と共に落ちてきて…。


「囮…?ならマーガレットは?」


「こっちだよ、ジズッ!」


「ッ…!」


瞬間、ジズの背後に現れたメグに向け刃を振るうが───当たらない。そうだ、そこにメグはいない、いるように見せかけていただけ。


メグセレクションNo.4『多重投射機構』…指定した映像を空間に投射する魔力機構にてジズの背後に自らの姿を投影していたのだ、当然メグの体はジズの刃をすり抜ける。


(これも囮、あの一瞬…私の視界から外れたあの一瞬でここまでの仕掛けを施したか。時界門を使えるマーガレットには距離の不自由は関係ないにしても、速すぎる…いや、段取りが良いのか)


投影されたメグの向こうから飛んでくる矢を掴み受け止めた瞬間鏃が爆発しジズの体を爆炎に包む。


「面白い、マーガレット、面白いよ。君こそやはり空魔の体現者だ」


空気の断層を作り炎を防いだジズは一歩後ろに引く、一歩引いた…ただそれだけで廊下のあちこちから物音がして魔装が付きで出来る。この通路…罠だらけだ。


用意周到…瞬く間に全てを用意する、これはメグの…メイドとしての人生で手に入れた彼女だけの技だった。


(狭い通路に誘き寄せ大量の魔装を配置し物量で攻め切る気か、だがこれを成立させるためにはメグ自身が私を認識していなければ出来ない芸当)


瞬間、ジズは反転し後ろに向けて走り出す。今この通路はメグの用意した魔装によって罠が張り巡らされている状態。今ここで戦うのは不毛だと判断した彼は通路から抜け出すために走り出す。


しかしそれを阻むように地面から突き出した地雷…メグセレクション No.60 『地中潜行型魔装 爆裂玉蕾』が隆起しジズの足元で爆裂する。


(やはり魔装機動のタイミングは完璧、何処かで私を見ているな?しかし私の索敵にも引っかからないとなると真っ当な隠れ方はしていない…)


爆裂する地雷原を脚力だけで走り抜け、同時に壁から放たれるレーザーの数々すらもスルリと天井付近を這うような跳躍で回避し。


「いかせません!」


そして次の瞬間には廊下の地面が競り上がり壁としてジズの前に立ち塞が───るよりもまえに剣の一撃で両断する。


するとその壁の向こうには無数のガトリングガンが配置されており…。


「ほう…」


…一瞬で人間をミンチにするガトリングガンによる連射、それが複数用意され一気にジズに向け放たれる。それを剣二本を巧みに振るい次々と撃ち落とす、部屋を照らすほどの火花を散らしながら剣を手繰るジズはギョロギョロと目だけを動かし探す…。


メグは何処からか私を見ている、何処から見ている。いや…常識に囚われない探し方をするなら。


「ああ、そこにいたんだ」


「やばっ!」


瞬間、ジズは弾丸を防ぐ合間に懐から取り出した短剣を廊下の隅に向けて投擲する。狙ったのだ…『極小の時界門を覗き穴として使っていたメグ』を。ジズの投擲を見るなりメグは慌てて時界門を閉ざす。


(これで目を封じた、次は──)


ギリギリと音を立て剣を握り直し、一歩…風のように踏み込む。


「さぁ、次はどうする、メグ…!」


神速の踏み込みにより一気に弾丸の間をすり抜けたジズなすれ違いざまに無数のガトリングガンを両断し廊下を抜け、城のエントランスへと出た…さて次はどう出る。


そうメグに期待した瞬間、城のエントランスの入り口…巨大な門が弾け飛び、その奥から銀の光を身に待とう巨大な影がジズに向けて突進を繰り出す。


「メグセレクション・番外!機構鉄神兵ダルハン・アヴァラガッ!」


「おお!おっきい!」


突っ込んできたのは10メートルはあろうかと言うほど巨大な鉄の鎧、自律駆動で動く魔装鎧を身に纏ったメグが突っ込んできたのだ。メグはジズから距離を取るなり無限倉庫内に身を隠しジズの動きを見ながら、このダルハン・アヴァラガを用意していたのだ。


「ぅぉぉおおおおおおおおおお!!」


ギュルギュルと音を立てて足裏のローラーが白煙を上げながらジズに向けて突っ込みその体を掴みながら巨大と怪力を活かしジズの体を壁に叩きつけ更に砕く。


「凄いパワーだね、まだこんな奥の手があったとは!」


「元師団長が使っていたお下がりです!十全には使えませんが…パワーだけならッ!!」


ガリガリと音を立ててジズを地面に叩きつけ引き摺りながらエントランスの奥…この会談の間何度も足を運んだ会議場へと叩き込み更に追い討ちをかける。


「だが、大きいだけだ。私の敵ではないよ」


しかしジズはそれほどの巨体を前にしても怯むことなくその拳を回避し、腕の上を走りながらその胸を切り裂き中にいるであろうメグを引き摺り出そうと───。


その瞬間、ダルハン・アヴァラガの胸部が赤熱し、融解する。


「第一神器…アグネヤストラッ!」


「むっ…!?」


飛び出してきた、中から炎の槍を構えたメグが爆炎をジズに向けて放ちながら。その穂先は危うくジズの顔を掠める。初めてメグの攻撃を前にジズという男がその余裕を消し去った。


ダルハン・アヴァラガを用意する為の時間稼ぎが通路での罠による波状攻撃、そこから続くようにダルハン・アヴァラガで戦うと見せかけ、近づいてきたところをコックピット内部に移動させておいたアグネヤストラで強襲。


それがメグが立てた作戦、奇策…と呼べる程巧みな物ではない、だが…戦いの主導権を今、ジズから奪うことに成功した。


「『爆炎回槍』ッ!」


「ッ…『プレステル・グリゴロス』!」


メグの爆炎とジズの空気が至近距離で炸裂し合う。……だが終わりではない、メグが態々ダルハン・アヴァラガという大物を犠牲にしてまで立てた作戦が、ただ一撃の強襲で終わるわけがない。


その真意は…。


「ダルハン・アヴァラガッ!帝国を守る為!その身の全てを使えッ!」


メグの呼びかけに呼応し、胸が張り裂け爛れた鉄巨神ダルハン・アヴァラガが最後の力を振り絞るようにその眼光を赤く輝かせ…、巨大な腕を使いジズの体を掴み拘束した。


「何ッ!?」


まだ動くのかとジズは驚愕する、だが動くさ…動くよ。ダルハン・アヴァラガは帝国を守る為作り上げられた特異魔装、その身は帝国守護の為にある。例え心の宿らぬ無機物の塊であれども、祖国を思う気持ちはその鋼鉄にも宿るのだから。


「アヴァラガ!強制射出!」


そしてダルハン・アヴァラガは胸のコックピットから全てを吐き出し、完全に動作を停止する。ジズを捕らえたまま沈黙したダルハン・アヴァラガを背にメグは射出されたそれらを手にする。


そう…メグの目的は。


「アストラ・セレクション…並列使用」


十のアストラ・セレクション全て。それがダルハン・アヴァラガのコックピットから吐き出された。そう、メグの目的は全て…この時のため。


アストラ・セレクション全てを同時に手に収め、それを全力でジズに確実に直撃させる瞬間を作る為。


「これは…ッ!動かん…!」


流石にまずいと思ったジズも抵抗をするが、想像以上にダルハン・アヴァラガが動かない。すでに動作を停止しているはずなのに動かないのだ。


そうしている間にメグは…右手に炎のアグネヤストラ、左手に水の短剣ヴァルナストラを構え、その背に風の刀ヴィーヤヴァヤストラを背負い、三つの魔力変換現象を起こす。


通常ではあり得ない火と水と風の同時魔力変換現象、メグの体は三色に分かれて輝き出す。その全ての光が指向性を持ちジズへと向かい───。


「アストラ・トリニタスッ!!」


「ッ…!」


猛火と激流を風が突き飛ばし、赤と青の螺旋がダルハン・アヴァラガの腕ごとジズを吹き飛ばす。これが今のメグの…私の限界。一つ使うだけでも消耗するアストラセレクションを同時に使う荒技、生産者さえ想定していない使い方。


これにより生み出される力アストラセレクション一本分よりも遥かに大きい。事実ジズの体を吹き飛ばしてもなお止まない力の奔流は荒れ狂いながら会議場を破壊し、爆散する程だ。


「っ…がぁ…はぁ…はぁ」


そして、倒れるようにその場に崩れ落ちるメグ。慌ててアグネヤストラとヴァルナストラから手を離し同時魔力変換現象を止める。これ以上続けていたら魂まで変換されてしまうところだった。


…出し切った、スタミナを。元より傷ついた体では…これ以上の活動は出来ない。最悪途中で倒れる可能性もあった、だからこれは最後の最後…奥の手中の奥の手だった。


だが、それでジズを───。


「痛いね、マーガレット」


「え───ぐぶふぅっ!?」


突如、響いた声に驚き顔を上げた瞬間蹴り上げられメグの体は地面を転がる。蹴り飛ばされた…誰に?決まっている。


「ジズ……?」


「今のは、危なかった…空気の断層と魔力防壁の併用でもなければ、手傷を負ってるところだったよ」


ニタリと笑うのは、ジズだ。多少衣服は傷ついているが…体にはない、傷がない。無傷…ここまでやって、無傷…?


そんな…そんなのって…。


「努力すれば報われる、それは子供の時だけ抱いていい幻想だ…君はもう、子供じゃないだろう?ならもっとクレバーになれよ、なぁ…」


「ぐっ…はぁ…はぁ!」


いや、絶望するな!立て!立ち上がって戦え!そう心の中で唱えながら立ち上がるも私の体は既に限界を迎えており、立ち上がるよりも前にジズに髪を掴まれ引き上げられ…。


「ぁがっ…!」


「面白かったよマーガレット!いい余興だった!だが些か違いすぎたようだ…経験の差がね!」


「ぐぶふっ!」


かち割るようにメグの頭を膝に叩きつけ更に首を掴み頬を殴打しメグを痛ぶるジズ。その顔は凶悪そのもの、血と暴力を好む悪魔の顔をしている。


「今まで私を研究してきた?の割には足りないじゃないか、私への理解が。ええ?なぁ…マーガレットぉ!両親の仇はどうしたッ!」


「ぅぐっ!がはぁっ!?」


……理不尽だ、こっちはこんなに疲労困憊なのに、なんでジズはこんなに元気なんだよ…。


「あ、貴方…今年で九十でしょう…」


「ああ、つい先日九十八歳になった、労ってくれよ」


その言葉と共に飛んできた拳によってメグは地面を転がる。九十八歳だ…ジズは九十八歳、私よりも経験があり強いのはいい、だが私よりも強靭で体力に満ちているのはどう考えてもおかしい。


こいつは、私と出会った二十年近く前から、何一つ変わっていない。


不老なのか?不死身なのか?ケイトさんのように不老?いやあれは見かけだけ、体力まで全盛期を保つものではない。ならヴィーラントのように不死身?それも違う。不死身なら防御はしない。


なら…ならなんなんた…ジズとは一体、何者なんだ。


「貴方…どういう体してるんですか…」


「そういう体質だよ、世の中にはそういうびっくり人間山ほどいるだろ」


「嘘…おっしゃい!」


「ああ嘘だ、だが君に教える義理はない」


そういうなりジズは私の首を掴み、万力のような力で締め上げ始める。まずい…呼吸が…!


「ッ…がぁっ!?」


「よく頑張ったが、残念だったよ。君はもっと出来る物と思っていたが…どうやら私の思い違いだったようだ。歳を取ると目も衰えるらしい…」


「ッッ……!」


「君の才能の片鱗を見れないのは残念だが、…悪いね。ここで死んでくれ」


手足が痺れる、体が動かない、まずい…締め殺される…ダメだ、やだ!


死にたくない…死んではいけない、負けられない…負けちゃいけない、私は多くの命の上にようやくここに立つことを許されているんだ。私の敗北は…ジズに殺された全ての人達の敗北に直結する。


それは嫌だ…いやだいやだいやだ!死にたく…ないッ!!


「ッ…ぁぁああああ!!」


「ッ…!」


闇雲に腕を振るい、背中に差した風刀を握り必死の抵抗を繰り出す。既にメグの体は動けないものと見切ったジズはその動きへの対応が遅れ、鋭い風の刃が顔を切り裂く、額から頬にかけての一文字はジズの右目を潰し、その痛みでメグの首から手が離れ…。


「ぐっ!うぅ!はぁ…はぁ…!」


「くっ…いたた、痛いじゃないかマーガレット…だが、やはり君には才能があるようだね。だからこそますます残念だよ」


「っ…ジズ…貴方」


右目を手で覆いながらも笑うジズを見て、メグは違和感を感じる。…血が、垂れていない。


顔とは神経と血液が集中する場所、どこを切っても血が出る…ましてや目を切り裂いたなら尚更だ、だがそれがどうだ?ジズの顔からは…血の一滴すら溢れない。


「血も涙もない人でなしだと思ったら貴方、本当に血も涙も出ない人外だったんですか…」


「失敬な、人間だよ人間。ほら…この通り」


すると、ジズは見せつけるように切り裂かれた顔を晒し────。


「な………」


そして、メグはあまりの光景に言葉を失う。切り裂かれ、皮膚が裂かれたジズの傷口の向こうに見えたのは…赤々とした血肉ではなく。


白く、何もない…陶器のような光沢だった。


「なん…ですか、それ…」


「ああ、これかい?これは若さの秘訣…って、…どうやら私が想像していた以上に損傷が激しいようだ。服だけじゃなくて、『表皮』まで剥がれ始めたよ」


少し体を動かすと、ジズの体が引き裂けていく。否、皮膚が裂けて剥がれて行く、腕は無機質な白へ、足も無機質な白へ、首も胴も白く…そして見えるのは、球体関節。


まるで、デッサン人形のような、球体関節……まさか。


「ウィーペラか…!」


シュランゲの街で出会ったジズの配下、オートマタ使いの女ウィーペラ。奴はオートマタ使いであると同時にオートマタ作りの天才でもあった。


奴曰く、人間を素材にすると、その人間の身体能力を残したまま…不老のオートマタへ変えられると────つまり。


「ジズ、貴方…オートマタだったんですか…」


「正確には違う、体がオートマタなだけで人格は私自身の物さ、私は五十代で肉の体を捨て弱った部位をオートマタに置き換え続けてきた。その最中拾ったウィーペラのおかげで…こうして人格を保ったまま全盛期の肉体を維持した完璧な肉体を手に入れるに至ったのさ」


クルリと掌を何度も回転させ挙動を確認するジズは口を開く。それだけで口元の皮膚が裂けくるみ割り人形のような無機質な口が露わになる。どうやら彼はこの無機質な体の上に人の皮膚を着て人間を演じていたようだ。


今や人らしい皮膚は上顎から上だけになり、球体関節が顕になった肉体を晒し、ジズは舌を出す。鉄で出来た舌を出し私を馬鹿にするように笑う。


「これが私の若さの秘訣さ…、この体はいいよマーガレット。老いないし、傷つかないし、腹も減らない水も飲まない、疲労もしない。まさに完全無欠の肉体さ…老いを恐れる必要もなく、永遠に生き続ける事ができる。古い肉体に固執する必要などどこにもなかったよ」


「人の命をなんとも思わないばかりか、自分の肉体にも頓着がありませんか…」


「別に何とも、ただ老いていくより余程いい。お陰で私は百年近く殺し屋の頂点に立ち続けることができた、常に全盛期のこの体なら私は永遠に…」


「死なない存在は、いちゃいけないんじゃなかったんですか」


「………あ?」


立ち上がりながらジズを睨む、こんな…こんな人ですらない怪物に、私の家族は…殺されたのか。こんな陶器の塊に…私の両親は!姉様は!


「何が魔女を殺すですか…、当のお前自身!誰よりも魔女に憧れていたんじゃないんですか!死なない体を手に入れて!老いない体を手に入れて!そんなお前がか魔女様の永遠を否定するな!」


「………マーガレットぉ、それを言ったら…おしまいだよ」


私の言葉が逆鱗に触れたのか、ジズはカタカタと音を立てながら手のひらを目の前に向け。


「本当は、もしもの時のための交渉用に使う予定だったが…しょうがないよね。君は私から大切な『人間としての顔』を奪った…なら同じ物を君から奪わないと、対等とは言えないよ」


「何を───」


瞬間、ジズの掌から光が放たれる。私の投影魔力機構と同じようなものを手に備えているんだろう、彼の光は一つの情景を浮かび上がらせる、そこに移ったのは…。


『───────ッッ!!』


「ッ………アリス、イリス!!!!」


縄で縛られ、猿轡を噛まされ、拘束されたアリスとイリスの姿だった…。


「二人の身柄は押さえてある、既にとある場所に監禁してあるのさ」


「二人はどこですか!」


「言えないなぁ…」


アリスとイリスは、ジズがこの城を訪れたその時に…捕まっていたんだ。二人の姿が見えないとアマルト様がぼやいていたのを今になって思い出す。あの時既に捕まっていた…なんて事だ、私がもっと早く気がついていれば。


ジズにばかり、目を取られていなければッッ!!


「二人に何を…」


「何を?ああ、私の合図で…これが起動する」


そして更に投影魔力機構が多くのものを映し出す、そこは古びた民家らしき壁と二人の間に置かれた、……ポーション爆弾。


姉様を殺したものと、同じ……!


「やめろ………」


自然と口を割る、今ジズが何をしようとしているかを理解してしまったから、私は刀を捨ててジズの前に跪く。


「やめてください!やめて…お願いします、お願いします!二人には手を出さないでください!アリスとイリスは何も関係ないんです!」


「知っている、この子達が君の大切な友達ということも知っている」


「お願い…お願いです…もう、やめてください…」


「…………」


蹲る、もう嫌だ…嫌だ…やめて、なんでアリスとイリスなんだ、なんで二人なんだ。この子たちは私をずっと支えてくれた大切な部下であり…大切な友達なんだ。


二人が殺されたら…私はもう……。


「お願い…します、もう私から…奪わないでください……」


「……言ったろ、マーガレット」


すると、ジズは子供を叱りつけるように、問いかけるような口調で私に語りかけ…。


「君のせいで、みんな死ぬと。父も母も姉も友達も…みんな死ぬってね。死ぬぞ?君のせいでまた…人が!死ぬぞと!」


「あ…あああ!嫌だ!嫌だ!嫌…嫌だッ!!」


必死にジズに縋りつき涙ながらに首を振る、もう嫌だ…嫌なんだ…何かを失うのは、もうこれ以上…奪われるのは、だったらもう…。


「やめて…二人を殺すなら、代わりに私を…殺してください……。もう…誰も死なせないで…」


「…………」


するとジズは、私を見下ろし……。


「ふふ……」


なんとも不気味な笑みを浮かべ、まるで…蝶の羽をむしるように、残酷に、楽しそうに、待ち侘びたように笑い。


「ああ、分かったよ…」


「ッ…なら!」


「二人を殺した後、君も殺す」


「ッッな!ジズッ────」


瞬間、ジズの合図により、ポーション爆弾が起動する。それを受け、自らの運命を理解したのか、アリスとイリスは抵抗をやめ…私の方を見て。


……微笑む、気にするなとばかりに。私に向けて……。


「アリス…イリスッッ!!!」


手を伸ばす、虚像に向けて手を伸ばす。二人は私にとってかけがえのない存在なんだ…あの時から…ずっと。


『アリスでございます、メイド長、これからよろしくお願い致します』


『イリスでございます、メイド長、貴方のおがけで私達はメイドの道を志すことができました』


帝国大臣の娘として、高飛車な態度を取っていた小娘二人を、大人気なく折檻した結果。小娘二人はメイド服を着て、私の下にやってきて…私の部下になると言ってくれた。


『貴方のおがけで、目が覚めたんです。私達、メイド長みたいにかっこいい人になりたいんです』


『だから私達、死ぬまでメイド長に…いいえ、死んでもメイド長に…ついて行きますから』


メイドの癖をして、皇帝陛下以上に私に忠誠を誓うなんて何事かと…私は当時怒ったが。二人はそれでも私について来てくれた。危険な戦いにも迷う事なくついて来た、まるで本当に死んでも私について行くと決意しているように。


そして、このエルドラドでの戦いにも…二人はついて来て、そして…。


「あ、嗚呼……ッ!」


ポーション爆弾が動き出す、起動する、爆発し────。


「ハイ、ここまで」


瞬間、ジズが手を閉じ投影を消し去ったその時だった。街の方から…巨大な爆音が聞こえたのは。


………アリス……イリス……、あ…嗚呼……。


「そん…な……」


「さぁ、死んだぞ?死んだぞマーガレット。お前のせいで姉の次は友が死んだ…そして次はお前の番だ……」


「ぁあ………」


最早、私に抵抗するだけの気力は残っていなかった。……また、私のせいで…人が死んだ……。


今度はかけがえのない友達を…失って…。


「ッ…アハハハハ!その顔が見たかった!君の…何をしても希望を見失わない君のその顔がッ!はしたないかい?まるで場末のチンピラのようだと笑うかい?いいとも!存分に笑え!これが人の本性…人間の残酷性だよッ!」


「ッッ…!?」


拳を叩きつけられ私はゴロゴロと転がり会議場の中心を転がる、受け身は取らない、取れない…もう、今はただ。


今はただ、この世から消えたいと…そう願った。そんな私が転がった先にいたのは。


「……え、ロレンツォ様…ッ!?」


燃え盛る会議場に、一人取り残されるように車椅子に座っていたロレンツォ様が、私の転がった先にいた。


……胸を、剣で貫かれ、絶命した姿で。


「あ…ああ……」


「おっと、それもここにあったか…まぁ、君を殺す前の準備運動だったよ、戦った相手は取り逃したが…きっちり殺すのは私の性分でね」


死んでいる…また人が死んでいる。


震える首で、ジズを見る、こちらに歩んでくるジズを見る。


…嗚呼、あああ…死だ。死が充満している、みんなが死んでいる、死んでいく。


…死の螺旋だ、全てを飲み込む死の螺旋に次々と人々が飲み込まれ死んでいく。私の姉様も…友達も、飲み込まれた。


……そして今、私さえも…飲み込もうと、手を伸ばしている。


「さぁ次は君だ、…向こうに行けば、会えるよ?君の友達にも…ね」


「………………」


もう…私には、何も出来ない…何をしても、無駄だった。結局こうなった。


ジズに両親を殺され、こいつを止めようと抗ったけど、またこうなった。大切な人を殺されて、私は何も出来ず、ジズは私に手を伸ばしてくる。


あの時と同じだ、そしてあの時と同じなら…私は私の人生を終えることになる。


……なら、もう…それでいい、もう……疲れてしまった。


何をしても無駄なら、向こうに行って…みんなに謝ろう。


(結局、私は…メグは…マーガレットは…コーディリアは、何も出来ませんでしたと……)


ボロボロと涙を流し、絶望した私の顔に、悪魔の手が覆いかぶさり…そして私の命は。


歩みは。


努力は。


決意は。


全て…全て全て。


ここで潰えて…消える────………。














「『蓋砕の抱剣』ッッ!!」


「ッッ!!」


しかし、全てを諦めた瞬間。ジズの手は私から離れ、吹き飛ばされて行く。


…何が、起きて……。


「立て!マーガレット…いや、メグ…!」


それは、炎の奥から現れ…水銀の剣を片手に、私の前まで歩み寄り、私を怒鳴りつける。


私を助け、現れた。影が…否、光が…。


「お前にここで、死なれると困るんだよ…お前は、私が殺すんだから…!」


「……コーディリア…?」


キッとした瞳で私を見下ろし、私を守るように立ったのは。


私を殺す為戦いを挑み、私を散々いじめ抜いて来た…仇敵であるコーディリアだった。


「貴方、なんで…」


「もう私は、影じゃない…やりたいようにやれと、お前からもジズからも言われた。だから私は…私が嫌いな全てを破壊する為に、今は……」


ギロリと、コーディリアは睨む、彼女が父と尊敬した男…ジズ・ハーシェルを。


「今、一番気に食わない奴を…殺す!そのためにもお前には倒れられちゃ困るんだよ!だから絶望してでも!立て!私に勝ったお前が!簡単にやられるな!」


「ははは…まさか君まで私を裏切るか、コーディリアは…!」


それは、かつての絶望を切り払う…コーディリアの、逆襲であった───。

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