531.対決 ハーシェルの影その一番エアリエル
私は、言葉よりも先に血の匂いを覚えた。
『驚いた、私も殺し屋として長いけど…殺しの対象が先に殺される経験は初めてだ。それも同業者以外の…子供に』
私が思い出せる最古の記憶は、血の海に沈む両親と手に握られた血だらけのナイフと…それを見て驚く、父ジズ・ハーシェルの姿だった。
『おっと、いい殺気だ。まさか子供の身でそこまでの殺気を纏えるとは…君は才能がある。きっと殺しの才能では私以上だ、素晴らしい』
初めて見た父の姿に、私は警戒してナイフを向けた。
私は疎まれ子だった、忌み子だった、とある富豪の家に生まれながら父の望んだ男でないという理由だけで、夫を喜ばせる存在ではないという理由だけで、私は両親から疎まれ育った。
言葉も教えられず食事も与えられず育った私は、両親に対して怒りを覚える前に、二人を殺してしまった。理由は…なんだったか、虫を食う私を気味悪がった父が私を叩いたからだ、それを攻撃として受け取り反撃して殺した。
そこに偶然私の本当の父が現れて、こう言ったんだ。
『だが君はまだ偽物だ、どうだい?私の下で本物にならないかい?本物の殺戮者に…。どうせ人を殺した存在は真っ当に生きられない、ならせめてその力…世の不条理への復讐に使わないか』
その時は言っていることが分からなかったが、少なくとも攻撃ではないと受け取った私は…彼の手を取り。
そして、私はエアリエル・ハーシェルとなった。世界最強の殺し屋ジズ・ハーシェルの後を継ぐ存在として、一歩目を踏み出した。
私は父の下で殺し屋になり私は家族を得た、尊敬出来る父と志を同じくする姉妹達。立派な服を着せられ責任を与えられ自らの足で立つ事を許され、私は幸せになれた。
そう思ったのも束の間、私は空魔の館で…涙を流すことになった。
何が起こったか?…それは、私と同時期に影になった子が全員死んだのだ。語り合った妹達が、共に頑張ろうと誓い合った妹達が、上を目指して切磋琢磨していた妹達が、任務に出る都度一人また一人と死んだ。
任務に出て死ぬならいい、中には発狂して自ら命を断つ者も居た。その中で私は最後の一人になってしまったのだ。
いや同世代だけじゃない、私よりも一つ下の世代の子もアンブリエルを残して須く死んだ。新しく入ってきても直ぐに死ぬ。みんな死んでしまう。
次々と死んでいく妹達を前に私は涙した、人生で初めて号泣した。
どうして。死んでしまうんだ、どうしてみんないなくなってしまうんだ。
なんて…。なんて……情けないのだと。
「我々は父に忠誠を誓い、父の言う理想を体現する為の影なのに、ただ殺せばいいだけなのに何故こうも簡単にコロコロと死んでいくのだ、こんなのが姉妹だと思うと情けなくて涙が出てくる」
「お、おおぅ…」
まだ幼き日の頃、既にファイブナンバーに昇格していた私は涙ながらに同じく最近ファイブナンバーに引き上げられたアンブリエルにそう語ると、彼女は顔を引き攣らせて笑った。
だってそうでしょう、人なんて簡単に死ぬ、寝床に入り込めばあとは簡単、頸動脈を切れば死ぬ沈めれば死ぬ埋めれば死ぬ締めれば死ぬ燃やせば死ぬ叩けば死ぬ…こんな脆い物を壊せずどうやって失敗出来ようか。
こんな簡単なこともできない奴らだとは思っても居なかった。
「やはり有象無象ではダメだ、アンブリエル…お前は負けてくれるなよ」
「そりゃあどうかな、私エアリエル姉様みたいに強くないしなぁ」
アンブリエルは強い、この家で唯一私に迫る事が出来る逸材だ。彼女の完全模倣では私の御影阿修羅はコピー出来ないが、それでも積み上げられた戦闘経験値が開花すれば直ぐに私と同じ第二段階に至ることができる。
そんなアンブリエルでさえ負けてしまったら、私はもう姉妹達に期待出来なくなってしまう。
「情けない…これでは父も安心して一線を退けない」
「いやぁ影達はみんな上手くやってるよ姉様。姉様が異常なだけだよ」
幼き頃の私とアンブリエルは地下の監禁室…父が新たに補充した影達を捉え殺し屋へ仕立て上げる牢屋群を見つめながら歩き、私は舌を打つ。
牢屋の中にいるのはどいつもこいつも使えなさそうなのばかり、父もある程度厳選しているようだが…ダメだ。こいつらは世界の倫理を信じている顔をしている。
この爛れて腐った世界の秩序と倫理が既に脳みそに染み付いている、そう言う奴は…直ぐに死ぬ。
「使えそうなのは居ないのか、アンブリエル」
「んーと、最近だと名持ちに昇格したチタニアとオベロンが別格かな。あれは確実にファイブナンバーになるだろうね」
「他は」
「コーディリアとかもいい感じかも、ただあいつはちょっと精神面がね…。頭のネジが外れてる癖して外れ切ってない変な奴だよ。その周りにいる取り巻きは…まぁ普通かな」
「それだけか、ハーシェルの影はその総数が百に至ると言うのに、使えそうなのが…たったの三人」
「いやいやだから、姉様が異常なだけだって。私達の戦力は既に八大同盟の中でも結構なもんよ」
「……八大同盟にも期待出来ないな」
「はぁ〜〜」
やはり必要なのは数ではない、唯一無二にして絶対なる個…ただ一人で全てを変革する存在。それが今のハーシェル一家には必要だ。
『オラっ!なんとか言えよ特別ちゃん!』
ふと、地下監禁室の一角から騒がしい声が聞こえ私は静かにナイフを抜く、ハーシェル一家の家訓…無用に騒ぐのは厳禁。それが守れぬ子には死の折檻をしなくてはならない…。
目を鋭く尖らせ声の方に顔を向けるとアンブリエルがコンコンと私の腰を突き、首を振る。
「姉様、あれだめよ殺しちゃ」
「………」
「あれ、マーガレットだよ」
「マーガレット…ああ、父の言っていた逸材か」
視線の先にいたのはマーガレットだ、父が言っていた『皇帝すら殺し得る逸材』…こうして目視するのは初めてだな。
「あれがか…」
「そ、あれが」
私はてっきり、私に並び得る殺しの才能を持った天才かと思っていたが…なんだあれは。コーディリア達に虐められて泣きじゃくる事しか出来ていないただの子供じゃないか。血の匂いもしない…虫すら殺せなさそうな子供。
あんなのが、天才だと。父は言っているのか?
「あーらら、またやってるよ…。好きだよねぇエアリエル姉様」
「………………」
「あ!アンブリエルお姉様!エアリエルお姉様!」
私達が近づけばコーディリアはこちらを向いて頭を下げる。まぁ無用に騒いでるわけではないのなら、折檻の必要はないか。
「程々にしときなよコーディリア、あんた明日仕事なんだからさ、んふふ」
「はいっ!」
マーガレットに視線を向けると、まるで助けを求めるような目で見てくる。それがたまらなく情けない、自分の事くらい自分でなんとかしろ…父の期待に応える事だけに注力しろ、お前が今生かされているのはただ父の理想を成就させるためだけなんだから。
「…情けない、父も戯れが過ぎる」
そして我々はマーガレット達から背を向け歩き出す。情けない、あんなのに皇帝が殺せるわけがない。
「だねぇ、大事にするならこんなところ連れてこないければいいのに。あれじゃコーディリア達の餌食だよ」
「私ならコーディリア達を殺している、父もそれをマーガレットに期待しているんだろう、なのに…情けない。涙が出てくる…どうしてこうも情けない姉妹しかいないんだ」
「世の中が姉様みたいなのばかりだったら、この世はとっくに終わってますよ〜」
マーガレットには興味を抱ける部分も期待出来る部分もなさそうだと私は踵を返し虐められている彼女から背を向けると。
反対側から鬼気迫る表情のトリンキュローが走ってきて…。
『お前達!何やってるんだ!』
『チッ、ゴミのお守りが来やがった…面倒くさ』
コーディリア達を追い払う。トリンキュローか、あれも才能はあるがダメだ、くだらない倫理観を持ち合わせている。なまじ才能がある分なんとなってるが…所詮私の足元にも及ばない。
そんなトリンキュローはマーガレットを抱きしめて、静かにそして慈しむように頭を撫でて…。
「───」
「おん?どったの?エアリエル姉様」
…私はそれを見て、絶句した。抱きしめられるマーガレットを見て…理解した。
……かつて、マーガレットをこの家に入れた時、私は初めて父に抗議したことがある。
『皇帝を殺すなら私に任せてください、父の理想のためにこの命を使わせください。何処の馬の骨とも知らぬ奴に父の理想を任せないでください』と。
私が皇帝を殺せばマーガレットは必要ない、だが父はこう言った。
『確かに君は殺しの才能なら私以上、当然マーガレットすらも超えている。だが違うんだ、魔女を殺すと言うのは…ただ殺しの才能があるだけではダメなんだ、人は人しか殺せない…人ならざる魔女を殺せるのは、殺すべきなのは…君とは真逆の才能を持った子でなければならない』と…。
私は当時、父の言っていることが分からなかった。私に持ち得ない才能を持つ人間がいるとは思えないと…だが。
「なるほど、マーガレットか…」
そうか、マーガレットには才能があるんだ。私では絶対に持ち得ない才能が。
そして父はその才能を欲している、なら…ならば。
私が、その才能を獲得できれば………。
───────────────
天空に鎮座する空魔の館にて行われる魔女の弟子対ハーシェル一家達の総力戦、結果はファイブナンバー四人が陥落し、船内の戦力も全滅、魔女の弟子達も一人脱落しながらも全員が無事脱出し…。
両陣営、残すところ最後の一人同士となった。
『──────ッ!!』
船内のあちこちが爆裂する。廊下を粉砕し、内部機関を爆砕し、縦横無尽に駆け抜ける二つの影は高速で行き交う、無人となった船の中を何度も何度も飛び交い交錯しぶつかり合う。
戦いっているのは…。
「エリスぅゥッッ!!」
瓦礫を切り裂き、迷宮を引き裂き滑空し空を駆け抜ける影。ハーシェルの影その一番エアリエルと。
「エアリエルァァァアアア!!!」
壁を蹴って再度加速し、電流となって空を滑り飛翔する影、孤独の魔女の弟子エリス。
音速を超える二人の体は魔力覚醒によって輝き常軌と人智を逸した力を生み出し、衝突すると共に激しい音と光を放ち空魔の館の一角を吹き飛ばす。
今、エリスとエアリエルの力は空魔の館という巨大戦艦という箱では収まり切らないほど、膨大に膨れ上がっており、そんな二人が全力で暴れ回っていることもあり、戦いの激化と共に戦艦はあちこちで火を噴いているのだ。
「っと…!流石に強いですね」
迸る電流と共に瓦礫の上に着地するエリスは暗闇の向こうに立つエアリエルを見遣る。エリスも覚醒した、エアリエルも覚醒した、これがエリス達の全力…向こうもこれ以上無いってのを出しているだけあり戦況は膠着状態にある。
……膠着だ、こっちは制限時間付きのボアネルゲ・デュナミスを使って、膠着。本当にデタラメ以外の言葉が出てこない。
ここまでエアリエルと戦ってある程度アイツのスペックは分かってきた。
攻撃性能…身体能力、技術力共にエリスが出会ってきた中で最高クラス。殴り合いではまず勝てない。
防御性能…魔力防壁展開中は基本無敵、御影阿修羅展開時以外は古式魔術も通らない。
魔力面…魔術は使わないが魔力闘法の扱いは恐らくエリス以上、少なくとも達人の域にある。
恐ろしいのは技量だ、エアリエルは肉体的超人でも圧倒的な武器を使用するわけでも恐ろしい魔術を使うわけでもなく、ただ鍛えた魔力と肉体を常軌を逸した技術で手繰り戦っているだけなんだ。
そこに今、魔力覚醒が追加されている。
魔力覚醒『To be or not to be…』。未だ効果は分からないがあれを用いた瞬間からエアリエルの殺傷能力と瞬間火力が激増した、オマケに覚醒により身体能力まで向上してるし、この膠着状態もいつまで継続出来るか分からない。
少なくとも、ボアネルゲ・デュナミスの効果時間が過ぎたら…その瞬間嬲り殺されるは確実。
「強いのは、当たり前だ。そのように育てられそうあるべしと望まれたのが私だ、父の理想の世界を作り上げるべく研ぎ澄まされた刃にして最強の鋏が私なのだ」
「まだ言うかっ!」
「これが私達の不屈にして不朽の目的だ、お前になんと言われようとも、変わらない…!」
「ッ…来る」
瞬間、エアリエルは大きく脚を曲げ力を蓄えながら一気に地面を爆裂させながら突っ込んでくる。それに応えるようにエリスもまた全身の電流を強く輝かせ迎え撃ち…。
「『可変式御影阿修羅…!」
エアリエルの魔力防壁が歪み、腕が造られる。魔力防壁で自身の分身を形成する『御影阿修羅』、それを応用し腕だけを作るんだ、そしてその先に更に腕、さらに腕、合計十本以上の腕が連なり超巨大な鞭のように形成され…。
「『月影』ッ!」
腕が腕を掴み作り上げられた魔力鞭、それを自身も掴み鞭を振るうように回転しながら突っ込んでくる。鞭は大地を砕き、壁を削り、殺意の乱流のように荒れ狂いながらエリスに迫り…。
「ッ…!極限心眼ッ!」
跳ぶ、跳んで避ける、瓦礫から瓦礫に飛び移りながら縦横無尽、三百六十度全域に何度も飛び交う鞭を見切る。魔力を見切り動きを察知する極限心眼…これがあれば少なくとも御影阿修羅の動きは把握することが出来る。これなら…。
「厳かな天の怒号、大地を揺るがす震霆の轟威よ 全てを打ち崩せ降り注ぎ万界を平伏させし絶対の雷光よ、今 一時 この瞬間 我に悪敵を滅する力を授けよう『天降剛雷一閃』ッ!!」
加速と共に全身を雷に変え一気にエアリエルに降り注ぐように落雷の拳を放つ。御影阿修羅展開時はエアリエルの防御力は通常の九分の一に低下する、というより攻撃のチャンスは御影阿修羅展開時しか無い…だから───。
「『御影阿修羅・神守葛篭』」
「なっ!?」
しかし、エリスの拳は防がれる。御影阿修羅…エアリエルの分身が八体エアリエルの前に重なるように展開され拳が防がれた。絶対に破壊できない分身が八体重なっての防御…これじゃ抜けないッ!
というかこいつ、御影阿修羅を一度消してから再度生み出すまでのテンポが速くなってる!
「戦闘継続によるボルテージの上昇、そこから来る身体能力の向上が…お前だけに起こる物と思ったか…!」
「うっ…」
「私も体が温まってきているんだよ、お前のおかげでな…!」
やばい!あれが来る!死ぬ…ッ!
「『御影阿修羅…」
エアリエルの持つ短剣に魔力が宿る。そもそも御影阿修羅とは魔力形成術を応用した技だ、魔力防壁を刃の形に変えたりして使う技…魔力形成術。その達人たる彼女がそれを使えないわけがない。
短剣に宿る魔力が刃の形を作る…短剣が長剣のように伸びる…来る。
「『一刃葬』ッ!」
瞬間、エアリエルの背後に現れた虚像がエアリエルの肘を蹴り腕が伸びる。まるで撃鉄に弾かれた弾丸の如く音速を超える速度で刃が放たれ──。
「ぅグッ…!」
突き刺さる、エリスの脇腹に…魔力刃が。コートを貫いて…どんな刃も弾くはずの師匠のコートが、今切り裂かれたんだ。
あり得ない、絶対にあり得ない。けど…きっとこれがエアリエルの魔力覚醒。その効果は…。
「死ね!」
「ッ『ライトニングステップ』ッ!」
追い討ちを回避するように全身を雷に変え後方に飛ぶ、と同時に脇腹を抑え雷で無理矢理傷口を焼き潰し止血する。
…エリスのコートを切り裂くエアリエルの魔力覚醒、さっきから見ていて一つの可能性が脳裏を過ぎる。恐らくだが奴の覚醒の効果は。
「ようやく分かりました…、っ…『無視』してますね、さっきから…抵抗を」
「…………」
無視…それがエアリエルの魔力覚醒。
────概念抽出型魔力覚醒『To be or not to be…』。その効果は無視、凡ゆる物を意識的に無視することが出来る。物質的な防御力、物理的干渉が不可能な存在、それらを無視してエアリエルの刃は全てを裁断することが出来る。
だから例えエリスが絶対に斬れないコートを着ていても無視して切り裂くことが出来る、エリスの魔術を真っ向から切り裂き両断することが出来る。目の前にある物なら物質の硬度や性質、物質非物質の垣根から全ての摂理に至るまで無視して切断することが出来る覚醒…それがエアリエルの覚醒。
対物理戦闘最強にして最悪の覚醒。彼女の前では如何なる存在も殺害対象になり得てしまう…恐らく、魔女さえも。
「メチャクチャですね、なんですかその凶悪極まりない覚醒は…」
「……お前は、どこまでも…やはり時間をかければかけるほど厄介になるな」
ゆらりとエアリエルの姿が揺らめく、奴が刃を振るった時点でそれを防ぐ事は絶対に出来ない、刃は全てを無視して通過点にある物を切り裂いて進む。だからその一撃は廊下を両断し粉々に出来る。
「『御影阿修羅・虎爪』ッ!」
「うっ!?」
その瞬間、エアリエルは腕を振るい爪を突き立てるような動きを見せる…と共に現れた五人の虚像が刃を手にエリスに向け五つの斬撃を放つ。極限心眼で見てようやく認識出来る速度で放たれたそれを体を横にして斬撃と斬撃の間でやり過ごすと…。
「うへ…」
エリスを通り過ぎて行った斬撃が、大地を、壁を、天井を切り裂く。物質の物理的反発を無視して放たれた斬撃は、壁に当たっても減速せずどこまでも飛んでいくんだ。
「『御影阿修羅…」
「やばっ!「?
「『絹目乱斬』ッ!」
そして現れた八体の虚像が、その速度と身体能力を活かし放つ…、高速で飛び交い相手を殲滅する奥義…空魔五式・絶技乱斬を。ただでさえ必殺とされる空魔殺式をエアリエル級の身体能力で、しかも八倍の物量で行われるのだ、エリスがいる空間は一瞬のうちに細切れになり轟音を上げ崩壊する。
そんな中エリスは必死に斬撃の隙間を見つけて飛び続ける。防御は出来ない、腕で受ければエリスの籠手諸共両断される。絶対に防御が出来ない攻撃の乱発…その末恐ろしさに背筋が凍る。
「いつまで逃げ続ける、魔女の弟子」
「勝つまで!」
崩落した大地を降り更に下に見える下層の床に降りれば、待ち構えていたかのようにエアリエルもまた闇の中から現れる。
…攻撃全てが防御不可になる覚醒なんて初めて見た…どう対処すれば良い。どう攻略する、あの覚醒を、エアリエルを。
(必ずある、完全無欠の存在なんてこの世には居ない、大きな力を扱う以上…必ず何処かに隙が生じる)
そもそも魔力確定により発現する力は人の手に余る、それを行使している以上必ず何処かに不和が生まれ隙として残っている。そこを突けばいい…それにエリスは一つ、取っ掛かりを掴んでいる。
エアリエルが覚醒してから、時折見せる…不可解な行動。
それは…。
「エリスはまだまだやれますよッ!」
「ほざけ、次はこれをお前の脳髄に打ち込むッ!」
「出来るもんならね!『真・若雷招』ッ!」
地面に電流を網目状に流し、雷の網を引き上げるように地面を隆起させあたり一面に瓦礫を舞い上げその狭間を飛びようにエアリエルを撹乱する。
するとエアリエルも即座に反応し周囲に幾多の魔力の刃を生み出し。
「『御影阿修羅・天来』ッ!」
周囲に魔力の刃を拡散するように放つのだ、一つ一つの刃は小さい…ガラス片のようだ、けどそれら全てにエアリエルの魔力覚醒が反映されているからか、細かな刃でさえ瓦礫を貫通し、更にその奥にある壁に穴を開けどこまでも進んでいく。
受ければエリスも穴あきチーズになる脅威の猛攻…しかし、その狭間を飛びながらエリスは見る。
(やはり…)
見逃さない、何もかもを貫通する筈のエアリエルの攻撃…刃は壁を貫通して穴を開け進んでいく筈なのに。
『一部の刃だけ壁に刺さって消える』んだ、瓦礫は例外なく貫通する、なのに本当に一部の刃だけが壁に刺さる…壁に刺さると言う事は貫通していないと言う事、貫通していないと言う事はエアリエルの覚醒が効いていないということ。
その壁自体はなんの変哲もない周りの同じ材質の物なのに、…何故例外が生まれる。どうして貫通しない…なんでエアリエルの覚醒が反映されていない。
(これが一度や二度なら或いはエアリエルのミス、もしくは覚醒の効果を反映しきれていないと見れるけど、奴の大規模攻撃の際は必ずこの例外が生まれている…、もしかして一度に覚醒の効果を適用できる範囲が決まってる?いやいやエアリエル程の達人がそんな単純なミスを残しておくはずがない)
考えるに、恐らくこれは通常では発生しないミス。今だから発生するミス。エアリエルが意図していない…ではなく、恐らく意図的に作っている『穴』。
何故、そうなる。これはエリスの直感だがこの『何故』を解き明かせば…エアリエルの覚醒を崩せる気が───。
「余所見か?」
「ッあ!?」
その瞬間、既に魔力の刃が消えていることに気がつく。つまり防壁を一度消滅させたということ…ならあれが来る。そう思ったのも束の間、目の前にエアリエルの虚像が現れエリスの顔面を蹴り据えるのだ。
「ぅぐぅっ!?」
そしてそのまま吹き飛ばされ撃ち落とされるエリスだったが、問題なのはここから…。
(減速しない!?)
咄嗟に風を生み出し体勢を整えようとしたが全く減速しないのだ。これは…もしかしなくてもエアリエルの覚醒の効果!
エリスの体が空気抵抗を無視しているんだ!自分自身じゃなくて虚像で触れた相手にも反映さられるのか!
「このまま館の外に落ちて行け!」
まずい…!エリスが館の外に追い出されたらその間にエアリエルは砲塔を調整しに行ってしまう!既にチャージは完了してるし…そうなったら終わる!
焦る、大いに焦る、だがエリスの体は地面を砕いても止まらず更に下の階層へと落ちて───。
「ッ意味を持ち形を現し影を這い意義を為せ『蛇鞭戒鎖』!」
直ぐに手元に魔力縄を生み出し周りの壁に突き刺す事でようやく止まる。空気抵抗を無視させられると旋風圏跳が一切機能しなくなるのか…これ結構ヤバいかも、エリスのメインウェポンですよこれ。
「ともかく今はエアリエルの弱点を解き明かさないと…」
ガラガラと崩れる瓦礫がエリスのよこをとおつておちていくか、下を見れば真っ暗な奈落が広がっている、どうやらエリスとエアリエルの戦いで館の地下に存在していた迷宮は殆ど壊滅状態にあるようで廊下も何も全て崩れて消えている。
…こんな状態になってもまだ飛ぶんだ、この館。なんで考えつつその場で足を振り風を切る感覚を確かめ、空気抵抗が戻った事を確認した後エリスは縄から手を離し下へと降りる。
(しかしどうしよう、今のままじゃ戦うこともままならない。いくらエリスでも切り裂かれても真っ二つにされても無視して挑むことなんて…あ)
その瞬間、脳裏に過る記憶。それはエルドラドに来る前に行った師匠との組手。臨界魔力覚醒内部にて行ったあの地獄のもう特訓。
あれも必殺級の攻撃が吹き荒れる戦いだった、その中でエリスはいくつもの試みを試し…一つだけ、最も師匠に肉薄出来た技があったんだ。
(あれを使うか、でもアレはまだ実戦用に調整してないしはっきり言って悪足掻きだったし、何より消耗が激しいし、強くなるわけでもないし……ん?)
ふと、考えを取りやめ周りを見回す。するとそこには何やら奇妙な空間が広がっている事に気がついたんだ。
奈落の下に落ちた結果、変な部屋に来てしまったようだ。
「なんだここ」
「ほう、まさか…この部屋に落ちるとは、なんの因果か」
「っ!エアリエル!!」
すると背後にはエアリエルが現れ、何やら嬉しそうに部屋の全容を眺めている。なんなんだ…この部屋。
「お前はどう思う、魔女の弟子…この部屋は素晴らしいだろ」
「どこかですか…薄気味悪い」
「薄気味悪いか、ククク…そう言ってくれるな」
だって気味悪いですよ、周りを見回せば赤黒い石材に囲まれており、光源などなくただただ暗い。そして…この広大な部屋の至る所には、血の付着した罠が剥き出しになっているんだ。
刃が突き出た床、あちこちから大砲が突き出た壁、槍がぶら下げられた釣り天井、それだけじゃない、あちこちに殺す気の罠が隠す気もなく露出している。部屋というより処刑場だ。
「ここは、全ての始まりの地だぞ」
「は?」
その言葉を受け、エリスはもう一度周りを見る。全てが始まった地…?全てが…?
…………あれ?あの大砲、確かちょっと前にメグさんと一緒にやった特訓の方式に似ているな、周りから打ち込まれる大砲の砲弾を避ける訓練…それをやってる時メグさんは、自分も昔やったと言っていたな。
…まさか、……まさかッ!
「ッ…ここって!」
「ああ、マーガレットの私室だ」
「ここが……」
見れば、部屋の隅に。まるで隠れるような場所に…このおどろおどろしい部屋とは不釣り合いに可愛らしい小さな机と椅子、そして簡素なベッドが置かれている事に気がつく。
ここだ、ここなんだ。メグさんがジズに捕まった後入れられていた場所は。彼女が幼少期を過ごし場所は…。
「彼女はここに帰るべきだった、ここは彼女の家なのだから…」
エアリエルの言葉を無視して、エリスは机に近づく。彼女は。ジズに両親を殺され、大好きな姉と引き離され、剰えこんな気味の悪い場所に監禁されて、あの恐ろしい仕掛けを使って日々地獄のような、拷問のような訓練を受けさせられていたというのか。
まだ…小さな子供だったメグさんが、こんなところで。
「奴がここで育ち、殺し屋として鍛えられた事実がここにはある。全てがここから始まったんだ、この戦いは…マーガレットがここでマーガレットになった時点でな」
「…………」
机にゆっくりと手をかける、メグさんが帝国に行ってから一度も掃除されていなかったのか、机の上には埃が積もっており。それを拭うように手を添えれば、その下からボロボロの机の木目が出てきて……。
「ッ……!」
そして、顕になる。両親を殺され自身も地獄のような環境に叩き込まれ、空魔の呪いに巻かれたまだ少女だったメグさんが、今は強く、弱音をこぼさず、戦う決意を決めたメグさんが…抱えた今なお癒えない傷。
彼女が、ずっとずっと…胸の内に秘め続けた真なる言葉が、そこにはあった。
爪で木目を削り、血が滲んでもなお、涙を滲ませてもなお、それでも刻んだその文字を見たエリスは…静かに拳を握る。
────『だれか、わたしをたすけて』。
小さな手で刻まれた、彼女の本音を…エリスは今、受け取った。
「ここが、メグさんが殺し屋として鍛えられた…事実そのものだと、そう言いましたね、エアリエル」
「ええ、そうですよ」
「……なら」
再認識する、エリスはなぜここにいる。エアリエルに勝つためか?違う…メグさんの涙のためにここにいる。友達が助けてくれと言ったからここにいる。
メグさんは今も、何からも救われていないんだ、今も悪夢に苦しみ…泣いているんだ。その涙は止まっていないんだ。
なら…。
「エリスが助けますから…」
十数年も前に、求められた友の助けに応えるため。エリスは机に背を向けエアリエルと向かい合う。
ずしずしと、怒りを顕にしながらエリスは拳を握りながらエアリエルに向かう。
「…さて、全てが始まったこの地をお前の墓標にするのも悪くはないだろう」
「うるさい…終わるのは、お前らだよ。ハーシェル一家…」
「何を言い出すかと思えば今更何をするつも────」
瞬間、エアリエルな余裕を捨て去り構えを取り直す。エリスの気配が変わったからだ。
(なんだ、まだ何かあるのか…!)
バチバチと迸るエリスの電流が強くなり…そして────。
「ッッテメェら全員!地獄にぶち込んでやるからなぁぁぁぁああっっっ!!」
弾ける、雷音の如き咆哮と共に…エリスが放つ光が、弾け、そして───。
……………………………………………………………………
「ッッッ───────」
吹き飛ばされるエアリエルは今しがた跡形もなく吹き飛んだマーガレットの私室を前にクルリと姿勢を整え着地する。
吹き飛ばされた、吹き飛ばれされたんだ、この私が…突如として『進化したエリス』の力によって。
ただの一撃で部屋が一つ消失した、まだ底があったのか…アイツは。そう警戒する間も無く、目の前の部屋…だった空間に立ち込める砂塵の中からゴロゴロと雷鳴が鳴り響き。
それは再び、到来する…黄金の拳を輝かせ、一瞬でエアリエルの目の前に。
「ッ、そう何度も受けるか!」
防ぐ、魔力波防壁で…その拳を。すると顕になる、新たな変化を遂げたエリスの姿が。
「…また変化した、お前の魔力覚醒は何種類あるんだ、エリス!」
「これは進化でも変化でもない、応用だ…!」
現れたエリスに目を細めるエアリエル、…その姿は先程までの雷を纏った姿とは違う。
全身を電流で纏うのではない、『全身が電流と化していた』…例えるなら、雷神そのもの。黄金かに輝く光が人型になりエリスを形作る。
「これがエリスのボアネルゲ・デュナミス・ライジングモード!くだらない過去も因縁も!全部焼き焦がすエリスの…怒りそのものだ!」
全身をか細い電流に変え一瞬でエアリエルから距離を取ったエリスは雷で形作られた体を動かして構えをとる。白雷の肉体、稲妻の髪、赤雷の瞳。これがエリスの新たな姿…ライジングモード。
これはボアネルゲ・デュナミスの上位形態…というわけではない、飽くまで出来ることの一部でしかない。明確に言うなればエリスの覚醒とシンの覚醒を均等に使用したのがボアネルゲ・デュナミス、均衡を崩しエリスの方に寄せれば通常のゼナ・デュナミス…そして。
シンの方に寄せたのがこのボアネルゲ・デュナミス・ライジングモード。
「なるほど、肉体そのものを魔力に溶かし…雷に変換しているのか」
これは師匠との修行の最中咄嗟に思いついて使った技。そもそも魔力覚醒は肉体と魂の境が曖昧になった状態、全身が魔力の塊になっているに等しい状態、その魔力で肉体を強化すれば師匠達のような超常の力を手に入れられる。
ならその逆は、肉体で魔力を補完すればどうなる?…全身が魔力事象になるんだ。シンは雷属性の属性変換現象を起こしていた、つまり魂が常に雷に変換されている…つまり、それを全面に出せばエリスの体は常に雷に変換され続け、雷そのものになる事ができる。
この状態になれば雷属性の技が強化される!ということはない、それは通常のボアネルゲ・デュナミスで発生している。ならこの状態の利点は何か?
それは───。
「だが無駄だ、私の覚醒は防げない『御影阿修羅・絹目乱斬』!」
来る、再び、空間全域を切り裂く奥義が。それは瞬く間に全てを切り裂き…エリスを斬って──。
「ぅぉぉおおおおおおおお!」
「ッッ…斬れない!?」
体を刃が通過して行く、そう、この形態はあらゆる攻撃を無効化する…というわけでもなく、ただ『損傷した部位を雷で補完出来る』状態にあるのだ。
つまり今のエリスは、どれだけ傷を負っても魔力を消費すれば傷を負った瞬間に再生出来る状態にあるということ。どれだけ斬られても死なない…!何も失わない!痛いには痛いよ!痛覚は残ってるから!でも…。
痛いだけで止まるなら!こんな所になんか来てねぇよ!!
「切り裂きたいだけ切り裂きなさい!お前が千度エリスを切り裂く間に…エリスはお前を一撃で叩きのめすッ!」
「面白い…私の覚醒にも肉薄するかッ!」
瞬間、爆裂する地下迷宮。その衝撃は空魔の館の外…天空にまで響き渡り空魔の館が燃え上がる。全力を出したエアリエルとエリスの激突は最高潮に達し斬撃と電撃が空を満たす。
「『真・火雷招』ッ!」
「『御影阿修羅・一刃天裂』ッ!」
火を吹くエリスの電撃が龍の如く畝り浮かび上がる瓦礫を燃やし尽くしエアリエルに迫るも、その手に煌めき魔力剣の一振りで雷を切り裂き。
「『御影阿修羅・無限』」
「ッ…!」
切り裂いた雷の道を通り八体の虚像が音速で迫りエリスの体を切り裂きながら次々と射出される。まるで雨音の如く絶え間なく響く斬音と共にエリスの体は次々と引き裂かれるも直ぐに再生し──。
「グッ…」
(む、今痛がったな。つまり再生はするが痛覚はあると…ならやりようはあるな)
しかし絶え間なく続く痛みにエリスが表情を変えたのを見逃さなかったエアリエルはエリスの体の特性を見抜き、即座に動きを変え。
「『御影阿修羅・鬼息炎炎』」
痛みに悶えたその一瞬でエリスの周囲の瓦礫が塵と化す。一切の抵抗を許さぬ超高速斬撃、微粒子レベルに裁断する奥義が轟きエリスを中心に爆裂が巻き起こる。
「痛みを感じるなら、痛みを与え続ける。いくら体が治ろうとも『勝てない、続けられない』と思えばお前は倒れる、肉体がダメならこの心を殺す…!」
「ッ…!ナメるなッ…」
「む…?」
しかし、エアリエルが攻撃に転じた瞬間もまた、エリスは見逃さなかった。御影阿修羅を展開したその時…空間が、電磁波を纏う。
それは、エアリエルの想像を超える速度で飛んだ。エリスがではない…エリスが打ち上げていた、空魔の館という巨大な魔力機構が持つ、巨大な歯車。
「『真・咲雷招』ッ!」
蹴り据え飛ばす、巨大な金属の塊である歯車に電流を纏わせ白銀の弾丸としてエアリエルに飛ばす、ジグザグと落雷のように飛ぶそれを前にエアリエルは防御が間に合わないことを悟り…。
「無駄だ!」
飛ぶ、虚像の速さは元を正せばエアリエル自身のもの。彼女もまた虚像に出来ることは全て出来る、故に一瞬の間に飛翔し歯車を避け───。
違う、失策だ。そうエアリエルが感じたのは…歯車を蹴り上げたエリスの姿がどこにも無いことを確認した瞬間のことだった。
「超雷電乱舞・震霆怒濤ッ!」
「ッ──『御影阿修羅・神守葛籠』ッ!」
歯車だ、電気を纏った歯車にエリスも潜んでいた。肉体を電流に変換出来るが故に金属に体を帯電させて潜み、飛んできたのだ。エアリエルが飛翔し回避した瞬間を狙い金属から飛び出したエリスの電拳が炸裂し、魔力防壁を打つ。
「無駄だ…私の防壁は破壊出来ない!」
「ッッまだまだぁぁああああああ!!」
一撃が防がれたなら二撃、三撃と続き文字通り店を揺らす震霆が怒濤の如く防壁を打ち据える。天へと飛翔し逃げ場のないエアリエルを打ち続けなおも加速しエアリエルが反撃に転ずる暇もない程に超加速を続ける。
「全部ぶっ壊してやる!メグさんはもうメグさんなんだ!マーガレットでも殺し屋でもない!」
「ッ…なんて、スピード…まるで腕増えて見え…いや、増えているのか!?」
「もうあの人の過去に、付き纏うなッ!メグさんは今…自分の人生を歩んでいるんだから!だから!」
殴り続ける、殴り続ける、その腕はやがて十本以上に増加し更に加速する。交流競技会でグロリアーナさんが見せた肉体を電流に変え、更に電流を拳に変換しての怒涛のラッシュ。その即興の物真似を行い電気を肉体に変化させ文字通り手数を増やしているのだ。
「ぶっ壊れろぉぉおおおお!!!」
「ッ…!」
そして打つ、全ての腕を束ね巨大な雷拳を作り上げエアリエルをさらに天が高く打ち上げ天井を破砕し地上へと押し上げる。
「クッ…しまった…!」
クルリとエアリエルが着地したそこは、地下迷宮の天井を何層を打ち破った先にある…空中戦艦の館部分。つまり…ジズ・ハーシェルの居宅だった。
「ここを戦場にするわけには…!」
「エアリエルゥゥァァアアアアアッッ!!」
「狂獣か!お前はッ!」
瞬間、館の床を突き破って雷神と化したエリスがエアリエルの前に現れ雷速の蹴りを放つ…が。
「いつまでも好き勝手させるか…ッ!」
「ぅぐっ!?」
切断する、エリスの足を。既に体勢を整えたエアリエルに死角はない。迂闊に攻めたエリスに罰を与えるように御影阿修羅にてエリスの蹴りを文字通り裁断する。
が、それもすぐさま電流に変わりエリスの足にくっつくと…再び動き出す。
「エアリエルッ!エアリエルッ!エアリエルッッ!!」
「どうあっても止まらんか、…父には後で謝罪するとしよう…ッ!」
館の中で殴り合う災害と災害。エリスの一歩で趣ある木目の廊下が引き裂け浮かび上がった瞬間に炭化する。エアリエルの一歩で壁紙が剥がれ細切れになり塵と化す。そんな二人の額が触れるほどの距離で怒涛の敵意が乱れ飛ぶ。
「チッ、我等の館を…」
「人を殺し、その血で塗り固めた館なんぞ消えてしまえェッ!」
「お前は────」
瞬間、エリスの顔が真っ二つに裂ける、否…脳天から一刀両断、二つに裂ける。乱打の応酬を制したのエアリエルだ、いやそもそも手数ではエアリエルが勝っているのだ、この結果は必然。
直ぐにエリスの体はくっついた物のその痛みと恐怖は後を追うようにエリスに染み渡り。
「ぐぅぁっ!?」
「何故、そこまで殺しを忌避する」
頭を抱え激痛に吠えるエリスの胴にエアリエルの拳が食い込み、同時に爆裂する。魔力を放ち爆発させる最も単純な魔法。されどその威力は仔細を語るまでもなく強力、エリスの体は館の壁を貫き広大なダイニングへと吹き飛ばされる。
「ううぅっ!」
「殺しはいけないと人は言う、そんな事我々だって知っている。だがお前は世の戦争全てを否定し、紛争地に赴きそれら全てを止める為戦うのか?あれらもまた殺戮、そちらは良いのか?ここで死ぬ以上の人間が毎夜毎朝死んでいるぞ」
「ッ…エリスは…ッ!」
「殺しとは、結果ではなく過程だ。私達は殺し屋にしてハーシェルの影、酔った男が勢いでナイフを持ち出すような殺しではなく、痴情のもつれで夫を刺す妻のような殺しではなく、殺しそのものが終わりではなく、その向こうに結果を見据えている…」
そこからは怒濤、八体の虚像が次々とエリスに殺到、打ち抜くような右ストレートの後別の虚像が左回し蹴り、さらに後ろの虚像が左右からフックを放ちエリスをタコ殴りにしながら追い詰める。痛みを与えることに特化した打撃を、淡々と叩き込む。
「私達は何も世界を破壊したいわけではない、その先に平和があるなら世界各地で行われている紛争戦争よりも何倍も高尚なはずだ…、結局お前の殺しの否定はその場凌ぎの何となくで口にしただけの、薄っぺらな理屈に過ぎないんだ…ッ!」
「ぐぶふぅっ…!」
「そんな薄ぺらな理屈に、我々の世を憂う心が…負けるわけがないッ!」
「がはぁっ!?」
そして飛んでくる、虚像二人がかりの同時の蹴りにエリスは更に吹き飛びダイニングの奥に飾られたジズの絵画にぶつかり壁を崩す。
「分かるか、エリス。お前と私の違い…実力差以上の違いが、例えお前がどれだけ粘り強くなり続けようが…私は勝つぞ、最強としての誇りと世を憂う心を持った私が、最後には勝つ───」
「ッ…トリンキュローさんは…っ!」
「む……?」
しかし、それでもエリスは瓦礫の中から立ち上がり、口から溢れた血液を蒸発させながらヨロヨロと立ち上がり、エアリエルを睨む。
エアリエルの理屈は分かった、だが…それならトリンキュローさんは…?
「トリンキュローさんを殺したのも、その世界平和の為か…放っておけば、よかっただろう」
「トリンキュローは我々と同じハーシェルの影だ、彼女の命はハーシェルが効率よく運用する権利と義務がある。彼女にはお前達と言う害虫を始末する役目があった、それをその命で遂行してもらったまで」
「よく言う、お前らは殺しの先を見据えて殺すと言ったな。ならこの結果は!お前達がエリス達を煽ってんだろうが…エリス達に、戦う理由を与えてんだろうが!分かりませんか…人は誰しも、誰かに大切されて生きているんです。そんな人を殺されたら…黙って泣き寝入りできない人間もいるんですよ!」
「トリンキュローはお前にとって他人だろう、お前はトリンキュローの為に戦っているのか?大して会話したこともない人間の弔い合戦の為に血を吐いていると?ならさっきも言ったように紛争地帯にでも…」
「それ以前に!テメェらの理屈が気に入らねぇって話してんだよ!論点すり替えて論破した気になるんじゃねぇ!今日も何処かで人が死んでる?自分達の殺しはそれとは違って高尚?バカ吐かせ…!エリスの目の前でくだらねぇことやってる時点でテメェらはこの世の何よりも優先してぶっ潰す対象になってんだよ!」
「結局は感情論か?」
「血も涙もない、感情も持たないお前には語れない…エリスの感情論ですよ!」
「ますます浅ましい……なッ!!」
「ッッ!!」
鋭く甲高い音が鳴り響きエリスと一緒に周囲の壁が両断され、その威力にエリスの体は更に奥へと吹き飛ばされる…が、今度は立ち続け、足を地面に突き刺し、地面の上を滑るように堪えてエアリエルを待ち構える。
「何が…正義だ、何が秩序だ、これの何処に正義と秩序がある!」
「それを判断するのは、数百年後の人々だ。今よりも良い世の中が形成された…数百年後のな!」
「今の話してんでしょうが!」
瞬間、風が吹き部屋の中にある物が全てミキサーに叩き込まれたように粉々に切り裂かれエリスの体もまた無数の光芒を残し切り裂かれるも…構うことなく指を立て。
「『真・伏雷招』ッ!」
放つ、狙撃特化型の雷招を。魔力の発射口を極限まで細めた上で放たれる高密度の電雷はそれこそ弾丸の如く真っ直ぐエアリエルに向かい…。
「甘い…」
しかし即座に虚像を消し去ったエアリエルの防壁により雷は防がれたなら四方に散り…。
「…むっ!違う!」
違う、防壁に阻まれて雷が散ったのではない、最初から直撃寸前で別れるように最初から仕組まれて放たれた雷だったのだ。そこに気がついた瞬間にはもう遅く、四方に別れた雷はエアリエルの背後で合流して、防壁ごとエアリエルを掴む縄となる。
「こっち来いッ!」
「グッ…!」
「お前の理屈はつくづくイラつくんですよ…!殺人鬼が偉そうにするな…!」
防壁ごと引き寄せたエリスはそのまま拳をエアリエルに向けて叩きつける。拳自体は防壁に阻まれる…だが。
(凄まじい勢いで防壁が削られている…!私の魔力枯渇を狙うつもりか!)
凄まじい勢いで防壁を削っているのだ、これで掘削されることはない…だが失った防壁を補充する際使われる魔力自体は有限、このまま防壁を削り魔力切れを狙っている。そこに気がついたエアリエルは即座に防壁を解除し拳を避けると共に。
「私が殺人鬼ならお前は狂人か…!」
「エリスはエリスです!孤独の魔女の弟子エリスです!」
そこからまた殴り合い、館の窓が全て割れキラキラと光の粒子舞う無人の館の中で拳によって決着を望むエリスとエアリエル。互いに既に息は切れ始め当初互いに見せていた綿密な動きは消え失せただ暴力を押し付け合うだけの泥試合へと変貌する。
「オラァッ!」
「クッ…お前は、何を動力に動いているんだ!」
エリスの右フックを回避した瞬間、電流が迸り部屋に電撃が飛び交い部屋を破壊する。今までに受けたダメージの総数をエアリエルが10とするならエリスは300程受けている。はずなのに止まらない、エリスは止まらない。
「まだまだァァァアアア!!!」
(そろそろ私の魔力も体力も切れる、いい加減決着をつけねば……)
暴れ狂うエリスの攻撃を御影阿修羅で弾き飛ばしたエアリエルは…静かに構えを解き。
「…一つ、訂正する」
「…あ?」
「トリンキュローが死んだのは、任務の為と言ったな。その遂行のために死んだと言ったな、だが…訂正する、アイツは結局任務も達成出来ずに死んだ、お前達を殺すことなく死んだ」
「ッ…何が言いたい!言っておきますけど次の言葉は選びなさいよ!さもなきゃお前は…」
「───、犬死だった、カケラも役に立たずに死んだ、奴はハーシェルの恥晒しだ」
「ッッ!!」
ブツンとエリスの頭の中で何かが切れる。怒りの余りに全身がハリネズミのように逆立ち電撃が力を増す。
トリンキュローが無駄死にだった、犬死にだった、それを他でもないエアリエルが口にした。この瞬間メグさんの涙はエアリエルによって貶められた、彼女の悲しみを理解しないエアリエルによって。
その事実にエリスは爆発するように吠え立て。
「ッッテメェェェェエエエエッッッ!!!!!!」
「フッ…、だが今だけは言おう、その死も…今は役に立ったと」
殴りかかってきたエリスを前にエアリエルは手に持ったナイフを上へと投げ捨て武装を放棄する…いや、違う。
武装を放棄したのではない…これは布石だ。
「ぁぁぁぁあああ!っぁっ!?」
瞬間、エリスが放った拳が…上へ投げられたナイフへと引き寄せられる。そう…今のエリスの体は電流と化している、故に引き寄せられる…金属に。
エアリエルはナイフを投げ捨て避雷針代わりにし、エリスの攻撃を逸らさせたのだ。今のエリスは…完全に無防備。
「終わりにさせてもらうぞ、魔女の弟子…!」
「お前ぇ…!」
エアリエルは浅く笑う、トリンキュローは犬死だった…だが最後の最後でこんな形で役に立つとは思わなかった。エリスを挑発する最高の材料として、トリンキュローの死を使ったのだ。
頭に血が上ったエリスはまんまとエアリエルの挑発に乗り、こうして無防備を晒す結果に終わった。いつか私が死んだら礼を言わなくてはなるまい。
『お前のおかげで大勢殺せた』…とな、だからこそ今は。
「空魔殺式・奥義」
それはエアリエルにのみ許された奥義。空魔改定とは異なり元からある空魔殺式を組み替えた物ではなく、一から作り上げたエアリエルにとっての最大奥義。この奥義によって…エリスを葬る。
「『御影阿修羅・天蓬九星』ッ!」
八体の虚像とただ一人の己、合わせた九人で同時に放つ…空魔殺式。
空魔一式・絶影閃空
空魔二式・絶命黒鎌
空魔三式・絶煙爆火
空魔四式・絶無姿隠
空魔五式・絶技乱斬
空魔六式・絶天殺雷
空魔七式・絶凶天誅
空魔八式・絶拳心砕
空魔九式・絶空魔刃
終式を除いた全てを使い一気に叩き込み、一度に相手を九回殺す究極の奥義。エリスの体に九度の臨死体験が襲う。
その痛み、その苦しみは再生さえも貫通しエリスの精神をへし折る威力を発揮し、エリスの体を破壊し、…今度こそエリスは死に…。
「グッ…がぁぁああああああああ!!」
否、まだ動く、奥義を身に受けてもまだ動──。
「終わりだ…」
瞬間、エアリエルは踵を返しながら降り注いだ短剣をキャッチし、そのまま視線をもくれずにエリスの胸に向け短剣を投げ…胸に突き刺す。
「あ…う……?」
「どうやら、時間切れのようだな」
エリスはゆっくりと下を見る。すると既に体は魔力覚醒を解除しており…肉の体へと戻っていた。その上で、胸に視線を向ければ、そこには。
「あ………ぁ」
エアリエルの魔力覚醒…全てを貫く魔力覚醒の効果を受けた短剣が、胸を、心臓を貫いていた。
今度は電流によるマッサージも使えない。これで終わりだ…終わりなのだ。
「………ようやくペイヴァルアスプを発射出来る」
手に持った共振石に目を向け、エアリエルはため息を吐く。普通ならこの石に魔力を通すだけで発射出来たのに、今は空魔の館全体が歪んでいる。直接砲塔に出向き角度を調整しなくては放てない。
「全く、やってくれたよ…お前は」
ドサリと倒れるエリスに視線を向けず、エアリエルは歩く。勝者としてただ一人残った者として、その特権を享受しに。
………………………………………………………
「ッ……まだシステムは生きているな」
エアリエルは再び戦いの始まった地、ペイヴァルアスプの制御室へと戻ってくる、戦いの激しさからもしかしたら魔力機構が破砕している可能性があったが。私の努力の甲斐もあり
これで操作をしてペイヴァルアスプを撃てば全て終わる、本当なら発射前に父様が戻られる予定だったが…。
(発射してもいいんだろうか…いや、愚問か。父様ならなんとかする)
迷うな、私は言われたことだけをすれば良い。そう思い近くのボタンを押してペイヴァルアスプの砲塔を動かし───。
「む、動かない?」
動かないのだ、機構自体は作動している。だがまるで何かが詰まったように動かない、まさか戦いで船自体が歪んだか?相当派手に暴れたしその可能性もある。
「機構管理者は…ふむ、死んだか」
そう言えばペイヴァルアスプを管理していた技術者はエリスとの戦いでの中で私がうっかり殺してしまっていた、仕方ない。こうなったら私が砲塔に近づいてそのまま直すしか────。
「待て……何故だ」
ふと、疑問を口にする。何故ペイヴァルアスプが動かないか?違う、何故こうなったか?違う。
もっと別の事、根本的な事。静かに機構から目を逸らし背後を向く…するとそこには。
「……無駄ですよ、今さっきエリスが…ペイヴァルアスプの砲塔を歪めて、動かないようにしておきましたから」
「エリス……何故、ここにいる」
「エリスってば記憶力がいいので、この部屋の座標は頭に入ってるんです」
「そうじゃない!何故生きている!!」
扉を開けて、現れたのは…エリスだった。彼女は胸元に血を流しながら、口から血を吐きながらも、生きていた。
「何故だ、間違いなく…いや待て、なんだそれは」
エリスの胸を見れば、そこにはエアリエルの短剣が突き刺さっていた。貫通しているはずの短剣が、未だエリスの胸に突き刺さったままだったのだ。
「………貴方、エリスの事見くびりましたね」
「何…?」
「エリスの事を挑発して、冷静さを失わさせて、罠に嵌めて殺すつもりだった…それをエリスが見抜いてないと思いましたか?」
ニタリと笑ったエリスは足を引き摺りながら、こちらに向かって歩いてくる。
エリスは死んでいなかった、あの時トリンキュローの死を貶められ、冷静さを失いエアリエルの奥義を受け、胸にナイフを刺され、死んだ…と見せかけていた。
ナイフが刺さったあの時、死んだように見せかけて、背後に倒れ…エアリエルが消えるまで待ってから、そのまま外から砲塔に直接向かい、土属性魔術で砲塔の周辺を固めエアリエルが操作しても動かないようにしてから、またここに戻ってきたのだ。
…全てはエアリエルを騙す為、あの瞬間ブチギレた演技をしてエアリエルの必殺を誘導した。いや…その前からか、騙していたのは。
「エリスだってバカじゃありませんよ、相手がムカつくからって怒りのままに戦ったりしません。キレればキレるほど…エリスは冷静に、冷徹に考える。確実にお前をぶちのめす方法を」
エリスという人間は、荒れ狂い怒りのままに戦うように見せかけて、その実戦闘に関しては超ベテランだ、なんせ五歳の頃から修羅場を潜って来たんだ、なんなら戦闘経験ならエアリエル以上の年季を持つベテラン。
それが、己の怒りの制御法を心得ていないわけがない。見てくれではキレつつも、その脳内では常に計算が渦巻いている、確実に相手を潰すための計算が。
「あの部屋で、メグさんのメッセージを受け取ったあの時から、エリスはこれ以上ないくらいキレてたんですよ、今更どんな挑発を貰っても効きませんよ」
メグさんのメッセージを受け取った瞬間から、エリスの怒りは鎮まり確実にエアリエルを倒すためにとある作戦を実行していた。
エリスがあの時ライジングモードの使用に踏み切ったのは、エアリエルを倒すためではなくエリスを倒す為に躍起になったエアリエルの攻撃をとにかく間近で観察し続け、その弱点を探すため。
そして、館でとある法則性に気がついたからこそ…あの場所に誘導し、挑発に乗ったふりをして、殺されたフリをして、油断を誘ったんだ。
「ライジングモードのおかげで、お前の覚醒を間近で見ることが出来た。そしてその法則性を読み切った、だから…殺されることはないと分かっていたんですよ」
「………」
「貴方の覚醒は全てを貫く魔力覚醒、なのに…その攻撃の中には時折例外的に壁に刺さったまま消える物もあった。これは変だと考えたエリスは観察を続け…気がついたんです。貴方の攻撃はいつも『とある方向に対してのみ、効果が弱まる』と」
エアリエルの攻撃は岩の壁も貫いて遥か彼方まで届くほどに鋭利だった。だが何故かそのうちの一部だけが壁を貫かずに消えた…。例外が存在していたんだ。
その答えは『方向』。目紛しく戦う中で常に位置や向いている方向が変わるエアリエルだったが、常に特定の方向に向けて攻撃を放つ時は効果が弱まり、壁を貫かなかったんだ。
「何が…言いたい」
「言いましたよねさっき、エリスは記憶力がいいんです。この船の座標は全て頭に入っている。その情報から考えるに、エアリエル…貴方は常に『この部屋の方角に対しては魔力覚醒を意図的に弱めて攻撃していた』んですよ…だって、貴方はエリスを倒した後そこの機構で砲塔を動かさないといけませんもんね」
「ッ………」
事実だった、エアリエルは常に気を遣って戦っていた。何せこの戦場はエアリエルにとっては基地であると同時に…切り札なのだから。
そう、この船はペイヴァルアスプを搭載している、エアリエルが全力で全方位攻撃を行えばペイヴァルアスプとそれを動かす機構を傷つける可能性があった、だからこそその方角に対しては意図的に覚醒を弱めた、具体的に言うなれば『ペイヴァルアスプがある方向に飛ぶ攻撃は、一度物を貫いたら覚醒の効果から外れるよう設定してあった』んだ。
だから空中の瓦礫は貫いても壁は貫かなかった。そして…あの時も。
「お前の胸を貫いた時、お前の背にペイヴァルアスプの機構があったのは、偶然じゃなかったのか」
「えへへ、挑発に乗ったフリ…上手かったでしょう」
エリスは全て理解していた、ペイヴァルアスプがある方向への攻撃は一度何かを貫通したらその効果が無くなると、だからこそあの時挑発に乗るフリをしてあの場所あの位置にエアリエルを引き寄せ誘導し、攻撃を誘発させた。
挑発に乗せた以上、仕掛けに来ることも分かっていたから。だから敢えてペイヴァルアスプの機構を背にするように立った。全ては死んだフリ作戦を行い、ペイヴァルアスプを潰すために。
「…だが解せん、それでも私の攻撃は一度何かを貫くまでは覚醒の効果適用内。あの時お前の胸に一番最初に当たった以上お前の胸は貫かれていて然るべきだった…なのに何故」
「それは……」
そう言ってエリスはコートに突き刺さったナイフを引き抜き、それと同時に、コートの裏地に縫い込まれた内ポケットから、それを取り出す。
「本当は、防壁で一度受け止めるつもりでした、けどそれが間に合わず…代わりに、これが受け止めてくれたんです」
「それは……」
内ポケットから取り出されたのは、中頃から折れた…ナイフ。空魔の者が使うナイフ、否…あれは。
「トリンキュローの…ッ!!」
死の間際、トリンキュローがメグに託した遺品のナイフ。それをメグがエリスに預けた者がエリスの胸ポケットに入っていたのだ、それがエリスの代わりに一度貫かれ…エアリエルの覚醒の効果『一度何かを貫くまで効果適用』を引き受けてくれた、エリスの代わりに…折れてくれた、おかげでエリスの胸に短剣が少し刺さる程度で済んだ、生きて帰ることが出来た。
「エアリエル、お前は……」
メグさんに生きてくれと願ったトリンキュローさんの祈り。エリスに生きてくれと願ったメグさんの祈り、そんな二人の祈りを背負ってエリスは今…エアリエルを追い詰めた。
そうだ…エアリエル、つまりお前は。
「お前はッ…メグさんとトリンキュローさんの、姉妹の絆の前に…負けるんだよッ!お前が無駄と切って捨てたトリンキュローさんの最後の足掻きのせいで!お前はッッ!!」
「ほざけ……私が負ける?バカか!この状況下で!奇跡的に生還しただけで勝ったつもりか!」
エリスはトリンキュローのナイフのおかげで生還出来た、だが結局はそこまで。戦況は何も変わってない、いやより悪くなっている。
エリスは既に魔力覚醒を使い切り、エアリエルは未だ覚醒を維持している。ただでさえ仕留めきれなかったエアリエルを今更覚醒なしで倒せるのか。
無理だ、しかもエリスが弱点として見抜いたペイヴァルアスプは今エアリエルの背にある。どう足掻いても、エリスがここから勝つことは出来ない。
「バカはどっちですか、言ったでしょう…全て、計算のうちだって!エリスがただ砲塔を潰すためだけに!痛い思いして危ない橋渡って!死んだフリをしたのが!ただの悪足掻きだと思うかッ!!」
そう、エリスは死んだフリをしエアリエルを遠ざけた後ペイヴァルアスプの砲塔を魔術で固定した、がこれは飽くまで一時凌ぎ、エアリエルが砲塔を再調整しないようにするための処置でしか無い。
そのためだけに、死んだフリをしたわけじゃない。死んだフリをしたのは…『ここ』にエアリエルを誘き寄せる為!
「フッ!」
「なっ…!?」
その瞬間、エリスは胸に刺さったエアリエルの短剣を天井に投げつける。すると短剣は天井に張り巡らされたパイプを切り裂き、中から大量の水蒸気を噴き出しあたり一面を白く染める。
そうだ、機関室で見たパイプ…あれと同じだ、機関室にあるパイプならこの制御室にもあると記憶していたエリスは死んだフリをしてエアリエルをここに誘き寄せた。
エアリエルはエリスを始末した後ここに来ると分かっていたから、砲塔を再調整しなきゃいけないことはわかっていたから。だからここに誘き寄せた、全てはこの水蒸気で部屋を満たす為に。
何故、水蒸気で満たしたか?それは…今エアリエルが答え合わせしてくれる。
「しまったッ!?視界がッ!」
慌てふためく、あのエアリエルが。完全無欠で最強で無敵だったエアリエルが、水蒸気で部屋を満たされたただけで、冷や汗をかきながら慌て出したのだ。
そうだよな、慌てるよな。
「エリスはお前の覚醒と一緒に、その御影阿修羅の観察もしていたんですよ」
「っ!そこか!」
エアリエルは必死に目を動かしエリスを探し、声がした背後に向けてナイフを振るうが…エリスはいない。
「お前の御影阿修羅は確かに無欠です、破る方法はないと言っていい」
「クソッ!何処だ!」
魔眼を使うがエリスは見つけられない、熱視は水蒸気の熱で撹乱され働かない、魔視はエリスが魔力をばら撒いたから動かないか、透視に至ってはそもそもエリスとの距離がわからないからどこまで透視していいのかも分からない。
見つけられない、エリスを見つけられない、見つけられないと…。
「ですが一つ、弱点がある…それは、どれだけ完璧に自分の体を模倣しても、虚像は飽くまで魔力体、感覚がないんですよ」
「ッッ……」
エリスは虚像を相手に苦戦した、何せ痛覚がないから虚像は倒せないんだ…だが、それは言い換えれば視覚もないってことだ。
思い浮かべてみればエアリエルは御影阿修羅を使っている時、必ずエリスを視界に入れていた。そして戦いが終わったと思い込んだ時は…背を向けその視界を外していた。
何故か?それは虚像は何も感じないから、動かすにはエアリエル自身が相手を認識していないと使えないから。さながら痺れて感覚のない手で作業するようなもの、視界に入れていれば動かせるが視界外ではまともに動かせない。
だから、今、完全に視界が奪われた状況では、御影阿修羅は使えない…!
(この為に?この為だけに!?私をこの部屋に誘き寄せ水蒸気を噴射出来る環境に身を置くことで、私の御影阿修羅を封じるためだけに、死んだフリをしてここに誘い込んだと…!?わざと奥義を身に受けて、死ぬほど切り刻まれながら…全て私を誘導するためだけに粘っていたと!?)
ここじゃないとダメだった、エリスが水蒸気を魔術で噴射しても御影阿修羅を闇雲に乱射すると言う選択肢が残る。エアリエルが傷つけたくないペイヴァルアスプの操作機構があるこの部屋じゃないと…御影阿修羅の完全なる封殺は出来なかった。
だからこそ、斬られながら痛めつけられながら必死に考え観察し、バレないように怒った演技をしながら耐えられるかも分からないエアリエルの奥義を身に受け、死ぬかもしれない方法で死んだフリをした。
全ては、勝つ為に。エアリエルを倒し為に、メグさんの…過去をこの手で消し去る為に。
「今度はこっちから、やらせてもらいますよ…エアリエル」
「ッッ…!」
しかし、その瞬間…エリスがトドメを刺そうと動き出した瞬間、エアリエルは見る。
見つける、水蒸気の隙間から見える…エリスのコートの端が。最後の最後…エアリエルに勝てるかもしれない最後のチャンスを前に、エリスはヘマをした。エアリエルに見つかってしまった、見つかった以上…もうこの策は機能しない。
「そこか…そこかぁぁああああ!魔女の弟子ぃいいいいいい!『御影阿修羅・八刃葬』ッ!!」
故に突っ込む、虚像を全て突っ込みエリスを殺す為全霊の斬撃を放つ。既に覚醒が切れている以上、今のエリスでは回避することも出来な─────。
「あ……?」
しかし、エアリエルが見たのは、切り裂かれ血を吐くエリスではなく。
虚像に串刺しにされる…エリスのコート…だけだった。
コートを放り出し、囮にして、御影阿修羅を誘発させた…つまりこれは。
「ハズレでございます…ってね、姿を見せず相手を捻り潰すのが、空魔の真髄だったんじゃないんですか…?」
「ギッ……!」
瞬間、エアリエルの背後からエリスが現れる。御影阿修羅を放出し終え、完全に無防備になった…エアリエルの背後に。
(まずい、…まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいッ!!御影阿修羅を出してしまった!水蒸気が消えるまで防壁に閉じこもっていれば良かった!迂闊だった!やってしまった!私が…私が…ッ!)
短剣を抜く、もう御影阿修羅を戻す時間もない、だから今は…最高最速で振り向き、エリスを仕留めるしか、道がない…だが。
「『煌王火雷掌』ッッ!!」
「ごはぁっ!?」
カウンター気味に飛んでくるエリスの炎雷拳、全て…全て読み切っていた。御影阿修羅を放出し無防備になることも、逃げずに攻撃で迫ってくることも、分かっていた。
だって長いこと戦ってますからね、エアリエルの動きの癖は既にエリスの頭の中に入っている!!
「エアリエルッッ!!お前は!エリス達の覚悟を薄っぺらだと言ったな!だが薄いのはどっちだ!ジズの虚言にしか縋れず!自分を持たないお前なんかより!全てを賭して!愛する妹を守ろうとしたトリンキュローさんの方が!全てを覚悟して!戦う覚悟を決めたメグさんの方が!百倍強いんだよッッ!!」
「グッ…う…ぐぅっ…!」
意識が飛びかけ、防壁が消失し、大きくのけぞったエアリエルは見る、そして思い出す。機関室でエリスに煌王火雷掌を食らった時言っていた。
『これはエリス個人の分』と言う言葉…つまりこれからくるのは、メグとトリンキュロー…二人の姉妹の仲を引き裂いた、エアリエルへの…。
「ぅゔぉぉおおおおおおおおおおお!!!」
天罰が来る─────。
「『震天 阿良波々岐』ッ!『雷紋金剛杵』ッ!『雷霆鳴弦 方円陣』ッ!『颶神風刻大槍』ッ!『鉢特摩天牢雪獄』ッ!『獅子吼熱波招来』ッッッ!!!」
「グギィッ!?ガァッッ!?!?」
続け様に飛ぶ、エアリエルに何もさせないエリスの高速魔術連射、飛躍詠唱による詠唱省略がなし得る怒涛連続の魔術連撃。
「『炎々龍息』ッ!『氷々白息』ッ!『眩耀灼炎火法』ッ!『水旋狂濤白浪』ッ!『風神穹窿息吹』ッ!『岩鬼鳴動界轟壊』ッ!『天降剛雷一閃』ッ!『天壊 爆炎衝波』ッ!」
ありったけを叩き込む、何もかもを叩き込む、これでもまだ収まりがつかないとばかりにエリスは更に激る、今まで見せていた怒りが偽りであり…これこそが真なるエリスの『怒り』であると思い知らせるように。
「『大王墳墓大荒し』ッ!『万燃赫界・神文鉄火ノ陣』ッ!『鳴神天穿』ッ!『薙倶太刀陣風・神千切』ッ!『天元顕赫』ッ!」
今自分に残された全てを注ぎ込み、ただただエアリエルに叩き込む、お前がしたことの重大さを理解させる為に。お前が奪った物の重さとメグさんの苦しみの一割でも与える為に。
「『黒雷招』ッ!『若雷招』ッ!『伏雷招』ッ!『咲雷招』ッ!『土雷招』ッ!『鳴雷招』ッ!『火雷招』ッッ……『大雷招』ッッ!!」
「ぐっ…ごぉぁっ!?」
次々と叩き込まれる連撃を前にエアリエルは微かに思う。
(負けるのか…私が、こんな…あり得ない…あり得るわけがない、私は…エアリエルだぞ、父がそう言ったんだ、私かはエアリエルだと、エアリエルは負けてはいけないと、私は最強の…最強の影で……)
そこでエアリエルは気がつく、自分は父の影であって、父の後継であって、ハーシェル最強の娘であって…何者でもない事に。
自分を支える理想は、エリスの言う通り…借り物で、自分自身を支える者は何もない事に。
「ぐっ…ゔぉおおおお!」
大雷招の副作用たる魔力の痺れを根性で振り払い…エリスは渾身の魔力を溜めて拳を握り。
「我が八体に宿りし五十土よ、光を束ね 炎を焚べ 今真なる力を発揮せん、火雷 燎原の炎を招く…」
(父よ、教えてくれ。私はなんなんだ…父の影でしかないのなら、私の存在意義は…理想の世界は…!)
「黒雷 暗天の闇を招く、咲雷 万物を両断し若雷大地に清浄を齎す、土雷 大地を打ち据え鳴雷は天へ轟き伏雷万里を駆け、大雷 その力を示す!」
(私は何を支えに立てばいい!父よ!答えてくれ!私は…私は…)
「合わせて八体 これぞ真なる灼炎雷光の在りし威容ッッ!!」
「私は…なんなのだ…ッ!」
空っぽだよ、お前は…そんな答えを口に含んでエリスは作り上げた極大の雷を握り潰し。エアリエルに向けて放つ。
「『煌神・天満自在八雷拳』ッッ!!」
エリスの最大奥義『天満自在八雷招』…をアレンジし、作り変えたもう一つの形。火雷招から射程を奪い威力を高めたのが煌王火雷掌。
これはそれを天満自在八雷招で行ったエリス独自のアレンジ魔術。天満自在八雷招の有り余る最強火力を一気に凝縮し拳に乗せて放つエリスの新たなる最大火力…。
天に向け昇る雷の如く、エアリエルの顎をかち上げ天井を突き破り、遥かな地下を食い破り…天へと駆け上がる。
やがて地下を突き抜け、闇を切り裂き、太陽が輝く庭園へと突き出たエリスとエアリエルは…。
「メグさぁぁあああんッ!晴らしました!貴方の無念ッ!お姉さんの雪辱!エリスがッッ!!」
拳によって、戦いを終わらせた、格上であろうとも関係なく…ただ一つ、友の無念と雪辱を晴らす為戦い抜いたエリスの前に。
完全無欠を誇ったエアリエルが…。
「グッ…ごぁ……」
芝生に落ち、大の字になって倒れる。一度にあれだけの古式魔術を叩き込まれればエアリエルとて耐えられない。負けたのだ…エアリエルが、否。
「バ、バカな…負けたのか…ファイブナンバーが…ハーシェルの影が…ッ!たかだか…八人の、手勢に…」
エアリエルは信じられないとばかりに首を振り手足を震わせる。負けた、エアリエルが敗北した時点でファイブナンバーは全滅、そしてジズが数十年かけて組み上げてきた最強の殺し屋集団ハーシェルの影が…全てやられた事を意味する。
あり得ない事だ、既にハーシェルの影はこの世の摂理の一部になっている。裏社会表社会問わず貴族達を恐れさせハーシェルの影に狙われないための動き方が貴族界の常識になるまでに高められた影達の強さと名声が。
たったの八人に、たったの一週間で、全て…悉く粉砕されたのだ。
「お前達は…なんなんだ…ッ!」
「…殺しじゃ、貴方達の方が格上でしたよ」
エリスは見遣る、庭園の向こうに見える朝日を。夜が明け光差す世界を見遣りながら…首を振る。
「でも残念、これは殺し合いじゃなくてただの意地の張り合いなんです、なら…より意固地な方が勝つんです」
「ふざ…けるな……」
「ふざけてませんよ、事実…そうなったでしょう」
「ッ……くそ」
完全に上回られたと悟ったエアリエルは力無く手足を投げ打つ。強さでは間違いなくエアリエルが上回った、だがそれ以上に…エリスは心で上回った。心なんてといつもなら鼻で笑うエアリエルも今はそれを認めざるを得ない。
だって事実としてエリスはそれをやってのけた、心を殺し心を消し心を否定するエアリエル達に心持ち一つで上回ったんだから。
「さて、それじゃあペイヴァルアスプを止めさせてもらいますか…いや、今更共振石を壊さなくてももう発射は出来ないのか」
エリスは当初の目的に則りエアリエルの共振石を破壊するよう動くが、でも今更壊さなくても別に困らない、だってもう乗組員もいないし砲塔だって歪んでる。今更どうあってもペイヴァルアスプは発射できないんだ。
いや、でもやはり共振石は壊しておくか。だって壊さない理由がないし…。
「ッ…こうなったら……」
「え?」
すると、エリスは気がつく。エアリエルが共振石を手に持ち何かしようとしている事に。まさか最後の悪あがきと一か八かペイヴァルアスプを発射するつもりか?いやそれでも明後日の方向に飛んでいくだけ、最悪暴発もあり得る。
ならまさか、共振石をここから外に投げ捨てる?それも意味がない、結局ペイヴァルアスプは発射できないし、何よりここから落としたら共振石だって割れて───。
「グッ…うぅぅう!」
瞬間、エアリエルは最後の力を振り絞り……自ら共振石を握り潰し、破壊したのだ。
「え?ええ?貴方どう言うつもりで…」
「ククッ…カハハハ、…馬鹿な奴らだよお前達は。私達はお前達の到来を予見していた…父はお前達の到来を予見していた、共振石を破壊しにくる事を…その為の対抗策が、ただ迎撃するだけだと思ったか…?」
「え?……」
エリスは思い出す、そう…この戦いの指揮棒を持っているのはあのジズだ。トリンキュローさんの洗脳が解かれる事を見越して洗脳が解ける瞬間に自爆するように仕込んでいたり、最悪それを乗り越えられても、館ごと爆破出来るように爆弾を移動させていたような…そんな周到な頭脳を持った男だ。
それが、『もしも』を考えないはずがない。最悪の場合…共振石が全部壊されたら、計画がおじゃんになって終わり…で済ませるわけがない。
ジズはいつも、勝利の瞬間を狙ってくる……。
「何をした!」
「共振石は常に魔力の振動を放ち、遠隔で機構を動かすことができる石だ…これでペイヴァルアスプを起動させていたが、その存在は…もう一つの機構にも紐つけられている」
「もう一つの機構?」
考えろ、空魔の館には何があった、ペイヴァルアスプ以外の魔力機構と言った…ら……。
「まさか……」
思い当たるのは一つ、それと同時に全身の身の毛がよだつ。こいつら…まさか!
「ああ、共振石が全て破壊された瞬間…空魔の館の反重力魔力機構は、全て停止する…!」
「なっ……!」
このサイズの戦艦を浮かせている反重力魔力機構が、停止する?そんなことしたらこの戦艦が落ちてしまう…落ちたらどこにいく?真下には何がある?
エルドラドだ…、今この巨大な鉄の塊がエルドラド目掛け落ち始めているんだ!こんなのか。落ちたらひとたまりもない、全員死んでしまう!
そんな…それじゃあエリス達は、共振石を壊そうが、壊すまい…どの道…!
「ッ…!地面が揺れて…!」
「さぁ落ち始めたぞ…!山のような大きさの戦艦が落ちればエルドラドは跡形もなく吹き飛ぶ!地盤も沈下し全てが落ちる!全員が死ぬ!あはははははは!!」
「クソッ……!」
反重力魔力機構が停止した、空魔の館が落ち始めた…、これを止めない限りみんな死んでしまう。
けど……。
(どうすれば…いいんだッ!!!)
この期に及んでエリスはようやく理解する、空魔言う存在の恐ろしさを…ハーシェルの、底のない殺意と害意を。
魔力覚醒も使い果たした、魔術で破壊しようにもサイズがあまりにも大きすぎる。何よりエリス自身の力ももう残っていない。
…こんなの、どうすれば……師匠。




