530.魔女の弟子と最強の影エアリエル
───八大同盟の盟主達は、口を揃えてこう讃える。
『エアリエル・ハーシェル。あれは一種の天才だ』
『殺戮者ではなく闘争者として、その素質はジズを超えている』
『そのエアリエルがジズの下で育った。この事実こそがジズが行ってきた暗殺者の育成計画の最たる成功例と言えるだろう』
エアリエルは強い、既に八大同盟の盟主級に強い。その強さはファイブナンバーの中でも突出しており、アンブリエルをして『絶対に敵わない』と言わしめる程に強い。
まさしく空魔最強の守護者にしてジズの代弁者。そんな彼女が守る最後の共振石は不壊、誰もペイヴァルアスプを止められない、彼女がいる限り絶対に止められない。
翻れば、誰もエアリエルを倒せない。なにせ彼女こそが…。
ハーシェルの影その一番『五黄殺』…エアリエル・ハーシェルなのだから。
例えファイブナンバーの全てがやられようとも、彼女は絶対に、誰にも崩せない…。
「に、逃げろぉーッ!巻き込まれるぞーッ!」
空魔の館に響き渡る轟音、爆発音、金属音の数々。その爆裂は豪炎を生み船内に残っていたジズの手先達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。逃げたのは炎からではない…船内で巻き起こる、その戦いから逃げたのだ。
「はぁぁああああ!!」
「フンッ!」
激突、響き渡る衝撃波が部屋を鳴動させ互いに距離を取り構え合う。向かい合うのは孤独の魔女の弟子エリスとハーシェルの影その一番『五黄殺』のエアリエルだ。
エルドラドの命運をかけた魔女の弟子とファイブナンバー達の最終決戦。既に五分にも及ぶ戦いの末二人の戦場は最初の部屋から移り、地下で最も広大なスペースを持つ機関室へと移っていた。
その戦いの余波によって周囲の機器が火を噴き壊れ始めて行く中…エリスは。
「どっっ!こいしょ!」
エアリエルの攻撃で吹き飛ぶフリをしながら背後の機械を粉砕し、鼻息荒く立ち上がる。まだまだやれるぞ?とばかりにエリスは軽く拳を振り回しながら前に出て…。
「ふむ……」
そんな中エアリエルは一旦落ち着いて周りを見る。ここまでエリスともつれ合うように飛んできてしまったが改めて見ると周囲の損壊は激しく、エリスは何処か意識的に周囲の機器を破壊しているようにさえ見えた。
「フッ…」
そこまで考えエアリエルは小さく笑い。
「なるほど、勢いと激情に任せて戦う強引なパワーファイターかと思いましたが…、存外考えて戦っているようですね」
「…………」
「貴方は私と戦いながら敢えてこの機関室に移動し、そして意識的に機器を…いえ、この空魔の館を浮遊させる反重力機構を破壊していた…か」
エリスはエアリエルと戦いながらも意図的にこの機関室の各地に配置されていた反重力機構を狙って破壊して回った。しかし空魔の館は巨大な戦艦だ、人間が数分暴れ回ったとて壊せる反重力機構の数は限られている。
エリスが壊したのは全体の五分の一程度。これでは空魔の館は落ちたりしない…が。
「考えましたね、今我々がいるのは戦艦の前部。戦艦そのもののバランスを崩しペイヴァルアスプの入射角をズラしましたか」
エリスが狙って破壊したのは戦艦の前部分の反重力機構だけ、前部分の機構が壊れればそこから浮力を失い前部分が沈み込む形になる。
ペイヴァルアスプの砲塔は空魔の館の真下についている。当然戦艦の角度が傾けば入射角がエルドラドから外れる、このまま撃ってもエルドラドには命中しないだろう。これを狙ってエリスはエアリエルと戦いながら反重力機構を破壊したのだ。
「だが…それもまた涙ぐましい無駄な努力。お前を倒し砲塔の角度を再調整すればその努力も無駄と化す…残念でしたね、魔女の弟子」
ペイヴァルアスプの角度自体は操作が出来る、バランスが崩れた分再び調整し直しエルドラドに狙いを向ければ、エリスの策は無駄と終わる。そうエアリエルが笑って見せるが…。
「へぇ、そうですか」
「……?」
エリスもまた笑みで返す。そんな事…エリスだって最初から分かっていた。だが…。
「でもそれはエリスを倒せたら…の話ですよね。貴方がこのまま時間ギリギリまで逃げ回って粘ってもエリスを倒せなきゃ意味がない」
「む…」
「分かりますか?エアリエル。これでエリス達の条件は同じになったんです。エリス達は互いに…相手を倒さなきゃ目的を達成出来なくなったんですよ」
先程までならエアリエルは残り時間ギリギリまで粘ってチャージが完了した瞬間共振石を使えばそれでよかった。だがペイヴァルアスプの入射角の再調整を行わなければならなくなった以上。そんな時間稼ぎにも意味がなくなった。
時間稼ぎに逃げず、エリスを倒さなければならなくなった。エリスと同じ…条件が対等になったのだ。
「貴方がのらりくらりとエリスに付き合って時間稼ぎしていたのには気がついていましたよ。けど…折角ですし、全力で戦り合いましょうよ、お互い言い訳が出来ないくらい全力でね…ッ!」
「……殺し合いが所望ですか…?」
「殺し合い…?違いますよ、これは…殴り合いです!!」
反重力機構の破壊は飽くまで下拵え、エアリエルに対して『逃げ回り時間を稼ぐ』という選択肢を潰させる為に過ぎない、故にこの先にあるのはただの闘争…、真っ向から叩き合ってエアリエル自体を叩き潰す。
故にエリスは風で加速しエアリエルに向けて神速の蹴りを放つが…。
「だからなんだというのだ…」
「チッ!」
一瞬で姿を消したエアリエルによりエリスの蹴りは不発に終わり、背後の機器に激突しエリスの足が突き刺さる。
「結局、お前を倒せばいいと言う事に変わりはないのなら。私の状況にはなんの変化もない…お前は最初から殺すつもりだったのだから」
「ガッ…!?」
死角から飛んできた鞭のような蹴りがエリスの側頭部を打ち、即座に足を機器から引き抜き蹴りが飛んできた方向に拳を振るうが…。
「居ない…!?」
「お前が勝負を挑んでいる相手が誰か分かっているのか。我々は影…ハーシェルの影…」
「この…ッ!」
また消えた、けど背後から声が、ならばと回し蹴りを放つが…。
「追えば消える」
「また…!?」
また居ない、まずい…完全にエアリエルのペースだ。ここは一旦離脱して様子を伺って──。
「そして、逃げれば迫る…」
「え…!?」
背後に向けて飛べば、何かにぶつかりエリスの体は停止する。何にぶつかった?…決まっている。
「エアリエル…!」
「それが、影…ハーシェルの影だ」
エリスの背後を取っていたエアリエルの姿を見て悟る。この動きは見たことがある、ハーシェルの影達が得意とする技『空魔一式・絶影一閃』…高速で相手の背後に回り首を掻き切る必殺の技。
それを、エアリエルは息を吸うように連続で行っているんだ。単なる一動作が他の影達の空魔殺式に相当している…。
別格。他の影達とは存在している領域が違う。そんな言葉が思い浮かぶ圧倒的なエアリエルの実力に慄くと同時に飛んでくる。
「ほら、どうした…殴り合いが所望、だったはずです」
「ッ…!」
「遅い、遅すぎる」
弾かれるようにエリスも動くが、ダメ。動き出しはエリスの方が速いはずなのにエリスの方が先にエアリエルに殴り飛ばされる。速度が違いすぎるのだ…。
「この、だったら…!」
蹴り飛ばされた瞬間、クルリと空中で姿勢を正し空から俯瞰してエアリエルを見たまま旋風圏跳で突っ込みよく狙いを定める。避けられるなら、避けられてもいいように動くッ!
「オラァァァッッ!」
「……遅い上に、甘いのかお前は」
「ッ!?」
しかし今度はエアリエルは動くことさえしなかった。防壁だ…魔力防壁、自身を中心に作り上げられた直径1メートル程の円形に作り出された薄紫の領域にエリスの拳が弾かれた。
問題はの防壁の硬さ…尋常じゃない、これエリスがこの場で火雷招を撃ったとしても破壊出来ない、こんなにも硬い防壁を張る奴なんて…エリスは知らない、この上にはシリウスしかいない。
つまり、防壁一つ取っても人類最強クラス…。嘘でしょ、攻撃を当てるだけでも精一杯なのにこの上このレベルの防壁まで持ってるなんて…!
「そら、手本だ…よく見ろ喧嘩殺法」
「うげぇっ!?」
そして防壁に阻まれたエリスの体を腕で掴み引き寄せると共に放たれた閃光のような蹴りに今度こそ吹き飛ばされ地面を転がる。
…ダメだこれ、徒手空拳じゃ絶対に敵わない、やはりこいつ…。
(同じだ、シンやダアトと同じ小細工無しで強いタイプ…これが…。八大同盟に名を連ねる組織で、最強の幹部に君臨する者の強さ…!)
真っ向から強いタイプ、攻略法が存在しないタイプ。言っては悪いがジャック海賊団やモース大賊団をエアリエル一人で殲滅できると言われても信じてしまいそうだ、モースさんやジャックさんも含めて…エアリエルは一人で殲滅出来る可能性がある。
そのレベルで正当な実力を持った奴だ…こりゃあ、倒すのは楽じゃなさそうだ!
「ペッ…!上等です、弱かったら拍子抜けでしたよ」
「強がりばかり、先も言ったように…これはお前も私に傷の一つさえ与えられそうにないな」
「それはどうですかね、貴方が殺し屋なら…エリスは魔女の弟子ですから!」
瞬間、背後に向け旋風圏跳で跳躍し距離を取りながら魔力を滾らせる、殴り合いで勝てない?全然いいですよ、エリスのグーパンチはサブウェポンなんで。
距離を取りながら棒立ちのエアリエルに向け手を翳し。
「絶地絶天の煌めきよ、今この時のみ我が手に宿れ『雷紋金剛杵』ッ!!」
拳の中に作り出した電撃の槍を投擲すれば、雷速で飛ぶ煌めきは一瞬で着弾し黄金の爆裂を作り出し───。
「それが古式魔術か?魔女の弟子」
「っは!?」
飛んでくる、更に上空から迫るエアリエルの鋭い蹴りが…。いつの間にかエリスよりも高く飛び上がっていたんだ。
雷を動体視力だけで見切るとか人間やめてるな!反応速度もバカ速いってか!
けど!
「んぐっ!焔を纏い 迸れ俊雷 、我が号に応え飛来し眼前の敵を穿て赫炎 爆ぜよ灼炎、万火八雷 神炎顕現 抜山雷鳴、その威とその意が在る儘に、全てを灰燼とし 焼け付く魔の真髄を示せ 『真・火雷招』!」
空はエリスのフィールドです!飛び上がった時点で逃げ場はない!
蹴りに頬を叩き抜かれながらも回転し衝撃を逸らしながらも両手を合わせ空を漂うエアリエルに向けて全力の炎雷を放つ。いくら素早くとも空中なら!防壁の展開も今なら間に合わない───。
「……!」
その瞬間、エリスが見たのは。空中で…なんの足場もない状況下で、まるで空気を踏むように加速し電撃を避けるエアリエルの姿。
そのままエアリエルは機関室の天井付近を交錯するパイプを掴みクルリと回転しながらパイプを切り裂く、するとパイプの中から水蒸気が溢れ一気に視界が白く染まり、ってやば!
「見失った…!」
慌てて魔眼を作り出し熱視眼でエアリエルを探すが、ダメだ。水蒸気の熱でよく見えな──あ!
「げほぉっ!?」
「ふむ、やはり斬れないか」
飛んできたのは斬撃だ、その手に持った短剣を交差させながらの音速超えの斬りつけ。コートのお陰で斬れる事はなかったが、それでも貫くような衝撃はエリスの体を貫きそのまま真下に叩き落とされ巨大な計測器に突っ込み爆裂する。
「そのコート…、ただのコートではないな、私が知る限りそれほどの耐刃性能を持つ衣服は存在しない…。魔女の産物か」
「ぐっ…いてて…」
「しかも耐熱性能持ちですか…、厄介な物で身を包んでいる」
燃え上がる機器の残骸の中から慌てて脱出しつつ、エリスは考える。今一瞬…エアリエルが見せた不可解な動き。恐らくあれがエアリエルの本気の一端。
(今の不規則な移動。やはり詠唱はなかった、とすると魔術じゃない。デズデモーナのように体内に魔力機構を備えているタイプ?にしては奴のように副作用のような物が出ているようには見えないし、なら残る可能性は…ううーん、分からないけど…奴だってこの世の理に反する存在ではない、ならエリスの知識の中にある何かで戦っているはず)
「……チッ、やはり存外に考えるタイプか」
エリスがエアリエルを見ながら思考を張り巡らせている事に気がつき。先程安易に切り札を見せたことを後悔しているようだ。
「最早隠しても何にもならないか、それに隠すほどでもない…。いいだろう、見せてやる…見れるならな」
そしてため息を吐いたエアリエルは、構えを解く。手をだらんと下に下げ諦めたように天を仰ぐ完全な無防備…それが逆に、恐ろしい。
安らいでいるんだ、まるで木漏れ日の差す緑豊かな森の中…小鳥たちと戯れるように、安らかな顔で目を開いた彼女は、告げる。
「改定・空魔殺式───」
開いた目が、エリスを捉え………。
「『御影阿修羅』」
それが、発現する。
……それは、理屈では証明出来ない動きだった。
「ッッ……!」
エリスは、なんの前触れもなく、横に跳んだ。それは直感とすら呼べないただのヤマカン、来るだろうと踏んで賭けるように跳んだ、そして結果的にそれは正解だったと言える。
裂けたのだ、エリスの立っていた箇所が、地面から背後の機器…壁に至るまで、不可視の巨剣で引き裂かれたように、バックリと…。
……これだ。
(来た!使ってきた!初見だったら避けられなかった!使ってきた!エアリエルが…切り札を!)
クルス邸でエリスがやられた不可視の攻撃、メルクさんがやられた前兆なき一撃、それが今飛んできた。そして今この目でそれを目にしてもエリスはその攻撃の正体が掴めない。
なにせ、本当にエアリエルはピクリとも動いていなかったから。完全なるノーモーション、魔術も体術も使わずに目の前の壁を引き裂いた、まるで超常現象だ。
「避けたか…、だがいつまで続けられる」
瞬間、再びエアリエルがエリスを視界に捉える。その時だった…エリスの腹に衝撃が走ったのは。
「ぐぅっ!?蹴り飛ばされた!?」
今の感触、間違いない!今蹴られた!なんだ!?なんなんだ!この攻撃!全然分からない!
「何が起こってる…、考えろ。思考を絶やすな…必ず糸口が」
「無いさ、私の御影阿修羅は無欠だ」
「ッ…!?」
次の瞬間、エリスの背後から現れたエアリエルが斬撃を放ちエリスの背中を叩き吹き飛ばす。御影阿修羅を使いながら本人も攻撃してくるのか!?
「『御影阿修羅・連空』」
「ぐふっ!?」
しかも何故か蹴り上げられたエリスの体に、更に連続で蹴りが襲う。当然エアリエルは動かない、動いていないのに蹴られると言う意味不明な攻撃にエリスは混乱しながらも吹き飛ばされ。
「さぁ見せてくれ、お前の価値を…父の理想の世界を生きるべきか死ぬべきかを、見定めさせろ」
そしてエリスを吹き飛ばしたエアリエルは人差し指を立て、エリスに向ける…ただそれだけで。
「ぐぁぁぁあ!?」
飛ぶ、幾閃もの斬撃の嵐がエリスを中心に発生し荒れ狂う。床を引き裂き壁を叩き斬り機器を細切れにする斬撃の雨…それを中心にエリスは必死に体を丸め身を守る、守ることしか出来ない。
攻撃の正体が掴めない…!
(何が起こってる!攻撃の正体を掴めないとどうにもならない…!いや待て、メルクさんもトリンキュローさんも言っていた…『影を見ろ』と)
エリスは必死に視線を下に向ける、すると燃え盛る機器の光に照らされ…見える、影が。
そこでようやく気がつく、エリスの周りを何かが高速で飛翔していることに。何かの影が壁を跳ね跳弾するように何度もエリスに向けて飛んでいるんだ。斬撃そのものが飛んできているわけじゃ無い?
ならなんだ…影を使った魔術、いやだから魔術じゃ無いんだって!だとしたら残る選択肢は。
まさか…いや、本当にまさか…アレなのか?そんな事出来る人がこの世にいると言うのか?…試してみるか。
「ッ!はぁっ!」
「む…」
刹那、エリスは身を捩り斬撃を回避する。攻撃が何かはわからない、だが影を見ればある程度タイミングは掴める!なら見えるんだ、僅かな隙が!
「今だ…!大いなる四大の一端よ、我が手の先に風の険しさを与えよ、荒れ狂う怒号 叫び上げる風切 、その暴威を 代弁する事を ここに誓わん『颶神風刻大槍』!」
その僅かな隙を使い、エリスは体を回転させ、全身から風を放ち一気にエアリエルに向け風の大槍を放つ。
しかし。
「無駄」
フッと、エリスの周りを飛んでいた影が消滅すると同時にエアリエルは指を鳴らし。
「『御影阿修羅・閃空』」
瞬間、切り裂かれる…エリスの風が。五月雨のように高速で乱射される斬撃により分解されると同時に放たれた一閃により真っ二つにされ消え失せる…。
古式魔術を真っ向から打ち破る威力…けど。
けど!見えた!今風を打ち払う瞬間!確かに!
「貴方の御影阿修羅の正体…掴みましたよ」
「…………」
「御影阿修羅…その正体は」
開眼する、魔視眼…魔力を見る魔眼でエアリエルを見る。すると…そこには攻撃の正体が映っている。
───御影阿修羅、エアリエルの持つ最大にして無二の奥義。ジズをして『これは私には出来ない』とまで言わしめた超人級の技、エアリエルを八大同盟の大幹部にまで押し上げた技の…正体は。
「…分身…ですか?それ」
見える、エアリエルを中心に立つ…『エアリエルと全く同じ形をした無数の虚像』達の姿が。エアリエルと同じメイド服を着て、短剣を構える虚像…実態無き虚像。その数を八体…それがエアリエルを守るように立っていたのだ。
アレは恐らく、『魔力形成術』…。
「信じられませんよ、世の中にそんな技を使う人がいるなんて…、それ魔力形成術ですよね」
……エアリエルの御影阿修羅の正体は、魔力だ。ラグナがやる拳型の魔力防壁を飛ばす技や交流競技会でエクスヴォートさんが見せた魔力防壁を整形し刃を作る技。
防壁の形を変え固め、魔力で物理的影響を与える魔力闘法…『魔力形成術』。会得するには魔力防壁を極限まで極めなければならないと言われるそれを、エクスヴォートさんのような怪物でさえ剣一つ作るので精一杯のそれを…。
エアリエルは…防壁で自分と寸分違わぬ虚像を作り上げるまでに極めている。手足の長さも筋繊維の配置まで同一…そんな代物を魔力を固めて複数作っている。
そうだ、エアリエルは魔力防壁を分離させ、自分と全く同じ形をした虚像へと作り替え、剰えそれを遠隔で動かし不可視の分身として飛ばしていたのだ。
あり得るか?そんな事。防壁の形を変えると言うのは奥義と呼ぶに相応しい難易度だ。エリスだって出来ない。それをエアリエルは自分と全く同じ形、同じ実力、同じ動きが出来る存在を複数作り上げるまでに高めている。
はっきり言おう、あり得ない…不可能の領域に近い技だ。あり得なさすぎて選択肢から除外してしまうくらいあり得ない。だが事実…エアリエルはそれを使っている。
…常軌を逸しているよ。
「そうだ、魔力形成術だ、それで…どうする?どうなる?」
「………」
正解を言い当ててはい終わりとはいかない。ここからエリスは一気に九人に増えたエアリエルを相手にしなければならない。恐らくだが分身の破壊は出来ない、見てみろあの分身の足元を。
本来物理的影響力を持たないはずの魔力防壁に影が出来る程凝縮されている。あれ一つで城壁数枚分の防御力があると見ていい、さっきエリスの攻撃を防いだ防壁並の防御力を持っていると見ていい。
その上どんだけ頑張って破壊してもアレはただの魔力、破壊しても直ぐに新しい分身を用意出来る。
分身と共に動くことが出来るエアリエルを、排除不可能な八体の分身の攻撃を掻い潜って倒す…出来るのか?そんな事。
「ッ……」
「言ったろう、私の御影阿修羅は無欠。秘匿の必要はない…説明する義理もなかっただけで、隠すつもりなど毛頭なかった。ただ…誰も彼も看破に至らなかっただけ、そこにたどり着くまで皆死ぬからだ」
両手に握った短剣を翼のように広げれば、その背後に無数の手が浮かび上がり、阿修羅の如き威容を晒す。これがエアリエル本来の戦闘スタイル、今までのそれは完全に遊びに等しかったんだ。
「お前は…どこまでやれる、どこまで…ついてこれるか、私を前に…生きるべきか、死ぬべきか…」
「………」
「次は見せてみろ…魔女の弟子…ッ!」
そして、爆裂する様に魔力が弾け、八つに分かれ飛んでくる。それそれがエアリエルの形に変わり、完全に彼女の実力をトレースした存在が一気に飛んでくる。
それそれが、手に短剣を持って…捌き、切れるか…!?
「『御影御供』」
「ッッッぎ!?」
警戒すれば虚像は視える、けどそれ以前の問題。速すぎる、エリスが今まで苦慮し尽くしていたあのエアリエルの速度をそのまま受け継いだ八つの影がエリスに迫り、あっ!と言う間に叩き込まれる八連斬。防ぐどころか何をするまでもなく吹き飛ばされ壁に叩きつけられ───。
「ッ…!」
「『御影阿修羅・連弾』」
クルリと姿勢を整え壁に着地するが、即座に叩き込まれる八連の蹴りが追い討ちをかけ機関室の壁を打ち砕きエリスの体を彼方まで吹き飛ばす。反撃も出来ない、強すぎる…これやばい。
(完全に手に負えてないッ…!こうなったら魔力覚醒を使うか…、でも…)
痛みに悶え崩れる瓦礫の中でエリスは迷う、この状況…魔力覚醒を使えば何とかなるかもしれない、手数も増えるし御影阿修羅にも対抗出来る。けど…それを思い止まらせるのは一つの事実。
エアリエルだってまだ覚醒を使ってないんだ。ファイブナンバーは内四人が覚醒をしていると言う、ならエアリエルがしていないわけがない。恐らくは四人の中で最悪の覚醒を持つと考えていい。
もしここでエリスが切り札を切れば、後手を取る。エリスの全てを上回るエアリエルを相手に後手を取りたくない…。けど。
「『御影組手』」
響く言葉にハッとしながら立ち上がる。まだ来る…慌ててエリスは立ち上がり機器を整備する機材が詰められた倉庫の中で拳を構えると、機関室の方から歩いてくる、八つの影を侍らせて。
「……さて、殺そう」
そう一言述べた瞬間、拳を構えた八つの影が飛来する。殴りかかってきたんだ。
「クッ!この!」
迫る虚像の拳を一つ避けカウンターを放つが、硬い…まるで数千年を生きた巨木に叩き込んだみたいに硬い。そうだ、こいつらは魔力防壁を変形させた物…防御の上から殴るに等しい、何より。
「ッ…!痛がらないか…」
脛を打ち、鳩尾を打ち、側頭部を打っても、虚像は痛がらない。感覚がないんだ…痛みも感じない、急所も存在しない、蹴っても殴っても消えない。そんなのとどう殴り合えと言うのか。
「所望は殴り合いだったろう?好きなだけやれ」
「ぅげぇっ!?」
八方向から攻め立てる殴打にタコ殴りにされる。抵抗など出来ないし意味もない、殴り返しても効果がない。何より本体のエアリエルが遠く離れた地点でエリスを見つめているんだ…。
完全なる八方塞がり、打つ手無し。ここまで絶望的な戦いがあったか…。
(いや考えろ、思考を絶やすな…)
「む…」
(無理難題が目の前にあるなら、真っ向からぶつかるな)
旋風圏跳で空に逃げる、まず『御影阿修羅による虚像』…これは恐らくどう足掻いても倒せないし消せない、なら避ける方向で戦おう。そして近づいてこないエアリエル、当然ながらエリスが近づけばエアリエルは虚像を展開し迎撃してくる。
なら虚像をなるべく遠ざけて一気に接近を…いやだめだ、虚像は防壁から派生した存在、一度消して再度出現させれば自分の手元に転移させる事も可能。引き剥がすのは不可能。
それに最悪虚像が抜けても、待っているのはあのエアリエル、動きも素早く捕まえられても古式魔術を弾ける防壁を持ったエアリエルだ、ダメージを与えるのは容易ではない。
ならどうする…どうすればいい。
「思考しているな、ならば止める」
「チッ…!」
考えを巡らせるエリスに対し、エアリエルは周囲の虚像を一度消し、再度自分の周りに展開すると…。
「『御影無限』」
「ぐっ!ぅぐぅぅううううううう!?!?」
まるでガトリングガンのように次々と撃ち放つ。エリスに着弾すると同時に虚像が消失、再び手元に生み出し再び射出。その威力と勢いは防御したエリスの上から衝撃を叩き込み押し飛ばし、さらに向こうの壁を掘削し空魔の館を掘り進むように終わらない連撃を叩き込み続ける。
だめだ、近づくどころかそもそも接近も出来ない…いや、違う…。接近出来ないんじゃない…これは───。
「『御影阿修羅・獄門』」
「ぬぁっ!?」
防御し疲弊したエリスの腕を二人の虚像が掴み拘束、両足も拘束、物理的影響力を持つが故の拘束により…完全に捕まったッ!?
「空魔八式・絶拳心砕」
「ッッ───」
そして飛んでくる、エアリエル本体の拳。それがエリスの胸を撃ち…止める、心音を。
そもそも、空魔殺式とはジズが作り上げた必殺の奥義。完璧に決まった時点で殺害は確定、故にその前段階から不発に終わらせるよう何が何でも避けなければならない恐るべき技。
この絶拳心砕も、当たれば心痙攣を起こし…確実に殺す技。故にエリスの心音は止まり。
「か…ぁ…」
───今、エリスは…死んだのだ。
「やはり、死ぬべきだったか…父の理想の世界に、魔女は必要ない」
倒れ行くエリスの姿を見て、戦いの終わりを悟ったエアリエル。エリスという女は底知れぬ何かを備えていた、それがなんなのかは分からないが…脅威となることに変わりはない。
(まるで争う為に生まれてきたかのような性質、生かせば父の理想を破壊するかも知れない…死ぬより他、なかったか)
父の理想は必ず成就する、ならばエリスもまた必ず死ぬのだろう。そして事実今エリスは死んだ、故にエアリエルは拳を収め…踵を返そうとした、その時だった。
「ッッ……!」
膝を突き、後ろに向けて引っ張られるように倒れていたエリスから…走る、電流が。エリスの胸に…その電流に導かれるように、迸る。
「なッ…!?まさか…!」
確かに心音は止まっていた、確実に死んでいた、だが電流に突き動かされるように再びエリスの体が…動き───。
「ッ…古式魔術で…!」
「ッッエアリエルッッ!!」
「ッッ……!」
エリスの体を電流が覆う、エアリエルの拳が当たる直前…エリスは体内に電流を溜め、心臓停止の直後、意識を手放した瞬間に炸裂するよう仕掛けておいたのだ。
死ぬと同時に電撃による心臓マッサージを行い強制蘇生、と同時に立ち上がりエアリエルに突っ込むエリス。あまりの事態にエアリエルは一瞬躊躇うも…。
「『御影阿修羅』ッ!
「『煌王火雷掌』ッ!」
咄嗟に虚像を展開するエアリエル、だが遅い。既にエリスの拳はエアリエルの懐に潜り込み…炸裂する。
今まで、溜めに溜めた鬱憤と怒りを込めた、激怒の炎を…!
「ぐぉっ!?」
「ッ…やっぱりッ!」
その一撃を叩き込まれたエアリエルは血を噴き、吹き飛ばされ身を焼かれ、今度はエアリエルは壁を砕き飛んでいく。そこに余裕も何もない…やはりエリスの読みは当たっていた。
防壁を持っているはずのエアリエルが、血を吐いたんだよ…この手応えに思わず笑ってしまう。
「はぁ…はぁ、やっぱりお前…御影阿修羅を展開すると、自分を守る防壁が極端に薄くなるな!そりゃあそうですよね!防壁を切り分けて展開してるんですから!だから…御影阿修羅展開中は、お前自身の防御力が低下する…!」
「グッ…!」
「何が無欠だ、きっちり弱点…あるじゃないですか!」
エアリエルは虚像を展開している間だけ、防壁が極端に薄くなる。防壁を使って攻撃しているならその分自身の防御に回せる魔力が減るのは自明。凡そその防御力の低下幅は九分の一、これでようやく通常の防壁レベルになるんだ。だからこそ近寄ってこなかったのだ、一撃もらえばその分多大なダメージを負うから。
そんなエアリエルが近づいてくるシチュエーションはどんなシチュエーションだ?…そりゃあ勿論、殺し屋なんだから殺す瞬間。その瞬間こそがエアリエルが最も無防備になる瞬間、殺し屋故に殺した後の事は考えない…そこに、エリスは正気を見出した。
だからこそ、敢えて…殺されることを受け入れた。魔術で迎撃せず、敢えて殺された。
死の恐怖を凌駕する怒りのままに。
「今のはエリス個人の分です、メグさんやトリンキュローさん達の分はこんなもんじゃありません!無傷を断言してる余裕なんか…ありませんからッ!!」
「ナメるなよ、私の油断に漬け込んだだけの癖をして」
「へぇー!油断するんですね!貴方も、ならドンドンしてください」
「お前…ッ!『御影阿修羅』ッ!」
瞬間、展開する。御影阿修羅を、今度は油断なくエリスを完璧に殺すために。
「お前は、必要のない存在だッ!」
四方に分かれて飛び、凡ゆる角度から飛来する虚像達の斬撃、圧倒的な速度から放たれる怒涛の連続攻撃、それを前にエリスは両腕を振るい防御を行う。
「父が目指す、理想の世界に!必要がない!」
「理想の世界ィ…?人殺しが述べる御託にしては随分立派ですね!どんな世界が理想だと!」
「争いのない清浄なる世界だッ!」
「グッ…!」
八体の虚像が一点に集まり、エリスの防御の上から貫くような一点集中の突きを行い防御を弾き飛ばす。
父の理想、それは争いのない世界。それを目指し…エアリエル達は戦っているのだ。
「対立もなく、衝突もなく、人類が一丸となり繁栄を目指す世界!それが我らハーシェルの望む世界!理想の世界だ!」
「グッ…その為に、人を殺すと!」
「争いを生む因子を刈り取っているだけだ、美しい庭園に…雑草や毒草は不要。他の栄養を独占し奪い自己繁栄ばかり望む存在は、世界にとって害でしかないッ!」
「それはッ…!クッ…!」
そして追い打ちをかけるエアリエル本体、防御を崩したエリスに向けて叩き込む短剣の斬撃。敢えて自らの関節を外す事により鞭のようにしならせ音速を超える一撃を叩き込みエリスを張り倒す。
「世界とは!一つの庭園だ!限られた栄養を!限られた日の光を!皆が平等に享受しなければ!繁栄はない!故に我等剪定者たる影が!世を正している!お前は毒草だエリス!大地を腐らせ景観を崩す醜い毒花だ!」
「それを言うなら…お前はなんだッッ!」
「私は庭の剪定者…世界の管理人っぐぅっ!?」
しかし即座に起き上がったエリスのタックルを受けエアリエルも体勢を崩す。
「剪定者…?バカ言えよ!お前だって人間だろうが!ジズだって人間だろうが!お前の言う庭園の雑草の一つだろうが!お前の理屈で言うならお前やジズだって他を顧みない醜い毒草だろうがッッ!!」
「貴様…言うに事欠いて、父を愚弄するか!」
「違う!父『を』じゃない!『お前らの全て』を否定してるんだよ!」
「何を…言うかぁっ!」
タックルしてきたエリスを投げ飛ばし、虚像を同時に生み出し…。
「死ね!父を!理想を否定する毒草は…否、害虫は!死ねッッ!!『御影断頭』ッ!」
投げ飛ばされたエリスの上と下に、虚像が現れ刃を構えたままエリスの首を狙う、その首を剪断する、要らぬ花を落とすように、その首を落とす為に…。
エリスでは対応出来ない速度、防御も不可の連携技、首を落とせば生き返ることはない…そう読んだエアリエルだったが。
「…見飽きたよ、その技!」
瞬間、エリスは目を閉じ…。
「フッ…!」
「なっ!?」
体を回転させ、肘で上の虚像を打ち、膝で下の虚像を打ち、互いの交差点をズラし攻撃を回避する。
回避…したのだ。
「なん…だとッ!?」
偶然か、偶々避けられたのか、エアリエルの頭は一瞬フリーズする。エリスが御影阿修羅に対応することは不可能なはず、それはつまりエアリエルの動きにさえ順応した事を意味する。
あってはならない、影を遠ざけることなど。故にエアリエルは…強く歯噛みし。
「『御影閃空』ッ!!」
放つ、空間を縦横無尽に駆け巡る虚像により視界内の全てを切り裂き細切れにする奥義を。エリスはこれを前に先程は防戦一方だった…ならば…。
「視えます…視える!」
しかし、エリスは弾く。確実に拳で虚像の斬撃を弾き返す。見ている、魔力体であるが故に半透明で、その上視認速度を超える速さで動く虚像を見ている…。
(まさか…こいつ)
「同じ技を、晒しすぎましたね…エアリエルッ!」
───極限集中心眼。ネレイドとの野球勝負の最中エリスが偶然編み出した奥義。極限集中と魔力探知を同期させる事により目で見るよりも速く反応が出来る。
魔力体とは即ち魔力そのもの、当然…この心眼でよく視える。
「順応しているのか、私自身に…根を這っているのか、この世界にッ!」
「エリスは…ずっと、気になっていました。吐き気を催すような…邪悪な興味」
見える、いやそれ以上の反射反応、音速に近い動きをする虚像を相手に直感の更にその先にある感覚を用いて反射的に動き攻撃の群れを抜き、エアリエルに迫る。
「お前達は、どんな理屈で人を殺しているのか…と」
「ッ…『御影惨禍』」
迫るエリスを前に展開する虚像が一斉に渦巻くように駆け抜け斬撃の螺旋を作り出す、が…突き抜ける、コートを翻し斬撃を防ぎながら…エリスは怒りのままに。
拳を握り、電撃を迸らせる…それを見たエアリエルは。
「それをお前、理想の世界だと…争いのない世界だと…!ふざけるのもいい加減にしろッッ!!作ってんだろうがテメェらが!争いを!」
(ッ…接近される、御影阿修羅で迎撃を…いや、今のエリスは止められない、なら御影阿修羅を消して防壁に集中を……否ッ!)
「お前達がッ!この街に来たせいで!何人死んだ!どれだけの争いが起こったッ!人を草花のように殺す奴等が作る世界なんぞ反吐が出るッッ!!」
(許されぬ!私が引くことなどッ!私はエアリエル・ハーシェル!ファイブナンバー最強の女!私が一歩下がれば…父の理想から世界が一歩遠ざかる!それだけは断じて許容してはならぬ!私は臆病者ではない!五黄殺のエアリエルッッ!)
「ここで潰す!テメェらのくだらない理屈も!履き違えた正義感も歪んだ意識も…全て!叩きッ潰すァッ!!!!」
(ここで討つ!討って取るッ!ハーシェルの頂点に立つ者として!断じて負けるわけになど…いかないッッ!!)
重なる、一歩踏み出したエリスとエアリエルの踏み込みが、重なるように置かれ。互いに拳が唸る。
「『真…!」
「『御影阿修羅…!」
エリスは引けない、こんな奴がメグさんを泣かせトリンキュローさんを殺し、今エルドラドに居る全ての人達の生命を脅かしている事実が許せないから。
エアリエルは引けない、最強としての矜持、そして何より父の理想を阻む存在が許せないから。
故に拳を握る、最大の技にて相手を叩き潰す為に───。
「『大々煌王火雷掌』ッ!」
「『殺拳骨肉通』ッ!!」
エリスの持つ煌王火雷掌、それをシンの技術を流用し拳から溢れる程に爆増させ放つ必殺の拳と。エアリエルの防壁でコーティングした腕を更に背後から虚像が殴り付け加速した拳が交差し…互いの頬を打ち、空魔の館全体を激震させる振動が炸裂する。
膨大な魔力と雷が部屋の中心で別れるように炸裂し、バチバチと空気が痺れ鳴動する。
「グッ…!」
「くっ…!」
燃え上がる部屋、砂塵舞う室内、ヒビ割れバチバチと魔力が滾る爆心地の中心で、クロスする腕と腕、睨み合う瞳と瞳。互いの全霊をぶつけてなお…二人は立ち続け、拳を相手に押し付ける。
そんな中、エリスは痛みに悶えながら…片目を閉じる。
(…攻略法を編み出し、動きを見切り、魔力を全開で蒸して、それでも互角…倒し切れない!)
完全に押し切ったつもりなのに、エアリエルは反撃してきた。完全に持っていける流れだったのに、痛み分けで終わった。
どれだけ押しても押しても底力で跳ね除けてくる、…なんて重厚なんだ、エアリエルという人間が持つ『強さ』には底がないのか。
「フゥー…フゥー…、認めよう…」
ヨロヨロと後ろに下がりながらも頬を拭い、牙を剥くエアリエルは未だ衰えぬ威圧を燃やしながら短剣を構え御影阿修羅を展開する。
まだまだ全然元気だよこいつ…、防御が薄くなった上に強烈な攻撃を与えても、エアリエル自身の肉体耐久力が常軌を逸してるから倒し切れないんだ。これ…多分エリスの最大火力である旋風 雷響一脚をぶつけても倒し切れないんじゃないか?
「お前は、確かな害だ。だが…毒草ではない、雑多な草花ではないと…認める」
「はぁ…はぁ、そりゃあどうも」
「…生まれて初めてだ、排除するのにここまで苦慮した存在は。お前は一体どうすれば死ぬんだ…どうすれば消えてくれる」
「さぁ?エリスにも分かりません」
「……御影阿修羅を使い、空魔の技を使い、それでも倒し切れないお前を倒す方法は、もう一つしか残っていないぞ」
「………なら、やりますか?」
「後悔するなよ」
エリスはこいつが嫌いです、大嫌いです。だけど今…どうやらエリスとエアリエルの心は、一致したようだ。
肉弾戦、魔力戦、共に決着がつかないなら…もう出し惜しみはしてられない。全霊で決着をつけに行くしかない。
だから使う、使うしかない、…魔力覚醒を。
「…これを、戦いに用いるのは初めてだ。これを、家族以外に見せるのは初めてだ」
瞬間、エアリエルは双剣を一度胸元でクロスさせた後、逆手に持ったナイフを天に、もう片方も逆手に持ち地に向け右足を後ろに、左足を曲げ獣のような構えを見せ…魔力を逆流させていく。
「凡ゆるを打破し、凡ゆるを切り裂き、暗雲に満たされた世を切り拓く。私は見定める、剪定者としてお前を」
エアリエル・ハーシェルが持つ最大最強の切り札が今…テーブルに並べられる。
「魔力覚醒『To be or not to be…』!」
お前は生きるべきなのか、死ぬべきなのか、深遠なる問いかけと共に放たれる魔力覚醒により、今…エアリエルの姿が揺らめき、不安定になり、そして何よりも確たる存在となった。
…さぁ、こっからが勝負です。そんでもって…。
「見せてやりますよ、新しい世界を作るのはお前らみたいな異常者じゃなくて…真に平穏を想う者達であることをッ!双起魔力覚醒!『ボアネルゲ・デュナミス』ッ!」
弾ける雷と共に全身に電流を身に纏うエリス。
今、エリスとエアリエルの…最後のぶつかり合いが始まった。
…………………………………………
「あ!いた!ラグナ!」
「ん、見つけた」
「デティ!ネレイドさん!」
「よかった!皆さん無事でしたか!」
一方、空魔の地下迷宮を彷徨っていたラグナとナリア、そしてネレイドとデティのコンビはようやく合流を果たす。
リアとの戦いの最中吹き飛ばされてしまったデティを探して走り回っていた甲斐もあり、想像よりも早期に見つけることができた。
「ごめんなさいデティさん〜!僕が加減し損ねたから〜!」
「え?なんのこと?ってかリアは?その調子なら倒せたっぽいね!」
「ラグナ、デティから聞いた。そっちもファイブナンバーのミランダを倒したって」
「ああ、ネレイドさん達は?見た感じ一戦やり合ったっぽいけど」
「チタニアとオベロンを倒したよ」
うお、マジか。すげぇな、あのチタニアを…しかもオベロンと同時に?ファイブナンバー二人倒したのかよ、やっぱすげぇなデティとネレイドさんは。
「って!感心してる場合じゃなかった!デティ!アマルトが重傷なんだ!治癒を頼めるか!」
「えぇ!?マジで!すぐ治す!ってその包帯だらけの棒…アマルトだったの!?」
「悪い、全身怪我してたから…」
慌てて背中に背負った包帯を解いて中にいるアマルトを取り出す。未だ意識は戻らないが息はある…。全く、アマルトのやつ、俺たちに無茶するなとか言っておきながらお前がいつも一番無茶してんだろうが。
「酷い怪我…、私じゃなきゃ治せなかったよこれ」
「だからデティを探してたんだ」
「そっか!よーし!ちょっと待っててね」
そう言ってデティはすぐにアマルトの怪我の治癒にかかる、デティが治癒をしてくれた以上もう安心だろう。
これで一安心、なんで一息ついているとネレイドさんは俺の隣に立ち。
「アマルトは?誰にやられたの?」
「アンブリエルだよ、ハーシェルの影その二番…あの厄介なやつだ」
「ッ…勝ったの?」
「ああ、共振石を砕いて気絶してた」
「…チタニアが言ってた、アンブリエルは別格だって…それと単独で戦って、勝っちゃうなんて…」
「流石だよな、やっぱアマルトはすげぇよ」
「だね、…そしてアマルトがアンブリエルを倒したってことは」
「残る共振石は一つ…そして、最難関の共振石だ」
黄金の都エルドラドを狙う超巨大砲塔ペイヴァルアスプ…、あれを止めるにはあと十分以内に五つの共振石を破壊する必要がある。そして俺たちはそのうち四つを破壊し…残る一個は、消去法的に…。
「エアリエル・ハーシェルか」
「ごめんラグナ、私もう戦えそうにない…デティもこれでかなり消耗してる」
「問題ない、俺が万全だ。しかし…」
先程から感じる、地下迷宮の底で膨大な魔力を持った存在が戦っている気配が。今俺たちと合流していないのはメルクさんとエリスだけ、そしてこの荒々しい戦い方は…恐らくエリスの物。
多分エリスが、エアリエルと戦っているんだ。
(しかし…エリスとエアリエルの実力差はここから見ても歴然だ。それほどまでにエアリエルは強い、万全の俺がぶつかっても確実に勝てる保証がない程に…)
流石は八大同盟の一角において、最強を名乗ることを許された存在。生半可じゃない、下手すりゃ魔女大国最高戦力クラスだ。本来ならグロリアーナさんやクレアさんが戦うべき存在。
それとエリスが戦っている。いけるか?…いや、いけるな。エリスはここ大一番、瀬戸際での踏ん張りは人類最高クラスだ。
きっとエリスは勝つ、けど…やはり助けに行きたい。
「よーし!治癒終わり!」
「流石早いなデティ」
「まぁね!でも意識が戻らない、めちゃくちゃ消耗してるんだと思う、このバカ!いつもいつも無茶しまくる!最悪自分が死んでもいいと思ってんじゃないのかね!」
「まぁまぁ、それよりみんなはメルクさんを探してくれ。俺はエリスの───ッ!?これは!」
「ラグナ!来る!」
その瞬間、何かを感じた。何かがここに来る感覚を、それに従いネレイドはデティとナリアを、俺は意識を失ったままのアマルトを抱えて一気に背後に向けて飛ぶ。
すると、ほとんど同時に俺達の立っていた廊下が何者かによって両断されたのだ。
「ッマジか!」
まるで巨大なナイフがブッシュドノエルでも引き裂くように、廊下が真っ二つにされた。しかも廊下の断面…まるで元素の繋がりごと両断したような切れ味。
とんでもないレベルの斬撃が…下から飛んできたんだ。
「なんだ!」
慌てて切り裂かれた廊下の先を見る。すると切り裂かれた穴から何者かが飛んできて。
「チィッ!」
「え、エリス!?」
「あれ!?ラグナ!?」
飛んできたのはエリスだ、最下層にいるはずのエリスが断層から飛んできた、しかも魔力覚醒を発動させている…ってことはまさか。
「戦闘中か!」
「はい!エアリエルです!メルクさんは負傷したので空魔の館の外に離脱させました!」
「え?この館飛んでるよな!?どうやって!?」
「ラグナ達も直ぐに脱出してください、アイツ…カチ切れて見境がなくなっている!」
「脱出ってお前…」
次の瞬間、エリスに続いて断層から飛び出してきたのは凄まじい威圧と殺意を身に纏ったメイド。全身から淡い光の風を放ちながら飛んできたメイドは、ゆっくりと大地に降り立ち…こちらを見る。
「魔女の弟子達が揃い踏みか、よくも私の可愛い妹達を倒してくれたな…」
エアリエルだ、両手に双剣を持ち、信じられないくらい高密度の魔力を偏在させながらこちらを見る、それだけで俺さえ身震いするような恐怖を覚える。
そう、怖いのだ。獣に威嚇されてる時の怖さとは違う。まるで剥き出しの刃を取り扱うような恐ろしさ、一歩間違えばどうなるか分かってしまう恐ろしさに近い物を感じる。
なるほど、あれは強い。ミランダの奴、よくこんなのと一緒にファイブナンバー名乗れたな…。
「だが丁度良い、ここで全員皆殺しにする。それで帳消しだ…ッ!」
来る、そう俺が構えようとした瞬間…。
「さーッ!せーッ!」
エリスが、その場で体を丸め──。
「るぅかぁぁあああああああッッッ!!!!」
爆裂、全身から電撃を放ちあっという間に廊下を光で満たし、エアリエルを近づけまいと必死の抵抗を見せる。だが…どういうことか。
「フッ…」
エアリエルは、短剣で電気を切り裂いている。あれはもう短剣の切れ味どうこうとかエアリエルの技量どうこうではない。異常だ、斬れない物が斬れている。
あれがエアリアルの覚醒…!?
「ラグナ!今のうちです!」
「ッ……」
俺は見る、傷つき消耗したアマルトとネレイド、そしてデティとナリアを。今ここで俺が喧嘩を撃ったら誰がみんなを守る。
…俺達の目的は勝つことじゃない、誰も死なないことだ。
「…分かった!信じるぜ!エリス!」
「はいッ!」
「俺達も空の館を脱出する!ネレイドさん!そのままついてきてくれ!」
「うん…がんばってね、エリス」
「エリスちゃーん!そいつムカつくー!ぶっ飛ばせー!」
「勝つって信じてますから!エリスさん!」
拳を掲げその場に残るエリスを置いて、俺達は空魔の館の脱出に走る。エリスがエアリエルを倒せば、それで全てが終わるんだ!
「ふぅ、これでよし…そっちこそ頼みましたよ、ラグナ」
走り去る、ラグナ達が走り去る。みんな他のファイブナンバーを倒してくれたんだ。ならあちらはもう大丈夫だろうとエリスは一息つく。
エリスの前には、魔力覚醒を解放し暴力の権化と化したエアリエルが立ち尽くす。しかしやはり効かないか…。
参ったな…、そうエリスは右肩を押さえる。そこには切り傷がある、エアリエルに斬られた傷…『エリスのコートごと切り裂かれた肩の傷』がある。体を斬られるなんて久々の経験だ。
「魔女の弟子達は離脱したか、だが…離脱してどこへ行く。まさかエルドラドか?だがそこもあと少しで消滅する、安全な場所などない」
「エリスがお前を倒せば、誰も死なずに済みます」
「…フフフッ、ハハハハハハッ!」
エアリエルは心底おかしそうに顔を抑えて笑うと。
「他のファイブナンバーは全て敗れた、お母様も傘下の組織も全員やられ、動ける者達もとっくに離脱した。そして今他の魔女の弟子達も…この場から消えた、今この館に残っているのは私と…お前だけだ、魔女の弟子エリス」
コツコツと靴音を立て軽く短剣を振るえば余波で廊下が引き裂かれる。もうこの館に動ける人間はいない、エリスとエアリエルだけが…最後に残されたのだ。
「もうすぐペイヴァルアスプのチャージは完了する、私はお前を倒して砲塔を調整しペイヴァルアスプを放つ」
「いいえ、エリスが貴方を倒してペイヴァルアスプを止めます」
「…どちらにせよ、その命運は今私達が握っている。邪魔者も仲間もいない…正真正銘の一対一だ」
「…………」
もうこの館にはエリス達しかいない、助けも望めないし邪魔もない。自分の力しか、目的を達するものは無い。
「決着だ、そして父の理想の世界を…争いのない清純なる世界を実現する。終幕の砲撃で、庭に蔓延る毒草と害虫を一掃する」
「…言ってろ、お前は絶対、メグさんの前に引きずり出させて泣きながら謝罪させるって決めてるんですから!」
エルドラドにいる全ての生命、そしてこれからこの国が、この世界が辿る未来、それら全てを掛けたエリス達の…エルドラドの最終決戦が幕を開ける。