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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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529.星魔剣と運命の奴隷


「居た…レギナ…!」


ステュクスを倒した後、城を彷徨ったラヴはようやくレギナを見つける。城の二階の窓から見下ろす…、レギナは今城の中庭にいるのだ。


『チィッ!囲まれた!』


『レギナ!下がってて!』



『殺せェッ!レギナが居たぞ!』


『やれやれ!』


既にジズの手勢に見つかっており、中庭という逃げ場のない状況で包囲されなんとかウォルター達が粘っている状況だ。その真ん中でレギナは…皆から守られながらも諦めずに逃げ場を探している。


『レギナはやらせないから!』


…みんなが必死にレギナを守ってる、きっとステュクスもあそこに混ざるんだろう、ステュクスもあんな風にレギナを守るんだろう。


羨ましい…羨ましい、妬ましい…妬ましい。


(私とレギナの違いはなんだ、顔も同じ…声も同じ…私もまたネビュラマキュラの血を引く王族なのに、何が違う)


強いて言うなればレギナはラヴよりも少し早く生まれ、国王の血を引く宗家の人間であると言うことくらい。形だけでも継承の儀に参加した正統後継者のレギナと継承の儀に参加すら出来なかった一族の末席のラヴ。


正式な国王継承の権利を持たないラヴと持つレギナ。そこにある違いや差は明確であり確かな物であるが故の現状なのだが、ラヴとしてはそれさえも羨ましく感じるのだ。


一度気がついてしまったからには止められない妬み。今まで他人に興味を向けなかったが故に気が付かずにいられた境遇に対する理解の蓋を、ステュクスが開けてしまった。


一度開いてしまった蓋は例え閉じたとしても変わらない。中を見てしまった以上…知ってしまった以上、思ってしまった以上、既知は未知には戻らない。


「どうして…私ばかり」


ラヴと言う人間は、もうどうしようもない。何もかもが終わっていると俯き拳を握る。もう…自分を捨てて、新たな人生を手に入れるしか、自分の望む物は手に入らない。


ラヴでは何も手に入らないならレギナになるしかないのだ。


「ここからなら、狙える」


覚醒は未だ継続している。ここからならレギナに向けて黄金の銃弾を放つことが出来る。殺すことができる。


「……ごめんね、レギナお姉様。私…貴方の名前が欲しい」


ラヴは元老院から与えられた名前だ、私の本当の名前じゃない、本当の名前じゃないなら…捨てたって構わない。


ラヴという名前である以上私は元老院の指先から逃げられない、ラヴは元老院の手先の名前なのだから…!


指先を伸ばして、狙いを澄ませ、レギナの頭を狙う。


(彼女が死ねば…全て)


上手く行く、そんな祈りにも似た言葉を口の中に含みながら…彼女は指先に力を込めて────。




「やめろッッ!!ラヴッッ!!」


「え───」


瞬間、飛んできたのは声。その声に思わず振り向いた瞬間。


「ぐぅっ!?」


叩き飛ばされる、飛んできた影のタックルにより吹き飛ばされ狙いが外れ金の弾丸がレギナから外れる…殺せなかったのだ。


「何を…!」


「言ってんだろ、お前の役目が何であれ…俺はレギナを守ると!」


「ッッ…ステュクス…!」


飛んできたのは…ステュクスだった。血まみれになりながらも飛んできたステュクスはレギナを守るため…またここに。


「ッ…どうして来たの!私はレギナになる!それをどうして邪魔するの!」


「邪魔するに決まってんだろ…!レギナになる?なれるわけねぇだろ!」


「うるさいッッ!!」


蹴り飛ばす、ステュクスを蹴り飛ばし立ち上がりながら再び構えを取る。あれほど来てほしいと願ったステュクスの到来が、今は途方もなく憎らしい。どこまでも自分を邪魔する彼の存在が今は疎ましい。


どうしてそこまでするのか、そうまでしてレギナを守りたいのか…!


「そうまでして、レギナを守りたいの…!」


「守りたい…!」


「ならそのレギナが、私になったって同じでしょう…」


「馬鹿野郎…」


ステュクスは痛みに悶えながらも立ち上がり、剣を杖にしながらも私を見据え…。


「俺はな、レギナがレギナだから守りたいんじゃない。レギナが王だから守りたいんじゃない!レギナが…アイツだから!守りたいんだよ!!」


「レギナが…あの子だから…」


「レギナは他の誰かに代わる事はない…、例え声が同じでも!顔が同じでも!姿が一緒でも

そいつの目指す先が違うなら別人だ!…だからお前がもし、アイツという存在を消失させようとしているなら俺は止める」


するとステュクスは大きく息を吸い、再び気合を入れて剣を構え。


「俺は俺だから、お前を止めるッ!!」


今度こそ、ラヴを止め、レギナを守る為、流れる血を拭いながらも立ち続ける。


ステュクスが、彼だから。


…………………………………………


『良いか?ワシの治癒でお前の傷を治しはしたが体力が回復したわけではない、『動けないくらいの傷』から『頑張れば動ける傷』に変えたに過ぎん、戦い続ければ傷口は開くしお前の残存体力から考えるに長く動くことは出来ん。故に短期決戦一択、出来なければ負け、そこをまず理解しろ』


ラヴと相対し剣を構えた瞬間、ロアが俺に語りかける。傷は治した、道中の炎全部吸い上げて魔力に変えた、それでも万全とは言い難い現状のまま戦うなら、短期決戦以外あり得ないと。


それでも俺はラヴを止める為戦わなければいけない。そこをロアも尊重してくれるのだ。


正直ラヴを探して歩き回ってる時点でそれはなんとなく察知していた、俺は今ガチの死にかけ、医療従事者がこの場に居れば即座にドクターストップからの全治半年、ベッド生活スタートくらいの怪我だ。


だから長くは動けない、けど…ロアが言うことが本当なら……。


「なぁロア、マジなのか?今の話」


『ああマジじゃ、お前には『魔力覚醒』の兆しがある』


正直、信じられない話だ。この俺があの魔力覚醒を会得する寸前だなんてな。けどロアが言うに…。


『そもそもワシとの交信が可能になったのはお前の中で覚醒の兆しが芽生えたからじゃ。その力が強まりつつあるからこそお前はワシの存在を認識出来るようになった、擬似覚醒よりも強力な背理・魔力覚醒を超えるには本物の魔力覚醒しかない、お前が覚醒しなければラヴは止められんぞ!』


「ならどうすりゃいい…、覚醒はどうすればできる」


『覚醒の兆しがあるものの本格的な覚醒条項を満たすのは恐らく数ヶ月は後、そこから更にキッカケがなければならんから本格的な覚醒が発生するのはいつになるか分からん…じゃが、今回は出血大サービスじゃ!お前に死なれたらワシの餌やり係がおらんくなるからのう!ワシがお前の中の覚醒の扉をこじ開けてやろう!』


「助かる…!なら早く!」


『だーかーらー!さっき説明したじゃろ!それには魔力が足りん、行き掛けに炎を食いまくっても足りんくらいにはな!じゃからお前は戦いながら引き続き炎を回収しまくって時間を稼げ!』


「つまり…」


俺は今からラヴを相手に星魔剣の力を使わずに凌がねばならないと言う事。魔力を溜めるのに魔力を使ってちゃ意味がない、だから防壁も魔力斬撃も使えない。魔統解放を使っても怪しかったのに、それすら無しで。


いつになるか分からない覚醒を待って、凌ぎ続ける…いいね。俺耐えるのは得意なんだ!


「お前を信用すればいいんだな」


『…本当に分かっとるのかのぅ。全く本当に変なのが持ち主になったもんじゃあ、言っとくがこれは本当に賭けだからのう!強引に覚醒をすればどうなるか分からんし下手すりゃ魂が弾けるかもしれんのだぞ?もうちょい恐んかい!ビビらんかい!面白くない!失敗してやろうかワザと!』


「お前敵なのか味方なのか分からねぇ奴だな!」


『ワシがお前の味方になるのではない!お前がワシの味方になるのだ!ワシの餌やりをこれからもやっていくには担い手としての適性を持つお前でなければならん、というかそもそも分かっとるか?ワシがここまでお前に入れ込んでやっていることの特別感を!ありがたがれ!ワシが味方する事の心強さが理解出来んか!ボケカス定食野郎!お気楽ハッピーセット!』


あーあー!こいつ喋るようになったら急に喧しいな!ぐちぐちぐちぐちと!


「ステュクス、どうしても私と戦うと言うの…でも私は───」


「だぁぁあああ!うるせぇぇええ!聞きたくない!テメェの話なんか今どうだっていいだろうが!!」


「ひぇ……」


「あ………」


ロアに対して怒鳴ったつもりだったのだが、偶然目の前のラヴの言葉と重なってしまった事に気がつく、やばい…なんかめっちゃ落ち込んでる。


「あ!違うんだよラヴ!ほら!こいつに言ったの!こいつ!」


「剣…?」


「そうそう!なんか急に喋るようになってさ」


「……………病院行ったら、頭の」


「え?いやいや!さっきから喋って…」


『伝え忘れておったがワシの声はお前以外には聞こえん、言ったろう。喋るようになったのではなくワシの声が聞こえるようになっただけと。あんまり大きな声でワシと喋ると精神病院送りにされるぞ』


先に言えよ…ッ!アホが…!へし折ってやろうか!


「くぅぅう!ともかく!ラヴ!俺はお前を止めるぜ!お前の為にもな!」


『これから会話は念話で行え、やり方は分かるな?』


(分からん!)


『それでよし!なら戦え!このバトルアイキュー1億6千万のワシが考えたスーパー完璧な計画を実行するのじゃ!』


クソ喧しい上にクソウゼェこいつが…ロアが考えた計画を反芻する。こいつは剣の癖してメチャクチャ頭がいい上に俺以上によくラヴの事を観察していた。まるで俺よりもずっと戦いの経験があるかのような歴戦のアドバイスは…俺さえ唸る程のものだった。


『来るぞ!』


「私は止まらない、私は…貴方と!『金乱閃』ッ!」


(ッ…マジで来た!)


飛んでくる無数の金の斬撃、これは早い上に重く星魔剣で防げば弾き飛ばされる威力がある。魔力を溜め込む必要がある今の状況では魔衝斬を使えないから防ぐ方法がない…と思っていたが。


『まずこの斬撃じゃが、普通に星魔剣で防ごうとしても弾かれる。それは星魔剣自体の威力が低いからじゃ、魔力を纏わせなければ普通の鉄剣と変わらんからな。だからこそ必要なのは威力…威力とは即ち『重さ』!つまり!』


「こっちを使えばいいんだな!」


「ッ…それは」


引き抜くのは腰の黒剣…愛用の鉄剣と間違えて偶然持って来てしまった修行ようのクソ重黒剣を引き抜き片手で金閃を払うと、飛んできた金の糸を逆へし折り、なおかつ吹き飛ばされることもない。


ハンマーのように振り回すからこそ、重たいからこそ、逆にラヴの攻撃を防げるんだ!すげぇぜロア!お前マジで頭いいな!


「これなら凌げる!」


「……忌々しい、けどそれは普通の剣だよね。なら…!」


『来るぞ!その黒剣は星魔剣と違って普通の剣じゃ!奴の覚醒や魔術の効果適用内!触れられれば溶かされるぞ!』


瞬間、ロアの言った通りラヴは黒剣を溶かす為に突っ込んでくる。金の閃光を無数に放ちにながら俺をその場に留め、一気に手を伸ばしてくる…けど。


『じゃが、逆に言えばそれは魔力事象…ならばこっちは』


「星魔剣で防げばいい!」


「っ…!?」


迫って来たラヴに向けて星魔剣を振るえば、咄嗟にラヴは手を引っ込め代わりに金の触手を伸ばし星魔剣を防ぐ。やはり…魔術自体は星魔剣で防げるんだ。


なら、物理攻撃は黒剣で。魔術は星魔剣で防げばラヴの猛攻を凌げるんだ!


『黒剣と星魔剣を使い分けて戦え!出来ないとは言わせんぞ!出来なければ死ぬだけじゃ!ぬははははは!死にも狂いで戦えーッ!』


「呑気だな…!」


けどこれで戦える。…ロアのアドバイスは的確で分かりやすく、かつ結果が見えやすい。まさかこんな機能があったなんて驚きだ、確かにこりゃあアストラの最終兵器になり得るな!


「ラヴッッ!こんなもんじゃ止まらねぇぞ!お前だって止まれないんだろ!だったら…」


「五月蝿い五月蝿い!私の気持ちも知らないで!!」


ラヴの意識の爆発に伴い足元の金が細かい糸のように荒れ狂い、無数の斬撃が飛んでくる…雨風に晒されるような猛攻の中、俺は黒剣を振るい凌ぐ…ただひたすらに凌ぎながら。


「『喰らえ』ッ!ロア!」


「……!?クユーサーの炎獄を…消した!?」


近くの炎に突っ込み纏めて火炎を吸い上げ魔力を溜める、ここにくる道中も纏めて吸い上げたけど…。


(ロア!足りそうか!)


『まだ全然足りんわ!ほれ向こうにもあるぞ!いやその前に敵の攻撃じゃ!凌げ!』


「チッ!」


まだ足りないか!仕方ない、攻撃を凌ぎながら兎に角炎を集めるしかない!


そう考えたステュクスは黒剣を片手で振りながら金の閃をへし折りラヴを迂回しながら別の炎の回収に向かう…。


「…炎を集めてる?…何かしようとしてる…、させない…ッ!」


しかしラヴとて愚鈍ではない、先程までステュクスが見せていなかった動きをしている…その事実を前にステュクスが何かを企んでいる事を悟り攻撃の手を強める。


「『金閃黄弾』ッ!」


「嘘ッ!斬撃に加えて弾丸まで…!」


『彼奴、お前を相手に全然本気出しとらんのう。いや本気は出していたが…無理はしていなかったと言ったところか。死の覚悟に片足突っ込んだ奴の攻撃は怖いぞ?こっからドンドン攻撃は苛烈になる』


(なんか他に方法はないのかよ!ロア!)


『無い!気合いで凌げ!覚悟に対抗出来るのは覚悟のみよ!』


とは言うが流石に黒剣だけでは防ぎ切れない、このままじゃ炎を回収するどころでは……ええい。


「だったら、覚悟決めるよッ!」


『あ!おい!覚悟とは言ったがお前まで死ぬ覚悟決めてどーする!まだ炎は集まっとらん!まだ突っ込むのは早いぞ!闇雲と英断を履き違えるでないわ!』


「ぅぉおおおおおおお!!」


攻撃を真正面から防ぎながら急旋回、ラヴに向かって突っ込みながら駆け抜ける。それを見たラヴは顔色を変えながらも攻撃の手は緩めず…。


「『黄金波濤』ッ!」


足元の床を溶かし海のように隆起させ柱を作りステュクスから遠ざかりながら金の斬撃を放ち──。


「ぅぉおおおおおらぁぁああああ!」


「なっ!?」


しかし、それこそステュクスの読み通りだった。ステュクスはそのまま金の柱に向かって突っ込み…向こう側へと突き抜けたのだ。


それによりラヴの背後に周り、その先にある燃え盛る壁に向かって星魔剣を突き刺し。


「炎を食え!ロア!」


『無茶をするのう、柔らかくなった金の壁にそのまま突っ込み背後に回ったか。軟化したままだからこそ突っ切れたが…硬化されたらその瞬間生き埋めだったぞ』


「けどなんとかなった、それでいいだろ…!」


『クカカ!オモロい奴じゃのう!然りも然り、度胸と大胆さで敵の懐を飛び越えて行け!『これはしてこない』と思う事こそをしろ!死中にこそ活がある!』


「師匠ぶんなよ!」


「この…ステュクスッッ!!」


「ッ…!」


しかし、その瞬間…ラヴは怒り狂い、拳を振るい大量の糸を束ねた斬撃を俺に向けて放つてくるのだ…これは防げねぇか!


「ぐぅぅっっ!!」


「自分から死にたいの…?貴方は何がしたいの…、分からない…私は貴方が分からない!」


「最初から、言ってる通りだよ」


黒剣と星魔剣をクロスさせ致命傷だけは避けるものの、背後の壁が崩れ後ろまで吹っ飛ばされ…、地面を転がりながらも金の波に乗るラヴを見上げて立ち上がる。


「レギナを守る!お前も守る!それだけだ!」


そう言いながら俺は剣を一旦床に差し、脱ぎ捨てる、身につけた防具も何もかも。傷と血だらけの上半身を晒し、再び剣を握る。


「どう言うつもり…?斬り殺されたいの………」


「どの道こんな防具役に立たねぇんだ、だったら錘にしかならねぇ…こうでもしなきゃ追いつけん!」


「貴方は…本当に、殺しを疎み他人の死を嫌う癖に、死すら恐れないなんて…どうかしてる」


「かもな、けど…命を惜しんでちゃ守れない物があるんだよ」


死が怖く無いわけじゃない、けど…いやなんだよ。もう誰かが死ぬのは。


エルドラド会談…レギナが国の未来を想って開いたこの会談で、あまりにも多くの人間が死にすぎた。俺の知ってる人間も…好きな人間も…その死の螺旋に飲み込まれ消えていった。


これ以上、誰かを死なせたくないんだよ。誰かが死ぬその時に…あの時何かをしていればと思うくらいなら!俺はこの命だって使ってその死を食い止めるッ!


「もう誰も死なせない!」


「そう、でも…私も…譲れないの!」


「ああそうだ!譲れないモンがあるから!俺達は戦うんだよな!」


迫る黄金の波濤、走り出すステュクス。互いに並走するように金の斬撃を放ち、黒の斬撃を放ち凌ぎ合う。夢の為、信念の為、譲れない物の為に走る…走る。


「ゔぉぉおおおおおおおあああああ!!!」


「ステュクス…!」


雨のように降り注ぐ金の斬撃、確かな意志を持ち一個人を破壊するため動く天災とも形容できる程の猛攻。その過程で炎を切り裂き吸収しながらステュクスは走り。


「あっ!?」


しかし、その隙を狙った金の閃光を星魔剣で受け止めてしまい吹き飛ばされ再び壁を突き破り押し飛ばされ…。


「ぐぅぅう!まだまだァァァア!!!」


しかし今度は倒れる事なく体を入れ替え地面の上を滑りながら剣を地面に突き刺し耐え凌ぎ、睨み返す。ラヴを…!


「ステュクスッッ!!」


降り注ぐ金の斬撃、一撃でも貰えば今度は即死確定の雨の中、ステュクスは一歩も引かず剣を振るい炎を払い、二本の剣を両手で操りながらラヴの攻撃を前に耐え凌ぐ。


『覚醒に必要とされる要因は三つ、体…肉体面の強靭さ、技…魔力などの術理に対する理解、そして心…精神力。この三つが揃わなければ覚醒の条件は満たせん、普通は体と技が伴いながらも心が足りぬ者が多くいるが…』


「倒れて!倒れてよ!ステュクス!」


「ぅぉぉおおおおおおお!!!俺は!引かねえぇぞ!ラヴッッ!!」


『驚いた物よ、この貧弱さでここまで強い心を持つか。寧ろ体と技を心で引っ張り耐え凌ぐとは…ぬはは!やはり人間とは面白い生き物よな!いや…面白いのはお前か、ステュクス』


今のステュクスとラヴの実力差は明白だ、身体能力でも技量でもラヴが勝る中…ステュクスは精神力一つで耐え凌いでいる。覚悟一つで劣勢を飛び越えている。


そして、それが出来るのが人間と言う生き物の強さ。そうさ、魔力や腕力などなくとも心持ち一つで凡ゆるを超えることが出来る。至上の天才の喉元に凡人が刃を突きつけることもあるのが人間。


それが理解出来ぬ程、ワシは野暮ではない。寧ろこの位階に立つからこそ精神力がもたらす影響の強さを知っている。魔女達のレベルに至った者達は誰もが知っている。


結局は信念…『諦めぬ心』こそが強いのだ、『挑戦の覚悟』こそが至上なのだ。だからこそワシも諦めぬのだ。だからこそワシも強いのだ。


『いいぞ、いい感じに集中しておる…魔力も十分、ではないが…』


ステュクスは既に魔力覚醒をするに値するだけの実力を持っているとロアは言ったが、実際には違う。理論上は可能な状態にあると言うのが正しい。


彼は心の部分は完璧に到達しているが、先も言ったが体と技がまだ不十分だ。だが戦いが激化し極限まで集中し肉体の持つ潜在的な力を完全に引き出した状態ならギリギリ許容点に到達する。


そして技…魔力面は、ディオスクロア内部に蓄えられた魔力を100%全て使い、外部から補填する事でこれもギリギリ許容点に到達…しない、それでも少し足りない。


故に…。


『ワシの積み立て分も使ってやるんじゃ!これが終わったらキチンと魔力を補充せえよ!なる早で!』


ロアが密かに蓄えていたヘソクリ魔力もブッ込む。これで全ての条件を強引に満たせた!さぁ見せてもらうぞステュクス!お前の覚醒…『ワシの力に長く触れたお前の覚醒』がどうなるか!興味深いわい!


『ステュクス!集中を切らさず聞け!』


「うぅぉぉおおお!!!お…お?」


双剣を手繰りながらラヴと渡り合うステュクスに語りかけるロアの声にステュクスの目がチラリと移る。


『今からお前を覚醒させる、しかも強引にな。それで如何なる副作用が出るかワシにも分からん、じゃが約束を守れよ』


「ああ…生き延びるんだよな」


ロアと交わした約束は一つ、『何があっても生き延びる事』。ロア曰くロアと交信が出来て尚且つそれなりの適性を持つ人間は稀らしく、こうして折角交信が出来るまでになったのにいきなり死なれたら困る…とのことだ。


『決して死ぬなよ、お前に死なれるとワシってば非常に困るんじゃ!…お前が死ぬとワシが『奴』の手に渡る、奴の手に渡るとワシ…困る〜!』


「分かった分かった!早くしてくれ…俺、死ぬ気ねぇから」


『よし、なら行くぞ…!距離を取れ!覚醒には一秒以上の溜めが居る!覚醒すれば力の使い方はある程度理解出来るじゃろうて!』


「詳しいな、剣の癖に!覚醒したこともない癖に!」


『じゃかぁしぃ!後…覚醒したらしばらくワシとは話せん、一人で決めろよ』


「ああ…!」


瞬間、ステュクスは剣を振るい周囲の斬撃の雨を弾き散らすと共に咄嗟に近くの柱を蹴り天へと舞い上がる。


「ッ…何を!」


それを目で追うラヴの、その隙を使い。ロアはステュクスの魂に一気に魔力を注ぎ込み…。


「ッッ…ぐぅっ!!!」


『ではな愛おしきまでの凡才、ちょっとだけの別れじゃ。若人の成長…見せてもらいわい』


その言葉と共に激烈な痛みが走る。ロアが無理矢理ステュクスの魔力に干渉し逆流する流れを作っているのだ。それを許容するだけの下地が整っているとは言え…未だ成熟しきっていないステュクスの魂はビリビリと引き裂けるように破壊される。


「ぅぐっ…ぶぐふっ!」


口から血が溢れる、魂と肉体は連動している。魂が引き裂ければ当然肉体も引き裂ける。その痛みの中…ステュクスはただ。


「ラヴ…俺はお前を止めるぜ、俺は…お前の友達だからな」


「ッ…!」


ラヴを想う、友を想う、今彼がここに立つのは全て…偏に、友の為なのだから。その心の強さが、魂を繋ぎ止め…引き起こす。


……魔力覚醒を。


「ぅ…ぉおおおおおおおおおおおおッッ!!」


溢れる魔力を必死に御し、彼の肉体が魂と同化し、彼自体が一つの魔力発生器と化す、魔力の源と化した彼の体は『ステュクス・ディスパテルの人生』と言う超極大の詠唱の末に一つの魔術を作り上げる。


それこそが…。


「させない…!」


させてはいけない、何をしているか分からないが許可してはいけないとラヴは無数の黄金の刃をステュクスに放つ…しかし。


「ッッ…どぉりやぁぁあああああ!!」


「な…!」


切り裂く…光を纏ったステュクスの一斬が、ラヴの刃を…。


そのままステュクスは大地に降り立ち、その姿を晒す…先程までとは変貌した、新たな姿を。


「これが…魔力覚醒、全然違う…『魔統解放』とは。やってみれば分かる…アレが紛い物で、本物とは違う人工物だと言うことが、そして…ラヴ、お前のそれも…やはり及ばない事も」


地面に降り立ったステュクスの姿を、ラヴの目線で見て、感想を述べるなら一言。


『神々しい』…とでも言うべきか。彼の細やかな髪の毛一つ一つが魔力と同化し白く淡い光を放ち、まるで水中にいるかのように揺らめいている。そして…瞳は魔力の影響で赤い光を激らせている。


そして、何より変わったのは彼の手に持つ剣。彼の影響を受けたのか…彼の手に持つ二本の剣は両方共に光が覆い。二本の光刃剣と化し彼の手元に収まっている。


まるで神のような威容…否。


(白い髪…赤い目…)


白い髪と赤い目、これはネビュラマキュラ家特有の物、自分と同じ…いや違う。


(もっと…『濃い』。これは元老院の始祖の間に飾られていた絵画の、ネビュラマキュラの完成形と同じ)


元老院が目指し続ける目的、それは始祖セバストス・ネビュラマキュラが提唱した『人間の完成形』へと近づく事。長い年月を用いてネビュラマキュラ家はその完成形に近づくべく、髪を白く染め、目を赤く染めて来た。


その原点を描いた絵画にそっくりだ、確か…その完成形の姿の名は。


(原初の魔女シリウス…、何故貴方がネビュラマキュラの理想を体現するの…!?)


ネビュラマキュラ家が目指す存在…今は忘れ去られた古の存在。原初の魔女シリウス…その姿とそっくりだったのだ。


「これで、お前を倒すぜを?ラヴ…、この魔力覚醒…『却剣(きゃっけん)アシェーレ・クルヌギア』で…!」


「ッ…う、うぁぁ…ぅあああああああ!!!」


…魔力覚醒『却剣アシェーレ・クルヌギア』…それこそがステュクスが辿り着いた答え。それは彼が長い年月をかけて積み上げて来た物の総決算。擬似覚醒とも背理覚醒とも違う本物の覚醒。


その力を前に咆哮を轟かせたラヴは金の閃光を雨霰のように放つが。


「ダメだぜラヴ…、もう…終わったんだッ!」


振るう、剣を。軽く腕だけを動かした斬撃…が炎を吐き出し金を融解させる。


「炎を出した…属性同一型…!?」


「違うなッ!俺の覚醒は───」


瞬間、ステュクスが加速し…一瞬でラヴの金の波の中に入り込み、内側から爆裂させる。今度は風だ、風を用いて加速したのだ。


これがステュクスの分類不能型覚醒『却剣アシェーレ・クルヌギア』の力。その効果は『奪取』。


それまでの人生を覆う程の出会い、星魔剣ディオスクロアとの出会いで彼の人生は大きく変わった。既にディオスクロアは彼の人生の一部となりその性質を受け継ぎ彼自身の一部となった。


それにより発生した奪取の力。それは一度吸収した事のある魔術を彼の魔力で再現することが出来る力。…つまり。


「まさか…魔術のコピー…!?」


「そうだ…よっと!」


「ッ!?」


クルリと空中を回転し地面に着地しようとしたラヴに合わせ、地面を叩くステュクス。するとラヴの着地した地面が歪み、沼のように足を拘束する。


ロード・デードだ。先程金の波の中に突っ込んだ時に魔術を吸収しその性質をコピーしたのだ。


「そんなの…あり…!?」


これにより完成したのだ、ステュクスが…否、星魔剣ディオスクロアの持つ『対魔術戦最強』の二つ名が。一度でも魔術を使い、それを受け止められた時点でステュクスはそれを詠唱無しで発動させられる。魔術を受ければ受けるほどに強くなる…それがこのアシェーレ・クルヌギアの真骨頂。


「クッ…もう、目の前なのに…邪魔しないでよッッ!!!」

 

「ッ……」


しかし最早止まれない、ここで何がなんでもステュクスを倒すと決めたラヴは足を拘束されながらも全力で背理・魔力覚醒をブーストし、部屋全体を歪めその全てを刃と糸と弾丸に変え…放つ。


「止めるさ、邪魔するさ、その先にゃ…何もないッ!」


だが止まらないのはステュクスも同じ、両手の光刃剣を広げ翼のように構えると…。


「ッ…炎が……」


周囲を覆う火災が、渦巻きステュクスの刃に収められていく。吸収の力も最大値も増幅しているのかあっという間に周囲の炎を全て消し去り…。


「『災火剣プレゲトン』…ッ!」


光の刃が赤く染まり炎を噴きながらステュクスは加速し、迫る刃を、糸を、弾丸を、焼き切りながら一直線に進んでいく。


止められない、止まらない、止まるわけがない。友を止める…その一心は魔力覚醒に関係なく、彼自身の物なのだから。


「ラヴ!お前がどんな覚悟で!どんな意志で!何を成そうとしているのか!その全てを慮る事は出来ない…けど!それでも!」


「ッッ……」


「俺は!お前と友達になったんだよ!ラヴがラヴだから友達になったんじゃない!お前がお前だから!俺は!!」


「ッ………私が…私だから…?」


一歩踏み込む、ラヴの領域にステュクスが踏み込む。その手の剣が炎を噴き…ステュクスの剣が光を一層強く輝かせ…。


「ッッ…『却斬レーテ・クルヌギア』ッ!」


「──────」


双斬…、クロスする形でステュクスの斬撃がラヴを切り裂き、破壊する。


その加速をスライディングで殺しながらステュクスはラヴの背後で剣を払う。そして切り裂かれたラヴは血を吐きながら倒れ……。


「……え?斬られて…ない」


否、血は出ていない、斬られてすら居ない。完全に斬られた筈だったのにその身には一切の傷がついておらず……。


「ッ…違う、これは…『魔力を斬られた』…ッ!?」


違う…違う違う、ステュクスが斬ったのは体ではない。魔力…魔力覚醒の方だ、アシェーレ・クルヌギアの奪取の力で一気に魔力を吸引し、ラヴの魔力と魔力覚醒を切除し奪ったのだ。


相手を傷つけず、無力化して見せたのだ…。


「どうして…、私を…」


「殺す気はねぇって、言ってるだろ…」


「…………」


膝を突き、倒れ伏すラヴ。魔力を一気に奪われ脱力し、これ以上戦い続ける力を失った彼女は今…ステュクスに敗北したのだ。


しかし命は奪われない、その気になれば魂さえも引き剥がせたのにそれをしなかった。それは…彼がそれを拒んだから。


ラヴを殺す事を、拒んだからだ。


「…本当に、殺さずに収めた………………凄いね、ステュクスは……」


そこにあるのは敗北感ではない、感服だ。何処までも彼は自分を貫き続けた…今さっき自分を持ったラヴとは、比べ物にもならないくらい重厚な自我を持ち、それを押して通したステュクスの姿に、ただただ彼女は感服する。


負けだ、完全な負け。実力差などひっくり返して勝利したステュクスにただラヴは頬を緩ませる。負けたのに、失敗したのに、もう後がなかったのに…心持ちは、こんなにも清々しい。


「…………もしかしたら、私は…最初からこうしてもらいたかったのかも」


「え?そうなの?」


「貴方なら止めてくれると信じたから、私は私を抑えなかった。自分の欲望を爆発させて…私は、私を見つめ直せた…のかも」


「そうか?ならまぁ…よかったかな、立てるか?ラヴ」


「……もう私は敵じゃないって言いたいの?」


「最初から敵じゃねぇよ、俺達はあの日出会った時から片時も変わらず」


膝を突き、手を差し伸べる。戦いは離別ではない、争いは終わりではない、ただ…ぶつかっただけ、それだけで変わるほどに浅い関係なら名前などつかない。そう…ステュクスとラヴの関係の名は。


「友達…だろ?」


ニッと微笑むステュクスの明るさに、すっかり毒気を抜かれたラヴは大きくため息を吐きながら脱力しつつ、まるでくすぐられたようにクスクスと笑い始め。


「ふふふ…そうだね。私は自分を元老院の指先だと思い込んできたけれど。違った…私は最初から私だった、それに気が付かせてくれて…ありがとうね、ステュクス…」


ラヴがラヴだから友達になったのではない、彼女が彼女だから友達になった。その真摯で真面目な人格にステュクスは惚れ込んで友達になった。そこに立場も何も関係ない、ただ目的が違ったから互いの為にぶつかっただけ、ステュクスは敵対したつもりはなかった。


「お前はお前だよ、元老院がお前の人生の殆どを支配していたかもしれない。けれど…心はお前の物だ。感じたこと、思ったこと、それらは全て…お前の物なんだから」


「そうだね…私は、私……」


そう目を伏せながらラヴはステュクスの手を取り、起き上がると共に、ヨロヨロとよろめきながら柱にもたれかかる。


「……でも本当にいいの」


「いいって、しつこいなぁ…」


「違う…、私を倒した事。貴方は…本格的に元老院に目をつけられるよ」


「構わねぇよ、寧ろ逆だ。俺が元老院に目をつけた、連中は許さねぇ」


「ふふふ、凄いね…」


「ふふっ、だろ?」


「なら…聞いてくれる?」


「なにを?」


「…………ネビュラマキュラの真実を」


「え?ネビュラマキュラの…真実ぅ?」


いきなり切り出された話にステュクスはキョトンとする、ネビュラマキュラの真実。そのは話を前にステュクスは仔細を聞き出す…前に、ラヴの真剣な面持ちを前になにも言う事なく。


「…ああ、聞かせてくれ」


つま先をラヴに向け、彼女の話に耳を傾ける。彼女はどうしてもこの話を俺にしたいようだと…そして事実その通り、ラヴは嬉しそうに微笑み…。


「貴方には知ってほしいの、私達ネビュラマキュラにかけられた呪いと…レギナ姉様を蝕む因縁を。きっと貴方は何も聞かされてないだろうから」


「呪い?因縁…なんなんだ、それ」


「それは────」


そこから切り出された話は、文字通りネビュラマキュラと真実と言うべき話だった。最初は何かの冗談かと思えるような内容だったが、それすら覆す程にラヴは真剣に語り続けた。


まるで、助けを求めるように。彼ならその呪いすらなんとかしてくれると信じて。ステュクスに託す、ネビュラマキュラの呪いを…。


「────嘘だろ…?」


「本当だよ…、だから…貴方にはお願いしたいの。レギナ姉様の事を、彼女はマレウスという国を救い、本気でネビュラマキュラの呪いを打ち払おうとしている。あの人は私を嫌ってるけど…それでもあの人がやろうとしている事は、私達ネビュラマキュラの落胤。そしてこれから生まれてくるネビュラマキュラの子供達全てを救う為なの」


「……………クソッ!マジかよ…!」


ステュクスは頭を抱える、とんでもない話を聞かされてしまった。それと同時に…。


「ありがとう、ラヴ…その話、聞かせてくれて」


感謝する、もしここでラヴが聞かせてくれなければ…恐らく俺は何も知る事なく生涯を終えていた。きっとレギナは…死んでも話さないだろうから。


「ううん、いいの…そして、これで私は元老院の裏切り者。行く場所…なくなっちゃった」


「ならウチ来いよ、一緒にレギナの護衛やろうぜ?レギナも元老院に敵対する身だ、丁度いいじゃんか」


「……いいの?」


「寧ろ助かるよ、お前みたいに強いのが一緒に居てくれたら」


「…助かる、私が助けてくれたら…嬉しい?」


「勿論、友達だからな」


ニッと笑うステュクスにラヴは…まるで溶けるような、温かな微笑みを見せ。


「うん、嬉しい…」


確信する、私は今ステュクスに助けられたのだと。例えレギナにならずとも…一緒にいることは出来る。彼の後ろに立つのではなく、隣に立って、一緒に戦えばそれでいいんだと。


そう思えばパッと世界が晴れて行く、この世界はラヴが思う以上に広く、ラヴが考えている以上に多彩で、多くの人がいて、多くの関係があり、人と人の付き合い方もまた無限にあるのだと。


なら何かに囚われる必要はない、ないんだと。


「よーし!なら…あ!ヤベッ!レギナは!」


「さっき見たら、中庭で敵に囲まれてた」


「マジか!ちょっと確認してくる!」


戦い終わった後だと言うのに、ステュクスはラヴを一旦その場に置いて即座に立ち上がり廊下へと戻っていく。


ラヴに勝つことが目的ではない、レギナを助けることが目的なのだ。これでレギナが死んだらなにも意味がない、だからステュクスは廊下の窓からレギナを見ると…。


「や、やべぇ…!」


中庭で繰り広げられていた戦いは、より一層激化していた。ウォルター達は傷つきながらも奮闘し続け息も絶え絶えになりながらもレギナを守る為、そしてステュクスの帰還を信じて戦い続けていた。


『うぅー!倒しても倒してもキリがないよー!』


『姉ちゃん!僕もう疲れたー!』


『持ち堪えろ!必ず!ステュクスは戻ってくる!』


『アイツが戻ってきたらこんなピンチなんとでもなるんだから!』


『ステュクスは…きっと、戻ってきてくれます!』


「みんな…!」


既に敵に囲まれこれ以上ないくらいのピンチだと言うのに、それでも俺の帰還を信じている。…みんな俺を信じてるんだ。


戻ろう!今すぐ!大丈夫!今は魔力覚醒もあるしあんな雑魚どもチョチョイのチョイだぜ!


「……ん?」


しかし、ステュクスは気がつく。中庭の向こうに見える分塔、燃え盛る分塔の頂上に、不自然に黒く鈍く…輝く光が…。


「なんだあれ……」


気になる、物凄く気になる、途方もなく気になる。そう思い目を凝らして…見てみると。


「ッッ…なんだあれ!」


そこにいたのは、銃を構えてレギナを狙う女の姿だ。まさかアイツ…あそこからレギナを狙撃するつもりか!


「どうしたの…?ステュクス」


「ラヴ!?大人しくしてろって!」


「なにがあったの…」


「狙撃手だ、狙撃手が分塔の頂上にいる!」


「……クレシダだ、ハーシェルの影随一の狙撃手。銃殺のクレシダ…!さっき見た…!」


「マジかよ!」


ここに来てハーシェルの影まで…!しかも狙撃手!?あの距離から狙撃出来る銃なんかこの世にあるのか!?…いや、あるからやろうとしてるんだ!


「アイツは実力は大したことないけど、狙撃の腕だけなら世界最高レベル…、この距離からでも確実に当ててくる…」


「チッ!させてたまるかよッッ!!ぜってぇレギナは殺させねぇぇええ!!!」


走り出す、分塔に向けて、全力で走る。クレシダをなんとかしなければレギナが殺される…!そう思い彼は一心不乱に走り出し───。


「元気だね、ステュクス…」


その場に取り残されたラヴは、やや呆れながらも微笑む。そうまでして彼はレギナを守りたいのだ。彼にそこまで想われているレギナに羨ましさを感じないと言えば嘘になるが、それでも今はただただ彼の在り方に眩しさを感じる。


…けど。


「これは、間に合わないよ」


間に合わない、既にクレシダは狙いを定めている。いくらステュクスが早くともクレシダの狙撃には間に合わない、レギナはクレシダに狙われた時点で終わりなんだ。


しかも状況は最悪、クレシダをなんとかしても既に囲まれたウォルター達は限界寸前、分塔からステュクスが戻ってくるまでに戦線は瓦解しレギナは殺される。レギナの死は確定している



…確定しているんだ……。


「でも……」


レギナは静かに窓に映る自分の顔を見る。元老院に歪められ…レギナそっくりに作り替えられたこの顔を。


「………私なら」


胸に手を当てる、自分のやりたい事はなんだ、…それはもう、決まっている。


今度は、嘘偽りない。ラヴとしてやらなければならない使命ではなく…私が私としてやりたい事が。


…………………………………………………………


「ゔぉおおおおおおおおおおおおお!!!」


走る、走る、走る、全力で走る。分塔を目指し走り抜ける。クレシダにレギナを撃たせてはいけない!絶対に阻止しなくてはいけない!


故に彼は廊下を切り裂き最短距離で分塔を目指す。


「ああ!アイツ!女王レギナの護衛だ!」


「ならアイツを殺して女王を誘き出そうぜ!」


しかし、道中にはジズの手勢が…。


「邪魔をするなぁぁああ!!!!」


「ぐげぇっっ!?」


一閃、剣の一撃で立ち塞がる手勢を吹き飛ばし彼は走り続ける。斬る、斬る、斬る、廊下を、壁を、敵を、一直線に分塔を目指して…。


「殺させない!絶対に!」


炎に包まれた黄金回廊へと辿り着き、炎を吸い上げ道を切り開く…すると。


「いてて…なんだあの化け物女…この俺が、一撃で…」


廊下の天井に穴を開け降ってきたフューリーが痛そうに頭を振るう。エリスに吹き飛ばされここまで落ちてきた彼は黄金回廊で体を休めていたのだ。


…すると。


「ぁぁああああああああ!!」


「ああ?ありゃあ…ステュクスか?」


こちらに向けて走ってくるステュクスを見て、フューリーはニヤリと笑う。


「丁度いいや!テメェで憂さ晴らしだ!お前を血祭りに上げてお前の姉貴に見せつけてやるぜ!俺を怒らせたらどうなるかを!」


両手を広げステュクスの道を阻む、こいつの強さは知っている。俺よりも遥かに弱い、こいつなら軽く捻れるとフューリーは牙を見せ笑うが…。


「おい待てや!ステュクス!ちょーっと殴らせろ!」


「うぉおおおおおおおお!!!魔力覚醒『アシェーレ・クルヌギア』ッ!」


「へ…?」


瞬間、ステュクスの体が光で包まれ飛翔、そのまま一瞬でフューリーの頭上に移動し────。


「邪魔じゃッボケェェェッッ!!!」


「ごぼがぁはぁぁっっ!?」


叩きつけられる、拳を。光を伴った拳の一撃を上から叩きつけられその衝撃で黄金回廊がボッキリと中頃から割れ、その断層に殴りつけられたフューリーが落ちていく…。


「お、俺が…ステュクス…なんかに………」


落ちていくフューリーに目もくれず、ステュクスは魔力覚醒を維持したまま折れた廊下を見つめ…。


「っ!しめた!このまま上に上がれる!」


廊下が折れたおかげで頂上が見える!魔力覚醒を使っている今なら!あれが出来る!


「ッッさせねぇ!レギナは死んでも殺させねぇぇえええええ!!」


飛び上がり壁に張り付きそのまま壁を駆け上がる。以前姉貴と戦った時偶々吸い込めた風の魔術。『旋風圏跳』だったか?古式魔術だからか姉貴程完璧に空を飛べるわけじゃないけど加速は出来る。


そのまま風を加速に使って壁を駆け上がる…レギナを守る為に。


「アイツは…!アイツは…!失っちゃいけないやつなんだ!」


空を見上げる、レギナを思う。彼女は失っちゃいけない子なんだ。どこまでも真摯にマレウスを思う姿勢と危険を顧みずに飛び込むあの覚悟は、全てに…偏に、国の為…俺達国民の為なんだ。


そうさ、俺はレギナの姿に憧れを覚えたのさ!いくつもの夢を諦めて、惰性に逃げた俺と違って夢を諦めず、戦い続けるあの子の姿に俺は憧れた!俺にもう一度戦う道を示してくれたのがレギナなんだ。


だから…支える!誰かの為に自分を守らないレギナを!俺が守らないでどうするんだ!国を支えるレギナを!俺達が支えないでどうするんだ!国の為に戦うレギナを!俺達が守らないで…誰が!


「レギナぁああああああああ!!!」


レギナを守る、その一心で彼は天にまでの届く塔を最速で駆け上がる。まだ慣れない覚醒と許容しきれない加速と戦いの疲れに手足が千切れそうになりながらも駆け上がる。


全ては、レギナの夢見る世界のため─────。







「きっひっひ〜ッ丸見えぇ〜!」


狙撃の魔眼を完全解放し使用して行う超々遠距離狙撃を可能とするのが銃殺のクレシダの真の力。塔の頂上で巨大な銃を構えながらクレシダは舌舐めずりする。


丸見えだ、中庭にいるレギナの顔が、不安そうに周りを見ている。狙いは完璧…後はタイミングだけ。


「………もうすぐ」


歴戦の直感からクレシダは風を読む、邪魔する風が無くなったタイミングで……。


「ッ…来たッ!死んでよォーッ!女王サマーーッッ!!」


終わりを告げる引き金が鳴り、機構が炸裂し、火を噴きながらただ一発の鉛玉を発射するためだけに世界を切り裂く音を鳴り響きかせる。


この銃声は世界を越える鬨の声。レギナが死んで世界が変わる、ハーシェルが変える、その全ての始まりを告げる福音。


轟音を上げ音速を越え、放つ、銃弾を。それは一瞬で視認できる速度を超え不可視にして不可避の飛翔によって一気にレギナに迫り。



命中して…ッ!?


「外れた!?いや当たったか!?」!


一瞬、レギナが草むらに飛び込んだように見えたが、だがこの狙撃の魔眼は確かにレギナの『顔』を見た、銃弾に貫かれる……レギナの姿を。


血が撒き散らされ、倒れるその姿を、当てた…急所に!当たった!確実に!殺した!絶対に!


「ヒャ〜〜〜ハッハッハッ!当たった当たった!うひひひひっ!やったよぉー!お父様〜!暗殺成功〜〜!げひひひひ!」


当たった事を確信したクレシダは中庭から目を外し銃を立てて勝鬨を上げる、そしてそのまま遠距離通話機構で父に向け連絡を行う。


『レギナ・ネビュラマキュラは死んだ』…と。




「クレシダぁぁあああ!!」


「ッ!?誰ェッ!?」


瞬間、塔を登り切ったステュクスが頂上に飛び乗りクレシダの姿を確認し…その銃口から昇る硝煙を見て…。


「テッ……テメェぇぇえええええッ!!!!」


「なんなんだよテメェ!誰じゃボケェッ!!!」


クレシダは勝利の余韻に浸る暇もなく牙を剥き咄嗟に懐から拳銃を抜いてステュクスに向けて放つが、顔を傾け銃弾を回避すると共に、拳に光を集め…。


「こンの…クソボケ野郎ぉぉぉおおおおおおッッ!!!」


「グッッッ!?!?!?」


叩きつける拳、全身全霊…文字通りステュクスの身に激る全ての怒りを込めた拳でクレシダを殴り抜き、地面に叩きつけ…割る。この巨大な分塔を丸ごと叩き割りながらクレシダの顔面をぶち抜く。


「ッッはぁぁああ…ッ!?」


「ッ…レギナ…!レギナぁぁあああああああああ!!」


崩落し崩れ行く塔の上からステュクスは見る…中庭を、そこには血を流し倒れるレギナの姿が……いや。


いや…違う、ここからでも分かる。


あそこに居るのは…なんで、どうして…どうしてお前が…ッ!


「あれは……ラヴッッ!!!!」


…………………………………………………


「お、おい、女王レギナが死んだぞ」


「ありゃあ狙撃か?チッ、何処かの誰かに先を越されたか…」


「仕方ねぇ…次の目標だ、貴族達を探すぞ」


「こんな城、とっとと抜け出そうぜ」


中庭では、突如として飛来した銃弾により体を射抜かれ倒れ伏したレギナを見てジズの手勢達が諦めたようにため息を吐き次々と手を引き立ち去っていく。あれだけ猛烈な攻めを見せていたのにレギナが死んだと見た途端…全員がその場を去っていくのだ。


これによりウォルター達はなんとかギリギリで生き残れたか…?違う。


「レギナ!」


「レギナさん!!」


「しまった…狙撃か、それほどの精度を持った銃を用意できていたとは、不覚だった…」


皆が駆け寄る、倒れ伏し、胸から血を流すレギナに…。守れなかったと表情を暗くしながら…しかし。


「ち、違います!私は無事です!」


「え?レギナ…?」


しかし、死んだと思われたレギナは草むらから這い出てくるのだ。ならここで倒れているのは誰なのか、ウォルター達が首を傾げるよりも前にレギナは倒れ伏すレギナに…いや。


「ラヴ!何故あなたが私を!」


「レギナ…姉様……」


ラヴの手を取る。撃たれたのはラヴだ、撃たれる直前に飛び出してきたラヴがレギナを草むらの中に突き飛ばし身代わりに撃ち抜かれたのだ。これによりクレシダはレギナを殺したと思い込み、手勢達もレギナ達から手を引いた…全てはレギナと見紛う程に瓜二つなラヴが身代わりになったから…。


レギナが死んだから、全員が手を引いた…影武者とも知らず、レギナの死を確信したから。ウォルター達から手を引いたのだ。


「なんで…なんで貴方が!」


「……助ける…為、助けたら…喜んで…くれるから」


「え……?」


「レギナ姉様は…私達…ネビュラマキュラを、助ける為に…一人で戦って…くれてるんだよね……」


「………ええ、そうです。ネビュラマキュラの悪習は、もう断ち切るべきなんです…もう、誰も死んではいけないんです、犠牲になってはいけないんです、なのに…」


「…なら、私を最後にして…」


「え?」


「私も本当ならあの継承の儀に参加して、そこで死ぬ予定だった…それが偶然生き残っただけ…、私も…他の兄妹のように、死ぬ予定だった」


「違う…違う!誰にも!貴方の死を決める権利など!」


「うん、だからこれは私が選んだ結末…。私は…姉様の作る新たな世を生きる権利が無くとも、その足場になれる、ネビュラマキュラの…未来の為に、私は私の命を使う…だから」


「……ラヴ…」


「私で、最後…犠牲は、これで…終わり。もう誰も…死なない」


「ッ最後になんて…カリナさん!治癒を!」


咄嗟にカリナに目を向けるが、カリナは目を背ける。無理だからだ、ここまで深い傷は治せない、苦痛を長引かせるだけだ。こんなの古式治癒魔術…いやそれこそ死者蘇生でもない限り、無理だ。


それを悟って、レギナは涙を流し…すぐにそれを拭う。


「ッ……グッ!……はい、はいッ!ラヴ…誓います、貴方に誓います。この国を守り…ネビュラマキュラの未来を照らすと、だから…ゆっくり休みなさい。王として…貴方の献身を永遠に、伝えます」


「…よかった……」



『ラヴッ!!おい!ラヴッッ!!』


「ステュクス!ラヴが!」


すると、分塔からここまで飛んできた…否、落ちてきた彼が駆け寄ってくる。彼もまた凄まじい傷を負っているものの、それさえ無視してここに駆けつけたのだ…そしてラヴの手を取り。


「お前!なんて事を…!」


「守ったよ…レギナ姉様を…えらい…?」


「ッッ!それでお前が死んでちゃ意味がねぇよ…!」


「泣いてくれるんだね…私の為に、…ステュクス」


「当たり前だッッ!!」


手を握り締め、ボロボロと涙を流した彼は冷たくなり始めたラヴの手を更に握りその死を否定するように必死に握り続ける。


「ごめんッ…ごめんなぁ…ラヴ、俺…お前を守れなかった…!」


「違う…」


「え?…」


「違うよ、ステュクス…私は、ラヴじゃない」


そういうと、ラヴは最後の力を振り絞り、痺れ始めた顔を必死に動かして笑みを浮かべ。


「ラヴは元老院がつけた名前、本当の名前じゃない…」


「なら、お前の本当の名前は…」


「…リベラティオ…ティオって、呼んで?お願い…呼んで、欲しいの」


彼女の名前はラヴではない、ラヴは支配の象徴…元老院の支配から抜け出し、解放された彼女はもうラヴじゃない、だからこそ名乗る…本当の名前、彼女が持っていた彼女だけの名前。


リベラティオ…それが彼女の名前だと、伝える。


「リベラティオ…それがお前の名前なんだな…」


「うん、ようやく…あなたに名乗れた」


「ああ…ああ!ティオ!ティオ!…俺はお前と友達になったんだよ、ティオ」


「うん…うん…ありがとうステュクス、だから…」


必死にその顔を、声を、姿を、名前を、焼き付ける。ステュクスは彼女の全てを自分の中に刻み込み、抱き抱え…抱きしめる。決して失わないように、記憶の中に留めるように、絶対に忘れないように…。


そしてティオは…口を震わせ。


「お願いね、レギナ姉様の事を。もう…私みたいな子を作らないで」


それが、約束だ。友達との…最期の…。だからステュクスは涙を拭う、せめて最後に見せるのは。


「ッ…ああ!任せろよ!お前の心も一緒に!連れていくから!」


笑顔であるべきだと、ステュクスは精一杯笑う。それを見届けたティオは最早悔いはないとばかりに、力無く天を見て。


「…良かった、生まれてきて…貴方と、出会えたから」


「…ティオ……」


「うん、私の…友達───」


「ティオ…ティオ!!」


抱きしめる、抱きしめる!呼びかける…けど。もう……。


「ティオ………」


項垂れる、それと共にカリナ達も口を手で覆う。覚悟を見たから、一人の少女の凄絶な覚悟を見たから。何かを守る…守り抜くことの厳しさと、その凄まじさを。


「ティオッッ!!!!」


天に吠える、俺はここに居ると吠える。せめて…天から見つけられるように。


失ってしまった友達の、失われぬ想いを抱いたステュクスは、雨のように涙を地に落とし…慟哭するのであった。


死に塗れた黄金の都。多くの人々を飲み込んだ死の螺旋を前に…ステュクスはただ、吠える。空中戦艦によって暗く閉ざされた天へと。


………………………………………………………………………


「あ、姉貴?」


「デズデモーナ…?」


エアリエルは目を細める。これからメルクリウスにトドメを刺そうと言うタイミングで訪れた妹…デズデモーナの来訪に、間の悪さを感じ少々苛立ちを覚えた。


「今私は仕事中です、報告等は後にしなさい」


「姉貴…」


デズデモーナから目を逸らし、再びメルクリウスに視線を向ける。メルクリウスは古式錬金術の使い手であり体内に極大の錬金機構を二つも取り込んでいる半ば人外に等しい存在。今はまだ覚醒の途上とは言えその力が覚醒すればこの盤面すら覆し兼ねない。


錬金術は全ての魔術系統の中で最も広い効果適用範囲を持つ魔術、それを潰すのに少しでも時間をかければ…よくない結果を招く。


「姉貴…姉貴」


先程から譫言のように呟くデズデモーナに少しだけ思考が割かれる。そういえばコイツは…何故ここにいるんだ?と…。


デズデモーナは今地下迷宮の一室で魔女の弟子を迎え撃つ仕事をしていたはず。魔術を封じる部屋に閉じ籠り魔術を封じられた魔女の弟子を倒す…、デズデモーナにとって最良の条件を揃えた以上、彼女はそこにいるべきだ。


なにせ無限に回復し続けるデズデモーナを魔術無しで倒せる者などいないからだ、これを倒せるのはラグナ・アルクカースくらい…私の見立てではネレイドにも不可能。当然他の奴らにも出来ないだろう。


なら何故部屋を離れた?


(そういえば先程、デズデモーナの待機している部屋の付近から巨大な魔力を感じた、前触れなく突発的に現れた謎の魔力…あれはなんだった?デズデモーナはあれに対処したのか?)


まさか不測の事態が起こり、それに対する報告なのか?…妙に気になる。仕方ない、メルクリウスも重要だが今はデズデモーナの話を聞くとしよう…。


「姉貴…」


「デズデモーナ、貴方は一体ここで何を…」


扉を開きこちらに向かって歩いてくるデズデモーナに再度視線を向けると…。


「姉貴…だ、だずげ…で……」


「ッ…!?」


倒れ伏す、私の前まで歩いてきたデズデモーナは血塗れの決戦装束と体を引きずって、私の目の前で倒れ伏したのだ。


…何が起こっている、何故デズデモーナが倒れている。というか何故デズデモーナが傷ついている、体内に無限治癒魔力機構を備えるデズデモーナが何故…。


いや、まさか…負けた?


「チィッ!」


瞬間、エアリエルはメルクリウスに向けたナイフを引っ込め…その場から飛び退き避難する、何から?決まっている…『ヤツ』からだ…ッ!


『ェァァァアアリエゥッッ!!!!!』


「やはり…生きていたか…ッ!」


そしてエアリエルが飛び退いた瞬間の事だった、突如として天井が崩落し…否、上層の床をぶち抜いて飛んできた拳が地面に突き刺さり網目状にヒビを広げ大地を砕く。


上から飛んできた何者かが…、攻撃を仕掛けてきたのだ。そしてそのシルエットと先程響いた獣の如き咆哮から考えるに、その正体は…。


「エリス…ッ!」


「エアリエルゥッッ!!」


エリス、孤独の魔女の弟子エリス。空魔の館から外に叩き落としたエリスが…再び私の前に現れた。空を飛べるが故に念入りに意識を奪っていたはずなのに、まさか地上に落ちるまでの間に意識を取り戻し、その上で防壁と防衛砲台を突破して復帰してくるとは。


「テメェ…ッ!エリスだけならまだしも…メルクさんまで傷つけて…!何処までエリスの友達を傷つければ気が済むんだ!」


バチバチと迸る魔力を滾らせながら、崩れた大地の上に立つエリスと睨み合う。その上で考える…デズデモーナが何故やられたのか。


先程も言ったがデズデモーナには魔力機構が…いや、まさか。


(…やはり、体内の魔力機構が残らず破壊されている)


─────空魔の館に乗り込み、デズデモーナとの戦闘を開始したエリス。魔術を封じられたエリスがどうやってデズデモーナを倒したか。


単純だ、ゴーレムを破壊するのと同様に魔力を流し込み体内の魔力機構を先に破壊したのだ。一度目の戦闘でデズデモーナの治癒力の正体に気がついたエリスはメグから魔力機構の破壊の仕方を習い。それをそのまま実戦で使っただけ。


殴りつけると同時にデズデモーナの体内に魔力を流し込む。魔封石で魔術は封じられているが、体内から体内へ魔力を経由する事自体は封じられていない。故に魔力機構の破壊自体は可能。


魔力機構を破壊し、デズデモーナの治癒力を奪った後は簡単だ。真っ向からデズデモーナを殴り倒し、彼女が許しを乞うまで殴り続け、生き地獄を味合わせた後…。


エアリエルのいる部屋を聞き出しそこまで引き摺り囮に使った上で強襲を行った、最初からデズデモーナなんか眼中にない。エリスはエアリエルをぶっ飛ばす為に地上から天空まで這い上がって来たのだから。


「…フッ、懲りずにまた戻ってきて…私に勝てるつもりか?」


「つもりじゃない、勝つんだよ…ッ!でもその前に」


そういうなりエリスはエアリエルに警戒を向けたままメルクリウスの元に向かい。


「大丈夫ですか?メルクさん」


「ッ…すまん、エリス…力不足の己が憎い」


「いえ、メルクさんは十分やってくれましたよ…後はエリスがやります」


「ああ…なら、気をつけろ。奴の攻撃にはモーションがない、待ち構えていたら奇襲を喰らう…、影だ…影を見るんだ」


(また影か…)


メルクリウスもまたエアリエルと戦い、そして一切の抵抗をする事なく敗北した。その過程でエアリエルが見せたのは…いや見せなかったのは、攻撃の前兆となる『モーション』。


筋肉の動きや詠唱などの事前動作が一切なく、一瞬で斬撃が飛んできたのだ。その刃の雨の中メルクリウスが見たのは…影。


エアリエルの足元に浮かぶ影が、不規則に動くのを見た。それが魔術由来かそれ以外かは分からないが、それでもせめてエリスがエアリエルに勝てるようにと分かっていることの全てを話す。


「分かりました、ありがとうございます…立てますか?」


「足の腱を切られた…だが、錬金術で応急処置をする、少し経てば…歩けようにはなるはずだ」


「分かりました…なら、エリスは行きますね」


「ああ、…エアリエルは強い。だが…お前なら勝てる、信じているぞ」


「信じてくださいな!」


「……………」


そして、エリスは立ち上がりメルクリウスから離れ、再びエアリエルと向き合う。空魔の庭でエリスと戦い、ここでカゲロウと戦い、メルクリウスと戦い…三度の戦いを経て未だ無傷のエアリエルと。


「今から私と、やるつもりか?」


「無論です、お前をぶん殴って…そんでもって共振石をぶっ壊して、ペイヴァルアスプを止めるッ!」


「やれるものならやってみろ…!」


「上等───」


踏み込む、強く強く地面を踏み。風を纏って拳を握り…。


「だぁぁっっ!あぁっ!?」


飛び込むように拳を放つが、既にそこにエアリエルは居らず…。


「こっちだ」


「ッッ…!」


その瞬間、空を飛びエリスの背後に回ったエアリアルが振り向き様に蹴りを放ち。


「ぐぅっ!まだまだァッ!!!」


蹴り据えられ吹き飛ぶエリス、が足先だけで踏ん張り再びエアリエルに向かい拳を振るう、蹴りを繰り出す、怒涛の猛撃を繰り広げる、しかし。


「安直、愚直、鈍足にして鈍重。あまりにも単純な動きだな…魔女の弟子」


「くっ!?」


当たらない、滑るような巧みな動きでエリスの攻撃を全て避け切ると…。


「第一に攻撃に殺意が乗っていない」


「ぐほぉっ!?」


飛んでくるエアリエルの拳がエリスの鳩尾を突き、思わずよろめき後ろに下がる。その瞬間エアリエルは動き出し。


「攻撃とは、素早く、コンパクトに、合理的に、そして最小限で最大限を生み出す物。数字と数式で表せる程に合理を突き詰め極められた空魔の暗殺術の前では、場末の喧嘩殺法など児戯に等しい」


「くっ…うっ!」


叩き込まれる、鋭く突くような拳と鞭のような蹴りがエリスの防御を抜いて全て命中する。エリスが完全に殴り合いで負けている、その技量一つとっても…完全にエリスを上回っているのだ。


「断言しよう…お前は私と戦っても、一つの攻撃すら当てられず敗北すると」


「ぐぁっ!?」


そして繰り出される掌底に、吹き飛ばされ地面を転がり倒れ伏す。


そのあまりの強さに、驚愕する。完全にレベルが違う、他の空魔とは立っている領域どころか…次元が違う。その全てが完成されており、完璧に近い動きをして見せるのだ。


これが次代の空魔と呼ばれた…エアリエルの実力。ジズに次ぐ…ではない、既にジズと同格といえるまでに高められたその強さ…。


「おほん、では実力差も分かったでしょう。今なら見逃してあげましょう…それとも、貴方の友達を戦いに巻き込みたいですか?」


「ッ…!」


向けられる、エアリエルのナイフが倒れ伏すメルクさんに。このまま戦えば次はメルクさんも巻き込むとエアリエルは言うのだ。


「ッ…エリス!私に構うな!」


「次貴方が私に向かってくれば、容赦なく首を落とします。どうしますか?」


「………お前…、いえ…分かりました」


「エリス!やめろ!私はお前の足手纏いになんてなりたくない!」


「いえ、仕方ありません…メルクさん」


「ッ……」


人質に取られては仕方ないとエリスはメルクリウスを抱えて立ち上がり、一目散に部屋の扉の方へ向かい、廊下の彼方まで消えていく。


「……フンッ」


その様を見届けたエアリエルは鼻を鳴らし、機械に取り付けられた時計を見る。ペイヴァルアスプのチャージが完了するまで残り三十分。それで全てが決まる。


だからエリスを逃したのだ、時間が少なくなれば奴らも焦る…その時間を使わせる為に。あの距離まで逃げ、安全な所まで行くのにかかる時間は二十分強、そこから高速で戻っても五分。


残り五分で私を倒せるわけがない。残り時間の少なさで焦ったエリスを殺すことなど容易い、全てが終わった後魔女の弟子達を一人一人始末すればそれで良い。


「後三十分で全てが終わる」


父様が目指した、理想の世界の入り口まで残り三十分…嗚呼、今から待ち遠しい。全てが消え去るのが今から───ッッ!


「ッッ!?なんだ!」


瞬間、エアリエルは振り向きながら顔を横にずらすと…背後から飛んできた何かが頬を掠める。それにより一筋の擦り傷が出来、エアリエルの正面にある機器に突き刺さる。


これは…石塊…?


「おや?攻撃は一発も当たらないのでは?」


「ッ…エリス!?」


そこにいたのは…エリスだった、恐らくここを出る時さりげなく持ち出した瓦礫を投げつけたのであろうモーションを見せたまま、エリスが不敵に笑う。


先程部屋を出たはずのエリスが、何故ここに。戻ってくるのが早過ぎ──あれは。


「まさか友を…外に落としたのか…?」


廊下の奥を見れば、そこには巨大な穴が開けられており。そこから外に…空に繋がっているのが見える。まさかあそこに友を落として離脱させた?…馬鹿な。


「メルクさんを外に落として離脱させました。錬金術を使えば着地出来ると…その言葉を信じたので」


「外には護衛用の艦砲がある、艦砲の餌食だぞ」


「それ、全部壊しときましたから」


「……………」


チラリと機器を確認すれば、確かに艦砲が動いている気配はない、まさか全て破壊しているとは…。


「それで?さっき言ってませんでした?『お前の攻撃がドウタラ〜』って…エリス記憶力が良くなくて分かりませ〜ん」


「ッ…お前……」


「今のだって立派に攻撃です、そしてその頬には傷…次はこの拳がお前の顔面をぶち抜く、断言しますよ」


「……そこまでして、死にたいか…」


「ええ、ここまでして…お前をぶっ飛ばしたいんだよッ!」


構えを取る、エリスとエアリエル。互いに残った最後の戦力…エルドラドとそこにいる全ての人達の命を懸けた、最後の戦いが今…幕を開ける、

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