528.対決 運命の奴隷ラヴ
………一日目夜
「スタジアムに爆弾?…お前見ていたのか?一体何処で…」
「いいから答えて、ラエティティア」
「……………」
一日目の会議が終わり、次の日に備える夜。ラヴはラエティティアを問いただしていた。内容は彼がしでかした事への糾弾。
ラエティティアはハーシェルの影と繋がっていた、そんな話は聞いていないとラヴは激しく怒り彼の自室を訪ねて猛抗議をしたのだが、ラエティティアは憮然と椅子に座ったまま不敵な笑みを浮かべ。
「なに、保険さ」
そう言うのだ。保険だと。
「保険?」
「ああ、君は女王レギナの暗殺が役目、そして我らはその補佐の為にここにいる。そうだね?」
「…うん」
元老院から授かった使命は『女王レギナの暗殺とすり替わり』。故に女王レギナは殺さねばならないし私は彼女と入れ替わらなければならない。そこは合っている、正しい。
「だが相手は仮にも一国の王だ、いくら最終日に騒ぎを起こしてその最中で暗殺を遂行すると言っても成功確率は不安定、何よりあの魔女大国の王達も油断ならない、もしかしたらこの計画自体、遂行前に達成不可能になる可能性もある」
「だから…ハーシェルの影を使ったの?」
「そうだとも、彼等はプロだしね。一応確認の為に聞いておくが君は殺しのプロかい?世界最高峰の腕を持つ殺し屋達よりも完璧に仕事を達成出来る自信は?その根拠は?プロセスまで細かく解説してくれるとありがたいんだが?」
つまりラエティティアは、私だけでは女王暗殺には事足りないと言いたいだろう。私だって殺しの経験くらいある、けど流石にハーシェル達に比べれば劣るだろう…けど。
「煙に巻こうとしないで、なんでスタジアムに爆弾を設置したの」
「そこが一番安全だからさ、城の中で爆破させようとしたら発見の可能性があるし何よりもしかしたら使わない可能性もある、だから一応仕掛けるだけ仕掛けて機を見据える為さ」
「あそこに爆弾を仕掛ければ、関係ない人間も死ぬ」
「今更君が道徳を語るなよ、人を殺す為にここにいる奴がさ」
「そうじゃない、道徳の話をしてるんじゃない…もし貴方がスタジアムを爆破するなら、私は貴方を止めなければならない」
これは『無辜の人が死ぬから』とか…そう言う話をしているんじゃないんだ。スタジアムを爆破することが許されないと言う話をしているんだ。
だがラエティティアは話にならないとばかりに首を振り。
「なら答えは君次第とだけ言っておく。スタジアムの爆破は既にプランのうちの一つとして行動を開始している。これが嫌ならキチンと仕事しなさい?」
「そう……分かった」
ラエティティアは嫌な奴だけど、協力者だと思っていた。けれど残念だ、まさか…叛逆者だったなんて。
「え?お、おいラヴ…何をして」
「死んで、叛逆者」
「は?え?叛逆者?なんで?私がッ────」
懐から引き抜いた銃をラエティティアの眉間に突きつけ。躊躇なく引き金を引く、それにより彼の頭は吹き飛び、血と脳漿が地面にぶち撒けられる。
頭がいい人だと思っていたんだが、まさかこんな馬鹿だったなんて…殺されて当然だ。
「…………報告に行かないと」
そして私はそのまま銃をしまい、ラエティティアの自室の奥。タンスの横にある壁のタイルを押して、この部屋に仕掛けられた隠し通路の扉を開く。
ベッドの下、その床が抜け下に続く階段に変わるのだ。私はベッドの下に身を押し込み、現れた階段を降っていく。
ラエティティアは許されぬ叛逆行為をした、スタジアムの爆破は絶対に許されない行為だ。それは多くの死人が出るからではない、スタジアムの地下に…『それ』が存在するからだ。
数十分にも及ぶ深い闇の階段を降り続ければ、それは現れる。
「………元老院」
光さえ届かない遥か下層…、エルドラドの地下の地下の、更にそのまた地下には一つの巨大な宮殿がある、青い葉をつける黒い枝葉に巻き付かれた巨大な漆黒の宮殿があるんだ。
この宮殿の名前こそ元老院議会場…、所在不明とされる元老院の居場所は、エルドラドの地下に存在していたのだ。
「…………」
ロレンツォ・リュディアが今の地位を得たのは莫大な金を元老院に貢ぎ、彼等の金蔓となったからだ。その過程送られた過去最大の献上品こそがこのエルドラド。ロレンツォは自らが生まれた故郷をエルドラドに作り替えたと言う偽りの過去を吹聴しているが真実は違う。
ロレンツォは元より王都サイディリアルの生まれだ、辺境の地でなんか生まれていない。なら何故ここをエルドラド建設地に選んだか?それはここに最初から元老院があったからだ。
正確に言うなればこの地の地下にマレウス元老院があった、それを覆い隠すように上からエルドラドを作り、効率良く元老院を補佐しマレウス運営を行い、そして彼等の存在を包み隠す為にエルドラドを作ったんだ。
当然この事実はトップシークレット、元老院と直接面識がある人物しか正確な場所は知らない…だからきっとラエティティアはここに元老院があることを知らなかったのだろう。
だが、例え知らなかったとは言え許される事ではない、元老院の所在は正確に言えばゴールデンスタジアムの真下にある。そこを爆弾で吹き飛ばせば地盤が崩落し下にいる元老院にも危害が及ぶ。
元老院に危害を与えるならそれは叛逆者だ、叛逆者は死ななければならない。
「…けど、ハーシェル達がそれを知らないわけがない。彼等もかつては元老院の刺客として動いていた。なら…」
ジズ・ハーシェルとその影達が元老院の場所を知らないわけがない。元老院とマレフィカルムは協力関係にあるはずなのに…何故コーディリア達はスタジアムを狙うような真似を…。
(まさか……)
ハーシェル達は最初から元老院を狙っていた?レギナを狙うと見せかけ、ロレンツォを狙うと見せかけ、その本当の狙いは…元老院?
つまりジズは…マレフィカルムと元老院双方に弓を引こうとしていると言う事か。
(……ん)
ふと、宮殿に入り廊下から視線を少し移すと、一つの閉ざされた扉から光が漏れていることに気がつく。チラリと中を見てみるとその中で…レナトゥス様が元老院への報告を纏めていた。
彼女は元老院に向かうからエルドラド会談には出られない、そう言う建前で彼女はエルドラドに来ることはなかった。けど実際の所…彼女は誰よりも早くからエルドラドに入り、会談が終わるまでここに詰めている予定だった、なんて事はない…レナトゥスも最初からエルドラドに居たのだ。
けれど外に出るわけには行かない、元老院の所にいるはずの彼女が今姿を見せればそれだけ元老院の所在がバレる可能性がある。だから彼女は会談が終わるまで外には出られないのだ。
あの宰相レナトゥスがただ元老院の場所を教えないためだけに一週間以上こんな地下に監禁されるとは、だが彼女もまた元老院には逆らえない。
(レナトゥス様も私と同じ…、元老院に拾われ育てられた人間。今の立場も名前に至るまで全てを元老院に与えられた彼女は元老院に逆らえな──)
「誰だッ!」
「………」
いきなり、廊下の直中で声をかけられキュッと口が引き締まる。びっくりした…。
「お前は…レギナ陛下、ではないな。影武者か何かか?」
「貴方は…」
すると、宮殿の中を歩いていた老人に声をかけられる、その人は立派な筋肉と豪華な斧を持った…。
「ガンダーマン…」
「な、なんのことか、ワガハイはガンダーマンではないぞ…?」
何処からどう見てもガンダーマンにしか見えない男は手で顔を隠しながら誤魔化そうとする。けどこの人はガンダーマンだ、間違いない。
何故この人が…いや、そうだ。この人は元老院から好かれているんだった。まだエルドラドが出来るよりも前、元老院が今よりも無防備だった頃の話だ。
この人は元老院に迫るオーバーAランクの大魔獣キングフレイムドラゴンをたった一人で押し返し倒してしまったんだ。その時の働きに惚れられて今では世界で唯一…元老院に指図出来る地位を与えられた。冒険者協会の会長になれたのも、悪化しまくった経営でも協会が健在なのも元老院のおかげ…。
それほどまでに気に入られてるからこそ、彼は自由にここに立ち入ることができるんだ。
(本人には全くその気がなくただ一人の愛国者としてキングフレイムドラゴンを倒した英雄…)
「と言うかこのガキャア!何をジロジロ見ておるか!見せモンではないわ!失せろ!シッシッ!我輩を誰だと思っている!ワガハイはあの大冒険王ガンダーマン!………ではないぞ?」
(今じゃ…見る影もないけど)
過剰な権力を与えられた結果がこれか……。時の流れとはあまりにも無情だ…。
「と言うよりワガハイは忙しいのだ。お前のような小娘に構っている時間はない」
別に私は構ってないのにな…。
「ではな、…ん?」
「どうかした?」
「お前、血の匂いがするぞ」
ガンダーマンは私の横を通り過ぎた瞬間、私の背後に立ち顔をしかめる。血の匂い…ラエティティアのか。
「うん、今人を殺してきた」
「……………人が人を殺すな、ただでさえ魔獣に人が殺され続けているのだ。せめて人同士でくらい…仲良く出来んのか、アホ共め」
「…………」
それだけ言うなりガンダーマンは何処かへと消えていってしまう、あの人は…何をしにここに来ていたんだろう。
まぁいいや…。それより元老院に報告をしないと。
…………………………………………………………………
…会談四日目
「お前に提案があってな」
「提案…」
四日目にラヴは彼と出会った。マレフィカルムの大幹部の一人、クユーサー・ジャハンナム…またの名を峻厳のゲブラー。世界的な大犯罪者にしてマレフィカルムを統括するセフィロトの大樹の幹部を務める彼は…本来そこら辺を歩いていていい人間ではない。
なのに、彼は今…ゴールドラッシュ城の中にいて、私の目の前にいる。その事実に私は固唾を飲む。
「なんで貴方がここにいるの…」
「ロレンツォの護衛をしに来たのよ、言ったろ?ジズ坊が遊びに来るって。アイツの目的はきっとロレンツォの暗殺…次いでに元老院も始末するつもりだろうってな」
「…………」
「まぁロレンツォさえ死ねば元老院のジジイ共はその内干からびるから優先度はロレンツォの方が上だろうが…アイツに死なれると俺達としても困るからな」
「だがら、ジズを殺しに来たの」
「それはボスが…ガオケレナが決める事だ、アイツはジズの事結構気に入ってたからな…殺す判断が出来るか、穏便に事を納めるかは分からねー。そしてもしその仔細が決まっていたとしてもお前に教える義理もねぇ」
「………」
「で、提案についてなんだが」
するとクユーサーは壁にもたれかかりながら…。
「お前、あのステュクスとか言う男の事気に入ってんだろ?」
「え……?」
「照れんなよ、助けたいんだろ?アイツの事」
「………」
目を背ける、そんな事許されるはずがない、少なくともマクスウェルは護衛も含めて殺せと言っている。だがら私の意志なんて関係なく…。
「もし俺が、護衛は殺さなくてもいい…殺さない選択肢がある、と言ったら、どうする」
「そ…んな選択肢が、あるわけ…」
「あるさ、これでも俺様はそんじょそこらの奴よりかは長生きしてるんでね。年の功ってのもあるモンでな、一つ名案がある」
「なんですか…?」
「ステュクス達を殺さずレギナだけを殺せ、そうしたら…お前をレギナにしてやる」
「すり替わるって事?それなら最初から」
「いいや、誰もがお前をレギナと認識するよう細工をする。これはナイショなんだがウチの魔術師には人の認識を操れるヤツが居てな、そいつの手にかかれば周りの人間がお前をレギナだと認識するように認識を書き換えられる」
「そんな事が…?」
「大人数は無理だが、護衛数人程度ならできる。そしてお前の顔なら近しい人間の認識を書き換えるだけで済む。魅力的だろう?なんせお前があそこに立てるんだぜ?ステュクス君がお前の前に立ち、お前を守る為戦い、常に一緒に居てくれる。最高だろう?」
レギナが今いる場所に…私が?
彼は、レギナを守る為にずっと戦っている。レギナを守ると…守り続けると公言し、そしてもし私がレギナの志に反する行動を取れば、その時は容赦なく敵対するとも言っている。
もし私がレギナになれば、その必要もなくなる。…ステュクスを殺す必要も、争う必要も…。
「でもどうして…貴方が私にそんな提案を…?」
「国王暗殺なんて歴史的に見ても大仕事である事は明白だった、そして仕事にはモチベーションってのが必要。俺様も組織を率いてる頃に学んだぜ、頑張った後に褒美があるのとないのとじゃ頑張りの質が違う、同じ時間同じだけ頑張るならやっぱ質が良い方がいいからな」
「褒美…?」
「ああそうだ、今回の一件でよ?殺しから足洗ってさ、国王としてたまーに元老院に頭下げてご機嫌伺って、後は贅沢三昧でいいじゃねぇか。そのステュクスってのと所帯持ったっていいしガキこさえたっていい、そんくらいの事したんだから報われるべきだろ、違うか?」
「…………」
「だがら殺れ、レギナを殺せ、お前はお前の未来の為に戦え…いいな?ラヴ…」
「……………」
護衛は殺さず、ステュクスは殺さず、レギナだけを殺す、レギナを殺せば私はレギナになれる。
…ステュクスと、ずっと一緒に………。
────────────────────
エルドラド会談五日目…深夜。
燃え盛る黄金回廊にて、睨み合うのはステュクスとラヴ。互いに武器を持って友情を誓い合った二人が今…共に構えを取る。
そんなステュクスを眺めるカリナとレギナは…。
「やっぱり来てくれたんですね!ステュクス!」
「おう!悪い!遅刻した!始末書とか書いた方がいい?ってかどう言う状況よこれ!」
「ジズの手勢を惹きつけるための囮として私が城内に残る必要があるのです!ステュクスが来てくれて助かりました!」
「ってかステュクス!あんた何処で何してたのよ!」
「色々あったんだって!…本当に、色々」
ステュクスは目を伏せ口の中で色々と言葉を濁す。ここに来るまでに色々あったしそのせいでちょいと時間を取られはしたが、なんとかギリギリこの場に馳せ参じることが出来た。
しかしレギナの奴、随分とまぁ覚悟決まったことやってんな、こりゃ俺も覚悟決めなきゃダメだな。
「…レギナ、ここは俺がやる。みんなはレギナと一緒に城の方へ行くんだ、分塔の方よりかはまだ安全だろうし」
「ステュクスは…?」
「………決まってるだろ?」
目の前のラヴを見据える。ステュクスはラヴを信頼した、しかしその所為で彼は水路に落とされ危うく死ぬ所だったし、レギナの危機を前に遅れると言う事態にまで発展した。
全てはラヴに裏切られたから、しかしそれ以上にステュクスはラヴを信頼すると言う選択をした。まずそこに、責任がある。彼女を信頼した責任を俺は取らなければならないのだ。
「ステュクス、そいつめちゃくちゃ強いわよ」
「だろうな、みんながかかって勝てないんだからそりゃあ強いんだろう」
ラヴが強いのは知ってる、多分俺の数倍は強い。けど…。
「…そのくらいじゃ引かない、ってことね…分かったわ。ただし…死ぬんじゃないよ、アンタに死なれたら…悲しむ人間が何人いるか、考えて」
「わかってるよカリナ、レギナも…悪いな。駆けつけてすぐに」
「いえ、貴方ならそう言うと思ってましたから。…必ず生きて帰るように、帰ってきたら勲章あげちゃいます、十個くらい」
「一個にまとめてくれるの助かるかな」
なんで軽口を叩き合いながらレギナ達を見送る、ラヴもまたレギナを追わずステュクスを見据え動かない。ここでラヴがレギナを追えば…ステュクスは容赦無くラヴを攻撃する。それを理解しているからこそ、背を向けられないのだ。
「………結局、こうなるんだね」
二人きり、燃え盛る黄金回廊にてラヴは目を伏せる。結局こうなってしまった、あの日出会ったときからなんとなく予感していたが、そもそも目指す場所が違う以上、いつかはこうしてぶつかり合うことが確定していたのだ。
「…俺と戦うの、嫌か?」
「…………」
ラヴはその問いに、目を閉じたまま数秒黙ると…。
「いいえ、私は元老院の指先…彼らに忠誠を誓った身。貴方が女王に忠誠を誓いそれを貫くなら、私も同じように…忠義に生きる」
短剣を構え、戦う意志を見せる。ラヴは優しいヤツだし律儀なヤツだ、そしてその上…。
「お前、本当に真摯だよな」
何処までも真摯だ。こちらがレギナの忠義の為に戦い続ける事を分かっているからこそ、同じく別の存在に忠義を誓う身として全霊を出すと言ってくれる。ステュクスの為に迷いは見せず、ただ一人の刺客として全力でかかる事を…薦めてくれているのだ。
真面目だ、どこまでも。だからこそ俺も…真面目にやらなきゃいけない。
「手加減は出来ないぜ、ラヴ」
「必要ない、そちらこそ最初から全力で来ることを薦める」
「ああ、…分かってるよ」
暫しの静寂、視線が交錯し、今ここに…。
「ッ…!」
「来い…ラヴッッ!!」
マレウスの運命を決定する三つの戦い…そのうちの一つが幕を開けた。
……………………………………………………………
『来い…ラヴッッ!!』
なんて、意気込んで見たものの、現実は無常であり…。
「うげぇっ!?」
炎のカーテンを突き破って黄金回廊からゴールドラッシュ城内部まで吹き飛ばされるステュクスは二、三度地面をバウンドし転がり倒れる。
どんだけカッコつけて登場して、どんだけかっこいいセリフを吐いたって、それで強くなるわけじゃない。結局俺は俺のままなのだ、シチュエーションの魔法なんてのは存在しない。
「うっ…クソ強え…」
「その程度、…ステュクス…ッ!」
「ッ!やべっ!」
瞬間、炎のカーテンの向こうに一瞬見えた影は、直ぐに火炎を切り裂いてこちらに向かって飛んでくる。それにギリギリで反応し咄嗟に星魔剣を立ててガードすると。
「ぐっ…!」
響くような振動が体に走る、飛んできたラヴの突きを剣で受け止めただけでまるで巨漢にタックル決められたような感覚が襲ってくる。そんな攻撃の重さに驚く暇もなく…。
「弱い、弱いよステュクス…私の前に立てないくらい、弱い」
「うっ!るせぇ!」
立て続けに短剣が振るわれ、俺といえばそれを必死に防ぐことしか出来ない。
『三ツ字冒険者をダース単位で瞬殺出来る』との売り文句はどうやら本物らしく、その実力は卓越の一言に尽きる。
俺より一回り小さい身長で、俺より格段に細い腕で、俺のより随分小さな短剣で、これほど重い一撃を放てるものかと疑いたくなるほど…ラヴの攻撃は一々重たい。
(レナトゥスが送り込んだ刺客だもんな、そりゃ強いわ…!)
俺が未だ勝てていない豪将フューリーすら上回るラヴを相手に、いくら格好つけたって苦戦必至なのは変わらない。例え俺寝物語の主人公のように格好良く登場したところで、ラヴに呆気なく殺される可能性の方が大きい事実は揺るがない。
けれど、例え格好悪くたって…俺は。
「負けられねぇんだよ!」
「ッ…」
鋭く切り返す、手元で柄を握り直し弾くような剣閃にラヴは攻撃の手を止め短剣で刃を防ぐ。あんな小さな剣で星魔剣を止めるかよ。
「俺がなんのためにここにいるか!お前は知ってるよな!」
「うん……」
だが一対一の打ち込み合いなら俺だって得意だ、半歩踏み込みながら剣を振るいラヴを押し返そうと猛然と攻める…攻めるけど。
「なら、ステュクスだって知ってるよね、私がなんのために来てるか。そこに…どれほどの覚悟があるか」
「ぐっ!?」
ラヴは揺るがない、短剣一つで長剣の連撃を全て弾くとそのまま俺の鳩尾に拳を放ち、俺が怯んだ隙に裏拳で側頭部を打つ。これがまた痛いのなんのって…あの細腕のどこにこんな力が。
「終わり…」
そして、トドメとばかりに短剣を構え…。
「っ終わらねぇ!」
咄嗟に足元の絨毯を足で引っ張りラヴのバランスを崩す、それと共に俺はラヴの胸倉を掴み、一気に体を押し当てながら反対方向に投げ飛ばし…。
「甘い」
「あら!?」
しかしラヴは地面に叩きつけられるよりも早く、俺の腕を掴むと共に足を地面に突き、俺の腕を捻るように体を回し態勢を整え逆に俺を投げ飛ばすのだ。
「ぅグッ!?」
「ステュクス、死んで」
「ちょっ!」
逆に地面に叩きつけられ悶絶する俺の真上から、短剣を構えたラヴが降ってくる。咄嗟に剣を構え短剣を防ぐが…ダメだこれ、地力で負けてる…押される!
「ステュクス…」
「なんだよ!」
「もしかして、手加減してもらえると思ってた?」
「ああ?手加減無用だって言ったろ!」
「そう?ならなんでさっき私の事を斬らなかったの?」
「………」
「さっき私を掴んだ時、手じゃなくて剣を出してたら、私を殺せたよね」
まぁ、そりゃあ…そうだな。あそこで手じゃなくて剣で追い打ちをかけてたら…もしかしたら殺せてたかもな。そこについては俺も理解してるよ…。
「ステュクス、これは殺し合いだよ。誰も死なずに終わることはあり得ない…私が死ぬか、貴方が死ぬか以外、結末はない」
「ッ…本当に、好きだよな」
「えっ…?」
「そういう『理屈』。殺し合いの理屈だ…!誰かが死ななきゃ戦いが終わらない?これが殺し合い?吐かせよ…やりたきゃ一人でやってろッ!」
これは殺し合いだから誰かが死ぬまで終わらない?殺し『合い』?なんで俺までラヴの理屈に付き合わなきゃいけないんだよ、俺は殺し合いなんざしない。
これはただの意地の張り合い、主張の食い違い、道のすれ違い…殺し合いでは断じてない、少なくとも俺にその気がない時点で、殺し合いにはなり得ない、つまり。
「俺は誰も殺さねぇッ!!!お前も殺さない!俺も殺されない!全員生き残って!この戦いを終わらせるッッ!!」
「綺麗事を…」
「小汚いのよか百倍マシだ…!」
「そう…でも、殺すの私に、殺さないつもりの貴方が勝てる?殺意は偽善の前では無力だよ…?」
「さぁて、そりゃあどうかな…あるんじゃねぇの?その『殺す気』ってのにも…弱点がなッ!」
「そんなものない!」
瞬間、ラヴが力を込めたその時を狙い俺は即座に懐に手を伸ばし───。
「ッ!?」
そしてそれを見たラヴは顔色を変え一瞬で俺の上から飛び退き距離を取る。後もうちょっとで俺を殺せたのに…それをしかなかった、やっぱり手加減してる?
違う、違うよなぁ…。
「今、『警戒』したな…?」
「…………」
「懐から銃でも取り出して、お前を撃つと…お前だけが思った」
懐から取り出したのは…ハンカチだ、だがラヴにはそれが『拳銃を取り出す』仕草に見えたはずだ。ラヴは俺が銃を使うなんて思っていないし、それを使ってラヴ自身を撃つとも思っていない、だがそれでも体が勝手にありもしない銃に反応して飛び退いてしまった。
「殺意は虚像を見せる、殺す人間は殺される事を恐れる、その虚像と恐れが…殺意の弱点なんだよ」
俺は拳銃なんか持ってない、だが俺を殺すつもりでいるラヴはその殺意からありもしない拳銃を夢想し警戒し、無条件で俺との距離を離してしまった。
殺し合いをしてるつもりのラヴは死への恐怖を拭いきれない、これが殺意の空転…『殺すつもり』の弱点さ。
「なっ?言ったろ?お前は俺を殺せないし、俺はお前を殺さない」
「…………」
「だから勝たせてもらうぜ、精々ありもしない死の恐怖に怯えて縮こまってろ!」
「………そう、私の殺意を…愚弄するなら、徹底する」
するとラヴは短剣を地面に突き刺して…って、何してんだ?降伏宣言?…なわけねぇな、殺気が物凄い勢いで膨らんで────。
「『ロード・デード』ッ!」
(詠唱ッ!?)
咄嗟に後ろに向けて飛びながら時間を作りつつ、一瞬の時間を使い観察する。突き刺した短剣を引き抜きながら居合のように振り抜き放たれた斬撃…ラヴは今確かに詠唱を行った、ということは魔術か?
しかしあまりにも不可解なモーション、というより…あれ?なんか飛んで来てる?分からん…分からないけど!魔術なら!
「『喰らえ』ッ!」
星魔剣ディオスクロアの力、目の前の魔力を吸収し魔術を無効化する機能。こいつを使えばラヴの魔術だって無力化し────え?
「ぐぅぁっっ!?」
瞬間、前に突き出した剣に何かぶつかりその衝撃によって俺の体は浮かび上がり後方まで吹き飛ばされる。その勢いと速度たるや、俺が受身を取ることが出来ないほどに凄まじく、背後の壁に衝突するととにかく金メッキの壁が崩れ、部屋の奥に転がり込み倒れ伏すことになる。
なんだこれ、なんだこの威力…というより。
「魔力が…吸えてない」
剣に取り付けられたメーターを見れば分かる。魔力が増えてない…ってことは今の魔術を吸収出来なかったという事。そして何よりこの有様がそれを証明している。
無力化出来ず、吹き飛ばされ、俺は今混乱の只中に叩き落とされているんだ。
(どういう事だ…何が起こってる。なんで魔術が無効化出来なかった…?何が飛んで来た?何をされた?何にも分からねぇ…けど、直撃していたら死んでいた事は確実…やべぇ)
ゾッと冷や汗が吹き出る、正体不明の攻撃により俺の一番の切り札が封じられた。それは口で言うよりずっとずっとやばい事だ、さっきは致命の一撃を偶然防げたが…攻撃の正体が分からないんじゃ対応のしようがない!
「今の防ぐんだね…ステュクス」
「ッ…」
再び、ラヴが短剣を構えてこちらに迫る…。それに対し慌てて俺は剣を構えて立ち上がるが…正直腰が引けてるよ。
なんだ…『ロード・デード』?どんな魔術なんだ、どうすれば防げるんだ…!何にも分からないが現状言えることは一つ。
この魔術を攻略しない限りラヴは絶対に倒せない…!
「……………」
いや落ち着け、落ち着くんだ。焦った目じゃ見落とす…大切な情報を。
俺みたいな雑魚が格上相手に勝つ方法は一つしかない、『相手よりも長い時間冷静でいる事』…それだけ、例えどれだけ追い込まれようとも冷静で居続けるんだ。そして見破れ…ラヴの隙を!
「このまま攻める…」
(ッ……また)
またさっきと同じ構え、地面に短剣を突き刺す構え…ロード・デードが来る。と言うかあの構えは必須なのか?
「『ロード・デード』!」
(来た!迎え撃て!魔烈弾…いや!魔衝斬だ!)
ラヴは短剣を引き抜くと共に刃を振るい何かを飛ばしている、つまりあれは斬撃だ、下手な攻撃じゃ切り裂かれる可能性がある、故にこちらも同じように斬撃で応じる必要がある。
故に即座に剣を掲げ刃に魔力を這わせ一気に振るう。
「『魔衝斬』ッ!」
振るわれる刃、放たれる魔力斬撃、俺の読みは当たったようで俺とラヴの間の虚空で何かがぶつかり火花を上げる。やはり何か飛んで来てる!なんだ…何が飛んでる!
「…『ロード・デード』」
瞬間、ラヴは足元の黄金の床を踏み砕き瓦礫を宙に浮かべると、浮かび上がった瓦礫に短剣を突き刺しながら振るう、連射形態に入った!ヤベェのがドンドン飛んでくるぞ…!けど裏を返せば!
(攻撃が見放題って事じゃねぇか!)
足を一歩後ろに引きながら続け様に剣を振るい何度も魔力斬撃を放ち飛んでくる何かを弾く。こうして何度も弾いていると次第に分かってくる事だが…どうやらラヴが飛ばしている物は『かなり大きい』らしく適当に振ってても斬撃が当たる。
しかし見えない…不可視の何かを飛ばしてる?いや…と言うより。
(何が見える、さっきからキラキラと…ラヴの周辺に煌めく何かが)
キラリと迸る何かが見える…金色の光?光を飛ばしてる?いやだとしたらあの不可思議なモーションは一体…いや、まさか…!
「これって…!あれ!?」
瞬間、気がつく…いつのまにかラヴの姿が消えていることに。
やばい見失った!?どこ行った!?やばいやばいやばい!見つけないと!一体何処に…いや前にもあったな、こんな事。
(ビアンカと戦ってる時、避けられないように見えた攻撃を…一瞬だけ消えて回避したあの動き、もし俺の考察があっているならラヴが消えた先は…!)
チラリと…緩慢な動きで下を見る、そこには相変わらず金の床がある…黄金の床、それが今…ぬるりと、まるで沼のように形を変えて、中から現れる。
短剣を突き立てたラヴが…下から──。
「っぱそこかよッ!」
ギャリギャリと音を立てて突き出された刃を防ぎ、火花の向こうに煌めくラヴの顔を見る…と同時にその足を見る。するとどうだ?ラヴの足が完全に床に埋まっている。
穴を掘ってここまで来たのか?んなわけねぇよ…だったら入口は何処だって話になる。
違う…違うんだ、これがラヴの魔術。『ロード・デード』の効果は…。
「?…おかしい、剣も溶かすつもりだったのに」
「待てや!」
ラヴを捕まえようとするが、直ぐにラヴは地面の中に隠れ、床の中を泳ぎながら俺と距離を取り再び地上に上がってくる。
…やっぱりそうだ、ラヴの魔術の正体…そして攻撃の正体も分かった。
「チッ…ようやく分かったよ、お前の攻撃の正体が…。お前の使うロード・デードの効果は、『物体の軟化』だな」
「…………」
ラヴの攻撃は全て物体の軟化により行われていた。まずさっきの移動、咄嗟にその場から消えるように移動するアレは床を泥よりも柔らかく軟化させ潜り込む事で行う特殊な移動だったんだ。
そして、先程見せたあの不可視の攻撃…あれは床に剣を突き刺し地面を軟化させる事で、剣を引き抜くと同時に床を糸のように伸ばし飛ばしていたんだ。
水飴に指をぶっ刺した後抜いたらどうなる?指に水飴がついたまま糸を引くだろう。あの引いた糸を鞭のように飛ばしているんだ。そして恐らく飛んでいる最中…空中でラヴの魔術の効果範囲から出てしまい、空中で再び硬化…宛らワイヤーのように飛ぶ斬撃と化し相手に飛ぶのだ。魔術の効果範囲から出た時点でそれはもう魔術でもなんでもないから俺の星魔剣でも無効化出来なかったのだ。
秀逸なのはラヴの手前だ、刃で掬い上げた糸を振るい、殆ど不可視に近い状態に薄く伸ばし的確に相手に当てる技量。恐らく同じ魔術を使える人間はいても同じ使い方が出来る人間は一人としていないだろう。
「……分かったなら、何?勝てるの…?私に」
「それはまた別の話だよ。けど…近づいたぜを今一歩…勝利にな」
ラヴの使う魔術そのものには殺傷能力がない。故に攻撃に転用する為に詠唱以外に一つ肯定を挟む必要がある、それを覚えて読み切れば…勝ち目はある。
「そう、ならこれならどう…?『ロード・デード』ッ!」
瞬間、ラヴが動き出して…って!?
「手ッ!?」
手が伸びた………あ、これ自分の肉体にも効くのか。ってことは自分の体を軟化させて俺に向けて腕を飛ばして─────。
「うぉおぉぉっ!?」
その瞬間俺は全力で飛び退き伸びてきた腕から逃げる。危ねぇ!ラヴの体を軟化させられるってことは俺の体にも効くって事じゃねぇか!直接軟化魔術叩き込まれた死ぬ!
しかし、この回避自体が…ラヴの狙いだったことに気がついたのは直ぐ後の事。
「…避けたね」
「あっ…!」
腕を戻しこちらに向け突っ込んでくるラヴを前に気がつく、まずった…主導権を渡した。
「どうやら、経験ではこっちの方が上みたいだね」
突っ込んでくる、俺が一歩引いたからラヴが一歩前に出た、当然攻め手とは前に進む者を指す、その攻め手の権利を自分から譲ってしまったのだ。駆け引きで俺が負けた、もう魔術の効果も秘匿する必要がないからドンドン来るぞ!
「う、うわぁぁぁあああ!!」
部屋の中に入りなり壁に短剣を突き刺し次々と金の閃光を放ってくるラヴに攻め立てられ俺はますます後ろに引かざるを得ない。魔衝斬で受け止めるにしても数が多すぎるし…何より星魔剣の中に入ってる魔力だって無尽蔵じゃない!
かと言って相手の魔術は吸収出来ないし、そのまま剣で受け止めたらまた吹っ飛ばされるし、このままじゃジリ貧だ!
(何か…変えないと!)
「ほら、好きだらけ」
「ぅぐっ!?」
瞬間飛んで来たのはラヴの脛下蹴り。重く鋭い蹴りが地を這うような軌道で俺の脛を蹴り据え俺の重芯はズレて剣筋が歪む…。
「貰った…!」
そして躊躇のない追い討ち、短剣を逆手に持ち変え一気に俺の心臓を狙って刺突を繰り出す。回避不可能、防御も間に合わない───。
「ッッ…!」
咄嗟に体を捩り心臓ではなく肩に刃を突き刺し致命傷だけは避けると共にそのまま後ろに転がり一旦距離を取───。
「『ロード・デード』」
そうやって俺が背を向けた瞬間壁を鷲掴みにしゼリーのように歪めたラヴはそのまま手元で整形し槍のように伸ばした上で俺に向け投擲を行う。それは俺の脇腹を抉り、痛みと衝撃で俺は床を転がりながらも壁にもたれかかり…。
「分かる…ステュクス」
「ッ…何が」
「実力の差」
「……まぁ」
結局、魔術の正体が分かったとて…実力の差は埋まらない。あっという間に俺は血まみれ、対するラヴは傷一つ負っていない。
それが実力の差、…大したもんだよ、俺だって結構鍛えてるのに、まるで歯がたたねぇんだもん。
「強いな、ラヴ…」
「鍛えられたから…」
「誰に?師匠とか?」
「元老院…、私は幼い頃に両親から引き離され、そこで戦闘訓練を受けていた」
……また元老院か…。
「…何年も何年も、ずっと地下に押し込められて…そこで戦いを学んでいた。だから私は誰にも負けない、私は強いから」
「そんなに強いんなら元老院になんか従わなくてもいいじゃんか」
「…無理、逆らえば…殺される。元老院の下には私みたいに育てられた子が沢山いる。私よりも強いのが…山ほどいる。裏切れば殺される」
「ははは、まぁ…うん、逆らえば殺されるって恐怖はまぁ…分かんないでもないけどさ、けどそれは従う理由にはならねぇんじゃねぇのか」
「なるよ…私には、それ以外の生き方が…分からないから」
「そっか、…従う生き方しか知らないか。そう言う生き方もあるだろうさ、悪いとは言わない…けど、それでも…お前自身が望まない生き方は、しなくてもいいと俺は思うぜ」
「何も知らない貴方から…適当なことなんて言われたくない!」
「何もしらねぇから…言えるんだよ!」
「ッ……」
壁から背中を離し、剣を手に俺は叫ぶ。そうさ、俺はなんにもしらねぇよ、元老院の恐ろしさもラヴがどれだけの苦痛を持って生きてきたかも、その悲壮な覚悟の度合いもそれでも従う選択肢をとった決意も何もしらねぇよ。
けど…だからこそ言うんだよ。
「俺はもしかしたらラヴの上っ面しか知らないかもしれない、言ってることは浅くて聞き障りがいいだけの詭弁かもしれない、だけどそれでも…俺が見てきたラヴは、真摯で真面目な奴だった。そんなお前が人の命をなんとも思わない連中に従ってんのがなんとなく嫌だ!…それじゃあダメか」
「……………」
「お前の人生を否定するつもりはない、『私の何を知ってんだ!』って言われりゃそれだけで終わるようなセリフかもしれないが…、たった一度の人生をやりたいように過ごさないでどうすんだよ」
「………私は…」
「少なくとも、俺は…友達にはそう生きてほしい。やりたい事をやり通してほしい…その為の応援なら、出来るからさ」
「…………私のやりたい事」
自分でもびっくりするくらい浅くて自分勝手で、都合のいい詭弁だと思う。でも本音さ…取り繕わない本音だ、俺はこう思っている。
いやいや今殺しに来てる相手に何言ってんだって話ではあるが、でもそれはラヴの話だ…殺そうとしてるのはラヴだけ、俺は別にラヴと決別したつもりはないぜ?今この場に至ってもな…。
「…………」
ラヴは真面目な奴だ、こうして語りかければ必ず考える。俺はラヴに考えてほしい、今ここで刃を握る意味を…。
「お前のやりたい事は、レギナを殺す事なのか?」
故に、語りかける。けど…。
『バカな奴、とことん…女の顔色も窺えんか』
「え?」
ふと、何処かで誰かが呟いた気がした…。
…………………………………………………………
「…………………」
ステュクスは私の人生で初めて出会った…尊敬出来る人。最初は…ただ何となく完全に敵対してしまうのはいけないと思ったから、彼に手を差し伸べただけなのに。
彼は、どこまでも私を信頼してくれた。何処迄も私を肯定してくれた。それはラエティティアが本格的に敵対しても、フューリーがステュクス達を襲っても、変わらなかった。
私が、彼を殺そうとしても…変わらなかった。
水路に落とした件も、特に言及せず。私の意図を察した上でここに戻ってきたとばかりに彼は覚悟を持って私に挑んで来た。
そんな彼を、私は役目だからと言う理由だけで本気で殺そうとしたのに…それでも彼は言った、私を友達だと。
(分からない…分からない、ステュクス…私は貴方が分からない)
ここに来てラヴはステュクスという人間の器の大きさに驚愕と恐怖を抱いていた。今までラヴが過ごしてきた元老院では些細なミスでも許されず、鞭で打たれたというのに…彼は私がどれだけ裏切っても。
『まぁそういう立場だもんな』
で許した、許せるか?許さないだろう普通。けど代わりに彼もまたその立場から私と敵対する事を一切厭わなかった。その人との関係性とその人の立場を完全に分離して考えているのだ。
そこまでラヴの事を理解してくれているのだ…、そう…理解だ。
(なんで…貴方は、どこまでも…)
生まれて初めて向けられる感情…『理解』。それは愛情よりも友情よりも自覚した時喜びを感じる感情。ステュクスは今ラヴの事を理解し、理解する事に努めてくれている。
そんな彼を、ラヴは今…得難いと思っている。
(…………私の、やりたい事)
もう一度ステュクスを見る、その背後にはぼんやりとレギナが見える。レギナの虚像だ、彼が私を理解し友達だと言いながらも剣を構えるのは、私との友情という関係と自分の護衛という立場を分離して考えているから…護衛として引けないのだ。
…羨ましいと、思った。
(私も、そこに行きたい…)
レギナの顔は自分と同じだ、見える虚像はステュクスが自分を守っているようにも見える。それを夢想しただけで…たまらなく幸せになれる。
なりたい、いきたい、私もそこに…ステュクスに守られる立場になりたい。その為には…何をすればいい。
『お前がレギナにすり替わるんだ』
「………………」
クユーサーの言葉が脳裏に過る、私がやりたい事…それはもう、明白だったのかもしれない。
私は、レギナになりたい。レギナとして彼の後ろに立っていたい。なら…どうすればいい。
一つだ…一つしかない。
「私は…」
故に覚悟を決める。例え今ステュクスに嫌われようとも構わない、後で認識を書き換えてもらえばまた元通りになれるから。
だから今は、例え全てを失ったとして…ステュクスを倒して、レギナを殺しに行くしかない。
「レギナを殺す…その為に、全力を出す…!」
「………そっか」
ステュクスは複雑そうな顔をしつつも、それ以上は何も言わず、再び剣を構える。
けれどごめんね、ステュクス…私はもう、戦いを続けるつもりはない。私の目的はもう…定まったんだから。
「ごめんね…ステュクス」
「え?いや────」
「恨んでくれて構わない、けど…これが私の答えだから」
胸に手を当てて、魔力機構を作動させる。己の寿命を使った…一時的な奇跡を、この時のために、使う。
「背理・魔力覚醒…」
「へ…?」
「『パラドックス・テセウス』…」
光り輝く肉体は、私に力を与える。生まれて初めて抱いた私の夢を…叶える為に。
…………………………………………………………………
結局、説得なんて出来るとは思っていなかった。誤算だったのは、俺が想像するよりもラヴは真摯で真面目だった事。
俺の問いかけに本気で向かい合い、心の中に一抹だけ残っていた迷いを振り払い…真剣になった事。
それ故にマジになった、あんだけ強かったのにこっから更にマジになった。魔力覚醒だってさ…マジかぁ…。
「『パラドックス・テセウス』…!」
瞬間、ラヴの足元が波打つ…それだけでラヴの魔力覚醒の効果がわかった。ラヴの覚醒は『ロード・デード』の効果範囲の拡大。詠唱もモーションも必要なくなった、アレが来る…。
「ごめんね、倒れて…ステュクス」
「ッ…!」
そこで気がつく、ラヴの体から殺意が消えた。俺を殺す気がなくなった…代わり。
漲る闘志、迸る闘気、壮絶な決意と決心が体から溢れてくる。俺を殺すつもりではなく…勝つつもりになった、これはやばい…ッ!
「『金乱閃』」
軽く、ラヴが指を払う。それだけで大地から幾多の糸が現れ…斬撃として飛んでくる。数えくれない量と勢い、既にこの時点でビアンカのワイヤーが可愛く見えるレベルだ!
「『魔天飛翔』ッ!」
即座に飛ぶ、それと同時に背後の壁がズタズタに引き裂かれ大穴が開く。攻撃方法自体は変わってない…けど、単純に物量が激増してる。あれだけ手一杯だった攻撃の嵐がもう手がつけられない段階にまで来ている。
どうするよ、これ……!
「逃がさない!『金波濤』!」
瞬間、ラヴの足元が揺らめき…金の床が波として競り上がりラヴを乗せたまま空を飛び逃げる俺を追いかけてくる。あの波に飲まれたらそのまま生き埋めだ、今はラヴの影響で柔らかくなっているだけでラヴの意志一つで頑丈な金に戻ってしまうんだから。
「クソッ!お前…魔力覚醒使えたのかよ!」
「これも元老院の力だよ、元老院は…人工的に魔力覚醒を作れる」
「え!?マジで!?」
「うん…魂の一部を魔力に変換してそのままその魔力で魂を膨張させる、強制的な魔力覚醒…それが背理・魔力覚醒」
「魂の一部を…って、そんなことしたら!」
「……一回の発動で、寿命が二十年減る」
ゾッとする、お前…この覚醒を使うために、お前が生きるはずだった二十年を使ってるってのかよ!?それを平気な顔で使って?……いやそこじゃねぇ!
(元老院は…ッ!ラヴにそんなもんを植え付けたのかよッッ!!)
怒りが滲む、元老院は何処まで人の命を軽んじれば気が済むんだ。ラヴの命を何だと思ってるんだ…人の一生を!何だと思ってんだよ!
「そうまでして!俺を倒したいのかよ!ラヴッッ!!」
「そう、私は…例え二十年を失ったとしても!レギナを殺し!レギナになりたいのッ!!」
「レギナになる…!?すり替わるつもりかよ!」
「うん…そうなったら、守ってくれる?ステュクス」
「ふざけんなッ!レギナはレギナ!お前はお前だろうが!」
「そうだね、でも…それも関係なくなるよ、直ぐにね」
金の波に乗るラヴは冷たい目でこちらを見ると、そのまま指を鳴らし…。
「『黄金の竜騎』」
放たれる、金の波から大量の金の弾丸が、柔らかくしたものを自由自在に操る能力を持つようで雨霰のように飛んでくる一斉掃射は容赦なく俺に降り注ぐ。
「くっ!喰らえ…ってダメか!」
金の弾丸を剣で叩いてみるが、ダメだ…やはり一度放たれた金は魔力の影響下にない。魔力関係なしじゃ防ぎようがない!
「うぐっ…!」
咄嗟に剣を立てて更に魔力を放ち防壁を作るが、それでも防ぎ切れず俺の体は更に押し込まれ…、
「『黄金斬撃』」
指を鳴らすと共に飛んでくる金の光。一筋の斬撃が一撃で俺の防壁を叩き割り、そのまま剣ごと俺を吹き飛ばす。
ダメだ、ディオスクロアじゃ防げない!太刀打ちが出来ない…!いや待てよ。
(人工的な覚醒?俺驚いたけど…それ俺も出来るよな)
チラリと剣に取り付けられたメーターを見る、既に内蔵魔力は半分を切っているが、これなら一瞬だけでも発動出来るかもしれない、やってみるか!
「ッ…!」
「……?」
吹き飛ばされた体を立て直し、剣を正眼に構え、柄に取り付けられた機構を作動させる。
ラヴはレギナを殺し、成り代わると言っている。到底許容出来ない願いだ、友達の願いなら応援するとは言ったが…悪い。俺はレギナを守りたいんだ…!アイツについていくって決めたから!
「『魔統解放』ッ!」
「ッ…!?魔力覚醒…いや、背理・魔力覚醒!?」
「ちげぇよ!似てるけどな!」
残された魔力を全て使い擬似的な覚醒を起こす『魔統解放』。ある意味背理・魔力覚醒と同じ人工的な覚醒だがこれは外付けの魔力を使う分寿命の消耗はない。……ない、よな?そんな事説明書には書いてなかったし、流石にそういうデメリットがあるならメグさんも言ってくれるだろうし。
ええい!そんな事気にしても仕方ない!今は今!俺は今!ここで勝たなきゃダメなんだ!レギナを殺させない…何より────。
「ッッ…ゔぉぉおおおおおおお!!」
「ッ…速い…!『金乱閃』」
覚醒の力を使い一瞬で加速を行いながら俺は剣で金の斬撃を切り払──。
「ゔぉっ!?」
「でも、どうやら覚醒としての出力は、こっちが上みたい」
金の斬撃を弾こうと切りかかったらそれだけで弾き返された。嘘だろ…魔統解放でダメなら、マジで打つ手が…!
「ビアンカは…いい手本になったよ、ステュクス」
その瞬間、ラヴは床を操り幾つもの黄金の腕を作り出す。あれは…ビアンカの『織リ手編ミ』?いや数はこっちの方が上…あ!これダメな奴だ!
「『有事必殺・閃の糸』ッ!!」
「ッ…防壁展開ッ!」
放たれるは千を超える斬撃の雨。咄嗟に防壁を展開した瞬間俺の周りの床が残らず切り刻まれ浮かび上がった瓦礫が塵となり雨霰のように降り注ぐ、それほどの斬撃の嵐は俺の防壁さえ一瞬で削っていく。
…ダメだ、魔統解放がもう持たない…!魔力が…尽きるッ!
「終わりだよステュクス、そして…始めよう、また…後で」
「ッ…ラヴ、お前は…!」
防壁が、割れる。
一筋の閃光が、俺の胸を切り裂く、身につけた防具なんか紙のように切り裂いて…俺の体を。
「ぁがぁっっ……」
鮮血が舞う、ぐらりと後ろから倒れ行くステュクスを見下ろすラヴ。ステュクスの胸には一筋の長い長い一本の赤い線が刻まれ、内から血が溢れ出る。
砕けた防具と流れ出る血…、そして白目を剥き動かなくなったステュクスを確認したラヴは、目を伏せる。
「ごめんねステュクス、私は…私の夢の為に戦う。例え貴方の夢を殺しても…」
彼を傷つけるのは辛い、けど…けれど、それでもと言える理由が今はある。故に迷わない、ラヴは迷わず…ステュクスに背を向け、レギナを追う。
自らが座るべき玉座を目指して…、ステュクスの夢を殺す為、歩み出したのだった。
………………………………………………………
ああ、情けない…ステュクスは薄れ行く意識の中後悔を繰り返す。あれだけ強くなる為修行したのに、結局意味をなさなかった。
俺を強くしようとしてくれたエクスさん、鍛えてくれたアレスさんとハルモニアさん、俺に全てを与えてくれた師匠、何より…俺を信じてくれたレギナに合わせる顔がない。
「う…ぐぞっ…」
既にラヴの姿はない…、閉じかけの瞳で天井を見上げて床を叩きながら俺は溢れる涙を必死に堪える。
結局こうなるのかよ、俺が弱いから…俺が。
(この世には、洒落にならないくらい強い奴らが沢山いて、そういう奴らが世界と時代の中心にいる…姉貴を見てわかっていた。だからこそ、時代の中心にいるレギナを守るには、俺もそこに行かなきゃいけなかったのに…俺じゃ、ダメなのか)
弱い…己の弱さにうんざりする、守る物も守れねぇで、何で剣なんか握ってんだ俺は。
クソッ…クソッ…くそぉ…、このままじゃレギナが殺される、そうなったら…ラヴも死ぬ。
そうだ、ラヴも死ぬんだ。ラヴがレギナに成り代わったらラヴと言う存在はどうなる。アイツが今まで生きて作り上げた全てはどうなる。それは死ぬのと同じだ。
俺は大切な友達を二人も失う事になる…全ては俺が弱いから。
(くそ…こんな弱い俺になんか、生きてる資格なんか…ない)
あの日の誓いも、意味がなくなる。俺は結局…何一つ成し遂げる事なく、死ぬ。
友達も夢も、何も守れずに………。
ごめん師匠…俺アンタの顔に泥塗った。
ごめんレギナ…俺約束守れそうにない。
ごめん姉貴…俺、アンタと仲直りしたかった…。
「ごめん…みんな、本当に…ごめん」
後悔の中、俺はきっと死ぬ…ここでのたれ死んで、全てを諦めて…無様に死ぬ。
覚悟してたことだけどやっぱ辛いや、…こうなるくらいなら、一層…いや、今思っても仕方ないか。
…ああ、意識が遠のいてきた…やっぱり俺は、何もかも…ダメダメ…だな。
(ああ…もう………)
薄らいでいく意識と共に、俺の命は……今、尽き────。
『死ぬ空気になっているところ悪いが、致命傷ではないから死なんぞ』
「…………」
『…おーい?』
「幻聴まで聞こえてきた、これはもうダメかな…」
『幻聴が聞こえるのか!?それはまずいのう…』
「いやお前だよ、って幻聴と会話まで…ん?」
『だから!幻聴ではないと言っておろうが!』
なんかめっちゃ聞こえるな、そう言えばさっきからずっとなんか声が聞こえる気がする。湖に落とされて死にかけた時からずっと聞こえてた気がするんだが…おかしいな。死にかけで聞こえる幻聴にしては随分前から聞こえすぎでは?
と言うか確かに致命傷じゃないから全然死なん…え?じゃあ。
「この声、なんだ?」
顔を上げて周りを見る、やっぱり誰もいない…あれぇ〜?
「おーい、誰かいるのか!」
『誰もおらん』
「いやいるだろ!お前誰だよ!どっから声かけてんだ!」
『はぁ?…あのな、ずっと側におったのに忘れるとかマジショックだぞぅ?』
「いやずっと側にって…何処に」
『ここじゃ!』
ふと、気がつく…さっきからずっと、星魔剣ディオスクロアが薄ら動いてることに。え?いや…まさか。
「お前なのか…ディオスクロア…」
『ぬははははは!ようやく気がつきおったか!その通り!ワシじゃ!ずぅーっと声をかけておったのに気がつかんフリをしおって、このワシを無視するとかええ根性じゃのう!』
「ぅぎゃぁぁああああ!剣が喋った!?お喋り機能もあるかのよお前!」
ギョッとしながら剣を手放すと、ディオスクロアは怒ったようにやや震える。ええ?マジじゃん…え?キモ…。
突如として聞こえた偉そうな女の声は、ディオスクロアから聞こえる物だった。まさか喋るとは思っていなかった俺は咄嗟に剣を手放し、様子を観察する。
…喋るんだ、今まで喋った事なんか一度もないし、なんならそんな機能も説明書には書いてなかったと思うんだけど…。
『コラー!手放すな!』
「ご、ごめんなさい…」
『全く、しかしまぁ…随分やられてるのう』
「え?はぁ…面目ない」
『まぁええ、ワシがなんとかしてやる。とは言え今ワシは魔力すっからかんじゃし…そうじゃ、魔力を補給せえ』
「え?俺の魔力で足りるか?」
『全然足りんわ!お前みたいなゴミカス魔力でグルメなワシの舌を潤せるわけがなかろうに』
こいつなんかメチャクチャ偉そうだな、俺ディオスクロアの事相棒だと思ってたのに…こんな偉そうなやつだったのか。しかしこいつなんで喋ってんだ?まるで自我があるみたいにめっちゃペラペラ喋るし。
「んなこと言ったって、魔力なんてないぞ…他に俺以外いないし」
『そうじゃのう…、お!じゃあそこの炎に刃を当てろ』
「え?この炎に?」
ディオスクロアが指定(している気がする)のは城を焼く炎だ、益々火力を上げている炎に俺は一応黙って刃を当てる…。
「これでいいのか?お前炎もエネルギーに変えられるんだ」
『アホ言え、この炎は魔力じゃ。魔術によって生み出された炎…それもかなり特殊な炎でな。火炎系魔術によって発生した延焼は本来魔力事象ではなく自然現象故魔術効果が終了した後もその場に残り続ける唯一の属性なんじゃ、じゃがこれはその対象外で炎自体が指定した物質そのものを覆うように発生する炎である故に延焼を起こさん、城に燃え移っているように見えるのはただ空気中の魔力を吸って勝手に肥大化しておるだけで…』
「だぁぁー!頭痛くなる!結局どう言う事!?」
『だから魔術なんじゃよ!この炎は!つまり〜?』
「……喰えるのか!」
『然り!』
瞬間周囲の炎をギュルギュル吸って刃に収めていくディオスクロア。どうやっても消せなかった筈の炎がどんどん消えていき、辺り一体を飲み込んだディオスクロアは…。
『よし、ちょっと待ってろ、傷を治してやる』
「え?そんな機能もあるのか?」
『まぁのう、魔術の応用じゃ、ワシにかかりゃこんなもんチョチョイのチョイじゃ』
そういうなりディオスクロアから放たれた光が俺の傷を癒していく、すげー…こんな機能もあるんだ。全然知らなかった…。
「…ありがとな、ディオスクロア」
『長いしディオスクロアと呼ばれるのは好かん、そりゃ国の名前じゃ、お前もマレウスマンとか呼ばれたくなかろう』
「じゃあなんて呼べばいいんだよ」
『そりゃあ勿論シリ…』
「尻?」
『…いや待て、お前の姉は確か……そうじゃのう。ディオスクロアは長いから『ロア』と呼べ、そして一応女の子じゃから丁重に扱え』
「性別まであんのかよ…」
『主観の話じゃ』
ロアと名乗る声はその反応に合わせるように剣が少し揺れている事から考えるに本当に星魔剣ディオスクロアの人格的な物だと思う。
確か随分前に立ち寄った街で喧しく抗議行脚してた…えーっと、魔術解放団体?的な奴等が言っていた『魔術にも魂や意識がある』的な言説に則ったそれなんだろう。
「なぁ、今すげー急いでるんだけど、これだけ聞いていいか?ロア」
『あんじゃい』
「なんでお前の声が聞こえるんだ…?話せるならもっと早くから声をかけてくれてればよかったのに」
『自我が芽生えたのが最近じゃからのう、お前がたくさん魔力を食わせてくれたおかげで自我を育てることが出来たのじゃ』
「へー…」
『まぁ交信が可能になった要因はそれだけではないがな?』
「そっか、ともかく俺がたくさん魔力を吸収したからお前が元気になった、的な感じだな。納得」
『まぁ概ねその理解で構わな───ちょいちょい!待たんかいステュクス!何処へいく?』
「へ?」
ふと、立ち上がりラヴのところに向かおうとしたところ…ロアに止められる。なんだ?行っちゃダメなのか?
「ラヴのところ、レギナを殺しにいくのを止めないと」
『ラヴってあの女じゃろ、お前今さっきそれに殺されかけたではないか。覚醒を使っているアイツを止めるのは不可能だと思うが?』
「魔力も補充出来たし、次は最初から『魔統解放』を使ってかかれば…」
『勝負にはなるじゃろうなぁ、がしかしそこまでよ。勝つのは不可能、魔統解放は飽くまで擬似覚醒、出力では大きく劣る』
「それは…やってみなきゃ分からないじゃんか」
『分かる。不確定な事に曖昧な答えを出すのは好きではないがこれに関しては断言出来る。実力でも出力でも劣り、その上覚悟でも負けているお前がラヴに勝てる要因は少なくともない、今度はラヴも本気でお前を倒そうとして力加減を間違えてお前が死ぬ、そんな未来が見える』
「…偉そうな剣だな」
『やめとけやめとけ、誰かを助けようと思うのは一見すれば立派じゃが、川で溺れている人間を助ける為に自分も川に飛び込んでは意味がない。こう言う時はのう?頼れる大人を呼んでくるのが子供の役目じゃ』
「………助けをか」
『ワシはの、お前に死なれると非常に困る。とてもとても困る。だからお前が死ぬような選択を取るならワシは力を貸さんし全力で止める』
「………………」
確かにこのまま行っても勝ち目はない、また同じになる。ならば死を覚悟して…と言いたいが、それで結局守れないならそれは俺の自己満足で終わる。レギナを守れなきゃ意味がない。なら頼れる大人を…師匠を探すか?でも…。
レギナは真摯に俺と向き合った、俺も彼女と向き合いたい。そこに師匠とは言え別の人間を介在させたくない。
「よし、じゃあ俺が死ぬまで粘ってレギナを外に逃そう」
『うぎゃー!だから死なれたら困ると言うとろうに!』
「それでも、ここで大人しくする選択肢はない…俺は行く」
『ええい厄介な男よ!……分かった分かった、ならば取り敢えずワシの話を聞かんかい』
「まだなんかあるのかよ!」
『ある、…一つだけ方法が。お前がラヴに勝てる可能性のある手がな』
「え?…マジかよ!マジでそんな方法があるのか!」
『ぬはははは!ワシを誰だと思うとるか!じゃがこれはワシにとっても危うい橋。ワシとの約束を必ず守ると誓えるなら教えよう』
「守る、どんな約束でも」
『よろしい、ならば授けよう。ワシの必勝の策をな』
思ったよりも偉そうな声で話すロア…しかし、それでもやっぱりこいつは…頼りになる。