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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
576/868

527.魔女の弟子と命運を分かつ戦い


時間は巻き戻り、魔女の弟子達が空魔の館に乗り込み、地下に落とされた頃と同時刻…。


「ぁぁーーーーー………」


落ちる落ちる落ちる、エリスはエアリエルに飛び掛かって、まんまと敗北して、空魔の館から落とされて。勇んで挑んで結局負けて…何やってんだエリスは。もっと落ち着いて挑むべきだった。


でも許せねぇよ…許せない、メグさんを泣かせたあいつらが、メグさんを泣かせて平気な顔をしているあいつらが………ん?


…ハッ!?しまった!エリス落ちてる!?


ふと、意識を取り戻し周りを見る、やばっ!?何処まで落ちた!?


そう慌てて上を見上げれば既に遥か遠くに空魔の館が見える。しまったかなり落とされた!直ぐに戻らないと────いや!


「まずはこっちか!」


瞬間、エリスは体を入れ替え着地に備える。ここまで落ちたならまずは地面に降りたほうが速いッ!


そう考え体を防壁で包みそのままエリスはゴールドラッシュ城に突っ込み…そして。





「雑魚どもが…」


今に至るわけだ。城に落ちた先には無数の敵と何故か一人で出歩いていたラヴと出会ったが、今エリスに彼女達と構っている暇はない。いつのまにかいなくなっていたラヴを無視してエリスは周辺の敵をぶちのめし終え一息つく。


さて…。


「戻るか…!」


崩れた壁から空を見上げる、空魔の館に戻る。幸い落ちたのがエリスだけなら復帰出来る、待ってろよエアリエルッ!


「颶風よ!この声を聞き届け給う、その加護 纏て具足となり、大空へ羽撃く風を、力を、大翼を、そしてこの身に神速を『旋風圏跳』ッ!」


飛翔、空へと飛び上がり風に乗り一気に加速して空を駆ける。ジェットの如く風の軌跡を残しながら天へと昇り空魔の館へと舞い戻ッ───。


「げぶっ!?」


しかし、空魔の館を前にしてエリスは停止する。ぶつかったのだ…透明な壁と。これは…魔力防壁?


「いたた…、防壁を展開してるってコーディリアが言ってましたけど、まさかこんなに分厚いとは」


この怒りに任せて突っ込めば突き抜けられるかと思ったけどそうでないか…、或いはエリスが落ちた後に防壁を強化したのか。


どちらにしても片腹痛い、こんなもんぶっ壊して…ん?


「あれ?」


ふと、空魔の館の下方が動いている事に気がつく。戦艦にも似た下方には大量の大砲が取り付けられており…それがエリスを狙って、…あ、やば…。


「ぎゃんっ!?」


瞬間落雷のような電撃が大砲から乱射されエリスを打ち据える。空魔の館の防御機構だ、これがあるからコーディリアは転移機構での移動を推奨したんだと今になって理解する。


全身を黒く焼かれ再び墜落するエリスはヒュルヒュルと黒い煙を引きながらゴールドラッシュ城まで落ちて…そして。


「いたーい!」


ゴイーンと音を立てて地面をバウンドして落ちる。落ちた先は中庭だ、防壁を展開していたおかげで怪我はなかったが…痛い、とても痛い。


「いたた…、ってかなんか熱いような…っでええええ!?燃えてるぅうう!?」


周囲を見回してみれば、燃えてるんだ。ゴールドラッシュ城が大火事だ…これ、なんで燃えて…いやジズの仕業か、まさか城に火をつけるなんて。あいつらマジじゃん…。


「レギナちゃんを助けにいった方がいいかな…、いや彼女にはエクスさん達がついてるし大丈夫だと思いたいけども…ううーん!いや!初志貫徹!まずは空魔の館を撃ち落とす!」


周りが燃えてるのは気になるが…、それでも今は優先事項がある。レギナちゃんを見つけてじゃあその後どうするのかと言えばどうとも出来ない、きっと彼女は戦いが終わるまで白を出ないしね。ならエリスに出来るのは戦うことだけだ。


「にしても厄介ですね…、このまま飛んでいってもまた大砲に捕捉されかねないし」


考える、腕を組み空を見上げて考える。このままじゃ戻れない、戻れないと戦えない。しかし飛んでも直ぐに大砲に捕捉されて撃ち落とされる…ううーん。


「……ん、アレだ!」


そこで見つけるのは、ゴールドラッシュ城の頂上。鋭く尖った屋根、その屋根は高く高く屹立しており地上から空魔の館に最も近い地点と言える場所。あそこから最高速で飛び立てば大砲に捕捉される前に防壁を突破出来る!


よし!あそこに行こう!


「そうと決まれば……」


『おう!こっちに誰かいるぞ!』


『まだ生き残りがいやがったか!』


『殺せ殺せ!』


「…はぁ……」


すると、炎の向こうからゾロゾロと軍団が現れる。どうやらこの火事でもお構いなしにジズの手先はレギナちゃんを探し回っているようだ。


「ああ?なんだこいつは」


「どうでもいいだろ、敵なら殺す…それだけだ」


「へへへ、違いねぇや」


そうしている間にエリスはジズの手先…ガラの悪い連中に囲まれることとなる。いつもなら…それなりに相手してやるところだが。


「…忠告しときますよ、今エリスは急いでるんです。バトルしたいなら他を当たってください」


「はぁ〜?テメェは今から殺されるんだよ!」


「…しましたからね、…忠告」


拳を鳴らす、今…エリスは非常に機嫌が悪い、そしてこれから大事な一戦が控えている、なので。


させていただきます、ウォーミングアップ。


「吐かせやクソボケぇえええ!!」


「邪魔ッ!」


背後から迫る大男に一撃、拳を見舞う。その一撃にミシミシと骨が軋み…。


「ゔぼぇぇ…」


「お、おいおい…あいつ一発で…」


「マジかよ…、いや!構わねえ!大物だ!殺せ!」


「殺せ殺せって、あんた達その言葉を容易く使い過ぎですよ思春期ですかッ!」


次々と迫る輩を前に拳を突き合わせ気合を入れる。全員邪魔だ!全員潰す!たたっ潰す!!


「邪魔すんなあぁああッッッ!!」


「げふぅぁっ!?」


剣を避け拳の一撃で殴り飛ばし。


「とっとと退けェッ!」


「ぁがっ!?」


髪を掴み引き倒しながら靴先で蹴り上げ。


「雑魚に!」


「ごほぉっ!?」


殴りかかってきたその拳を掴み引き寄せながら頭突きを見舞い。


「用は!!」


「ごぇっ!?」


足を掴み、引き倒しながら持ち上げ…。


「なぁぁぁぁぁあいいいい!!」


「ぅぎぁぁああああ!?!?」


全力で回転させながら周りの輩を吹き飛ばし終いには掴んでいた奴も投げ飛ばし両手を叩いて汚れを払う!よし!片付いた!!!


「待ってろよ!エアリエル!!『旋風圏跳』ッ!」


風を纏い加速しながら走り城の壁を蹴って一気に駆け上がり上層のバルコニーに着地する。ここら辺から走って行きますか、あんまり高く飛びすぎると大砲が来るし。


「ああ?なんだテメェ!」


「チッ!こっちにもいますか!」


しかし、上層のバルコニーから廊下に入ればそこもまた敵だらけ。こいつら城が火事になってるって知らんのか!


「ああああああ!もう!邪魔ぁぁあああ!!」


「ななな、なんだこいつぅぅっ!?」


殴り飛ばし、蹴り飛ばしながら進む。雑魚は纏めて蹴散らし廊下を進む、そのまま階段を駆け上がれば…。


「居たぞ!」


ここもまた敵だらけ!うぅぅうううう!フラストレーション激溜まりぃぃいいいい!!


「邪魔じゃッ!消し飛ばすぞッ!!」


廊下に置かれていた椅子の足を掴み殴り飛ばし纏めて蹴散らす、エリスは今暴力マシーンですよ!手加減出来ませんから!


邪魔な存在は全て排除しながら進む進む、進み続ける、この城の頂上を目指しながらひたすら走り───。


「あ!テメェは魔女の弟子の!エリス!」


「ああ?」


そして、頂上付近の廊下に出た瞬間エリスの前に立ち塞がるのは…こいつ、あれか。レギナちゃんの護衛のフューリーとかいう奴。


ってかこいつ!リオス君とクレーちゃんを痛めつけた奴じゃん!!!ずっと見ないと思ったらこんなところにッ!


「丁度いいぜ!レギナを探すついでだ!テメェもぶっ殺して…」


ってこいつもエリスの邪魔すんのかぁぁあああ!!!ぐぁぁあああ!邪魔ぁああああ!!


「やるぜェッ!」


「邪魔ッッッッッ!!!!」


溜まり溜まったフラストレーションと苛立ちそこから発せられる限界を超えたエリスの激おこパンチがフューリーの反応を超えて叩き込まれ…。


「ぐへぇぇぇええ!?!?!?」


壁を粉砕し、そのまま廊下を越えて外に叩き出され…。


「ぅぎゃぁああああああ!?!?!?」


そのまま城の外に飛んでいった……あ!


「しめた!この穴から出られる!」


フューリーをぶっ飛ばして出来た穴から這い出てエリスは壁をよじのぼり、そのままこの城の頂点へと君臨する。


「何ここ…、頂上ですよね?ここに繋がる階段はないはずなのに。


城の頂上は…なんか不思議な作りをしていた。別に何処からも繋がっていないはずなのに広場のような作りになっていた。


広く、平らで、それぞれの四隅から伸びる柱が天を刺す柱のように伸びている。まるでここで何か…儀式のようなことをするような作りだ。


…昔はここも階段でつながっていたけど、手摺がないから危なくて閉鎖した…とかなのかな?汚いし。


「…おお、凄い眺め。って…とんでもない事になってるなぁ」


ふと、後ろを見ると壮観な眺めが広がっていた。黄金の街が一望出来る最高のスポット…けどお世辞にも綺麗とは言えない。


アド・アストラ軍とジズの軍勢が街中で大戦争やってるんだ。もう街もメチャクチャだ…みんな自分の国の街じゃないから好き勝手やってるのか…或いはそれほど迄に敵が強いのか。


「こりゃエルドラドはもう終わりですね、ロレンツォさんには同情しますが…こうなっちゃったのはジズの所為なのでジズを恨んでくださいね、さて」


そしてエリスは天を見上げる。そこには直ぐ目の前に空魔の館が見える、ここから最高速で駆け抜ければ一秒も掛からず到達出来る…よし!


「位置について…」


その場で屈み、足を曲げてつむじを空魔の館に向けて力を貯める…。


「よーい…」


そしてエリスは極限まで集中し…。


「ドンッ!!!」


飛ぶ、旋風圏跳を解放し一気に加速し空魔の館に向かう。そこでようやくエリスの接近に気がついた大砲達が動き始めるがもう遅い。


「ぅぅううううううん!よいしょーーーー!!」


そして加速したエリスはそこから回転、更に流障壁を全力で展開させこれもまた加速、超加速に加えた大回転。それはやがて一つの砲弾となり空魔の館が展開する超巨大魔力防壁に突っ込む。


「ぇぇええええええエリスッ!大回転ッッッッッ!!」


突き抜けるのに要した時間は0.5秒。激突と同時に抉り抜き防壁を突破する…と同時に。


「邪魔です!『真・火雷招』ッ!」


回転の勢いそのままに掌から炎雷を放射し薙ぎ払い、周囲の大砲を纏めて破壊する。…けど。


(やっぱりペイヴァルアスプは壊せませんか)


あわよくば周りの護衛砲塔諸共ペイヴァルアスプを壊せればと思ったが、あれはあれで別に防壁が用意されているらしい、それも周囲を守る防壁とは別の。かなり分厚い…あれを破壊するは無理そうだ。


なら…。


「内側からぶっ壊すッッ!!」


そのまま回転を続行し空魔の館の船底目掛け突っ込み底をぶち抜き船内に飛び込む。


「ぅおらぁぁあああ!エリスのエントリィイイイイイ!エアリエルは何処じゃあああああ!!」


ガラガラと崩れる瓦礫を蹴飛ばしてエリスは船の底へと降り立つ。そこは暗く長い道が続く迷宮のようになっており…。


(また迷宮ですか…、ってか暗いなぁ)


指に嵌めた指輪に魔力を通し光源を確保し通路を進んでいく。歩きながら魔力を探ってみると…ううーん、あっちこっちから凄い魔力同士のぶつかり合いを感じる。


多分ラグナ達が戦っているんだ、みんな苦戦してるみたいだけど…勝つのはエリス達だ、みんなは絶対に勝つ。だからエリスもエリスの敵を探さないと…。


(にしても、大きな魔力がありすぎてどれがエアリエルか分からない)


ここに来てファイブナンバーの恐ろしさと言うものを痛感する、感じる魔力がどれも巨大だ…三年前の大いなるアルカナの大幹部アリエ達よりも巨大。確実に三年前のエリスでは勝てなかっただろう連中だろう。


そして、その頂点に立つエアリエルも…ん?


「おや?」


ふと、廊下が終わり何やら広い部屋に出る。これなんの部屋だろう…というか部屋の真ん中に置かれてるのは、リング?一回だけ見たことありますよ、ネレイドさんがやってるプロレスとかで使うリングですよね、あれ。


「ん?あれま」


その瞬間、エリスがやってきた道が閉ざされ。部屋から出る唯一の道が閉ざされた…まぁ別にこんなもんぶっ壊せば出れるからいいけど。


問題は、エリスがこの部屋に入った瞬間…道が閉ざされたという事実。つまり誰かがエリスの事を監視している…。


「ようよう、誰かと思えば…お前かよ、エリス」


「あ?」


すると、何やら聞いたことのある声が響き部屋に明かりが灯る…と共に、天井から一つの影が降り立ち、リングの上に立ち上がる。


あの紫色の髪は…。


「デズデモーナ…」


「よう、テメェか…けどおかしいな。テメェはエアリエルの姉貴に殺されたはずだが?」


「エリスは死にませんよ、少なくともあんな下手くそな殺し方じゃね」


「ハハッ!世界で二番目の腕を持つ殺し屋相手に下手くそとはなぁ…、言うじゃねぇか…クソ女が」


デズデモーナは決戦装束を着てリングのロープに背中を預け、こちらを見据える。


「ここはハズレの部屋だ、ファイブナンバーを探してる所悪いがここに来た以上私を倒さなければ外には出られない、つまり…どういう意味か分かるか?」


「お前の逃げ場は何処にもないって事ですね?いい覚悟です、地獄見せてあげましょう」


迷うことなくリングの上に登る、こいつを倒さなければ外に出れない?違うな、エリスがお前を倒すまで外に出ない…の間違いだよ。


「今日こそ逃がしませんよ」


「ハハハッ!バァーカ!ここは私のテリトリーだぜ?わからねぇか?この部屋は魔封石を混ぜた石材で作られた部屋!ここじゃあお前も魔術は使えない!…つまり、不死身の私を相手に永遠に終わらない殴り合いをするしかないってことだよ」


…確かに、なんかさっきから魔力が定まらないなとは思ってましたけど。なるほど魔封石製の部屋、プルトンデュースの牢屋と同じ感じですか。その上で魔術無しでこいつと戦う…ですか。


「へぇ〜いやぁ〜助かりますよ〜、エリスはこれからエアリエルと戦わなきゃいけないので道中の雑魚相手には魔力を節約するつもりだったので、そっちから封じてくれるなら丁度いいです」


「本当に…口の減らねぇ奴だ…!上等ッ!ぶっ殺してやるよぉおおおおおおお!!!」


ロープのバウンドを活かしてエリスに突っ込んでくるデズデモーナ。エアリエルへの借りもあるが、こいつもこいつで倒し損ねた奴だし…ここで戦るなら、丁度いいというものだ。


ここで…ぶっ潰す!


…………………………………………………………………


そしてまたも時間はやや巻き戻り、エリスがゴールドラッシュ城に墜落しラヴと邂逅した直後…。


「これでよし」


燃え盛る城の中、帝国での最後の準備を終えエルドラドに戻って来るなり私はダンスホールにて準備を終える。何故火の手が上がっているのかは分からないが…今更関係ない、私がやるべき事は定まっている。


「陛下…見ていてください、メグは今日…因縁に決着をつけます」


私は…メグは今日、因縁の相手と…両親の仇ジズ・ハーシェルと戦う。そして私の姉トリンキュローの命さえ奪った存在、私はこいつを許せない。


姉様は私に殺すなと言った、私も殺さないと誓った、けれどジズを前にしてそれを守り切れるか分からないほどに私は今…怒りに燃えている。


(ジズ…お前のせいで、何人死んだ…?)


エルドラドに来て、何人も死んだ。名前を知っている人も知らない人も死んだ、たくさん死んだ。エルドラドに来る前もそうだ、ジズは各地で暗躍して何人もの命を奪おうとした、私達はその一部を阻止することができたが…出来なかった物も多くあるのだろう。


何より私の故郷シュランゲは今や無人の街となり、朽ちるのを待つだけとなった。要らぬ汚名まで着せられ…元の栄光は戻りそうにない。


全てを、全てを破壊された。全てを、全てを奪われた。


私と言う人間から何もかもを奪ったアイツに対して…殺さぬ情けをかけられる程、私は強い人間なのだろうか、そもそも…そんな奴を殺さない事が、強さなのだろうか。


(分からない、分からないけれど…)


燃え盛るダンスホールには、既に幾多の武器が用意されている。私の切り札アストラセレクションも配置してある。全て地面に突き刺しいつでも使えるようにしてある。


そして、私は今…もう一つの切り札も身につけている。後はジズを待つばかりだが…きっとジズはここに来る。


ここに…ジズが…。もうすぐ、来る…背後にはダンスホールの扉がある、その向こうから…。


(来た……)


カツカツと、音が聞こえて来る、あの靴は…ジズが愛用している靴だ。やはり私を狙ってここに来たか…、来る。ジズと一緒に…悲願の時が。


「ようやく、ようやくだ…」


ここまで長かった、この日が来ることもなく命を終えるかもしれないと何度も思った。けれど私はここに来た、いや…導かれたのだ。


─────私の前に、敷かれた道によって。


「道…血の、道…」


血の道が、出来ている─────。


連綿とした、血の道が。


腕を伝い流れた血は、別の誰かの腕をへと移り、また別の誰かに託され、一箇所へと集うて行く。


数多に流れた血の数々は、悪魔への復讐を願って次へ、また次へと託されていく。


その道が出来上がるまでに、多くの命が奪われ続けてきた、あまりにも多くの人間が傷つき…死にすぎた。


白く冷たくなった人々が織りなす道は、真っ赤に血塗られただ一人に道を作った。悪魔を倒せるただ一人の人間に、全てを託す道を作った。その道を歩むのが…私なんだ。


「マーガレット、君か…」


「………………………」


答えない、燃え盛る劫火の向こうで三日月の如き笑みを浮かべる悪魔は、いつかのように全身を他人の血で濡らし、両手に刃を携え私に向かって問いかけるが、私は何も答えない。


それは私の名ではないから。


「君は運がいい、本当に運がいい。幾度と無く死を乗り越え、偶然と奇跡によって生かされ続け…私の前に立つに至った」


「………………」


「今君は誰の死のためにここにいる。父か?母か?友か?それとも…ああ、言わなくてもいい。分かる、君は私によって奪われた全て命の為にそこにいる」


「………………」


「高尚だ。実に高尚な決意だ、褒め称え…そして許そう、私に挑み向かう事を」


炎の向こうから姿を現すは、世界最強の暗殺者にして死と悲しみの渦の中にいる男…『空魔』ジズ・ハーシェル。三魔人最後の一人にして最悪の存在が、炎を切り拓い私の前に立つ。


この時を…どれだけ待ち続けたことか。


「マーガレット、君の友達は上手くやっているようだ」


するとジズは天を見上げる…。


「私が育て上げたファイブナンバーを相手に善戦すらしているようだ。もしかしたら何人かは落とされるかもしれない…」


「………………」


「だが、行ったとしても『善戦』止まり、全員が落とされることはあり得ない…故にそれまで。どう足掻いても…全員死ぬ。全員死ぬんだよマーガレット」


くつくつと顔を手で覆い肩を揺らし、ジョークでも聞いたように腹を抱え始めるジズは…ギロリと私を睨み。


「クッ…フフ、アハハハッ!死ぬぞ!死ぬぞ!マーガレット!またお前のせいで人が死ぬ!今度はお前の大切な友達が死に失せる!そうなったら今度こそお前は一人だな!ああ大変だなぁ!マーガレットォッ!」


「…さっきから、ごちゃごちゃと…!」


エリス様達はやられない、みんなやられない、絶対に勝って戻ってくる。私はそう信じてるからここに残った。またみんな戻ってきてくれる…だから!


「私はマーガレットじゃない!」


両脇の床に突き刺した武器を抜き放ち、吠える。今までの怒り、今までの嘆き、全てはこの時の為にあった、私はこの時の為に生かされた!


「私はメグ!無双の魔女の弟子…」


だからみんな、見ていてね…待っていてね。


「メグ・ジャバウォックだッッ!!」


今日ここで、私はジズを…殺すから。


「メグセレクションNo.81『斬影型魔装・謫仙三式』ッ!」


まず地面から抜き放つのは帝国史上最高の魔装の一つと呼ばれた『謫仙』。あまりの切れ味に封印されその後失われた謫仙一式、それを改良し人に扱えるよう改造された謫仙二式。


それを更に、改造した究極の鉄刀型魔装…謫仙三式。銀の煌めきを持つ刀を片手にジズに飛び掛かる。


ジズだ、ジズがいる。私の前に…あの憎き男が!今ッッ!!


「ジズッッッ!!!」


「いい憎しみだ、マーガレット…ッ!」


しかし、それによって放たれた斬撃はジズの手に握られた二本の鉄剣によって防がれる。鍔も持ち手もない無骨な鉄の塊のような二本の細剣、あの時と同じスタイルだ…。


もう十数年も前だと言うのに未だに思い出せる!これは!私の両親を殺した時と!同じッ!!


「うぁぁあああああああああ!!!!」


「ははは、こらこら」


全力で刀を振り回すがジズはそれさえ軽く捌き───。


「攻撃は数を打てばいい物じゃない、確実に…相手の致命を狙え。そう教えたはずだが…忘れたかい?」


「グッ…!?」


腹を蹴り抜かれ口から息を噴き出し地面を転がる…。そんな私を見てジズは軽くストレッチを始め。


「ご挨拶じゃないかマーガレット、そんなに私が憎いかい?」


「憎いッ!世界で一番!お前が憎い!」


「あははは、なら気合を入れなさい…君がそうまで殺したい男はここに居て、今君が持つそれで狙うべきは、『ここ』だけだよ。簡単だろ?」


自分の剣でトントンと自分の首を指すジズの顔には余裕の笑みが張り付いている。こいつは…何処まで人を愚弄すれば…!


『落ち着け、メグ』


この声は…!イマジナリー陛下!


『仇を前にして怒り激る気持ちも分かるがそういうのは我は良くないと思う』


なんか口調がふわふわだけど…確かに陛下の言う通りだ。


『落ち着け、修行の成果を思い出せ。お前に力を与えたのは誰か…思い出すのだ』


力を…そうか、そうですね…陛下!


「はい!やってやります!」


「独り言?」


「貴方には関係ありませんから!」


「あっそう、じゃ…やろっか。私もちょっと一戦を終えて体が温まってきた所なんだ…何より、君の相手が出来ると思うと、胸が高まる」


ジズはブラリと剣を手からぶら下げてフラフラと歩く……。


一見すれば隙だらけな身のこなし、構えも何も無いナメた態度。しかし私は知っている、ジズの構えはこれなんだ。


「ッ……」


ジズ・ハーシェル…齢を九十超えの老齢にして全盛期の肉体を保ち半世紀以上に渡り裏社会の頂点に立ち続けた怪物。その身に蓄えた経験値は『直感で相手の動きを予測出来る』領域に至っている。


まさしく殺しの達人…、故に油断出来ない。一瞬さえも気を抜けない、さっきみたいに雑に攻めればその時点で即死────。


「はい、一本」


「ッッ!?!?」


瞬間、目の前からジズの姿が消え私の喉元に後ろから刃を押し当てられる…、後ろを取られた。いや直前まで目の前にいたのに移動どころかその素振りさえ感じ取れなかった!?


まずいッ!殺される!


「『時界門』ッ!」


「おや」


足元に穴を作り咄嗟にスルリとジズの手から逃れ、逆にジズの背後に転移し───。


「ぐぁっっ!?」


しかし、ジズの背後に飛び出した瞬間銃声が響く。肩越しに銃を向けたジズの銃撃が私の胸を撃ち抜いたのだ。


「そこに逃げると思ってたけど、本当にそこに行っちゃうんだ」


「ッ…」


最早視線すらくれずに致命の一撃を…全く躊躇なく。これが『本家本元の空魔殺式』、所詮ファイブナンバーやコーディリア達が使う空魔殺式は技に過ぎない、だがジズのそれは違う。


彼はそれを単なる一行動としてやってのける…、彼の一挙手一投足が全て殺式なのだ…。


「で?胸を撃ち抜いた感じだけど、つけてるんでしょ?防具」


「…ッ……!」


「……へぇ」


ああそうだ、つけているさ…お前と戦うために、私は最高の防具を身につけている。それこそが私のアストラセレクションに並ぶ最強の切り札。


……私の命よりも大切で、私自身を表す象徴たるメイド服を今脱ぎ去り…見せる。それも…。


「それは決戦装束かな?マーガレット」


「違います、これは私の決意の象徴…メグセレクション No.99決着魔装 『アルファ・カリーナエ』…!」


メイド服の下に仕込んだのは、白と青のラインの入ったスーツ。決戦装束と同じ動きやすさを重視したデザインをした戦いの装束。


さながら決戦装束の如く、この戦いに決着をつけるためだけに用意した私にとっての切り札。ジズの前ではメイドとしての私は見せない、この姿で戦う以上私はもうメイドではない。


ただ一人の…復讐者として。ここで戦うッ!


「防弾防刃仕様、ついでに身体能力強化に…他にも色々機能がある感じかな」


「…………」


「ならこれは役に立たないか、折角用意したんだけど」


この装束には強力な防弾防刃性能が付与されている、なんせあのエリス様がつけているコートをモチーフに作り上げた逸品だ。そこに更に常時発動の身体強化付与魔術付き。だから銃撃を喰らおうともへっちゃらです。


それ故か、ジズはその場で銃を捨てて剣だけを構える。


「ではここから本番だよ、次はさっきみたいにチャンスはあげない…上手く凌げ、そうすれば光明も見えるかもしれないぞ?」


ニッと歯を見せ笑うジズを前に私は再び刀を構える……落ち着け落ち着け、修行を思い出せ、私の今までを…。


「…行きます!」


「はははっ!!」


瞬間、私とジズの剣は衝突し…そして─────。



…………………………………………………………


そして時は現代に戻る、魔女の弟子達がファイブナンバーを四人倒しエルドラドでの戦いが佳境に差し掛かった時、地上でもまたジズの手勢は駆逐され始めていた。


『蹴散らせッ!ここで八大同盟の一角を崩すッ!』


『ヒィッ…!聞いてねぇよ!ウチの主力陣は…ファイブナンバーやシュトローマン達は何処だよっ!』


アストラ軍の猛烈な攻めによりジズの集めた軍勢達は切り裂かれ散り散りになり蹴散らされていた。もう十分もしないうちにこちらは決着がつくだろう。


各地で行われていた戦闘もそうだ。まずゴールドラッシュ城一階の通路にて行われる剣戦…ヴェルトVSモンドウの戦いにもまた。


「遅ェッ!!」


「グッッ!?!?」


煌めく二つの閃光が交錯し、鮮血が舞い壁に付着する。ヴェルトとモンドウ…二人の剣士の戦いの趨勢が決した。


互いに互い。ヴェルトは魔力覚醒『桜花繚乱・絶神の型』とモンドウの魔力覚醒『首断始末』…両者共に斬撃強化の魔力覚醒を用いての打ち合いを制したのは。


「ナメんなよ、元アジメク最強の剣士をッ!」


「ぅぐっ…!まさか…打ち負けるたぁな…」


ヴェルトだった、高速の剣撃を抜い的確にモンドウの腕の筋を切り裂きその手から剣を奪う。モンドウもまた剣の腕にそれなりの自負を持つ無敗の剣聖ではあったものの、それすら上回る技量を持つヴェルトを前にすればまさしく形無しと言ったところであった。


「オラ終わりだよっ!諦めて何処ぞへ消えろ!」


「消える?馬鹿な事を…どうせもう直ぐ全員死ぬと言うのに」


「死なねぇよ、誰もな…」


ここでモンドウを殺してもいいが…ヴェルトは周囲を見回し考えを改める。モンドウと打ち合っている間にやや時間を使いすぎた。気がつけば城は燃え上がり状況は悪くなる一方。


今は女王レギナの身柄が不安だ…。


「お前、死にたくなけりゃそこを動くなよ。俺レギナ様を守りに行くから」


「フッ、私が大人しくしていると思…ッ!?」


「してろ、動くな」


立ちあがろうとしたモンドウの脇腹に短剣を投擲し突き刺し、動きを奪う。剣を持てない剣士に脅威は感じないが、それでもあれこれ動き回られたら困る。後で尋問して情報を聞きたいし今は大人しくしてもらうとして。


「えーっと、レギナ様などちらに行かれたかのかね」


その場から走り出し炎を切り裂きレギナを探す。あの決意の決め方からして城から出てるってことはないと思うが───。


『なんなんだ!?なんで城が燃えている!ロレンツォはどうした!?』


「あ?」


ふと、聞き覚えのない声を炎の向こうから聞き、気になったヴェルトは炎を振り払い、そちらに視線を向けると…そこにいたのは。


「…あ?あんた」


「むっ!?なんだお前は!ジズの手先か!」


そこにいたのは筋肉ムキムキのスーツ姿の爺さん…、顔は見た事ないが、何より目を引くその背に背負った巨大な戦斧…まさか。


「あんた、ガンダーマンか?」


今まで姿を見せていなかったはずの…大冒険王、冒険者協会元会長のガンダーマンが、ゴールドラッシュ城の中で立ち往生していた。


何故こいつがここに、何故城にいたのなら今まで姿を見せなかった、と言うより今まで何処にいて何故今になって現れた。そんな疑問を浮かべるようにヴェルトが怪訝な顔つきを見せると…ガンダーマンは。


「だとしたら…どうする…ッ!」


凄まじい闘気を纏わせながら背中の大戦斧に手を掛け、そして────。





一方、所変わり。今度はゴールドラッシュ城の隣。ゴールデンスタジアムの中心、青い芝生生い茂るサッカーコートの真ん中でも、また一つの戦いが巻き起こっていた。


戦っているのは…。


「『絶影幾閃』ッ!」


ジズの右腕を自称する男、白い背広を着た若者シュトローマンがナイフを片手に加速し、人間には視認出来ぬ速度で場を制圧するように飛び交い、乱れ飛ぶ斬撃にてスタジアム全域を覆い壁も床も全て切り刻み解体する。


しかし…。


「ううーん!これも効かないかぁ〜ッ!」


芝生を切り裂き空を断つシュトローマンの連撃は、場の全てを切り裂いた…ただ一人、狙っていた男を除いて。


「よく飛ぶ足だ、羨ましい。取り替えてほしいくらいだよ」


シュトローマンが全霊の力を使い、スタジアム全域に及ぶ攻撃を繰り出して尚、その男と男の立つ半径数メートルには傷がつかない。見えない球体に守られたようにナイフを退け、男は一歩も動く事なく攻撃を凌ぐ。


…当たり前だ、彼が戦っているのは人類最強候補の一人と呼ばれた男。大魔術師トラヴィス・グランシャリオなのだから。


そう、ここで戦っているのはジズの第一の側近シュトローマンとマレウス最強の魔術師トラヴィス卿だ。


「しかし、動きに無駄が多い。見た目は派手だが派手以上の効果は薄い…故に、この程度の防壁も抜けない」


トラヴィスは片足でバランスを取りながら杖でコンコンと自分の周りを覆う防壁を叩く。そうだ、シュトローマンの攻撃の数々を全て凌いでいるのはこの魔力防壁ただ一つ。トラヴィスはこの防壁で攻撃を防ぎ、戦いが始まってから一度として動いていないのだ。


(この程度の防壁?よく言うよ。厚さ数メートルの防壁なんて見た事も聞いたこともないよ、歩く城塞かこいつは。あんなもんどうやって抜けってんだよ…)


先程から余裕を見せるトラヴィスの態度に若干の苛立ちを覚えながらも反論出来ないのは、トラヴィスが見せる圧倒的な実力が紛れもない事実であるから。


トラヴィスは強い、魔術が強いと言うより魔力の扱いが凄まじく巧みだ。


魔力防壁術、魔力操作術、魔力形成術、魔力放出術、魔力偏在力。凡そ魔力を扱う者にとって必要とされる要素…その全てが極限まで鍛え抜かれている。シュトローマンがトラヴィスと同じだけの時を生きても恐らくあそこまでは辿り着けない。


ここ数千年で生まれてきた数多の魔術師達がその生涯を使い研磨し、老衰で病床につき、今際の際に『これはやりきった、これ以上強くなることは不可能だ』と思える段階を全て超えた頂点に立っている。


常軌を逸した才能と正気を疑う程の研鑽の末に辿り着いた極致。その在り方は全魔術師の希望であり、目指すべき場所…だなんて言われる理由がよく分かると言うものだ。


(片足使えない程度じゃハンデにもなりゃしない。五感と四肢を潰して漸く僕と互角の段階に収まるレベル。寧ろ足まで万全だったらこれ…一人で俺達ジズ派の軍勢潰してるだろ)


今でこそエクスヴォートに最強の座は譲っているが、なんてことはない…別段トラヴィスは魔術師として弱くなった訳ではないのだ。


(しかしこれ、超面倒だな。僕がこのまま無限にポカポカしたところであれを抜ける火力がない…)


魔力防壁は通常の石や鉄などの防壁と異なりダメージの累積で壊れることは少ない。防壁は継続的な衝撃で削り抜くか、それを一気にぶち抜ける超火力で一気に破壊するしかない。


そして現状、シュトローマンの手元にはそれがない。


「現状、良くてスイテルメイトに持っていけるかどうかかなぁ。チェックメイトかと思ったんだけどなぁ」


「ははは、若いね。思い切りの良さは若人最大の武器だ、だが…やはり気に食わないな」


「ナメられてる事が?」


「それもある、だが…この命のやり取りをゲームに例える事が…だ」


トラヴィスの顔色が変わる、いや変わったのはシュトローマンの方か。目に見えて怒りを表したトラヴィスが放つ威圧にシュトローマンの足が一歩引いた。


余裕などない、トラヴィスを相手にしている人間に余裕なんて持つことは許されない。まるでそんなメッセージ込められているような威圧にシュトローマンは…。


「ああそうかい、なら…仕方ないかな。ヒヤヒヤするからあんまり使いたくないけど…奥の手を使うかね」


「奥の手…?」


瞬間、スタジアムの外から何やら騒がしい声が聞こえる。その声に反応したトラヴィスとシュトローマンはチラリとそちらを見て…。


「こっちだ!こっちに逃げるぞ!」


「クソッ!なんで普通に戦争が起こってんだ!」



「アレは…貴族達が連れてきた私兵?」


トラヴィスは顔を顰める。アレはマレウスの貴族達が連れてきた腕自慢の私兵達だ、今はマクスウェル将軍と共に外で戦っているはずが…目の前の敵に臆して貴族達と同じスタジアムの地下に逃げ帰ってきたのだ。


死にたくないのはみんな同じだ、彼等が敵を恐れる事を私は咎めない。だが彼らは既に報酬を貰い正当な手続きを踏み契約を締結しているはず。つまり彼等は雇い主を守るのが仕事、だと言うのにここに逃げ帰ってきては貴族達が隠れている意味がない…!


「ありゃ増援…ってわけじゃなさそうだね」


「ッ…」


トラヴィスは咄嗟に不覚を取ったと眉を上げる、私の顔を読んでシュトローマンが彼等がただ逃げ帰ってきただけの臆病者であるとバレてしまった…。


「ッ…来るな!こっちに来るな!」


「あ?あんた!トラヴィス卿!?ち…違ッ!これは逃げてきたわけでは!」


いやいい!分かってる!分かってるから!なんでこっちに来る!?来るなと言ってるのに何故こちらに来る!


「あ!敵と戦ってるんですね!援護しますぜ…へへへ」


「いい!戦わなくても!」


「お、俺たちだってプロですぜ!?だからこの事は依頼主には…」


ダメだ、私が逃げ出してきたことを貴族達に漏らす事を恐れて私の援護をしようと寄ってきてしまった。しかも聞く耳も持たないときた。


これは…まずいことになった。


「敵はこの青瓢箪一人でしょう、なら俺たちでもやれますぜ!」


「やっちまえ!」


ダメだ、彼等はシュトローマンの技量を分かっていない。恐らく彼等は傭兵ですらないのだろう、冒険者のように修羅場の経験もない、ただ荒くれが転じて私兵紛いのことをやっているだけの…素人。


敵から逃げ出した時点で分かっては居たが…、彼等は分かっていない。この世で戦いの道を進むなら、見た目以上に『纏う魔力の質』の方を重視しなくてはいけないことを。


「死ねやぁッ!」


「ふーん、人が増えた。でも丁度いいや…今から僕も本気出すつもりだったし」


「ッ!貴族に報告はしない!だから引くんだ!いいから!早く!」


そんなトラヴィスの言葉は虚しくも届かず、シュトローマンは舌なめずりしながら中指を立て。


「魔力覚醒『シュレディンガー・アトランダム』…!」


その瞬間、逆流した魔力がシュトローマンの体を包み、彼の体を『曖昧』にする。それと共に両手を広げた彼の無防備な体に私兵達の斬撃が飛び…。


「あれ…!?」


「ラッキ〜〜、大当たり」


剣が触れるその瞬間、シュトローマンの体にノイズが走りすり抜ける。当たらなかったのだ、まるでシュトローマンが『その場に居ながら最初からその場にいなかった』かのように。


使ってきた、魔力覚醒を。それもトラヴィスが考えるにアレは…。


非常に致死性が高い覚醒だ…。


「さぁお返しだ、どうなるかなッ!」


「ど!どうなってんだこいつ!剣が当たらな──」


お返しとばかりに両手を振るい、次々と私兵達の間をすり抜け、その胸に軽く手を当てる。攻撃と呼ぶにはあまりにも軽すぎるソフトタッチ…、アレは攻撃を当てたと言うよりただ触れただけ。


しかし、それだけでいいのだ…、なんせ彼の覚醒は……。


「ゴッ!?ガァ…あ…!?」


「うん、いい調子」


触れられた兵士達の胸に穴が空く。まるでその部分が消失してしまったかのようにポッカリと空いた巨大な穴から血が噴き出て、次々と触れられた私兵達が倒れ伏していく。


消失…違うな、正確には消失ではない。触れられた箇所が『砂になった』或いは『水になった』或いは『煙になった』或いは『空気になった』。一つ一つ現象が違う点に目を瞑れば共通しているのは『触れられた場所が別の物に置き換わっている』事。


これが彼の覚醒『シュレディンガー・アトランダム』…。


「さて、ストレス溜まってたし軽く皆殺しにしておくか」


「ひぃぃいいい!?」


───ジズの右腕シュトローマンが持つ覚醒。分類不能型魔力覚醒『シュレディンガー・アトランダム』、その効果は『結果そのものの置換』である。


彼の使う置換魔術が強化され常に結果が入れ替わり結果が不確実な状態を作る、故に彼への干渉は常に『ランダム』となる。剣で斬りつけた結果は切り傷を負う…その結果をランダムで別の結果に置換し『切り傷を負わなかった』『当たらなかった』『弾いた』などの結果に彼の意思関係なく無作為に決定する。


先程彼が傷一つ負わなかったのは切り傷を負う結果がランダムで別の結果に入れ替わったからだ。つまり…彼への攻撃は常にサイコロを振ってランダムで決定するように、幾千と用意された結果の中からダメージを負う結果を引き当てねばならない。


それは相手に対しても同じだ、この不確実なランダムを相手に押し付けその肉体の状況を別の状態にランダムで入れ替える。傷一つない状態から『肉体が砂化した状態』『液化した状態』『蒸発した状態』などの結果を無理矢理押し付ける。


人の体とは絶妙なバランスで作り上げられた精密品だ、そこを一つ崩すだけで致命となる。故に…。


「結果そのものを直接操る覚醒か…」


あっという間だった、体にノイズを走らせるシュトローマンが私兵達を殺し尽くしたのは。


彼が人の頭に触れただけでその頭は血煙となって消え、無謀な兵が彼に剣で斬りつけたが結果は軽い打撲…。


シュトローマンは致命を常に押し付け、対するシュトローマンに対する干渉は攻撃の大小に限らず結果はランダム。今のところシュトローマンが大したダメージを負っていないのを考えるに恐らく命中の可否も選ばれる判定結果の中に入っているようだ。


「そそ、僕に触れられた人間は残らず死ぬ。対する僕への攻撃は面が千個くらいあるダイスを振ってその中から『ダメージを与えた』って結果を引かないとダメ。つまり僕との戦いは実力勝負ではなく運勝負ってことさ」


「ジズが手元に置く理由がよく分かる…」

 

強力無比な覚醒だ、ここまで恐ろしい覚醒があるのかと思うくらいには恐ろしい覚醒だ。だがそれもまた人の可能性の具現、覚醒とはその者の在り方の権化なのだ、人が如何様にも優しくなれるように、如何様にも残酷になれるように、覚醒もまた優しくも残忍にもなる。


「アンタの攻撃がどれだけ強力でも運が悪ければ僕は無傷、さて…邪魔者も居なくなったし続きやろうか。とは言えここから僕も本気だけど」


「恐ろしい覚醒だが、やはり君はそこ止まりのようだ」


「……はぁ?」


確かにシュトローマンの覚醒は恐ろしい、だが…その恐ろしさと強力さから彼は勘違いしてしまった。その覚醒が…ゴールであると。


「覚醒はね、ご褒美なんだ」


「何が言いたい?大魔術師様の講義かな?」


「ああそうだ。魔力覚醒はその段階に至った物が自然と会得する現象に過ぎない、走れば汗をかく…それと同じさ、所詮は魔力覚醒はオマケなのさ」


杖を握り、目を伏せる。トラヴィスも若い頃は覚醒の力を手に入れまるで自分が天下を取ったかのような気分にもなった、普通の事だ、それだけ覚醒は絶対的だ。


トラヴィスがそれは過ちである事を理解したのは、偶然だった。




『貴方が、トラヴィス・グランシャリオですね。我が呼び掛けに応えてくださり感謝します』



それは私の前に現れそう言った。現魔術導皇の教師をしてくれと頼まれ赴いたアジメクで出会った。絶対者。友愛の魔女スピカ…彼女を見た時私は理解した。


魔力覚醒は通過点に過ぎない、寧ろ上に昇るに当たって必要なピースの一つにすぎない事に。何せスピカ様は私が絶対だと思っていた覚醒を…平気な顔で常時展開し続けていたのだから。


(人類が目指すべきはあの領域だ、そして人類はあの領域に辿り着くべきではない。私もこの段階に至ってようやく理解したよ、魔力覚醒はただの現象に過ぎないんだ…彼のように、絶対の切り札としているうちは、まだまだ道は遠いのだと)


それ故にトラヴィスは鍛錬を積み、研究をし、今この座についている。だからこそ断言できる。


「真なる魔力覚醒は、そんなもんじゃないよ」


「へぇ、なら…見せてくれるかい?貴方の真の覚醒とやらを」


「はははっ…残念だが、私もその領域には至れていない。だから偉そうな事は言えないが…」


杖を持ち替え、目を見開く…私は魔女のように真なる魔力覚醒を会得出来なかった。人々が探し求める答えを…我ら人類は永遠に探し続けなければならない、そして私はどうやらこの生涯をかけてもそこへは辿り着けない。


だが…。


「その一端なら、見せてあげられる」


「ッ…!?」


瞬間、シュトローマンが感じたのは…まるで背骨を誰かに掴まれるような、自分以外の人間が自分の主導権を握った感覚。これは…収められた。トラヴィスの『間合い』に!


(まずい…ッ!やばいのが来る!煽り過ぎたか!)


「生きていられたら、覚えておけ。これが覚醒の真なる一端…」


そしてトラヴィスは魔力防壁を解くと共に、一気に魔力を逆流させて…、


「極・魔力覚醒…!」


杖を地面に突き刺し、両手を合わせ解放する…トラヴィス・グランシャリオが生涯をかけて編み出し辿り着いた究極の奥義…その名も。


「『天照円相図』」


…それが、第三段階に至ったトラヴィスの極・魔力覚醒の名だ。極・魔力覚醒とは膨張した魂が周囲の空間ごと覚醒を起こす現象のことを言う。その射程範囲はその者の間合いに由来する。


故に間合いが大きければ大きいほど、極・魔力覚醒の射程範囲は広くなる、なのでスタジアム全域を覆う程の間合いを持つトラヴィスの覚醒範囲は、目の前のシュトローマンを包んであまりあるほどだった。


それにより発生した覚醒は、スタジアム全域を覆い尽くし…生み出す。


何を?生み出したのは……『太陽』だ。


「ギッ─────────!?!?!?」


トラヴィスの覚醒、属性同一型極・魔力覚醒『天照円相図』。これは非常に単純明快かつ実に簡単な内容の物だ。


その効果は『魔力を温度に変換する』…である、その温度の上限は1600万度…太陽の内部温度に匹敵するだけの熱を即座に用意することができる。つまり…だ。


トラヴィスが極・魔力覚醒を発動した瞬間。彼の周りは…太陽に包まれることを意味する。


「が────────!?」


今シュトローマンは、トラヴィスの覚醒内部に居る。太陽の真っ只中と同じ状態に変化した環境の中動く事も出来ず両手をクロスさせ恐怖している。


もし自分が覚醒を使用していなければ、その瞬間シュトローマンは痛みを感じる暇もなく蒸発して死んでいた。発動させるだけで周囲の人間を即死させる覚醒なんだ…これは。


そして今、シュトローマンが生き延びているのは信じられない程の豪運のお陰に過ぎない、熱で傷を負う結果が別の物に置換されているからなんとか生きていられているだけ。


(それでも常に結果の判定は秒速一万回以上の速度で行われてる!つまり秒速一万回は死んでるって事だ!イカれてる!こんなふざけた覚醒持ったやつが何平然とシャバの空気吸って生きてんだよ!殺し屋とかそんなの比じゃないレベルの危険人物じゃねぇか!)


こんなの相手にするなんて無理だ、戦って勝てるわけがない、このまま結果の判定を続ければそのうち『傷を負って死んだ』と言う最悪の結果さえ引きかねない、というか。


視界が光の熱で真っ白だ、何も見えない、今トラヴィスがどこにいるのかもわからない。


(これ、無理だ…逃げよう)


瞬間、シュトローマンは即座に置換魔術のワンウェイ・スコープゴートを用いて転移する。ジズ様がしくじった時の為…もしも、万が一の為に用意していた緊急離脱用の転移先、エルドラド郊外の木の枝と自分の位置を入れ替える。


その瞬間シュトローマンの姿が木の枝へと変化し…そのコンマ一秒後に木の枝は光と熱に飲まれて消滅する。


「…ふむ、仕留めきれなかったか」


そして、今までの熱が嘘であるかのように辺りから光が消え、芝生も死体も何もかも消滅した大地の上に現れるトラヴィスは居なくなったシュトローマンの気配を探る。


天照円相図によって発生する熱は周囲に伝播しない、飽くまで範囲内にのみ熱は適用される。故に彼の範囲内にあったものだけが消滅しただけで、スタジアム自体は無事だ。


「街の外へ逃げたか、負うのは不可能かな」


ここで仕留めるつもりだつたが、まぁ逃げてしまった物は仕方ない。彼ももう私には二度と近づかないだろうし、今はこのくらいで許すとしよう。


「ふぅ、久々に覚醒を使って疲れた…」


彼の持つ極・魔力覚醒『天照円相図』は発動=相手の消滅が約束された世界でも最強格の覚醒だ。しかしそんな覚醒を持つ彼でさえ…未だ魔女への到達は叶っていない。


いや、あるいは私にはその資格がないのかもしれない。そしてその資格を持つのは…。


「さて、後は貴方の仕事ですよ…デティフローア様」


天を見上げ、戦う魔女の弟子を見つめる。彼らこそ…私の先の段階に至る資格を持った者達、その中でもさらに一握りの才能を持ったお方。一人の探求者としつその行く末が今から楽しみというものだ。


「さてと、私はそろそろ休ませてもらおうかな」


その場で座り込み、戦いの終わりを待つ。もう戦いは長引かない…決着は、近い。


……………………………………………………………………………


「『ウォーターインパクト』ッ!」


「どう?カリナさん!」


「ダメ…この炎、水じゃ消せない!」


そして、この戦いの中心に居るのは女王レギナと護衛達だ。彼女達は様々なルートを駆使して城の中を逃げ周りジズの手勢の魔の手を退け続けて来た。


しかし途中で巻き起こったこの火災…、一体何処から発生した炎かは分からないがゴールドラッシュ城を包み込んだ炎は着実に城を焼き燃え盛り続けた。


レギナ達は炎を嫌って一度は分塔の方に逃げ込んだ物の分塔の方にも炎が燃え移り始めたのを確認しこの黄金回廊を通じてゴールドラッシュ城に戻ろうと画策していた。分塔は逃げ場が少ないしあのまま分塔に避難し続けていた蒸し焼き確定だ、ならまだスペースが確保されている本城の方が安全…と言う判断なのだが。


「なんなのよこの炎!水ぶっかけても踏んでも叩いても全然消えやしない!」


目の前を覆う炎の壁にカリナは水魔術を使い続けるも全く消える気配がないのだ。如何なる消火活動も意味を成さず水を受けても炎は未だに轟々と燃え続けている。


どうやら、炎そのものが通常の物とは違うようだ。


「ダメよ、消せないわ」


「……いや、カリナ…見てくれ」


するとウォルターは一人前に踏み出し、炎の中に手を突っ込み…。


「ちょっ!?何してん!?熱くないの!?」


「熱い…だが」


そう言ってウォルターは炎の中から手を抜くと、手に握っていた紙をカリナに見せる。いや…見せると言うか。


「何その紙、燃えないの?」


「違う、炎が紙に燃え移らなかった。炎そのものには熱があるが…別の物には燃え移らないようだ」


「何その不気味な炎…」


「分からない、分からないが…どうやらこれは魔術由来の炎のようだ」


「そんな魔術無いわよ…」


城を燃やし、瞬く間に城全体に延焼を始め、全てを燃やし尽くし始めている炎。されどそれは人には燃え移らずそれどころか紙にも燃え移る気配がない。


文字通り『城だけを燃やす炎』…そんな炎そのものが意思を持って燃やす相手を選ぶような事があるのかとカリナとウォルターが首を傾げる中…。


「ねぇ、姉ちゃん」


「うん、この炎…まるで」


リオスとクレーは目の前の炎の正体に若干ながら気がつき始めていた。だが彼等の常識に当て嵌めるにどの道常軌を逸した存在である事に変わりはないが…それでもこれが二人の知る物であるなら…『消火は絶対に出来ない』。


「…燃え移らないのですね」


「レギナ?」


「なら、このまま進みましょう」


「え!?ちょっと!?」


するとレギナは覚悟を決めたように前へと一歩歩み出すのだ、轟々と燃え盛る炎の壁を前にしても怯える事なく…前へ。


「レギナ!確かに燃え移らないが熱そのものは炎である事に変わりはないんだぞ!」


「そうよ!それに…もういいじゃ無い!城がこんな感じならジズも来ないはずよ!いつまでも城の中に残ってたらそれこそ殺される前に死んじゃうわ!」


火事が起こった建物の中に意地でも残り続ける…なんて異常な行動を続ける意味はない。囮の役目は十分果たせた…だからそろそろ避難しようとウォルターとカリナは言う物の。


「まだです」


首を振る、レギナはそれを拒否する。


「なんで!?」


「まだ、彼が来てません」


「彼…もしかして、ステュクス?」


「はい、彼は戻ってきます。なのに私が先に逃げるわけにはいきませんから」


ステュクスが戻ってきてない、ステュクスはきっと私が城の中にいると思い飛んでくる。そして私を見つけるまで炎の中を探し続けるだろう。なのに私が先に城から逃げては意味がない。


彼に、みんなに、命を賭けさせた私が…先に降りるわけにはいかないのです。


「でもここからは危ないので、皆さんは先に脱出を…」


「しないっての!私達は元冒険者よ!」


「依頼は完遂するまで投げ出さないって習慣が、骨身に染みている物でね。例えどれだけ危なくとも…戦い続けるさ、少なくとも君を守ると言う役目を果たすまではね」


「カリナさん…ウォルターさん」


「このくらいの炎で逃げ出したら笑われるよ!」


「アルクカースの子は炎の子なんだもん!炎の中で遊んでこそだよ!」


「リオス君…クレーちゃん、ありがとうございます」


良い仲間に恵まれた、良い友に恵まれた、私一人ではきっと何処にも行けなかった、ステュクスだけではない。みんな私を守る為に力を尽くしてくれている。


なら、王たる私は…。


(皆が死力を尽くして守るに足る…王にならなければならない。それが仮初でもハリボテでも、王の役目だから)


炎を踏み込えゴールドラッシュ城に戻る。敵が犇き炎渦巻く敵地の只中へと。


火の中を通れば全身を針で刺すような感覚を味わう物の、それでも炎は私に手を伸ばさずカーテンで作った服に燃え移る事もなく私は変わる事なく炎のを突っ切って黄金回廊へと戻ると…。


「あれ?」


てっきり敵が大量に待ち構えているのかと思ったのだが、誰もいない。と言うかこの回廊…黄金で出来ている筈なのに燃えている、紙にすら燃え移らないかと思ったら本来は燃えないはずの金属さえも燃やす…本当にわけが分からない炎で…ん?


「誰かいる」


向こう側の炎のヴェールの向こうに誰かいる、そのシルエットはゆっくりとこちらに近づき…。


「レギナ…」


「ッ!ラヴ…!」


ラヴだ、ラヴが居る。けど…。


「そうですか…やはり」


その手にはナイフが、なるほど。やはり私を殺しに来ていましたか、ラエティティアがアレだった時点で察していましたが。


「元老院の差金ですか?」


「…………」


「答えずとも分かります、人を人とも思わぬ所業…こんな物元老院でもなければ行動に移せませんから」


ゆっくりとその手のナイフを私に向けるラヴは何も言わない、迷いはある…だがそれでもやらねばならぬ。元老院の命令は絶対ですからね、少なくともマレウスに生まれた以上奴等の影響から逃れることは出来ない。


ですが…ですがね。


「ラヴ、もうやめない。元老院の言う事を聞いても意味なんかありません」


「…………」


「彼等は夢を見ているだけなのです。怨讐と言う果てのない夢を、それは地に空いた穴のように何を入れても埋める事はできない、元老院がやっているのはその穴に人の命を放り込み続けいつか埋まる日を信じて犠牲を出し続けている…無駄な行為に過ぎないんです」


「…………」


「私も貴方も同じ元老院の魔の手によって奪われた者同士、なら…せめて私と───」


「うるさい…ッ!!」


しかし、私の呼びかけには答えない。それも分かっていた、元老院に言われた以上逆らう選択肢がない事が。元老院に逆らうことがどれだけ難しいか…でも。


それでも、私は選んだ…元老院に抗い、私の国…兄様の国を!守る事を!


だから死ねないッ!絶対に…!


「やめろォッ!!!」


「チッ!護衛か…!」


「ラヴ!あんたやっぱり裏切ったのね!」


「油断ならないと思っていたが、そうか…」


炎を切り裂き現れたリオス君の蹴りによって刃は弾かれ、私の周りを囲むように立つウォルターさんやカリナさんによって守られる。


「退け、護衛なら殺す。今ここで退職するなら許す、選べ」


「冒険者は依頼料を貰うまで絶対に依頼を投げ出さない!」


「報酬は月払いでね。給料日はまだ先なんだ、また日を改めてその話をしてくれ」


「あんたこそ退けー!」


「………ステュクスの友達らしい、高貴で…高潔な答えだ」


すると、ラヴはゆっくりとナイフを構え威圧を放つ。その威圧は…この城で出会ったどの刺客よりも濃く、強い事が分かる。


やはり彼女、元老院から身体改造を…!


「ナメんなぁあ!」


「もう味方じゃないなら容赦しないよ!」


瞬間、ラヴに向けリオスとクレーが突っ込んでいく。何処から拾ってきたのか不明だが拳に鎖を巻いたリオスは全力でラヴに向かって文字通りの鉄拳を振るう…しかし。


「フンッ!!」


「ギャッ!?」


まるで答えるかのように同じく拳を放つラヴの一撃がリオスの拳と重なり、鎖が砕けリオスと手から血が噴き出る。


「な、なんてパワー…」


「退いてリオス!」


逆に弾き返されたリオスと入れ替わるように飛翔したクレーがラヴの体にしがみつき押し倒そうと暴れるも、クレーの怪力を受けても倒れる事なくラヴはクレーと取っ組み合い…。


「邪魔しないで」


「うぅっ!?」


遂にクレーは片手で引き剥がされその上で拳を受け地面を転がり倒れ伏す事になる。あの二人が大人を遥かに上回るパワーを持っていることは知っている、けれどそれさえも片手で制するほどに…ラヴは強い。


「はぁああああ!」


「ッ…」


その瞬間、隙を突いてウォルターが斧を構えて突っ込む。クレシダ相手に見せた連携と同じだ、このままウォルターさんが時間を稼いでいる間にカリナさんが…。


「隙だらけ…動きが重いッ!」


「ぐっ…フルプレートアーマーだぞ、これは…!」


しかしウォルターさんの突撃は虚しくもラヴに受け止められ、逆に投げ飛ばされる。全身を鋼鉄の鎧で身を包んでいるにもかかわらずあの細腕で一つで軽々と持ち上げる膂力にウォルターも思わず顔を歪める。


そして…。


「『ゲイルオンスロート』ッ!」


「『ロード・デード』ッ!」


魔力充填を完了し、風の大魔術を放つカリナだったが、既にウォルターを排除し終えた彼女は即座に転身し、足元の金の床にナイフを突き刺し、そのまま引き抜くと共に斬撃を放ち迫る竜巻を一刀両断して見せ…完全にカリナ達の連携を打ち崩す。


その様にカリナは一筋の汗を頬に流して。


「もしかして、コイツメチャクチャ強い?」


「あ、ああ…レナトゥスが言っていただろ、三ツ字冒険者程度ならダース単位で用意しても数分と関わらず皆殺しに出来ると」


「カリナとウォルターの字は幾つなの…?」


「持ってないわよ!ああクソ、これかなりやばいかも」


傷つきながらも立ち上がるカリナ達に囲まれたラヴは、静かに構えを解きこちらを見据える。やはり狙いは私一人か…。


「ラヴ……」


「…元老院は言った、お前は死ななければならないと。だからお前は死ぬ…元老院は絶対だから」


「そんな事ありません、あれは…ただの妄念に取り憑かれた老人達です」


「……五月蝿い」


「フラウィオスだって結局私と同じ、初代元老院首席のプリンケプスや始祖セバストスの意思を再現する事にしか自己の価値を見出していない。それに従うレナトゥスも貴方も誰一人として未来を見ていない」


「未来?そんなもの見て何になる」


「何になるかは分かりません、けど…今生きている私達には未来を見据え続ける義務がある!そうでなくては死者と変わりません!私達は死者になっていい立場ではないでしょう!」


「五月蝿いと…」


瞬間、ラヴが動き出す。私を殺しにやってくる、けれど分かっている。


…貴方が、本当は誰も殺したくないことが。刃を構え、こちらに向かってくる貴方がそれでも目を逸らし続けるのは、誰かに止めて欲しいからでしょう。


けど、貴方を止める事は私には出来ない────。


「言っている!」


「ダメだ!止めろ!」


「ッ邪魔っっ!」


みんなが止める、飛びかかって止める、それすら弾き止まらぬラヴ。刃を突き立て迫る…その刃を、誰よりも止めてほしいと願っているのは、他でもない貴方でしょう、ラヴ。それでも止まれないんでしょう、貴方は。


私達では止められない、ラヴでも止められない…なら、もうラヴを止められるのは。


(貴方しかいませんよ、…ねぇ。聞いているんでしょう?貴方ならきっと…私の窮地に駆けつけてくれると私は信じています、だからこそ、その名を呼びましょう)


きっと彼なら、そう願いレギナは迫る刃から逃げ出さず…息を大きく吸い。


呼びかける。


「来て!ステュクスッッッ!!」


誰よりも信じる彼の名が黄金回廊に木霊する。それと共に響き渡るのは…。


壁を切り裂き崩し、弾けるように爆発しながら外から飛んでくる…金の髪。


「───俺、言ったよな!」


「ッ…!」


飛び込んできた影は飛び交う瓦礫の中を駆け抜け、私に迫る刃を剣で受け止め…。


「お前にもお前の使命があり、やるべき事がある…その点には理解を示す、だけど」


その背中は、私が信じていた彼の物。やっぱり…来てくれるんですよね、貴方は。こう言う時には必ず…。


「レギナに手を出すなら、俺はお前と言えども倒すと!なぁ!ラヴッッ!!」


「…ステュクス……!」


黄金回廊を切り裂き現れたステュクスがラヴの前に立ち塞がり、刃と刃を重ね睨み合う。ただそれだけで…安堵してしまう程に、その背中は頼もしかった。


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