523.対決 ハーシェルの影その五番・ミランダ
『月命殺』のミランダ・ハーシェル。怪物揃いのファイブナンバーの一人でありながら虚弱な肉体を持つ異例の影。
運動能力は低く、ナイフを持って戦えば下位どころか番外の娘にすら負ける程に弱く、それでいて人格にも難があり協調性が低い。常に自室に引きこもり出てこず訓練にも参加しない、それ故に彼女の事をファイブナンバーに相応しくないと見る者も多くいる。
だがそれでも、そんな彼女でもジズに評価されている。何故なら彼女は結果を出しているから、依頼達成率は勿論100%でありながら同時に五つの依頼を掛け持ちしその上で最速に近い速度で依頼を達成して見せるその手腕は他の追随を許さない。
それこそ、殺しの腕前だけならば長女エアリエル・ハーシェルにさえ並ぶと目される程に彼女は殺し屋として完成されている。
そんな彼女が持つ月命殺とは別のもう一つの異名『死亡遊戯』こそ彼女の殺し方を体現した呼び方言えるだろう。
そう…ミランダの改定・空魔殺式『死亡遊戯』こそが、彼女の唯一にして最強の暗殺法なのだ。
『ルールは単純、今から君達には五つの試練をクリアしてもらう。これらを無事達成出来れば君達を解放する事を約束する』
「はぁ?いきなり現れて何言ってんだテメェ」
空魔の館に乗り込んだラグナ達を分断する為発動した落とし穴より彼等はこの閉ざされた部屋へと招かれた。
ラグナ、デティ、ナリアの三人は鉄の扉で閉ざされた石室へと落とされ…そこで言われたのだ、姿だけを投影したミランダから『死亡遊戯』の参加を。
「つまり、そのデスゲームをクリア出来れば私達は外に出れるの?本当?」
『勿論、私は約束を守るし何よりこれで君達を殺せなければ私に打てる手はないからね?どの道手出しは出来ないさ』
「ふーん…けど、態々それに付き合う必要はないよな」
ラグナはチラリと鉄の扉を見る。確かに分厚く頑丈そうだがラグナが全霊で殴れば壊せないことはないだろう…と思ったが、その瞬間ミランダは『チッチッ』と指を振り。
『ああ、言っておくが扉を壊すのは反則さ。反則行為が確認され次第この部屋の爆弾を起動させる』
「はぁ!?」
『私にも相応の手段がある、けどそれでもゲームという形で君達にチャンスを与えているんだ。私も付き合ってる側だって事を忘れないでほしいな…』
「チッ」
流石にこの部屋で爆弾を起動させられるのはまずい、この部屋は魔封石によって魔力が封じられている。魔力防壁も発動させられない状態じゃデティとナリアが危ない…。そう考えたラグナは鉄の扉から離れる。
それを見たミランダは両手で口元を隠しながらクスクスと笑い。
『分かってくれたなら結構』
「仕方ない、で?何すりゃいいんだよ」
『じゃあ改めて説明させていただくよ?まず君たちには殺し合ってもらう』
「殺し合わねーよ」
『それはどうかな?まずその部屋を出るには鍵が必要だ。そしてその鍵は…ここにある』
そう語りながらミランダの幻影はスルリと横に退く。するとミランダの背後に腕一本通るかどうかという穴が開いていることに気がつく。
ラグナはその穴の中を覗き込むと…確かに奥に鍵が三つ立てかけてある。
『この三つの鍵のうちどれか一つが正解の鍵、それ以外は精巧に作られた偽物さ。正解を引き当てれば見事第一のゲームはクリアとなる』
「これを取ればいいんだな」
『ああ、そうだ。それが第一のゲームだ…簡単だろ?』
「……なんかあるな?」
『あるに決まってるだろ?ほら』
そう言いながらミランダが何かを起動させると…穴の奥で何やら駆動音が聞こえる、再び穴の中を見てみれば…。
「…なるほど」
回転する刃が一定間隔で穴の中で左右に揺れている。タイミングよく取らないと腕が切り落とされるってことか。
『これは最初の挨拶、この死亡遊戯の空気感を掴んでもらう為のチュートリアルと言ったところかな。ではまず…君達の中から誰が挑むかを決めて、決まったらこのゲームに挑みなさい、それでは』
「あ!おい!」
その言葉だけを残しミランダの姿は立ち消え、ラグナ達は部屋の中に残される───。
…………………………………………………………
「クフフフ、楽しい死亡遊戯の始まりだ」
クスクスと笑いながら闇の中椅子に座り込むのはミランダだ、ラグナ達がいる部屋とは別の部屋で彼女は無数の魔力機構に囲まれた部屋でお菓子を食べる。これこそがミランダの戦い方であり彼女の空魔装『脱出不可能迷宮・層』だ。
ミランダは力が弱い、動きも鈍い、だが頭はいい。普段はこの個室から出ずに生活しつつ投影魔術でどこにでも姿と声を届けながら魔眼にて対象を観察しながら着実に追い詰める。
番外の子達や街のゴロツキを使い依頼対象を拉致しこの脱出不可能迷宮へ連れ込みこのようにデスゲームを持ちかけるのだ。全く別の場所から誘拐した縁も所縁も無い数人の依頼対象同士を殺し合わせるようなデスゲームを。
「さぁて、どうなるかな」
このデスゲームの主題は『不和』にある、誰しも自分が助かりたいが故に相手を蹴落とし生き残ろうとする、それこそが人間の本質でありその本質を利用し騙し合わせ殺し合わせ傷つけ合わせる。
そして最終的には誰も生き残らない。これこそがミランダの依頼達成速度の速さにある、なんせ自分で殺さず依頼対象同士を殺し合わせるんだ…相手は勝手に死んでいく。
「あーはっはっはっ!超楽勝!今回の戦いで私は魔女の弟子を三人一緒に殺しちゃうんだからお父様も私の価値の高さを再確認するでしょ〜!そうなればチタニアやエアリエルにデカい顔はさせない!私こそ!次代の空魔の座に相応しいんだから〜!」
回転椅子の上でクルクルと回転しながらミランダはビスケットを齧る、実力勝負でどつきあって勝敗を決める?ばかばかしい、この魔力機構最盛期において腕力や魔力の強さなどなんの指標にもなりはしない。
必要なのは『道具』と『それを使う頭』だけ。そしてミランダはその双方を持ち合わせている。脳筋のエアリエル達とは違う新時代の殺し屋なのだから新たな時代を牽引する空魔は自分こそが相応しいのだ。
「さぁ〜て、醜い言い争いでもしてるかなぁ?」
そろそろ始まっただろうとミランダは取り付けられた魔力機構を目に当てラグナ達の様子を伺い始める…すると。
『なんでそんな酷いこと言うのッ!ラグナ!』
『い、いや事実だろ』
早速、言い合う声が聞こえて来た。これはデティフローアの声だろうか…、やはり友情など脆い物だとミランダは笑いながら更に様子を伺っていく…すると。
ラグナ達が穴の前で言い合っているのが見えてくる…。
『なんでそんな酷いこと言うのさ!キレるよ!』
『だから事実だろ!?お前の身長じゃこの穴に手届かないだろ!?だから俺がやるって言っての!』
『うっ、いや…事実だけど、ごめん。いきなりチビって言われた気がして発作的にキレちゃった』
『病気じゃん…』
(…なんか、思ってたよりもスケールの小さい揉め方だな…)
ミランダは首を傾げながら頭を掻く、ここは普通誰があの穴に手を突っ込むかで揉めるんじゃないのか?それとも自分はどうあれ無事で済むと思っている類の蛮勇タイプか?
…多分そうだ、時偶にいる。こう言う状況に置かれた時周りを牽制してでも危険に飛び込もうとする若者が、英雄症候群とも言われる根拠も現実性も無い自信から自分から問題を解決しようとする。この手の手合いには脅しは寧ろ逆効果…だが。
(それも現実を知るまでだ、分かってないなぁ…彼等は。私は君達を『試そう』としてるんじゃ無い、『殺そう』としてるんだよ…?)
『よーし、じゃあいくぜ?』
『サッ!と入れてサッ!と取れば大丈夫だから!』
『気をつけてくださいね!ラグナさん』
『大丈夫大丈夫!一気に三つ全部持ってくる!そうすりゃ偽物も本物も関係ねーだろ!』
するとラグナは迷う事なく回転鋸が左右に行き交う穴の中に腕を突っ込み奥にぶら下げてある鍵を三つ同時に掴む、が…その瞬間ミランダはニタリと笑い。
「ハァ〜イやっぱり低脳、猿の壺も知らないのかね」
曰く、木の実が詰まった壺を見つけた猿は、中身の木の実を欲しがり壺に手を突っ込み木の実を鷲掴みにして持ち出そうとすると言う。
しかし、壺に突っ込んだ手は抜けない…何故か?それは壺の中にある物を欲張ってたくさん持った状態では手がその分開いてしまうが故に壺の口に引っ掛かってしまうのだ。それに気がつかない欲張りな猿は一度にたくさんの物を掴む事をやめられずツボから手を抜くことができなくなる…。
あの穴はそれと同じ原理だ、手を窄めた状態ならギリギリ入る、だがたくさんの物を掴んだ状態では抜けないようになってるんだ。一本だけならまだいい…だが三つ同時に掴んで居ては絶対に手が抜けない。
腕を失いたく無い一心で一度に全部掴めば、結局腕を失う仕組みになってるのさ!
『ッ…!ヤベェッ!』
『ど!どうしたの!ラグナ!?』
(かかった!回転鋸のスピードア〜ップ!取り敢えず腕一本頂き!)
手元のスイッチを押しケラリと笑ったミランダはラグナの焦った様子を見物する為更に強く魔眼を発動させる。
その瞬間回転鋸は回転速度と移動速度を爆発的に上げ腕を突っ込んだラグナに向け一気に襲い掛かる。
『おお!おおおおおおっっ!!』
『ラグナ!?凄い音してるけど!?』
『ラグナさん!』
「プスッ!ススス…カカカ!バアーッカ!バッカバッカバッカ馬鹿ばっか!アホ丸出しの猿同然!イーヒッヒッヒッ!ザマァー!せーっかくおかーさんが五体満足で産んでくれたのにこんなくだらない事で腕一本落とすなんて親不孝〜ゥ!」
ギャリギャリと音を立てる穴の奥、焦り散らすラグナの顔、それを見てなんとも愉快とミランダは手と足でそれぞれ拍手をしケタケタ笑う。
さぁーて!馬鹿やった馬鹿をどんな風に馬鹿にしてやろうか!種明かしをするか?いやもっと勿体ぶるか?同情してやるか?まぁ最初だしこう言うミスも仕方ない────。
『おっ、抜けた!あぶねー』
「え?」
瞬間、スポンと音を立てて穴から手を抜くラグナ…、その腕には三本の鍵が握られており、と言うか…あれ?腕ある?いや…今絶対回転鋸が当たってた音してたよね。
…………あれ?なんか変だな。
『ちょっとラグナ!全然無事じゃん!なんで変な声出したの!』
『いや焦ったよ、急いで抜こうと腕に力込めたらさ、鍵握り潰しそうになってさ。しかもなんか穴から腕抜けないし…ビビったー!』
『猿の壺知らないの!?』
『知ってる、弱い猿は壺から腕が抜けず、強い猿は壺ぶっ壊して中身持ち去るって話だよな』
『違うー!?』
(どうなってんだあれ、回転鋸は確かに当たっていた。しかも鍵を三本持った状態で穴から手が抜けるわけないし…どうなってんだよどうなってんだよなんで無事なんだよ!)
慌てたミランダは魔力機構を調整し魔眼で穴の中を見てみると…そこには。
(うげぇっ!?か…回転鋸の刃が全部潰れて壊れてる。まさか切り裂けないどころか逆にラグナの腕に弾かれて壊されたっての!?しかも穴もラグナの腕型に変形してるし…馬鹿耐久力と馬鹿腕力でなんとかしたのか…!?)
折角の仕掛けが丸ごと全部ダメにされていた、回転鋸はラグナの腕を切り裂こうと襲いかかったが逆に弾かれ刃の方が裂けてズタズタに、穴もラグナが勢いよく腕を引いたせいで形が変わっている。
完全なる想定外の事態。真正面から全て台無しにされた…ただの腕力によって。
「…………ふぅー、落ち着け私」
直ぐに回転椅子から立ち上がり本棚に保管してあった資料を捲る。これは世界の要人や実力者達の情報が書き込まれたミランダ専用のノートだ。
(ラグナ・アルクカース…ラグナ・アルクカース…ラグナ・アルク…あった、えーっと?争乱の魔女の弟子でアルクカースの国王で、常軌を逸した怪力を持ち魔女の弟子最強の戦闘能力を持つ…ふむ)
再び情報を確認し今の状況と照らし合わせる。
(怪力って時点で察していたがやはり肉体的超人…それもチタニア同様後天的に超人になった類か。しかも素肌で刃を弾くなんて超人の中でもより一層ぶっ飛んだタイプ…)
ミランダは焦らない、自分には史上最高の頭脳と累積させたデータベースがあるから。ミランダが愛読している小説にも書いてあった…『焦るのは三流、焦らないのは二流、一流は考える』と。
(なるほど、つまり奴には刃や物理的な攻撃は効果が薄いと言うことか。ならやり方を変える必要があるな…精神的な類か、或いは毒か…色々試してみるか。問題ない、この脱出不可能迷宮・層は少なくともチタニアは殺せるように作られている…つまり、超人でさえ殺すことが出来る)
『おーい!鍵取ったんだけどー!部屋出ていいのー!』
ミランダはラグナの言葉を無視して手元の魔力機構を操作しつつ棒付きキャンディを口に咥える。
動かしているのはこの迷宮そのもの…、それと共に自分の姿を投影しつつ念話機構でラグナ達に語りかけ。
「『おやおや、まさかこんなに簡単に突破されるとは。おめでとう、君達は第一関門をクリアした、だが次はそうはいかない、次からが本番だ…覚悟が出来たら進み給え』」
『…あいよ、行こうぜ二人とも』
『うん、ってか私達まだこれに付き合わされるの…?』
『みたいですね』
やや呆れながら次の部屋に移動するラグナ達…を尻目にミランダは手元の地図を、脱出不可能迷宮・層の全体地図を見る。
…脱出不可能迷宮・層は合計五つの部屋からなるデスゲーム会場だ。が…その実態は横並びに連なった五つの部屋ではない。
地図に書き込まれたのは複雑な模様を描いた円形…脱出不可能迷宮・層の『層』とは即ち『多層構造』を意味する。つまりそもそもこの迷宮の形は一直線では無い。
無数のダイヤルが重なったような構造をしており、それぞれの円には複数の部屋が用意されている、ダイヤル式金庫鍵を動かすようにそれぞれの円を動かし連結させ時と場合によって部屋の内容を入れ替えることが出来るのだ。
第一の部屋で相手の傾向を見て分析し、相手をより追い詰められる部屋を用意し、それでもダメなら更に細分化された部屋の中から適切な物を選び、それでもダメなら更に適切な物を…そうやって部屋を入れ替えることで確実に相手を殺す、それがこの迷宮の正体だ。
今のラグナの動きを見たミランダはよりラグナを殺すのに適した部屋をダイヤルの中から選び出す。
(次のゲームは…これで行こう、肉体的超人相手に物理的な脅しは通用しない…なら)
そうやって選んだ新たな部屋にラグナ達は何気なしに入り込む…そこには…。
『なんだこれ』
『広い部屋に…机が一つ?』
だだっ広い空間に小さな机が一つ置かれただけの部屋。これがラグナを殺すのに適切だと読んだミランダが用意した必殺のデスゲーム…。
「『ようこそ、次のゲームの参加者は一人だけだよ。誰が挑むか選びなさい』」
そうミランダが念話を行うと、部屋に入ったラグナ達は躊躇することなく。
『俺だ、俺が行く』
ラグナが前に出る、やはりラグナが挑むよな…残りの二人は魔力と魔術が封じられれば何も出来ない役立たずだから。分かっていた…分かっていたからこれを使った。
「『そうか、なら残りの二人には…』」
瞬間、ミランダは前に出たラグナの動きを読んで先んじてボタンを押す…すると。
天井から巨大な鉄檻が降り注ぎデティとナリアを拘束する…。
『あ!おい!』
『なにこれー!』
『しまった!ラグナさん!』
「『慌てるなよ、このゲームに参加するのは一人、残りは人質になってもらうだけさ。ゲームの内容は単純、チェスさ…それで私と勝負してもらう』」
『チェス?』
その言葉と共に仕掛けが作動し机の上にチェス盤が現れる、これこそ第二のゲームの正体…。
「『ああ、でもただのチェスじゃ無いよ。命を懸けたチェスゲームさ…』」
するとデティとナリアを閉じ込めた檻の上から、無数の棘が生えた吊り天井がゆっくりと降りてくる。それを見たラグナは顔色を変え。
『お、おい!ゲームの参加者は俺だろ!俺を狙えよ!』
「『ルールは私が決める。いいかい?このチェスはそこにいる二人の命を懸けた物。駒の一つ一つが二人の命に直結している…、その吊り天井が完全に落ち切り二人が押し潰されるまで三十分。君が一つ駒を取られる都度吊り天井は『十分』分落ちるようになっている、つまり君は時間以内に私を倒しつつ取られる駒の被害を三つ以内に収めればいいだけさ…簡単だろ?』」
『………』
「『そして勿論、このゲームに負ければ君も死ぬ…、部屋の空気を抜いてね』」
即ち、これは仲間同士の絆が深ければ深い程有効なゲームとなる。駒を取られればその分仲間の死が近づく、故に迂闊な手は打てない。しかし迷えば迷うほど仲間は窮地に…そうして迷っているうちに仲間は断末魔を上げ恨み言を吐きながら吊り天井に押し潰される。
失意の中戦う意味を失ったラグナもまた、このゲームに負け私によって殺されることになる…仲間を想うあまり仲間を殺す。最高のゲームだろう…君にお誂え向きだと思わないかい!
絶望するラグナの顔を見てやろうと魔眼を発動させゆっくりと覗き込むと…。
『…テメェいい加減にしろよ、俺の友達の命をなんだと思ってんだよ』
「ヒッ!?」
瞬間、飛んで来た威圧に思わずミランダは逃げるように椅子から転げ落ちる。な…なんだあの威圧、エアリエルの殺気並みじゃねぇか!部屋をいくつも挟んでいるのに、ここまで飛んでくるなんて…。
『あ?』
「あ…」
眉を顰めたラグナを前に冷静さを取り戻す。まずい、取り乱しているのがバレたかも…、デスゲームの基本は運営する者は常に冷静冷徹でなければならない。人間味は極力薄く…。
「『オホン、で?受けるかい?ちなみに迷ってる間も天井は動き続けるが?』」
『勿論受ける、結局速攻で決めて駒を取られなきゃいいんだろ』
「『そうそうその通り、さぁゲームを始めよう』」
そう笑うと共にミランダは腹の中で笑う。馬鹿な奴めと。
これは肉体的超人の弱点をついたゲームなのだ。つまり肉体的超人が超人足り得る部分とは『肉体』にしか無い。つまり脳みそは普通の人間だし精神性も普通の人間なんだ。
超人は筋肉で解決出来ない問題に滅法弱いことはチタニアで実証済み。即ち頭脳戦ならラグナはただの人でしか無い、なら私にも勝ち目がある…いや違うな。
私に勝ち目があるんじゃ無い、ラグナに勝ち目がないのだ。
(ふふふ、天才の私を相手に駒を犠牲にせず勝てると想うか?いやそもそも駒を犠牲にしたって勝てるわけないだろ、なんせ天才だぞ)
殺人IQ73000、全国殺人試験歴代最高点数830点記録、全世界脅威的な殺人法コンテスト七年連続受賞、サイコパス検定一級資格保持者、暗殺者教育学会最優秀成績記録、今年一番輝いた暗殺者百選五年連続選出、ベストジーニアスキラー選出記録有り、殺人発明ショーコンテスト殿堂入り。
この輝かしい記録の数々を持つ殺しの天才であり世界最高の暗殺頭脳を持つ私が、事殺しのかかったこのゲームにおいて並の人間に負けるわけがない。
「『ハッハッハッ!では始めよう!そして宣言しよう!君は!五分で何もかも失うと!君自身の命もね!』」
『いいから始めようぜ、時間がない』
「『上等だ!まずは私から!先行は私から!私からぁぁあ!ポーンを─────』」
そして、ミランダの宣言通り…。五分で決着がついた…。
『チェックメイト』
「『へ……?』」
勝敗は、ラグナの完勝であった。
「はぁあああああああ!?!?!?!?!?えええええええええ!?!?!?いや…いやいやいやいや!違うだろ!違うでしょ!なんかの間違いでしょ!これでチェックメイトじゃないでしょ!まだゲームは終わって…終わって……」
ミランダは再び盤面を見る、そこには私とラグナが動かした盤面がある。がしかし…もうこれがびっくりするくらい完璧に逃げ道が塞がれている上にラグナは一つも駒を失っていない。そんなことある?ないでしょ、オセロやって全部の盤面がひっくり返されるくらいあり得ない。
けど…けど。
(ぐげぇぇええええ!マジで負けてる!全然手も足も出ねぇんだけど!?ンだよそれ!ふざけんなよ!私天才だぞ!なんで筋肉だるまに負けてんだよオイ!)
完膚なきまでに負けている。最早初手から何もかも決まっていたかのような負け具合にミランダは頭を掻き毟る。なんでだよ!肉体的超人の脳みそは普通の人間の範疇のはずだろ!
『悪いな、俺…チェス大得意なんだよ』
「『その範疇じゃねぇだろ!お前…お前…!』」
『実際ヒヤヒヤさせられたが、まぁこんなもんだろ』
涼しげに笑うラグナの顔を見ていると怒りで気が狂いそうだ。なんでこうなる!なんで!
こいつ…肉体的超人である上に頭もいいのかよ!?そんなの『肉体的』どころか普通に完璧超人じゃねぇ〜かよ〜ッッ!!クソボケーーッッ!!
『なーんでラグナにチェスで挑むかなぁ』
『面白いくらい簡単に勝てましたね』
『ねー、オラオラー!ラグナ勝ったんだからとっとと檻開けろー!』
「グッ…!」
再びラグナ・アルクカースの情報を見るが何処にもチェスの達人なんて書いてねーぞ!クソが!なめやがって!
額に青筋を浮かべたミランダは手元に置かれた『吊り天井加速ボタン(ドクロマーク)』が書き込まれたボタンを不意を打つようにこっそりと押し込む。主催者の私を冒涜するのはルール違反、ルール違反にはデスペナルティだッ!
「死ね…カス共!」
『ッ!』
瞬間、落ちるように加速を始めた吊り天井がデティとナリアに襲いかかるが…吊り天井が落ち始めるよりも前に動いたラグナはすぐさま檻を破壊し吊り天井を片手で受け止めてしまう。
まぁ、そうだよな、止められるってなんとなく分かってたよ。だからこれはただの悪足掻き兼嫌がらせ…さて次はどう言う角度で攻め───。
『おい』
「『ん?なにかな?』」
すると、ラグナが吊り天井を握り潰しながら投影されたミランダの幻影に肩越しに視線を向け。
『これは命を賭けたデスゲームなんだろ?負けたら俺達は死ぬんだろ?…だったら』
「ッ……」
その目が、再び闘志を纏う。体が震える…ラグナから離れるように後退りを始めるミランダにラグナは口を開き。
『なら、俺達が勝ったら…テメェが負けたら、どうなるか分かってるよな。これはゲームだろ…ならペナルティは平等にあるべき、だよな…ッ!』
「ウッ…!」
脳裏に満ちる言葉…『殺される』。そんな言葉が頭の中に溢れかえる、殺す気だ…こいつ、デスゲームを突破したら私を見つけ出して殺すつもりだ…。
これはもうラグナ達だけが命を賭けたゲームではない、私もまた…命を賭け皿に乗せられた。
(や、やばい…!)
ガタガタと震える体を手で抑える、ちょっと待てやちょっと待て…!こいつデタラメ過ぎるって!なんなんだよこいつ!明らかに情報にある話よりもヤバいッ!
(残りのゲームは三つ…、そこでラグナを仕留めきれなければ死ぬのは私ッ!?冗談じゃない!私は絶対安全圏から人が死んでいくのを見るのが好きなのであって殺し合いなんか真っ平なんだよ…!)
大急ぎで手元の資料を広げ今手元にあるゲームを確認しラグナを殺せそうな手札を探す。なんでもいい、どんな形でもいい、殺せる方法を探さないと!デスゲームであいつを殺しないと!私が…殺されるッッ!!
「『つ、次のゲームは少し待ってもらえるかな?今調整してるから!』」
『段取り悪いな…』
「『うるせぇ!黙ってろ!』」
クソが…いや落ち着け落ち着け私、私の愛読している小説にも書いてあったろ…『動揺するのは三流、動揺しないのは二流、一流は反省する』と…そうだ、反省しろ。
ナメ過ぎた、ラグナという男を…。
(絶対安全圏でアホや低脳を殺す作業に慣れ過ぎた、もっと昔を思い出せ…昔の…もっと機材が揃っていなかった頃の綱渡りのような日々を、大丈夫…手はある。私は天才だ、きっと思いつく)
親指を噛みながら思考を巡らせる…やれるやれるやれるやれる殺れる…!
「なんか黙り込んじまったな」
「はふぅ、ラグナありがとー助かったぁ」
「おう」
一方、石室内に閉じ込められたラグナ達はため息混じりにミランダの声を待つ、もう二つのゲームをクリアできた…が逆に言い換えれば残り三つあるということでもある。まぁそれもなんとかなんだろうと楽観的に考えるラグナは別の事に思考を割く。
(今考えるべきは如何にして次のゲームをクリアするかじゃない、もっと『大きな流れ』で物を解決する必要がある……ん?)
そんな中、破壊した檻の中からトボトボ出てきたナリアの様子がおかしいので視線を向けると。
「どうした、ナリア」
「い、いえ…ちょっと肝が冷えたなって」
やや、手が震えていた。さっきの吊り天井が怖かったんだろう、無理もない…なんせ俺達は命を賭けているんだから。だがなナリア…。
「ナリア、酷なことを言うようだが『恐るな』」
「え?」
「このゲームの本質は『恐れ』だ、そこから来る『不和』と『自己保身』こそが最大の罠だ。そりゃ危ない橋を渡っているが恐れて立ち止まれば足首を掴まれる、だから極力ビビるな」
「だからラグナさんはさっきから余裕綽々なんですか?」
「いやこれは普通に余裕なだけ」
「あ、そうですか…」
だが警戒は必要だ、相手はあれでもファイブナンバー…どんな奥の手を持ってるか分からないからな。というわけで…。
「なぁデティ」
「ん?なぁに?」
「一つ頼みたいことがあるんだが」
「え?でも私魔力使えなきゃ役立たずだよ?」
「いや?そうでもねぇよ。お前にはまだ凄い武器が残ってるだろ?」
ミランダよ、これはゲームなんだろ?ならゲームに勝つ方法をコツを教えてやるよ。ゲームに勝つには『勝ち方』から逆算する必要がある…つまり。
今のうちから、詰めの一手を用意しておく方がいいのさ。
……………………………………………………
『さぁ、次のゲームだ!第三のゲームは『迷路探求』!暗闇の中を進みゴールを目指す遊びさ!楽しいだろ!?』
「まだやってもねぇから楽しいかは分からん」
そうして次に通された部屋は薄暗く視界の悪い通路だった。それを前にしてラグナは辟易とため息を吐く。いつまでこんなのに付き合わなきゃいけないんだか…。
『このゲームの内容は単純!制限時間五分以内にゴールを見つけること!それが出来なければ通路が毒ガスで満たされます!』
「そーかい」
つってもなぁ、魂胆が見え見えだぜ…。
だって聞こえるよ、通路の奥から無数の魔獣の足音が。恐らくこの中は魔獣やトラップに満たされている、更にトラップも大量にあるだろう。ミランダの奴…だんだんなりふり構わなくなってきてるな。
『受けるか!受けるよな!』
「受ける受ける、さっさと始めろ」
「そーう?なら……」
その瞬間、個室で笑うミランダは目の前に映し出された迷路の全容を見て確信をもって笑う…『取った』と。
(バカめぇ〜!このゲームがクリア不可能だと言うことも見抜けず受けるとは…!迷宮?ちげぇよ!ここはテメェらの棺桶だ!)
ミランダの手元には大量のボタンがある、確かにラグナの読んだ通り迷路内には魔獣がひしめいているしトラップも大量にある。だが…この迷宮の真の恐ろしさは…。
『ミランダの手で迷路の内容をリアルタイムで書き換えられる』部分にある。
無数に別れる分岐点。それを常に手元のボタンで好きな道を塞ぐことが出来る、ラグナが例え正解の道を引き当ててゴールに近づいてもゴールに繋がる道を塞いでゴールから遠ざけることも出来る。
つまり、五分でゴールに辿り着くことは不可能、普段なら三十分の時間を与えるが今回は五分!これは無理だ!さしもの超人も毒ガスは効く!ましてや隣の役立たず二人組は間違いなく死ぬ!
(殺せる!殺せるんだ!魔女の弟子を私が!一気に三人も!これは大手柄ですよハイ!クソワロ〜ッ!)
これがミランダの出した答え、そう…『イカサマ』だ。出来れば公平なゲームで殺しをしたかった、助かる道がありそれを求めて足掻く人を見たかった、けどこれはもうそうも言ってられない状況になってしまった。
『趣味』と『仕事』なら『仕事』を優先する、それがミランダ・ハーシェル出世の心得。
『では、スタート!時間はここに表示しておくよん!』
そう言うと共に投影されたミランダの手元に時間が表示される。残り五分…それだけの時間でラグナ達はこの暗闇の中からゴールを探し出せねばならない。
暗中模索のゲームが始まった…と同時にラグナは。
「デティ、どうだ?」
と、デティに聞いてみる。するとデティは首を振り。
「ダメ、まだだと思う」
「そうか…なら軽くこのゲームをクリアするか」
デティ曰く『まだ』なようだ、ならここはこのゲームをクリアする事に従事するとしよう。そう口走るなりラグナは軽く手足を揉み解し、一歩も移動することなく二十秒の時間が経過する。
『そんなにゆっくりしてていいのかな?時間ないよ〜?』
「今から行くよ…よーし」
そしてラグナは一歩前に出ると共に大きく息を吸い…。
「───バウゥッッ!!」
『なッ───』
吠える、胸が風船のように膨らみそれを放つように吠える。争乱の魔女アルクトゥルス直伝の奥義…『龍声爆哮法』。圧倒的な肺活量によって爆音を発生させ周囲に衝撃波を走らせる発声法。
それによりラグナの声は遍くに響く。拡声機構を用いず行われる大咆哮はキンキンと通路の奥に響く、その音の反響に耳を傾けると…。
「うん、よし!道が分かった!」
『コウモリかお前はッ!?」
そう、ラグナが行ったのはエコーロケーション。コウモリやイルカが行う超音波による周辺環境の把握、それを自らの声で行ったのだ。耳ではなく全身の感覚で僅かな空気の揺れを確認しラグナは自らの声が鉄の扉に当たる感覚を認識した。
これがエリスなら多少慌てなくとも脳内に完全な地図が出来上がっているから簡単に案内してくれるが、ラグナは別にそこまで記憶力がいいわけではない、なので変に記憶が薄れる前に…。
「よしっ!行くぞ二人とも!」
「え!?あ!うん!」
「ハイっ!ラグナさ─────えぇっ!?」
瞬間二人を背中に乗せてラグナは走り出す、全力で疾走し壁を蹴って角を曲がり再び直進、脳内にある地図の通り一気に進んでいく…その速度たるや。
(嘘、うそうそうそうそ!なにこの速度!?ネズミ!?猫!?)
ミランダの汗が机に落ちる程に速い。目紛しく移動を続けるラグナの進路が着実にゴールを目指している事に気がつくのに三十秒もかかる程の衝撃を受けワナワナと震え…。
(ッ!やばっ!これ真っ直ぐゴール目指してる!マジで今ので道を割り出したのかよ!もう超人というか普通に獣だろアイツ!クソッ!)
瞬間、手元のボタンを操作し迷路を改竄しゴールに繋がる道を壁で封鎖する…が。
「あっ!ラグナ!前!前!行き止まり!」
「ッ!」
ミランダが作り上げた正規ルートを潰す壁、それを前にしたラグナは立ち止まる事なく一気に加速し…。
「オラァッ!」
「壊しちゃったー!?」
「だ、大丈夫なんですかー!?あれ?でも道が続いてる…ってことは」
「アイツ迷路の道を操作してるな〜ッ!」
蹴りで破壊し更に進む、全く躊躇しない。初手でマッピングをされてしまったせいで迷路の書き換えが機能していないのだ。
(くそッ!だったら)
ならばとミランダは次にあちこちの壁を塞ぐのではなく逆に開放する、全ての操作可能な壁を続々と開け広げる…すると。
「ぐぎゃぉおおおお!!」
「壁が開いて魔獣が…!」
「チッ、イカサマするにしてももう少し隠せよ…!」
開いた壁の向こうから魔獣が現れる、壁を無くす事により迷宮の各地に散っている魔獣との遭遇確率を飛躍的に上げたのだ。
(迷宮内部にいる魔獣はいずれもBランクからAランクの怪物ばかり!真っ向から相手はしたくないだろ…!)
ミランダは浅く…そして自信なさげに笑う。彼女は我慢出来ない女だ、最大の手は最初に使う、つまり壁を操作しての進路の阻害こそが切り札だった…。なので二の手として打ったこの手には最初から…。
「邪魔をするなッッ!!」
(やっぱ…ダメか…!)
期待をしていなかった、そして事実ラグナは両手に仲間を抱えた状態で壁を走り現れた多頭龍フレイムヒュドラの一発の蹴りで全ての頭を潰し、一つ目の巨人アイアンサイクロプスを跳ね飛ばし、進み続ける。
ダメだ、暴力では解決出来ない。暴力は何の役にも立たない…!より強い…圧倒的な暴力の前には。
「はい壁!邪魔!はい罠!邪魔!はい魔獣!邪魔!」
最早ミランダはラグナから目を離し天井を見上げる。これは止められない…、というかアイツどうやったら止まるんだ。
暴力はダメ、頭脳戦もダメ、足止めも役に立たない、その癖バカみたいに度胸もある…主人公か?何かの小説の主人公かアイツは。
(勝ち目ねぇ〜クソじゃんこれ、クソさが一周回ってクソだわこれ。クソ以上に言語化出来ないレベルでクソじゃん)
このゲームは捨てゲーだ、打つ手なしと諦めたミランダ…その瞬間。
「あ!ゴール!」
「やったラグナ〜!すごーい!」
「クリアタイムは…大体一分ちょいか、一分切りたかったな」
(……………)
チラリとラグナに目を向ければ既にゴールに辿り着いていた。つまり第三のゲームはクリア………。
「ぃぃぃぃぃぃいいいいいぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!」
そしてミランダは頭を抱えて地面を転げる、頭をガリガリと掻き毟りながら歯をギリギリ噛み締めながら…とにかく吠える。
「なんだそれなんだそれなんだそれなんだそれなんだそれ!ぅぎゃぁぁああああああああああああ!!!ボケボケボケボケボケボケ!!!!クソクソクソクソ!!!超スーパーウルトラアルティメットボケクソォーッ!」
どうしようもない、その言葉が目の前に降りかかりミランダは目を血走らせながら牙を剥き。
「『おいテメェコラッ!私のゲームメチャクチャにしやがって!ぶっ殺すぞ!』」
拡声機構でラグナに向けて吠える、するとラグナはゴールの前でミランダの方を向き。
『やってみろよ、けど…これが終わった後死ぬのはテメェだからな』
「ギッ…!?」
瞬間放たれた威圧にまたも仰反ると、ラグナはニタリと笑い。
『ビビるなよ、なあ?』
「ッッ〜〜〜〜〜〜!!!」
なんて言って挑発するのだ、その瞬間ミランダは手元の機構をメチャクチャにいじり回し。
「『上等だァーッ!!殺してやるからな!私の全力で!次進めや!』」
「そのつもりだよ」
「ふぅーっ!…ふぅーっ…!」
弄る弄る弄る弄る、とにかく弄り回し『部屋を作る』。予め用意したものではなく新たに部屋を作り上げる。リソースも予算も関係ない…次で確実に殺す!
「『扉を開けろ!その瞬間ゲームスタートだ!』」
「あ?ルール説明は?」
そう言いながらもラグナは渋々扉を開けると…その瞬間。
「『ルールは単純!生き残れ!』」
「は?」
ジャキンと音を立てて扉の向こうから覗くのは銃口の束で───。
「二人とも隠れてろ!」
「ら、ラグナ!」
辺り一面が光で満たされる程の銃撃の嵐を前にラグナは回避でも防御でもなく二人を庇う為にデティとナリアを抱きかかえ弾幕に背を向ける。
「ッ…いてて!」
「ラグナ!?大丈夫!?」
「流石に防壁抜きで銃弾受け止めるのは無茶だったかな…!」
痛みに悶える、彼の体は剣を弾く硬度を持つ…が流石に岩壁に穴を開けるような大口径の銃弾となるとそうもいかない。いつもなら防壁も込みで防げるが今はそうもいかない。
『ハハッー!痛がったな!なら殺せる!撃ち続けるッ!』
「ッ…!」
その瞬間ラグナは銃撃の嵐の中クルリと体制を入れ替え銃口の方を向くと両手を振るう、何度も何度も振るう、防ぐように遠ざけるような腕を振るい…銃弾の雨を全て指で挟み止めると共に。
「鬱陶しい!」
それらを指で弾き目の前の銃口の壁を破壊する…だが。
(む…見た感じこれで終わりじゃねぇな)
どうやらミランダは本気出してきたようだ。奥の部屋は長く伸びるような長方形の部屋…そこに刃やら銃やらが大量に控えている。今の魔力防壁抜きの俺では無視して素通り出来る類の武器じゃねぇ。
第四のゲームにして本気を出してきたか。
(上等…!面白くなってきやがった!)
ようやく楽しめるアトラクションが出てきたとラグナはすぐさま二人を樽のように抱えると…再び走り出す。
「いくぜ二人とも、一気に駆け抜ける!」
『死ねやクソ野郎…!私の…ハーシェルの影の!ファイブナンバーの恐ろしさを思い知らせてやるッ!』
ラグナが足を部屋に踏み入れた瞬間、床が…天井が…壁が割れ大量の武器が顔を出す。
第四のゲーム『ただ生き残る』。これは本来ミランダが用意している物ではない、ミランダが複数用意していたゲームで使う予定だった仕掛けを一つの部屋に集中させるよう組み替えたのがこの部屋。
先も述べた通りこの迷宮は五つの円が重なったダイアル状をしている、その性質上外へ外へ…後へ後へ向かう程に円は大きくなりその分部屋の数も増えていく。
既に第四層に到達しているラグナ達、つまり今ラグナがいるのは全体で二番目に大きな層という事になる。その分仕掛けの数も多彩…それらをまとめ上げれば地獄のゴキゲンヘルパーティが開催出来るという事。
あれやこれやと言ったが結局のところ…。
『お前は!殺す!』
ミランダの咆哮と共に魔力防壁を失ったラグナに武器の嵐が降り注ぐ、右から槍の嵐、左から矢の雨、天井から銃弾のスコール、怒涛の勢いで襲いくる猛攻の中ラグナは足を止めない。
何故か?…それは。
(足を止めれば狙い撃ちにされる)
チラリと視線を移す先にいるのは投影されたミランダの幻影。奴は今冷静さを失って気がついていない…手元で何かを動かす仕草をしている事に。
つまりこの仕掛けは全て手動。それぞれの罠の範囲は莫大だが。動かすミランダの反応速度は甘い…なら足を止めず加速し続ければ逃げられる!
「ゔぇええええ!ラグナァァァア!」
「喋るなデティ!舌噛むぞ!お前にゃ後で治癒魔樹使ってもらわにゃならんのだから喋れる状態でいろ!」
「あ、あい!」
抱えたデティの悲鳴を無視してラグナはスライディングで襖のような槍を回避し降り注ぐ矢を足で蹴り払い銃弾の雨をジグザグと回避し進む。
『ぐぅ!これならどうだァッ!』
すると今度はラグナの目の前で何かが展開される。出てきたのは光の網…いやレーザーだ。それが格子状に展開されながらラグナに迫ってくる、流石にあれは肉体では防ぎきれない。当たれば一刀両断待ったなし…なら。
「絶対動くなよ!二人とも!」
「え!?何ヲォッ!?」
「ひぎゃぁぁあああ!?ラグナさぁぁああん!?」
投げる、二人を。迫る光の格子の間…天井付近の両隅が比較的空いていた為そこに二人を投げ込み光の格子の向こう側に投げると共にラグナは躊躇なく迫るレーザーに突っ込み。
「よっ!」
『嘘ォッッ!?』
僅かな隙間に向かって飛び込み、体を捻り関節を外し極限まで体を細くし間を通り抜け落ちてきた二人をキャッチし再び走る、これでようやく中間地点か…!
「このまま行けばッ…!」
『させるか!」
慌てて足を踏み出したラグナ、しかしその瞬間目の前の床がバカリと開いてラグナは危うくバランスを崩しそうになり…。
「ってなんじゃこりゃ!?」
ヨタヨタと後ろに引き下がり穴の中を見るとそこには黄色に輝きブクブクと泡立つ妙な液体が大量に敷き詰められていた。
なんだこれ…嗅いだ事ない匂いだ、嫌な匂い…これは。
「ラグナ!これ硫酸だよ!」
「硫酸…マジか」
『ただの硫酸じゃないよぉっ!私が作り上げた最強の超濃硫酸ッ!超人だって骨さえ溶かす最強の代物!これを…!』
ミランダの合図と共に床がドンドン抜けていく。部屋の中間に立つラグナの前にある床がドンドン抜けゴール手前まで穴が拡大する。
つまり、ここから先は足場なし…下には触れれば体が溶ける最悪の硫酸のプール…。
(やべぇ、どうするよこれ…!)
とてもじゃないがゴールまでジャンプで届くようには思えない、ましてや二人を抱えた状態では動きも限られるし足場もない、これでは流石に進めない。プールの中を泳いで渡るか?いやいや流石にそれは俺でもやばい…どうするべきか。
「アァーッ!?!?」
「どうしたよナリア!?いきなり叫んで!」
「ら、ラグナさん!さっきのレーザー!戻ってきました!」
「はぁっ!?」
振り向けば先程回避した光の格子がそのまま引き返しこちらに向かってくるではないか。考えてる時間もない…!
ええい!ままよ!
「ッ飛ぶぞ!」
「飛べるの!?」
「……勿論!」
「怖い間…!」
「神様にお願いしといて!」
「いやぁぁぁあ!!!」
飛ぶ、少しだけ助走をつけて飛び上がり硫酸のプールの上を飛翔するように飛ぶが、分かる。
これ飛距離足りない…!ナリア…いやデティが重い!くそっ!だったら!
「うぉぉおおおおお!」
「おぉ!流石ラグナ!身体能力お化け!」
体を回転させ壁に足をつけそのまま更に飛翔、そのまま向こう側の壁に到達するなりもう一度壁を蹴り非常、ジグザグと硫酸のプールの上を飛ぶ…。
『させるかよ!』
しかしそれを黙って見ているミランダではない、ラグナの身体能力で考えれば壁蹴りで進もうとすることは読めた、だからこそ壁に穴が開きスプレーのように何かが噴射される…これは。
「ゲェッ!?油ッ!?」
油だ、咄嗟にラグナは避けたものの既に壁は油で満たされてしまっておりとてもじゃないが足場にはならない、後は天井?無理…流石に。
(え?じゃあ…どうする?)
空中に放り出されたラグナは考える。これ…完璧に打つ手無し?いやでもまだ…。
『ヒャハー!トドメ〜っ!』
ミランダの声が響く、奥の壁の穴が開きそこから槍の如く巨大な矢がラグナ目掛け飛んできて…。
「しめた!足場!」
『うぇっ!?』
これはいい、足場が出来たぞ!飛んできた槍を踏んで再び前に進み、槍の雨を回避すると共に最後の一本を蹴り飛ばし壁に突き刺すと共に更にもう一度飛ぶ…これなら届く!ゴールはもう目の前────。
『ッッ!!死ねッ!』
「うぉっ!?」
しかしゴール前にしてラグナの体は急降下を始める、見てみれば天井が開きそこから突風が吹き荒れラグナを地面に叩きつけるように颪の如き烈風が吹いている。まずい…完全に風邪に捕まった───。
「きゃーっ!落ちるー!」
「ら、ラグナさーん!!」
「ッ…!」
万事休す…!もうゴールが目の前なのに…ここまでか…!いや…まだ!諦めるな!この距離なら!多分いける!
『あーはっはっはっはっ!溶けろ!溶けて死ねぇ!』
「ぅぉおおおおおおお!!」
『ぶはははっ!何しても無駄無駄!』
動かす、足を…高速で、空の上を駆け抜けるように何度も何度も足を振るう。だが流石に空気の上は走れないのかラグナの体は徐々に落ちシャカシャカ動かした足から硫酸に浸かり……。
『は???????』
瞬間、ミランダは呆然とする…何せラグナが。
「うげぇぇえ!?ラグナ!?硫酸の上走ってない!?」
「そう言えばラグナさん水の上走れましたね!?」
走っているのだ、硫酸の上を。そう…彼は水の上を走れるのだ、ジャックとの戦いではこれを用いて戦いもした。海水の上が走れるなら硫酸の上だって走れる。
そのまま一気に加速したラグナは一気にゴールの扉の前まで到達し────。
「ひぃ〜〜!肝冷えたぁ〜〜!」
ドッと冷や汗をかきながら二人を足場の上に下ろす。突破した…ミランダの本気を。
「ちょっとラグナ!?足の裏大丈夫!?」
「え?ああ、見ろよこの靴、エリスからお薦めしてもらった靴なんだ」
「これ…冒険者靴…!?」
デティが見たのはラグナが身につけている靴。エリスが身につけている物と同じ冒険者御用達の靴を履いていた。この靴は革が分厚く尚且つ足の裏に鉄板を仕込んでいる為多少の物なら踏んでも大丈夫なのだ。
それのおかげか、足の裏の鉄板はドロドロに溶けて靴に穴は空いているがその穴から見えるラグナの素足は見事に無事だ。
「一か八か、最悪足がなくなっても後でデティに治してもらえばいいやってやったら出来た」
「ノリ軽すぎ、それでもし足首まで無くなってたら次のゲームどうやって挑むつもりだったの!?」
「足首で歩く」
「ボケカス〜!絶対やめろー!想像するだけで痛いわー!」
たははと笑うラグナはそのまま周囲を見回す、いつもならブチギレたミランダが癇癪起こしてる頃だろうに…何も言ってこない、なんだ?不気味だな。
それに。
(んー、…おかしいなぁ)
ラグナは靴を脱ぎながら足の裏を見る…。
(さっき硫酸の上を走った時。足の裏が溶けた感覚がしたんだけどな…実際痛かったのに、今見たら傷がない…思い込みか?)
足の裏には傷がない、そこがおかしい。流石の俺も受けた傷が秒で治ったりしない…けど実際治っている。これはどう言うことか。
(…こんな事初めてだ、考えられる要因としては……)
そう思い、チラリとデティを見ると。彼女は顔を真っ赤にして怒り。
「ねぇラグナ聞いてるの!」
「まぁまぁ、それでデティ…例の件は」
そうこっそり聞くとデティは静かに鉄の扉の方を顎で指す。なるほどね…。
「おい、ミランダ。次のゲームに挑んでもいいのか?」
『……ああ、いいよ。次で最後だ…』
「ん、じゃあいくぜ?」
妙に大人しいミランダにやや奇妙な感覚を覚えながらもラグナは次の部屋に向かう…するとそこには大量の罠が!
…ってこともない、というか、何もない。
「なんだこれ、次はどんなゲームなんだ?」
『…これを使う』
すると天井から次々と棚が落ちてくる、そこには銃や剣や槍、ありとあらゆる武器が納められていた、なんだこれ…いよいよ分からないんだが。
『次のゲームの内容…それは』
その瞬間、ラグナ達が通ってきた扉が急に閉ざされ更にその上から岩壁のシャッターが降り完全に密室状態になる。
「お、おい!」
『ルールは単純…『誰か一人が死ねばクリア』だッッ!!』
「はぁっ!?もうゲームでもなんでもねぇじゃねぇか!」
『ウルセェ!!もうどうでもいいんだよこんなの!一人殺して私はそれを手柄にする!それでお前らも見逃してやる!もうこれ以上関わるな!だから置いてけ!誰かの命を!殺し合え!今度こそ!これが『死亡遊戯』!誰も死なないのはあり得ないんだよ!!』
急に発狂を始めたミランダが目を真っ赤にして頭を掻きむしる、つまりこのゲームをクリアするには…誰かが死ななければならないと…?
『ちなみに、今からこの部屋の空気を抜いていく、迷うなら結構?それで全員死ぬから、空気が無くなるまでに誰かを殺せ!以上!これでルール説明終わり!』
「おいおい…ふざけんなよ…!」
その瞬間、各地に開いた穴からどんどん空気が抜かれていくのを感じる。こりゃマジで時間がない…クリアするしかない、けどじゃあ誰かを殺す?あり得るわけねぇよ…!そんなの!
「がっかりだぜミランダ、最後の最後にどんな手で来るか…ちょっと楽しみにしてたのによ。何が殺しの天才だ!杜撰すぎるわ!」
『喧しい喧しい喧しい!!黙ってろよ!とっとと殺しあえぇぇ!!』
頭を抱えて消えていくミランダにラグナは呆れ変える、これが…このゲームがミランダの殺し方、やり方と言うのならその方法までは否定するつもりはなかった。殺しはダメだし仲間を殺そうとしたのは許せないが。
それでもこのデスゲームというやり方がミランダの戦い方ならそこには信念があるはずだと俺は思った。
血に塗れ、泥に塗れ、それでも持ち続けた『自分なりの戦い方』と言う名の一本の剣には、相応の敬意を払って付き合うつもりだった。だがミランダ…お前はそれさえ否定するのか?
なら…もうゲームに付き合う必要はないな。
……………………………………………………
「クソクソクソ!最悪の気分だ…!」
ミランダは個室の中で頭を抱える。結局こうなるのかよ…結局これが結果なのかよと何度も反芻する。
…自分は殺しの天才だ、評価され得ぬ天才だ。皆私よりもエアリエルやチタニアの方が強いと言う、強いから二人の方が優れていると言う。
それは二人には殺し屋ではなく闘争者としての才能があるからだ、あいにく私にはそちら側の才能がない。だがおかしくないか?なんで殺し屋同士なのに殺しの腕で評価されない?
……馬鹿馬鹿しいこの評価を覆すには結果を出すしかなかった。だがその結果さえ私はエアリエルとチタニアに劣る。二人には超人的な才能があった…『力』と言う万能の因子で全てを解決出来る手段があった。
だから私は力を否定し知恵で頂点を取る為、こうしていろんな仕掛けを施したのに…それもまたラグナという名の『力』に否定された。
「私はミランダ・ハーシェル…殺し屋ミランダ!ファイブナンバーミランダ!月命殺のミランダ!そしていずれは空魔ミランダ!全てを押し退け全ての頂点に立つ女!こんなところでこんな奴に負けられない…!何がなんでも殺してやる!!」
私は殺しの天才だ、誰よりも評価されるべき殺し屋だ、私には殺しの才能があり殺しを行う資格があり殺しを真っ当するべき人間だ…、そんな私が誰も殺せないなら…。
私には……何が残る…?
考えたくなかった、だからラグナ達は死ななければならない。自分は誰でも殺せる影でなくてはならないから。
「そろそろ、切羽詰まって殺し合いでも始めたか?」
そう思いミランダはラグナ達の様子を見る…するとそこには。
『うーん、これも違う…これじゃない』
『ねー、まだ?ラグナ〜』
『まぁ待てよ』
「……あ?」
そこには、武器を納めた棚の前で武器を吟味するラグナの姿があった。殺し合う様子は相変わらずない…諦めたのか?だがそれならなんで武器を選んでいる?
まさか…、
「『言っておくがその武器で出口の扉は壊せないぞ、武器自体は扉よりも脆く作ってあるからな』
『そんなもん見ればわかる』
「『だったら何して───』」
『なぁよう、ミランダ。お前この部屋でよかったのか?』
「…は?」
『部屋、いくつもある中から選んでるんだろ?それぞれの部屋を回転させて別の部屋を繋げて状況に応じてゲーム内容を変えてた。…多分この迷宮はダイヤル式になってる、違うか?』
「な……」
なんでそれをと言いかけてミランダは口を閉ざす。迷宮がダイヤル式になっているのは中からじゃ絶対に分からないようになっているはずだ。なのにこいつはなんでそれを…いつから気づいて。
いや…。
「『だから、それがどうした?早く殺し合え』」
『いやいや親切心で聞いてるんだって、本当に…ここでよかったのか?』
「………?」
するとララグナは棚の中から一本の斧を取り出し、仲間達の元に向かう…わけではなく、部屋の脇、右側の壁に向かって…斧を振り上げる。
『お前はいくつかミスを犯した』
カン…と音を立てて、ラグナの振り下ろした斧が壁に叩きつけられる。
『まず最初は、俺が二番目の部屋でお前を威圧した時…お前、仰け反ったよな、これから離れるように』
「……?」
再び、ラグナは斧を振り下ろし壁に叩きつける。ラグナの言っているのは二番目のゲームが始まる直前のことだろう。
確かにミランダは仰け反った、反射的にだが…。確かに仰け反った。
『そして次に三番目の部屋でも同じように仰け反った…』
「『それがどうし──』」
『二番目の時と三番目の時で仰け反った角度が違った』
「え…?」
ミランダの顔が、凍ったように引き攣る…。記憶にはない、だが自然と体が動いてラグナから遠ざかる仕草をしたんだろう…だがその時仰け反った角度が、違ったのか?
『最初お前が仰け反る姿を見て変に思ったんだ、普通なら後ろに仰け反るのに…お前はやや右側に傾くように仰け反った。そこで気がついた、お前は遠視と透視でこっちを見てるだけで投影によって映し出されてる幻影は関係ないことに』
「何が言いたい…」
『ああつまり何が言いたいかっていうとさ、お前は俺の闘志…威圧を嫌って仰け反ったんだよな?つまりお前俺の威圧を肌で感じられる距離にいるってことだよな』
「……ッ!?」
『じゃあお前、今そんなに遠くにいないんじゃないか?』
ゾッと背筋が凍る…それと共に再び放たれたラグナの威圧に体が右へ右へと傾く…、それはつまり今左側にラグナがいるということ。
それを投影される姿から確認したラグナは笑い…、再び斧を振り下ろす。
すると、今まで静観していたデティが口を開き。
『…!魔力の揺らめき!恐怖の揺れ!ラグナ!いるよ!その右側の壁の向こう側に!人が!ミランダがいる!』
「ッ!な、何を出鱈目を…」
『ミランダちゃんは知らないのかな、投影魔術も魔術だよ?投影は魔力で行われる…貴方の魔力を使ってね?あれだけ散々見せつけられれば、覚えちゃうよ、貴方の魔力波長がね?それが分かれば何処から放たれているかも分かるんだなぁこれが…、例え魔力を使えなくても、魔力探知は出来るからね』
ラグナはデティに頼み込んでいた、二つ目のゲームが終了した時点でミランダがそんなに遠くにいない可能性に目をつけ、デティに魔力探知を行ってもらうよう頼んだのだが。
魔力が使えなければデティはただのプリティーガールになってしまうか?いいや違う。彼女が持っている特異な才能は魔術ではなく、その常軌を逸した魔力探知能力にある。
魔力探知は魔力を使わなくても出来る…つまり、デティはミランダの位置を把握することが出来る。だからこそそれぞれの部屋でデティに聞いていたのだ…『ミランダはこの近くにいるか?』と。
そしてようやく見つけた、ミランダは五つ目の層、その部屋と部屋の間にある隠し部屋に隠れている。確実に相手を確認しつつ手元の機器で魔力機構を動かすためにも彼女もこの迷宮内部にいる必要があった。
そして、その個室はちょうど…ラグナ達がいる部屋の、隣。
「ヒッ…!」
瞬間、ミランダのいる個室の左側の壁が揺れて本棚が倒れる、向こう側から加えられる衝撃によって倒された。
『今までずっと好き勝手言って好き勝手やって俺の友達を傷つけようとしやがって…!』
ラグナは斧を壁に叩きつけ亀裂を入れる、斧が砕けても関係なく叩き込み続ける、何度も何度も叩き込み穴を作り穴を掘り…向かってくる、真っ直ぐ…!
『俺言ったよな、ゲームに負けたら分かってるよなって…』
「ヒッ!ヒッ!ヒィッッ!」
椅子から落ちて後退りながらミランダは棚にしまっておいた銃を持ちながらガタガタと震える…来る、来てしまう、壁が持たない、私の聖域に…奴が来るッッ!!
『…この部屋は誰か一人が死ななければ出れません?…そーかいそーかい』
その瞬間、ミランダのいる薄暗い個室に光が差す。砕けた壁…その亀裂から光が漏れ出している。小さな小さな穴は…外から突っ込まれた手により拡大し、…粉砕される。
絶対領域が崩される、崩された瓦礫を踏み越えて…ミランダの瞳に赤き影が立つ。
あ…あ…ああああ!
「なら、お前が一人で死ねや…ミランダッ!!」
「ぎぃぃいいいいやぁぁああああああああ!!!!」
ラグナだ、魔眼ではなく肉眼で確認出来る距離に、目の前にラグナがいる。凄まじい憤怒の形相を浮かべたラグナが…!
侵入を確認した瞬間ミランダは銃を乱射し咄嗟にラグナを殺そうとするが。
「ん?お?やっぱりこの部屋魔封石使われてねぇな、まぁ使われてたら魔眼使えないもんな…」
弾かれる、ミランダの部屋に踏み込んだ瞬間魔力防壁が復活し、銃弾をまんまと弾く…。
「さて、んじゃあ俺達のデスゲームの次は付き合ってもらうぜ?お前の罰ゲームに…!」
「ヒッ…ヒッ…た、助けて…お願い、ゲームじゃん…ね?…ね?」
「人の命で…遊ぶんじゃ…」
「あ、あああ…あああッ!」
近づいてくる、ラグナが近づいてくる…その手が私に伸ばされて…あ、嗚呼!?
「ねぇぇええええええええッッ!!」
「ぎぃいいいああああああああああ!?!?!?」
木霊する絶叫、人の命を弄び自らを天才と偽る外道の声が…暗い地下迷宮に。
…………………………………………………………………………………
「おい、悲鳴が聞こえたぞ?」
「へへへ、相変わらず容赦ねぇぜミランダの姉御は」
扉の前に待機するゴロツキ達、彼らはミランダが普段依頼対象の拉致などに都合よく使っている組織『人攫いのブギーマン』だ、謂わばミランダの手足ともいうべきブギーマン達はミランダの迷宮の出口にて武器を構えて出てくるラグナ達を待ち構える。
そう、ミランダは最初からラグナ達をタダで返すつもりはなかった。もしこのデスゲームで全員を仕留めきれなかったとしても弱ったラグナ達を出口で不意打ちして皆殺しにするつもりでここに部下を待機させていたのだ。
「ヒッヒッヒッ、来るぞ来るぞ?ミランダの姉御の役に立てばまた金一封だ」
「へへへへ、そうすりゃ俺たちもジズ様からの覚えも良くなるってもんよ」
「お?なんか足音が聞こえるぜ、そろそろ来るか」
すると、扉の向こうから足音が聞こえる…と全員が待ち構えた瞬間。
ドンッ!…という鈍い音と共に鉄の扉が歪む、頑丈な筈の扉が歪む。まるで向こう側から何かを叩きつけられているように…。
「え?へ?な…え?」
慄く一同、もう一度鉄の扉が歪む、更にもう一度…更に…更に、数度扉に人の顔面が浮かび上がったかと思えば、次の瞬間には…。
「オラァァッッ!!」
「ふぎぃぃぃぃい!?」
破砕、鉄の扉が爆裂しその向こうから誰かが悲鳴と共に飛んできた…これは。
「み、ミランダの姉御!?」
「た…だずげ…で…」
扉を粉砕しすっ飛んで向こう側の壁に激突したのは他でもない…ミランダだった、顔面はボコボコになるまで殴り回され歯の抜けた顔でハスハスと助けを求める言葉を連呼している。
「何故、ミランダの姉御が…」
「あ?感じが変わった…外に出れたのか?」
「あ…ああ!?」
出てきたのは、ラグナ・アルクカース…体に一切の傷を負わず、無傷のまま脱出不可能迷宮を踏破した彼は周りを見回し…。
「へぇ、早速歓迎かよ」
「ヒッ…!」
ブギーマン達はギョッと慄く、ラグナの顔が怖いのもそうだがそれ以上に…ミランダが倒されたことに驚愕しているのだ。
ミランダは弱い、殴り合いではこの場にいる誰にも敵わない。だがそれでも彼女がファイブナンバー足り得るのはそれだけの殺傷能力を持つからだ、特にこの脱出不可能迷宮に閉じ込められて五体満足で出て来れた人間は一人だっていやしない。
それが踏破された上でミランダが潰された…つまり。
無敵のファイブナンバーの一角が…崩されたのだ。
「ひぃいいいいい!!」
「にげろぉおおお!!」
「あ!逃げやがった…ったく根性がねぇな」
ファイブナンバーを潰してしまうような怪物の相手なんか出来ないと周りのブギーマン達は逃げ去ってしまう。これから面白くなりそうだったのに残念だとラグナは唇を尖らせる。
「おー、外出れたー!」
「ホッ、生きた心地がしませんでしたよ」
「おう、デティ!ナリア!見てみろよ」
「ん?どうしたの?」
するとラグナは部屋から出てきたデティとナリアを呼び寄せ、手の中に握ったそれを見せる…。
「これ…ペンダント?」
「いえ、これ…共振石ですか?」
ラグナの手の中には薄緑の宝石が嵌め込まれた首飾りが握られていた、これが共振石…ペイヴァルアスプのトリガーに当たる存在。ペイヴァルアスプのチャージが完了すればこの石に魔力を通すだけであの砲塔は終焉の一撃を街に落とす。
それをミランダの首から強奪したラグナは二人にそれを見せるなり手の中で握り潰し。
「これで、五つある共振石のうち一つは潰せたことになる」
「残り四つ、でも…」
「どれか一つでも残ってれば、それだけでペイヴァルアスプの起動は可能…ですよね」
「その通りだ…本当ならここから残りの四人を探すべきなんだろうけど」
ラグナは考える、あの穴に落とされた先でミランダが待ち構えていたということは、他の四人のところにも魔女の弟子が誘い込まれている可能性が高い。既に戦闘は始まっているかもしれない。
「他のみんなも、ファイブナンバーと戦って倒してくれているはずだ」
「かもね、そこかしこから強い魔力のぶつかり合いを感じる…けど」
デティは目を閉じみんなの魔力を探す…、みんな既に戦闘を開始しているが、かなり劣勢なようだ。ミランダ以外のファイブナンバーはみんな正当な強さを持つ。
苦戦を必至か。
「みんな苦戦してるみたい」
「そうか、なら直ぐに助けに……」
『あら、お待ちになって?』
「…あ?」
ふと、向こう側から…ブギーマン達が逃げていった通路の向こうから、誰かが歩いてくる。
『娘達はみんな頑張って戦っているのです、なので邪魔はしてはいけませんよ』
「誰だ、あんた…」
影を切り裂いて、現れるのは女だ。けど…見知らぬ姿、少なくとも上で見たファイブナンバーの中にはこんな奴はいなかった。
薄黄の髪を後ろで束ねた黒いドレスの女。それがあらあらと頬に手を当て微笑んでみせる…どう見ても、木端の雑魚には見えないとラグナは警戒感を露わにする。
「私ですか?私は…母です」
「いや誰の…」
「ハーシェル一家に於ける母、エアリエルやアンブリエル…そこにいるミランダもトリンキュローもマーガレットもみんな私の娘…。私こそが母、リア・ハーシェルと申します」
「リア・ハーシェル…?」
母…即ち父の座に座るジズ同様、ハーシェルの影達を統括する立場にいる女だ。それが俺たちの前に立ち…一礼する。
「貴方達には全員死んでもらわねばならないのです。なので不甲斐ないミランダに代わり私が…ハーシェルの影その零番『影殺』のリア・ハーシェルがお相手いたしましょう」
構える、新たに現れた刺客…全ての影達を統括するリアを前にラグナ達はもう一度構えを取る。
まだ、戦いは始まったばかりのようだ。