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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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522.魔女の弟子とファイブナンバー


時はやや巻き戻り、レギナの宣言が終わり、ジズの手勢がゴールドラッシュ城へと攻め込み始めた頃…。空魔の館では。


「そろそろ敵も動くかな?」


「楽しみだねオベロン、みんなで戦うなんて初めての経験だ」


「そうねチタニア〜」


「一緒になんて戦わないよ、みんながみんなそれぞれのやり方で敵を殺し尽くすだけ…」


「………」


歩く、五人の影。エアリエル率いるファイブナンバー達が揃って空魔の館の廊下を歩く。敵の襲撃が予測される以上、こちらも戦力を率いて出陣しなければならないからだ。


故に五人は揃って歩き、外を目指す。相手は魔女の弟子だ…つまり。


「我々の相手は、魔女の意志そのもの…と言う事になるのか」


「お?珍しく情緒のあること言うね、エアリエル姉様」


足を止め、そう口にするエアリエルを揶揄うようにアンブリエルは笑う。そんなからかいの言葉を無視してエアリエルが目を向けるのは。


廊下の壁に立て掛けられた八枚の絵画…、八人の魔女を映した絵画達だ。


それぞれ孤独の魔女レグルスや友愛の魔女スピカなど、全員分の絵画がここにある。


魔女殺しを掲げる組織のアジトに、何故魔女の絵画が八枚も掲げられているか?当然だ、ハーシェル一家にとってこの絵画に描かれている存在こそが、最終暗殺目標…彼女達こそ、ハーシェルにとっての願いであり夢なのだ。


「魔女は凄まじく強いと言う。聞いた話によればイノケンティウスのゴルゴネイオン…そこの幹部が戦った物の手も足も出ずに殺されたらしい」


「へぇ、あそこの幹部ってメチャクチャ武闘派だよね、それが戦ってもまるで勝てなかったって、じゃあ打つ手なくない?」


「ああ、魔女は…絶対であり、世界そのものだ」


エアリエルが絵画の方を向く。それを前に浅く笑い…。


「お前達は、誰を殺したい?」


「え?」


皆が一様に口を開く。エアリエルがそんな事を聞いてくる事自体初めてだったから。決して無駄口を叩かず、使命に殉ずる事だけを強要する使命感の鬼であるエアリエルが…そんなお遊び紛いの質問をしてきた事に困惑する。


アンブリエルもチタニアも、オベロンもミランダも目を見合わせ。


「…私はアルクトゥルス、こう言う脳筋をこそ私は殺したい。この頭脳で」


「ほう…」


『月命殺』のミランダは語る、おかっぱ頭を揺らし自分以外の全てを低脳と見下す殺しの天才は舌打ちしながら真っ先に答える。実際にアルクトゥルスが脳筋かどうか、ミランダが頭脳でアルクトゥルスを超えているかは別としてそうしたいと口にする事自体は別に良いのだ。


「じゃあ私はスピカかしらぁ〜、ポーション作りを嗜む人として彼女の体には非常に興味があるわ〜」


「では私は…そうだね、アルクトゥルスを取られてしまったから…リゲル!夢見の魔女のリゲルとしよう!彼女は何より美しい…乳もデカいしね」


オベロンとチタニアは互いに見つめ合いながら正直誰でも良いとばかりにうっとりと見つめ合う。ならお前はどうなんだ?とエアリエルはアンブリエルを見つめ…。


「私は誰でもいいけどなぁ、殺しの対象に殺意なんか持った事ないし。ってかどうしたの急にエアリエル姉様。そんな質問するなんて珍しいじゃん」


「珍しく…私も滾っているのかもしれないな」


「滾ってる?」


「ああ、ワクワクしている…我等の手はようやく、世界の頂点にかかりつつあるのだ」


エアリエルは手を伸ばす、その先にいるのは黒いコートをはためかせ三角帽を被り魔術を行使する孤独の魔女レグルスの姿がある。それに向けてを伸ばし…エアリエルはニタリと笑う。


「この戦いが終わればマレフィカルムは私達のものだ、そうなれば即刻アストラに宣戦布告し、そのまま魔女を目指す戦いが始まる。我々は魔女の暗殺を行う事が出来るようになる」


「なるけどさ…」


「魔女を潰せば…父の理想の世界がより近づく、父が望む庭園を、作り上げることができる。魔女は生きるべきか、死ぬべきか…問うまでもない」


父が理想とする世界を作る、それこそがなによりも正しい事であるとエアリエルは信じている。その過程で何をも殺そうと何も思うことはない。


それが例え魔女であれ、なんであれ、構う事など何もない…寧ろ、高揚する。


「まぁ、私はなんでもいいですよ。やれって言われればやるだけだし」


「ならやれ、アンブリエル。奴等が攻め込んできたら…私が言った通りの対応をしなさい」


「へいへい」


既に魔女の弟子達を迎え撃つ準備は出来ている、奴等が何をどうやってこの空魔の館に入ってくるかは分かっているんだ…なら確実性の高い方法を取るのは当たり前の事。


それだけ述べてエアリエルは軽く髪をかき上げ、腰に差したダガーを抜いて…。


「はぁ、同情するよ。魔女の弟子にさ、こんな所でしかもこんなタイミングでエルドラドに来るなんてさ、そりゃ一石二鳥だから殺すしかないじゃないのさ」


「大きい彼女は来てくれるかな、来てくれたら嬉しいな」


「オーベーローン〜!浮気はぃやー!」


「と言うか私も迎え撃つ必要あるんですかね…怠いんですけど」


「………」


ふと、立ち止まる。四人が玄関口に向かう中エアリエルは立ち止まり…。


「……ネズミが居るか…」


それだけ呟いて彼女もまた歩き出す、ネズミよりも今は先に駆除しなければならない奴がいる。それは……。


「姉様、姉様。もう来てるみたいだよ」


「………」


玄関を開ければ、広がる空魔の大庭園。青い空の中に浮かび上がる燦然たる緑、その只中に立つのは…七つの影。


「来たか、魔女の弟子」


「エアリエル…!」


出迎える、屋敷の主不在の中訪れた七人の来客を前に、長女エアリエルが立ち…向かい合う。


ようやく…来たか、魔女の弟子……!


…………………………………………………………………………


時間は再び遡り。シュトローマン達がゴールドラッシュ城内に踏み込むよりも少し前…。


「さて、飯も食い終わったし、そろそろ行こうか」


ラグナは空皿を机の上に置き、戦いへ赴く宣言をする。既に決戦前の食事を終えみんな元気満タンです。


「ああ、洗い物は帰ってからでもいいだろ」


「そうですね、その為にも僕達みんなで生きて帰らないと」


「はい、みんなで…」


エリス達はこれから空魔の館にカチコミをかける。メグさんを除いた七人で揃って乗り込みファイブナンバーが持つ共振石を破壊しペイヴァルアスプを止めなければならない。


つまり、これから行われる戦いは八大同盟幹部達との決戦、今までにないくらい熾烈な物が予測されるからこそ…皆覚悟を決めているのだ。


「皆様、よろしくお願いします」


「そりゃこっちのセリフだよメグ、…頑張れよ」


「はい、私はこれから一旦帝国の倉庫に戻って武装の支度をしてきます」


そしてメグさんはこの城に残り、現れるであろうジズと戦い…その人生の因縁に決着をつける。本当なら近くで応援してあげたいが、どうにも状況が許してくれそうにない。


ただから祈るしかないんだが…。


「その、メグさん…」


「なんですか?エリス様」


「大丈夫…ですか?えっと、ジズは…魔力覚醒を会得しているんでしょう?」


ジズは魔力覚醒を会得している、これは間違いない。と言うか会得していないわけがない、ジャックもモースも二人とも魔力覚醒を最大級まで極め抜いた世界でも有数の強者だった。それと同じ三魔人のジズが…半端な魔力覚醒を使うとは思えない。


今まで三魔人と戦ったのはラグナとネレイドさん、二人とも魔力覚醒を極めた者同士。なのに今回はメグさん…魔力覚醒を会得すらしていないメグさんだ。


メグさんを弱いとは言わない、けれどこればかりは…。


「問題ありませんよ、きちんと対策は立ててありますしその為の手札も用意してあります」


「本当ですか?」


「ええ、…私は今までの人生を奴との戦いへの備えに費やしてきたんですよ?折角訪れた…ようやく訪れた決戦の時を、ただの無謀で費やしたりしません…確実に倒して見せますから」


「…分かりました、信じてます。エリス達も横槍入れさせない為上にいる連中全員叩き潰してきますから、だから…」


メグさんの胸を叩く、目を見る、信じている…信じているからこそ。


「生きて帰ってください」


願う、そんなエリスの言葉を聞いたメグさんはフッと優しく笑い…。


「いきなりパイタッチとか、セクハラですか」


「今ここでそれ言います!?」


「ふふ、エリス様なら別にいいですけどね。それじゃ、皆さん!また会いましょう〜!」


と、やや気の抜ける事を言いながら時界門の中へ消えていくメグさんをエリス達は見送る。なんか調子狂う感じだったけど…でもちょっといつも通りのメグさんって感じだったな。なら…大丈夫か。


「ちょい肩の力が抜けてたな」


「ですね、あれなら安心です」


「だな、それとエリス」


「なんですか?アマルトさん」


「お前ニンニク食い過ぎ、息臭い」


「フンッ!」


「げふふっ!殴るなよ!」



「それよりラグナ…コーディリア…どうする?」


「あー…置いてってもいいんじゃね?というかぶっちゃけ連れてけん。なぁコーディリア、俺達に協力する気ある?」


「あるわけねぇだろ、ボケ」


「だろ?じゃあここにいろ、さて…それじゃあ」


するとラグナはクルクルとコーディリアから貰ったペンダントを手の中で回し、エリス達の前に立つと。


「とりあえず最終確認、目標は三つ…」


すると彼は指を三つ立てて。


「一つ『ファイブナンバーを倒す事』」


これは目標であり目的、エリス達がするべき事。


「二つ『ペイヴァルアスプをなんとしてでも止める事』」


これは目的であり目標、ペイヴァルアスプの起動は即ち膨大な数の死者が出る事を意味する。


そして…。


「三つ『全員生存』…いいな?」


これは目標でも目的でもない、絶対条件。故に全員が頷く、全員が生きて帰る事、全員が生きてこの戦いを終える事、それがエリス達が求める未来であり、その未来の為に戦うのだ。誰か死者が出た時点で…それは即ち敗北だ。


「これだけを守ってくれ、じゃあ行くぜ…!」


「ああ」


「おう!行こうぜ」


「はい!ラグナ!」


「よーし!それじゃ!しゅっぱーつ!」


ペンダントに取り付けられたボタンを押して、空魔の館に帰還する為の魔力機構を起動させエリス達の体を一気に天空の彼方に存在する空魔の館へ……決戦の舞台へと移動させる。


…よし、やるぞッ!


…………………………………………………………


転移機構の起動、それにより発生した光はエリス達を包み視界を覆う。メグさんの時界門とは違いこちらはその場…空間そのものに作用する。感じとしては帝国の軍用転移機構に近い感覚だとエリスは思った。


…空魔の館も帝国の反重力機構を使ってるし、ペイヴァルアスプも帝国の戦略級魔装に似ているし、ジズはとことん帝国を敵視しその技術を模倣し取り入れているようだ。なんて余所事を考えているうちに…エリス達はそれを感じる。


…気圧の変化、気温の変化、風の感覚、それらが何処となくじんわりと変わり始め、確かな感覚としてそれが表出する頃には…光が止んで、エリス達は見知らぬ場所に移されていた。


「お?もう移動が終わったのか?」


「みたいだな…、空魔の館に移動って言うから室内に飛ぶと思ってたんだが、これは…」


視界に見えるのは、青と緑、目の前を覆う青に足元に生い茂る緑。これは…庭園?


「空魔の館の庭先…と言った感じか」


メルクさんが周囲を見回す。そこにあるのはよく管理された生垣に芝生、花壇に観賞用の椅子。なんとも優雅な光景だった。


「キレイ〜、アジメク並みじゃーん」


「ですね、この庭の美的センス…凄まじいですね。エトワールでもここまで立派な庭園は中々お目にかかれません」


デティとナリアさんがその庭の素晴らしさに感嘆の息を漏らす。それほどまでに美しかったから。


雲を下に見る世界の中に、ポツンと広がる巨大庭園。植えられた花も草も全てが管理され一つの美として完成されている。エリスもここまで立派な庭園は見た事がない。


だからこそ…皆息を呑む。


「これを、ハーシェル達が作った…のか」


「……不気味だね」


そう、ネレイドさんの言う通り…不気味なのだ。


人を人とも思わず容易く殺し、外道悪辣の限りを尽くすハーシェル一家が持つ庭園が、草花に囲まれ生命の美に満ち溢れた場所である事によるギャップと奇妙さ。


殺人を厭わぬ癖に、花を愛する感性を持つ。その乖離した二面性に薄寒さを感じる、一体どんな感性してたらこんな庭なんか作れるんだ。


「うーむ、しかし思ったよりもデカイな。下で見た時も巨大に見えたが乗り込んでみるとなおデカイ」


「この庭園の下には船があるんだよな、その中にファイブナンバー達がいるのか?」


「…ううん、…あっち…じゃないかな」


そう言ってネレイドさんが指差す先には、豪華絢爛な庭園の奥…これまた豪勢な館が立っていた。


「うわ、でっかい館…」


「あれが、空魔の館…か」


空魔の館…文字通り巨大で豪華な館が聳え立っていた。しかし立派だ、あんな豪華な館…魔女大国の中央都市にも一軒あればいい方だろう。アマルトさんなんかは『ウチの実家よりも豪華じゃね?』なんで口にする程だ。


あそこが、ジズのアジトか…いい暮らししてんだろうなあ。


「人を殺しまくって手に入れた財産で築き上げた、ジズの城か」


「奴は殺し屋界隈では最上級の扱いを受けているからな、当然ハーシェルの影一人雇うだけでも相応の額が請求される、それを世界中で展開しているんだ…財産も凄まじいことになっているだろう」


「お、詳しいなメルク。ちなみに依頼一回お値段いくらくらい?」


「そこまで詳しくないが…、値段は大体呼び寄せる影の等級によって分けられる、番外なら大体金貨十枚程度、そこから番号持ちになると倍々に増えていき、十番以内…コーディリアとかを雇うとなると中央都市の一等地が買えるくらいになるな」


「いやめっちゃ詳しいじゃん」


「アイツそんなに高い商品だったんですね」


「いいや、安いさ…なんせ金を払うだけで、気に食わない人間を一人確実に消せるんだからな」


「……そりゃそうか」


つまり、あそこに建っている館は。そうやって人を殺して殺して、作られた血みどろの城ということか。あの館だけではなく、この庭園も…船も、何もかも。


「…おい、無駄話タイムは終わりみたいだぜ」


すると、ラグナは組んでいた腕を解いて、館の方に目を向ける。それと共に皆が共に武器を取り出し…向き直る。感じるからだ…膨大な殺気と魔力を。


「来た…アイツら」


「五人、つまりあれが…」


「ファイブナンバー…」


館の扉を開けて、中から現れたのは五人の従者達。ハーシェル一家の最高戦力にしてペイヴァルアスプ停止の最難関項目…世界最強の殺し屋ジズより薫陶を受けた五人の殺し屋達。


八大同盟ハーシェル一家最高幹部『ファイブナンバー』…それが、エリス達を迎え撃つように現れたのだ。


「来たか、魔女の弟子」


「エアリエル…!」


当然その中にはいる、ファイブナンバー達のリーダー格にしてジズ最高の手駒、ハーシェルの影その一番…エアリエル・ハーシェルの姿も。


トリンキュローさんが死ぬその瞬間、あの場にいて…トリンキュローさんが逃げ延びる目を潰した…彼女の仇の一人が、他の四人を侍らせ庭園に歩み寄ってくる。


「お前らがファイブナンバーだよな」


「如何にも、私達の目に運良く入らず玉座に座って居られるだけの王よ。今日は如何なる用か」


エアリエルとラグナは睨み合う、その間で飛び交う闘志と殺意。バチバチと強烈に迸る。


「あぁー悪いけど殺しの依頼の窓口はここじゃないんだよね、殺したい奴がいるならキチンとした手続き踏んでもらわないと受けられないよ〜?」


「あ?テメェ誰だよ」


「あれ?初対面だっけ?まぁそうか、君にとっては」


手をフリフリと振っている女、ピンクの髪をした全人類舐め腐ったような女が急に話しかけてくる、しかしメンバーの口ぶりを見るにあれが…。


「多分、アンブリエルです、アマルトさん」


「…ジェームズを殺した奴か」


「さぁーて、どうだっけなあー」


「アンブリエル、口を挟むな…客人の前だ」


するとエアリエルはエリス達の前に立ち両手を広げ。


「歓待する、魔女の弟子。父は今不在だ、不在の父に代わって私…エアリエル・ハーシェルが対応しよう」


「なら言わせてもらう、ペイヴァルアスプを止めろ」


「やはりペイヴァルアスプについて掴んでいたか、だが…断る。ペイヴァルアスプについて掴んでいるなら、止め方も心得ているでしょう…だからここに来た、違いますか?」


そう言いながらエアリエル達五人は懐から緑色に輝く宝石が嵌め込まれたネックレスを見せる。あれがペイヴァルアスプ起動に必要な共振石、あれが一つでも残っていればペイヴァルアスプは発射出来てしまう。


だから、今あそこにいる全員を倒さなきゃ…いけないんだ。


「だったらやらせてもらうぜ…テメェら全員を倒して!ペイヴァルアスプを止める!」


「やってみせろ…魔女の弟子、魔女を継ぐ者と影を継ぐ者…どちらが上か決めようじゃないか」


「上等だ…!行くぜ!みんな!」


「おう!」


全員で魔力を激らせ走る、ファイブナンバー達が待ち受ける館に向けて。それと同時にファイブナンバー達もエリス達に向け刃を構えながら突っ込んでくる、エルドラドの最後の戦いが今ここで始ま───。


「甘い…」


……否、動かない。ハーシェルの影達は動かない、エリス達が突っ込んできた瞬間…静かに手を上げ、軽く…エアリエルが指を鳴らすのだ。


ただ、それだけで…エリス達は。


「うぉっ!?」


「んなっ!?しまった…!」


足が地面を見失う、足元がバッカリと割れ…下に奈落が見える。つまりこれは…。


「落とし穴ァッ!?」


「なんか前もこんなのあったな!」



「ここで争えば折角の庭園が汚れる、お前達を殺すのは容易いが芝生を血で汚したくない…場所を移すだけだ」


「グッ!テメェ…!」


瞬間、ラグナは奈落に落ちていく体に力を込める。このまま全力で空気を踏めば穴の上に飛び上がることは出来る…だが。


「ナリア!デティ!」


「ラグナ〜!」


「ラグナさん!」


以前、悪魔の見えざる手と戦った時…アマルトはこうやって荒事が苦手な二人を守っていた。あの時と違って今回の相手は非常に危険だ、今ここで後衛のデティとナリアを一人にするのはダメだ。


奴等はきっと各個撃破を目論んでいる、だからこそ…せめて少しでもまとまろうと二人を抱きしめるが、その段階で他のみんなの回収は出来ずラグナもまた奈落の底へ落ちていくのであった……が。


「フンッ…さて、お前達…相手をしてやれ」


「はーい」


「戦うのが望みというのなら、相応の場所で……」


『エェェエエエアアァァアアアリアルゥァァアアア!!!』


「ッ…!」


しかし、一人…穴に落ちながらもすぐさま地上に飛び上がった者が居た。


「孤独の魔女の弟子…エリスか」


「間怠っこしい事は抜きにしましょうッ!エリスはねぇ…お前をボコボコにしたくて堪らないんですよォッ!エリスの友達を傷つけたお前をッッ!!」


(チッ、飛べたのか…アイツ)


エリスだ、風を纏い落とし穴から脱出したエリスは芝生を切り裂きながらエアリエル目掛け一気に飛ぶ。それを見たエアリエルは踵を返した足を戻しダガーを構える。


「へぇ根性あるねぇ、私がやろうか?エアリエル姉様」


「面白い上に美しい…私が潰そうか!」


「いや、お前達は下に行け、他の弟子を殺してこい…孤独の魔女の弟子は、私が消す」


殺意滲む瞳でエリスを見遣る、それと同時にエリスも更に風を強め加速すると共に体を回転させ足を向け…。


「エアリエルッッ!!」


「喧しい、私ならここに居ますよ…ッ!」


激突する、エリスの神速の蹴りとその場で回転し放たれたエアリエルの蹴りが。衝突し大地が砕け芝生が波のように揺れ、バチバチと二人の間で魔力が鬩ぎ合う。


エリスはエアリエルを許せない、こいつさえ居なければメグさんは悲しみに暮れることも絶望することもなかった、何より許せないのはそれ程のことをしておいて憮然としているこいつが…エリスは個人的に許せない!


ボコボコにして詫びを入れさせる!だから一旦地下に落ちてこいつを探す…なんて真似、したくないんですよ!


「メグさんに詫びろやゴミカスッ!」


「口が悪い…」


その場で体勢を入れ替え空中で何度も足を振るうが、エアリエルはエリスから視線を外した上で足を数歩動かしその全てを回避すると同時に。


「孤独の魔女の弟子エリス、お前は幾多の魔女排斥組織を潰してきたと聞いている…」


「んぬっ!?」


瞬間、蹴りを放ったエリスの足を掴み、一気に引き寄せる。


「だからこそ、勘違いしたか?お前が潰してきた凡ゆる組織、大いなるアルカナも含めて…その全ての組織の上位に居るのが、我等ハーシェル一家であることを…ッ!」


叩き込む、ダガーによる鋭い突きが、コートの上からエリスに叩き込まれる。切り裂かれ血が出る事はなかった、だがエアリエルの並々ならぬ膂力から放たれる一撃が刃の穂先の一点に集中し、生み出されるその威力は…。


用意にエリスの魔力防壁を突破し内蔵の位置を歪める程に、強く強くエリスを打ち据えた。


「ぐはぁ…!」


「違うんだ、格がな…!」


そのまま苦しみに悶えるエリスの体は停止する。その隙を見逃さなかったエアリエルは更にもう一度その場で鋭く回転し…蹴りを加える。今度は先程とは異なり、全力で。


「ぐぅぁぁあああああ!!???」


そのまま吹き飛んだエリスの体は天空を吹き荒ぶ強風に煽られ一気に加速し、庭園の外…青空の下へと落ちていく。


その様を見たエアリエルはエリスが落ちていくのを見届け、ダガーを仕舞い込む。あの一撃でエリスの意識は確かに切り取った、気絶している間に地上に落ちるだろう。もうこちらには戻ってこない。


「まずは、一人目」


無謀にも挑んだ愚か者を笑わず、エアリエルは淡々と仕事をこなす。


この世界はジズ・ハーシェルが剪定を行う巨大な庭園である。無駄に生えた雑草と、余計に伸びた枝葉を切り取るのが鋏たる影の役目。


そこに勝利の余韻は無く、ただただ仕事に従事するのみ。葉を食う虫を潰すようにクレバーに、蟻の巣に水を流すように残酷に、人の残忍性を煮詰めた存在。


それこそが影、それこそがハーシェル、それこそが…エアリエル・ハーシェルである。


「彼等の挑戦を受けよう、だがその果てには勝利はない…あるのは、私達の勝利だけだ」


それだけ言い残し、彼女もまた地下へと降りる。地下で魔女の弟子達と戦う…が。


誰も、一対一で戦うとは言っていないよな。


…………………………………………………………


「ッ…と!」


奈落に落ち、微かに見えた明かりを頼りにネレイドはクルリと体を回転させ、華麗に大地に着地して見せる。


まさかあんな所に落とし穴があるとは、いやあって然るべきだった。ここはハーシェルの本拠地…どんなトラップがあってもおかしくない。


「…みんなと逸れてしまった」


周りを見回すが、やはり仲間の気配はない。どうやら落ちている最中に逸れてしまったようだ、という事はつまり私達は今敵の術中にいるという事。


…こういう時こそ冷静にならなければならないとネレイドは即座に意識を切り替え周りを見る。


そこには暗い石造りの廊下が見える。まるで迷宮だ、恐らくここは空魔の館の地下…船内に位置する部分だろう。外から見ても分かるくらい広大だったこの船内で仲間達を見つけるのは至難の業だろう。


「……上にも戻れそうにないし、どうしようかな」


上に登った所でみんなと合流出来なさそうだし、問題がない限りはここを探索した方が…ん?


「…誰?」


「………………」


誰かいた、廊下の奥に…。ボーッと突っ立ってる男の人がいる、なんか服も血で汚れてるし…汚いなぁ、それに顔…火傷を負ったみたいに顔が潰れてる。なんか…不気味。


「あなた誰」


「…キヒ…キヒヒヒ、人だ…人だ…ケヒヒ」


「………誰」


「血…血…、殺…殺……」


すると男の人はゆっくりと血で汚れた出刃包丁を持って…。


「ケヒャーーーーっっ!!!」








「で?あなた誰」


「いたたたた!すみませんすみません!話します話しますので離してください!」


なんか急に襲い掛かってきたのでその場で組み伏せ関節決めたらペラペラ喋り出した、何この人。


「わ、私は!ジズ様の配下でぇ!」


「あ、敵か」


「いだだだだ!力込めないで全部話すから!」


「続けて、ここどこ」


「こ、ここは空魔の館の地下施設です!外敵を落として迷わせる為の迎撃用のトラップです!」


「そっか、で?」


「こ、ここには私みたいなジズ様の配下がたくさんひしめいています!ここに落ちてきた魔女の弟子を殺す為に!ここに落ちた時点でお前達は出口の無い闇の中で俺達に永遠に襲われ続ける恐怖に怯えでぇぇーーーーっっ!?痛い痛い痛い!関節そっちに曲がらないです!」


「ごめん、偉そうだったから。で?ファイブナンバーは何処にいるの?」


「知りません…、でもこの地下にいる事は確かです…」


「そっか、ありがとう」


「へ、へへ。だからその…離してくれません?あの…なんで持ち上げて…」


「よいしょ」


「げびゃぁっ!?」


持ち上げた男の人を軽く力を込めて地面に叩きつけ床に埋めておく。これでよし…。


「この地下の何処かにハーシェルの影が…」


つまりこの迷宮を探し回り、二時間以内にファイブナンバーを見つけ出し、倒さないといけないのか。思ったよりも忙しそうだ…なら。


「ちょっと、急ごう」


なので、私は少し…急ぐことにした。






「おい、この近くに魔女の弟子が落ちてきたようだぞ」


「そりゃいい、俺たちで殺してやろうぜ」


同じく地下迷宮にて待機していたジズの手先『クレイジーマッドルナティック』は近くに落ちてきた魔女の弟子の気配を感じ皆で毒塗りの剣を構え闇に潜む。


既に彼らはエアリエルからの指示を受けている、ここに魔女の弟子を落とすからひたすらに襲え、やり方は如何なる方法でも構わない、その首を持ってきた奴は父の作り上げる新たなるマレフィカルムにて立場を保証する。…と。


故に皆この闇の中で魔女の弟子を探しているのだ、こんな連中が今迷宮内には溢れている…。


「お、来たぞ、何か音が聞こえる!」


「本当か!よーし!なら俺達の毒剣で…!」


近くから足音が聞こえる、ドタドタと走る音だ。きっと恐怖に怯えて走り回っているんだろう。ならここで不意をつけば簡単に殺せるはずだと全員で道を塞ぐ…が。


「ん?」


「どうした?なんか見えるか?」


「いや、なんか…思ったよりも、速くね?」


「へ?」


通路の向こうに見える影が…凄まじい速度でこちらに向かってくる、というかこれ…速すぎ────。


「通りまーす」


『あ、来た』と思った瞬間、クレイジーマッドルナティックのメンバーは闇の中から飛んできた何かに跳ね飛ばされ、全員で吹き飛ばされ轢かれ天井に叩きつけられる。


…飛んできたのは何か?…そりゃ決まってる、魔女の弟子だ。


「ん?なんか轢いたかな…」


正体はネレイドだ、彼女が全力で走っているのだ。普段はみんなに配慮して行わない全力疾走、下手に自分が全力で走ればそれはもう暴走機関車に等しい馬力が出ると理解しているからこそ見せない走り。


それを解放し、迷宮の中を走破しているのだ。ただ視界が悪くて誰かがいても止まれないのが難点だが…。


「うーん、ラグナやエリスなら私を止められるし、メルクなら避けられるし、感触的にナリアじゃ無いし、デティなら轢く前に潰しちゃうし、アマルトなら轢かれても面白い声出すだろうし…敵かな、ならいいか」


取り敢えず無視して走る、道中寄ってくる敵を全部ぶっ飛ばしながら走る。でも困ったな…ファイブナンバーが見つからない。


「道に沿って歩くの面倒だな…壁掘り進んだらなんか出てくるかな」


そう思い近くの壁を破壊しようとした、その時だった。


「……ん?」


ふと、闇の中に光が見えた。何かと思って寄ってみれば、そこには…。


「なにこれ…」


『チタニア&オベロン』『〜美と狂気の愛の巣〜』『この先→』


そう書かれた煌々と煌めく看板が配置されていた。チタニア&オベロン…チタニア…。


こっちにいるのかな。一応看板に従って歩いて行ってたどり着いた扉を躊躇なく開けると、そこには美しい彫像が大量に置かれた部屋があった。


「なにここ…」


人の像だ、それも全部同じ顔…これ、チタニア?いやそれ以上に気になるのが。


(これ、全部大理石だ…それを手で掘った形跡がある)


大理石か、私も昔大理石の柱を抱きしめて破壊したことがあるけど…ここまで緻密に破壊したことはない。大理石全体を崩さず確実に削り取る手腕…間違いない、これは。


「やはりッ!来てくれたね!大きな君よ!」


「……チタニア」


瞬間、暗い部屋が一気に照らされる。紫色の扇状的な光で照らされ部屋の全容が見えてきた。


広く、まるで戦うことを想定したような大広間に無数の大理石像…そしてその中央にいるのは、二人の執事とメイド。


それが手と手を取りフォークダンスを踊っていた。


「待っていたよ、ネレイド君。あれから君のことを調べたよ、神将なんだってね…凄いじゃないか」


「それにとっても大きいわぁ〜、胸もお尻も、チタニアが惚れるのも良くわかっちゃうかも〜」


踊っているのは、ハーシェルの影三番チタニアとハーシェルの影四番オベロン。ファイブナンバーが二人でライトの下で踊っている。


「君がここに来たという事は私達と戦う覚悟を決めたという事だろう?」


「なら相手になるわぁ〜、私達はファイブナンバー、挑戦はいつでも受付中よ〜!」


「ん、そうしてくれるとありがたい。それで…どっちが私と戦うの?」


「そんなの決まってるだろう?」


するとチタニアはオベロンの体を支え、オベロンはチタニアに抱きつくようなポーズを決めダンスを終わらせると共に…こう告げる。


「勿論」


「二人一緒よ」


と…え?二人一緒?それはつまり…。


「あなた達二人で私一人と戦うの?」


「ああそうだとも」


「いや、二人がかりは違うじゃん。私一人だし」


「私達は一心同体だから実質一人よ〜」


実質一人でも事実上は二人じゃん。い、いやいやこれは流石に想定してないよ、ファイブナンバーが二人がかりで攻めてくるなんて…そんなの。


「私達が一対一で正々堂々戦うために君たちを分断したとでも?」


「私達は殺し屋、殺せればそれでいいの。名誉とか栄誉とかもどうでもね?」


「だから卑怯と罵るならば罵ればいい」


「負け犬の罵倒がより一層、私達の燦然たる輝きを際立たせるのだから」


「故に、やろう」


「そして、死んで?」


「むぅ…!」


唇を尖らせる、しまった…これ、かなりやばいかも。


……………………………………………………


「待てやゴルァァァアア!!!!」


「ビビってんじゃねぇぞクソガキィッ!」


「おうゴルァ!こっち来いボケェッ!」


「だぁぁーー!追ってくんなボケっ!俺これから大切な戦いがあんの!雑魚戦で消耗したくないんだよ!」


走る走る走る、背後から迫るイカつい山賊モドキから走り逃げるのはアマルトだ。彼もまた地下に落とされ路頭に迷っていたところ、ジズの手先に見つかりこうして追いかけられる羽目になっている。


戦ってもいい、だが…これからファイブナンバーと戦うってのに雑魚戦で疲れたくないんだ。だから走ってるのに…ファイブナンバーの奴!何処にもいやがらねぇ!


「えぇい!面倒クセェな!ってあれ!?行き止まり!?」


ふと、走り続けていると何やら広い部屋に出た。廊下が終わって部屋にたどり着いたのだろう、けど…やばい、他に繋がる道がない!行き止まりか!ここ!


「へへへ、万事休すか?ガキ」


「チッ、仕方ねぇな。俺はな…迷路とかはじっくりゆっくり解きながらやりたいタイプなんだ、ケツに火がついた状態じゃ探索もままならねぇ…ここらで全員、ぶっちめておくか?」


マルンの短剣を抜き、自らの腕を傷つけると共に刃に血を這わせ…。


「人を呪わば穴二つ、この身敵を穿つ為ならば我が身穿つ事さえ厭わず『呪装・黒呪ノ血剣』!」


「な、ナイフが剣になったッ!?」


現れるのは黒刃の長剣。それを握りしめたアマルトは一気に追手に向けて反転し加速すると共に…一気に体勢を低く持つ。


「『焼斬フラムターナー』ッ!」


低くした体勢のまま踵だけで大地を滑り、剣を地面に擦りつけながら加速すると共に放たれる高速の斬り上げ、刃が摩擦で赤熱し火花が飛び散る炎の斬撃は一気に追手達を斬り伏せ吹き飛ばす。


「ぅぎゃぁっ!?」


「こ、こいつ強いぞ!」


「バカっ!魔女の弟子だぞ!強いに決まってんだろ!」


「オラオラどんどん来いや!アマルトさん頑張っちゃうぞ!」


一気に五人近くを吹き飛ばしたアマルトに慄く追手達、数は多いがこれならなんとかなりそうだ…。そう意気込み追手達を前に構えを取ると…。


『アマルトさんッ!』


「えっ!?」


飛んでくる、背後から新たな影が…すわ新手か!なんて警戒したのも束の間、影は俺ではなく追手達に飛びかかり。


「てやーっ!」


「ぐべぇっ!」


凄まじい脚力で纏めて全員蹴り飛ばし、俺の前にクルリと着地するのだ。敵ではない…というよりこいつは。


「エリスか!」


「無事ですか!アマルトさん!」


エリスだ、見覚えのある金髪とコートを着込んだ俺の友達が咄嗟に助けに入ってくれたのだ。みんなと逸れて一人で走り回ってたからようやく見覚えのある顔に再会出来て俺はホッと胸を撫で下ろす。


「はぁ〜、よかった〜…助かったぜエリス」


「いえいえ、エリスも驚きましたよ。アマルトさんを見つけたと思ったら追いかけ回されてたんですから」


「こっちも驚きだよその件については、でも再会できてよかった。ラグナ達は?」


「分かりません、最初に見つけたのがアマルトさんです」


「そっか、参ったな」


けど、こうして仲間と再会出来たのはありがたい。何より最初に再会出来たのがエリスってのが大きい、こいつと一緒なら迷宮探索も楽勝だろう。


「にしても面倒な迷宮に閉じ込められたな。こんな所に落とすなんてファイブナンバーはなに考えてんだ?」


「分かりません、けどここにエリス達がいるという状況自体が敵の術中である事を考えると現状をそのままには出来ませんね」


「だな、ならとっとと仲間達と合流するか…いやその前にファイブナンバー探した方がいいか?」


「いえ、先に仲間と合流しましょう。まずはみんなと合流してそれから着実に戦力を揃えて戦いを挑むんです」


「お?おお」


意外に冷静だな、俺はてっきりエリスの事だから『メグさんを傷つけた奴許せねー!一秒でも早くぶっ潰してやるー!』って敵に突っ込むかと思ったけど…。


いや、エリスもこういう修羅場には慣れてるか…。


「さっきこっちの方で物音を聞きました、もしかしたらネレイドさんかもしれません」


「お!マジか?道覚えてるか?」


「勿論、ついてきてください!」


「ああ!」


そう言って踵を返し俺を案内しようとするエリスに、俺もまたついていく…前に、足を止め。


「所でエリス」


「ん?なんですか?」


「お前さ、ここにくる前にみんなが食べた物、覚えてるか?」


「なんですか?その質問、今必要ですか?」


「いいから答えてって」


「んー、ラグナがスパゲティ、メルクさんがグラタン、ネレイドさんはピザ、ナリアさんはサラダでデティはフィナンシェ、最初はケーキがいいって言ってたのに甘ければいいって感じでしたね」


「うーむ、完璧だ」


「当たり前じゃないですか。もう…いきなりなんなんですか?今緊急事態ですよね」


完璧な答えだ、俺が記憶している通りみんなが食べたものに一致している、俺は俺が出した物を誰が食べたかは完璧に記憶してるんだ…だからどーしても聞きたいんだよエリス。


「じゃあお前が食べだのは?」


「…アマルトさん特製の『超ガーリックベーコンサンド』です、ニンニクがゴロゴロ入ったやつ」


だよな、完璧だよその答えは…。エリスは俺特製のサンドイッチを食べた…なのに。


「だよな、けど…なんでお前の息から、ニンニクの匂いがしないんだ?」


「………………」


しない、出発前はあんなにしていたニンニクの悪臭が今のエリスからは感じない。これはどういう事だ?どう考えてもあの匂いは明日まで引き摺らないとおかしいのに。


ここから導き出される答えって…一つしかないよな。


「…エリス、今のお前はどう考えてもニンニク臭くない。けど…代わりにお前、すげー嘘臭いぜ…ッ!どうなんだよ、エリス…いやハーシェルの影その二番…アンブリエルッ!!」


「……はぁ〜〜」


瞬間、エリスの顔からスッと表情が消え、ニタリと薄気味悪い笑みが浮かび上がり。


「盗聴魔力機構を仕込んでおいたから、情報収集は完璧だと思ったんだけど…胃の内容物までは誤魔化せないって…」


「テメェ…!!」


「おおっと!」


咄嗟に剣を振るうアマルトの斬撃をクルリと飛び跳ね距離を取りながら回避してみせるエリス…いや、アンブリエルは華麗に着地すると同時にいつのまにか姿を変え、ピンクの癖っ毛を靡かせるメイド姿へと早変わりしアマルトを前に大きくため息を吐き。


「体臭は真似出来る、けど食べた物の匂いまでは誤魔化せない。そんな事は分かってるんだけどさ、まさかマジで気がつくとは…やっぱり君は勘がいいね」


「…テメェ、エリスはどうした!」


「さぁ?どうだろう?」


「………」


アンブリエルは挑発するように笑うが、まぁエリスは大丈夫だろうと言う気持ちがある。アイツの往生際の悪さは魔女の弟子…いや下手したら人類トップクラスだ。まだ俺達が穴に落とされて十分そこら、そんな簡単にエリスがやられるわけがない。


大丈夫、こいつはただエリスに化けてただけ…。


「…フンッ、おいアンブリエルとか言ったな。お前俺と初対面じゃないだろ」


「およ?なんでそう思う?」


「コンクルシオの街で一度、そして…多分だがガイアの街で会ったシャックス…あれもお前だろ」


「へぇ、やっぱり気がついてたんだ」


「いや気がついたのはお前の存在を知ってからさ。けど同時にピンと来たぜ…完全模倣だったか?確かにお前は変装の達人だが、穴だらけなんだよ…!」


「いつもはもっと入念に調査してからやるの、じゃあ今から化けてきて〜でやらされる突貫仕事の大変さ君に分かる?時間さえあればニンニク食べてきたのになぁ…それで君を完璧に騙して、薄暗い場所に連れて行って、それで背中から刺して終わりだったのに…残念」


「……やっぱりテメェ、放置出来ねぇな」


こいつはマジで危険だ、こいつ一人いるだけでこっちの連携がそのままリスクになりかねない。ラグナとメグをして最悪と言わしめた危険度を今肌で感じた。


マジでニンニクの件が無けりゃ気がつけなかった。それくらいこいつの模倣は完璧だ…けど言い換えれば。


(これは絶好の機会だ、こいつが今素顔で俺と対面している状況はどうあっても逃せない、ここでこいつを倒せなけりゃ…みんなが危ない)


偶然とは言え正体を看破出来た、なら今ここで倒せばそれでいいんだ。何より俺はここにファイブナンバーを倒しにやってきてるんだ、一石二鳥どころの騒ぎじゃないぜ。


「ふ〜ん」


するとアンブリエルは俺をナメたような目で見て笑うと。


「まさか私と戦うつもり?君が?魔女の弟子の中でそんなに突出した存在じゃない君が?私と戦うの?あんまり力自慢はしたくないけどさ…私チタニアよりも強いよ?君が仲間と一緒に戦って倒せなかったチタニアよりも数倍は強い、そんなのと本気でやるつもり?」


チタニアは三番、アンブリエルは二番、この番号は強さに直結するわけじゃないがここまでハイレベルな存在になるとそんな言い訳も存在しないだろう。


こいつは間違いなくあの超人チタニアよりも強い。ハーシェル一家で二番手に位置する超大物なんだ。それと俺が戦う…正直メチャクチャ怖いよ、怖いけど。


「本気でやるつもりだって言わなきゃダメか?ダチの顔を平然と使うクソ女を許して見逃してやる理由は何処にもねぇんだよ…!」


剣を突きつける、アンブリエルに。ここでこいつは倒す…そこに変わりはない。


「フッ…フフフッ、そっか。なら戦わないとダメか…マジでバトルなんて久々だけど、まぁ君相手ならいいか…だったら」


するとアンブリエルは何処からともなく剣を取り出す、鋼の長剣を…それを俺に突きつけ。


「これで相手してあげるよ、その方が君もやりやすいでしょ?」


「お前…マジで人を苛立たせる天才だよな」


俺と全く同じ構え、まるで鏡を見ているような錯覚を覚えるほどに完璧なまでの模倣。


あーはいはいなるほどね、…この野郎、ぶった斬ってやるッ!


……………………………………………………………


「魔女の弟子達と我が妹達は殺し合いを始めたか…」


そして、船内の最奥にてエアリエルは一人呟く。魔女の弟子達をここに落とし、罠に嵌めた張本人たる彼女は感情もなく目の前に屹立する巨大な機器を見上げる。


これは万空のペイヴァルアスプの根元、即ち発射機構だ。それぞれの機器に写し出される光を見て彼女はペイヴァルアスプが問題なく起動し続けている事を確認する。


あと一時間半でペイヴァルアスプが動く、それまでエアリエル達は共振石を守り抜けば全てが終わる。今更ペイヴァルアスプを破壊しようとしても無駄だ、これを今壊せば溜まったエネルギーがその場で爆発しどの道エルドラドには甚大な被害が出る、勿論ここにいる人間も全員死ぬ。


「…………」


エアリエルは胸元に隠した共振石を見て静かに目を伏せる。効率だけを考えるならエアリエル達はラグナ達が庭園を訪れた時点で一斉に不意打ちをかけ殺す事もできたし、なんなら全員で隠れて時間までやり過ごす手もあった。


だが、それでも彼女はこの地下迷宮に落とし自分達を探させると言う回りくどい方法を取った。何故か?それは父がこの戦いは遊戯であり遊興…ゲームだと言った。


ならばその意思に従って我等もゲームにて迎え撃つより他ない。この戦いは遊戯なのだ、エルドラドの全てを賭けた戦いなどではない…結果の決まったお遊びでしかないのだ。


だからこそ、彼女はここで待つ。自分達を倒しにきた魔女の弟子達を迷宮の最奥…動力フロアにて。


最初にここに訪れる魔女の弟子は誰になるか、落ちた角度的にここから一番近いのは…いや。


「その前に駆除が必要か」


「ああそうだ、国に救う害虫の駆除がな」


キラリとエアリエルの首に刃が押し当てられる。それと共に闇から現れた男が彼女耳元で囁く…こいつは。


「忍び込んでいたネズミですね、何もせずに居たら殺すのは後にしてやったのですが」


「最初に死ぬのはお前だ、エアリエル・ハーシェル」


背後に立ったのは元老院の遣わせた使者にして星隠影のエリートエージェント。トツカの忍者のような格好をした男…カゲロウだ。彼はマクスウェルの指示に従い館に忍び込み、まんまとエアリエルの居場所を突き止め彼女が一人になる瞬間を狙い…背後を取ったのだ。


「エアリエル、ペイヴァルアスプを止めろ」


「断る」


「これを動かされたら我々としても不都合なのだ、止めろ…!」


「断る」


「ここで殺すと言ってもか?」


「殺す?今…殺すと言ったのか…?」


「……む?」


瞬間、カゲロウの全身の筋肉が強張り、彼の意志に反して刃を離し咄嗟に飛び退いてしまった。彼自ら最大のアドバンテージを捨ててしまった…いや、捨てざるを得なかった。


(なんだ今の寒気は、いやまさか…殺気?今のが一個人が発した殺気だと言うのか…!?)


まるで猛烈な吹雪の中で、死を垣間見たような。薄寒さと恐怖が全身を襲い、吹雪に吹き飛ばされるような錯覚を覚えた彼は冷や汗を拭う。


彼もまた隠密としてそれなりの場数は踏んでいるし、殺気なんて浴び慣れているはずなのに…。


「殺すか…、お前達星隠影は一々宣言してからじゃないと殺せないのか?…如何にも、役所の仕事らしいな」


エアリエルは未だにその場から動かない、機器から目を離さずカゲロウに視線さえ向ける気配がない。最早目に入れる価値もないとばかりに…。


「き、貴様…!」


そこに怒りを覚えた。星隠影はマレウスの暗部であり闇そのもの、光あるところに必ず存在する闇の具現こそ星隠影。国家公認の部隊である星隠影とただの殺し屋であるハーシェル一家が同列なわけがない。


故に彼は激昂のままに構えを取り。


「ならば宣言通り殺してやろう!臨兵闘者皆陣烈在前!臨兵闘者皆陣烈在前!臨兵闘者皆陣烈在前!」


バババッ!と両手で字を切りながら集中力を高めた彼はそれによって得た力を全身に激らせ…。


「死ねッ!必殺『忍法・大殺───」



「五月蝿い」


その瞬間再びカゲロウはまたも自らの意思に反して動いてしまう。今度は真上に高く高く飛び上がった彼はエアリエルの発した殺意を警戒して───。


(え?)


しかし、カゲロウは見る。今自分は高く空を飛んでいるはずだ…なのに、何故…眼下に自分の体が……。


(あ────)


その時、『全身をバラバラに切り刻まれたカゲロウ』が地面に落ち、頭が転がる。血がぶちまけられバタバタと聞き障りの良くない音が響き渡り、それでもなおエアリエルは背を向けたまま立ち尽くす。


一度として、彼女はカゲロウを見なかった。攻撃の瞬間さえも…。いや、必要がないのだ、エアリエルにとって肉体的な動きは意味をなさない、指一つ動かさず人を殺せる彼女にとっては、何の意味も……。



「…ようやく来たか」


そして彼女はようやく、振り向く。既に肉塊となったカゲロウを踏み越え…扉を開けたそいつを見て、ダガーを持つ。


カゲロウは招かれざる客だ、それに対応する義務はない…だが、来客である彼らは別だ、今この部屋を訪れた…。


「お前、今…人を殺したな」


「それがどうした、メルクリウス・ヒュドラルギュルム…」


メルクリウスには、最大の歓待をしなければならない。カゲロウに見せた片手間の歓待ではなく…全霊を用いた歓待で…。


彼女を殺す。


……………………………………………………


「…なんなんだ?ここは」


そして、時間は少し巻き戻り…皆が穴に落ちた直後に戻る。ナリアとデティを抱えて穴に飛び込んだラグナは着地をするなり周囲を見回し首を傾げる。


「あ、ラグナさん!ありがとうございます!」


「ありがとねーラグナー」


「おう、二人とも大丈夫か?」


「お陰様で」


取り敢えずナリアとデティは無事らしく、ラグナは二人を下ろしながら再び周囲を見回す。どうやら俺達は船内に落とされたようだが…。


問題は…ここが個室である、という事。何処かに繋がる廊下などは無く。石の壁と床に囲まれたこの空間は…まるで牢屋のようだ。


「何ここ」


「わかんねぇ、牢屋のつもりかな」


「なんか不気味ですね…あ、見てくださいラグナさん!鉄の扉がありますよ!」


「ん?あ、本当だ」


ふと後ろを見るとそこには頑丈そうな鉄の扉が設置されていた。まるで魔獣を閉じ込める用みたいな超分厚い扉だ、あれをぶっ壊すのは大変そうだ。


「閉じ込められたのか?」


「んー、でもあの扉鍵がついてるよ?解錠してみようか?」


「出来るのか?」


「解錠魔術があります、緊急時にのみ使用可能な限定禁忌魔術です。免許をお持ちでない方は習得をお控えください」


そう言いながらデティは懐から取り出した『解錠魔術限定使用許可認可免許証』と書かれたカードを見せつけながら堅苦しい言葉遣いで鉄の扉の鍵穴に触れ…。


「…………」


「どうした?デティ」


静止した、そして軽く首を傾げ…。


「あ、あれ?魔術が使えない…」


「何?…魔術が使えない?」


ふと、そう思って俺も魔力を出そうとしてみるが、うまく纏まらない…これは。


魔封石?確かプルトンディース大監獄の牢屋も同じ原理で魔力が封じられた空間だったとエリスも言っていたな。ってことはこの部屋全体に魔封石が仕込まれていると?なんつー大胆な部屋だ。


「ごめんラグナ、魔術が使えない時点で私役立たず決定です」


「いやいいよ、ぶっ壊せないか試してみる」


軽く拳を握ってデティと交代で扉の前に立つ。敵が何を考えているのか、どういうつもりでこの部屋に落としたのかは知らない。


けど…今更誰にも俺は止められねぇッ!


「っしー!ぶっ壊すッ!」


『待った!それは壊せないよ…諦めなさい』


「んぁ?」


瞬間、声が部屋の中に響き渡る。いや響いてない、空気が揺れてない…これは脳内に直接伝わっているのか?もしかして、念話?


「誰だ!?」


周囲を見回す、誰か俺達以外にいるのか?そう思い振り向くと…そこには。


『やぁやぁ最も不幸な魔女の弟子諸君…ご機嫌よう、ハーシェルの影その五番…ミランダ・ハーシェルだよ?最も残忍なファイブナンバーに当たってしまった気分はどうかな?』


やや青白く発光する女が、そこに立っていた。黒紫の髪をパッツンと切り揃えた小柄な女…確かこいつ、地上にいたファイブナンバーの一人か?


「テメェ…どういうつもりだ!」


「ラグナだめ!こいつ投影魔術で映し出されてるだけ!手出しできないよ!」


「はぁ?なんだと…」


『くふふ、そういう事。私の姿はここで見えているだけで私はここにはいない…』


ネレイドさんの幻影魔術みたいなもんか?だとしたら厄介だ、こいつは偽物…本物が何処かに隠れていることになる。だがそれを看破するのに必要な魔眼術も魔力を封じられている今は使えない。


…面倒な状況になりやがった。


『まぁ慌てなさんな、私は君達を始末するつもりだから、今更どうジタバタ暴れても意味ない』


「…随分余裕だな、この場にいない奴がどうやって俺達を殺す」


『決まっている、君達には今から殺し合いをしてもらう』


「はぁ?」


殺し合いをしてもらうと言った瞬間、ミランダと名乗ったファイブナンバーはゆっくりと空中に浮かび上がり脚を組んで座り込むと…両手を広げ。


『文字通りです、あなた達には今から殺し合いをしていただきます。さぁ始めましょう…私の『死亡遊戯(デスゲーム)』を』


「で、デスゲーム…?」


デスゲーム…その開催が宣言されると共に、始まる。


死亡遊戯(デスゲーム)』のミランダの二つ名を持つ女の…悪辣な暗殺法が、ラグナ達に襲いかかる。


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