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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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521..魔女の弟子と指先の心


『お前はネビュラマキュラの指先だ』


生まれながらにして私はそう教えられて来た、幼い頃から母と父からそう言われて育って来た。


ネビュラマキュラとは群であり一つの個体だ。マレウスという小さな繭の中に体を丸めて根ざしている巨人こそがネビュラマキュラ。私はその指先なのだと伝えられた。


指先は脳に従うもの、つまり元老院だ。


指先は心臓を守る為に動くもの、つまりバシレウス様だ。


私は元老院とバシレウス様の為だけに存在している。それが継承の儀に参加する事さえ出来なかった余り物の廃棄品に許された最後の存在意義だった。


その存在意義に従い、私はずっと…あそこで育って来た。


『ヤッホー、元気かな?ラヴ君。ああ、ラヴと言うのは君の新しい名前だよ?元老院が直々につけてくれた名前さ、嬉しいね』


あのくらい闇の中で、私の前に座った仮面の者がそう言った。男か女か…それさえも分からない特徴的な白い仮面、そしてその奥に見える白い髪と赤い瞳。ふと気がつけば私の髪も同じ白色に染まり、瞳も赤くなって居た。


渡された手鏡には、知らない顔が写っていた。


『あ、顔も変えたから。君は些かネビュラマキュラの血が薄すぎるからねぇ…まぁ分家も分家、更にその分家から連れてきた子だから別に君が悪いわけではないんだけどね。よかったね、今の君は誰よりも王座の者に近づけた』


自らを『第一人者』と名乗る仮面の者は私に言った。私はこれから王の影として生きるのだと。そこにショックはなかった、だって私はネビュラマキュラの指先だから。ネビュラマキュラの役に立つのは当然のことだったから。


『気合十分…ってわけじゃなさそうだけど、まぁこの先どっちでもいいかな。とりあえず処置を行おうか』


それから、私は…仮面の人物によって、様々な処置を加えられた。長い長い時間をかけて…体を弄られた。


『知ってるかい?大いなるアルカナって組織を、ああ、知らないか。そこにいる宇宙のタヴと審判のシン、二人は帝国に残された人体改造法により肉体を魔女の者に近づける処置がされて居た。まぁあれはウチのボスが作った奴の劣化コピーだったけどね』


そいつは、いつも私の体をいじっている最中、何か言って居た。


『二人はその処置により常軌を逸する力を手に入れた。強さだけで言えばいずれ我々セフィラに届き得る可能性さえ秘めている。今君が受けているのはそんな二人が受けた劣化コピーの処置…の本物。つまりウチのボスが確立した人体改造法…上手くいけば君は魔女の力を手に入れることが出来るよ』


いろんな話をしてくれた、けど…私はその言葉に答えられるだけの余力がなかった。


それほどまでに、抗い難い苦痛と激痛を伴う処置だったから……。





『ケテル、様子はどうだ』


『ああネツァク。成功かと聞かれれば微妙だね、半分失敗だけどなんか生きてる。使えるんじゃないかな?』


『そうか、死んだなら死んだで私が使うだけだ。生きているならそちらに任せる』


『はいはーい、じゃあラヴ君。よく聞きなさい?君は……』


それから、それから…それから、私は…。


……………………………………………………………


「………ん、何処かで火の手でもあがった?」


ラヴは一人、ゴールドラッシュ城の中を歩きながら目標を…レギナ・ネビュラマキュラを探す。目的は単純…殺す為。彼女が死ななければネビュラマキュラの血が腐る…と元老院が言っていた。だから殺す。


しかし、先ほどから妙な匂いがする。そう思って窓の外を見れば城から火の手が上がっている、あれは会議場の方?ジズの手先が火でもつけたか。


「ゴールドラッシュ城は直ぐに火に包まれる…この城ももう終わり、その前に見つけないと」


直ぐにこの城は火に包まれ焼け落ちるだろう。そうなればレギナを見つけるどころではなくなる、消息不明ではダメだ、きっちり殺したことを確認しないと。


でないと私は目的を果たしたとは言えない、…ここまでやってそれはダメだ。折角出来た友達を…裏切ってまで使命に殉じているのだから。


(ステュクス…お願い、私の意図を察して逃げて…)


私はレギナ・ネビュラマキュラを殺す、抵抗するならその護衛も殺さなきゃいけない。それが例えステュクスでも私は殺さなきゃいけない。でも…私は友達を殺したくない。


だから、逃した。水路に落として街の外に追い出した。街の外にいるなら殺さなくてもいい…だから外に出した。


きっとステュクスは私を恨むだろう、私を嫌うだろう、けどそれでもいい…この手で彼を殺さなくて済むなら、それでいいんだ。


だから…彼への友情を犠牲にしてでも前に進むことを選んだ私に、中途半端は許されない。


「ッ居たぞ!レギナ・ネビュラマキュラだ!」


「………」


「こんな所を一人で歩いてるとは余裕だなぁ…!」


すると、城の中に溢れかえったジズの手先が私を見つけて襲いかかって来る。私の見た目はレギナはそっくりになっているから、間違えるのも無理はない。


けど…。


「邪魔…」


「は……え?」


血飛沫が壁にかかる、血溜まりに頭のない死体が落ちて、体を失った首が足下に転がる。手に握った短剣を振り直し血を払う。


相手にならない、この程度の雑魚なんて…。さっきから私をレギナだと勘違いして襲ってくる奴らは跡を絶たない、けど…皆殺しにしている。


このままレギナ・ネビュラマキュラを殺す…。そう決意し走り出す。


(火の手が上がっている、普通なら城から出るけどレギナは囮をする為籠城しなくちゃいけない、なら…上か?)


上に逃げれば火の手に巻かれることもない、煙による中毒はあるかもしれないが…それでも炎から逃げるには上しかない。


「レギナ・ネビュラマキュラだ!ここに居──ッ」


「退いて…!」


走る、走る、階段を目指して走る。その道中ぶつかった敵は全てを殺す、すれ違いざまに首を切断し進んでいく…。


「な!なんだお前!?レギナ・ネビュラマキュラがこんなに強えなんて聞いてな──ぐげぇ!」


「…………」


殺す、殺す、殺していく。そこに感じる事は何もない…私もジズも変わりはない、ただ手段として殺人を犯しているだけ。そこに感情は存在しない。


「あった…階段」


幾人目かの犠牲者を出しながらようやく階段を見つけ上へ上がろうとすると。


「やはりここに来たなレギナ・ネビュラマキュラ!火から逃げて上に来ると思って居たぞ!」


「………はぁ」


居た、階段の上に十人くらいの大群が階段を塞いでいた。どれだけの数が入り込んでいるのやら…。


「死ね!お前を殺せばジズ様からお褒めの言葉が───」


「いい加減にして」


瞬間、ラヴは短剣を持ち変え…階段の壁に鋒を差し込む、と同時に魔力を解放し…。


「『ロード・デード』」


魔術…それは元老院より与えられた力の一つ。これがラヴの持つ力の最たる物であり、彼女が三ツ字冒険者をダース単位で相手にしても数秒で皆殺しに出来ると言われる所以。


そして、彼女が殺しを行うと言う覚悟の現れ…。


「ッッ────」


魔術と共に壁に突き刺した短剣を引き抜くように一閃、短剣を振るうと…黄金の光が一瞬視界で瞬く。


それと同時に…。


「あ…げぇ…」


階段を塞いでいた十人近くの輩達が倒れる。いや…折れると言った方がいいか?


何せ、彼らの体はモノの見事に二等分にされ、腰から真っ二つに切れて居たのだから。


「…殺す……」


血が滴る階段を登りながらラヴは圧倒的な力を見せつけながら登る。血に塗れた階段を踏み締め…口にする。


「レギナを…殺す、それが…私の役目」


殺意を、それはそのまま彼女の覚悟を表しており、この力でレギナとその護衛を殺し。任務を果たすと言う決意を示す。


…二階へと上がりながら、レギナを探す道行きを続行する。


………………………………………………………


一方、そのレギナはと言うと。現在ゴールドラッシュ城の四階にて…。


「きゃーっ!」


「隠れて!レギナ!」


「チッ、厄介なのに見つかった…!」


物陰に隠れカリナとウォルターに庇われながら身を縮こまらせて居た。エクスと別れた後上へ上へ逃げて居たのだが…、ここに来てとんでもない奴に見つかって攻撃を受けて居たのだ。


「ヒャハハハハハハ!!死ね死ね死ね死ね!オラ出てこいよ蜂の巣にしてやんぜぇー!」


そう言いながら両手に持った機銃を連射し物陰ごとレギナを殺そうと牙を剥くのはハーシェルの影その九番…『銃殺』のクレシダだ。


彼女もまた今回の戦いに参加して居た、されどデズデモーナやファイブナンバーとは異なり地上にてレギナ暗殺を任されこうして下に降りてきていたのだ。そこでレギナを発見しこうして攻撃を加えているわけだ…。


「まさかハーシェルの影とここで接敵するとは」


「どうするの?ウォルター?逃げる?」


「逃げたいがあの銃撃を突っ切って逃げるのは危険だ」


「じゃあ…どうするの」


ウォルターは苦虫を噛み潰したように顔を歪め通路の向こうで銃撃を行うクレシダを睨む。エクスヴォートを呼ぶか?だが出来ればなるべくこちらの独力で場を凌ぎたい。エクスは下で敵を惹きつける囮をやっている。彼女がこちらにくればクレシダに加え多くの敵に囲まれることになる。


だが逃げるのも不可能…となれば。


「なら倒すしかなーい!」


「なっ!?リオス!?」


瞬間、直ぐ近くの扉を蹴り開け中からリオスが飛び出して来る…その手に、巨大なタンスを抱えたまま。


「うぉぉおおおおおお!!!」


「ゲェッー!マァージィー!?タンスが走って来たァー!?ぃいー!死ねぇーっ!」


タンスを盾にそのまま通路の先にいるクレシダに向け突進を繰り出す。銃撃はタンスを引き裂くもその向こうには飛んでこない。


「しめた!やるしかない!我々でクレシダを倒すぞ!」


「えぇっ!?もぅ…しょうがないわね!レギナ!ここに居て!」


「は、はい!」


リオスに続いてウォルターとカリナも飛び出す。ここでクレシダを倒すしかないと全員で覚悟を決める。


「チィッ!邪魔ーっ!」


「フンッ!取ったー!」


クレシダに接近し終えたリオスはボロボロになったタンスを投げ飛ばし投擲する。流石にこれは壊せないと察したクレシダは即座に機銃を捨てながら横っ飛びに回避し、無防備になったリオスに向け拳銃を抜き。


「させるかぁーっ!」


「なっ!?どっから湧いた!?」


しかし、その瞬間を狙い天井を張って飛んできたクレーに組みつかれ拳銃の狙いがブレる。


「オラオラ!」


「ぐっ!?何このガキ!?力強ッ!?」


そこから組みつきながら頭を叩く腹を蹴ると子供らしい戦いを見せる…が、その威力たるや凄まじい。さしものクレシダも痛みに悶えるが…。


「このクソガキィッ!」


「ぐっ!」


それでもクレシダはハーシェルの影に於けるトップクラスの存在。まんまとクレーを引き剥がし壁に叩きつけそのまま蹴りを加え踏みつけながら拳銃を向ける。


「姉ちゃん!」


「おぉ!?」


しかしそこをカバーするのがリオスだ、咄嗟に絨毯を引っ張りクレシダのバランスを崩させ銃口が上を向き天井なに穴が開く。


「この!鬱陶しい!」


「よくやった!リオス!クレー!」


「また来た!」


そしてそんな二人の猛攻を続けるように突っ込むウォルター…が、直様クレシダも拳銃をウォルターに向けるが…。


「死ねっ!死ねっ!」


「ぐぅうう!効かん!」


「チッ、甲冑相手に拳銃じゃ無理か!」


巨大な斧を盾に突っ込むウォルターに銃弾が命中するが、全身を鉄の甲冑で覆うウォルターには有効打にならず足止めも出来ない。まんまと接近を許したクレシダは…。


「フンッ!」


「チッ!」


接近戦を演ずることとなる。大物である斧を無闇に振り回さず刃の部分を基点として石突を振るうウォルターの堅実な攻めに拳銃を振るい防御しか出来ず一歩引く…と、その瞬間。


「甘いっ!」


「ぬぉっ!?マジか!」


引いた足にウォルターが更に足を重ねるように踏みつけその場に押し留める。すると既に体は後ろに下がっているのに足だけが前に残る形になりクレシダはバランスを崩し…。


「観念しろ!ハーシェルの影!」


「ぅぐっ!」


そのままのし掛かられる、全身鉄の鎧を着込んだウォルターがバランスを崩したクレシダの上に降り掛かり拘束する。警備兵時代に地道に習得して居た拘束術を用いた戦法、それは的確にクレシダを追い詰めた。


「やったー!ウォルターさん流石!」


しかし、それでも…。


「ッッ〜〜ナメるなよォ〜!ハーシェルの影を!九番を〜〜ッ!!」


「ぬぐっ!?これは…」


クレシダが立ち上がる、鉄の鎧を着込んでいるはずのウォルターを担ぎ上げながら立ち上がるとそのまま投げ飛ばす。


それでも、ここまでやっても、ハーシェルの壁は厚い。リオスとクレーとウォルター…並みの冒険者よりかは遥かに強い筈三人でさえ有効打を与えられない存在。


それが八大同盟の幹部…ハーシェルの影なのだ。


「ぅぐっ…まさかこれ程とは」


「お前らみたいな雑魚なんか敵じゃねェーッ!脳漿ぶち撒けて死に晒せやクソボケェ!」


「やめろー!ウォルターさんを傷つけるなー!」


「いい加減倒れろバカー!」


投げ飛ばされたウォルターに突きつけられる銃口。咄嗟にリオスとクレーは周囲の物を手当たり次第に投擲する。机、絵画、花瓶、終いには壁をベリベリ引き剥がし金メッキの内壁まで投げ飛ばすのだ。


「邪魔邪魔邪魔!邪魔クセェーっ!」


そこで遂に、クレシダの堪忍袋の尾がブチギレる。


「簡易型改定…空魔殺式ッ!」


空中に銃弾を振り撒き、弾倉を開けた両手のリボルバーを空中で振り回しリロードを済ませると共に…。


「『籠目蜘蛛張』ッ!」


一気にぶち撒ける、周囲の壁を乱反射する弾丸の雨を振り撒き周りにいる全員を射殺しようと暴れ狂う。


「危ない!」


咄嗟に子供二人に向け飛び鎧で子供達を守るウォルター…しかし。


「グッ…!」


「ウォルターさん!」


鎧の隙間、肩に一発弾丸が食い込み鮮血が舞う。その隙を見逃さなかったクレシダはスカートの中から一丁の猟銃を取り出し…。


「オラ、チェックメイトだぞこのヤロー!」


「うっ…!」


突きつける、背中で子供たちを守るウォルターに。流石にあの口径の銃で撃たれればさしものウォルター鎧も一溜りもない。まさしくチェックメイト…かと思われたが。


「フッ…それはどうかな」


笑う、ウォルターはこの期に及んでニタリと怪しく笑う。一瞬、何かの駆け引きかとクレシダは怪しむが…直ぐにその理由に思い当たる。


一人、攻撃に参加してない奴がいた。


「女魔術師…!」


カリナだ、咄嗟にクレシダは通路に置くに視線を向けるとそこには…。


「魔力充填完了…!みんな時間稼ぎご苦労様!」


「チィッ!」


既に杖の先に魔力を溜めているカリナの姿が、クレシダは直ぐにトリガーに指をかけるが…ダメだ、間に合わない。


「『ゲイルオンスロート』ッ!」


その瞬間、放たれた怒涛の竜巻。広範囲風魔術『ゲイルオンスロート』が通路一杯に解き放たれクレシダ目掛けて突っ込んでくる。


直ぐにウォルターは床を掴み、リオスとクレーもウォルターの体を掴み、風を耐える姿勢を取る、全員が床に這いつくばって居たこともあり風は三人を通り過ぎ、棒立ちのクレシダに直撃し。


「ぐぅぉぉおおおおお!?!?!?」


吹き飛ばされる、足は地面を離れクルクルと体は回り一切の抵抗の術を奪われたクレシダは宙を錐揉みながら通路の奥へ奥へ吹き飛び…そのまま窓ガラスを突き破って外へと吹き飛んでいく。


「ぎゃあああああああ!」


落ちた、完全に落ちた、戻ってくる気配はない…それを確認したウォルター達はホッと一息をつき。


「なんとかなった…か」


「大丈夫?ウォルターさん」


「問題ない…だが、この分では他のハーシェルの影と接敵したらまずそうだな」


ウォルターは冷静に分析する。先程のクレシダはハーシェルの影の主力達の中では一番弱い方だと言う。それでもあの強さだ…、アレを難なく倒してしまえる魔女の弟子達の戦力の凄まじさを感じると同時に。


今この街で起こっている戦い、そのレベルの高さに慄く。まさかこれ程の大乱がマレウスで起こるとは…そしてその渦中に自分がいるとは。


人生わからない物だ。


「ウォルターさん!傷治してあげるから!」


「ありがとうカリナ、だが直ぐに場所を移そう。今の音を誰かに聞かれた可能性がある」


「そ、そうね!レギナ!いける!?」


「はい!皆さんありがとうございます!」


「取り敢えず上に行こう、そして落ち着ける場所を見つけて一旦身を休めるとしよう」


そんな話し合いをしているレギナ達、クレシダがしこたま銃をぶっ放したせいで音が響いている可能性がある。もしかしたら誰かに聞かれているかも…そう感じたウォルターの危機感は。



…的中していた。


「居た、レギナ…」


レギナ達から離れた通路の反対側。その曲がり角から顔を出すのは…ラヴだ。先程の銃声を聞きつけこちらに一直線に走ってきたのだ。


道中同じように銃声に気がついた奴を皆殺しにしながら進み、ようやくレギナを見つけたラヴは。


「……まだ気が付かれていない、今なら…レギナを殺せる」


短剣を握る、今ならウォルター達を皆殺しにしてレギナを殺せる。絶好のチャンス…今ならやれる。


ウォルター達もラヴが敵対していることに気がついて居ない、不意打ちを仕掛ければ確実に反応が遅れる、その遅れた反応の時間を使えば……。


(まだ…ウォルター達は私を味方だと思っている)


引っかかった、その部分が心のどこかで。不意打ちを仕掛けると言うことはつまり騙すと言うこと。騙すと言うことは裏切ること。ウォルター達はレギナの味方だ…それと同時にステュクスの友達だ。


…ステュクスの、友達…それを今から私は殺すのか。


(……迷うな、私は指先。ネビュラマキュラの指先、指に心はいらない…)


だが振り払う、ステュクスを水路に突き落とした時点でラヴには選択肢がない。ここで殺す以外の選択肢などない。如何にステュクスに恨まれたとしても…もうここで殺すしか。


「殺気、そして殺せる…ですか」


「え?」


踏み出そうと動いたその時…ラヴの背後で声がする…と、同時に凄まじい殺気が身を包む。


「メグがラヴと言う人物を警戒した方が良い…と言って居たのは事実のようですね」


ゆっくりと、振り向くと…そこに居たのは。


「ぐ、グロリアーナ・オブシディアン…」


「つまり貴方は我々の敵、と言うことですね?」


…今現在考え得る中で最悪の相手が…何故か私の背後に立ち、敵意を持った目で私を見下ろしていた。


……………………………………………………………


下水路を通って城に侵入している奴等がいる。


この事実にグロリアーナが気がついたのは、戦闘開始から直ぐのこと。遠視で辺りを見回し敵の存在に気がつくなり即座にゴールドラッシュ城を目指し移動を開始した。


そこで敵を殲滅しようかと考えて居たが、そこはエクスヴォート殿が力戦し侵入者を一階で次々殲滅して居た、この分なら問題はないだろうと感じたグロリアーナは戦線に復帰する前にレギナの様子を見に行くことにした。


魔眼を使い彼女が今四階でハーシェルの影に襲われているのを見た彼女は現場に急行…するとどうだ?ハーシェルの影はウォルター殿達がなんとかしてくれて居たから良いものの。


『今なら…レギナを殺せる』


そう呟いているラヴの姿を確認してしまった。ラヴはラエティティアの仲間であり元老院が差し向けた刺客の一人、元よりメグが警戒を呼びかけて居た存在ではあったが…どうやらこの混乱に乗じて女王を殺すつもりらしい。


レギナは所詮他国の王、どうなろうが知ったことではない…とはいかない。折角現れた魔女大国とマレウスの架け橋になる存在であるレギナ・ネビュラマキュラ…彼女が死ねばマレウスとの訣別は本格的なものになる。


メルクリウスはマレウスとの宥和を望んでいる、ならその架け橋を落とそうとする存在は…私の敵だ。


故にグロリアーナは…。


「ぅぐっっ!?」


天井を突き破りボロ雑巾のようにズタボロになったラヴは地面に叩きつけられるなり即座に転身し逃げるように走り出す…しかし。


「何処へ行く」


「グッッ!?」


瞬間、背後から飛んできた雷撃が姿を変え、雷速の蹴りがラヴはの背中を打ちそのまま吹き飛ばし壁を貫通し吹き飛ばされる。


「女王レギナの暗殺は許さん、彼女はマレウスと魔女大国の架け橋になる存在だ。殺させるわけにはいかない」


「ウッ……」


そのまま雷から姿を現したグロリアーナは倒れ伏すラヴを見下ろす、ラヴの裏切りを知った彼女はその場でラヴの始末を敢行する。レギナに知られることなくラヴを連れ下層へと叩き落とし、そこでひたすらに打ちのめした。


(違い過ぎる…実力が…)


ラヴは冷や汗を流しヨロヨロと壁伝いに立ち上がる。ラヴとて実力はある、ハーシェルの影に負けないだけの実力はあるし、今この城にいる戦力の中では上位に位置する自覚もある。


だがそれでもグロリアーナとの実力差は歴然だった。咄嗟に襲いかかった物の傷ひとつ与える事が出来ずにこの様。


…まるで虫ケラ同然だ。猫が家に忍び込んだ虫ケラを手で叩いて遊ぶように…、ラヴはひたすらにグロリアーナに打ち据えられ何も出来ずにただ痛めつけられていた。


「このまま石に変え砕いてあげましょう」


「ッ…!『ロード・デード』!」


瞬間、手を伸ばしたグロリアーナに反応しラヴは短剣を壁に突き刺し、そのままグロリアーナに向け短剣を引き抜いた。


「むっ…」


それによって放たれた正体不明の斬撃はグロリアーナに命中…する事はなく、鈍い音を立てて彼女の防壁に阻まれ火花を散らした。


「ロード・デード…なるほど、面白い魔術で面白い使い方をして戦うのですね。ですが…火力不足です。私は倒せませんよ」


「ッ……」


ラヴにとっての切り札がまるで通用しない、その事実を前に彼女はいくつかの考えを巡らせる。こうなった以上このままの状況を許容すれば自分は間違いなく殺される。


かつ、逃げ出しても捕まるのは明白。ならどうする?選択肢はまだ残されている…だが、実質取れる選択肢はほとんど無いに等しい。それだけラヴの状況は切羽詰まった物であり元より格上との戦闘を想定して居ない物だった。


「人を痛めつける趣味はありませんし、私は多忙です。潔く、そして早めに死んでください」


「ッ────」


攻撃が来る、と理解して居ても回避も防御も出来ない速度で雷拳が飛んでくる。


グロリアーナは高速で肉体に雷撃へと変質させ、その速度を利用して殴ってくる。肉体錬成と肉体再錬成をこの速度で繰り返し行える錬金術師は有史以来一人として居なかったろう。ただ純粋に高められた錬金術…それがここまでの暴力性を獲得するとは、正直想定外だったと言わざるを得ない。


「ぅグッ!!」


雷の速度で飛び、拳という質量を得た拳がラヴを再び打ちのめし吹き飛ばす。その威力は壁を再び砕きラヴの体を更に向こうの部屋へ追いやり…。


「ここです」


吹き飛ばれされたと思ったら次は上から蹴りが飛んで来た。吹き飛んだラヴを一瞬で追い越し上から蹴りつけてきたのだ。あまりの速度に一度の動作で何度も吹き飛ばされた錯覚を味わいながらラヴは更に下層の床をへと墜落し…。


「『Alchemic・storm』」


更に追い討ち、高出力で放たれる風へと変質したグロリアーナの体がラヴに激突すると同時に再練成で元に戻り、超加速からのストンピングに早変わりする。その一撃は床を砕き更に下へ…。


「う…ぐ……」


転がるように砂塵から這い出る、口元から血を流し使命感に駆られるようにひたすらに動き続ける。


「ほう、まだ動きますか」


(し、死ねない…なにも成せずに…死ねない)


今のラヴの心を、体を突き動かすのは。ただひたすらにネビュラマキュラ王家の未来を思う忠誠心……ではなく。


…友、ステュクスの顔だった。


(死ねない、ステュクスを裏切り…傷つけてまで、掴んだ未来が…ただ殺されるだけの未来なんて、そんなの…絶対にダメ)


今ここで、私が死ねば。私はただステュクスを裏切り…そして死んだだけのクズになる。彼への裏切りに…何の価値もなくなってしまう、裏切ってまで掴んだ未来に…私が納得出来なくなってしまう。


空虚で、虚しく…文字に起こす程の事もなくただ淡々と過ごしてきた私のなにも無い人生において、初めて生まれた『出来事』たる友人の存在。私を私として呼んでくれた唯一の人…ステュクスに、私は…ただ真摯でありたい。


「う…ぐっ…」


「そうまでして、貴方はレギナ・ネビュラマキュラを殺したいと?」


「殺さなければ…ならない、それが…私の…信念だから」


「そこまでして貴方はこの国を貶めたいと、浅ましい…ただの国賊風情が信念を語るな」


「………」


迫るグロリアーナを前に、ラヴは必死に…必死に必死に考えた。グロリアーナは最強だ、ジズや魔女の弟子達よりも強い。マレフィカルムにも彼女に勝てる存在がいるかラヴにはわからないくらい強い世界でも指折りの存在だ。


当然、今のラヴには敵うはずもない。今ここで残された力と手札を使っても…徒労に終わるくらいには強いだろう。でも一つだけ…そんなグロリアーナを何とかする方法がある。


…出来れば、使いたくなかった手段だ。だが……これを使わなければ私は死ぬ、だったら迷う必要はない。


「さぁ、死になさい…」


再び手が伸びる、ラヴを殺そうとグロリアーナの手が伸びる…その瞬間を狙ったように、ラヴは表情を変え…。


はらりと、涙を流した。


「た、たすけて…」


「は?」


「た…助けてーーーーーーっっ!!」


叫んだ、全力で、助けを求めた。命乞いだ、その命乞いを前にグロリアーナは辟易した顔を見せる。


「命乞いですか?見苦し───」


「エクスーーーーーーッッ!!」


「ッ────!」


その時グロリアーナはラヴの意図を察した…瞬間。


グロリアーナの背後の壁が炸裂し、彼女の体を打ち据え殴り飛ばし壁を貫通させさらにその先へと殴り飛ばし吹き飛ばしたのだ。何が起こったのか、誰がこんなことをしたのか、決まっている…。


約束して居たから…『危なくなったら大声で助けを呼ぶように』と…。


「陛下を傷つける奴は…誰であろうと許さないッ…!」


「クッ!エクスヴォート…!」


全身から白煙を噴き出し皮膚を真っ赤に染めたエクスヴォートが…そこに居た、飛んで来たのだ…ラヴの、いやレギナの助けを求める声に応じて。


厄介なことになったとグロリアーナは瓦礫を押し退けながら舌を打つ。ラヴは姿形のみならず声までもレギナにそっくりだ。それでも両者を判別出来て居たのはラヴが今まで無表情を貫いて居たから…しかし。


「陛下…無事ですか…?の顔」


「うっ…いきなり、グロリアーナ殿が襲いかかってきて。敵に洗脳されたか…或いは別人が成り代わっているか、分かりませんが…それでも彼女は私を敵として見ているようです」


「なるほど…」


完璧だ、完璧にレギナ・ネビュラマキュラを演じている。話し方から声の出し方、表情や仕草に至るまで完璧にレギナ・ネビュラマキュラだ。その精度はグロリアーナでさえ目を剥くほどであり、エクスヴォートでさえ騙されてしまう程…凄まじい物だった。


そこでようやく悟る。何故ラヴがレギナを殺そうとして居たかを…、成り代わる為だ。混乱に乗じてレギナを殺しラヴがその座にすり替わる為に今この状況を選んだのだ。


だからこそ、レギナに成り切る技もまた完璧に習得済みか。


「エクスヴォート殿!違います!ソイツは…」


「エクスヴォート!怖かった…!私殺されてしまうかと…貴方が助けに来てくれなければ私は…!」


「もう問題ありません、陛下は近くに隠れて居てください…私は、陛下の敵を倒してきますので…の顔」


「ちょっ!?」


ダメだ、私の声がラヴに掻き消されている…というかエクスヴォート、貴方本気で私と戦うつもり……ですよね。


そういう顔をしている。


「どういう状況かは分からない、だが私は…レギナ様を傷つける存在は誰も許さない、そう決めている…だから、グロリアーナ殿…お前はッ…!」


「話を聞きなさいッ!」


瞬間、飛んでくるエクスヴォートが私の体を掴んだまま更に奥へ奥へと飛び、連れ去るように壁を破壊し中庭へと叩き出される。そうしている間にラヴはまんまと逃げ去りレギナ殿の元へ向かう…クソッ!


「エクスヴォート!彼女はレギナではありません!誤解です!第一格好が違うでしょう!レギナ様はドレスを着て居た!」


「陛下は既に着替えている、ドレスならここにある」


そう言ってレギナ殿が着ていたドレスを丸めて中庭に投げ捨てるエクスヴォート…、いや…なんでドレスを丸々持ってるんですか。今レギナ殿は一体どんな格好を…。


「何より、お前の言葉は信用しない…!」


「貴方ねぇ〜〜……」


大きなため息が出る、こりゃ…あれがラヴだと伝えても通用しそうにない。エクスヴォートはかなり思い込みが激しいタイプのようだ、その上コミュニケーション能力に致命的な欠陥がある。


よりにもよって対話で解決しなくてはいけない場面で…対話出来ない相手が来るとは、それも凄まじく強い奴が…時間をかけられない状況で。


仕方ない…こうなったら。


「…戦うつもりですか?エクスヴォート」


「違う、殺す」


「はぁ、闘技場での一件で…もしかして私と互角かそれ以上に戦えると思ってしまっているのですか?なら、その勘違いは訂正しなくてはいけませんね…」


今ここで、話の出来ない奴を相手を落ち着かせながら一つ一つ誤解を解いている時間はない。話が出来ない方が悪いのだし…何より手痛い一発をもらってこちらもちょっと頭に来てる。


言い方は悪いが、殴られたなら殴り返さねばならない。私はアド・アストラの威信でありメルクリウス様の誇りそのもの。それを傷つけられたのに他国の王を優先してあげられる程私は寛容でも思いやりがあるわけでもない。


…ここでエクスヴォートをぶちのめしてラヴを止める。


「時間がないので今回は速攻でケリをつけます。戦いが終わるまで石像の姿で過ごしなさい…エクスヴォート」


「…………!」


ビキビキとブチギレたグロリアーナが拳を鳴らす。ここで誤解を解けないのなら仕方ない…本気で戦って本気で潰して本気で進む。闘技場のようなルールや制限に塗れた戦いではなく。


正真正銘の力を、魔女をして人類最強の錬金術師と呼ばれたその真髄を見せるだけだ。


………………………………………………………


「はぁ…はぁ…はぁ…」


走る、闇雲に走る、とにかくグロリアーナから離れるように走る。あの場をエクスヴォートに任せ離脱することに成功したラヴは息を切らしながら走り、レギナを追うのではなくとある場所を目指していた。


「はぁはぁ…あった、ここ…」


ダンスホール…舞踏会の会場となっていた場所だ、その扉を開ければ既に人の気配はなく…何故か食べ散らかされた料理の皿が机の上に積み上がっていたが…今は無視する、それより私はここに用があるんだ。


「はぁ…はぁ…はぁ」


「……ん?お前は…」


「え?…ハーシェルの影?」


ふと、声がしてそちらを見ると…なんかハーシェルの影がいた、いや…こいつは確か。コーディリア?それが体を縄に縛られたまま壁にもたれて座っていた。


何故こいつがここに、魔女の弟子に負けてそのまま放置を食らってるのか?いろんな考えが頭を過りながらボーッとコーディリアの顔を眺めていると、彼女はケッと笑い。


「アイツら…魔女の弟子はここにはいねぇよ。もう館にカチコミをかけに行った」


「館に?…空魔の館に?」


「ああ、お前レギナ・ネビュラマキュラだろ?アイツらに助けを求めに来たなら無駄だぜ」


「別に…助けを求めに来たわけじゃない」


「はぁ?……待て、お前…レギナ・ネビュラマキュラじゃねぇな。戦いの経験がないレギナがそんな傷を負って動けるわけがない、ってことはあれか…例の影武者」


「…………」


別に、こいつと話をする必要はない。私が用があるのはこの舞踏会場の壁…。


舞踏会の側面にある壁を撫でながらある一箇所だけ、風が抜ける空間を拳を殴りつけ叩き割る…すると。


「ほう、隠し通路か」


拳で壁を殴れば薄壁が簡単に割れて中から秘密の通路が出てくる。本来なら専用の鍵さえあれば簡単に開けられるのだが今は緊急事態だ、秘密の通路の中にある棚から治癒のポーションを取り出し飲み干しながら体力を回復していく。


…この秘密通路はロレンツォが用意した物だ。自己保身の化身たる彼が自分一人で逃げる為作っておいたもの。それがこの城の各地に存在するのだ、当然これを使うということは襲撃を受けていることを意味する為医療器具や治癒のポーションを内部に貯蔵している。


私がここに来たのはこれを貰いにくる為だ。


「そうか、お前は元老院側の差金だったな。なら当然ロレンツォの隠しダネも知っているか…」


「……………」


「…何処も変わらんな、ジズも…元老院も、都合のいい手駒を用意する方法は何処も変わらない」


コーディリアの話を無視しながら私はポーションを使う。…五月蝿いなぁ。


「お前も私と同じ手合いだろ。小さい頃から檻の中で鎖に繋がれて、頭のイカれた大人にお勉強させられて、それ以外の道を知らずにただ使命を真っ当する為に生きる」


「…………」


「世の中そんな大人ばっかりだ、…まぁお前ン所のタチの悪さはウチ以上だけどな」


「暗殺者と一緒にしないで」


「お前も暗殺者だろう?」


「ッ………」


思わず、口を閉ざす。反射的に返事をして…その上で言い負かされてしまった。その通りだ、私は暗殺者…コーディリアと変わらない、そしてそんな私を作った元老院もまた、ジズと変わらない…。


「あーあ!勘違いしないでくれよ?元老院をバカにする意図はないんだ。ただ今のは話の枕ってだけ、こうして縄に繋がれる現状を憂いているところにいい話し相手が来てくれた…。この世にはわたしたちみたいなのが沢山いる、イカれた大人に生きる道を強要されている奴等が、そして私を縛った奴はそれを否定した」


「魔女の弟子…?」


「そうだ、だが私からしてみればアイツらこそイカれた大人に生きる道を強要された子供の代表格じゃねぇか。なんでそんな奴らに生き方の説教されなきゃいけないんだよ…なぁ?そう思わねー?」


「…………」


「その癖、なんでアイツらはあんなに楽しそうなんだろうな。私達とアイツら…何が違うと思う」


違う…確かに言われるまで私と魔女の弟子達が同じ存在であることに気がつかなかったくらい…私達は違う。魔女の弟子も幼くして魔女に拾われ『魔女の弟子』としての人生を半ば強要されている。


なのに彼らはどうしてあんなにも楽しそうなのか、魔女の世界を守る為命を懸けて戦う事を辛いと思わないのか…どうして────いや、もしかして。


「気がついたか?…アイツらはな、自分達のやってる事が正しいと思っている。実際に正しいか間違っているかは別にして信じているんだよ、自分を導いてくれた存在を…そこが違う。だから翻って言えば私達は…」


「聞きたくないッ!」


「……そうかよ、悪いな。現状に腹が立って仕方なかったんだ。文句を言いたかっただけ…」


ポーションの空き瓶を捨てて私は走り出す、隠し通路の中を走り迷いを捨てるように走り抜ける。黙って立っていたら気がついてしまいそうだから。


…考えるな、私は指先。ネビュラマキュラの指先、そんな私が…ネビュラマキュラのやる事を疑うな、私情で疑うな。それは許されない事だ、許されない事なんだ。


何が正しいか間違ってるか…そんなのどうだっていいじゃないか!どうでもいいのに…どうして。


(ステュクス…、貴方は私を…どう思う。私は間違ってる?それとも…正しい?)


隠し通路を走り、階段を登り…目指すのは四階。階段を登りきり…たどり着いた先は行き止まり、ではなく再びダミー用の薄壁だ。


それを短剣で切り裂きながらトボトボと進む。この足は今もレギナに向かっている、間に挟まる何もかもを壊してでも先に進もうと足は動き続ける。


けれど、進み続ける都度…背後を振り向きたくなるのは。


後ろから、彼が止めに来てくれるのを…期待してる?何もかもが取り返しがつかなくなる前に、彼が来てくれる事を。


(……あり得ない、私が彼を街の外に追い出したのに。来てくれるわけがないし…来て欲しくないから追い出したのに、こんな我儘な話あっていいはずがない)


だから私はもう、止まる事なく止められる事なく、レギナに…。


「見つけたぜぇ〜?女王レギナぁ〜」


「………」


「へぇ、こんなところに隠し通路があったとはなぁ」


ゾロゾロと音を立てて男達が現れる。四階の通路に出たところを見られたのだろう…、見れば右にも左にも大量のジズの手先がいる。数にして四十人か…でも。


(関係ない、殺す…レギナもこいつらも、全員殺す…阻む者は全てこの手で)


短剣を握り直す、既にこの手は血で汚れている。ならば今更その血の種類など問うことはなく、如何なるも殺し、如何なるも成し、全て全て…須くを殺し尽くす。


そう、教えられたから。私にとって…これが全てだから。だから今は…忘れよう、ステュクスを。


…だって彼は私を止めには来ないから─────。


「ん?あ!おい!」


「どうした…ってなんだありゃ!?」


「なんか飛んでくるぞ!人間か!?」


「……え?」


ふと、視線を上げれば周囲の男達がざわめいていることに気がつく。彼らは皆一様に廊下の窓を指差し…いや違う、窓の外…空からこちら目掛けて飛んでくる誰かを指差して。


(え!?ここ…四階なのに!?)


一体何が飛んでくるんだと疑問に思う暇もなく、ソレは一直線にこちらに向けて飛んできて…、一切減速することなくこちらに向けて飛んできて…。


「ぅぎゃぁぁああああ!?!?」


「なんだぁぁあああ!?」


壁を突き破り、まるで落雷のように廊下を貫通して男達を吹き飛ばし砂塵を巻き上げた。…今、一瞬人影に見えたけど、まさか人間が飛んできたの?いやそれよりも…。


…生きてるの?


「あ…えっと…」


「う…うう、いたた…」


「ッ……」


生きてた!嘘でしょ、あの速度で飛んできて壁に激突したのに『いたた』で済む?本当に人間?


…なんで驚いていると、それは砂塵の中で立ち上がり、煩わしそうに手で砂塵を払う、その隙間に見えたのは……。


……金…髪…。


「……嘘…でしょ」


金の髪は砂塵を切り裂きながらこちらに向かってくる、私は口を震わせそれを隠すように手で覆うことしか出来ない。


嘘でしょう、嘘でしょう…、本当に、本当に彼は…私を止めに、来たと言うの…!?


「ステュクス…!どうしてここにッ…!」


「……は?」


「え?」


思わず口を開き彼の名を叫ぶ…が。


「ステュクス?エリスはエリスですけど…というかここ何処?」


違った、砂塵を切って現れたのは魔女の弟子エリスだった。いやこの人空魔の館に行ったはずでは?なんで空から降ってきて?というか空から降ってきてなんで無傷なの?というか…。


「ッ……」


「何顔赤くしてるんですか貴方」


恥ずかしくて顔を覆う、ステュクスだと思ってしまった。ステュクスが来てくれたと勘違いしてしまった。人違いした事も恥ずかしいがそれ以上に…。


彼が来てくれたと理解した瞬間、…堪らなく嬉しく思ってしまった。心の底から喜んでしまった、それがあまりにも恥ずかしかった。


来てくれるわけないと心の中で唱えていたのに、いざ来てくれたと思ったら…こんなにも。


それってつまり、私は…ステュクスに……。


「チッ、ここゴールドラッシュ城ですよね。クソッ!こんなところまで落とされてしまった…!エアリエルの奴…!」


しかしエリスはそんな事気にする事もなく、直ぐに穴から空を見上げ天を漂う空魔の館?睨みつける。


「直ぐに戻らないと!」


「オイゴルァ!テメェ!何いきなり空から飛んできて人様のこと無視してんだよオイ!」


「ああ?誰だよチンピラ野郎…!今エリスの機嫌が悪いことにも気が付きませんか!」


「関係ねぇよ!よくもやってくれやがったなァッ!ぶっ殺してやる!」


(…私から注意が逸れた、今なら離脱出来る…!)


今ここで無駄に消耗する事も、魔女の弟子と戦う事も得策じゃない。幸いエリスは私が敵である事に気がついていない。ならばと私はコッソリと人の視界を縫って再び隠し通路に身を隠し別の道を探す。


…その際、後ろを振り向いて…。


(ステュクス……)


エリスの背中に、ステュクスを見る。もしあの場で…本当にステュクスが来て私を止めてくれたら私を止まったのだろうか。


やめろと言われて、やめられただろうか。


………無理だ、悲しいけど無理だ。私はこの生き方しか知らない、彼が止めに来てくれたら嬉しいけれど…やっぱり私は止まれない。


だからステュクス、貴方は来ないで。私は例え貴方を傷つけてでも止まる気などないのだから…その道を選ぶには私はあまりにも汚れ過ぎた。


…………………………………………………


『ぉぉおおおおおおお!殺せぇえええええ!』


『一人残らず始末しろ!八大同盟の戦力を削げ!』


そんな怒号が響くと共に、街中で大爆発が起こる。あれだけ豪勢だったエルドラドはもう見る影もなく破壊され完全に市街地は戦場と化していた。


そんなど真ん中を走る俺は…。


「ひぃいーー!!いいー!瓦礫降ってくるー!」


頭を必死に剣で守りながらステュクスは戦場と化した街を走っていた。ラヴに水路に落とされゴールドラッシュに戻る道中はもうまさしく地獄も地獄。


平原は戦場になっている、街も戦場になっている、何処もかしこも戦場になっている。つまり俺は戦場のど真ん中を突っ切って走りながらゴールドラッシュ城に戻っている事になるのだ。


戦いの余波や流れ弾もポンポン飛んでくるし中には俺を敵と見て襲ってくる奴もいた。それらを全て切り抜けてゴールドラッシュ城を目指す。


正直もう帰りたい、なんかベッドの中に隠れて事が治さるを待ってその後何食わぬ顔をして登場したい。溺れ死に懸けてからの戦場マラソンとか言う地獄を敢行しただけでも誉めてヨチヨチされたい。


けど!それでも!足を緩めるわけにはいかない!


(思ったよりも事がデカくなってる!エルドラドの街中も戦場になってるしゴールドラッシュ城にも火の手が上がってる!ってことはもうあそこに敵がいるってことだよな!レギナは城の中にいるのか!?いや居る!だってアイツ…)


街の外に聞こえたレギナの声、決して逃げないと言う強い決意の絶叫。それは俺の耳にも届いていた。レギナは逃げない、きっと他の人達を守る為に自分が囮になるはずだ。


なら、守りに行かないと!俺がレギナを守らないと!アイツの決意を…俺が『行動』に変える!だからそのためにも……。


『──────』


「…ん?なんだ?」


ふと、何かが聞こえて…俺は耳を澄ませる。今の声って………。


……………………………………………


「ぐぅ…クソッ!あとちょっとだったのにー!」


ウォルター達と戦い窓の外に叩き出されたクレシダは悔しそうに城の外で地団駄を踏んでいた。凄まじい高さから落ちたが、幸い壁にワイヤーを引っ掛けて安全に着地することは出来たものの…。


「くそー…逃したよなぁやっぱり」


あと少しと言う場面でレギナを逃してしまった、思ったよりも護衛が手強かった。エクスヴォートもヴェルトも居ないから大したことないと思ったのに…。


「やっぱり近接戦は嫌いだ、天破火砲があれば勝てたけど、コーディリアに持ってかれちゃったし…。でも私は銃殺のクレシダ…スナイプの方が割に合ってる」


変に調子に乗って殺しに行ったのが間違いだった、やはりいつものやり方の方が確実性がある。そう考えたクレシダは城の外に置いてあった巨大な狙撃銃を掴む。


「へへ、あったあった…私の愛銃『トロイラス』」


黒く磨かれた銃身に頬擦りする。空魔装『天破火砲』は決戦装束用の武器…つまり戦闘用の武器だ。対するこの巨大狙撃銃トロイラスはクレシダは殺しを行うのに使う仕事道具…。


千里先を見通すこの『狙撃の魔眼』と千里先に確実に死を届ける『トロイラス』の組み合わせから逃げられた対象は一人もいない。これを使ってレギナをスナイプする…そうすれば邪魔だって入らない。


「後は狙撃場所さえあればいいんだけどなぁ」


周りを見回す、出来れば高く…それでいて人に邪魔されない場所がいい。街の方はもうダメだし、かと言って城をスナイプするんだから城の外じゃないとダメだし…お。


「あそこ最高〜!あれ絶対狙撃用でしょ〜!いい場所めーっけた!」


舌舐めずりをしながらクレシダは発見した狙撃場所…、ゴールドラッシュ城の分塔へ向かい、レギナの命を狙い続ける。


レギナを殺そうと暗躍する者、レギナを生かそうと奮起する者、幾多の陣営に別れながらもこの戦いが向かう先は二つに一つ。


複数の陣営が入り乱れるエルドラドという名の戦場は…より一層混迷を極めていくのであった。

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[良い点] ステュクス!早く!ラヴはここに!ラブコメはやく! エリスのカッコイイ活躍も見たいけど今はラヴの特大矢印が見たい!
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