520.魔女の弟子と混沌の大戦
「ヒャハァーッ!!オラオラ退けや!アストラ軍!」
「お前らの事殺したくてウズウズしてたんだよぉ!殺させてくれよぉぉ!!」
「異常者ばかりか…、だが数が多い」
「だね、こりゃ若の言った通り…最悪市街戦も覚悟した方が良さそうだなっと!」
「仕方ないか…、まぁ他国の街だし」
迫り来る大軍勢を前に背中を合わせたまま戦うアストラ軍、ラグナ・アルクカースが護衛の為に連れてきた精鋭であるテオドーラとトリトンは次々と現れるジズの手勢を食い止めるように奮闘を続ける。
「オラァッ!『付与魔術三十七式・赤雷喝破』」
大きく鉄槌を振りかぶるテオドーラ、王位継承戦以降王牙戦士団の一員として修練を続け国内最強の討滅戦士団に匹敵する程の実力を得た彼女。以前エリスと共闘した時から更に体は一段階肥大化する程鍛えに鍛え抜いた今のテオドーラの実力はアルクカース国内でも随一の物。
更にアストラ成立以降全魔女国家の技術を結集して作られた新兵器『紅蓮破槌アカテツ』はテオドーラの全力の付与魔術に難なく答え常軌を逸する力を生み出し…。
「死ねって言う方が死ねボケがァッ!」
叩き込む。大地に向けてアカテツを、すると同時に周囲に赤黒い雷が衝撃波として迸り平原を抉るほどの地震を引き起こし迫る軍勢を蹴散らし尽くす。
「相変わらず凄まじい強さだ…、頼りなるな。テオドーラ殿!」
その言葉と共に爆炎の中を切り裂き飛翔する鉄球を投げるトリトン。サイドスローから放たれた鉄球は高速で回転しジズの手勢達の顔面を潰した上で跳弾しどこまでも果てしなく飛び続けあたり一面を粗方掃討し終えた後凄まじい勢いで反発した鉄球が再びトリトンの手元に戻る。
「ふぅ…流石は帝国の技術力だ、素晴らしいボールを作ってもらった」
クルクルと指の上で鉄球を回すトリトン。これもまたアストラの技術力で作られた魔装…彼と戦った経験のあるメグが設計したこの『魔球アイアンショット』はトリトンの生み出すボールの回転を増幅させより多くの選択肢を彼に提示する。
二人とも、アストラ成立以降急激に実力を伸ばした者同士だ。
「ぐぅっ!?強え…これがアストラかぁ!」
「面白れぇ!やっちまえ!!」
しかし、そんな二人でも処理しきれない程に敵は多い。如何に個の力が強くとも数の差は如何ともし難い。このままではやはり押し切られる…何より。
「キィヒャァーッ!!!その首…頂きィーッ!」
「おっと!」
砂塵を突っ切って飛んでくるのは色白のローブを着込んだハゲ。まるで死神のような風貌の大男が鎌をテオドーラに向け振り下ろす。が…それを槌で受け止めたテオドーラ、それと同時に大地が弾け爆裂する。
「チィッ!強いのが出てきたな…お前は?名前なに!」
「ジズ派魔女排斥組織『首刈鎌』の頭領グリム!お前の首…もらったぁああ!!」
グリムと名乗った男はそのまま空中で静止し何度も鎌を振り回す。それらを全て撃ち落とすように槌を振るうテオドーラは苦虫を噛み潰したように片目を閉じる。
やはり出てきた、強いのが。
「グリム…聞いたことがある。お前マレフィカルムの中じゃ中堅クラスの組織だろう、そんなのもジズに従ってんの?」
「ジズ様は俺達殺しを信奉する者達にとっては伝説にして神そのもの!服従するのは当たり前ェッ!」
打ち合い、互いに距離を取る。首刈鎌のグリムと言えばもう十年近くマレフィカルムに所属している中堅クラスの組織のボスだ。当然マレフィカルムで十年も生き残ると言うことはそれなりの実力が要求される。
昨今の流れに乗ってマレフィカルムに所属したようなミーハーとは違う…。
(一年前、新生アルカナによって率いられた魔女討伐連合なんかとは根本から戦力が違う。言ってみればアイツらはマレフィカルムの表面も表面、灰汁を掬って出たような雑魚だった…。今回のがマレフィカルム本来の戦力と見るべきか)
マレウス・マレフィカルムは既にアド・アストラに匹敵する戦力を持っている。当然中には凄まじく強いのもいるし、出世に恵まれてないだけの化け物も居る。
そう言うのが勿体振らずホイホイ出てくるのが今回の戦場、なんせ今回はあの八大同盟が陣頭指揮取ってるんだ。今までの物とは桁から違う。
(こいつを倒すのにはちょい時間がかかるな、その間にも周りの雑魚はドンドン城に向かって居る…抑え切るのはやっぱり不可能か)
やはりアストラ本国の戦力を呼び寄せるしかない。そう思いテオドーラは胸にぶら下げた黄金の笛を吹き…。
「ピィー!戦線後退!市街まで引いて時を待つ!」
『ハッ!』
「ああ?逃げるのか?」
「ああ、周りはな…けどあーしは逃げねぇっすよ!」
一旦周りの戦力を後退させ市街にて時を待つ。時を待つってのは何も待機する事を指しているわけではない、ラグナがテオドーラ達に与えた暗号。
その真意は市街地に敵を誘い込み、相手が路地に集まり始めたところでアストラの援軍にて圧殺する作戦を指す。だから取り敢えず市街地まで撤退しなきゃだが…。
味方が撤退するまで誰かが残って戦わなければならない、なら誰が残るか?決まってる。
「さぁ!あーしが相手になるぜ!殿こそアルクカース人の誉れ!」
「お前…まさか一人で戦いたいから撤退を指示したんじゃ…、いや言うまい」
トリトンは呆れかえる。テオドーラが早々に援軍を当てにし撤退を命じたのは恐らく殿をやりたかったからだろう。
事実、アルクカース人の中には『殿は最強の証』と言う風潮がある。つまり殿はみんなで取り合ってやる物なのだ。過去には撤退寸前であるにも関わらず殿の取り合いで同士討ちに発展したこともあるくらい、アルクカース人は殿が好きなのだ。
「さぁさぁ大舞台だ!ぶち上げていくぜッッ!!」
一人で数万近い軍勢に突っ込んでいくテオドーラを見送るトリトンはクルリと振り向きエルドラドに目を向ける。
(既に結構な数が抜けているな…)
アストラ側の戦力は精々数十人規模。これでエルドラドを守り抜くのは最初から不可能なのは分かっていた、我が軍の兵士はよく戦っているがそれでもカバー出来る範囲には限りがあり、相手は命を顧みず城を目指している。
既に街の方にはかなりの数の手勢が向かってしまっている。そろそろ我々も撤退して市街戦に移った方がいいだろう。
「……しかし、グロリアーナ司令は何処へ行ったんだ?」
ふと、こちら側の最強の戦力であるグロリアーナ司令の姿がない事に気が付き首を傾げつつも、トリトンは取り敢えず街の方へ戻るのだった。
……………………………………………………
「ヒャッハー!殺せ殺せ!ゴールドラッシュ城にレギナがいるぞ!ロレンツォがいるぞ!民間人がいるぞ!殺せ殺せ!全員殺せ!」
「血だ!血が欲しい!切って裂いて潰して刺して!嗚呼!待ち遠しい!」
迫る迫るジズが連れてきた狂気の軍勢が迫り来る。剣や槍を持って突撃しエルドラドの正門を目指しひたすらに迫り来る。
「ここは通すな!エルドラドの守護者としての矜持を見せろ!」
「うう、金で雇われただけなのに…なんでこんな事に!」
対するはエルドラドを守るエリート兵金滅鬼剣士団の団員とマレウスの貴族達が連れてきた私兵団だ、既にアストラ軍が平原に出て戦ってくれているがそれでも抜けてくる奴等は多くいる。それを撃退するのが金滅鬼剣士団の役目なのだが…。
はっきり言おう、戦力差が著しい。
「怯むな!戦え!」
「ぐぎゃっ!?」
そんな中、金滅鬼剣士団の臨時団長となったレドンナは剣を振るい奮戦する、今は亡き戦友ジェームズの為にもこの街を守り切ると力戦を繰り広げる。
しかし…。
「や、やってられるか!ただの護衛だって聞かされてたのに!なんでこんな異常者達と戦わなきゃいけないんだ!」
「あ!おい!」
私兵団の士気が低い、敵の数と強さに慄き最初から半端な覚悟しか決めていない私兵団が次々と離脱し始めたのだ。
そして。
「ひゃああああ!血だぁぁあ!」
「ぐはぁっ…!」
迫る軍勢に陣形が瓦解し、遂に金滅鬼剣士団が崩され始めてきた。エルドラドを守る金滅鬼剣士団とは言え所詮はロレンツォが金でかき集めただけの存在。対する相手はマレフィカルムで一級を名乗る戦力達。
戦力差が大きすぎた。
そんな中、ジズの手勢を率いる一際巨大な体躯を持った男が顎を撫でる。
「存外、簡単に陥せそうですナ」
「でぇやぁぁあああああ!」
「おっと失礼ですナ」
「ぐぶふっ!」
瞬間、大男は切り掛かってきたレドンナをその手に持った巨大な杖で殴り飛ばしクルリと一回転する髭を撫でながら大胸筋をピクピク躍動させる。
彼の名は『殺人伯爵』ルーカン。ジズの傘下『殺人騎士団コロッセオ』を率いる大貴族を自称する異常者だ。樫の木で作った貴族の錫杖…と言う名の棍棒を手に彼は安物のスーツを着直す。
「グッ…ぅぐ、なんだこいつ…私が…一撃で」
「失礼、ワタシは平和主義なんだナ。無用に怪我をさせるつもりはない、一撃で殺してやるつもりだったのに可哀想な事をしたナ」
「うぅ…!」
「あの黄金の城は黄金が実に似合うワタシが頂く、その道を遮る者は貴族的に殺す、ジズ殿とはそう言う約束をしているのでナ。さぁ我が騎士団よ!ロレンツォのかき集めた成金剣士団に本物の剣技を味合わせるのだナ!」
血を吐き倒れ伏すレドンナを蹴り飛ばし道を開けると共に杖を掲げ前進を宣言しゴールドラッシュ城を目指す。ルーカンの背後から現れた屈強な騎士達は次々と金滅鬼剣士団を叩き伏せ着実に前進していく。
『殺人騎士団コロッセオ』…かつては強盗騎士団シャーティオンと並び称されたマレフィカルム屈指の武闘派組織。常に頭領たるルーカンの気に食わない者を排除する為戦い尽くしている為その戦闘経験は並大抵の傭兵や兵卒では相手にならない程高いとされており。
文字通り、ロレンツォの集めた成金警備兵団では勝負にもならない。
「退けっ!退けっ!退却だ!」
「むほほっ!敵にもならんナ」
これが『関係性』だ、マレウス王政府とマレフィカルムの。
武力面においてマレフィカルムと対等にやり合えるのはアド・アストラだけ。一国の…それも高々個人が所有する程度の武力では太刀打ちが出来ないのだ。これはルーカン及びジズの極めて狭くそれでいて過激的な思考での話になるが…。
マレフィカルムはその気になればマレウスを占領出来るだけの武力を既に有している。何故それをしないのか?それは────。
「がげぇっ……」
「ン?」
ふと、ルーカンの思考が現実に戻る。退却する金滅鬼剣士団をルーカンの殺人騎士団が追いかけ殺して回る図が脳内で繰り広げられていたのに…。
どう言うわけか、自らの部下が…殺人騎士団の団員の一人が血を吐いて地面に押し倒されたではないか。
「何事だ!」
「あ…え?え?」
何が起こったか分からない。それはルーカンも退却しているレドンナも同じだった。ただ…退却する金滅鬼剣士団と入れ替わるように、街の奥から現れた兵士達が殺人騎士団を押し返したのだ。
ただ、レドンナは一眼見て分かる…これは自軍の兵士ではないと。何せ…。
「大き過ぎる…」
大きかった、現れたのは二十人程度の兵団。分厚い鉄板のような鎧を身に纏った朝黒い肌の兵士達、その身長は自分達の数段は大きく、筋肉の量も比較にならない…。
(いや待て、これ…見たことがあるぞ、まさか…アルクカース人?と言うことは彼らは…)
そこで気がつく、彼らの胸に輝く紋章が…アド・アストラ軍の物であると。
つまり…援軍だ。
「異国の地の異国の街の、異国の兵士の異国の矜持など知ったこっちゃ無いが…そこに俺達の敵がいる…」
「なら…やることは一つだ」
「退いてろおチビちゃん達、戦争の邪魔だ」
「なっ…私は金滅鬼剣士団の──」
瞬間、目の前のアルクカース人達は一斉に牙を剥き、手に持った剣を掲げ。
「戦争じゃあぁぁああああ!!!」
「ぐがぁぁああああ!!!」
「きしゃあああああああ!!」
「ヒッ…ヒィッ─ぶげぇっ!?」
襲いかかった、殺人騎士団に。分厚い鎧を身に纏っている筈の殺人騎士団、あれだけ恐ろしくそして強かった騎士団がアルクカース人の前では文字通り子供に見える。武器が空を切る都度次々と血を噴き出し倒れていくんだ…恐怖の象徴が。
家の壁みたいな厚くどデカい剣を片手で振り回し一撃で首をふっ飛ばし血の雨が降る。
「ナっ!なんだね!押し返せ!あんな奴ら!」
「ハッ!」
当然殺人騎士団も押し返そうと突撃してくるが…。
「洒落臭いんじゃボケが!」
「なんだそのおもちゃみたいな剣は!」
「殺せ…殺せぇぇえ!ぶっ殺せぇええええ!!」
焼石に水、アルクカースの兵士達を前にすればたちまち殲滅される、武装がどうのとか兵士の質がどうのとか…それ以前の問題。生まれながらにして戦闘をする事を目的として生まれたかのような圧倒的な身体能力。
マレウス人とは、根本から違う戦闘性能…けど何より恐ろしいのは。
「こっちこい!」
「やだ!やだぁぁああ!」
「オラっ!オラオラ!血ぃ吐けよ!オラァッ!」
敵兵を引きずり倒し足を引っ張り引き寄せ、そのまま馬乗りになって執拗に攻撃するその圧倒的な闘争本能。倫理観のタガが外れたかのような戦いぶり。
レドンナは今回の敵は異常者の集団だと思った。だが違った…本物の異常者を前にしたら殺人騎士団が霞んで見える。これが…アド・アストラなのか。
……この国の貴族は、こんなのに喧嘩を売ろうとしていたのかとゾッとする。あの貴族達がヘタを打てば、六王が寛容でなければ、あそこで顔の原型がなくなるまで殴られていたの…自分だった可能性があるのだ。
「貴様ァァッッ!!」
瞬間、馬乗りになって殺人騎士団を殴るアルクカース人の頭にルーカンの樫の杖が打ち付けられる。レドンナを吹き飛ばし並みの人間なら頭蓋ごと砕いてしまうような一撃が襲う…しかし。
「…ああ?イテェ〜なぁ〜」
「ヒッ…」
効かない、頭からやや血を流す程度でアルクカース人は立ち上がりルーカンに迫り…。ふと、目を見開き。
「お前他の奴と格好が違うな、まさかこいつらの親玉か?」
「え?あ…ああ、ワタシは殺人伯爵のルーカンで───」
「つまり首級か?」
「へ?」
瞬間、周囲の殺人騎士団を粗方殺し終えたアルクカース人が一斉にルーカンを見て、呟き出す。
「アイツが親玉?」
「手柄首か?」
「首級…首級か!」
「だったら殺さねえと。おい!俺のもんだ!」
「違う!俺のだ!」
「私のだ!」
「おいこっち来い!テメェの首が欲しい!」
「ヒャァッ!?な…なんだね!や!やめたまえ!」
「喧しいわぁッ!!」
「た、助け───」
あっという間に、群がっていく。ルーカン一人に数十人近いアルクカース人が群がり押し潰していく。取り合う様に手足を引っ張りあちこちから血が出て…。
「ウッ…」
顔を背けると同時に悍ましい音がルーカンから響き渡る。恐ろしい…なんて恐ろしい奴らなんだアルクカース人。マレウスで活動しているアルクカース人冒険者はどいつもこいつもイカれてると聞くがこいつらはその比じゃない。
これが…アド・アストラ。とてもじゃないがマレウス一国で喧嘩を売っていい相手じゃない…!
「大丈夫かい?」
「へ?」
「君は金滅鬼剣士団の隊長だね、よく持ち堪えてくれた」
すると、金の髪を揺らす美青年が私の前に現れ、肩に槍を背負ったまま私に手を差し伸べる。そしてそんな彼の胸元にも…アド・アストラの星型が煌めく。
「あ、あなたは…」
「僕は王牙戦士団の第一隊長ガイランド、我が王の勅命により助太刀に来た!我々が来たからにはエルドラドの秩序は必ずや守り抜く!」
「ガイランド…」
「ああ、…お前達!」
するとガイランドはルーカンをバラバラにしたアルクカース人兵士達がパッと顔を明るくして。
「ガイランド隊長!手柄首!」
「馬鹿者ッ!そんな物に気を取られるな!お前達はここに何をしに来た!手柄を上げるために来たのか!違うだろう!」
「うっ…すんません」
あの屈強なアルクカース人達が怒鳴り上げられしょんぼりと頭を下げる。と同時にガイランドは槍を前へ向ける。
同じアルクカース人とは思えないくらい高潔で理性的な人物だ、ただ野蛮なだけではないのか…。
「お前達がするべきは一つ!」
その穂先は敵を示し、その瞬間…彼の理知的な顔は一瞬で豹変し。
「殺す事だ!一人残らず!ぶっ殺せッッ!!まだ敵が息してるぞ!どう言う事だこれはァッ!!」
『ぉおおおおおおおお!!』
「突撃じゃぁあああ!王牙戦士団第一部隊が一番槍を請け負わずして戦争が始まるかぁぁあ!!いけぇぇええええ!!!」
『おっしゃあああ!!!!』
そう言って、彼らは迫り来る敵に突っ込んで行く…。やっぱり…野蛮だったな、アルクカース人は。
「…ん?」
ふと、振り向く。城の方を見る、ガイランド達が来た方を見る、するとそこには…。
「な、な…!?」
軍靴が響いていた。街の各所に設置された穴から次々とアストラの兵士達が現れ列を成してあっという間にエルドラドに陣を敷いていく。
「軍の移動にはどれだけかかる!もう戦闘が始まっているぞ!」
「ハッ!ラインハルト団長!既にアストラ軍の0.2%の搬入が完了しており…」
「一割も必要ない、0.2もあれば十分…相手は十万程度だ。それより戦略級魔装の搬入を急げ…相手は因縁の八大同盟だ、帝国兵として必ずや撃滅するぞ」
いつの間にこんな数が…、既にあちこちに陣地を形成しエルドラドを守る為の鉄の箱が生まれつつある。
ただひたすらに恐怖する。アド・アストラの軍事力に恐怖する。これが…マレウス・マレフィカルムに唯一匹敵する軍事組織…アド・アストラ連合軍なのか。
だが…同時に頼もしい、これならエルドラドは…大丈夫かもしれないと。これならゴールドラッシュ城は無事に…。
「…んなっ!?」
次いで驚愕する、奥に見えるゴールドラッシュ城から…スタジアムから、火の手が上がっていることに。もう敵があんなところに!?まずい…直ぐに向かわねば!
………………………………………………
「恐ろしいねぇアストラ軍。一瞬で陣地形成してら…、流石に戦争のプロの軍人相手に真っ向勝負は分が悪いかな」
正門から展開されるアストラ軍の陣容を見て舌を出すシュトローマン。彼は既にアストラの防御を抜けゴールドラッシュ城の手前まで来ていた。
真っ向からアストラ軍を相手にしていてはキリが無いと考えた彼は、一計を案じ『下水路を使い街を横断する』と言う策を用い、そして物の見事に成果を出してみせた。
「ぅげぇ〜下水なんか渡るなんて…」
「文句言うなよ〜エリザベス、水は僕が蒸発させたから服は汚れなかったろ?ほら、僕の自慢の白スーツも綺麗なまんま」
「闇を歩むモンが、下水の匂いにやられちゃお笑いだ」
シュトローマンと共に下水路を渡り、排水孔より這い出て来るのは殺人鬼エリザベスと無用のモンドウ。そして彼の部下達だ、ゾロゾロと城の前に集うジズ傘下の主力達…。それがまんまとゴールドラッシュ城に到着してしまったのだ。
「で?ジズ様は?」
「あの方はあっしらみたいに裏道を使うまでもなく、戦場を突っ切ってこちらに向かってる」
「まぁそれもそっか、あの人なら大通りのど真ん中を歩いても誰にも見つからない様に歩けるしね、久々の実戦で遊んでんのかなぁ〜」
んん〜と耳の裏を掻くシュトローマンは少し考える。自分達がここで何をするべきかを考えているのだ。ジズ様は完全に実戦モードに入った、あの人は単独の仕事しかした事ないから実戦中に誰かに指示とかはしてくれない。
つまりここからは自分達の判断で動くしかない。…じゃあ何をするべきかな…。
「とりあえずみんな僕の指示聞いてくれる?」
「えぇ?別にいいけど」
「お前さんなら構わん、で?どうする?」
「みんなはまず城の中に入って女王レギナとロレンツォを狙ってよ、多分城の中には逃げてきた私兵団とかがいるかもしれないから普通に殺してもいいと思う。ああでも魔女の弟子とか見かけたら逃げてよ?アイツらクソ強いみたいだから」
「シュトローマン、あんたは?」
「僕?僕は…スタジアムの方を見に行こうかな。なんか人がいっぱい居るみたいだし…一応見ておくに越したことはないでしょ」
「分かった、じゃあそっちもいくらか部下を連れて行け、こっちはそんなに人数も要らん」
「アイアイ、じゃあみんな〜!また後で!くれぐれも時間は気にしてくれよ〜!」
人差し指と中指を合わせウインクすると共にシュトローマンは五十人近い部下を連れスタシアムの方へと向かっていく。
それを見送るエリザベスとモンドウは…。
「ねぇモンドウ、よかったの?アイツの言うこと聞いてさ」
「構わんよ、アレでも旦那が最も信を置く男。実力もあれば頭も回る、やりたい事があるならやらせればいい…それに、指示自体は的を得ている」
モンドウは抜き身の片刃剣を携えながらゴールドラッシュ城の大門をゆっくりと、片手で開けながら、更にもう一度深く刃を握り直し。
「さぁ、討ち入りじゃあッ!」
「ヒヒヒヒ!殺しに行こうかぁ!」
突撃する。ゴールドラッシュ城の中に…ジズの手勢が入り込んだのだ。
………………………………………………………
『ヒャアー!何処だ何処だぁ〜!女王サマは何処じゃ〜!』
「もう入ってきたの!?」
城内に響き渡る怒声にカリナはいち早く反応する。広大なゴールドラッシュ城内部に民間人や貴族を守る為、戦いが終わるまでジズ達の目を引く囮として残ったレギナ達。しかし想定よりも早くにジズの手勢が城内に入り込んだ事で若干の混乱が生じた。
「ッ…まさか、こちらが想定していない別ルートを使ったのか…」
ウォルターは未だ市街地で戦闘が行われていることを城の窓から確認する。恐らく敵はこちらが認知していないルートを使ったのだろう、これは敵方が一枚上手だったと言わざるを得ない。
「何を言っても仕方ない、取り敢えず移動するぞ。逃げ道を確保しつつ囲まれないように動く、ついて来てくれ」
「流石はステュクスのお師匠さん、ヴェルトさんだっけ?頼りになる〜」
「茶化すなって」
そこでいち早く動いたのはヴェルトだった。クルスが死に一時的に女王の護衛に加入した彼は剣を携えたまま走り出す。想定よりも敵が早く現れたせいでまだ完全に逃げ道の確保が出来ていないのだ。
「そ、それで。ヴェルト様、どちらに行くので?」
「行き先はない、とにかく移動を繰り返す」
「何処かの部屋に立て籠った方が良いのでは…」
「いや、そりゃ…」
「それなよくないよ、敵の数はこちらより圧倒的に多い。部屋に立て籠って迎え撃っていては限界が来る。常に移動を繰り返し相手に付け入る隙を与えない方が良い」
「お、あんたウォルターさんだっけ?分かってるな」
レギナの質問に代わりに答えてくれたウォルターさんに軽くウインクする。流石はステュクスが俺と同じくらい尊敬出来ると言った男だ。こりゃかなり信頼出来そうだ。
「こっちだ、迎え撃てるよう閉所は避けていく…ここからずっと走りっぱなしになるから、気合い入れてくれよ」
「はいっ!」
呼吸を整え、ヴェルトは腰の剣を抜く。レギナはステュクスが守りたいと言った女だ、どういうわけか今そのステュクスがいない以上、今は俺が代わりに守ってやらないと。
そうして走っていると直ぐに向こうの廊下から足音が聞こえて来る、どうやら敵はいくつかに手分けして動いているようだ。
「敵が来る…!」
「私が行く…の顔」
「いやエクスヴォートはそこに居ろ!レギナの側を離れるな!俺が行く!」
瞬間、剣を持ったまま加速し向かいの曲がり角から聞こえる足音に向け更に踏み込み──。
「──居た!女王レギ──」
「ッラァァッ!」
曲がり角から現れた数人の輩。どう見ても兵士ではない侵入者、それがレギナの姿を確認して声を上げた瞬間、ヴェルト剣を振り抜き袈裟気味に輩の体を両断する。
「ぅゲェッ!?」
「なっ!?テメェ!」
どうやら敵は一人ではないようだ、曲がり角の向こうには三人ほど剣を持った男達が突然襲撃に驚いている。がそれでも相手も素人ではない、直ぐに剣を握り直し全員でヴェルトに切り掛かってくる…しかし。
「フンッ!」
「ごぁっ!?」
迫る鋒を剣で弾き返し胴に一発叩き込む。
「オラァッ!」
「げはぁっ!?」
振り下ろされた剣を回避すると共に隙だらけの腕を叩き斬る。
「邪魔だよッ!」
「ぐぉぉおお!?」
最後の一人、顔面を素手で掴みそのまま壁に叩きつけ床に投げ飛ばし顔に一発蹴りを入れ終わらせる。なるべく時間をかけず、体力を使わず最小限に留めて。
「終わった!」
「よ、容赦なぁ〜…」
「流石は元アジメク最強の騎士…これは頼りになるね」
「とりあえず引き返すぞ!直ぐに血の臭いに寄ってくる!別の道から逃げる!」
「は、はい!」
もう既に戦いは始まっている、とにかく逃げ回りとにかく時間を稼ぐ、敵が集まってくる要因をひたすらに潰しながらその場から離れて回る。…まさかアジメクの士官学校で習った事がこの歳になって役に立つとは、勉強ってのはしておくもんだな。
「………」
逃げ去っていくレギナ達の背を見ながら、俺はふと振り向き…先程斬り殺した男に目を向ける。
(…ステュクスには、殺しはするなって言っておきながら、俺は普通にするんだよな…。まぁ俺も殺人処女じゃないしいいんだが)
ステュクスには、こんな風に迷いなく人を斬れる人間にはなってほしくないな…ってのは、俺の我儘か──。
「チッ、物思いに耽りすぎたか!」
「おっと、気付かれたか…」
瞬間、剣を振り抜き横から飛んできた斬撃を弾き返す。どうやら目立つ場所でボーッとしすぎたみたいだ…にしても。
(こいつ、いつの間に…)
「あっしの斬撃を防ぐとは、オメェただモンじゃねぇな…」
抜き身の刃を持ちながら深く腰を落とした構えをして見せる男。こいつの接近に俺は気がつけなかった、刃を振るう際漏れ出た微かな殺気…それが無けりゃ斬り殺されていたかもしれないくらいには、こいつの動きには隙がなかった。
「そっちこそ、お前…名乗る名前はあるかい?」
「ねぇな…これから殺す相手に、名乗る名前なんてな」
「そうかい、残念。あの世への手向に名前の一つも呼んでられなさそうだ」
同じく構えるヴェルトと…ヴェルトの放った殺気を読んで高速で飛んできた『無用』のモンドウは刃を挟んで睨み合う。
(こいつは、多分敵のボス格…ここで斬っておいた方が良さそうだな。悪いなレギナちゃん…早速だが、俺はここで一旦離れさせてもらうぜ)
「お前を殺して、女王の居場所を聞くとしよう」
「冥土の土産になら教えてやるよ、あの世で仲間達と答え合わせしてろやァッ!!!」
「きぇぇええええ!!!」
振り抜く、互いの剣が火花を散らす。ゴールドラッシュ城内部にて…ヴェルトとモンドウの決闘が、始まった。
………………………………………………
「ヴェルトさん、来ないけれど…大丈夫でしょうか」
「…恐らくあの場に留まって駆けつけた敵と戦っているようだ」
「えぇっ!?」
一方ヴェルトに言われ城の中を逃げ回るレギナ達はいつまで経っても帰ってこないヴェルトを心配し振り向きながらも走り続ける。
そんな中、ウォルターは片目を開きながら背後を見る。耳を澄ませば金属が激突する音が聞こえる、どうやらヴェルトは『自分が相手をしなければならない強者』と当たってしまったようだ。
「ともかくヴェルトの合流は望めない、彼の言う通り移動を続けよう」
「わ…わかりました」
「…………」
そんな中、エクスヴォートは魔力探知にて周辺を探る。確かにヴェルトの側に強い魔力を感じるが…それ以上に気になるのが。
(敵が多い…)
敵が多いのだ、何処に逃げてもこれは逃げ切れない。何処へ行っても戦闘になる事が想定される、…ならどうするべきか。
(ヴェルトと言うように移動を繰り返していれば時間は稼げる、けど…この数ではジリ貧か。……なら)
思い浮かべる顔は一つ。今ここにはいない彼の顔、以前にも似たような事があった時…彼と彼の仲間達が女王を守ってくれた。なら…。
信じよう、今は私一人で戦っているわけではない。
「レギナ様…、上層へ向かってください」
「え?」
「私も、ヴェルトのように敵を引きつけます…の顔」
「えぇっ!?エクスも!?」
それが最善だと考えた、レギナ様の周りにはウォルターやカリナ、リオスにクレーが居る。彼らなら簡単にはやられないはずだ、それに彼らで対応出来ない強者は見渡した限り二、三人しかいない。
ならそれら全てを私が一人で受け持ち、一階にいる敵全てを撃滅し続ければ、上層にいるレギナ様は無事…と言うことになる。
(上層にも何人か渡っている奴らも居るが、それらはウォルター達に任せる…それに)
チラリとレギナ様を見る。きっと…彼は来てくれる、絶対にレギナ様の危機に現れてくれる、なら私が近くに居続ける必要はない。
「レギナ様、もし危機に陥ったら大声で私の名前を呼んでください…の顔」
「……分かった」
「ウォルター…カリナ、リオス…クレー…任せたぞ」
「ああ、分かった」
「では…」
「え?」
瞬間、レギナ様の着るドレスに手を伸ばし…。
「フンッ!」
「ちょーっ!?」
スポーン!と引き抜くようにドレスを脱がし手の中で丸める。
「これでよし、の顔」
「何処が!?私裸なんだけど!?」
「れ、レギナ!こっち!これ着て!」
「これ…カーテン…あーん!もー!エクスー!せめて説明を……」
「失礼!」
「持ってちゃったーー!!」
純白のカーテンを着込んだレギナ様を見届けた後、私は急転換して加速する。今までセーブしていたスピードを全開にし、壁を突き破りながら目指すは一階のエントランス。未だ敵が最も多く屯するそこへと突っ込み。
「不埒者共!よく聞けーッッ!!」
「うぉぉお!?なんだ!?」
壁を突き破り、瓦礫を踏み越え、エントランスに出ると共に…声高に叫ぶ。
「レギナ様はここだ!この方の命を狙うならば!私を殺してからにしろ!の顔!」
「あ、あれ。女王が着てたドレス?…あんなところにいやがったか!」
レギナ様のドレスでそこら辺の瓦礫を包み、私の腕の中にレギナ様が居るように見せかけ態と目立つように身を晒す。それにより敵はここにレギナ様が居ると誤認し…。
「おい!こっちだ!女王が居たぞ!」
「集まれ!こっちだこっち!」
「潔く出てきやがったか」
レギナ様が国の為囮になるなら、私はレギナ様の為囮になる。…側に居ることが出来ずとも、今は任せられる仲間がいる。
「殺せぇぇええ!!」
「……来いッ!」
だからステュクス…早く帰って来い。お前がいればきっと───。
…………………………………………………
刹那、エクスヴォートの魔力爆発によりゴールドラッシュ城の一階部分が吹き飛び天に上る巨大な砂塵が巻き上がり、大地が揺れたのと同時刻。
「ん?この音は、エクスヴォートが暴れ出したか…?って事はモンドウ達はレギナを見つけたかな?」
スタジアムの廊下、その窓から城の様子を眺めるシュトローマンは顎を撫でて考える、戦闘が始まったと言う事はレギナを発見したのか…いや。
(違うな、多分エクスヴォートが囮になって女王レギナを逃がそうとしているんだ…、恐らく女王レギナは既に上層に移動しているだろうな)
読む、全体的な流れを。だがだからと言って何かをする事はない、向こうはモンドウ達に任せた、任せた以上責任はモンドウ達にある。敵の策に引っ掛かりしくじったならそれはモンドウの不手際だ。
「ま、放置でいいか」
女王レギナを殺した者には褒美を出す、それはジズ様の言葉で部下はそれに従い女王レギナを殺すべきだ。だが自分は違う、自分はジズ様の右腕であり部下ではない、あのお方の真の意志を汲み取り前もってそのように動く事が求められる立場。
御褒美のために勇んで女王の所には行けないなぁ。
「さて、こっちはこっちの仕事をしますかね」
城には殆ど人の気配がなかった、街にも民間人はいなかった、ならみんな何処かに避難している事になる。だが外は我々が包囲しているから街の外には逃げられない、ならみんな何処に消えた?
そう考えた時、一番最初に浮かぶ避難先はここ…スタジアムの地下だ。そこに貴族達が隠れている可能性が高い。
と言う事は、ここにロレンツォもいる可能性が高い…。
「せっかくだし、王貴五芒星も潰しておくか…。じゃあみんな、仕事の時間だから、よろしくね」
腰からダガーを引き抜き、懐からリボルバーを取り出し、戦闘態勢を取ったシュトローマンは複数人の部下を引き連れて廊下を歩き…、スタジアムの地下迷宮を目指す。
ゴールドラッシュ城とゴールデンスタジアムを繋ぐ地下通路、そこを歩いていると特に何気なしに別れる曲がり角がある。何も書かれていない、だが明らかにスタジアムに繋がる道ではないそこが地下迷宮の入り口だ。
敢えて仰々しいバリケードや隠蔽を施さない事により人の目に留まらないようにしているんだ。だがそれは逆に地下迷宮を知っている人間からすればあまりに無防備とも言える。
「ふーむ…」
地下迷宮に続く道を歩きながらシュトローマンは突如その場にしゃがみ、床を指で撫で…その指をそのまま舐め始めた。
「ペロペロ…んー、やっぱり…新鮮な土の味がする。最近人が出入りした形跡だねこれは…」
外を歩いた靴でそのままこの廊下を歩いたんだろう、靴の裏に付着した僅かな土がそれを教えてくれる。やはりこの奥にいる、読みは大当たりみたいだ。
「こっちこっち、みんな逸れずついてきてー」
無数に別れる道、文字通りの迷宮。階段を降りれば降りるほど道は多岐に別れ人を惑わせる構造をしている。廊下には目印になる物はなく簡素な白い壁と床が続くその迷宮をシュトローマンは迷いなく歩く。
一見すれば何も残されていないように見えるその道に、シュトローマンは多くのヒントを見つけている。人と言うのは人自身が考える以上に多くの物に影響を与えて生きている、その僅かな影響の跡を探れば誰が何処に行ったか読むことが出来る。
尊敬する大先生であるジズ様の教えだ。
(迂闊だよねー、こんなたくさん痕跡を残すなんてねー、かくれんぼのプロを相手にしてる自覚があるのかね)
数十人近い部下を引き連れ痕跡を辿りながらシュトローマンは歩く、すると廊下の奥にこれまた簡素な扉を見つける。きっとあの奥に…貴族達か民間人達が避難している。取り敢えず皆殺しにしておくか。
「ん、行ってきて」
「ハッ!」
部下に命令して扉を探らせる。その場で立ち止まったシュトローマンを追い越し部下達はズカズカと扉の前に殺到し、扉を開け中にいる連中を殺そうと剣やナイフを引き抜き…。
(……待てよ、なんか妙だな)
刹那、シュトローマンは部下達から距離を取りながら開けられる扉…その瞬間を見て妙な感覚に気がつく。
(悲鳴が聞こえない…)
あの奥には避難している人がいる、我々から逃げている人々がいる。なのにこちらの足音を聞いても怯える声も身動ぎする音も聞こえないなんてあまりにおかしい。
まさかあの部屋の中には誰もいない?だが痕跡はあの奥に続いて……あ。
「やらかした!」
瞬間、シュトローマンは踵を返し引き返す…すると、その時。
「今だッ!撃てッ!」
「うおぉっ!?なんだ!?」
背後から部下の悲鳴が響く。ドアノブを捻った瞬間、部屋の奥から怒濤の如く銃声が鳴り響いた…銃撃だ。それは扉をズタズタに引き裂き、当然、その手前に居る連中も全員穴あきチーズにしちまう。
攻撃だ…待ち構えていやがった!
「挟断陣でかかれっ!」
銃撃で呆気を取られた瞬間を狙い、何処からともなく現れた全身甲冑で身を包んだゴツい兵士がワラワラと現れ扉の前で固まったこちら側の戦力を切り倒していく。
罠だったのだ、あの痕跡は敢えて残された物で僕達はあの扉に誘導されていたんだ。扉を開けた瞬間銃撃を行い周囲に身を隠していた兵士達が挟撃を行い圧殺する…そう言う流れだったのだろう。
特筆すべきは痕跡の絶妙さ。目立つように、それでいて罠と気がつかない程度に隠しつつ、こちらがどう動くかを読み切っての配置だった。生半可な練度で出来る芸当じゃない…これは恐らく。
「ゴードン・ルクスソリスか…ッ!」
猛将ゴードン・ルクスソリス…こいつを忘れていた、恐らくあの兵士達はパナラマ私兵団だろう。あれはダメだ、その辺の貴族が連れてる金で雇われただけの私兵とは違うマジの職業軍人、練度で言えば王国軍とどっこいの戦争のプロだ。
そしてその指揮を取るのがあのゴードン。豪快で豪胆で豪放磊落な性格な癖をして実践じゃここまで老獪に立ち回るか…狸ジジイめ。
「逃さん!」
「おっと!マジ!?」
急いでこの場から離れようと走る俺の目の前に三人の兵士が現れる。逃げ出した奴も刈り取る為に帰り道にも伏兵を残しておくか!一度通りかかった時には仕掛けず戻ってきた時に攻撃を…ああもう!
「面倒だなぁ…!」
瞬間、シュトローマンは左手に握ったリボルバーを目前の兵士に突きつけ。
「無駄だ!そんな小さな弾丸でこの装甲が抜けるか!」
「あらそう?ならやり方変えるわ!」
ぶっ放す、銃弾を。音速で飛ぶ鉛玉は兵士に向かって飛ぶ…と同時に。
「『ワンウェイ・スケープゴート』」
発動する、シュトローマンの得意とする魔術『置換魔術』を。一度マーキングを行った物同士の場所を入れ替える事が出来る魔術。…そして、シュトローマンは常に自身が持ち歩く全ての物品にマーキングを済ませている。
それは、弾倉に込められた弾丸にも及ぶ。
「なっ!?」
「はい邪魔!」
入れ替わる、音速で飛ぶ鉛玉と場所を入れ替える。入れ替わる際置換対象が移動していた場合その運動力も引き継ぐと言う置換魔術の性質を利用し弾丸の速度を受け継いだまま兵士に突っ込むシュトローマンは、その勢いのまま手に持ったダガーで鎧ごと兵士を両断する。
シュトローマンの持つ銃はそもそも攻撃用ではない、最初から自身を撃ち出す為のカタパルトとして用いているのだ。
「貴様ッ!」
「おっと危ない!」
瞬間、残った二人の兵士達がシュトローマンに斬りかかるが、それさえも視界に入れることもなくしゃがみ込むと同時に切り掛かって来た兵士の腰に手を当て魔力を打ち込む…。
「ほーらぁ〜!僕ここだよ!」
「クッ!」
そのままクルクルと回転しながら両手を広げ挑発する、その挑発に乗った別の兵士が剣を突き立てシュトローマンの胸に剣を突き刺し───。
「『ワンウェイ・スケープゴート』」
「っなァッ!?」
瞬間、入れ替わる。先程魔力を撃ち込んだ兵士と場所を入れ替え身代わりにし、シュトローマンはまんまと刺突を避けると共に…。
「はいご苦労ッ!」
「───ッ」
一閃、唐突に真横に現れたシュトローマンの動きに対応出来ず兵士は反応出来ず…横薙ぎに振るわれたダガーの一撃で首を刎ね飛ばす。そのままクルクルとダガーを手元で回し逆手に持ち…。
(とりあえず邪魔者は消せた、まずは一旦外に出て仕切り直そう。何処までがゴードンの策略か分からない以上最初からやり直した方がいいか…部下は、あーあ、全滅だこりゃ)
仕方ないと割り切って彼は邪魔者を消した後、躊躇なくその場から立ち去ろうと足を動かした────。
───その時だった。
「うおぉっ!?」
いきなり目前が爆裂したのだ。恐らくは天井か壁に爆薬でも仕掛けてあったのだろう。それが炸裂し通路を崩し…唯一の逃げ道が塞がれたのだ。
「うへぇ、マジじゃん…」
その瞬間シュトローマンは悟る、先程道を阻んだ奴等は爆薬起動までの時間を稼ぐ為だけに命を懸けたのだ。…いい部下持ってんねぇゴードン卿は、何にもするまでもなく皆殺しにされたウチの部下にも見習って欲しいよ。
「最悪僕を殺せなくても構わないように道を崩したのか。最初からここまで読んでたとは…、読み合いで僕が負けるとは。マレウス貴族の中にもナメられないのがいるね」
頭を掻いて考える、ここでリタイアは余りに間抜けすぎる、されど瓦礫を退けていたら優にタイムリミットの二時間を超えてしまう。
仕方ない、いきなりだけど切り札を使うか。
「最悪…、『ワンウェイ・スケープゴート』」
指を一つ鳴らす。と同時に予めマーキングしておいた物と入れ替わる…その先は。
「よっと…、もしもを想定しておいてよかった」
スタジアムのど真ん中…つまり地上だ。シュトローマンは事前に緊急離脱用の逃げ道として予めマーキングした指輪をスタジアムに捨てておいたのだ。これで離脱出来るのは僕一人…だから部下を連れて来ることは出来ない、けどいいよね、みんな死んだし。
「さて、仕切り直しといきたいが…どうするかね、もう手駒はいないし、大した道具は持ってきてないし…」
「では親分に泣きつく…というのはどうかな?」
「は──?」
ふと、声をかけられ反射的に振り向くようも前に咄嗟に服の留め具を外し指先で弾き…。
「『ワンウェイ・スケープゴート』!」
「『サンダースプレット』ッ!」
入れ替わる…その瞬間俺の入れ替わった留め具に向けて落雷が降り注ぐ。不意打ちだ…魔術による不意打ちだ、それもありえねぇくらい高威力の魔術。人間にぶち込んでいい代物じゃないでしょ…というか。
「あんた誰!」
「おや、それはこちらのセリフだと思ったのだが…。それともこの顔は名乗り代わりにならないかな?」
「なッ……」
黒い伯爵服、白髪の混じった黒髪、金の紳士杖…こいつ。
「トラヴィス・グランシャリオ…」
この世の全ての魔術師達の上位に位置する事を意味する『大魔術師』の異名を世界で唯一名乗る事を許されている存在。魔術王ヴォルフガングや伝説の魔術師ケイトに並び立つ…いや、或いは年齢的に今現在は二人すら凌駕する可能性のある男が…スタジアムのど真ん中に立ち杖をこちらに向けていた。
「ジズがここに来ることはないと理解はしていた。だがそれでも多少の戦力が差し向けられる事も読めていた…故にこうしてここで待っていたのだが、流石はゴードン殿だ、あれだけいた取り巻きが全て消えている…このくらいの数なら私一人でもなんとかなりそうだ」
「スタジアムの守りはゴードン・ルクスソリスの手勢だけかと思ったけど…こんな大物も来てるなんてね、参ったな…」
最悪だなぁ、流石にトラヴィスの相手をする準備は出来てない…けど。
「あんた、息子はここに来てるかい?」
「はぁ、それが聞いてくれ。スタジアムに貴族達を避難させ終えたと思ったら見失ってしまってね。こんな時に何処に遊びに行っているのか…出来ればすぐにでも探しにいきたい。仕事を終わらせてね」
「ふーん…」
イシュキミリは別行動か。不気味だな…まぁアイツの事だから何をしようとしてるかは分かるっちゃ分かるんだが、でもそうか。イシュキミリはいないか、なら…なんとかなるか?
だって…。
「あんた、足…悪いだってね」
「ああ、そうだ」
杖を突かなきゃ歩けないくらい右膝を悪くしていると聞いた、なら…いけるかもしれない。
「王貴五芒星を何人か落としておきたかったんだ。あんたが死ねば…それだけでも大成果だ」
どの道二時間待てばみんな死ぬ…けど、この化物は下手すりゃあペイヴァルアスプじゃ死なない可能性もある。だからここで僕がきっちり殺しておくのも悪くないかもしれない。
何より、…試してみたい。
(僕の力が…何処までの物かを)
本気でやるのも悪くないだろう…、八大同盟との戦いでは見せなかった…本気で。
「戦う気かい?困ったな…」
「いきなり弱腰かよ、先に喧嘩売って来たのはそっち──」
「いや戦うことはいい、だが…実戦を長く離れ過ぎて、私の恐ろしさを知らない若者が生意気な事を言っているのが気に食わないんだ。昔は私がやる気を見せただけでそこらの魔術師は蜘蛛の子散らした物だが、君は恐れずに向かってくる…。もう少し恐れてくれ…なにせ」
瞬間、あれだけ巨大に見えたトラヴィスの魔力が…更に増大する。これ…下手したら八大同盟以上…?
「今、君の前に居るのは…今君が目指している道の頂点に居る男なのだから」
うーん、行けると踏んだんだけどなぁ……これ、ちょっとやばいかぁ?
…………………………………………………
各地で戦いの火蓋が切って開かれる中、…この街の支配者ロレンツォ・リュディアは何処にいて何をしていたか…。
それは簡単だ、場所はゴールドラッシュ城内部の会議場。既に誰もいなくなったその場に座って居た。周囲に部下の姿はなくただ一人でだ。
じゃあ何をして居たか?これも簡単…彼は。
「ふざけるなぁァァァ!!!!」
顔面中に青筋を立てながら牙を剥いて激怒して居た。次いでに手元に置かれて居たペン立てを掴んで目の前に投げつける…、目の前に立つ男に向けて投げつける。
「いやいや、そんな怒るなよ」
「怒るなだと!?ならこの状況はなんだ!この有様はなんだ!間抜けめ!使えないグズめ!小汚い詐欺師かお前はッ!」
「だから、怒ると寿命が縮むぜ?ロレンツォの旦那よ」
「ぜぇ…ぜぇ…これが怒らずに居られるか!クユーサー!説明しろ!」
目の前にいるのはクユーサー。別名峻厳のゲブラー…セフィロトの大樹の大幹部たる彼がゴールドラッシュ城にてロレンツォに叱咤されて居た。見る者が見れば混乱は必至な状況…だがそんな事構う事なくロレンツォは怒り狂う。
普段見せている仏の如き安らかな顔、何があろうとも笑って許す寛容さは無く。ただただ理不尽に怒り散らし唾を飛ばしまくる。
「説明って、俺様もこの間来たばっかりだし…」
「何を…説明すら出来んか!貴様それでもセフィロトの大樹の幹部か!ガオケレナの飼い犬か!誰が!マレフィカルムの活動資金を工面して来た!元老院の資金援助の出所が何処か!分からないお前ではあるまい!」
……構図としては単純だ。マレウス・マレフィカルムとネビュラマキュラ元老院は協力関係にある。マレフィカルムが活動し、元老院がその資金援助とマレウス内部での活動を保証する。
その際生み出される莫大な資金、その資金援助を行なっているのがロレンツォ・リュディア…つまり彼はマレフィカルムのスポンサーなのだ。スポンサーの意向となればさしものセフィロトの大樹と言えども逆らうわけにはいかない。
だからロレンツォはクユーサーを呼び寄せた。自分のボディーガード兼ジズへの対処として…だが。
「嘆かわしい、ジズにここまで好き勝手されるとは…手駒の首輪くらいしっかり嵌めておけ!」
「つっても、ジズの裏切りに関しちゃガオケレナから静観の指示が出てるしな…」
「なんだと…!この私が!ジズを殺せと言っているんだぞ!なのに何が静観だ!今すぐガオケレナをここに連れて来い!文句の一つでも言わねば収まりがつかん!」
「いや無理だって、第一あんたガオケレナが今何処にいるか知らないだろ」
「それとこれのなんの関係がある!ともあれ状況はマレフィカルムにとって最悪である事を忘れるなよ!エルドラドが消えればマレフィカルムはマレウスでの活動が出来なくなる!なら次は何処へ行く?どこぞの非魔女国家に身を隠すか?それとも魔女大国?ハッ!どれも無理だ!不可能だ!肥大化した今のマレフィカルムの居場所はマレウスにしかない!」
「そーだな」
「なら是が非でも守れ!私を!エルドラドを!八大同盟でもセフィロトの大樹でも使って全戦力でジズを消せ!マクスウェルやイシュキミリを使え!あのラヴとかいうガキも使え!」
「それを決めるのは俺様じゃないって」
「それを決めるのは!私だ!支払った金の分働けこのゴミクズがァッ!」
近くの紙を丸めクユーサーの顔にぶつけフーフーと息を荒くする。怒り狂って居た、あり得ないほどに怒り狂って居た。
何のために今までマレフィカルムに高い金を払って来たのか。何のために城内の人間の汚職を見逃して来たのか。全ては自分の権威と身の安全の為だ。
ロレンツォという男が贅沢の限りの末に行き着いた答えが…『自らの保存』だ。どれだけ金を持っても死ねば墓場には持っていけない、だから金を使って彼は身の安全を手に入れた。
高い金で元老院に取り入り、その金でマレフィカルムに恩を売った。この流れが発覚しない為に敢えて城内の不正や汚職を氾濫させ誰もが相手に迂闊に踏み込めない状況を作り上げた。
このエルドラドは、ジズにとっての最強の砦であるべきだったのに…!
「クソッ…こんな事ならあの王女の頼みなんぞ聞くべきではなかったわ…!」
「その頼みを受けろと言ったのは元老院だろ?フラウィオスだろ?この城でレギナを殺す為の計画があったから」
「フラウィオス議長様と呼べ!セフィロトの大樹が…元老院の上に立ったと思うなよ!この国の支配者は元老院だ!あのお方達がお前に見切りをつければその時点でお前達は終わりなのだからな!」
「へいへい」
クユーサーはややこしいことになったと耳をほじる。小うるさいがそれでもクユーサーはこの場を離れるわけにはいかなかった。実際彼がここに来たのはロレンツォの身辺警護が目的だ、それを放り出すわけには…。
「ん?」
「おい!何を余所見して…」
「…来たぜ、客だ」
「何!?」
瞬間、クユーサーは背後に目を向け…ポケットに手を突っ込む。するとそこには。
「失礼、お取り込み中でしたか?」
「ジズ・ハーシェル…!?」
「よう、ジズ坊。いくつになってもやんちゃ盛りか?」
ジズだ、いつの間にか扉を開けて室内に入って来て居た彼は軽く手を上げ挨拶しながらロレンツォに近づき。近くの机に腰を下ろす。
ジズの登場にロレンツォは入れ歯が取れそうになる程驚愕し…。
「く、クユーサー!私を守れ!」
「…だってさ、今の俺様は用心棒だ…お引き取り願えるか?ここで引き返してくれなきゃ息をお引き取りして頂くことになるが?なんつって」
「ははは、分かるでしょ?私がここに来た理由」
「まぁな、マレフィカルムへの叛逆の手始めにエルドラドを落とし…スポンサーのロレンツォを消す。レギナはオマケだろ?ロレンツォが死んだらマレフィカルムは爪に火を灯す生活に逆戻りだからな」
「ええ、レギナ・ネビュラマキュラはいつでも殺せる…けどロレンツォ・リュディアはそうもいかない。彼が死なない限りマレフィカルムは腐り続ける…」
ジズの真の狙いはレギナ・ネビュラマキュラ…ではなく、ロレンツォ・リュディアだ。彼こそが本命…レギナは第二本命と言ったところだ。だから城に忍び込んだ段階で真っ先にロレンツォを目指してやって来た。
「腐ってると来たか、でもロレンツォには死んでもらっちゃ困るんだよ」
「困るから死なせに来たんですよ」
「たぁ〜…そうかい。けどやりたくねぇ〜…ジズ坊、俺様はお前の事が好きだったんだぜ?俺様の跡を継いで魔の名を継承したお前は謂わば俺にとって愛すべき後輩。それをこんな内輪揉めみたいな形で殺したくねぇ〜よ」
「そうですか?でも私は───」
瞬間、ジズの姿が消え…。
「あなたのことが嫌いでしたよ」
「っな!?クユーサー!?」
飛んだ、クユーサーの首が。一瞬で距離を詰めたジズの斬撃が最も容易くクユーサーの首を切り裂き吹き飛ばしたのだ。
死んだ、クユーサーが。そうロレンツォが顔を青くしたのも束の間…。
「嫌い…か」
笑った、斬り飛ばされたクユーサーの顔が。そのまま頭部を失った体が失った頭部を掴むと共に首の傷口に押し当て…。
「そりゃ殺しても死なないからか?」
「ええ、本物の不死身である貴方は…私達殺し屋にとって存在意義の否定に等しい」
死なない、首を切り落とされ頭部を失おうとも死なない。ただくっつけただけで首からは木の根が生えて傷を縫合し溢れた血液さえ消え失せる。
クユーサー・ジャハンナム。百年前に死んだとされる男が何故ここにいるか?決まってる…百年間一度も死なずに生きているからだ。
「テメェも裏社会の人間なら分かるよな、剣を抜いた時点で喧嘩はスタートだぜ…?」
「おや知らないんですか?最近じゃ…啖呵切った時点でスタートになるらしいですよ。百年前は穏便だったんですね」
「ぐわははは!ジョートー!なら喧嘩だ!マレフィカルムに楯突いた事!後悔させてやるよッ!『炎獄』ゥッ!!!」
「フフッ…」
────エルドラド各地で行われる戦いの数々、複数の陣形が入り乱れ戦いに戦いを重ねる五日目の夜は…未だ明けない。