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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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516.魔女の弟子と光と闇の因縁


エルドラド会談五日目、夕方頃から日付が変わるまで行われる大宴。城主ロレンツォ・リュディアの計らいにより大々的に催されたこのパーティは集められた貴族全員と六王達、この会談に参加する全ての人だけに留まらずスタジアムさえも解放し街の人達にも酒や料理を振る舞う大盤振る舞いで行われた。


当日、エルドラドは街全体を覆うような巨大な雨雲により朝から土砂降りということもあり街人達はすることもなく皆が挙ってスタジアムへと足を運んでいた。


…雨が降り頻る無人の街の中、ただゴールドラッシュ城だけが…光り輝いていた。



そんなゴールドラッシュ城のダンスホールにて…。


「………はぁ、心持ちが穏やかじゃないってまさにこういう感じのことを言うんだろうなぁ」


ドクドクと高鳴る胸を抑え、ステュクスは周りをチラチラ見回す。今日は舞踏会、美味しいご飯に煌びやかな光景、今日という日を楽しまないのは損だとばかりに酒池肉林を繰り広げる貴族達…を他所目に俺は今日も仕事です。


というより今日こそが本当の仕事と言ってもいい。何せ今日は例のハーシェルの影の襲撃が予測されているのだから。


(既に会場中には警備がぎっしり…、まぁそりゃそうか)


軽く見回すだけで、辺りにはガードマン…金滅鬼剣士団がそこかしこに配置されている。ついさっき見かけただけの話ではあるが剣士団の団長ジェームズさんがやたら気合を入れて四方に指示を出していたし、もう入念にチェックにチェックを重ねた厳戒態勢が敷かれているのだろう。


それほどまでに、相手は恐ろしいのだ…なんせ相手は。


(ハーシェルの影…世界最悪の殺し屋集団)


悪魔の見えざる手って言う誘拐組織と軽くやりあったことはあるけどさ、正直アレとは次元が違うと言える相手だ。


なんせ悪魔の見えざる手は所詮『犯罪シンジケートの頭取』でしかなかった。言ってみれば人を攫い売り捌く市場を作り纏めていた存在。これもまぁ大物だがジズは更にその上…『裏社会そのものを牛耳る王』と言っても差し障りない存在。


今の今まで魔女大国でさえ手を焼いていた闇に巣食う怪物がこれからレギナを殺しにやってくるわけだ。そして俺はそんな怪物相手にレギナを守らなきゃいけない。


「緊張しているね、ステュクス」


「ウォルターさん…」


ふと、隣を見ればベテラン冒険者のウォルターさんがやや苦笑いでこちらをみている。苦笑しているが…落ち着いているようにも思える、流石はウォルターさんだ。


「流石ですよね、ウォルターさんは。全然緊張してないなんて…こう言う大物との勝負にも経験が?」


「なに言ってるんだいステュクス、私は冒険者だよ?犯罪組織とやり合った事なんてない。魔獣だけ倒して生きてきたんだ、国の要人を殺し屋から守ったことはない」


「ならなんでそんなに落ち着いて…」


「…護衛の経験はないが、自分より大きな物と戦った経験なら山とある。森の木を見下ろすような魔獣、平原を埋め尽くすような魔獣の群れ、人を軽く飲み込むような魔獣、どれも…人間よりも恐ろしい奴等だ、けど私はそれを倒して今も生きている。そしてそれは君も同じだ」


「……確かに」


「ならやることは同じ、ジズも魔獣も同じだ。私達よりも強く恐ろしく大きい…怪物だ。依頼の要領でやればいい。一時さえ気を抜かず、常に直感を研ぎ澄ませ、最大限を発揮し続ければいいんだ」


「……流石ですよ、ウォルターさん」


本当にこの人の言葉には勇気づけられる。経験と知識から来る助言にはいつも助けられる、そうだよな…同じなんだ。


いつもの依頼と同じ、違うのはジズが人であると言うことだけ。いやぁ?人かも怪しいな…あんな簡単に人を殺せる奴が人であるはずがねぇ。なら魔獣と同じだ、だったら俺の専門だ。


「ステュクス、絶対無茶しないでよ」


「僕達もいるからね!」


「ステュクス私達より弱いんだから突っ込むのダメね」


「厳しいな…リオス、クレー」


俺の周りには仲間がいる、ウォルターさん、カリナ、リオス、クレー。ここにはいないけどエクスさんとヴェルト師匠もいる。俺は一人じゃない…みんなとなら、きっと──。


「楽しんでいるかな、ステュクス君」


「え?あ!ロレンツォさん!」


すると、従者に車椅子を押させたロレンツォさんが俺たちを見つけてこちらに寄ってくる。そこで俺達は慌てて姿勢を正す、一応護衛なのにぺちゃくちゃお喋りしてていいはずがないからな。


「いやいいよ、そんな畏まらなくてもね」


「あはは…すんません」


「ヒョェ…ヒョェ…。君達もパーティを楽しみなさい、護衛は他にも居るのだから…私が若い頃は仕事中サボって金儲けばかりしていたからね、協会に無断で魔獣の素材を売っぱらって、危うく裁判沙汰になるところだったよ」


「それは流石に…」


今じゃ考えられないな…、倒した魔獣は協会が管理することになっている。そう言う細かい決まり事が出来たのはロレンツォさんの同期のケイト・バルベーロウ様のお陰なんだ、つまりこの人の若い頃はそりゃあ無法で…。


「なにが裁判沙汰ですか…、アレは私が四方八方に謝りまくってなんとか許してもらったんでしょうが…!」


「へ?」


ふと、ロレンツォさんの車椅子を押す従者の女の人がギリギリと歯を食いしばりながら怒りを表す。というかなに?その口振り…まるで…。


「ああすまないケイト、そうだったね」


「け、ケイト?」


「ああ、紹介するよ。彼女が私のパーティメンバー…ケイト・バルベーロウだ」


「え、えぇっ!?」


ギョッとしながらもう一度ケイトと呼ばれたその人を見る。いやどう見ても二十代そこそこの女性だろ…マジで言ってる?それとも、ボケちゃった?ロレンツォさん。


「どーもー、こんにちわ〜、冒険者協会最高幹部のケイトちゃんでーす!ブイ!若いです!」


「若くないだろう」


「喧しいクソジジイですね〜、車椅子のタイヤ外しますよ」


「え、えっと、それマジですか?ケイト様って…あの?」


「そう、そのケイトですよ。ステュクス・ディスパテル君」


「年齢の割に若すぎでは?」


ケイトと言えばさっきも言ったが冒険者協会の最高幹部であり、冒険者史上最強の魔術師と謳われたあの伝説の魔術師ケイト・バルベーロウだ。もう老齢も老齢のはずなのに…どういうわけか歳下の筈のウォルターさんよりもなお若く見えるのだ。


「厚化粧でなんとかしてるだけですよう」


「厚化粧でなんとかなるレベルなんですか…?」


「まぁまぁそれは良いではありませんか、それより皆さん会場の警備をしてくれてるんですよね?感謝します。最悪私も戦線に駆り出されるのではないかとヒヤヒヤしたのですが若い子がこんなに居るなら私戦わなくてもいいですよね」


「なに言ってるんだいケイト、いざと言う時は君にも戦ってもらうとも」


「えぇー!いやだー!空魔の相手とか絶対やだー!美味しい料理が食べられるからここにいるだけなんですよ!私!」


…なんか思ってたよりも情けない人だな、巷じゃ凄い言われ方してる人なのに…こんなゾクっぽい人なの?あの伝説と呼ばれた魔術師が今俺の前でシクシク泣いている事実に俺はなんとも言えない感情になる。


けど…。


「ケイトさんも一緒に戦ってもらえると、俺達としてもありがたいです」


「……ふーん」


すると、ケイトさんは俺の顔を見てスッと表情を消し去る。


「なるほど、貴方が例のエリスさんの弟さん…でしたか」


「え?姉貴?」


「真っ直ぐな瞳をしてまぁ、捻くれた老いぼれには眩し過ぎます」


「は、はあ…」


「ともあれ私は戦いませんから、今の世の中は若い人たちでなんとかしてください、いつまでもババアを頼らないでね〜、腰痛いから」


「あ!ちょっ!」


するとケイトさんはフリフリと手を振って何処ぞへと行ってしまう。いや戦わないのはもうこの際どうでもいいけど…あの人ロレンツォさん置いていっちゃったよ…。


「フフ、全く…豪放磊落というか、自由奔放というか」


しかし、ロレンツォさんはそれを見てもクスリと笑い、手に持ったワイングラスを揺らす。あんまり気にしてないのかな。


「あの、ロレンツォさん」


「ケイトは昔からああいう奴さ。口ではああ言っているが…もし最悪の事態になったら自分から動いてくれる筈だよ。まぁその最悪の事態に陥らせないのが…君達の仕事だがね」


「そ、それはわかってます、けどすみません…なんかとんでもないことになっちゃって」


「ハーシェルの事を謝っているのかい?なら君達の責任ではないさ」


「でも…ロレンツォさんの身も危険に晒して…」


「まぁ、私も最初はビビったが…。私も護衛を雇ったんだ、もうエルドラドに来てると思うから彼に任せれば大丈夫だよ」


「護衛?誰ですか?」


「フフ、ちょっと表沙汰には出来ない人かな」


それを聞いてちょっとゾッとする。そう言えばこの人…マレウスでの権力闘争を勝ち抜いて今の座に座ってる究極の成り上がりだったな。ならばこういう風に命を狙われるのも初めてではない。


それをなんとかするツテを持つから彼は強いのだ、ロレンツォさんの強みはその財力ではなく…マレウス中に張り巡らされたツテとコネの巨大な網。裏社会さえ動かす強大な糸をロレンツォさんは引いているんだ。


やっぱ、優しいだけの人ではないんだな…。


「だから私の事は心配いらないよ、それより君は君のやるべき事をやりなさい…」


「はい、女王の護衛は…」


「違う、もっと大きな話さ」


「大きな?」


すると、ロレンツォさんは空を…天井を見上げる、酒を一口飲み込むと。


「今、エルドラドは時代の分岐点にある。どちらに転ぶか分からない混沌の時代の入り口に…我々は、君はいる。そして或いは君はその混沌の中未来を切り拓く指針になると私は見ている」


「そんな、俺そんな大した存在じゃ…」


「今はどう思ってもいい、だが危機は君の心に関係なく襲いくる。それを切り払い続け前に進みなさい、何を得ても何かを失っても、例え未来が君の望んだ物ではないとしてもね」


「ロレンツォさん…?」


「悪いね、少し君に嫉妬していたんだ。いい時代に若く生まれた…君にねぇ」


ロレンツォさんはしわくちゃになった自分の手を見て、目を細める。良い時代に…若く生まれたか。或いは今迫り来る危険に対して戦う事を強いられているのは…この時代に若く生まれた俺の責任なのかもしれない。


この良き世を守る為…なんて大層な事、俺にできるかは分からない。けど。


「取り敢えず、頑張ります」


前に進み続けるくらいなら俺にも出来そうだ。そう思い俺は静かに頷くとロレンツォさんも満足そうに笑い…。


「いい返事だ、それが聞けて満足かな…では。私も楽しんでくる、君達も料理を楽しみたまえ」


「はい!」


そう言うとロレンツォさんは車椅子に取り付けられたベルを軽く鳴らす、すると何処からともなく従者が現れ、ロレンツォさんの車椅子を押して貴族達の群れの中へと向かっていく。


何やら感傷的な事を言っていたが…、俺にはよく分からない。よく分からんけどエールとして受け取った、なので頑張ろう。


「さて、じゃあステュクス…君は」


「はい、護衛ですよねウォルターさん!俺頑張ります!」


「いや護衛じゃなくて、あれ」


「あれ?」


そう言ってウォルターさんが指差したのは…、何故か俺たち護衛と同じくポツンと一人壁際に立つレギナの姿だった。アイツあんなところで何して…。


「これは舞踏会だ、そろそろ音楽が鳴る…そして踊りとは一人では踊れない」


「つまり?」


「ドレスの件、挽回してきなさい」


「え?えぇっ!?」


ドンッとウォルターさんに背中を押され、もう一撃…何故かカリナにもケツを蹴り上げられ俺はトボトボとレギナの元まで向かう。挽回ったって…何すりゃ…。


いや、…うん。まぁ…言いたいことは、本当は分かってるんだけどさ。


「あー…えっと」


「ステュクス?どうしたの?」


だから俺はレギナに近づき…近くのテーブルに置かれた飲み物を手に取り、隣に立つ。


「別に、なんか退屈そうにしてたから」


「私、舞踏会を楽しみにしてたんです。けど直前でとんでもない事実に気がついちゃって」


「とんでもない事実?何それ」


「私踊れないんです」


「あー…」


ここで言う踊りとは、心のままに体を動かすそれでは無く相手を心を通わせる一種のコミュニケーションの手段のことを言う。勿論そこには作法がありルールがある、それを何にも知らなければ当然顰蹙を買ってしまう。


「踊れないのに舞踏会で何をしたらいいか…」


なるほどね、だから人目を避けていたと。踊りに誘われても踊れないから…。でも俺は別にいいと思う、だってロレンツォさんも言ってた。


「別に楽しめるならなんでもいいんじゃないか?どーせ…誰も見てないんだ。今くらいは好きに過ごしてもいいだろう」


楽しめばいいと、ならどんな方法でも楽しめばいいのさ。


「それもそうですね、じゃあここでお喋りする?」


「女王様がそれを望むなら、話し相手くらいにはなりますよ」


「もう…!」


軽く揶揄うと頬を膨らませ怒るレギナ、そんな彼女に飲み物を手渡し近くの料理を手に取る。レギナも不安に思ってるんだろう、ならその不安を和らげてやるのが俺の仕事だ。


それで気が向いたら踊ればいいし、踊りたくなければ踊らなければいい。そんな感じでいいんだよ、結局ね。


「あ、それ美味しそう。私も食べたい!」


「ん、ほれ」


「あーん」


皿に盛り付けられた鶏肉をフォークで突き刺し、レギナの口に放り込みながら思う。…そういえばラヴは何処に行ったんだ?また見かけないけど…。


いやまぁアイツのことならまたすぐひょっこり顔を出すか。


………………………………………………………………


『どうなる事かと思いましたが、一応今日もなんともありませんな』


『空魔とは言え所詮は殺し屋、軍勢などと話が大きくなっては形無し…と言う事でしょう』


『流石はロレンツォ様の抱える料理人達だ。出される料理はどれも美味しいものばかりだ』


舞踏会は続く、貴族達は皆料理を片手にビュッフェ形式で楽しみながらそれぞれのグループを形成しお喋りを楽しんでいる。


そんな中…。


「ふむ、珍しい心地だな」


「ね、こう言う場に出席したらいつもご飯食べるどころじゃないもんね」


「誰も近寄ってこねぇな」


ポッカリと会場に穴が空いている…と表現できる程にある一箇所にだけ人が集まらない地点がある。貴族達が意図的に避ける地点…そこには、マレウスの六王達が集まって食事をしているのだ。


結局、親睦を深める為に開かれたこの会食でもマレウスと魔女大国の溝は埋まらないのだ。同じ釜の飯を食えば仲良くなれるとは言うがそれは必要最低限、仲良くなろうと言う意識があって成り立つ構図。


仲良くなる必要を見出せず、歩み寄る姿勢を見せていない限り一緒に飯を食ったとしても視線すら合わせないのだ。


まぁ、別にいいんだけどね。


「本当ならレギナがこっちに来て仲良く話すところを見せつけられたらよかったんだが…」


当のレギナがどっかに行ってしまったのでそれも叶わない。まぁ舞踏会での立ち回りを彼女に期待してもそれは荷が重いかとラグナは苦笑いする。


「ん、これアマルトが作ったやつだ。ラグナ…アマルトは今厨房に?」


「え?ああ、なんか厨房担当と仲良くなったから手伝ってるよ」


「なるほど、流石アマルトだ」


なんて言いながらアマルトが作ったであろう料理ばかり皿に盛るイオを見て、思う。こいつマジでアマルト好きだな…。


…アマルトは今厨房にいる。それは晩餐会の時と同じで毒物混入を警戒しての布陣だ。メグ曰く『ジズが一度失敗した手を二度使うとは思えませんが…一応警戒を』との事。


「おうラグナ、お前あたい達に何にも共有してこないが…大丈夫なのか?」


すると、六王の中でも屈指の武闘派。メルクさんと同じく元軍部所属の王たるベンテシュキメが料理に一切手をつける事なくこちらに寄ってくる。


「…ベンテシュキメ、お前飯食わないの?」


「テシュタル教徒だぞあたいは、それより…例の空魔の件。あたいの助力はいらんのか?」


元邪教執行長官にして俺と同じく魔力覚醒を会得しているベンテシュキメの助力があるならそれは正直メチャクチャありがたい、だけどそれを受けるわけにはいかないんだ。


「いやいい、もし近辺で戦闘が発生したらベンテシュキメはヘレナさんとイオを守ってやってくれ」


「なんでだ?あたいじゃ不足か?」


「んなわけあるかよ、あんたウチでも上位の使い手だろうが」


ベンテシュキメの実力は俺の目測になるがオケアノスと同程度…いや、多分初見なら或いはベンテシュキメが勝つんじゃないかと思えるくらい強い。以前オライオンで戦った時より数段強くなってる彼女が不足なわけない…ただ。


「アンタは最終防衛ラインなんだ、分かってくれ」


「…そう言う事かよ…」


もし俺達が動けず、護衛が近くにおらず、その状態でジズ達が六王を狙ってきた場合…イオとヘレナさんじゃ対応出来ない。魔力覚醒を会得しているベンテシュキメだけが奴等を相手に撃退出来る可能性がある実力者なんだ。


だから彼女を動かすわけにはいかない。


「でもさ、アイツらいつ仕掛けてくるんだろう」


「分からん、だから受け手になる」


情けない事を言ってしまうと相手側の手が読めない。読もうと思えばある程度の試算は立てられる…だが。


この感覚、エルドラドと言う盤面を挟んでジズと対局するこの感じ…。まるでシリウスのような何をしてくるか分からない感じ、下手に予測を立てると逆に足を掴まれる気がする。だから後はメグ頼みになる。


(俺達の仕事はこの会場にいる人達だけでも守る事だな…)


幸い今日は貴族達は全員ここに集まってくれている。だから俺達がここにいる限りジズがここに来ても守る事は出来ると思う。それまでに事態が動けば…。


「失礼、お話中でしたかな」


「ん?いや…ってあんた。ゴードンさん」


ふと、考え事をしていると皆小綺麗な洋服を着飾る中甲冑姿でダンスホールを歩く大男、パナラマの領主ゴードン・ルクスソリスが現れたのだ。


「ゴードンさん、あんた…こう言う場でも甲冑なのか?」


「そう言うラグナ様も軍服を着ているように見えますが?」


「これはアルクカースの式典用の服なの!こう言うデザインなの!」


「そうでしたか、がははは!例え舞踏会にあっても戦いを忘れぬとは、まっことアルクカースという国は剛毅ですな!」


いやアルクカースには舞踏会と言う文化すらない、剣を持ち槍を振るう武闘会ならあるが…今ここでそれを言うとこの人の場合やたら食いついてきそうなのでやめておく。


「儂が鎧を着ているのは、いつでも戦えるから…ですぞ。聞き及んだ話によれば外には軍勢が居るとか」


「ああ、空魔ジズが揃えた一級の軍勢だ。多分今日動く」


「それは良い、もし戦いが起きたなら…是非お声かけ頂きたい」


「ハハハッ、あんたなぁ…実は舞踏会よりそっちの方を楽しみにしてるだろ」


「ぐわはははは!バレてしまいましたか!これは情けない!既に老齢に差し掛かり枕に頭を乗せて死ぬものと思っていた時分に!まさか死地を賜ろうとは!なんと言う僥倖か!ありがたい!」


俺、なんだかんだゴードンさんの事好きなんだよなぁ。この人の感覚は俺の感覚に似てる。だからこそ無碍にはしない、きっと断ればこの人は無断で出撃する、なら王が令を下し鼓舞する方が良いだろう。いやまぁこの人の王は俺じゃないんだが…。


「いいのか?ラグナ」


「ああイオ、イオは初対面だったな。この人はマレウスの猛将と称えられたゴードン・ルクスソリスさんだ。前パナラマに寄った時知り合ったんだよ」


「ほう…」


それにゴードンさんは信頼出来る、最近大きな戦いを経験していないマレウス王国軍より内乱で国内が荒れていた時期を戦い抜いたこの人には知識と経験があるからな。多分金滅鬼剣士団より頼りになる。


しかし…こうしてゴードンさんと話していると思い出す。懐かしい、この人と出会ったパナラマでの一件…あの頃はまだ右も左も分からない旅生活で四苦八苦しながら、あの子を守っていたんだよなぁ。


「おお、そう言えば。今日はあの子も来てますぞ?」


「え?ヴェンセントか?」


「…アレをあの子と形容するわけがないでしょう。彼女です」


そう言いながらゴードンさんが指差す先には…二人の麗人が立っていて…って!


「プリシーラっ!?」


「ラグナさん!久しぶり!」


プリシーラだ!アイドル冒険者のプリシーラ・エストレージャ!俺達がマレウスに立ち寄って一番最初に受けた護衛依頼の依頼主の!懐かしい…一年ぶりくらいか!


「何?プリシーラだと?」


「おぁー!プリシーラちゃんじゃん!おひっさー!」


「メルクさんもデティさんも!お久しぶりです!」


桃色の髪を揺らしながら跳ねるような足取りでこちらに向かってくるプリシーラに弟子組は思わず顔を綻ばせる。もう一年ぶりになる再会に皆喜びを抑えられないのだ。


一年、最後は確か母親のマンチニールさんと一緒にサイディリアルに向かうと言って帰っていたんだよな。そこから彼女も色々経験したのか、やや顔つきも逞しくなりほぼ死んでいた瞳は今や輝きを取り戻している。


…うん、やっぱこの子は笑っている方がかわいいな。


「お久しぶりです、ラグナ様…」


「マンチニールさんも、そっか…エストレージャ家はマレウスの財務大臣を歴任する家系だったな」


プリシーラについてきた彼女の母マンチニールさんもまた軽く礼をする。以前会った時はやや心労でコケていた頬も今や元に戻り娘との生活を楽しんでいる様が目に浮かぶようだ。


そうだ、この人達も貴族。この場に来ていてもなんらおかしくはないのだ。


「なにさなにさ!来てたならもっと早く声かけてよ〜!」


「ごめんデティさん、でも私はまだ正式にエストレージャを継いだわけじゃないから…」


「そっか…うん?まだ?」


「ああそっか、言ってないよね。私ね?歌手としての活動がひと段落したらお母さんの仕事を継ごうと思ってるんだ。だから今は経済と算数のお勉強中なの!」


「え?いいの?あんなに嫌がってたのに」


「うん…昔はね。でもお母さんの仕事を目の前で見てたら、なんか…誇らしくなっちゃって。『ああ、私のお母さんはこんな立派な仕事をしてるんだ』って、そう思ったらそっちの道もいいのかなぁって」


「そっか、いいんじゃない?応援するよ!」


「ありがとー!」


キャイキャイと手を合わせ話し合うデティとプリシーラ、しかしそれを見たマンチニールさんは…。


「ゴホンッ!」


「あ……」


と大きく咳払いをする。するとプリシーラは姿勢を正し…。


「え、えっと…失礼しました。デティフローア様」


「え?別にいいけど」


「そうはいきません、聞きましたよ。皆様は本当は魔女大国の王様達なのですよね?なら礼節は欠くをわけにはいきません」


マンチニールさんは言う、王族に対して貴族が馴れ馴れしくするなと。別に気にしないんだけどさ…知り合いだし、これで全然知らんやつが馴れ馴れしくしてきたらなんだこいつ?って思うけども。それは貴族王族関係ない気がする。


「そう言わないでくれよマンチニールさん、確かに礼節はあるかもしれないが俺達は彼女をよく知っている、そんな彼女に余所余所しくされる方が俺達としてはいい気分じゃないんだ」


「そ、そうでしたか?」


「ほら言ったじゃん、お母さんってば気にしすぎだって」


「ですが私としてはこう…色々気にするのですよ…」


…どうやら、こう言う軽口も叩けるようになったみたいだな。かつては意思疎通の不足ですれ違いもしたが…これならもう安心だろう。


「あ、そうだ。ねぇラグナさん達。エリスさんは?」


「エリス?彼女ならホラ、あそこ」


そう言って指差す先は会場の入り口、その柱の裏でコソコソと周りを伺うエリスの姿。彼女には会場の警備を任せてるんだけど…なんで隠れてるのかは知らない。と言うか俺としてはもっとあのドレスが見たいんだけど…。


「呼んでくるか?」


「…ううん、いいわ。実は私これからそこの壇上で歌うことになってるの。ロレンツォ様からお声かけいただいてね?だからそこで驚かせたいの」


「え?マジか?でもアイドル冒険者は引退したんじゃ…」


「した、けど歌はまだ辞めてないの。だから今日は特別にみんなの前で…ね?ナリアさんも一緒なんだよ?」


「な、ナリアも!?」


「そう、ナリア…ううん?サトゥルナリアさんとね」


ニッと笑いながら彼女は『任せて』とばかりに腕を突き上げる。ナリアと…そうか。


今度は自分の正体を明かせたんだな。ナリア…。


「そっか、なら楽しみにさせてもらう」


「うん、楽しみにしてて!」


パタパタと走りながら裏方へと回るプリシーラを見送りながら思う。…確かに俺達と貴族達の間には溝がある、それは確かな事だ。


だが、ゴードン然り、マンチニール然り、その溝を超えてきてくれる人達はいる。溝を越える事を選んでくれた人がマレウスには居るんだ。


(…溝を越えるか、なら俺達もいつまでも傍観…と言うのは些か偉そうだな)


寄り添い合う姿勢を見せておく必要もあるか。


「……エリス?」


軽く、料理を口に運びながら彼女の名を呼ぶ。すると…。


「はい?なんです?」


飛んでくる、会場の入り口から飛び上がり天井を駆け抜けそのまま俺のいるところまで飛び跳ね背後に着地する。この子は本当に…隠密とかになった方がいいんじゃないのか?


「今の見てたか?」


「はい、プリシーラさんがいましたね」


「今から壇上で歌うみたいだ」


「おお、それは楽しみですね。それで…どんな要件で?」


「プリシーラが歌うと言う事はそろそろ音楽が始まるって事だろう?だからダンスのパートナーが要る。またいつかみたいに付き合ってくれるか?」


「ああ…懐かしいですね、いいですよ。エリスもラグナと踊れるのは嬉しいですから」


見てよ、ニコッと笑ったエリスの顔。ドレスも可愛い、下ろした髪も可愛い、ナリアに襲われるような形で行われた化粧も可愛い、全てが可愛い。


…マレウスの貴族達に寄り添う必要がある、だからダンスに参加する必要がある、そして…。


(エリスが誰のものか、見せつけておく必要もある…)


薄暗い感情が内心に燃える。つまりはそう言う事、バシレウスのヤローがエリスに求婚してる事は知っているからここらで釘を打っておく。貴族達にエリスの側にいるのが誰なのかを知らしめる。


そういう意味でも舞踏会は良い機会だ。…とは言え。


「ところでエリスはアレから踊りの練習はしたか?」


「いえ、してません。ラグナは?」


「……してるわけないだろう?」


「じゃあまたアレやりますか?二人で暴れながら踊るの」


「……この歳になってあれば恥ずかしいな…」


やっぱり踊りの練習はしておくべきだったか…。


……………………………………………………………………


『皆さーん!プリシーラでーす!昨年アイドル冒険者を引退した私ですが、今日は皆さんの為に!一夜限り!あの頃の歌を歌います!どうぞ皆様も踊りながら聞いていってください!』


『おお!アレはプリシーラか!』


『凄いゲストが来た物だな!』


『そろそろ舞踏の時間か…よろしい、舞踏会に咲き誇る蓮華と呼ばれた私の華麗なるステップを見せるとしよう』


壇上にプリシーラ様が上がり、それと共に演奏団が楽器共に参上し。貴族達が楽しそうにホールの中央に集い、皆思い思いの形で自らを体で表現する。


『デティフローア様、私と一曲踊りませんか?』


『え!?イシュ君私と踊ってくれるの!?腰痛になるよ!?』



『御大将〜!あたいとおどろーぜー!』


『え?いいの?』



『アマルトがいない…、彼と踊りたかったのだが…』


『でしたらイオ様、私と踊りませんか?』


『ヘレナ殿…、これは光栄です。エトワール一の舞踊…間近で見る栄誉を賜われるとは』



『よっしゃー!エリス!気合いとノリだ!踊るぞ!』


『おっしゃー!』


見慣れた顔達も手を取り合い輝かしい光の中で手を取り合い、音楽に合わせて踊り始める。


楽しげな音楽、煌めくフロア、光の中で歌い踊る。まるで極楽天国のような光景だ…、けど私はその中にはいない。


ダンスホールの二階、見上げるような天井付近に設置された二階部分。今回は使用しない為暗幕で遮られており、何もない埃臭い空間が広がる。


その二階から、暗幕を少しだけ開けて下の様子を…メグは見下ろす。


「皆さん楽しそうですね」


本当なら私も下に行って帝国の『孤高の踊流星』と呼ばれた私のダンスを見せてあげても良いのですが、今回ばかりはそうもいかない。私は今ここにいる必要がある。


…今日、ジズはきっと仕掛けてくる。それに備える必要がある。


「ふぅ…」


暗幕を閉じれば、再び視界は闇に閉ざされ、背後でガタガタと風に揺れる窓が鳴る。ザーザーと降り注ぐ雨と輝く雷鳴だけが耳を突く侘しい世界が…私を包む。


ジズが仕掛けてくる、ならジズはどうやって仕掛けてくるだろう。完全に読み切る事はできない…だが、それでも一つ分かっている事がある。それに対する対応策として私は人目の触れる場所には居ることが出来ない。


「…………」


彼は非情で、無情で、血も涙もない存在だ…が。同時に組織の長でもある、故に部下である娘達にはある程度有情な面を見せることもある。


例えば、失敗した部下に…チャンスを与える、とかね。


だからジズは、自分が動き出す前に…きっと彼女を動かすはずだ。…まず私がしなくてはならないのは…。



「マーガレット…」


「………ようやく来ましたか」


静かに、足音を立てず。踵を返し振り向けば…そこにいたのは。


コーディリアだ。メイド服を着ていない、銀のラインの入ったスウェットスーツ…決戦装束を着込んだコーディリアが窓の前に立ち、雷光を背に私を睨んでいる。


…ジズはきっとコーディリアにチャンスを与えると思っていた。私との因縁やこの仕事を最初に任された身としてコーディリアに最後のチャンスを与える。それが終わってからジズは動き出す。


だから、ジズがどうのこうのと考える前に私がしなくてはならないのは…コイツと決着をつける事────。


「待ってましたよ、コーディリア」


「……私もだ、この時が来るのを」


雨の中を突っ切ってきたのだろう。足元にポタポタと水溜りを作りながらコーディリアは濡れた髪の向こうで、ギラギラした瞳を向ける。


「……決戦装束ですか。負けが込み失敗が続きいよいよ後がなくなりましたか?」


「…かもな、私はここでお前を殺せなければきっと終わりだ。……既にジズ・ハーシェルはこの街に来ている、私がお前を殺せばそのまま仕事に入るそうだ。そして私がお前を殺せなければ、父が私とお前を殺して…仕事に入る」


「……」


やはりジズもこの街に来てましたか、エアリエルが出てきている時点でなんとなく予測はついていたが。なるほど、コーディリアはジズと合流した後色々と言われたのだろう…。


ここで私を殺せなければ、コーディリアはどうあれ終わりだ。いつもみたいにギリギリで離脱は出来ない。今回は私を殺すまで撤退は出来ない、つまりここがコーディリアとの決戦の地となるわけだ。


幼少より続いた、コイツとの因縁が…。


「………」


すると、コーディリアはトボトボと揺れる足取りでこちらに歩み寄り、そのまま私の隣に立ち、暗幕を少しずらして…下の様子を見る。


「なんですか」


「…まるで、私の人生のようだと思ってな」


「人生?」


「目の前には、光が満ちている…」


コーディリアは下のフロア。光に照らされ踊る人々を見て、呟く。


「光に照らされた人々は、その光の価値に気がつかない。それを求めて止まぬ者がいることにさえ気がつかない…、そんな人々を私はこうして闇の中で見続けるだけ。それが私の人生だ」


「……姉様の言った通りですね、貴方はやはり…『人間』に憧れ…そして焦がれた。だからこそ自分の人間らしい感情に、憎悪に固執した」


「ああ、そうだよ。その通りだ…私は私でなくなるのが怖かった、私は私のまま自由に、無秩序に生きたかった、その為の障害は如何なる手段を使ってでも排除する…そうやって今日まで生きてきた」


コーディリアの視線が、私に向く。その目は…憎悪の感情に満ちている。


「私は憎い、光に照らされ光の価値に気がつかない奴等が…。そしてマーガレット…それはお前も同じだ、お前は私が求めて止まない物を持ちながらその価値に気が付かず毎夜泣いて生きていた…!自分がどれだけ恵まれているかも知らずにな!」


「知ったことじゃないですよ、貴方の気持ちなんて。私は私の不幸を嘆いただけです、お前にどう思われようが…知ったことじゃない」


「ハッ…、憎らしい奴だよお前は。だがお前がそんな奴だから私は今日まで私であり続けられた。私と言う人間をお前は作ってくれたんだよ…そこについては礼を言う」


「………」


「そして、ようやく私の手は…光に届く。この闇の中から飛び出して光の満ちるフロアへと降りる事が出来る。光の価値に気がつかない…お前を引き摺り下ろしてなァ…!」


「闇しか知らないお前が、光の価値を語るなんて…ちゃんちゃらおかしいですよ」


コーディリアが暗幕から手を離し、再び世界が闇に閉ざされる。闇に満ちた部屋の中…私達は至近距離で睨み合う。私はコーディリアが憎い、コーディリアも私が憎い。


これから行われるのは、ジズによって行われるマレウス国家転覆の決戦とは別の物。


私の闇との決着、コーディリアの光との決着。


私達二人が抱えて生きてきた物に対する、最後の戦いなのだ。


「マーガレットォ…!私はお前を殺して!ファイブナンバーになり!自由を手にする!誰よりも勝手に!誰よりも我儘に!自由に生きる為に!」


「上等です、私も…お前を殺してやりたいくらい憎いんですよ…ッ!姉様の仇を…ここで取ってやるッ!」


「やってみろよ!弱虫マーガレットッ!テメェに私が殺せるならなッ!!」


拳を握る、拳を振り上げる、同時に…互いを見遣り、ここでケリをつける…そんな覚悟を秘めたまま、私達は────。


「ぅぅぅぉぉおおおおお!!!」


「がぁぁあああああああ!!!」


振り抜く、拳を。互いに両頬を射抜き…そして、始まった。


私とコーディリアの、最後の…殺し合いが。


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