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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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515.魔女の弟子と四方、集う


エルドラド会談五日目────。


長かったエルドラド会談もようやく五日目、三回目となる会談は驚く程呆気なく進んでいく。


初回、二回目と喧々轟々の中進んだ会談だったが…。ラエティティアとプロパという厄介な人物がいない事、ハーシェルの影という共通の敵、そしてクルスの死。この三点が混ざり合い流石の貴族達もアストラに喧嘩売ってる場合でないと判断したのか、意外にも恙無く進んだ。


いや…違うな。


「あー…えー…、東部の状況は昨日話した通りで、我々としても今後東部民の安寧は確保したいが現状でない厳しいところであり…、出来る事ならばアストラ側に救いの手を求めたいのですが…」


「ならマーキュリーズ・ギルドのマレウス入りを許可して頂きたいのだが」


「エッ!マーキュリーズ・ギルド…それは……」


貴族達は一斉に首を右側に向ける、視線を右側に向ける。そこに立っているのは…。


「…………」


マクスウェル将軍だ、壁際に立ちニコニコと笑ったまま黙っている彼を見てその意図を探っているのだ。マクスウェル将軍は宰相レナトゥスの右腕にして第一の部下、謂わば彼の背後にはレナトゥスがいるのだ。


ここに集められたレナトゥス派の貴族達にとっては誰よりも気を遣わねばならない相手。それを前にアストラに喧嘩を売り初日のように言い負かされるようなことはあってはいけない、だからだろう…今日の貴族達が大人しいのは。


「エッ…えーっと、マーキュリーズ・ギルドの入国は…まだその、国内の反発があると思うので…」


「ああ分かった、ではアストラを通じてコルスコルピに物資を送る。それをマレウス側が買い取るという形にすればアストラともマーキュリーズ・ギルドとも接点が少なくて済むだろう」


「あ、有難いです」


どうやら彼らは微動だにしないマクスウェルから否定の意を汲んだようで、ギルドの入国に難色を示し始めた。まぁそれでも東部を助けて欲しいのは本音だろうし…私達としてもアルトルートや孤児達が居る東部は見捨てられない。


と…メルクリウスはやや辟易しながらも背凭れに体重を預ける。


(幾分やり易いが…マクスウェル将軍か)


昨日、ラグナと共にエルドラドを囲むというジズ傘下の組織群の成敗に向かったものの、ラグナ曰く成果はほぼ無し…恐らくこちらの動きが相手側に読まれていたとの事。そうしてラグナとマクスウェル将軍はエルドラドに帰還したのだが…。


それ以降、マクスウェル将軍はエルドラドの守護に徹すると言って貴族達に睨みを効かせ始めた。貴族達が迂闊な事を言って我らに漬け込まれないよう監視して…完全にレナトゥスの代弁者状態だ。


(昨日までよりは。反発意見が出ない分やり易いが、これでは会談にレナトゥスの意志を介在させないというレギナ殿の目論見は達成できそうに無いな)


そういう意味では、ある意味この会談は失敗なのだろう…しかし。


「ただで受け取るわけにはいきません、我々からも何かを差し出さねば条件は対等じゃありませんから」


「ほう?」


声を上げたのはレギナだ、初日までとは異なりキュッ!と目を尖らせこちらに向け勇ましく声を上げたのだ。


「ではマレウス近海の一部使用…それをアストラ側に対して許可を出すというのはどうでしょうか」


「ええ!?それは流石に…」


「そうです!女王陛下!流石に我が国の海に他国…それも魔女大国を踏み込ませるなんて、どうなる事か…!」


言い出したのはマレウス近海に我々アストラの漁船を立ち入らせるという破格の許可。当然貴族達から反発が上がるが…。


「皆さん、マレウス近海にアストラを立ち入らせるのは反対ですか?なら今のマレウス近海…特にエンハンブレ諸島は真に我々の物と言えますか?私はそうは思いません。今あそこは海賊達の巣窟で海賊達の海になっています。自らの海でさえ自分で管理出来ていないのです…ならばここは、より一層領海技術の進んだアストラの知見を交えて行った方がマレウスとしても安心して海を使えんんじゃないでしょうか」


「うっ…それは…、アストラを立ち入らせたら…もしかしたら海魔ジャックの怒りに触れるかも…!」


「何故海賊の顔色を我々が慮らねばならないのです!あそこはマレウスの海!海賊に使用許可は出していない!アストラには出す!これでようやくエンハンブレ諸島の決定権をマレウスが握れるのでは無いですか!」


驚くほど見違える変化だな。レギナの剣幕と理屈に貴族達は言い返せていない、確かにラグナが話をつけてエンハンブレ諸島をジャックは手放したが…それでも海賊天国である事に変わりはないしマレウス沿岸部の治安悪化の一助になっているのは確かだ。


そこにアストラを介入させる、東部の礼という名目でアストラの船がマレウスの海を使うことになる。すると海賊としてもデカい顔は出来ないだろう。今まではマレウス海軍だけ気にしていればよかったのにそこに更にアストラの軍艦まで加わってくるんだ。


下手に続けばマレウスとアストラが束になって攻めてくる、そこには帝国の主力艦隊もいるかもしれない。そうなったら終わりだろう。


「なら海魔ジャックには俺から話をつけておくよ」


「良いのですか?ラグナ様」


「ああ、俺なら上手く追い払えるだろう」


ラグナはジャックとの関係を上手く誤魔化しながら交渉役を担う。ジャックはラグナを兄弟分として見ているようだしな、きっとラグナの言うことも聞いてくれるだろう。


それに、多分だがジャックはそもそもエンハンブレ諸島をどうこうされたって文句は言わないだろ。アイツは世界中の海を巡る男だ、あそこが使えなくなったらなったで別の場所を見つけるはずだ。


「では、それでいいですね。マクスウェル将軍」


「私は何も言っていませんが」


「………」


取り敢えず話は纏まりつつあるな、とは言え今日もレギナは和平についての話を切り出しそうにないし…。


(そろそろ閉会の時間か…、今日の夜は舞踏会だったな)


貴族達と共に楽しむ夜会が催される、そこでより一層の親睦を深める…それがこのエルドラドで開催される最後の催し。


…ハーシェル達が攻めてくるならそこだろう。昨日からずっとメグが動いて対策を練ってくれている、エリスも一緒に考えてくれている。まだ我々はメグと接触出来ていないが…。


(はぁ、二日前の爆破事件の際は…全く関与出来なかったからな。今回こそみんなと共に戦いたいが。今回もそれは難しそうだな)


どうしても我々には会談という役目がある以上抜け出して戦うわけにはいかない。難しい話だ…出来るなら私も援護に回りたいがこればかりはな。


「ではそろそろ会談はお開きとしましょう。次の会談は明後日…そこで、私から皆様に一つの決断をお話ししたいと思いますので、ご留意の程を」


「お話ですか?今ここで言えばがよろしい事でしょう」


「そうもいかないですよ、色々と。なので今日は舞踏会を楽しみましょう」


(お…)


会談が終わる…その時レギナは最終日四回目の会談で重大な話をすると貴族達に打ち明けたのだ。我々はその話の内容を知っている…だからこそ思う。


(ようやく動くか、レギナ殿)


小さくガッツポーズをとり応援するヘレナ殿、チラリと視線を向けるイオ、あんまり興味なさげなベンテシュキメ、そして我等魔女の弟子三人は静かにレギナを心の中で鼓舞する。


ああそうだ、引くな…レギナ。負けるなよ…。


………………………………………………………………


舞踏会…昨日から城のメイド達が張り切って準備を進めており、エルドラドに来た貴族達も初日から楽しみにしていた最大のメインイベント、と言っていいのかは分からないがそれでもそれ程の規模で開催されていると言ってもいいだろう。


城のダンスホールをメイン会場として、スタジアムの方も一般開放されており民間人でも参加出来るようロレンツォ様が心を割いてくれている。そして夕方頃に会談が終わり…もうすぐその舞踏会が開かれるわけだが。


(なんか、姉貴達…昨日からずっと忙しそうだな)


俺は…ステュクスは一人、城の廊下に突っ立ってボーッとしていた。何もすることがない、本当にボサッとしていた。今はレギナが舞踏会用のドレスに着替えてる最中らしく勿論ながら俺は側にいることが出来ないのだ。


だからこうして廊下に出てるわけだが…。昨日から姉貴達の姿を見かけない、みんなあちこちで色々と準備しているようだ。


なんの準備って…決まってる、ハーシェルの影達との戦いの準備だ。


一昨日戦ったアイツらとまた戦う、今度はもっと強い奴らが出てくるらしい。そうなると本格的に俺は戦力外だ…せめてレギナだけでも逃してやれるよう考えておかないと。なんて考えつつ姉貴達頼りになりつつある現状を憂う。


「…今日は雨か……」


窓辺に手をかけ外を見る。すると外はもうすんごい土砂降りだ、バケツをひっくり返したような大雨でザーザーと音が鳴り止まない。事実さっきから水路が濁った水をドバドバと吐いており、空には薄暗い暗雲がずっと立ち込めている。


昨日から遠方に見えていた雨雲がエルドラド上空に差し掛かったんだ。多分今日は一日雨だろうな…はぁ。


「ただでさえ気分が重いのに、せめて太陽くらい見せてくれよなぁ…」


「おうステュクス、お前何やってんだ」


「んぇ?あ、師匠」


ふと、声をかけられ視線を廊下に戻すと、そこにはヴェルト師匠がいた。主君たるクルスが死んでからは一応エルドラド警備の一員として暫く滞在することになった師匠は俺を見て…なんか怖い顔をしてる。


「な、なんだよ。怖い顔して」


「怖い顔くらいする、お前…近衛騎士なんだろ」


「え、まぁ。でもレギナが今着替え中で…」


「ならまず会場の見回り、先に現場を見て構造を頭に叩き込む。近衛騎士の基本だ」


…ああ、そっか、師匠は元々騎士だったな。言ってしまえば元本職、だから今の俺のこの姿に不満を持ってるんだな…なら。


「なら…元本職の先輩に指導してもらいたいなぁ。師匠」


「揶揄うなよ。けどそのつもりだ、ついて来い」


「はいっ!」


ピョンと跳ねるように窓辺から離れて師匠についていく。しかし師匠の騎士としての顔を見るのは初めてかもしれない。


「師匠って元々騎士だったんだよな、ってことはもうそりゃあ山程の部下達に命令出してたの?」


「いや、アジメクは国軍と騎士団は別物扱いだからな。だから騎士団長の俺は軍部には口出し出来なかった、まぁ殆ど軍部は騎士団よりも格下の扱い受けてたからやろうと思えば命令も出せたんだが…そこまで面倒見る気はなかったな」


「へぇ…」


「アジメク騎士団の総数は数百人程度…だったかな、もうよく覚えてねぇ。けどみんな優秀だから俺が特に命令とか出さなくても上手くやってくれてたよ」


「…じゃあ師匠あんまり人に命令してなくね?」


「ま、まぁそうだけども。…アジメク騎士団って言えば国内じゃ宮廷魔術師団に並ぶ栄誉ある集団だったんだ、今にして思えばよくあんなエリート集団のトップを俺なんかがやってたと思うよ」


アジメク騎士団は今もアジメクの最高戦力だ、最近は現魔術導皇のデティフローアによって軍拡が繰り返され師匠が居た頃とは比べ物にならない戦力を誇っているらしいが…、それでもそれまでのアジメクを守ってたのは師匠なんだからもっと誇りに思ってもいいのに。


相変わらず師匠は自分の事を過小評価しすぎだと思うんだが…。


「なぁなぁ師匠、もっと師匠の騎士時代の話聞かせてくれよ」


「はぁ?話し尽くしたろ」


「いや全然話してないって」


「そうだったか?…じゃあ例えば、俺が現役だった時代は偽物の魔女がメチャクチャ流行っててさぁ」


「え?それ法律で禁止されてるんじゃ…」


「されてる、でもバレなきゃ違法じゃないの精神でアジメクのあっちこっちに現れてたんだよ。アジメクはどちらかと言うと強固な警邏隊を持つ国ではなく性善説に則った部分が大きかったから問題が肥大化するまで国の中枢も気がつけなくてな…」


「それを師匠がバッタバッタと切り捨てたと」


「アホか、普通に逮捕だ。まぁそれも孤独の魔女レグルスの出現を機にパタリと居なくなったらしいが…。あの偽物の魔女達…今頃何やってんだろうなぁ」


孤独の魔女レグルスか…姉貴の師匠だよな確か。一応ソレイユ村にも来てたらしいが…見たことはない。いや見たことあるのかもしれないが覚えてない。


あの姉貴が信奉し、あの姉貴を育てた人物。ぶっちゃけどんな人かメチャクチャ気になる。


「師匠、師匠は偽物だけじゃなくて本物の孤独の魔女レグルスにもあったことあるんだよな」


「あるけど話したくない」


「えぇ…」


「それより会場だ。気合い入れろ…仕事場だからな」


すると師匠はキッと眉を吊り上げ目の前に迫る大きな扉を前に襟を正す。一応俺もそれを真似して襟を正し背筋をピンと伸ばす。


続いて師匠は扉の脇に立つ使用人に軽く手を上げ挨拶して。


「ご苦労、元神聖軍のヴェルトだ。来場者のリストはあるか?」


「ああ、ヴェルトさん。会談期間中はエルドラドの警備に参加してくれるんですよね、話は伺っています、リストですね?こちらになります」


「感謝する」


そう言って師匠は受け取ったリストをパラパラと流し見していく。これ必要なことなのかな…と師匠を見ていると。


「会場に来る人間の名前と人数くらいは把握しておけよ。全部暗記しろとは言わないが目を通しておくだけでもなんとなく会場の雰囲気を掴みやすくなる」


「へぇー…」


「人数は…結構多いな。…ん?この名前…」


すると、師匠はリストの中にある一つの名前を指で撫でる。その名前は…。


(ガンダーマンだ…)


例の冒険者協会の会長…初日以外見かけなかったアイツの名前が刻まれていたんだ。まさか会場にやってくるのか?


「如何されました?」


「ガンダーマンの名前がある、アイツ…会談中見かけなかったがパーティに参加するのか?」


「え?あー…すみません、それミスですね。消しておくので気にしないでください」


「つまり不参加と?」


「そのように聞いてます」


「…そうか」


…そのように聞いている…か。ってことは少なくともガンダーマンはパーティの不参加を表明出来る…つまりエルドラドには居るってことだよな、だとすると何処に来たんだ?


結局今の今まで一度として目にすることはなかったが、腹心のプロパが殺されアイツも困っているだろうに…。姉貴達が探してる件と何か関係があったりするのだろうか。


「分かった、リストを貸してくれてありがとうな」


「はい、これから如何しますか?」


「パーティ開始まで会場に居るよ」


「畏まりました、ではどうぞ」


「ああその前に、会場に入るための入り口はここだけか?」


「はい、そうなっております。ダンスホール二階部分の出入り口が脇にございますが今日は閉鎖しておりますので」


「そうか、重ね重ね感謝するよ」


「いえいえ」


そう言いながら使用人は俺達を通す為会場…ダンスホールの扉を開く。会場は…まぁこの城の豪勢さからある程度の予測はついていたがこれまた凄い出来栄えだ。


黄金の壁に黄金の柱、丸く形作られたホールは数千人は軽く収容出来る大きさであり、天井もこれまた高い。天を見上げれば太陽もかくやとばかりの巨大な光源が設置されており、辺りを照らしている。ホール内部には既にメイド達によって大まかな準備は済まされており料理を並べる机が脇に無数に並んでおり、後はここに料理と客人が入ればそれだけでパーティを始められそうな感じだ。


「うん、広いな」


「ですね、…アレが例の二階ですかね」


「ん?…ああ、のようだな」


天井付近に目を向ければ…狭まった天井の近くに暗幕が掛けてあるフロアが見える。かなりの高さだからよく見えないけど多分ダンスホールの二階部分だろう。


「恐らくアレは展望フロアだな、もしかしたら今日は二階も解放して夜空を楽しみながら一杯…って構想もあったんだろう、だが」


「今日雨ですもんね」


「ああ、生憎のな。だからそもそも眼中に入らないようにして予定が変更されたことにさえ気がつかないようにしたんだろう。あんまり触れないでやれ」


「うーい、…それで俺って何処ら辺に立ってたらいいんですか?」


「そりゃ女王の隣だよ。離れるなよ」


つまりレギナの隣に居続ければ良いってことか。まぁ何処に行けとかあそこに行けとか言われるより簡単でいいや。


「取り敢えず会場の構造の確認と、いざという時の退路の確認、普段ならある程度なぁなぁでもいいけど…今回はほぼほぼ襲撃が予想されている、気は抜くなよ」


「はい…、俺…死んでもレギナを守ります」


「その意気と言いたいが、お前も死ぬな。死んだらもう守れないからな」


「それもそうでした」


空魔ジズ・ハーシェル率いる暗殺者集団、まさかこの会場に攻め込んできたりなんか…しないよな。


なんて感じながら師匠と一緒に内部構造と会場内の点検を行う。既にメイドさん達や金滅鬼剣士団が対応してくれているが、それでも二重三重のチェックはするに越したことがないと師匠入っている。


「こっちの柱には何もないな…」


故に俺は一つ一つ柱の裏側や上部を確認していく、スタジアムの時みたいに爆弾が仕掛けられてたら怖いし、確認はしっかりと…。


「ん?」


ふと、振り向く。壁際の柱…その裏を調べていた時。違和感を感じたんだ。


爆弾とかが仕掛けられているとかではない、ただ…背後にある壁に、何かを感じる。


「なんだ…この壁」


そこには黄金で装飾された立派な一枚の壁がある。でも…。


(あれ?ここの壁だけ…薄い)


コンコンと叩くとここだけ音が軽い、少しズレて叩くと音は鈍くなる…、もう一度違和感のある壁を叩こうとすると、手に冷ややかな風を感じる。


隙間風?…え?この壁の向こうに空間でもあるのか?


「なんかの欠陥…とかじゃないよな。だとするとこれって…」


『ステュクス〜!』


「ん?」


壁についてもう少し調べようとした瞬間、会場の扉が開く音がする…と共に殆ど無人の会場に俺の名を呼ぶ声がする。それに釣られてそちらに目を向けると…。


「お、レギナにカリナ。もう着替えは終わったのか?」


「はい、パーティ用に持ってきたドレスです」


「この子一人で着付けも出来ないから難儀したわ。私だってドレスとか着たことないのに」


「でも助かった…の顔」


やってきたのはレギナとカリナとエクスさんの三人だ。レギナ達は会場の俺を見るなりスタスタと早歩きでこちらに向かってくる。


会議中は小難しい顔をしていたレギナも今ばかりは明るい顔だ、いや…その明るい顔が映えるのは彼女の格好故か。


「ドレスに着替えてきたな?」


「はい!」


白いドレス、と淡白に言うにはあまりにも美麗なドレス。余計な装飾や宝石などなく上から下へと流れる水のように煌びやかなドレスは光に当たる都度キラキラと金色の光を放つ。レギナの綺麗な白髪と同じで光の中でよく映える色合いだ。


それを見せつけるように俺の前でクルリと回るレギナは何やら照れ臭そうに笑い。


「それで…その」


「ん?何?」


「どうですか?このドレス」


「どうですかって…」


なるほど、自慢のドレスというわけか。そりゃあそうか、なんたってレギナはこの国の王様、如何に権威が無かろうとも家柄は一級。当然保有するドレスもまた一級…。


どうですかと聞かれてもう一度よくドレスを見てみるが、やはりというかなんというか布地が良い。白い繊維の中に散りばめられた金の糸がいいアクセントになっている。美しいというより神々しいと言えるだろう。


そんな感想を口に含め俺はレギナのドレスを手に持ち…。


「いいドレスだな、特に布地が最高だ。シルクってやつ?見たことないから分からないけどさ、すげー高そうでいいよな」


「え?」


「へ?」


しかしレギナは目を丸くして、まさかそんな感想が返ってくるとは思ってなかったとばかりに目をパチクリ開き…。


「それだけ…ですか?」


「え?えーっと…あれかな、織り方がいいのかなこのドレス。繊維一本一本が高級そうで…、この薄ーく輝く感じどっかで…、ああ!トンボの羽みたいだな!」


「はぁ〜…」


瞬間、レギナの後ろに立っていたカリナが額に手を当てて大きなため息を吐き…。


「あんたねぇ〜…どうですかって聞かれてなんでドレスの事しか褒めないのよ、しかも褒め方もドッ下手くそッ!頭の中にオガクズでも詰まってるんじゃないの?」


「え!?いや…このドレスどうですかって聞かれたから…!」


「バ〜カ〜…すげ〜バカ〜、だから言ったでしょレギナ…コイツそういうのに疎いんだから気の利いたコメントなんか用意できるわけないんだって、そもそも何よトンボの羽って…第一声高そうって、ノンデリ〜〜!」


「ステュクス…あまりにも鈍感…の顔」


「はぁ、すまん…師匠として詫びる。コイツ昔から女っ気がなかったからこういう時の正解が分からないんだ」


え!?え!?なんで一瞬でみんな敵になったの!?レギナもなんか俺見て『そーですよね、ステュクスはそうですよね』って諦めの境地に至ってるし。なんか間違えたのか!?


「師匠!俺何間違えたんですか!?」


「これが終わったら女の口説き方教えてやるから死ぬ気でメモしろ…としか言えん」


「えぇ〜!?」



『おや?一番乗りで会場入りしたと思ったら、気合が入った護衛が居るな』


「今度は誰…?」


しかもそこに更に投入されるとばかりに別の人物が数人踏み込んでくる。ここから更に敵が増えるの?と思い目を向ければ…。


「め、メルクリウス様…」


「君は、ステュクス…だったな」


「おやまぁ、レギナさんも居ますね」


「………」


入ってきたのは六王メルクリウス、そして同じく六王のヘレナとベンテシキュメの三人だ。ヘレナ様とレギナが仲がいいのは知っている、ベンテシキュメ様が怖いのは知っている。


でもそれ以上に、俺はメルクリウス様が怖い。何故かって?それは今俺の腰に差されている剣が問題だ。


「そう言えば君とこうしてしっかり話すのは初めてか?ステュクス」


「あ、えっと…メルクリウス様…その、星魔剣は…」


「いやいい、今はそういう野暮な話はしたくない…その件については落ち着いてから話す」


星魔剣を持ち逃げした件を謝ろうかと思ったが…これはピシャリと拒絶されてしまった。まぁメグさんから許しはいただくとの言葉はもらっているが…元雇用主を前にすれば萎縮もするってもんで…。


しかしメルクリウス様は既に俺の星魔剣には興味がないようで、ふと…レギナに気がつくと。


「ん?おや、レギナ殿」


「へ?な、なんですか?」


「…いや、見違えるような麗しさに些か見惚れてしまっただけだ。純白の中控えめながらも主張する黄金の輝き、まるで君の在り方を表すような良いドレスだが、そんなドレスの煌めきさえ引き立て役に殉じてしまう程の美麗さ、美しいよレギナ殿」


「そ、そんな…メルクリウス様ったら」


「世辞だと思っているか?その慎ましさも美徳だが、そのような美しさを振り撒かれては私も立つ瀬が無い。胸を張って堂々としていなさい、そうすればより一層多くの人が君の芯の強さに気がつくだろう」


「えっと…えへへ」



「ステュクス見とけ、あれが手本だ」


「手本って、ナンパじゃん」


「ああいうのでいいんだよ」


なんか急にレギナの髪を撫でながら口説き始めたメルクリウス様を見てヴェルト師匠はあれを見習えというが、俺があんなセリフを言ったところで歯が浮くだけだろう。


それに見てみろ、ああいうセリフはメルクリウス様が言うから様になるんだ。鋭い切れ目に端正な顔立ち、芯の通った瞳に響くような低音ヴォイス。女性すら惚れる女性というのがああいう人のことを言うんだ。


……あれが、カリスマってやつかね。


「メルクリウス様も素敵なスーツです、ヘレナさんもベンテシキュメ様も」


「フフフ、舞踏会が開かれると聞いて大急ぎで祖国のデザイナーに作ってもらった逸品です」


「はぁ、舞踏会なんざ何年振りか…先に言っておくが踊りなんか踊れねぇからな」


既にメルクリウス様達もおめかしを済ませている。黒と白を基調としつつも少しもあざとさとか鼻につく感じがしないフォーマルなスーツを着るメルクリウス様。ヘレナ様もなんか…蝶々の羽見たいなイカれたドレス着てるし、俺としてはシスター服をモチーフにした落ち着いたデザインのベンテシキュメ様のドレスの方が好きだな。


「ふむ、しかし些か早く来すぎたか…。開始時刻まで…あと少しあるな」


『メルクさーん!ラグナが呼んでまーす!』


「ん?ああ、君も来たか」


次々来るな…なんて視線を軽く動かし、凍りつく…いや声を聞いた瞬間から分かっていたが、そうか。この人も来るか…来るよな。


「エリス、すまないな」


「いえ、それよりラグナが大至急エントランスの方にと。メルクさんに聞きたいことがあると」


「分かった」


姉貴だ、それがツカツカと音を立ててこちらに走ってくるなりそう言うのだ。相変わらず六王…というか魔女の弟子さん達は忙しいね。なんて思う間も無くメルクさんはホールを後にする…。


…ん?あれ?


「あの、どうしたの?姉貴」


しかし、メルクリウス様は立ち去ったものの伝令役として会場を訪れた姉貴はその場に留まり続け、何か言いたげにこちらをジッと見ているんだ。


まさか俺まだ何かした?と内心震えながらも姉貴の格好を見ると…。


(あれ?姉貴もドレス着てる…)


ドレスを着ていたんだ、月の明るい夜の如く紫色に耀くスリットドレス…それと一緒にヒールを履いている。いつも無骨なコートとズボン、そしてブーツの姉貴が今日は随分しおらしく見える。


…ああ、髪型も違うんだ。いつもはツンツンしてるのに今日はまぁ綺麗に整えられてるじゃないか。なるほど、これが姉貴のパーティスタイルというわけか。


「………………」


「……………え?」


え?何?なにこの間は…。まるで見せつけるように俺の前に立って…え?感想求められてる?いやまさか、姉貴がおめかししたからってそんな子供みたいに感想を求めてくるわけがない。


というかぶっちゃけ…。


「姉貴って全然ドレス似合わないよな」


これは俺の勝手なイメージなんだが、姉貴はもっとスタイリッシュな格好をしてる方が似合う。それこそスーツとかズボンスタイルとかね、ドレスとか着てると見慣れないからギャップがすごいんだ。


ってか服の隙間から見える筋肉凄〜ッ、正直憧れ────。


「ステュクス!あんた正気!?」


「え?」

 

「自殺志願者!?」


カリナが真っ青な顔をしながらこちらを見ている、あの顔の感じは…まさか。


…やばい、また間違えたか。そう思い姉貴の方に目線を向けると…。


「…………」


『あの顔』をしていた、どんな顔って?相手をミンチにする時の顔だ、マレウスで一番最初に会った時の顔、俺を屠殺する時の顔、捕食者の顔、魔王の顔、目をギラつかせて牙を剥いて人の顔の構造上そうはならないだろ…って感じのメチャクチャ怖い顔をしながら…。


「ッ…!」


「何!なになに!なんで!なんでなの!?なんで急に走り出したのこっち来るのーッ!?」


こっちに向けて思い切り走ってきたのだ、取り敢えずあの顔の姉貴に接近されたくないので俺もまた逃げる、広大なダンスホールを二人で回るように走り回る。


何?なんで?なんで俺そんな追われてるの!?ってかなんか言って!せめてなにか言って!ってか姉貴ってばヒール履いてるのにクソ速ェーッ!?


「待て…!」


「ちょっ!やめて!殺さない──」


「喧しい…!」


瞬間、俺に追いついた姉貴は俺の肩を掴みグルリと引き寄せ反転させると同時に拳を鳩尾に叩き込み一撃でノックアウトしてみせる。流石の怪力…内臓破裂したかと思ったよ。


「ぐ、ぐぉ…なん…なんで…」


「目には目を歯には歯を、失礼には失礼を、それがエリスの生き方です」


「ドッ…どういう意味…」


「フンッ!」


無様に這いつくばる俺を一瞥すると姉貴は一発俺の頭に蹴りを入れると満足したのか離れていく、そんな姉貴と入れ替わるように近寄ってきたカリナは…。


「ステュクス…」


「か、カリナ…治癒魔術…死ぬ…」


「今のはあんたが悪い、エリスさんだって女の子なんだから…おしゃれしたら褒められたいって思うのは普通のことなのよ、それなのにあんた言うに事欠いて似合わないって…あんた頭にオガクズも詰まってないわね、頭空っぽヤローよあんたは」


「姉貴が女の子って…どんな冗談だよ、どっちかっていうとメスゴリラだろ…」


「口減らない奴…!?あ!ちょっ!エリスさんが戻ってきた!」


「え!?」


フッ!と顔を上げると離れていった姉貴が踵を返してドンドンこっちに近寄ってきて…ってやばい!今度は魔力纏ってる!今度こそ殺される!


「や、やめて姉貴!謝る!謝るから!だから────」


「最低な奴…!」


瞬間足を振り上げた姉貴の足の裏…尖ったヒールがキラリと煌めき、そして…………。










「まぁ、ステュクスは後で埋葬しておくとして」


カリナはオホンと咳払いして空気を整える。


「すみませんでしたエリスさん、ステュクスの奴が…」


「別に構いません、気にしてないので…」


プイッと頬を膨らませながらそっぽを向くエリスさんにカリナはただただ申し訳ないと頭を下げる。エリスさんは恐ろしい人だ…が、流石に今のはステュクスが悪い。寧ろ今回の一件でエリスさんにも人間らしい部分が垣間見えてカリナとしても親近感が湧いたところだ。


ちなみにそのステュクスは一頻りボコボコにされた後エリスさんがどこからか取り出したロープによって柱の上部に縛り付けられている。後で降ろしてからお説教だよこれは。


「あのー、私が言うのもなんですけど、似合ってますよ。そのドレス」


「…友達がパーティに際し買ってくれた物です。いい物であるというのはなんとなく分かっているのですが…、すみません。着慣れていないのは事実でして」


「そんな事ないですって、クールビューティって感じでかっこかわいいです」


これは機嫌取りではなく事実だ。エリスさんは元々顔もスタイルもいいから基本何を着ても似合う。寧ろなんで普段おしゃれしてないのか分からないくらいだ。そんな人を前にして似合わないと口にしたステュクスは多分美醜の概念がよく分かっていないんだろう。


私が以前髪切った時も『どっか怪我した?』とか意味不明な事言ってたし。


「そ、そうでしょうか。…そう思ってもらえると、少し嬉しいです」


(お…この人以外に打てば響くタイプ?)


何やら照れ臭そうに頬を掻くエリスさんを前に私は私の中で構築していた『圧倒的強者としてのエリス像』が崩れていくのを感じる。結構話せば分かるタイプなのかもしれない。


ステュクスはかなり嫌われてる…というより恨まれてるから対応が最悪なだけで、よくよく考えてみれば結構いろんな人達に好かれてるみたいだし実はいい人なのかも。というかよくよく考えてみれば初対面の時も結構紳士的だし…。


しかしだとするとこの人から蛇蝎の如く嫌われてるステュクスって…何したんだ。


「…ところで、皆さんにも共有しておきたいのですが」


すると、エリスさんはキリリと表情を整え凛々しくこちらを向くと。


「話は聞いているかもしれませんが、今日ハーシェルの影の襲撃が予測されます。その狙いは…」


「レギナ…よね、聞いてるわ。勿論レギナ自身もね」


「そうですか…、本当なら安全な場所に隠れていた方が良いのですが…」


チラリとレギナを見れば覚悟を決めた表情で胸元に手を当て静かに頷き始める。レギナもハーシェルの影に狙われているという話は聞いている。しかしその上でこの舞踏会に出ると…彼女は口にしたのだ。


「私は逃げも隠れもしません。私の愛する国の貴族が既に三人も殺されているのです…ここで引いては彼らの魂も浮かばれません。それに…」


「それに?」


「逃げずに殺し屋たる彼らの差し向ける『死』そのものを跳ね除ける事こそ、マレウス国王として掲げることの出来る『ハーシェルに対する勝利』であると考えています…だから、私は必ず生き抜いてみせます」


「レギナ……」


会談の為エルドラドを訪れた時はなんとも頼りなかったのに、六王という別の王様達と触れ合いその姿を見ることで、王たる姿とは如何なるかを学んだようだ。今の彼女は確かに前と同じく非力でか弱い王かもしれないが…それでも『王』と呼べる存在になれた、少なくともカリナはそう感じている。


「勿論私達も───」


「俺達が!全力で守る!」


「え?ステュクス…?」


エリスさん柱に縛り付けられたステュクスが、ボッコボコの顔をこちらに向けモゾモゾともがきながら縄を抜け、地面に落ちながら叫ぶ。


「ぜぇ…ぜぇ、レギナが覚悟決めてるんなら…俺達も決める。例えどれだけ敵が強くても友達は死んでも守る!それが…俺の剣だ」


「ステュクス…!」


「ああ、だから…レギナの身は俺達『女王護衛班』に任せとけ、姉貴…」


そう歩み出しながら彼は剣を片手に歯を見せ笑う。


女王護衛班…。ステュクス、エクスヴォート、カリナ、ウォルター、リオス、クレー、ヴェルト。以上七名、人数としても戦力としても不足かもしれない、役に立てるのはエクスヴォートとヴェルトだけかもしれない。


だが、覚悟を決めた男が一人。その男についていく仲間達が四人。それが生み出す力ではなく別の何かはこの窮状にあって猛く耀く。


「…格好つけて、顔ボコボコで何言ってるんですか」


「いやボコボコにした張本人が何言ってるんですかねー!」


「まぁいいです、とにかくレギナちゃんの事は任せましたよ…ステュクス」


「ああ!」


「それと、死ぬのはやめてくださいね…」


「えっ…?」


「それじゃ!」


それだけ言い残し、エリスもまた駆け出す。彼女もまた…己の仲間達の元へと。


………………………………………………………………


「それでぇ、そのぉ、将軍殿…俺達ぁどう動くんすかね」


「…………………」


一方、ゴールドラッシュ城の使われていない一室に集まるのは四人の影。それらを束ねる男の名は…。


「ふむ、そうだな」


翡翠の服を着た眼鏡の将軍…マクスウェルだ。彼は近づくハーシェルの影の襲撃を前に如何にして女王を守るかを部下と共に話しあっていた…わけではない。


「なんかデカい話になっちまったな、ラエティティアも死んじまうしよお。俺どうしたらいいか分からなくてずっと動けなかったぜ…」


「いやここは静観が吉だったかもしれん、だがこうして将軍が合流してくれたお陰で我らもようやく動き始められる」


「……………」


マクスウェルの目の前にいるのは彼と同じく元老院の命令で動く者達、レナトゥスによってこの会談に送り込まれた刺客。フューリーとカゲロウ、そしてラヴの三人だった。


元々はラエティティアとフューリーとラヴの三人でやるはずだった仕事も、手間取り死者を出し…補充で入ったカゲロウと、その後合流したマクスウェルを加えこうして四人でやる羽目になってしまった。


しかも状況は当初想定していたよりも悪い。


「ハーシェルの影の襲撃…、ある程度予見出来ていたがまさかこのタイミングで…しかもここを狙ってくるとは」


マクスウェルは白く輝く眼鏡の向こうで未来を見据える。最初はラエティティア達でレギナを暗殺し、ラヴと入れ替え傀儡王権を生み出す…そういう手筈だった。しかしいつの間にかここにハーシェルが加わり、剰え魔女の弟子達も臨戦態勢を取り始め状況は混沌とし始めた。


…だが、マクスウェルは思う。丁度良いと。


「…これはこの状況を利用しない手はあるまい」


「つまり、ハーシェル達にレギナを討たせると?」


カゲロウは囁く、ハーシェル達の狙いはレギナの暗殺…そして自分達の最終目標もレギナの暗殺。一応利害は一致している…ならここはハーシェル達に与してレギナの暗殺を手伝うのかと。


しかし、マクスウェルは首を横に振る。


「いや、ジズの目的は確かにレギナの暗殺だが…恐らくそこは通過点。本当の目的はまた別にある、それを達成されるとこちらとしても困る…故に」


「全員ぶっ飛ばすんだな!」


「違う、黙っていろフューリー」


マクスウェルは考える。場の戦力比を…恐らく戦場にはいくつかの勢力が乱立することになる。そうなった時最も人数が少ないのはこちらだ。なんせ四人しかいない。


だからこそ…。


「混戦に乗じ、ハーシェルの影に打撃を与えつつ裏で女王の暗殺を行う。ハーシェルは近づけさせずそれでいてハーシェルの仕業に見せかけレギナを殺す」


「なるほど、しかし誰がレギナを暗殺しますか?私が参りましょうか…」


「いやカゲロウ、お前は私と共にハーシェルの対応に当たってもらおう。レギナの暗殺は…ラヴ」


「…………」


「お前がやれ」


マクスウェルは見下ろす、部屋の隅で立ち尽くすラヴに向けて命令を下す。当初からそういう話だった、だからこそラヴがここに送られた。そして…この時のためにお前は作られたのだと。


「役目を果たせ、それが出来ないたらばお前は処分する…お前も死にたくはないだろう」


「…分かっています、将軍」


「ならいい、では…事が起こり次第。我らもまた動くとしよう」


『元老院の手勢』…マクスウェル、フューリー、カゲロウ、ラヴの四人は静かに目の前で起こる戦いを見据えていく。人数は少ない、だが今剣を持つ者達は誰も彼らに気がついていない。


闇から手を伸ばし、気に入らない者を消し、自らが好む未来を作るため…彼等は黄金の城にて蠢動する。


…………………………………………………………


「ごめんなさいラグナ、遅れました」


「いやいいんだ、…ってエリスもドレス着てるのか!?」


ステュクス達と別れたあと、エントランスに集まったみんなと合流したエリスはそのままみんなの前でヒールを脱ぐ。これ歩き辛い…なんかの修行?


既にラグナ達はみんなで集まりエントラスの一角に置かれている座椅子や机を中心に屯している。


「あ、あー…エリス。その…そのドレス凄く…えーっと」


「ラグナ、後にしろ」


「う…はい、オホン。取り敢えず全員よく集まってくれた、前日も話たが恐らく今日ハーシェルの影の襲撃がある…同時に外の軍勢も攻めてくる可能性がある」


ラグナは立ち上がり、エリス達にに向け話を進める。基本的な話は全て昨日聞かされている…勿論今日何処で何をするかも打ち合わせ済み。


「しかし、大丈夫かよ。外の軍勢も攻めてくるって…呑気に舞踏会なんかやってる場合か?」


「僕たちも戦った方がいいのでは…」


ナリアさんとアマルトさんが不安そうに呟く…だがラグナは心配ないとばかりに首を横に振る。


「その件に関してだが、一応昨日…アストラ本部と連絡を取りアストラ本部から大隊を連れてくる事にした、人数的にも戦力的にも引けを取らない数をな…なぁ?メグ」


「はい、大型転移魔力機構を設置しました、事態が動き次第そこから十万の軍勢が出撃し敵を強襲する予定です」


昨日、メグさんは一日忙しそうに動き回っていた。今回の戦いは絶対に負けれないとばかりに複数の魔力機構を町に設置し転移機構まで持ち出し軍勢の召喚にも対応させていたんだ。


アストラの軍勢が来てくれるなら多分外の軍勢と戦っても問題はないだろう、だが一つ懸念点がある。


「軍勢を連れてきたって…魔女様達はなんて言ったの?許諾したの?」


デティが不安そうに呟く、一応マレフィカルムとの戦いにアストラの軍勢は使ってはいけないと言う決まりがある。だから今回の護衛も必要最低限しか連れてこなかったし戦いに関わらせるつもりもなかった。


だが軍勢を連れてきて戦わせたらそれはアウトなのでは?と全員がデティの言葉に頷く…しかしラグナは。


「魔女様達と連絡は取れなかった…、時間がないから俺の独断でやった」


「えぇっ!?大丈夫なのそれ」


「一応名目はイオ達の護衛の為であって戦いのためじゃない、だからOK」


「いやそんな屁理屈を…」


「まぁ多分魔女様から文句は出ると思う、だがそれでも止められる謂れはない。アストラ軍は俺の軍でありアストラは俺達の組織であり、何より人命がかかった場面だ。ここで師範達との約束事を理由にイオ達を巻き込んで死なせるくらいなら…俺は魔女の弟子だってやめる」


「ら…ラグナ…」


「まぁ飽くまで物の例えだよ。けど今回の戦いは俺たちだけの戦いじゃない、多くの命を賭けた戦いであり国の命運さえ左右する戦いだ、なら俺達以外の力を使ったっていいはずだ。…まぁ大事なところは俺たちで決めればいいさ」


大事なところ…つまり敵の本丸にして大将たるハーシェルの影達はエリス達で倒せば問題ない…か。まぁラグナの言う通りな気がしてきた。


敵がたくさんいます、レギナさんやイオさん達が死ぬかもしれません。自分達は戦力を連れてこれる方法がありますけど…でもごめんね?魔女様達との約束だからそれは使えません、死んでください。はあんまりにもあんまりだ。


だから躊躇なく使う。これはもう約束とか決まり事とか言ってる場合じゃないんだ。


「敵は強力だ、失敗すれば人が死ぬし…或いはこの国が一気に傾くかもしれない重要な戦いだ、俺達が今まで経験してきた戦いも重要ではあったが、規模でも重要度でもこれは他とは比較にならない戦いだ」


マレウスに来て、エリス達は多くと戦いを経験してきた。プリシーラさんという個人を助ける為悪魔の見えざる手と戦い、ジャック海賊団を救う為海魔ジャックと戦い、東部を救う為にモース大賊団と戦った。


そしてエリス達は遂に最後の魔人『空魔ジズ』を相手にこの国の国王とマレウスそのものを守る為に戦う。敵の強さも大きさも比較にならない。


今まで以上に負けられない。


「だから、勝つぞ…この戦い」


拳を握り、吠え立てるラグナはそう宣言する。


「勿論、そのつもりだよ。次こそはぶっ飛ばす」


背もたれに体重を預けるアマルトさんが、そう笑う。


「僕も、戦い抜きます」


両手をキュッと握りナリアさんも勇気を振り絞る。


「うん…やる、…勝つ…」


鎧を身につけたネレイドさんが、高く屹立する。


「ってか普通に許せないしね、地獄見せちゃる!」


法衣を身に纏ったデティもまた、気炎を上げる。


「ああ、雪辱を果たすぞ…」


既に中を用意したメルクさんが決戦に備える。


「…やりましょう、皆さん…メグさん」


そしてエリスもまた、見遣る。この戦いは一人の為に、その勝利はただ一人の為に。全員が一人の友の為に戦い、勝つつもりでいる。その意識の向こうにいるのは…。


「皆さん、ありがとうございます…」


メグさん、彼女の悲しみのために。エリス達は戦うのだ…!


『魔女の弟子達』…メグ、ラグナ、エリス、デティフローア、メルクリウス、アマルト、サトゥルナリア、ネレイド…。以上八名、人数においても総合的な戦闘能力においても群を抜くエルドラドに於ける一大勢力はこの日静かに仲間の栄誉の為に決起する。


暗雲立ち込めるエルドラドに、『意地』という一条の光を突き通す彼女達の決意は天を穿つか────。


……………………………………………


「そろそろ時間か…、ワクワクするね。こんなに大勢の娘達と一緒に仕事をするなんて初めてだ」


エルドラドの裏に隠された違法換金所をアジトとするのは空魔ジズ・ハーシェルの一派だ。酒臭く、カビ臭いこの酒場みたいな地下空間にて…彼等は悠然と過ごす。


「お父様、準備はよろしいですか?」


「ああ、いや待てよ。もう一度持ち物の確認をさせてくれ…」


ジズはいつもの紳士服を脱ぎ去り、動きやすいスーツに着替え椅子の上に座ったまま娘の言葉に答え手元の装備の確認をする。


こうして自ら前線に出るのは十年振りだ。だが殺しのルーティンは忘れない、長き人生において数百数千と繰り返した検品を念入りに済ませる。


「剣は良し、ナイフも良し、ワイヤーも十分…フフフ。こうして装備の確認をしているだけでワクワクする、どうしてこうも楽しいんだろうね…仕事って言うのはさ」


「私も、お父様の仕事をこの目で見られる日が来て…光栄です」


「フフフ、私も現役のうちに君と仕事が出来て嬉しいよエアリエル。…おっと!ほら見たことか、拳銃に弾を込め忘れてる、昔はこんなミスしなかったのに…歳だよなぁ」


ダメだねぇと穏やかに笑いながらジズはリボルバーに一発づつ丁寧に銃弾を込める。見た目は二十代後半の好青年に見える彼も、既に齢を九十と超える老人だ。年齢で言えばロレンツォよりも年上だ。


本来ならば彼のように車椅子生活なのだろうが、ジズは未だその力を衰えさせず全盛期同然の力を保ち続けているのだ。とは言え最近は娘達に任せてばかりでロクに出撃していなかったからか、どうにも気持ちがフワフワして仕方ない。これがボケというやつかなどと笑いながらも着実に支度を済ませ…。


「さて、私は準備完了だが…他は?」


チラリと皆に向け視線を動かす、するとそこには。


「フゥッ!ハァッ!ビュー!ティフォー!」


まるで爆発するような轟音を上げながら目の前の金属の塊が変形していく。鉄の塊がボコボコと凹み歪な音を立てながら形を変える。


巨大な鉄の塊を変形させていくのは、人の手だ。生身の拳が叩き込まれる都度に形を変え殴って鉄塊の形を崩していくのだ。


まさしく異業とも呼べる奇行を繰り広げているのは。


「うーーーんん!美しい…!」


チタニア、ハーシェルの影その三番。ポーションによる肉体改造によって肉体的超人へと成長した彼女は鉄の塊を殴り形を変え、自らの鉄像を作り上げた。歪ながらも確かに己を表現しているそれを見てうっとりと微笑むチタニアは椅子に掛けてある自らの上着を肩に羽織ると…。


「ふぅ、軽く運動したらスイッチが入った。オベロン、あれを」


「はいはーい」


椅子に座り、自らの相棒を呼び寄せる。オベロン…彼女もまたファイブナンバーの一角、ハーシェルの影その四番。


そんな彼女が得意とするのはポーション作りだ、ただその作り方は異質も異質。目の前に並べた薬草や動物の肝などを一気に纏めて手の中に握りしめて…。


「あぁーん…」


口の中に放り込んだ、更にそこから水をゴクゴクと飲み干し。お腹を数度叩き…。


「おげぇ〜〜」


吐いた、自らの喉の奥に指を突っ込み一気に飲み込んだ物を目の前の瓶の中に嘔吐したのだ。それによって生まれた吐瀉物は…桃色の淡い光を放ち始める。


「はぁーい、疲労回復ポーション一丁上がりー」


「うぅーん!グッドスメル!最高だよオベロン!愛している!」


「私も〜!」


あれがオベロン流のポーションの作り方だ。材料を飲み込み自らの胃袋の中でポーションを生成することが出来る恐らく人類唯一の存在。レシピの存在しないポーションでさえ肌感覚で作り上げられるのは自らの体の中に材料を入れているから、誰よりも近いところでポーションを作っているからこそ出来る偉業なのだ。


まぁ正直メチャクチャ気味悪いけどアレをチタニアは躊躇なく飲めるだよね。


「あぁー…外が大雨で火薬が湿気っちゃうよ…」


「ンなもん使ってるから殺せねぇんだよ」


「うっさいよ筋肉ダルマ」


一方地面に部品を並べて銃の手入れを続ける九番のクレシダと十番デズデモーナも気合十分な様子だ。ファイブナンバーに比べれば実力的に見劣りするものの、それでも彼女達が一級の殺し屋であることに変わりはなく───。


「ん?おや?アンブリエルの姿が見えないが」


ふと、気がつく。この場にアンブリエル…ハーシェルの影その二番アンブリエルの姿がなかったのだ。いつもなら一番くつろげる場所で本でも読んでいるのに、今はその気配すらない。


一体どこへいったのやらと首を傾げていると。


「お父様、アンブリエルは既に敵地に潜入を済ませております。入れ替わりも完了したそうです」


「おや、仕事が早いね。いつもならもっとだらけているのに」


驚いた、既に仕事に向かっているとは。彼女は命令を下してもいつも期限ギリギリまでそれを放置するのに。それはある種彼女の自らの実力への絶対的な自信からくる物だが…。


そうか、既に潜入を済ませているか。彼女の入れ替わり技術は私でさえギリギリ見抜けるかどうかというレベルだ、きっと誰にも見抜けないだろう。


なら、…もう全員準備は出来ている。ということかな?と目前に立ち続ける彼女に目線をやる。


「君は…聞くまでもないか」


「はい、お父様」


静かに頷く、ハーシェルの影最強の存在…エアリエルが。彼女に対して準備が出来ているか聞く必要はない、出来ているに決まっているからだ。


私が見込み、作り上げた最高傑作。私以上に殺しの才能を持った殺戮の天才。今すぐ現役引退して彼女に空魔の座を譲っても良いと思える程に高い実力を持つ彼女だからこそ、私は何も聞かない。


「さぁいよいよだ、いよいよ私達の叛逆が始まる…。だがこの叛逆もまた一つの始まりに過ぎない、魔女達を鏖殺する為の…大いなる闘争のね」


この計画が成就すれば、マレフィカルムは私の物だ。これでようやくカノープスを殺すための手筈が整う…ここまで五十年以上の時を無為に過ごしてしまったが、それももうすぐ終わるんだ。


(ガオケレナ…私は君に希望を見た。だからこそ今日この日まで私は君に付き従ってきた…)


思い返すのは、彼女と初めて出会った日のこと。薄暗く常に死の匂いを漂わせる君は私が出会ってきた誰よりも美しかった。だからこそ私は君に忠誠を誓い今日まで共に歩んできた…なのに。


(失望したよ、ガオケレナ。私は君を神格化していた…なのに、君の瞳に見えた『あの光』はなんだい、それを見た私の気持ちは…どんな物だったか分かるかい、君は私を裏切り者と呼ぶだろうが、それよりも前に裏切ったのは君なんだよ…)


あの日、ガオケレナと相対したジズが見た彼女の瞳。その奥に見える『彼女の真の目的』、それを知ったあの日から私は君に絶望した。


はっきり言おう、ガオケレナ・フィロソフィアには魔女は殺せない。奴が見ているのは『魔女亡き世』ではない、彼女が見ていたのは…なんとも平凡で退屈で、気が狂いそうになる程『普通の願い』だった。


今思い出しても怒りが込み上げてくるよ、アレほどの物を持ちながら何故君はあんな物を欲した…、何故そんな物が欲しい。私には何も理解出来ない。


だから…君とはもうやっていけない。だから決別しよう…君は所詮『魔女と同じ物』しか見れないんだから。


「さぁ行こう、仕事の時間…お待ちかねのお楽しみタイムだ。みんなも待ち兼ねたろう、折角の家族団欒の時間だ、楽しんでいこう」


「御意」


「おぉ!お父様!ええ!やりましょう!」


「楽しみだわ〜、何人殺してもいいのよねぇ〜」


「んへへ、私一回やってみたかったんだ…リロードするまでに何人の人を殺せるかって奴」


「んぐふふ、殺す…殺す殺す殺す!全員ぶっ殺す!」


「気合い十分だね…君もいいだろ?」


立ち上がりながら、部屋の奥に目を向ける。チタニアよりもオベロンよりもアンブリエルよりもエアリエルよりも…誰よりも気合いに満ちた彼女の姿を。


「コーディリア」


「………はい、お父様」


コーディリア、…マーガレットへの個人的な執念を持つ彼女に私は今とても期待をしている。怨念や憎悪は炎のような物だ、人は心を持って生まれ心によって物を成す、心を持たぬ機械では決してたどり着けない領域がある。


そういう意味では、今のコーディリアはエアリエルでさえ辿り着けない領域に足を踏み入れている可能性さえあるとジズは内心ほくそ笑んでいる。


マーガレット憎しの心一つで、彼女は本来一人一つしか扱えないはずの空魔装を合計五つ…同時に使うことに成功した、当初はその歪な感覚に苦しみのたうち回ったが…それさえも怨念ひとつで飛び越えた。


「素晴らしい、素晴らしいよコーディリア。今君は完成の域にある…もしマーガレットを殺せたら、ファイブナンバーの座を確約しよう」


「えっっ!?」


その瞬間、光と共に現れたのは現ファイブナンバー最下位のミランダだ。いつも部屋から出てこずこうやって投影魔術によって姿だけ見せる彼女よりも、今私はコーディリアの方に期待をしている。


「お、お父様!?マーガレット一人殺せただけでファイブナンバーになっちゃうの!?殺しの人数じゃ私はコーディリアにダブルスコアで差をつけてるのに!?」


「違うんだミランダ、人数じゃない…結果だ。殺しの人数は積み上げた結果の数でしかない…そしてその結果にも質というものがある。何より…」


「なにより?」


「『大一番で勝利を飾った物は、大きく飛躍する』…という古くからある諺があってね。今コーディリアは人生の岐路にいる、負ければ全てを失う岐路にね…なら、私は彼女の勝利に全てを与えると確約しなければならない」


「そ、そんな…!」


「だから頼むよ、コーディリア…必ずや成功させるように」


「はい、お父様…必ずや、マーガレットを…この手で…!」


薄暗い影の中、拳を握るコーディリアはその瞳に執念を滾らせる。


ああ、楽しみだ…楽しみだよ。我等『ハーシェルの影』が一丸になって戦う時が来るなんて。


「よし、では…行こうか」


『御意』


腰に剣を携え、身軽な格好で立ち上がるジズに追従するハーシェルの影達。


『八大同盟・ハーシェル一家』…ジズ、エアリエル、アンブリエル、チタニア、オベロン、ミランダ、クレシダ、デズデモーナ…そしてコーディリア。街の外には十万近い大軍勢を侍らせ決戦へと向かう。



…これにより、場に四つの勢力が立ち並んだ。


『女王護衛班』『元老院の刺客』『魔女の弟子』『ハーシェル一家』…エルドラドで行われる戦いの中枢に位置する女王レギナの命を巡って、果てはマレウスさえも揺るがす結果となる戦いの火蓋が今日。


切って落とされることとなる。

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