514.魔女の弟子と近づく決戦
「ラグナ様ー!報告です!エルドラド周辺に潜んでいた魔女排斥派組織と接敵!今現在今現在金滅鬼剣士団と協力して迎撃中です!」
「やっぱ居たか、マクスウェルの奴…ホラ吹いてたわけじゃないか」
今、俺はエルドラド近郊の森の中にいる。そう…クルスが死んだとされる森の中だ、理由は単純…マクスウェル将軍が報告してきた『エルドラドが包囲されている』と言う話をこの目で確かめる為だ。
俺はマクスウェルを信用していない、レナトゥス派と言うのもあるが…色々きな臭いんだよな。だから嘘を吐かれている可能性も考えたが。どうやら魔女排斥組織は確かにエルドラドの周辺を固めているらしい。
「どうします?若。ウチ行ってきますか?」
「いや、テオドーラは待機、ユピテルとアリナで上空から援護射撃をしながら周辺の動きを監視しろ、何かあれば魔術で俺に報告。相手の連携度と力量を測る、前線に決して突出しない事も伝えておけ」
「はーい、王様〜」
「はぁ、憂鬱だ…」
一応エルドラドの金滅鬼剣士団と結託して、色々と探ってみるつもりだったが森に入っただけで直ぐに接敵した。あんまり隠れるつもりがないのか、奴等はジズの傘下らしいし…もしかしたら近づく奴はみんな殺せとでも命令されてるのか。
だとしたら敵兵を捕まえて尋問にかけてもあんまり情報はとれなさそうだな。細かい指示をしていないとなるとその分指示も簡略な可能性が高い。故に情報は殆ど知らせされていないかもしれないな。
…ジズか、全てを読み切った上でメグとトリンキュローを殺しにかかってきたあの手練手管。相当頭がキレるタイプみたいだし、戦略の基本も抑えてある…あんまり油断しない方がいいかもしれない。
「如何ですかな?ラグナ大王、そちらの守備は」
ふと、こちらの様子を見にやってきたこの緑の男はマクスウェル…、こいつが件のマレウスの将軍様だ。
「おっと、マクスウェル将軍。順調だ、今部下が敵を見つけてきた」
「なるほど、それで…敵の規模は?」
「今探らせているが、大体百人規模。それがバラけず一箇所に固まっていたみたいだ」
「おや、もうそんな伝令が?」
「違う、伝令の着た方向と速度から計算しただけだ」
俺は伝令を複数に分けて使っている。前線と中間と後方…それそれ八方向に分けて運用し、そいつらが走ってきた方角と到達までの時間から相手の規模を測っているだけだ。これなら伝令が把握していない情報もこちらで処理する事が出来るからな。
「ほう、それはまた…国王でありながらアド・アストラ全軍の指揮を取る大元帥なだけはありますな。お見事です」
「そう言うそっちはどうなんだ?」
「まだ接敵はしていないですね。私の姿を見て恐れているのか…或いは別の意図があるのかは分かりませんが」
だからこうしてホイホイ様子見に来れたってわけか…、でもまぁそれは俺も同感だ。マクスウェルの姿を見て恐れを成して逃げ出したって方じゃない、別の意図が見え隠れしているって点だ。
(森に入っただけで接敵した割には敵の規模が小さすぎる。既に布陣しているならここは既に敵地のはず、なのにまるで野盗みたいに襲ってくるだけなんてちょっと控えめ過ぎる。多分これは…ジズが用意した『土産』だな)
気の毒な話をすると、多分俺たちが今戦ってるのはジズから『捨てられた連中』だ。俺達はその捨てられた連中を倒しエルドラドに戻り『敵方勢力恐るるに足らず!』と貴族達の前で報告する。
すると貴族達やレギナはホッと一安心。『なんだ敵は大した事ないのか』と安堵する、そんな安心を誘うためだけに用意された仮初の勝利。さしずめこんな所まで出張ってきた俺達に対する土産だ。
(多分、これ以上森を探しても敵は見つけられないだろうな。本命の戦力は恐らく周到に隠してあるはずだろうし…。はぁ〜やり手だなぁ〜…)
自然な形で囮を用意し油断を誘うやり方…、伊達に百年近く裏社会の頂点に立ってるわけではないようだ。こんな事ならサイラス辺りでも連れて来ればよかったかもしれないが…サイラスはサイラスで今アストラで仕事中だしなぁ…。
「仕方ない、土産だけ受け取って帰ろうかな…。しかしそうなるとやはり敵の主題はエルドラドに居るファイブナンバー達になるんだろうが…さて、次はどう出てくるか)
敵の狙いの最有力候補はレギナだ。だがレギナの側には常にエクスヴォートが居る、これを引き剥がすのは難しいし、エクスヴォートを超えてレギナを殺すのはより一層難しい。
…今考えても仕方ないか。落ち着けるところで考えよう。
(はぁ〜、多分これ…俺居なくてもいいよな。多分グロリアーナさんやテオドーラの指揮でも勝てるけど…)
本当なら直ぐに戻ってみんなと色々話を進めておきたいけど…。と思いながらチラリと隣を見る。
「どうされました?ラグナ様?」
「別にー…」
マクスウェルが居る。俺がもしここで帰ったらマクスウェルは現場の指揮を取り始めるだろう。それはダメだ、だってコイツは信用出来ない。
…自分の部下が全員死んでるのに涼しい顔して笑ってるような奴に大切な部下達は任せられない。つまり俺はまだここから離れるわけにはいかない…はぁ〜。
(こんなワクワクしない戦いなんて初めてだぁ〜、早いところ戻りてぇ〜…)
呆然と空を眺めながらため息を吐く。……ん、湿った匂いがする。
そろそろ雨が降るか?雨が降る前には帰りたいなぁ…。
『ラグナ様ーーッ!!』
「今度はなんだよ…」
今度はなんの報告だと視線を下に降ろし確認してみると、何やらか気合の入った表情でこちらに向かって走ってくる金の鎧を着た男が見える。
えーっと。確かあれは。
「金滅鬼剣士団の団長…ジェームズだったか?」
「ハッ!ラグナ大王に名前を覚えていただけるとは光栄です」
ジェームズだ、この街を守る金滅鬼剣士団の団長。昨日テオドーラにボコされた男がやや気合が入った様子でビッ!と敬礼して見せるのだ。
「どうしたよ、ってか随分張り切ってるな」
「昨日はロレンツォ様に不甲斐ない様を見せてしまったので、せめてここで金滅鬼剣士団ここにあり!と勇姿を見せつけねばと思いまして」
「ほう、いいな。武の屈辱は武で濯ぐ、その心意気は好ましい…で?何があった」
「実は、森の奥に敵方戦力の簡易拠点らしき物が……既に制圧は終わっているのですが、是非ラグナ様に様子を見てもらいたいのです。なにやら連絡を取り合った形跡などもありラグナ大王に見ていただければ分かることもあるかと」
「何…?」
敵の拠点を確保した?それで…情報が?
妙だな、あまりに妙だ。ここまで完璧に配下を動かしていたジズがここで情報を残すようなヘマするか?情報を秘匿したいなら仮拠点なんかそもそも用意しないし、なんなら形に残るやり方で情報交換するか?
あんまりにも初歩的な凡ミス過ぎる…。まさか…罠か?
「如何でしょう」
「……分かった、確認する」
罠でも行ってみる価値はある。別に情報が取れるかどうかではない、罠があるなら味方がそれに引っかかる前に俺が処理してしまおうって魂胆だ。ぶっちゃけ俺なら大概の罠はなんとか出来るし。
「ありがとうございます!」
「はぁ〜、あんたねぇ。本当にそれ安全なの?もし若に何かあったらどーすんの」
「これはテオドーラ殿。確かに憂慮される気持ちは分かりますがご安心を、金滅鬼剣士団の団長としてしかと確認は済ませてあります。危険はありませんし、何かあったら私がしっかり守ってみせます!」
「……いまいち信用出来ないな」
「テオドーラ…」
俺も人の事言えないけどさ、不信感はあんまり表に出すなよ。まぁアルクカース人的価値観から言えばテオドーラに負けたジェームズは『信用ならない人間』にはなるんだろうが…。
だとしてもだ、彼らは俺たちに協力してくれてるんだ。…いやまぁマクスウェルも協力してくれてるから俺も友好的に接するべきなんだろうけど、それはそれとして。
「じゃあ案内してくれ」
「はいっ、こちらです!」
「ああ…って速ッ!?」
瞬間、ジェームズは俺も驚くような速度で走り出した。いや…走行速度としてはそれほどでもないが、森と言う不安定な足場を物ともしない的確な足運びは木の根や歪んだ大地をしっかり踏み締めており、一切減速することなく走るのだ。
「おいおい、速えなジェームズ」
「フッ、エルドラド周辺は我等の庭も同然。このくらい朝飯前です!」
「へぇ〜」
「あ、ちょっとー!若ー!」
「おや、テオドーラ殿は出遅れたようで」
チラリと出遅れやや後ろを走るテオドーラを見て勝ち誇ったような顔をするジェームズに、こちらも辟易した顔を返す。こんなくだらない場面で張り合うなって…。
「こちらです!」
「あいよー」
俺はそんなジェームズについていく、木の根を蹴り裂き茂みをぶっ飛ばして駆け抜ける…すると、大きな木と木の間に、人間の生活臭がする空間が見えてくる。
酒瓶に布座敷、あそこが仮拠点か?
「ここか?」
「ええ、そうです」
「ふーん…それで連絡を取った形跡ってのはどれだ?」
「こちらに手紙の束があります。何かわかりますか?」
「手紙ねぇ…」
確かに、木の隙間に何枚か手紙が差してある、おいおい…親玉からの指示だろうに、こんな杜撰な管理をするんじゃねぇよ。こういう手紙は基本読んだら燃やすのが鉄則だろう…いやそもそも、手紙を寄越すこと自体リスクがあるんだが。
(これか…)
取り敢えず手紙を数枚引き抜き仲を見てみる。すると内容は…『会談五日目、決行』と書かれていた。それ以外は報酬の支払いだとか、俺の予想通り近づいてきた敵を殺せだとか。分かりきった話しか書かれていなかった。
(得られた情報は会談五日目に何かしてくるということ。…やっぱり舞踏会を狙っているのか)
ただなにをしてくるか分からない、また毒で来るのか…爆弾で来るのか、いやそもそも失敗した手をもう一度使ってくるような奴にも思えないし、取り敢えずメグさんに意見を聞いてみよう。
ああ、後この手紙は回収しておこう、エリスに見せたら筆跡の鑑定とかしてくれるかもしれ────。
「……やっぱりそうか」
瞬間俺は手紙を懐にしまい込みくるりとでんぐり返しをしながら足を振り上げる、すると…。
「チィッ!?」
鳴り響く金属音、忌々しげな舌打ちが耳を突く。振り上げた足が背後から斬りつけられた剣を弾き返したのだ。…剣を振り下ろしたのは見慣れぬゴロツキ。
つまり…。
「やっぱり罠じゃねぇか!ジェームズ!」
「ぬぐぅっ!?わ…私としたことが!ええい!」
既にジェームズは他のゴロツキと剣を交え交戦している。一瞬で周囲に視線を走らせ状況を確認する。
…やはりこの仮拠点は罠だった。恐らく誰かがこの拠点を確認しにきたところを襲う算段だったのだろう、事実俺が手紙を確認した瞬間襲いかかってきやがった。
人数は八…、全員が剣で武装している。感じ的に素人じゃない、これは…。
「始末屋か」
殺し屋の一種。裏社会でヘマした奴を組織が始末する際使う殺し稼業の一つ、言ってみれば裏社会専門の殺し屋。裏社会で活動してる分殺し屋よりも荒事に特化してる連中だ。
「テメェら、名は」
「名乗る名はない…、我ら一刃となって貴様の首を狩るのみ」
クルリと剣を手元で回し、始末屋が笑う。でもよかった、やっぱり…俺がなんとか出来るタイプの罠だ────。
「フッッ!」
「………ッ!」
刹那、始末屋が動く。まるでナイフを扱うような機敏な動きで俺の喉元を狙い半歩踏み出すと同時に斬りかかる。
それを軽く動かした右手で弾くと共にそのまま手の反動を利用し顎を拳で撃ち抜く。
「ぐぶッ…!」
「で、誰の首が欲しいんだ?」
「チッ…やれ!」
血を吹き倒れる仲間をさしおき、他の始末屋が四方から迫る…いい動きだ。慣れてんだろうな、こういう風に人を殺すの、動き方に関しては全て正解…だが。
「間違えたんだよ!」
右方、斬りかかり迫る剣を掴みグイッと引き寄せこちらに吸い寄せられた始末屋の腹を蹴り抜き木に叩きつける。
「テメェらは!」
左方、振り下ろされた剣を肘で砕きながらそのまま腕を伸ばし顎を叩き抜き始末屋の頭を九十度横へ曲げる。
「喧嘩を売る…!」
後方、一歩後ろに下がり体を押しつけ剣を振り下ろすのを阻止すると同時に頭を後ろに振るい頭突きの一撃で歯をへし折り血を吐き出させる。
「相手をなッ!」
前方、そのまま一気に踏み込み拳を捻るように一気に突き出し、咄嗟に防ごうと剣を盾にした始末屋を防御ごと砕き吹き飛ばす。
はい、終わり!実力はある…だが目利きは悪かったようだな。八人のうち五人は潰した、うち一人はジェームズが相手をしている。残りは二人…。
「我等がまるで相手にならんだと…、ッ!頭領を報告を…!」
「これほどまでに強いとは…!」
しかし、その二人は即座に仕事を放棄し逃げ延びようと動き出す。判断としては正しい、ここで全員がやられたらその時点で本隊に情報がいかなくなる。故に雪辱を堪えて最低一人は逃げ延びる必要がある。
やはりこいつらただの雑魚じゃねぇな…けど。
「では私が足止めをする!の間にお前は…」
『若ーッ!』
その瞬間、逃げようとした二人の始末屋は吹き飛ぶこととなる。側面より飛んできたテオドーラにより跳ね飛ばされ宙を舞い、クルクルと錐揉みながら高い木の上に引っかかり動かなくなる。
「若ッ!無事っすか!敵は何処に!」
「問題ねぇよ、今お前が跳ね飛ばした」
「え?あ…ほんとだ」
あちゃーと頭をかくテオドーラを見て…思う。さてはこいつ戦えると思って張り切って飛んできたな?だが残念、美味しいところはこれがいただいちゃったもんね。
それに、もう国内最強クラスにまで育ったテオドーラが楽しめる相手なんて、そうそう出てこないと思うけどな。
「でりゃあーっ!」
「ぐぶぅっ!?」
「はぁ…はぁ、まず一人!さぁどんどん…ってあれ…」
「もう終わってるぞ、ジェームズ」
「あ…えっと…」
ようやく一人倒し終わったジェームズが申し訳なさそうに視線を逸らす。まぁ…うん、咎めたりはしないよ、罠じゃない?って聞いたけど罠じゃない!と力説して挙句罠だったことに関しては特になにも言わない。俺もそれは織り込み済みだったから。
けどまぁ…俺は気にしなくても。
「あんたねぇ…やっぱり罠だったじゃないっすか!」
「うう…面目ない…、まさか敵が隠れていたとは…」
「もうちょっとしっかり偵察してもらわないと!」
「返す言葉もない…」
テオドーラは許さないだろう、一応テオドーラは俺の護衛団でもある王牙戦士団の団員でもある、そういう身の上からすると王様の身を危険に晒したジェームズは許せないだろう。
これでもテオドーラは抑えてる方だ、もしこれがウチの人間…王牙戦士団がやらかしたミスならテオドーラは手を出していた。そういうのは良くないとは言いつつもこいつは普通に手を出すタイプだ。だから部下に怖がられんだよ…。
「第一!剣士団を率いてる割には部下の統率が全然取れてない!」
「うう…」
怒られるジェームズを尻目に俺は再度手紙を確認する、取り敢えず戻ったらメグ達にこれを見せて…それで情報をまた共有しよう。それでその後は…。
(にしても…)
色々整理するうちに思考が他所に逸れる。さっきの戦闘…少し気になったことがあった。
それはジェームズの動きだ。ジェームズも始末屋相手に応戦していて大変だったのは分かる。けど…なんでジェームズは戦闘の最中ずっと俺を見ていたんだ?
(異様な視線を感じた、ジェームズ…何を考えていたんだ…?)
変な気配を感じて俺はため息を吐く。マジで面倒くさい仕事請負っちまったなぁ…。早く帰りたい。
………………………………………………………
『恐らくは明日、コーディリア達は動き出します。対象はレギナ様、戦力は恐らく敵の全戦力…五日目の舞踏会こそ決戦になると思われます、故に皆様…各々戦いの準備を進めておいてください』
メグさんはそういうなり何処ぞへと消えてしまった。それと共に皆一様に迫る戦いの支度を、或いは舞踏会の支度を進め始めていた。
此度の敵はマレウスを訪れて以来初めて戦う『八大同盟』。その規模や戦力の大きさは途方もない、今までのやり方では足りないだろう…故に。
「ネレイド様、オライオン本国より装備をお持ちしました」
「ん、ありがとう…トリトンも昨日の試合で疲れてるだろうに、動いてくれてありがと」
ゴールドラッシュ城の一角にて、同じく神将のトリトンが持ってきた防具を点検するネレイドは神妙な面持ちで集められた防具を見つめる。
明日、またハーシェルの影と戦うことになるなら…私はチタニアと戦うことになるだろう。そんな予感を感じていたからトリトンに頼んで簡易転移魔力機構にてオライオン本国から装備を送ってもらったのだ。
「懐かしいですね、ネレイド様がこうして神将外装を身につけるなんて」
「…プロテクターをつけるだけでも、私の手は殺しの道具になり得るからね…」
集められたのは簡易的な籠手と肩当て、そして脚甲だ。全身を覆うようなフルアーマーではなく動きを阻害しない必要最低限の装備…これはネレイドが神将として出撃する際に用いる物だ。
その代において最強と存在にのみ与えられる『神将外装』。魔鉱石を用いて作られており魔術師の杖同様魔力を良く通し増強する効果がある。言ってしまえばエリスの持っているディスコルディアと同じ類のものだ、完成度ではあちらの方が上だが…。
それでもこれは神将が決戦に赴き神威を示す為に用いられる由緒正しい装備だ、これを身に付けた神将は不敗でなくてはいけない…。
と言ってこれを最後に身に付けたのは邪教アストロラーべ討滅戦…つまりエリス達と出会う前だ。私はこの装備を身につけるのが嫌いだ、ただでさえ凶器になり得る私の手が…防具を身につければ本物の殺しの道具になってしまうから。
…けど。
「これをつけなければ、チタニアには勝てない」
「それほどまでに強いのですね、そいつは…」
神将外装を身につけていなければチタニアと戦うことさえ出来ないだろう、アイツは頑丈だ…このくらいでやらないとダメージも与えられない。奴はそれほどまでに強かった。モースがジズを恐れる理由も分かるくらいには強かった。
…でも。私がやらないといけない。
(チタニアは私と同じ超人、超人を止めるのは超人の役目…)
奴と殴り合えるのは私かラグナくらい、そしてチタニアの戦い方を知ってるのは私だけ…、なら私が戦った方がいい。
「奴等は許せない、私の友達を傷つけた、この借りは必ず返す」
「ええ、そうですね。私もアストラにてメグ殿にはお世話になっていますから…いやまぁ昔は色々ありましたが」
「魔女の懺悔室でボコボコにされたもんね」
「言うほどボコボコにされてませんよ!?いやされたか…!よく分からない空間に引き摺り込まれていきなりタコ殴りにされたんだった…!」
本当ならトリトンにも助けてもらいたい、けれど…これは八大同盟との戦い。つまり私達の使命に関わる話、だからアストラの戦力は使えない。私達だけで終わらせないといけない、それはトリトンにも話してある。
だからだろうか、彼は頭を抱えながらもこちらを見て…。
「だからこそ彼女とは浅からぬ縁です。今では憎さもありません…ネレイド様、勝ってください」
「任せて」
拳を握り外装を整える。よし……うん。
準備終わっちゃった、まだ時間あるし…もう一回点検しとこ。
…………………………………………………………
「僕に何が出来るんだろう」
ゴールドラッシュ城ダンスホールにてナリアは思い悩む。悩んでいる内容はこれから行われる決戦に対して…自分が何をするべきで何が出来るのか。
はっきり言って自分は弱い、三年前に比べれば多少は強くなった。だがそれでもエリスさん達とは未だ実力の差があり、そんなエリスさん達でさえ今回の相手には苦戦は必至。そんな中で僕が出来る事はなんなのか。
「僕に出来るのは演技だけ…、魔術師としても弟子としても半端者の僕に…出来ること」
今はもう己の弱さを嘆くようなことはしない。けど…いやだからこそ、逃げないからこそ戦う道を探す。
ファイブナンバー…少し戦ったけどめちゃくちゃ強かった。けど僕からしたらその遥か下位の九番クレシダでさえ強敵だった。それなのにそれよりもっと強い人と戦って勝てるのか。
「…………………………」
僕の歩みは自然とダンスホールの中心に向かう。明日はここで舞踏会が開かれる、そこできっとハーシェル達は仕掛けてくる。そこが決戦の場になるかは分からないが…敵の攻勢は本格化するだろう。
つまり…皆が舞台に上がることとなる。弟子達とハーシェルの影という役者が揃いつつある中…きっと自分にはスポットライトは当たらないのだろう。
けど…だからと言って、スポットライトが当たらない脇役だからと言って何もしなくて良いというわけではないのを僕は知っている。
(……戦う方法、あるにはある…)
エルドラドを訪れる前…貰った二週間の休養。そこで僕はプロキオンコーチに戦うための方法を、新技を強請り…一つ授かる事が出来た。
だがこれが通用するのか…まだ分からない。それが怖い…怖いんだ。
「………怖い」
怖い…怖いと口にしながら、僕はふとダンスホールの壁に立て掛けられた装飾用の細剣を見つけ、それを手に取り…振るう。
「…ハッ!」
剣を振るい、ポーズを取る。なんと格好良いのだろうか、見栄えも良く綺麗なフォーム…だけど綺麗なだけ、アマルトさんのように実践的では無い見せるためだけの剣。僕には剣の才能が無い事がよく分かる。
けど剣を振るう、舞台で一度だけやったことのある『殺陣』を再現し一人踊るように剣を振るう。
「フッ…ハッ…やっ!」
…確かにこれは見せる為だけの剣だ。けれど…それで良いのだ。
僕は役者、殺し屋じゃ無い。殺しの剣は持たない…、その意思表示をするように剣を振るい、決めポーズを取る。
これは決意のルーティンだ、何が出来るのか、何かを出来るのか、まだ分からない。けれどやるべき事は分かる。
「僕はエリス姫に憧れて役者を目指した…けれど、今ばかりは…スバルになろう。剣を持ち姫の涙の為に戦う勇猛なる剣士として在ろう。それが例え見せかけだけの剣でも…君の涙を拭うだけの価値を持てたなら、それで良い」
芝居をするように口にする。やはり…芝居をしながらだと本音が言えるな。うん、やっぱり僕の本音はこれだ。
戦えるか分からない、役に立てるか分からない、けど…それでもメグさんの涙の為に戦いたい。この手でメグさんの悲しみを切り裂きたい。その為に…僕は舞台の上で踊ろうじゃ無いか。
例え滑稽であれども、彼女が笑ってくれるなら…それでいい。
「な、なーんて…コーチの真似してみましたけど、やっぱり似合わないですかね…たはは」
『凄い!流石ナリアさん!貴方殺陣まで出来るの!?』
「…へ?」
ふと、自分の恥ずかしい一人芝居から現実へ帰還すると。何やら拍手が聞こえる…まさか観客がいたのかと思い慌ててそちらを…ダンスホールの入り口を見る。
すると…。
「え?あ!貴方は!」
「ナリアさん!久しぶり〜!」
「プリシーラさん!」
プリシーラさんが、そこに居た。以前僕たちが護衛したあのアイドル冒険者だ。それが僕を見るなり走って寄ってきて…。
…え?なんでいるの?
…………………………………………………………………
「悪いな、手伝ってもらっちゃって」
「いやいやいいよ、寧ろあんたのおかげで友達を励ませた。サンキューな?ザジビエさん」
「なははは、おいおいそれじゃあ礼の言い合いになっちまうよ。俺だってあんたのお陰で目を覚ませたんだからな」
一方、ゴールドラッシュ城の厨房にて、アマルトはザジビエと共に調理に励んでいた。いや明日の戦いのこと考えなきゃいけないのはそうなんだが…。
それよりもメグを励ます為作ったペペロンチーノ…その材料を貸してくれたザジビエへの礼を済ませなきゃと思い、明日の舞踏会に出す料理を作るのを手伝おうと思ってここに来たんだ。
厨房にはプロの料理人しかいない、だから素人の俺に出来る仕事は限られる。最初は芋の皮剥きでも食器洗いでもどんな雑用でも手伝おうと気合い入れてたんだが…。
「おう、そっちの調理任せるぜ、アマルト」
「ああ、ってかこのスープ…味付け全部俺でいいのかよ」
「構わん構わん、お前の舌と腕は俺が保証する。お前ならウチの若い衆より数千倍信用できるしな」
「そうかい?ならやらせてもらうよ」
なんか、めっちゃザジビエからの評価が上がってた。厨房に来て『手伝うよ』って言うなりむさ苦しい大男のザジビエが毛だらけの腕で俺を抱きしめて。
『マジかよ〜!死ぬほど有難いぜ〜!お前が手伝ってくれるなら百人力だ〜!』
なんて言いやがってよ…、ちょっと嬉しかったじゃないか。だから調子に乗ってやらせてもらってるってわけよ。
「うん、こっちの味はいい。おい、次ニンニク借りるぜ?端材で一品作れそうだ」
「お、いいねぇ。こっちも気合い入れねぇと…。おいお前ら!明日の舞踏会に間に合わねぇぞ!ドンドン動け!」
「は、はーい!」
しかし、ザジビエのやつ…随分変わったな。なんというか傲慢さ?的なのが消えた気がする。今でも十分偉そうだが…それ以上に料理に対する情熱が再燃した気がするんだ。
「このサラダの盛り付けやったの誰だ!こんなもん人前に出せるか!やり直し!」
「え、ええ!?でもいつもはこんな感じで…」
「俺が出せんと言ったら出せん!それとこの魚!なんだこの魚!質が悪いったら無い!こんなカスみたいな魚で何作るつもりだ!別の持ってこい!」
「へ、へい!」
「ああー!この肉!おいおいこんな雑に仕込みしちまって…誰がやった!」
「え、えっと…料理長です…」
「俺?俺か?これやったの…ったく。全然ダメじゃねぇかこんなの…、もっと丁寧に揉み込まないと味が出ないのに…」
『なんか、今日の料理長すげー張り切ってねぇか?』
『いつもは早く帰りたそうにしてるのに、あんなに燃えてるの初めて見たよ』
『あのアマルトってやつを引き入れてからまるで人が変わったみたいだ』
人が変わった…というより、多分…人が変わってたんだ。それが元に戻ったんじゃ無いかと俺は思う。汚職をして不正をして、利益を積み上げることに囚われていては料理人は務まらない。
「こうやって、しっかり筋を見極めて、調味料を吟味してやるんだ…よく見とけよお前ら」
「はい!勉強になります!」
見てみろよ今のザジビエの楽しそうな顔を。俺が自分を素人だ素人だと言うのは…ああいう顔ができないからだ。
料理人ってのは殊勝な生き物だ。朝早く、日が昇るより早くに起きて仕込みをやって、夜遅くまで洗い物をして、夏は茹だるような暑さの中火の目の前で仕事をして、冬は手が悴んでも氷みたいだ冷水に手を突っ込んで料理をして…。
それでも楽しいと、味を追い求めることができる真面目なやつが料理人なんだ。俺は真面目じゃ無いからね、料理人は名乗れない。
ザジビエはそういう料理人だった、それだけの話なんだ。
「おいアマルト、こっちこいよ」
「え?どうした?」
「お前にゃ恩がある、俺は魔女大国の人間に恩は作りたくない」
「いや恩って…そりゃ寧ろこっちなんだが」
するとザジビエは調理にひと段落をつけ俺を呼びつける、ザジビエも今回の件にはかなり恩を感じてくれているらしく、俺に色々なものをくれようとしている。
そんな中、彼が言い出したのは。
「まぁそういうな、折角だから教えてやるよ…魔獣料理の仕方をよ」
「え!?マジで!?いいの!?」
「構わん構わん、寧ろお前みたいな腕を持った奴がどんな魔獣料理を作るのか興味がある、こっち来な、作り方教えてやるよ」
「マジでー!サンキュー!」
こりゃマジで有難いぞ、魔獣料理のノウハウを教えてもらえるなんて儲けもんどころの騒ぎじゃねぇ。マレウスを旅していてずっと思ってたんだ…道行く魔獣を料理出来たらどれほど良いだろうかと。
そりゃエリスも魔獣料理は出来るがエリス自身が『魔獣肉と牛肉があるなら、魔獣肉は捨てて牛肉焼いた方がいいですよ』ってな。だがザジビエの魔獣料理は牛肉を捨てさせるほどの物だ。
これを学べるのはまたと無い機会。そう思い俺はホイホイザジビエについていく。
すると…、厨房の一角に、何やら異様な空間があった。
「なにこれ」
「こいつはシーザーペントの乾物だ」
まるでカーテンみたいに巨大な肉が物干し竿に吊るされて陽の光に当てられていた。こりゃ干物か…日に当てて乾かすあれ。魚でも偶に作る事があるが…それをシーサーペントでやってんのか。
「シーサーペントって干物にすると美味いのか?」
「美味い、そのまま焼いて食うと味が淡白でな…食うに食えん。だからこうして干すんだ」
そう言いながらザジビエは半分乾いたシーサーペントの乾物をシーツでも干すようにパンパン叩く。
「そのまま食うと肉はブヨブヨしてるし、焼いても脂身みたいな気味の悪い舌触りになる、だが干すと身が縮むんだよ」
「縮む?」
「ああ、こいつは体のほとんどが水で出来るんだ。だから干すとキッ!と固くなる。塩を塗り込んで干して、そいつを細かく切って軽く炙って、特製のソースをちょいと絡めて皿に盛れば…」
「う、美味そう!野暮ったいが話を聞く感じ美味そうだ!」
「美味そうじゃなくて実際美味いんだよ。確かに見た目は悪いが匂いはいいからな、きっと受けるぜ?なはは!」
すげぇ、こいつやっぱ腕は一流だ。そうか…確かにこんなに大きいと味が大雑把になりがちだ、肉もダルダルで美味しくない。サイズばっかりデカいだけの役立たずをキュッと圧縮して一品に仕上げるのか。量は減るが…うん、これは使えそうだ。
「俺はこれを圧縮調理と呼んでいる、大型の魔獣は得てして肉が大味だからな、こうやって食えば美味いもんが作れる、よく覚えとけ」
「ああ、ありがとよ……、ん?大型の魔獣?圧縮?」
ふと、脳裏に過ぎる。一つの例…そう言えば俺も最近似たような事に頭を悩ませていたな。料理じゃなくて戦闘面の話だ。
大きすぎて使いづらい物、サイズという魅力を捨ててもなおあまりある物…圧縮すれば…美味い物が。
「ッ…!やべ、いい事思いついちまった…!」
これ、上手く使えばもっと強くなれるかもしれない…。というよりようやくアレを実戦で使える物に仕上げられるかもしれない、そうなれば…今度こそ俺も役に…!
「お?どうした?アマルト」
「へ?あ、あー…いや、この干物ってすりおろして別の料理と組み合わせても美味しそうだなぁって思ってさ」
「お!そのアイデアはいいな、思いつかなかったぜ…確かにそれならパンで挟むことも出来るし、見栄えの悪さも解消出来る。やっぱお前天才だよアマルト!」
「いやぁ、ははは…」
咄嗟に取り繕ったつもりだが…、ザジビエの役に立てたなら嬉しい。
しかし思いがけない収穫があったな。美味い飯を作る調理法に加え、まさか俺自身の調理法まで教えてくれるとは。
…こりゃあザジビエには頭が上がらないね。軽くハーシェルぶっ飛ばした後…祝勝会でまた料理作ってもらわないとな。
………………………………………………
(エリスはいつでも臨戦態勢ですよ、寝起き一発で喧嘩できます)
なんて腕を組みながら考える。何をするべきか、エリスはいつも突発的に戦っていたからいざ戦いの支度をしろと言われると困るんだよなぁ。
昔は油を用意したり火薬を用意したり、小道具を用意していたが今はもうそんな物無くてもいいし。
やるべき事と言ったら…エアリエルのあの『不可視の攻撃』に対する攻略法の考案だけど……。
(なんとなくですが、あれはいくら考えても攻略出来る気がしないんですよね。あれは魔術の応用時ではない…シンやダアトみたいな純粋な技量で再現された奥義な気がする。変に策を考案しても空振りに終わるでしょうね、とはいえまたエアリエルが来るなら無策で戦うというのも…)
エアリエルは許せない、アイツのせいでトリンキュローさんが死んだんだから。あとコーディリア、アイツも許せない、ジズも許せない。全員許せん、地獄に落とす。
しかしそれでも難しいのは事実で……ん?
『おりゃあー!』
『オイオイ!叩き込んだ基礎忘れたか!踏み込みが粗い!』
「あれは…」
ふと、窓の外の練兵場を見てみれば…そこには。
ステュクスとヴェルトさんが剣をぶつけ合っていた。修行か…二人は師弟ですもんね。
(なるほど、ステュクスとしてもレギナちゃんを狙われている以上引けないですもんね…だからああして戦いの前に師匠と修行してるのか)
懐かしさを感じる。エリスも強敵と戦う前にああして師匠に修行をつけてもらった…。窮地に陥り、生と死の狭間に身を落とした時こそ師の教えが光り輝きエリスを導いてくれるんだ。
師匠とは偉大だ、弟子にとっては希望そのものだ。ああして剣を打ち合ってるだけでステュクスはきっと強くなるだろう。
「……はぁ」
窓辺に手をついてため息を吐く。…ステュクスが戦う気でいてくれているのはいいけれど、エリスとしては…。
「ねぇ…」
「ん?…ん!?えぇっ!?」
ふと、声をかけられて驚いてしまう。いつの間にか…エリスの隣にレギナちゃんが、いや…ラヴが立っていたからだ。
「えっと、え?何?」
「………聞きたいことがある」
この子いつの間に…、というか話しかけるならまず挨拶してください。いやいやそれ以前に今までエリスの事無視してたのに急に話しかけて来て…。
…いや、別にいいか。
「なんですか?」
「貴方は、守られると嬉しい?」
「は?」
状況次第としか…いやそういう話をしてるのではないのか。守られると嬉しい…んー。
「どうでしょうかね、守られたら嬉しい人は嬉しいでしょうし、嬉しくない人は嬉しくないと思いますよ」
「どういう意味?」
「結局、守るという行動そのものは普遍的な物です。例えば今エリス達は『国の平和』に守られてますよね、大国間の戦争が起こり戦いに巻き込まれずに済んでいるのは国同士が戦争をしていないから、そこに対して『嬉しい!』って気持ちはあんまりないでしょう」
「話が大きすぎる」
「つまり、守ってもらって嬉しいと感じるのは守ってくれた人の気持ちに対して感謝してるからだと思います」
「守ってくれた人の…気持ち…」
「そうです。『守る』とは所詮行動でしかない、人は行動ではなくその人の心を見る…だから心の底から守りたいと言う気持ちが伝われば相手も喜んでくれると思いますよ」
「…………」
返事してくれ。折角キザったい事言ったのに…恥ずかしいじゃないですか。
「……ステュクスを守りたいんですか?」
「へ?…なんでそう思うの?」
「いやだって貴方ずっとステュクス見てるじゃないですか」
「…ッ……、別に」
そうかい?その割にはずっとステュクスを見てますけど。まぁ…当人の気持ちは当人の話ですし、エリスから特に何かを述べることはありませんが…、でも。
「…あの子はあの子で何かを守ろうとしている。だからこそ自分を蔑ろにする部分も多くある、何もかもを守るなんて不可能なのにね…無茶しすぎるんです」
「…………」
「あの子だけじゃ実力が足りません、だからラヴさん…もしよければ、ステュクスを守ってやってはくれませんか?」
「へ?」
「エリスからお願いします、彼を頼みましたよ」
「…………」
ラヴは答えない、だがエリスには分かる。彼女は迷っていると…。
彼女の抱える物は分からないし、事情も身の上話も知らん。けどそれでも迷っているということは頭の何処かにはステュクスを助けてあげたいという気持ちはあるんでしょう?
ならエリスは、そちらを応援します。エリスはステュクスを守ってあげる権利なんてありませんからね、でも誰かが守ってあげないとあの子は潰れてしまうから…だから。
「…ありがと、有益な話を聞けた。ならお礼に一つ…」
「ん?」
「ステュクスは貴方と仲良くしたがってる。今彼は落ち込んでる…それを埋められるのは友達では無く家族だけ、貴方だって…ステュクスには悪い感情は抱いていないはず。仲良くしてあげて」
「え?いやエリスは…!」
「貴方だって見たでしょう。家族だからって…ずっと一緒に居られるわけじゃないと」
「ッ……!」
「貴方達だって、この世に唯一の肉親同士でしょう」
瞬間、脳裏に過ぎるのは…妹のために身を呈したトリンキュローさんの姿。彼女もまた姉であり、エリスもまた…姉である。
でもエリスは…トリンキュローさんみたいに立派な姉ではないし、何より彼に酷いことを…。ん?
「あれ〜ェッ!?居ない!?」
ふと見てみるとラヴは既にエリスの目の前におらず跡形もなく消えていたのだった。幽霊かあいつは、自分から話しかけておいて消えるなよ…。
…にしても。この世に唯一の肉親同士…か。
(エリスは、トリンキュローさんのようにステュクスの事を身を呈して守れるだろうか…或いは、ステュクスがトリンキュローさんのように死んだら、メグさんのように泣けるのだろう)
分からない、分からないけど…。
「はぁ、仕方ない…なら取り敢えずやっておきますか、…な…仲直り…とか……」
唇を尖らせブツブツ一人で呟き、頭を掻く…。これから忙しくなるし、わだかまりがあってはやり辛いし、しょうがない…しょうがない…よね。
各々が準備をしてるんだかしてないんだか、分からない空気のまま…エリス達はエルドラド会談で最後の『平穏な時』を終えるのだった────。
………………………………………………………
「守られたら…嬉しい」
一人、廊下を歩くラヴは己の手を見る。想うのは生まれて初めて出来た友人…ステュクスの顔。
自分は元老院から遣わされた刺客、この仕事の果てにあるのはレギナ・ネビュラマキュラの死…それだけだ。それは例え指示役のラエティティアが居なくなったとしても変わらない。
だが…。
「ステュクスは…無関係」
彼は…ステュクスは無関係なのだ。ネビュラマキュラの因縁も元老院との確執も彼は関係ない、自分の運命とも…なんの関わりもない。
だからこそ彼だけは生かして帰すことが出来る。守ってあげる事が出来る…だから私がやろうとしていることも、彼はきっと喜んでくれるはずだ…全てが終わった後も、友達で居られるはず──。
「よう、人形…」
「ッ……」
瞬間、背後から嫌な気配を感じ…振り向くよりも前に懐のナイフに手を伸ばした、が…。
「待てよ、それでどうするつもりだ?ああ?俺様に刃でも向けるつもりか?」
「貴方は…」
しかし、止められる。というより私の動きを察知し燃え上がるような殺意を放ち私の動きを強制的に止めたのだ。その余りの恐ろしさに私はナイフからか手を離し…静かに振り向く。
するとそこに居たのは、真っ黒な角を携えた大男。それが…壁にもたれいつの間にか私の背後をとっていた。彼は…確か。
「クユーサー様…」
「お?覚えてたか。まぁあれだ…今はクユーサーじゃなくて峻厳のゲブラーだ。有名人ってのは改名一つするのも苦労するよな」
『業魔』クユーサー・ジャハンナム…かつて世界最悪の大犯罪者として名を馳せ裏社会の王として君臨した男にして、マレウス・マレフィカルムの中枢組織セフィロトの大樹にて蠢動する十一人の幹部の一角たる存在。
それが、何故こんな所に…。そう慄く暇もなく…彼はニタリと牙を見せ笑い。
「いやなに、警戒するなって。ジジイ共に言われてお前を始末に来たわけじゃない…そもそも俺様はあのジジイ達の命令じゃ動かない」
「なら…何を」
「んー?実はな…面白い話を小耳に挟んでさ。なんでもジズ坊が…近々遊びに来るって聞いたもんでよ。その件で一つ…お前に提案があってな」
「提案…」
「そう、提案」
クユーサーは悪魔と呼ばれた男だ、それはその実力もそうだが…何より。
その人格の悪辣さ、人を狂わせる悪意の言葉…その恐ろしさを、私はこれから味わうことになるのであった。