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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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508.魔女の弟子と姉妹の再会



「解除出来ないのか?」


デティの口にしたどうにもならないかもしれない…と言う言葉にラグナは目を丸くする。


スタジアム地下に設置された巨大な爆弾。ポーションを用いて作られたと思われるそれは赤と青の液体が剣を挟んで混じろうとしている。多分これが混ざったら爆発するんだろう。


なんとかしなくてはみんな死ぬ、しかしデティはこれをなんとかするのが難しいと言う言う…その言葉にラグナは静かに頷き。


「なんでか教えてくれるか?」


「うん、まずこれ…赤いポーションと青いポーションは元々は二つで一つの効果を発揮するように作られてるんだよね」


「混ざったら爆発する…だよな」


「多分ね、見た感じ爆発量としてはこのスタジアムの地下層全てを吹き飛ばせるくらいはある。そして…今それが阻止されているのはヴェルトの剣が刺さっているから、でもこれを少しでも動かしたら、その均衡も崩れる」


「爆弾を動かせないってことか」


下手に動かすとポーションが剣の隙間から滲んで爆発する恐れがあると…うーむ。とラグナは頭を悩ませ、いくつかのアイデアをデティに共有する。


「なら、凍らせるのはどうだ?」


「え?凍らせる?」


「混ざったら爆発するんだろ?混ざるのは液体だからだ、なら液体から固体に換えちまえば爆発しないはずだ」


「うーん、難しいかも。そもそもポーションは凍りにくいんだよね」


「そうなのか?」


「うん、ポーションを作る際用いられることの多い薬草はポーション生成の過程で発酵しアルコールを分泌するの、そのアルコールをより一層魔力で増幅させ効果を高めたものが主流。事実このポーションもかなりの濃度のアルコールが含まれてるの…」


「アルコールか、蒸留酒みたいなのは凍らないからな…」


「うん、そりゃあすごい冷気を用意したら凍らせること自体はできる…けど」


「あんまり低温にすると、今度はポーションを囲んでる器の方がもたないか」


ポーションを入れている器やそれを運んでいるパイプは見たところガラス製。とてもじゃないが酒並みのアルコールが含まれた液体を凍らせられるだけの冷気に耐えられるように思えない。


下手に凍らせるとその前にガラスが割れて、外でポーションが混ざる可能性がある…か。


「なら、赤い方だけガラスを割って取り出そう。そして赤いポーションを回収してから、青い方を回収するんだ。これなら混ざらず解決出来る」


「おお、ラグナさん頭いい」


ステュクスが声を上げるが、これもデティは首を振り。


「残念、対策されてる」


「え?対策?」


そう言って指差す先は…ポーションを蓄えていたタンクの上側。そこには二つのタンクがある、青いポーションと赤いポーションを入れて居た二つのタンクだ。


よく見ると、二つのタンクには栓のようなものがされており、二つの栓がワイヤーで繋がっている。


「あれは多分タンクに干渉した場合、直ぐに外れてポーションが外に流れるようになってるんだと思う」


「タンクを割って片方出す…のは無理か」


「しかもあのワイヤー、ビアンカが使ってたのと同じだ…ありゃ切ないやつですよラグナさん」


「うーむ、この辺も用意周到に準備されているか」


一度セットされたら爆発以外なんとかする方法がないようになっている、ここまで完璧に用意をして居たから…。タンクを割るのは無理、凍らせるのも無理、後弄れるのはパイプだが…このパイプを割っても栓が外れそうだ。


剣が刺さっても栓が抜けてないのは、それだけヴェルトの投擲が鋭かったから…それも、剣を抜こうとしたら栓は衝撃で抜けるだろう。


干渉は不可能…か。


「…確かに、手立てがないな。しかもこれ…いつ爆発してもおかしくないよな」


今の爆弾の状態とはとても悪い、いつ爆発してもおかしくない。剣で堰き止めているがそれもいつまで持つか分からない。これはもうどうにも出来ないな。


「仕方ない、ステュクス。地上に上がって観客や貴族を避難させろ。全員いなくなってから爆発させよう。スタジアムは消し飛ぶがそれで死人は出なくなる」


「それしかなさそうっすね…わかりました、そうしましょう」


もう爆弾の解除は不可能だ、スタジアムが消し飛ぶのは避けられない。でも死人が出るのは避けられる。だから今すぐ人々を避難させて…。


「ダメ、爆発させるのはダメ、絶対解除して」


「は?」


しかしそれを否定するのはステュクスが連れてるレギナみたいな不気味な女…ラヴだ。彼女は首を振りながら俺に迫り是が非でも爆弾を解体しろと言うのだ。とは言うが…さっきまでの話聞いてなかったのか。


「解除出来るならそうする、だがそれが無理だから被害が最小な方を選ぶだけだ」


「被害は出る、スタジアムが爆発する方がまずい」


「何故だ?」


「……………」


「それはこの不可解な空間に意味がある…とかか?」


周りを見回す。ここはゴールドラッシュ城とゴールデンスタジアムを結ぶ地下通路よりも更に下層にある空間だ、しかもここで終わりではなく更に地下にも続いているようだった。


なんの用途かも分からない、なんであるのかも…何処へ続いているかも分からない。そんな地下通路に何か守りたい物でもあると言うのかとラヴに問いかけるが、答えないし表情も変わらない。


なんなんだこいつは。


「よく分からんモンを守るのに命はかけられない。守らなきゃいけない理由があるならここで言え」


「……………」


「あー、えっと。すみませんラグナさん、ラヴは多分爆発の範囲が不明瞭だから…街に被害が出るかもって言いたいんじゃないんですかね」


「だったらそう言え」


「そ、それはそうですけど」


俺は、ラヴという人間を怪しんでいる。だってこいつが何者なのか全く分からないんだ、それに…。


ラヴはリオスとクレーと合流してこちらに来たと言う。だが俺も上から地下に向かって来ていたがその間ラヴが俺に先行して進んだ形跡はなかった。足跡も無ければ残滓も残っていなかった。つまりラヴは上層以外の場所からここに来た事になる。


それって何処からだ?お前は一体、何者なんだ…。


「そういうわけだ、上にいる人達を避難させてからその後時限式の魔術で爆弾を作動させて処理しよう、取り敢えずその方向で……」


『まだ…方法はあるのではないですかな?』


「は?」


扉が開く、そこで俺はようやく部屋の外に新たに数人分の気配が迫っていることに気づく。敵意はない、寧ろこれはよく知る気配だ…これは。


「ロレンツォ殿…」


「それにトラヴィス卿!イシュ君も!」


そうしてやって来たのは車椅子を部下に押させる黄金卿ロレンツォと、杖をついて右足を引き摺る魔導卿トラヴィス、そしてその息子のイシュキミリだった。上で観戦している筈の王貴五芒星が…なんでこんなところに。


「どうしてここに…」


「ヒョェ…ヒョェ…配下より、地下通路で何やら騒ぎがあると聞きつけましてな。恐らくハーシェルの影とラグナ様達が戦っていると思い、こうして様子を見に来たのです」


「様子を見に来たって、そんな物見遊山気分で来る場所じゃないでしょう。護衛もつけずハーシェルの影がいるかもしれない場所にくるなんて」


「ええ、だからこうして…最も頼りになる護衛を連れているではあるませんか。ねぇ?トラヴィス君」


「ははは、私程度でロレンツォ様の身を守れるかどうか…些か不安ではありましたがね。事が終わっているようで何よりです」


なるほど…だからトラヴィス卿を連れて来たのか。この人はマレウスの魔術界に於いてあのケイト・バルベーロウを超える唯一の魔術師だ。足を悪くしちゃ居るがそれでも実力は恐らく俺以上…。


そんな人がついてれば確かにハーシェルの影なんて問題でもなかった。いや…だとしても。


「それでもここは危険です、そこに爆弾があるんです。いつ爆発してもおかしくない」


「話は外まで聞こえていましたよ。ポーションを使った不可思議な爆弾だとか…その件についてトラヴィス君から一つ意見があるそうでね」


「意見?」


「いや、意見と言う程ではないのですが…」


とトラヴィス卿は語りながら杖をついてこちらにやって来て…、デティと一緒にポーション爆弾の様子を見て。


「なるほど、随分面白い作りをしている」


「トラヴィス卿、これちょっとどうにもならなくないですか?私が見た感じちょっと解決策が見当たらなくて…」


「確かにこれは魔術でどうこう出来る代物ではないですな。それに一度物として完成してしまったポーションの効果を消し去ることもまた不可能。恐らくこれは揮発性も高く下手に外気に晒すとガスとなって当たりに充満する可能性も高い…ふふふ、面白い…つくづく面白い物が見れた。出来れば持って帰りたいくらいだ」


「ちょっとトラヴィス卿!」


「ああすみません、デティフローア様。私の悪い癖が出てしまいました…しかし、そうですね。なんとかは…なるのでは?」


「へ?」


ニコリと笑いながらポーションが交わる地点を指差すトラヴィス卿、すると彼は…。


「確かに一度完成してしまったポーションの効果を消し去ることは不可能ではある。だが…これはまだ『完成』の域に達していない」


「え?…あ!そっか!」


「そう、この赤と青のポーションはそれぞれが『素材』。交わる事で初めて爆発するポーションとして完成する仕組みになっている、故にこれはまだ作成途中と言える段階なのだろう」


「そうだ…、ってことは…!」


「卓越したポーション作りの腕があれば、ここから別のポーションに組み替えられる。爆発しない無害なポーションにね」


「ポーションを覆ってるガラスは熱を通すから火を当てればポーション作りの下地は整う。ここから魔力を通して中の成分を弄れば…うん、行けそう」


「見たところこのポーションの成分配列は別のものに酷似している。赤は内臓管理用ポーション、青は毛髪育成用ポーション、それらに作り替える事ができればいくら混ざっても爆発することはないでしょう」


つまり…今からこの爆発するポーションを爆発しないポーションに作り替えるってことか?


…俺も一応ディオスクロア大学園魔術科卒業の魔術師だからポーション作りってのをやったことはあるし、原理だって理解している。けど…。


めちゃ難しいんだぞ、あれって。こう…瓶の中に入れた水と薬草混ぜ合わせ、魔力で成分を分離させつつ変異させる。棒でかき混ぜて直接自分の魔力を注入してやっとこさ出来る代物。


だが今はそのポーション自体に触れることができない、下手に干渉すると何が起こるか分からないからだ。つまり棒でかき混ぜて物理的に成分を混ぜ合わせる事ができないんだ。


ポーション自体に触れず、魔力だけでやることの難しさは…例えるなら足の指でペンを持って手紙を書くに等しい難易度。少なくとも俺には出来ない。


…けど、出来るんだろうな。なんせここにいるのは。


「なるほど!それなら楽に!安全に!このポーションを無力化出来る!」


…世界最高のポーション作りの達人である友愛の魔女スピカ様の弟子。デティフローア・クリサンセマムなのだから。


「でも二つのポーションを一つづつ変質させるにはちょっと時間がかかるかも」


「なら、分担しましょうか。デティフローア様は赤いポーションを…青いポーションは」


するとトラヴィス卿はクルリと振り向き…連れて来たイシュキミリに対して微笑みかけると。


「イシュキミリ、お前…やってみるか?」


「え?ですが父様の方が…」


「ああ、私なら確実に出来る。手で触れず魔力のみで干渉しポーションを変質させるなんて朝飯前だ。だが…これから私の座を継ぐお前が、私に出来る事をやれなくてどうするか、やってみなさい」


「は、はい」


「がんばろーね、イシュ君!」


「はい、…ではやりましょうか」


父に言われやや緊張した様子でデティの隣に立ち二人でそれぞれのポーションに手を翳し魔力を当て始める。ここまで来ると俺にはもう何が何だか分からない、上手くいってるのかいないのかもな。


だから下手に口出しするのはやめておく。ここは二人の魔術師に託してみようじゃないか。


「申し訳ありませんな、ラグナ陛下。私の我儘で」


「え?何言ってるんですかロレンツォ卿」


すると、車椅子を押してロレンツォ卿が謝りにやってくる。いやいやなんで謝るんだ?寧ろスタジアムを吹っ飛ばす決断を勝手にしたのはこっちだろうに。


「…このスタジアムはなんとしてでも守りたかったのです。ここは…私にとって栄光の象徴でもありますから」


「このスタジアムが…ですか」


「ええ、多額の資金を投じ民が集まり一つの娯楽に一喜一憂する。それは財産の共有であり幸せの共有…つまり、皆と繋がる事を意味する。それが私の願いだったのです」


「その願いを叶える為の場所が…このゴールデンスタジアムなのですね。立派です、それを勝手に犠牲にしようとして…申し訳ない」


「いえ、貴方の判断は正しかった。だからこれは…私の我儘なのです」


なんて言いながらロレンツォ卿は静かに目を伏せ、申し訳なさそうに膝の上で両手の指を絡めいじらしそうに俯いて見せる。まぁ歯を八十超えた老人がやると見てくれはあれだが…実際かなり気にしているようだ。


そこまで申し訳なく思うことかね、まぁ俺には思い入れのある建物とかないしイマイチ共感は出来ないけどな。だって俺個人が保有する建築物とか無いし、俺の居城も役所的には所有者は師範だし…あの城が吹っ飛んでも別になんとも思わないし…。


しかし…気になる点が一つ。


「それで、この地下施設はなんなんですか?見たところかなり広大に見えますが」


「……………」


「ロレンツォ卿?」


城とスタジアムを繋ぐ地下通路があることは分かる、だがその更に下に何処に繋がるわけでもなくただ下へ下へ漠然と広がっていくこの地下迷宮の存在は結局分からない。


まずもって用途が不明だ、何かに使われているならまだ多少は察せるが廊下は綺麗で人が足を踏み入れた形跡は殆どなく、沢山ある部屋も殆どが空室。なのに漠然と広がっている。


これはなんなんだ?と聞いたところ、ロレンツォ卿は俯いたまま何も言わなくなる。寝たの?と顔を覗き込むとロレンツォ卿はこれまた直ぐに動きを変えこちらを見て。


「これを六王の貴方にお話しするのは些か…思うところがありますし、聞いて愉快なものでも無いですが、よろしいですか?」


「構わない」


「実はこの地下迷宮は…元は貴族用のシェルターになる予定だったのですよ」


「シェルター…?」


「魔女大国とマレウスの戦争が起こった際、貴族達を秘密裏に匿い保護する地下シェルター…、貴族達の安全を確保する為若き日の私が作り上げた物なのです」


「ここが?だけど…」


「ええ、使われていませんし使う予定もなく放置されています。とは言え膨大な時間と資金を投じましたし埋め立てるのは勿体無い…何か使えるのではと思案している間に、私もここまで老いさらばえてしまい、今では用途不明の地下迷宮になってしまった…というわけです」


「なるほどね…、もし戦争が起こっても貴族達はスタジアムに偽装した地下シェルターでぬくぬくと、ってか。確かに聞いて気持ちいい話でも無い…けど」


地下シェルターねぇ、どーもそういう風には見えないね。だってつまりこの地下迷宮は元は居住用に作ったんだろ?


にしては、異様に入り組みすぎだ。まるで入った人間を迷わせ二度と出さないように最初から設計されているようにも感じる。なのにロレンツォ卿は地下シェルターだと言っている。


ってことはつまり…。


(嘘、ついてるよな…やっぱ)


ここで重要なのは嘘の内容でも真相がなんであるか…でも無い。ロレンツォ卿が俺に嘘をついて真相をはぐらかそうとしている事実そのものが問題だ。つまりロレンツォ卿は俺に真実を言う気がない。


ここで俺が『嘘だよな?それ』と言ってもロレンツォ卿は次なる嘘で俺を騙すだろう。その嘘をいちいち見抜いて的確に指摘して、そういう労力を割いて得られるのはなんだ?ロレンツォ卿の疑心だけだ、そんだけのことをして得られる真実にどれほどの価値があるかも分からない。


だったら…。


「…そうだったんですね、話してくれてありがとうございます」


「聞いていて楽しい話でもなかったでしょう、申し訳ない」


ここは飲み込む、嘘を吐く人間には嘘を吐くだけの理由がある。そこを汲み取り今は聞かない、今俺が優先するべきは安全にエルドラド会談を終わらせることだけだから。


「ふむ、では私は少々周囲を見回ってくるよ」


「え?父様?」


すると、急に辺りを見回ってくると言い出したトラヴィス卿にイシュキミリが目を丸くする、そりゃあ俺も同じだよ。今?それもお前が?ってな。


「お待ちください父様、父様は足を悪くしている。態々一人でいくなんて危険です」


「問題ない、彼の助けを借りるからね。ね?ヴェルト君」


「うす、すんません」


「ヴェルト殿…ああ、そう言えばお二人は…」


「そう言う事だ、まぁ少し昔話に花を咲かせてくるよ」


それだけ言うとトラヴィス卿はヴェルトを連れて部屋を出て行ってしまう。二人の関係…ってなんだろう。俺はよく知らないからなんとも言えないが…まぁいいか。


………………………………………………………………………


対峙する、クルス邸の目の前で。コーディリア達が拠点としていたのはやはりクルス・クルセイドの下だった、本拠地を突き止め漸くこれから決戦…と言う時になって、コーディリア側も切り札を切って来た。


それは…。


「んふふふふふふふふふふふ!さぁどうする?マーガレット…こちらにはお前の愛しの姉がいるんだぞ?」


「…コーディリア…、お前は…ッ!」


実の姉…トリンキュローだ。既に自我は存在せず虚な様子でフラフラと立つトリンキュローを前にメグは歯噛みする。あれこそがコーディリアが所有する切り札…あれを出された時点で場の主導権は無条件でコーディリアが有することになる。


「おいメグ、あそこに居るメカクレメイドがお前の生き別れの姉貴…なんだよな。おい待てよ、俺お前の姉貴がここに居るなんて話…聞いてないぞ」


「申し訳ありません…ですが皆様に嘘をつくつもりは──」


「そんな事はいい、お前はどうしたいんだ…それをまだ聞けてない」


「え?」


アマルト様がこちらを見る。確かに私はこの街に姉様が来ている事を黙っていた、それは私の事情にみんなを巻き込みたくなかったから、その件について怒られる事は…覚悟していた。


事実以前似たような事でアマルト様を怒らせてしまったから…でも。


「お前、姉貴に会いたかったんだろ。それはこんな形でじゃないはずだ、どうする…どうやって姉貴を救う。計画はあるのか?それとも先にあのカスぶっ飛ばすのか…お前が決めろよ、俺はそれを助けに来たんだからな」


「アマルト様…」


「任せろよ、んでもって…やってやろうや」


私の背中を押して拳を握る、共に戦い私の願いを叶えると口にしてくれる。秘密にされた事はそれとして…私の姉様への想いを知っているから彼は…。


「そーです!メグさんのお姉さんを返してもらいますよ!」


「…人の命を弄び、尊厳さえも踏み躙る愚劣極まる蛮行。目に余る…お前達の存在を神は許さない、当然…私も許さない」


「皆さん…」


「メグ、どうする…姉貴が取り戻すか?怨敵ぶっ倒すか、好きにしろ、お前が望めば…きっとそうなる」


…私は静かに姉と向き合う。見てください姉様、あの時一人で無力さに咽び泣いていたか弱い私はもういないんです。今の私には…こんなにも頼りになる仲間が、友達がいるんです。


だから、…見ててください。私が…私達が、どれだけ強いかを!


「勿論、両方です!ここでコーディリアを倒し姉様を取り戻します!それ以外あり得ない!」


「だよなぁ!つーわけでそこのやられ役君!今から俺達がお前を華麗にぶっ飛ばすんで出来る限り無様な断末魔よろしく頼むぜー!」


「ハッ…分かってるのか?私はトリンキュローを自由に動かせる、お前達の相手をさせることも…人質に取ることさえ出来るんだよ!」


瞬間、コーディリアが懐から鋭い刃を引き抜く。それと共に腰を回し隣に立つトリンキュロー姉様に向ける…、そうだ。姉様は今完全に操られている、だからそれを人質にするだけで私達は動けなくなる…だけど。


「だからッ!」!


コーディリアがナイフを抜いてトリンキュロー姉様に向けるよりも速く、動く影が一つ…。


「やられ役は!大人しくやられとけやクソボケがぁっ!」


「なっ!?速ッ!?」


アマルト様だ、彼はコーディリアが動きを見せた瞬間に駆け出し彼女に向け鋭い飛び蹴りを喰らわせたのだ。その動きの速さたるや私が出す瞬間最高速度さえ上回る程、剣士特有の踏み込みの鋭さから繰り出される蹴りはコーディリアの顔色を変えさせ。


「ぐっ!?」


「似合うぜ!靴跡の化粧!」


「ッテメェ…!私を怒らせたな!」


「今頃キレてんのかよ、こっちはとっくにブチギレてんのによぉ!俺のダチ散々コケにしてくれやがったな!この返しは百倍だから期待しろよ!」


コーディリアを蹴り飛ばしマルンの短剣を引き抜き、同時に呪術にて黒剣を作り出しトリンキュロー姉様とコーディリアを引き剥がす。その早業にさしものコーディリアも余裕を保てずブチブチとキレながら立ち上がりアマルト様と向かい合う。


しかしそんなコーディリアから視線を外したアマルト様はこちらを見て。


「メグ!今のうちに姉貴の確保を!」


「は、はい!」


姉様が完全フリーになった!今なら姉様を確保出来る!トリンキュロー姉様…!


「ッ…させねぇ!トリンキュロー!命令だ!マーガレットを殺せ!」


「あ!テメェ!」


されど簡単には行かぬ、コーディリアは口開きトリンキュロー姉様に命令を下す。本来ならトリンキュロー姉様はコーディリアなんかの言う事は絶対に聞かない…けど。


「こ、殺す…マーガレット…」


「…姉様」


今の姉様はリアの洗脳により自我を失っている。下された命令は絶対に遵守する…、懐から空魔の短剣を取り出し、構えを取る…私に向けて。


…私を殺す気なんだ、姉様は。


「ダメですメグさん!お姉さんと戦っちゃ!僕達がトリンキュローさんを押さえ込みます!」


「メグ…!」


咄嗟に私を庇い私の代わりにトリンキュロー姉様と戦おうとしてくれるナリア様とネレイド様だったが、その動きを確認した瞬間。目前の館…その二階の窓が開け放たれ。


『させるかよぉぉおお!!!全員蜂の巣だオラァァァァ!!』


「ッ…昨日の、クレシダ!」


窓から顔を出したクレシダが両手の機銃を二人に向けてぶち撒け始めた。即座に反応したネレイド様に庇われナリア様は無事だったが…やはり二人も引き剥がされた。


…そうか、恐らくコーディリアは最初からこのつもりだったのか。


「フハッ!フハハハッ!マーガレット!ウジムシマーガレット!さぁ苦しめ!悲しめ!お前はお前の姉と殺し合うんだよ!」


「テメェこのクソ野郎!どんな教育受けたらそんなに性格捻じ曲がって成人出来るんだよ!メグ!代われ!お前コーディリアの相手しろ!お前…姉貴と戦うな!」


アマルト様とコーディリアの声がする。視界の端で二人が刃を交え戦う金属音が響く中、二人の意識がこちらに向けられる。


最初からコーディリアは私と姉様を殺し合わせるつもりだった。この状況を作るため態々ここで待っていた、最初から…この光景を目にして絶頂する為に。


…さぞ嬉しいだろうな。痛快な心地だろう、きっと彼女はこの数日間この光景を夢想して寝床についていたくらい…私がここで悲痛な顔と声を晒す事を楽しみにしていただろう。事実今私の心持ちは最悪だ。


あれだけ求めた姉様が今私の目の前でナイフを構え殺意を向けているんだから。…コーディリアの計画は成功したといえる、だからこそアマルト様も代われというんだろう。


…けど、けどね…アマルト様。


「いえ、大丈夫です。アマルト様…私は姉様と戦います」


「はぁ!?お前…また無茶を!」


「無茶じゃありません!…ずっと覚悟してたんです、無双の魔女の弟子になったその時から、こんな時が来る事を…ずっと!」


覚悟してたんだよ、私はずっと…覚悟を。私が空魔を裏切った時点でジズは私を簡単には殺そうとはしないだろう。もしかしたら…姉様を使って私を殺しに来るかもしれないと思っていた。


ジズは簡単に人の心を捻じ曲げられる。人の親愛、人の友愛、そういうものを無視して相手に地獄を叩きつける天才だ。こういうこともあるだろうと容易に想像できた。


だって、私はジズから解放されたけど…姉様は未だに空魔の一員だったんだから。姉様は未だに…一度として解放されていないのだから!


「私は姉様と戦い、姉様を解放します。くだらない…殺しの連鎖から、解放するんです!」


「メグ…そっか、悪い。なら存分にやれ…雑魚は俺が蹴散らしとくぜ」


「誰が雑魚だッ!」


「テメェ以外いるかよ!他人の苦しみを啜って悦ぶダニ以下の生物が!テメェ以外に!」


既にアマルト様とコーディリアの戦いは白熱の限りを尽くしている。だから…私達もやりましょう、姉様。


「つけましょう、決着を。私と姉様を捕らえる…因果との」


「…ころ…す!」


共にナイフを構え…共に動き出し、始める。


私と姉様の…殺し合いをッ!


「はぁっ!」


「ッッ…!」


動き出す、踏み込みは…足を曲げて行うのではなく、後ろ足で加速し二の足で地面を蹴るように。それが空魔に教えられる最初の基本、一歩目から最高速に至る殺しの歩み。


それは研ぎ澄ませば人の目では追えぬ『影』となる。そこから叩き出される斬撃は…人のの命を容易く刈り取る。


「くぅっ!」


「殺す!殺す殺す!」


────小振なナイフに全体重を乗せて切りつけあい、激しく火花をぶつけ合いながら加速し周囲を飛び回りながら至近距離での戦いを繰り広げるメグとトリンキュロー。


姉と戦うことに迷いを抱かないと覚悟を決めたもののそれでも辛いとばかりに顔を歪めるメグに対し、トリンキュローは目を血走らせ猛烈に攻め立てる。


「シャァッ!」


「ッ…流石姉様、動きに無駄がない…いや、これは」


迫るナイフを叩き落とした瞬間飛んでくるトリンキュローの掌底を身を屈め回避した…所にまるで予め配置しておいたかのような膝蹴りが飛んできて、危うく鼻先を掠め少しだけ流れた鼻血を拭うメグ。


動きに無駄が少ない、こうして渡り合っていて思うのは『奇妙なまでの丁寧さ』。人間の少ない戦いぶり。まるで教科書と戦っているようだ。


「空魔六式・絶技乱斬ッ!」


「『時界門』!」


瞬間、自身の加速を活かし斬撃の衣を纏うように無闇矢鱈にナイフを振り回し飛んでくるトリンキュローの突進を地面に作り出した時界門の中に飛び込む事で回避してみせる。


飛んだ先はトリンキュロー姉様の背後、このまま気絶させて…。


「シャァッ!」


「おっと!」


まるで背後に目がついているように即座に転身し斬撃を飛ばされ慌てて離れる、やはり…異様だ。


…戦闘とは直感と自己理論に基づいて行われるものであり、その者が今まで歩んだ経験から戦い方は構築される。その経験の偏りが癖…と呼ばれるのだが、今のトリンキュロー姉様からはその癖を感じない。


無垢だ、戦い方があまりに無垢。故に鋭く、鋭敏だ。剥き出しの殺意をそのまま相手にぶつけているようだ。


(リアの洗脳教育の仕業か…、自我が剥奪されているから体に叩き込まれた動きを反射と反応で再現しているんだ)


元より身体能力は非常に高いことは分かっていた、姉様は二十番内に収まる程度で格で言えばコーディリアに大きく劣る…けど、そもそも影のナンバーと実力は比例しない。


そりゃ高ナンバーの方が強い奴が多いが、ナンバーが上だからと言ってそれが実力の全てではない。あれは殺した人数とジズへの貢献度の指標でしかない。事実ファイブナンバーのミランダなんかも実力的にはコーディリアどころか二十番代の影にも劣るが、その殺害人数の多さからファイブナンバーに取り立てられているしね。


姉様はその逆、貢献度が低いだけで…素の実力はコーディリア並みだ。でなければそもそもスピカ様と戦い生き残る事さえ出来ない。


故に余計な思考を削除され、身体能力に物を言わせて戦う今の姉様は…強敵と呼べるだろう。


「フッ!」


「姉様…貴方の戦いを始めて見ますが、貴方はこんなにも強かったのですね!」


瞬間飛んできた蹴りが私の顔を叩き抜き、吹き飛ばされた私は館の扉をぶち抜きクルス邸のエントランスを転がる。


強い、強いんだ…姉様は強い、それは私を守る為に手に入れた力だ。私を守る為、私の立場を守る為、私に代わって有用性を示し続ける必要があり、その為に殺しに手を染めた。


振るわれる刃の一つ一つが、私を守る為に研ぎ澄まされた物であることは…こうして戦っていても分かる。その強さは私への愛なんだ…私を守る為のものなんだ。


姉様がここまで、私を守る為に戦い続けてきた証明なんだ。…だから。


「今度は…私が守るますから」


「…………」


シャンデリアに煌々と照らされるエントラスに踏み込んでくる姉様を相手に構えを取る。今度は私が…姉様を守るんだ。


………………………………………………


「オラァッ!」


「チッ!雑魚かと思ったら結構やりますね…、まさかお前も…魔女の弟子か」


「リサーチ不足なんじゃねぇの?探究の魔女の弟子アマルト・アリスタルコス様を知らねーとはな!」


「アマルト?ああ…そんなのもいたな」


カチーン!今キレましたよ俺!まぁ確かに前回全然活躍出来なかったですけどねぇ!ったく…しかし。


(こいつがコーディリア…ねぇ、今現地に来てるハーシェルの影達の中でリーダー格にして最強の存在…か)


館の前で鎬を削り合うアマルトとコーディリアの戦いは未だなお続き互いに決定打を見出せずに続いている。それだけコーディリアという殺し屋は強く、前回戦ったモース大賊団が可愛く見えるレベルで強いでやんの。


(しかしやばいな、メグと引き剥がされた。ネレイドとナリアもクレシダと戦ってるし…)


チラリと視線を移せば窓から飛び降りてきたクレシダの相手に難儀してるようだ。とは言え向こうにはネレイドがいるし、多分直ぐに突破は出来る。


そうなったら俺の方を手伝ってもらって、ネレイドがコーディリアを羽交締めにしてる間に俺とナリアでボコれば…いける!そうなったらメグの方も万全に手伝えるし、これで行こう。


「ククク…」


「…不気味な奴だよな、お前」


しかし、それでも不気味に笑うコーディリアには何処か余裕さを感じる。とても追い詰められているようにも見えないし、人数的に不利な状況にあるとは思えない。まだ何か隠してるのか?


「不気味?そりゃあお前達の方だろう。まさかお前…自分達が『有利』だと勘違いしてないだろうな」


「…はぁ?有利だろ、人数的にも状況的にも」


「…ぷふっ!クク!カカカ!アハハハハハハ!」


気でも狂ったか…いや狂ってるのか、腹を抱え悶え始めるコーディリアは涎を垂らしながら笑い俺を見て…。


「お前、誰と戦ってつもりだ?戦士?剣士?正々堂々血糖に応じてくれる騎士か?違う…私達は暗殺者、取り敢えず殺せればそれで万事宜しいんだよ」


「……今殺したいのは、メグ…だよな。だけど…」


「ああ、マーガレットは強い、悔しいが強い。きっとトリンキュローにも勝つ…けど、勝ったところで何をどうする?結局マーガレットが死ねばそれでいい」


…勝ち負けは関係ない?メグが死ねばそれでいい…。トリンキュローと戦わせるのは計画のうち…ならその果てにメグが死ぬ。だがトリンキュローでは殺せない。


……まさか!


「自爆か!」


思い返すのは昨日、目の前で爆裂したメイド。

思い返すのは一年前、コルスコルピで戦ったハーシェルの影ペルディータの末路!

こいつらは体内に爆弾を持っている!だとしたら…トリンキュローの中にもそれがないとも限らない!


もしかしてこいつら…!トリンキュローを…!!


「トリンキュローを、自爆させてメグを道連れにする気かッ!!」


「クヒヒ!感謝しろよッ!大好きなオネーサンと一緒に死なせてやるんだからなぁっ!」


「こんの…ッ!!」


アイツがどれだけ姉との再会を望み、姉を思ってきたか…理解してるのか!いや、理解してるから…やってるのか!


許せねぇ…俺ぁ真っ当な人間じゃない自覚はあるが、それでもコイツら外道の事は許せない!…けど。


「バカかテメェは!俺がここでテメェを速攻でぶっ潰してメグのところに行ってそれを教えれば全部解決だろうが!」


「やれるか?お前はここで死ぬのに」


「やれるに決まってんだろ、今俺…これ以上ないくらいキレてんだ、テメェがここで何をしようがどれだけ強くなろうが…」


ベルトのバックルを押さえ、血のアンプルを確保して…。


「死んでも勝つ…!」


口に咥える、コイツは許さん。地獄を見せてから勝つ!待ってろよ…メグ!

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