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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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506.星魔剣と地下迷宮の戦い


「こいつら、ハーシェルの影か…話にゃ聞いてたが、マジでエルドラドに来てたのかよ…!」


ヴェルトは剣を抜き放ち、静かに呼吸を整える。


「ハーシェルの影…姉貴達が戦った奴か…、マジかよ」


同じく弟子のステュクスも星魔剣を構えヴェルトに肩を並べる。


二人は今、スタジアムの地下迷宮の中にいる。スタジアムの廊下で見かけた怪しいスタッフ、それをこっそり尾行しながらついていったところ…。


廊下の下層にある地下通路、更にそこから分岐する地下迷宮に辿り着き…この部屋を見つけてしまった。小さな倉庫くらいの大きさのある白塗りの部屋のど真ん中置かれたパイプだらけの魔力機構。


両側には赤いポーションと青いポーションを溜めており、見るからにヤバそうな空気を漂わせている。何よりその機構を守るようにメイド達が立っているんだ。


ハーシェルの影、ロレンツォ様の命を狙った世界最悪の殺し屋集団…そいつらが今言ったんだ。


『あと三分で爆発し、スタジアムが消し飛ぶ』と…。


(つまりあの機構は爆弾…ってことだよな。治癒のポーションに偽装して運んでたのはその材料か何かか?どういう仕組みで爆発するのか分からないけど好きにさせたらとんでもないことになる!)


今、このスタジアムには民間人、貴族、王族…全員が揃っている。そんな所が爆発なんてしたら全員死ぬ。


レギナも…死ぬ、それだけはなんとしてでも阻止しないと!



「魔女の弟子…じゃあなさそうだけど、グシシ…肉ならなんでもいいか」


「有事ですので、始末させて頂きます」


「アァーハッハッハッ!楽しなってきたぁー!」


目の前に立つのはメイドが三人、プラス一人…スタッフの格好をした女。スタッフの格好をした奴が誰かは知らないが、多分メイドの方はアレだ。


ハーシェルの影七番のオフェリア、八番のビアンカ、十番のデズデモーナ。全員姉貴と戦い、そして姉貴が仕留められなかった奴。


あの姉貴がだ、俺より数百倍は強いあの人が倒せなかった奴。俺じゃあ到底敵いっこ無い…けど。


「ハーシェルの影、ねぇ…以前見た奴だな。確かオフェリアとビアンカだっけか?そっちのマッチョは知らないが…確かお前ら結構大物だったよな」


「おや?貴方はいつぞやの…ヴェルト・エンキアンサスではありませんか。おかしいですね、貴方は死んだはずでは…まさか有事ですか?」


「チッ、やっぱ生きてやがったか。まぁいいここでぶっ殺す、メタメタのボコボコにしてクラッシュアンドジェネサーイド!」


「え?師匠こいつら知ってるんですか?」


「まぁな…」


師匠がついてる、師匠と一緒なら、こいつらも倒せるかもしれない。


というか倒す倒さない以前にあの機構なんとかしないと!そうこうしてる間に二分切ったぜ!睨み合いも程々にしないと!


「師匠!見た感じあの機構についてる時計!針が一番上に来たら爆発するっぽい!」


「だな、それまでにぶっ壊せばなんとかなるか?あの赤いのと青いのなんだ…分からない、どう対処していいかも分からない、二分以内にこいつら倒して…行けるか、いや行くしかねぇ!ステュクス!俺についてこれるか!」


「勿論!」


「なら行くぜ!」


「ヴェルトは兎も角、一緒に居る雑魚…アレは早めに殺しましょう。有事ですから」


「滾ってキタキターっ!」


共に剣を構えながら機構を目指す、間にいるハーシェル達を押し退ける為師匠と共に部屋に乗り込む。


迎え撃つはビアンカ・オフェリア・デズデモーナのエリート達、もう佇まいからして只者じゃ無い!少なくともフューリーなんかより余程強い!これ俺が出る幕あるのか!?


「空魔五式・絶技乱斬ッ!」


「うぉーっ!?」


動くのはビアンカだ、ワイヤー使いが両手をブンブン振り回すと袖の中からニュルニュルとワイヤーが伸びて来て、次々とワイヤーの斬撃が殺到する。まるで雨のようなそれは俺達の逃げ場を奪うように着実に飛来するんだ。


迫るワイヤーを一本、受け止めるように剣を寝かせるが…。


「イッ!くぅ〜!ワイヤーを一本剣で受け止めただけなのに手が痺れる!なんつー重さだよ!」


「私の指一本で通常のハーシェルの影一人分の戦力はあります。貴方は今…世界最高の殺し屋を十人以上同時に相手取っているのと同じです」


有事ですよ、そうかなりながらまるで見えないピアノを叩き回すような素振りで腕を振るうビアンカ、それに伴いワイヤーが十本…飛び回る。ワイヤー一本一本がまるで一流の剣士が振るう剣のように的確に飛んでくる。


アイツの語る指一本で殺し屋一人分という驕りは強ち嘘でもなさそうだ。今俺は細いワイヤー一本に一人の剣士を垣間見ている。達人級の使い手十人に囲まれているに等しい状況!これやばいな。


分かっていたが俺、コイツと真っ向切って戦っても勝てる気がしない。


「ステュクス!攻撃に惑わされるな!見るのは相手だ!」


「ッ!師匠…」


「目の前に事象に対応してたら時間が足りない!相手が何を考えているか!何をしようとしているか!それを読んで先回りするんだ!一々丁寧に相手するな!」


剣で必死にワイヤーを受け止めている俺に対し、師匠は未だ一度として剣を振るわず的確にワイヤーを避けて進んでいる。


そうか、ワイヤーに気を取られ過ぎて気がついていなかった。俺は今十人の剣士を相手にしているんじゃない、相手はビアンカ一人!目も頭も俺と同じ数しかないんだ!


だったら!


「ぅぉおおおお!これならどうだぁぁああ!!」


「むっ…!」


振り抜くのはもう一本の剣。貸してもらって間違えて持って来てしまった黒剣。重く、それでいて硬い無骨な剣を抜き放ち頭の上でグルグル回す。


するとどうだ、空間中を飛び回るワイヤーが数本、剣に絡み付き動かなくなるではないか。それを見た瞬間俺はワイヤーの絡んだ剣を地面に突き刺し深々と固定する。


「っ!剣が絡んで…!抜けない!?何という重さの剣!有事です!お姉様!」


そう、この剣は洒落にならんくらい重いんだ、そしてワイヤーは単独では動かずビアンカの指によって動いている、なら数本絡めて固定すればビアンカの腕も止まることになる。


ビアンカの腕が止まれば、他のワイヤーも一緒に止まる!


「ワイヤーの雨が止んだ!師匠!」


「お前やるなぁ!流石の判断だ!つーかその剣何!?」


「いいから!」


ビアンカが絡んだワイヤーを切り捨て新たなワイヤーを用意している…が、遅い…確実に手間取っている!ワイヤーが無いならビアンカは動けない!これで一人潰した!後は…。


「チィッ!雑魚だと思ったけど思いの外やる!ならオレがヴェルトをやる!デズデモーナ!お前はあの雑魚をミンチにしてやれ!」


「ヒャハァーッ!!」


「こいや筋肉ダルマ!オメェなんか怖くねぇ!もっと怖い筋肉ダルマ知ってるからな!俺は!」


「相手するな!もう時間がねぇ!」


すると師匠は俺よりも早く、一歩…抜き放つような踏み込みを見せ加速すると、迫るオフェリアに向け剣を横にし。


「邪魔すんな…!ハーシェル!」


「ぬぉっ!?」

 

一瞬振り上げるようなモーションを見せた後即座に剣を下に向け足先を払うような仕草でオフェリアの足を掬い上げる。アレは師匠の技『泥濘剣』!泥濘に足を踏み入れたが如く相手を滑らせ無力化する小技!


小技過ぎて正直俺使ってなかったけど…ああやって使うのか。勉強になる。


「ッテメ!待てやッ!」


「待たん!しつこい!」


それでも地面を這いながら迫るオフェリアと戦う師匠はこちらを見て…。


「気ぃ抜くな!ステュクス!」


「ッ…!」


そうだ!こっちにも来てるんだ!デズデモーナ…確か強さだけなら敵方一番の使い手だったな。怖え…勝てるのかよ俺…いや!


師匠の前でみっともない所は見せられない!


「来い!つーかどけ!」


「ぅゔぉぁぁあああああ!!殺すぅぅううう!!」


掴みかかってくるデズデモーナに剣を突き立てる、見たところ武器を使うようには見えない、拳を使ったインファイターか?なら距離を取って立ち回るか!


「『エーテルフルドライブ』!」


「なっ!?」


輝き出すのは星魔剣ディオスクロア、この剣に秘められし七つの力…そのうちの一つ!


「その三!『魔銃刃弾』ッ!」


擬似魔力覚醒を行うその一『魔統解放』、魔力を噴射し空を飛ぶその五『魔天飛翔』、それと同じようにこれもまた星魔剣に隠された力の一つ


柄を掴みライフルのように構え、鋒を銃口に見立て星魔剣内部に込められた機構を起動させ…。


「『穿光魔衝弾』ッ!」


放つのは魔力弾丸。通常形態でも発射可能な『魔衝斬』…魔力を斬撃に乗せ放つ遠距離技である魔衝斬を更に飛び道具として強化したのがこれ。


つまり、魔銃刃弾とは即ち『中距離特化型』の形態だ。俺は銃の心得がないからあんまり使い慣れてないけど、この距離なら外さない!


「ッ…高密度の魔力弾!?お前みたいな雑魚が何でそんな物を!」


「うぉっ!?器用なことするなステュクス!いつのまに魔力形成術なんて会得したんだよ!」


驚愕し咄嗟に回避するデズデモーナとオフェリアと戦いながらもこちらを見るヴェルト師匠の二人は俺が魔力弾を放った事に対して驚きを隠せない様子。


まぁそうだ、魔力とは本来物理的干渉能力を持たない不可視のエネルギーだ。それを物理的干渉能力を得るほどに圧縮出来るだけの魔力操作とそれだけの魔力を持った一部の人間にしか…この手の魔力弾は放つ事が出来ない。多分姉貴も魔力単体では攻撃出来ない。


だから魔術という物があるのだ。だが一部の天才は魔力を魔力のまま武器に使うことが出来る。そんな代物を放ったんだ、そりゃ驚くよな。


でもそれが可能なのは星魔剣のおかげ。逆に言えば…これを使った俺は魔力形成術会得済みの使い手と同程度のことは出来るという事だ。


「オラオラ!どんどん行くぜ!退かなきゃ蜂の巣になるっての!『拡散魔衝弾』!」


「……いや、これは恐るまでもねぇか」


するとデズデモーナは無数に枝分かれする魔力弾の雨を…そのまま体で受け止める。


「はぁっ!?気でも狂ったか!?」


拡散し威力が弱まったとは言え魔力弾は魔力弾、デズデモーナの体を抉りその体から無数の血穴が生まれ、あちこちから出血する。…痛いだろうに、顔ひとつ歪めてない。


いや…待てよ、なんだこれ。


「銃創が…塞がっていく」


小さな傷がみるみるうちに塞がって止血されていく。治癒魔術?…じゃないよな、詠唱してないし。ってことはあれか、こいつめちゃくちゃ新陳代謝が速くて傷の治りが凄くいいんだ。


…なわけあるかよ!人間かよこいつ!


「魔力形成術…なんて言ったらエアリエル姉様に怒られちまうな、こんな子供騙しを」


「う…」


「アタシに生半可な攻撃は効かねぇよ。銃も…剣も…あらゆる傷は直ぐに治る」


「えぇ、先言っといてよ…」


え?じゃあ銃なんて使っても意味がないってことか?銃創は傷そのものは小さい…回復に要する時間はより短い。じゃあ…え?どうしよう。


「殺してやるぜェ…殺してやるぜ!クソ雑魚がぁっ!!」


「ひぃぃっ!?」


迫るデズデモーナ、それを追い払うため必死に魔力弾をぶっ放すがデズデモーナはもう意にも介さない。肩を撃ち抜かれても足を撃ち抜かれても傷を無視して突っ込んでくる、突っ込んでくる間に傷は治る。


ダメだ効いてない!これやば……。


「うっ、壁!?」


ふと、自分が壁を背にしていることに気がつく。やばいこれ追い詰められたッ!?


「ステュクス!避けろ!」


「もう遅い!ミンチしてやるよぉぉおお!!」


「くっ…ぉぉおおおお!!!」


もうダメだ、だけど師匠を前にみっともない真似は見せられない、せめて死中に活を求めるが如く闇雲に剣を振るおうと剣を構え一心不乱にデズデモーナに向けて振るうが。


「ヘッ、効かないねぇ〜」


フッと首を傾け俺の剣を回避し、まるで見せつけるように頬に傷を敢えて作るデズデモーナはニタリと笑う。ギリギリ掠った傷もすぐに治って…直ぐに…。


直ぐに…ん?


「……?あれ?治らない」


デズデモーナはみるみるうちに顔色を変えて自分の頬に作られた小さな切傷を撫でる。そこには未だに血を流す傷が刻まれており、一向に治る気配が見られない。


…治らない?なんでだ。切り傷は対象外…なわけないよな、師匠さっき斬っても刺してもって言ってたし…。


「は?なんでだよ、なんで治らない!お前!今何した!」


「ひぇっ!?いや…普通に斬っただけっすけど…」


「はぁ?普通に斬っただけなら治るはずだろうが!…いや待て、まさかお前…その剣!魔道具か!」


「へ?…あ」


ふと、鍔に取り付けられた魔力計を見ると、ほんの少しだけだが魔力が補充されている事に気がつく。まさかこいつ…魔力を使って回復してる?その回復分の魔力を星魔剣が奪い取ったから、回復しないのか。


…へぇ〜、なんだ…全然あるじゃん、弱点!


「へへっ!どうやらお前…この剣に弱いみたいだな!」


「ッ…はっ、雑魚が…だからなんだよ」


「テメェだって斬ったら死ぬ人間なんだろ。だったら怖がる必要はどこにもないって話だよ」


そうだ、人間なんだ…同じ人間。ロレンツォ様の言っていた俺たちはみんな同じ人間。


強い弱いは確かにある、そこに差は確かにあり人間は皆違いを持って生まれている。だが根本は同じ人間なんだ…なら恐る必要はどこにも無い。


相手が誰かを考えるな!今俺が何をしたいかを考えろ!敵が強くても、怖くても、斬ったら全員死ぬんだから…そこは俺と同じなんだから!!


「師匠直伝!面打ち!」


「くっ…!」


俺の縦斬りを恐れデズデモーナが一歩引く。これ以上傷を作られるのはまずいと考えたのか、或いはなんでも治る体だからこそ傷を作った際のデメリットを異様に恐れているか。


何にせよデズデモーナの勢いは死んだ、これなら突き抜けられる!


「ッ雑魚がぁっ!チョーシに乗るなァッ!!」


デズデモーナが暴れるような姿勢で拳を握り俺に向けて薙ぎ払う。それは技では無く暴力…理合の無い純粋な剛力。傷を負っても問題ないと言う前提があるからこそ成立する防御を捨てた捨て身の攻撃。


いつもならそれでいいんだろう、こっちの反撃は勘定に入れなくてもいいんだからな…けど今は違う!


「甘い!師匠直伝!胴崩し!」


「ごぶふぅっ!?」


屈むと同時に足先を軸に回転しデズデモーナの胴を剣の腹で強打する。それと共に肋はへし折れ…治らない。そこに確かな痛みがある以上デズデモーナの足場の止まる!今ならいける!


「師匠直伝!剣士殺し!」


「ごぁっ!?」


一閃、剣を振り上げるように二度振るう、と共にデズデモーナの両手が手首からポロリと取れる。悪いな、ちょいと血生臭いけど…今ここで躊躇してる場合じゃねぇんだ!


「ぐっ!!ぅぅうう!アタシの腕ェッ!」


「バーカ!傷を勘定に入れてないからこうなるんだよ!痛い思いして人は強くなるんだからな!」


「治らない!治らない!治らない!どーなってんだよこれェッ!」


必死に落ちた腕をくっつけようとしているが…、いつもならそれでくっつくんだろうけど俺の剣がデズデモーナの魔力を喰ったせいで治癒能力が減退している。直ぐにはくっつかない…けど。


(もう頬の傷が塞がってる、傷が治らないのは一時的でしかないのか…本当になんなんだこいつ)


デズデモーナは気付いてないがさっきつけた頬の傷がもう塞がっている。多分瞬間的に治癒を封じられるだけで、完全に治癒能力を剥奪出来る訳ではないみたいだ。


多分ほっといたら腕をくっつくだろう。事実手首を切ったにしては出血量が少ないし…けど今はそれでいい!デズデモーナがいないなら!


「あの爆弾ぶっ壊す!」


「よっし!それでこそ俺の弟子だ!ステュクス!」


「嘘だろ!?あのデズデモーナがやられた!?アイツ雑魚じゃないの!?」


オフェリアは戦慄する。ステュクスと言う存在を完全に見誤った、ビアンカを封じ、デズデモーナを倒し、ただ一人でハーシェルの影十番以内の準ナンバー級たる二人を撃破した男を。


完全なる誤算、魔女の弟子だけが敵だと思い込んだオフェリアの誤算は…一瞬の隙を生む。


「雑魚なわけねぇだろうが!アイツは俺の弟子だぞ!」


「ぐぎぃっ!?〜ッ!カハっ!ォェッ!息が…!


ガコン、と鈍い音を立ててオフェリアの腹を撃ち抜き一撃で昏倒させる。それによりオフェリアは堪らず膝をついて嗚咽し始める。


「胴崩しってのはこうやるんだよステュクス!相手の骨ごと内臓押し潰す感じでな!」


「さすが師匠!」


「それより爆弾を…!」


「させません!」


「ッ!」


オフェリアは倒した、デズデモーナも倒した、あとは爆弾を壊すだけと言う場面に至って飛んでくるのは…ワイヤーだ。


「ビアンカ!?くそっ!もう動き出したか!」


弾丸のように飛んでくるワイヤーを師弟揃って回避するが、新たなワイヤーに取り替えたビアンカは十全な状態で動き続ける。今度は一縷の油断もなく。


「ステュクスと言いましたね、我々はもう貴方を雑魚とは思わない…貴方は我々の敵です。ここで始末致しましょう!」


「そりゃ結構!だけどお前の弱点ももうわかってんだ!さっきと同じことをすれば…」


こいつはもう攻略済み、ワイヤーを避けながらさっきの黒い剣を回収して同じことをすればまた動けなくなる!だったら…。


「始末すると…言ったでしょう!妹達!」


『はい!お姉様!』


瞬間、天井がボコボコと外れその中から大量のメイド達がポロポロと雨のように降ってきて…ってェッ!?


「ウワーッ!いっぱいいるーッ!?」


「彼女達を昨日のメイド達と同じと思わないことです!昨日のは番外の雑魚達!今この場にいる彼女達は全員二十番以内の名前持ちのエリート達ですから!」


「昨日のメイドって誰!?」


やべぇっ!これやべーェッ!一気に手勢が二十人近くに増えたよ!どうしよう…これ!こんなの相手してる時間…そうだ!残り時間は!?


「ッ…ってもう時間がねぇーっ!?」


しかもここに来て時間はほぼ無い事が発覚する。具体的にどれくらい無いかと言うともう秒読み。今からぶっ壊すにしても時間がない!後二、三秒で爆発する!


「師匠!どうしよう!」


「ッ……」


師匠は咄嗟にクルリと反転しワイヤーを無視して爆弾に目を向けると…。


「魔力覚醒…!『桜花繚乱・絶神の──」


魔力覚醒だ!師匠の覚醒!聞いてはいたけど見るのは殆ど初めて!あれを使えばまだ…。


「デズデモーナ!まだ動けるでしょう!アイツをなんとかしなさい!有事ですよ!」


「ッは!ぐぁぁあああああ!!」


「チッ!」


覚醒をする時、誰もが一瞬足を止める。それ程の集中を用いるが故にそこに空白が生まれてしまう。そこを狙ったように両手を失ったデズデモーナがすっ飛んできて師匠を弾き飛ばす。


「師匠!」


「チッ!お前ら正気か!爆発するんだろ!」


「別に!大した事じゃねぇぇえええ!!」


「イカれてる!」


師匠とデズデモーナが先頭に入った!もう師匠じゃ止められない!じゃあ俺が?どうする!間に合うか!いや間に合え!迷うな!


そう覚悟を決め突っ込もうとしたが…。その瞬間俺の体は動かなくなる…剣に、星魔剣にワイヤーが絡んでいる。


「こうすれば動けないのは貴方も同じでしょう?仕返しです」


「ッ…馬鹿野郎!」


もうダメだ!爆発する!時計は上を指しその瞬間機構が駆動を始める。赤いポーションと青いポーションを込めたタンクが動き出し、パイプを伝って中央へと向かう。


多分赤と青が混ざったら爆発するんだ!きっとそうだ!ダメだ…止められ───。


「でぇぇぇえりやぁぁあああ!!」


その瞬間、俺の目の前を駆け抜ける一閃が機構に突き刺さる。飛んできたのは剣だ…それも無骨な長剣…あれは、師匠の剣!?


「これでどうだ!」


師匠だ、デズデモーナと戦いながら剣を投げつけ機構に突き刺した。それは丁度二つのパイプが交錯する中央地点に突き刺さり、剣が二つのポーションが混ざり合うのを防ぐ防波堤として機能している。


爆弾が…止まった?いやまだだ!あの剣を引き抜いたら赤と青が混ざっちまう!まだ状況は何も良くなって無い!


「ステュクス!お前は今直ぐに上に向かって助けを呼んでこい!」


「た、助け!?」


「ああ!出来ればデティフローア様だ!あの人を呼んでくるんだ!あの人なら多分あの爆弾をなんとか出来る!」


デティフローアってあのおチビちゃんだよな…アレが爆弾をなんとか出来るのか?…いや出来てもらわないと困る!


でも…。


「師匠は!」


「誰かが残ってここでこいつらと戦ってないと!こいつら剣を引き抜く!爆弾を守り切る役が必要だろ!」


「ッ……わかりました」


即決する、ここで守ってる時間も惜しい。故に俺は剣を振り払いワイヤーを引きちぎると共に走り出し、地面に突き刺さった黒剣を引き抜き…。


「ならこれ使ってください!剣がなきゃ戦えないでしょう!」


「っと!サンキュー!って重っ!?」


師匠に投げ渡す、そりゃ重いよ…トレーニング用の剣だし。しかしそこは流石師匠、重さに驚いたのも一瞬でその後は直ぐに機敏に他のメイド達を寄せ付けずに立ち回る。


だが問題は遠距離から攻撃出来るビアンカと攻撃を受け付けないデズデモーナだ、こいつらがいるだけで師匠は動きづらくなる。誰かを呼びに行くのはいいとして…どっちかなんとかしたいな。


…よし!


「おい!ビアンカ!」


「ん?」


「これを見ろッ!!」


咄嗟に俺は地面に落ちたワイヤーを拾う、奴が切り捨てたワイヤー…それをビアンカの注意を引きつけた上で、俺は─────。



「お前の真似」


「……………」


手元でカチャカチャワイヤーを動かしアイツが絡まったワイヤーを取り外し付け直す仕草の真似をする。


「アッアッ、カラマッチャッタ!カラマッチャッタ!アッアッ!ユウジユウジ!」


「…………」


裏声で虚空を見ながらワイヤーを弄る、…これでどうだ…?


「…………」


「……ユウジ…」


ビアンカは動かない、こちらを見てピタリと止まったまま、静かに口を開き……。



「グッッッキッッッサマァァァア!!!私を愚弄する気かぁぁああああ!!」


「乗ってきた!」


「縊り殺すッッ!!」


一気に顔を青筋で覆いブチギレ俺を追いかけ始めるビアンカに俺は内心手を打ちながら走り出しメイド達を掻き分け部屋の外まで走る。どーよ!これぞ俺の必殺『基本的に見た人間に怒りを覚えさせるタイプの小馬鹿にした物真似』!


冒険者時代編み出し、宴会の都度披露しいつも大不評を買いまくった俺のモノマネ芸!カリナをして『名誉毀損物真似』『殺人許可証発行芸』『親の仇と同じくらい憎い仕草』とまで言わしめた俺のモノマネ芸を見ればさしものビアンカもブチギレるに違いないと思ってたが…びっくりするくらい釣れた!


これで少なくとも師匠の所にビアンカが残ることはなくなった!後は俺がこいつを引きつけたまま逃げれば!


「許さん!殺す!」


「だーはっはっはっ!大丈夫か!?ワイヤー絡まない?大丈夫!?」


「何処までも!こいつは!」


部屋を飛び出て廊下を走る、背後からヒュンヒュンと音を立ててワイヤーが追ってくるが構う事ない、そのまま剣を投げその上に飛び乗り…。


「エーテルフルドライブ!『魔天飛翔』!」


「待てぇぇええええ!!」


とにかく今は外に出ないと!いかに師匠でもあの場面を無傷で乗り切れるとは思えない!師匠が殺される前にデティフローア様を連れてこないと!


そう思い俺はこの地下迷宮を星魔剣の魔力噴射で駆け抜け…駆け抜け───。


「ここ何処だ!?」


ふと、剣から飛び降り立ち止まる。ビアンカとの距離はかなり稼げたが…問題が一つ。ここが何処か分からない、俺…どうやってここに来たんだっけ!?


目の前には無数の分かれ道、それでいてそれぞれ特徴があるわけでも無い。というかそもそもこの地下施設がなんなのかも分からないし今俺がスタジアムのどの辺にいるかも分からない、ヤベェ!道に迷ってる場合じゃ無いのに!


「どっちだ!?こっち!?あっち!?分からねぇ!何処だここ!」


『ステュクスぅぅううああああああああ!!!』


「ビアンカも追ってきたし!どうする!どうすれば!」


頭を抱える、どうにかこうにか地上に上がる方法を考えろ!考えろ!俺!


天井ぶち抜く!?いやそれじゃ爆弾と一緒だ!スタジアムが崩れるかもしれない!じゃあ手当たり次第?いやいつになったら出れるんだよそれで!何がいい手は…。


「ステュクスー!」


「へ?あ!リオス!?クレー!?」


「何処行ってたの!?」


ふと、分かれ道の一つから走り現れるのはリオスとクレーだ、なんでこいつら…こんな所に。


「お前らこそなんで!」


「いつまでも帰ってこないからじゃん!」


「こっちの方からステュクスの匂いしたから追ってきたんだよ!」


「犬か!…いやお前ら上からきたのか!?」


「え?うん」


しめた!リオスとクレーに上に連れて行って貰えば地上に戻れる!


「緊急事態だ!今直ぐ地上に戻りたい!帰り道教えてくれ!」


「え、うん!わかった!じゃあリオス!お願い!」


「へ?姉ちゃん何言ってんの?姉ちゃんが帰り道把握してるんでしょ?」


「は?してないけど…そういうのは弟のあんたの仕事でしょ」


「……おい、お前らってどの分かれ道からきた?」


ふと、そうリオスとクレーに聞いてみる。するとリオスとクレーはクルリと後ろを振り向き…こちらを向いて首を傾げる。


…そっか、分かんないか、そっか。


「だぁあ!ぐぅう!くそぉっ!お前ら!お前ら!マジで!肝心な時に!お前ら!」


「ど、どうしたの!?ステュクス!」


「いやいい、それよりとにかく上に戻らないと!」


一瞬汚い言葉が出そうになり自分戒める、今更どうこう言っても仕方ない!何か考えないと師匠が…いやそれ以前に。


『ステュクス!!ステュクス!!』


「何!?あの声!」


「ハーシェルの影だ、俺を殺すために追いかけてきてる」


「ええっ!?大変じゃん!」


「大変だよ!だから戻りたいのに…」


このままじゃビアンカに捕まって俺が殺される、それどころかリオスとクレーも殺されかねない!師匠も死ぬかもしれない…というかそこまで行ったらスタジアムが爆発してみんな死ぬ!


レギナも…くそッ!やばいぞマジで万事休すだ!これ!


「…つまり、今敵に追われてるって事?」


「あ?ああ、戦おうなんて考えるなよ、戦ってる暇がない」


「……なら、いい手があるよ」


「え?マジか!リオス!」


するとリオスはいい手があると言いながら俺の前に出て…。


「ステュクス!僕を叩いて!」


「へ?はぁ?なんで…」


「いいから!」


こんな時に何言ってるんだお前は、そう言いたかったがリオスはかなり本気なようだし…仕方ない。そう俺は自分に言い聞かせ…。


「ほい」


ペチンと軽くリオスを叩く…するとリオスは怒りに満ちた顔でこちらを睨み、牙を剥きながら吠え立てる。


「違う!もっと本気で!」


「えぇ!?いやお前らの事叩きたくないよ…」


『ステュクスぅぅうううううう!!!』


「ほら来るよ!早く!本気で!」


「ぁあー!もう!分かったよ!泣くなよ!」


もう時間がない、リオスの考えに乗るしかない。そう覚悟を決め俺は大きく手を振りかぶりリオスの頬をぶち抜くように平手打ちをかます。正直子供を殴るのは好きじゃない、けど本人がやれっていうんじゃ仕方ない。


乾いた音が響き、リオスは思いの外俺が強く叩いたからか、驚いたようにこちらを見て…じわじわと目に涙を浮かべ始め、っておいおい。


「泣くなって言ったろ…」


「だって…だって、う…うぇえええええええ!!」


あーあー、泣き出しちまったよ。っていうか俺最悪だな、子供叩いて泣かせたなんて…こんな所を見られたら……。


ん?子供を叩いて、泣かす?…まさか!


「まさかリオス!お前!」


「うぇぇえええええええん!叩かれたよぉおおおおお!!」


リオスの声が響き渡る、泣き声が響き渡る。それは遥か彼方まで木霊するようにボンボンと音を立てて響き渡る…子供の悲痛な声が。


「ステュクス!見つけたぞ…!」


「やべっ…ビアンカ…」


そんな中ビアンカは俺に追いつき手元でワイヤーを踊らせる。やべぇ追いつかれた…もう逃げられないか。仕方ない。


「ん?なんですか?その子供は、まぁいい…全員殺しましょう、有事ですから」


「あーあー、そんな事…言ってもいいのかね」


「なに?」


刹那、大地が揺れる。否、この施設全域が揺れる。地震か…されどおかしなことに震源地は上の方だ。頭の上の方から轟音が響き渡る。それも一度や二度ではない。


何度も、何度も、何かを打ち付けるような音が、崩れるような音が、何度も、何度も。


「何だこの音は…こちらに近づいて…、何か来る!?」


子供が泣いた、リオスが泣いた。思えばいつも…あの人は子供の泣き声に反応し、何処からでも何処まででもやってくる。


そうだ、ならばきっと今回も…リオスの泣き声に反応して、きっとやってくる。そう確信めいた思いを抱いて俺が上を見上げた瞬間。


「なぁっ!?」


天井が崩落し、瓦礫が降り注ぐ。ガラガラと音を立てて、土埃を上げて…それが降ってくる。


「子供を…」


それは、土煙の奥で揺らめき、ゆっくりと立ち上がる。見上げれば天に開いた穴は何処までも広がり続ける、まさか地上からここまで一直線に床を壊しまくって突っ込んできたのかよ。


だがやる、この人なら絶対にやる。何せこいつは…!


「子供を泣かせたのは!誰ですかッッ!!」


「貴様!孤独の魔女の弟子エリス!?」


「姉貴!」


姉貴だ!子供を泣かせる奴には地獄を見せるでお馴染みの姉貴!リオスの泣き声に反応してマジで来やがった!この人ほんとマジだな!色々と!


天井をぶち抜いて現れた姉貴は何故かバットを手に持ったまま周囲を見回し…何故かこちらを見ると。


「お前かっ!」


「なんで俺!」


「貴方がリオス君を叩いたんですね!」


「いやちげぇよ!…いや違くないか?」


「じゃあやっぱり!今ここで貴方の頭でホームラン決めてやります!エリスの怒りのストライクゾーンに直球ど真ん中ストレートですよ!貴方!」


「よく分からないけど姉貴!あっちあっち!リオスは姉貴を呼ぶ為にわざと泣いたんだよ!緊急事態だから!」


「なんですって…?」


すると姉貴は俺の言葉に反応し振り向くと、そこには戦慄した面持ちのビアンカがワナワナと震えており…。


「ってお前!ビアンカ!?」


「気づいてなかったのかよ!アイツらスタジアムの地下に爆弾仕込んでたんだよ!このままじゃスタジアムが爆発してみんな死ぬ!」


「なっ!…なんですとぉ…!」



「クッ!何故エリスがここに!何故バレた!?どうして天井をぶち抜いてやってきた!?完全に有事ですよこれは!」


ようやくビアンカの存在に気がついた姉貴は一先ず俺を保留としてバットを肩に担ぎビアンカへと向き直る。


よかった、なんとかなるぞ。だって姉貴は姉貴だから…この人が来たらもう大丈夫だ。流石だリオス!マジでナイスアイデアだったぜ。


「ッ…まぁいい!ここで始末すれば…」


「…お前ら、…いや今はよしとしましょう。それよりコーディリアもここにいるんですか?」


「答えるつもりはない、それよりも今はお前を────」


「なら自分で調べるまでです」


瞬間、ワイヤーを動かし姉貴に向け害を成そうと動き出したビアンカ…よりも早く動くのはやはり姉貴だ。この人の数多くある怖い所の一つ…それは『攻撃に移る迄の時間が異様に短い点』がある。


平時から攻撃行動に移るまでに人が踏むステップはいくつかある。闘争心を高め、敵を睨み、剣を振りかぶり、振り下ろす…必要とするステップは意外に多く一瞬の間にこれだけの要点を済ませている。


だが違う、姉貴はそのステップの殆どがない。敵を確認する、潰す…闘争心は爆発するように増え、敵を常に睨み続け、いつでも攻撃に移れるよう姿勢を整えている為初動のスピードが異様に速い。


故にビアンカが攻撃行動に移るまでに、既に姉貴は『それ』を終えていた。会話から一点、こいつを倒そうと決めた瞬間から姉貴の行動は始まっている。


「なっ!?」


飛んだのは…バットだ、肩に背負ったそれを引き抜くように一気に手を前に出し背負うようにバットを投げ飛ばした。そこに一切の躊躇も迷いもなく、弾丸のように飛翔したバットはビアンカの脳天を真芯で捉え。


「グッ…がはぁ!?」


メガネを叩き割り、気絶させる。容赦がない…この人は敵と見做した人間に対して容赦すると言う人らしい感情が無い。


マジで恐ろしいぜ、敵にしても味方にしても。


「ビアンカを一瞬で倒しちまった…」


「こいつの動きは以前見ました、ワイヤーを動かす時の癖もモーションも把握してます。だから先手を打つくらいわけありません…にしても爆弾ですか」


すると姉貴はそのままバットを回収したままビアンカを蹴り飛ばしこちらを見遣る。


「爆弾のタイプは?」


「タイプ?好きな人的な?」


「ぶっ殺しますよ、どういう形状の爆弾ですか。このスタジアムを吹き飛ばそうとすると並大抵の火力じゃ足りません、普通の物とは思えませんし…」


「あー、えっと。なんかポーションを使った爆弾っぽかった!」


「ポーション…?」


「それで!デティフローア様を呼んでなんとかしようって!姉貴!今すぐデティフローア様を呼びに行ってくれ!」


「…その必要はありません」


すると姉貴は耳元のイヤリングに手を当てて…。


「メグさん!聞こえますか!ビアンカ達をスタジアムの地下で見つけました!爆弾を奴らは使うようです!それを解決するのにデティが必要です!こちらに寄越せますか!?」


「あ、姉貴?誰に話しかけて───」


虚空に向けて話しかけたかと思えば、その瞬間突然空間に穴が開き…。


「お待ちどう様でございます!デティフローア様一丁!」


「ぎゃーす!何ここ!?」


「は!?え!?」


空間に開いた穴からポイッとデティフローア様が問答無用で投げ込まれる…え?ええ!?いきなりデティフローア様が出現した!?何これ!?便利!


いやあれか!メグさんだ!あの六王を会議場に連れてきた時のあれ!空間を別の空間と繋げるすげー魔術!あれでデティフローア様をこの場に転移させたんだ。


まぁ、放り出されたデティフローア様は周りを見てギョッとしているけど。


「ここ何処ー!?なんかいきなりメグさんに引っ掴まれてここに投げ出されたんだけど!?」


「デティ!大変です!」


「え?あ!そうだ!エリスちゃん大変!今スタジアムに爆弾が仕掛けられてるんだって!今ラグナ達と一緒に探してるんだけど…」


「それを見つけたんです!解除にはデティの助けが要ります!」


「分かってる!行こう!場所は!」


「…ステュクス!」


「おう!こっちだ!ついて来てくれ!姉貴!デティフローア様!」


「はい!…とその前に」


すると、これからさぁ出発だって時に姉貴は立ち止まり、ふとリオスとクレーを見ると。


「リオス君、クレーちゃん、貴方達はここで待機で」


「え?」


「い、いやだよ!敵と戦いに行くんでしょ!僕達も…」


抗議の声を上げるリオスとクレー、しかし姉貴はビッ!と立てた指をゆっくりと下に向けて…。


「ここで」


そのまま下に下げた指をもう一度リオスとクレーに突きつけると。


「待機で」


「う…」


有無を言わせないとはこの事だろう。姉貴は子供達に対して優しいが甘くは無い。寧ろ先日の件を覚えているならハーシェルの件に関わらせたくは無いだろう。リオスとクレーも言い返したいだろうけど…姉貴の恐ろしさを目の前で見ているからこそ、言い返せない。


…悪いな、けど今回ばっかりは俺も姉貴に賛成だ。これから戦う相手は生半可じゃ無い、俺だって戦力になれるか分からないんだ。だからここで待機して来てくれるとありがたい。


「悪いな、二人は上に登って応援を呼んでくれや、頼んだぜ」


「ステュクス…分かった…」


「……うん」


「んじゃ、時間がない、姉貴!行くぜ!」


「ええ、ぶっちめてやります!」


走り出す、姉貴とデティフローア様を引き連れて引き返す。流石にあの爆弾のあった部屋が何処にあるかは分かる、このまま一直線に行けば辿り着けるはずだ。





「ステュクス…行っちゃったね」


「うん…」


そして、そんなステュクス達の背中を見送るのはリオスとクレーだ。最近までは自分の実力に自信を持っていたし、ステュクスよりも強いと思っていたのに。


今では完全に守られる側…、今の自分の状態に納得しているかといえばそうではないが、それでも…知ってしまった。


二人は、戦いの恐ろしさを知ってしまった。力押しではどうにもならない状況を知ってしまった。もしこのまま行けば足手纏いになるかもしれない。


「…どうするの?お姉ちゃん」


「…………」


だが、それでも…そう口の中で呟いたクレーは───。


「なら、行けばいい」


「へ?え…あ、貴方は…」


ふと、現れたのは。いつの間にかリオスとクレーの背後に立っていた『ソイツ』はリオスとクレーを見て、静かに呟くのであった。


…………………………………………………………………………


「こっちだ!姉貴!」


ステュクスの背中を追う、子供の泣き声を聞きつけたエリスはそのまま廊下に出て床を踏み砕いて一気に現場に急行。そこで見つけたのは…例のハーシェル達。


何処にいるかメグさんが探しているはずだったけど、まさかこんな所に隠れているとは。しかしオケアノスさんやヴェルトさんを連れてき損ねてしまった…しかも今回はネレイドさんもメグさんもいない。それで奴らに勝てるのだろうか。


いや、そんな算数は今はいい…エリスの胸の中に今ある感情は一つ。


(許さない…ハーシェルの影!)


怒りだ、先日見たメグさんの涙…彼女が吐露した心情。それを聞いてしまった以上エリスの中でハーシェル達は一切の容赦を与える事なく踏み潰すべき敵となった。


ここで奴を潰す。そう思うと同時に…。


(なんでメグさんはこちらに来なかったんだ?)


折角メグさんに連絡したのにメグさんはデティをこちらに寄越すだけで彼女自身は直ぐに何処かに消えてしまった。それどころか姿さえ見せなかった。


念願のハーシェルの影達の居場所が分かったのに…なんで来ないんだ?気になるが…今は目の前の事件だ。スタジアム爆破なんてさせてたまるか!


『居たぞ!ステュクスだ!』


「む、あれは…」


「げぇっ!追手まだ居たのかよ…!」


廊下の向こうから走ってくるのはメイド達。いやハーシェルの影だろう…昨日メグさん達が結構な数を倒したというのにまだ居たのか?


しかも、今回のは結構強そうだ。もしかしたら今回のはそれなりに強い奴らなのかもしれない…だが。


「邪魔だ…!今お前らの相手してる余裕なんかねぇんだよ!『旋風圏跳』ッ!」


飛ぶ、ステュクスとデティを置き去りにし全力で飛翔し壁を蹴って加速すると共にバットを振りかぶり向かってくるハーシェルの影達に突撃する。今こいつらの相手をしてる時間さえ惜しいんだよ!


「ッらぁぁっ!」


「ぐぶふぅ!?」


「全員叩き潰してやるから一列に並びなさい!」


「こいつ!孤独の魔女の弟子か!なら殺せ!こいつも敵だ!」


バットで顔面を叩き割りながら吠える。それと共に無数の影達が短剣を構え…。


「空魔五式・絶技乱斬!」


「空魔一式・絶影閃空!」


「空魔六式・絶天回雷!」


動き出す、全員が恐ろしいスピードでエリスの命を狙う。これが空魔殺式…ジズが編み出し影達に継承した一級の殺人技術。こんな物を…後生大事に抱えて、人に押し付けて…お前らは!


「くだらない!」


「ぐぁっ!?」


バットの一振りで全員を薙ぎ倒す、確かに強い…だが今更この程度の相手に苦戦するまでもない!


何より、お前達のくだらない理屈を通す為、誰かの命を押し退けるような下郎に負けるわけにゃあ行かないんですよ!


「孤独の魔女の弟子エリスだな!」


「ああ?」


瞬間、薙ぎ倒されるメイド達の中から一人のメイドが長剣を構えながら突っ込んでくる。可愛らしいパッツンヘアーに気合の入った形相、それが凄まじい勢いで突っ込みながら…。


「貴様を倒して私はより上へ昇る!我が名はシコラクス!ハーシェルの影その十七!シコラクスの名を刻み込め!空魔一式・絶影閃空!」


シコラクスと名乗るメイドは一瞬足を曲げ踏み込むと共に凄絶なる刺突をエリスに向け放つ。空魔一式・絶影閃空…一瞬で最高速度に至る走法を使い相手の背後に回る暗殺法、それを応用しそのまま刺突の速度に転用しているんだ。


大した速度だ、加速魔術も使わずこの速度を出すなんてとんでもない話ですよ…でも。


「だから言ってるでしょう!くだらないと!」


「なっ!?」


バットで剣の腹を叩きへし折りながら軌道を変える。速いが…速いだけ、直線的だから読みやすい、これならまだ背後に回る方が効率が良いだろう。


「人殺しを是とし!人を殺して名誉を得ようとするそのやり方が!くだらないって!」


「ぐぶふっ!?」


そのまま突っ込んできたシコラクスの頭にバットを叩き込む。それだけでシコラクスの口から血と歯が、鼻からは鼻水と鼻血が噴き出て倒れ込む。


その殺しを是とするやり方が、エリスの友達を傷つけたんです。だからエリスはお前らを倒すし許さない、ここに道徳や常識はないのかもしれないしともすればハーシェルの理屈と変わらないのかもしれない。


でも、それでもハーシェル達とは相容れないから、エリスは止まらないんです。


「シコラクスが一瞬で!?」


「下位ナンバーではそもそも相手にもなりませんか…」


「なりませんとも、さぁ退きなさい!」


倒れ込むメイド達を踏み超え残った連中を見遣る…、残ったのは十人程度か。このまま押し通って…!


「ふんっっ!!」


「おっと!?」


瞬間、上から降って来た影を察知し背後に向けて飛ぶと。その瞬間上から巨大な岩のような女が降ってきた。まるで鉄球のように丸々太った体は廊下の床をいとも容易く叩き割る。


その威力とみかけに寄らぬ速度に一瞬驚いた瞬間。


「キャハハハ!」


「むっ!銃撃!?」


巨大な女の背後に立つヒョロヒョロの女が見たこともないくらい長い銃を振り回しエリスに向け銃撃を放つ。咄嗟に防壁を展開し防ごうとするもその威力は凄まじく防壁を貫通してエリスの頬を掠め───。


「───『空魔三式・絶煙爆火』」


瞬間、エリスの周囲が爆裂する。火薬だ、目に見えない火薬が振り撒かれておりソイツが引火して爆発したのだ。急激に上がる温度に身を焼かれながらもエリスは更に後ろに向け飛び体を転がして消火する。


あぶなー…死ぬかと思った。こいつら…。


「むぅ〜、殺せなんだ」


「キャハハハ、結構やるぅ〜」


「───姉が手こずるのも分かる」


「…貴方達雑魚じゃありませんね」


ゴツいゴリラみたいな顔をした巨体の女、杉の木みたいにヒョロヒョロの長身の女、そして恐らく火薬を振り撒いていたと思われる目を瞑った白髪の女。


こいつら弱くない、そこらの組織なら幹部やってても不思議じゃないレベルで強い。これが足止めの戦闘員に紛れて現れるのか…ハーシェル一家の層の厚さにはつくづく驚かされるよ。


「名を名乗りなさい、あるでしょう、貴方達なら」


「むぅ、ワタスはハーシェルの影十五番パック」


「キャハハハ、同じく…十四番ベリンダ」


「───十二番、ポーシャ。そしてこれがお前が最後に聞く名だ


巨体のパック、長身のベリンダ、閉眼のポーシャ…か。やっぱり上位も上位、多分他に控えてる連中もみんな十番代の連中なんだろうけど…うーむ、思ったより雑魚じゃない。


ビアンカやオフェリアの下にもこんなに強いのが控えてるのか。早く向かわないと行けないのに。


「エリスちゃん!私も手伝う!?」


「お願いしたいです、エリス一人じゃ時間がかかりそうです」


「姉貴!俺は!?」


「俺はって…」


ステュクスも戦ってくれるのか?…でも、いや…。


「やれるならやりなさい、エリスは助けませんよ」


「やりぃ!行くぜ!」


そう言いながらエリスの隣に立ち共に構えを取るステュクスは、なんとも嬉しそうな顔で…。


「思えばこうして一緒に戦うのは初めてだな、姉貴」


「…ですね」


「俺、いつかこういう日が来る事を望んでたのかもしれないな。小さい頃はさ…」


「フンッ、…あんまり調子に乗って怪我しないように。貴方にはまだ仕事があるんですからね」


「うぉー!やるぞー!エリスちゃん!ステュクス君!」


三人で並び合いハーシェルの影達と向かい合う。このまま突破する!


「俺達姉弟パワー!見せてやろうぜ!」


「───ならこちらは姉妹の力だ、征けッ!」


「うぉおおおお!」


突っ込んでくる、全員が、故にこちらも突っ込む、全員で。


まずエリスが狙うのは…あのデブ!巨体のパックだ!アイツの巨体は厄介だ、デカイというだけで突破が困難になる!だから!!


「まずお前から消えろ!」


「フンッ!」


その巨大な腹に向くバットを振るう…が、返ってくるのは異様なまでの衝撃。まるで鉄を殴ったかのような振動が返ってきてエリスのバットがボキリと根元からへし折れてしまう。


「エリスのバットが!」


「わたすは父の特訓により鋼の肉体を手に入れている!剣も銃弾も通しはしない!」


「ら、ラグナと同じ!?」


「そして!」


瞬間、あんなにも巨大な体を持つというのに機敏に動くパックは廊下の壁や天井を跳ね回りバウンドしながら加速し続ける…いやなにそれ!?


「この体はゴムのように柔らかくもなる!硬さと柔らかさを両立したこの体には如何なる打撃も効きはしない!喰らえ!空魔六式・絶天殺雷!」


「くぅ〜!?」


飛んでくる、全身を回転させバウンドによって得た加速を全身に乗せ体を丸めたパックが頭の上から降ってくる。辛うじて直撃は避けるがその衝撃の余波にエリスの体は容易く吹き飛ばされゴロゴロと転がることになる。


メグさんから空魔殺式の全容は聞いている。空魔六式・絶天殺雷…頭上から強襲をかけそのまま体重で相手の頚椎を破損させるヒットアンドアウェイの技…のはずなのに、あの巨体がやればもうそれは技というより純粋な災害だ。


というかあの巨体で殺し屋は無理があるだろ!何処に忍び込むんだ!?


「キャハハハ!小さい小さい!」


「チビ言うなや背ぇ高ノッポ!あんたより大きい人知ってるからね!『フレイムインパクト』!」


「キャハハハ、効かない効かない〜!」


デティもヒョロガリのベリンダと戦っている。魔術と銃撃の張り合い、火力ではデティの方が上だがそのデティの魔術はベリンダの動きについていけておらず互いに決定打を与えておらず。


「───弱い」


「いや強い!?」


ナイフ一本で立ち回るポーシャを相手にステュクスも苦戦している、完全に技量でステュクスは負けている。というよりポーシャが魔術を使わないからステュクスの旨味が活かせていない。


このままじゃジリ貧か?…いや!


「デティ!ステュクスに向けて魔術を!」


「こんな時に喧嘩してる場合!?」


「違います!いいから!」


「っ!分かった!ステュクス君!『サンダーボルト』!」


「───む!」


瞬間、デティの魔術に反応しポーシャが引く。と同時に飛来する電撃はステュクスに向け一直線に飛び…。


「え!?え!?なんで俺に魔術を撃つの!?いや…そういう事か!『喰らえ』!星魔剣!」


そうだ!ステュクス!貴方なら魔術を強さに変えられる!デティの電撃を刃に乗せ自身の魔力に加算したステュクスは一歩引いたポーシャに向く剣を振るい。


「魔力転換!『散雷衝』!」


「───なっ!?魔術が!ぎぎっ!?」


迸る閃光が刃より放たれる。ステュクスの持つ星魔剣は魔力を吸い込み己の力へと変える力を持つ、それは魔力が重要なファクターとなる戦いにおいては凄まじい強さを発揮する反面相手が魔力を用いない場合ただの変な形をした鉄剣に過ぎなくなる。


ならばこちらで用意すればいい、エリスもデティも魔術師なのだから。



「ステュクス!次はデティの手伝いを!」


「アイアイ…!」


するとステュクスはそのまま大きく振りかぶり…。


「サァーッ!」


投げ飛ばす、己の持つ星魔剣を。刃には電流が迸り続けており、それはベリンダへと一直線に進む。


「キャハッ!当たらないんだけど!」


しかしベリンダとてただの投擲に当たってくれるほど弱くはない、直ぐにステュクスの方を向いて銃撃で星魔剣を撃ち落とすのだ。しかし…。


「え?なぁベリンダさん」


「キャハ?何かしら?」


「こっち見てていいのか?」


「へ───」


「『ゲイルオンスロート』!」


瞬間、吹き飛ぶベリンダの体。デティとベリンダの互いに息を吐かせぬ張り合いは両者が完全に互いを意識しているからこそ成り立っていた薄氷の上の『互角』だったのだ。そこにステュクスの横槍が入って時点でその前提は崩れた。


デティの放つ魔術はベリンダを捉え、まるで枯れ枝のように吹き飛び天井へと当たり意識を失う。これで二人!後は…。


「お前だけだァァアア!!!」


「むぅ〜!ポーシャとベリンダがやられた!?ならばわたすが全員殺すまでェッ!」


拳を握り、迫る巨体を迎え撃つ。全身を鋼やゴムのように変質させられる特異な肉体…エリスの打撃さえ弾き返し銃弾も剣も通さない鉄壁の守り、だが…。


「オラァッ!」


「フンッ!効かぬ効かぬ!わたすの体は鋼鉄も同然!」


殴る────!


「オラァッ!!!」


「ヌッ…フゥンッ!効かぬと言えば効かぬ!」


殴る殴る────!


「オラオラオラオラッッッ!!」


「ヌグッ!し…しつこいぞ!」


殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る────!


「何が鋼だ!何が剣をも通さないだ!それがどれだけ硬かろうが…!」


「ぬ…ぬ…ぬぅっ!?」


「関係ないッ!ぶち抜くッ!『煌王火雷掌』ッ!」


「ぐぅぶふぅっ!?」


体を硬く出来る?腹筋に力込めてるだけだろ!だったら殴り続けていればいずれその硬さを維持出来なくなる。事実エリスが一度殴る都度パックの腹からは硬さと空気が抜け柔らかくなり続けていた。


だったら殴り続ける、倒れるまで殴り続ける。剣も銃も効かずとも…エリスの拳はそれさえもぶち抜くのだから!


「もーイッパツ!『煌王火雷掌』ッ!」


更に、グルリと背を向けエリスはパックにではなく誰もいない背後に向け『煌王火雷招』を放つ。誰もいない空間で拳が爆裂し爆炎を発放つ、それそのものはパックには当たらない。


だが知ってるか?知ってるよね、当然だもん。拳よりも…肘の方がずっと硬く鋭いことなんて!


「がばはぁっ!?」


煌王火雷掌の爆発力を一気に加速に用いて叩き込む肘打ち。名付けて『爆雷肘』、それはパックのヘソに命中し一気に叩き飛ばす。まるでゴムボールのように跳ね回り遥か彼方まで飛んでいくパックを見てエリスは…。


「百年早いんだよ!」


鼻の頭を擦りながら勝利を叫ぶ、さぁ次は誰が相手ですか!


「ヒュー流石姉貴、あんなデカイのぶっ飛ばすなんてやるじゃん」


「あのくらい当たり前───」


ふと、ステュクスに声をかけられ…気がつく。


ステュクスの背後に影が見える、それはナイフを手に持ちぬるりと這い寄るようにステュクスの後ろに立ち、恐ろしい速さでステュクスの首にナイフを押し当てる…。


あの白い髪…ポーシャだ、ポーシャだ!アイツまだ意識が…やばい!あれは───。


「空魔一式…絶影閃空」


一気に血の気が引く、ポーシャがまだ動けていた。まだ意識があった、やられたフリをして気を伺っていた、そこにエリスが気がつけなかった。ダメだ…殺される。


ステュクスが…殺されてしまう!


「ステュクスッ!!後ろッ!!」


「へ?」


「───もう遅い」


なんてステュクスは間抜けにも声を上げるが、最早遅い…エリスが動くよりも早く、ステュクスが振り向くよりも早く、ポーシャは一気にナイフを引き抜き……。



「ご…がぁ……」


ビチビチと血が地面に滴り、ばたりと砂埃を上げて倒れる…誰がだ?


ポーシャが…だ。


「え…」


あまりの事に視界が今更明滅する。何が起きた?ステュクスだ、ステュクスが自分でなんとかした。


エリスでさえ驚くほどの反応を見せ裏拳でポーシャの顔面を打ち抜き、夥しい量の鼻血を噴き出させ倒したのだ…。しかし当のステュクスは…。


「え?ポーシャ!?うそっ!俺の背後にいたのかよ!あぶねー!全然気がつかなかった!」


「ステュクス!貴方大丈夫なんですか!?というかよく反応できましたね!」


「い、いや。反応は出来なかったんだけどさ…昔一緒に住んでたメイドさんが似たような動きをして俺の背後に立つことがよくあって、それでこう…体だけ勝手に反応するようになったんだよな、背後に立たれると」


なんですかそれ、…もう!心配させて!本当に!油断しすぎですよこのバカは!


「というかさぁ…」


「なんですか…」


しかしステュクスは今さっき死にかけたというのにニヤニヤとバカな笑みを浮かべてエリスの顔を見て。


「何?俺のこと心配してくれたわけ?」


「なっ!?してませんよ!」


「でもさっき聞いたことないくらい必死な声出してたじゃ〜ん」


「出してません!」


「えぇ〜?ほんと〜?俺姉貴の顔覚えてるけど〜」


「こいつ!グーで殴りますよ!それかチョキ!」


「チョキで何するの!?」


何を言ってるんだか!このバカは!エリスがステュクスの心配?そんなの…するわけないでしょうが!だってステュクスですよ!それをエリスが…そんなの。


そんなの…するわけが……していいわけがない。


「我々を忘れてもらっては困るぞ…、ポーシャ姉様達がやられたとして、まだ我々にはこれだけの手勢が…」


「チッ…」


こっちはね、今メチャクチャむしゃくしゃしてるんですよ。なのになんですか?ハーシェルの影達が我々を忘れるなとばかりに自己主張を繰り返す。


正直今のはめっちゃイラッと来た、だからエリスは頭を掻きむしりそいつらに手を翳し…。


「さぁ!殺し合お───」


「『火雷招』」


「へ!?」


響く爆音、炸裂する炎雷、吹き飛ぶメイド達。邪魔で仕方なかった連中は吹き飛んだ…エリスを怒らせるからですよ。


「ステュクス、次変なこと言ったらこれを貴方に打ち込みますからね」


「へ、へい。姉貴…すんません」


「分かればいいんです。さぁ行きますよ」


「エリスちゃんさぁ」


デティが何か言いたげだが今は聞かない事とする。きっと彼女はエリスの心の中を察していることだろう、だから今は聞きたくない。


腹の中の苛立ちを誤魔化すように倒れ伏すメイド達を蹴飛ばして先に進む。…この先からハーシェルの影が来たということはこの先に奴等が居るのは確かなんだ。


………………………………………………………………


それから、走り続ける事数十秒…爆弾があるという部屋へ案内してくれるステュクスに聞くまでもなく、現場が何処かはすぐに分かった。


廊下の壁は壊れ、見慣れた顔がいくつか見えたからだ。


…ステュクスは爆弾は今自分の師匠が守っていると言っていた。彼の師匠が誰であるかは明確に聞いたわけではない、ソレイユ村に赴いた時も顔を合わせなかったから結局誰かは分からず終いだった。


だが…察するところにあの人であることはなんとなく分かっていた。つまり…。


「師匠!連れてきたぞ!」


「でかした!それでこそ俺の弟子!」


「ああ?ビアンカはどうした…まさかやられた、ってお前は!魔女の弟子!」


部屋の中にいたのは数人のメイドと、昨晩見た例のオフェリアとデズデモーナ、そしてそれの戦い見慣れない黒い剣を振るうヴェルトさんだった。


「ヴェルトさん…やっぱり貴方がステュクスの師匠だったんですね」


「えぁ?エリス?お前もきてくれたのか?」


「おう!連れてきた!姉貴が来たならもう安心だぜ!師匠!」


「姉貴…ってまさか!いや、マジで似てると思ったら…お前ら姉弟だったのかよ!え?ステュクスが言ってた助けたい姉貴って…エリス!?」


「言ってなかった?」


「言ってない!」


彼が師匠であることを察する材料はいくつかあった。まずトリンキュローさんだ、彼はオルクスの乱が終わった後マレウスに消え、その後ソレイユ村に居を移している事が師匠の口から語られていた。ならトリンキュローさんと一緒に消えたヴェルトさんもそこに居て然るべき。


そしてステュクスが扱うアジメク流の剣術。何故マレウスにいるステュクスがアジメク流の剣術を使うのか。それはヴェルトさんが教えたからに違いない。


何処かでなんとなく分かっていた、けど聞いたところで何をするまでもないから明確にしてこなかった。実際今ここで判明しても『やはりヴェルトさんが師匠だったか』くらいの感想しか出てこない。


寧ろかつてアジメク史上最強の騎士と呼ばれた男に指導してもらってその程度の実力なのかステュクスは!という怒りさえ覚える、もっとちゃんとしなさいよ。


「ヴェルト!無茶しすぎー!」


「すみません!デティフローア様!それより俺の後ろにある爆弾!ポーションが使われてるみたいなんですけどなんとか出来ますか!?」


「ポーション爆弾…!?聞いたことないけど、見てみない事には!」


「チッ、敵が増えたか…仕方ない」


赤と青の液体が込められた爆弾、それが剣を挟んだパイプの向こうで堰き止められている。恐らくあれが混ざると爆発するんだろう、つまり剣を抜いたら大爆発が起こる。


その剣を守る為オフェリアとデズデモーナを相手に一人で立ち回っていたとは…流石はヴェルトさんだ。ならここに救援が加われば後はもう解決だ、コーディリア達の姿が見えない事がやや不安だが…今は目の前の爆弾をなんとかしよう!


「助けに来ましたよ!そして…リベンジに来たぞッ!デズデモーナァァァア!!!!!」


「行くぜ姉貴!取り敢えずデズデモーナとオフェリアを引き剥がすんだ!」


「ええ!行きますよ!」


ともかくデティが爆弾をなんとかするためにも二人を引き剥がさないといけない。故にステュクスと一緒にデズデモーナ達に向かって突っ込もうとした瞬間。


「ウッ…!?」


「え?どうした?姉貴!」


「ッ…これ…は…」


先に向かったステュクスが振り返る、エリスの足は前に出ない…まるで背後に引っ張られるように、いや違う。上に引っ張られているんだ。


首だ、首に何か巻き付いて…!


「改定空魔殺式…『有事必殺・惨の糸』!」


「ビアンカ…!」


背後を振り向けば、そこにはビアンカの姿が見えた。ワイヤーを手繰り天井に引っ掛けたそれをそのままエリスの首に巻き付けエリスを引き上げるように…まるで首を吊るようにエリスの体を持ち上げているんだ。


や、やばい…息が出来ない!詠唱が!


「グッ…くそっ!」


「無駄です、そのワイヤーは特別製…引き千切ることは不可能」


「姉貴!くそっ!させるかよっ!!」


「お前は後だ!ステュクスッッ!!」


咄嗟にエリスを助けようとステュクスも背後のビアンカに向かおうとするが…奴は片手でエリスの体を持ち上げている。もう片手が余っているんだ、それでステュクスを追い払うようにワイヤーを振るい迎撃する。


一方エリスの方もかなりやばい、息が出来ない。昔フランシスコに似たような目に遭わされた際は飛躍詠唱にてなんとか凌いだが…今回ばかりはそうもいかない。


まずエリスが首吊りの状態であること、首を絞めているビアンカは遥か彼方の背後にいるが故にエリスはビアンカに接触が出来ない、魔術や力で引きちぎろうにもワイヤーは硬く千切れそうにない。


何より…このままじゃ窒息する前に頸椎が折られる…まずい、死ぬ!


「これぞ我が『有事必殺』の本来の型。決まれば必殺…有事以外には晒さない奥の手です。さぁ…死ねェッ!」


「ぅぅぐぅぅ!!」


「姉貴!!」


「エリスちゃん!この!『フレイムインパクト』!」


更に体が持ち上げられる、ステュクスやデティ達が助けようとしてくれているのはなんとなく分かるが…ダメそうだ。何がダメそうって…エリスが先にダメそうだ、飛躍詠唱をするほどの体力も残ってない。


こりゃ…ダメかも…。


……………………………………………………………


「姉貴!姉貴!しっかりしろ!おい!」


ステュクスはここに来て理解していた。先程姉貴が青い顔をしていた原因を。


今目の前で宙吊りになるエリスを見て、ステュクスは同じく血の気のひいた顔をしている。手から力が失われるさまを見て、ステュクスは……。


(また、…またなのか…)


ダラリと垂れる手を見て、ステュクスは思う。あれを見るのは何度目かと。


一度目は母。ハーメア・ディスパテルが病床で死に征く様を見て…その手から力が失われるのを見た。


二度目は父、ホレス・ディスパテルが同じく倒れ死に征く様を見て…その手から力が失われるのを見た。


ステュクスはエリスと違って恵まれていただろう。本当の家族を知らぬエリスと違って彼は最初から全てを持って育ってきた。


だからこそ、全てを失う経験もまたした。父と母が…大切な家族が死ぬ様を見せつけられた。あの時自分は何が出来た?何も出来なかった。その後悔が…再び蘇る。


(ああ…そっか)


ようやく理解した。ここに来て理解した、姉が青い顔をした理由、自分が青い顔をした理由。


それは…俺達が家族だからだ。父と母にの姿を姉に重ねるのは、あの人が俺に残された…この世でたった一人の家族だからだ!


「姉貴ッッ!!」


死なないでくれ、死なせたくない、その一心でステュクスは剣を振るいビアンカに向かう、目の前の爆弾など捨て置いてビアンカへと向かう。


「くどい、近づけさせるわけがないでしょう!」


クルリと手を動かし器用にワイヤーの先を結び玉を作ったビアンカはそのまま指先を弾き弾丸の如くワイヤーを飛ばす。避けても追ってくる鋼の玉糸だ、しかしステュクスはそれを防ぐことも避けることもなくただ走り…。


「やめてくれよ!あの人は…俺にとって、ただ一人の家族なんだよ!!殺さないでくれ!!」


「ステュ…クス…」


姉の手が動く、まだ間に合う!ビアンカを止めれば…まだ助か───。


「おっと、行かせるかよ…」


「んなっ!?」


瞬間、後ろに体が引っ張られ投げ飛ばされる。…デズデモーナだ、いつも間にか腕もくっついておりその手で俺を掴み『仕返しだ』とばかりに俺をビアンカから引き離し爆弾を飛び越え部屋の奥の壁に叩きつけられる


「ぐぅっ!くそっ!邪魔すんなよデズデモーナッ!!」


「アハハハ!こりゃあいい!クソウゼェエリスが死に憎らしいお前の嫌がる顔が見れるんだからな!」


「クソッ!」


ダメだ!遠すぎる!距離を開けられすぎた。ここからじゃビアンカに届かない…届かない。


(ダメなのか、また俺は……!)


姉が力を失い意識を消していく…。ビアンカが笑っている、デズデモーナも笑ってる、人が死ぬってのに笑えるのかよお前らは…人が死ぬってのに、家族が…俺の家族が…!


クソッ!クソクソクソクソクソ!もっと…もっと力があれば、違ったってのかよ!


(俺は、何のために…)


「終わりだ…魔女の弟子!」


「ッ…ッ……」


締め付けられるワイヤーが姉の首を閉ざし、姉貴の体から…全てが失われ─────。


「や、めろや…!俺の家族を…」


立て、立て、立て。もう二度と…誰かを諦めるな!失ってたまるか!その為に俺は…強くなったんだろうが!


「傷つけんじゃねぇぇえええ!!!!」


「ッ…!」


瞬間、ステュクスの咆哮に目を向けたのはこの場にいる多くの者の中でもたったの数人だけだった。それ以外のものには負け犬の遠吠えにしか聞こえない咆哮…だが。


(アイツ…今一瞬魔力が逆流してなかったか?いや気の所為…か?あり得るわけがない。アタシでさえ出来てないことが…あの雑魚に出来るわけが…)


ゴクリと固唾を飲み動きを止めるデズデモーナと。


(流石だよステュクス、お前…もうそこまで行ってるんだな。心は既に条件を満たしている、後は実力さえ追いつけば…きっと)


ニタリと笑いながらメイド達を蹴散らすヴェルトだけは違った。ステュクスの身に確かに起こった変化は二人の動きを一瞬止めた。


だが趨勢に影響はない、このまま行けばステュクスは『家族』を失う。だが…或いはステュクスの声が通じたか、それとも彼が生み出した流れ故か。


それは…形を帯びて現れる。



「やめろぉぉおおおお!」


「は?なっ!?」


刹那、飛んできた砲弾がビアンカの腰を打ち弾き飛ばすのが見えた。


「え?」


俺は思わず声を上げる。ビアンカが吹き飛ばされた事により姉貴の体が解放され地面へと落ちていく。何が起こってるんだ…というか今の声って。


「僕達を忘れるなぁ!」


「ステュクス!私達逃げないから!」


「リオス!?クレー!」


リオスとクレーだ…リオスと、クレー!?思わず二度見してしまう。アイツらだ、二人が一気にビアンカに突っ込み弾き飛ばして姉貴を助けてくれたんだ。


アイツら、逃げてなかったのか…、いや逃げるわけねぇよな。そうだ、俺は二人を甘く見てた、なんたってアイツらは。


俺の仲間なんだ!伊達にここまで度についてきてねぇよな!


「ッ…テメェ〜ら〜!いいところだったのに!邪魔するなよ!殺すぞ!!」


しかし、姉貴の殺害を邪魔されてキレるのはビアンカではない…デズデモーナだ。ギリギリと歯を噛み締めながら現れたリオスとクレーに目を向ける。


やばい、アイツはやばい。強い弱い以前にやばいんだ、攻撃が効かないから普通に止めようがない!俺が出ないと!


そう思い剣を手に立ちあがろうとした瞬間…事態は動く。部屋に飛び込んできたリオスとクレー…の他にもう一人、二人を飛び越えて現れた影がデズデモーナに飛びかかり。


「貴方の相手は、私…!」


「うげぇっ!?なんじゃテメェ!」


蹴り飛ばす、あのデズデモーナを蹴り飛ばす。リオスとクレーに負けないくらい小さな体で筋肉の塊みたいなデズデモーナを吹き飛ばすのは…意外な人間だった。


今までどこで何してたんだよ、いつもいきなり現れて、でもいつも俺を助けてくれ…お前は本当に!


「ラヴ!」


「ステュクス、助けに来た」


ラヴだ、アイツがデズデモーナを蹴り飛ばしこちらに向けてピースサインをしてくれる。ラエティティアが死んでフューリーの姿も見なくなって、なんだか長い間見なかった気のするラヴがここに来て俺を助けに馳せ参じてくれた。


嬉しい以上に驚きだ、なんでお前がって気持ちもある。


「なんで、助けに来てくれたんだ」


「助けられたら嬉しいって言った、だから助けに来た」


「お前…、サンキュー!マジ助かったぜ!ラヴ!リオス!クレー!」


デティフローア様は爆弾の処理をするとして、戦えるのは俺と師匠とラヴとリオスとクレー。姉貴は…ダメだ、意識を失ってる。対するはオフェリアとデズデモーナ…そしてまだ動けるであろうビアンカとまだ残ってる数人のメイド達。


いけるか?さっきよりは随分戦力的にマシになった…けどもう一押し欲しい。せめてカリナかウォルターさんでも来てくれれば…。


「…大丈夫だよ、ステュクス」


「へ?」


すると、爆弾の前に立ったデティフローア様がまるで俺の心を読んだようにニタリと笑う。大丈夫?何が?もしかしてまだなんか秘策でも…。


「戦力ならまだ来る。というか今こっちに向かってきてる」


「え!?マジっすか!?誰!?」


「子供のピンチにはエリスちゃんが駆けつける、なら…そのエリスちゃんのピンチには誰が駆けつけると思う?」


「え?…誰?」


そもそも姉貴ってピンチになるのか?


…いぃや?いる、一人いる。確か姉貴と戦ってる時も『あの人』は何処からともなく現れていた。とすると…もしかして。



瞬間、やはり…デティフローア様の言葉通り、俺の思い浮かべた人は現れる。入口からではない…側面の壁を蹴り砕いて大穴を開け…現れる。


「ようよう、楽しそうな事…やってんじゃねぇかよおい」


歩む、穏やかな口調とは裏腹に怒りに満ちた歩みは足元の瓦礫を踏み砕き、全身から怒気を立ち上らせながら現れる。


その威圧は獣さえも恐れさせる…、その威容は如何なる強者も慄かせる。


ラエティティアをして…『魔女の弟子最強』と呼ばれた男。


「それで?『誰』が『誰』を殺すって…?もう一回俺に聞かせろよ。おい…!」


ラグナ・アルクカース。それが今まで見た事ないくらいブチギレながら牙を剥いて現れる。


俺の師匠、リオスとクレー、ラヴ…に加え現れたなんとも頼もしい助っ人。こりゃあ…なんとかなりそうだぞ!!

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