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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
554/868

505.魔女の弟子と動き始めた三日目の夜


─────エルドラド会談、一日目…夜。


「ここがゴールデンスタジアムですか?ラエティティア様」


「ああ、そうだ。三日目の夜にここで交流競技会が行われる。そこにはほぼ全員…貴族も六王も参加することになっている…しかしなんだ、到着するなりスタジアムが見たいだなんて」


カゲロウ達に見放された直後、ハーシェルの影に連絡をとったラエティティア。殺しの依頼を出してから数日後に到着するものと思われていたコーディリア達が彼の目の前に現れたのはその日の夕暮れ。


意外なまでに早く到着したコーディリア達に驚く暇もなく彼女達はいきなりこう言い出したんだ…。


『仕事の為にゴールデンスタジアムの内装を知っておきたい』と。


まぁ彼女達は世界最高峰の殺し屋、依頼を出してから到着するまでが早いのは当然。そしてその下準備として情報収集するのも当たり前と踏んだ彼は惜しみなくコーディリア達に会談の日程や詳細なスケジュール。


そして、こうしてゴールデンスタジアムの地下施設に案内しているのだ。


「しかしビックリ仰天!上に競技をするための会場があったと思えば!まさか地下にここまでが複雑怪奇な地下迷宮があるなんて!」


「ゴールデンスタジアムは元々地下から先に作られたんだよ」


「そーなんですか!?」


オフェリアの言葉にやれやれと返す。ゴールデンスタジアムはエルドラドの名物だ、エルドラドといえばゴールデンスタジアム。マレウスにはこれほど巨大な競技場はないからね。


だからこそ、皆表側の絢爛さに目を奪われる。


「私が調べた限りによると、スタジアムの建設が完了したのが十五年前、それよりも前にこの場には広大な地下施設があった」


「地下施設…用途は?」


「分からん、ロレンツォの脱税用に作られた地下倉庫とも、いざという時の避難先とも、魔女大国との戦争に備えたシェルターとも言われているが確たる情報は得られなかった。ただ言えることがあるとするならこの地下迷宮の全貌を示す地図は何処にもなく我々が生まれるずっと前からある…ということだけだ」


「知らないのですね」


ムッとする、確かに知らないがそれをわざわざ口にする必要はないだろう。


…このスタジアムには地下が存在する。ゴールドラッシュ城からスタジアムに通ずる地下通路だ、競技会当日はそれを使って貴族達がスタジアムに入る予定になっている。


が、どういうわけかスタジアムにはその地下通路よりも更に下層が存在している。見た目は上の廊下となんら変わりはない白い壁に白い床、光源魔道具が転々と連なる殺風景な景色。だがその内部構造は異様に入り組んでおり、かつ下に続く階段が無限に存在している。


一応ラエティティアも多少は構造を把握しているものの全部じゃない。この地下迷宮の最下層に何が存在しているのか、何があるのかは分からない。ロレンツォが何を思ってこんな物を作ったのかも分からない。


だが事実としてスタジアムの地下には迷宮が存在しており、スタジアムはその迷宮を隠すように作られているという事。


「さ、それより引き返すぞ。あまり奥まで進むと私でも出られなくなる」


「いえ、丁度ここら辺が良いのではないでしょうか」


「何?」


ゴールドラッシュ城からスタジアムに通ずる地下通路の下層、言ってみれば迷宮の入り口に当たる場所でコーディリアは一つの部屋を見つける。恐らく物置部屋らしきその部屋を開け…丁度良いと言うのだ。


「何が丁度良いんだ」


「仕込みでございます。依頼を達成するための」


「依頼…ロレンツォ暗殺の件だろ、ああ…それと」


「ええ、六王の暗殺でございます」


私がここにコーディリア達を呼んだ真の目的、それは六王の暗殺…とは言え流石に六王を全員殺せるとは思っていない。さしものハーシェルだって六王は殺せないだろう。


何せ六王なんて世界中から恨まれている存在、殺し屋が送り込まれることなんて日常茶飯事、それを全て跳ね除けているから未だ奴らは健在なんだ。その跳ね除けられた存在の中には当然ハーシェルだって含まれる筈。


だから私が六王の暗殺を依頼したのは飽くまで奴らの危機感を煽る為だったのだが…。


「何か策でもあるのかな?」


「ええ、こちらを用います」


そう言ってコーディリアが取り出したのは二本の瓶…これはポーションか?赤のポーションと青のポーションだ。赤いポーションといえば消化器促進のポーションが有名だ、青は…なんだったっか。


……思い出した!毛髪成長のポーションだ!父が使っていた。


「…そんな物何に使うんだ?」


「何か勘違いされているようですがこれはハーシェルが独自に開発したポーションです。こちら単独では何の意味も持ちませんが…」


そう言いながら取り出した小型のスポイト二本で赤と青のポーションを吸い上げ、私達から離れた地点に水滴を投げ飛ばす。それは見事に空中で交錯し赤と青のポーションは虚空で混ざり合い紫色に変わり───。


「なっ…!?」


次の瞬間、紫色になったポーションは突如輝き出し空中で大爆発を放ったのだ。その威力をして工業用ダイナマイト一本に匹敵する程の威力、それが…ポーション一滴で…?


「な、なんて威力だ…何だそれは」


「『爆裂のポーション』。赤と青が混ざった瞬間大爆発を発生させる空魔特製のポーションになります」


「そ、そんな危険な物私の前で出すな!」


「失礼。ですがこれを使えば…そうですね。赤百本青百本程で…このスタジアム一つくらいなら潰せるでしょうね」


「ッ…!そうか…」


このポーションだけで跡形もなくスタジアムを吹き飛ばせるかは分からない。だがスタジアムの地下には迷宮が広がっている…つまり空洞なんだ。こいつを上手く利用し爆破させれば地盤沈下を起こせるかもしれない…。


「競技会鑑賞中の六王達は…不幸な事にスタジアムの欠陥設計により発生した地盤沈下に巻き込まれ、全員が死ぬことになる」


「…それなら私が六王の暗殺に関わったと追求されることもない」


「ええ、時限式でポーションが混ざる機構をここに設置すれば。あとは待つだけで全員この世から消えていただける…というわけでございます」


「まさか…」


本当に六王を消せるのか?だとしたらそれは凄まじい大成果だぞ。カゲロウやフューリーにどうのこうの言われることもなくなる。そうだ…そうだぞ!


それがいい、最高だ!最高の気分だ!もし六王が消えれば魔女大国も黙っていられなくなる…きっと戦争になる。だが向こうは王という柱を失った状態、謂わば烏合の衆。


最高だ、勝てる…勝てるぞ!マレウスが天下を取る一助を私が出来るんだ!なんという事だ!レナトゥスなんて目じゃない程の功績を挙げられるぞ!今レナトゥスがいるポジションに私が座ることも出来る程の手柄を私が!


「よし!ならそうしよう!」


食いつく、六王全員殺せば私は天下を取れる。未だに何も成せていないレナトゥスなんかよりもずっと上に行けると確信して…。


「ではそのように、早速こちらに搬入しておきましょう」


「搬入って…、どうやって。それなりの数のポーションを持ち込めば流石にバレるぞ」


「スタジアムに搬入される治癒のポーションに偽造して持ち込みますのでご安心を」


「何?…そうか」


スタジアムに搬入するポーションって…全て『アイツ』が用意する手筈になっている。ポーションの偽造を行うならアイツの助けが必須。


何より…こんなポーションを大量に、それも直ぐに用意出来る物なのか?連絡してから直ぐに私の前に姿を現した件と言い…妙に準備がいいのも気になるな。


(まさかこいつら、本当は別件でこの街を訪れていたんじゃ…いや、いいか。構わない、私の目的さえ達成出来れば後はどうでもいい)


「この作戦は私達だけでは叶いません。ラエティティア様?貴方のご協力が必須になります」


「構わん、持ちつ持たれつでいこうじゃないか」


「ええ、でしたら早速────」



「おい、何だ今の爆発音は!」


「ッ…!?」


その瞬間、背後から大声が聞こえる。今の爆発音を聞きつけて誰かがこちらに向かってきているんだ。その事に気がつき…思い出す。


まずい、今私がハーシェルと一緒にいるところを見られるわけには…!


「ん?お前は…ラエティティアか」


「貴方は、ぷ…プロパ様」


現れたのは、ガンダー領のプロパ伯爵代理だ。彼は部屋の中を覗き込み私を見て何やら不機嫌そうに顔を歪める。それに対して私はなるべく平静を装い咳払いをして…。


「どうされましたか?プロパ様、こんなところで」


「それはこちらのセリフだ、お前こそこんなところで何を…。まぁいい、実はスタジアムの様子を見る為にゴールドラッシュ城の地下通路を使ったのだが道に迷ってしまってな。丁度いいからお前が地上に案内しろ」


何を偉そうに…私はリングア家の嫡男だぞ、それをただ冒険者上がりの血筋も何もないガンダーマンに選ばれただけの代理の癖をしてこの私に命令だと…!


チクシュルーブと言い!これだから成金は嫌いなんだ!


「しかし、ラエティティア…お前メイドなんて連れていたのだな」


「え、ええ…まぁ」


「ぐふふ、見たところ美人揃いの様子…どれ、一人二人一晩貸してくれれば私が不甲斐ないお前に力添えしてやる事も考えてやるが?」


「力添え?」


お前に何が出来る、頭も権力もないお前に…。何も出来んだろうが…。


「私からガンダーマン様に口添えしてやろう。あのお方はマレウスの最上位層に顔が効く、勿論元老院にもだ」


「む…」


こいつ自身は大したことないがガンダーマンの影響力は確かだ。特に高齢層に於ける人気は未だ絶大、そういう高齢層ってのは得てして国の要職についており、そういう者達から『英雄の中の英雄』と祭り上げられているのがガンダーマンだ。


真実かは分からないがガンダーマンの爵位を与えたのは元老院だという噂もある、それほどまでに奴の力は凄まじい。


「ところでそのガンダーマン様はどちらに?会議に参加している様子は見られませんでしたが」


「え…あー、まぁ…急用だ。お前に言ってやる理由はない」


誤魔化している…とは少し違うな。こいつ、ガンダーマンが何処にいるか知っているのか?しかし言えない場所にいると?…一体何処だ。


まぁ、どうでもいいか。


「分かりました、では是非お力添えを願いたいので…今夜ホテルに我がメイドを送りましょう」


「ぬふふ、それは楽しみだ」


「ではお送りしましょう。お前達は仕事の後…プロパ様のホテルに向かうように」


「御意、私もそろそろ上で仕事の続きをしないといけませんしね」


目線で伝える。コーディリア達に…プロパを消すように。


コーディリア達の姿を見られてしまったからには消すしかない。ましてやスタジアムの地下で私が何かをしていたという場面や爆発音を聞いてしまったのなら生かしてはおけない。


こいつ自身がバカでもこいつがその話を誰かにして、その誰かが勘の冴える人物でないという保証はない、…暗殺発覚の可能性を少しでも消す為に。プロパには死んでもらわないといけない。


…ハーシェル達を呼んだ時点で私の道はもう進むことしかできなくなった、今更引けない…このグズを殺して、私こそが最高の貴族であることをレナトゥスに証明してやるんだ。


その為にも…スタジアム爆破計画は、なんとしてでも成功を収めなければ。





「バカな男」


プロパを連れて外へと消えたラエティティアを見送るコーディリアは小さく笑う。


「いい場所を教えてもらったな!コーディリア姉様!」


「ああ、スケジュールも完璧に把握出来たしポーションの設置場所の目安も立てられた、後は私達の活動をラエティティアが隠蔽し続ければ…この仕事は完璧に終わる」


「その為にも、あのデブ貴族を消さねば有事ですね」


「そうだな、ビアンカ…お前行って消してこい」


「有事ですので、仕方ありませんね」


「そうそう有事有事。…ああ、それと完璧に仕事はするなよ?分かる奴には分かるようにしとけよ。アイツを釣る為に…」


「御意」


これで仕事の大部分は終わったも同然。父様に指定され通り『スタジアムを吹き飛ばす』算段も立てられた…。


しかし、何故このスタジアムを消す…なんて指定をしてきたのやら。まぁどうでもいいか、今更。


「さて、…今から交流競技会が楽しみだ」


交流競技会が終わったタイミングで、一斉に爆破する。そういう話だからな…せめて『本当の依頼主』だけでも生かしておかないと後が面倒だ。


この爆弾が爆発すれば…全てが終わり、父の理想と世界が…完成するんだ。






「あれは………」


しかし、そんな中誰も気がつかない。プロパを地上へ連行するラエティティア…秘密裏に会話を進めるハーシェル達、設置される爆弾…その全てを目撃している人間が、もう一人…居た事に。



──────────────────────


最強とは、一個人が名乗る物でもなく、また誰かから授与される称号でもない。


最強とは人それぞれの中に無数に存在する物なのだ。


子供にとって最強とは父であり、民間人にとって最強とは軍であり、組織にとって最強とはその長であり、歴史にとって最強とは魔女であり、その者にとって最強とはその者にとって最も影響の大きい物を指す。


最強とは即ち観測者にとっての『絶対』であり、揺るがぬ物こそが『最強』であると観測される。つまり観測する人間によって最強とはマチマチであり確たる実体などありはしない。


しかし、それでも…より多くの者達から、数多くの戦士達から。


…『あれは最強だ』と言わせる実力を持った者がいることは確かであり、そしてそんな力を持った者が今ここに二人……。



『えー、今緊急連絡が入りました!先程の『闘技』を前哨戦とし…今から更にもう一度、本命戦を行うとの連絡が…え?これ参加者…マジ』


交流競技会最終戦、闘技は驚くほど呆気なく終わってしまった。そもそもマレウスとアストラでは軍事力に差がありすぎる…その事実を突きつけられるだけに終わり観客達は落胆し肩を落としていた…ところに。


突如突っ込まれたもう一戦、けどもう一度戦っても勝てないんじゃ…喜び半分諦め半分の彼らは見ることになる。


闘技場に立つ、新たな参加者の姿を。


『えー、マレウス側の代表は…マレウス最強の名を欲しいままとする王宮最高戦力!猛将ゴードン・ルクスソリスの血を継ぎし守護者にして絶対者!エクスヴォート・ルクスソリス!』


『え?エクスヴォートって…』


『嘘、マジ物の最強じゃん』


『冗談でしょ…』


観客達はどよめく。参加したのはまさかのマレウス最強、それも人前に殆ど姿を見せないエクスヴォートだと言うのだから驚きだ。


そんなどよめきを無視してエクスは鎧を装着し、最後の点検を黙々と続ける。


『あのエクスヴォートなら…もしかしたら!』


…エクスヴォート・ルクスソリスという人間が『マレウス最強』を名乗り始めてからもう随分立つ。それまで絶対的な戦力を欠いていたマレウスとって待望とも言える絶対的な実力を持つ者。


今でこそマクスウェルとの二大看板でやっているが、元来マレウス最強と言えばエクスヴォートなのだ。戦えば百戦無敗、軍事演習に際しただ一人でマレウス王国軍を制圧し、ただ歩くだけで魔獣が道を譲る。


そんな逸話が下々にまで行き渡る程の勇名を持つ彼女が…今、緊張の面持ちで眼光を鋭く前へ向ける。


(さて、どうなる…)


繰り返すがエクスヴォートは無敵だ。今まで自分と互角と思える相手と戦ったことがない、恐らく唯一自分と同格と思えるマクスウェルとも真っ向から戦ったことがないが…こう言ってはなんだがそれでもマクスウェルよりエクスヴォートの方が強いだろう。


国内に敵は無し、故に彼女は戦闘を戦闘と感じたことが生まれてから一度としてない。行うのは戦闘ではなく『処理』『業務』『作業』と呼んでも差し障りない程に彼女はその力で多くの物を打ちのめして来た。


…と、今までは思っていなかった。エクスヴォートにとって今までの『作業』が『戦闘』だったのだ、戦いとはこういう物なんだと思い込んでいた。


彼女を目の前にするまでは。


『対するは!アド・アストラに於いて最高戦力の名を授かる者達の一角!隣国デルセクト最強の錬金術師!グロリアーナ・オブシディアン!』


「流れとは言え、互いに国家の威信を懸けて戦う身。全霊を尽くしましょう…と言っても私達が全力を出せばこのスタジアムごと吹き飛んでしまうので、程々に全霊で…お願いします」


目の前に立つのは光り輝く黄金の鎧を着た黒髪の麗人。同性のエクスヴォートをして美しいと思える程に整った顔立ちを持つ女性…名をグロリアーナ。


デルセクト国家連合軍最高司令官及び七魔賢…そしてカストリア大陸最強の人間、グロリアーナ・オブシディアンだ。


(凄まじい魔力…、これ程の人間が世界には居るのか)


エクスヴォートとて自分こそが世界最強とは思わない、上には上がいることを理解している。だが今…目の前に立つグロリアーナを見た時その謙虚さが現実味を帯びる。


もしかしたら自分よりも上かもしれない、そう思える程の強さを彼女は持っているからだ。


「お前の名前はよく聞いている、魔術・武術・戦術…『術』と呼ばれる全てを会得した有史以来の天才と…の顔」


「照れますね、そう言われると」


実際隣国デルセクトの最高戦力たるグロリアーナの勇名はマレウスにまで届いていた。ディオスクロア大学院を主席で卒業しデルセクト連合軍内部を階段を駆けあがるように出世し、連合軍総司令官に就任し魔女の側近を務め上げる彼女の事を、エクスヴォートも聞き及んでいた。


自分より歳下ながらに魔女の側近に上り詰めた彼女を、エクスヴォートもまた…評価していた。


「貴方の名も聞いています。ディオスクロア大学院にて数多の功績を残したと」


「…照れる」


「だからこそ、…貴方と手合わせが出来るのは良い機会だ。貴方の力を…見定めさせていただく」


「………」


「武器はなし、魔力覚醒もなし、互いに魔術と武術によって決着をつける…でよろしいですね」


「無論」


この戦いに参加する際レギナや六王達に言い含められたルール。『戦いは全力でいい、だが魔力覚醒と武器は使用してはいけない。スタジアムに被害が出るのも無し』と。


実際エクスヴォートとグロリアーナが全力でぶつかり合えばスタジアムどころかエルドラド全域に被害が出かねない。何より今ここで全力でぶつかり合うには二人は強すぎる。


故のルール、観客には内緒ではあるものの互いに縛りを加えた上で戦うことになる。


「では…やりましょうか」


「………ああ」


『両者構えました!今ここにカストリア最強の名をかけた戦いが始まる!さぁさぁ皆様!座っていては見逃してしまいます!立ち上がり刮目しましょう!歴史に残る一戦を!』


深く腰を落とし睨み合う二人、そして実況はそれに伴い観客を盛り上げ…。


そして…。


『それでは!交流競技会!真の最終戦!『最強を懸けた闘技』!試合…開始ィィイ!』


「ッ──────!」


「ッッ!」


ゴングが、鳴り響く。


……………………………………………


「あ、二人とも」


「おう、エリス。ってお前なにバット持ってきてるんだよ…」


「バッドガールなので」


「意味わからん」


あれから、突如として現れたヴェルトさんに連れられて何処かへ消えたステュクスに置いていかれたエリスは、行き場を失い取り敢えず試合中観客席に見つけたアマルトさんとナリアさんの元へと向かった。


本当はステュクスを問い詰めたかったが…彼が直前に口にしていたあの言葉、…きっとヴェルトさんはステュクスの…。


「お前なぁ、オケアノスを連れてくるって言ってたのになに遊んでんだよ…」


「色々あったんです、これが終わったら連れて来ます。それより今試合どの辺ですか?」


「能天気だなぁ…最終戦、グロリアーナとエクスヴォートが今から戦るんだってよ」


「ええ!?」


慌ててエリスは持ってきたバットを抱き抱えアマルトさんの隣に座る、すると闘技場に見えるグロリアーナさんの黄金の鎧とエクスヴォートさんの白銀の鎧が見え────。


『それでは!交流競技会!真の最終戦!『最強を懸けた闘技』!試合…開始ィィイ!』


始まった、そう誰もが脳で認識すると共に…世界トップクラスの実力者達の戦いは始まった。


「うぉぉっ!?」


「きゃっ!?」


───激しい衝撃波を伴って。


「なんだありゃ!?なにが起こってるんだ!」


「ただ拳をぶつけ合っただけです…」


「拳をぶつけ合っただけ?嘘だろおい…スタジアム全域が揺れたぞ!?」


速攻で決めにかかった二人の拳が空中で激突した。ただそれだけで大地は揺れ観客席が倒壊しそうになる。その振動に驚愕するアマルトさんとナリアさん、そして観客達。


既に二人の実力は観客全員の想定を上回っているんだ。


「今の一撃、あれはただ腕力で殴ったんじゃない…魔力を放出してそれをぶつけ合ったんです」


「ラグナがよくやる奴か?」


「いえ、あれより余程原始的かつ暴力的…そして効率の良いやり方…」


ここで見ているだけでわかる、グロリアーナさん…以前エリスと戦った時よりも強くなっている。あの時でさえ手に負えないほど強かったのに…まだ強くなるのか?


もしかしたら本当に、この人がルードヴィヒさんの人類最強の座を引き継ぐかもしれない。そう思うと共に…感じる。


(この一戦は見逃せない!)


グロリアーナさんもエクスヴォートさんも第三段階に至った別格の使い手達、第三段階同士の戦いなんて早々見られるものでもない、同じく第三段階を目指す者としてこれは是非とも観戦しなくては…。


…………………………………………………………………


「フッッ!!」


攻め立てる、高速で大地を踏み砕き加速を得るエクスヴォートは全霊で拳を振るう。人々が『一瞬』と呼ぶ時間の間に数度振るわれる連撃。


それは拳の先から魔力を放ち爆裂させることにより身体能力以上の破壊力を得る殴打法。大昔に『魔法』と呼ばれたそれを天性の才覚のみで操るエクスヴォートの攻めは宛ら破壊の疾風。彼女にここまで猛烈に攻め立てられて生きていられる人間はそう多くはない。


「魔力闘法も当然会得済みですか、まぁそれだけの素養を持つのはこの段階に於いては当たり前のこと。第三段階に入ったものは凡ゆる戦闘法を会得していて然るべき…誇る物でも驚く物でもありませんね」


対するグロリアーナは前方に魔力防壁を何重にも重ね小型の壁を作り上げ魔力の爆風を防ぐ。通常の防壁では弾くことさえままならない猛攻を幾重にも防壁を重ねる事で弾き返しているのだ。


これもまた『魔法』の一つ、シリウスや魔女さえ愛用した『多重防壁陣』である。


遥か古に於いて『一部の素養ある者』しか使えず、それが原因で衰退したとされるこの魔法を実戦レベルで活用できる事。それがある種第三段階到達に求められる項目の一つでもあるのかもしれない。


「むぅ…私にここまで攻められて平気な顔をしているとは、これは…一筋縄ではいかない、の顔」


普段なら拳の一撃で…どころか魔力を軽く放つだけで終わる戦いが、今はこうも長引いている。その事実に驚愕以上に喜びを覚えるエクスヴォート。


ならばと彼女は殆ど実戦で用いたことのない技にまで手を出し始める。


「『形成』…」


「ほう…!」


グロリアーナが顔色を変える、まさかそれも出来るかと。


エクスヴォートが握った拳に防壁が集中し、ぐにゃりと形を変え…変形する。それはやがて1メートル程の棒へと変わり、エクスヴォートの手の中に収まり。


「『一閃』…!」


「防壁形成術まで使えますか!」


作り上げられたのは魔力防壁を変形させ作られた剣。物理的影響力を持つ防壁を盾ではなく剣として用いる法。自由自在に形を変えられる防壁を剣のように伸ばし剣のように鋭く研ぎ澄ませ、切れ味を獲得することにより武器として扱う術が『防壁形成術』。


ラグナが放つ『拳型に形成した魔力防壁』やモースが扱う『手型の魔力防壁を放つ』などにも似る技術…されどこれはさらにその上に位置する奥義。


魔力防壁系統の術の中で、最高峰に位置する技術こそがこれだ。体に纏わせるだけで一流と呼ばれるそれを剣の形に変え鋭く尖らせる事のいかに難しいことか。だが同時に…その難しさと同時に、この技術の攻撃能力の高さはまたピカイチ。


「これは武器に非ず、我が術の一部…卑怯とは言うまい!の顔!」


「当然、それが無しなら防壁も無しになってしまう」


元は防壁故、その剣は決して折れず、切れ味が落ちることもなく、また使用者の技量によって如何様にも長さや切れ味の調整が可能。


その速度、範囲、破壊力。どれをとっても剣の範疇に収まらず回避するグロリアーナを追いかけ振るわれる剣は闘技場の中を所狭し駆け巡り…。


『ほ、星の川が流れてる…』


観客が唖然とする。キラキラと輝く何かが闘技場を満たしているのだ。それが何か理解することも出来ずただただ呆然と口を開けることしか出来ない。


まさに互角の張り合い、超常の技のぶつかり合い…に、観客には見えている。しかし。


「むぅ、あまり慣れないことをするべきではなかったか」


「ええ、そうですね」


刹那、エクスヴォートが大きく態勢を崩す。剣の隙間を飛んで来たグロリアーナの蹴りがエクスヴォートの顎先を打ち抜き蹴り飛ばしたのだ。


普段が用いない防壁形成術という小手先の技を選んだエクスの甘さをグロリアーナは見抜いていた。故にこそ、エクスはつけ込まれた。


互角に戦っているように見えて実のところは甘さを見せたエクスヴォートを攻め立てるグロリアーナをエクスヴォートが近づけまいと抵抗していただけだったのだ。


「防壁形成術は防壁を手元に集中させると言う特質上、周辺の守りが浅くなる…連続使用は仇となりますよ」


「のようだ…!」


この一連の動きの中に織り交ぜられた無数の魔力闘法。魔力を無数に飛ばし撹乱する法、魔力を探知し魔力に自律性を持たせる法、相手の魔力に干渉する法。魔法という言葉が失われて久しい現代に於いても尚人間と言う生き物の肉体に刻まれた情報が彼女達に魔法を与える。


これら全ての魔力技法が必要とされる段階こそ、第三段階であり魔力を極限まで極めたが故の極・魔力覚醒の名。


これこそが、世界最高峰のステージなのだと…観客席で見守るエリス達は痛感する。第二段階より先に行くには全てを極められるだけの素養が必要とされるのである。


「下手な小細工はしない方が良さそうだ…の顔」


顎先に一撃をもらったと言うのに軽く首を鳴らしそのまま構えを継続するエクスヴォートは魔力剣を捨て魔力を自身の間合いに満たす。


(…そろそろ遊びは終わりみたいですね)


その様にグロリアーナは警戒心を高める。どうやらここからは真面目にやるようだ。


「行く…!」


「む…ッ!」


瞬間、突っ込んでくるエクスヴォートを前に先ずは回避にて様子を伺う選択をするグロリアーナ…、しかし直後その考えが誤りであったことを悟る。


(しまった、退路が全て防壁で塞がれている。何という防壁展開速度の速さ…!この私が見切れないほどとは!)


グロリアーナが確保していた十八の退路全てが一瞬でエクスヴォートの防壁によって塞がれる。その事実に気がついた…その一瞬の停止がグロリアーナの行動を完全に潰す。


「フンッ!!」


「グッ!?」


亜音速で飛んで来たエクスヴォートの打撃をガードで直接受け止める。防壁の展開が間に合わない速度での打撃の応酬にグロリアーナが初めて表情を変える。


「ハァッ!」


「チッ、…『熱い』!」


打撃を受け止める都度グロリアーナの黄金の鎧が赤熱し火花を散らす。これは魔法でも魔力でもない。これは…。


(籠手にヤスリが仕込んである?なんでそんな細工を…)


何故かエクスヴォートの籠手にヤスリ状の突起が仕込まれているのだ。それを受け止める都度グロリアーナの籠手が削られ摩擦で熱を持ち赤熱する。


何故、エクスヴォート程の人間が鎧にヤスリを仕込むなんて細工をしているのかが分からない、そこに堪らない違和感を覚えている間にエクスヴォートは更に一歩踏み込み。


強引に押し込むつもりだ。


「終わりだ…!」


「チッ…」


その瞬間グロリアーナの体にエクスヴォートの防壁が纏わり付き動きを阻害する。振り払うのに数秒の時間を要する、それでは遅すぎる。エクスヴォートは既に発射準備を完了しているのだから。


拳を握り、魔力を高め。腕に集中させる。ただそれだけで空間が歪み──。


「『龍皇星爪』ッ!」


「───!」


放たれたのは抉るような軌道で放たれたアッパーカット…というには些か範囲が広すぎる。輝く魔力光が噴射されると同時に虚空に柱を打ち立て全てを切り裂き抉り消し去る一撃。最早一種の災害として認められる程の威力は天へ昇り花火の如く破裂する。


宵闇に朝をもたらす程の光。それを真っ向から受けたグロリアーナは…。


『ぐ、グロリアーナが消し飛んだ…!?』


居ない、先程までエクスヴォートの目の前にいたはずのグロリアーナが、動きを縛られ逃げることのできなかったグロリアーナが、そこには居なかった。


ただ白い煙を漂わせるエクスヴォートだけが…そこに立っており────。


「ッ…これは───」


刹那、何かに気がついたエクスヴォートが吹き飛ばされる。否、血を吹いて殴り飛ばされたのだ。


「ぐぅ…!」


『な!何が起こった!?』


『何かに殴られた!?』


『でもグロリアーナは…』


居ない、グロリアーナは居ないはずなのに。


「ぐぅっ!?ぁがっ!?くそっ…!」


エクスヴォートが態勢を崩す、まるで一人でダンスを踊るように右へ左へ引っ張られる。存在しない相手にめためたに打ちのめされるように叩き回されたエクスヴォートは遂に膝を突き。


「ぐぅ…う……」


「悪いですね、先に使わせてもらいましたよ…魔術を」


いや、居る…居るんだ。エクスヴォートだけは捉えていた。グロリアーナの姿を…。


その言葉に応えるようにグロリアーナは静かに漂う白い煙の中から現れる。その身には一切の傷が刻まれている気配はない、全くの無事。あの一撃を受けながら揺らぐことなく最強は立ち続けている。


「ッ…この…!」


姿を現したグロリアーナに対し、即座に立ち上がったエクスヴォートは拳を振るう。そこから発せられる魔力は大砲の如く轟音を立て放たれる…が。


「『Alchemic・white smoke』」


「ッ…!」


当たらない、グロリアーナの肉体が一瞬で煙へと変じサラリと魔力による一撃を受け流したのだ。これだ、これでグロリアーナは先程の一撃も受け流したのだ。漂う白い煙こそがグロリアーナだったのだ。


「当たりませんよ…もう」


──グロリアーナ・オブシディアン。稀代の才覚を持ち若くしてカストリア大陸最強に上り詰めた女。彼女は魔力操作術や武闘技術など凡ゆる『術』を極め抜いた達人でありその実力は屈指のものである…というのは周知の事実であるが。


そんな彼女が最大の武器とするのが『錬金術』。メルクリウスをして『私以上の錬金術を扱う唯一の人間』と呼ばれ、フォーマルハウトをして『魔女を除けば有史以来最高の錬金術師』と称えられる程、グロリアーナという人間の錬金術は卓越している。


錬金術の中でも奥義に部類される『肉体錬成』。即ち自らの肉体を媒介にした錬金術を得意とする彼女は自らの肉体を不定形の気体にさえ変化させることが出来る。


更に…。


「『Alchemic・pallet arm』」


「ぐぅっ!?」


グロリアーナは更にそこから前人未到の領域である『肉体再定義錬成』をも可能とする。つまり一度別の物体へと変化させた肉体を、更にまた別の肉体の形へと変化させることが出来るのだ。


例えばこのように、煙に変じた肉体から数十もの拳を放ちエクスヴォートを吹き飛ばす事さえ可能。


これほどの錬金術を用いた人間は有史以来フォーマルハウトを除けば一人としていない。故に彼女は呼ばれるのだ。


『最強の錬金術師』と…。


「これが錬金術…、私が知っている物とは随分違って驚いている顔」


「ええまぁ、貴方の言う錬金術は錬金機構を用いた術でしょうしね」


エクスヴォートが知る錬金術と言えば十年前くらい見かけた錬金機構搭載型の軍銃を装備した一般的なデルセクト兵のそれであった。彼らが使う錬金術といえば弾丸と共に鉛玉を別の物に変化させ放つ属性魔術に近い代物。


だがそれは飽くまで術師の技量に左右されず一定以上の威力を確保するための施策であり、グロリアーナのような機構を用いない本物の錬金術師とは凡ゆる物質に影響を与える者のことを言うのだ。


それを証明するかのように、グロリアーナの打撃を嫌ったエクスヴォートが一歩後ろに下がった瞬間。


「むっ!?」


エクスヴォートの体が傾く、一歩引いて踏み締めた床…闘技場の石材が体重を掛けた瞬間に煙に変わる。突然の事態に対応出来ず足が煙の中に埋まると同時に今度は元の石材へと戻りエクスヴォートの足が地面に埋め込まれる。


錬金術だ、一瞬かつ的確にエクスヴォートの動きを予測し足元を錬成し煙に変え、更にもう一度錬成し元に戻したのだ。


「『Alchemic・electricity』」


「ッッ!」


そこに追い打ちをかけるように飛んでくるのは無数に飛来する電流、それが鋼鉄の拳と共に無数に飛びエクスヴォートの肉体を焼き叩く。雷速で飛ぶ数十の拳を避けることも防ぐこともできず叩きのめされ。


「ぅぐ……」


再び膝を突く、一撃一撃のダメージが大きすぎる。何より攻撃に防壁を使いすぎたせいで守りが疎かになっていたんだ。


今まで、防御を気にしたことが無かった弊害が、ここで出た。


『お、おいおい…エクスヴォート様、やられてないか?』


『嘘、マレウス最強でも勝てないの…』


『ふざけるなー!マレウスの威信がかかってるんだぞー!』


恐る観客、激怒する貴族、元より観衆の声などに耳など傾けていないエクスヴォートは口元から垂れる一筋の血を拭い、余裕とばかりに立ち尽くすグロリアーナを見上げる。


(なるほど、強い…これはカストリア大陸最強かもしれない。こんなに強い人がいるなんて驚きだ、だがそれ以上に…これほどの強さでありながら飽くまで『カストリア大陸最強』でしかないと言うのも驚きだ。アド・アストラにはこれより強いのがまだ居るのか)


武術…徒手空拳や魔力闘法を用いた戦いではエクスヴォートと良くて互角、最悪上回られている可能性が高い。


魔術…これに関してはそもそもエクスヴォートは勝てると思っていない。なをせ相手はあのマレウス最強の魔術師トラヴィス卿と同じ七魔賢の称号を持つ者。魔術関連では勝ちようがない。


戦術…こちらは経験の差が出ている。自分より強い者と戦ったことのないエクスヴォートと広い世界で格上とも戦っているグロリアーナの方が経験は豊富だ。


これほどの人材を抱えているからこそ、魔女大国は未だ世界最強の存在であれるのだろうと肌で実感する。出来るならここで降参しておきたいが…。


(姫、貴方がマレウスの誇りを信じる限り…私はその誇りの寄る辺となりましょう。マレウス最強は決してアストラ最強にも劣らぬと…証明する!)


足を地面から引き抜き、立ち上がりながら思い返す。


確かに私は格上とは戦ったことがない。だが…『同格の存在』との戦いは経験したことがある。そう…私のライバルとの戦い。今でこそマクスウェルと私がマレウス最強を争う仲とされているが、そもそもマクスウェルなんて眼中にない。


私のライバルは…。


(レナ、すまない…これを使うのは、お前に対してだけと決めてきたんだが…)


レナトゥス…、武のエクスヴォート魔のレナトゥスと讃えられ学生時代はライバルとして切磋琢磨しあったアイツに対してだけ、エクスヴォートは本気を出したことがある。


その本気を、今ここで使う。


「まだ付き合ってもらえるか?グロリアーナ殿…の顔」


「構いませんよ」


「なら……」


久しく使うが一度習得した物はそうそう忘れない、故にエクスヴォートは大きく足を開き…魔力を高め、…使う。


「『エクリプス・リートゥス』ッ!」


「…ん……!」


……魔術を。


……………………………………………………………


『お、おお?』


『えぇっ!?』


『何が起きたんだ!?』


闘技場で行われるそれを見た観客達は再び口を開ける。それは…エリス達も同じだった。


「嘘だろ…!」


「今の魔術ですか!?でも…どんな魔術…」


今さっきまでグロリアーナが推していた筈なのに、エクスヴォートが魔術を解禁した瞬間形成が変わった。怒涛の数連撃の間にグロリアーナは逃げ場を失い、今度はグロリアーナが口から血を流し膝をついていた。


「どう言うことだよ、グロリアーナの奴…煙になったり雷になったり出来るんだろ!?なんで攻撃が当たってんだよ!」


「……あれは、エクリプス・リートゥスですか…」


「え?エリス知ってる感じ?」


「はい、一応」


そんな中、エクスヴォートが行った魔術の正体に心当たりがあるのだ…エリスは。


元々デティから現代魔術講座を受けていたからこそ、ある程度現代魔術の知識はある。だからこそあの魔術がエクリプス・リートゥスである事は理解できる。だがそれ以上に驚きなのは。


「あんな魔術を使って戦える人間がいるなんて…」


確かにエクリプス・リートゥス効果は強力無比で唯一無二。だが唯一無に過ぎて使うのには独特な感性と常人離れした感覚が必要とされる。使うだけならエリスにも使える、だが『使って戦う』事ができる人間は多分いない…と思われていたのに。


まさかよりにもよってエクスヴォートさんが。


「あ!動きますよ!」


そんな中、追い討ちをかける為エクスヴォートが再び魔術を発動させる…のだが。アマルトはその様に眉を傾け。


「にしてもあの魔術を使う前の奇妙な小躍りはなんなんだ…?」


「小躍りじゃありません!あれは必要な工程なんです!」


いや小躍りだろ…と思うアマルトが見るのは、魔術を発動させる為に体を動かすエクスヴォート。その様を言語化するなら『高速で両腕を擦り合わせ足でバンバンと地面を叩く』と言う奇妙極まりない動き。


だがそれを行ったエクスヴォートは次の瞬間、爆発的なまでの動きを見せ。誰の目にも留まらぬ速度でグロリアーナに不可視の打撃を加え吹き飛ばす。


「あぁ!またやられた!なんなんだよあの魔術!」


「なるほど、あの直前の動き…確かにあれを行えば効率よくエクリプス・リートゥスを扱える…考えましたね」


「と言うかエリスよぅ!いい加減教えろよ!勿体ぶるな!何が起こってんだ」


「すみません、えっとですね…エクリプス・リートゥスはつまり、『変換魔術』なんですよ」


「変換魔術だあ?」


エクリプス・リートゥス…別名変換魔術。その効果はまさしく類を見ない『発生したエネルギーを別のエネルギーに変換出来る』と言う特殊な物。


運動エネルギーをそのまま熱エネルギーに変換し、光エネルギーをそのまま運動エネルギーに、他にも『重力』『摩擦力』『破壊力』…力とつく物全てを別の力へ転用することができる魔術なのだ。


恐らく今エクスヴォートさんが行ったのは『腕を擦り合わせた摩擦力と熱力、足を踏んで作った圧力、それら全てを運動エネルギーに転換』し加速したのだ。


「エクリプス・リートゥスで変換されるエネルギーは合算ではなく乗算…つまり作るエネルギーの量によって発生するエネルギーの量もまた膨大に膨れ上がるんです」


なるほど、恐らく腕の鎧にヤスリか何かを仕込んでおき『摩擦力』と『熱力』を同時に効率よく作りやすい形状にしてあったのだろう。あれなら一行動で少なくとも複数のエネルギーを生み出せる。


「すげぇ魔術じゃん、なんで誰も使わねぇの?」


「難しいからですよ、例えば運動エネルギーを材料に熱を作ればその瞬間運動エネルギーは熱に変わるんですよ?つまり…」


「高速で走っている瞬間運動エネルギーを失えば…急停止し代わりに膨大な熱が発生する。それは通常の感覚ではいくら意識していても対応出来るものではない、いくら反射神経が良くても体に染みついた慣性などの物理的な法則、それを無視した挙動は人体では対応しきれない…って事ですね」


「ナリアさん正解!」


歩けば前に行く、当然の話だ。飛べば上に行く、上に行けば落ちる、当然の話だ。これを当然だと言い切れるのはエリス達の体がその法則に順応し慣れきっているからであり、人の脳みそ、或いはこの世に生きる生命体の脳みそにはその法則が予めインプットされているからだ。


しかしこの魔術を使えばその法則を無視して別のエネルギーを生み出せてしまう。その不可思議な挙動に体が対応し切れない。確かに強力ではあるが…実戦ではとてもじゃないが使えない。


なので一般的にこれを用いる魔術師は居ない。そもそも『学者が法則等の解明に使用する実証実験用魔術』であり民間が使用するようなものでもないんだ。実験器具を武器に戦う戦士なんてこの世にいないでしょう?それと同じ。


だが…エクスヴォートさんはそれを使いこなしている。有り余る身体能力でエネルギーを作り、そこに膨大な『魔力』もつぎ込む、魔力も力ですからね、材料になり得る。


これによって生み出されるエネルギーは果てしない、だからあんなメチャクチャな加速が出来るんだ。


「でもじゃあなんで触れられないはずのグロリアーナさんに攻撃を?」


「グロリアーナさんの体自体も変換出来るからです、グロリアーナさんは今電気になって逃げようとした、けどその電力を圧力に変換され直接ダメージを叩き込まれたんです」


「なるほど…じゃあ結構相性悪いんじゃないか?」


「悪いですね…まぁ、あのレベルになると魔術の相性どうので趨勢が決まるとは思えないですが」


だが、今まで見せていた魔力闘法よりも格段に攻撃の威力や完成度としては上にある。そりゃそうだ、魔法は確かに魔術よりも威力があるが、多様さや完成度では魔術の方が上位に位置する。


魔法が廃絶され、魔術が広まったのは…単純に魔法よりも魔術の方が戦闘に適していたからに他ならない。


つまり…。


(ここからが、二人の本来の戦い…ってことですね)


魔法で戯れる時間は終わりだ、ここからは本気の戦いが始まってしまう。


くぅー…勉強になるなあ!


……………………………………………………


「『エクリプス・リートゥス』!」


「ッ…!」


一瞬で体を動かし『摩擦力』『熱力』『圧力』『魔力』を生み出しそれら全てを速度に変換するエクスヴォートの動きは、そもそも質量を持つ物質が到達出来る限界速度に迫るほどだった。


それを脅威的なまでの反射神経と動体視力、そして天性の直感で御しエクスヴォートは雷になって逃げようと動き出すグロリアーナは捉える。


「見えている────」


「ぐぅっ!」


体を電気に錬金した瞬間飛来するエクスヴォートの拳。本来物資的な影響を受けないはずの雷の体が拳を受け歪み、グロリアーナの口の端から血が漏れる。


体の電力を圧力に変換され、体全体が強く押しつけられる感覚を味わう。元は体の一部であった電気が圧力に変わる事で本来影響を受けないはずのグロリアーナの体に影響が出ているんだ。


(錬金術による回避は不可能、エクリプス・リートゥス…厄介な魔術を使う物ですね)


全ての力を余す事なく相手への攻撃へ転用する戦法、本来は使い所のない筈の…いやそもそも感覚的に用いることさえ困難なはずの魔術をこうも巧みに…。


「『龍星無条』ッ!」


叩きつける両腕、そこから発せられる『圧力』『運動エネルギー』『音量』を全て『魔力』に変換して行われる特大級の魔力砲弾。それは空気の壁を破壊し天鼓を鳴らす。


「『Alchemic・fortress』」


指先を軽く振るうだけで生まれるのは巨大な鋼鉄の壁。否…城塞が錬成される。それは的確に、そして堅牢に魔力砲弾を弾き返し…。


「ではこういうのはどうでしょうか、『Alchemic・crossing bomb』」


再度指を鳴らせばその瞬間城塞は赤く輝き一気に火を噴いて爆裂し始めた。あれだけの大きさの城壁が全て爆薬に変わり炸裂したのだ。それは当然目の前にいたエクスヴォートさえ爆炎にて飲み込み…。


「『エクリプス・リートゥス』!」


しかし、その熱量さえも全て運動エネルギーに転換し自身の加速へと利用する。爆炎は熱を失い火として不成立となり掻き消され、その先を突き割るように弾丸の如き速度でグロリアーナへと突っ込む…。


また来る、防御・回避不可能な打撃が飛んでくる。そう誰もが思ったその瞬間。


「『Alchemic・steel』ッ!」


「…!」


瞬時に回避を捨て自身も反撃の構えに移行するグロリアーナ、拳を鋼鉄へと錬金し文字通りの鉄拳で音速を超える速度で動くエクスヴォートの右頬を的確に射抜くが…。


「なっ!?」


逆に弾き返される。エクスヴォートを殴った鋼の拳がひしゃげグロリアーナの体が吹き飛ぶ。カウンター?いやそもそもエクスヴォートは動いていない。


動くまでもなかった、グロリアーナの拳によって発生した『破壊力』や『圧力』を自身の肌に触れた瞬間『熱力』に変換し爆裂させたのだ。さながらグロリアーナは太陽に手を突っ込んだように自ら生み出した力によって吹き飛ばされ拳が砕けたのだ。


攻撃も防御も思うまま、まさしく攻防一体の構えはマレウス最強と言うに相応しい『無敵』の威容を誇る。


「触れるだけでも発動しますか…」


ひしゃげた拳を錬金術で元に戻しつつグロリアーナは高速で計算する。七魔賢としてエクリプス・リートゥスの詳細を知り得ている、その特性から構成する魔術式まで全て頭に入っている。


そこから弱点を逆算するが…。


(参りましたね、この魔術をこうも巧みに操った前例がない…どう弱点をついた物か)


恐らくこのまま普通に攻撃してもエクスヴォートには効かない、炎で焼こうが雷で打とうがそれが『力』である以上エクスヴォートは容易にそこを改竄出来てしまう、彼女に触れただけで全ての攻撃は無力化されるだろう。


その癖相手は人間の段階を超越したような動きでガンガン攻めてくる。完全に人間には再現不可能な挙動…だからこそ強い、だからこそ…彼女は最強足り得るのだと納得する。


(ふむ、私にとって…いや錬金術にとって天敵とも言える魔術。弱点を突くのは難しい…が、弱点ではなくゴリ押しは効きそうです)


「このまま畳み掛け…ッ!?」


次いで飛んできたグロリアーナの拳がエクスヴォートの頬を射抜く。触れればそれだけであらゆる力を無効化するエクスヴォートの体…だが、どう言う訳か続いて放たれたこの拳はエクスヴォートの頬を捉え、逆に彼女を押し返したのだ。


「ッ……」


「なるほど、やはり…『こちら』は私が上手ですね。これなら奥の手を使うまでもない」


プスプスと頬から白煙が立ち上る。エクリプス・リートゥスを使って無効化出来ない攻撃が飛んできた事実にエクスヴォートは戦慄する。


確かに今、あらゆる力を無効化するエクリプス・リートゥスは発動していた。拳が当たった瞬間その速度と圧力を熱に変えようとした…だが。


(熱を更に別の物に変化させて来た…)


そう、グロリアーナは自らの攻撃が別の力に転換される瞬間錬金術を発動させ、熱力を更に電力に変換した、エクスヴォートは電力を更に変換し圧力に変換し反撃を試みたが、それさえも錬金で作り替え灼熱へとグロリアーナは錬金し、エクスヴォートの変換が間に合わず直撃を受けた。


つまり、直撃の瞬間エクスヴォートの変換魔術と錬金術をぶつけ合わせ競り合わせたのだ。高速で行われる変換と錬金の応酬にエクスヴォートは負けた。故に攻撃が当たってしまった…こんな事態は初めてだ。


だが…ある意味納得。


(そうだ、彼女は七魔賢…魔術の分野では私以上であることは確実。魔術の魔術をぶつけ合わせれば無効に利がある。どうやらこの魔術を使っても…無傷では済まなさそうだ)


エクリプス・リートゥスも所詮魔術であり、それを扱う技量も魔術の分野に由来する。エクスヴォートは騎士であって魔術師ではない、反則級の身体能力でこの魔術を実用化させているだけで魔術そのものの練度は比較的高くない。


対するグロリアーナは世界最高峰の魔術師の称号を持つ者の一人…魔術同士をぶつけ合わせた高速の魔術戦では勝ち目がない。


(ふ…ふふふ、あはは。素晴らしい…たったの一手でここまで攻略されるか!グロリアーナ・オブシディアン!私は今人生で数度と味わったことのない高揚を覚えているぞ!)


何をしても上回ることが出来ない、完全に対等に渡り合ってくる相手にエクスヴォートの石のように硬い顔は綻び、凶暴な笑みを讃える。


「口惜しいぞ、グロリアーナ・オブシディアン…これがルールに縛られた試合であることが私は口惜しい…の顔」


「そうですね、私も貴方ほどの使い手がマレウスにいるとは正直想定外でした。ですが私は逆に安堵していますよ…この戦いがルールに縛られた試合である事を。もしこれが本気の殺し合いなら死者は貴方だけには留まらなかった」


「フッ…アハハッ!そうか!楽しいな!」


拳を握る、次は何をしよう、次は何をしてくる、何をされたら何を仕返そう、どんな手段を講じどんな手段に応じよう。


「さぁ続けよう!私はまだまだ行けるの顔ッ!」


「ええ、ここで終わらせるなんて…勿体ない」


拳を握る、魔術を手繰る、魔力を滾らせる。本来は交わらない筈の二つの最強が喰い合い真なる強者を定める為…激突する。


……………………………………………………


目にも止まらぬ速度で闘技場を駆け抜けソニックブームで轟音を鳴らすエクスヴォート。


大規模な錬金術を使い場を制圧し、闘技場を雷や炎で満たすグロリアーナ。


これほど熾烈な戦いだと言うのに観客席には小石一つ飛んで来ない。それはあそこで戦っているのが常軌を逸した強者達だからであり、本気ではなく飽くまで競い合いとして戦っているから。


正直言って、この場にいる誰も、あの場には混じる事はできないだろう。


「『赫龍星光』!」


位置エネルギーと運動エネルギー、そして魔力を熱力に変え放たれる莫大な灼熱が空間を満たす。


「『Alchemic・sand storm』!」


しかしそれも一瞬で砂へと変わり消し去られる。


戦いの規模もさることながらそのスピードも常軌を逸している。更にここに魔法も加わっており…エリスの想像を超える程、戦いは険しいものへと変貌していった。


「グロリアーナさん、やっぱり三年前より強くなってますね。あそこからまだ強くなるんですか?あの人」


「元々怪物だったろ、今も変わりなくな」


目の前で繰り広げられる戦いを見てエリスは思う、グロリアーナさんもエクスヴォートさんもエリス達以上に魔力闘法を扱えているような気がする。防壁を完璧に使い、魔法を完全に掌握する。


自分の間合いを完璧に捉えている証拠だろう。


(師匠曰く、エリスは第三段階に辿り着けるだけの技量を身につけているとは言うが…正直極・魔力覚醒を会得した程度じゃあの人達に追いつける気がしない)


あれはもう殆ど魔女の戦いと変わらない。魔術を極め、魔力を極めた者の戦いは…ああも超常的になるものかとまざまざと確認させられる。


エリスはあそこに行けるんだろうか…。


『グロリアァァナァァァッッ!!』


『来なさい!エクスヴォートッッ!!』


再び拳と拳がぶつかり合い大地を揺らす。戦闘開始時に行われたそれと同じ構図、しかし今度は魔法の魔術を乗せた二人にとって『ある程度本気の一撃』。それは最早スタジアムに留まらずまるで底の方から突き上げられるような衝撃に見舞われる。


「お、おいおい…このままじゃこのスタジアム崩れんじゃないか?」


「さ…流石にあの二人もそこら辺は分かってくれていると…思いたいですね」


「希望的観測かよ!」


ここまで来ると楽しさよりも恐ろしさが勝る!そもそも第三段階同士の戦いなんて本来は観戦するべき代物ではなく発生したら直ぐに逃げなくてはいけない災害レベルの物なんだ。


…にしても、この振動の響き方。変だな…。


(振動が反響し過ぎている、まるでスタジアムの下層に空間があるような…)


まるでコップを弾いたような振動の伝わり方に違和感を覚える。もしかしたら下に空間があるのだろうか…にしては。


これ、かなり広大な空間があるぞ…?一体なんなんだ…。


…………ん?


「…………」


「あ?どうした?エリス、急に立ち上がって」


「…………ちょっと行ってきます!」


「え?あ!おい!…行っちまいやがった」


「どうしたんでしょうね」


急に立ち上がり観客席を後にしたエリスを前に首を傾げるアマルト達、それと共に最終闘技は今も進行していくのであった。


──────────────────────


『ゴールデンスタジアムを爆破する、それが君達の本来の任務だ』


空魔ジズは…父はそう語った、コーディリア達をエルドラドに派遣する直前に言い渡された任務は特定の人物の殺しではなくまさかの施設破壊。それではまるでテロリストではないかと思い『特定の人物を狙うわけではないのですか?』と伺うと。


『最大の狙いはロレンツォだ、彼は生かしておくわけにはいかない。そしてそれは我々をエルドラドに招いた依頼主の要望でもある』


『真の依頼主?』


『ああ、私達は飽くまで依頼を受けたと言う体裁を保つ為、そして何よりマレフィカルム打倒後に必要となる協力者として彼との関係は維持しておきたい。出来れば彼の事は良く守るよう頼むよ』


真の依頼主とはきっと以前から父が目をつけていた人物だろう。マレフィカルム打倒後に組織運営を行う為必要な外部協力者、何人かリストアップした中で最適な存在が彼。彼がロレンツォの死を望む…とは些か考え難いが。


『彼は今も迷っている様子だったが恐らく彼はエルドラド到着後に落胆し覚悟を決めることになる。そして私達にロレンツォの殺しを依頼することになるだろう、なら最初からそのように準備をすればいい』


流石父だ、この暗殺業界に史上最も長く携わった経験で相手が望む依頼対象さえ予測してみせるとは、父がそう言うのなら間違いはない。


だがもう一つ問題があった。


『ゴールデンスタジアムの地下はヴォウルカシャの庭園に続く数少ない道であると聞いていますが、爆破してしまっても良いのですが?』


実際にそうであるかを確認したわけではないが、聞いた話では現状『三つ』しか存在しないヴォウルカシャの庭園に続く道の一つだ。


うち一つは通常の方法では到達は不可能であり、また彼女の許可なく立ち入ることが出来ない。


うち一つは道であると同時に奴等の縄張り、踏み入れば幹部クラスが迎撃に現れる事を考えるに立ち入ることが出来ない。


そんな中唯一安全かつ確実にヴォウルカシャの庭園に到達可能な道である事を考えるとスタジアムを潰してしまうのは悪手ではないか…と。


そう聞いた瞬間父はあからさまに機嫌が悪くなり。


『私の直感だ、文句があるか』


『へ…へ?』


『ここには道以上の価値がある。マレウスに活動の拠点を移して半世紀以上…そこから集約した情報を統合するにエルドラドにはマレウスにとって最大級とも言える秘密がある。そしてその所在がここ…故に、構わない』


父はため息を吐き、背を向ける。どうやら我々に決定権は無いようだ。


『詳細は後から伝える、物はオベロンに用意させる、残りの詰めは任せる』


『畏まりました、必ずややり遂げます』


……………………………………………………


『ロレンツォを殺す、他に被害が出ても構わない』


『承りました』


そして、私は中部リュディア領のとある街にて『依頼主』と邂逅した、事前にエアリエル姉様達が接触していた事もあり彼は私達を見ても驚く事なく開口一番、殺しの対象を口にした。


『驚かないのか?仮にもマレウスの貴族が…その頭目たるロレンツォの殺しを依頼したんだぞ?もっと驚けよ』


『ええ、驚いていますとも。ですが我々はナイフ…誰に向けるかは依頼主様の自由。そこに対して我々は何の感情も持ちません』


『そうかよ…ただし、殺しを決行するのは俺のゴーサインが出てからだ』


『まだ迷っていますか?』


『殺さず済むならそれでいい、だが正直この話が上手く纏まるとも限らない…、もしこの話が破談となった場合には仕方ない。ロレンツォを殺す、あの老害が築いた物を全て俺が頂く』


『なるほど、畏まりました。では当初の話通り…』


『ああ、お前らが問題なくエルドラドに侵入出来るよう力を貸してやる。あそこは契約契約で監視の目だらけだからな、流石のお前らも簡単には忍び込めない』


彼はニヤニヤと笑う。そしてそれは事実である、あそこのセキュリティは厳重で紛れ込む事自体至難の業だ、だからこそ彼の助けがいる。


彼のメイドとしてならエルドラドに入れる…だから。


『よろしくお願いしますよ、クルス様』


『ああ、もう頭部は捨てることにしたんだ、レナトゥスに新しい領土を貰えるよう交渉するつもりだが…ちょっと俺レナトゥスからの頼まれごとをしくっちまってさ、もしかしたら受け入れてもらえないかもしれない、だから中部の支配者を消して…そこを俺の領土にしたい、もしレナトゥスが新しい領土の話を断ったら、そんときはロレンツォを消してくれよな』


その為ならどんな形でも協力するとクルスは語った…そして。


………………………………………………………


「そろそろ、最終試合の終わる頃合いですね」


パチリと銀時計を開くのはビアンカだ。彼女は時間を確認し作戦の詳細を思い出す。


我々は今からスタジアムを地下から爆破する。それによって観客や貴族を諸共消し去る。ロレンツォ一人を殺すために…そしてスタジアムを潰す為に爆破する。


その協力者たるクルスを巻き込まない為にも爆破試合終了間際である必要がある、貴族たるクルスが途中離席しても怪しまれないタイミングである試合終了間際。所定の時間までにスタジアムの外にクルスが避難するまで待ってから…この爆弾を爆破する。


「ボンバーだね、これが爆発すればオレ達の任務も完了ッ!」


「そうですね、オフェリア姉様。有事がなければスタジアムは崩落し全てが終わる」


「うぅ、殺すなら…私の手で…殺したいぃっ!」


スタジアムの地下通路、さらにその下にある地下迷宮の一室に配置された『仕掛け』を守るのはビアンカとオフェリア、そしてデズデモーナの三人だ。


コーディリアとクレシダは現在別行動中。コーディリア達に代わり爆破までの間爆弾を警護するのがビアンカ達の役目だ。


「そう慌てるなよデズデモーナ、魔女の弟子達が気がついて現れる可能性があるわけだし」


「まぁ、そうなったら我々諸共爆破で弟子達を消し去ることになるので、この手で殺せるから別ですがね」


「面白く無い」


もしかしたら自分達諸共爆破に巻き込まれる可能性があると言うのに、まるで自分の死を恐れていないかのようにヘラヘラと笑うビアンカ達。彼女達は育成の過程で『死への忌避』を取り払われている、故に殺しも臆さず死を恐れない。


そんな中。


「申し訳ありません、遅れました、お姉様」


「遅いですよジュリエット、有事かと思いました」


「問題ありません」


そんな中スタジアムのスタッフ風の変装を行ったハーシェルの影十一番ジュリエットが台車に乗せた木箱を押して部屋の中に現れる。援軍に現れたチタニアお姉様が連れてきた増援である彼女はそのまま台車を押してビアンカの前に木箱を置く。


「面倒ですね、せっかく配置したポーションをまた配置し直さなくてはならないとは」


チタニアお姉様の命令でスタジアムの各地に配置しておいた爆裂のポーションを一箇所に集中させる計画へと変更したが故に、一度各地に配置したポーションを再び移動させなくてはいけなくなってしまった。


まぁそこはいい、問題はないとビアンカは木箱の中のポーションを、部屋の中央に置かれた機構へと設置する。


「これでよし、後はこの時限式魔力機構が作動すれば…」


機構…父が用意した魔力機構。それは無数のパイプが絡まったようなデザインをしており、今も時計がカチカチと動き続けている。


これは内部に赤と青、二種類のポーションを配置し、時間が来るとポーションがパイプに吸い込まれ、中央にある交差点で混じり合う仕組みになっている。


赤と青、二つのポーションが混ざると強烈な爆発を発生させるポーションを時限式で作動させる機構。それにポーションを設置したのだ。これで後は時を待つだけで良い。


「…にしてもビアンカ、上が騒がしいな」


「ですね、最終試合の闘技が長引いているんでしょうか」


少し誤算なのは、直ぐに終わると見込まれていた最終試合の闘技が今もなお続いていること。別に長引く分には構わないのだが…アルクカースのテオドーラと金滅鬼剣士団のジェームズがここまで拮抗した戦いを繰り広げるとは驚きだ。


「まぁいいや、残り時間は?」


「後三分程ですね」


「うーん、じゃあ解除しようとしてももう無理だろうし…とっとと退散するかなぁ」


「ですね、逃げ遅れては有事です」


「チッ、面白くない面白くない」


残り時間は三分、今更機構を止めようとしても止められない。ならもうこの場を離れても問題ないだろうと判断したオフェリアは退散を指示する。しかし結局戦うことなく終わりそうだと文句を述べるデズデモーナにビアンカはため息を吐き。


「デズデモーナ、なら残りますか?残り三分でこのスタジアム全域が吹き飛ぶような爆発が起こるんですよ?死にたいなら勝手にどうぞ」


「チッ…」


「分かりましたか?では…」




『えっ!?残り三分で爆発ッ!?』


『あ!おいステュクス!』


「ッ!?」


瞬間、その場の全員が殺気を放つ。…扉の向こうに、気配がある。人がいる、つまり…。


「目撃者か、喜べデズデモーナ…仕事だぁ!」


「有事ですね、ではまず彼らから始末しますか」



「あーあ…どうするよ、ステュクス」


「すんません、師匠…」


キィ…と音を立てて開く扉の向こうで顔を引き攣らせる二人の男、ヴェルトとステュクスは苦笑いしつつ腰の剣に手を当てる。


それと同時に、ハーシェルの影達は退避を直様やめ目撃者の始末にかかる。機械的な殺意、無感情な殺気、自らの死さえ厭わぬ殺しの権化が…二人に牙を剥く。

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