504.魔女の弟子と師匠と弟子
「ありがとうございますアマルトさん、ポップコーンにグレープエードまで買ってもらっちゃって」
「いいのいいの、俺もチュロス食いたかったし。おまけよおまけ」
スタジアム内部の通路を歩きながらアマルトとナリアは二人で歩く。既に競技会も中盤に差し掛かっているのか通路には誰も居らず人気の無い廊下の中遠くから響く歓声の残響を聞きながらチケット片手に俺はチュロスを頬張る。
メグの元からこうしてスタジアム観戦にやってきた頃には既に競技会は始まっており、やや遅れた事もあり一般の観客席は当然買えず、二人で右往左往していたのだ…そこに現れたのはイオの護衛のユピテルで…。
『アマルト義兄さんが後からやってくるだろうからって、イオ様がこれを確保してくれてましたよ。僕護衛なのに…これパシリですよね、憂鬱だ』
なんて言いながらイオが既に確保してくれていたチケットを数枚俺に渡してくれた。俺がハーシェルの件で忙しい事、そして忙しい中でも俺はスタジアムに来ることを想定してイオは席を確保してくれていたようなのだ。
全くいい友達を持ったよ。そう感謝しながら俺はチケットに書き込まれた席へ向かっているってわけだ。
「イオさんに感謝しないといけませんね」
「だぁな、でそのポップコーン美味い?」
ついさっきそこの売店でポップコーンと首から下げるタイプのジュースを買ってあげたナリアに目を向ける。エトワールにはスポーツ文化があまりない事もありスポーツ観戦をする事自体が初めてだと語るナリアは、さっきからなんだかとても楽しそうだ。
「はい、とても美味しいです!エルドラドの食べ物は全部美味しいですね」
「そっか、そりゃよかった」
なんて思いながらナリアの抱えるバケツ並みに大きなポップコーンを見て…思うのは一つ。
(これで銀貨九枚って嘘だろ…高すぎだろ。どう見積もっても銀貨三枚…ボり過ぎだっての)
「どうかしました?」
「いや、何も?後で俺にも食わせてくれよな?」
「はいッ!」
まぁポップコーン頬張るナリアが可愛いから許すが…。でも売店でお会計した時びっくらこいたわ、お陰で財布が軽い軽い…。
チケット代だと思って我慢するかね。
「それにしても…メグさん、大丈夫ですかね」
「そうだな、…置いてきちまったのはちょっと思うところはあるよな」
俺達は馬車に置いてきたメグを思う。ハーシェルを探す為に今も書類と睨めっこしている友達を置いて俺達だけで楽しんでいいものかねと思いはするが…。
じゃあ俺達が何を言ったとしてもメグはテコでも動かないだろうし、じゃあメグが行かないなら俺達も行かないってのもまぁなんか違う気がするし、仕方ないとは言え…やっぱり心配は心配よな。
「ハーシェル達…何処にいるんでしょう、次は何をしてくるんでしょう」
「さぁな、ロレンツォさんも今私兵団を総動員させて街中探して回らせてるみたいだが見つかる様子もないし…人数揃えて見つけられないなら、多分闇雲に探しても見つからない場所にいるとしか」
「僕もこういう時お役に立てたらいいんですけど。生憎僕は演技しか取り柄がないもので…」
「いいじゃんかよ、卓越した得意分野があるならそれが役立つ時も来るし…ってか基本俺らナリアの演技に助けられてるし」
「そうは言いますけど…」
「ならこう言うのはどうだ?今回の一件。役者の視点から見たらどうだ?」
「役者の視点から…」
ナリアは殺しの専門家でも推理捜査の専門家でもない、演技の専門家だ。今直面する問題がナリアにとってお門違いなものであることは間違いない。
だが、それでもナリアはある特定の分野の専門家なのだ。例え門外漢であっても視点と思考を変えれば新たな発想が生まれるかもしれない。
俺に質問を投げかけられたナリアは『流石によく分からないですけど…』と前置きしつつ。
「僕の所感になりますが、殺し屋って役者とは正反対な仕事だと思うんですよ。役者は見られるのが仕事…殺し屋は見られないのが仕事」
「確かにな、ある種通ずる部分はある…のか?」
「肯定はしたくありませんがそうかもしれませんね。なのでいつも僕がやってる事の反対で考えればいいんです」
するとナリアは手に持った籠を地面に置いて、ポップコーンを一つ取り出すと大袈裟なモーションで俺に見せつける。
「見せたい物は強調する、それ以外の情報を遮断し伝えたい事を明確にする。それが縁起の基本です…今アマルトさんが何も言われずに僕のポップコーンを見たようにね」
「ん、そりゃ前に出されりゃ見るだろ」
「そう、そして意図しない情報は裏に隠す」
そう言いながらナリアは裏手に隠した銀貨を見せる。銀貨なんていつの間に握っていたんだ?いや…俺がポップコーンに気を取られている間に取り出したのか。全然気が付かなかった…。
「人間の脳みそは単純で、一つの物事を強調されるとどうしてもそれ以外の認識が浅くなるようになっているんです」
「なるほどね、つまりその逆でいくと…」
「雑多な情報を大量に出して、撹乱することにより真実を隠している可能性があります。彼女達が敢えて姿を晒したのもその一環かも…」
確かに、今俺達は様々な問題を未解決のまま残して、その問題一つ一つに気を取られ過ぎて本質を見逃している気がする。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら街の中、情報を隠すならこれもまた大量の情報の中…と言うわけだ。
「もっと単純な目で見るべきなのかもしれません。ハーシェルが何故この街にいるのか、彼女達は何をしようとしているのか、そこを見出せないと彼女達は見つけられない」
「つまり?」
「僕には何にも分かりませーん!」
なんじゃそりゃ、まぁ無茶振した方も悪かったか、これは。
しかし今の話は本質を突いている気がする。俺達は今…目の前に差し出されたポップコーンに目を奪われて、ハーシェル達が後ろ手に隠した銀貨に目が行っていない。
前に出された『ポップコーン』はロレンツォ暗殺未遂…奴等はロレンツォを殺そうとしている、と言う情報に目が行って…。
(いや、もっと単純な目で見れば…そもそもコーディリア達自体がポップコーンの可能性もあるのか?)
あからさまに自分達の存在を露見させるコーディリア達。もし…この後ろで別働隊が動いてるとしたら、俺達はその存在に一切気がつけていない。
(…うーん、どうなんだろう。それにしたっても分からない事が多すぎる、結局ハーシェル達はこの街で何をしようとしてるんだ?結局誰を殺したいんだ?)
もっと根底の部分に目を向けた方がいいのかもしれないな。この一件はエリスかメルクに話した方が良さそうだ。
「あ、アマルトさん!この階段ですよ!ほら!」
「ん?お、これだな。チケットに書かれた席の番号」
廊下の脇から通じる階段。その階段に書き込まれた番号を見て自分達の席が近い事を察し。俺達は階段を登り観客席を目指す。
すると…。
「うお、立派なコート」
「ステラウルブスにあったのと同じくらい大きいですね」
広々としたコートが一面に広がる光景が目に映る。どうやら今は第三試合のテニスの時間らしく、試合半ばではあるものの既に趨勢は決しており、アド・アストラの勝利目前…と言った様子だ。
「やっぱりアストラが勝ってますね」
「当たり前だろ、最近すげー力入れてスポーツ文化の強化を行ってるし。もう二、三十年もすればスポーツが代理戦争になる時代が来るだろうよ」
なんで語りながら俺は観客席の間を通り、ぽっかりと開いた席の群れを見つける。席数は全部で五つ…どうやらイオはエリスやメグ、ネレイドの分の席も用意してくれていたらしい。
本当はアイツらとも見たかったのに…エリス達は結局帰ってこないし、メグはそもそも観戦に来る雰囲気じゃねぇし。寂しいよなぁ。
(そんなこと言ってる場合じゃないってのは分かるけど、それにしたってもなぁ…なんか俺達行く先々でこんなのばっかだな)
「アマルトさん、何処に座ります?」
「ナリアが好きなとこ選べよ。俺その隣に座るから」
「じゃあここで!」
そう言って空いている席の真ん中に座るナリアに合わせて俺もまた隣座る。空いている席は四つなので丁度俺達の両隣の席は空く事になる。この超満員のスタジアムで隣に人がいない状況で見れるってのもある意味贅沢だよな。…周りからしたら迷惑だろうけど。
「あ!アマルトさん!アマルトさん!」
「どうしたよ」
「野球が始まるみたいですよ!」
「お、そりゃ気合い入れてみないとな」
俺、ぶっちゃけここに野球見に来たわけだし。しっかり見ないとな…しかし、ナリアのやつさっきからめちゃくちゃはしゃいでるな。
「勝てますかね!アストラ!」
「勝つだろ、だってあれだろ?トリトンが出るんだろ?じゃあ負けねぇよ」
トリトン、昔アイツにすげーボコボコにされたんだよな。正直俺はまだ引きずってるけどなんかもうみんなそう言う空気じゃないから文句とかは言わない。
そして同時にアイツの実力ってのもよく知ってる。アイツはマジの天才だ、ネレイドと言う規格外の存在の影に隠れがちになるがアイツもアイツで千年に一度位の才能を持った選手。
アイツが投手をやればまず負けない、トリトンはややスタミナがない為いつも終盤になると交代しているが、今日の交流競技会は複数の試合を終わらせる為にどれも短縮気味になっている。
この野球もまた三回までの短縮試合、それならトリトンも完投出来る。パーフェクトゲーム待ったなしだな、これは。
『それでは皆々様!お待たせしました!交流競技会第四試合!アストラオールスターチームVSゴールデンエルドラドスの野球による対決になります!』
『次は勝てよー!サッカーに続けー!』
『マレウスでもアストラに勝てるって示してくれたサッカーチームに続くんだー!』
響き渡る実況に観客達も大歓声を上げる…って、サッカーで負けたの?アストラ。いやそっか、サッカーにはオケアノスがいるもんな。そりゃちょっと分が悪いか。
まぁいいや、何にしても楽しみだ。ワクワクする気持ちを抑えながら俺はチュロスを齧り入場してくる選手達を見遣る。
「んふふ。楽しみだ」
「あれ?アマルトさんって…ああ、そう言えば野球好きでしたね」
「やるより見る方が好きだけどな。アストラリーグも結構チェックしてるんだぜ」
「じゃあ今日の試合は見逃せませんね」
「おうよ、各球団のスター選手が集まってるんだ。いやぁまさに夢のチームだよなあ」
次々と入場してくる選手達の顔には見覚えがある物が多い。見たくないくらい嫌な思いをさせられた選手、俺が密かに応援してる選手、実は最強じゃないかと思ってる選手、それが同じユニフォームを着てる…夢だねぇこれは。
「うーん豪華なチームだ。オライオンのトリトンは勿論、アルクカースのホームラン製造機カブレラにコルスコルピの送りバントの鬼神カーロ…それに孤独の魔女の弟子エリスまで居るしこれはもう勝って……ん?」
目を擦る、あれ?おかしいな。選手達の中に知り合いの顔が見えるぞ。オケアノスとヴェルトを連れに行った筈の知り合いが何故かあそこに居るように見えるぞ。いつまでも帰ってこない知り合いの顔が…そこに。
「ってあれエリスさんですよ!?」
「エリス!?アイツなんで選手として出場してんだよ!?」
エリスだ!エリスがいる!アイツ今の今まで帰ってこないと思ったら!なに交流競技会に出場してんだよ!阿呆か!?阿呆か!
「だ、大丈夫でしょうか…アマルトさん」
「大丈夫って…流石にエリスも試合で人殺しはしないだろ」
「そうじゃなくて、素人のエリスさんがこんなプロに混じって試合なんて…」
「あ、それに関しては大丈夫じゃないか?アイツなんだかんだで身体を動かす分野に関しては天才的だし」
エリスはギャンブルなどのボードゲームはてんでダメだがスポーツや体を動かす分野に関しては天武の才能とセンスを持つ。偶に遊びでいろんなスポーツに誘ったりしてるが、ルールを聞いただけで完璧な動きをしてみせるし。野球に関してもほぼ素人だが恥は晒さないだろ。
えー、でもなんかなー、エリス出るのかー…大丈夫かな。国際問題にならないか?
「でもま、面白くなりそうだな。この試合」
「ですね、…頑張れー!エリスさーん!」
兎も角出ちまったもんは仕方ないし、あとはもう友人として応援するだけだろう。
『それでは!第四試合!プレイボール!』
会場中に響き渡る実況を聞きながら、俺は背もたれに体重をかける…。
…………………………………………………………
『それでは!第四試合!プレイボール!』
「……………」
遠くに響き渡る実況を聞きながら、俺は人気の無い廊下を歩き…師匠の背中を追う。あれだけ追い求めて…探し続けた背中。記憶にある通り、大きくて頼りになる背中が今、俺の前を歩き…やや申し訳なさそうな歩幅で人気の無い場所へと俺を導く。
「ここら辺なら、いいかな…」
「ヴェルト師匠…」
「ステュクス…、その…なんだ」
クルリと振り向いた師匠の顔を、見上げる。…そこには確かに、ヴェルト師匠がいた。
…唐突な師匠との再会。サッカーを終えてロッカールームで休んでいた所にいきなり飛び込んで来たのは俺が今の今までずっと探しに探し求め続けていたヴェルト師匠その人だった。
『なんでここに』『今までなにをしてた』『なんで黙って消えた』…色々言いたかったけど、あまりの事態になにも言えずに呆然としていた所。師匠は…ただ静かに『場所を変えよう』とだけ言い、他のみんなを置いて俺をこの通路へと誘った。
そうして俺達は今、誰にも話を聞かれない空間へとやってきた。なら…もう話してもいいよな。なんか言ってくれよ…師匠。
「久しぶりだな、三年ぶりだっけか?」
「五年ぶりだよ…、あの日師匠とトリンキュローさんが居なくなって…」
「そうだったか、親父さんは元気か?」
「死んだよ…病気で」
「あ…えー…そっか、親父さん…亡くなったか。悪かった」
師匠は俺から目を逸らしながら廊下の脇に備え付けられたベンチに座り込み、申し訳なさそうに縮こまり…。
「…なんで、お前がここにいるんだ?お前はソレイユ村にいる筈だろ?」
「それを師匠が言うかよ…。俺は今レギナの…女王陛下の護衛の騎士をやってんだよ」
「なに?お前が護衛騎士だって?…そりゃまた…」
「なんか文句でもあるかよ」
「いや無い。ただまぁ…俺自身に思うところがあるだけさ」
そういや師匠も元は騎士だったな。意図しない物だったとしても俺は師匠と同じ騎士になったと言う事なのか。ただ師匠は喜ぶと言うより複雑そうな顔をしている。
「そっか、今は陛下の護衛を…立派になったなステュクス」
「立派もなにも…、俺はただ友達を助けたいだけだよ」
「友達か、そういやお前…あの村に居た頃は友達なんていなかったよな」
「そもそもあの街に同年代がいなかったからな」
「そりゃそうだ、言っちゃ悪いが限界集落だったからな。ソレイユ村って」
「言い過ぎだよ、でもまぁ実際そうかも」
俺もまた師匠の隣に座る、こうして話していると懐かしい。俺が今築いている交友関係は全てソレイユ村を出てからのもの。ソレイユ村の頃について語り合えるのは今や師匠とトリンキュローさんだけになった。
懐かしい、とは言えもうあの村について語ることなんてない。みんなもう歳とって若者も居なくなって、もう十年二十年経てば無くなってそうな感じだしな。
「見てたよ、お前サッカーなんてやるんだな」
「あれは止むに止まれぬ事情でさぁ…」
「ククク、いやいい動きだったぞ。まさかお前にその方面の才能があったとはな」
「揶揄うなって…、俺だって必死だったんだよ」
「というかお前……」
「え?俺がなに?」
すると師匠は俺の顔をまじまじと覗き込み、ふむふむと顎を撫でながら観察し…。
「『俺』っていうようになったんだな。話し方も随分凛々しくなったじゃないか」
「そりゃ、いつまでも子供じゃいられないから…。色々経験したんだぜ、アンタを探してさ」
「……やっぱ俺を探して、村出たんだな」
「当たり前だろ、いきなり何にも言わずに消えて…心配するなって方が無理だよ。なんか眼帯もつけてるし、その格好神聖軍だよな…師匠ってテシュタル教徒だったっけ?」
「まぁそこも止むに止まれぬ事情ってやつさ。俺も色々あったのよ」
「………話してくれる…よな?師匠。なんであの日居なくなったか、今まで何処でなにをしてたか」
「……………」
師匠が難しい顔をする。師匠がこういう顔をする時…それは『俺に教えるかどうか迷ってる』顔だ、そもそも教える気がない時はもっと惚けた顔をする。そこも昔と変わってない。
しかし、迷うのか。教えるかどうか、まぁそうだよな、なにも言わずに消えたってことはそもそも言えない事情があったからだし。
「教えてくれない感じ?」
「迷ってる、お前もなんとなく悟ってるかもしれないが…けっこうヤバい案件に関わっててよ…」
「俺を巻き込むかどうか、心配してんのか?なら心配いらねぇって!俺強くなったぜ!あれから冒険者になったんだ!あっちこっちで魔獣倒して!ヤベェ奴とも戦ってさ!」
「だろうな、あの村に居た頃より格段に強くなってる。けど……」
チラリと片目の師匠がこっちを見ると、ニッ…と以前のように笑い、俺の頭を撫でて。
「そうだな、俺もお前のガッツを忘れてたよ。俺を追って村を出て五年も探し回ってくれたんだよな、その間に強くなったみたいだし!少しくらいなら話してもいいか」
「ッ!ああ!教えてくれ!」
「俺はな、マレウス・マレフィカルムを追ってるんだ」
すると師匠は大きく息を吐き、膝の上に手を置いて…淡々と話し始める。というか、確かマレウス・マレフィカルムって…。
「最初トリンキュロー追ってソレイユ村を出たんだ。あの日なんの連絡も無く消えたトリンキュローに嫌な予感を感じて追いかけて…、その先でマレウス・マレフィカルムについて聞いた…奴等は世界を二分する大戦争を起こすつもりでいる」
「世界を二分?魔女大国と非魔女国家群の?いや勝負にならねぇだろ…」
「飽くまでも表向きの話だ、魔女国家の戦力じゃあ確かに勝負にもならん。だが裏向きは魔女大国とマレフィカルムの戦争だ、マレフィカルムの戦力はアド・アストラと大差がない。そんな奴らが世界中巻き込む大戦争すりゃ世界は終わりだ」
「つまり?師匠は両陣営の衝突を抑える為…世界を救うために戦ってるって?そんなの師匠一人で出来るのかよ」
「さぁな、でも…やらねぇわけにはいかないだろ」
「まぁそうかも、…じゃあ俺も!」
「お前は騎士だろ、やるべき事がある」
「いや、まぁ…じゃあ騎士をやめたら手伝ってもいい?」
「馬鹿野郎、そんな簡単に辞めるつもりで騎士なんかするんじゃねぇ、そんな半端な事許さんからな」
「でも師匠だって騎士やめてんじゃん…」
「だからこそだよ、騎士やめた事…一生後悔するからな」
「う……」
「お前の事だから何か理由があって騎士を始めたんだろ?ならキチンと最後までやり通した方がいい。騎士の先輩としてのアドバイスだ」
「むぅ……」
「だっはは!可愛い顔すんじゃねぇよ!」
うりうりと言いながら昔みたいに俺の頭を叩いたり肩でドンドン押してきたり戯れてくる師匠、それは嬉しい、嬉しいよ、昔みたいにやれてるのは。けど正直師匠の手伝いをしたい気持ちもある…けど。
同時に、じゃあ俺がついていって何か出来るのか…という不安もある。レギナの件でも力になれたと実感出来る事が少ない中で、レギナの件を疎かにして師匠についていってもこちらも半端で終わる気がする。
何か一つの事をやり遂げたことの無い人間があれやこれやと色んなことに手を出すべきじゃ無い。
「まぁ安心しろよ、俺も別に一人で戦ってるわけじゃねぇしな。それにまぁ…お前がもっと強くなって女王陛下に義理立てしたと思えるくらい今の仕事をやり通したら、ちょいと手伝いしてもらおうかな」
「分かった!じゃあ強くなる!」
「おうおう!強くなれ強くなれ!お前は俺の弟子なんだ!軽くマレウス最強くらいになって見せろ!」
「じゃあさ!また修行つけてくれよ!」
「修行ぅ?いや…もうお前に教えることは何もないんだが」
「それでも!今日この交流戦が終わってお互い時間ができたらさ、剣の打ち合い…付き合ってくれよな」
「まぁそのくらいならいいか、時間ならある。お互い仕事が終わったら軽く揉んでやるよ」
「よっしゃー!」
「んじゃ、取り敢えず今は…というか今も暇だな。アイツ俺に護衛して欲しく無さそうだし。なら今から交流競技会の観戦でもしようや、もう競技会も終わるだろうが…まぁ弟子とそういう時間を作るのも悪かないだろ」
「いいね!でももう席空いてないんじゃ…」
「貴族側の席なら空いてる。そこに『護衛でございます』って面で座りゃ誰も文句言わんだろ」
「そうかなぁ、師匠ってそういう所あるよなぁ…」
「どういう意味だよ、おら行くぞ」
そういうなり師匠は立ち上がり、貴族側の観客席に向かって歩き始める。久々に会った師匠はやっぱり元気そうでやや草臥れてはいる物の昔の通りで…ただ少しだけ、俺を遠ざけようとする所以外は変わりはなかった。
けど、師匠…俺まだ貴方に聞きたいことが沢山ありますからね。
その眼帯は誰にやられたんですか、トリンキュローさんとマレフィカルムにどんな関係があるんですか…そもそも。
…そもそも、貴方はソレイユ村に帰るつもりは…あるんですか?
「どうしたよ、ステュクス」
「いえ、なんでもないでーす」
だが今は、そういう薄暗い感情から目を背け。師匠と再会出来た喜びだけを感じるとしよう。そう考え俺は師匠の隣を歩く。
「というか師匠、神聖軍の鎧着てるってことは今神聖軍に?護衛してるのってもしかしてクルス・クルセイド?」
「知ってんのか?おう、あのチンピラ教皇だ」
「チンピラなんて言っていいのかよ、雇い主だろ」
「いやこれ臣下の諌言だから、世の中あんなのでもやっていけるんだなぁと思うと励まされるよほんと」
「ははは、なんだよそれ、ってかなんでそんなとこにいるんだよ、まだ何にも聞いてないぞ、今まで何してたか」
「マレフィカルムの情報追いかけ回してたんだよ、…そこで東部にマレフィカルムに通ずる重要な情報がある、と聞いてな。忍び込んでた」
「へぇ、で…見つかったのか?」
「目星はつけた、けど接触はまだだ。この会談が終わって東部に戻ったら今度こそ調べてみるつもりだ」
「ふーん…でも師匠、あんまり神聖軍の格好似合わないな」
「俺も思ってる、もう騎士の真似事みたいな事はやりたくなかったんだけどなあ。クルスにもコキ使われるしよ…まだスピカは温情な方だったな」
「…ってあれ?今クルスの護衛してるなら俺と一緒にいるべきじゃないんじゃないの?怒られない?」
「アイツはもう帰ったよ、なんか慌てて荷物纏めて帰っていった…まぁ元々スポーツとか好きじゃねぇしな、アイツ」
だったらクルスと一緒にいるべきじゃね?尚更、と思ったがそういえばクルスはオケアノスさんの事も近づけてないんだったな。なんでそんなに自分の護衛を遠ざけたがるのかは分からないが…まぁあんなチンピラの事はどうでもいいか。
なんて師匠と肩を並べながら歩くと師匠はふと、こちらを見て…。
「……こうやって並んで歩いて分かったけどさ」
「なに?」
「お前、デカくなったな。最後に見た時はまだチビだったのにさ」
見た目も立派に十分になったと師匠は俺の頭を撫でてくる、もう背丈もそんなに変わらないのに…もう俺も大人なのに、頭なんて撫でられたらリオスやクレーに示しがつかないのに。
正直、めちゃくちゃ嬉しかった。
「やめろって」
「だはは、恥ずかしがってやんのー」
「恥ずかしいに決まってんだろ、もう…」
ケタケタと笑いながら歩いていく師匠を相手に俺は手を振り払い、撫でられた感触を確かめる。手の大きさと暖かさは…やっぱ変わってねぇな。
うん、何にも変わってないんだ。俺はあの人の弟子で、あの人は俺の弟子…だから何にも心配することはないよな、あの人が…俺を捨てて消えるわけがないんだ。
(なーんか、安心したな)
「置いてくぞー」
ホッと一息つきながら俺は師匠について行き…。
「ん?」
「お?どうした?」
「いや…」
ふと、別の人間にすれ違ったことに気がつく。人気のないこの廊下に別の人間がいたことに気がつきすれ違った人を目で追う。
あれは、スタジアムのスタッフか。手に抱えた木箱はさっき見たポーション入りの木箱と同じ。多分またあれを選手のところに運んでいるんだろう…。
(ん?いや、おかしくないか?あっちの方向にロッカールームは無いぞ…?)
一瞬、変な違和感を感じて眉を傾ける。そもそも俺達はロッカールームを出てかなり遠くまで炉やってきている。この迷宮のような廊下をかなり進んでここにいる。
なのに、何故ポーションを運んでいるスタッフがここにいる…。あれの中身は…治癒のポーション、なんだよな?
「……………」
なんか、妙なものを見てしまった気がして…俺は師匠の方を見る。すると師匠も俺の意図を察したのか。
「……行ってみるか?」
「はい、師匠」
ちょっとだけ、調べてみることにする。何もなければそれでいい…でももし、あれが…。
……………………………………………………………
『どりゃァァッッ!!!!』
『すごーい!エリス選手!五打席連続ホームラン!実況席まで彼女の雄叫びが聞こえて参ります!』
『エリスはエリスだぁぁ!孤独の魔女の弟子ィッ!エリスどぅぁああああああ!!』
「エリスちゃん凄すぎ…」
「エリスって俺の事をよく怪力扱いするけどさ、彼女も彼女でまぁ怪力だよな」
「お前とネレイドが超怪力なだけでエリスも十分人並はずれている」
ボールを場外まで吹き飛ばしバットを掲げて勝利の雄叫びを上げるエリスによってマレウス側の勝利の目は完全になくなった。既に十点以上の差がついておりこれ以上勝負を続ける理由が見当たらない程だ。
そんな様を見守る六王達はよく知るエリスの活躍を思い返す。
ステュクス同様素人ながらに試合に出場したエリス、当初はどれほどの活躍が出来るのかと心配するところはあったものの、実際試合が始まればそんな心配露と消えた。
打てば毎打席ホームラン、基本的にボールをスタンドに放り込めば良いとトリトンに教えられた通り全打席で全力フルスイングで勝負を挑み。
守備をすれば恐ろしいスピードで全ての打球を捕球する。ほとんどの相手を三振で打ち取るトリトンを相手に食い下がるマレウス側の希望を打ち砕く。
取り敢えず打ち上げられたボールはバウンドする前にキャッチ、それ以外は全部一塁に投げろ』と指示された通り動くエリスはその命令を実行する為時にはレフトの端まで走って見事なキャッチをして見せた。
まさしくヒーローの活躍…というよりちょっと狂気的だ。
「ぐぬぬ…」
しかし、そんな活躍をよく思わない者が一人。
…レギナだ。
「まだ負けてしまいました…!ラクロスも負け、野球も負け、…悔しい!」
悔しいのだ。最初は負けて当然、敵わなくて仕方ない、出来る限り恥をかかないように、六王様達の機嫌を損ねないよう…心がけるばかりだった。
しかし、そんなレギナに競争心という名の火をつけたのが…。
「うう、ステュクスが一勝をもぎ取ってくれたのに…!」
ステュクスだ、彼が全力で勝利を捥ぎ取る様を見て…彼女は確かに熱狂した。
何かを成し遂げてくれるという信頼に彼は答えてくれた、その嬉しさと熱さに彼女は席を立ち飛び回って喜んだ。
『勝つ』快感を彼女は知ってしまった。だからこそ悔しいのだ、負けて悔しいんだ。そこには女王としての責務や国際情勢としてのマレウスの立場など関係ない、ただ勝ち負けに心の底から一喜一憂する姿がそこにはあった。
「レギナ様…」
「エクス?…あ!」
しかし、その瞬間レギナは気がつく。自分が隣に座るイオ様に伶俐な瞳で見つめられていることに。あまりに熱狂するあまり周りが見えなくなってしまっていた…。
…でも。
「く、悔しい…」
それでも悔しいと彼女は肩を落としながら椅子に座り込む。野球はいい感じで攻められると思ったが…どう考えてもマレウス側には手に負えないトリトンとエリス様が出場していたこともありまるで太刀打ち出来なかった。
「レギナ殿」
「は、はい…なんでしょうか、イオ様」
「そう気を落とされることはない、交流競技会は全五試合…まだ一試合残っている」
「え?あ…」
てっきりはしゃぎすぎたことについてチクリと言われるかと思ったが…、思ったよりも穏やか。というか…この人こんな優しい顔つきだったっけ。
「思いの外マレウス側も善戦する物ですね。彼…ステュクス君も私が想定していたよりもずっと頑張っていた」
「はい、彼は凄いですから」
「のようですね。…彼を悪く言った事を謝罪します。申し訳なかった」
「あの…えっと」
いきなり頭を下げられて私は動揺する。怒ってないと言えば嘘になるがこうも静々と謝られては怒りを表明する暇もない。
それに、分かってくれたなら…いいんだ。
「ステュクスは強いですから」
「…それだけですか?」
「へ?」
「我らがアストラは強いです、ただ一人の活躍程度で勝敗が覆されるほど弱くはない。そんなアストラが負けた…これはつまり、どういう事でしょうか?」
「…………」
どういう事でしょうか?はこちらのセリフだが…、いや待てよ〜?とステュクスの真似をして一旦思考をリセットして考え直す。
…イオ様は私に昨日なんと言ったか。イオ様は私に『張り合え』と言った、言ったよ。それはつまり喧嘩をしろという事ではない。
張り合う、というのは…個人での話ではなく。王としての話、つまり…。
「マレウスは、私の国は強いですから」
つまり、張り合えと言うのは…マレウスという国がアストラに劣る事ない存在であると、他でもない王たる私が口にする事。
マレウスの方がアストラより強いかとか、マレウスという国はアストラより上であると偉ぶる事とか、そういう話ではない。実際のところは置いておくとして…なによりも王である私が祖国を誇りに思い、イオ様の持つ愛国心に張り合う必要がある事を語っていたんだ。
「マレウスは確かに国土でも魔女大国にも劣るでしょう。文明強度という点ではとてもじゃありませんがアストラには勝てません。ですが…それでも国を思う誇り、国の為に戦う勇気、国の未来を想う愛国心を…皆が持っています、この点ではどの魔女大国にも劣りませんから」
「…フッ、そうですか」
初めて、イオ様が笑う。彼は満足そうに私から視線を移し…観客席を見る。
「ええ、そうですとも。貴族や王族の思う以上に…国民にとって祖国とは大きなものなのです。彼らにとっての居場所はここだけなのです、その国の守護者にして盟主たる国王こそが…なによりも国を愛するべきなのです」
「…はい」
「貴方も貴族達の態度に思うことはあったでしょう。プロパやラエティティアの目的や物言いに思うところはあったでしょう。ですが…彼等も貴方の国の国民、彼等にも彼等なりに思う理想の国があった。そんな彼等が殺されたことに対して貴方がするべきことは…より一層国を愛し彼等が望んでいた物よりもより良い国を作ること、進み続けることなのです。だから…レギナ殿」
「はい、そうですね…私は弱さを嘆く暇など与えられていない。貴方達に譲る事もない、私は…ここにいる人達の代表として、誰よりも国の為に貴方達と張り合わねばならなかったんですね」
そうか、イオ様が急にあんな態度を取ったのは…この人なりに私に『王足るは何か』を伝えたかったからなんだ。
私は自国の貴族が死んだのに他国の王に決定権を委ねていた。本当なら誰よりもハーシェルに怒りを向け自国民の死を誰よりも嘆かねばならなかったのに…あまりに自主性が欠けていた。
だからこそ、張り合う必要があった。張り合うとは己を相手にぶつける事、己を持たない私では張り合う事も出来ない…だから敢えて、私を挑発するような。
「…ありがとうございます、イオ様」
「イオで良いさ、私は王…君は?」
「王です、…では至らぬ私に諌言感謝します。イオ殿」
「構わんさ、今の君となら…手を取り合っても良さそうだ」
ラグナ様の言ったように、この人は真面目なんだろうなぁ…。
「さぁ第五試合が始まりますよ」
「ええ、…次こそ我らがマレウスが勝ちますから」
「その意気だ、良い顔をされるようになった」
『それでは今宵のメインイベントォーッ!盛り上がりに盛り上がった皆様にお見せする最後の試合は『闘技』!戦士と戦士による力と力による純粋なぶつかり合い!アストラの代表とマレウスの代表が今決着をつけます!』
その実況に呼応して観客席が大歓声を上げる、最後の戦い…『闘技』が始まる。
これはスポーツではなく純粋な戦い、勿論殺しはダメだが逆に言えば殺し以外はなんでもありの原初のスポーツ。両国が代表に選んだ両雄がぶつかり合う事でこの交流協議会の花を飾るというわけだ。
「よっ!待ってました!やっぱ俺闘技好きだなぁ!」
「そう言えばラグナは自国で毎年闘技会を開いてるんだっけ?練王戦武会だっけ?」
「戦王練武会な、昔に比べて参加者が爆増して今は立派な興行になってんのよ。デティも観にくるか?」
「野蛮だからヤダ」
「ちぇ…、お!出てきたぞ!」
『まずはアド・アストラ側の代表!戦王ラグナの側近として十年以上支え続けた忠臣にして王の右腕!アルクカースの大戦士が闘技場に上がる!テオドーラ・ドレッドノートの登場だーーッッ!!』
その言葉と共に中央の闘技エリアに足を踏み入れるのは巨大なハンマーを抱えた長身筋骨隆々の体を晒す赤髪の女性テオドーラだ。
ラグナ様が護衛として連れていた人の一人だ。見るからに強そうだと思っていたが…やはりアルクカース人だったんですね。
「気張れよテオドーラ!負けたら承知しねぇからなッッ!!」
「にしても凄いブーイングだね」
「当のテオドーラは気にしている感じはないがな」
降り注ぐブーイングの中悠々とハンマーを掲げるテオドーラは対戦相手を待つように正面を睨む。
にしても…マレウス側の代表って誰なんだろう。私何にも聞いてないんだけど…。なんて気にしていると…代表側に現れたのは。
『では我らがマレウス側の代表を紹介しましょう!皆様ご存じ金滅鬼剣士団の団長にしてエルドラド最強の男!黄金の都の守護者!ジェームズ・アウルム様の登場だーッ!』
『ぉぉぉおおおおおおおお!!!』
そこに現れたのはロレンツォ様の護衛を行うエルドラドの私兵団『金滅鬼剣士団』の団長ジェームズ・アウルム様だ。金の鎧に金の剣をした厳つい顔つきの男性が剣を掲げ入場すればそれだけで観客席の歓声は最骨頂に至る。
流石はエルドラドを守る男、人気の度合いも凄まじい。ブーイングを浴びていたテオドーラとは大違いだ。なるほど、ロレンツォ様も自身の最高戦力をぶつけてきたか。
「よし!頑張ってください!ジェームズ様!マレウスの強さを証明してくださーい!」
「……うーむ」
私は立ち上がって応援の声を上げるが、そんな中ラグナ様だけが…微妙そうな声を上げる。
「どうされました?ラグナ様…」
「いや、…あのジェームズって男」
『両雄揃いましたね!それでは!最後の試合!『闘技』!マレウスとアストラの最後の決着を!今!……始めェッ!』
その瞬間、テオドーラとジェームズの戦いが始まると同時に、ラグナ様は顔を引き攣らせて口を開き…。
「これ、多分勝負にならんかも」
「え………」
刹那、私の驚愕の声と共に会場に響き渡ったのは…轟音。
慌てて闘技場に目を向ければそこにはハンマーを振り抜いた姿勢のテオドーラの姿と…。
……吹き飛ばされ、壁に叩きつけられ、がっくりと気絶するジェームズ様の姿が…。
『え?しゅ…終了?え?もう…終わり?』
「うーん、テオドーラの奴…ガチでやったな」
「じぇ、ジェームズ様が負けた?金滅鬼剣士団ってエルドラド最強の戦士隊では…」
「悪い、テオドーラもまたアルクカース最強の討滅戦士団に入れるだけの実力を持っているんだ。誘いを断ってるだけで…多分、もう戦士団の団長になれるくらい強くなっている。言ってみれば魔女大国の主戦力の一人なんだ」
つまり、これがマレウスの一級の戦力とアストラの一級の戦力の違い。スポーツである程度勝負になっていたから忘れていたが…そもそもアストラが世界の守護者足るのはその圧倒的軍事力故。
つまり、この闘技こそ…アストラが最も得意とする分野だったのだ。
「そんな……」
脱力して椅子に座り込む。期待するまでもなく終わり…とは。
耳を澄ませば聞こえてくる落胆の声、観客席のため息と諦念の声。そして貴族達の『ふざけるな!』という怒りの声。
この交流競技会はある意味マレウスとアストラの代理戦争。それがこんな幕引きでは観客も貴族達も納得しない…何より。
「く、悔しい…」
悔しい…、こんな終わり方なんて納得いかない…。マレウスがこんな簡単にやられたままなんて納得出来ない、私達の国の尊厳を踏み躙られて終わりでは今日私はぐっすり眠れない、代理戦争だからこそ…譲りたくない!
「ら、ラグナ様!もう一回!もう一回闘技での勝負をお願いしたいです!」
「え?…別にいいけど、そっちは誰が出るんだ?」
「ステュクス!…いや、ステュクスは…」
チラリともう一度テオドーラ?を見る。…勝てるか?ステュクスがあの怪物に。彼なら案外なんとかするかもしれないがスポーツで疲れた今では流石に荷が重い…。
だがそれじゃ私に動かせる戦力なんて…。
「では、…姫。私が出ましょうか?…の顔」
「…エクス?」
そこで立候補してくれるのはエクスだ。私の持つ最大戦力。確かに彼女なら戦いになるだろう、けど…。
仮にもマレウスの最高戦力、それをこんな場所に出してもいいんだろうか。私個人の我儘に…。
「…………」
「……姫」
「……そうだね」
頭を振って考えを改める。違う、私個人の主観で考えるな…見てみてろ観客席の落胆具合を。貴族達もこんな決着では納得出来ないと喚いている。なら当然…エクスにだって思うところがあるはずだ。
私が悔しいように、エクスだって悔しいんだ。私達はマレウス人…祖国の敗北に黙ってられるほど臆病な人間なんていない!
我々マレウス人は誇り高く生きる強き国の民!敗北に甘んじることは許されない!
「分かった!エクス!行ってきて!マレウスの誇りと栄光を!貴方が守って!」
「承知しました…!」
「ほう、あのエクスヴォートが出るか…なら今度はこっちが役不足になりかねないな。テオドーラは強いけど流石にエクスヴォートには敵わねぇ…」
すると、ラグナ様が拳を鳴らしながら立ち上がり…。
「なら相手は俺がするぜ…、やろうやエクスヴォート…俺と最強を賭けて戦おうぜ!」
噴き出すのは強烈な魔力と威圧感、王として見せる落ち着いた風格は露と消え荒々しくギラつきいた炎のような闘気が燃え上がる。
そういえばラエティティアが言っていた。この人はそもそも王であると同時にアルクカース最強の戦士なのだと、魔女の弟子も六王も統べる最強の男…というか。
(この人の感じ、兄様にそっくり…)
私が知るもう一人の最強…バシレウス・ネビュラマキュラが戦闘に際して発揮するそれと全く同じだ。もしかしてこの人も兄様と同じ…選ばれた……。
「戦おうぜじゃないラグナ!お前自分が王として来ていることを忘れてるのか!?」
しかしそれを止めるのは同じく六王にして魔女の弟子メルクリウス様だ、彼女は立ち上がりラグナ様を引っ張り椅子に座らせようとする…が、肝心のラグナ様は微動だにせず口を尖らせ。
「でもメルクさん…俺戦いたい…」
「ダメだ!…代わりと言ってはなんだが、なにより向こうが最高戦力を出して来ているんだ。ならばこちらも最高戦力を出さねば失礼という物…というわけで、任せられますか?グロリアーナ総司令」
そう言って前に出てくるのは六王達の護衛を一人で務めている黄金の鎧を着た美女…グロリアーナ・オブシディアン総司令。デルセクト最強にしてカストリア大陸最強の名を持つアド・アストラ最大戦力の一角。
それがこちらにチラリと視線を向け。
「メルクリウス様のお言葉でしたら戦いましょう。それに…私もエクスヴォート殿とは戦ってみたかった」
「…………」
「ではラグナ様のお言葉をお借りして、やりましょうか?エクスヴォート殿…カストリア大陸最強の名を賭けて、ここで…決着をつけましょう」
「無論、負けない」
……あれ?ふと我に帰って冷静になって考えてみたけど。これかなりヤバい状況なのでは?
エクスヴォート…言わずと知れたマレウスの最強戦力。マレウス建国以来最強の使い手として名を轟かせ続けている彼女と…。
グロリアーナ…アストラ連合軍の司令官を務める最強戦力。今現在マレウスも含めたカストリア大陸最強を名乗る彼女が…。
戦う…それって、ヤバいのでは…。
………………………………………………………………
「分からない…何処にも痕跡が見当たらない」
馬車の中で一人書類と睨めっこを繰り返すメグは頭を抱えて突っ伏す。コーディリア達の目的がなんとなく分かった気がするのだがその目的を達成する為に必要な『仕込み』の痕跡が見つからないのだ。
「…もう夜ですか」
時計を確認し現在時刻を確認する。もう夜だ、この作業を始めたのが会議が始まる前であることを考えると恐ろしいほどに時間を使っているくせに全く成果がないと言う最悪の結果に終わっている可能性が高い。
まずい、そろそろ交流競技会が終わる。奴等はきっと交流競技会に何かを仕込んでいるはずなんだ…なら。もうここで痕跡を探すのをやめて現地に向かうか?
いやそれはもっと危険だ…いや、だったらせめて観客の避難を?無駄だ、そんな静かに避難できるわけない、観客席に動きが見えた時点で奴等は行動を開始してしまう。
なるべく静かに、かつ的確に奴らの目的を潰さねば…あー、もう!
「分かんない分かんない分かんなーい!」
バターン!と椅子から転げ落ちて手足をジタバタと暴れ回る。
「分からない分からない分からないよー!もっと分かりやすくしてくださいよ!赤ちゃんですよ私は!赤ちゃんに優しくしてくだちゃい!バブバブー!!」
ジュッポジュッポと親指をしゃぶりながらミミズのように地面をのたうち回る。
「赤ちゃん赤ちゃん!私赤ちゃん!ミルクー!ベロベロベロベロベロ!」
私は赤ちゃんなので、だからこうして駄々をこねるのも仕方ないのです…と言うのはさておき。
「ふぅ…落ち着いた」
これぞ冥土奉仕術番外『ベイビーハート』、乱れに乱れまくった思考と精神を赤ちゃんになり切ることにより一時的に回復させる幼児退行を利用した精神防衛術。人が見ている場所では出来ないと言うデメリットはあるもののこう言う緊迫した場面こそこうして赤ちゃんになり切ることこそ肝要なのです。
「さて、もう一度資料を見てみましょう。私は慌てませんよ、大人なので」
そうしてクリーンになった視界でもう一度資料を見る、するとどうだ?あら不思議!あんなに探しても見つからなかった矛盾点がすぐに見つかって…。
「……ん?え?あれ?嘘…」
嘘…冗談で言ったのに、なんだこれ。マジで見つけちゃった?…いやいや落ち着け。
もっと落ち着いて確認しよう、そう思うその書類をジッと見る。これは交流競技会に際してスタジアムが発注した物品が検閲を通過した事を確認する書類。
数枚に渡る物品の数々の中に、選手達の疲れと傷を癒す治癒のポーションの欄がある。発注数はおよそ100…凄まじい量のポーションだ、けどこれ。
「これ、二重発注?」
同じ物が二回検閲を通過している。どちらも送り主は同じ、数も同じ…もしかして二重に記載してしまったかミスをして二回発注してしまったか。これがミスならミスでそれでいい…けど。
これが本当なら今あのスタジアムには全く同じ治癒のポーションが二個詰まった箱が二つあることになる。誰か違和感に気がつかないのだろうか…。
「…治癒の、……ポーション…ッ!」
その言葉を口にすると同時に背筋が凍る。ポーションだ…ポーション、もしこの二つのポーションのうち、片方だけ『治癒のポーション』として発注された別のポーションだったら?
もしこれがハーシェル達の仕業だったら?…ハーシェル達の使うポーションは全てオベロンが作っている。もしこの仮定が正しいものだとしたら…。
「オベロンならこういう時…確実に『あれ』を使ってくる!ヤバい!時間がない!早く行かないと…みんな死ぬ!」
そうか、奴らの狙いは最初からこれだったんだ!プロパ様殺しもラエティティア殺しも!ロレンツォ様を狙ったのも全てはこの一手から目を背けさせるためのブラフ!
やられた!いやまだ間に合う!
「『時界門』!」
慌てて目の前に時界門を作り上げその中に顔を突っ込み……。
「デティ様!」
「ギャアーー〜〜ースッ!?!?」
繋げた先はゴールデンスタジアム、そこで観戦を楽しんでいるデティ様の目の前だ。いきなり現れた私に目ん玉飛び出させ驚くデティ様に些か申し訳ないと思いつつも、私は…。
「め、メグさん!?何!?どうしたの!?というか顔だけ時界門で出さないで!死ぬほどビビる!夢に出る!」
「どうしたメグ!」
「何かあったか!?」
「仔細を省きますがコーディリア達の狙いが分かりました!恐らく居場所も!」
「なんだと!なんだ!」
周りを見回すが…やはりエリス様達はいない。六王達である皆様を動かすのはちょっと気がひけるが、そうも言ってられない。だって奴らの狙いは…。
「奴らの狙いはこのスタジアムの爆破です!今このスタジアムに『爆裂のポーション』が百個!仕込まれています!」
「なんだと!?今このスタジアムには街の人間が殆ど全員…貴族も六王も皆いるんだぞ!」
「だからお願いします!奴らの狙いを阻止するのを手伝ってください!もう時間がありません!!!」
奴らを止めるには、確実な戦力を使わなければ…!




