503.星魔剣と熾烈なるサッカー対決
「おぉ!アド・アストラ勝ったー!ぃやったー!」
「やはりラグビーは…いや、スポーツはオライオンの独壇場だな。あれに競り合える人種はまぁ間違いなく今の世界にはいない」
「勝負にもなってなかったようですが……」
交流競技会第一試合、ラグビー対決はアド・アストラの完全勝利に終わった。常に主導権はアド・アストラ側にありあれはもう勝負と言うよりただの消化試合だった。
それもそうだ、フィジカル最強のオライオン人の中でも一際エリートとされる人間達が徒党を組んで突っ込んでるんだ。止められる人間がどれほどいようか、事実マレウス人達はまるで太刀打ちも出来ず蹴散らされていた。
これは最初から分かっていた事だ。マレウスに対して『上はこちらである』という意思表示をする為に敢えて一切の加減なくメルクリウスが選んだ精鋭達だ、今宵行われる五試合全てアド・アストラ側が頂く。
「勝負になんねーな。あたし達オライオン人がどれだけ昔からラグビーと言う神聖な競技を愛し神に捧げてきたか…、スポーツに関しちゃ他の国にも負ける気はない、アルクカースにもアガスティヤにもな」
そうして手に入れた完璧な勝利をオライオンの教皇であるベンテシキュメは満足そうに受け取る。完全勝利を目指す為最悪御大将出場の解禁も視野に入れ、実はこっそりロッカールームに待機させているのだが…この分なら必要あるまい。
「……マレウスがこうも呆気なく…やはり差がある、の顔」
そんなベンテシキュメとは対照的に戦慄した顔でコートを見下ろすエクスヴォートはレギナの背後に立ちながら眉を顰めながら周囲を見回す。見るのは観客席の様子だ。
そこには…。
『全然勝負にもならないじゃん…』
『マレウスだめじゃん、これ…』
『高い金払って祖国が負けるところ見に来たのかよ、俺達』
観客のボルテージはダダ下がりだ。六王は満足そうだが観客席の99%はマレウス人…当然マレウスが負ければテンションが下がる。それも僅差での負けならまだいいがああもコテンパンにやられると情けなさが勝る。
これでは折角企画していただいたロレンツォ様の面子すら潰しかねない。なんとかサッカーチームには頑張って盛り直してもらいたいところだ。
「…………」
「…………」
そんな中、沈黙を保つのはイオとレギナだ。黄金のドレスを身に纏ったレギナと気難しい顔をしたイオは互いに肩を並べて先程の試合を見て…。
「レギナ殿、今の試合…どう思いますかな?」
「両者共に、健闘したと思います」
レギナの格好に戸惑いを見せたイオだったがそれ以降は特に突っ込みを入れる事もなく受け入れ、レギナを試すように試合の感想を伺う。
それに対してレギナはやや緊張しながらも言葉を選んで返答を行う。ギクシャクしたやりとりであることはそうなのだが…。
「ふむ、健闘か…だが私はこの企画自体、間違っていると思うが?」
「え?」
イオから返ってくるのは、やはり意地悪な返し。
「オライオンという国は数千年前から競技に打ち込んできた、スポーツがスポーツと呼ばれる前から神事として体を動かしてきた。それに近年はアド・アストラ主催で十二の競技リーグを作りそこに多額の資金を投入し興行として成立させている。はっきり言っておたくとはレベルが違う…」
「つまり、勝負にならないと?」
「その通り、興行として過ちだと言わざるを得ない」
その物言いに一番反応したのはレギナではなかった。その背後に立つエクスヴォートだ、あからさまに苛立ったように顔に怒りを込め。イオを睨む。
なんだその物の言い方は、いくらなんでも失礼が過ぎる。確かにこちらに不手際は多くあった、だが見くびられる謂れは何処にもない。レギナとイオはどちらも国王、そこに差はないはずだ。
「失礼だがイオ陛下…!」
『怒った顔』を浮かべながらイオに物言いをしようと一歩踏み出した瞬間…。
「ッ……!」
エクスヴォートの足は止まる、彼女自身の頭が認識するよりも前に…直感が認識した。
…今、自分に向けられている『殺意』を。その余りにも濃厚な殺意に思わず足を止め…そちらの方へ目を向けると、そこには。
「…エクスヴォート殿、気持ちは分かりますが…抑えて頂けかなければこちらとしても対応しなくてはいけません。私もまた貴方と同じ護衛…なので」
「グロリアーナ…」
向こうの最高戦力グロリアーナが視線一つでエクスヴォートの動きを止めていた。もし強行すればグロリアーナが動く、その事実によって発生するのは一つの感情。
今までの人生で一度として感じたことのない『戦えばただでは済まないかもしれない』と言う感覚、それを感じさせるだけの実力を持つグロリアーナを前にエクスヴォートは停止する。
「良いのです、エクス…悔しいですが事実ですから」
「姫……」
しかし、そんな罵倒をレギナは飲み込む。飲み込んでしまいエクスを諌める。
その様を見たイオは『フンッ』と面白くなさそうに視線を再びコートの上に落とす。
これでいいのか、こんなので分かり合えるのか?もし和平を結んでもこんな状態じゃ…。
(六王がこんな傲慢な奴だとは…、他の六王もイオを諌める事もしない、所詮は…魔女大国か)
なんだかとても悲しくなった、レナを止められる唯一の存在である六王が…レギナ様が縋った最後の存在が、こんな傲慢極まりない奴らだったとは…。
そんな悲しみの中でも試合は進む、次の試合はサッカーだ…オケアノスが出るこの試合ならきっと…。
「ん?」
「え!?」
その瞬間、エクスヴォートとレギナは目を見開きコートの上に目を向ける。そこには想定外の選手が…。
「ステュクス!?」
ステュクスが…そこには居た。
……………………………………………………………………
「うへぇ〜…でっけぇ〜…強そう〜」
サッカーというスポーツは速さやテクニック以上に耐久力を求められるスポーツだ、あっちこっちに飛んで回るボールを一時間くらい追いかけ回すスポーツなんだ、その分求められる体ってのはムキムキの馬鹿でかい体より、必要な物を削ぎ落とした『細さ』が求められる。
だがそれでも、相手側の選手達の体つきは…まぁなんとも、デカそうで強そうだ。
「ビビってんの?ステュクス」
「ビビってます、ステュクス、ビビってます」
ひょんな事からサッカーの試合に出場することになった俺…ことステュクスは今コートの上で十一人の相手選手と共に睨み合っている状況にある。
全員揃いの黄色のユニフォームを着てにこやかにこちらを見る相手の顔に、悪いけどちょっと不気味さを感じる。少なくともフレンドリーではないわな。
「こんにちわ、貴方がオケアノスさんですね?」
すると、そんな中でも一際紳士的な若手の男、赤い髪に翡翠の瞳を持った甘いマスクイケメンが歯を見せながら笑いかけ俺の隣に立つオケアノスさんに手を差し伸べる。
「ん?君誰?」
「アド・アストラオールスターズキャプテンのロナードです、世界最強のプレイヤーであるオケアノスさんと試合が出来て光栄です」
「ロナード…『ワン・マン』の」
「お?俺の名前を知ってもらえてるなんて光栄だなぁ。…今日は貴方から世界最強の座を奪いに来ました、なので…よろしく」
「…面白い奴」
二人仲良く試合前の握手〜って感じじゃない、寧ろ宣戦布告をするように互いに強く手を握り睨み合う。ロナード…と呼ばれたあの人、あんな若いのにキャプテンなんだ。他のいる選手達はみんな彼より年上っぽいのに。
なんで考えてる間にオケアノスさんは握手を終えこちらの陣営に戻ってくる。
「まさかロナードまで来てるなんて…」
「知ってるんですか?彼の事」
「逆に知らないの?ワン・マンのロナードを」
「ワンマン?ワンオペみたいな感じっすか?なんか大変そうな異名っすね」
「……ロナード・ニーズヘッグ。アガスティヤ帝国出身のフッドボールプレイヤーにして、恐らく世界で唯一私に匹敵し得るプレイヤーだよ」
そう語りながら肩越しに仲間達とハイタッチをしながら士気を高めていくロナードを見遣る。世界最強と呼ばれるオケアノスさんに匹敵か…そりゃ強そうだ。
「彼はアド・アストラ主催の『アストラワールドリーグ』で三年連続最高得点を記録してるんだ」
「うへぇ、三年連続っすか。そりゃあまた……ん?」
三年連続?待てよ?アド・アストラ主催の世界大会で三年連続って…。そもそもアド・アストラが出来たのって三年前だよな。
え?じゃあもしかして…。
「気がついた?彼はアストラワールドリーグが始まってから一度として得点王の座を渡したことがない。その前のアガスティヤリーグでも歴代最高得点の記録を持ってる、勿論アストラリーグでもね」
「怪物すぎやしません…?」
「その日の試合で入ったゴールが全て彼一人で成し遂げられたなんて話もしょっちゅうだしトリプルハットトリックも決めたことがある…、そのあまりの強さから『一人でサッカーをしてるようだ』と称えられ、そこから取って…」
「ワン・マン…」
怪物、その言葉が湧いて出るような経歴の持ち主だ。オケアノスさんが戦慄するのも分かるってもんだよ、さっきのオライオン人然り…ロナード然り、人材プールのデカさ…それをつくづく実感する。
「他の選手もみんな凄い強そうだ…ワクワクするね」
「あんまりしてません、所でうちのチームって強いんですか?」
「はっきり言うとあんまり、私が育ててるチームはみんな東部にいるからね…。急な事で連れて来れなかったんだよね」
「勝てます?」
「大丈夫、私がいるから」
そりゃすげぇ自信だ。だがそれも頷ける、なんせこの人は神将だ。生半可な強さじゃないことは分かってる。だから…。
「俺に手伝える事があったら、なんでも言ってください」
「ん、じゃあ『さっき指示した通り』…頼むよ」
「はいっ!」
他のチームメイトはやや気圧され気味。まぁ相手チームの風格を見れば当然だ。そんな中でも自信を崩さないオケアノスさんは拳を握り、再び相手チームへと向き直る。
「試合開始時刻になりました、ではルールに則りマレウスキッカーズからのボールとなります」
審判がスタジアムに備え付けられた大時計を見上げそう告げる。先の試合…つまりラグビーでの試合結果によって敗者側が先行となるルールによって先ずは俺達の方がボールを動かす権利を得る。
『マレウスチーム…なんか怯えてない?』
『やれるのか?相手強そうだけど…』
『サッカーでも負けたら俺立ち直れないよ』
観客席から聞こえるネガティヴな声を無視してコートの中心に立つのは…俺とオケアノスさん。オケアノスさんは俺に目配せをし『頼んだよ?』とウインクをパチクリとして見せる。
…よし、覚悟は決まった。やるぞ!
「それでは…試合開始!」
審判が笛を吹く、マレウス対アド・アストラの交流競技会第二試合…サッカー対決が始まった。その瞬間俺は…。
「頼みました…!」
ボールを軽く蹴って速攻でオケアノスさんへとパスをする。相手チームが精強なのは分かっている、だからこちらも最前手だけをぶつける。
それがオケアノス…彼女こそがこのチームの要であり、戦術そのものだ。
「よしっ!さぁやるぜやるぜッ!」
「お手並み拝見ですね!」
その瞬間動き出すアストラチーム。その動きを見て俺は思わず『うげぇ』と喉を鳴らす。そのあまりの練度にビビるのだ、サッカーは初心者同然でも修羅場はそれなりに潜っている俺からするとアストラチームの動きの鋭さは一流の兵士にも勝る。
これを抜くのは大変──────。
「よーい…ドン!」
「え…!?」
────と思ったのも束の間。ボールを蹴ったオケアノスさんの姿が消える。
まるで一陣の風が吹くような、そんな何かを感じて俺は、マレウスチームは、アストラチームは呆然と口を開け…。
『ご、ゴール!?開始二秒で早速マレウスキッカーズ一得点目!なんという速さ!なんと言う強さ!これが世界最強の名を背負う神将オケアノスの実力か!?!?』
「えぇっ!?」
一同驚愕、一同…そうだ、敵も味方も目を剥いてゴールの方に目を向けると既にそこにはゴール前でシュートの姿勢をしているオケアノスさんの姿があった。
あの一瞬で全員抜いて、蹴飛ばしたボールに追いついて、更にそこからシュートしたのかよ。なんつー速さだ、完全に目で追えなかったぞ。
衝撃の一点。それは敵にも味方にも影響を与える。敵はごくりと喉を鳴らし味方は『いける!』と拳を握り…。
『うぉぉおお!すげぇ!オケアノスすげぇ!』
『アレがマレウス最強の…いや世界最強のストライカー!』
『いける!勝てる!最高だ!!』
観客総立ち。民間人も貴族も立ち上がり拍手喝采でオケアノスさんの偉業を讃える。それだけの事をしたんだ、当然だ。
「今日は手加減なしだよ!どんどんシュート決めっからな!」
『おおおおおおおおお!!』
まさしく大盛り上がり、拍手喝采の雨霰、万雷の声援の中拳を掲げるオケアノスさんとそれに追従して士気を上げるマレウスキッカーズ。敵も皆茫然とする中……。
……俺は。
(…やべぇな)
戦慄していた、オケアノスさんに対してじゃない。この試合展開…今のゴールがちょっとマズかったかもしれないんだ。
だって…。
(ロナードの奴…今オケアノスさんの動きを目で追ってなかったか?)
そう、茫然とするアストラチームの中、ただ一人ロナードだけが誰よりも速く振り向きオケアノスさんの動きを追っていた。なんなら体もやや反応していたように思える。
こいつ、アレに対応出来るのか?…だとしたら今のゴールは『決めた』んじゃなくて『決めさせられた』?
(初っ端からウチの最高戦力の最高速度を見せたのはマズいかもしれない)
この試合、オケアノスさんの独壇場じゃ済まなさそうだ。
………………………………………………………………
「んじゃメグ、俺ら交流競技会見てくるわ」
「すみません、お手伝い出来なくて」
「いえ、楽しんできてください」
アマルト様の言葉を聞いて、もうそんな時間かと自分の体内時計が狂ってしまっていた事に気がつく。それ程までに思考を一つの作業に集中させていたんだ。
彼らを見送りつつ私はポケットの中からキャンディを取り出し口の中でコロコロと舐めながら再び…大量の資料が並べられたテーブルに向き合う。
ハーシェルの影達がこの街の何処に潜伏しているかを調べる必要がある。
(コーディリア達が動き出したタイミングに違和感がある…)
違和感、ラエティティアが依頼人だったなら彼が依頼を出してから実行されるまでの時間が短過ぎる。
だって、プロパが殺された理由は初日の会談で目立っていたからだ。つまり会談の後に依頼を出したことになる、会談が始まる前に依頼を出しても『これから行われる会談で目立った奴を殺してくれ』って曖昧な依頼はハーシェルは受け付けない、殺すなら最初に明示しておかねばいけない。
会談が終わって、その日の晩にプロパを殺したなら…ちょっと速すぎる。これは予めコーディリア達がエルドラドに潜伏していなければ説明がつかない。
なら、最初からエルドラドにいたなら…何処にいた。
「分からないなぁ、見えて来ない…私一人では見つけられないのでしょうか」
こう言う断片的な情報から真実を見つけるのはエリス様とメルク様の方が上手かったりする。エリス様はあれで居て結構勘が冴えるし推理力もある、メルク様も元は治安維持を行う憲兵だったこともありノウハウがある。
だが今は二人とも居ない、私一人で見つけないと。
(…そう言えばコーディリアは本来の目的がある言っていたな)
腕を組みながら考える、居場所…ではなく奴等の目的から逆算して考えてみるか?
目的…普通に考えるならロレンツォ様。しかしその暗殺計画は失敗している…いや、待てよ?
(アレが本当に本命なのだろうか)
そもそも最初から遡ると…何故奴等は『ラエティティアを利用した』。ラエティティアはきっと『偽りの依頼人』…本来の目的を誤認させるためのブラフ的な存在。だが元を正せばその役割はラエティティアでなくとも良い。
ラエティティアが丁度良いタイミングで依頼を出してきた?…だとしてもラエティティアにあそこまで従う必要もないし、態々プロパの殺しまでやってやる必要はない。
となると、ラエティティアそのものに偽りの依頼人以上の利用価値があった?
(ラエティティアは…この会談をセッティングした人物。…よく考えてみれば奴等は食事会で暗殺を決行したが、その食事会も元を正せばラエティティアがスケジューリングしたもの……)
この会談自体がラエティティアによって形成されたようなもの、ラエティティア以上にこの場の仔細を把握している人間はいないと言っていい。だとするとラエティティアと行動を共にしていたコーディリア達はこの会談の詳細なスケジュールも知った事になる。
なら…だとしたら。
「ちょっと待てよ…待てよ待てよ、これやばいかもしれない…!」
ゾッと頭から血の気が引く。今私が想像した物が事実だとするなら…もしかして最初から『本命とか、誰を殺すとか、そう言うのは奴らにとって重要ではない』事になる。その為の下拵えがラエティティアの利用…!
…そうだ!そうか!そもそもプロパ様が殺されたのも…!
「裏取りしないと!」
早速書類を広げもう一度確認する。もしかしたら…奴等の次の目的は、奴らの居場所は…あそこか。
…………………………………………………………
交流戦の試合時間は僅か三十分。それ故に戦況の流れも早く選手達はスタミナ度外視で全力で動く。
「チィッ!」
そうして流れ続けた激動の試合、開始から凡そ十数分経ちながらも得点は一番最初にオケアノスさんが決めた一点だけ。そこから試合は膠着状態へと陥った。
全てを置き去りにするオケアノスと言う存在がいながら両陣営得点が無いのだ、何故か?決まっている。
「くっ!オケアノス!」
マレウスキッカーズがボールを確保しオケアノスへとパスを回す…、彼女にボールさえ渡ればそのまま得点に繋がるからだ。しかし。
「よっと!見え見えだなぁ!」
「あーもー!私の所にボールが来なーい!」
ボールの斜射線を遮るように割り込んできたアストラチームによって再びボールが奪われる。そう、先程から試合が進んでいないのはアストラチームが徹底してオケアノスさんへのパスを封じているからだ。
と言うか、こんなの封じられて当然だ。こっちのチームは八割を防御に回し攻撃をオケアノスさん一人に一任させている。マレウスチームにボールが渡ればどんなルートを辿ろうとも結局オケアノスさんへとパスされるのが分かりきっているんだ。
だから敵もオケアノスさんの周りに集まりあらゆる方向からのパスを封じている。
「陣形を崩さず!最初に作ったフォーメーションのままパスとダッシュを防ぐ!これを徹底すればオケアノスは無力だ!」
そしてそこを指示するのがロナード。相手側のキャプテンだ、アイツかなり頭がキレるようで最初にオケアノスさんのダッシュを見てからその特徴や癖を見抜き完璧にオケアノスさんを封じて来ている。
はっきり言って、最悪の状況だ。マレウス陣営達はオケアノスと言う剣と盾を失ってしまった。
(くそー、こいつら…一人一人がメチャクチャ上手いなぁ。完全に私を封殺してる、抜こうと思えば抜けるけど…完全に振り切るのは無理だわ)
オケアノスもまた悔しそうにしつつも周囲を囲む相手を見つめている。一人一人の技量ではオケアノスには及ばない物の全員の練度が信じられないくらい高い。ここでオケアノスを囲んでいる奴が一人でもマレウス側にいればあっという間に天下を取れるくらいには凄まじい技量だ…。
そんな中、ステュクスは…。
(今、試合状況が膠着してるのはこちらの陣形が防御集中型である事と、相手がオケアノスさんへ過剰なマークを行なっているから…けど)
ステュクスは走りながら分析する。着実に敵はマレウスチームの動きを見切りつつある…このままじゃ完全に攻略される。そうなったらこちらは打開策も見出せず一方的に嬲り殺されるぞ!
(なんとかしなきゃいけない…!なんとかしないといけないんだけれども!)
『上がれ上がれ!一気に攻めろ!』
『ライン下げろ!これ以上通すな!』
(全員足速え〜!上がったり下がったり切り返しについて行けねぇ〜〜!!)
分かっちゃいたが本職のサッカープレイヤー達の足についていけない。さっきまで敵陣深くに切り込んでいたかと思えば直ぐ様ボールを奪った敵に反応して全員が自陣側に走る。
高速で行われる右往左往についていけない。まだ十分しか経ってないのに俺はもうヘロヘロ…、みんながもうマレウス側のゴールで駆け引きしてるってのに俺はまだコートの中央付近だ。
うう、観客席の『なにアイツ』って目が痛い…、さっきから全然役に立ててないし…うう、辛い。
「ぜぇ…ぜぇ、プロはこれを一時間半近く続けるの?ヤベェなスタミナ…」
『ステュクス!』
「え?あ?すみません!もっと早く走ります!」
『違う!ボール!』
「え!?」
刹那、意識を目の前に向けると…そこにはコロコロと一人でに転がるボールが…。自陣営の手前で行われた衝突により、味方が苦し紛れに蹴り飛ばしたボールがこちらに飛んできたのだ。このままではコートの外に出てしまうと咄嗟にボールを踏みつけそれを止めた瞬間…。
思う、あれ?これ…もしかしてチャンスか?
『ステュクス!ボール!パスパス!』
今、俺はコートの中央にいる、敵は今自陣営の奥深くにいる。偶然ではあるものの結果的に相手の虚を突いてガラ空きの敵ゴールの目の前に俺がいるんだ。
今俺がゴールを目指せば…いやオケアノスさんにパスか!?でも遠いしオケアノスさんは敵に囲まれてるし!
(どうするよ!どうすればいいんだ!?俺が決めるか!?オケアノスさんに任せるか!?どっちだ…どっちを…)
「君、素人でしょ」
「ッ…!」
ボールを保持したまま棒立ちする俺の目の前に、いつの間にか…そいつはいる。
「ロナード…」
「やぁ、ステュクスだっけ?オケアノスさんが熱心に名前を呼んでたね」
ロナード…相手側のキャプテンが俺のアストラ側のゴールの前に立っていた。おいおい、こいつ今さっきまでマレウス側のゴールの前にいたよな。いつの間にここに…。
しかしロナードは俺に襲いかかる素振りも見せず、軽く構えを取ったまま俺に向けて微笑みかけ。
「君の筋肉、サッカー用の筋肉じゃない…軍人、兵卒上がりの筋肉のつき方だ。瞬発力に欠ける鈍重な筋肉に重く持久力に乏しい体…何より」
「…………」
「遅い、判断も決断も…慎重と言えば耳障りもいいかもしれないけど。ここじゃあソレは『頓馬』って言うんだよ」
「口悪いな、スポーツマンシップはどうした」
「君はスポーツマンじゃないからね、俺は『スポーツ』に命を懸けている…だからこそスポーツとそれに殉ずる者達には敬意を払うが、そうでない者にはその限りではない」
威圧、ビリビリと痺れるような眼光に竦む。こいつ…マジでただのサッカー選手かよ、そんじょそこらの軍人なんかよりもずっと…。
「俺は君のような軍人じゃない、武で祖国の役に立てるわけじゃない…敵を薙ぎ倒す力は俺にはない、だがその代わり俺には足がある、サッカーがある。俺が戦場に立てないように…軍人は『ここ』には立てない」
「…つまり、俺は敵じゃないって?」
「その通り、ここは選手の聖域だ…君のようなサッカーをナメた奴には、払う敬意は無い」
「なんて言われようが俺はサッカー選手じゃ無いしお前の誇りを傷つける存在である事に変わりはねぇだろ、だったらウダウダ言ってねぇでとっととそこを退けッ!」
足先でボールを蹴り回しドリブルをかまし兎に角ロナードから逃げるように動───。
「違う、エラシコはそうやるんじゃない」
「あげぇっ!?」
しかし、その瞬間ロナードが動く。まるで光る風のように動くロナードは針を刺すように鋭い蹴りを繰り出し俺の足の隙間からボールを抜き取りあっという間に俺の隣をすり抜けていく。
(は…速…)
『何やってんのステュクス!追って追って!』
「そうだった!待てやロナード…』
相変わらずマークされまくって動けないオケアノスさんの言葉に従いロナードに視線を向ける。このままおめおめボール取られたままで居られるわけが…。
「って速え〜ッッ!?」
速い、ボールを蹴ったまま恐ろしい速度で加速したロナードは凄まじい勢いでゴールへ突き進む。速い…なんて速さだ、とてもじゃないが俺の足じゃ追いつけない!
せめて星魔剣があれば追いつけるのに!ダメだ…もうゴールの手前まで行っちまった。
当然、チームメイトが全力で止めにかかるが…。
『は、速い〜!ロナード選手速い速い!目の前に何がどれだけ居ようが構う事なく加速し続ける!一人!二人!三人!四人!?どんどん抜いていく!しかもたった一人で…これが、これがッッ!!』
ただ一人、まるで最初から一人でサッカーをしていたかのように味方を頼らず、敵も無く、正しく傍若無人なる技の冴えは瞬く間に全てを置き去りにし…。
「ぜ、絶対止めてやる!」
「フッ!」
両手を広げるキーパーの目の前でロナードはシュートを決める。その軌道の綺麗な事、まるで足が剣のように鋭く煌めいて見えるほどの一撃は真っ直ぐゴールへと向かう。
それを受け止めようとキーパーは飛び込むが。
「んなぁっ!?」
『おぉーっと!ロナード蹴った!なんと言う軌道!まるで張った弓のようにボールが弧を描く!』
キーパーの目の前でボールは軌道を変えグインと横に曲がりキーパーを置き去りにし…。
そのままボールはゴールへと叩き込まれ…ることはなく。ゴールポストへと激突し弾き返された…。
「は、外した?」
「助かった?」
マレウス側の選手達は一瞬安堵する…が、そんな中ステュクスは叫ぶ。
「違う!まだプレー続行だろ!今のは陽動だ!本命が来る!」
ゴールポストに当たったボールはそのままコートに戻っていく、つまりプレーは続行。だがボールに釣られて飛び込んだキーパーは未だ倒れ伏したまま…そんな中弾き返されたボールが向かう先にいるのは…。
『ろ、ロナードだ!ロナードが第二撃の準備をしているぅーっっ!!??』
足を高く振り上げ、シュートの姿勢を取っているロナードがいる。まるで最初からそこに来ることが分かっていたようにロナードの足元に戻って来たボールは彼の足元を潜り抜けるよりも前に…もう一度、シュートとしてゴールへ向かわされる。
既にそこには、なんの障害もない。
『ゴール…ゴールです!ロナード選手ボール確保から僅か十秒足らずで一点獲得!これで一対一!マレウスキッカーズの奮闘虚しくリードは消えて無くなりましたッ!』
一撃、弾けるようなキックがボールを突き動かしゴールネットを揺らす。それがなんでもない事のようにロナード軽くガッツポーズを構す。それはまるで『この一点では終わらない』とでも言いたげな仕草で…。
たった一人でマレウスキッカーズを抜いて…たった一人でキーパーを翻弄し、たった一人でアシストシュート決めて、点をもぎ取りやがった。
全部一人でやりやがった…!これが。
「これが。ワン・マン…!」
アガスティヤが生んだ稀代の怪物にしてオケアノスさんに比肩する唯一の存在。本来はチームプレイでやるべき事を全部一人でやっちまいやがった…。
やべぇ、せっかくのチャンスだったのに抵抗も出来ずボール奪われた挙句、ゴールまで決められちゃったよ…。
『ねぇ、あの金髪なに?』
『動きがまるでど素人だ…、なんであそこにいるんだ』
『邪魔すぎない?』
「う……」
そして当然、この失点のヘイトは俺へと向かう…。
だってしょうがないじゃん!向こうはアストラ最強の選手!こっちは素人!元より勝負になるわけない!大目に見てくれよ!ここに立ってるだけでも精一杯なんだ!
(……なんて言えねえよな。俺は俺で戦う覚悟を決めたんだ…。俺自身が覚悟を決めた以上泣き言は言えない…けど)
『ロナード選手!流石はアストラ最強の名を欲しいままにする大スター!彼を打倒しない限りマレウス側に勝ち目はない!!』
ユニフォームで汗を拭きながらこちらをチラリと見るロナードにムッとする、確かにあいつをなんとかしない限り…勝ち目がないな。けどどうする、星魔剣を持ってない俺に…果たして何が出来る!
「ステュクス…」
そしてそんなステュクスを、観客からバッシングやブーイングを受けながらもロナードに対して闘争心を燃やすステュクスを見るオケアノスは…。
「よしよし、…やっぱり。彼を誘った甲斐があった!」
笑う、どうやら自分の読みは正しかったようだ…。このまま行けばきっと…。
勝てる!!
………………………………………………………
「まるで勝負になってないな」
「………………」
観客席にて試合を見守るイオとレギナは事の顛末を見守り続ける。ロナードの電撃のような攻めにより振り出しに戻った試合…、点差は互角、されど試合内容は完全にアストラチームのもの。
完全に身動きが取れないオケアノス、地力の差で負けているマレウスキッカーズ、そして役に立たないステュクス。ここにロナードが勝機を見出した以上試合はアストラ側に転がり始めるだろう。
「ロナードはアストラが誇るスターだ。ベースボールのトリトン、レスリングのネレイドに匹敵する実力を持つサッカーのロナード。最先端のトレーニングを受けた最高の天才の前に…マレウスは再び敗北するでしょうね」
「…………」
嫌なことを言う、嫌らしいことを言う、イオの厳しい言葉にムッとしながらも何も言い返せない。サッカー素人のレギナにだってこの試合の状況の悪さは分かる。
このままでは負ける、また負ける…正直この交流競技会で一番勝ち目があるのがサッカーだ。オケアノスが居るこのサッカーしか勝ち目がない…なのにここで負けたら…。
「それに、ステュクス…何故彼があそこに居る。完全に足手纏いだな、役に立つ様子もない
「ッ…!ステュクスは違います!」
「…ん?」
咄嗟に言い返してしまった、意識とか思考を置き去りにしてステュクスを馬鹿にされたのが許せなくて…咄嗟に張り合ってしまった。
イオ様の眼光がこちらを向く、何か間違っているかと言いたげな瞳を見てる居ると、冷静になりかけた私が再び燃え上がるのを感じる。
私を馬鹿にするのはいい、私を蔑むのはいい、けど…。
「ステュクスは役立たずじゃありません!」
「ほう?と言うと?」
「彼はやる時はやる人です、自分より強い人を前にして折れる人じゃありません!このくらいじゃ諦めません、諦めていないのなら…彼はきっと何かをやり遂げます!」
「何故そう言い切れる」
「彼のそう言うところを信じたから…私は彼を護衛に任命したのです。彼のそう言う姿を目の前で見たから!私は信じるのです!ステュクスの事を何も知らないのに!ステュクスを馬鹿にしないで!」
「………………」
彼は凄い人なんだ、強いとか弱いとかでしか語れないなら彼の事を語ってほしくない。彼はそう言う物から隔絶したところにいる。
例え力が及ばずとも手を伸ばす、例え手が届かなくとも諦めない。諦めずに自分の全てをぶつけ続ける彼はきっと成し遂げる。私を彼のそう言うところを…信じているんだ。
「ッ…ステュクス!好き勝手言わせないでください!ロナードがなんですか!アストラがなんですか!貴方が一番だってところを私に…イオに見せつけてやれー!」
うおー!と叫びながら立ち上がり両手を上げて体を揺らしステュクスを応援する。勝って!ステュクス!貴方今ナメられてますよ!私の大好きな貴方がナメられるのがどれだけ苦しいか!
だから!全員に見せつけてやってください!
「はぁ、ガラス越しだから聞こえませんよ…しかし、そうですか。ならもう少し見てみましょうか」
(…ん?イオ様、怒ってない?寧ろ…嬉しそう)
なんだか嬉しそうにため息を吐きながら肘掛けに手を置き再び試合を見守る、てっきり言い返したから怒るかと思ったけど…なんで嬉しそうなんだろう。
………………………………………………………
『試合時間残り五分!ここに来てアストラオールスターズ猛攻勢!マレウスキッカーズに反撃の隙さえ与えない!』
続く猛攻に苦しめられるマレウスキッカーズ、相変わらずオケアノスさんには五、六人のマークをつけながらもロナード率いる少数精鋭で九人近いマレウスキッカーズのディフェンス陣を翻弄する。
未だに同点の瀬戸際で守り切っているが…。
『その均衡がいつまで続くんだ…』
『オケアノスのマークが深すぎる…!』
『これじゃあ何も出来ない!』
それも時間の問題、…言ってみれば今ロナードは『勝利』と言う名の肉を丹念に捏ねて下拵えをしている段階だ、奴が勝ちを取りに来たら俺達は抵抗する間も無く負けるだろう。
いや料理しないから分からないけど…。
「だあー…嫌な空気すぎる…」
自陣営の前で膝に手をつき息を吐き出す。ステュクスもまた防御に参加していたが目紛しく変わるボールの保有者に追いつく事もできずあっちへフラフラこっちへフラフラ走らされている。
(走らされてる…そうだよな、これ完全に走らされてるよな。ロナード達はさっきから全然走らず仲間内でパス回しをしてこっちは攻め込まれたくないから全員で走って…このままじゃ全員バテる)
完全に勝利をもぎ取りに来てる、こっちを走らせパス回しで時間を稼ぐ、あんだけ強いのになんて徹底した勝利への道筋を作るんだこいつらは。
正直ナメてた、スポーツって遊びの延長線上だと思ってた。だがどうだ?今目の前にしてるのは…完全に集団戦の陣形と同じ、長期戦のセオリー通り。マジの戦闘となんら変わりがないぜ。
(残り時間も少ない、きっとロナードは残り時間一分を切ったら攻めてくる。そこでゴールを決めて逆転の隙を無くした状態で徹底した勝利を叩きつけてくる…もう終わりか、これ)
スタジアムの上方に設置された時計を見遣り残り時間を確認する。もう試合終了が近い…ロナードもそろそろ動き始め……ん?
「あれは…」
ふと、時計の近くに設置されたガラス板の向こうに…見知った顔を見つける。あれは…レギナか?王族専用の観客席か何かだろうか。
(と言うかレギナは何をやってるんだ?ぴょんぴょん飛び跳ねたり腕を振り回したり…怒ってるの?俺が不甲斐ないから?)
そんな風に怒らないでくれよ…、俺だって好きで不甲斐ないわけじゃねぇんだよ。
けど…。
「確かに不甲斐ないよな、危うく負けるところだった…試合が終わる前によ」
諦めたらそこで負ける、点差がどうのとか実力差がどうのとか、そう言うの以前に戦うのをやめた時点で負けなんだ。危うく…負けるところだった。
アイツの顔を見て思い出したぜ。俺は元々高尚な存在じゃない…それでも俺がここに、この街にやって来ているのは…。
(ここで負けたらレギナの顔にも泥を塗っちまうな…)
だったら負けられない、負けられない理由が一つあるなら…それだけで戦い続けられる。戦い続けられるのならまだ負けじゃない。
(いいぜ…やってやる。ここ大一番で逆転の一手を思いつけるほど…賢い頭はしてはないが、それでも!)
あれこれ計算して早々に見切りつけられるほど!賢い頭でもないんだよ!俺のはなッ!!!
「オケアノスさんッッ!!」
『ステュクス!?』
「前に出てください!敵陣の奥深くに!いつでもシュート決められる位置に!」
『え!?でも…』
「大丈夫!俺を信じて!」
『…オッケー!』
自陣営の周りを跳ね回るボールを追いかけながらオケアノスさんに向け吠える。
いい作戦があるわけじゃない、逆転の一手があるわけでもない、だが一つ思いついた事はある。どうせ何してももう負けは目の前なんだ…だったら一つ、賭けてみようや!
「ん…?」
その瞬間、ボールを足で止めたロナードは突っ込んでくるステュクスに気がつき眉間に皺を寄せる。
(何をするつもりなのか…、全く邪魔をしないで欲しいな)
内心舌を打つ。ろあと少しで勝てそうなんだから抵抗するなよ!とロナードは言いたいんじゃない。寧ろ逆、抵抗はして欲しい。
(俺は勝つ為ならなんでもする。容赦も躊躇もしない、パス回しや露骨な時間稼ぎ…王道のサッカーではない、本国でやればサポーターからのブーイング待ったなしの戦法を取ってでも、俺はマレウスに勝つつもりだ。それこそがマレウスに対する最大の敬意だからだ)
ロナードはここに勝負をしに来ている。ドリブルで相手を抜いて、シュートでゴールを決めて、足で力の差を分からせて。そう言う王道のサッカーもいいだろう、派手な振る舞いで観客を沸かせるのもいいだろう。それこそが興行のプロたる姿なのだろう。
それでもここでロナードが時間稼ぎをして、終了間際に決定点を決めるつもりなのは他でもないマレウスのサッカー選手に対する敬意なのだ。
(彼らはよくやっている、俺の動きについてこようと必死に走っている。ここまでのスタミナとスピードを得るには余程の練習を重ねなければならない…。彼らはサッカーを愛するサッカー選手だ、俺は彼らに敬意と敬愛を示す…)
それこそがロナードのスポーツマンシップ。尊重するからこそ本気で勝ちをもぎ取りに行く。これは興行ではなく勝負であり、彼らは勇敢にも世界最強を相手に勝負をしたのだと、マレウスの選手はこのロナードにそこまでさせたのだと実感させる。
彼等はアストラと真剣にサッカーをしたのだと…その事実を作り上げたかった。
なのに…。
(ここで追ってくるのが貴様か!ステュクス!)
「うぉおおおおお!!!」
怒りが込み上げる、神聖なサッカーに素人が割り込んでくるな、お前がするべき仕事はここにはないのだと歯を食いしばったロナードはステュクスの背後にポジションを取る味方にアイコンタクトを送り、そのまま足元のボールを蹴飛ばしパスを出す。
(お前は最後まで仕事は出来ない、このサッカーに加わる事はない、その重たい筋肉を抱えて我々サッカー選手について来れるわけがないのだ)
ステュクスを引き剥がす為出したパスはステュクスの横をすり抜けその背後にいる味方へと飛び…。
「ッそこだァッ!!!」
「なっ!?」
しかし、動いた。ステュクスはパスに反応し体ごとボールへと突っ込み頭突きでボールの軌道をズラし、ボールをコートの中央へと飛ばす…。
(なっ!?パスカット!?俺が!?あり得ないだろ!素人相手に!…いや、まさか!)
奇跡のパスカット…ではない。ここに来てロナードはステュクスの術中にハマっていた事に気がつく。
(味方が少ない…しまった、オケアノスのマークに人員を割きすぎたか!)
オケアノスを警戒するあまりオケアノスの周辺を囲むマークを第一次から第三次まで含めチームの半数以上に意識させていた。それ故に彼女が上がればその分人員がオケアノスに引っ張られる。
そうなるとどうなる?ゴール前に立つロナードのパスコースが限られる。その限られたパスコース全てを潰すようにステュクスは走っていた。誰に向けてパスを出しても絶対に自分を経由するように位置取りしていたのだ。
とくれば後はロナードがパスを出すのを待てば、一瞬だがステュクスの手元にボールが来る。追いかけなくとも向こうから勝手に来てくれるんだ。
(チッ!こんな初歩的なミスをするなんて!素人と甘く見過ぎたか…いやそれ以前に)
「しゃあ!貰い!俺のボールだぁぁぁあああ!!」
(アイツ、まさかこれを計算して?俺が想像するよりも…頭がキレるのか!)
ここに来てロナードはステュクスの評価を改める。ただの役立たずの素人から目の前に立つ塞がる敵へと偏移する。あの一瞬でそこまでの判断をし、半ば賭けに近い突撃を繰り出し、物の見事にカタチにした。
侮れない、そう感じたロナードもまたステュクスを追いかける。
「残り時間的にこれが最後の攻撃だ!ここで決める!決めなきゃ!決めてやるッッ!!」
「させるか!」
全力で走りボールを確保してヘタクソなドリブルでコートを一人駆け抜けるステュクスに追い縋るロナード。
マレウス側のゴール付近から走り出すマレウスキッカーズ、オケアノスのマークにつくアストラチーム。物の見事に二分されたチームの間、コートの中心を二人の選手が駆け抜ける。
「素人のお前が!よくやった物だ!」
「素人素人ウルセェんだよ!」
「事実だろ!」
「まぁそうなんだけども!だけど!…お前はデカい視線で物を見過ぎなんだよ」
ボールを渡すまいと立ち止まりロナードからボールを死守しようと立ち回るステュクスと、あらゆる技法を用いた技巧にてボールを奪おうと攻めまくるロナードがコートの中心で鬩ぎ合う。
ボールはコートの中心にある、このせめぎ合いを制した方が…最後のシュートチャンスを得る。残り時間僅かな中で得られた得点はそのまま勝利へ繋がる。
つまり…ここが、勝負の分水嶺。…しかし。
『ダメだー!追いつかれたーっ!!
『競り合いじゃあの素人じゃ勝ち目がない!』
『さっき呆気なくボールを取られたやつじゃんか!』
『誰か助けに行ってやらないと!』
『ダメ!間に合わない!オケアノスも動かないし!』
ここに来て世界最高峰のサッカープレイヤーと素人のステュクスでは勝負にならない、直ぐにボールが奪われまた元通りになってしまう…と誰もが思っていた。
だがどうだ、殊の外ステュクスは善戦しロナード相手に持ち堪えているではないか。
「ッ…お前!」
「言ったろ、デカい目で物を見過ぎだって…!」
普通にやり合えば、ステュクスは技量の差で負ける。
それは今更変えようのない事実。サッカーではロナードには勝てない…だが。
「今からやるのは、サッカーなんてデカい括りの話じゃない。俺とテメェのタイマン!真剣勝負だろうが!」
(こいつ…駆け引きに関しては素人じゃない!)
それでも、ステュクスは剣士として一流の域に達している。身体能力も並はずれているし足捌きも素人のそれではない。何より…譲れない一線を背にした時の駆け引きの鋭敏さは決してサッカー選手にも引けを取らない。
巧みに足の周りにボールを這わせ『剣を避ける』ように立ち回る。走りながらではなく足を止めてのやり合いならロナード相手に攻撃を防ぐこともできるのだ。
…そうだ、これはもうサッカーじゃない。互いに互い、譲れない物の為に戦う『勝負』なのだ。
だったらステュクスは得意分野だ、経験のないサッカーよりかは覚えがある。
「チッ、このまま時間稼ぎをするつもりか!」
「言ったろ!勝負だって!勝つか負けるか!引き分けはない!」
「何を…」
その瞬間、あれだけロナードを見つめていたステュクスの視線が一瞬、別の方を向く…そこには。
「オケアノスさん!」
『マーク抜けた!マーク抜けた!今ならいける!パスパス!』
「ッ…しまった!オケアノスが本命か!」
オケアノスを態々前に出したのも時間を稼いでいたのも、一瞬でもオケアノスがフリーになるための時間を作る為。
オケアノスは得意の足を使い追手を全て振り切り一瞬完全フリーの状態を作っている。ここでオケアノスにパスをすればそのまま得点に繋がる…。
(まずい!絶対に阻止しなければ!)
死んでもパスカットをしなければならないと咄嗟に感じたロナードはステュクスが蹴り上げるであろうボールを狙って走り出し…。
「貰った!」
「んなっ!?!?」
しかし、そこでロナードはまたも虚を突かれる。
なんと、ステュクスはオケアノスへパスをせず自分の足でボールを進めたのだ。オケアノスを警戒しステュクスから意識が外れた一瞬を狙ってその背後を通って全力で駆け出したのだ。
オケアノスへパスをすると見せかけて、自分からマークを外させたのだ。
「この…!」
「相手の意識の外から!剣術の基本だぜ!」
「こいつ…オケアノスを頼らないのか!?俺を相手に駆け引きで勝つだと…!」
負けた、ロナードが駆け引きで負けた。いや…違う、駆け引きで負けたのではない…これはそれ以前の問題。
(こいつ、俺とサッカーをするつもりがまるでない!)
ステュクスは先程からずっとロナードに対して叩きつけている。それは徹底してサッカーでの対決を避け常にロナードに対して『二択』を叩きつけ続けている。
『オケアノスを警戒するか』『ステュクス自信を警戒するか』その二択を。これは競技ではない、ただのジャンケン…!二択を使って駆け引きを行いロナードが真価を発揮出来ない状況を作り上げている。
(なんと言う判断能力の高さ!ここまでが吹っ切れるか!…侮り過ぎた、いや驕りすぎたか!こいつは…ただ一人で戦局を覆せる何かを持った男!無視していい存在じゃなかったか!)
「ぅぉおおおおおおお!!!俺がゴール決めてやるッッ!!」
勝負、これは勝負なのだ。サッカーは遊びじゃない…一つの勝負であると言うロナードの信条を思い起こさせるステュクスの走りに、小さく笑うロナードは…その足で一瞬でステュクスに追いつき。
「いいだろう!やってやる!勝負だ!ステュクス!」
「上等ぅぅううう!!!!」
走りながらとにかくせめぎ合う、ステュクスのボールを走りながら蹴りを繰り出し全力で奪おうと勝負を仕掛けるロナード、それに対してステュクスは…。
「死んでも渡さねぇぇえーーーッッ!!」
鬼気迫る力でロナードの接近を許さない。肩での押し合いでロナードを圧倒するのだ。
(チッ、やはりパワーでは敵わないか!まずいぞ…こいつ!止められない!さっきまでとは気迫がまるで違う!)
「だぁぁぁあああああああ!!!」
歯茎を剥き出しにし、喉を振り絞り、これから死ぬんじゃないかと言う気合でロナードからボールを死守する、その勢いたるやロナードすら圧倒する。
『行ける!なんか行ける!すげぇよあの金髪!めっちゃ強えーッ!』
『一流選手に比べりゃ足は遅いがガッツとパワーじゃ負けてない!寧ろ勝ってる!』
『か、勝つのか!?このまま行けば!』
響く歓声、轟く声援、興奮という名の火に薪を焚べるようにステュクスは熱戦を繰り広げ徐々にスタジアム全体を一つに纏め上げていく。
声もなく、論もなく、ただ在り方一つで人々を一つへ纏め上げる、王や指揮官とはまた別の『先導』…それを遠くから眺めるのは…オケアノスだ。
「やっぱり…!」
その様を見たオケアノスは走りながらステュクスの顔を見てほくそ笑む。あの鬼気迫る顔を見て自分の判断は正しかったと悟る。
オケアノスは何もステュクスが暇そうだったから誘ったんじゃない、彼なら勝ちに関われると信じたからだ。だって…。
(エリスの弟なんでしょ?なら…あの子も『あの顔』が出来るって!信じてた!)
東部クルセイド領でエリスが見せた鬼の気迫。あれは技術や才能以上の領域にある『決定力』そのものだった。あの勢いは流れを変え勝利を手繰り寄せてくれると信じたからだステュクスを仲間に誘ったんだ。
そう、つまりステュクスは…。
(エリスと同じ物を持っているんだ!ここ大一番で勝負を決められる芯の強さを!)
だからこそ、そう信じたからこそ…彼に全てを任せた。彼ならきっと…。そう信じたオケアノスは───。
「ゴール!ゴール!目の前!目の前!ゼェゼェ!」
走る走る、一気にアストラゴールの前に躍り出るステュクスは一心不乱に突き進む。このまま行けば一気にゴールだ…だが。
(……悔しいが、認めよう。ステュクス…君は勝った、この俺を相手に勝負で勝ったんだ、君をここまで進ませたこと自体が俺の敗北を意味している、何せ君は…)
ロナードは目を見開き更に加速をしステュクスの正面に立ち塞がり…。
(この俺に『守り』をさせたのだから!勝負では君の勝ちだ!だが悪いがここからはサッカー!俺の分野だ!)
ロナードが守りに回る、反撃ではなく完全な防御に回る。それはステュクスが世界最高峰のプレイヤーを相手に駆け引きで勝利したことを意味する。
だがここからはサッカー、ゴールを前にした以上シュートをしなくては行けない。そして瞬間はどれだけ頭を使ってもサッカーの部類に入る。ならロナードの分野だ。
「打ってみろ!何処から打とうとも俺を抜けると思うな!」
「ぅぉおおおおおお!!!」
ステュクスは立ち塞がるロナードを相手に果敢に挑み、浮いたボールに向けて足を振るう…。その瞬間を見たロナードは…。
(威力は上々!だが蹴り方が甘い!あの程度のシュートなら俺で弾き返せる!もうカウンターから得点するだけの時間はないがそれで引き分けにできる!)
蹴りの速度、入射角、全てを一瞬で見切ったロナードは予知にも近い形でステュクスのシュートの未来を見てその方向に向けて走る。完璧な形で弾き返す!そう覚悟を決めたロナードもまた鬼気迫る表情で大地を蹴る。
「いけぇぇええ!!!!」
「ここだッッ!!」
放たれるシュート、それは完全にロナードの予知した方角と回転、速度も軌道も全て一致している。故にそのルートを遮るように足を振るいステュクス渾身のシュートを止めにかかる。
ゴールキーパーには任せない、それはキーパーを信頼していないからではない。…ロナードはもう引き下がれないからだ、ここまで来て別の誰かに試合の決着を託したくなかった。
ステュクスという男を、サッカーで上回りたい、その意識がロナードを動かす。これはもう素人とプロとかいう問題じゃない…これは。
「お前には!負けられない!!」
この男には負けたくない、そう吠え立てるロナードの足がステュクスのシュートを遮り弾き返し──────。
「だから!私が!」
しかし、その瞬間だった。ロナードの足にボールが触れる寸前で…ボールが、空中で静止した。別の誰かが空中でステュクスのシュートを止めたのだ。
誰だ?…いやこれは…。
「フリーだって!言ってんだろ!私に!ボールを寄越せやぁぁあああ!!」
「オケアノスッ!?」
オケアノスだ、ロナードよりも先にステュクスのシュートの軌道を読み、更にそこからロナードよりも速く動き、ロナードよりも手前でシュートを止めた。飛び上がり足を伸ばし空中で…。
「だから!パス出したでしょう!アンタならここに来るって信じてたよ!決めてください!オケアノスさん!」
「ッ最高だよ!誘ってよかった!ステュクス!!」
今ここに、オケアノスにボールが渡った。その瞬間オケアノスは空中で姿勢を入れ替え確保したボールに向け────。
「ああ、クソッ…!」
ロナードの悪態が響く、同時にゴールネットが揺れる…。
オケアノスの放った必殺のボレーシュートは綺麗な弧を描きロナードもキーパーも超えて吸い込まれるようにゴールへと叩き込まれ…同時に試合終了の笛が響く。
終わったのだ、試合が。
『お、終わった…どうなった!?』
『ゴール決まったよね!』
『ってことは…つまり…』
一瞬の静寂と共に、得点板を見る観衆。そこには確かに…二対一の文字。
そう、これが意味するのは…ただ一つ、勝利である。という単純明快な答えだけだった。
『か、勝った!』
『マレウスが勝った!勝ったんだ!』
『すげぇええええ!!ラスト五分で巻き返したぁぁあ!!』
大歓声、スタジアムが揺れる程の大歓声が天を衝く。マレウスとアド・アストラ…軍事力も国力も遥かに上回るアストラはスポーツでも完全無欠であり、この競技会もただ祖国が相手に蹂躙される様を見せつけられるだけ…、何処かでそんな諦念が浮かんでいたからこその熱狂。
後にマレウススポーツ界に於ける重大な転換点、『エルドラドの歓喜』と名付けられる夜が今、歴史に刻まれたのだ。
「痛ぇーっ!?」
そしてそんな熱狂と歴史の転換点を作った男、ステュクスは。シュートの際全力で飛び上がったことが災いし…凄まじい勢いでずっこけ芝の上を転がっていた。
幸い、皆得点板を見ていた事からそんな情けない様を見られることはなかったが…。
「ゼェゼェ…ヒーヒー…終わった?終わったの?今の笛ってなんの笛?『ぴーけー』ってやつはあるの?全然分かんない」
「ステュクスーッ!お前最高ー!」
「ぐぇっ!オケアノスさん!!ちょっと今はやめて!」
あまりの疲労感に倒れるステュクスに馬乗りになり喜びを露わにする。でもちょっと今は信じらないくらい辛いから勘弁してほしい…。
そう思いながらステュクスは首だけを動かし…上を見る。王族専用の観戦席…そこで飛び跳ねるレギナの姿を見て、まぁそれなりの仕事は出来たかな…と満足する。
「…ステュクス……」
「ん?…ロナード?」
すると、そんなレギナへの視線を遮るように立つのは…アストラチームのキャプテンであるロナードだ。ついさっきまで競り合っていたロナードが今はステュクスを見て…なんとも言えない顔をしている。
取り敢えずへばってていい感じじゃないからオケアノスさんを押し退けて…俺は立ち上がる。
「……負けたようだね、俺は」
「ああ、そうだな」
「はぁ、君はサッカー素人でこの神聖な試合には似つかわしくない汚点だよ」
「ま、まだ言うか!?」
「今俺はとても悔しい。許されるなら君に掴みかかりたいくらい悔しい…悔しくて悔しくて堪らない」
すっごい目で見てくるんだけど、そんなに嫌だった?ごめんね俺ここに居て…。でもまぁ素人に大事な試合めちゃくちゃにされたならそりゃあ怒りもするか。うーん、こっちの事情と向こうの事情はまた別だからな…ここは謝った方がいいか。
「その、えーっと…」
「…でも、悔しいのはきっと俺は君と本気で戦っていたからだ、君と言う男とサッカーで戦い負けたからだ。次は負けたくないと思えるような…そんないいサッカーだったからだ」
「へ?」
「これがスポーツマンシップだ、素人なんて言って悪かったよ」
そう言いながら最高の笑顔を見せ、こちらに手を差し伸べてくるロナードに呆気を取られる。
そっか、…そっか。あんた程の男にそう言われるのはなんだか光栄だな。
「…あんた、気持ちのいい男だな。ロナード…世界最高のプレイヤーに言われると照れくさいよ」
「フッ、またいつか一緒にサッカーをしよう。今度は俺が勝ってみせる」
「ははは、お手柔らかに頼むよ…」
「どうだろうね?ははは」
そう言うなりロナードは汗を拭きながらニッと笑い踵を返し去っていく。気持ちのいい爽やかな男だったな、あれがスポーツマンって奴か…憧れるぜ。
(にしても、『また一緒にサッカー』…か。それを実現出来るように頑張らないとな)
マレウス人の俺とアストラの人間のロナードが、またこうして人々の前でサッカーを出来るような、その約束を守れるようにも…頑張らないといけないな。
「さっ!帰ろうか!今日は気持ちよく寝れそうだ!」
「俺ベッドに直行したいです…」
俺達もまた選手控室に引き上げる。取り敢えず大仕事は終わった…なら後はもう寝ていいだろう。
そう思いながらコートを去り、控室の扉を開けると…。
「どうぞ〜、治癒ポーションですー」
「え?あ…え?」
スタジアムの人と思われる職員さんからポーションを手渡される。やや薄いが確かに緑色、蓋を開けて匂いを嗅ぐと…やはり俺のよく知る治癒のポーションだ。冒険者協会でも売られてるような奴…なんでこれ渡されたんだ?
「あれ?飲まないの?ステュクス」
「え?みんな飲んでるんですか?」
ふと見てみると全員が治癒のポーションを飲んでいる…なんで?
「プロスポーツでは恒例なのよ。ほら、プロの試合って相手も自分もそれなりの身体能力があるから危険でしょ?負傷なんて付き物。だからこうして試合終わりに治癒のポーションを飲んで体の傷を癒すの。そうでもしないと試合なんかやってられないからね」
「確かに…」
「それにこれ飲んでおくと筋肉疲労も癒えるんだよね」
「え?そうなんですか?」
「って私は思ってる」
「プラシーボ…」
にしても、先程ポーションを渡してくれた職員さんを見るに、背後に巨大な木箱が置かれている…かなりの量のポーションを仕入れているようだ。あれ一つ買うのに冒険者はやきもきしながら幾つ買うか悩む言うのに、態々選手の為にポーション仕入れるなんてロレンツォ様は太っ腹だなぁ。
なんて思いながら俺はポーションをグイッと一口飲み干し…うん、やっぱまずぃ〜…薬草を煎じた匂いがする。水が飲みたい、贅沢を言うならレモネードが飲みたい。
「それでさぁ!ステュクス!」
「なんすか」
「君凄い気迫だったね!やっぱり君を選んで正解だったよ!」
「そう言われると嬉しいっす」
「ねね!私と一緒に東部に来ない?君ならいつでも歓迎だよ!」
ありがたいお誘いだ、一年位早く誘ってくれてれば乗ってたかもしれないくらいありがたい誘い。けど…。
「生憎、俺はもうレギナの物なので」
「そう?残念…でも騎士辞めたかったらいつでも来てもいいから!」
「いきませんよ、それに俺がもし騎士を辞めてもやらなきゃいけない事があるので」
「やらなきゃいけない事?復讐?」
「なんでそうなるの!?人探しっすよ!人探し!」
「へぇ、誰か探してるの?協力してあげよっか」
…んー、そっか。考えてみりゃ別に俺が探さなくてもいいのか。
俺の探し人…ヴェルト師匠は俺が何年もマレウス中を冒険しても見つけられなかった存在だ。だから半ば諦めていたけど俺以外の目を使えば見つけられるかもしれない。オケアノスさんもこう言ってくれてるし、頼んでみるのもありかもしれないな。
「ならお願いしましょうかね」
「よしよし!ならその人の名前教えてよ」
「ええ、探してんのは俺の師匠で、名前は──」
なんて、飲み干したポーションの瓶をオケアノスさんに向けながら気軽に話していたところだった、その瞬間までは本当に何でもない…この瞬間に対して何かを考えることもないくらいなんでない時間だった。
それが、突如として一変したのは…ロッカールームの扉が開かれ…外から何者かが入ってきた瞬間だった。
「おん?」
突如音を立てて開かれた扉に咄嗟に反応して、反射的にそちらを見る…誰が入ってきたんだろうと。
そうやって見つめた先に居たのは。
「ステュクス!何故試合に出ていたんですか!貴方が!」
「姉貴か、いやそれを言うなら姉貴もなんでユニフォームを着てんだよ」
姉貴だった。しかもユニフォーム着てバットを抱えて扉を開けて怒鳴り込んできやがった。
え?何?姉貴も競技会出るの?俺ら姉弟揃って出場するのかよ。どう言う人達?
「姉貴って野球好きなの?」
「これは止むに止まれぬ事情が…、と言うか…えっと、その…」
「ん?どうした?」
怒鳴り込んできて文句でも言ってくるかと思ったが、姉貴は何やらモゴモゴと口の中で言い辛そうに言葉を選び始める。一体どう言う事なのか…よく分からずこれは首を傾げていると。
「って言うかエリス!今は後にして!今ステュクスから聞かなきゃいけない事があるの!」
「え?あ、そうでしたか。すみません話に割り込んで」
「いいの、それで?ステュクス。その人の名前は?」
「ああすみません、えっと。その人の名前は……」
「ステュクス?」
「…え?」
今、誰か俺を呼んで…。
「だーもー!今度は誰!?」
「…ステュクス、ステュクスだよなお前…」
「え…あ…あぁ…!?」
スルリと手の中からポーションの瓶が落ちる。姉貴の後に続いて…もう一人、ロッカールームに入ってきていたことに、俺はようやく気がついた。
その人の顔を見て、声を聞いて…俺は…俺は。
「ヴェルト…師匠」
そこにいたのは、…俺の師匠。俺の探し人…ヴェルト・エンキアンサスが、そこに居た。




