502.魔女の弟子と混沌の交流戦
「女王レギナ、君は国王失格だ。会談に居ても邪魔なだけだから即刻退位して何処へなりとも消えるといい」
「え?」
突如として投げかけられた厳しい言葉に呆然とする。イオ様は私を見たまま鋭い視線を崩さず寧ろ敵意を込めた目でこちらを見続けている。
そりゃ私が国王失格なのは分かっているけど、なんでそんな…急に。朝は一緒に会談を続けていこうって言ってたのに急にそんな…急に。
「え、えっと。何か怒らせるような事…してしまいましたか?」
「怒らせるような事?君が私にそれを言うのかい?思い当たる節は?」
「す、すみません…無いです」
「……フンッ」
「え、ええ…」
呆然とする、なんでそんなに辛い態度を取られるか分からなかったからだ。私は咄嗟にヘレナ様やラグナ様に助けを求めるため視線を向けるが…。
「……………」
二人は目を閉じたまま何を言わない、やはり何か怒らせるような事をしてしまったのだろうか…。
「女王レギナ…君の会談での態度について私は常々疑問に思う節があった」
「え?黙ってる事でしょうか」
「それもある、だが…君は何故私と争わない」
「へ?」
争わない?なんで争う必要があるんだ、私は皆さんと仲良くしたくてここに呼んだのだし、そもそも私は皆さんと友好的な関係を…。
「わ、和平を望んでいるんですよ私は。だから皆さんと争うつもりは…」
「今日の議題、ギャラクシア運河の所有権についての議題だった。あの広大な運河は両国にとって貴重な資源だろう、あの河から取れる魚や水…何よりあの川を用いた産業の数々、それらは譲れない物の筈だ」
「そ、それはそうですが…」
「君が祖国を思うなら、是が非でも譲ってはいけない一線のはずだ」
「ッ!……」
その通りだった、私は和平和睦の事ばかり考えて目の前の議題について何も考えていなかった。あの川はその周辺に住む街の人達にとって大切な存在。決して譲ってはいけないマレウスの宝…それを目の前で奪われようとしているのに私は何をしていた。
何もしていなかった…。
「我々が欲しいのは賛同者ではなく協力者であり、対等な王でなければ協力は出来ん。だと言うのに…祖国愛を語るばかりの腑抜け小娘に王を名乗られている事自体が腹立たしい!」
「そ、その…」
「まぁまぁイオ君、もうこの辺でさぁ」
「む、そうだな…。ともかく、そう言う事だからな」
そう言ってイオ様は私に一瞥もくれずに部屋を出て行ってしまう。
怒らせた、それは私が無礼な事を言ったからではなく、そもそも私は王として不適格だったから。デティ様が宥めてくれなければ私はもっと詰られていただろう。
溢れそうになる涙をグッと袖で拭く。怖かったから泣いてるんじゃ無い、情けないから泣いてるんだ。私は理想ばかり口にする腰抜けの国王だ、そんな事はずっと分かっていたのに…何処かで奮起して挽回出来ると楽観的に考えていた。
だが結局そんな事はなく、どんな状況になっても私は私のまま…その情けなさに自分自身に腹が立ち涙が抑えられないんだ。
「ッ……」
「レギナさん…」
「大丈夫です、ヘレナさん…イオ様の言ってる事は、正しいので」
慰めてもらうと、私はきっと甘える。ここで甘えたら私はもう玉座にも座れなくなる、それだけは嫌だった。だから今はただ…この情けなさに打ちのめされるしかないんだ。
「まぁ…イオって奴は頑固で生真面目で変な所でプライドが高い奴だよ」
すると、机の上に座ったままラグナ様が独り言のようにボヤキはじめ…。
「最初会った時なんか凄まじいくらい傲慢チキな奴だった。だが同時にアイツは誰よりも『国王』と言う物のあり方に真摯なやつでもあった、生まれながらにして王なのに王になる為悩み悩んだ男だ」
「そんな方からしたら、私はさぞ…許せない存在でしょうね」
「今はな、…けどレギナ殿?貴方はそんなイオとも和平を申し出たいんだろう?」
するとラグナ様は挑発するようにニコリと口元だけで笑い…。
「和平を申し出たいなら、これから行われる交流戦の間に…イオの奴に見せつけるしかないな」
「な、何をですか?」
「決まってる…レギナ・ネビュラマキュラの王道を」
そこでハッとする、イオ様は言っていた。対等な王でなければ協力は出来ないと、つまりあの人が今まで私に対して否定的だったのは私の在り方が王ではなかったからだ。
なら、交流戦の観覧で…あの人に王様らしい姿を見せれば…。
「で、私の王道ってなんですか!」
「いや俺らに聞かれても…。自分が理想とする王様像をありのまま出せばいいさ」
「私の理想の王様像というと兄になりますね…」
「バシレウスか…直接会った事はねぇけど、人格者なのか?」
「いえ、多分人格者とか人に好かれる人とか、そういう言葉の対義語的なポジションにいるのが兄です」
「じゃあやめとけ」
それはそう、兄様の真似をしようと思ったらまずネズミを捕まえてイオ様の前で食べなきゃいけない。そんな事したら信頼してもらう以前に疑われる、正気を。
「私の王道……」
なら私の王道ってなんだろう。私はどんな王様なんだろう、考えたこともなかった…けど。
「……エクス!」
「はい、姫…の顔」
「持ってきた衣装の用意をお願いします!」
「衣装…あれですね。畏まりました…の顔」
私の王道、私とはどういう王なのか、王たるべく姿を見せなければ皆さんと協力関係を結べないというのなら、なってみせます。王に…!
これから行われる交流戦の観覧の間に…示してみせますよ。私なりの王様感を!
……………………………………………………………
──そして、会談終了から一時間後。空が赤から黒に染まり始める頃、天には明るく輝く光の花…花火が打ち上げられる。
今宵行われるのはロレンツォ様主催の交流競技会。魔女大国のアスリートとマレウスのアスリート達が鎬を削る祭典が開催されたのである。
お題目としては『魔女大国の皆様の歓待、そしてマレウス諸侯の皆様にお見せする余興』。しかしそれはそれとして今回の会談の費用を賄う意味合いも込めてこの交流競技会は一般開放もされている。チケット代を払えばエルドラドの街の人達も観客として競技を見ることができるんだ。
そして勿論、満員御礼。理想街チクシュルーブに娯楽の殿堂としての座を明け渡してもなお、エルドラドには『遊』の精神が根付いている事を感じさせる。
「今日の試合はマレウスの選手とアド・アストラの選手の交流戦らしいよ」
「オマケにサッカーもラクロスもラグビーもやるんだろ?超豪華セットじゃん」
「軍事力じゃ負けるかもしれないけどサッカーじゃ負けないだろ」
なんて談笑しながらゴールデンスタジアムの入り口へと殺到する人々は普段は一週間に一度行われるかどうかのスポーツ試合が一度に四つも見られると喜びながらチケットを握りしめる。
マレウスと言う国は国力では魔女大国に劣り、今現在の国勢を考えるにスポーツに現を抜かしている状態ではないが、それでも人々はサッカーやラグビーと言ったスポーツ熱狂しており根強い人気を誇る。
それはある意味、鬱屈した日常といつ瓦解するかも分からない国内情勢への反発もあるのかもしれないが…今それを言っても仕方のない事である。
一方、一般観客とは違いゴールドラッシュ城から直通で繋がっている地下通路を渡りスタジアムの特別席へとやってくるマレウス諸侯は一般観客とは異なり、やや面白くなさそうな顔をしている。
「何故サッカーなのだ、あれは貧乏人のスポーツだろう」
「全くだ、私はポロが見たかったのだが…」
「ベースボール?聞いたことのないスポーツだ…」
そもそもスポーツそのものにあまり興味がない層が大半であるが故にその分盛り上がりも薄いのだ。それでも彼等がここに来ているのには一つ…目的がある。
「まぁなんでもいい、どんなスポーツでもいいから魔女大国が吠え面をかいてるのが見たい!」
昼間の会議で散々言い合った魔女大国の六王が吠え面をかいている所が見たい、なんでもいいからマレウスが魔女大国を負かしているところを見たい。そんな不純とも取れる目的があるが故に貴族達は全員参加でスタジアムにやってきていた。
その中には当然…王貴五芒星達も居る。
「スポーツ興行か、うーむ…客入りは上々だがスタジアムの建設や管理費を回収出来るかちょっと微妙だな。その為に交通のラインの整備や客引きもやらなきゃならないと考えると…あまり金儲けには向いてないか」
ブツクサと呟きながらも特別に隔離された特別観覧席に座るのはチクシュルーブだ。王貴五芒星にはそれぞれ個室が用意されており、ガラス窓から最前席でスポーツを観覧することが出来るようになっている。
が、特にスポーツに興味がないチクシュルーブ…ソニアはスタジアムの方に視線を向ける。
一応これでもデルセクトの射撃大会で凡ゆる賞を総なめにした事もある身としてはスポーツそのものにはある程度の理解もあるが、同時にこんな箱を用意しなければ出来ないスポーツに如何程の価値があるのか、今回はそれを見極めようというのだ。
「楽しみだなイシュキミリ、最近は良くない知らせが続いた分。今日はしかと楽しもうじゃないか」
「そうですね、父様」
一方別の個室にて開催を心待ちにするのはトラヴィス・イシュキミリ親子だ。二人きりでガラスの張られた個室にて椅子に腰を下ろし親子でスポーツ観戦を心待ちにする姿は、貴族や身分などを抜きにしても微笑ましい物が雰囲気が広がっている。
「………………」
「………………」
そしてトラヴィスとは対照的に、二人で一つの個室を使いながら会話の一つもないのはカレイドスコープ家のアドラーとメレクだ。共に同じ顔を並べながらもまるで互いの事が眼中にないかのように黙々と時間を浪費する。
「……あぁクソッ、イライラするぜ…!」
「そんなにイライラしないでよぉクーにゃん。カッコいいお顔が台無し台無しぃ〜」
「オフィーリア…チッ、面倒な事になってんだよ色々と」
(……イチャイチャしてんねぇ)
美人な妻を侍らせながらも顔から苛立ちが抜けないクルスはただ黙々とその場で貧乏ゆすりを繰り返し、親指の爪を噛みながら器用に舌打ちを繰り返す。
昨晩ハーシェル達に攫われながらも魔女の弟子達によって救出されながらも全く彼らに対して恩義を感じていないクルスはまるで目の前のガラス板になど興味がないかのように振る舞い続ける。
そんなクルスを背後から睨むように見守るヴェルトは小さくため息を吐く…。
王貴五芒星達もまた席に着いた、そして今…スタジアムに用意された部屋の中で最も豪華で大きな部屋に、六王達も馳せ参じる。背後には護衛のグロリアーナやトルデリーゼ達も一緒だ。
「凄い大きなスタジアムだねぇ〜」
「ああ、趣がある。しかしそれにしても…今日はあれからエリスを見てないが何処に行ったんだ?」
「知らねー、アイツってば猫みたいなもんだから居場所なんか気にしても無駄だろ」
「あら、ベンテシキュメ様ったら」
皆が皆、思い思いの姿勢で椅子に座る中…談笑に参加せず、腕を組むのは。
「……………」
ラグナだ、彼は目の前のスタジアムの光景に目もくれず…隣に座る朋友にして同胞、イオ・コルスコルピに目を向ける。
「………ふむ」
先程レギナに対して怒りを向けた彼はスタジアムの光景に目を向けながら顎をなでている。さっきまでの怒りを引きずっている様子はない…。
じゃあ怒っていないかと言えば嘘になる。イオはマレウスに来てから…具体的に言うなれば会談に誘われた時点でかなり激憤していた。国王としての礼節や決まり事に対して非常に厳しく厳格な彼としてはレギナの不手際は到底許せぬ物だったのだろう。それこそ不満をぶつけてくる貴族達以上に。
そしてそんな彼が、礼節を捨てでもレギナに対して苦言を呈する程に限界が来ていた。だからこそ昨日は会談中止を真っ先に提案したし、今朝も渋々続行を受け入れたのだろう。このままでは和平どころではない…。
だからレギナが和平を達成するには、イオの怒りを解きほぐし王としての姿を示す必要がある…。
「すみません、遅れました」
「ん、来たか。レギナど…の……」
そこで漸く観戦室へと入室してくるレギナにラグナは気がつきふと視線を向ける…が。次いで絶句。
イオという男を納得させる方法をラグナは知っている。学生時代を共にしたからこそ彼を籠絡するには手練手管や無駄な工作などせずただひたすらに真摯に接する筆録がある事を理解している。
だからこそ思う…今、部屋に入ってきたレギナの姿、これは…。
マズい……!
「失礼します、イオ様。隣よろしいでしょうか」
「ん、ああ…構わな───は?」
「何か?」
イオもまた絶句する。そうだ、今バッ!と目に飛び込んできたレギナの姿は……。
黄金のドレスに黄金の杖、黄金の王冠に黄金のマニュキア…金脈でも掘り当てた成金みたいな格好で自信満々の顔をしているレギナがそこに立っていたんだ。いきなりド派手な格好をして現れたレギナにイオもまたフリーズしてしまう。
真摯に…そう、真摯に王道を示すだけでいい…んだが。
(こりゃダメかもしれん)
これが宴会の席だったならイオも笑ったろう、けど…よりにもよって今、そんな格好で出てくるか?
これは…ダメかも。
………………………………………………………………
『今宵、世界の二大勢力が血を流さぬ新時代の戦争にて雌雄を決する時がやって参りました。この場に集いし皆々様は時代の目撃者となる事でしょう!』
控室にも響き渡る大音量の実況が観衆のボルテージを高めていく。鳴り止まぬ歓声、地下の底まで焦がすような熱狂…今まで一度として味わった事がない奇妙な感覚に、ステュクスは今。
「もうダメかも…」
グロッキーになっていた。ひょんな事から交流競技会の試合にサッカープレイヤーの代理として出場する事になってしまった彼は今控室にて頭抱えながら吐き気と格闘していた。
(なんで俺こんなところでこんな事してんだ…、なんで俺もうユニフォーム着てんだ?やばい…安請け合いしたかもしれない)
偶然出会ったオケアノスさん、その交友関係から偶々誘われた試合への出場。てっきり練習の相手に誘われた物と思い込み安請け合いしたところ…なんとその誘いは試合出場への誘いだったのだ。
頭おかしいだろオケアノスの奴、確かにサッカーはやった事がある…けど素人は素人だぞ俺は。
『なぁ、お前アイツ知ってるか?』
『いや知らん、誰なんだ?何処のクラブ所属だ…?』
『うーむ、もしかするとロレンツォさんが招集した臨時助っ人とか?』
さっきからロッカールームの端で俺を見て首を傾げているサッカー選手達の視線が痛い。どうしよう…完全に言い出す機会を見失った。『俺はただの代理でサッカーは素人同然で、今緊張で吐きそうです』って…今言ったらどうなるんだろう。殴られるかな…。
はぁー…やだー、もう逃げたい。スタジアム今からでも爆発しないかなぁ〜!爆発してくれぇ〜…。
「よう!ステュクス!気合い入ってるねぇ!」
「オケアノスさん…」
すると、そんな俺を見てスゲーニッカニカで話しかけてくるのは…俺をこの地獄に突き落とした悪魔…オケアノスだ。既にユニフォームに着替えサッカーボール片手に親指を立てている。殴ってやろうか。
「気合い入ってるように見えます?」
「うん、違うの?」
「目ぇ節穴過ぎません?前見えてます?」
「もしかして緊張してる?」
「してるに決まってますよ!この大歓声聞こえません!?もしここで俺がミスって試合に負けたりしたら…公開処刑されますよ!」
「大丈夫!」
「本当…?」
「うん、ミスしたら素人どうこう関係なく血祭りだから」
「うーーん、気にしてるのはそこじゃねぇんだなぁ〜!血祭りにされるのが嫌なんだなぁ〜これが」
良くも悪くもここはマレウスチームにとってホーム。見に来ている客は100%マレウスチームの勝利を望んでいる。国の威信をかけた大事な試合に紛れ込むはど素人の俺。
もし俺がミスって負けるような事になって見ろ。次の日から俺この街歩けねぇよ!
「大丈夫だよ、負けないから」
「自信はどっから!?相手は魔女大国ですよ!護衛の人達の強さ見たでしょう!?絶対勝てませんよ!」
「私達は今からサッカーをやるんだよ?サッカーには剣の腕もパンチの威力も関係ない、純粋な直感と駆け引きの上手さだけが要求される、その点で言えばステュクスは見込みがある」
「そうは言いますけど…」
その瞬間、天から響く拡声魔術が告げるのは…。
『それでは皆さん!お待ちかね!アド・アストラドリームチームVSエルドラド代表チームによる第一試合!ラグビーの開幕でございます!』
「ラグビー…」
やったことはないけど一応どんなスポーツかは知ってる。アルクカースの冒険者連中が集まるといつもやってるボールの取り合い…確かあれもラグビーって呼ばれてた気がする。
どんな試合が繰り広げられるのか、気になって俺は控室から顔を出し…スタジアムのコートを覗いてみる。すると…。
「うおっ、眩しっ…」
瞬間目に差し込むのはコートを照らす莫大な光。光源魔道具をありったけ用意して作られた人工の光が照らす輝かしいコートに、数万は降らぬだろう数の大観衆が繰り広げられる試合を見て怒号のような応援を捧げていた。
凄まじい熱気…俺は今からあの中で試合をするのか、そんな風に怯えたのも束の間。俺の意識はスタジアムの熱気から直ぐにラグビーの試合内容へと移る。
「えぇ…まじぃ…」
そこで繰り広げられていたのは…一方的な虐殺だ。
『な、なんだこりゃ…フィジカルの根底からして、違いすぎる…!』
『化け物こいつら…!』
マレウス中からかき集めたと思われるラグビー選手、それが口々に弱音を吐く…そりゃあそうだ、なんせ敵側…アド・アストラ陣営のチームは。
全員が2メートル超えの筋肉の塊だったのだから。
『退け、邪魔だ…!』
『と、止められない!』
ドスンドスンと音を立てて邁進する巨人、足には数人のマレウス人が組み付いているのにまるで止まる事なく速度が衰えない。組み付いてるのだって子供じゃない、俺より遥かに大きく体格のいい大男が組み付いてるんだぞ…なんじゃそりゃ。
そう言う巨人が一人いるならまだ凄いです済むが、それが相手チーム全員なんだからもう手がつけられない。
「なんだあれ…デカすぎる。筋肉の量も質も段違いだ、アルクカース人?いやそれよりでかいぞ」
「んん?ああ、あれはオライオン人だね」
するとそれを見たオケアノスさんがチラリと試合を見てあっけらかんとそう言うんだ。オライオン人?オライオン人ってあれだろ?みんなテシュタル教徒の国だろ?みんな痩せこけた人参みたいにほっそりしてて虚弱な人間ばかりって噂だけど…。
「それマジで言ってます?オライオン人って細いんじゃ」
「んなわけないよ、私もこの間オライオンに行ってきたけど…国民全員が朝から晩までスポーツやってる国だよ?マレウスがスポーツを知る前から、なんならマレウスが出来るずっとずっと前からスポーツをし続けてきた国だ…純粋なフィジカル面ならアルクカース人以上だ」
「嘘ぉ…!あれが国民全員…?」
「ほら、君も見ただろ?ネレイド。彼女もオライオンの人間なんだよ…ん?オライオン人、でいいんだよね?人種は…あれ?どうなんだろう」
「ネレイド…あの巨大シスターか」
「彼女、私と真っ向から殴り合って勝つからね。彼女がラグビーの試合に出てたら今より悲惨だったかも」
あの巨大シスター…そんな強いのかよ、いや見るからに強そうだけども。正直あのシスターがコートの上に立ってたら他の巨人達が子供に見えるくらいには体格差がある。
ヤベェなオライオン…ん?
「いや待てよ、じゃああんなのがサッカーの試合にも出てくるかもしれないって事!?」
「おん!その通り!多分出てくるのは超ビッグサイズのオライオン人と自然が生んだ闘争の化身アルクカース人、そして最先端のトレーニングでつむじから爪先まで鍛えたアガスティヤ人!マレウス人のフィジカルじゃどれも太刀打ち出来ないねッ!」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ!!」
太刀打ち出来るわけねぇじゃん。アルクカース人とマレウス人じゃ体格面でも身体能力面でも差は歴然、大人と子供だ。それに加えてあのオライオン人と世界一恐ろしいと言われる軍隊を持つアガスティヤ人が組んで襲いかかってくるか。
…死ぬかも。
「大丈夫!死なないから!」
「そっか!…そっかぁ…」
その場でしゃがみ込み膝を抱える。そっかぁ…死なないならいいかぁ、…ってなるかよ!
勝てるわけないじゃんか、それはもう。勝ち目ないって、絶対。うん…うん!勝てるわけないよ!絶対負けるよ!コテンパンにされる!フィジカルでも勝ってない上に向こうはこっちの数倍の規模のプロリーグ持ってんだぞ!頭いかれてんじゃねぇのかよ!勝てるわけねぇだろうが!
ダメだぁ〜!殺されるぅ〜〜っ!観客に血祭りにされる前にあんなどデカいのにタックル決められたらふつーに死ぬ〜〜ぅっ!
「ほらほら立って!今回の試合は全部短縮試合なんだから!直ぐ終わるよ!ラグビー終わったら私達の番だから!」
「うぅ、おトイレ行きたい…」
「行ったら帰ってこないでしょ!」
せめて星魔剣があればやりようはあるけど、じゃあサッカーの試合で剣を振り回していいかと言えばそれは流石にアウトだろう。スポーツに剣を持ち出したらそれはもうただの戦いだからだ。
だが俺は星魔剣がなければ雑魚よりかはちょっと強いだけなんだよ…!なんでオケアノスさんは俺を使いたがってるんだ…?
「さぁ!終わった!ラグビー終わった!」
「うう、選手が全員担架で運ばれてる…」
全員弾き飛ばされラグビーチームはもう自分の足で帰ることも出来ずうめき声を上げながら担架でロッカールームに運ばれてくる。ひぇ〜…これ未来の俺じゃん…。
『大丈夫ですかー?治癒のポーションはこちらで用意してますから』
(治癒のポーション?…準備がいいんだなぁ)
するとそんな選手達に向けて振り撒かれるのは治癒のポーションだ。あれ結構高いはずなのに見ればロッカールームには木箱に詰められた治癒のポーションが山のように置かれている。ありゃ全部で二百本くらいあるか?
まさかロレンツォさん…俺達がボコボコにされるの前提でこの試合組んでないよな。
「よし、もうすぐキックオフだよ…みんなー!」
オライオンの選手に叩きのめされ自分の足で退場出来なくなったラグビー選手達に未来の自分を見る俺を差し置いて、クルリと振り向いて他のチームメイトに向け声をあげるオケアノスさんは拳を掲げ。
「これから私達は世界に挑む!マレウスという国の威信がどうのと偉い人達は言うが…そんな物コートの上に持ち込む必要はない!私達がするのは護国ではなくサッカー!サッカーで世界を蹴り飛ばす!勝ちに行くよ〜!」
『応ッ!!』
「よっしゃァッ!!決めるぞオイッ!」
気炎万丈、さっきの試合を見てもまだ闘志が沸き立つのは凄まじいよ…。俺はもう心が折れかけてるのに。
…いや、やろう。もうここまで来ちゃったら今更ワナワナしてる方が情けない。
(…俺は取ったんだ)
俺は俺で選んだ、助けを求めるオケアノスさんの手を取り助けると言った。それが当初想定していた物とは違ったとしても…助けると言ったなら助けないと。力になれるかどうかはまた別の問題だ。
よし、出来る限りのことをやろう!
「よーし!俺も気合い入れましたよオケアノスさん!」
「ハハッ!それでこそだ!」
「ところで俺は何処で何を?」
「フォーメーションは4-4-3、ステュクスは左ウイング」
「へ?数学?ウイング?羽?何それ…」
「ともかく!死ぬ気でボール取って死ぬ気で私に寄越せ!全部ゴールネットに叩き込んでやんぜー!」
突撃ー!とかましながらよく分からない言語だけを置いてコートへと向かうオケアノスさんの背中をトボトボと追いかける。
俺…何やってるんだろう…。
『それでは第二試合!アド・アストラオールスターズVSマレウスキッカーズ!サッカー世界最強の決定戦の始まりです!』
「うぉぉおおおお!!来たぜー!大舞台ー!」
どめくん観客席、続くように開催されるサッカー対決。そんな中でも目立つオケアノスの後をややキョドキョドしながらもついていくステュクス…を見て。
「あれは…、ステュクスか…!?」
慄く、居るはずのない人物が何故かコートの上に立っているからだ。それを見た彼は…。
「ッ…ちょい失礼!」
「あ!おい!ヴェルト!」
走り出す、弟子であるステュクスが居るコートに向けて…走り出す。
ステュクス、なんでお前がここに居る!お前はソレイユ村にいるはずじゃないのかよ!