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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
547/872

498.魔女の弟子と殺しの強さ


「今度こそ…お前を!」


「ハッ!お前に出来るか…それが!」


空気が弾け迸る火花、ハーシェルが隠れて居た大型倉庫内部にて激突するメグとコーディリア。時界門から取り寄せたなんの効果も持たない無骨な鋼のブレードを振るいコーディリアのナイフと打ち合う。


今度こそ、ここでコーディリアを倒す…その覚悟を決めたメグの猛攻はコーディリアに一本引かせるまでに至るが、それでもその刃は今だコーディリアの肌を傷つけるところまではいかない。


「チッ!のらりくらりと!」


「お前がここに来てくれたのはある意味僥倖だ。最初からお前を殺すつもりで我々はここに残って居たのだからな!」


ロレンツォ暗殺未遂事件、それを利用し逆にハーシェルの尻尾は掴めた。故にここでなんとしてでもコーディリア達を倒さねばならない…というがメグの心持ちでいるとするなら。


コーディリアもまた同じ、ここでマーガレットを殺すつもりで敢えて場所がバレていることを悟りながらも待ち構えた。最初からマーガレットは殺しの対象なのだ、しかもコーディリアにとっては憎い相手、逃す理由はない。


「どーでもいいけど俺の目の前で打ち合うなぁぁぁっっ!!」


そんな中、メグのコーディリアのすぐ目の前で椅子に縛り付けられたクルスは叫ぶ、人質に取られて居た彼は逃げることも出来ずコーディリア達に向けて怒鳴る…が。


「邪魔!」


「喧しい!」


「ぐぇっ!?」


その瞬間飛んでくるメグとコーディリアの蹴りを受けゴロゴロと転がり壁際へと追いやられる。もうこうなっては人質もクソないのだ。


「しかし、お前達三人だけで来たのか?」


「お前達を倒すのに十分な戦力を連れてきただけです」


「フンッ、なるほどね…」


一撃、二人の刃が交錯した後一歩引き互いに息を整える。メグのせいで状況は振り出し、戦況は再び均衡状態に移ったと言えるだろう。


いや、エリス達が魔力覚醒を習得していることを考えるとややメグが有利か。そこを材料に一瞬考えたコーディリアは…。


「仕方ない、…奥の手を使うか」


「奥の手?まだ何か秘策でも?」


「秘策と言う程のものじゃない。極めて暴力的で…知性のカケラもない、強引な手段を用いるだけです」


するとナイフを下ろしたコーディリアは指を鳴らしながらメグから距離をとり…。


「オフェリア!ビアンカ!来い!」


「はいはい!」


「畏まりました、お姉様」


「クレシダ!お前も起きろ!まだ動けるだろ」


「いつつ…ごめんよコーディリア姉様」


(何が来る…いや何かするつもりか…)


オフェリアとビアンカを呼び寄せ、メグの一撃を受けてもまだまだ動けるとばかりに起き上がるクレシダも含め、向こうは四人…。


「メグさん、来てくれたんですね」


「ごめんね、私が迂闊だったから」


「いえ、ご無事で何よりです…エリス様、ネレイド様」


エリス達もまた合流を果たす、メグさんが来てくれたおかげでエリス達は最悪の状況を脱する事が出来た。しかしまさか天井をブチ破って来てくれるとは…ここロレンツォ様の城だけど大丈夫なのかな…色々と。


まぁいいや、それよりさっきメグさんと一緒に降ってきたの。あれクレシダってやつですよね、実際そう呼ばれてたし。


(あれが狙撃の魔眼持ちのスナイパーか…、アイツが遠方で狙撃をしてくる可能性を考慮してたけど、この分なら大丈夫そうだな)


倉庫の中に隠して置いた機銃を二丁取り出しているクレシダを見て取り敢えず安心する。これでメグさんが言っていた『四人』は勢揃いだな。


六番コーディリア・七番オフェリア・八番ビアンカ・九番クレシダ…メグさんが想像した通り、この城にはジズが持つ最強の実働部隊達が勢揃いしているようだ。だが逆を言えばこいつら全員倒せばそれで終わり───。


いや待て、メグさんは昨日…こうも言っていたな。


『可能性は低いですが、或いはもう一人来ているかもしれません…ハーシェルの影その十番。ジズが動かせる実働部隊の中でも…ある意味ではコーディリアさえ超える最強の存在が、まぁ…何度も言いますが可能性は低いですがね?』


と、本当に…この四人で終わりなのか…?


「行くぞ、連携で奴らを殺す。覚醒を使う暇を与えるな」


「りょーかい!」


「了解です」


「アイッアイッサーッ!」


「我ら姉妹の絆を味わうがいい!」


その瞬間、四人は一斉に配置に着くように距離を取り始める。この予めそれぞれのポジションを決めていたかのような迷いのない移動…、エリス達が連携を取る際に組む陣形に似ている。


連携って…まさか!


「行くぞ!『デストラクション』!」


地面に手を当て発動させる吸引魔術、それにより城の大地はボコりと盛り上がり巨大な瓦礫となって持ち上がる。大理石をあんな軽々とぶっ壊すなんてどんな吸引力なんだよ…。


なんて驚く暇もなく、浮かび上がった瓦礫に向けて飛翔するのは。


「『ジェットスラスター』ッ!オラオラオラオラッ!」


オフェリアだ、風による加速と己の剛腕で大理石を粉砕し巨大な岩の砲弾をこちらに向けて乱射してくる。宛ら土砂崩れのような岩の波…でもこれだけならエリスだけで対応出来───。


「改定・空魔殺式」


「な…」


そこで動くのは、ビアンカだ。再びワイヤーを広げ…巨大な岩の津波に向かって高速で振り回し…。


「『有事必殺・繰の糸』ッ!」


迸る銀の閃光は岩に突き刺さりそのままワイヤーに引っ張られ縦横無尽に空を駆けエリス達に向けて叩きつけられる。フレイルの要領で何度も何度も岩は方向転換を繰り返し一度避けても何度でも戻ってくる。それも複数の岩を同時に操り岩によるタコ殴りを実現しているのだ。


人間一人が、この数の岩を腕力だけで操っていると言う事実に半ば戦慄しながらもエリス達はとにかく四方に散って回避に専念する、一瞬で場を制圧された…反撃が出来ない!


「まだまだ!改定・空魔殺式!『籠目蜘蛛張』!」


「まだ来るんですか!?」


「凄い勢い…!」


乱れ飛ぶ岩の隙間を縫って機銃を乱射するクレシダ。跳弾に跳弾を重ね間を埋めるように岩の嵐の中を切り裂いていく。


オフェリアによって殴り飛ばされる岩をビアンカが操りその隙間をクレシダが埋める。この狭い室内の中全域を覆うような猛攻撃は反撃さえ許さずエリス達を追い詰めていく。


「チッ!凄いったらないですねこれ!」


とにかく走る、大地を駆け抜け叩きつけられた岩に飛び回り迫る弾丸を拳で叩き落としながら走る、走る、捕捉されないようひたすら走る。時偶に飛んでくるビアンカのワイヤーにも注意を払いながら反撃の糸口を探す。


覚醒を行う暇もない、魔術を詠唱する時間もない、息を吐かせぬ連携を攻撃…こいつら、全員揃うとこんなに厄介なのか。


「どうだ、これが我らハーシェル一家の絆!家族の繋がりの前には如何なる力も無力!」


「何が絆ですか…何が家族だ!連れ攫って洗脳して駒にしているだけだと!お前も知っている筈です!コーディリア!」


「それがどうした!世界一の殺し屋に!世界を好きに出来るだけの力を与えてもらえる!我々は攫われたのではなく選ばれて家族にしてもらったのだ!お前もそうだろうマーガレット!」


「違う!私は望んでなんかいない!」


「力を与えられておきながら何を贅沢な…!」


「力なんて…欲しくなかった。何も知らず平凡に生きる事の何がいけないんですか!戦わなければならないと言う事は…不幸な事なんです、その不幸に抗う為に…人は誰かと一緒に、戦う道を選ぶんです!」


「戦う不幸に抗うために戦うと?矛盾しているぞマーガレット!」


「メグさんは矛盾なんかしてません!」


「…は?」


メグさんとコーディリアの諍いに口を挟むように、エリスに飛び乗りながらコーディリアに向けて吠える。戦わない為に戦う…確かに一見矛盾しているような行動だ。


ですけどね…。


「メグさんが戦っているのはお前らみたいに力を使って好き勝手する輩を許せないからなんですよ!力がなければ力を使って好き勝手する輩に対抗出来ない、その構図そのものが不幸なんです。お前らさえいなければ!メグさんは戦う道も!力を使うこともない!」


「部外者が口を挟むな!」


「テメェらに今この瞬間殺されかかってんのに部外者もクソもあるかッ!いいですか!コーディリア!よく聞きなさいッ!」


飛び乗った岩を拳で叩き砕き、怒りのままに吠え立てコーディリアを指差す。メグさんとお前の関係性は…よく分からない、よく分からない関係に口を挟むのは好きじゃないがそれでも言わせてもらう!


「お前らはメグさんの人生の汚点です!何があったかは知りませんが友達がお前を否定するならエリスも否定します!メグさんを虐げると言うのならエリスが許しません!」


「許さない?ハッ!馬鹿らしい!マーガレットにそれほどの価値は無いわ!」


「それと彼女はメグさんです!メグ・ジャバウォック!マーガレットなんて人間はこの場には居ない!」


「エリス様…」


マーガレットマーガレットって、何度も何度も呼びやがって。その名前をメグさんがどう感じているか、メグさんがマーガレットという名を捨てた経緯も何も知らない癖をして勝手なことを言うな!


そう吠えると、メグさんはエリスの隣に立ち…。


「ありがとうございますエリス様」


「問題ありませんよ!」


迫る岩を拳で叩き砕き、手を払いながら銃弾を弾きメグさんと共に立ち回る…。問題なんかない、エリスはメグさんの友達なんだからね。


「友達なんですから、一緒に戦うのは当然です!」


「フッ、なら…偽りの姉妹の絆とやらに対抗して我々も見せてやりますか…、私達の友情パワーを!」


「はいっ!」


「では早速!我らも合体技!やりますよ!」


「はい!………え?そんなのありましたっけ」


魔女の弟子八人でやる合体技はあるけどメグさんと一緒にやる合体技なんかあったか?エリスの記憶を遡る限りそんなのは無いけど…。


「行きますよ!合体技!『エリスボンバー』!」


「もう技名からしてエリスがロクでも無い目に合わされる気がする!」


「『時界門』!」


「しかも問答無用ッ!?」


一瞬でエリスの足元に時界門を作り出し穴に落とすと同時に、その両手に二本の剣を持ち迫る岩と対峙するメグ…。


…………………………………………………………………


「さぁ参りますよ!」


「手伝うよ、メグ」


「感謝!」


剣でワイヤーを叩き切り、ネレイド様と共にコーディリア達の連携技を解いていく。連携攻撃を真っ向から受け止めて破壊する事により徐々に相手の手数を減らしていくのだ。


「チィッ!アイツらあたしたちの連携技を!こうなったら真っ向からぶっ飛ばして…」


「待ちなさい!オフェリア!まだ動くな!」


「え?でも姉様…」


連携技が徐々に攻略されていく様を見てコーディリアは親指の爪を噛みながら考える。今はビアンカとクレシダの活躍によりなんとか技としての体裁は保っているが…。


(くそッ!何処にやった!エリスを…何処にやったんだ!?)


コーディリアの頭を悩ませるのはエリスの行方だ。マーガレットがエリスを転移させこの場から移動させたことによりエリスだけは連携攻撃の檻の外に出てしまった。剰え場所が分からないと来たものだ。


ここでオフェリアを動かしてマーガレットに差し向けるのは危険過ぎる。少なくともエリスの所在を確認すまでは…。


「コーディリア!」


「ッ…!?」


その瞬間、弱まった岩の嵐の隙間を縫ってマーガレットが何かをコーディリアに向けて投げるのだ。ナイフか、或いは別の何かか、何にせよ今更投擲攻撃など効くはずもないとコーディリアは投げつけられたそれをいと容易くキャッチして…。


「これは、金色の…釘?」


投げつけられたそれを見て首を傾げる、なんせマーガレットが投げつけてきたのは金色の釘だったのだから…。


(なんだ、金色の釘を投げて今更何をするつもりだ?と言うかそもそもこれは何だ、今更マーガレットが無駄な行動をするわけがない、これには意味があるはず…)


金色の釘について一瞬…ほんの一瞬コーディリアが考えた瞬間、それは巻き起こる。


そう、投げつけたのはただの釘ではなく…。


「『時界門』!」


…セントエルモの楔。つまり時界門を発生させる為必要なマーカーだ。それをコーディリアは持ってしまった、時界門を作り出す為の鍵を持ってしまった。


「な…!」


その瞬間開く、コーディリアの背後で空間が歪みパックリと割れた穴の向こうから…ぬるりと現れるのは…エリスだ。


「必殺…!」


「貴様、何処から…!?というか、その姿は────」


現れたエリスの姿を見てコーディリアは血の気が引く、だって…どう見ても、魔力覚醒を発動させていたから…。


「エリスボンバーッッ!!」


「ぐぎぃっっ!?」


「コーディリア姉様!」


叩き込まれたエリスの炎雷拳を顔面に受け吹き飛ばされるコーディリア、これが…エリスとメグさんの合体技、というよりメグさんの作戦だ。


………………………………………………


…エリスが時界門にて移動させられた先は倉庫の上、つまり上層の廊下だった。こんな所で何をしろというのかとエリスは一瞬考えたが直ぐにメグさんの意図に気がついた。


(ここなら、覚醒出来る!)


さっきまで戦闘の中心地に居たから出来なかった覚醒が出来る。エリスは今安全圏に居るのだからどんな準備でも思うがままに出来る。きっとメグさんの考えはそこにある。


然るべき時にきっとまた目の前に時界門が発生する筈。そう信じたエリスは魔力覚醒を行い、同時に全身魔力を滾らせ一撃を放つ準備をしていた。


「『時界門』!」


その予感は的中しエリスの目の前に時界門が再び現れた、故にエリスはその中に突っ込みながら魔力を集めた拳を叩き込んだ。


するとどうだ?ドンピシャだった。時界門から出たエリスの目の前に無防備なコーディリアが居た、後方に下がっていた敵の司令官がいたのだ。当然不意を突かれたコーディリアはエリスの一撃を受け、血を吐きながら吹き飛び地面をゴロゴロと転がった。


これが、エリスとメグさんの連携です!


「ぐっ…!」


「大丈夫ですか!姉様!」


「くっそがぁ…!ウジムシマーガレットの癖に…この私に…血を流させるか!」


「友情パワーの方が上みたいですね」


合流した頃には既にメグさんとネレイドさんが敵の連携技を突き崩しており、敵の切り札も不発に終わっていた。結果的に…完全にエリス達がコーディリアを上回った形に終わったのだ。


「姉様、次は…どうしますか」


「これ以上手がありません…!」


「私の銃も弾切れ寸前…もう帰った方がいいかも…」


口から垂れる血を拭きながら妹達の撤退の進言に静かに耳を貸すコーディリア、もう完全に勢いは失った、これ以上やってもエリス達は殺せない…そう宣うオフェリア達に、コーディリアは。


「ッ…ェッ…!」


「へ?」


「ウッ…るせェッ!られるか…認められるかッ!この私が!ウジムシマーガレットに何度も上回られるなんて事!認めない!許容しない!あっていいはずがない!」


髪を掻きむしりながら立ち上がるコーディリアの目からは闘志が消えない。うーうーと唸るような呼吸をしながらも武器を手に。


「こうなりゃ一人でも殺さなきゃ後に引けねぇッ!頼りたくないが…デズデモーナァッ!!来いッ!仕事だァッ!!!」


「で、デズデモーナ!?」


メグさんの驚愕と共に、城が揺れる。何かがこっちに向かって来る気配を感じる…話の流れ的にデズデモーナって奴が来るのか?でも今更一人加わった所で怖いものなんて…。


「メグさん、デズデモーナって誰ですか?」


「…ここに来ている可能性が最も低い準ファイブナンバーの構成員…ハーシェルの影その十番デズデモーナの事です」


「十番?クレシダより弱いのでは?」


「違います、そもそもハーシェルのナンバーは強さではなく任務の達成率の高さに由来します。実力者は得てして任務を成功させやすいと言うだけで…必ずしも強い者が上に立つわけではないのです」


事実、ファイブナンバーの一人その五番『月命殺』のミランダは六番『惨殺』のコーディリアよりもかなり弱いものの、圧倒的な任務成功率によってファイブナンバーの地位を確立しているとメグさんは言う。


実力が無くとも上には上がれる、がデズデモーナはその逆。圧倒的な実力を持ちながら任務成功率は低い…だから十番と言う器に収まっているだけだと。


「番号は飽くまで十番です、ですが…私の知る限りデズデモーナは、もうファイブナンバー達と比較しても変わりがないくらいには強い筈です」


「つまり…今現在、敵が動かせる最強戦力のデズデモーナが今…こっちに来ていると?」


「はい、奴は殺し屋では壊し屋と言った方が正しい存在でしょう。奴の行うそれは暗殺ではなく破壊…、その不安定さからジズさえ使用を躊躇うファイブナンバーに次ぐ奥の手がデズデモーナです、警戒を…まだ戦いは終わってません」


その言葉と共に倉庫の壁面を吹き飛ばし粉砕し、何かが倉庫の中に踏み行って来る。


ガラガラと崩れる壁、その奥から現れたのは…。


「ウーっ…ハァーッ…ようやく、仕事か!コーディリア…」


毒々しい紫の髪を腰まで垂らした巨体のメイド、目は見開かれ血走っており顔の筋肉は常に硬直し青筋が立つ。何より恐ろしいのはその筋肉…エリスなんかよりもずっとバキバキに隆起している。筋肉の比率ならネレイドさんさえ上回るかもしれない。


そんな恐ろしげな女が…デズデモーナが涎を垂らしながら唸り続ける。


「ああそうだッ!デズデモーナ!マーガレットとその連れを殺せ!オフェリアもビアンカもクレシダも!全員でかかれ!」


「り…了解!」


「殺す…殺す!殺す殺す殺す!」


まだ来るか、だがこっちは覚醒を既に発動させている。さっきまでとは状況が違う、今なら容易にコーディリア達を制圧出来るだろう。


なら逃げないは逆に好都合、このまま全員ぶっ倒してやる…そう意気込みながらエリスもまた拳を握る。


「お気をつけをエリス様、デズデモーナの奴…私が知っている頃とは随分様変わりしております」


「んー…あの体格が変わる程の筋肉のつき方…、ドーピングしてる人の筋肉に似てる…多分何かしらの薬物を使ってる、気をつけた方が…良さそう」


「問題ありません!エリスが片付けます!」



「デズデモーナ!お前はエリスをやれ!私はマーガレットをやる!」


「ぅぅぉあぁぁぁっっっ!!!」


エリスの相手は、どうやら新顔のデズデモーナのようだ…確かにネレイドさんの言う通り、はっきり言って普通の人間には見えない。恐らくだが何かしらの肉体改造を施された存在なのだろう。


だが関係ない、真っ向から打ち合うと言うのなら…こっちもそれに応えるまで!


「死ね死ね死ね死ねェッ!魔女の弟子ィッ!!」


「死ね死ねうるせぇぇぇっ!」


筆で一本、横に線を描くが如く鋭い拳突がデズデモーナの手から放たれる。が…それを巧みに頭を下げて回避したエリスのカウンターの一撃がデズデモーナの頬を穿つ。雷と炎を纏った拳はその頬を焼きながら大地に響き渡るほどの衝撃を伝える。


完璧に合わされたクロスカウンター、幾らデズデモーナが強くとも覚醒をしていないのなら敵ではない…。


「ッ…てェ…」


その一撃を受けたデズデモーナはヨロヨロとよろめきながら苦痛に喘ぐ。エリスの拳を受けた頬は火傷で焦げており鮮血が噴き出している。それほどまでに完璧に入ったのだ、脳は揺れているしこれはもう戦え───。


「へ?」


ない…そう断言しようとしたエリスは目を疑う光景を見ることになる。


頬が、肉が。治り始めていた。高速で繊維が生えてきて肉が編み込まれるように傷が塞がり瞬きする頃には血も出なくなった、まるで高精度の治癒魔術をかけられているようにデズデモーナの体は即座に治ってしまったんだ。


何だこれ…。何が起こってるんだ?


(治癒魔術を使った?いやそもそも詠唱してない。なら継続治癒?いやあれは治癒魔術の中でも最奥に位置する神技…そうそう使い手はいない。なら…なら、なんだ?どうしてこんなにも早く傷が回復して…)


エリスの所管を言うと、これは魔術ではない気がする。いや起こっている現象そのものは魔術なのだろうけど詠唱とは違う方法で発動している気がする。


詠唱を必要とせず、常に魔術が発動し続けているようなものだ。まさか治癒魔術の魔力変換現象?そんなのあるのか?普通魔力変換現象は属性魔術でしか起こらないし。


でもピクシスさんと言う前例が…いやでも治癒でなんて聞いたことないけど…でもそうとしか…。


「オラァッ!」


「ぐぶふっ!?」


しかももう殴り返してきた!脳が揺れてる筈なのに足はしっかりと動き強く踏み込みエリスの腹を撃ち抜くような拳が飛んでくる。その速度と勢いに防御も出来ず腹を打たれよろめく。


(い、いや…防御出来なかったにせよ、威力が異常過ぎる…なんだこれ!)


「へぇ、頑丈だな…あんた。これ食らっても口から胃袋吐かないなんてよ」


「こ、これ?…って…なんですかそれ」


エリスを打ち抜いた拳を見せつけるように前に突き出すデズデモーナ。その拳は真っ黒に染まっており黒光している…まるでよく鍛えられた鋼のようだ。いや事実鋼なんだ、今の一撃は鋼槌で殴られた時の感覚に似ていた。


…さっきまで普通の手だったのに、肉体が鋼に変質した?あっという間に治癒する肉体といい、変質する肉体といい、今エリスが持ちえる知識ではあり得ない現象が起こっている。


なんなんだこいつ、どんな体を持ってるんだ。魔術でも魔力変換現象でも魔力覚醒でもない…異常な体質、こんな人間この世に実在するのか?


(いや…待てよ、一つある…詠唱を必要とせず、それでいて魔術でも魔力変換現象でも魔力覚醒でもない『もう一つの魔力の使い方』。まさかそれを利用してるのか?だとしたら…)


一つの推察が浮かぶが、だとするとこの人…。


「まさか貴方、人間じゃないんですか?」


「さぁ、どうだろうな。人でなしとはよく言われるよ…」


もしエリスの推察が正しいとするなら、コイツはかなりヤバい。常軌を逸した存在だ…その上。


強い…明らかにビアンカやオフェリアよりも強い。


「頑丈ならぶっ壊れるまで叩く、素早いんならそれを想定してこっちも速く動く。…いいサンドバッグが手に入った…!」


「ペッ、ボコボコにされるのは貴方の方ですよ。ファイブナンバーでもない雑魚が…!」


「言うねぇ!殴り甲斐がある!」


ともあれここでこいつは倒しておかないとまずい。とても放置出来るレベルの強さじゃない…!


……………………………………


『だぁぁあらぁぁっっ!倒れろやぁぁっ!』


『テメェが死ねェッ!』


殴り合うエリス様とデズデモーナの声と殴打音が響き渡る。


『ポセイドンドライバー』


『オフェリア姉様!?』


『ぐぅっ!まだまだぁっ!』


ネレイド様に食い下がるように二人で襲い掛かるオフェリアとビアンカ。


もう既に大勢は決している。このまま戦い続けてもハーシェル達にとって有益な物は得られないだろう。それでもこの場の決定権を持つコーディリアが諦めない限り…他の姉妹達は逃げないだろう。


そして、私も……逃すつもりはない。


「コーディリア!」


「ウジムシィッ!」


私の振るう鋼鉄のブレードとコーディリアのダガーが激突し、互いに刃がへし折れる。流石は空魔愛用の短剣…ブレードと相打ちになるとは。


今この瞬間私達は互いに武器を失った、だがそれでも戦いは終わらない…終わらせられないくらい、私達は互いを憎み合っている。


「諦めなさいコーディリア!お前達は負けた!直ぐにこの場に城の衛兵達が突入してくる!そうなればもうお前達に逃げ場はない!ロレンツォ様を暗殺すると言う目的は果たせなくなる!」


「負けた?カハハハ!何処が!お前はな!地獄を見るんだよ!これから!」


空を切る拳が互いに互いの頬や胴を打ち、その都度に鮮血が舞う。私とて今まで修行を積んできました、帝国軍人と同じメニューを数倍の量こなし鍛えてきたつもりです。


ですがそれでもコーディリアは手強く、武器も魔術もなしに私の顔面に一撃を入れ、笑う。


「楽しみだよ!お前が地獄の中で喘ぎ涙を流しながら死んでいく様を思い浮かべるのが!」


「そんな夢を見てられるのは今のうちです!出来もしない事を語る程…貴方ももう子供ではないでしょう!」


「出来もしない?それはどうかな…。忘れたか?私達の手元にはお前の姉が居ることを」


「ッッ…!」


その瞬間、私の脳みその奥の方を鷲掴みにされたような衝撃が走る。今こいつは…私の中で最も触れてはいけない場所に、手を突っ込んでいる。


それでもお構いなしに笑うコーディリアは顔を歪め舌を出す。


「さぁて!どうやってお前を殺させようか!お前の姉を使ってお前にどんな屈辱を味合わせようか!今までお前を守ってくれたお姉ちゃんはもう居ないんだよ!」


「貴様…ッ!」


「惨めだなマーガレット!空魔の影から逃れたつもりで呑気に暮らして!お前のお前の姉には一生平穏な未来などやってこないと言うのに!」


「ッッ…黙れぇぇぇええ!!!」


一撃、コーディリアに殴られる。私が怒りに任せて突っ込んでくる事を予測してカウンターを入れたのだ。全ては計算づくの挑発…だがコーディリアに誤算があったとすれば。


コーディリアの想像を上回る程に、コーディリアは私を怒らせたと言う事。殴られようが蹴られようが構う事なく私はそのまま突っ込み、鼻血を垂らしながらコーディリアを押し倒し馬乗りになりながら折れたブレードを掴み首に突きつける。


「ぐっ…!」


「言え!コーディリア!私の姉は…トリンキュロー姉様は何処にいる!」


「言ったろ…私達の元だと…」


「返せ!私のお姉ちゃんを!…さもなくば、…殺す!」


刃を首に押し当て怒鳴る。姉を返さなければ殺す…これ以上姉を辱めるな。私のお姉ちゃんを返せ…そう叫びながら刃をグイグイと押し込むが、コーディリアはそれを手で抑え抵抗し…。


「殺す?…無理だな、お前には私は殺せない。殺せない奴の脅しなんか怖くもない」


「そんなわけないでしょう…!私はお前を殺して…!」


「いいや?殺せない…お前は私を殺せない、ほら…」


その瞬間首に押し付けられていた刃を抑えていたコーディリアの手がフッと脱力する。今まで抵抗していた力が無くなり私の刃は勢いのままにコーディリアの首を両断しようと一気に下に降り…。


「ッ…!」


手が止まる、私の手が止まる。このままではコーディリアの首を切り落としてしまうと危機感を感じた体が勝手に力を抜く…、そこに私の意志は関係なかった。染み付いた道徳感が私の体に自制をかけたのだ。


だが、押し付けられた刃が止まるのを見たコーディリアは私を嘲笑うようににたりと口を歪ませ。


「ほらな、殺せない」


「ッ……!」


「人を殺したこともない甘ちゃんに、私を殺すなんてこと…出来ないんだ。これが殺し屋の私と…殺しから逃げた臆病者のお前の差だよ!」


「ぅぐっ!」


「これがお前の弱さなんだよマーガレット!」


そのまま私の腹を殴りつけ、馬乗りの私を蹴り飛ばし拘束を解くコーディリア。


殺せなかった、殺せなかった…あれだけ怒りと憎悪と覚悟を持ってコーディリアに刃を向けたのに、直前で手が引いた。コイツの言う通り…私は臆病者だ。


「何が私の負けだ。いくら盤面を進めても…チェックメイトの一言も言えないんじゃ勝ちようもないだろうに。殺せないお前は弱い、殺せる私は強い、単純明快だろう?」


「くっ……!」


「お前は所詮、あの館にいた時と同じ…何も変わらないウジムシのままだ」


言い返せない、何も…。蹲ったままただ虚しく折れたブレードを掴む手に力が篭る。


こんなに憎いのに、こんなに殺してやりたいのに、私は…なんで……。


「この分なら急いで殺してやる必要はなさそうだ。オフェリア!ビアンカ!クレシダ!デズデモーナ!帰りますよ!この場でマーガレットを殺すのは勿体無い…人は一度しか殺せないんだ、成り行きで殺すではなく最悪の死をくれてやらねば」


そう言いながら他の影達に指示を出し背を向けるコーディリアに手を伸ばす、ダメだ…まだ逃すわけには…。


「待ちなさい!」


「待たせてどうする?殺せないんだろ?それともまた脅すか?出来もしない事を言うもんじゃ無い…だろ?」


「ッ…させません、貴方達の好きには。ロレンツォ様を殺させたりなんかしない…例えお前を殺せなくとも…」


「ハンッ、今更あんな老害の命なんぞどうでもいい」


「……え?」


今コーディリアはなんと言った?…どうでもいい?どう言う意味だ?そんなのあり得ないだろう、だって…。


いや、まさか…これは……。


「待ちなさい!まだエリスとの決着はついてないでしょう!」


「ウルセェな、どうせまた直ぐやり合う事になんだろ。そん時ぶっ殺してやるから我慢しろよ!」


エリス様やネレイド様が必死にコーディリア達を追走するが…既に時は遅く。本気で離脱にかかったコーディリア達を止める事は叶わず私が開けた天井の穴を通じて逃げていく。


追いかけなければならないのに…私の足は動かなかった。負けたからではなく、打ちのめされたから…かな。


(…殺せなかった、こんなに殺してやりたいのに。姉様を侮辱した奴なのに…結局アイツらを取り逃がして、剰え姉様を助けられなくて…私は、なんの為に)


「…メグさん、大丈夫ですか?」


「メグ、何処か…怪我した?」


すると、もう追いかけるのは無駄だと悟ったエリス様達は直ぐに引き返してきて、私を心配してくれるように背中を撫でてくれる。


みんな、優しいな…でも。今はその優しさが痛い。


「すみません、結局…取り逃がしてしまいました。二人を危険に晒したのに…」


「逃したのは悔しかったですが、まぁ収穫はあったんじゃないですか?」


「うん、相手の手札が分かった。ようやく勝負になる…」


「…………手札、ですか」


…二人はまだ前を向いているんだな。正直まだ立ち上がれる気はしないが、それでもここで私が立ち止まったらそれこそ完全に役立たずだ。


それは嫌だ、せめてみんなの役に立つ私でいたい。みんなが私を助けてくれるんだから…私もみんなを助けていたい。


「ッ…なら一つ、分かったことがあります」


「なんですか?」


「先程コーディリアが言った言葉…『あの老害はどうでもいい』と言う言葉が引っかかります」


「…ロレンツォ様がどうでもいいってことですか?でもロレンツォ様殺しはラエティティアからの依頼でしょう?どうでもいい事はないと思いますけど、妙な発言ですね」


その通り、ハーシェルの影にとって依頼は『絶対』だ。依頼が達成出来なければナンバーは降格されるし懲罰は受けるし、最悪殺処分だってあり得る。それが例えラエティティアみたいな小物の依頼であっても一度受けた依頼を反故にする奴はハーシェルにはいない。


なのに、コーディリアはロレンツォ様の殺しをどうでもいいと言った。つまり奴らの『主題となる依頼』はまた別にある。


つまり…。


「もしかしたら、ラエティティアはブラフ…仮初の依頼人で、コーディリア達はまた別の目的で動いているのかもしれません」


ラエティティアは、奴らにとって都合のいい『動く理由』でしかなかったのかもしれない、となると…もしかしたらハーシェル達と協力する真の依頼人がこの城の何処かにいる可能性がある。


それが分かれば今度は、反撃ではなく攻撃に転じる事が出来るかもしれない…。


「ともかく今はみんなと合流です、ラエティティアが仮初の依頼人でもハーシェル達を動かしていたのは事実ですし何か知ってるかもしれませんし」


「そう…ですね」


ラエティティアの回収に向かったアマルト様達を思い浮かべ…若干の罪悪感を覚える、あれだけ偉そうに命令しておきながら肝心の私が取り逃がしたなんて。


…コーディリアを殺せなかったことに加え、私はただ…罪悪感と忸怩の念に身を沈めるのだった。


………………………………………………………………


一方、ラエティティアを確保しに彼の自室へと向かったアマルトとナリアとステュクスの三人は、その部屋の扉を開けて…呆然と立ち尽くしていた。


「お、おいおい…」


「これは…そんな…」


「……マジか」


血の気が引く、ただ頭から血の気が引く。部屋の中に広がる惨状を見て…血の気が引く。


そこにラエティティアが居なかったのか?…違う、ラエティティアはいた。


ソファに優雅に座り、こちらを見据えるように目を開いたまま……。


「またかよ…!」


手に持った拳銃で、眉間を打ち抜き…自害していたのだ。死んでいた、ラエティティアは既に死んでいた。


「また自殺…」


「嘘だろ…、ラエティティアが…こんな、マジかよ…」


ステュクスは頭を抱える。嫌な奴だったがそれでも顔馴染みであるラエティティアが…こんな呆気なく、そして唐突に…こんな惨たらしく死んでしまった事実に。目眩を覚える。


眉間を打ち抜いた銃弾は背後に貫通しており。ソファの裏にはもう見る事さえ嫌になるような真っ赤な塗装が広がっている。この空間にいるだけで人間性に傷がつきそうだ。


「………」


そんな中、本日二度目となる自殺現場居合わせたアマルトは…静かにラエティティアに近寄る。虚な目を開いたまま拳銃を手に自害したラエティティアの隣には、小さな机が鎮座している。


「……これ」


その机の上に置かれたメモ用紙。そこにはペンでこう書き記されていた。


『私は失態を取り戻そうとするあまりロレンツォ様に殺し屋を差し向けると言うとんでもない暴挙に出てしまいました。リングアの家名を守る為にも死んでお詫びします。申し訳ありませんでした』…と。


遺書だ、自殺の遺書が置かれている。だが…同時にアマルトは一つ事実に気がつく。


(このメモを書いた筈のペンが何処にもない…)


メモ用紙は手元にあるのにペンがない。これをラエティティアが書いたのだとしたら違和感がある。つまりこれはラエティティアが書いたものではないのかもしれない。


そうだ、つまりこれは…。


「殺し屋のやり口…か」


恐らくだが、トカゲの尻尾切り…或いは、見せしめか。


またも、何かを知るであろう人間が…ハーシェルによって闇に葬られたのだ。

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