496.魔女の弟子と毒血の晩餐会
黄金の都エルドラドを照らす日が沈む、会談二日目は早くも終わり…宵の食事を楽しむ時分となり始めた。
今日は、この城の主人ロレンツォ様が主催の食事会が催されることになっています。このエルドラドの地を訪れた六王達や魔女の弟子達に歓待の意を示すという意味でも、我々は敵対するつもりはないという意味合いでも、この食事会は重要だ。
「よくぞ、お越しくださった。皆々様」
カラカラと音を立てて奥の扉より車椅子が車輪を鳴らす。ここは普段ロレンツォ様が来賓を招いて食事を共にする為だけの部屋。別名『白聖の間』…、壁には無数の宗教画、人物画が立て掛けられており、部屋の中心に置かれた黄金の長机を眺めている。
『仲間は机を共にし食事をするものである』というロレンツォ様の心意気が現れた長く大きな机の左右に座る客人達に微笑みを振り撒きながら配下に車椅子を押されたロレンツォ様は長机の中心に位置取る。
その様を見て真っ先に反応するのは。
「今宵は、食事を共にする事を許して頂きありがとうございます、ロレンツォ様」
コルスコルピの王イオ・コペルニクスだ。他にも周囲に座るラグナやメルクさん、デティやベンテシキュメさん、ヘレナさんにレギナちゃんもまた立ち上がりロレンツォ様に敬意を示す。
今宵の食事会はマレウス側の六王達との親睦会的な意味合いを持つ。故にラグナ達六王とこの国の王であるレギナちゃんが同席しているのだ。
魔女大国の王とマレウスの国王が同じ食卓を囲んでいる、これはある意味異例の事態なのかもしれない。
「素晴らしい部屋ですね、ここまで豪華絢爛な装飾が施された場にて食事を振る舞って頂けるとは、我々としても光栄の限りです」
「ヒョェ…ヒョェ…、いえいえ。寧ろ六王様に立たせておいて…私ばかり椅子に座って情けない限りだ、それに…あの栄光の魔女のお弟子様を前にして己が財力に誇りを持つことなど出来ませんな」
「いえ、ここまでの部屋は我が師も持ち得ないでしょう」
「ヒョェ…ヒョェ、それは栄誉な事だ。今宵は存分に我が城の晩餐を味わって頂きたい、これは私からの精一杯の歓待の心でございます」
ロレンツォ様は枯れ枝のような手を広げしわくちゃな顔を綻ばせ歓迎する。魔女大国に敵意を持つ者が多いマレウスにおいてここまで純真な歓待を見せてくれる人は少ないだろう。
「魔女の弟子の皆様もどうか固くならず、心より楽しんで頂ければ幸いです」
「あ、ありがとうございます」
そして、ラグナ達六王のおまけとしてエリス達魔女の弟子達も同じ卓につくことが許されている。とは言えラグナ達とは違い端の席ですけどね。
とは言え、こうして一緒に歓迎してもらえるのはやっぱり嬉しいですね。なんて思いながらエリスは両隣に座るアマルトさんとナリアさん、そして一個向こうのネレイドさんに目配せをする…。
さぁて、今日は何が食べられるのかな〜!楽しみ〜…なんて。
(軽い心地でいられたらよかったんですけど…そうもいきませんよね)
だがエリス達の目つきは固い。とてもじゃないがこれから行われる歓迎の食事会に集中出来る気がしない。…だって。
(メグさん、大丈夫なんですか…これ)
魔女の弟子でありながらテーブルにはつかず周囲を囲むメイド達の中に並ぶように立つメグさんに目線を向ける。
……この食事会は狙われている。それはメグさんが立てた予測、この城の何処かにいるハーシェルの影がロレンツォ様を狙っているならこの食事会で毒殺を狙ってくるだろうと彼女は言っていた。故にエリス達はそれを阻止すると同時にハーシェルの尻尾を掴まなくてはならない。
つまり、これから行われる食事会の何処かで…世界最悪の殺し屋集団が手を伸ばしてくるということなのだ。全く気が抜けない…気を抜いたら死人が出てしまうんだから。
しかも……。
「ヒョェ…ヒョェ、しかしこうも大人数で食事を取るなんて久しぶりですな」
「我々もです、今日は存分に語り合いましょう、ロレンツォ様」
イオさんと和気藹々と話しているロレンツォ様はとても命が狙われている様な緊張感は醸し出していない。そりゃあそうだ、何せ…暗殺の件はロレンツォ様には伏せているからだ。
『狙われているロレンツォ様にはこの件を伏せます。無用な心配をかければあの老体にはその分負担になりますので』とメグさんは言った。
当然ステュクスからは『ロレンツォ様にも伝えるべきだ、命が狙われてるのを知ってながら黙ってることなんて出来ない!』との紛糾があがったものの。
『倫理観を持ち出すならそもそも食事会を中止にするべきです、ですがそれを言い出すとハーシェルの脅威はこの城に残り続け次また別の人間が殺されるかもしれない、そうなれば会談そのものの続行すら怪しくなる。敵が最も注目するのはロレンツォ様、あの方が何も知らないならその分動きやすいですから』そう言い返したメグさんにより沈黙。
…不義理であることは百も承知、だがこっちも本気で守るつもりだ。だから…ここまでやったんだから、必ず成果を出さねばならない。
ハーシェルの存在に気がつかないふりをしつつ、ロレンツォ様を狙う影を見定める。難しい話だが…必ずやり遂げなければ。
「ステュクス君、君も席に座りなさい。私は君の事が気に入っているんだ」
「す、すみません。俺一応護衛なので…」
「ヒョェ…ヒョェ、真面目だね」
何も知らないロレンツォ様は壁際に立つステュクスも座れと言うが、ステュクスには護衛として全体を俯瞰して見守る役目が与えられている。エリス達魔女の弟子の六王は同じテーブルでロレンツォ様を見守り、メグさんとステュクス一行には一歩離れた地点で監視をしてもらう。
そして、デティが連れて来たイシュキミリさんは…部屋の外で待機だ。招待されてないのに部屋に入るわけにはいかないからね。
「ふむ、…では雑談もそろそろ終いにして、食事を運ばせますかな…」
するとロレンツォ様は動き出す。そろそろ晩餐会を始めようと。手元のベルをリンリン鳴らす、すると部屋の扉が開かれ…その向こうから現れるのは。
「紹介しましょう、今宵の食事会の責任を持つ我が城の料理長ザジビエです」
「シェフのザジビエです」
ザジビエさんだ、長いコック帽を外し胸元に当てながらやや禿げ上がった頭を下げてロレンツォ様の隣にて挨拶をする。
昨日会ったあの汚職シェフだ、魔女大国嫌いで食材の横流ししてる最低のシェフのザジビエ。けど…ああして見るとロレンツォ様はザジビエの事をかなり信頼しているように見える。…汚職の事、知ってるのかな。
「ほう、その方がこの城のシェフか」
「ええ、彼はマレウスでも珍しい魔獣料理の専門家でしてな。私も一度彼の魔獣料理を口にして一目惚れしてしまいまして、皆様には一度魔獣料理を食べていただきたいのです」
「魔獣料理とは…」
イオさんは顔をしかめ、ヘレナさんは『食べられるんですか?』と首を横に倒し、デティに至っては『オエー!』と舌を出している。まぁ確かに普通に生きてたら食べないよな、魔獣なんて。
すると、ザジビエはここぞとばかりにニタリと笑い。
「お上品な六王様は魔獣なんて物、食べたことはないでしょうなぁ」
なんて嫌味な事を言うんだ。…しかし、違うんだなぁザジビエ君。ナメちゃいけないよ、六王様を、なんせ…。
「いや、食った事あるぜ?この間丸焼きにして食った」
「え?」
「私も食べた事があるな、魔獣料理。確かに世間一般では忌避されているが…あれは絶品だな」
「へ?」
ラグナとメルクさんはあるんだ。ラグナのいるアルクカースでは普通に魔獣を狩って食べる風習があるし、この間はアングリービックピックを丸焼きにして食べていた。
メルクさんもある、というよりエリスが食べさせたことがある。魔獣肉入りのシチューだ、当時のことをメルクさんは今も『あれは美味しかった、人生が救われる味がした』と褒めてくれるくらい気に入ってくれているんだ。
しかしそれを聞いたザジビエさんは呆気を取られる、まさか世界の六王が魔獣食の経験があるとは思わなかったんだろう。
「ほほう、これはこれは…ザジビエ。どうやらラグナ様達は魔獣料理を食べた経験があるようだ、物珍しさだけでなく誤魔化せそうにない、腕によりをかけねばダメ出しを喰らうかもしれん」
「う、…問題ありません。しっかり作ってますんで、おい!もってこい!」
パンパンとザジビエさんが手を叩く、料理が運ばれてくる。その豪華絢爛な料理の数々!魚料理?肉料理?スープにサラダ!まさしくセレブ!最高の贅沢ですねアマルトさん!
…なんてはしゃぐ人は一人もいない、寧ろ全員ゴクリと喉を鳴らす。ヨダレじゃない…固唾を飲んでるんだ。
だって…。
(メグさんは『毒殺』を疑っていた…毒殺ってことはつまり…)
料理の中に、毒が仕込まれている可能性が高い…ってことだろう。つまりこれから運ばれてくる料理の何れかに解毒不可能な最悪の猛毒が仕込まれている可能性が高い。
けどそれの看破なんて出来るのか?少なくとエリスにはできない。…毒の看破は、メグさんがすることになっている。
「なぁエリス…、メグぴくりとも動かねーんだけど。もう料理が運ばれて来てんのに…食っていいのか?これ」
「…………信じましょう」
肝心のメグさんは料理が運ばれて来ても石像のように動かない。分からないのか?それともまだ毒入りの料理は来てない?…うーん!不安!確かにこんな不安な気持ちを味わうならロレンツォ様には教えない方が良かったかもなぁ!
「さぁさぁ、お召し上がりください。うちのシェフが腕によりをかけた料理の数々ですよ」
「え、ええ。これはまた…」
「ご馳走だね…」
「…美味しそうだ」
ラグナ、デティ、メルクさんの三人もこれには流石に顔が強張る。もしかしたら解毒不可能な毒が入っているかもしれない料理が次々と運ばれてくるんだ、楽しみな顔なんて出来ないよ。
それでも続々と運ばれてくる料理、まずエリス達の食卓に乗ったのは…。
「ではまずは魚料理から」
「へ?いきなりポワソン?アペリティフもアミューズもすっ飛ばしていきなりメインディッシュかよ」
目の前に並べられるのは魚料理、それを見てアマルトさんは思わず声を上げる。
確かに変だ。こういうフルコースっていうのは大概順番が決まっている、アペリティフ…食前酒を最初に、その次にアミューズ…おつまみ料理、そしてその後にオードブル。
こういう順番が普通、メインディッシュに部類される魚料理は本来中盤の筈。するとそこを指摘されたザジビエははぁとあからさまにため息を吐き。
「気取りやがって、確かにこれがフルコースなら最初に食前酒を出すべきだろう。だがここは俺のやり方に従ってもらうぜ?」
「……自信たっぷりだな、りょーかい。シェフに従うぜ…食うぞエリス」
「えぇ…!」
なんか挑発されて食う気満々になってません?アマルトさん。いやまぁメグさんが何も言わないってことは食べても大丈夫なんだろうけど…。
目の前のお皿を覗き込む。そこには焼いた魚の白身に黄色いソースがかかっている、一般的な魚料理に思えるが…。
「一品目は空を泳ぐ怪魚エアロゾルフィッシュのポワレだ。ナイフは使わずフォークだけで食ってみな」
「ナイフを使わず?」
フォークを片手で掴み、白身に差し込むように入れてみる、するとどうだ、まるで綿菓子のように肉が解けて切り分けられるじゃないか。
まるでムース!とんでもない柔らかさだ。ここまで柔らかい魚は見た事がない。未知の感覚に膨らむ期待、ドキドキしながら切り分けたそれを口運ぶ…すると。
「ッ…ウマっ!」
「これは、柔らかい…ゼリーよりも柔らかく水よりも硬い独特の食感、白身そのものには殆ど味がなく鼻を抜ける僅かな感覚にのみ魚特有の旨味が乗るばかり…、されど決して淡白ではないのはこのソースのおかげか…!」
美味い、美味しい、美味すぎる。まずこの食感…舌で押せば解ける程に柔らかく形を持った水のような不思議な食感を持ち、明朗な喉越しと甘美な口溶けを残している。
それにこの味、魚特有の生臭さと磯の雑味が存在していない。普通の焼き魚を食べた時、鼻の奥に感じる僅かな旨味…、それ以外を持ち合わせない殆ど無色透明に近い不思議な身に極上の『味』を与えているのがこのソースだ。
魚の旨みを際立たせるこのソースは…野菜をメインにした濃厚なソースだろうか。凄い、この白身単体ではとても食えない、それを人間の腕前一つここまで仕上げているのか。
凄い…!なんて技量だ…!
「美味い…」
「ああ、こりゃあ絶品だ。ここまでの魔獣料理…いや料理は食った事がない」
「へへへ、エアロゾルフィッシュは空を浮かぶ魚であるが故に磯の味や生臭さが存在しない。また空を遊泳する為にその肉体は細かな穴が無数に開いたスポンジののような形をしているんだ。そいつを締めて味付けを加えればこれだけ食えるようになるのよ、世界中探してもこの感覚を再現出来るのはエアロゾルフィッシュだけだ」
「磯の味や香りがしない魚…ってのもまぁ考えてみれば普通の魚じゃ実現出来ないよな、こりゃ美味い…」
見事だ、エアロゾルフィッシュはエリスも倒した事があるが…あれは魚の形をした風船みたいな魔獣だ。肉はスカスカ、食える身なんて殆どないと思っていたが…なるほど、肉そのものを締めたのか。
そして、これだけ軽いとお腹にも堪らない、どちらかと言うと『食べるスープ』に近い。食道を通る感覚がより一層食欲を掻き立て寧ろ食べる都度に腹が減る。これを最初に出したのはそういうことか。
ザジビエ…人格はあれだけど腕前はマジの奴だな。
「どーだい恐れ入ったか!これが魔獣料理の真髄!俺こそが世界一の料理人だぜ!」
「…偉そうだが、実際メチャクチャ美味え。魔獣を食材にするのもアリなのか」
確かにこうして食べると魔獣の肉は一流の食材のようにも思える。磯の匂いがしない魚なんてこの世のどこ探しても居ない。エアロゾルフィッシュだけが持ち得る新食感と言えるだろう。
だが実際、エアロゾルフィッシュを捕まえてもこれだけの物が作れるかと言えば微妙なところ。あの不思議な肉をどう調理したらこうなるのかまるで分からない。
「如何ですか?これが私の『贅沢』なのです」
そう語りながら美味しそうに魚料理を掬うロレンツォ様に、視線が集まる。
「贅沢…ですか?」
その言葉に首を傾けるのはレギナちゃんだ、贅沢…これが贅沢かと。こんな美味しい料理を毎日食べられるならそれはそれで贅沢なのだろうが、ここまでの財を成した人間の贅沢にしてはやや簡素ではないか。彼女はそう言いたいんだろう。
だが、そこに対して首を横に振るうのはロレンツォ様ではなく、メルクさんの方だ。
「いや、至上の贅沢だ」
「そうなのですか?メルクリウス様」
「ああ、…この一皿をロレンツォ様は食べたかったのだろう。ならその一皿を実現するのに一体どれほどの労力がかかっている」
「この一皿に…」
「普通の魚料理なら商人から買えばいい。だが魔獣はそうはいかない、魔獣討伐用の冒険者を雇い、それを運搬する独自のルートを確保し、数少ない一流の魔獣料理人を雇い、食卓に乗せる…ここまで面倒な工程を『ただ食べたいから』だけで叶えられる。それも贅沢の極みの一つと言えるだろう」
ただ金を使うだけが贅沢ではない、望む物を手に入れる為にどれだけ金に糸目をつけられずに居られるか。それこそが贅沢の極みであるとフォーマルハウト様は語る。
そう言う意味では『魔獣料理を食べたい』と言う一念だけで凡ゆる全てを金で解決できてしまうロレンツォ様は…、ともすればフォーマルハウト様と同じ『円熟の悦』の域に達しているのかもしれない。
「金をただ浪費するのではなく楽しみの為に金を惜しまない、見事です、ロレンツォ殿。貴方からは学べる事も多くありそうだ」
「ヒョェ…ヒョェ、メルクリウス様にそう言って頂けるとは、いやはや…一心不乱に金ばかり稼いだ我が青春時代も、無駄ではなかったと言う事ですなぁ…」
正直、エリスはマレウスの貴族にロクなイメージを抱いて居なかったが、ロレンツォという人間はその碌でなし貴族達の中では随分と人間が出来ているように思える。
『銭ゲバの守銭奴』と言うケイトさんの評価とは正反対だ。
「そうそう、青春時代といえば…ケイトから聞きましたぞ。なんでもヒンメルフェルトの葬儀に立ち会ってくれたとか…」
「ああそれは、その…はい」
「私ももう十年若ければ手荷物一つ持って東部に駆けつけられたのですが…いやはや。小汚い商人の私と清廉なる聖職者のヒンメルフェルト…若き頃は反目する事もあったが、あの小言がもう聞けないと思うと…物悲しい」
「ヒンメルフェルト様は、立派な方であったと伺っています」
「ああ、立派だった。今にして思えば…あの得体の知れない人間しかいなかったソフィアフィレインと言うパーティが、英雄として讃えられるような活躍が出来たのは彼という良心が居たからこそ」
懐かしい話に花を咲かせている間に、料理は次々と運ばれてくる。そのどれもが一風変わった料理ばかりで…見ていても楽しい、味わっても楽しい、素晴らしい料理ばかりだった。
レッドトレントと言う樹木型魔獣が付ける果実を用いたスープ、色が全くついていない水のような見た目なのに口に含んでみるとまるで春風のように爽やかな酸味が迸る。本来は毒があり食えないはずのレッドトレントの実を解毒しながら煮込んだ代物らしい。
次はマリスヴィーゼルと言う小型のイタチ魔獣の肉を使ったミートパイだ、これまた美味しい。お肉なのにシャキシャキしてるんだ、それなのに味わいは肉そのものなんだからこれはもう美味しいを通り越して楽しい。
「凄く美味しいですね、アマルトさん…アマルトさん?」
「…………」
ふと、隣のアマルトさんに声をかけると。なんだ難しい顔で手元の料理を見ていた…彼が今食べてるのは、レッドトレントのスープか。
「どうしたんですか?」
「いや、お前これ食べて…なんか思ったか?」
なんか?なんかとはなんだろう…いや、まさか…毒か!?
「まさか…!」
「いやそう言うんじゃないんだ。ただこう…違和感と言うかなんというか」
「違和感?別に感じませんでしたけど…」
「そうか、…中部地方はそう言う文化なのか?」
何やら変な事を気にしながらも黙々とスープを飲んでいくアマルトさんに小さく首を傾げる、どうしたんだろう…何を気にしているのやら。
…にしても。
「……………………」
メグさんは、相変わらず動かないな。
「ロレンツォ様、チャリオットフラァリスのステーキでございます」
「おお、ありがとう」
先程から部屋に運び込まれる料理。その一つ一つをエリスは悉さに観察しているが…そのどれもが毒の入っていない料理ばかりだ。それに料理を運んできているのはメイドではなく厨房の料理人ばかり…。
先日厨房を視察したからこそ分かる、汚職をしている厨房の人間は厨房に注意が行くことを嫌いとにかく料理を触らせたがらない。作るのも運ぶのも全部厨房の人間がやっており、しかもそこに全神経を注いでいる。
ハーシェルは皆メイドの格好をして潜入している、だがメイドである以上料理には絶対に干渉できない。ハーシェルのような外部の人間が毒を入られる隙は何処にもない…。
これでどうやって毒殺するんだ?…もしかして料理に毒を入れるわけではない?でもそれじゃあ食事会を狙う必要はない気がする…。
「いやぁ美味しいですねロレンツォ様。まさか魔獣肉がこんなにも美味しくなるなんて」
「ヒョェ…ヒョェ、そう褒めていただけると老人も舞い上がってしまいますなぁ。どれ、一つとっておきを開けますか…おい、あれを持ってきなさい」
「ハッ!」
アレ?と首を傾げている間にロレンツォさんに命じられた料理人の一人が駆け足で部屋の外に消え…数分後に『それ』を抱えて戻ってくる。そう…それとはつまり。
「お酒…ですか?」
「どれだけ老いさらばえても酒というのは旨い物でしてな。六王の皆様もご一緒にどうですか」
赤ワインだ、トプトプと音を立てる赤ワインの瓶が料理人の手の中で揺れている。それとはつまり酒のことだ、あんな枯れ木みたいな老人もお酒を飲むのか…、というかメチャクチャ美味しそうなお酒だな。是非エリスも一献──。
「これは私の自慢の酒でございます、六王様もきっと気にいるはずです…」
そう語りながら銀の杯に注がれた赤ワインを持ち上げるロレンツォ様の上機嫌な顔を見て…気がつく。
…まさか。
「アマルトさん、もしかしてアレじゃないですか?」
「アレ?」
「ほら…アレですよ…つまり」
毒だ、正確には毒ではないから銀の杯に注いでも変色しないのだが…そんな事はどうでもいい。
確かに食事会にて毒殺するならば料理に毒を混入させるのが最も効率的だ、だがその料理に手が出せない状況なら…どうするか?決まっている。手が出せる領域に手を伸ばすだけのことなんだ。
つまりあの酒、恐らくワインセラーに置いてあった物なのだろう。当然だがワインセラーは厨房ではないが故に料理人が管理しているわけではない、一から十まで料理人が管理する料理と違って別の人間が手を加える余地があり、尚且つロレンツォ様が口にする唯一の代物だ。
毒を混入させるなら、あの酒以外あり得ない…!止めないと!
「でもメグが動いてねぇ…!」
「え…!?」
しかし、肝心のメグさんが動いていない。お酒を飲もうとしているロレンツォ様から目を離し別のところを見ているんだ、まさか…あの酒に気がついていない?
どうする、エリスが動くべきか?この可能性に気がついたエリスが動くべきなのか!?
(でももし違ったら…)
過るのは違った場合の可能性、もしあの酒の中に毒がなければ…その瞬間エリス達のアドバンテージは消え失せ、ハーシェル達はこの食事会から手を引いて別の機会を伺うことになる。もしかしたら今度は別の人を狙うかも知れない、そうなったらもう止めようがない。
間違えれば別の人間が死ぬ可能性が高く、エリス達はハーシェルを止める手立てを失うことになる。結果としては最悪の終わり方になる…。
毒が入っている可能性を指摘出来るのは『一回限り』。間違えれば人の命に関わる…。
(どうする、どうする、どうする、指摘するべきか…しないべきか…!)
焦る、周囲のスピードが遅く感じるほどにエリスの思考は研ぎ澄まされる。ゆっくりと…ロレンツォ様の口元にワイングラスが近づいていく。そこに気がついているのはエリスだけ…。
「ッ…ッ…ッ!」
口をパクパク動かしてメグさんとロレンツォ様を交互に見る。メグさん…いいんですか!いいんですかこれで!あの酒の中に毒が入ってたら終わりですよ!
そうだ…そうだよ、終わりだ。もしここでヒヨって見過ごせばロレンツォ様が死ぬ可能性がある。確かに間違えた場合もヤバいが目の前で毒殺を見過ごすのはもっとヤバい。
間違えたら、その時はその時で別の方法でハーシェルを探せばいい!死んでも被害を食い止めればいい!だから今は────。
「ッ……!」
その酒には毒が入っている。そう叫ぼうとした瞬間…エリスの動きは止まる。
待てよと、焦るエリスとは別の…冷静なエリスが囁く。
…この食事会を前に、メグさんはなんと言った?…。
『必ず、なんとかしますから…私を信じてください』
そう言った、言っていた、あのメグさんがそう言っていた。つまり…メグさんは。
「…………」
「行かねぇ…のか?」
席に座る、黙る、メグさんを信じる。エリスは目を閉じて何も考えないようにしてメグさんを信じることに決めた。彼女が動かないなら動かない…友達が信じろって言ってんだ、信じてやるのが友としての在り方だろう。
「ゴクッ…ゴクッ…」
そうこうしている間にもロレンツォ様は年甲斐も無く豪快に酒を仰ぎ……。
「うん、美味しいですなぁ、ラグナ大王も如何ですか?」
「あはは、すみません。俺…酒を戒めておりまして。恥ずかしい話、酒を飲むと自制が効かず…」
「…………」
ジーッとロレンツォ様を見る、苦しんで血を吐くような感じはしない。まだ毒が回ってないのか?いや即効性の毒を使うだろうと言われてたしもし毒が入っていたら飲んだ瞬間にアウト…。
ああやってグビグビ飲んで無事って事は…。
「ぷはぁ…エリスが死ぬかと思いましたよ…!」
眩暈がして一気に口からため息を吐く、緊張の糸が切れ先程まで自分が殆ど呼吸していなかった事に気が付き行儀悪く机に肘を突き頭を抱える。
よかった、あの酒は違った…毒は入っていなかった、メグさんを信じてよかった、もし余計な口出ししてたら全部台無しにしてた、よかった…よかったぁ…!
「そうですか、残念ですな。…ナプキンを」
「はい、ご主人様」
チラリと指の隙間からロレンツォ様を見る、うん…まだロレンツォ様は無事だ。やはりワインは毒入りじゃなかった。メグさんが動かなかったのはあの酒が毒入りでないことを看破していたからだ。
しかし、だとすると本当に…ハーシェルの影はどうやってロレンツォ様に毒を使う気でいるのか─────。
「お待ちください」
「え?」
思わずエリスは驚きの声と共に顔を上げる、いきなりの事だった…完全に気を抜いたその瞬間、メグさんが動いたのだ。
あれだけ微動だにしなかったメグさんが…ようやく動き、止めた。何を止めた?…それは。
「あ、あの…なんでしょうか」
メイド…ロレンツォさんの指示に従いナプキンを持ってきたメイドの手を掴み、ロレンツォさんにナプキンを手渡そうとするのを…止めている。
止めているんだ、つまり…つまり、メグさんが止めてるって事は…あのメイドが?
「あの、どうかされましたか?」
「何を、しようとしているのですか?」
「へ?ご主人様にナプキンをお渡ししようと思って…、先程の指示に従っているだけですよ?」
しかし、止めたのはよりにもよってロレンツォさんの指示に従ったメイドだ。しかも渡そうとしているのはナプキン、酒でも料理でも無く…ナプキンだ。
困惑したメイドはメグさんの視線に怯え困ったように目を八の字に歪める。
「そうですか、ではいくつか質問をしても?」
「え、ええ…」
「この場にいるメイドは私が朝班分けを行ったメイド達の中から、第十八班から二十二班の方々を選んで配置していますが…貴方に見覚えはありません、貴方は何班の人間ですか?」
「私は…第十九班のメイドです」
「なるほど、では第十九班の班長が誰か、指を差してください」
いくつかの質問の後、メグさんはメイドの手を離し、メイドに自分の班の班長を指差すように促す。するとメイドはおずおずと近くのメイドを指差して…。
「ふむ、正解ですね。あれは第十九班の班長オリーザさんですね」
「だから私は第十九班の人間で…」
「ちなみにナプキンを渡すのは二十三班の仕事ですが、なぜ貴方がナプキンを持ってきたんですか?」
「へ?いやそれは…二十三班の班長に頼まれたから…」
「そうですか、実を言うとさっきのは嘘で本当は二十三班は部屋の掃除役、ナプキンを渡すのは二十四班の役目のはずですけど…なんで部屋掃除役の二十三班からそんな仕事を頼まれてるんですか?」
「……………」
「もっと言うと十九班の班長は食事会の寸前で班の別の子に変えているのでオリーザさんが班長だったのは昼間までの話です。…十九班の人間なのに、知らないなんて事はないですよね」
「…………」
押し黙る、メイドは表情を固くしたまま押し黙る。言い訳も逃げ道も潰され退路も絶たれ宙吊りにされるが如くメグさんによって晒し上げられた。
メグさんの話がどこまで本当かはエリスには分からない、だが一つ言える事があるのだとしたら…今、メイドは何も言えずにいると言う事。取り繕うでも誤魔化すでも無く無言。
その瞬間、メグさんは動く。メイドが握るナプキンを咄嗟に取り上げ大きく広げる…すると。
「おやまぁ、汚いナプキンです事」
「なっ!?なんだそのナプキン…何かが染み込ませてあるぞ!」
ロレンツォさんは驚きの声を上げる、何せ口を拭こうときたナプキンにあからさまに何かが染み込ませてあったから、紫色の液体…それを隠すようにナプキンが折り畳まれていたのだ。
…そこでようやく悟る、ハーシェルが毒を仕込んでいたのは酒でも料理でも無く…ナプキンであると。
考えてみればこれだけ大量にある料理の数々の中で、どれがロレンツォさんに行き渡るかなんてのは予測のしようがない。同じく酒も…ワインセラーに大量にある酒の中でどれを飲むかなんてのもわからない。
だがナプキンは違う、あらかじめその人に用意されていた分のナプキンにの毒を仕込んでおけば…口を拭く際毒入りナプキンを確実に渡す事ができる。毒入りナプキンで口を拭き、その口で別の物を飲み食いすれば一緒に毒も口内に入り…毒殺が出来る。つまりあのシミは毒…。
最初から奴らの狙いはナプキンだったんだ。そしてメグさんもそれを分かっていたからこの瞬間に動き出した。
「これはもう間違いありませんね、…貴方…この城のメイドではないですね?」
「…………」
「何処の誰ですか?それとも…私が口にした方がよろしいでしょうか」
「ッ────」
刹那、動き出したメイドは咄嗟にテーブルの上のフォークを握り眼孔を開きながらメグさんに向けて襲いかかった。エリス達もまた椅子から立ち上がりメグさんを助けようとするが…うん、多分これ助けはいらないな。
「ギッ…!」
「やはりハーシェルの影ですね、貴方。見たところナンバー四十前後の名無しと言ったところですか…」
受け止めていた、あらかじめ来ることが分かっていたとばかりにメイドの…否、ハーシェルの殺し屋の手を押さえフォークを握った手が伸び切るのを防いでいた。
「甘いですよ、やり方が。情報の精査も誤魔化し方もその後の対応も…全てが三流、この仕事はコーディリアの物ですね?」
「ッ…裏切り者裏切り者裏切り者!許さない許さない許さない!マーガレット!」
「人違いですよ…っと」
刹那、差し込まれるようなメグさんの蹴りがハーシェルの影の脛を蹴り砕く、その一撃をもらったハーシェルの影は苦悶の表情を浮かべ一瞬片足が宙に浮く。
そこを見逃さなかったメグは更に掴んだ腕を弾きそのまま反転し背中を相手に押し付け背負うようにして投げ飛ばし壁に叩きつける。
「ハーシェルだと!?何故ハーシェルがここに!私も狙われているのか!?」
壁に叩きつけられ蹲るメイドを見てロレンツォさんがワナワナと震える。アレが正常な反応だ、狙われれば死は免れない最悪の存在であるハーシェルの影…権力の世界で長く生きるロレンツォ様だからこそその恐ろしさは骨身に染みている。
恐れて当然、だがこれを見るに…やはりその存在を伏せておいたのは正解だったように思える。
「さて、貴方が何を何処まで知っているか分かりませんが…、洗いざらい吐いてもらうますよ」
「グッ…!死ね!死ね!」
迫るメグさんに向け、ハーシェルの影は悪あがきとばかりに懐から取り出した銃を乱射しせめてメグさんだけでも殺そうと暴れる…が、そんな闇雲な射撃で殺される程メグさんとて甘い人ではない、銃口を一瞥し射線から一歩逸れつつ手を広げ…。
「ッ…!捕まる…!」
「お、逃げますか…」
これはもう勝てないと悟ったハーシェルの影の判断は素早かった、咄嗟に立ち上がると共に窓に向けて全力で走り出したのだ。このまま捕まるより逃げた方が早いと思ったのだろう…だが甘い、まだまだ甘い。
例えどれだけ早く逃げ出しても…メグさんの視界の中に逃げ場はない。
「ですが、『時界門』」
ぬるりと手元に小さな穴を作ると共に。その穴に向け思い切り拳を突き込む…すると。
「ごぶふぅっ!?」
逃げ出したハーシェルの影の顎下に現れたもう一つの時界門から突き出されるメグさんの拳、脳天まで突き抜けるような衝撃を伴った一撃を顎に受け、ハーシェルの影の足が止まりフラフラとバランスを失いその場に倒れ伏した。
…終わった、一瞬で終わらせてしまった。流石メグさんだ。
「ふむ、空魔殺式すら会得していないとは………」
しかし、勝利したメグさんの顔つきは晴れない、何かが妙だとばかりに考え始める。
確かに、メグさんから聞いた情報によれば『コーディリア』と言う超一流の殺し屋が来ているはずなのに、何故あの程度の殺し屋を遣わせたんだ?
数秒の沈黙の中、メグさんはゆっくりと倒れ伏したハーシェルの影に近づき、拘束しようと手を伸ばした瞬間。
「…ッ!まさか!」
「え!?メグさんどうしたんですか!?」
その瞬間メグさんは突如として倒れ伏したハーシェルの影を抱き抱え、全力で窓の外に投擲したのだ。折角倒して捕まえたハーシェルの影を!?と言うかここ城の上層ですよ!?外に出したら死んでしま────。
「伏せてくださいッ!」
「ッ…!」
その瞬間、窓の外に叩き出したハーシェルの影の体が突然赤く輝き出し…爆裂したのだ。まるで人型の爆弾であるかのように巨大な火柱を作り城の外で爆発した。その衝撃が窓から部屋の中に入り込み爆風が暴れ狂う…。
…爆発した、人が…爆発した…!
「チッ!最初からこのつもりか!」
「メグさん!今のは…!」
「ハーシェルの影の常套手段です、アイツらは…殺しの為なら平然と手駒さえ爆弾として扱う外道なんですよ…!」
「…俺も昔、ハーシェルの影に襲われた時同じ思いをしたぜ…アイツら体の中に爆弾仕込んでんのさ。常軌逸してるぜマジで…!」
メグさんに続けアマルトさんもまた舌を打つ。ハーシェルの影は是が非でも殺さねばならない、それ故に体内に爆弾を仕込んでおり任務が失敗したと『監視役』が確認した瞬間…送り込まれた殺し屋は体内の爆弾ごと爆裂し対象ごと滅却しようとするのだ。
それ故にハーシェルの影は捕縛されない、今の今まで脱走者が居なかったのは…そう言うことなのだ。任務失敗と共にあらゆる証拠を隠滅し完璧な仕事をこなす…か。
「人間のやることじゃありませんよ、これ…」
全員が言葉を失う、そんな中…席を立ったラグナは周囲を確認し。
「メグ、今の…お前が想定していたメンバーじゃないよな」
「はい、私が確認した限りこの城にはコーディリアとビアンカ…後はクレシダとオフェリアも来ていることでしょう」
「つまり、相手はメグが想定していたメンバーよりも多くの人間を連れてきているってことだ」
メグさんは当初『四人』この城に忍び込んでいると想定していた、が…今しがた攻めてきたのはその四人とは別の存在。つまりメグさんの想定を上回る人員がこの城に割かれているという事。
いつまたあの人間爆弾が送り込まれるかわからない…と言うことだ。
「敵は動き出した、カウンターを打てる機会は今しかない、こっちも動くぞ」
「けど掴もうとした尻尾は今爆発して消えちゃったよ!?」
デティの言う通り、エリス達はここで毒殺に来た奴を捕まえて情報を抜くつもりだった…が、それももう叶わない。こうなっては反撃もクソもない。
しかしどうやら、メグさんはそう思っていないらしく。
「大丈夫です、これを確保しておきました」
「これ?なにそれ?指輪?」
メグさんはいつのまにか赤々とした指輪を手に持っていた。…いや、あの指輪って…もしかして。
「あ!これ!この間俺がメグさんから預かったやつと同じ…!」
「念話魔力機構…いえこの場合は念話魔道具でしょうか、先程のハーシェルの影の指から引き抜いておきました」
レイバンが新生アルカナと連絡を取るのに使っていた指輪と全く同じ物だ!あとラグナがメグさんから手渡された念話用の魔力機構とも同じ…ってことはアレで連絡を取ってたのか!?
「けどそれでどうするんだ?」
「お待ちを」
するとメグさんは近くの壁に立て掛けてあった装飾用の槍を思い切り地面に突き刺すと…。
「フンッ!」
それを、時界門から取り出した金属の棒で殴打するのだ。当然室内に金属音がキンキンと響き渡り全員が耳を手で覆うような地獄が繰り広げられる。
「ちょっ!?なにするんだよメグ!」
「うるさーい!」
「シッ!静かに!」
しかしメグさんはそんな爆音の中目を閉じ指輪を耳に当て何かを聞きつけると…。
「……場所が分かりました!」
「マジで!?今ので!?」
「金属音の響く方角と音量から凡その位置が把握出来ました。恐らくそこにハーシェルの影達が…コーディリア達がいるでしょう!今すぐ戦力を率いて確保に向かいます!」
「すげぇなメグ!」
「それと同時にラエティティアの確保を!アマルト様!ナリア様!ステュクス様達はラエティティアの確保に!」
「おうよ!任せろ!」
「分かりました!捕まえてきます!」
「お、俺も戦力の内なんすか!?」
「エリス様!ネレイド様は私と一緒にハーシェルの影の確保に!急いでください!恐らくこの件は敵にも察知されています!今捕まえられなければ奴らを闇の中に逃すことになる!」
「分かりました!全員ぶちのめします!」
「ん、やる…!」
今しかない、今やるしかない、奴らは用意周到で注意深くそれでいて執拗だ。掴んだ尻尾はいつまでも手の中にない、今…ここでコーディリア達を確保しなければ奴らはまた逃げ出し次を伺う。
エリスは知っている、この手の人の命さえ厭わぬ外道に次を与える恐怖を…。『次』はない、ここが『終焉』なのだ。
全員が動き出した、席を立ちラエティティアの確保とハーシェルの確保に動く。ハーシェルの居場所がわかった今なら遠慮なく動けるからだ。
部屋の扉を蹴破ってみんなでそれぞれの目的地を見据えた瞬間。
「ま、待てよ!メグ!俺らは…?」
そう言ってラグナが呼び止めるのだ。いつもなら指示を出す側の彼がどうすればいいかとメグさんに問う…するとメグさんはクルリと反転し蹴破った扉をゆっくりと締め始め…。
「いえ、六王の皆様は引き続きお食事をお楽しみくださいませ。雑務は…従者の仕事ですので」
それだけ口にし扉を閉める、食事会を楽しめって…楽しめるわけないでしょうが。…まあ、ロレンツォさんの護衛的な意味合いなんでしょうけども。
ともあれ、機は熟した。ハーシェルをブッチめてこの城に差し込む影を払うのは今しかない!