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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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487.魔女の弟子とネビュラマキュラの呪い


エリス、ラグナ、アマルトさん、ナリアさん、そしてヘレナさんの五人。


そこにレギナちゃん、ステュクス、リオス君にクレーちゃん…そしてもう一人の女騎士を加えた十人でゴールドラッシュ城の廊下に集まる、これからエリス達はみんなで親睦を深める為一緒に過ごすという話になったわけなのだが。


「それで?レギナ様?どちらに案内してくれるのですか?」


「え、えっと…すみません、案内するって言ったんですけど…実は私も昨日ここに来たばっかりでして、全然内部を把握してないというかなんというか…」


テヘヘと可愛らしくて笑うレギナちゃんにエリスは思う、この子…存外にそそっかしい人なのかもしれない。


この城を案内しつつ親睦を深め話し合う、会議ではなく共に王と言う視座を持つ者同士語り合えば分かりあう事ができるだろうとヘレナさんが提案したこの親睦会は早速頓挫の危機を迎えていた。


「ステュクス、貴方は案内出来ないんですか?」


「いや俺も昨日来たばっかりだし、そもそもこのデカい城を案内なんか出来ねぇよ。…ラヴが居てくれたら案内役を頼めるんだが、なんか今日は見かけないし…」


「ラヴ?誰ですか?」


「んー、一応俺の友達」


誰かは知らないが、居ない人間の話をしても始まらないだろ…。


なんてステュクスに対して呆れた顔をしていると、アマルトさんが腕を組みながら周りを見回し。


「ってか案内役ならそこらのメイド捕まえて頼めば良くね?態々このメンツだけで完結させる必要はないだろ」


「あ!それもそうですね!丁度いいところにメイドさんも来ましたし…」


アマルトさんの提案にレギナちゃんは勇んで気合を入れ、『私にお任せください!』とばかりにセカセカと歩くメイドさんに近づき。


「すみません、実は道案内を───」


「申し訳ございません、今手が離せないので少々お待ちください」


「へ?え…ええ、はい…」


…足も止めずメイドは立ち去っていってしまい、レギナちゃんだけがポツンとその場に残される。


目を点にしてスタスタと立ち去るメイドさんを目で追うばかりで何も言えなくなるレギナちゃんは呆然としている。


「行ってしまわれました…」


「ありゃあしらわれたな」


「ちょっと待てっていつまで待てばいいんでしょう」


「何にしても国王に対する態度じゃないですよ、メグさんが見たら激怒しますよ」


国王の頼みをして手が離せない要件ってなんだ。あれはレギナちゃんの影響力が低いから…というより、そもそもメイドそのものの質が悪いような気がする。こんなに豪勢な城を持ってるのになんであの程度のメイド雇ってるんだ。


「す、すみませんラグナ様、ヘレナ様、お役に立てず…」


「いえいえ、構いませんよ。しかしどうしましょうか、慣れないお城を歩き皆に迷惑をかけるわけにもいきませんし…」


ヘレナさんは思い悩む、エリス達も悩む、実際問題どうしよう。話すだけならさっきの部屋で話してもいい、だが道が分かる人間がこの場に一人もいないという事態は早いうちに解決しておきたい。


とは言え、持ち主のロレンツォさんが従者を出してくれないばかりか、その従者があれだしなぁ…。


(どうしよう…、ちょっとだけ困ったかも…ん?)


そう悩んでいると…ふと、廊下の向こうから三人の影が向かってきて───。


「おや!そこにいるのは!ラグナ様!」


「ん?あれ?あ!お前らは確かいつぞやの…!えっと…えー…そのー…」


寄ってきたのは懐かしい顔、彼等はこちらを見るなりなんとも嬉しそうに駆け寄ってきてラグナを慕うように目を輝かせている…が、一方のラグナは面識があるって事はなんとなく覚えているが、名前が出てこない…とばかりにエリスの方を見る。


そんなラグナにエリスは小声で耳打ちをし。


「パナラマの街の領主ゴードン・ルクスソリス様です、そしてその孫のヴィンセントさんとシーヴァーさん」


「そうだった……おほん、久しぶりだなヴィンセントにシーヴァー」


「はい!ラグナ様もご健勝なようで何より!」


「がははははは!またも再会できるとは!しかも今度は王として合間見える日が来るとは思いもしなかったわ!」


駆け寄ってきた紺色髪の若き戦士はかつてエリス達が立ち寄った街の領主の家系、ルクスソリス家のヴィンセントさんとシーヴァーさん、そしてその祖父ゴードンさんだ。


かつてイージス・ネビュラマキュラの下で働き勇猛果敢、豪傑無双として知られた騎士の家ルクスソリスたる彼等もまたマレウス諸侯が集まるこの会議に参加していたようで、他の貴族とは違い鎧を着て剣を携え現れる。


相変わらず勇ましい出立ち、身分を知らなければこの城の将軍と見間違えてしまいそうなくらい立派な甲冑を着たヴィンセントさん達はエリス達を見るなり寄ってきて。


「ラグナ様達が悪魔の見えざる手を倒してくれたおかげで攫われていた子供達も無事家に戻る事が出来ました。本当にありがとうございます」


「いやいや、どの道連中はぶっ潰すつもりだったし構わないって」


「流石はラグナ様達です、あれ程の敵を軽く捻ってしまうとは」


かつてはエリス達を冒険者風情と侮っていたヴィンセントさんだが、あの一件を受けどうやらかなり人間的に成長できたようだ。エリス達を前にしても露悪的な感情を見せず寧ろ好意的な振る舞いをしてみせる。


それに…よかった、どうやらあの場に囚われていた子達は無事親の元に戻れたようだ。デッドマンに痛めつけられていた時はどうなるかと思ったが、何もないならそれで良い。


「それで、ヴィンセント達は何を?城の中を歩き回って…他の貴族はみんな帰ったんだろ?」


「ああ、我々はレギナ様にご挨拶をする為にこちらに…それと」


「……………」


ヴィンセントさんは険しい顔をして見遣る。その先にいるのはレギナちゃんが常に側に立たせている護衛の女騎士。


…名をエクスヴォート・ルクスソリス、マレウス最強の存在だ。


「姉さん…久しぶり」


「…ヴィンセント……」


「その、昔は悪かったよ。嫌な事ばかり言って」


「…なんとも思ってない、の顔」


「そ、そっか」


かつてパナラマにいる時に聞いた、ヴィンセントさん達の姉…エクスヴォートさんの話を。このマレウスに於ける最高戦力であり帝国将軍にさえ匹敵すると言われる程の絶大な力を持つ彼女の話を。


そして、今この場でエクスヴォートという人物を確認して思うのは…その話が事実であると言う事。


(エクスヴォートさん…どう見ても一介の近衛隊長に収まっていていい器じゃない。実力的にグロリアーナさんと同程度、つまり第三段階に確実に至っている)


最初見た時から思っていたが、やはり途方もない魔力量だ。それに他の人とは魔力の漂い方が違う…みんなが火のように魔力を滾らせているのだとしたら、この人は水のように周辺を魔力で満たしている。魔力そのものに重みがあるんだ…どう言う事なんだろう、これは。


「今はレギナ様の護衛をしてるんだよな、姉さん」


「肯定の顔」


「そっか、元気そうでよかった…それだけだから」


ぎこちない会話だな、姉弟なんだからもっと仲良くすればいいのに。なんて思っているとアマルトさんが…。


「ってかずっと気になってたんだけどさ。エクスヴォートさん…だっけ?」


「エクスでいい…の顔」


「あそう?じゃあエクスさんのその『なになにの顔』ってなんだよ。昔からこう言う喋り方なの?ユニークだね」


と何やら無粋な事を言い出すのだ。やめてよアマルトさん変なこと聞くの。こう言うある種の極まった人は大体こんな感じで変な人ばっかでしょ、グロリアーナさん然りクレアさん然り、今更そこを突っ込まないの。


「あ、それは私がエクスヴォートに教えてあげたんです。言葉で伝えるのが下手なら表情で伝えればいいって」


「で、それを態々口頭で説明してると…。いやレギナ様に教えられてからその喋り方になったなら、なんでヴィンセント達はそれに突っ込まないわけ?お前らのところを出てからレギナ様にあったならこりゃ初見だろ」


「いや…姉さんはいつも我々には理解不能な事しか言わないので、『こんなもんかぁ』と…」


「なんだそりゃ…、もうちょい姉貴は大切にしろよ…とは言えねぇか、俺は」


そんなもんですよ、こう言う変な人と付き合っていくなら『こんなもんかぁ』って思考が重要なんです。


「それよりラグナ様、ラグナ様達はこれから何を?」


「いや、城を見て回ろうかと思ったんだが案内役が居なくてさ」


「では我々が案内しましょう、我々は他よりも早めにこの城に来ていたので内部の事は分かっています。そうですね、手始めにゴールドラッシュ城名物の大娯楽室へ行ってみませんか」


「お?案内役を引き受けてくれるか!」


「当然!皆様には大恩がありますから」


胸を叩いて任せてくれと語るヴィンセントさんは昔よりも幾分頼もしく見える、彼が案内役をしてくれると言うのなら安心だろう。


「ではお願いしても良いでしょうか」


「お任せください、女王陛下」


「ふむ、若い者ばかりで遊びに行くとなれば…老兵は邪魔者か、では任せるぞ?ヴィンセント…それとエクスも」


「はい、お祖父様…の顔」


レギナちゃんの言葉に傅くヴィンセントさん。それを見てこれなら安心だとばかりにゴードンさんは軽く礼をして立ち去ろうと背中を向ける。孫であるヴィンセントさんが人間的に成長したからか、以前見た時よりもゴードンさんは老けて見える。


心置きなく後を託せる後継の存在は、或いは己と言う存在の終焉を予感させる物なのかもしれないな。…それにしても。


「娯楽室ですか、楽しみですね!ステュクス!」


「この城娯楽室なんてあったんだな、俺知らなかったわ…」


「…………」


キャイキャイはしゃぐレギナちゃんとステュクスをジッと見守るエクスヴォートさん。口下手だと言う話は聞いていたが、それ以上に心の中で何を思っているかさえ分からない。


…第三段階に至るほどの使い手が何故女王の近衛隊長程度に収まっているのか、何故彼女そこまで女王に固執するのか。未だ判然としないエクスヴォートという人物に…エリスは些かの興味を抱いていた。


…………………………………………………


ゴールドラッシュ上層に存在する巨大な娯楽室は、この城に於ける名物の一つと言っても過言ではないのかもしれない。


ボードゲームやスロットなどを取り揃えた『カジノ風エリア』、屋外にプールなどを取り揃えた『水泳エリア』、歌や楽団による演奏を楽しめる『美術エリア』など三つに分かれるフロアを様々な用途の娯楽に特化させた大娯楽室、この城を訪れた貴族達はその設備の充実さに感動を禁じ得ないと専らの噂であり、その噂がゴールドラッシュ城名物の名を確たる物にしているのかもしれない。


とは言え、最近では理想街チクシュルーブの方が娯楽性としては上であり、この世の娯楽を全て詰め込んだ遊びの殿堂としての名は薄れつつある…とここに案内してくれたヴィンセントさんは言っていた。


そんな娯楽室のカジノエリアにエリス達はやってきた。用事は特にない、強いて言うなれば単に遊ぶ為…その遊興が今は大切だから。


「………」


中心にバーカウンターを携えるカジノ風エリアに響き渡る控えめなジャズサウンドが流れるオシャレな空間で、エリスは目を尖らせ先を見る。


目の前には縦長のテーブル…否、ビリヤード台が鎮座する。それに向け槍を突き立てるようにエリスはキューの先端を磨く。


「次…姉貴だぜ」


「………」


ステュクスが台を離れエリスに座を譲る。テーブルにはいくつかのボールが残っているのを確認し、エリスは白い玉を見据えキュー構えながら姿勢を低くし…。


「シッッ────!!」


一呼吸で全力を出し一気にキューを突き出し。狙ったボールへと当てる、キューによって突かれた白い球はパカーンッ!と小気味良い音を立てて爆散し、辺りにボールだった破片が飛び散る。


「よし」


「何処が!?ボール壊すなよ!」


「というかルールの説明されてないのでよくわかりません、これなんて遊びですか?」


「ビリヤードもやった事ないのかよ…」


はぁとあからさまにため息を吐くステュクスにムッとしながらもエリスは周りを見る、エリスと一緒にビリヤードを楽しんでいたのはステュクスとその仲間のカリナちゃん。そしてレギナちゃん達は…。


「よぉーし!また俺の一人勝ち〜。お前らみんな弱いなぁ〜」


「まぁ、またアマルト様の勝ちですね」


「うむむ、理想街チクシュルーブのカジノで大勝ちした…という噂は本当でしたか」


四人で台を囲みカードゲームをして遊んでいる。メンバーはアマルトさんとレギナちゃんとヘレナさんとヴィンセントさんだ。しかしそのゲームは基本的にアマルトさんの一人勝ち状態らしい…。


相変わらず、ゲーム関連に関してはアマルトさんはバカ強い、いや…バカ強いと言うよりあの状況は純粋にバカか?


「おいアマルト」


「お?なになに?ラグナ、次はお前が俺と勝負する?」


「お前席変われ…、もうちょい忖度しろ」


「大人げないですよアマルトさん…」


「あ、すんません…」


そして傍で見ていたラグナとナリアさんに呆れられてる。まぁ仕方ない、彼ここのカジノ風の娯楽室見た瞬間『俺一週間ここに住む!』とか言い出すくらい興奮してたしね。まぁ他の面々はあんまり気にしてないのが幸いか。


「っていうかすげー施設だよなぁ、古今東西凡ゆる遊びがここにあるぜ」


「ロレンツォ様はカジノ運営もしてられしたそうなので、そちらのツテもあるのでしょう。私も初めて来ましたがこんなに豪勢な遊び場は見たことがありません。ヘレナさん、エトワールにはこういう場はあるんですか?」


「ありませんね、エトワールでの娯楽と言えば基本的に観劇か観覧、美を見て愛でる国なので自分達でゲームをする…という習慣があまりないのです」


「おぉ、凄いですね。いつかエトワールの劇を見てみたいです」


「ふふ、でしたらまたいらしてください。国内随一の役者達の最高の劇を見せましょう。ねぇ?サトゥルナリア?」


「はい、僕頑張ります」


こうして見ている感じヘレナさんとレギナちゃんの関係は極めて良好だ、というよりヘレナさんが異様にレギナちゃんに肩入れしているような気がする。そしてレギナちゃんもレギナちゃんで自分に肩入れしてくれるヘレナさんの好意を純朴に受け取り慕っている。


良い、とても良い関係だ。


「ではもう一試合やりますか?女王陛下、ヘレナ様」


「いいですね、望むところです」


「ふふ、負けませんよ」


「アマルト、お前は向こう行ってろ」


「仲間はずれにするなよぉ…、ちぇ〜しゃーねぇーから一人でスロットでもしてるかねぇ」


アマルトさんに代わり卓に着いたラグナを合わせ再び四人でカードゲームにかかるレギナちゃん達。あそこにエリスが近づくと体質的にゲーム結果に影響を及ぼしかねないので離れておくとして……。


「………」


レギナちゃんの背後で一人黙々とダーツを楽しむエクスヴォートさんに目を向ける。いつも忙しそうにしてる彼女に話を聞くなら、今かな。


「エクスヴォートさん」


「なんだステュクス…の顔、…あ」


「エリスですよ」


キョトンとした顔でこちらを見て、その後押し黙るエクスヴォートさん。彼女の顔を見上げエリスもまた押し黙る。


彼女の祖父であるゴードンさんをして『エクスヴォートが何を言っているのか分からない』と言う程の口下手、しかしエリスも口下手な人の扱いはそれなりに上手いつもりだ。そもそも師匠も口下手だしネレイドさんも口が達者な方ではない。


こう言う人の場合、口や顔を見てその心情を押し測る事はできない。見るべきは行動…何をしているかを見るべきだ。


「何してるんですか」


「女王の護衛…の顔」


「つまり、こうしてエリスを近づけていると言う事は、エリス達のことは警戒していないと?」


「警戒するまでもない…の顔」


おいおいそりゃあどう言う意味だ?エリス達は警戒するまでもない雑魚ってことかい?そりゃ聞き捨てならねぇ〜なぁ〜…となるところだが、まぁそこは口下手の相手に一家言あるエリスさんですよ。


彼女にはエリス達を貶める意図はない。口下手な彼女がこう言う風に嫌みたらしい事を言えるわけがない。


これは単純にエリス達の敵意を見て、警戒するほど恐ろしい物ではないと言っているんだろう。ある種の信頼と言う奴だ。


「なるほど、信頼してくれているんですね」


「そう…」


「エクスさん…って呼んでもいいんですよね」


「ああ」


「エクスさんはレギナちゃんの事を守ってくれるんですね」


「そうだ」


「……それはレナトゥスに命令されているから、ですか?」


「…………」


エクスさんの目つきが変わる、これは多分『否定の顔』だな。と言うことは違うのか。


はっきり言うとエリスは今敵味方の区別をつけようとしている。レギナちゃんの仲間として行動していたラエティティアにレナトゥスの意志が垣間見得た以上、王城側の人間にどれほどレナトゥスの意図が反映されているか分からない。


レナトゥスは恐らくこの会談の失敗を望んでいる。奴の目的はどう考えても魔女大国にとって良い物でないのは明白だからね。


「私はレナの命令では動かない…の顔」


「レナ?」


「…失礼、レナトゥスの事。私とレナトゥスは学友なのだ…の顔」


「学友……あ!」


刹那、エリスの中で点と点が繋がる。以前見たコルスコルピの時刻みの間。あそこに書かれていた名前…あそこにレナトゥスの名前が刻まれていた。と同時にその隣に…エクスさんの名前も書かれていたはずだ。


二人とも学園の卒業者であることは知っていたが…まさか同期生だとは知らなかった。


「ディオスクロア大学園ですよね」


「そうだ…知っているのか?の顔」


「エリスもそこを卒業してるんですよ、その時エクスさんの名前を見たことがあって」


「ほう……、フーシュ学園長は元気か…の顔」


「元気らしいですよ、それとあそこにいるアマルトさんはそのフーシュさんの息子さんです」


「聞いた、驚きだった。あの人に息子がいるとは思わなかった…の顔」


するとエクスさんはアマルトさんを見て…目を細め。


「懐かしい…全てが懐かしい。もう三十年以上も前だ…あの頃は楽しかった…の顔」


「レナトゥスと学友だったんですよね、昔の彼女はどんな人だったんですか?」


「………レナは、今と違って…陰気な子だった。友達も居らず、口数も少なく、ただ何かに迫られるようにいつも勉強ばかりしている子だった…の顔」


どんな顔だよ。しかし意外だな、あの自信に満ち溢れたレナトゥスが昔は陰キャだったとは。それが今やマレウスの大宰相として胸張ってやってるんだから凄い話だよ。


「レナトゥスとは今も交友が?」


「ない……」


それだけ口にするとエクスさんはやや寂しそうにダーツを手に軽く投げ出し的の真ん中にぶつけ、それを見届けた後また虚しそうにため息を吐く。


「私をレナの手先だと疑っているならその心配はない、私は陛下の忠実な僕…命令は陛下からしか聞かない、…の顔」


「バレてましたか」


「お前はステュクスと違って色々考える質のようだ、だからこそ…動きも読みやすいの顔」


「そりゃ失礼しましたの顔」



「何エクスさんと話してんの?姉貴〜」


「貴方の陰口です」


「絶対嘘〜」


まぁ何にしても、エクスさんに関しては警戒する必要がないって事で結論付けてもいいか。現状どう考えても手がつけられないレベルの強者であるエクスさんが敵だった場合…非常に面倒なことになる。


この人に対抗出来るのは今のところこのゴールドラッシュにはグロリアーナさんしかいないしな。


(にしても、エクスさんとグロリアーナさんってどっちが強いんだろう)


エリスの心情的はグロリアーナさんに勝っていてほしいけど、ここまで来ると両者の差はエリスでは感じ取れない。どちらも同じ第三段階の使い手だからね。


…いつかエリスも、ここに並びたい物だ。


…………………………………………………………………


「ふふふ、あはは。楽しいですね、レギナ様」


「はい、ヘレナ陛下。私…こんな風に誰かと遊んだのなんて初めてです」


一通りカードゲームを遊び終えて私達は引き続きテーブルについたまま語り合う。こんな風に誰かと遊んだのは初めてだ。私は生まれた時から自由がなかった、当然だが遊んでいる時間なんてあるはずもない。


だからこそ、同年代の王であるヘレナ様やラグナ様とこうして遊ぶ事が出来るのは…とても得難い経験で…。


「初心者にしては上手かったな、レギナ陛下」


「はい、なんというか引き運が凄まじく良いですね女王陛下は」


「そ、そんな」


ラグナ様とヴィンセントさんに褒められ照れてしまう。初心者だから引き運とかは分からないけど…それでも私だけがあんまりにも弱くてゲーム不成立!なんてことにはならなかったのは幸いでした。


「しかし、こうして女王陛下と面と向かって話すのは初めてですが。噂に聞くほどの方では無く寧ろ聡明な印象を受けましたね」


するとヴィンセントさんが何やら感慨深そうに語る。この中で唯一マレウス出身でありマレウスの貴族の一員である彼がそう言うんだ、噂に聞くほど…と。


「へぇ、どんな噂だ?」


「え?あ…いや」


険しい顔で目を細め問いかけるラグナ様にハッとするヴィンセントさんはしどろもどろと目を泳がせる、だが誤魔化す必要はない…その噂は私も知っているから。


「『愚鈍な王』『ロクに執政も出来ない愚物』『玉座に座っているだけの置物』とかですよね」


「あ…いやぁ〜…えっと…」


ヴィンセントさんが『失言だった…』と目をキュッと閉じる。別に気にしていない、事実だし、私は執政もできない置物で、こうして魔女大国の皆様を呼びつけておきながら手取り足取り色々教えてもらっている身なのだから。


「気にしていません、事実ですから」


「そんな事はありません、我々貴族は皆王の敬うべきなんです…そんな噂が出る時点で…」


「私は、王としてあまりにも未熟。それを今より一層感じています、ラグナ様やヘレナ様のように経験もなければ学もない…未熟な王」


「………………」


「えっと…」


ラグナ様は押し黙り何も言わない、ヴィンセントさんは困ったように周りを見ている。困らせている自覚はある、だがそれでも吐露せざるを得ない。私は私を許せない、その自戒の念が自制の心を突き破り言葉を作る。


未熟……ただひたすらに未熟、それが悔しくてたまらない。私にももっと気高く立ち上がれるだけの力があれば──。


「気持ちはわかりますよ、レギナ様」


「へ?…ヘレナ様」


しかし、そこで手を取って理解を示してくれるのは…ヘレナ様だった。それは取り敢えずこの場だけ私を納得させようとしているなんと無くの共感ではない…。心の底からの共感であり、理解。


それが分かる、それだけ彼女の目が真摯だから。


「で、でも…ヘレナ様は立派な女王様で…」


「そう言ってくれるのは嬉しいです、ですけど私は貴方が思うほどに能力は無く、学もなく、勇気もない…」


するとヘレナ様は私の手をキュッと握りしっかりと向き合うと。


「私も昔、自身の臆病さから嘘をついたことがあります。国民全員を騙す嘘を…そしてその嘘がきっかけで大変なことになった経験があるのです」


「大変な事…?」


「ええ、大変な存在を呼び寄せ危うく人々に被害が出るところでした、しかも私はそれを私自身で解決出来ず…あろう事か立場のない民間人に解決を押し付けてしまった」


「ヘレナ様…」


それは忸怩たる念だろう、自分のせいで国民に迷惑をかけて…その上で尻拭いを民間人に任せてしまうなんて。そんなの国王失格と言ってもいい程の大失態…私なら頭を抱えて『こんな王なら居ない方がいい』と三日位寝室に閉じこもってしまうかもしれない。まぁ絶賛ステュクスという民間人を巻き込んでいるわけだが…、それもかなり悩んだ末での決断だし…。


でもヘレナ様は、強く…強く言葉を紡ぐ。


「私はラグナ様達のように魔女の弟子では無く、イオ様やベンテシキュメ様のような力はないです。オマケに国王としての能力は平凡…私はきっと歴史に名を残さないでしょう」


「……そんな…」


「でもね、そんな私だからこそ貴方に言えるんです。…恥ずべき事はないと」


「え?」


微笑みかける、優しい微笑み…輝くような、儚い笑み…これは─────。


「頼ってもいいんです、人を。確かに民間人を巻き込むのは良くないです…ですがそれでも一人で抱え込むよりも、誰かを頼り、誰かに寄り掛かり、誰かの真似をして、誰かを由来としても構わない。王は…一人で立つ者ではなく、人々と共に前を見る存在なのですから」


「頼ってもいい…ですか」


その言葉を染み入るように聞き続ける。もっと人を信じろ…か、確かに私はどこか『私がなんとかしなくちゃいけない』と思っていた節がある。けど自分じゃなんとも出来ないから人に任せて、その事を罪に感じてより一層塞ぎ込んでいた。


「貴方に出来ない事は人に任せていいんです、だから貴方は貴方に出来る事を精一杯やりなさい」


私は私に出来る事を…か。何が出来るんだろう…分からない、分からないけど…ヘレナ様の言いたい事はわかる。


未熟だからこそ、人を頼り…それでも芯を見失わず進み続ける。それが王なのだ、人を先導する者が王なのだ、そんな王が迷っていては…誰も進めないか。


「ありがとうございます、ヘレナ様」


「ええ、私達を存分に頼って?ご機嫌取りもいらない、私は貴方の味方ですから…なので手始めに様付けはいりません」


「え!?じゃあなんと呼べば…!」


「ヘレナ?」


「せめてさんは許してください」


「許しましょう!レギナちゃん」


ニコッと微笑みながら離れていくヘレナさんの手の温もりがスルリと私のでの中から失われ、私の手の中には私の手汗の冷たさだけが残り……。


「フッ、まるでレギナ様のお姉ちゃんだな、ヘレナは」


「ふふふ、私も正直そう思ってます。私なんかが勝手に親近感を覚えてごめんなさい?でもなんだか放っておけなくて」


クスクスと笑うヘレナさんとラグナ様を見て、私は手を握る…開く…手を握る、開く。


お姉ちゃん…みたい──────。


『レギナ』


「あ……」


刹那、視界が暗転し、声が響く。頭の裏側から声が響く、これは…。


『お前は…ネビュラマキュラの円環から抜け出し…自由に生きろ、それが我々の…』


「うっ…!」


ズキリと痛む頭に、現実に戻され私は額を抑える。ダメだ、抑えろ…ここで吐くわけにはいかない。


「どうされましたか?レギナちゃん」


「いえ…最近緊張しっぱなしで、緊張が解けた所為で少々疲れが出たようです」


「それは大変、そろそろ部屋に戻りますか?」


「ありがたいです…」


ヨロヨロと椅子から立ち上がると、向こうの方でダーツをしているエリスさんと目が合う。ステュクスのお姉さん…それが私の目を見て、怪訝そうに目を細め。


「では皆さん、そろそろお開きにしましょう。それでいいですね」


「あ、いいですよ。みんなはどうします?」


「俺ここに残ってく、ナリアは?」


「じゃあ僕はヘレナさんと一緒に行きます」


アマルト様とナリア様は私を気遣うように肩を叩いてくれる。ありがたいです…。


「レギナ、大丈夫か?」


「大丈夫ですよ、ステュクス…一人で部屋に戻れますから」


「とはいうけどよ…」


「ならそろそろ解散にするか、悪いがナリアとヘレナはレギナについてやってくれないか?」


「構いませんが、ラグナ様はこれからどうするので?」


「ん?俺は…ちょっと野暮用がある」


そう言ってラグナ様は…静かにステュクスを見据えると。


「ステュクス、ちょっとツラ貸せ」


「……へ?」


そう言って、ステュクスを誘うのであった。…ステュクスに一体何の用が…いえ、きっと大丈夫でしょう。ラグナ様がステュクスに何かするわけがない…ですよね?


うん…うん。

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