表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
534/868

485.魔女の弟子と集結の六王


「わぁ〜、凄い街ですね。街全体が金ピカですよ」


「派手な街ですね、エリスもこんな凄い趣味の街は見たことありません。流石は黄金卿の街…ですね」


黄金の街、そこはそうとしか形容出来ないほどに黄金に満ちていた。無限に連なる摩天楼と綺麗に整備された街並み、その全てが金に覆われているんだから凄まじい。何もかもが金で出来ている場所なんてフォーマルハウト様の黄金宮殿以来だ。


───エリス達は今、エルドラド会談の為にこの黄金都市エルドラドを訪れていた。二週間とちょっとの旅路を越えてようやく辿りついたエルドラド入り口に立ちみんなでその圧巻の威容を見上げていたんだ。


「すごいねぇ、私もここに来るのは初めてだけど…マジでここまで金ピカとは恐れ入ったわ」


「冒険者の身でありながら一代でここまでの財を成すなんて、夢のある話と見るべきか浮世離れした話と見るべきか迷うな」


エリス達と共に一時的に旅を共にしたオケアノスさんとヴェルトさんが馬車から降りて来て、開幕一番目に入ってくる金色の光に少々苦笑いを浮かべる。まぁそりゃ…そんな顔もするか。


「お二人はこの街に来るのは初めてなんですね」


「まぁ用がなければ立ち寄る街でもないし、何よりここは物価が高い…遊びで来れる場所じゃないんだ」


「なるほど…」


エリスは再び城を見上げる、これからあの城…ゴールドラッシュ城でマレウスと魔女大国を巻き込んだ大会議が行われる。エリス達はその場に同席する為に来た、だがオケアノスさん達は違う。


「…あそこに、クルスが居るみたいですけど。どうするんですか?」


あそこにはクルスが居る。あのゴミ教皇だ、東部の全部を捨てて逃げたあいつがあの城にいる、オケアノスさん達は彼に会いに来たわけだが…どうするつもりか、そう聞くとオケアノスさんは肩を竦め。


「まぁ、クズだけどあれでも教皇だからね。一応アイツの護衛をするつもりだよ、アイツがナメられたら真方教会全体がナメられる。それは避けたいからね」


「思うところはあるが、我々も教会所属だしそこは立場に従うよ」


「そうですか…分かりました」


エリスとしては一発痛い目を見せてもいいとは思っている、だが二人がそれを望まないならエリスもまた何もしない。まぁエリスはクルスと面識は全くないわけだが…。


「あ、皆さんもう行く感じです?」


すると、馬車の中からひょっこりケイトさんが顔を出す。もう行く感じです?って貴方…。


「ケイトさん、もう出発しますよ、ケイトさんも会議に出るんですよね」


「いや私はここに残りますよ、会談自体には呼ばれてないし。会議に出れるのはガンダーマンだけですから」


そうか、この人は飽くまで最高幹部…会長じゃない。なら会議に出る必要はないのか。エリス達が彼女をここまで送って来たのは飽くまで彼女が西部に帰れるようにという計らいの為。彼女は会議には出ないんだったな。


「じゃあここでお別れですか?」


「んー、もうちょっとここに滞在しようかなぁ〜。会議が終わるくらいまでは一緒にいましょうよ〜」


「とか言って、馬車の中が居心地がいいだけでは?」


「あ、バレました?ここ頼めばいくらでもココアが出てくるから居心地いいんですよねぇ〜、糖尿病待ったなし、今頃膵臓が悲鳴あげています」


この人は…まぁいいか、ガンダーマンの情報をくれただけでもありがたいってもんだ。


…そうだ、ガンダーマン。エリス達は奴に接触する為にここに来た事を忘れてはならない、アイツはマレウス・マレフィカルムと繋がっているかもしれないんだ、それにガンダーマン並みに怪しいチクシュルーブ…ソニアもここにいる。彼女を調べるいい機会でもある。


会談はラグナ達の仕事、エリス達はこちらの調査を進めなければならない。


「では、そろそろ行きますか」


「あ、その前にエリスさん達?」


するとケイトさんが馬車に戻るついでとばかりに手を上げて…。


「二つほど言いたいことが」


「なんですか?」


「一つは…あの城の主人ロレンツォ・リュディアは私の知己でもある男です。かつては同じパーティにいましたからね、だからこそ忠告させてください。彼は表面上では善人を演じるタイプの男です、ですがその本性はこの権謀術策渦巻くマレウスでのし上がった怪物…油断はしないように」


『商人』ロレンツォ・リュディア…ケイトさんやヒンメルフェルトさんのかつてのパーティメンバー。確か冒険者時代の稼ぎを元手に最終的に王貴五芒星に成り上がった稀代の成金男だったか。


いくら金があっても、能がなければただの金持ち止まりで終わる。ロレンツォはそこから頂点まで上り詰めた、そこに至る道筋は決して綺麗なものではなかっただろう。相当なやり手…それもケイトさん並みに経験を積んだ『化け物』と呼ぶに相応しい男か。


確かにあまり油断しない方が良さそうだ。


「確かに、そうですね。忠告感謝します。それでもう一つは?」


「ええ、もう一つは…そこの馬車停め場。なんか契約とか料金が必要みたいなんで手続き出来る人を一人残してください」


「えぇ…ケイトさんがやっといてくださいよ…」


「やーだー!責任持ちたくなーい!誰かやってー!」


この人…どこまで本気で言ってるんだ、齢を八十九十を超えたお婆ちゃんがジタバタ暴れて駄々をこねないでくださいよ…。


「はぁ、仕方ない…ヴェルトさんお願いできますか?」


「え!?なんで俺!?」


「なんとなく、この中で一番慣れてそうだなって」


「えぇ〜、まぁいいか。俺はこの中でも一番のオマケだし、何より急いでクルスに会いたいほどアイツが好きなわけでもない。分かった、軽く済ませてくるよ」


「すみません、色々頼んじゃって」


「いいっていいって、ここまでの足を用意してくれた礼だよ」


ヴェルトさんには頼りきりだ、何もかもを任せてしまえるのは彼が本当になんでも出来るから。よくないことなのは分かってるけど…つい頼ってしまうな。


馬車停め場の契約に向かうヴェルトさんの背を眺め、深く礼をしながらエリス達は再び城の方に向き直り。


「それでは急ぎますか」


「緊張して来ましたね、というか僕たちって議会の場に参加するんですか?」


「いや?違うんじゃね?流石に話し合いの場には同席させてもらえないだろ、だって俺ら部外者だし」


「あれ…、私は…参加するつもりでいたけど、護衛として…」


「いや護衛は護衛で居るんだろ?あれ?どうなるんだ?」


ふと、みんなで見つめ合う、そう言えばエリス達の立ち位置ってどうなるんだ?会談に参加するのか?させてもらえないのか?会談の間は自由行動?それはそれでやることあるのか?


そもそもエリス達はどう動けばいいんだ?いつもはこういうのに慣れてるラグナ辺りが正答を出してくれるがそのラグナがいない。ここにはそう言う会議に参加したことのない人達ばかり。どうすれば…と悩んでいると。


「では、私が皆様の纏め役をさせていただいてもいいでしょうか」


するとメグさんが軽く手を上げて提案してくれる、メグさんが纏め役か…悪くない気がするな。


「メグ慣れてんの?」


「はい、これでも祖国では陛下の参加する会談全ての調整を行い陛下のサポートをしております身ですので、皆様よりは幾許か経験があるかと」


「じゃあお願いしましょうか、僕達こう言う場には慣れていないので」


「畏まりました、ではこの会談の間弟子側の動きは私が調整して参りますね」


メグさんはカノープス様のサポートをしている皇帝直属メイドだ。大掛かりな会議などには慣れているしなんなら裏まで知っている分ラグナ達よりも詳しいかもしれない。分からないことがあれば彼女に聞く…そう言う風に決めておけばラグナ達に迷惑をかける事もないだろう。


「既にエルドラド会談の日程や日毎の予定などは頭に入っています。今日はお昼前に顔合わせ程度の会談を行うそうでござうます」


「なるほど、その時にラグナ達を時界門でこっちに呼びよせるんだな?」


「はい、なのでまずは我々がエルドラドにて場を整える必要がございます。故に今から女王陛下に謁見していきます、皆様ついて来てくださーい」


軽く手を上げて案内するようにゴールドラッシュ城へと向かっていくメグさんとそれについていくエリス達は皆それぞれ黄金の街並みを眺めながらちょっぴり観光気分で歩んでいく。


そんな中エリスは、ステュクスから届いた手紙を開き…。


(…女王レギナ……か)


ステュクスは今レギナちゃんと一緒にいるようだ、なんで一緒にいるかは分からない。だが問題はステュクスが態々エリスに連絡して来たということ。前あんな事があったのに態々…だ。


それだけエリスの力が必要になった、レギナちゃんのやろうとしていることに必要になったんだ。だからステュクスは動いた…。


…いつも彼の方が正しい側にいる。彼がやろうとしていることはいつだって正しい、なら…レギナちゃんのやろうとしていることもまた正しいんだろう。


「……………」


複雑だが、仕方ない。今回ばかりは力を貸してやろう、エリスの中ではまだ…整理は出来てませんが、…今は今、ですもんね。


……………………………………………………………………


それからエリス達はレギナ陛下とステュクスと合流した、レギナちゃんは以前会った時と比べ立派で美しい女性へと成長していたし以前は見受けられなかった自信のような物も感じる。


そしてステュクスは…なんか妙にエリスの方を見てキョドキョドしていた。その態度がちょっと腹立って仲良くは出来なかった。お前の方から呼んでおいてなんだその態度はと思いもしたが…構わない、今はもうそんな事でキレたりしませんよ。


オケアノスさんは先にクルスと合流し、エリス達はというと……。


「……………」


会議の開始を静かに待っていた。ゴールドラッシュ城の内部にて騒がしく蠢き始める人々。どうやらこれから始まる会議を前に貴族達が次々と城の中に入って来ているようだ。


エルドラド会談の内容は既にメグさんから教えてもらっている、会談は一週間かけて行われるが一週間みっちりやるわけではない、他国から王を招いている事から歓迎会的な意味合いも持っているらしい。


なので会議は一日置きに行われる、初日に会議、次の日は休み、三日目は会議、四日目は休み、五日目は会議、六日目は休みで…ラストに会議だ。その間にいくつか交流的なのをやっていくとは言っていたが、どうなるかは知らない。


「…レギナちゃん」


そして見据えるべきは会議の行く末、レギナちゃんはこの議会を通じて魔女大国との宥和姿勢を見せていきたいかと言っていたが、実際それが何処まで上手くいくのかは分からない。


だって今目の前を歩く貴族達は…。


『いよいよ六王が来るらしいぞ』


『自慢の騎士を連れて来た、うちで一番の強者だ。こいつらで威圧して腰抜かさせてやろう』


『目にもの見せてくれるわ』


向こう側の廊下を歩く貴族達の口から発せられるのはどれも敵意に満ちた言葉ばかり、どうやらこの議会に参加している人間の殆どは魔女大国に敵意を持っている面々らしい。まぁそれも当然か、それが非魔女国家と言うもんだ。今更気にする必要はない。


(けど、針の筵だろうな。ラグナ達は大丈夫だろうけど…この中で意地を通すのは難しいぞ、レギナちゃん)


見たところレギナちゃんは国王としての経験が浅そうだ。歴戦の王たるラグナ達に比べたら小鳥同然、あんな子が貴族達に反目された状態じゃなんにも出来ないだろう。


…さて、どうなるか。


「姉貴…?」


「…ん?」


ふと、壁にもたれて貴族達の動向を観察していると、横から声をかけられる。ステュクスだ、騎士としての鎧を着て立派な格好をした彼が…おずおずこっちに寄ってくる。


エリスはそれに視線だけ向け答える、何をしに来たのか…。


「あの、えっと」


「貴方は女王の護衛でしょう、レギナ陛下の側を離れてもよかったんですか?」


「それは大丈夫、他の奴らが見てるから」


「そう言う問題じゃないと思いますが?貴方の仕事は……いえ、小煩く言うのはやめておきます」


ダメだな、彼を前にするとどうにも嫌な人間になってしまう。別に彼を虐めたいわけでも嫌そうな顔を見たいわけでもない。それに彼はエリスと違って現場のことを知り得ている、彼が大丈夫と言うのなら大丈夫なんだろう。


「それで、何の用ですか?」


「いや…その、ありがとう。応じてくれて」


「…………」


「正直ダメもとだったけど…姉貴が応えてくれたおかげでレギナの願いに一歩近づけた、本当に感謝してる、姉貴が味方になってくれて心強いよ」


「勘違いしないでください、エリスはラグナ達に頼んだわけではなく提案しただけ…ここに来る選択をしたのはラグナ達です。感謝なら彼等に」


「そっか、でも姉貴に感謝するよ、俺は」


「……勝手にしなさい」


頭の中がぐちゃぐちゃになってエリスはそっぽを向く、すると…反対側の廊下からも誰かがやってくるのが見える。あれは確か…ステュクス達と一緒にいた。


「ラエティティア…でしたか?」


「え…!」


ステュクスの顔色が変わる、一緒に居たから彼等も仲間だと思ったんだが…違うのか?


そんなエリスの予感が的中するようにラエティティアとその後ろにいる大男はエリスを…いやステュクスを見るなり目を細め。


「まさか、本当に魔女の弟子エリスと姉弟だったとはな、ドブネズミ」


「…だから言っただろ、まさかこの期に及んで信じてなかったのかよ」


「別に、ただ真実だったら真実だったで都合がいいだけだ」


するとラエティティアと呼ばれた優男はエリスを見るなりニコリと笑いかける。だがその笑みが心からの物でない事はエリスにも分かる、社交辞令だ。だが向こう側の社交辞令とは言え礼儀を払うならこちらも礼儀で返さねばなるまい。こっちも出来る限りの笑顔で応対しつつ壁に預けていた背中を取り戻す。


「こんにちわ、貴方が孤独の魔女の弟子エリス様ですね」


「はい、貴方は先程名前を聞きましたね、ラエティティア・リングアさんだとか」


「ええ、かつてデルセクトとの協議にてデルセクト側に辛酸を舐めさせた弁論の英雄リースス・リングアの孫に当たる者です。どうぞよしなに、こっちの大男は先代国王バシレウス様の護衛を務めたフューリーです」


「どうも、エリスさん」


「フューリー…」


バシレウスに護衛なんて必要ないだろ…と思ったが、そういえばこいつ見たことあるぞ。バシレウスが国王に就任した時側にいた護衛の男に似ている。とは言えバシレウスが国民に対して呪詛を吐いた際は何をしていいか分からずオロオロしていただけの小物だったはずだ。


「バシレウスの国王就任の際近くに居た人ですよね、あの時エリスもサイディリアルに居て遠視で見てましたよ。あの時は大変でしたね、国民の前に出るなり『死ね』ですもんね」


「え!?いや…何年前だよ…、なんでそんな事まで覚えて…」


「フューリー…慌てるな、言っただろ。エリス様は凄まじい記憶力の持ち主なんだ、迂闊な事を言えば後で揚げ足を取られるぞ」


「チッ…面倒臭え…」


ラエティティアとフューリーか、彼等からはカリナさんやウォルターさん達のような迎合の心は見受けられない。古くからマレウスに仕えて来たと言う事はつまりレナトゥスとも関係があるのだろう。


レギナちゃんとレナトゥスが対立している事を考えるに、ステュクス達とは敵対する間柄にあると考えていい。と言うよりさっきからステュクスの視線が鋭い、何があったかは想像しやすいな。


「エリス様のご活躍は聞き及んでいますよ、世界各地で大層なご活躍をされたとか。アド・アストラによって転移魔力機構が普及する以前にディオスクロア文明圏を一周した数少ない偉人。以前文明圏を踏破した冒険家のイノケンティウス以来の偉業だとか」


「いえ、歩いて回って帰ってくるくらい誰にでも出来ますよ、エリスはただ自由が効く身にいただけです」


「ほう、それはそれは。謙虚なのですね、私としては是非ともエリス様の冒険譚を聞いてみたい物です」


そう言いながらラエティティアは無遠慮に、それでいて優しくエリスの手を取り微笑みかけてくる。…どう言う意味だ?どう言うつもりだ?何が言いたいかよくわからん、なんでマレウスの貴族がエリスの話なんて聞きたいんだろう。


「おい!人の姉貴に色目使うんじゃねぇよ…!」


「おっと失礼、しかしドブネズミの君とは違って姉君は随分麗しいんだね」


「うるせぇよ、色仕掛けのつもりならやめとけよ。姉貴には恋愛感情とかそう言う人間らしい感情はない!全人類を恐怖のどん底に叩き落とす殺戮マシーンだ!人呼んで皆殺しウーマン!行け!姉貴!やっちまえ!」


何言ってんだこいつ、やっぱ殺そうかな…。


「フッ、なんでもいい。それよりもう直ぐ議会が始まる…どんな内容になるか楽しみだ」


「うっせぇって…!」


「どっちが、全く君と話してるとつくづく時間の大切さを理解させられるね。もっと有意義な事に時間を使おうって気にさせてくれる。それじゃあね」


嫌味な事を言い残しつつラエティティアはエリスにウインクをして去っていく、今のウインクはどう言う意味なんだ……。


立ち去るラエティティア、そしてそれに追従していくフューリー…は、ラエティティアについて行かず立ち止まり。


「なぁ、エリスさんよ」


「なんですか?」


「あんた強いのか?」


「…何が言いたいんですか?」


「いいや?あんたの弟は随分弱かったからよ。アンタも魔女の弟子ってだけで持ち上げられてるだけで…案外戦ったら弱いんじゃねぇかと思ってさ」


「…エリスが弱かったとしたら、どうしますか?」


「いや別に?聞いただけさ。じゃあな」


フューリーはまるで武器を誇るように肩に乗せた棍をブンブン振って立ち去っていく。訳のわからん連中だな…。


「なんなんですか?アイツら」


「嫌な奴だよ、見るなり嫌味ばっかり言ってきて。姉貴もよくキレなかったな」


「気にするまでもないだけですよ、あんな小物」


「小物って…気をつけろよ、アイツら六王様に対しても敵意を覗かせてる。会談で恥をかかすとも言ってたし…」


「だから、気にするまでもないですよ。ラグナ達はあんな小物にやられるような人達じゃありません、それよりステュクス、貴方も持ち場につきなさい。護衛なんだから他の人より早く持ち場に行った方が後から文句も言われませんよ」


「あ、え?お…おお、分かった。じゃあ行ってくるよ!姉貴!」


「…ええ」


気にする必要もない、ラエティティアとフューリー…一眼見ただけで底が知れた。あれは障害にさえなり得ない、なら一々気を揉む必要もない。


だからエリスはステュクスを先に向かわせ…エリスもまた、メグさんに指示された場所へと向かう。まずは会談だ、ガンダーマンを探すのはその後でいい。


……………………………………………………………


「おいラエティティア、お前いきなりエリスの手を取って…どう言うつもりだよ、惚れたのか?」


「そんな訳ないだろ、戦略さ」


ステュクス達と別れたラエティティア達は誰も居ない廊下の中言葉だけを交わし合う。偶然見かけた孤独の魔女の弟子エリス。初めて見たが確かにあれはステュクスの姉だろうと思えるくらいには似ていた。


小さく、矮小で。覇気がなく、か細い。ステュクスをそのまま女にしたかのような奴だった。思っていたより警戒する必要はなさそうだった。


それに、女だと言うなら都合がいい。


「魔女の弟子達の経歴は洗ってある、その中で唯一市民出身で尚且つ女、それでいて権力の場に長く近づいたことのない女はエリスだけだ」


「おう、それで?」


「奴を籠絡する、そして内側から六王を崩す。奴が六王を動かせるだけのタマである事は今回の一件が証明している、うまく使えばこれ以上ない手駒になる」!


幸いな事に自分の顔はいい方だ。家柄も良く頭も良い、なら小市民の女なら言い寄られただけで感じる物があるはずだ。


魔女の弟子達の半数以上は王族や立場ある人間、そんな中エリスだけが特定の経歴を持たない女だった。メイドのメグの方も候補には入るが…奴は妙に隙がなかった、恐らく皇帝の配下としてその辺の教育は徹底されているだろう。


ならエリスを狙う、籠絡し操り六王を動かす手駒としてこき使う。その為に経歴をさりげなくアピールし誘った、更にここで私が六王を徹底的に打ちのめせばエリスの心も動くだろう。


レナトゥスは私を都合のいい駒としてこの場に送り込んだつもりだろうが、甘く見るなよ。いずれは六王さえ動かせる立場を得て…いつかはレナトゥスさえ凌駕してやる。


「ふーん、まぁ俺としてはなんでもいいけど。思ってたより弱そうだったし…ありゃ経歴の方も幾分盛られてるんじゃないのか?」


「それは私も疑っている、だが関係ない。必要なのは奴の立場だけだ…それよりラヴは何処だ?アイツは何をしてる」


「さぁ?さっき女王の所に行くって言ってたぜ?何をするかは知らないけどよ」


「…そうか」


ラヴがここに来て妙に活発に動き始めているのは気になるが、まぁ気にする事もないだろう。


「さて、そろそろ会談だ。お前は変わらず門番をやれ、いいな」


「おう、お前の方の首尾は?」


「万全だ、言っただろう?魔女の弟子達の経歴は洗ってあると。アド・アストラが成立してからの全ての情報を仕入れてある。奴らが突かれたくない所、言われたくない事、全て調査済みだ」


「そりゃあすげぇ、流石はリングアの家の人間だぜ」


弁論にて相手の感情を揺さぶり引っ掻き回し失言を誘い傷口を抉る、討論に於ける必勝は如何に相手に嫌な顔をさせるかにある、故にこれから訪れる六王達には精々嫌な顔をしてもらうとしよう。


魔術も武力も必要ない、私はこの舌と知恵によって世界を回してみせよう…。


「ククク、楽しみだ」


ようやく来た、ようやく来たんだとラエティティアは笑う。自分と自分の父が祖父リーススの影の中に甘んじたのは機会に恵まれなかったから、祖父が弁舌の英雄と称えられたのは機会に恵まれたから。


私は既に祖父を超えている、それを証明する為に祖父が成した偉業以上の大偉業を成し遂げる。そう固く誓い彼は会議場に向かう、全ての準備はやり終えている…後は、成すだけだ。



…………………………………………………


「…………はぁ」


背筋を伸ばしながら議会状に入ってくる貴族達を見守るステュクスは小さくため息を吐く。昨日惨憺たる思いで終えた会議と同じ構図が着々と作り上げられている。


地方貴族から外側に座り内に行くに連れ有力な貴族へと移り変わり、最内にはエストレージャ大臣など国の要職が座り、最前列には相変わらず王貴五芒星が座っている。


そして今日ここに六王が加わる訳だが…、昨日の話し合いで出た案の一つ『六王の席は最後方にしよう』と言う子供みたいな案が採用されたのか、最も外側に六つの空席があるのが見える。


バカかこいつら、相手は王だぞ。それも世界屈指の大国の王、それをそんな扱いにしたら一発で戦争が起こる。


だが貴族達は戦争が起きても大丈夫だよ!とばかりに側に屈強な護衛を何人か連れている、あんなの昨日まで居なかった…態々相手を威圧するためだけに連れて来たのか?


…信じられない、マジでこいつらこの会談で宣戦布告でもするんじゃないのか…?戦力差が理解出来てないのか?それとも戦争が起こっても自分だけは死なないとでも思ってるのか?


(こいつら…死を感じた事がないんだ。人死にを本や人伝てでしか見聞きした事が無いから死が自分に降り掛かる事態を全く想定していないんだ…)


恐ろしい、修羅場や鉄火場を知らない人間と言うのが俺は今とても恐ろしい。迂闊な事を言えばそれだけで大戦が起こるか知れない状況だって分かってないのか…!


(自分の悪感情を発露させる事しか考えていない、その行動の結果と伴う責任については全くのノープラン、この国はこんな貴族しかいないのかよ…)


何人かは難色を示している貴族もいるが、それでも圧倒的大多数の貴族達がこれから来る六王にどんな嫌がらせをしようかと考えている。まるで血気盛んな若者のように年甲斐も無く感情的な一体感を発揮する反魔女派の貴族達にステュクスはただただ呆然とする。


(…六王を呼んだのは、間違いだったんじゃないか)


俺はチラリと中央の席に座るレギナを見る。昨日あんな事を言った手前こんな否定するような事を言うのはあれだが、…どれだけ心意気を持って道理を説いても理解出来ない奴ってのはこの世に一定数いる。


それが今この場に集結しているんだ、これじゃあレギナがどれだけ頑張っても魔女大国との宥和姿勢なんて取れようはずも無い。


「酷いもんね、貴族って頭が悪くてもなれるから狡いわよね」


「これもレナトゥスの手回しのせいさ、感情的で直情的な動かし易い者だけを残し、それ以外の賢く従わない者はこの三年で徹底的に弾圧され軒並み刈り取られている」


カリナとウォルターさんが祖国の惨状を嘆く、リオスとクレーに関しては特に興味もないのかボケーっと天井を見ている。


…姉貴達は今六王達を出迎えていると言う話だが、今のところ六王がこの城にやってきたような雰囲気はない。本当にやってくるのだろうか…。


「そろそろ時間になりますが、六王はどうなっているのやら」


すると資料を手にラエティティアが不敵に笑う、奴だって来ることは分かってる、それでも嫌味ったらしく言う。嫌な奴だよ…本当に。


「先程六王の従者の方から話を聞きました、もう来るそうです」


「そうですか、我々勇壮なるマレウス貴族の熱意を前に逃げ出したのかと思いましたよ!」


オーディエンスを沸かせる文言を彼は心得ている。何を言えば場が温まるかを理解している、故に彼の言葉に呼応するように貴族達は笑い声をあげたり雄叫びをあげたり肯定したり、勇ましいには勇ましいが、賢くは見えない。


(にしても遅いな…なんかあったのか?)


チラリと六王が入ってくる予定の大扉を見る、あそこから六王が入ってくる予定だが…扉の向こうからは人の気配を感じない。本当に逃げ出した?んなわけあるか、向こうには姉貴が居るんだ、ただで帰るわけがない…。


「ん……」


「あ……」


すると、リオスとクレーが何かに気がついたのか、今まで上の空だったのにいきなり大扉の方に視線を向け…。


「もう来るかも…」


そう言うのだ、とは言うが俺には何のこっちゃ全然…………。




その瞬間だった、六王達が現れる大扉が…ゆっくりと開かれたのは。


『─────ッ!』


あれだけ勇ましく大騒ぎをしていた貴族達が皆一斉に口を閉ざし、戦慄したように押し黙る。来るからだ、…件の六王が。


その姿を確認するのはこれが初めて…俺も、ここにいるみんなも。一体どんな姿なのか、どんな人間なのか、喋るよりも語るよりも目視を優先するが故に皆黙る。


そして、開かれた扉の向こうには。


「大変、お待たせ致しました」


「…メグさん?」


メグさんがいた、…いや言い方が違うな。メグさん『だけが』居た。一人だ、たった一人だけ…しかもメイドが、貴族達は困惑しつつも安堵する、なんの安堵かは分からないが安堵する、息をホッと吐き張り詰めた緊張が途切れた瞬間。


「では、こちらに…我らアド・アストラを束ねし世界の王。六王様をご案内致します、皆様盛大な拍手で出迎えて頂ければ幸いでございます」


その言葉と共に天に向け手を翳すと…。


「『大時界門』ッ!」


開く、何もないはずの空間がまるでカーテンのように開き傷のように広がり、異様な空間を作り出す。穴…なのか?空間に穴を開けたのか?魔術で?そんな魔術聞いた事も…。


すると次の瞬間、空間に開いた穴から赤色のカーペットがゴロゴロと転がり道を作り出す。さっきまでそこに何も居なかったはずなのに穴の奥から次々とアド・アストラ軍の兵士達が大挙して現れ両脇を固める。


(なんじゃありゃ…)


見たこともない魔術で人が出現した、あっという間に王の通り道を作ってしまった。これがメグさんの…いや、帝国師団長…魔女の弟子の力だって言うのか…!


「なんだあれは…魔術なのか…あんなの見たことも聞いた事も…」


──見せつける、正体不明の魔術により場を整え、大量に現れた兵士達により武力を示す。その様に貴族達は困惑し…。


「っ…う…」


貴族達が連れてきた護衛の兵士達は自分達の持つ武器と向こう側が出した兵士たちの武器を見比べる。貴族が連れてくる私兵だ、当然装備はマレウスでも一級品の鋼剣や鋼槍。


しかし、アストラの兵士達が持つのは全てが魔道具…いや魔力機構。マレウスでは大量生産が出来ないが故に一部の限られた兵士しか持てないとされる魔力装備を一兵卒が余す事なく持っているんだ。


そこにあるのは武力や技術力や財力以上の差…『国力』と言う名の埋め難い差に護衛達は一気に意気消沈し…、同時に感じる。


(とんでもない魔力が、穴の向こうから漂ってくる…なんか来る)


ステュクスのそんな予感の通り、六王に先んじて次々と穴の向こうから現れるのは…恐らく六王達の護衛。さっき現れた兵士はただの演出でしか無かったことが分かるほど…凄まじいのが何人も現れる。


「……おや、もう揃ってるようね」


「憂鬱だ…」


アルクカース風の鎧を着た女、頭の上に雨雲を引きつれる男。


「…………」


「件のマレウス真方教会の教皇とやらはどちらかな」


帝国風の白いコートを来た凶暴そうな女、テシュタル教徒風の服を着たメガネの男。


「おっしゃ〜!来たぜマレウス!」


「アリナ殿、静かになさい」


そしてアリナと呼ばれた少女と…黄金の鎧を着た黒髪の女。


全部で六人、六王と同じ数だけ護衛と思われる者達が現れる…が、特筆すべきはその魔力の濃度、まるで太陽を肉眼で見つめた時のような感覚を感じ思わず後ずさる程に凄まじい。


全員が俺より強い、多分この場にいる護衛の誰よりも強いどころか全員を相手取っても勝てそうだ。中でもあの黄金の鎧を着た女…アイツ、エクスさんに匹敵するんじゃないかってレベルで強いぞ。


マレウス最強の戦士であるエクスヴォートに匹敵する戦力が向こうには居る、その上護衛として連れてこれるくらいの余力がある…ってことか。


(凄まじい…分かっちゃ居たが戦力に余りに差がある。これだけで反魔女派の貴族どもの半数に現実を見せた…)


貴族達の半分程は先程の威勢はどこへやら、座り込んで目を逸らしている。どうやら理解したようだ、簡単に喧嘩を売っていい相手じゃないと言う事を。


戦争をすればここにいる兵士達が牙を剥く、マレウスの百倍近い人員を持つ大軍勢が一気に国境を越えてくる。それはどんな馬鹿にだって分かる事。


「失礼、威圧してしまったかな。すまない、皆大切な王を守る為に気が立っているんだ…」


「凄い驚いている顔…」


黄金の鎧を着た女が喋る、エクスさんも初めて自分と同格の相手を見たとばかりに驚いて口を開けている。


「私はデルセクト国家連合軍総司令グロリアーナ・オブシディアン。普段は栄光の魔女フォーマルハウト様とメルクリウス首長の警護を行なっている身だ、今後一週間は私もこの議会に同席させてもらう…」


グロリアーナは威圧するように呟く。グロリアーナ…聞いたことがある、確かデルセクトの最高戦力だったはずだ。軍人として武を極めながら魔術方面にも高い素養を持ちトラヴィス卿と同じ七魔賢の称号を持つ稀代の天才。


あれがその…、凄いな、色々と。


「では、道は作った…メグ、六王を」


「畏まりました、それでは…六王様、御顕現にてございます」


一礼、優美な所作で一礼を行う。それと同時に…穴の奥からやってくる、遂に…六王が。



足音が六つ、響く。それと共に見えてくるのは…王冠を被った女性。


「失礼致します、お会い出来て光栄でございます」


フラッシュバックするラエティティアの『六王のプロフィール』。現れた女性を見た瞬間浮かんだ名前は…そう。


芸術の国エトワールの女王、ヘレナ・ブオナローティ。年代的にはレギナと大して変わらない筈なのに現れた女性はレギナの数倍は大人に見える美女、立ち振る舞いも言葉遣いも、節々に自信が見てとれる。


あれが大国の王か、ラエティティアは注意するまでもない人物と切って捨てたが…こりゃあ目測を見誤ったんじゃないのか。


「レギナ陛下、お会い出来て光栄です。私はヘレナ・ブオナローティ…芸術の国エトワールの女王を務め、六王の一人を任されている身です」


「は、はい!その…えっと…お会い出来て光栄…デス」


緊張!ド緊張!凄いカクカクした動きをするレギナは見るからに緊張してるように見える。気持ちは分からんでもないがそう言うところを見られたらまた他の貴族になんて言われるか分からんぞ…!


「おうおう、マレウスの真方教会を統べるチンピラ教皇ってのは何処のどいつだ?テシュタルの名を貶める不信者はあたいが粛清してるぜ?」


次に現れたのは…傷跡だらけの顔と極悪の人相、肩に処刑剣を携えた…何あれ、テシュタル教徒?って事はまさかあれがオライオンテシュタルの教皇ベンテシキュメ・ネメアー?


確かにこっちの教皇クルスもチンピラだ、だがベンテシキュメも大概チンピラ…いやマフィアだな、あれは。確か元神将の実力者でもあり教皇でありながら魔力覚醒も会得してるとか言う別名『怪物教皇』。


悪いが…今の真方教会の教皇とは格が違いそうだ…。


「な、なんだよお前…俺がクルスだ!真方教会の教皇の!」


「テメェか、あたいはベンテシキュメ・ネメアー…オライオンテシュタル二代目教皇、取り敢えず…よろしくと言っておくぜ」


「うっ…」


ベンテシキュメの顔圧にクルスは怯み頬から冷や汗を流す。まぁ怖いよな、俺も怖いと思うもん…。


「……既に場は整っている様子、まぁ…ならば良いだろう」


続けて現れたのは髪を七三に分けメガネをかけた几帳面そうな男の王、感じ的に彼こそがコルスコルピの賢王イオだろう。比較的柔和だった女王ヘレナと異なり彼は値踏みするような目で周囲を見回し、妥協するような口振りで呟く。


なんか、嫌な奴そうなのが来た。多分ラエティティアと同タイプだ…。


「コルスコルピの王イオ・コペルニクスだ、貴族総出で歓待してくれた事に感謝の意を表する」


「あ、いえ…レギナ・ネビュラマキュラです。こちらこそ遠方から遥々ご足労頂きありがとうございます」


「…………」


「あの…何か…」


「いえ、何も」


気難しそうな人だな…、そう言えばさっき知り合ったアマルトさんと同郷か…。アマルトさんはあんなに親しげだったのに、凄いやり辛そうな人が国王をやってるんだな…。


ともかくこれで六王は三人、半分がマレウスにやってきたことになる。既にその威圧感は場を制しているが…まだ鳴り止まない胸の鼓動は緊張を途切れさせない様にと伝えているように思える。


だって恐らくここから先の六王は…。


残りは三人、三つの影が揺らめく穴を切り裂いて奥から現れる。三人並び歩み出るのはこれまた若き王達…されど纏う風格は、こう言っちゃなんだがここにいる誰よりも濃い、先程現れた六王達よりもだ。


「お招き頂き感謝するよ、レギナ陛下」


青い髪を揺らし、軍服のようなコートを着込んだ美女が輝く相貌を綻ばせ口にする。


「マレウスに魔女大国の王がやってくるのは史上初めて、その栄光に与れた事を嬉しく思います」


なんかちびっ子もいる、すげー小さい子だ。あれも六王なのか…よく分からないが肩を並べてるということはそうなんだろう。


……ん?


「マレウスの招待を、アド・アストラの六王全員で受け入れよう」


あの赤髪…どっかで…。


「よ、ようこそ…えっと、メルクリウス様とデティフローア様とラグナ様…ですよね」


青髪の美女の名をメルクリウス、少なくともディオスクロア文明圏に住んでいて彼女の名前を知らずに生きるのはちょっと無理だ。世界最大の商業グループマーキューズ・ギルドの創設者にして栄光の魔女の弟子メルクリウス・ヒュドラルギュルム。


ご存じ、俺の元上司の上司だ。マジで顔がいい、美貌とは即ちカリスマにも繋がる、ジュリアンが心酔したのもよくわかる。


そしてあのちびっ子は恐らくデティフローア・クリサンセマム。今この世界で最も発展している技術体系『魔術』の管理と統制を行う魔術の長である魔術導皇の座に着くお方であり、友愛の魔女の弟子。


年齢的には姉貴と同じらしいがなんと驚くべき事に五歳の頃から玉座に座っており今年で統治者歴十五年以上の大ベテラン。事実トラヴィス様は足が悪いにも関わらず態々立ち上がり彼女に対して敬意を示している。あのマレウス魔術業界の権威たるトラヴィス様がだ。


…んで、あの赤髪の王だが。彼が…。


「ラグナ・アルクカース…」


ラエティティアをして最も注意するべき王。アルクカース史上最優の王と呼ばれ既に建国王に並ぶ権勢を作り上げたと言われる文字通りの『大王』。武力・統治能力どちらも今現在確認出来る王達の中では最高ランクに位置しており魔女の弟子でも六王でも纏め役を担っていると言われている。


あの姉貴が全幅の信頼を置く男でもある…、が。今俺が戦慄を受けているのはそういう聞き及んだ情報によってではない。


何を隠そう、あるのだ、会ったことが。


(あの人、デッドマンのアジトで会った人だよな…。あの人今マレウスに来たみたいな顔してるけど、まさか姉貴と一緒にマレウスを旅してた?どう言うことだよ。呼ぶまでもなくラグナ・アルクカースがマレウスに居たって…大問題どころの話じゃないぞ)


「………」


(う…!?)


しかも、なんかこっち見てる気がする。すげぇ〜怖い眼光でやんの、キレた時の姉貴並みに怖え、けど…よくよく見てみると、ラグナ大王が見てるのは俺じゃなくて。


「ひぅっ…リオスぅ…」


「終わりだ…姉ちゃん…、見つかった…」


リオスとクレーだ。二人はガタガタ震えながら抱き合って恐怖を堪えている…けど。


ラグナ大王を見る、リオスクレーを見る、またラグナ大王を見る。…なんか、似てない?リオスとクレー…まさか二人のお父さんって…。


「如何しましたか?ラグナ大王様」


「…いや、なんでもない。それより今日こうして話し合いの場を持てたことは喜ばしい。是非とも有意義な会談にして今日よりも良い明日を作る為共に尽力致しましょう」


「あ、はい!」


ラグナ大王は手を差し伸べレギナと握手をしてくれる、少なくとも向こうはかなり宥和的なムードらしい。しかし周囲の貴族達はそうではない。


『アイツらが…魔女の代理人』


『あんな若造に世界はいいようにされているのか…!』


『多数の配下と豪勢な服で権威を誇示か…、浅ましい』


半分の貴族はさっきので沈黙したが、それでも黙らない半分の貴族達は口々に悪態を吐く、それに。


「メルクリウス…会いたかった…ずっとな…!」


チクシュルーブに至っては懐に手を忍ばせながらギラついた目でメルクリウス様を睨んでいる、ただならぬ雰囲気だ…。


「あ、アイツ!お前ら!?」


そしてクルスは何故か立ち上がりラグナ様達の顔を指差してガタガタ震え出している、まるで面識があるような…。


「………フッ」


ラエティティアが不敵に笑う、まるで舞台が整ったとばかりに。


そうだ、舞台は整った…ラエティティアにとっての。


敵意を持つ者ばかり…険悪なムードが漂い始めた中、デティフローア様がキョロキョロと周りを見回し始め。


「あれれ?私達の席が無いんだけど」


「む…?不備かな?レギナ陛下」


「え…!?あ…え!?」


イオ様の目がギラリと光る、その眼光にレギナは陸に打ち上げられたシャケみたいにバタバタ震え出す。知らなかったのか?六王の席は最外周にある事を。どうする…言うのか?流石に激怒必至だろこれは。


「失礼、六王様。我等マレウス貴族界にはルールがありまして」


「…は?」


すると、ラエティティアはここぞとばかりに仕掛け出す。お前らの席は一番外だよと言うためにラグナ陛下に向け歩み寄り、両手を仰々しく開きながらその自慢の弁舌を奮う。


「我等マレウス貴族界では席は早い者勝ち。『早き者には金貨一枚』と言うマレウスに古くから伝わる諺の通り最も前の席を陣取るには最も早く来なければならないのですよ、なので王達の席は…」


「その前に名を名乗れ、お前は誰だ。一国の王に名乗りもしない上に礼儀も払わないで口が利けるほどの立場に居るなら名乗る名もあるだろう」


「えっ…」


ラエティティアが思わず言い淀む、あの正論使いのラエティティアが逆に正論でカウンターを食らってる。ラグナ・アルクカース…あの野蛮人だらけのアルクカースの王にしてはすげぇ口が達者だ。


「失礼、私はラエティティア・リングア。この名は魔女大国に於いても広まっているとは思いますが…」


「知らん、知っているのはお前の祖父の『リングア』姓だけだ。お前のでは無い」


「ぐっ…、それもそうでした。大変な無礼を…」


そして黙らされた、あのラエティティアが。周囲の貴族もあっという間に撃退されたラエティティアに落胆してため息を吐く。そんな中ラグナ大王は一番奥に空けられた六つの席に気がつき。


「なんだ、空いてる席があるじゃ無いか」


「え、ええ。そうですよ、なのであちらの席に…」


「……おい」


すると、ラグナ様はラエティティアを無視して貴族達に視線を向け───。


「早く座りたいんだ、後ろに詰めてくれ」


そう、言うんだ。ちょっと後ろに行けよって…誰に?決まってる、王貴五芒星及び背後に連なる貴族陣に対して一席分後ろにズレろと。それはつまり今のお前の席をこちらに譲りお前達が外に行けよと言うあまりにも傍若無人な言い草。


いや、そもそも無礼だったのはこっちだから相手はそれに対してやり返してるのか?だとしてもあまりにも恐れ知らず。こんなこと言えば確実に反発を産む…だが。


「ッ……!」


「ヒィィッ!」


ラグナ様の放つ威圧は貴族達を後ろに動かす、まるで見えない手がグイッと貴族達を後ろに押し出したかのように席全体が動いてしまう。


その威圧は王貴五芒星さえ動かし。


「ひ、ヒィッ!それやめろってぇ!」


「これが…六王か…!」


クルスは席から転げ落ち、アドラーとメレクは冷や汗を浮かべながら渋々と席を譲り。


「チッ、前に観測した時よりもデカくなってやがる…。継承戦を勝った時はここまでじゃなかったってのに…!」


「フッ、これが魔女の教えですかな。魔力と凄みの爆裂による『威圧の眼光』…スピカ殿が見せた物によく似ている…、まだ些か粗いがね」


チクシュルーブは舌を打ちをしながらも席を立ち、トラヴィス様はそもそも最初からそのつもりであったとばかりに席を立ち、元々置いてあったロレンツォ様の空席を入れて六つの席が空く。


「ありがとう、使わせてもらう」


(なんつー強引な…、王貴五芒星に席を空けさせたぞ…)


六つの席に座る六王を見て俺はただひたすら戦慄する、この場において最も力があると目されていた王貴五芒星に席を譲らせた、それはつまりこの空間に於けるヒエラルキーを明確にした。


強引なやり方だったが、それでも明確にした。『俺が上』『お前が下』この単純極まる関係を誰にでも分かる形で示したのだ。


これが六王の実力…、メチャクチャだが。同時に感じる…レギナとの圧倒的な差を、レギナは同じ事が出来ないだろう、それどころか貴族達に譲ってさえいた。


俺はもしかしたら今初めて理解したのかもしれない…、これが『王』なのだと。


「すげぇな、あっという間に場を制したぞ…」


「当たり前ですよ、彼を誰だと思ってるんですか」


「それは分かってるけど…ん?」


ふと、誰かに声をかけられた気がして隣を見ると……。


「彼はラグナですよ、彼以上の王をエリスは見たことがありませんから」


「うぉっっ!?」


ギョッとする、いつのまにか姉貴が隣に立っていた、いや姉貴だけじゃ無い。アマルトさんやサトゥルナリアさん、メグさんにネレイドさん…そして六王の連れてきた護衛の兵団が俺と同じように壁際に並んでいた。え…なんでこっちくるの。


「なんでここにいるんすか?」


「エリス達も護衛として同席するからです、文句ありますか?」


「無いですけど…なんで俺の隣に立つんですか?」


「……………」


「なんでもないです…」


そんな怖い顔するくらいなら離れたところに立てばいいのに…、なんで横にくるのさぁ…。


「おーうす!ボーン!」


「ゲェッ!!?オケアノス!?テメェ…生きて…」


「せっかく来てやったのになんだよぅその顔は…うりうり、後でもう一人来るから覚悟しろよお前ぇ〜」


「もう一人?ってもしかしてヴェ…ぐぇっ!」


いつの間にかクルスも怖そうな女の人に絡まれボコボコ腹を殴られているし。いつの間にやら騒がしくなったな。


六王達は既に席に着き支度を済ませている、貴族達は苦虫を噛み潰したような顔で屈辱に耐えている、ラエティティアもまた平気な顔で笑いながら青筋の浮かぶ拳を握り…その様をボケっと眺めるレギナはイマイチ状況の理解が進んでいないように見える。


(六王、王貴五芒星、マレウス諸侯、そしてレギナ…役者は揃った、ここからだ)


ここから、真のエルドラド会談が始まる─────。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ