484.星魔剣と友達
「うっ…んん〜!いい朝〜!」
ベッドから這い出てシャツを着ると共に窓を開けば、見えるのは朝日を受け輝くエルドラドの絶景。ここは黄金城ゴールドラッシュの上層階、ロレンツォ様の好意によって部屋を貸し与えて頂いた俺達は昨日の議会からそのまま城に宿泊し…エルドラド会談に備えていた。
そして今日がそのエルドラド会談。昨日は辛酸を舐めるような思いをしたが…今日こそはきっちりレギナをサポートするぞ!具体的な案は何も浮かんでないけど!
「…しかし、今日は六王が来る日でもあるんだよな」
昨日と違う点があるとするなら、今日は六王が来る…という点。あの世界に名を轟かせる超大国同盟組織アド・アストラのトップ。
こう言ってはなんだが権威的な意味合いでは王貴五芒星なんかじゃ太刀打ちも出来ない大物、レギナと比べたら月とジャガイモ…。正直どうなるかは分からない、ラエティティア達は六王に敵意剥き出しだし六王の出方もわからないし。
何より…。
「はぁ〜〜!姉貴来るのか〜!吐きそう〜〜!」
窓の縁に手をかけ膝を突く。なによりも姉貴が来る…この事実が俺の胃を痛める。はぁーこわい、殴られるかなぁ〜殴られるよな〜、だって六王を連れてきてくれなんて無茶言ったんだもんなぁ〜!
もしかしたら俺は今日の議会に参加する前に死ぬかもしれない…遺書を書いておいた方がいいだろうか…。
「遺書…手紙か…」
ふと、俺は思い出したように鞄の中に入れておいた手紙…姉貴からの手紙を取り出す。開けば中には『殴りに行きます』の文字だけが書かれているが…。
「…スンスン、紙から柑橘の匂いがする」
手紙からは柑橘の匂いがする。匂い付きの紙ってのは売られてるし手紙に使われることもある、けど…姉貴がそんなオシャレな事するとは思えないし、そんなオシャレなことをしておいて内容がこんなバイオレンス極まりないのにも違和感がある。
「…………」
チラリと、部屋の中に立ててある蝋燭…その火を見る。もしかして…と思い俺は手紙を火に近づけ……。
「む…これは…」
手紙をもう一度確認するように覗き込む…するとそこには───。
『ステュクス』
「うぉっ!?」
その瞬間扉をノックされ俺は慌てて手紙を懐の中に入れる。と同時に扉が開かれ…外からひょっこりと可愛らしい顔が覗き。
白い髪…赤い目、レギナ…じゃなくて。
「ラヴか?」
「そう、起きてた、早い」
「そうか?いつも大体このくらいの時間に起きてるけど…」
「そっか」
「それで?ラヴは何をしに───」
咄嗟に構えを取る、危ない…忘れかけてた。こいつ…ラヴはレギナの影武者として同行した女であり、ラエティティア達の仲間…。
俺は昨日痛感した、こいつらは味方ではないという事実を。俺はもしかしたら気を抜きすぎたのかもしれない、やっぱりこいつらは信用出来ない…。
「なんで構えてるの、何もしない」
「そ、それは分かるけど。昨日の事があったから…」
「……………」
どうしても、なぁ。俺としては信用したい気持ちはある、だがそれでも不必要に信頼してまた足を掬われるような事があったらレギナに顔向できない。
だがラヴは何も言うことなく部屋に入ってきて…。
「…昨日のは、仕方ない事だった」
「仕方ない?俺達を嵌める事がが」
「そう、命令されてるから」
「命令されてるからって…いやまぁ…うん」
そう言われるとな、ラヴは…というかラエティティアもだが、アイツらみんな一応役人なんだよな、上の人間がいる組織に所属する者。そこに私的な感情はなく命令されたからやる、それが仕事だから。俺も魔獣に恨みがあるから冒険者やってたわけじゃない、それが仕事だったから魔獣殺してただけだしな。
それは分かる、分かるけどさ。
「だからこそ、やっぱり信用出来ないよ。お前らレナトゥスに命令されてレギナを害する為にここにいるんだろ?」
「うん」
「だったら、ここにこうしてやってきた事実を呑気に受け止める程、俺って素人に見えるか?」
「…………だから、こうしてる」
「こう?」
顎に指を当てて観察する、こうもなにも…普通にしてるだろ。ん?待てよ…落ち着け、ラヴとはそれなりに話している、多分レナトゥスが連れてきた面々の中では一番話してると言ってもいい。
だからなんとなく、彼女が普通のコミュニケーションが出来るタイプじゃないのは分かってる。ラヴは表情で分かりづらい分『行動で全てを物語る』タイプだ、つまり。
「…謝罪は出来ない、だが真摯でありたい…ってことか?」
「そう」
そもそも、ラヴが俺を落ち着かせて油断させるつもりならもっと耳障りのいいセリフを言ってもいい。例えば『あれはラエティティアの独断、自分は関係ない』とか『本当に申し訳ない、私もあんなことはしたくなかった』とかな。
でもラヴは『嵌めるよう命令されている』『自分はレナトゥスの命令によりレギナを害するつもりである』と正直に答えた、その上で俺を傷つけるつもりはないとも口にした。
謝罪は立場上出来ない、だがそれでも交友のある俺に対してある程度の義理立てはしたかった…ということだろう。ややこしいったら無いが、なんでかね。俺こういう回りくどい人の相手って慣れてんだよな。
「レナトゥス様に命令された以上私は任務を遂行しなくてはいけない、だが貴方は私を友達と呼んでくれた。そんな貴方にまで偽りの仮面を見せるつもりはない」
「それ…言っていいのかよ、どの道警戒はするぜ」
「構わない、でも…その…えっと…」
急にしどろもどろと視線を左右に動かすラヴはまるで言葉を探すように歯切れが悪くなる。…何が言いたいか分からない、言いたい事があるなら早く言ってほしい。
なんて、冷たくあしらえるほど、俺も冷たい男じゃ無い。何が言いたいかは分かる。
「分かってる、ラヴが真摯にここに来てくれたから俺も真摯に対応する。…大丈夫、俺はまだラヴを友達だと思ってるよ、実際ラヴから何かされたわけじゃ無いしな」
「ステュクス…!」
甘いのは分かってる、ここで冷たくなるべきなのは分かってる。けど…昨日の事があって俺とラエティティアの対立が激しくなって、明確に俺とラヴの間に溝が生まれている中で俺と友達でありたいから…その一心で朝からここに来て今の自分に許されている限りの真摯な対応をしたこの子に、俺は残酷になれない。
けど…。
「俺はラヴとの友情を立場的な物とは別に考えている。だから俺は君からラエティティアの事を聞き出そうとしない」
「分かってる…私も言えない」
「ああ、それと同時に…俺はレギナの邪魔は誰にもさせない。アイツがマレウスと世界の調和を望むなら、その邪魔をするやつを全部跳ね飛ばす。例えラヴでも五芒星でも六王でも…!」
「……!」
それとこれは別の話だ、別の話だから俺はラヴを友だと呼べる。だから仕事の事…使命の事…任務の事、今俺がここにいる理由に関しては譲るつもりはない。だからもしラヴがレギナの邪魔をするなら、そん時は遠慮なくぶっ飛ばす。
分かってるよな?そう伝えるようにラヴに視線で伝えると、彼女は何も答えることなく…静かに振り向いて。
「………そろそろ行こう」
「ああ…ん?え?行こうってまだ朝早いんだろ?」
「うん、本格的に動くには早過ぎる。けど…六王は朝一番でこちら到着するらしい、ならそれを呼びつけた貴方は出迎えるべき」
「そりゃそうだ、確かに」
…出迎えか、死ぬほど行きたく無いが行かなかったら行かなかったで姉貴に『呼びつけといて貴方は出迎えないんですね、いいご身分です。殺しますね』と言って鋼すら穿つ蹴りが俺の顎を砕き、遺言を残す暇もなく俺はあの世の両親に恥ずかしい報告をすることになるだろう。
それは嫌だ、出迎えは行った方がいいだろう。
「助かった、おかげで死なずに済む」
「ん…?まぁいいけど…、案内する」
取り敢えず上着を着て簡単に鎧を身につけ、歩きながら腰に剣を差してラヴについていきながら窓ガラスで髪型を整える。
窓ガラスの向こうには黄金城ゴールドラッシュが見える。いや正確にいうと本城の方と言った方がいいのかな。
ゴールドラッシュ城は三つの塔から成る。中央に聳える本城と左右に屹立する分城。俺達がいるのは右側の分城、別館的な意味合いを持つここは客人を持て成したりするのに使っているらしく、一等級の宿並みに充実した設備が揃っている。
他のみんなもこの城の部屋を一つづつ貸し与えられており、レギナはここの頂上の一番いい部屋を貰っている。
因みにそれを聞いたレギナは『階段を登るのがしんどいので一番下がいいです…』と言っていた、もちろん警護的な観点から見て却下だった。
「ステュクス、こっち」
「おう」
俺は窓ガラスから目を離しレギナについていく。この分城は塔のような形をしており下に降りるには無限に続く螺旋階段を下っていくしか無い。豪華な装飾が施された手すりをつかみながら俺はラヴの後ろをついていく。
「にしてもさ」
「なに?」
「城の中に議会場があったり、客人専用の城があったり、準備がいいよな。まるでこういう会談を開くためにあるかのような城だ」
「昔はここが執政の中心地だった。先代国王イージス様はロレンツォ様を重用していたからこの城を王城以上に利用していた」
「へぇ、国王様に信頼されてたとは、すげぇなロレンツォ様は」
「…多分…信頼とはまた違うと思う」
「へ?ならなんなんだ?」
「この城は…………」
「……?」
まるで歯車が途切れたような物を言わなくなったラヴに首を傾げながら俺は階段を下っていく。
え?この城は?何?なんかあるの?この城に。いやなんかありそうだけどさ、城の地下に無限の金脈が!…とか?
「ステュクス、こっち」
「あ、はい」
そんでもって続き話してくれないのね、まぁいいけども。ラヴの案内について行けば階段の途中で横へ逸れる道が見えてくる。そこへと入り込めば…。
「相変わらずここ、すげぇな」
本城と分城を繋ぐ空中回廊だ、回廊と言っても狭苦しい物でも無い。馬鹿みたいに高い天井、アホみたいに広い横幅、そして遥か彼方まで続く奥行き。おまけに天井も床も黄金、黄金柱がズラリと続くこの場所の名前は通称『黄金回廊』。
この回廊は街みたいに『金に見える塗装』をしてるわけじゃ無い。マジの純金だけで作られているらしい、それをただの回廊に使ってしまうんだからロレンツォ様の経済力の計り知れなさが窺える。
「凄い廊下だよな、全部純金だもん」
「そうだね、その辺剣で削って持ち帰ってもバレないよ」
「え?しないけど?俺そんなことする人だと思われてる?」
「ユーモア」
「もう少し分かりやすく頼む…」
ため息を吐きながら純金の廊下を歩く、…俺今純金踏みつけて歩いてるよ。なんかこの世の全てを手に入れたような気分になれるな…。
そんな気分を味わいながらも俺とラヴは揃って回廊を進んでいく。コツコツと二人だけの足音が響く中、十分くらいかな…ずーっと歩き続けていると。
「む…」
「あ…」
廊下の真ん中でボケっと立っていた二人組を見かける。こんな回廊のど真ん中で何やってるんだと思って注目していると、そいつらもまた俺に気がつき…。
「ラエティティア…」
「なんだドブネズミ、相変わらず見窄らしい顔だな」
「がははは!何が来たかと思えば!弱者が道の真ん中を歩くな」
ラエティティアとフューリー…ラヴの同僚二人組だ。朝っぱらから最悪な奴らに会ってしまった。ラヴは友達だ…だがこいつらは違う、明確に敵だ。レギナの願いを邪魔する敵だ。
ラヴと二人でいた時には見せなかった警戒心を全開にし、俺はラエティティアと向かい合う。
「お前ら、朝っぱらからこんな廊下のど真ん中で何してんだよ」
「お前に全部一から喋って説明してやる必要があるか?私が懇切丁寧に説明しても理解する頭もない低脳なのに」
「ンだと…!」
「ラエティティアとフューリーは私を待っていた、二人も六王の出迎えに参加する予定。ステュクスと一緒」
なら最初にそれを言っておいてくれよ、知ってたら断ってた。こいつらと一緒に出迎えなんか死んでも行きたくないぞ俺は。それはそれとして説明してくれてサンキューな?分かりやすかったよ、ラエティティアの説明よりな。
「ラヴ、お前…いきなり分城の方に行きたいというからこうして待っていたのに。まさかそこの低脳を連れて行く為にここに来たのか」
「うん、彼は六王を呼びつけた張本人。それが出迎えに出ないのはそもそも六王に対して失礼」
「……フンッ、なら私達は先に行かせてもらう。昨日みたいに不当に言い寄られても迷惑だ、勝手に案内しておけ、ラヴ」
「分かった」
ラエティティアは嫌味を残しながらクルリと振り向きお前と一緒に行きたく無いとばかりに地面を蹴飛ばすように先に歩いていってしまう。
ぶっちゃけありがたい、こいつと一緒にこれから歩いて一緒に出迎えに向かったら、ずっと隣で嫌味を言われそうだったし。別行動してくれるならありがたいけど…お?
「うぉっ!?」
すると、ラエティティアに続いてくるりと反転したフューリーがその大きな体を振るい腕を俺の体にぶち当てて態とらしく踵を返して立ち去ろうとする。いや待てや、今の腕の振り方からして明らかに振り返るフリをして俺に当てるつもりだっただろ。
「おい!」
「おおっと、悪いな。小さくて見えなかったぜ。がははは!」
あ…アイツぅ〜!図体デカイ割にやることみみっちいなぁ〜!まるでガキの嫌がらせみたいな真似して立ち去っていきやがった。
いつもラエティティアの金魚の糞してるくせにここぞとばかりに俺に嫌がらせを…、いや。アイツにとっては俺は小さく弱いゴミカスなんだろう。一回やり合って手痛く負けてるしな、俺。
「チッ、アイツらちょっと陰険過ぎるだろ」
「大丈夫?ステュクス」
「大丈夫、痛く痒くも無いわ!寧ろアイツに触られて蕁麻疹が出る!」
「それは痒そう」
「…にしても、アイツらラヴに対しても横柄な態度を取ってるんだな」
てっきり、アイツらはラヴに対してはある程度仲間意識のような物を持っているのかと思ったが…、さっきのを見る限りラヴの扱いはあまり良くなさそうだ。
「私達はレナトゥス様に集められただけで、別に仲良くは無い」
「の割には、ラエティティアとフューリーは仲良さそうだけど」
「フューリーは自分より偉い人に媚を売るのが上手いだけ、ラエティティアは自分に従ってくれる人は拒絶しないだけ」
「最悪の関係だな…」
人間の関係には思えない、自然界の動物達が形成する共生関係のようだ。兎も角アイツらもまた仲間同士ってわけでも無いみたいだな。
冒険者上がりの俺からしたら考えられない、一緒に仕事をする仲間を信用しないでやって行くなんてさ。冒険者だったらどれだけ即興で作り上げられたパーティでも信頼し連携し合えなければ生きて帰ることは出来ない。
そう言う点から見ると、ラエティティア達の関係はひどく冷たいものに思える。
「…そう言う物だよ、私達は…」
「ふーん、…ラヴはアイツらの事は友達だと思ってないの?」
「友達では無い…、仲間でも無い…、一緒にいるだけ」
「そっか、寂しいな」
「…………」
やべ、口が過ぎたか。ラエティティア達を差して言ったつもりだがよく考えたらそれはラヴにも引っ掛かってる言葉だ、良くない言い方だったかも…。
「ステュクス…」
「な、なに?」
するとラヴは廊下の真ん中で振り返りこちらを見ると…。
「確かに私達は、即興で集められただけのメンバーでしか無い。だけどそれは貴方達も同じじゃ無いの?」
「俺達?」
「貴方とレギナ陛下の交友関係の長さは、それ程長く無いと聞く…なのに貴方はレギナ陛下の夢の為に命を懸けて戦おうとしている、厳しい修行をしたり、涙するほど悔しがったり…どうしてレギナ陛下の為にそこまで出来るの」
「そこまでって…」
まぁ、確かにレギナとは付き合いが長いわけじゃ無い。しかもそれを言ったらリオスとクレーとだって付き合い始めて一年程度だ。長い付き合いはカリナとウォルターさんくらい。
けどどうしてだろうな、俺は…レギナの為なら何をしてもいいと思えている。それは忠誠心からか?いや違う。
「だって、俺とレギナは友達だから」
「友達…?」
「こう言うことを言うとラエティティアには怒られそうだが、俺はレギナを王ではなく友達だと思っている。確かに時間は短い、だが友達であることに変わりはない。互いに信頼し合える友達だとな」
「どうして、友達の為にそこまで出来るの」
「そりゃ、俺が友達に助けてもらえたら嬉しいから。自分がしてもらって嬉しいことは他の奴にもするべきだろ?」
よく師匠から言われたもんだ、『他人にされて嫌なことは他人にするな。他人にされて嬉しいことは他人にしてやれ、ただし押し付けはするな』ってな。俺は友達のレギナに助けを求められた、同時に俺はレギナに助けられた。
だから助ける、友達だから。それ以上の理由はないし、かっこよく理屈や理論を展開して説明出来るわけでもない。だが俺はそうやって生きてきたから今ここにいる、だからこれからもそうする。それだけなんだよ。
「……なら、私が助けを求めたら、助けてくれる?」
「ああ」
「私に助けられたら、嬉しい?」
「そら勿論、助けてくれるのか?」
「今道案内してる」
「助かってる、マジ嬉しい!」
そう俺が満面の笑みを浮かべ彼女にそう伝えると、ラヴは『そう』とだけ言ってまた踵を返して歩き始めてしまう。うーん、別にこう…何かしらのリアクションを求めてたわけじゃないんだが。
もうちょい、話をしようよ。例えばいきなりなんでそんな話をしたかとかさ。まぁでも彼女も色々と考えているんだろうし、こう言う子だ既に理解もしている、だから深くは問わないよ。
「なぁラヴ、ラヴは普段休日に何して遊んでんの?」
「勉強」
「すご…マジで、俺ぁ剣を振るしか能が無くて…ってかラヴってメチャクチャ強いんだよな?修行とかしないの?」
「もうしない」
「どう言うこと〜…」
だから俺はラヴの隣に立ち物静かな彼女に代わってあれやこれやと話し始める。それが迷惑なのかは分からない、だが彼女は俺が聞けばきちんと答えてくれる。今はただそれが彼女にとって良い物であると誤解する様にして俺は話し続ける。
だって俺は彼女を友達だと思っているから、それが押し付けになりかねなくとも…今はただ手探りにでも彼女との距離感を探して行く。
……………………………………
「ステュクス、こっち」
「おう」
それから、黄金回廊を抜けて俺は城の中を歩きながら六王が来るであろう城の正面門を目指す。にしてもここ広過ぎじゃない?廊下もメチャクチャ入り組んでるし、ラヴの案内がなかったら俺ここから出られなかったかも。
「なぁラヴ、ラヴは俺達と一緒に昨日ここに来たんだよな」
「そうだけど」
「の割には随分スイスイ進むけど、もう道覚えたのか?まるで前来たことあるみたいな感じだけど」
「ただ道を知ってるだけ、それ以上でも以下でもない」
「そっか」
なんで俺はラヴと他愛もない話をしながら周りを見る。先程から城の中は騒がしい、今日が会談の開催日であり史上初めて魔女大国の王が来るってのもあって昨日以上に城の従者があれやこれやと動き回っている。
さっきから荷物を運ぶ兵士や食材を運ぶメイドとかすれ違うし、十字路の左右には多くの人達が往来している。なんか…こうやってぼんやり歩いているのが申し訳なくなるくらい忙しげだ。
「………ん?」
ふと、通り過ぎかけた十字路の向こうを通り過ぎた人影が気になって立ち止まる。今そこを歩いのは…もう見るからに目を引くような筋骨隆々のお爺さんだ。背中には斧を背負い周りを探るようにキョドキョドと歩いて行くその姿に…一瞬既視感を覚えてその場で立ち止まり腕を組む。
今のお爺さん、どっかで見たことある気がするぞ。いや会った事はないが…何処かで見たんだよなぁ。
「どうしたの?ステュクス、もう正面門は目の前」
「え?いや、さっき見たことある人が通り過ぎた気がして」
「知り合い?」
「いや知り合いじゃない、ただ見たことあるだけで…誰だっけなぁあれ」
「どんな人?」
「お爺さんだよ、2メートルくらいの背丈でムキムキの。あと背中に斧を背負ってた」
「…その特徴を持ち、尚且つこの城にいるであろう人物から考えると、該当する人物は一人」
「誰だ?」
「冒険者協会の現会長『大冒険王』ガンダーマン」
「ガンダーマン…あ!あの人か!」
思い出した!昔冒険者協会本部に立ち寄った時見たんだ!本部の壁にデカデカと飾られている肖像画!ムキムキで斧を構えた勇ましい老人の絵!その人だ!
俺が昔所属していた冒険者協会の会長。冒険者協会が傾くきっかけを作ったと言われる会長様だ!
(ウォルターさん曰く昔はマジで凄い人だったって聞くけど…、俺達若い世代からしたら協会の危機に遊び呆けてた人ってイメージしかないな…)
かつてはマレウス全土に名を轟かせた文字通りの冒険者達の王…『大冒険王』の異名を持ち、史上唯一単騎でオーバーAランクの魔獣の撃破を成し遂げた偉人の中の偉人。その功績から冒険者協会の会長に成り上がったが、そこからは金と権威に溺れる毎日。
魔獣が激減して協会が立ち行かなくなっても有効な手を打てず協会が傾くきっかけを作った奴だ。アイツのせいで俺は飯を食いっぱぐれてギアールの街の製鉄所に就職して…紆余曲折を経てここにいるんだ。
恨みはないが、いい感情もない。にしてもなんでアイツがここに。
「なんでガンダーマンがここにいるんだ?」
「今回の議会に招集されてる、彼は絶大な功績を認められ爵位も持ってるから」
「マジで!?ロレンツォ様だけじゃないの!?冒険者から貴族に成り上がったの」
「彼は領地運営をしてないから、殆ど貴族とは呼べない。けどそれを抜きにしても冒険者協会という一大組織を持つ彼はマレウスでも無視できない存在」
「それもそうか……」
「話に行きたい?」
「いや、俺はもう冒険者じゃないし、別に会って話すこともないかな、それより正面門に行こう、遅刻したら殺される」
「フューリーに?」
「もっと怖いのに」
あの人は多分この地上で一番怖い生命体だ。オーバーAランクの魔獣も目じゃない怖さだ、それを待たせたら俺は殺されてしまう。
だから急ごうと俺はラヴを急かして正面門を目指す。すると既に正面門には多数の人達が…いや野次馬が遠巻きに正面門を見守っていた。
昨日居た貴族達やその従者達、それが廊下の奥や中庭にて立ち尽くし六王の到着を待っていた。
そしてその正面門には。
「おや、来たかい。ステュクス」
「おはようございます、ロレンツォ様」
ロレンツォ様もいた、開かれた門から差し込む陽光を受けながら車椅子に座りこちらを見るロレンツォ様に軽く挨拶をして周りを見る。既にラエティティアやフューリーもいる、そして…。
「あ、ステュクス」
「よう、レギナ。今日は早起きだな」
レギナとエクスさんもいる。いや当然か、この国の国王として応対しないわけにはいかない、ただでさえ昨日の一件で評価を落としてるわけだし、周りにアピールする意味合いでもここにいるんだろう。
きっと、メチャクチャ頑張って早起きしたんだろうな。だって…めっちゃ寝癖ついてるし。
「おいレギナ、寝癖ついてるぞ」
「え!?嘘!何処ですか!」
「動くな、手櫛でいいなら直してあげるから」
「うう…ありがとうございます、なんで誰も言ってくれなかったんですか。エクスも!」
「そういう髪型かと思っていた…の顔」
そんなわけないでしょ…、仕方ない。王様にこんな事するのはよくないのかもしれないがこのまま六王の前に出すよりマシだ。俺はレギナの髪を後ろから手櫛で解して…。
「…………」
「どうした?ラヴ」
「…別に何もない」
何やら自分の髪をいじってこちらを見ていたラヴに見られてた気がしたんだが、気のせいか…?
なんてラヴを気にしていると、チラリと目線だけこちらに向けたレギナがコソコソと掠れるような声で口元に手を当てて。
「ちょっとステュクス、なんでラヴと一緒に来てるんですか…」
「彼女に案内してもらったんだ」
「もらったんだ…って、昨日の一件忘れたんですか…」
「それはそれ、これはこれかな」
「どれですか、全くもう」
ぷくーっと頬を膨らませるレギナのほっぺを突きながら髪を解し終え、その肩をパンッ!と叩き気合を入れ直させる。さぁここから正念場だぞ、気合い入れろよ、俺らの王様。
「そろそろ到着するんだろ」
「はい、先程街の衛兵からそれらしき人物達が街に入ったと」
「………」
この街には監視の目が無数にある、何をするにしても何処を通るにしても契約を必要とするこの街において身を隠しながら行動するのは至難の業。そういう意味でもこの街は安全な街と呼ばれている。
故に街にそういう人間が入った情報も瞬く間にロレンツォ様の耳に届くわけだ。
「王貴五芒星で出迎えは私だけか…、まぁいい」
ロレンツォ様は正面門の向こうを見据えながら髭を撫でる。ラエティティアとフューリーはコソコソと何か小声で話し合っているようだがそれを俺が聞く術はないので無視する。ラヴは動かずレギナはソワソワ指を動かし。
俺は…両頬を叩いて気合を入れ直す。いつまでも怯えてんな、ビビってちゃ前に進めない。
(………ん、来たか…!?)
すると陽光差し込む正面門の光を切り裂いて幾つかの影が現れる、横並びに歩いてくる影の数は五つ…ん?五人?
「ステュクス、六王って五人なんですか?」
「いや六王なんだから六人だろ…」
「でも王貴五芒星も六人ですよ」
「それは例外だろ…」
どういう事だ?なんで五人しかいないんだ?そう俺は目を凝らしながら徐に歩いてくる影を見据える。ロレンツォ様は襟を正しレギナもまた背筋を伸ばす。
ともあれ六王と邂逅だ、気を入れ直して…。
「皆様」
すると、後光が遠ざかり漸くその姿が見えるようになった頃、影の一つが前に出てにこやかに挨拶を…って。
「ご機嫌麗しゅうございます、私はアガスティヤ帝国より参りました第四師団団長兼皇帝直属従者長のメグ・ジャバウォックと申す者でございます。今日という日にお会い出来たことを光栄に思います」
(メグさん…!?)
メイドだ、いつぞや出会ったメイドのメグさん。それが軽く手を上げにこやかに挨拶をしてくれる。なんでこの人がここに…って帝国師団の師団長?この人そんな偉い人だったの!?
「こ、こちらこそ。私はこの国の王レギナ・ネビュラマキュラでつ…です。遠路遥々お越し頂き感謝します」
レギナはガチガチに緊張している。けど…俺はやってきた面々を見る。やってきたのは大柄な女性と可憐な女の子となんかちょっとチャラそうな男と…。
「…………」
「あ、姉貴…」
メチャクチャ険しい顔でこっちを見ている姉貴…エリスの五人だけ、少なくとも身柄が分かっているメグさんとエリス姉を除けば五人中二人は六王じゃないってことになるが…。
「あの、それで…六王様は」
「申し訳ございません、この場には居ません」
「へ?まさか…参加拒否ーッ!?終わった…全てが…ッ!」
「いえいえ、ちゃんと来られますよ。議会直前になればこの場に現れますのでご安心を」
「は、はあ…つまり、今ここに六王様は居ないと…」
「ええ、我々は先立って場を整えに来たのでございます。会場を下見してもよろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
レギナも相手が六王じゃないと分かったからか、ホッとしながら胸を撫で下ろす。まぁ安心していい相手じゃないけどな、帝国師団長と言えばアガスティヤ帝国に於けるトップクラスの戦力。おまけに皇帝直属という事は世界でも数少ない皇帝陛下に直接口が利ける人間でもある。
まぁ、メグさんはそこまで変な人じゃないからそこまで緊張する必要はないだろうが…って、姉貴ずっとこっち見てるんだけど。の割には何も言ってこないのが余計怖い。
「つまり…六王の従者か。それが酷く仰々しく登場したものだな」
「はい?」
すると、声を上げるのはラエティティアだ。相手が六王じゃないと分かった途端正していた姿勢を崩し…。
「失礼、貴方は?」
「私はラエティティア…リングア、と言えば分かるかな?」
「ええ、かつてデルセクトとマレウスの協議にてデルセクトに辛酸を舐めさせたと言うあのリースス・リングアの」
「そう、私は此度の会談には私も参加する。気持ちの良い議会にならないであろう事は事前に謝罪しておく」
「そうですか」
「…六王がこの場に来ないならここに長居する必要は何処にもない。よりにもよって従者だけ寄越してくるとは…フューリー、ラヴ、行くぞ」
「んん、六王の従者ね。あんまり強そうなのは居ねえな」
「分かった」
お、おいおいなんて口聞くんだよ、そんなこと言ったら姉貴がブチギレて…って思ったら姉貴全然聞いてねぇ、俺だけをずっと見てる。あの態度よりも無言の俺のが気に食わないの!?
軽く会釈をしてその場を離れていくラエティティアにレギナはあわあわと口を震わせ。
「す、すみません。彼らの非礼は…」
「構いません、事実私は従者ですので。リングア家と言えばマレウスでも有力な貴族の一角、ああ仰られるのも無理はないかと」
「うう…面目次第もございませんです、はい」
「それよりこちらの城を案内して頂いてもよろしいですか?」
「分かった、それでは案内は私が受け持つ…の顔」
「顔…?いえわかりました、では参ります。レギナ女王、また後ほど…」
エクスヴォートさんはそのままロレンツォ様の車椅子を引いて城の中へと戻っていき、それに続いてメグさん達も城の中へ。
この場に残ったのは俺とレギナと…。
「…………」
何故か、メグさんに同行しなかった姉貴の三人だけ…だ。なんなんだよ、もう。
「あ、えっと…姉貴。その…久しぶり…?」
「…………」
「なんか言ってくれないと、怖いんだけど」
「貴方、マレウスで騎士として働いてるんでしょう」
「え、うん…」
「なら、もうちょっとシャキッとしなさい。胸を張って目を尖らせ、王に恥をかかせるような態度で居ない!だらしないですよ」
「は、はい!」
厳しい〜開口一番それかよ。…ん?いや…寧ろ優しい方か?俺開幕一撃でぶっ飛ばされるのを覚悟してたんだけど、手紙にも殴りにいくって書いてあったし…。
「えっと、姉貴?」
「なんですか」
「殴らないんです?」
「……エリスもここに六王の使いとしてやってきています。他国の騎士をいきなり殴り飛ばすような無礼はしません、彼等に恥をかかせてしまいますから」
「あ、そうですか…」
意外だった、そう言う所気にする人なんだ。いやそう言えばこの人一応アド・アストラの大幹部だったな。そういう面もあるか、俺はこの人の怖い部分しか見てないから知らなかったけど…。
すると、姉貴はチラリとレギナの方を見るとフッと表情を和らげ。
「またお会い出来て光栄です、レギナ様。以前会った時よりもずっと立派になりましたね」
「あ、ご丁寧にどうも………ん?またお会い?以前?」
「はい、覚えていませんか?以前会った事を」
バッ!とレギナはこっちを見る、いや知らないよ!こっち見られても!ってかレギナ…姉貴に会った事あるのかよ!お前会ったことないって言ってたじゃん!
でも伝えることがあるすれば、俺は咄嗟にレギナに耳打ちをして…。
「レギナ、姉貴…エリスは常軌を逸した記憶力を持ってるんだ」
「え?そうなんです?」
「ああ、ずっと覚えてる…というより絶対忘れないって言った方がいい、普通に十年前にあった些細な事も覚えてたりする。お前どっかで会ったんじゃないのか?」
「知りませんよ、覚えてません…でも絶対に会ってないとも、言えないです。だって記憶にないので…」
「サイディリアルの路地裏で、貴方の兄と一緒にいるところで話したのですが、まぁ覚えてないのも無理はないかと。というかよく考えたらあの時エリスはレギナちゃんには名乗ってませんでしたね」
「う…」
耳打ちが聞こえていたのか姉貴は平然と微笑みながら言ってみせる、本当に恐ろしい記憶力だな…。
「お、おほん。ともあれエリス様、マレウスにようこそお越しくださいました、貴方様の弟君であるステュクスにはいつも助けられています」
「ステュクスに…、そうですか」
「こうしてステュクスのお姉様に会えて嬉しいです、良ければ一緒に行きませんか?」
「そんな、マレウスの国王に案内していただくなど…」
「構いませんよ、なんたってステュクスのお姉さんですから」
「………、感謝します」
レギナと話している時の姉貴は、紳士的で如何にもこういう対応に慣れている…と言った感じだ。激怒してない姉を見たのはいつ以来か、そういえばこの人はこんな顔を出来るんだったなと再確認する。
「エリスさん、いい人そうですね」
「まぁ悪い人ではない…と思う」
そう言いながら俺はレギナと共に姉貴を連れてゴールドラッシュ城へと戻っていく。
確かに姉貴は悪い人ではない、あのメグさんをして『あれ以上に優しい人は見たことがない』と語る程の慈愛の心を持ち合わせている。純粋に俺が嫌いなだけで、他の人に対していきなり攻撃を仕掛けるような人間じゃないんだ。
「…………」
「あの、姉貴?さっきからずっとジッと見てるけど…なんか言いたいことでもあるのかな」
「いえ、特には」
じゃあ睨むのはやめてくれ…。
「エリスさんはエルドラドに来るのは初めてですか?」
「ええ、以前マレウスを旅していた時には立ち寄る機会に恵まれず、なので今日が初めてですね」
「あら、そうでしたか。では世界中を旅したというエリスさんから見てこの街はどうですか?」
「甲乙つけ難いですね、サイディリアルも良い街でしたから」
レギナと話している時の姉貴の顔はなんとも優しげで、かつ丁寧な受け答えをしている印象を受ける。つくづく俺以外に対しては柔らかな物腰なんだな。
「気を遣ってくださるのですね、…にしてもエリスさんってば話に聞くよりずっと優しい人ですね」
「ほう、話に聞くより…ですか。一体誰がどんな話をしていたんですかね」
「ステュクスってばエリスさんに会うってなったらいつも『姉貴に殺される!』『殴り殺される〜!』って言ってて」
「なるほど、まぁ…否定はしませんが」
ギッ!と姉貴の視線が鋭くなる。やめてよレギナ、刺激しないで。俺本当にこの人に何回か殺されかけてるんだから。
「ふふふ、エリスさんには色々聞きたいですが…、一先ずやる事をやってからにしましょうか」
そう言ってレギナは足を止める。廊下を少し渡った先にある一室、其処はレギナが会談を前にして最後の準備を行う為の待合室として使っている部屋だ。扉の向こうには既に複数の気配を感じる。
どうやら既に、みんな来ているようだ。
「ええ、そうですね。エリスもレギナ陛下に聞きたいことが色々とありますが。まずは腰を落ち着けてから…ですね」
「はい、…でもまず最初に言ってもいいですか?」
「なんです?」
レギナは扉に手をかけながら、静かに俯きながら…ポツリと呟き。
「これからの会談で色々あるかもしれません。皆さんにとって気分の良くない出来事も多々あるでしょう、ですが私はここに皆さんを招いたのは…敵意からではありません。私はみんなが手と手を取り合える世を望んでいる…そこは信じてください」
それは心からの願い、レギナがここまで動いているのは…最悪の状況の中で足掻き続けているのは、国同士の争いや対立の無い世を作るため。その願いには一切の曇りも陰りもない、それを信じてほしいと姉貴に伝えれば…。
姉貴は…。
「分かってますよ、貴方が正しい事をしようとしてるのは理解してます」
「え?」
意外な程に優しい声音、おべっかや社交辞令じゃない。本気で姉貴はレギナを信じている、だが…分からない。
何故そこまで言い切れる、姉貴とレギナは記憶に残らないくらい少ししか面識がない。殆ど初対面だ、なのになんでそこまでレギナが正しいって言い切れるんだよ。
姉貴はアド・アストラの人間だ、アド・アストラにとってマレウスは仮想敵国。その仮想敵国の女王を何故そこまで信じられるのか分からない俺は咄嗟に姉貴を見ると…。
「………」
姉貴は相変わらず俺を見ていた、俺を見てレギナを信じると言ってくれていた。それが意味するところはわからないが…でも。
(そう言えば、この人はこういう人だったな)
もう薄れかけていた記憶、まだ姉貴と対立する前の記憶。姉貴は…昔から凄い人だった、初対面で生意気なガキでしかない俺の夢を笑わなかった…そんな度量を持った人だったな。
「安心してくださいレギナ陛下、エリスも貴方を信じ貴方の願いを叶えるために動きましょう。任せてください」
やっぱり、味方にするとクソほど頼りになるな、この人。ラエティティアなんかよりもずっと頼りになる。
そうだ、レギナは魔女大国と手を取り合う事を望んでいる。それに協調する俺が姉貴達を警戒したり遠ざけたりするは違うよな。俺は…味方を得たんだ、今は姉貴達は味方。味方なんだ!
「では丁度みんな揃っているようなので、紹介しますよ。エリスの仲間達を」
そう言って姉貴はレギナの代わりに扉を開けて、待機室の中を見る…するとそこには。
「お、もう来た」
「ステュクス!…とエリス…!」
待機室で寛ぐのは姉貴が一緒に来た人達だ。そしてそれを遠巻きで眺める俺の仲間達、姉貴と俺の仲間達がこの場に一堂に会していた。とは言えまだ溝がありそうだな…特にカリナなんかは明らかにエリスを見るなり杖を構えて警戒する。
まぁ当の姉貴は全く気にしてもないが…。
「おはようございますカリナ、とりあえず杖は下げて?」
「う…レギナはソイツの怖さを知らないのよ…」
「でもこの方は味方です、仲良くしましょう」
「…まぁラエティティアよりは信頼出来るか、まだステュクス生きてるし襲ってはこなさそうだし」
「そういう事です、取り敢えず一旦自己紹介いたしませんか?六王の皆様が来る前にこれから一週間の会談を共にする仲間としてお互いのことを知っておきましょう」
「お、いいねぇ。王様でも女王様でもない雑魚の名前で良けりゃいくらでも名乗るさ」
俺が知っているメンバーはメイドのメグさんと姉貴のエリスの二人だけ、他の人達もアマデトワールの冒険者支部で見た気がするが…、よく覚えてない。あの時姉貴に襲われた衝撃が凄すぎて記憶吹っ飛んでるんだよ。
紹介してもらえるのはありがたい。
「ではエリス達から紹介しますね。まず…最初に言っておくと、ここに集まっているメンバーは全員魔女の弟子です」
「え!?全員!?」
「マジか…!」
思わずレギナと一緒に口を塞ぐ、え!魔女の弟子って…そりゃ魔女から次の世界を託された大物ばかりじゃん!
俺もラエティティアの事は言えないけどさ、正直ここに来ている人達は六王の従者とかその辺の人だと思って甘く見てた。マジか、全員大物…!?
「まずエリスはエリスです。孤独の魔女の弟子のエリス、普段は旅人として世界中を放浪していますが…今はアド・アストラの幹部としてここに来ました、よろしくお願いしますね?レギナ陛下」
「え…あ、はい」
「あとステュクスも」
「お、おう」
しかしこうやって言われると姉貴も凄い人だよな、俺と同じように旅をしていたのに…何がどうなったらアド・アストラの幹部にまで上り詰められるんだ?どんな人生送ってたんだよこの人は。
「そしてこちらのメグさんはさっきも紹介されたように帝国第四師団の団長にして皇帝直属メイド、そしてその師匠は…」
「ま、まさか…皇帝カノープスとか言わないですよね…」
「はい、カノープス様です」
「ご機嫌麗しゅう、無双の魔女カノープスの弟子メイドのメグでございます。今後ともよろしく、ブイブイ」
「はわわ…」
レギナが卒倒しそうになる、皇帝カノープスといえば世界最高の権力者だ。言ってみれば神様みたいなモン。だって世界最強の国を統べる皇帝であり魔女達の纏め役なんだぜ?
ラエティティアの奴…とんでもない人を従者扱いしたな…。
「そして、こちらがアマルトさんです。アマルト・アリスタルコス…普段は子供達を相手に勉強教えてる学園の教師をやってます」
「あら?急にこう…抑えめの人が出てきましたね」
「たはは、まぁ俺は魔女の弟子達の小市民枠ってやつよ。どいつもこいつも偉いってわけじゃねぇのさ」
結構フランクそうなお兄さんが笑う、教師か…いや下に見るわけじゃないがさっきまでの衝撃に比べると───。
「待てよ?アリスタルコス?」
とウォルターさんが何かに気がついたように口を開き、ハッ!と顔色を変え。
「まさか君、コルスコルピ最大の貴族…アリスタルコス家の嫡男?」
「あ、知ってたか…」
「え?ウォルターさん知ってるの?」
「知ってるも何も、隣国コルスコルピに於いて最高等級の貴族だよ。世界最大の学業機関ディオスクロア大学園を代々受け継ぐ理事長の家系…、時としてその権力は国王コペルニクス家を上回る事もあると…」
「じゃあやっぱ大物じゃん!なんで隠してたんですかー!?」
「いや…別に、俺貴族として来てるわけじゃないし、理事長の家系なんて学園の外じゃなんの意味もないだろ?」
そういう問題ではない!アンタが小市民枠だったら俺はミジンコ枠だろうが!本人は『まぁ気にすんなよ、実際今はその辺の小さい学校で教鞭取ってるだけの教師だから』とは言うが、そう言う問題じゃない。
因みに師匠は探求の魔女アンタレスだと言われたがピンと来なかった。と言うか俺魔女の伝説に詳しいわけじゃないから…、正直魔女が何した人かも知らん。
「そしてこっちの彼がサトゥルナリア・ルシエンテス。エトワールで一番の役者さんです」
「よろしくお願いします!レギナ陛下!ステュクスさん!」
「よ、よろしくお願いします。ところで貴方は何処の貴族の方?」
「貴族ではないです!正真正銘貴族ではないです!」
「そっか…ホッ」
よかった、今度は何が出るかと思った。ってかサトゥルナリア・ルシエンテスって俺でも聞いたことあるぞ、確かアド・アストラ圏内で一番有名な女優だよな。この人の劇はいつも満員御礼らしいし、ある意味スーパースターと呼べる─────。
────…待て?おかしいぞ、今姉貴なんて言った?
「彼?」
今姉貴『彼』って言ったよな、『彼女』じゃなくて…。
「ええ、彼です。ナリアさんは男ですよ」
「うぇっ!?は…ぇぇっ!?」
「んなっ!?んはぁっ!?私よりお肌スベスベ!」
「はい!スキンケアは万全です!」
この人男なのォッ!?いいのそれ!なんか…なんかいいの!?それ!こんな可愛かったらそんなの…ねぇ!?いやマジで顔はクソ可愛い、声もマジ可愛い、正直ちょっとときめいてたまである。
なのに男なのか…凄いな、ここまで可愛くなるには眠れない夜もあっただろうに…。
因みに師匠は閃光の魔女プロキオンだと言う。こちらは知ってる、何せ世界最強の剣豪だからな、俺も昔は世界最強の剣豪に憧れたもんだよ。諦めたけどね。
「そしてこちらの彼女が…」
「でっか…」
「大きい…」
そして紹介されるのはもう見るからに只者じゃない巨大な女性、人目見て名のあるお方と分かる威厳、最初は何処ぞ将軍か何かかと思ったが…、シスター服着てるし、絶対神将じゃん。
「この人はネレイド・イストミア。オライオンテシュタル最強の闘神将ネレイドさんで夢見の魔女の弟子です」
「…よろしく」
「し、神将かぁ…」
「普通に大物…」
ですよねぇーやっぱり神将ですよねぇ、だってシスター服着てるもん、なんとなく予測はしてたがマジで神将か。俺神将初めて見たよ、マレウスにも争神将オケアノスってのが居るけど…ソイツとどっちが強いのかな。
「以上がエリス達のメンバーになります、ここに普段は争乱の魔女の弟子にしてアルクカースの王ラグナ・アルクカース、栄光の魔女の弟子にしてデルセクト同盟首長メルクリウス・ヒュドラルギュルム、友愛の魔女の弟子にして魔術導皇デティフローア・クリサンセマムが入ります」
「すげーメンバー…、この世界のトップクラスの人達の欲張りセットじゃん」
「なんというか…心強いメンバーですね」
紹介される面々はどれもこれも凄い人達ばかりだ、まぁ魔女が弟子にするって時点で凄いんだろうけどさ。なんかこっちの肩身が狭くなるぜ…。
「では、そっちも紹介してもらえますか?ステュクス」
「いや、そっちの後だと気がひけるっていうか…」
「貴方の仲間は、そんな気後れするような人達なんですか」
「な、んなわけねぇだろ!俺の仲間だって同じくらい…いやそれ以上に頼りになるんだよ!」
「…なら胸を張って紹介しなさい。まぁエリスは殆ど知ってますが」
キツい物の言い方だな相変わらず。まぁいい、胸張ってやるよ!俺の自慢の仲間の紹介なんだからな!
「こっちの青髪は魔術師のカリナ、俺がまだ新米冒険者だった頃からの仲。得意魔術は属性全般、ちょっとだが治癒も出来る」
「よ、よろしくお願いするわ!ビビってないから!」
「なら言うなよ…、でこっちの人がウォルターさん。俺達新米を立派な冒険者に育て上げてくれたベテラン冒険者だ、立ち位置は戦士で得意武器は斧と知識。なんでも知ってる」
「ウォルターだ、今世界を牽引する若人達に会えて光栄だ」
「そしてこっちのチビ二人が…」
「………」
エリスの視線が、俺の指差す先に向かう。そこにいるのは…リオスとクレーだ。
「リオスとクレーだ、まだ小さいが戦力として頼りになる」
「り、リオスだ!ナメないでよ!」
「クレーだから!負けないから!」
「リオス君…クレーちゃん…」
「ほほう、このちびっ子達が例の?」
「へぇ〜、この子達が噂のリオス君とクレーちゃんですかぁ〜」
すると魔女の弟子達は挙ってリオスとクレーを眺め出す、なんだなんだ?急に人気だな…。
「へぇ、綺麗な赤髪だな」
「な、何さ!」
「別に?だけどお前ら二人なら…俺が何言いたいか分かるよな。俺が誰か…もう紹介しただろ?」
「う……」
「あぅ…」
「おいおい、リオスとクレーは俺の大切な仲間なんだ、虐めないでくれ」
二人を見下ろすアマルトさんを相手に咄嗟に止めに入る、確かにこの人は魔女の弟子で偉い人かもしれないが、俺の仲間を虐めるってんなら黙ってられないぜ。
するとアマルトさんは俺に視線を移し…。
「別に、虐めてるわけじゃないんだよ。ただ…ってかお前もしかしてこの二人が何者か知らない?」
「え?…あ、ああ。街で盗み食いしてるところを拾っただけだから何処の出かも…」
「ま、そりゃそうか。知ってたら拾う気にはなれないよな…怖くて。まぁいいや、その件については後からラグナからコメントがあるだろうし、それを楽しみにしておけよ、リオス…クレー、流石にお前らは親に心配かけすぎだ。親から逃げ出したいって気持ちは分からんでもないが…」
アマルトさんは…いや、魔女の弟子達はリオスとクレーの正体を知っているような口ぶりで話す。そして出てくるラグナ大王の名前…。前々から思ってたけどさ、もしかしてリオスとクレーって…ひょっとして凄い家の出身なんじゃないのか…?
「まぁそれはそれとして、お前がステュクスだよな。エリスの弟のさ」
「え?今度は俺」
「そうお前、マジで顔似てるな。の割には性格は大人しめか?内っ側は似てないんだな」
「どういう意味ですかアマルトさん」
「そのままの意味だよ、お前みたいに怖くないって意味。あんま弟いじめんなよ、俺も怖い姉貴を持つから虐められる弟の気持ちは分かるんだわ」
怖い姉貴だけど俺が守ってやるからなとアマルトさんはにこやかに肩を叩いてくれる。一瞬怖い人かと思ったけど…メチャクチャ人当たりのいい良い人じゃないか。それに姉貴とも仲良さげだし…。
「ん、エリスの弟君…可愛いね」
「はい!ステュクス・ディスパテル…ハーメアさんの事も知ってるんですよね!」
「え!?なんで母さんの事を…」
「はいはい、皆さま。お話をしたい気持ちは分かりますが取り敢えずは後でお願いします。議会がもう目の前に迫っています、取り敢えずそちらは済ませてからにしましょう」
賑やかになり始めた空気をパンパンと手を叩き諌めると共にメグさんはそう言う。今は議会が先だと、既に他の王貴五芒星は準備を終わらせている。六王も既にスタンバイしてるだろうし…。これ以上俺たちの都合で待たせるわけにはいかないな。
「はい、此度の一件に関する話やお礼はまた後で。先に議会を始めるとしましょう…今日から一週間、よろしくお願いしますね」
「ええ、是非有意義な会議にしましょう」
合流した魔女の弟子達。そして始まるエルドラド会談。
不安な点は多い、けど…思うんだ。
俺の仲間に加え、魔女の弟子達もまたレギナに味方してくれるような空気感だ。この人達は頼りにと思う。何より…ラエティティア達とは違う本当の意味での味方が増えたのはありがたい。
…頼りにさせてもらうよ、姉貴。レギナの願いのために…。