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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
532/868

483.星魔剣とハリボテの王


「えー、今日この日にマレウスを支え、常日頃からマレウス王政府…並びにネビュラマキュラの治世を支えてくださる皆様に私から謝意を込めた挨拶を」


黄金城ゴールドラッシュの中央に位置する会議場。大きく広いその空間を満たしているのは今マレウスを支えている貴族達だ、そしてその中央にて立つレギナは練習した通り言葉を続けていく。


…今俺たちがやっているのはエルドラド会談、の前哨戦。このエルドラド会談は一週間と言う長い時間をかけてやっていく物となり、真なる開催は明日からだ。


だが、その開催を前にこうして貴族達…そして揃い踏みした王貴五芒星達と親睦を深め、明日に控える本番を恙なく進めようと言う魂胆で、こうして皆を集めたのだ。


だから今日は会議ではない、言ってみれば開幕の挨拶みたいなもんだ。けど同時にこれはレギナが目指す理想の第一歩…ここで躓けば彼女が語る『マレウスの繁栄と平和』は達成出来なくなる。 


上手くやれよ、レギナ。 


「未だ未熟な身なれどここに集うた皆の働きもあり、私は今も玉座に座りマレウスという国に安寧をもたらすことが出来ています。これも偏に諸侯の尽力あっての物、ここに皆様への無限の感謝を述べたい」


レギナは王らしく両手を広げ立ち上がる、はっきり言って国内にレギナの味方は少ない。その大多数がレナトゥスに従う派閥だ、王貴五芒星もチクシュルーブとクルセイドとカレイドスコープがレナトゥス派だ。


故に、この場は針の筵と言ってもいい。さっきから視線が冷たいし『マレウスを繁栄させてるのはお前じゃなくてレナトゥス様だろ』的な小言も聞こえて来る。


はっきり言って、空気感は最悪。俺なら逃げ出していそうな空気の中レギナは一人勇敢に立ちながら頭を下げる。


「明日は、この場に六王も参られます。非魔女国家最大の規模を誇るマレウスと魔女大国の盟主達がこの場に揃うのです、そこで行われる会議は世界の行く末を定める物となるでしょう。そこで私は…」


「本当に、呼べたのか?」


ふと、貴族の一人が大きな声でレギナの言葉を遮る。勇ましい風格の大男が立ち上がりレギナを疑うように叫ぶんだ…本当に六王を呼べたのかと。


するとレギナは毅然として。


「ええ、お返事をいただきました」


「信じられん、魔女大国の人間が我らに耳を貸すなんて有り得ない」


「ですが事実です、明日になれば分かるでしょう」


「…まさかとは思うが、魔女大国に通じる密偵か何かいるのではないか?」


「なっ…!?」


大男は無粋にも勘繰る。魔女大国に通じる密偵を使ったではないか…なんて遠回りな言い方をしているが、実際はこう言いたいんだろう…。『お前、魔女大国とグルなんじゃねーの?』ってな。


その大男の言葉に追従するように周りの貴族達も『そうだそうだ』と追求モードに入る。いきなりか、いきなりこうなるか。


「まさか女王は魔女大国にこの国を売り渡すつもりか!」


「そ、そんな事は言っていません!ただ私は」


「信じられないな!この状況で六王を呼ぶのも!六王が本当にこの場に来るのも!まさかここに来るのは軍勢を率いて制圧にやって来るんじゃないのか!」


「だから私は…」


「やはりお前は王に相応しくない!」


まさに、待っていたのだろう。あの大男はこの会談に参加するにあたってレギナが玉座に座る事への正当性を説き、言い負かして国王の権威を削ぐつもりで参加していた。だからいきなり吹っかけて来たんだ。


さっきからレギナに発言も許さず一方的に捲し立てる男の責める口調、周りは咎めず、本来は止めるべきラエティティアも傍観。俺が割って入るべきか?だが俺が言っても何ににも…。でも魔女大国に通じてるのは俺だ、俺が読んだんだ、なら悪役をおっかぶる意味でも発言した方が…。


そう迷った、その時だった。


ガツンと音を立てて、床に杖が叩き込まれたのは。


「………君」


「う、トラヴィス…」


杖を突いたのはトラヴィス様だ、杖で地面を突き、床を窪ませると同時に威圧を振り撒き大男の方を向き、静かに語る。


「君、名前と領地は」


「プ、プロパだ。ガンダー地方伯のプロパ…!」


「なるほど、所でここは何処かな?」


「エルドラドだろう…?」


「違う、マレウスだ。そして今…マレウスの王が喋っている、君の意見は後で言い給え。王の言葉を遮る無礼が許される程、マレウスと言う国は甘くない」


「うっ…!」


一睨みで黙らせた…!?あれほど高まっていたレギナへの敵意がまた鎮火する。凄い威圧だ、流石はマレウス屈指の大貴族…メチャクチャ頼りになる。


「女王、彼の非礼は私が代わりに詫びます。申し訳ない」


「い、いえ。良いのです…トラヴィス」


「はい、ではお話の続きを聞かせてくださいませ。我等貴族は皆…王の従順な隷僕です」


一礼、反女王の機運を潰すように頭を下げる。トラヴィス様が頼りになるのは分かった、だが同時にトラヴィス様に調停を任せられないと言う理由もまた分かった。


この人は正し過ぎる、あまりに高潔過ぎる。この人の言う事は正しく礼節に則っている、だが人は普通はこうも高潔には生きられない。気に食わない事があれば多少の間違いには目を瞑る生き物だ。


そう言った間違いを正しさによって糾弾されれば誰だって反発する。理不尽な事ではあるが正しい事を言えば言うほど人は嫌われるんだ。


そういう意味でトラヴィス様は他の貴族達から疎まれている。ただ単にトラヴィス様がそういう嫌悪感を跳ね除け敵意を押し潰せるくらい強いってだけで…この人が調停役を引き受けたら余計に議会が混乱しかねない。


だが、今はその高潔さが有難いのは事実。


「おほん、ではその…六王を招き、私はそこで…」


レギナはトラヴィス様に促され続ける。だが…同時に言い淀む。


六王を呼んで何をするか、どうするか、それはもう決まっている。魔女大国と親睦を深め緊張感の高まった敵対関係を解消する事だ。


だが…言えない。今ここでそれを言えばプロパの言った『魔女大国との関係』をより一層追求される、そうなれば下手すりゃここにいる貴族の大部分は立ち去るかもしれない。


魔女大国への敵対心の強さ、もしかしたらレギナはそれを今初めて痛感したのかもしれない。


(やっぱり、ちょっと甘かったんじゃないのか…)


レギナが言っている事は、正直夢物語のようにも思えた。達成出来たら素晴らしい、だが現実問題出来るわけがない、そんな話だ。


レギナはそこに関して覚悟はしていた、が…。


「…マレウスと魔女大国の関係性について、その…互いの立場を明確にしようと思っています」


ボカす、曖昧にボカす。魔女大国と敵対するとも和睦するとも取れる言い方で明言を避ける。つまり折れたのだ、この会談の本来の意義をレギナは折った。


いや仕方ない、情けないとは言わない。彼女はまだ女王としてあまりに未熟なのだ、向けられる疑心や敵意を受け流す術を知らない。


「関係を明確に、まぁそれも良いでしょうな」


「いつまでも曖昧な敵対関係を続けるにも飽きた、ここらでマレウスの意地と矜持を奴らに見せつけてやるのもいいだろう!」


「針の筵に突っ込んできた奴らにマレウス貴族の気概を見せてやりましょうぞ!」


そして、そういう曖昧な答えはウケる。相手は都合のいい風に受け取るからな、そして概ねの予想通り…貴族達はレギナが『マレウスは魔女大国に対して敵対を示す』と思っているようだ。


「……………」


「……………」


ただ、本来の目的を知るラエティティアは呆れたように笑い、ロレンツォ様は目を伏せ小さく首を振る。


いいんだよ、会談は一週間掛けて行われるからまだ時間はあるし、明言していないという事は後からいくらでもひっくり返せる。会談中に覚悟を決めて和平を申し出ればいいんだ。


「と、ともあれ。明日はこの場に魔女大国の盟主が混じります、そこで今後の世界について実のある議論が出来ればと考えています」


「女王のお言葉は以上になります。諸侯の皆々様には女王のお心を理解し明日の議論にてマレウスの顔として振る舞っていただきたく存じますので、どうぞ」


よろしくお願いしますとラエティティアは一礼しレギナの言葉を終わらせる。それと同時に彼はもう一度貴族達に向き直ると。


「では今日はこれにて…と言いたいところですが、先日アドラー様より提案を頂きまして。今日この場に貴族達が揃っている…と言う状況を無駄にするのは勿体無いとのことで──」


「「違う、提案したのはメレクの方だ」」


「………失礼、メレク様のご提案により引き続きこの場を議論の場として利用したいと考えております。皆様、意見の程があれば今のうちに」


ここで貴族達の意見を問う、すると貴族達は皆それぞれ書類を机の上に置く。どうやら言いたい事は山とあるようだ。


「女王陛下、私は魔女大国云々よりも国内の金融事情について論じとうございます。これは魔女大国側にもぶつける疑問ではあるのですが…」


するといきなり声が上がるのはレギナの言った魔女大国関係とは程遠い話だ。話聞いてなかったのか、いやこいつもあれか、なんか文句が言いたい口か…。


「議題とは遠いですが、聞きましょう。名はなんですか?」


「ファイナンと申します。私は常々独自の通貨を持つべきと王政府に意見しておりましたが、この件について一考は頂いているでしょうか!」


「へ!?独自の通貨を…?」


レギナは咄嗟にこっちを見る、いやこっち見られても。というか知らない…よな、王政府に対して陳述しているとしてもレギナのところにはいかない。それは全部レナトゥスの管轄だ、知らない!と突っぱねてもいいが。


それを言えば、この場が成り立たない。バッチリ答えてマレウス貴族のハートを掴もうぜ!レギナ!


「な、何故独自通貨を?今の制度でも十分では…」


「それは時代遅れだからです」


「時代…遅れ…」


「歴史的な部分を調べてみれば分かることですが、数千年前の物の価値と今の価値は当然ながら違います。かつては銀貨二枚で凡その物が買えましたが今は銀貨二枚では殆ど何も買えません、それは商品の品質とその最低ラインが数千年前から引き上がったことによる材料費や加工費や人件費流通費の高騰に由来しています。数千年前なら銀貨で事足りた物が今は足りなくなって来ている、故に買い物をする際必要とされる銀貨の数も当然増えていきます」


「は…はあ」


「そもそも八千年前に作られた通貨を今も使い続けていること自体が異常なのです。物の価値と通貨の価値が釣り合わなくなって来ている。これはいずれ重大な破綻を齎します、今現在魔女通貨の発行権はデルセクトが担っていますが…。国家間の取引が高騰しより多くの金貨が一度の取引に必要となった所為で年々発行量が増えているという報告もある。これでは市場に金貨が溢れて金貨そのものの価値が物の価値より低くなってしまう。されど魔女大国は金融の引き締めを行える余力がない、それを行えば材料費の高騰に対応が出来なくなる。ですがこのまま行けばいずれ山積みの金貨でりんご一個を買う世界が訪れるでしょう。今のマレウスの経済を魔女大国に依存させている状況では、魔女大国の金融経済が破綻したらその煽りをより一層受けることになり国家の存亡に関わるほどの物価高に見舞われるでしょう、終わりの訪れが見えている魔女通貨に頼り続けるよりもマレウスが新しく今の価値観にフィットした通貨を新たに発行し非魔女国家間に流通させるのです。そうすれば魔女大国の依存への脱却に繋がり非魔女国家の経済も支配することが出来る。今が好機なんです、今新たな通貨を作るしかないんです、私のこの意見に対する王政府の答えは如何なる物か是非お応え頂きたいのです」


「あわ…あわわ」


レギナの頭から湯気が出る。想像以上に濃密な意見が飛んできた、俺もあの人の言っていることの意味が半分も理解出来ない。対するウォルターさんやロレンツォ様は深く頷き理解を示している…。


ううん、学がない…と言うのをより一層感じるぞ。


「どうですか、レギナ女王」


するとラエティティアがより詰める。そんなのレギナに応えられるわけないし今の話とも関係ない、答える意味はないがラエティティアによって逃げ道を塞がれる。


やはり、アイツは味方ではないようだ。レギナの信頼が失墜すればアイツらレナトゥス派はやりやすくなるからな…。だがどうすればいい、レギナ。


「………」


レギナがこっちを見る、助けてくれと。でも俺に助けを求められても…いや待てよ。


これ別にレギナが答えなくてもいいな、勿論俺が答える必要もない。だってアイツはレギナに応えてほしいんじゃなくて王政府に聞きたいんだ、ならそれに関わる人間に話を振ればいい。


例えば…。


(チクシュルーブだ、チクシュルーブに話を振れ!)


そう目線で伝えるとレギナはハッ!と顔を明るくし。


「おほん、では今の意見を聞いて…チクシュルーブ様はどう思いますか?」


「は?」


チクシュルーブ、アイツは今マレウスの商業を司るような位置にいる人間だ。アイツならなんかいい感じに答えられるだろう。


事実、チクシュルーブは今の話を聞きゆっくりとファイナンの方を向いて。


「独自通貨を発行する…って言ってもどうするつもりだ」


「それはマレウスで新たに貨幣製造場を作り今現在私が保有している金山から金を掘りそれを…」


「結局金貨かよ…あのな、今の今までこの世界で魔女通貨が使われ、魔女通貨一強だったのは金貨一枚辺りに含まれる金の含有量が途方もないなんだよ、魔女通貨はほぼ純金純銀と言ってもいい。故に金の希少性が変わらない限り一定の価値が担保され続けるところにある」


「うっ…」


「デルセクトには魔女の加護があり無限の金が掘れかつ他国が持たない洗練された加工技術も持ち合わせている。その含有の高さは純金にほぼ近い、魔女通貨の価値の高さはそのまま金の価値の高さに繋がっているから金山から金を掘って金貨を作っても魔女通貨そのものの価値にゃ勝てない、だがお前の言う通りデルセクトは年々金貨の発行量を増やし自分で金の価値を貶めているのは事実、だがそれに対するカウンターで結局別の金貨を作ったところが意味がない。市場に金貨が溢れ物の価値と逆転して金が安くなったら魔女通貨以上に半端な金しか含まれていない独自通貨はもっと安くなるぞ」


「それはその…」


「それにな、魔女通貨が強いのはそもそも魔女大国が超強力な輸出大国だからだよ。魔女大国と取引するには魔女通貨が必要になる、使い道の少ない独自通貨を持つより使い道の多い魔女通貨をみんなが持つから結局独自通貨そのものが信用を失う。どれだけ独自通貨を作ってもその一点が変わらない限りいずれ魔女通貨に独自通貨は押し潰される。…非魔女国家に独自通貨を流通させるとして、今マーキュリーズ・ギルドが幅を利かせている現状で魔女通貨以上の価値をウチが作れるとは思えない」


「………」


「独自通貨を作るって点には賛成だが、それにはマレウスが経済的に物流的に自立して初めて成り立つ。だが今はまだマレウスは完全に自給自足が出来ておらずある程度の輸入に頼っている現状では独自通貨の価値を確保する事が出来ない。この状況で焦って作っても経済に混乱を生む。早急にやるべきだが纏まってないのに急いでも意味がない、もうちょい考えてから言え」


「……わかりました、失礼しました…」


黙らせた…、流石は天才貴族、物の数年でマレウスの頂点に上り詰めた才覚は本物か。まるでデルセクト人みたいな経済論は気になるがそれでもチクシュルーブに振って正解だった。


「おほん、ありがとうございますチクシュルーブ様」


「…いえ、国王様に意見を問われるなんて光栄ですわ」


クルリとレギナはこちらを見ながら親指をグッと立てる、分かったから…前見てくれ。


「では私からは最近のマレウス国内の治安悪化について王貴五芒星に伺いたいことが」


「そうだそうだルクスソリス伯爵、以前のお話ですが…」


「ボヤージュの街がまた遠洋漁業を再開したそうだが何かあったのかね」


すると、先程の意見を皮切りに貴族達は盛んに話し合いを始める。そもそも貴族達が揃っている時点でただ六王を招いてこれからの世界についてお話しします…ってだけだと勿体無いからな。


こうやって領主達が出揃って今後のマレウスについて話し合ってくれる、そんな場を設けられただけでも国にとってはプラスになるんだろう。まぁ貴族達もその気になればパーティを開くなりなんなりして勝手に意見交換はしてるんだろうけど…。


しかし…。


「……………」


レギナは突っ立っている、突っ立ったままだ。何が言いたいのか?いや違う、何も言えないんだ。


レギナは国を案じている、マレウスという国を愛しているしその為に何かしたいと思っている。だが…。


「ではマレウス国内に於ける商業ルートをより開拓していくと言う方向で…」


「冒険者協会からの発案でこう言った事業を始める予定が…」


「マレウス北部に行くのは些か怖いな、あそこは今反権威主義がのさばって…」


「…………」


何も言えない、何も言われない。まさしく空気って感じだ、貴族達が勝手に話を進めて勝手に話をつけて勝手に終わっていく。本当は…こう言う時レギナのところに意見が殺到するべきなのに、それがない。


実際来てもさっきみたいに答えられない。レギナは自身の無力さを痛感している事だろう…。


「うーむ、これ以上話を進めるにはやはりレナトゥス様の許可が…」


「レナトゥス様に意見を伺わないことにはどうにも…」


「くそう、折角例の案件を進められると思っていたのに、レナトゥス様が居ないのではどうにも…」


「………」


レナトゥス、レナトゥス、レナトゥス。みんなレナトゥスの名を口にする、当たり前だ。レギナは何もしていない、レナトゥスは毎日のように忙しそうに飛び回っている。これがやっている人間とやっていない人間の差だ。


レギナは望んで怠け者になったわけじゃない。寧ろ働きたいんだ、だが働く為の力も働く場も…レナトゥスによって奪われ、レナトゥスによって締め出されているのが現状。


もしかしたら…レギナはこの場で自分が王であることをアピールしたかったのかもしれないな。まぁそれをするには力不足だったわけだが。


「レギナ様、レナトゥス様はこの場に来られないのですか?」


「へ?あ、レナトゥスは元老院の元へ赴くと…」


「元老院…、そう言えばネビュラマキュラ元老院は何処にあるのだ?名前を聞くばかりで何処に居るかなんて気にしたこともなかったが…」


「バカ!ネビュラマキュラ元老院の所在は国家機密だ、探れば処刑だぞ!」


「そ、そうだった。今のは無しで」


「………元老院の場所…」


レギナは少し考える、レナトゥスは元老院に呼び出しを食らっているから出席が出来ない。レギナはレナトゥスが議会に干渉出来ないよう敢えてその日取りを狙ったらしいが。


実際問題レナトゥスが今何処に居るかは誰も知らない。…もしかしたらレギナも本当はレナトゥスが何処に居るか知らないのか?まぁだからなんだって話なんだが。


「お!おいおい!待てよ!レナトゥス来てないのかよ!」


すると、チンピラ…じゃなくてクルス・クルセイドが机を叩いて立ち上がる。


「どうされました?クルス様」


「どうもこうも!レナトゥス来てないのか!?アイツに言わなきゃいけないことがあるんだよ!ここに来たのだってレナトゥスに言われたからだし…てっきりアイツはここに居るもんかと」


「…でしたら私が聞きます、どうしましたか?」


「お前に言ったって無駄だろ!正式な継承の儀も受けてないお飾りの王に!ハリボテの王はハリボテらしく黙って突っ立ってろよッ!」


「っ……!」


「クソっ!じゃあ来た意味ねぇじゃん!」


「クルス君、座り給え。今の君の言動はいささか不快だ」


「チッ…!」


キツい事を言われたレギナは少し顔を歪める。分かりきってたけど面向かって言われると来る物があるんだろう、だが…それよりも重要なことがある。


それは…。


「やはりレナトゥス様無しでは議論など出来ないのではないか?」


「六王が来ると言うのにこちらの頭があれではな…」


「マレウスの権威に関わるのではないか?」


「なんせ相手はもう何年も王政を取り仕切っているベテラン、ここはやはり王貴五芒星に期待するしかないが…、頼れそうなのは正体不明のチクシュルーブと新魔女派のトラヴィスか。これは終わりかもしれん…」


貴族達がレギナを疑い始めてしまったという事。クルスが振り撒いた悪言が周囲に伝播し殊更レギナの無能さを際立たせてしまった。レギナだって頑張ってる…なんて励ましは今は意味を持たない。


「わ、私はマレウスの王です。その事について六王達に疑われることはないです、私だって…」


「はぁ、バシレウス様が健在ならば…、あの方ならば六王にも劣らない、いや寧ろ圧倒するだけの姿勢を見せてくれた物を…」


「に、兄さんが…居たら…って、そりゃ…私だって…」


「このまま会談を続けても、恥を晒すだけではないだろうか」


「先が思いやられますな…」


「っ……」


反論出来ない、レギナには反論するだけの余地がない。ただ俯いて黙ってしまう。…レギナ。


すると…。


「そこに関してはご安心を」


ラエティティアが声を上げる、助けてくれたのか…と思ったが、違う。アイツ、笑ってる…何かを企んでいる…。


「私はラエティティア・リングアと申す者でございます、六王に対して弁舌を奮うよう閣下より仰せ使っておりこの場に馳せ参じました」


「リングアって…あの舌将リースス・リングアのか!デルセクトを説き伏せたあの!」


「おお!これは心強い!」


「ええ、この場に六王を招いたのも彼等をこの舌を以ってして説き伏せマレウスという国の強さを奴らに思い知らせる為です!」


まるでレギナが役立たずであると断じるように彼はレギナを踏み台に注目の的へと踊り出る。身振り手振りで貴族達を巻き込んで彼は舌を振るう。


「まず、私は奴等と取引をするつもりです」


「取引だと!?大丈夫なのか…」


「勿論、私の手にかかれば彼等を騙し利益を得ることが可能です。差し当たって彼等が不当に占領している非魔女国家を手放させ我等が陣営に迎え入れましょう、そして条約を結びマレウスにとって100%有利な条件でこの会談を終わらせます」


「ほう、それは面白そうだ」


「これはいずれ来るマレウスと魔女大国の大戦争の幕開けとなるでしょう、彼等は敵だ!彼等は排除すべき敵国だ!毟るだけものを毟り取り敗北感と後悔だけを持たせて祖国へ帰してやるつもりです」


「ちょ、ちょっと…ラエティティア、私は…」


「女王もそのつもりでしょう?マレウスは魔女大国と袂を分つ。これは決別の儀であると…それとも、まさかさっき誰かが言ったみたいに和睦を申し込むつもり、なんて言いませんよね…?」


こいつ…まさか、これが狙いか。魔女大国との決別を決定的なものにする為に…今までレギナの手伝いを。いやそもそもレナトゥスが会談を良しとしたのは集めた貴族達に反魔女機運を高めさせる為に…!


利用されていた、分かっていたがここまであからさまに仕掛けてくるとは…!


「わ、私は…!」


「女王よ、まさか迷っておられるのですか?明日はここに六王が来る、敵国の王がここに来る!それを前に貴方は臆すると!」


「誰もそんなことは…!」


「失望しましたよ!どうやら貴方ではこのエルドラド会談を率い進む事は出来ないようだ…」


「ラエティティア君…君は」


すると、咄嗟にフォローに入ろうとしたトラヴィス様の動きを察知したラエティティアはクルリとトラヴィス様の方を見て。


「トラヴィス様、私は何か間違った事を言いましたか?」


「いや、だが君は少々口が過ぎる。私の目には女王の意見を封殺しているように見える」


「心外ですね、ではお伺い致しましょう女王陛下…、貴方には何か、意見がおありで?」


ん?と眉を上げてレギナに問う、なんか言いたいことでもあんのかと…だがレギナはキュッと袖を掴み唇を震わせるばかりで…。


「………」


…何も言えない、何も…言えないか。


「無いようですよ、トラヴィス様」


「…………そうか、なら出過ぎた真似をしたのは私の方だったようだ」


周囲の貴族達がややたじろぐ、若きラエティティアがあのトラヴィス卿を言い負かしたと。これにより一気にラエティティアは場の空気を掴み、主導権を握ってしまった。


「では私はお約束いたしましょう、明日…六王に大恥をかかせると、彼等も何か我等マレウスに対してあれやこれやと言ってくるでしょうが。ご安心を、私が茶番に変えて見せますとも」


「トラヴィス卿を言い負かした彼なら、或いは六王さえ説き伏せるかもしれないな…」


「六王が論破され金魚のように口を開閉する姿が見れると思うと今から楽しみだ!」


「呑気に会談に応じた事を後悔させてやれ!」


「魔女大国は敵!正義は我らにあると思い知らせてやれ!ラエティティア!」


「ええ!お任せを!!」


空気は完全にマレウスVS魔女大国…これでは当初思い描いていた和睦の流れは到底作れない。 


これは完全に……。


「…………」


(レギナ……)


俯き、何かを考えるレギナに俺は…何もしてやれなかった。何も…。


……………………………………………………………


それから、会議は恙無く進んだ。いや…当初思い描いて形とはかなり違う。なんせ全員が魔女大国に対する悪意や敵意を剥き出しにした話ばかりをしていたからだ。


やれ『兵士を揃えて威圧してやれ』とか。


やれ『席は最外層にしろ』だとか。


まるで子供の嫌がらせみたいな内容が大の大人達からぽこじゃか出てくるんだから愉快だったよ。レギナは完全に議会の空気を掴み損ねた、いや掴めると甘く見ていた、完全に力不足が露呈した。


そしてそこをラエティティアに利用され、逆に魔女大国との決別の場に変えられてしまった。ラエティティアを変に信用した俺がバカだった…。


けど…これだけは言わせてほしい。


「ラエティティア!!」


「おや?何かなドブネズミ」


議会が終わり、一旦貴族達は席を外し、誰もいなくなった会議場に残っているラエティティアに対して、俺は吠える。


情けないのは分かってる、何にも出来なかった俺にも非はある…だけど。


「お前、まさか最初からこのつもりで!」


「はて?なんのつもりで?」


「惚けるなよ!お前レギナの願いを知ってただろ!最初からレギナは魔女大国との和平を望んでいた!なのになんでそれと正反対の方向へ話を進めた!」


こいつは…レギナの願いを知っていながら、あえてそれを無視した。俺はそれが堪らなく許せなかった、だがラエティティアはそれを鼻で笑い…。


「…バカだな、相変わらず君は低脳だ」


「なんだと!」


「じゃあ私があの場で意見を取り纏めなければ、女王を信用出来ない貴族達は早々にこの会談に見切りをつけて皆帰ってしまっていたぞ?誰かが貴族達を繋ぎ止めなければ会談は成り立たない…だが女王にはそれが出来なかった、だから私が代わりに貴族達を繋ぎ止めたんだろう。文句を言われるどころか感謝してもらいたい」


「話が違うじゃねぇか!お前…レギナに協力してくれるんじゃ…!」


「だから私は協力しただろう、最初頼まれた通り…『議会を成立させる為の手助けをした』だろう?ん?」


「それは…」


「第一、私は女王に意見はあるかと聞いただろ、それなのに答えなかったのは陛下の方だ。意見がないということは私の意見に賛成ということだろう?」


「そりゃ屁理屈だろ、あんな空気感で和平なんて言い出せるわけがない。その空気をお前が作ったんだろ!」


「空気?バカかね?そんなもの勝手に気にした方が悪い」


「こいつ…!」


口が減らない奴だな、しかも徹頭徹尾正論ばかり…。確かにあのままラエティティアが何も言わなければ会談はそもそも根っこから折れていた可能性が高い…。


「レギナ女王にはやはり分不相応だったんだよ、貴族達を取り纏める…なんてのはね」


「違う、レギナはやれる…!」


「アホらしい、…そのアホらしさに免じて教えてやる」


するとラエティティアは俺に詰め寄り胸ぐらを掴むと。


「最初から反魔女感情を焚きつけるつもりだったか…その質問にはイエスと答えよう。私はレナトゥス様からこの会談を『魔女大国との決別の場にしろ』との命令を受けている、なんならこの場で宣戦布告してもいいとさえ仰せ使っている」


「ッ…やっぱり!」


「でなけりゃ甲斐甲斐しくセッティングなんかするわけねぇだろ。それが嫌なら最初からもっと力をつけておけばよかったな、お前も…レギナもな」


「騙してたのかよ…」


「ああそうだ、騙していた。だがそれも今日まで…今からは本音を話そう。君とレギナはこの会談で『終わる』、今まで執政から締め出される…なんてレベルじゃない、本物の無能としてマレウスの歴史に刻みつけてやる。お前達には精々道化になってもらうさ」


最初から、レギナを利用するつもりだった。味方じゃないことは分かりきってたが…くそッ!腹が立つ!俺はレギナの護衛なのに…何もしてやれないのかよ!馬鹿すぎて自分で自分を殴りたくなる…!


「…理想ばかり語る甘ちゃん女王が、反吐が出るんだよ。お前も早くアイツには見切りをつけた方がいい」


「…嫌だ、俺はレギナを守る。お前からも…何からも」


「言うだけならなんとでも出来るね、まぁいい。明日が楽しみだね、明日…六王達も今日のレギナや君みたいに何も言えなくなって下を向くばかりになるだろう。…力も魔術もこの場じゃ役に立たない、知識で弁舌…それが物を言う世界じゃ私は無敵だ」


俺の肩を跳ね飛ばし、ラエティティアはくすくすと笑いながら俺の脇を抜けて議場を去っていく。くそッ…正論マンが、けどそれを言ったら俺は無言マンか、何も言えてねぇし。


あーくそ、情けない。剣の修行ばかりで勉強を殆どしてこなかったからアイツを言い負かす事もアイツの言っている事を否定することも出来ない。


ただ漠然とラエティティアの言っていることが『違う』『気に食わない』と思うばかりで…それを言語化出来ない。レギナの味方をしてやりたいのに…俺にはそれを成し遂げる力がない。


(無力だ…俺がもっと、もっと色んな事が出来れば…)


頭を掻きむしる、レギナの言っていることは正しいと思う。魔女大国と争えばその煽りを受けるのは民草、ソレイユ村のみんなみたいな民間人なんだ。それを貴族達の敵対心と反魔女感情に付き合わせて戦乱に巻き込むような事は断じてあってはならない。


けど…じゃあそれを解決するにはどうしたらいいか、具体的な案があるわけじゃない。情けなくてイライラしてくるよ…本当に。


(このまま行けば、ラエティティアはエルドラド会談を魔女大国との決別の場に変えてしまう。明日やってくる六王達を怒らせればそれは簡単に叶うし貴族達もみんな巻き込める、なんとかするには…なんとかするには…どうすれば)


これが剣を持って挑んでくる敵ならまだやりようはあるのに、剣士の俺には話し合いを上手く誘導するなんて真似は出来ないし…、でもこのままじゃレギナの夢が…。


「ステュクス…」


「っ…レギナ!」


ふと、振り向けば、そこには議場の扉を開けて俺に気がついて口元に手を当てているレギナがいた。俺は咄嗟に手で顔を覆い表情を戻す。惨めで情けない負け犬の表情から…いつもの顔に。


「ど、どうした?こんなところに。エクスさんや他のみんなは?」


「皆、ロレンツォ様が用意してくださった部屋にいます。他の貴族のように城の外に宿泊させるわけにはいかないと…ロレンツォ様が便宜を図ってくださって」


「そっか、それでレギナは…」


「…私は……」


トボトボと彼女は歩きながらさっきまで自分が座っていた最奥の席を眺めながら、俺の元までやってきて…。


「謝りたくて…」


「え?」


「…力不足でごめんなさい。大層は夢を語ってごめんなさい。私の独りよがりに巻き込んでごめんなさい…」


「な、何言ってんだよ!」


いきなり謝り出したレギナに、俺は動揺する。見れば彼女は唇を必死に噛み…血が滴っている。何よりその顔…この顔…。


さっきまで俺がしていた、惨めさを噛み締める…無力さを痛感する顔…。


「私は、甘かった。大甘だった、覚悟を決めて会談に臨めば何かが成せると本気で思い込んでいた。けどそれを実現するには私は無知で無力…あまりにも全てが足りなかった」


「し、仕方ないよ。初めてだったんだろ?こういうのは…」


「初めてでも…!」


レギナは俺の服を掴みながらバッと顔を上げ…。目元から涙を流して…。


「関係ないんです、そんなのは。王様には、初めてとか…なんだとか関係ない。私はただ今までの努力が足りなかった、だからラエティティアの好きにされた」


「けどアイツは騙してて…」


「ですが彼が居なければこの会談が成り立たなかったのも事実。私がもっと賢くもっとここに至るまで努力をしていれば…ラエティティアに介入する隙を与えなかった。今までの努力がと勉強が足りなかった」


…ラエティティアも、似たような事を言った。力が足りないのは今までの努力が足りず夢ばかり大きく語った代償だと。だが俺はそうは思わない。


これが生まれながらの王として育ち王になるべくして育てられた人間なら仕方ないと言える

もっと勉強しておくんだな!世間知らずが!と言える。


だがレギナは違う。本来は王になる筈ではなかった。本当は兄が王位についてレギナはその兄のお付きとして扱われていたと言う、当然勉強だってしていない…させて貰えていない。なのに三年前いきなり兄が失踪して無理矢理玉座に座らされ王位を押し付けられた。


腐って何もしないハリボテの王になってもいいのに、彼女はそれに抗いせめて祖国を守れるようにと…マレウスを顧みないレナトゥスという巨人に挑んでいる。その過程で勉強をしてようやく人並みになれた彼女に俺は努力が足りなかったとは決して言えない。


悠長に構えている時間もない中、焦って事を急いだだけで、責められる謂れはどこにない。本当だったらもっと周りに助けられてもいい境遇なのに…彼女は城からないものとして扱われているんだ!


それがなんで…謝ってんだよ!何謝らせてんだよ!俺は!


「私は…あの場で何も言えなかった。言う勇気がなかった、ラエティティアに詰め寄られ意見を聞かれても自分の意見を貫けなかった。私は…口が震えて、何も…!」


「レギナ!」


俺はラエティティアのように口が上手くない、ここでレギナを的確に励ます言葉は持ってない、だからまるで突き動かされるように彼女を抱きしめ…。


「言うな!それ以上!」


「え……」


「自分で自分を責めて疑うな、俺はレギナを信じてる…だからせめてレギナも自分を信じろ。これ以上言えば…レギナは自分を信じられなくなる、そうだろう!」


「………」


「俺も、君を守れなかった。威勢のいい事を言ってこの件を引き受けておきながら君に謝らせた…護衛失格だ。けど…俺は折れるつもりはない、次はきっと君を守る。絶対に…守ってみせる」


俺は今回、あまりにも無力だった。自分の無力さを言い訳にして何も出来なかった、元より彼女を守り彼女の志に協力すると言ったのにだ。


俺はなんのためにここにいる、レギナに力を貸すためにだろう。なら…やり通せ、守ると決めたら守り通せ、もう二度と…この子を泣かせるな。


「ステュ…クス…」


「大丈夫、俺は…俺達はレギナの味方だ。近衛隊のみんなはレギナの夢を信じて応援する為にここにいるんだ。だからもう謝るな、君は胸を張っているんだ…この国の王様はレギナだろ?」


「…っ、はい…はい!ステュクス」


…本当なら、こんな小さな子に背負わせるべき物じゃないのかもしれない。だがそれでも俺はレギナを信じる、彼女ならやってのける。まだ会談は始まってすらいないんだ…ここからきっと巻き返せる。


いや…俺達で巻き返してみせる!


…………………………………………………………


「がはははは!上手くやったな!ラエティティア!完全に会談を乗っ取った!」


「当たり前だ、そういう風に動いていたんだからな。最初から」


ロレンツォより与えられた一室にて、ラエティティアとフューリー話し合う。今回の会談…それを上手く利用して逆にレギナの抵抗を潰すというラエティティアの策は上手くいった。


いや上手くいく以外なかった、無知なレギナは必死に会談成立の為に動いていたが…それでも無知は無知、私が此度の会談に反魔女派の人間しか呼んでいない事に気がついていなかった。


彼女が場の空気に飲まれ何も言えなくなる事も見越していた、その上で会談を乗っ取り今回の内容をそのままマレウスの総意にし、魔女大国と決定的に決別する。


「明日はもっといいものが見られる。六王が皆私に言い負かされ笑い物になる姿をな」


「楽しみだ!」


「ああ、それで魔女大国はマレウスに敵愾心を持つ。何より…奴等は思い知る、今まで見下してきた私達の恐ろしさを、奴等が如何に下等であるかを白日の下に晒す。私の力でな」


明日は六王を言い負かす、全員私の弁論で踊らせ手玉に取る、その上で条約の一つでも結んでやろうか、金も領地も思うがままにふんだくれる…そんな条約を『和睦の形』として押し付ける。


それでレギナも黙らせられる…いや、会談以降のレギナの動向は気にする必要はないか。


だって…。


「こちらは仕事をしたぞ、ラヴ…お前もきっちりやれよ」


「………うん」


人形のように部屋の隅に立つラヴに声をかける。こいつにはこいつの仕事がある…その為に私は敢えてレギナとステュクスにまだ動けるだけの好機を与えたんだ。


なのにこいつは、さっきからピクリとも動きゃしない。


「…お前本当に分かってるのか?」


「分かってる…私の仕事は…」


「ああそうだ、お前の仕事は…『女王レギナの暗殺』だろう?」


護衛ってのは真っ赤な嘘、本当の目的は女王レギナの暗殺。というか成り替わりだ、こいつの顔はレギナに似ている…似るように作られている。


本当はバシレウス様がお戻りになられるまでの繋ぎだったレギナの戴冠。しかしバシレウス様の帰還がちょっと現実的ではなくなった為また新たに元老院にとって都合のいい王が必要になった。


そこで用意されたのがこの女…、今回の会談で一度レギナの信用を失墜させた上で暗殺。成り代わったラヴが国王の権限にてその権利の全てをレナトゥス様に任せ自身は一線を退く事を宣言させる。


これで女王に忠誠を誓う層…トラヴィスなどの頑固な貴族もレナトゥス様に従わざるを得なくなる。盤石な治世を作り上げる事が出来、なんの支障もなくネビュラマキュラの家系を存続させられる。


…その為だけねラヴも会談に同行させた、全ては会談の最中にレギナを暗殺する為。このエルドラド城の中なら逃げ場も少なく始末もしやすいからな。


(態々護衛の枠に捩じ込み影武者という体裁で潜り込ませたのもこの為、暗殺を行い『ラヴが身代わりになった』と言えば違和感なくラヴをレギナと入れ替えられる、その為にも顔を晒す必要があったわけだが…)


チラリとラエティティアはラヴを見る、相変わらず顔は似ている。だがあまりに表情に乏しい。そこらの貴族なら入れ替わりに気がつかないが…近しい存在。


例えば、ステュクスのようなレギナ本来の姿を知る者は入れ替わりに気がつくだろう。まぁあんな木端が何をしようとも構う事はないが、それでも…。


(盤石な治世とは、一切の弱点と汚点を残さぬ完璧な治世のことだ…ステュクスが何を言っても何にもならないとしても、入れ替わりに気がつく人間は一人でも少ない方がいい。あの護衛共も全員始末するか…)


正直誤算ではあった、レギナの護衛はエクスヴォート一人の予定だった。エクスヴォート一人ならなんとでも騙せるが…ああも護衛が増えては厄介だ。だが代わりに奴等はエクスヴォートと違って暗殺が可能。


なら…演出する。


「エルドラド会談中に突如北部の反権威主義勢力が女王レギナの暗殺を決行、護衛の近衛隊複数名の殉職はあったものの…女王は無事、これで行こう」


「ああ、決行日はいつにする」


「…まだ完全にレギナの信用を失墜させられたわけじゃない、もう少し時間を置き完全に奴に女王失格の烙印を押せてから取り掛かろう。襲撃は任せるぞ?フューリー」


「任せろ!」


エクスヴォートを引き剥がし、あの護衛たちだけになった瞬間を狙ってフューリーに襲撃させ全員殺す。これによりレギナは表舞台から姿を消しレナトゥス様は真の意味でマレウスの国王になれる。折を見て次代のネビュラマキュラに政権を引き継げば…マレウスは安泰だ。


レギナもバカな奴だ、大人しく元老院に従っていれば…アイツ自身も元老院に加入出来る資格があったというのに。レナトゥス様と元老院に盾突いたからこうなるんだ。


「…………」


「おい、ラヴ…聞いてたのか?」


ふと、ラヴが余所見をしていた事に気がつきやや咎めるような口調で声をかければラヴはチラリと視線だけこちらに移し。


「ステュクスも殺すの?」


「は?…当たり前だ、アイツは低脳だが低脳らしく声だけは大きい。生かしておけば必ず入れ替わりに気が付き喚き散らす。それがレナトゥス様の万全の治世にどんな影響をもたらすか分からない、始末する理由は山程湧いて出るが生かしておく理由は皆無だ」


「元は無関係」


「今は関係者だ」


「……そうだね、分かった」


…こいつ、まさかステュクスに絆された?まさかな。ただの道具が情など抱くはずがない。だがこいつも一応は人間、人間は感情で如何様にも狂う。


…警戒はしておくか。


「まぁいい、明日は忙しくなる。六王の来訪…最高の茶番劇を見せてやる」


「楽しみだ!六王…ククク」


「…………………」


全てはレナトゥス様の為、盤石なる治世の為。何よりもリングアの名を元老院に売り込む為…私はやるぞ。


討論の場にて無敵を誇ったリングア家の恐ろしさを、レナトゥス様に逆らう全ての存在に見せつけてやる。

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