482.星魔剣と集結の王貴五芒星
黄金都市エルドラド、それは理想街チクシュルーブ、中央都市サイディリアル、古都ウルサマヨルと並びマレウス四大都市と呼ばれる程の大都市だ。
人口比率はサイディリアルに次いで二位。
一世帯辺りの平均年収はチクシュルーブに次いで二位。
街全体の税率は国内第一位であると同時に福利厚生などの充実さもまた国内随一、物価は高く何をするにも金がかかるが『金があるならエルドラドに住め』と言われる程の圧倒的住みやすさと快適さが売りの所謂セレブの街がこのエルドラドだ。
円形に掘削された谷の中に大きな金貨が落ちたかのような丸い黄金の都市、無数の複数階建ての建造物によって成る大都市の真ん中に聳える巨大な黄金城『ゴールドラッシュ』はこの国の王城に並ぶとも劣らない巨大さだ。
魔女大国の中央都市にも匹敵する荘厳さを持つこの街で、行われるのはエルドラド会談。女王レギナが発した号令により各地の諸侯が呼び出され、マレウスの未来について話し合う。
「緊張してきたぜ…」
「なんでアンタが緊張するのよ」
「いや…まぁそうなんだけども」
その為にも俺達は…ステュクス一行は今女王レギナに同行して黄金城ゴールドラッシュへと訪れていた。城に入るなり従者と思われる者達に囲まれ『こちらでございます』と手を引かれ…連れてこられたのは狭い一室。
そこに俺やカリナ、ウォルターさんにクレーリオスのコンビは押し込まれ、絶賛レギナを待っている最中だ。ラエティティア達はいつの間にやら何処かに消え、レギナは今この城の持ち主のところに挨拶に行っている。
ってかなんで護衛の俺達が部屋に押し込まれてるんだ…?まるでこれじゃ、ペットみたいな扱いじゃないか。
「にしても凄い部屋だねステュクス…」
「うん、キンキラキン」
リオスとクレーは椅子に座り、この狭い部屋の中を見回す。確かに凄い部屋だ、恐らく客人を待たせる部屋か何かなのだろうけど…これが凄い豪華さ。外壁からして黄金だったが中はもっと凄い、赤い壁に金の細工、天井には豪勢な絵が描かれ、俺達が座っている椅子も少なくとも市販されてる物じゃない。
この一室を用意するだけでどれだけの金がかかるか。これを作ったのが…貴族でも王族でもない冒険者上がりの成金男だってんだから凄いよな。
「ってかいつまで待たされるんだ…?」
「分からないね、ただまぁここに居ろと言うならいるしかないだろう、逆らってもいいことはないよ」
「…そうだよな」
俺達はレギナの護衛だ、その護衛がこうして離れていていいのかと言われればいいわけはないが、レギナの所にはエクスさんがいる。エクスさんがいてなんともならないなら俺たちがいてもなんともならない。
という現実論はさておき心配だ、何か変なことされてないよな…。
そんな風に俺が心配し始めたところで…目の前の扉が開き。
「お待たせ致しました、女王陛下の近衛隊の皆様」
向こう側から、金色の鎧を着た女の人が現れる。真っ赤な髪に鋭い目…見てるだけで怖くなる顔つきだ。
「あ、すみません…」
「いえ、謝るのはこちらの方です。女王陛下の護衛をこんな小さな部屋に閉じ込めて、ですが領主様が女王と二人で話したいと仰られましたので」
「領主様…?もしかして」
「はい、我が主人黄金卿ロレンツォ・リュディア様です。今から主人の部屋へお通しします、こちらへどうぞ」
ロレンツォ・リュディア…かつてマレウスを震撼させた伝説のパーティ『ソフィアフィレイン』の一員。商人のロレンツォか…。
俺達は互いに視線を交わしながら立ち上がり金色の兵士の後をついていく。部屋の中も凄い合成だったが、中もまた凄い豪華さだよ、あちこちに金が見える、あちこちに芸術品が見える。
あんまりにも豪華すぎて『すごーい、豪華〜!』くらいの感想しか出てこないよ。俺みたいな民間人はボキャブラリーも貧困なんだ。
「急いでください」
そうやって周りを見てると、前を先導する兵士さんに怒られる。
「既に王貴五芒星はこの城に集まっています。貴方達が女王陛下と合流し次第諸侯との顔合わせが始まるのです、つまり貴方達は王貴五芒星を待たせていると自覚してください」
「あ、マジッすか、じゃあ急ぎましょう」
だったらそれ先に言えや…と思いつつ俺は急ぐ。廊下を進み右に曲がり階段を登りまた廊下を進み左に曲がり、あっちにこっちに進んだ後…ようやく見えてくるのは一際豪勢な扉。多分彼処が目的地なんだろうなぁと一目で思うくらい豪勢な扉がどんどん近づいて来て…。
「こちらです、この先で領主様がお待ちです」
「う…緊張して来た」
いざ目の前の扉の向こうにあのロレンツォ・リュディアがいると思うと緊張するな。今まで国王を相手に話しといて何を今更ってところではあるが。それはそれとして緊張するもんはするんだ。
「ロレンツォ様って怖い人です?」
「いいえ、器の大きい方ですよ。余程の失礼がないのなら問題はありません、ただ一つ注意点があるとするなら…」
「するなら?」
「くれぐれも『この部屋の中の様子だけは絶対に貶さない事』です、この部屋はロレンツォ様が辿り着いた贅沢の極地。制作にも維持にも莫大な金をかけている…恐らくこの世で最も金かかっている一室です」
「まじか…」
この部屋の向こうにあるのが、この世で一番金のかかっている部屋?どんな部屋なんだ、少なくとも俺達が待たされていた部屋も豪華だったけど…。
全部純金とか?棚とか机も全部…いや暮らし辛そう。じゃあ全部宝石?滑って転んだら死にそうだな…。ともかく貶さなきゃいいんだな。それなら大丈夫、俺達の仲間にはお部屋鑑定士とか室内評論家みたいなのはいないから。
「では参ります」
ゴクリと固唾を飲む音で返事をしつつ、俺は開かれる扉の向こうに見える…『世界で一番金のかかる部屋』へと足を踏み入れ。
「あ?」
ふと、足の裏に伝わる感触に気を取られ、部屋の全貌を見る前に下を見てしまう。いやだっておかしいんだよ、俺は部屋に踏み込んだ筈だ…なのに下にあるのは。
「土…?」
土だ、ちゃんと言うと芝生だ。青々とした芝生が生えている、部屋だよな…案内役の人が間違えて中庭にでも連れて来たか?いや待て?俺たちここにくる為に階段を何度か登った筈だ、なら中庭ですらない…一体ここは。
「なっ…!?」
俺はゆっくりと顔を上げ、驚愕する。仲間達も同じく口をあんぐりと開けている。世界一金のかかっている部屋…その中にあったのは。
「これ、外?」
『緑の芝生』『青い空』『静かに流れる小川』つまり外だ…なんの変哲もない平原に出てしまった。目の前に見える丘には川が流れており、その上には小さな木製の小屋が見える。
ここのどこが部屋だよ…思いっきり表に出ちまったじゃねぇかよ。
「こちらで領主様がお待ちです」
「いやいや、外じゃん。俺たち追い出されるの?」
「違います、よく見てください。ここは部屋の中ですよ」
「何?」
「あ!ステュクス!よく見て!あの空偽物だよ!雲が動いてない!」
クレーに言われ空を見ると、確かに雲はぴたりと張り付いたように動いていない。よく見れば天井に描かれた絵であることが分かる。ここは…ドーム状の部屋なんだ。
かなり広大な面積に芝生を張り巡らせ、壁と天井に青い空を描き外のように見せているだけだ。とは言え…川は本当に流れているし、いくつか生えている木も本物、なんなら木の中には生きている鳥が巣を作っている。
まるでこの部屋が一つの世界みたいだ。
「なるほど、制作に金がかかわるのは分かるが…維持費とはこの事か」
「はい、この部屋にあるものは全てが本物です。土を運び込みその上で芝生を養殖し、木を植えて育て、この部屋の外に備え付けられたタンクから水を流し川を作り、あたかも外にいるかのような感覚を味わえる仕組みになっているんです」
「マジで…、でも芝生とか木とか、太陽の光がないんじゃ直ぐに枯れるだろ…」
「ええ、なので一週間に一回点検して取り替えているんです、全て。タンクの中の水も一日で使い切ってしまうのでこれもまた交換しています。月にかかる金額は…まぁ言わない方がいいでしょうね」
「はぁ?なにそれ。めっちゃ馬鹿な部や────」
「カリナ!」
咄嗟にカリナの口を塞ぐ、馬鹿お前…部屋のことは貶すなって言われてんだろ。目の前の兵士が腰の剣に手を当てたのが見えた、あのまま最後まで言い切ってたらお前…殺されてたぞ。
にしても本当に凄まじいな、金額云々以前に…この部屋を作ろうと言う執念が。金を持ってなきゃ出来ないのはそうだが、それ以上にこの部屋…この景色に思い入れがないと出来ないぞ。
「……あちらの小屋にて、領主様と陛下が待っています。手早くお願いします」
「はい…」
そう促されるままに俺達は芝生の上を歩いて小屋に向かう。小屋はこれまた普通の出来でなんら特別なことはない。年季の入った一般的な古小屋だ。この中にこの部屋を作った人がいる…そう思えば何か納得のような物を感じつつ、俺は扉を叩いてドアノブを捻る。
「失礼します」
「あ、ステュクス」
「おや…君が」
すると小屋の中には、椅子に座らされたレギナと…もう一人、平服を着た皺だらけのお爺ちゃんが居た。安楽椅子に座り痩せこけた小さなお爺ちゃん。眉は白くフサフサで、顎から長い髭を垂らした…何処にでも居そうな普通のお爺ちゃんだ。こんな感じの人ソレイユ村にも居たぜ。
でも、部屋の中にいるってことは…この人が。
「もしかして、そちらの人が…」
「ロレンツォ・リュディア…東部リュディア領を治める黄金卿…の顔」
「うわっ!?エクスさんも居たのか…いや居るよな」
扉の影に隠れていたエクスさんが紹介してくれる、この人がロレンツォだと、マレウス屈指の大金持ちにして中央都市にも迫るこの街の支配者…それがこの人。
「お、お会いできて光栄です!俺は…いや私はステュクス・ディスパテルと言いましてその、お会い出来で光栄です!」
「ちょっとステュクス…!」
咄嗟に挨拶しなくてはと思い背筋を正して礼儀を意識して声を上げたものの、慣れない挙動にしどろもどろになる。その様をカリナはやめろ恥ずかしいとばかりに肘で叩いてくるが…こればっかりは、うう、情けない。
するとロレンツォ様はニッコリと笑い。
「ヒョェ…ヒョェ…ヒョェ…、いいんだよステュクス君。君の話はレギナ様から聞いている、なんでも数ヶ月前まで冒険者だったんだろう?…私も冒険者だったから気持ちは分かるよ、この手の場は慣れないよな、ヒョェ…ヒョェ…ヒョェ」
と喉を掠れさせながら愉快そうに笑う、俺の不手際を見て『私も分かるよ』と共感を示してくれる。そうだ、この人…元は俺と同じ冒険者だったんだよな、うん。忘れそうになるけど。
「では私も…、ロレンツォ・リュディアだ。今でこそ貴族の座と黄金卿の名を与る身ではあるが元々は君と同じ冒険者上がり、貴族ではなく冒険者の先輩として見てくれれば嬉しいよ。ヒョェ…ヒョェ…ヒョェ」
「い、いえそんな。でもロレンツォ様達のパーティ…ソフィアフィレインの話はよく耳にします」
嘘だ、実際今もソフィアフィレインの話をしてる奴は居るし御伽噺のように語られることはあるが、実際パーティに誰が居てどう言うことをしたかまではよく知らない。これを知っておいたら俺はここで気の利いたことを言えたんだろう。
ラエティティアが事前に相手のことを知っておけ…と言ったのはこう言うことだったのかも。
「そうかそうか、気の良い青年を味方にしましたな、レギナ様」
「え、えっと…えへへ、ステュクス達はとても頼りになるんです。私の心強い味方達です」
まだ何にもしてないけど、そう言い切ってくれるのは嬉しいな、レギナ…。
「ロレンツォ様、重ねてお礼を言わせてください。私の我儘を聞いてこのエルドラドの街を会談の場に使わせてくれて…本当に」
「光栄なことですよ、この金ばかり持っている老人でも愛する祖国の為役に立てると思えば、とても誇らしい気持ちになれる。寧ろお礼を言いたいのはこちらの方です」
「そんな…ロレンツォ様はずっと私の味方をしてくれて…」
「ええ、レギナ様は頑張っていますからね。この老いぼれの力で良ければいくらでも使いなされ」
気の良い器の大きな人、それがロレンツォ様に抱いた正直な感想だ。歳を得て円熟した人格を持ち合わせ、裏表を感じさせない物の言い方、こんな歳の取り方が出来たら最高だろうなと思える…そんな人物像を感じ、俺は少し胸を撫で下ろす。
同じ王貴五芒星のチクシュルーブのように怖い人じゃなさそうだ。
「それで、ロレンツォ様には会談を裏から纏め、貴族達を統率する役目を負って頂きたい…と言う話は……」
「その件ですが私よりもトラヴィス君の方が適任かと思われますがなぁ…、彼も老いたとはいえ未だ壮年、まだまだ気力に満ちた現役です。彼が取り纏めた方が纏まりがあるかと…」
「トラヴィス様も良い方ではあるますが、何ぶん敵の多い方でもあります。トラヴィス様が纏め役を務めれば他の魔術御三家からのやっかみもあるでしょう。なので他の追随を許さぬ権威を持つロレンツォ様ならばと…そう思ったのです」
「なるほど、確かにこの国で私に並び立てるのはレナトゥスくらいだ。他の王貴五芒星も形式上は私と同格だが…。トラヴィスは別にするとして新参のチクシュルーブも愚劣なクルスも私には意見出来ん、アドラーも私には表立って反抗したくもないだろう。ふむ…そう考えれば私でも役に立てるか」
「はい、是非お願いしたいのです」
「分かりました、ではお受け致しましょう。既に王貴五芒星や諸侯はこの城にやって来ています、会談前に軽く会合でもと会場も用意してありますので…そちらでお話しでもしましょうか」
「ありがたいです」
「レドンナ、陛下達を会議場へご案内して差し上げろ」
「ハッ!陛下、こちらです」
先程俺達を案内してくれた黄金の鎧を着た女兵士…レドンナと呼ばれた彼女は再び敬礼し再び何処かへと案内してくれるようだ。椅子から立ち上がり歩き始めるレギナとエクスさん、それについていくカリナ達。
俺もついていこうとみんなの背を追いかけたその時。
「待ちなされ、ステュクス君」
「へ?」
ふと、俺だけが呼び止められる。俺?やばい…やっぱりなんか…怒られるのかな。取り敢えず失礼がないようその場で姿勢を正しロレンツォ様に向き直ると。
「…緊張しなくても良いですぞ」
フッと笑いながらロレンツォ様は外を見る。緊張しなくても良い…とは言ってもな。緊張するよそりゃあ、だってここは…この場は本来俺みたいな一冒険者が来て良い空間じゃない。貴族や王族が集い国の為に憂慮する、そんな場に下々の人間である俺が入っても場違いなだけ。
せめて、レギナの邪魔にならないよう…少しでも立派で居ないといけない。だから…。
「ステュクス君は、この部屋の事をどう思うかな」
「え?えっと…」
窓の外を見るロレンツォ様はそう聞いてくる。この部屋というのはこの古小屋の中ではなく、この空間全域のこと。多額の金をかけて作り上げられた擬似世界のことだ。
「えっと…素晴らしいなぁと」
「ヒョェ…ヒョェ…そうか。だがこうも思ったんじゃないのかな?私のような金持ちが多額の金を掛けて作ったにしては、あまりにも…趣が違うと」
「………」
それは思った、豪華な部屋…ってのはそれだけで持ち主の自尊心を潤し、訪れた人に自らの財力を誇示する役目を持つ。故に黄金や宝石を存分に使えばその分良い…というのが世の常だ。
だがここは、あまりにも長閑。同じ額を使えばもっと凄い部屋も作れる、だがロレンツォ様はそれだけの金を掛けてそこら辺の平野に小屋を建てるなんて言うありふれた体験を擬似的に行なっている。
あまりにも、こう…効率が悪い気がするんだよな。
「正直に言うと、同じだけの金額を使えばもっと豪華に…贅沢な暮らしも出来ると、俺は思いました」
「正直だね」
「すみません、貶すつもりは全くなくて…その」
「分かっている、君は真摯だ。だからその意見もまた真摯に受け取ろう…何より事実だしね。確かに…私も若い頃は豪遊したよ」
思いを馳せるように目を伏せたロレンツォ様は痩せ細った手で椅子を撫で、昔を思い返し。
「冒険者時代の金を使って商店を開き、莫大な財を成して貴族の地位を買って。毎日のように浴びるほどの酒を飲み、マレウス中から掻き集めた女に酌をさせ、凡ゆる美味も珍味も味わってきた。これぞ成功した私に相応しい贅沢だとね」
「羨ましいです、冒険者はみんなロレンツォ様みたいに成功する事を夢みてますから」
「君なら分かってくれると思ったよ。だけどね…私はある日気がついたんだ。どれだけ金を掛けても、どれだけ思うがままに生活しても、それは真の『贅沢』ではないんじゃないかってね」
「え?贅沢じゃない…?」
「そう、高価な食事も高価な衣服も、どれだけ揃えても…それはただの浪費。贅沢ではないと言うことに私は齢を七十を越した辺りで気がついたんだ。そして考えた、真なる贅沢とは何かとを…そうして行き着いたのがこの景色なんだ」
「この、片田舎の平原が?」
「そう、この景色はね…半世紀ほど前のエルドラドの景色なんだ」
「え!?これが!?」
とてもそうには見えないが…、だってこれ…何処にでもあるような平原だぞ。街も何もない…。
「エルドラドが建てられたこの場所は、元々私が生まれた古小屋があった地点に建てられた物でね。今はもうなくなってしまったこの景色を一時的に再現したものがこれなんだ」
「つまり…エルドラドは、元々ロレンツォ様の…故郷?」
「そう、その通り。私は元々しがない農家の生まれでね。この平野に畑を作り生きていた夫婦の下に生まれたんだ、幼い頃は貧乏でね…だからこそ富に憧れ勉学を積み商人になった。だが結局金を得て最後に求めたのが…原初の記憶なんだ」
「原初の記憶…それを買ったと?」
「人は誰しも心の中に、原初の記憶を持っている。生まれ育った環境がどれほど劣悪でも最後は生まれ育った地へ回帰する。望郷の念とでも言おうか…、それはどれほど金を得てもどれほど成り上がっても消えなかった、全てを得たからこそ殊更強く感じるようになったんだ」
「これが…」
「贅沢とは、己が心から欲する物に金の糸目をつけぬ事。豪勢な食事も夜を明かす酒の海も…全てはただの浪費でしかないのだ」
故郷の記憶か、確かに俺もソレイユ村が恋しくなる時がある。戻れるならまたあの家に戻って両親と一緒に暮らしたいと思うことはある。だがそれは叶わない、両親はもう死んだしあれから色々変わってしまった。
それはロレンツォ様も一緒だ、望郷の念に気がついた時には既に自らの手で原初の景色を破壊してしまっていた。だがこの人には金があった、金という力で原初の景色を蘇らせた。
それが、最大の贅沢…か。なんとなく納得出来るし、ここまで至った人でも考えることは俺と大して変わらないんだな…。
「なんか、親近感が持てます…こんなこと言うのは失礼かもしれませんけど…」
「失礼ではないさ、同じなんだよステュクス。私達は皆同じ人間なんだ」
「同じ…人間?」
「そう、母の腹から生まれ故郷を持ち、旅立ち進みながらも時折故郷を思い返し感傷に浸る。みんな同じなんだ、みんな人だから同じ事を望んでいるんだ。それは例え平民でも貴族でも王族でも…魔女でも変わらないと私は思っている」
「…みんな、ですか…」
「事実、私は君に親近感を覚えただろう?私も君に…理解を示している。同じ人間だからね」
確かに、言われてみればそうだ。この人が平服を着ているから俺はロレンツォ様に親近感を覚えたんじゃない、この人が俺と同じ価値観を持っているから…そして、たぶん根本的な価値観はみんな同じなんだ。
「確かに君はこれから多くの貴族や王族を前にする。君より上の人間を多く前にし君はその都度臆するだろう、だがこれだけは忘れるな」
「なんですか…?」
「我らは皆、同じ生きた人間であることを。別の生き物ではなく人間だと言う事を。そうすれば多少は…緊張も和らぐさ」
「ッ…!」
同じ人間、そうだ。俺もロレンツォ様も同じ人間なんだ。立場に違いはある…だが共通点もある人同士、正体不明の化け物でもなんでもない、敬う必要も礼儀を払う必要もあるが…臆する必要はないんだ。
そうか…ロレンツォ様は俺が無用に緊張しているのを察して…。
「っ!ありがとうございます!!」
「緊張は解れたかな?」
「はい!」
「ヒョェ…ヒョェ、私も昔はそうやって臆していた。貴族や王族や…理解不能な天才を見て臆していた、だが同時に思ったんだ。私が前にしてるのは今まで戦ってきたような魔獣でもなんでもない同じ人間なんだとね。そう思えばほら…いつも依頼で相手をしている怪物よりかは、幾分マシだろ?」
ニッ!と笑うロレンツォ様の姿は、黄金卿と呼ばれる大貴族ではなく…俺と同じ元冒険者の大先輩に見えた。
この人は冒険者から成り上がった身だ、莫大な金があった…だが決して楽な道じゃなかった。今俺が感じている緊張と似たような心地を味わっていたんだろうな。
「はい、お陰で緊張が解れました。でもすみません、態々呼び止めて頂いて…」
「いやいいんだ、ただ…気になっただけでな…」
「気になった?俺がですか?」
「いや、それだ」
「それ?…」
そう言ってロレンツォ様は俺の腰に、いや腰に差してある剣を指差す。そこには星魔剣と俺の師匠から貰った鉄剣が…ん?あ!
「やべっ!間違えてこっち持ってきた!?」
そこでようやく気がつく、鍛錬用の重剣。普通のそれよりも何倍も重たい剣が俺の腰に差してあった。これはアレスさんから貰った物だ、それが何でここに…。
(しまった!ギリギリまで鍛錬してたから返すの忘れてたんだ…!)
ギリギリまで鍛錬して、最後はラヴが乱入して来て無理矢理彼女を引き剥がしてその場を離れたからこの重剣を返す暇がなかったんだ、と言うか頭からすっぽり抜けていた。
ってことは師匠から貰った鉄剣は今サイディリアルか。うーん、あそこに置いてあるなら大丈夫だろうけど…地味にショックだ、愛剣を忘れるなんて。
「その剣はアレスの剣だ」
「え?あ…そうです。知ってるんですか?」
「彼女とは昔パーティを組んでいたからね。同じ物ではないが…アレスが昔振るっていた剣に似ている、そんな変態しか持ち歩かないような剣はアレスに由来するものしかない」
やや渋い顔をしながらロレンツォ様は髭を撫でる、アレスさんと昔パーティを?まさかアレスさん…ソフィアフィレインだったのか、そういや凄腕冒険者だった的な話は聞いたが。モンマジの伝説じゃねぇかよあの人…。
「ふむ、君はアレスの何かな?まさか孫とは言わないな…?」
「俺、アレス教官に鍛えて貰ってるんです!」
まだ直接指導を受けたことは一度もないけど、しかしそうか。ロレンツォ様が俺に心を砕いてくれたのは昔のパーティメンバーの残り香を俺に見たからなのか。どれだけ経とうともパーティメンバー友情は不滅…か、良い話じゃないか。
「………………」
「え、何その顔」
しかしロレンツォ様の顔はなんとも言えない顔をしている。俺に友の面影を見る…言うより、俺に同情するような…そんな神妙な面持ちだ。
「そ、そうか。因みにアレスの側に孫娘はいたかな?」
「え?ハルモニアさんですか?居ましたけど…」
「…そうか、そうか…。同情する…」
「なんで!?」
「知らないなら知らないでいい、それよりそろそろ会議場の方へ向かいなさい。そちらの棚に城内の地図がある、君に預けておくから上手く使いなさい」
「え?は…はあ」
気の抜けた返事が出てしまう。どういう意味での同情?どういう感情なの?と言うか貴方はここに置いて行ってもいいの?見たところ歩くのもままならないご老体のようだけど…俺連れてかなくてもいいの?みんなで話をするならロレンツォ様もいた方がいいんじゃないの?纏め役を頼まれたんじゃないの?
そう思いながら何度も振り返りながら俺は小屋から出て、取り敢えず地図を見て会議場を目指す。…うわ、こっから結構遠い。
「…………アレスが、孫娘を」
立ち去ったステュクスを見守りながらロレンツォは考える。アレスの教えを受けると言う若き青年の未来を案じずには居られない。
アレスは確かに天才だ、才能だけで魔力覚醒を極め抜いた突然変異みたいな怪物だった。同時に…あまり良い人間ではない。
彼女には大量の息子と娘がいる。戦いの火照りを性欲に変換していた女だから冒険中にも何度も妊娠して子供を産んでいた。そうやって大量に増やした子供達に…アレスは相手を見繕う事が多い。
具体的に言うと、見合いをさせる。気に入った人間と自分の血族を婚姻させようとする。そうする事で彼女の一族は今や凄まじい数に膨れ上がっている。無理矢理婚姻関係を強要するやり方は些か受け入れ難いが…それもアレスなりの家族愛なのかもしれないが、それに巻き込まれる側は溜まった物ではないだろう。
今、アレスの血族において未婚者は二人しかいない。一人がハルモニアと…その兄だ、もしアレスが…いや十中八九アレスはステュクスを気に入りハルモニアと結婚させようとするだろう。ハルモニアもあれで強い男が好きなところがあるし受け入れるだろう…ステュクスの気持ち関係なしにな。
それだけでも面倒なのに、ハルモニアを溺愛する『兄』に目をつけられたらそれこそステュクスは殺されかねない。
ハルモニアの兄は『マレウス最強戦力エクスヴォート』『王国将軍マクスウェル』『争神将オケアノス』に並ぶマレウス大戦力の一角、魔女大国最高戦力クラスの実力を持つ最強の戦士の一人だ。それでいて未だマレウス王国軍に首輪をつけられていない在野の猛者…。
若き日のエースやガンダーマンすら超え得る逸材に狙われれば間違いなく死ぬ。されどアレスの誘いを断ればそれはそれで母のことが大好きな息子達に殺されかねない。
可哀想なステュクス、あんなに若いのに引くも死進むも死のアレス血族の因縁に飲まれかけているとは。
私は彼への憐憫と同情を隠し得ない。せめて私くらいは優しくしてあげよう…。
「しかし…、彼…あの重剣を普通の鉄剣と間違えたと言っていたな…」
あの剣は通常の鉄剣の十倍は重たいはず。それを持って鉄剣と違いが分からなかったとは…ともすれば彼は本当にアレスに気に入られるだけの物を秘めている可能性が……。
「まぁいい…さて、私もそろそろ向かうか…」
若く、激るような青年に哀れみを抱きながら、枯れ枝のような老人は椅子の肘掛け撫でて──。
………………………………………………………………………
「悪い、遅れた」
「遅いわよステュクス、もう貴族様達集まってる」
俺はもうそりゃあ凄いダッシュで会議場まで急げば既にレギナ達は席に座っていた。
…辿り着いた会議場は、何かの部屋を会議室代わりに使っていると言うよりそのためだけに作られたかのような出来をしている、近い物をあげるなら…コンサート会場…だろうか。
扇状の部屋は外に行くにつれて広くなり標高も上がっていく。逆に部屋の奥はどんどんと狭く低くなり、必然的に部屋の最奥に注目が集まる仕組みになっているんだ。
当然だが、部屋の最奥に座るのはレギナ。扇状に広がる机達に座る貴族も雑魚は外側、有力者は前の方と決まっている。
俺が部屋に入ってきた時点で机の殆どは埋まっておりマレウス中から集められた貴族達は不機嫌そうに部屋の奥に座るレギナを睨んでいる。
そして俺達護衛はそんなレギナの後ろを固める。カリナ、ウォルターさん、リオスとクレー、そしてエクスヴォートさん。フューリーは部屋の入り口にて番人をしつつ扉を守っている。
もう殆ど始まってるみたいなモンじゃないか。
「ごめん、ちょっとロレンツォ様と話を…」
「は?ロレンツォ様はもう来てるわよ」
「へ?」
ほら、とカリナが指指すのは頭の上。そこには王貴五芒星用の全体を俯瞰出来る特別な席に座るロレンツォ様の姿が…え?何であの人俺より先に来てんだ?俺より後に出たよな…?
「ステュクス、気を抜くな…の顔」
「そうですよね、もう始まってますもんね」
「いや始まるのはこれからだ、まだ…大物が一人も来ていない」
そう言ってエクスさんが見つめるのはレギナの前に用意された合計十の空席。もう既に殆どの貴族が集まっているにも関わらず全員を待たせている存在。俺と違って遅刻が許される存在…それがまだ来ていない。
いや違うか、まだ来ていないんじゃない…。
「来るぞ、王貴五芒星…!!」
『もう来る』んだ…、部屋の奥から足音が聞こえる、来る…王貴五芒星が。
「おうおう!来てやったぞ!王女様よぉっ!」
ガーン!と奥の扉を蹴飛ばし入ってくるのは赤いシャツを着たチンピラだ。…あれが王貴五芒星?侵入者とかじゃなくて?追い出した方がいい奴?とエクスさんを見ると彼女は呆れたように首を横に振る。
「お久しぶりです、クルス様。ご健勝なようで何よりです」
「何処がご健勝だ…!テメェ東部の話聞いてねぇのかよ!」
「へ?いやすみません…、何も…」
「じゃあいい!クソ役立たずが!」
ギリギリと怒り狂った様子でそのまま議場を進み自分の席…つまり最前席へどかりと座るのは、クルスと呼ばれていた。
つまりあのチンピラが、マレウス真方教会のトップにして東部全域を治める神司卿…クルス・クルセイド!?真方教会の教皇だろ!?それがあんなガラ悪いのかよ…!
「…おや?クルス様、オケアノス様は連れていないのですか?」
「あ…ああ?なんでテメェにそんな事いちいち教えなきゃいけないんだよ」
「いえ、護衛に来ているものかと思ったので」
「し、しらねー!テメェには関係ねぇーだろ!」
なんだアイツ、仮にも…いや紛れもなくレギナは女王だぞ。それをあんな態度で…!しかも机の上に足乗っけてるし、あんな態度が許されるのかよ…!
いや、許されるんだ。なんせ王貴五芒星のバックについているのはレナトゥス。事実上女王レギナの上にいるマレウス真の支配者…宰相レナトゥスなんだ。だから誰も表立って彼を糾弾できない。
最悪な奴に権力が渡されてんな。…なんて思っているうちに今度は別の人間が入ってくる。
「騒がしい、会議一つ真っ当に開けないのか…」
「あ…!」
扉を潜って現れたその女を見た瞬間、俺は思わず口を手で覆ってしまう。だってあの女には俺も見覚えがあったから。
赤と緑のメッシュの髪と特徴的な仮面の女…アイツは。
「理想卿チクシュルーブ…」
「あ…?」
理想卿チクシュルーブ…同名の名を冠する街の支配者にして西部の統治者。俺はアイツを知っている、姉貴と間違えて殺されそうになった事がある。その時人を容易く殺すのを見た事がある。…悪魔のような女だ、見るだけで震えが止まらない。
そして、チクシュルーブもそんな俺に気がついたのか。議場を進み自らの席に座りながら…。
「テメェ…いつぞやの。…王政府の狗だったのか…?」
「は、はへ…その、違くて…」
「まぁいい…余計な口を滑らせる狗は王政府には要らない、それはお前も分かってるよな…」
「ひん…」
「どうしたステュクス、何を怯えている…の顔」
俺は、チクシュルーブの秘密を知っている。アイツが人を殺すところを見ている、それを他言すれば普通に殺すぞと脅され変な声が出る。
って言うか俺なんか勘違いされてる?違うよ?王政府の狗になったのはアンタと会った後だから、なんか探ってたとかじゃないから…!だから殺さないでお願いぃ…!
そうだった、こいつも王貴五芒星なんだった。そりゃここに来るよな!頭から抜けてたわ!
「おうチクシュルーブ、いつ見てもヘンテコな仮面だな」
「話しかけんなやクズ、テメェ…ウチのシマ荒らしてんの、私が知らないとでも思ってんのか?」
「文句ならレナトゥスに言えよ、レナトゥスがいいって言ってんだから」
「上等だ、私と権力争いがしてぇみたいだな。身包み剥いでドブ犬みたいに扱ってやるよ…!」
しかもいきなりクルスと喧嘩を始めるし…!これ絶対会議上手くいかない!絶対上手くいかないよ!一番発言権のある王貴五芒星がこれだもん!絶対マフィアの抗争みたいになる!
頼むから次に来る人はまともであってくれ、そう祈る俺の心の声に呼応して…奥の扉を括って現れるのは。
「ふむ、相変わらず…と言ったところかな」
「うぉ…」
恐怖に覆われた俺の心は、奥の扉を潜って現れたその男により解きほぐされる。黒いコートを羽織り、長く伸びた黒髪を遊ばせ、顔を綻ばせる壮年の男性。
そのあまりの威容と漂うカリスマに俺は目を奪われる。まるでライオンのようだ…そんな感想が湧き出るほどに、その男が纏う『特別性』は別格…。
あれは…。
「魔導卿トラヴィス・グランシャリオ…マレウス魔術界最強の男にして七魔賢で最も権威ある人物だ」
ウォルターさんが解説してくれる、あれこそがマレウス魔術界に於ける最強の男であると。長らくマレウス魔術界最強を名乗っていたケイト・バルベーロウからその座を奪い、魔術王ヴォルフガングに唯一比肩する人物。
魔術の全てを司る魔術導皇に教えを施した事もある生ける伝説…。あれがトラヴィスか…!
「久しいですな、レギナ陛下。前に会った時よりも貴方はより一層我等の王になられた」
「トラヴィス様、またお会い出来て光栄です」
「私もです、ロレンツォ老師もまだまだお元気なようで」
「トラヴィス君、君には負けるよ」
トラヴィス様が杖をつきながら議場を歩くだけで周囲の貴族がキッと緊張し始める。彼が女王を讃えるだけで貴族達の敵愾心にも似た感情が薄れる。
「クルス君、隣に失礼するよ」
「あ、ああ…」
「チクシュルーブ君、またマレウスの発展に寄与してくれたようだね。君のお陰でマレウスでの生活はとても心地よいものになった、感謝する」
「……ええ、それもこれもマレウスの為ですわ」
あれほど荒れ狂っていたクルスとチクシュルーブが黙って姿勢を正す。彼が登場しただけで場が引き締まった。レギナがロレンツォ様に並び会談を任せられると口にしただけのことはある。
同じ王貴五芒星でも、この人は別格なのだと理解させられる。
「貴族としての権威も、魔術師としての実力も一級品。彼がレナトゥス側の人間でない事が何より救い…の顔」
「実力も?トラヴィス様って、強いんすか?」
「強い、確認されている限りでは…マレウスに於いて私の他に極・魔力覚醒を習得している数少ない人物…の顔」
うぇっ…!極・魔力覚醒者!?初めて見たんだけど…嘘だ、エクスさんも極・魔力覚醒者だった。にしても貴族でありながらそこまでの強さを持ってるなんて…凄い人だな。
「さて、会議を…と言いたいところだがまだアドラーとメレクが来てないようだが」
「「いや、今来ましたよ。トラヴィス様」」
ふと、俺は耳を疑う。扉の向こうから聞こえた声が…なんか二重に重なって聞こえたからだ。なんだなんだと俺はまた新たに入ってきたであろう王貴五芒星を見上げると…。
そこには。
「へ?」
目を擦る、もう一度見る、やっぱり目を擦る。おかしいな…なんか『全く同じ男の人が二人』立っているように見えるんだが…、それが扉を潜り一緒に歩いている、足音も二重に聞こえる。
え?マジで二人いるの?幻覚じゃなくて?
「おお、アドラーとメレク。ようやく来たか」
「「遅刻ではない、許せ」」
現れたのは真っ赤な外套を着た髭面で恰幅の良い男性。それだけ見ればただ偉そうなだけの平凡な貴族に見えるものの、異常なのはそれが二人いるということ。髪の長さ、髭の長さ、体格、剰え言動まで全く同じ、椅子に座るタイミングも同じ。
なんじゃありゃ…。
「あれが鏡面卿カレイドスコープ…、その当主アドラーとメレクだね」
「ウォルターさん、あんなそっくりな双子っているもんなんすね。俺びっくりっす」
「いや、あれは双子じゃないよ。ただ家の仕来りで二人とも似たような格好をしてるだけだ」
「双子じゃないどころか兄弟でもないの…!?あれで…!?」
カレイドスコープ家は二つの家が重なり合い、全く同じ家族構成で統治を行う異常な家。そうやって北部カレイドスコープ領を治めているのがあのカレイドスコープ家のアドラーとメレクだと言うのだ。
仕来りにしたっても、似過ぎだろ…なんでそんな意味分からん事してんの?とウォルターさんに聞くが分からないと言う。カレイドスコープ家はマレウスに屈指の歴史を持つ名家、その分重ねた歴史も深く、その仕来りが何故生まれたのかも今となっては分からないらしい。
だが別の言い方をすると、それだけがマレウスに根差した強い力を持つ家でもあると言う事で…。
「これで、王貴五芒星が揃いましたね」
レギナが口を開く、そう…揃ったのだ。
西部の支配者・理想卿チクシュルーブ。
東部の支配者・神司卿クルス・クルセイド。
南部の支配者・魔導卿トラヴィス・グランシャリオ。
北部の支配者・鏡面卿アドラー・メレク・カレイドスコープ。
中部の支配者・黄金卿ロレンツォ・リュディア。
王貴五芒星が五人…いや正確に言うと六人揃った。レナトゥスよりマレウスの統治を任された五人の…いや正確に言うと六人ってややこしい!ともかく揃ったんだ!
このマレウスに於ける『主軸』が…!
だがまだ空席は六つある、そこに座るべき者達はまだ到着していない…が、その前に。
「六王の皆様はまだ来られませんが、その前に…マレウスを支える皆様に、挨拶をさせて頂きたく存じます」
立ち上がるレギナ、グッと引き締まる心持ち。本題はまだだ、だがこうしてマレウスを支える者達が集まったのだ、…ただの挨拶じゃ終わらねぇだろう。
だが、…緊張はしないぜ、ロレンツォ様。ここにいる全員…俺と同じ人間と思えば臆することは何もねぇんだからな!寧ろレギナを助けてみせるぜ…!
そんな決意と共に、マレウスの行く末を定めるエルドラド会談…その前哨戦が始まるのだった。