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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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480.魔女の弟子とこの世の頂点


「昨日の花火凄かったねぇ〜!」


「はい、僕ちょっとなめてました。聖夜祭に勝る花火が世界にあるとは、まるで天に宣戦布告するかのような量の大爆発、圧巻でしたね。隣で見てた子供もギャン泣きでしたし」


「爆音が過ぎたのでは…」


荷物を纏め、エリス達はホテルビッグパールを出る。ショーコン最後の夜に催された大花火祭、流石はデルセクト…そう言わざるを得ない程の圧巻の花火の連打にエリス達はすっかり満足しながら思い出を語る。


楽しかったショーコンは今日で終わり、具体的に言うと今日が最終日で今日のお昼に終了するらしい。と言っても一番の目玉である花火祭が終わってしまったので客足も疎らだ。


メルクさん曰く最終日は観光というより商業的な意味合いが強いらしく、商人達が他の商店に立ち寄りコネ作りをしたりする為の時間らしく商人ではないエリス達に楽しめる要素はないらしい。


因みに、既にメルクさんは目欲しい商店全てに声をかけており、態々今から出向いて挨拶をする必要はないとの事。つまり…。


「今日でマルガリタリ王国から帰る、って事でいいんですよね」


「ああそうだ、と言ってもマレウスに帰る日取りは更に一週間後。まだ時間はあるが…すまんな、そろそろ私もエルドラドの会談に向けて準備をしなくてはならん」


エリス達は別に遊興の為に帰ってきたわけではない。エルドラド会談の準備をする為に帰ってきたのだ、そこをエリスのワガママを聞いてメルクさんは態々エリス達に付き合ってくれていただけ。


これ以上引き留めるのは彼女の足を引っ張ってしまうだろう。だったらこれくらいが潮時かな。


「そうですね、ならエリスはこれから師匠の所にでも行きましょうかね…」


先日、メルティーの銀細工を売る為の宣伝にみんなの力を借りた際。銀細工の運人として活躍してくれたメグさんからみんなの近況を聞いた。


ラグナは会談に赴いた際連れて行く少数精鋭の護衛部隊の編成をしているそうだ。


イオさんはアマルトさんと一緒にエルドラドに赴いた際マレウス側にぶつける意見の取りまとめと、向こうが何か舌戦を仕掛けてきた時の為の手札を揃えている。


デティはアストラ圏内の七魔賢に連絡を取りマレウスの魔術界の情報収集。


ネレイドさんはレスリング。


メグさんは…分からない、彼女が今何をしているかを彼女自身から聞き出せなかった。


みんなやるべき事をやっている、エリス達もいつまでも遊んでいていいわけもないし、メルクさんをそれに付き合わせるわけにもいかない。


「そうか、オケアノスはどうする?」


「私はステラウルブスの観光でもしてようかなぁ〜、案内役つけてよ〜メルク〜」


「構わん、ギルド傘下の旅行会社に話をつけておく」


「やりィッ!」


「それでナリアは?」


「僕は…と言っても僕に出来る事なんて殆どありませんし、あ!でもやらなきゃいけないことがあったんでした」


「なんだ?」


「今年エイト・ソーサラーの選考会があるんですよ、その登録をしておきたいです」


「あ、もうそんな時期ですか…ん?去年では?」


そ確かエイト・ソーサラーの選考会は五年置き。しかしナリアさんと出会ってもう六年になる。ってことは選考会の時に出会ったのだから次の選考会は去年の筈では…。


「それが去年は開かれなかったんですよ、アド・アストラが出来てエトワールの役者界隈にも色々変化が起こって。ヘレナさん主導で色々改革を行っていたので一年遅れる事になってしまったんです」


「なるほど…つまり今年の終わり頃ってことですよね、懐かしいなぁ」


懐かしいもんですね…あの時は色々四苦八苦させられましたが、あれから人間として強くなれたナリアさんなら一人でも十分やっていけるだろう。


「エイト・ソーサラー?ああ、魔女様を演じる資格を獲得する為のあれか」


「はい!今年こそちゃんとエイト・ソーサラーになってみせます!…だからその時はまたもう一度帰国させてもらえないか頼まないと…」


「まぁ、それくらいは許してもらえるんじゃないか?所でナリアは誰を目指すんだ?マスターか…それとも弟子としてプロキオン様か?」


「あはは、コーチを演じられたらいいんですけど。多分コーチはまたタチアナさんでしょうしね…役者として成長したからこそ分かります。僕はコーチ役を演じるには芸風が違いますから、なので僕が目指すのはレグルス様です!」


「ほう!」


「おお!師匠を目指してくれるんですね!」


前回はプロキオン様を目指してエイト・ソーサラー選考会に挑んだが…、結果的にレーシュ云々の問題に巻き込まれたりルナアールに襲われたり散々な状態になり、最後の選考に挑めなかったんですよね。


それに六年越しでまたもう一度挑む、今度は目標をレグルス師匠に変えて。いいと思う、エリスは実にいいと思いますよ!


「しかし何故レグルス様なのだ?」


「これ言うとあれなんですけど、打算なんですよね。絶対的なライバルが居ないというか…」


「絶対的なライバル?前任のレグルス様役の人は?」


「居ません、過去十年近くレグルス様の役を許された人は居ないので今もレグルス様の席は空席なんですよ」


そうだ、エリスがエトワールを訪れた時も師匠の席だけ空席で…孤独の魔女レグルス役の人がいなかったんだ。まぁ師匠はずっと隠匿してたから知名度が低いってのもあって、仕方ないんだけどね…。


でも、その席にナリアさんが座ってくれるならエリスとしても満足ですよ。


しかし、メルクさんは納得していないのか…小さく首を傾げると。


「ん?エリス、お前以前言ってなかったか?エトワールでカノープス様が脚本を書いた劇を見たと、それにレグルス様役の役者は出ていなかったのか?」


「へ?…」


……ん?あれ?見たぞ…それ。カノープス役のエフェリーネさんの演技を見た覚えがある。そしてそこでカノープス様の師匠に対する愛情をまざまざと見せつけられたんだ。その劇に魔女レグルス役の人も出ていた気がするけど。


おかしいぞ…顔が思い出せない。エリスが思い出せないなんて事あるのか…?いやそもそも魔女レグルス役の席はずっと空席で…。あれ?…『本当にそうだった』か?


「ああ、その劇だけはレグルス様役の役者に代役を立てる事を許されているんですよ。正式なエイト・ソーサラーじゃないので持ち回りになりますがね」


「そうだったのか」


…何か、物凄く気色の悪い感覚がする。忘れている?エリスが?いやこれは忘れている所の騒ぎではない…何か、こう…もっと根本的な所から、何かが……。


しかし、違和感を覚えてもその違和感を保つ事が出来ない。次から次へと納得する言い訳が浮かんできて、よく分からない感情で違和感が埋め立てられて…。





「そう言えばそうでしたね、あの時はよくわからない人が師匠を演じていてエリスもショックを受けたんですよ…、正式な師匠役の人が居ないって知って、エトワールで楽しみが一つ薄れてしまったんです」


「それは残念だったな、おっと…まずい。そろそろ時間だ、機関車に乗り遅れるぞ」


おっと、もうそんな時間か。機関車に乗り遅れたら転移魔力機構のないマルガリタリ王国から出るのが遅くなってしまう。それは時間の無駄だ、エリス達に与えられた時間は限られているし、時間を無駄にする必要はどこにもない。


「それじゃあまた一週間後に」


「ああ、遅刻するなよ」


「はい!」


エルドラド会談に向けて準備を進める。メルクさんは参加者として…なら、部外者のエリスがするべきは…一つ。


『更に先』を見据えた行動だ。


……………………………………………………………


機関車でマルガリタリ王国を出て、デルセクトの中央都市ミールニアに存在する転移魔力機構を使い皆それぞれの目的地へと向かう。


そこでエリスが向かうのは…デルセクトとマレウスの間にある小国『ギアール王国』、そこから旋風圏跳で空を駆け抜け…王国の僻地に存在する巨大な紅蓮の大森林。メープルフォレストだ。


そう、ここは…エリスと師匠の自宅がある場所、記憶を頼りに入り組んだ森を抜けて、山と山の間にポッカリと開いたスペースに建てられた立派な木造建築。そして紅葉降り注ぐ庭先にその人はいる。


「師匠〜!」


「来たか」


紅葉を集め、魚の串焼きを焼いている師匠の近くに降り立てば、師匠はそっけなく…それでいて視線をこちらに向けてエリスを歓迎してくれる。


久々に会う師匠だ!…いや久々では無いな。ガイアの街に向けて旅立つ直前に会ったばかりだった。まぁともあれ!


「お久しぶりです!」


「全く、お前は…エルドラドで行われる会談に参加する準備の為、という名目で一時帰国を許していたのに、何やら随分楽しんでいるようだな」


「うっ…もしかして」


「見ていたさ、デルセクトで観光しているお前の姿をここからな」


しまった…ギアール王国とマルガリタリ王国はそんなに離れていない、師匠の魔眼ならエリスの事を認識することなど容易かったか。うう、確かにどうしても必要な用事のために一時帰国を許してもらっている身としてあまりにも気が抜けていたか。


反省しないと…、と師匠の前で縮こまると。


「フッ、だがいい。修行の旅にも休息は必要だ、咎めたりしない」


「師匠〜!」


「それに他の魔女達も別に責めたりしないだろうしな」


抱きつく、師匠に抱きつきうりうりと顔を埋めると、師匠もエリスの頭に手を添えて優しく撫でてくれる。んん〜!この感じ!久しぶり〜!


「で?ここにも遊びに来たのか?」


「あ!」


そう言われてようやく我に帰る。そうだ、ここには遊びに来たわけでは無いんだ。慌てて師匠から離れ姿勢を正すと…。


「実は、師匠に修行をつけてもらいたくて!」


「修行か、だがマレウスでの武者修行を終えない限り私からお前に教えられることはもう無いぞ」


「いえ、あります」


「…ほう?」


師匠は腕を組み、面白いとばかりにエリスを見下ろす。どうやら聞いてくれる気になったようだ。


ある、確かに魔術を教えてもらったりとか、覚醒の仕方を聞いたりとか、具体的な修行はもう意味がない、ここから先はエリスが自分で見出さなければ意味がない。だが…それでも。


「実戦形式の組手を、これから一週間…つけてもらいたいんです」


「実戦形式か、今更だな、何故だ?」


「実は、エリス…マレウスの旅で出会ったんです、どうしても勝てない奴に」


一度やっても勝てなくて、死ぬ気でもう一度挑んでそれでも勝てなくて。エリスの手はアイツに届いていた、だがエリスの実力はアイツにカケラも届いていなかった。


そう…知識のダアト。エリスが生まれて初めて出会った『全く超えるこ事の出来なかった相手』だ。


「どうしても勝てない奴ね、そりゃあいるんじゃ無いか?お前だってまだ頂点まで上り詰めたわけではないのだしな」


「それは…そうですけど」


確かに、エリスより強い奴はこの世に山ほど居る。シンや師匠の体を乗っ取ったシリウス、グロリアーナさんやアーデルトラウトさん。多くの人達がエリスの前に立ち塞がり、エリスを完膚なきまでに打ち倒した。


「でも違うんです、アイツは…今までエリスが出会ってきた奴等とは、根本的に違う。強さが…ではなく、立場が」


だが、シンには勝っているしシリウスも最後には乗り越えた。グロリアーナさんやアーデルトラウトさんは本質的には味方という認識が強い。…ダアトは違う、未だ勝てるビジョンが見えない、いつか絶対に倒さねばならない相手でありながら勝てない相手、これは初めてなんだ。


何よりも大きいのは──。


「…そいつの名は」


「ダアト、知識のダアト。マレフィカルム最強の使い手です」


「ほう?そんなのと戦っていたのか?」


「はい、奴は一切魔力を感じさせない肉体を持ち、エリスと同じ識の力を操る女です。奴を認識出来て戦えるのはエリスだけなんです、それに…負けっぱなしじゃ終われません、よりにもよってエリスと同じ力を使う奴に!」


奴は、エリスと同じ力を使っているんだ。識の力を使いエリスを上回るダアトにエリスはシンに、エリスと同じ雷を使うシンに似たライバル感情を持っている。


自分と同じ分野を歩む人間にだけは、死んでも負けられない。これはエリスのプライドの話なんだ。


「……魔力を一切感じさせず、識の力を使うだと?」


「師匠も見たことないですか?そんな特異な奴」


「いやある、ナヴァグラハだ。奴は識確魔術の魔力変換現象を起こしていた人間だ、魂が一つの『識確』と化していたが故に魂の機微を誰も感じる事が出来なかった…当然魔力も意志一つで完全に秘匿させる事も出来た。話を聞く限りよく似ているように思える」

「ナヴァグラハと…」


エリスと同じ識確を扱う史上最強最大の識確魔術の使い手ナヴァグラハ…、アイツ識確魔術で魔力変換現象を起こしてるのか。その属性を極め過ぎたが故に魔力がその属性に勝手に変換される状態、常に帯電してるシンや常に火達磨のアドラヌスみたいな状態ってことですよね。


確かに識もまた属性の一つ、なら魔力変換現象も起こり得るんだろうけど…どういう状態なのか想像つかないな、


そんな奴と同じか。そう聞くとダアトも凄まじい存在だなと感じると同時に、やっぱり負けられない。


「それがお前の目の前に現れ立ち塞がったと。これはなんの運命か…そうか、お前はそいつに負けたくないんだな?」


「はい、絶対に負けたくないです。次もう一度会った時…エリスはアイツに勝ちたいんです。でも多分今のままエリスが強くなり続けてもエリスじゃダアトには届かない、だから」


普通に強くなるだけではダメだ、圧倒的強さを持つダアトに追いつくには闇雲に強くなるだけではダメ。明確な『強さ』のビジョンが必要だ。


エリスにとっての『強さ』とは何か、エリスにとっての『最強』は何か、エリスが目指すべき『目的』は何処か。決まっている…師匠だ、だから…」


「だから!師匠!エリスと組手をしてください!臨界魔力覚醒を使って!エリスと!」


「何…?臨界魔力覚醒を使って、だと?」


「はいっ!」


師匠の目つきが露骨に鋭くなる。分かっていますよ、簡単な話じゃない事なんて。でもそれでも見ないといけないんだ、エリスが目指すべき最終地点を。目指すべき場所を明確にしないまま進んでは…エリスはきっと迷ってしまう。


迷っていてはダアトに勝てない。だからエリスは欲しいんです…師匠の本気と言う名の羅針盤が。


「馬鹿な事を言うな、臨界魔力覚醒を使って組手?そもそも勝負にもならない」


「それでもです!容赦なく叩き潰してください!」


「カノープスに怒られる」


「エリスも後で謝りに行きます!」


「加減し切れん、殺すかもしれない」


「どの道ここで強くなれなければエリスはダアトに殺されます!」


「……意志は固いか、まさか私の本気を見るためにここに?」


「はい、その通りです」


今しかチャンスはない、次エリスが師匠の所に来れるのはいつになるか分からず…その時までに強くなれていなければ、エリスは今度こそダアトに殺される可能性が高い。何が何でもこの一週間で何かを掴まないといけないんだ。


「……分かった、だがさっきも言ったが生半可な覚悟なら死ぬことになる。覚悟は…」


「出来てます!」


「分かった、…はぁ。今思えば良い機会か、お前に世の頂点を見せる…な」


すると師匠は焚き火を踏んで消火すると共にエリスを見据え…手を前に突き出す。


「ならばよく見ろ、そして絶え間なく襲い来る地獄の苦痛の最中に光明を見出せ!エリス!今からお前を襲うのは魔道の深淵!お前がいずれ辿り着く領域だ!」


「はい!師匠!」


そうして始まる、エリスに与えられる修行の中で、史上最も過酷で濃密な…実戦鍛錬が。


「『永劫なりし問い、汝 魔道の極致を何と見る』…」


それは問いかけであり復唱、世界よりかけられる問い。魔道の極地とはなんぞやと、その答えを見出せるかどうかが師匠達のいる第四段階に至られる鍵…。


「『永劫の問いかけに、我が生涯、無限の探求と絶塵の求道を以ってして 今答えよう』」


答えは無限に存在する、だがその人間にとっての答えはただ一つだけ、師匠が編み出した答えは───。


「魔道の極致とは即ち『渺茫たる深淵』である」


深淵、それこそが師匠の答え。その答えは師匠に力を与え…真の力の発現へと通ずる道となる。


「───っ!」


その瞬間巻き起こったのは、言ってみれば魔力覚醒と同じ現象だ。魔力が内側に吸い込まれ魂へと流れ込み、魂そのものを膨張させる。だが…今エリスの目の前で起こったこれを『同じ現象』と言い切るには、あまりにもエリスの知る物とはかけ離れすぎていた。


一瞬光ごと魔力を一気に体の中に引き摺り込んだかと思えば。何もかも吹き飛ばす勢いで一気に魂が世界を弾き飛ばし新たな異世界を顕現させる。


あまりにも巨大になりすぎた魂は世界を押し退け、人間の内側に存在する内面世界を表出化させる。言語にすれば単純だがあまりにも果てしなさすぎる事象…それが今目の前で発生したのだ。


「ッ…これが!臨界魔力覚醒…!」


襲い来る光を抜ければ、そこにはもう別の世界だ。臨界魔力覚醒を見るのは初めてじゃない…だが、それをこうもまざまざと見せつけられるのは初めて。


何より、師匠の『本気』を目にするのは…初めてなんだ!


「臨界魔力覚醒…『天地開闢・乳海攪拌』!」


天が轟く、大地が割れる、波が飛沫狂う。これはこの星が生まれて間もなかった頃の再現…まだ世界が純粋な自然の塊であった頃の虚像。


師匠が臨界魔力覚醒を発動させた瞬間、エリスの周囲はこの世の終わりのような…黎明の姿を取り戻す。


「これが、…なんて…」


なんて凄まじいんだ、世界が一変した。それに周囲の魔力濃度が馬鹿みたいに高い、下手に突っ立っていたらそれだけで意識を失いそうだ。エリスも覚醒を使わなきゃ!


「双起覚醒!『ボアネルゲ・デュナミス』ッ!」


電撃を身に纏い記憶を再現するエリスの最強の姿、エリスにとって最大の切り札。なのにどうだ…師匠の臨界魔力覚醒を前にすれば、なんとちっぽけなのか。


だがいい、それでいい、力の差を…今はとにかく感じるんだ。頂点との力の差を!


「先手は譲る、好きにしろ」


まるで底の無い深淵の如き闇を全身に侍らせた師匠が手招きをする。来いと…ただそれだけで反対側に吹き飛びそうになる威圧がビリビリと感じる。


出してくれている、師匠が本気を…エリスの為に!こんなに嬉しいことがあるか?無い!だったらこっちも全部を出す!


「行きますッッ!!!」


大地を踏み締め、全力で走る。風の加速を用い走り抜けるエリスの足には電流が迸り、足が大地を叩くだけで雷が駆け抜ける。今エリスが出せる最速で疾走し師匠に迫──。


「遅い」


その一言と共に師匠が指を鳴らせばそれだけで大地が砕け内側から溶岩が溢れ出る、噴火…いや大噴火だ。現実世界でこれが起こったならば軽く国が一つ吹き飛ぶような大爆発が足元で巻き起こりエリスの体は天高く吹き飛ばされる。


「っちち!魔力防御で体守ってなかったら今ので死んで───」


「なら次で死ぬぞ」


「へ……」


刹那、何処からともなく響いた師匠の声。と共に天が割れ向こう側から数千数万の煌めきが輝く、落雷だ…それがまるで束になってエリスに降り注ぎ。


「ぐぅっっ!?」


今度は魔力防壁では防ぎ切れない。次々と止めどなく降り注ぐ落雷は一撃一撃がエリスの火雷招を軽く数十倍の規模で上回る威力、それが千単位で殺到するんだ、気がつけばエリスは全身を焼かれて地面に叩きつけられていた。


「まだ行くぞ」


「は…ッ!?」


地面に叩きつけられ立ち上がるよりも前に発生したのは全てを吹き飛ばず颶風。地表を抉る世界を叩く鉄槌のような風がエリスごと周辺を吹き飛ばし消し飛ばす。


「ぐぅぉぁっ!?」


圧倒的な風に吹き飛ばされ、全身を砕かれながら地面をバウンドして転がる。や…やばい、体がもう限界を迎えた、まだ始まって数秒も経ってないのに…!


これが…臨界魔力覚醒、魔女様こそが『最強である』と万人が口にするその答え。世界最強の力…これほどか。


「エリス」


「うっ…師匠」


「気は済んだか?」


「ッ……」


気がつけば、師匠はエリスを前に余裕そうに腕を組み見下ろしていた。そして言うんだ…気は済んだかと。もう終わりかと、そんな物かと。


わがままを言って、無茶を通して、偉そうなこと言って、何も出来ず物の数秒で終わりかと…師匠は言っているんだ。


…まだ、まだだ。まだ何も掴めていない!まだ終われない!


「まだですッ!!」


「そうか、なら凌げ。まずは死なない事を意識しろ」


再び師匠が指を鳴らす。その瞬間エリスが立っていた大地が消失しエリスの体が下に沈む。水だ、地面が水に…いや海になった!?


「わぷっ!?こんな事まで出来るんですか!?」


「ここには星が用意した凡ゆる事象が存在する。陸も海も空もな…そしてその全ての支配権は私にある」


遥か上空でエリスを見下ろす師匠が軽く指を動かすとそれに従って海が畝り荒れ狂う。まるでジャックの海洋魔術…いや規模は比じゃない!


「がぼぼっ…!」


まるで水の込められた瓶を振り回したように暴れ狂う白波に全身を殴りつけられ口の中に海水を突っ込まれ、気がつけばエリスは水底に沈んでいた。


くそっ、やるとは言った物のこれじゃただのサンドバッグだ。何をされているかも分からないままひたすらに痛めつけられて、それで何かを得られるのか?…この圧倒的な攻撃の中で、エリスが何を出来るのか、それを見出すべきなんじゃないのか!


(まだだ、まだまだやれるんだ、せめて食らいつく…!話はそこからだ!)


荒れ狂う海流の中エリスは必死に体勢を立て直し…。


(『旋風圏跳』!)


全身に風を纏い海水を引き裂いて空へと飛び上がる。目指すは天空で待ち構える師匠の元!せめて食らいつく、せめて触れる、まずはそこからだとエリスは手を伸ばしながら加速に加速を繰り返し…。


「闇雲だ、強者を前に祈ってどうする」


手を開く師匠、その言葉に応じるように再び世界が揺れる。空にのし掛かる巨大な暗雲がぽっかりと開き…何かが降ってくる。見えない何かが降ってくる…あれは、風?


(ダウンバーストか!?って言うか雲そのものを押し飛ばす程の勢いのダウンバーストなんてあり得な────)


エリスの起こした風は呆気なくかき消され、次に気がついた時には大地に叩きつけられていた。さっきまで海だったのに、また岩の大地に変わった。


なるほど、この臨界覚醒は自然現象を自在に操れる…と言う物なんだ。その意味をようやく理解した。自然現象を自在に操れる…本来様々なカラクリや要因があって発生する自然現象が師匠の意思一つで無理矢理捻じ曲げられ、本来では発生し得ない現象を本来は獲得しない威力で巻き起こる。


「さぁ、どんどん行くぞ」


指を鳴らす、もう何度目かになるその動きで再び世界が変容する。師匠の背後に山が現れる、天にいるはずの師匠よりもなお高い巨山が赤く輝き爆裂し、巨大な噴煙を天へと掲げる。


遥か彼方で起こった大噴火。それは徐々に天に赤い輝きを撒き散らし…こちらに向け、無数の噴石が炎を伴って飛んできて──────。


「うわぁっっっ!?」


ジタバタと手足を動かし咄嗟に噴石から逃げるも、これがまた大きいんだ。さっきまで豆粒みたいな大きさにしか見えていなかったのに瞬きした次の瞬間には一軒家の数倍くらいに膨らむ。当然そんなに大きければ逃げるにしても逃げ切れない。



その衝撃がエリスを吹き飛ばし────。


「これも貰っておけ」


追加で飛んできたのは衝撃波だ、人差し指と親指を立てて…それをトンとぶつけ合うだけでそこらの古式魔術の比じゃない威力の衝撃波が生まれ吹き飛ばされたエリスの進路を変更し再び地面に叩きつけ、大地を砕き破片が雲に届く。


まるで敵わないな…これは。


「う…うぅ…」


「……………」


大の字になって呻く、負傷具合が完全にエリスのキャパシティを超えている。こんなに怪我を負ったのは…ダアトと殴り合った時以来だ。アイツと真っ向から殴り合った時もこうだった…気持ち的にはまだまだやれるのに体が追いつかない。


意識に肉体がついてこない。有り余る闘争心に体が追いつかない。こうやっているうちに意識も体に引っ張られて薄れていくんだ。


それで…負ける。


「エリス」


「っ……」


しかし、そんな薄れた意識が師匠の一言で一気に明瞭になる。薄らと目を開けば師匠はエリスを見下ろし…腕を組む。


「何故、力に拘る」


「力に拘る…?」


「そりゃあお前は魔女の弟子としていずれ世界を暗雲から守る使命があるのだろう、だから力を求める事そのものは否定しない。だが今のお前はそれが目的ではないんだろう?ダアト…とか言う奴に負けたのがそんなに応えたか?ダアトより強くなりたいが為にこんな無茶をしているのか?」


「………」


「私が今までお前との組手に臨界魔力覚醒を使わなかったのは、意味がないからだ。そりゃあ叩きのめされる経験にはなるがそれ以上の経験にはならないし、それなら別の方法の方が有意義だろう。だがそれでも私がこの場で臨界魔力覚醒を使ったのはお前の熱意を汲んでの事」


「………」


「だから聞かせろ、今この場で命を危険に晒してでも力を求める理由はなんだ。今ここで叩きのめされているこの事実に…私を納得させるだけの言葉を聞かせてみろ」


さもなければこれ以上続けるつもりはないとばかりに師匠は険しい顔を見せる。師匠はエリスの事大好きだもんね、そんなエリスを殺さないように…それでいて戦いになるように臨界魔力覚醒を操るのは至難の業な筈。出来るならもう続けたくはないのだろう。


確かに、叩きのめされるだけなら臨界魔力覚醒を使ってもらう必要はない。平常時の師匠の力だって充分すぎるくらい強い、多分エリスは疎かダアトすら遥かに上回るだろう。


それでも臨界魔力覚醒を求めたのは…、エリス自身の目標を改めるのともう一つ。


「立ち止まらない…為です」


「ほう…?」


立ち止まらない為だ、エリスは思い知らされた。大いなるアルカナと言う大組織を滅亡させここに至るまで多くの敵を倒してきた、だからマレフィカルムも八大同盟もなんとかなると。


だが実態は違う、モースがネレイドさんに言ったと言う言葉、八大同盟である空魔ジズの組織力はジャック海賊団もモース大賊団も相手にならないくらい凄まじいと言う。そしてジズ自身も凄まじい強さだと…。


ジャック海賊団もモース大賊団も強敵だった、だがエリス達が旅を続ける上で戦うことになる八大同盟はその比ではない。三魔人であるジズよりも強い奴は山ほどいるんだ。


そんな奴らを相手にエリスはこれからどこまで食い下がれる、エリスは何処まで友達を守り切れる…!


「エリスは、進み続けなきゃいけないんです…例え、どれだけ相手が強くても!そう思っていても!…怖いんです…!」


ジズよりも強い八大同盟、他にもエリスより遥かに強いダアトがいる、魔女様と互角に張り合ったバシレウスがいる、そしてそいつら全員束ねているマレフィカルムの総帥も!どいつもこいつも今のエリスじゃ足元にも及ばない強者達ばかりだ。


こいつらを前に出来ることがあるのか、また無様に負けて気絶して、起きたら友達が殺されているかもしれない。いやそれ以前にエリス自身が殺されるかもしれない、そう思えば怖いんだ、ラグナが感じていた仲間を失う恐怖は…エリスだって感じてる。


だけどエリスは言ったんだ、ラグナに言ったんだ、エリス達ならば行けると。だから…その為にも…。


「でも、怖くても…エリスは立ち止まれない。立ち止まらない為にも…前を見ていないといけないんです」


「…………」


「だから師匠…見せてください、エリスに…前を!先を!エリスが歩み続けられるように!エリスを導く星でいてください!」


体を起こし、立ち上がる。どれだけ強い奴が現れても戦えるように、今のうちから考えられる最強の存在と戦い尽くす。その経験がエリスには必要だから…臨界魔力覚醒との戦闘経験が必要だった。


これがエリスの答えだ、師匠…!


「なるほど、歩み続けられるようにか…分かった。『答え』には納得した、だから次は」


すると師匠はそのまま手を解き、エリスに向けて右手を翳す。何をするつもりか…そう身構えると、師匠の背後に存在する巨大な火山が跡形もなく砕け散り、突風によって吹き飛ばされていく。


超巨大な大嵐だ…それがこちらに向かってきている。山を吹き飛ばすなんて…どんな規模ですか。


「『覚悟』を示せ。口だけじゃないところを今度こそ見せてみろ!」


「ッ…!」


避ける暇もなく大嵐はエリスの方に向かってくる。巨大なハリケーンを伴い突っ込んでくるそれを前にエリスは容易く吹き飛ばされ────。


(…覚悟!)


ないッ!吹き飛ばされない!絶対に!ここで吹き飛ばされたら師匠はこの修行をやめる!それはダメだ!まだ何も掴めていないし…何より!


(力でも、魔力でも…エリスはダアトに劣っている。だからせめて…覚悟だけは!信念でだけは!負けたくない!)


力で誰に負けても仕方ない、鍛え直して出直すまで。魔術で誰に負けても仕方ない、悔しくて一晩泣き腫らした後また鍛錬を積むまで。


だが、信念だけは違う、それは心の持ち様だ。信念で負けたらもう二度と挑めない…。覚悟で負けたらもう二度と勝てない!


(引くな…引くな引くな!前を見ろ、見続けろ…!)


歯を食いしばって颶風の向こうに見える師匠を見据え、手を伸ばす。足を前へ動かしても全く進めない。飛んできた砂が皮膚を引き裂き全身の骨がミシミシ鳴り軋むばかりでエリスの体は進まない。意志だけはこんなにも前に進もうとしているのに…!


(動け!動けエリスの体!前へ進むんだよ!前へ!でなきゃそもそも話にならないだろ!)


魔力覚醒により全身に張り巡らされた魂全てを滾らせ前へ前へ進もうと全てを賭ける。どれだけ思っても願っても体は動いてくれない。


(行け行け行け!!行けよ!前に!!いいのか!負けて!この先もずっと!)


風で歪む視界がぼやけ…いくつもの『背中』が見える。エリスの前にはいくつもの背中がある。


ダアトの背、バシレウスの背、まだ見ぬ強敵達の背…数え切れない程の背中はエリスよりもずっと前にある。そのずっと向こうで師匠はエリスを見守り続けている。


エリスは、この背中全てを追い抜いて、師匠の所に行くんだろう…だったら。


(こんなところで、立ち止まるなッ!!!)


世界に後ろ髪を引かれるように後ろへ後ろへ流れそうになる風の奔流の中、徐に足を上げ片足で風を受け止め全身を前へ傾ける。風を受けバランスの取れない体では一歩前へ足を置くことさえ出来ずエリスの足は空中で迷う様にブラブラとブレる。


(進むんだ…進むんだ!進むんだッッ!!エリスは!師匠の様になるんだ!一歩だって後ろに引いてたまるかぁぁぁッッ!!!)


それでも前へ、物理的に無理でも精神的に進む。体中に滾る魂がその一念によって支配されたその時─────。



「む…っ!」


──その瞬間をレグルスは見逃さなかった。一心不乱に前に進もうとするエリスの魂が…ほんの一瞬膨張し『エリスの肉体の外へはみ出した』瞬間を。


(あれは…!なるほど、あと必要なのは…『明確な展望とビジョン』だけだな)


見る、レグルスは見る。エリスの足が…否、体が『背中から噴き出した何かに後押しされ』一歩前に進んだのを。それを確認し静かに笑った瞬間。


「ッ!進めた!一歩!前…ぇッ!?」


一歩前に踏み出せたのを確認し安堵してしまったのか、エリスの後ろ足がずるりと音を立てて滑り完全に軸を見失う。『やばい!』と思ったのも束の間、釣り糸で引かれるようにエリスの体は後ろへと流れ…。


「ぁぁあああああああれぇぇええええ〜〜〜〜!?!?」


すっ飛んで行き、あっという間にレグルスの視界から消えていく。なんと無様な、あれほどの大口を叩いておきながら一歩踏み出すだけで精一杯、しかもその後一瞬ですっ飛んで行ってしまうんなんて…と、レグルスは思いながらも、同時に考える。


(……この私が、まさか教えられるとな)


風が止む、再び無風となった空間に立ち。やや嬉しい様な楽しい様な、そんな心地を味わいながら頭を掻いて。


「エリス、お前は着実に私のところへ進み続けているんだな。流石は私の弟子だ」


あの子は…見せつけた。底意地の凄まじさを、信念の堅牢さを。その頑固さと漲る闘争心は…或いは若き日の私すらも上回るかもしれない。


才能では私の方が上だ、こう言うことを言いたくはないが…多分教えを受けた師匠の質も私の方が上だった。詰んだ修練の数も乗り越えた修羅場の数も若き日の私の方が上だ。


だが、…若き日の私よりも、今のエリスの方が『守るべき物』の数は多い。そして、未だ過ちも犯してはいない。


ならきっと、エリスがたどり着く終点は私の隣ではなく…更に……。


「…全く、弟子を育てると言うのは楽しいな」


なんて可愛い奴なんだろうか、私の弟子は。そう思いながらもレグルスは歩き出す、とりあえずすっ飛んでいったエリスを追いかけようか。


…………………………………………………


「いつまで寝てるつもりだ、起きろ」


「ぶわっぷ!?」


顔に冷水をぶっかけられ意識を取り戻す。慌てて起き上がるとそこは紅葉の降り注ぐ森の中…師匠の手にはバケツ。ここはメープルフォレスト?あれ?臨界魔力覚醒は?


あ…風にぶっ飛ばされて意識を失ったのか。


「気がついたか?」


「はい、…いてて」


全身を見れば、これまた凄まじい勢いで傷がついている。骨もどれだけ折れたか分からない、というか倒れた姿勢から体を起こせない。まずい…無茶しすぎた。


そして、それだけ無茶をしても…師匠には触れるどころか近づくことも出来ないとは。結局意地を張ったばかりで何も見出せなかった、収穫もゼロ。師匠の言う通りこれならやらない方が良かったのかなぁ。


「…………」


「なにぶー垂れているんだ?エリス」


「いえ、偉そうなこと言ったのに…なんにも出来なくて…」


「当たり前だ、まさか臨界魔力覚醒を使った私にある程度拮抗した勝負が出来るとでも?」


「そうではないですけど…もうちょっとこう、色々出来るかなって」


「甘く見るな、臨界魔力覚醒は魔道の極地…未だ道半ばなお前では私の力の一割も引き出せん。寧ろ苦労したぞ…殺さないように立ち回るのは」


「すみません、お手数かけて…」


あれで全然手加減してたのか。確かに師匠はエリスと戦っている最中ずっと『指先』しか動かしていない。それに師匠はエリスと同じで近接戦を得意とする魔術師だ、なのに物理的な干渉は一切してこなかったし、何より魔術も使っていない。


言ってみればエリスは埃だ、師匠の吐く吐息に踊らされていたに等しい。これで何かを掴むなんて毛頭…。


(無理…とは言いたくない、まだ諦めたくない。もしかしたらダアトの魔力覚醒はこれくらい強力かもしれない、マレフィカルム総帥の力もエリスの想像を上回ってくるかもしれない…、こんなところで諦めるようじゃエリスは前に進めない)


とは言え、実力不足はその通りで。…うーん、どうしたら…。ここまでめためたにやられたら師匠ももう付き合ってくれないだろうし…。


そう倒れ伏しながら悩んでいると、師匠は…。


「ほら、使え」


「え?うぇっ!」


いきなりお腹の上に何かを投げられ呻き声を上げる。何かと見てみれば…小瓶だ。凄い濃度の…ポーションか?これは。


「スピカのケツを叩いて作らせた奴謹製のポーションだ。使え、傷を治すんだ」


「あ、ありがとうございます…」


「そして、薬草茶を入れてやるから疲れを癒せ。十分休息を取ったら…さっきの続きをやるぞ」


「え!?」


思わず目を見開く、さっきの続きって…もしかして。


「いやか?臨界魔力覚醒での組み手は」


「いやじゃないです!寧ろいいんですか!?エリス…なんにも出来てなかったのに」


「最初から出来るようになるもんでもない。継続する事が修行の本質だ、そうだろう?気が済むまで付き合ってやるさ」


「し、師匠…!」


師匠…付き合ってくれるんですね。なんにも出来なかったのに…エリスの事を信じて…。


思わず泣きそうになりながらも師匠と顔を見上げていると、フッと師匠の顔は冷たくなり…。


「だが、私はお前になにも教えない。くれてやるのはチャンスだけ…一週間と言う限られた時間をどう使うかはお前次第だ。やめたいならいつでもやめていい、逃げたいなら逃げてもいい、止めはしない。成果が出なくとも責めはしないが情けもかけん」


「っ……」


「それでもやりたいと言うのなら一刻も早く立ち上がり準備を始めろ。いいな」


これは、エリスの我儘だ。師匠から課された修行ではない、だから怠けてもいいし、泣き言を言って時間を浪費してもいいし、逃げ出してもいい。師匠はそこには干渉しない。


エリス次第の修行。時間も満足出来るほどにあるとは言えない…だが。


「大丈夫です!ポーション飲んでお茶飲んだら直ぐに再開しましょう!」


「…はぁ、まったく…いいだろう!付き合ってやる!」


師匠は呆れながらも笑っている。ありがとうございます師匠、エリス…必ず何かを掴んで見せます。そして…今度はダアトに勝ってみせます。


孤独の魔女の弟子こそが最強であると、示してみせますから!


だからこの一週間、存分に使わせていただきます!


「うぉぉおおおお!!!やるぞやるぞやるぞー!ぅぐっ!?」


「騒ぐのはポーションを飲んでからにしろ、何度でも付き合うさ…ポーションの在庫はあるし、なくなったらスピカを連れてきて鞭入れて回復させるから」


「ありがとうございますーー!!ガボボボッ!」


ポーションを一気に飲み干し気合を入れる。


これがエリスの準備だ、エルドラド会談はきっと一つの節目になる。ここから先の戦いはより険しいものになる。それを乗り越え…大団円を作り出す為、エリスは今一度師匠に鍛え直してもらうんだ。


だから待っていてください、ラグナ!みんな!


そして…待っていろよダアト!次は絶対に…勝つ!!!


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― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱこの師弟コンビが好き 厳しいけどなんやかんや凄く甘いのがほっこりする。 やってる事はとんでもない事だけど。
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