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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十五章 メイドのメグの冥土の土産
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476.魔女の弟子と久しい休暇


血の道が、出来ている─────。


連綿とした、血の道が。


腕を伝い流れた血は、別の誰かの腕をへと移り、また別の誰かに託され、一箇所へと集うて行く。


数多に流れた血の数々は、悪魔への復讐を願って次へ、また次へと託されていく。


その道が出来上がるまでに、多くの命が奪われ続けてきた、あまりにも多くの人間が傷つき…死にすぎた。


白く冷たくなった人々が織りなす道は、真っ赤に血塗られただ一人に道を作った。悪魔を倒せるただ一人の人間に、全てを託す道を作った。その道を歩むのが…私なんだ。


「マーガレット、君か…」


「………………………」


答えない、燃え盛る劫火の向こうで三日月の如き笑みを浮かべる悪魔は、いつかのように全身を他人の血で濡らし、両手に刃を携え私に向かって問いかけるが、私は何も答えない。


それは私の名ではないから。


「君は運がいい、本当に運がいい。幾度と無く死を乗り越え、偶然と奇跡によって生かされ続け…私の前に立つに至った」


「………………」


「今君は誰の死のためにここにいる。父か?母か?友か?それとも…ああ、言わなくてもいい。分かる、君は私によって奪われた全て命の為にそこにいる」


「………………」


「高尚だ。実に高尚な決意だ、褒め称え…そして許そう、私に挑み向かう事を」


炎の向こうから姿を現すは、世界最強の暗殺者にして死と悲しみの渦の中にいる男…『空魔』ジズ・ハーシェル。三魔人最後の一人にして最悪の存在が、炎を切り拓い私の前に立つ。


この時を…どれだけ待ち続けたことか。


「マーガレット、君の友達は上手くやっているようだ」


するとジズは天を見上げる…。


「私が育て上げたファイブナンバーを相手に善戦すらしているようだ。もしかしたら何人かは落とされるかもしれない…」


「………………」


「だが、行ったとしても『善戦』止まり、全員が落とされることはあり得ない…故にそれまで。どう足掻いても…全員死ぬ。全員死ぬんだよマーガレット」


くつくつと顔を手で覆い肩を揺らし、ジョークでも聞いたように腹を抱え始めるジズは…ギロリと私を睨み。


「クッ…フフ、アハハハッ!死ぬぞ!死ぬぞ!マーガレット!またお前のせいで人が死ぬ!今度はお前の大切な友達が死に失せる!そうなったら今度こそお前は一人だな!ああ大変だなぁ!マーガレットォッ!」


「…さっきから、ごちゃごちゃと…!」


エリス様達はやられない、みんなやられない、絶対に勝って戻ってくる。私はそう信じてるからここに残った。またみんな戻ってきてくれる…だから!


「私はマーガレットじゃない!」


両脇の床に突き刺した武器を抜き放ち、吠える。今までの怒り、今までの嘆き、全てはこの時の為にあった、私はこの時の為に生かされた!


「私はメグ!無双の魔女の弟子…」


だからみんな、見ていてね…待っていてね。


「メグ・ジャバウォックだッッ!!」


今日ここで、私はジズを…殺すから。


─────────────────────





「と、言う訳だから後の事は任せられるか?ヴェルト殿」


「は?何が?」


次なる目的地に向けて走り続ける馬車の中、一時的に目的地を同じくした元アジメクの騎士団長ヴェルトに唐突に投げかけられたメルクリウスの言葉に、彼はポカンとする。


「何がって…オケアノス、お前まさか伝えてないのか!?」


「てっへへ〜!ごめーん!忘れてたー!」


同じく、ヴェルト同様馬車に同行する身であるオケアノスはコツンと頭を叩いて舌を出す。一体何がどういう事なのか、さっぱり分からないヴェルトは首を傾げ続ける。


「これ、一から説明したほうが早くないですか?」


「だな、仕方ない…。実はな、我々は一時的に祖国に帰国する事にした」


「は?…はぁっ!?帰国ゥッ!?帰国って…魔女大国にか!?今から!?」


「ああ、我々がこれから出席するエルドラド会談は国の威信を掛けた会議故、相応の支度が必要なのだ」


……今、エリス達が目指しているのはこの国の中部に存在するリュディア領『黄金都市エルドラド』だ。そこで国王レギナ主催で行われる会議に出席しマレウスの情報を握っているであろうガンダーマンへの接触を果たすべく、今は東部クルセイド領の荒野を黙々と進んでいる所。


しかし、目的は別にあるとはいうラグナ達は一応国を代表する『六王』として出席する必要がある為、一度国に戻り相応の準備をする必要があるのだ。


「国に戻るって、今からデルセクトまで行くのか?間に合わないだろ…」


「そこは案ずるな、メグの時界門で一瞬だ。メグには負担をかけるがな」


「そ、そうなんすか?でも戻ってなんの準備を…」


「資料の作成、護衛の編成、後は…こんな小汚い旅装で会議に出席したらいい笑い者だ」


「俺達は一応ではあるが六王だしな、仮にももし万が一にでもナメられたり笑われたりするような事はあっちゃいけないのさ」


そう、これは修行とは関係のない『政務』。だから国に戻り支度をする必要がある。とは言えエリス達は名目上師匠達から国外追放を言い渡された身、おいそれと戻るわけにはいかない…けど。それでもどうしても必要な事だからと先日メグさんとメルクさんで魔女様達にお話を伺いに行った所。


『まぁ、必要な事であるなら一時帰国は許そう。お前達が旅立ってそろそろ一年、友と顔を合わせたり羽を伸ばす必要もある、ならば二週間の間のみ一時帰国を許す』


と、カノープス様が仰ってくれたお陰でエリス達は一時的な帰国が許されたのだ。ならばこれ幸いとエリス達は今日から一時的にアド・アストラに戻る事となった。


のだが、その間も馬車はエルドラドを目指して進んでもらう必要がある。となったら誰が留守番するか?…今の所候補はこの人しかいない。


「故にヴェルト殿には我等が帰国してる間、馬車の番と御者を頼みたい」


「えぇーっ!?なんで俺ー!?オケアノスさんは!?」


「ごめーん、私もアド・アストラについてくことにしたんだー!」


「じゃあケイトさんは!?」


「私御者とか無理なので」


「だからって俺だけ働かされるのはなんか癪〜!」


「じゃあヴェルトもアジメク行く?スピカ先生も会いたかってるけど」


「はい、俺御者やります。やらせて頂きます」


本当ならヴェルトさんも連れて行きたいが…本人が行く気が全くないし。だから仕方ないのでお留守番兼残ってるならその間に馬車を動かしておいてほしい。彼なら一人でも馬車を守り切れるし馬の扱いも上手い筈だ。


ちょっと可哀想だが一応馬車にはケイトさんも居るし魔力機構のメンテナンスの為にアリスさんとイリスさんも居てくれるみたいだし、寂しい事はないと思う…と、エリスの心に言い訳をしてみる。


何を言ってもやっぱり一時帰国は楽しみだしね、まぁエリスは帰っても何をするわけでもないのだが。


「それではよろしくお願いします、ヴェルトさん」


「ああ…、なぁ…その、いきなりスピカがこの馬車に乗り込んでくるとかはないんだよな?」


「それはないです、やる気ならもう来てるはずなので」


「そっか、弟子と一緒に行動している時点で捕捉されてるか…それでも来ないって事は、…そういう事だな」


本気でスピカ様には会いたくないのかホッと胸を撫で下ろすヴェルトさん。彼にもアジメクの友達とかいるはずだろうに、それでも戻りたくないとは…もう生涯戻るつもりはないのだろうな。


「ま、楽しんできてくださいよ。どの道御者はずっと俺がやるつもりだったんだ、人が居なくなるならその分馬車を広々使えるし、久しぶりに快適に過ごさせてもらいますよ」


「ありがとうございます、では…エリスたちは行ってきますね」


「ヴェルト〜!お土産楽しみにしててね〜!」


「デティフローア様、気を使わなくても…いや、楽しみにしておきます」


それだけ言い残すと彼は御者席へと移り、エリス達は顔を見合わせる。お題目としてはエルドラド会談のため…だがそれはそれとして。


「よし、んじゃあ久しぶりに帰るか、家に!」


一年ぶりの帰郷、それはそれで心が躍るというもだった。


…………………………………………………………………


メグさんの時界門を使えばマレウスからアジメクに移動するのは一瞬だ。人を長距離間転移させればその分メグさんに負担が行くが、一日一回の移動くらいなら消耗のうちにも入らないとメグさんは胸を叩き、エリス達を快く転移させてくれた。


そうしてエリス達は一度、アジメクの中央都市ステラウルブスへと帰還する。今回は旅に出たメンバーに加えオケアノスさんという新たな仲間も加え、時界門を潜り…。


「たっだいまー!ステラウルブスー!」


「うぉっ!本当に一瞬で景色が変わった…便利な魔術もあるもんだねぇ!」


「帰ってきた…」


抜けた先には、東部クルセイド領の荒涼とした空気とはまるで違う…新鮮で何処か良い匂いのする空間に出る。これはアジメクの花の香りだ、普段は意識することがないがクルセイド領の乾いた空気をずっと吸っていたからこそ殊更強く感じる。


そしてこの場所は…。


「なっ…!ラグナ陛下に…アマルト!?」


「おお!イオ!」


「御大将!あんた…何してんだぁッ!?」


「おはよ、ベンちゃん」


「あらあらまぁまぁ!これはどういう事でしょうか!」


「お久しぶりです、ヘレナ様」


髪をぴっちり整えたメガネの王イオ、全身古傷だらけの強面修道女ベンテキシュメ、美貌輝く桃色の髪のヘレナ女王。この三人が卓を囲んで会議をしている。そう…ここは一般人は決して立ち入ることの出来ない部屋。


『六王の間』だ。


「『おお!イオ!』じゃない!いきなりこの部屋に入ってくるな!ここは六王の間と言ってだな…」


「固いこと言うなよ、一年振りなのに」


「それは…そうだが、と言うか!ラグナ陛下!みんなも…いきなりどうしたんだ。魔女様からは修行の旅に出たと聞いていたが…」


「悪い、込み入った話になるんだが一時帰国した。六王全員居るなら都合がいい、メルクさん、デティ、席についてくれ…臨時六王会議を始める」


そして、ラグナとメルクさんとデティの三人は慌てた様子で他の六王に合わせるように席に着く。他のメンバーは勿論邪魔にならないように部屋の隅っこ行きだ。エリス達弟子同士は対等だがこの六王の間では肩を並べるわけにはいかない、エリス達は国を動かす立場にいないからね。


故に壁にもたれるようにエリス、ナリアさん、メグさん、ネレイドさん、アマルトさんにオケアノスさんと五人は遠目で六王会議を眺める。


「…ねぇエリス」


「ん?なんですか?」


ふと、肩をツイツイ突かれ首を向ければ何やら目を輝かせたオケアノスさんの顔がズイズイ寄ってくる。そう言えばこの人はこの中で唯一マレウス出身、初めてのステラウルブスでしたね…。


というか、この人的にはどうなんだろう…。仮にも仮想敵国の最大拠点に来てしまったと言う事実をどう捉えているんだ。


「ここは何処なの?」


「ここですか?アジメクのステラウルブスです」


それ言わなかったっけか…。


「へぇ、ここがあの世界一の大都市って噂の…」


「そう喧伝される事も多いですね」


実際に世界一かは分からない。いや確かに世界でもトップクラスに豊かで世界最先端の技術を常に取り込み続けている都市だからある意味世界一なんだろう。けどこの質問をメグさん辺りにしたら『いやいや世界最高はマルミドワズですよ』って答えるし、ネレイドさんならエノシガリオスって答えるかもしれない。


結局、世界で一番良い都市なんてのは当人が足を運んでどう感じるかでしかない。目安になる指標があるわけでもないですしね。


因みにエリスが世界で一番の都市だと思って居る街は何処だと思います?正解はステラウルブスです。なのでオケアノスさんにこう言う風に言われてちょっと喜んでる自分がいます。


「私、東部から出た事ないんだよね」


「サイディリアルに行った事もないんですか?」


「レナトゥスが信用出来ないのに私が東部を離れてどうすんの」


「それはそうですね、…じゃあ今は……」


「レナトゥスを警戒してたのはクルスの方だから、そのクルスが東部に居ないなら…いいんじゃない?ぶっちゃけ今レナトゥスが軍勢を率いて東部に来る意味とか分からんし」


確かに、レナトゥスが軍勢を率いて来たら止めるのはオケアノスさんの仕事だ。だが実際レナトゥスが軍勢を率いてやってくるかと言えばそれは無いと断言出来る。だって軍勢率いるも何も今東部はレナトゥスの管轄だもん。自分の家の庭みたいな物を改めて軍勢を率いて確保しに行く意味は分からない。


そう言う計算が出来ないクルスだから、無用にレナトゥスを怖がっていたのだろう。


「東部ってあれでしょ、田舎でしょ?」


「まぁ…はい」


「だから楽しみだったんだよね、世界一の大都市…どんな感じなのかな。今外に飛び出したらダメかな」


「ここ一応百数十階強の超高層なので今ここで飛び出したら流石に死にますよ」


「ここそんなに高いところにあるの!?」


『やッかましいぞ!今大事な話してんの分からねぇなら表出てろッ!』


その瞬間、エリス達の雑談を煩わしく思ったベンテキシュメさんが牙を剥いて怒鳴りつけてくる。相変わらずの強面で流石のエリスもビビって襟を正してしまう。いやこれはエリス達が悪かったんですが…。


「す、すみませんベンテキシュメさん!」


「はぁ?何?いきなり偉そうなんだけど」


「ちょっ!オケアノスさん!」


「アァ?誰だテメェ。見ない顔だな…ってかその鎧、神聖軍か?」


するとベンテキシュメさんは椅子を蹴り退けこちらに寄ってくる。大事な話の最中じゃないのか…と思ったらどうやら細かい話をラグナとイオさんで纏めている最中のようだ。


「テメェ、神聖軍の新入りか?それがなんでこの六王の間に居るんだよ…!」


「はぁ?新入りじゃないし。ってかそれならエリスとかネレイドとかも王様じゃないよね、そっちはいいの?」


「こいつらは特別なんだよ!本当ならこの椅子に座って会議に参加してなきゃいけないくらいな」


ギッ!とベンテキシュメさんはネレイドさんを睨み、ネレイドさんは睨まれるより先に目を逸らす。まぁ…本当なら教皇の座を継ぐべきだったのはネレイドさんで、我儘を言ってベンテキシュメさんに押し付けた立場だしね。


「ってか御大将、こいつは?」


「えっとね、マレウスで出会った真方教会の神将…争神将のオケアノスさんだよ」


「真方教会の!?…なんで連れて来たんだよ…」


「来たいって言ったから」


「御大将……」


流石のベンテキシュメさんもドン引きしているようだ。一応真方教会とオライオンテシュタルは対立関係にあるし、確かになんで連れて来たのか前ぜー分からないな。


「ねぇねぇネレイド、この傷だらけのチンピラ誰?」


「えっとね、この人は…私の友達のベンちゃん…ベンテキシュメ・ネメアー。現テシュタル教の教皇だよ」


「えぇっ!?いいのぉっ!?仮にも世界最大勢力の宗教のトップである教皇がチンピラで!」


「それは真方教会も言えないんじゃない?」


「それはそうだった」


「なんなんだこいつ…、まぁいい。御大将が承知してるなら一先ず追い出す事はしない…でも静かにはしとけ、あとデカい面もするな、分かったな」


「こわ…」


ポカンとするオケアノスさんを置いてベンテキシュメさんは席へと戻っていく。それを見たオケアノスさんはなるべく声を潜めてエリスの耳元で…。


「ねぇ、あの人なんで教皇なのにネレイドの事御大将って呼んでるの?」


そう聞いてくるんだ、まだお話ししたいか…まぁでも退屈だろうしな。


「ベンテキシュメさんは元神将なんですよ」


「…ネレイドの前の?」


「いえ、同期です」


「神将に同期とかなくない…?」


それはそうなんだけど!そうなんだけど色々あってね!


「ネレイドさんはベンテキシュメさん達神将達を束ね居たリーダーだったんですよ。だから教皇になった今でもベンテキシュメさんはネレイドさんを慕ってるんです」


「へぇ…え?じゃあネレイドは教皇ベンテキシュメに指図出来るの?」


「しないでしょうけど…出来るでしょうね」


「じゃあ教皇よりも偉いじゃん」


教皇より偉いと言うか、ベンテキシュメさんは今でも本来教皇になるべきはネレイドさんだと思っているんだ。現教皇がそう感じている以上、今のテシュタル教の真の頂点はネレイドさんなんですよ。


その事をやんわり伝えるとオケアノスさんは『やっぱりネレイド・イストミアは凄い…』と小さく呟き、なぜか嬉しそうに微笑む。満足出来る答えだったならよかったよ。


『そんな会談!参加するしない以前の問題だと言っているんだ!』


「おわっ…」


すると、今度怒鳴り声を上げるのはイオさんだ。ラグナとの話し合いに苛立ったのか彼は机を叩いて立ち上がる。どうやら話し合いは難航しているようだ。


「エルドラドで会談を開くからきてください?馬鹿にしているのか!?これは明らかに喧嘩を売ってるだろう!」


「いや、まぁ…」


「何故我々が『マレウスに指図されて』行かなければならない!本来決定権はこちらにあるはず!それをいきなり声をかけてこちらに来いだなどと…、無礼にも程がある!」


「まぁ、そこは俺も思ったけどさ…」


そこでふとエリスも思い立つ。そう言えばおかしい内容だな、マレウスとアド・アストラの力関係は言っちゃ悪いがアド・アストラの方が上であり六王の方がレギナ女王より全然格上だ。


その格上に『話があるからお前らこっち来い』と命令する内容はある意味不興を買ってもおかしくはない。本来は格下が出向き格上が出迎えるべき、ここで六王がマレウスの王の下に態々足を運べば…それはアド・アストラがマレウスよりも格下である事を認めたような物だ。


もしそれを込み合いでレギナ女王がこんな文を送って来たのなら、はっきり言って喧嘩売ってるとしか思えない。これを理由に攻撃仕掛けてもまぁ正当な理由になるくらいにはやばい文だが…この文から漂う何処とない『楽観的』な空気…多分。


(そんな事考えてないな、格上格下とか礼儀とか作法とか…そう言うのを知らない感じだ。恐らく向こうには優秀なブレーンがいないのだろう)


エリスは考える、レギナ女王はまだ即位して日が浅い上にレナトゥスとも対立しているような噂が立っている。もしかしたらそう言う事を教えてくれる参謀役が側にいない可能性が高い。


…なんて危なっかしい治世だ、もしこれでラグナが冷静でなければ戦争開始だったぞ。


「だろう、会談を開きたいならこちらで場所を用意するからお前達が来いと言い返すべきだ」


「既にエルドラドには貴族達が集まっていると言う話だ、今更場所の変更は出来ないだろう」


「そんなギリギリに手紙を寄越してくるな!決定事項じみた事後報告で手紙を送るなんてのは国王の作法云々以前に社会人としてどうかしてるぞ!」


「それはそうなんだけどさ…!俺はレギナ女王がそこまで考えているようには思えないんだ。なんて言うか…俺が即位したての頃の、素人感?みたいな物を感じてさ」


「だからなんだ、王は玉座に就いた時点で国の顔。未熟は免罪符にはならない」


「あのぉ、イオさん?そうカッカなさらず。もう少し冷静にお話をしましょう?」


「む、ヘレナ殿…いや、そうだな。失敬だった、ラグナ陛下」


「いや俺もいきなり変な話を持ちかけても悪かったよ」


一旦、ヘレナさんの声でヒートアップしかけた会議は落ち着きを取り戻し、イオさんはゆっくりと着席する。


「思う事はあるかも知れない、だが俺はこの一年間マレウスで旅をして来て…思ったんだ。マレウスの情勢は非常に危うい、このまま行けば何処かが崩れて爆発するかも知れないぐらい危ういんだ」


「そんなに酷いのか…?」


「言っちゃ悪いが殆ど無政府状態だった。恐らくレギナ女王に統治能力が無いんだろう、このままマレウスが崩れて暴走すれば、国内に秘めた反魔女感情と反アド・アストラ感情が暴発してこちらにも被害が出かねない」


「それを事前に抑える為にも、こちらが譲歩するべきと?」


「ああそうだ、向こうが何を話したいか…その真意は分からない、だが俺はこのままマレウスが孤立し続ければ終焉へと進むだけだと思っている。まずはマレウスと手を取り合える状況を作り、関係を改善しマレウスそのものを立て直すことこそが、後の動乱の回避に繋がると思っているんだ」


「なるほどな…、言いたい事は分かった。…マレウスの状態についてはこちらも憂慮していた部分はある、関係改善の手が打てるならそれはそれでいいだろう」


「分かってくれたか?イオ」


「ああ、それにもし向こうが我等を下に見るようなことがあれば…現地で黙らせる方が手っ取り早いだろう、ヘレナ殿もベンテキシュメ殿もそれでいいか?」


「構いません、マレウスにいる国民もまた人、であるならば手と手を取り合うことも出来るでしょう」


「こっちも構いませんぜ、勝手気ままにやってる真方教会とはケリをつけたかったところだし、直接対決出来る場があるなら望むところよ」


「ありがとう、みんな」


了承してくれたイオさん、ヘレナさん、ベンテキシュメさんに頭を下げなんとか六王側で意見を纏めるラグナ。一応これでアド・アストラ側はエルドラド会談に応じる構えが取れただろう。


…一応、参加してやる事はステュクスに伝えてもいいか。奴が冒険者協会を通じてエリスに手紙を寄越して来たように、また冒険者協会を郵便局代わりに使って手紙を送り返せばいいだろう。


「では一応参加すると言う事で、ラグナ陛下。護衛はどうする?一応マレウスとは対立している、もしもが無いとも限らない…君達や俺は必要ないかもだが、ヘレナ殿は違う」


六王…とは言ったものの、その半数以上が結構な武闘派だ。ラグナやメルクさん、デティは言わずもがな。イオさんも学生時代はラグナと打ち合えるだけの槍の技量とアマルトさん直伝の古式呪術の腕を振るっていたし、ベンテキシュメさんは魔力覚醒を会得している。


生半可な連中なら六王だけでも弾き返せる、だがヘレナさんは違う。この人は戦えない、かなりの雑魚だ…と言うか普通の王族だ。もしものことがあった時、ヘレナさんが傷付けられたら…エリス達も黙ってられなくなる。


その為の護衛はどうするかと聞くと。


「まぁ、護衛が必要かどうかではなく、ナメられない為にもそれなりの護衛は連れて行くべきだろう。かと言ってあんまり連れてくと無用に警戒させる。少数精鋭を連れて行くつもりだ」


「ならそれはアド・アストラ連合軍の指揮官様にお任せしよう」


「おう、任せとけ、とびっきりの精鋭だけを連れてマレウスの連中の度肝抜かせてやろうぜ!」


エルドラドがどう言う場所かは分からない、だが少なくとも次の冒険はエリス達だけではなくイオさんヘレナさんベンテキシュメさんとそれらを守る精鋭達と共にアド・アストラの代表として向かうことになる。


今までとは少し違う感覚での冒険になるだろう。今からどうなるか、楽しみだ。


……………………………………………………………………………………


それから六王会議は続き、せっかく帰って来たんだからとイオさんから一年の振り返りと言う形でアド・アストラの近況を聞かされ、その後また次の一年の細かな動きをイオさんにラグナが伝え…と言う形で進み。


話が完全にまとまったのは一時間後だった。


「じゃあと言うわけでよろしく頼むよ、イオ」


「ああ、任せておけ」


役割分担としてラグナは少数精鋭の護衛達の用意、イオさんは会談の準備の取りまとめ、ヘレナさんは会談に参加する為の服飾の準備、そしてベンテシキュメさんは…。


「おう御大将、いつまでこっちいるんだ?」


「二週間」


「なら丁度いい、御大将に仕事があるんだ」


「なに?」


「なにじゃねぇよ、アド・アストラプロレスリングリーグのチャンピオンベルト争奪戦。アンタがいないから延期にしてたんだけどあんまり延期にすると興行にも関わる、早急に準備して参加してくれないか?旅で疲れてるのは分かるけど…」


「いいよ、挑戦者は誰?」


「話が早え、向かいながら話すぜ」


「ん、ありがと」


「で、挑戦者ってのはアルクカースリーグを勝ち上がった新入りで、これがまた調子に乗った奴でよぉ、もうチャンピオンを自称してて…」


「へぇ、片腹痛いね、ハンデは要るかな…」


なんて話をしながらサッサとネレイドさんを連れて何処かへと向かってしまう。それを見たオケアノスさんは…。


「あ!ちょっ!私も行きたい!」


そう言ってネレイドさんを追いかけるも、既に六王の間を退出し転移魔力機構で何処ぞへと飛んでいってしまったネレイドさんに呆然とする。ネレイドさん…オケアノスさん置いてっちゃったよ…どうするんのよ。


「じゃあ俺もちょっとアルクカースに行ってくるけど、みんなはどうする?」


ふと、ラグナがこちらに向けてみんなはどうする?と伺ってくる。せっかく帰ってきたのだから何かこう…旅の身じゃ出来ない事をやりたいけど…。


「私はアジメクに残って魔術学会に出席しようかな」


とはデティの談、帰って来てまで仕事をするとは…やはり真面目な子だ。


「じゃあ俺は…どうしようかな」


「暇なら私を手伝えアマルト、次いでにステラウルブスに建設する学園の様子を見てほしい」


「え?まぁいいぜ」


アマルトさんはイオさんと共に色々と仕事をするようだ、久々に会った友達だしそっちを優先してもいいだろう。


「では私は陛下の所に行って参ります、少々やりたいことがあるので…また二週間後に再会しましょう」


メグさんに至っては要件を殆ど言わずにそそくさと何処かへ消えてしまった。…ただ何かこう、やや鬼気迫る表情だったのは気になるな。


まぁ今はいいだろう、それよりエリス自身の事だ。なにをしようかな、みんなみたいに仕事をしようにもエリスには今慌ててやらなきゃいけない仕事はない、ならメリディアやアリナちゃんに会いに行こうかな、それとも師匠に会いに行こうかな…うーん、全員何処にいるか分からない。


「なぁ、エリス…ナリア君」


「へ?なんですか?メルクさん」


すると、考え込むエリスと一緒になにをしようか悩んでいたナリアさんに、メルクさんはおずおずと話しかけて。


「もし、やることがないのなら私と一緒に来てくれないだろうか」


「別に構いませんが…なんでですか?」


「いや、折角帰って来たのだから一つ終わらせておきたい仕事があるのだが…、君達に手伝ってもらえると非常にありがたいんだ」


仕事か、メルクさんがこうやってエリスを頼ってくる時は結構切羽詰まっている場合が多い。もしかしたら今回もそれの類なのかも知れない、それにどの道やりたい事もないし…別にいいかな?とナリアさんを見ると彼を小さく頷き。


「はい、任せてください」


「僕達に出来る事ならなんでもしますよ」


「おお、助かるよ。そうだ、オケアノス?君もどうだ?」


「え?いいの?…ネレイドに置いていかれちゃったし、じゃあ同行しようかな」


「ん、では早速向かうとしよう」


そう言ってコートを翻し向かおうとするメルクさんを見て…いやいやと、待て待てと。せめてなにをするか説明してくださいよ。


「あの、メルクさん?なにをするつもりですか?」


「ん?あ…言ってなかったな。実は君達には…その」


するとメルクさんは恥ずかしそうに目を背け、こほんと咳払いをすると。


「モデル……を頼みたいんだ」


「モデル?」


「ああ、これから…写真撮影を行う。そこで弟子達の中でもかなり顔の良い部類である君達にはこれから私が行っているとある事業の広告塔になってもらいたいんだ」


「こ、広告塔…!?写真…ってなんですか!?」


なんか、とんでもない話を安請け合いした気がする。…まさかメルクさん、エリスが物怖じすると思って敢えて伏せて頼んだのでは…。


…………………………………………………………………


東部クルセイド領からステラウルブスへ転移して来て早半日。弟子達は早くも自分のやる事を見つけ各々が各々の場所へと転移し、あっという間に世界中に散っていった。


そんな中、エリスはメルクさんと共にとある場所にやって来ていた。その名も『マーキュリーズ・フォトスタジオ』…、メルクリウスさんが管理している『撮影場』だと言う場所に手を引かれ連れてこられていた。


フォトスタジオ…撮影、聞き慣れない話によく分からない説明、頭がこんがらがりそうになりながらもエリスは…。


「はーい、ではポーズを〜」


「う…はい」


何やら仰々しい大型の魔力機構をこちらに向け、レンズを輝かせるスタッフの指示に従い指定のポーズを取る。腰に手を当て顎を引き、目を鋭く尖らせ格好をつける。


うう…恥ずかしい…。何やってんだエリスは。


「いいですねえ!流石メルクリウス様が連れ来られてた特別なモデルだ」


「早く撮ってください!」


「はいはーい!」


駆動する大型の魔力機構は一瞬駆動音を鳴らしたかと思えば、眩い光でエリスを照らし…。


「はい、オッケーです」


「…………?」


これでいいと言うのだ。全く分からない…なんなんだこれ。エリスは今何してるんだ?何をさせられているんだ?相変わらず分からない…。


「流石はエリスだ、写真映りもバッチリだ」


「はあ…」


すると、そのスタッフの後ろで上機嫌に腕を組んでいたメルクさんが寄ってくる。これでよかったのか?それさえも分からないよ。


「あの、そろそろ説明してくれません?エリス何してるんですか?」


「何って、どう見ても写真の撮影だろう」


「写真?」


「ん?知らないのか?」


聞いたことくらいはあるが、それが何かと言われるとちょっとわからない。詳しく説明された事はないからね。するとメルクさんはスタッフに命令し、先ほどの大型の魔力機構から取り出された紙を受け取り。


「ほれ、見てみろ」


「お…!?エリスが書かれてる…」


「これが写真だ、先程のカメラ型魔力機構で撮影した物をそのまま現像出来る最新型の機構でな。これを使えば情景を一瞬で切り出すことができるんだ」


渡された紙には格好をつけたエリスが映ってる。しかも似顔絵なんかよりずっと高精度だ…、白黒だけどこんな精度の絵画を一瞬で…。


にしてもなんかエリス間抜けな顔してるなぁ、エリス…あんまりエリス自身の顔好きじゃないんですよねぇ…。


「メグがいつぞやお前に見せていただろ?映像を切り取る投影機構を」

 

「ああ、そう言えば。あれとは別物では?…というかそれよりも!エリスの写真を撮って何をしようとしてるんですか!そろそろいい加減話の全貌を教えてください!」


「ああ、実はな…私は今『新聞』を作ろうとしているんだ」


「新聞…」


これまた聞き慣れないワードだ。メルクさんは世界の最先端を生き過ぎているからエリスみたいな流浪の人間には慣れない話ばかりだよ。


混乱するエリスを置いて、メルクさんは近くの椅子に座り。


「新聞が聞き慣れないか?まぁデルセクトでも一部でしか流通していなかった物だし聞き慣れないのも仕方ないだろう。新聞というのはな?その日、その時起こった出来事を書き込み売り出す冊子の事だ。サンプルから読んでみろ」


「出来事を…?」


するとメルクさんは近くに置いてあった紙の束をエリスに渡してくる、そこには先週の日付と世界各地で起こった出来事が書き込まれている。なるほど、言ってみれば情報を売っているんだ。


それも情報屋のように地域に根ざした物ではない、謂わば世界や世間の情勢と言った広い視野での話だ。それを書き込み売り出すということか。


「どうだ?アストラ新聞は」


「どうもこうも、これ売れるんですか?」


しかし書かれているのはどれもあまりにも広い範囲での出来事過ぎる。やれコルスコルピでこういうイベントがあるとか、やれオライオンスポーツリーグでこの結果が出たとか。転移で世界中が繋がっているとはいえ範囲が広過ぎる。


例えばアジメク人がこれを読んでも身になる情報なんか一つも手に入らないぞ。


「ふふふ、それが売れるんだよ。民衆は知りたがりだからな、今自分が住んでいる世界がどうなっているのか…それを知りたがっている。だから私は膨大な印刷場と転移による流通ルートを確立させ、全世界に存在するマーキュリーズ・ギルド傘下の小売店に毎週売り出している」


「毎週…」


「ああ、先週あった出来事を書くだけで民衆は喜んで買う。アジメクに居ながらエトワールの情勢を知ることが出来る、知った気になれる。昨年私が旅立った少し後から発刊し始めたが、売上は上々。なんせライバルがいないからな、まさしくブルーオーシャンの事業だ…それがこの『アド・アストラ世界週刊新聞』だ」


エリスには分からない文化だ。知りたいことがあるなら現地に行けばいいのに、こんな紙に書かれた情報だけで知った気になって未知を浪費してしまうなんて勿体無い。…いや、みんなエリスみたいに旅に出れるわけでもないから、これでいいのか。


「私はいずれこれを週刊から日刊へ変え、その日あった出来事をその日に知れるようにしたいんだ。今はまだ試験段階だがな」


「それで、なんでエリスが写真を撮るのに繋がるんですか?」


「表紙を見てみろ。女の写真が映されているだろう?」


「え?…あ、本当だ」


表紙には美しい女の人がポーズを取り、その脇に『アストラ世界週刊新聞』と書き込まれている。これはつまり…どういうことなんだ。


「世界はまだ新聞の文化に慣れていないからな、未知というだけで買わない理由になる。知らない物の良し悪しは測れないから買おうともしない。だから私は敢えて分かりやすい良し悪しを用意してやることにした」


「美醜…ですか」


「そうだ、表紙に見目麗しい風貌の人間を載せるだけで興味の対象になる。興味を持った人間の一割でも買ってくれればそれでいい、謂わば客寄せだ」


「…もしかしてエリスが今撮った写真って…」


「もうすぐアストラ新聞が創立一周年だからな、それを記念してエリス!君の写真を載せて全国に配る!」


「やめてください!」


何を言い出してるんだこの人は!?そんな…ええ!?今のエリスの写真が世界中に配られるの!?恐ろしいよなんか!分からないけど!あまりにも未知の体験過ぎて分からないけど!


「何故だ!記念すべき一周年!生半可な人間には任せたくない!」


「だったらエトワール辺りから引っ張ってくればいいでしょう!一番綺麗な役者さんとか!」


「だからお前とナリアだ!二人ともエトワールの役者だろ!」


「エリスは元です!」


「そうは言うがな、エリス。君は自分の顔にあまり自信を持っていないようだが、君の顔は世間一般的に見ればかなり良い部類に入るぞ」


「そんなまさか…」


『まさかではありません!!』


その瞬間、響き渡るその声は…ナリアさんだ。


「エリスさんの顔は『良い』です!」


「ナリアさん…って何その格好!?」


ズカズカと現れたナリアさんの格好がこれまた凄い。キラキラのドレスに羽根飾りを身につけまるで貴族の令嬢のような格好をして現れたのだ。なんでそんな格好を。


「これはスタッフの人に用意してもらった衣装です」


「ナリアは既にアド・アストラ圏内では爆発的な人気を持つスターだからな。地味な格好では許されん」


「そ、それはエリスもよく分かってますけど…」


「メルクさん、僕は高いですよ。後でクリストキントの事務所に支払いをお願いします」


「勿論、相場の十倍は出す」


「ありがとうございます、…そしてエリスさん!貴方は自分自身の顔を卑下にしすぎです!」


「なんでエリス怒られてるの…?」


するとナリアさんはエリスに食いつくなり顔を指差し。


「まずその筆で描いたように整った目!完璧な配置の鼻先!調和の取れた口元!顔の形も完成されてます!そんな風貌しといて顔に自信ありませんなんて言ったら張り倒されますよ!」


「誰に…」


「これはいい機会です、エリスさんはもっと自分の綺麗さをアピールするべきですよ!」


「う…、エリス的にはメルクさんの方が綺麗かと…」


「一周年の新聞に、出資者の私が顔を載せろと?それで買うのは不評だけだ」


うう…なんでこんなことに。世界中に配られる新聞に自分の顔が?しかもよりにもよってこの顔が?…嫌だけど…嫌だけど…。


「じゃあ、エリスが映った方が…メルクさんの役に立ちます?」


「無論だ」


「なら、仕方ないかぁ…」


この顔がメルクさんの役に立つなら、いくらでも切り売りしよう。エリスが恥ずかしいだけだし…そもそも世界中に配られるのだとしてもそれはエリスの与り知らないところだし、別にいいか。


にしても、世界中に配る新聞か。凄い物を作り出したもんだ、確かに今のアド・アストラには一日で世界中に物を配る力とルートがある。それを使って情報まで発信するなんて…。


(けど同時に恐ろしいぞ、これ…世論の操作だって楽々に出来てしまう)


世間の感情をある程度自由に操作出来る、メルクさんの一存でだ。それにメルクさんは他にも多くの事業に出資し掌握している。その内世界全てを牛耳る日も来るだろう。


人々の感情さえも手玉にとれるんだ、それは魔女様にさえ出来なかったこと。メルクさんは着々と次代の覇者としての立ち位置を確立はし始めている。とんでもない人になりつつあるなぁ。


「あ、この新聞の表紙に載ってる人って確か今エトワールで売り出し中の女優さんですよね」


「ああ、私はいずれこの表紙に載せる人々にもブランドを与えるつもりだ。そしてそれを更に商売に繋げる、今はまだカメラ型魔力機構はその場から動かせないくらい大型だが、その内小型化し写真を撮影しまくって写真だけの本も出すんだ」


「いいですねぇ、面白そうです」


「その時はナリア、君にも協力してもらいたい。今個人で最も強大なブランドを持つのは君だからな」


「ええ、手伝いますよ」


「…………」


エリスは一人、新聞を読み耽る。恐ろしい代物だと戦慄しながら…、すると。


「ねぇねぇー、私は撮影できないのー?」


「ん?オケアノス…すまないな、連れてきた物の…君を新聞に載せるわけにはいかんのだ」


すると、すぐそこの机に座りテーブルの上のお菓子をパクパク食べているオケアノスさんが退屈そうにメルクさんから渡された今週分の新聞を読みながらそう言うのだ。私も撮影したいと…。


「えー!なんでー!」


「君がマレウスの人間だからだ。マレウス人を差別するわけではないが…やはり魔女大国にはマレウスへの対立意識がある人間が多いし、今回の会談で和平でもしない限りは無理だろうな」


「退屈ー…」


「そう言うな、お菓子やるから」


「それはありがとう」


まぁ、実際退屈だろうな。既にエリスとナリアさんは撮影を終えているから良いものの、その間ずっと待機、その前の六王会議も待機、せっかく着いてきたのにこれじゃあ留守番の方が良かっただろう。


「…メルクさん」


「どうした?」


だからエリスはメルクさんに耳打ちをする。折角彼女が自分の意思でついてきてくれたんだ、だからせめて何か楽しませられないかと。そう彼女に伝えると…。


「しかし彼女が好きそうなサッカーも今はオフシーズンだ。楽しませる物と言ってもな…」


やや困ってしまう、サッカー以外で何か楽しませられる物は…。


そうだ、オケアノスさんは東部以外の世界を見たことがないんだ。都会への憧れからエリス達に同行した…なら。


「何か、社会見学でも出来ないでしょうか」


「社会見学?」


「色々なところを見せてあげるんです、それも世界最先端のアド・アストラの文化を」


「ふむ…なるほどな」


すると、メルクさんは顎先に指を当て考え込む。そんな中エリスは手元に持った先週分の新聞に目を向ける、すると…そこに書かれた一つの記事が目に入り。


「あ、これとかどうですか?面白そうですよ」


「ん?これは…ショーコンか?」


そこに書かれていたのは『デルセクト・ショー・コンテスト』略してショーコン。アド・アストラ中で新たに開発された商品や世界各地の珍しい商品が集う商業フェスが今デルセクトで開催されているとの事。


記事を読む限りかなりの規模みたいだし、デルセクトならそれなりに都会でもある。きっとここに行けばオケアノスさんも楽しめるだろう。


「開催期間は来週までか、ふむ…そういえばこんな物も主催していたな」


「え?メルクさんが主催してるんですか?」


「ああ、アド・アストラ圏内の民衆の購買意欲の向上と小規模な商店が日の目を浴びる機会をつくろうと毎年開催しているんだ」


旅に出てる身で凄いのを企画してるな…、そういえば馬車の中でよく魔伝で書類を何処かに送りつけてるけど、それってこう言うイベントとかの企画とかでもあったのかな。


でもそう言うイベントに出向けばオケアノスさんも楽しい思いが出来そうじゃないか。ぜひ行きましょうよとメルクさんに迫ると彼女はフッと笑い。


「私は普段…こう言う表舞台には立たないようにしているんだが、君の頼みなら聞かざるを得ないな」


「なら…!」


「ああ、いいだろう。オケアノス!面白い所に連れて行ってやろう」


「え!?本当!?やったー!」


「フッ、…エリスとナリアの写真は大切に保存して一周年記念の表紙に必ず使うようにしておけ。私はこれから友と遊興に出る」


「ハッ!メルクリウス様!」


するとメルクさんは快く了承してくれて部下にある程度の指示をしてからコートを翻しオケアノスさんの為にアド・アストラ遊興の旅…いや、旅行に出る。


久々の休暇は楽しいものになりそうだ。

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