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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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外伝:星魔剣と揃い始める役者


「ゔおおおおおおおおお!!」


「ふふふ、いい気合いですねぇ〜」


打ち合う、打ち合う、全力で剣を振るい打ち合う。本来稽古は怪我をしないように寸止めにしたりそもそも死なない為木剣でやるものなんだけども、今は真剣で打ち合う。下手をすれば人が死にかねない稽古。


しかしどうしてかな、俺この人のこと殺せる気が全然しない、


「あら、こんな所に隙が」


「うぉっっ!?!?」


勢いよく切り掛かった所で足元を蹴り払われ勢いのまま目の前に転がりすっ飛んで彼女の背後に立っていた木に激突し頭から地面に落ちる。ほらね、この稽古で死の危険があるのは俺だけ。


「クソォッ!全然打ち込めない!」


「いえいえ、上達してますよステュクスさん。そろそろ私では稽古の相手が務まらなくなりそうです」


「いや…俺まだ一回もハルさんに一撃入れられてないんですけど」


「そりゃ、真剣でやってますからね。一撃入れられたら死にますよ〜」


「……………」


なんか俺、今とんでもないことになってるな…と俺の中の冷静な俺が囁く。


今俺はサイディリアルの郊外にある森の中、覚醒請負人と呼ばれる伝説の教官アレスさんの下で修行を住み込みで行っている。全てはレギナを守ることの出来る強い男になる為に。


なんだが…、俺はこの数週間一度としてアレスさん直々に修行をつけてもらっていない。ずっとアレスさんのお孫さんであるハルモニアさん…ハルさんとの一対一の打ち込み稽古に励むばかりだった。


おかしい、俺はここに覚醒を習得する為に来てるはずなのに、なんでアレスさんから特訓をしてもらえないばかりかこんなボコボコにされる毎日を送っているんだ。


「うっ…あー、もうそろそろエルドラドに旅立たなきゃいけない日取りか…」


「あら、もうそんな頃合いですか」


「頃合いですかって…、ハルさん。俺まだ覚醒出来てないですよ、俺…本当に覚醒出来るんですか?」


「そりゃあどんな人でも覚醒出来る素養はありますからね」


「そういう話じゃなくて…。あの、最後にアレスさんから修練をつけてもらうことって出来ますか?」


「私を倒してないのに?いきなりステップアップしても成果は得られませんよ」


「う……」


まあ確かに、数週間前に言われた『私を倒せるくらい強くなったら次のステップにいきましょうね』という言葉に俺は答えられてない。


…いや!って言ってもさ!この人メチャクチャ強いよ!?一朝一夕で勝てる相手じゃないんだけど!


「あの、この特訓してたら覚醒って出来るようになるんですか?」


「いえ、覚醒は稽古の中では出来る様になりません。覚醒は往々にして実戦の中で発動されます、稽古の最中覚醒出来るようになるような人は…私達では想像も出来ないくらいの超天才だけでしょう」


「…ハルさんは覚醒出来るんですか?」


「私はできません、実戦から久しく身をひいていますので…」


「そうすっか…」


こんなに強いハルさんでも覚醒出来てないなんて…、強さそのものは条件じゃないのか?いやまぁ強さもある程度は必要なんだろうけど。


「ってて…、よし!文句言ってても仕方ありませんね!もう一回お願いします!」


「時間はいいんですか?」


「大丈夫、レギナの方には仲間がついてる。そっちが準備をしてくれていると思う…だから俺は、最後の最後まで少しでも強くなっておきたいんです」


「いい気合いです。では引き続き私がお相手します」


「お願いします!」


立ち上がり、剣を構え、再び攻める。一秒でも修練に、一歩でも前に、ただその為だけに全てを────。


「ステュクス…?」


「へ?」


ふと、森の中、木々の隙間から覗く顔の発した声に反応して俺の顔は咄嗟にそちらを向いてしまう。茂みの傍、緑生い茂る景色の中、そこに居たのは…。


「レギナ───ぶげぇっ!?」


「あらっ!?余所見はいけませんよ!」


レギナがそこにいた、と思いきや次の瞬間飛んできたハルさんの鉄拳によって吹き飛ばされ先程と同じ木に叩きつけられる。


痛い…いや今はいい、それよりレギナがなんでここに……いや、違う。アイツレギナじゃなくて…。


「………!」


「ッ…!何者ですか!」


その瞬間、茂みから飛び出したレギナは白い外套の中から一本の漆黒のナイフを取り出しハルさんに向けて飛びかかった。当然ハルさんも応戦の為剣を振るったが…。


「なッ!?」


弾け飛ぶ、レギナに向けて振るった剣が虚空で弾かれ大きく体勢を崩す、何が起こったか…俺には見えていた。咄嗟に抜いたナイフを投擲して振るわれるハルさんの剣に当てて弾いたんだ。


ナイフで剣を弾くどころか、投擲した物で剣をぶっ飛ばすなんてどんな腕力してんだ…ってかヤベェッ!


「やめろッ!ラヴッ!!」


「…ッ………!」


俺の言葉に反乱してラヴは手を止める。ハルさんの首元に突きつけられたナイフを止め…こちらをチラリと見る。


こいつはレギナじゃない、レギナにそっくりな影武者…ラヴだ。レナトゥスが今回の会談に際して連れてきた女。三ツ字冒険者なら十人がかりでも問題なく秒殺出来るとか言う触れ込みの通り…、ラヴは一瞬で、しかもナイフ二本であのハルさん制圧してしまった。


強いなんてレベルじゃねぇ、俺があれだけ突っ込んでも簡単に返り討ちにしてくるハルさんを…あの速度で…。


「…なんで止めるの」


「は?」


「なんで止める、こいつはステュクスを殴った」


「え?あ…」


そこで思い至る、俺の視点から見てみればいきなり現れたラヴがハルさんを殺しかけたようにしか見えない。


だが逆にラヴの視点で見たらどうだ、なぜこの森に居るかは分からないが多分俺を探しにきたんだろう、そして俺を見つけたと思ったら見知らぬ女に殴り飛ばされていた。俺とハルさんの手には真剣、どう見ても稽古には見えない、殺し合いだ。


そこで彼女は俺の加勢に入ってくれた…つまり守ろうとしてくれていたんだ。


「わ、悪い…これ特訓なんだよ」


「特訓?」


コテンと小首を傾げ困った顔…ではなく相変わらず表情を変えず不思議そうに呟くラヴを見て俺は立ち上がりながら身振り手振りで説明をする。


「俺、ここで特訓をつけてもらってるんだ。そこに居るハルさん…ハルモニアさんに、その過程で真剣を使った特訓をだな…」


「真剣で特訓するのは危ない」


「それはそうなんだが…」


「別の特訓にするべき」


「俺からそれを言える立場ではなくて…」


「強要されてる」


「違うって、俺は望んでここで特訓してたんだ。守ろうとしてくれたのはありがたいけどさ」


「守ろうと?」


ラヴの眉が顰められる、初めて表情が変わる。…え?違うの?守ろうとしたわけではない感じ?俺の勘違い?それはあれじゃん、恥ずかしいやつじゃん。


「ステュクスさん、彼女は?」


「あ、すみませんハルさん。こいつは俺と一緒にレギナの護衛をすることになってるラヴって子で…、レナトゥスが連れてきたレギナの影武者です」


「レナトゥスの…?」


ハルさんの顔が険しくなり、弾かれた剣を拾いあからさまにラヴを警戒した様子を見せる。やばいかも、レナトゥスの…って部分は要らなかったかも。


なんかラヴもやる気なのか服の下から折り畳み式の細剣取り出してるし、おいおい…やめてくれよ、顔見知りの殺し合いとかみたくねぇぜ…!


「ま!待ってくれ!取り敢えず穏便に!」


「ステュクス、退いて。そいつ剣持ってる」


「俺も持ってるから!ラヴ!」


「ステュクスさん、友達付き合いは考えた方がいいかもしれませんよ…それ、信用できる類の人間じゃありません」


「それは俺が決めることなので…!」


ダメだ、止まる気配がない。ヤバい…ヤバい…!マジで始まるのか!?俺に止められるのか…。いや、止めるしかないか。


俺もまた剣を握り直し、今にも斬り合いを始めそうな二人を止める為戦いを───。



『やめないかッッッッッ!!!』


「ッ!?」


「お祖母ちゃん…!?」


「ヒィッ!?」


刹那轟く爆音に思わず吹き飛ばされそうになる。いや音波というよりこりゃただの音を伴った衝撃波だ、グラグラと震える足を叩いて振り向く。静止する声、吹き飛ばされそうな威圧、それを放つのは…。


「アレスさん…」


「むにゃむにゃ…」


アレスさんだ、伝説の教官と呼ばれた老婆が安楽椅子に座りながら鼻提灯を膨らませている。…え?寝言?


「誰、あのお婆ちゃん」


「貴方には関係のないことです」


「…………」


『やめないかと言われたのが分からないか…という顔』


すると、そんな二人を止める為茂みを踏み割って新たに影がその場に現れる、というかまぁもう誰かわかる、エクスさんだ。


「エクスさん…?ここで何を」


「それはこちらのセリフ…という顔」


「う……」


「こんな所で殺し合いでも始めるつもりだったか、ならば私が止める。やるなら私を倒してからにしろ…の顔」


国内最強の使い手エクスヴォート・ルクスソリス、全身を甲冑で包んだ近衛騎士長がハルさんとラヴを睨む。さしもの二人もエクスさんを相手に我を通すことなど出来ない、それ程までにエクスさんは隔絶した存在だ。


私を倒してからにしろ…と言うことは、翻って二度とするな…と言う意味でもある。


「すみません、エクスさん」


「いやいい、それより修行は済んだか?…の顔」


「いや、まだ全然…」


「そうか、だがもう出立の時間だ。名残惜しいかもしれないけれどもうエルドラドに向かおう…の顔」


「ああ、そうだったんですね。だからラヴを使って俺を探しにきてくれたんですか」


「…いや、私は私個人で来た。あの子には何も話していない…の顔」


「え?」


チラリとラヴを見る、彼女は相変わらず無表情で俺を見ている。もうハルさんと殺しあうつもりはないようだが…それでも相変わらず何を考えているか分からない顔に俺は戸惑う。


この子は本当に…何を考えているか分からない。


「行こう、ステュクス」


「え?あ…うん」


するとラヴは俺の手を握って強引に森の外に連れ出そうとする、その前にハルさんにお礼を言いたくて立ち止まるが…もう全然止まらねぇでやんの。俺の足を引きずってガシガシ進むラヴに半ば諦めた俺はそのまま片手を上げて。


「と、ともかく!ハルさん!修行ありがとうございました!俺行ってきます!」


「……はい!ステュクスさん!気合いですよ!気合い!」


「気合い入れていきます!」


そんな会話をやりとりする間に俺の体は瞬く間に森の中に引き摺り込まれラヴによって獣道を行かされる事になる。…しかし、ラヴはなんでこの森にいたんだ?


「もう自分で歩けるよ、ラヴ」


「分かった」


「それよりこの森で何をしてたんだ?俺を呼びに来たわけじゃないんだろ?」


「呼びに来たわけではない」


「なら何を?」


「………」


すると俺の前を歩くラヴは俺の顔をジッと見つめる。聞かないほうがよかったか?だがハルさんのあの反応的にアレスさんはレナトゥスと仲がいいわけではなさそうだ。そこにいきなりレナトゥスの配下たるラヴが現れたんだ、しかも理由もよく分からないまま。


もし、あそこに別件で来てたなら、それは────。


「因果関係が、逆」


「は?」


しかし、返ってきたのは存外に難しい返答。因果関係が…なんだって?


「貴方を探しに、この森に来たわけではない。貴方を探して、森に入ってしまった」


「つまり…?」


「数週間前から姿が見えなかった、心配した、街中探した、居なかった、あとはこの森しかなかった、居た」


「…なるほど……」


いや、それはもう俺をこの森に呼びに来たでいいじゃん。この子もこの子でコミュケーションの取りづらい子だな。姉貴と言いエクスさんと言い強くなるとコミュケーションが取りにくくなるのか?


でもまぁ、そうか。数週間前からなんの知らせもなく俺が居なくなったのを心配して探し続けてくれていたのか。だとしたら何も言わなかったのは悪かったかもしれない。


「心配かけてごめん」


「構わない、でも私と貴方は一度友の契りを結んだ。他人ではない、私も心配くらいはする、覚えておいて」


「あ、ああ…」


「それに貴方に何かあると、レギナお姉様が悲しむ。これから大切な会談があるのに…今から落ち込まれても困る」


そりゃあそうだ、ごもっとも。俺はもうフリーの冒険者ではなく王国と言う組織に所属する一人の騎士。なら報連相は必要だったか……いや。してるよな、報連相。


そう、俺はしている、報連相をしている、誰にだ?エクスさんにだ。だが考えてみればあのエクスさんがみんなに情報を共有するか?しない、断言出来る。


(まさかとは思うが、エクスさん…レギナにも何にも言ってないんじゃ…)


……………………………………………………


「ステュクス!今までどこに行ってたんですか!?心配したんですよー!?!?」


「やっぱり…」


「なにが?…の顔」


その後ラヴの案内で城へと戻ってみたら、既にレギナが国王としての外套を纏い涙目で迎えてくれていた。やはりと言うかなんというか、エクスさんは誰にも何も言っていなかったようだ。 


「いきなり消えて!何日も音信不通になって!エクスに聞いても『大丈夫』しか言わなくて!私心配してたんですからね!」


「ご、ごめんなさい。ちょっと特訓してしました」


「なら言って!」


「ごもっとも…」


てっきりエクスさんが諸々の話を通してくれている物だと思ったが!どうやらエクスさんはエクスさんで俺がみんなに報告しているものと思っていたらしい。いや報告できるわけないよね?住み込みで修行してんだから…。


レギナもさっきから泣き通しだし、まずいことをしてしまったという漠然とした反省だけが脳裏を過ぎる。


「ほらレギナ、いつまでも泣いてないの。折角のお化粧が崩れちゃうわ、会談はまだ先だけど出立の顔は国民にも見られるんだから」


「あ、ありがとうカリナ」


と、甲斐甲斐しくレギナの涙を拭くカリナの様子を見て…違和感を覚える。この二人ってこんなに仲よかったっけ。


「なんか随分仲良いな、二人とも」


「あんたがいない間。レギナ面倒見てたのは私なのよ、そりゃあ仲も良くなるわ」


「この数日付きっ切りでカリナが私にお化粧とか教えてくれて、本当に助かりました」


「私に出来るのはこのくらいだから、化粧係でも愚痴相手でも、なんでもするわよ」


なんか…疎外感、数週間一緒にいなかっただけでみんなの関係性の中から取り残された気がしてならない。いや別にいいんだけどさ…。


「もう準備は済ませてある、出発はいつでもできるよ」


「あ、ありがとうございますウォルターさん」


「私達も手伝ったんだよ!褒めて!ステュクス!」


「僕と姉ちゃんがいっぱい荷物運んだんだ!」


「おお!やるじゃんかリオス!クレー!やっぱり頼りになるよ二人とも」


ベテランのウォルターさんが率先して、若手のリオスとクレーを使ってくれたようだ。最初は乗り気じゃなかったリオスとクレーもエルドラドへの旅だと知ると結構ワクワクし始めてくれたようで、今から出発が待ちきれないと言った様子だ。


そんな中…。


「怖気付いて逃げたのかと思ったよ」


「ラエティティア…!」


フンッ!と一つ鼻で俺達のことを笑いながら冷たい目線を向けるのはレナトゥスが連れてきた三人の護衛の一人、論客ラエティティア。そいつがまた嫌味を言ってくるんだ。


「何処で何してたのか知らないけどよ、足手纏いなんだからせめて遅刻くらいはしてほしくないねぇ」


ラエティティアに続くように敵意剥き出しの視線を向けるのは同じくレナトゥスが連れてきた三人の一人、豪将フューリー。そしてその二人に挟まるようにいつの間にかラヴも並び立ち…俺達を睨む、俺たちもまたラエティティア達を睨む。


…コイツらは味方だ、だが仲間じゃない。背中を託していい存在じゃない、…いつレギナに牙を剥いてもおかしくない連中なんだから。


「悪かったよ、でも…足手纏いになりたくないから、俺なりに修行をしてきたつもりだ」


「たったの数週間で…、何かの差を埋められたとは思えないがな」


「…言ってろよ、それよりもう出発するんだろ?早く馬車に乗れよ」


「お前が指図をするな…!ったく」


それでも、彼らは優秀だ。なんの経験も知恵もない俺達と違って長く王宮に仕えたベテラン、彼らの助力なしには会談を成立させられない。だから余計な敵愾心は出さない、ここで俺が変な事言って『じゃあ協力しませ〜ん!』って言われたら困るしな。


だから俺たちは用意された馬車に乗る。いくつか用意された馬車の中から一等豪華な馬車に乗るのは俺とレギナとカリナ、そしてラエティティア。他の者はそれぞれ別々の馬車に乗り込み出立の準備を終わらせる。


「エクスさんは一緒の馬車に乗らなくてもいいのかな…」


ふと、俺は馬車の中の座椅子に腰を下ろしつつそう呟く。はっきり言えばレギナの護衛として最も活躍が期待されているのはエクスさんだ。彼女こそが同じ馬車に乗ってたほうがいいんじゃ…。


「エクスは何処にいても変わらないから、例え別の場所に居ても直ぐに私のところに来れるから」


「それもそうか…」


あの人の強さはもう異常の領域に入っている。並走する馬車の中に居てもレギナの様子を常に監視出来るし、何かあれば即座に対応出来る。例えば今ここで俺がレギナに襲いかかってもエクスさんの魔力が飛んできてレギナに触れる前に俺は吹き飛ばされるだろう。


なら安心か。


「そもそも、貴様は何の心配をしてるんだ。野盗の心配か?賊はお前みたいに馬鹿じゃない、兵士をゾロゾロ連れた王国印の馬車を襲う真似はしない」


「分からねーじゃん、レギナの身を狙う奴が…何処かにいるかも」


「…………」


嫌味を言うラエティティアにムッと頬を膨らませて視線を交錯させる。まぁぶっちゃけ俺が一番警戒してるはお前らなわけだが、それでも強そうなフューリーじゃなくてラエティティアな辺り…仕掛けてくるつもりはないのか?


「…………」


「……………」


「地獄みたいな空気ですね」


「そう思ってるなら黙ってた方がいいわよ、レギナ」


馬車の中に広がる地獄、燃え上がるように激しい沈黙の中馬車は動き始め、俺達はようやくエルドラドを目指し始める。…そこでふと気がつく。


あれ?このメンバーでいいのか?


「あのさ、エルドラドにはマクスウェル将軍も同行するんだよな」


「同じ説明を二度するつもりはない」


「でもこの場にいないよな、着いてこなくていいのか?」


「お前は馬鹿か、エルドラド会談は一週間行われる、マクスウェル将軍が合流するのは三日目からだ、彼の方はお前と違って多忙も多忙なんだ」


「そうか、それもそうだよな」


正直マクスウェル将軍も信頼は出来ない、だがじゃあ実際マクスウェル将軍がレギナに襲い掛かってきたら俺はレギナを守れるか?無理だ。アレはどれだけ強くなっても歯向かえるような存在じゃない。


だから居ないなら居ないでいい、寧ろ安心出来る。今ここで警戒するべきはラエティティアだけだ、そしてラエティティアにはなんか勝てそうだ、口じゃ勝てないけど腕力勝負なら勝てそうだ。


うん、なんか言ってて物凄く情けないけども。


「…さて、女王。エルドラドまで若干時間があります、なので再度確認を」


「え?なんの?」


「会談に参加される諸侯や六王の事ですよ」


あ、ラエティティアがピキってる。顔は笑顔だけど『何の話するかなんて決まってんだろうがこのド低脳』って感情が全身から滲み出ている。レギナ…あんまり迂闊なこと言うなよ。


「実は先程、冒険者協会を通じて返信が来ました。…ステュクス、貴様が出した魔女の弟子エリスへの手紙、その返答だ」


「つまり、姉貴の手紙ってこと?」


「そうだ、疑っていたが。どうやらお前が魔女の弟子の弟であると言うのは事実のようだ」


そう言いながらラエティティアは一枚の手紙を差し出してくる…けど。受け取りたくねぇ…なに書かれてんだ、寧ろ開けた瞬間手紙の中から拳とか飛んでくるんじゃねぇだろうな…。


「なにをしてる、早く受け取れ」


「え、やだ…」


「なんでだ!お前宛だと言ってるだろ!」


「うう…」


「クソっ、どいつもコイツも…ストレスで胃が融解しそうだ…!」


コイツもコイツで大変そうだな、まぁ仕方ない。受け取るか…と覚悟を決めて差し出された手紙を開き、中を見れば…そこには短い文でここ書き記されていた。


『殴りに行きます』


だとさ、どうやら俺はエルドラド会談の終了を目にすることなく短い生を終えることになりそうだ。


「何と書いてあった、今更やっぱり無理と言われても困るが」


「大丈夫、キチンと六王を連れてくるって意味だと思うぞ。多分な」


「…?そんな難解な文が書かれていたのか?」


「いやある意味物凄く単純明快な文が書かれてたけども」


しかし、こんな短い文を書くにしてはえらくでかい紙使ったな、お陰でスペースダダあまりじゃん…。なんて思いながら俺が手紙を畳みポケットに入れようとすると、レギナが。


「ん?あら、その手紙とていい匂いがしますね」


「へ?」


「これは柑橘系の匂いでしょうか匂い付きの便箋なんてお洒落な事をするお姉さんなのですね」


……匂い付き、あの男より益荒雄やってる姉貴がそんな年頃の女子みたいなことするか?レギナの勘違いじゃないかと思ったが、確かに柑橘系の匂いが手紙から漂ってくる。


うーん、柑橘系か……。


「まぁそれりも、六王が来ると言うのならエルドラド会談は大きな意味を持つ歴史的な転換点になる事が確定したでしょうね」


匂いなんざどうでもいいわとばかりにラエティティアが口を挟む、彼はややイライラした様子で前髪をいじりつつ、傍から分厚いファイルを取り出し語り始めるのだ。


にしても歴史的な転換点?そんなに?とレギナと顔を見合わせ。


「え?そうなの?」


「当たり前だド低脳。考えてみろ…このマレウスという国は魔女大国に対抗出来る唯一の非魔女国家としての地位を確立して長い。つまりマレウスの歴史とは即ち魔女大国との対立の歴史だ、当然その中には一度として平和的な会談など行われた試しはない」


「確かに…」


「あるのは領地問題や半ば喧嘩のような会談ばかり。国の行く末を決める…なんて曖昧模糊な会談の内容に魔女大国側が応じてきてくれる事なんて一度もなかったし、試みた王も一人もいない。つまりこれは…史上初めて魔女大国の国王がマレウスの地に訪れる機会になる、ということでもある」


重要な会談だと語るラエティティアの目は驚くほど真摯だった、コイツは俺達の味方ではない…だが、同じマレウス人として俺と同じくらい、いやもしかしたら比較にならないくらい強い愛国心と責任感を持っているのかもしれない。


そういう面は、見習わないといけないな。


「…当然、やろうと思えば暗殺も出来るでしょうが、やれば全面戦争、そして戦えばまず間違いなく勝ち目もない。兵士の数も質も武装も何もかも次元が違うんだ、『戦争』と呼ばれるかさえ怪しい」


「やっぱそんなに違うんだな」


「だからこそレナトゥス様は日々動き回っているんだ。魔女大国が気まぐれを起こし領地を欲したら我々は直ぐに飲み込まれる。…だからレギナ様?もしこの会談で貴方が六王を怒らせればそれはそのままマレウスの滅亡に繋がるとお考えください」


「ウッ…そ、そんな事、覚悟の上です」


「王が滅びを覚悟されても困りますが、まぁいいでしょう。ともかく我々には武器が必要です。相手は全員格上の王、それと同じ席に着き対等に論議を交わすには『知恵』という武器が、だから貴方にはエルドラドに着くまでに六王の事を頭に叩き込んでもらいます」


するとラエティティアはファイルから六枚の紙を取り出し…俺たちに差し出す。そこに書かれているのはアド・アストラを束ねる六人の絶対者達の正確な情報だった。俺が剣を振るい修行している間に、調べ上げ纏めた情報だろう。


「一人一人解説していきましょう。まずこちらは魔術導国アジメクの導皇デティフローア・クリサンセマムです、ある意味最も有名な王ですね、魔術を修める者なら名前を知っていつ然るべきだ。だろう?女魔術師」


「カリナよ、まぁ…そうね。だってこの名前は世界中に売られている魔術書に名前が刻まれてる人だから」


ピックされた書類に書き込まれた名前を読み上げるラエティティア。アジメクの支配者の名はデティフローア・クリサンセマム、王にして魔術界を統べる者。嘘か真か全ての現代魔術を会得し魔女より授けられた古式治癒は切断された腕さえ瞬く間に治してしまうそうだ。


「世界で最も古い歴史を持つ家こそがクリサンセマム家です。なんせ八千年前から存在していますからね、魔術界の歴史はそのままクリサンセマム家の歴史と言ってもいい」


「八千年も前から!なんか…凄いですね」


「凄いなんてレベルじゃない。…ただこのデティフローアはその八千年の歴史の中でも史上最高傑作と呼ばれる存在でもある。魔術を軽視する事を言えば彼女は一瞬で敵に回る…絶対に怒らせないように」


「最高傑作ですか…、まるで人じゃないみたいな言い方ですね」


デティフローアを怒らせれば、マレウス魔術界は深刻な打撃を受ける。天才的な頭脳を持つデティフローアは今も魔術学の発展に寄与しているし、彼女の助力無しに魔術は発展しない、出来れば有効な関係を築きたいな。


「そして次が、デルセクト国家同盟群の同盟首長メルクリウス・ヒュドラルギュルム。同盟のトップです」


次に紹介されたのは…俺の元上司というか、雇い主というか、あのメルクリウス様だ。この人のおっかな俺もさはよく知っているよ。


「同盟なのに、トップがいるんですか?同盟って国家同士が結ぶ約定で対等な関係を結ぶ奴ですよね」


「デルセクトはただの同盟と呼ぶにはあまりにも国の数が多すぎる。故に調停者にして指導者を必要としている。っていうのは歴史の授業でも習ったはずですが」


「…………」


「まぁいいです、メルクリウス…彼女は六王の中で最も活動的に動いており、人は彼女こそを六王の代名詞と呼ぶ。世界最大の商業ギルドマーキュリーズ・ギルド頂点でもありその経済能力は世界一だ」


メルクリウスを説明する上でなによりも重要になるのがその経済能力。彼女は今世界の商業を仕切る位置に立っている。凡ゆる分野の商業を操り既にディオスクロア文明圏の富の殆どは彼女に生み出す流れの上にあると言っていい。


そして、…チラッとしか会ってないが。凄まじい美人だ、流れ落ちる水のような青髪に鋭い視線と引き締まった口元。そしてそこから発せられるカリスマは人を容易に狂わせる。ジェリアンも元を正せばメルクリウスからの寵愛欲しさに暴走したわけだしな。


「正直言って、一番警戒するべき相手でしょうな…。同盟は権謀術数渦巻く大国だ、そこで何年も頂点に立ち続けているという時点で………」


「なんです?」


「レギナ様とは比べものにはならない傑物でしょう」


「今の間は言葉を選んでた感じかな!?選んでその辛辣さかな!?全然普通に泣いちゃうけど!」


「その容姿は美麗、オマケに腕っ節は国内随一、芯の通った在り方は人を惹きつけ、集団を作り上げ…その集団を束ねる。生まれながらにしてのリーダーのような存在です、レギナ様も呑み込まれないよう注意してくださいませ」


「無視ッ!」


ラエティティアって心の底ではレギナの事見下してるよな、まぁ先程説明されたデティフローアは五歳の頃から玉座に就いているベテラン統治者、メルクリウスは世界の最前線に立つ卓越した指導者、世界を覆う巨龍の如き二人に比べりゃレギナなんて比較的小柄なチワワみたいなもんだ。


まぁ、この二人に比べれば大体が有象無象だとは思うが。


「他にも、コルスコルピの賢王イオ・コペルニクスは当代随一の頭脳を持つキレ者、我々にも隙を一切見せず裏から手を回し六王の治世を盤石にした策士だ。オマケにディオスクロア大学園にて帝王学を学びこれまたトップクラスの成績を残している」


「そもそも学歴から負けてる…」


「次にエトワールのヘレナ・ブオナローティ。他の六王に比べ比較的地味めな功績ではあるが、決して愚物でもない。あまり表に出たがらない性格なのか情報が殆どないがあの芸術狂いだらけの国出身だ、どうせ気狂いだろう」


「偏見がすごい…」


「そしてオライオンの二代目教皇『炎の化身』ベンテキシュメ・ネメアー。最近教皇の座に座った人物で未だ統治者としての経験は浅いが、元は罰神将の名を背負っていた立派な神将…つまり超武闘派だ。噂じゃ魔力覚醒も会得している六王で二番目の使い手だな」


「使い手って…これ六王の話ですよね、なんで六王なのに魔力覚醒なんて会得してるんですか…」


恐ろしい奴等ばかりが出てくるな、全員が全員只者じゃない。…というか待てよ?教皇ベンテキシュメは魔力覚醒を会得してるだって?もうその時点でこの場にいる殆どの人間より強いぞ、俺よりも強い王様ってなんだよ…護衛必要ないじゃん。


ってか、魔力覚醒を会得していて…『二番目の使い手』?つまり、いるのか?更に上が。


「気がついたか、ステュクス」


「…魔力覚醒会得者が二番目って、どういう事だよ。ってか六王ってもしかして」

 

「ああ、ヘレナ・ブオナローティを除いて全員が戦いの心得がある。イオ・コペルニクスは槍の名手として自国の兵を相手に日々鍛錬をしているというし、そもそもデティフローアもメルクリウスも魔女の弟子だ、生半可な戦力よりも強い…そしてその中でも最強と言われるのが」


バッ!と前に出される紙に書かれているのは『アルクカース大王』の文字…そう、これこそが六王最強の男…。


「アルクカース大王にして武装国家アルクカース最強戦力。争乱の魔女の弟子ラグナ・アルクカース。危険度・警戒度共にぶっちぎりでこいつがヤバい」


「アルクカースの王様が、アルクカース最強…?」


「いや、変な話じゃないぜレギナ。あの国は強い奴にしか従わない、なら必然その王様も…」


「最強だ、当然の如く魔力覚醒を会得しアド・アストラ軍の総指揮を取っている。オマケに六王達の中でも魔女の弟子達の中でもリーダー格に据えられている…言ってみればこいつがマレウスを潰すと言えば誰も止められん」


本来対等とされる六王の中で明確に一人だけ格上とされる男。既にアルクカース建国の王と並び称される偉業を成し遂げた賢き王でもありただでさえ強いアルクカースを更に強くしているヤバい奴だ。


強くて賢くて偉い…絵に描いたような反則男。欠点と言えば未だ未婚な事くらいだろうけど…こんなのの嫁になれる奴なんているのかよ。


「ラグナ・アルクカースの動きには細心の注意を払うのですよレギナ様。こいつはそこらにいるアルクカースの脳筋と違って明らかに頭がある、賢王と呼ばれるイオをサブに回してしまうくらいには頭がキレる。今回の会談に応じたのもきっとこいつがゴーサインを出したからだ、そしてそこにはなんらかの意図がある…」


「そんな怖い人なんですね…」


「ああ怖い、ただでさえ恐ろしい六王なのに…その上で魔女の弟子なんですから」


しかしこう言われてみると、六王のうち半数が魔女の弟子か。マジでウチの姉貴は六王にコネがあるのかね、こんな偉い人達のコネがあるなら一生遊んで暮らせそうなのに…なんであの人は旅してるんだ?


「今から貴方が相対するのはそういう人達です。一応王貴五芒星も六王相手なら協力してくれるでしょうが…頼りになりそうなのはチクシュルーブとトラヴィスくらいな物。はぁ、我が家が王貴五芒星の資格を得ていたなら六王など恐るるにたらなかったのに」


理想卿チクシュルーブ…あの仮面の化け物女だな、アイツが頼りになる場面が想像出来ないけど、まぁでも三年で国内随一の富と文明を築き上げた辣腕は本物か?


「チクシュルーブは信用出来ませんが、トラヴィス卿は信用出来ます。彼が会談に参加してくれているなら最悪の事態にはならないでしょう」


そして魔導卿トラヴィス…先代国王時代から王を支え、レギナからも絶対の信頼を向けられる英傑。正直王貴五芒星の中でまともなのはトラヴィス卿くらいなもんだ。


「さてどうでしょう、トラヴィス卿は先代魔術導皇の師。現魔術導皇のデティフローアとも関わりが深いと言います、もしかしたら魔女側につくかも…」


「ラエティティア、そもそも私達は魔女サイドと対立するつもりで呼ぶのではありません。私達は彼らと手を取り合う為に呼ぶのです、だからそんな魔女大国の王を敵のように語るのはおやめなさい」


「…………承知しました」


ラエティティアは何が言いたそうだ、だがその何が言いたげな顔にマレウスという国が抱える意識のような物を感じる。


魔女大国と非魔女大国マレウスの関係は決して対等じゃない。魔女大国を相手に言いたいこと言えず溜まったストレスのような露悪的感情、それが煮凝りのように固まって染み付いているのが今のマレウスという国。対等であったなら言えたことも言えずに数百年間溜まり続けた感情はそう簡単には消えない。


レギナはそれをなんとかすると言っている、立派な事だと思う。けど同時に…。


(出来るのか、そんなの事。こっちに魔女はいないんだぜ…?)


人の国マレウスには魔女はいない、無理を押し通すような奇跡も起こせない。それでも…やるのか。


レギナの顔には、甘さがない。この件に関しては…真剣に考えているようだ。



中部リュディア領の黄金都市エルドラド。俺達にとって大きな節目になるエルドラド会談の会場へと、俺達は着地と進んでいくのであった。






……………………………………………………



それから、幾らかの時が経ち。長い旅路と地獄のような空気感の旅路を超えて…俺達は黄金都市エルドラドへと到着した。


元冒険者にして莫大な資金によって貴族の地位を得て、有り余る商才で領地を広げ、最後にはこの国の頂点…王貴五芒星へと上り詰めた成り上がりの権化。通称『商人』の異名を持つ黄金卿ロレンツォ・リュディアがその莫大な財産を持ってして作り上げたマレウス有数の大都市…それが。


このエルドラドだ。


「すげぇ街だよな、ここ…」


馬車から降りて、目の前に広がる光景に思わず俺は呟く。エルドラドはマレウスでも屈指の面積と人口密度を誇る大都市だ、マレウス国民の中にはサイディリアルではなくエルドラドこそがこの国の中央都市だと思ってる奴もそこそこにいる。


それも納得の町並み。なんせ…街全体がキンキラキンなんだぜ?


聳えるは摩天楼、森の木々のようにあちこちに屹立する黄金の塔が軒を連ねる網目状に広がった通路以外はまるで積み上がった金貨のように高い高い建物が群となって詰まっている。ただでさえ広い領地でもまだ足りず、上に向けて住居を伸ばさねばならないくらいここには大勢の人が住んでいるんだ。


「まるで街全体が宝物庫のようだね」


「ウォルターさん?ウォルターさんってエルドラドには初めて来た感じっすか?」


俺の隣に立ち街を共に眺めてくれるウォルターさんに問いかける。彼はベテランの冒険者だから来たことがあると思ってた、ちなみに俺はない。なんせこの街の物価はマレウスで一番高いからな。


「初めてでは無いんだが、前来た時はこんな感じじゃなかった。あれからまた随分稼いだようだ」


「へー」


随分稼いだか、そう言ってウォルターさんが見つめるのは、この街の中心。


多くの摩天楼が犇く向こう側、まるで天を突くような黄金の塔城。あれが商人リュディアの居城、その名も『黄金城ゴールドラッシュ』だ。悪趣味も極まれば壮観だ。


「これ全部金で出来てるなんて凄いっすね」


「実際は金に見える塗料で塗っているだけらしいよ、やや白みがかったオレンジをペンキとして使うと、日に照らされて金色に見えるらしい」


「へー、なんでも知ってますね」


「伊達に年を重ねてないさ」



「おい間抜けども、何を雑談している。少しは働けッ!!」


すると、背後の馬車から降りてきたラエティティアとフューリー、そしてラヴが大勢の兵士を連れレギナ達を囲むように立っている。おっと…ここには観光に来たんじゃなかった。


「悪い、レギナ」


「いえ、私も以前この街に来た時はステュクスと似たような反応をしてしまいましたから。凄いですよね、この街」


「ああ、凄い…世界で一番の街じゃ無いか?」


「だから雑談をやめろと言っている…!」


ラエティティアに頭を叩かれ反省する。そうでした、仕事でした、興奮するのやめます。


「おほん、レギナ様。既に黄金城ゴールドラッシュ内部にマレウス諸侯は集まっています」


「エルドラド会談は数日後ですよ?」


「だからってギリギリに来ていい理由にはなりません。報告では王貴五芒星のクルス・クルセイドとチクシュルーブの二人も到着し、今はロレンツォ・リュディアの歓待を受けているそうです、直ぐに向かい挨拶を」


「ええ、分かりました。では向かいましょうか」


もう既に人は揃っているらしい、なら王としての尊厳を見せる為ここは優雅に城に向かうとしようとレギナが歩き出す。それに俺も続いて気合を入れる…よし、せめてなめられないように背筋を伸ばして、それで…。


「待て」


「え?」


と、レギナの後に続こうとした俺の前にラエティティアが立ち塞がり…え?なに?


「お前はこれの手続をしておけ」


「これは…?」


「この街は馬車を停めておくのにも契約と料金が必要なんだ、既に移動用の馬車は馬車倉庫に入れてある。その手続きと料金の支払い、済ませておけ」


そう言って渡されたのは小難しい資料と幾許かの金…。後ろ振り向けば既に俺達の乗ってきた馬車は『有料馬車倉庫』なる倉庫に納められている。


どうやらこの街は馬車の管理と馬の飼育をしてくれる施設があるようだ、そしてそれが施設である以上契約と料金は必須…。


「えー!なんで俺!」


「お前なんの役にも立ってないだろ」


「そりゃそうだけど、こう言うのはお前の仕事だろ!」


「ならお前が私の代わりをするか?これからロレンツォ様の元に向かいエルドラド会談のセッティングの為の話し合いをするが、その進行と整理をお前がするか?」


そう言ってラエティティアが取り出した書類は俺が渡された資料よりもずっと分厚く小難しい。う…これはラエティティアにしか出来ない奴だ。


「分かったよ…」


「早く終わらせておけよ、後契約に不備がないように。ではレギナ様…向かいましょう」


「は、はい。ステュクス…お城の方で待ってますから」


「ああ…」


情けない、でも仕方ない、こんな事でレギナの足を止めるわけにもいかない。幸いこの手の契約はやったことがある。冒険者をやってると何かと誓約書のようなものは書かされる機会が多いし、契約書の内容を見た感じ俺でも出来そうな感じの奴だ。


ラエティティアに命令されるのは腹立つが、早く終わらせてしまおう。


「すみません、この契約なんですけど────」








それから三時間後。俺はようやく馬車倉庫の契約を終えた。




「えぇ、時間かかりすぎだろ…」


俺は馬車倉庫の事務所を後にしながらげっそりと痩せながらその場に座り込む。クソ時間かかった…、渡された契約書を書いたら次は『ではお預かりしている馬の飼育費用とその契約についてのご説明を…』と続き、そして『今回は最高等級倉庫のご利用ということなのでこちらの書類にも必要事項の書き込みを』と言われ、最後には『ではこちらを責任者に確認していただくので少々お待ちを』と一時間待たされ。


色々とやってようやく終わった、アホか…なんで馬車預かるだけでこんなに時間かかるんだよ。どんだけ契約大好きなんだよ、もう違反条項とか覚えてないわ…。


ラエティティアめ、これを分かって俺に任せたな……考えてみりゃ俺やラエティティアである必要はないじゃん、ゾロゾロいる兵士の誰かに任せりゃいいじゃん。


まさか護衛を引き剥がして何かしようと?と思ったがそもそもエクスさんが近くにいる以上手出しはできないか。だから多分これは単純な嫌がらせだろうな。


「くそ、早く黄金城に向かわないと…」


だいぶ遅れてしまった、早くレギナに合流しないと…と俺はエルドラドの街を歩き黄金城を目指すのだが。


「人通り凄いなぁ…」


大通りの筈なのに人の海でごった返している、肩を狭めなければ歩く無いくらい人が大勢いる。なんでこんなに人がいるんだ?…それともこれがデフォ?だとしたら住みにくいだろこの街。


あーもー!人多い!蹴散らして進むか!?


「すみませ〜ん、通りま〜す、通してくださ〜い」


まぁ蹴散らすわけにもいかないので俺は人と人の隙間を縫って必死にゴールドラッシュを目指すのだ、姉貴みたいに空が飛べりらゃいいんだけども。


なんて考えてながらチラッと正面に見えるゴールドラッシュを見上げた…その時だった。


「…あれ?レギナ?」


ふと、少し前を歩くその後ろ姿に思わず俺は口を開いてしまう。特徴的な白い髪…あの後ろ姿の感じ、レギナだ。でも周りに兵士はいないし、レギナが一人で歩いてるわけないし。


もしかしてラヴか?何にしても一人で何やってんだ?


「おーい、ラヴ〜?何やってんだよ〜」


もしかして人混みで逸れたのか?と思い俺は強引に人混みを抜けてラヴの肩に手を置き声をかけると、その背中はゆっくりと振り向きこちらを向いて…。


「ああ?誰だテメェ」


「あれ…男」


レギナでもラヴでもなかった、そもそも男だった。そいつがギロリとめっちゃ怖い顔でこっちを見て牙を剥いてる、怖。


しかし、こいつレギナにそっくり過ぎだろ。白い髪も赤い目も顔つきも何処かレギナを思わせる、何?レギナにそっくりな奴多過ぎじゃない?流行ってんのか?この顔…。


「…テメェ、その顔…」


「へ?」


すると男の方も一瞬俺の顔に何かを見たのか少し驚くも…。


「チッ、別人かよ」


なんて言うんだ、そりゃこっちのセリフなわけだが…。


「おい偽物、テメェ名前は?」


「へ?なんで名前なんて…」


「答えろ…!殺すぞ…!」


な、何この人、怖すぎる。ってかなんで名前なんて聞くの?その名前を真っ先に聞く反応と顔を見て驚いた顔する一連の流れ、俺見覚えあるよ。こいつ多分姉貴を…エリスを知ってるタイプの人間だ。


答えるか?それともエリスの名前出すか?もしかしたら姉貴の友達かもしれないし…いや、危険だ。姉貴は友人も多いが恨みを持ってる奴も大勢いる。もし関係性がバレたら『お前エリスの弟なんだ〜!へ〜!殺すわ』ってなるかもしれん。


だから…。


「早く言え…!」


「す!ステュクスっす!」


「ステュクスッス?変な名前だな」


「ステュクス!」


「あっそう、興味ない」


「お前から聞いたんだろ!?ってかアンタ誰だよ!」


「は?なんで俺がテメェ名乗らなきゃいけないんだよ…」


「ひぃん、理不尽」


ギロリと睨まれシクシクと泣いてしまう。悲しい、なんでこんなに理不尽な目に遭わないといけないんだよ。そもそもアンタ誰ぃ!?絶対レギナの関係者だろ!


怖くても恐ろしくても名前を聞いて…あれ?


「あれ?いない」


ふと気がつくとレギナにそっくりな男は俺を置いて何処かに消えていた。どこ行ったんだ?というか幻覚?にしては偉く質感のある幻覚だった気が…まぁいいか。


「なんだったんだ…?」


なんだったのか、誰だったのか、よく分からないが少なくとも今の俺にはそれについて考えている暇はない。


「今はレギナか、…これから忙しくなるんだ。余計な事を考えてる暇はないや」


レギナによく似た男について今は一旦忘れることとする、今目の前に聳える巨大な問題の山、それが片付いてからまたゆっくり考えるとしよう。


再びステュクスは人の海を掻き分けてゆっくりと黄金城へと向かうのであった……。









「なんだァ…アイツは」


そして、そんなステュクスを上から見下ろす白髪の男は天を突く摩天楼の上に腰を下ろし、間抜けさを隠そうともせず歩くステュクスを見てため息を吐く。


「一瞬…エリスかと思ったが、顔が似てるだけか」


かつて出会った愛しの女。ただ一人、自分を許容出来る資格を持った女。アレと同じ顔をしているステュクスという男に彼は爪の垢程度の興味を持つ。


「顔が似てるが…なんとも思わん、俺がエリスに興味を持ってるのは…顔じゃないのか」


んん?と顎に指を当て考える。エリスとステュクスの顔は似ている、じゃあステュクスはエリスの代用品になるかと言えばそうではない。あの男の顔を見た時、彼はエリスを見た時感じた静かな滾りを覚えなかった。


何故か、顔は似ている…だが。目が違った。


「アイツの目は…真っ当な目だった、エリス程歪じゃない…そうか。目か?目をくり抜けばいいのか?…分からない」


俺がエリスに感じている感情を、クソ女とナヴァグラハは『恋心』だと呼んだ。あのタコ女もこの執着を恋と呼んだ。ならこれは恋なのだろうが、彼はまだ恋が何であるかをよく知らない。


ただ、エリスが欲しい。あの男の顔を見てまた思い出した、エリスが欲しい、もうそろそろいいだろう。迎えに行くのも頃合いだ。


だが、今はこの恋よりも…優先するべきことがある。ダアトが不在で、ガオケレナの目も無い今しか出来ない事がある。


「久しいですな、バシレウス殿」


「カゲロウか、何しに来やがった」


ふと、背後に気配を感じ声に応える。チラリと肩越しに見れば紫の装束を纏い布で顔を隠した男が立っている。トツカに居るとされる『忍者』のような格好をしたこの男は…マレウスの諜報機関『星隠影』のトップエージェント…カゲロウ。


かつて、彼が…否、バシレウスが王宮にいた時からこいつは俺を監視していた。


「今更俺の監視をしに来たか」


「今はその役目はマレフィカルムの物…、貴方がここに居るのはガオケレナもレナトゥス様も承知の上、なのでしょう?」


「…まぁな」


誤魔化すように視線を逸らす、実際の所その二人はバシレウスがここに居る事を知らない。ガオケレナはバシレウスのプライベートには興味がないし、レナトゥスはバシレウスを監視し続けられるほど暇じゃ無い。


もっぱらの監視役はダアト、アイツがいない今しか俺が好きに出来る時間はない。


「それよか、テメェはここで何してる」


「レギナ様とドブネズミ…ステュクスの監視でございます」


「監視ねぇ、出歯亀しか能の無いカスらしい仕事だ」


「…………」


見ていなくとも分かる、今カゲロウは己の役目を愚弄され怒りのままに背に差した刀を抜こうと一瞬手を動かした。だがそんな事をしても意味がない、そもそも俺に敵うはずもないと諦めその怒りに蓋をした。


こいつが今日まで生き残れたのは、その利口さプライドの無さ故。あともう数センチ手を刀に近づけていたら、あとコンマ数秒手を止めるのが遅ければ、その瞬間バシレウスは遠慮なくカゲロウを殺していただろう。


「とっとと失せろ、テメェに見られてると気が萎える」


「失礼、では最後に一つ伺っても?」


「…………」


「この街に何をしに来たので?私はレナトゥス様からは何も聞かされていません。貴方が単独で街に…しかもよりにもよってエルドラドに居るなんて、只事では無い」


「……………」


この街、特にエルドラドと言う街は…マレウスにとって重要な土地だ。この街に住まう人間は誰も知らない秘密、マレウス王宮の極々一部の人間とこの街の領主ロレンツォ・リィデュアしか知らない…国家機密。


それが眠る地に、同じく国家機密たるバシレウスが居る。それはカゲロウでさえ違和感を覚える程の一大事、故に問いかける。何故お前がここに居ると。


「……別に、ただ挨拶に来ただけだ。暇だったからな」


「挨拶…?お前が…?」


「不服か?」


カゲロウはやや疑るような視線を向けてくる、その視線に煩わしさを感じたバシレウスは握った手を開きため息を吐く。俺は問答は好きじゃない、それが無為な物であるなら尚更。


だから、そう振り向こうとした瞬間。


「承知しました、では後程マクスウェル将軍に伝えておきます。レナトゥス様にも報告致しましょう」


「…好きにしろ」


「では、私は任務に戻ります故」


「…………」


逃げられた、バシレウスの殺気を感じ取りこれ以上踏み込むのは危険と思ったのだろう。カゲロウは一瞬でその場から消え、後にはバシレウスただ一人が残される。


好きにすればいい、誰に報告しようと構わない。ただ…思うのは。


「…………」


バシレウスはくるりと振り向きポケットに手を突っ込む。行くべき場所、やるべき事を既に見据えた彼は…冷淡に口を結び、ただ歩き続ける。




───レギナとステュクス、王貴五芒星と六王、魔女の弟子達とバシレウス…そして『奴等』。時代の分岐点となるエルドラドに駒が揃いつつある。


いずれ開かれる世界の激動という名の幕の裏で、着々と事は進む。全てを決するエルドラド会談まで…後少しだ。

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