475.魔女の弟子と混沌の時代の入り口へ
「ってわけで私達行ってくるから!ねぇナール!クルスになんか伝言ある?」
「可能ならもう東部に戻ってくるなと言っておけ」
「あいあーい!そんじゃ!アデマール爺ちゃん!行ってくるね!」
「ああ…」
ブンブンッ!と手を振りオケアノスは街の外…、ガイアの街の外に置かれたエリス達の馬車へ向かい。
「いやぁ悪いね、まさか馬車にも乗せてもらえるなんて」
「折角一緒の目的地なんだし、少しの間だけでも一緒に居ようよ」
「ありがたーい!」
…エリス達はこれから黄金の都エルドラドを目指して旅に出る。故に東部とこのガイアの街からはおさらばだ、今後この廃墟同然となった街にはナールと彼が預かった神聖軍達で再建し金のなる木に仕上げていくらしい。
アデマール老師もこの街に残り、余生を親友の墓守をして過ごすつもりとの事。
そんな中、エリス達に同行するのはオケアノスさんとヴェルトさん。行き先が同じと言う事もあり別行動する理由もないので一時的に馬車に乗せて旅をすることになったのだ。
「いいですか、エリス達の馬車に乗るならお客さま扱いはしませんよ!キチンとルールには従ってもらいます」
「えー…」
「そこは大人しく従っときましょうよ、馬車出してくれるのはありがたいし」
無秩序が服を着て歩いてるオケアノスさんと違って流石は元騎士のヴェルトさん。話が分かる、エリスも小煩いことは言いたくないけど放っておくとオケアノスさんは何をするかわからないってのもあるしな。最初のうちに釘を刺しておかないと。
「にしても、大所帯になりましたね、寝る場所あります?」
「え?ケイトさんもついてくるんですか?」
「寧ろ置いてくつもりだったんですかー!?」
「冗談ですよ」
流石にここにケイトさんを置いていくつもりはない。可哀想だしね、少なくとも中部まで連れて行けば後は他の冒険者を使うなりして西部に戻れそうだしそこまでは同行してもらうつもりだ。
しかし、ケイトさんの言う通り大所帯になったな…、計十一人…寝るのも一苦労だ。流石にこれ以上の増築は無理そうだし、この辺も考えていかないとな。
『そろそろ出発の準備出来そうですよー!』
「お、らしいですよ?皆さん。行きましょう」
「はーい」
そんなナリアさんの言葉を聞いてエリスはオケアノスさん達を引き連れて馬車へと向かう。するとそこには既に荷物の整理を終えていたナリアさんとメグさん、そして他のみんなも居て。
「さて皆様、これにて東部クルセイド領の旅は終わりです。思い残すことはありませんか?」
「そういえば師匠達が言ってたアレには立ち寄らなかったがよかったのか?ほら、巨大遺跡迷宮のレーヴァテイン遺跡群」
ふと、アマルトさんが口にする。近くに立ち寄ったら奥を見てきてくれと言われた例のレーヴァテイン遺跡群だ。まぁ…確かに今近くにあるんだろうが。
「いや、時間がないだろ…」
ラグナと突っ込みの通り、無いのだ時間が。エリス達はこれからエルドラド会談に出席しなければならない。今からレーヴァテイン遺跡群に向かってる暇はない。
すると、その話を聞いたオケアノスさんが口を開き。
「レーヴァテイン遺跡群?あそこに行きたいの?」
「え?知ってるのか?」
「そりゃあクルセイド領の中にあるからね。でもアレもうクルスとレナトゥスがどっかの商会に売っちゃったから今立ち入り出来ないよ」
「商会…ピクシスもそんなこと言ってたな。なんなんだ?その商会って、遺跡群丸ごと買っちまうなんてすげぇ財力だな」
「なんて名前だったっけ…、東部の方じゃなくて中部や西部を拠点にしてる会社で…」
「『デナリウス大商会』…マレウス切っての大商会っすよ。そのくらい覚えといてくださいよオケアノスさん」
「う、うるさいなぁヴェルトは…」
デナリウス大商会…そりゃあエリスも聞いたことあるくらいビッグなネームじゃ無いか。確かそれって。
「マレウスのマーキュリーズ・ギルド…と呼ばれているあのデナリウスだな」
「流石メルクさん、知ってますね」
「ああ、正直奴らには煮湯を何度も飲まされている。マーキュリーズ・ギルドがマレウスに進出しなかったのは国交断絶と言う理由もあるが、もう一つはマレウスの凡ゆる商業に手を出し成功を収める富の象徴たるデナリウス大商会の存在のせいでマーキュリーズ・ギルドはマレウスに手出しが出来なかった…と言う面もある。言ってみればこの国で一番金を持ってる商会だ」
デナリウス大商会の特徴を挙げるなら『なんでも手広く売っている』だ。着ている服から住んでる家、そこに置かれている家具に口にしている食材。全部が全部デナリウス印で生活している人もマレウスじゃ珍しく無いレベルの商会だ。
まさしくマレウス版マーキュリーズ・ギルド…まぁ歴史はデナリウス大商会の方が長いからどっちかというとマーキュリーズ・ギルドが魔女大国のデナリウス大商会と言った方がいいのかもだが。
「にしたって何でデナリウス大商会が遺跡を?」
「知らん、中にあるもん売るんじゃ無い?私は関係者じゃ無いから知らん知らんのちんぷかーん」
「ま、それもそうか。ここで聞いても仕方ないか、それより今はエルドラドへの出立を急ぐ。思い残すことがあっても後で来ればいい。だろう?」
「そうでございますね、では早速出立しましょう〜!」
結局今論じることはない、やるべき事が決まっている以上ここで足を止めながらブツクサ話し合っても時間を無駄にするだけだからね。移動しながらでも話は出来る、故にみんなは馬車に乗り込みガイアの街を後にし始める。
今回は見送りはなし、別れはさっきやったからね。もうこの街には殆ど人がいないし、サッサと立ち去っても問題はないだろう。
「よいしょ、ジャーニー…待たせましたね」
「ブルヒヒッ!」
乗り込む前にジャーニーを撫でているうちに、みんなは馬車に乗り込んでしまう。中からオケアノスさんの驚きの声が響く中…エリスはふと。
「ネレイドさん?」
ネレイドさんが一人、街を眺めたまま立ち止まっているのが見えた。何をしてるんだろうか、ボーッとしてる…ってだけじゃ無いんだろう、彼女の場合。
何を考えているんだろう、一人で悩みたい事なら放っておけばいいんだろうけど…エリスは何となく、彼女に話をした方がいい気がして声をかける。
「どうしました?」
「ん…」
エリスはネレイドさんの隣に立つ。彼女は視線をガイアの街…今はもう誰も居なくなったテルモテルス寺院に向けて、小さく呟くように語り始める。
「アルトルートの子供への想い、モースの娘への想い、ナールの子供への想い、アデマールさんの子供…孫への想い、大人が子供を愛する形も…色々あるよね」
ありますね、親と子と言っても同じ形の関係はない。アルトルートさんのように献身的に思う事もあれば、ナールのようにただ暮らしを提供するためだけの関係もあるし、アデマールさんのようにクルスを御しきれない場合もある。
どれが悪いどれが良いと言う話ではなく、人の関係とはただそれだけで完結している。そこに評価を下すことは出来ない。
「…そう言うのをたくさん見てたら思ったんだよね。私のお母さんって…どんな人なのかって、私をどう思ってたのかって」
「結局モースは母親じゃありませんでしたしね」
「うん、エリスがあそこでモースを呼び止めてくれなければ私もモースも本当の事を知らないままだった。ありがとね」
いやまぁずっと違和感は感じてたんだよね、二人が親子である証拠は何処にもないし、ネレイドさんの拾われた状況とモースが子供を捨てた状況にはあまりに齟齬がある。もしかしたら別の人物がネレイドさんを手放したんじゃないかと思ったんだ。
でも、彼女がそう受け止めてるならよかった。偽りでも…親子の関係であれるならそっちの方がよかったと思っていたら、エリスがしたことは完全に余計なお世話だったから。
「…それにね」
「はい?」
「私、もし本当にモースの娘だったら神将をやめてみんなとの旅もやめるつもりだったんだ」
「はいぃっ!?なんでぇっ!?」
「だって私の体には…山賊の血が流れてるから、そんな汚れた身ではみんなと居られないよ」
「そんな事気にする必要ないですよ!そんなこと言ったらエリスの血の半分は史上稀に見るゴミさ加減を記録した歩く環境汚染廃棄物の血が流れてるんですよ!」
「それお父さんのこと?嫌いなんだね…」
「嫌いです!あんな奴がこの地上を生きて呼吸していたと言う事実がエリスはいまだに許せません!ですが!その事をみんなの前で恥じることはありません!エリスはエリスだからです!それを受け入れてくれたのは他でもない!みんなですから!」
「そうだね…、モースもきっと同じ事を私に…娘に思って欲しかったんだと思う。母親の身の上を気にせず生きてほしいから、彼女は常に娘と一線を置いた…だから私ももう生まれを気にしないよ」
それでいい!親は親!唯一無二の存在だが己ではない。親の生き方で子供の生き方が左右されることなどあってはならないんだ。だからエリスもあんなタンカスの擬人化の娘でも…生きてられるんだ。
だからネレイドさん、そんな悲しい事言わないでください。エリスはお婆ちゃんになって死ぬまで貴方と友達でいたいんですから。
「…ごめんね、変なこと言って」
「本当ですよ!二度と言わないでください!泣いちゃいますよ」
「ふふ、ごめんごめん」
「もう…、でも。結局誰なんでしょうね」
「…何が?」
「ネレイドさんのお母さんです」
結局モースじゃないのなら、ネレイドさんの母親は何処の誰なんだろう。何でネレイドさんを手放したのだろうか、エリス達はそれを知る機会があるのだろうか、それを知るべきなのだろうか…。
分からない、分からないけど、一つ言える事があるとしたら。
「そうだね…私のお母さんは今、何処で何をしてるんだろうね」
彼女はネレイド、夢見の魔女の弟子ネレイド。誰かの娘ではなく彼女は彼女であり続ける…と言うことくらいだろう。
例え、母親が何処の誰であっても…だ。
……………………………………………………
「んひぇ〜い!トツカの酒うめぇ〜い!」
「酒臭えんだよ!テメェいい加減にしろよマヤ!」
「たははっ!ごめんごめん」
煌々と照らされるランプの下に置かれたテーブルでカードを広げる男の女。顔に複数の古傷を持った壮年の男は白髪をガリガリと掻きながら女の奔放さに呆れ、女は自分の出番であるにも関わらず酒瓶片手にウキウキと笑う。
「ったく、俺はいつまでこの酒浸り女と暇潰しに興じればいいのかね。大事な商談蹴ってここにいるんだぜ?俺は」
「そうなの?君はいつも忙しそうだねセラヴィ。人生楽しまないと」
「こんなもんさ人生は、いつも何かしらの仕事に追われる。例え定職についてようがいまいがな」
「ふーん」
「ってかお前の番だって言ってんだろ?」
「そうだっけ?」
「こりゃダメだ、ゲームにもならん」
バッ!と手札を捨てて葉巻に火をつける壮年の男…彼の名をセラヴィ・セステルティウス。裏社会の全てを牛耳る闇の大商人たる彼に逆らえるマフィアはいない。いや…望めば王国軍にも山賊にも凡ゆる武器を売る彼に逆らえる者はもしかしたらこの世にいないのかもしれない。
そんな世界最悪のマフィアたるセラヴィを相手にのほほんとしてられるのはこの女の名をマヤ・エスカトロジー。マレウス・マレフィカルム五本の指の三番目の実力を持つ超越者たる彼女は単独で裏社会全域を相手に出来る、それ故にセラヴィすらも恐れず酒を楽しむ事ができるのだ。
普段は顔を合わせない二人、本当は別に仲も良くない二人、この二人を繋げるのは…二人が八大同盟の盟主であると言う事実だけだろう。
セラヴィは『パラベラム』の、マヤは『ヴァニタス・ヴァニタートゥム』の。どちらも世界で指折りの大組織の盟主なのだ。
…いや、この部屋にはもう一人。八大同盟の盟主がいる…それは。
「ブツブツブツ…ブツブツブツ…」
「はぁ、この部屋の陰気臭さはあれが原因か」
セラヴィが目を向けるのは、部屋の隅でキャンバスに向かって筆を叩きつけている女。痩せぎすの彼女もまた八大同盟の盟主。至上の喜劇『マレブランケ』のリーダー、狂気の芸術家ルビカンテ・スカーレットだ。
「私は自覚してしまった、あの日から私は人ではなくなくなってしまった。目の存在は私を狂わせこの世界が蓋のされた箱の中である事を理解した、その時点で私の正気は正気と呼べる物ではなくなった、この狂気の世界においての普通は私にとっては到底受け入れることのできないものであり私はただ一つのピンとしてあるだけなのかもしれない。もしかしたらそれが望みか、役目である以上私は狂気のまま死ぬことすら許されない…許されない?誰に?誰が私を生かしている?嗚呼蓋が開いている蓋が開いている誰か私を見ているなら聞いてくれ私を見てくれ私を…私を…私を助けてくれぇぇぇぇええええ!!!!!」
「また発作が始まった…」
「私はここにいる!私はここにいる!見ているのは分かっている…いや、読んでいる。私を読んでいる。ガラス板の向こう!二つの目が私の人生を読んでいる!以前会ったのはジズの館以来だったはず!また来てくれて嬉しい!嬉しいよ!」
「おいルビカンテ、テメェ誰と話してんだよ」
「シッ!…私達は今見られているんだ…目が何処かに行ってしまう…」
「はぁ…アホらしい」
話にならない、こういうバカは相手にしないに限るとセラヴィは葉巻を咥え煙を吹いて──。
「セラヴィ!」
「な!?何だよ!?急に寄るな!」
「目か?君の目か?今君の目の中にいるのか?今は君の視点なのか…」
「寄るな!クソボケが!」
「ギャンッ!」
いきなり寄ってきたルビカンテを蹴り飛ばす。本来はこう言う事を同盟内でやると抗争の火種になるからやらないが…それでもこいつは別だ。好き勝手させると普通に殺しにかかってくる。
イカれているんだ、ルビカンテは昔から。優れた芸術家であり天才的な感性を持ち合わせていたが故に狂気に落ちた。言っている事の大半に意味はない…が、何だかここ最近はもっとおかしくなり始めている気がする。
「ったく!俺ぁもう帰るぜ?そもそも人の事呼びつけたオウマが一番遅いってのはどう言う了見だよ。本当に社会人かアイツは」
「そう言えばオウマ君いないね」
ここにセラヴィとマヤ、そしてルビカンテを呼びつけたのは同じ八大同盟『逢魔ヶ時旅団』の団長オウマ・フライングダッチマンなのだ。八大同盟達をこのアジトに呼びつけただけで用件は伝えず…しかも集まったのもこの三人だけ。
せめてジズかイノケンティウスでもいればそれなりに楽しめる話も出来たが、よりにもよって集まったのがこの会話不能な二人なんだから地獄もいいところだ。
「ったく、靴が汚れた…おいラセツ。帰るぜ」
「お?もう帰るんでっか?俺はここの雰囲気好きやけど。社長さんは?」
「嫌いだよ、金持ってるのになんでこんな安酒場みたいなところで時間潰さなきゃいけないんだ」
「贅沢やなぁ社長さんは」
そう言うなりセラヴィはラセツを…『パラベラム』最強の男にしてマレフィカルム五番目の使い手である鉄仮面の大男ラセツに声をかける。
羅刹はこの部屋の中に配置されているルーレットの玩具を叩いて遊んでいる、いつまでそんなのに夢中でいるんだ。ガキじゃねぇのに。
軋む床を革靴で踏んで、ライトの下を漂い輝く埃を切り裂いてセラヴィは出口を目指す…と。
「待てや、セラヴィ」
ドンッと音を立てて目前の扉が閉められる。いつの間にか現れたその手は闇をぬるりと切り裂きライトの下に姿を現し、セラヴィを睨みつける。
「オウマ…テメェ来てたのか」
「今来たところだよ、それより気が早えだろうが、もうちょい待てや老いぼれが…」
「ああ?」
「まぁまぁ社長さんもそんなに怖い顔したらあきませんって。ピリピリしてたら商機を逃すでー!短気は損気!ビジネスに怒りは不要!いつも言うてますやんか」
「チッ、確かにイラつきすぎた」
一瞬、オウマの不遜な物言いに怒りを覚えてたがラセツが間に入り仲裁することにより事なきを得る。それにしても、オウマが態々俺達を呼びつけるなんて珍しい…ジズじゃあるまいに。
「まぁいい、それより要件はなんだ。ジズやイノケンティウスはくるのか?」
「イノケンティウスは知らん、返答がなかった。そしてジズは来ない、呼んでないからな」
「はぁ?ジズを?後でキレられてもしらねぇぜ?」
「キレてんのはこっちだよ…、ジズの野郎にな」
「……へぇ?」
するとオウマは部屋の中に置かれた埃だらけのソファにどかりと座り埃を舞い上げる。ますます不衛生なその様にセラヴィは一瞬顔を顰める。
「今の今まで、俺ぁ調べて回ってたんだよ。ジズの爺の最近の不穏な態度につきてな」
「…聞こうじゃないか」
面白そうな話が聞けそうだとセラヴィもまたその辺の椅子を手繰り寄せ座り込む。マヤもまた酒瓶を置き、ルビカンテは…まぁ相変わらずだからスルー。
ともかくジズの不穏な態度…ってのはセラヴィもよく理解している。最近のジズはちょいとおかしい、あまりにも積極的に動きすぎている。ジャックを引き込んだりモースを引き入れたり、かと思えば末端に唾つけて回ったり…。
ジズの爺…殺しは得意なようだが、政治的な駆け引きは素人同然だ。何かしようとしているのがあまりにも丸わかりだ。
「で?ネタは」
「ジズは謀反を企んでる。マレフィカルムひっくり返して自分がトップに立つつもりだ、んで俺たち八大同盟も解体、従う奴は順次取り込み…ボス連中は皆殺しのつもりだとよ」
「へぇ、面白い話だ、聞いたか?ラセツ」
「ほーん、えらい事考えるもんやなぁ。けど無理ちゃう?ジズのお爺は強いけどそれでも俺やクレプシドラみたいなトップ連中にはちと届かんで、ダアトみたいな怪物は余計無理やろ」
「暗殺者ナメなよ木偶の坊、テメェみたいなのは真っ先に殺されるぜ」
「なはは!そうなん!?ならこんな危ない所居られまへんわ!俺は部屋に帰らせてもらうでー!とか言った方がええかな?」
「チッ…」
「空気悪ぅ…、ボケたんやからツッコんでぇな」
「とにかくジズがジャックやモースを取り込もうとしたのは裏切りの駒集めの為だ。けど…なーんか上手く行かなかったみたいでさ」
「へぇ、まぁハナッから三魔人の取り込みについては期待してなかったがな」
「俺も。だからジズ爺も後がねぇ…多分謀反をもう直ぐ決行してくると思うぜ」
「なるほどね」
オウマの話は信憑性がある。こいつは社会人としてはゴミだが商売人としては八大同盟の中で最も信じられる。俺と同じ『信用』と『メンツ』でメシを食ってる男だからな、ここで不確かな情報は勿論、嘘もつかん。
多分聞けば情報ソースもツラツラとドヤ顔で言ってくるだろう。故にジズの裏切りは事実、老い先短くなって欲か焦りでも煮詰まったか。
「で?どうするよ」
「どうする?とは?」
「惚けんなよセラヴィ、この件…テメェはどう動くって聞いてんだ。俺はそれをここの八大同盟の面子に聞くために集めたんだ。裏切りは許されねぇ…俺はジズの下に就くつもりでマレフィカルムに来たんじゃねぇんだよ」
「ハッ、そう言う事かよ。ならイノケンティウスもクレプシドラも釣れないわけだぜ」
「何…?」
「アイツらも、俺らも、興味がねぇんだよ…マレフィカルムの連携にも八大同盟の威厳ってのにも」
「…マジで言ってんのか、それをトップが言ったら反魔女機関は成り立たねぇぞ」
「お前は元帝国軍人だったな、故に組織の規律ってのを無意識に重んじてるのかもしれないが、元々こう言うもんだよ俺達は。マレフィカルムがジズの物になろうが構わん、それでやりづらくなったら勝手に出ていく。今は今が都合がいいから維持しているだけだ」
「……アホらしくなってきたぜ、イノケンティウスは無視、クレプシドラは一蹴、イシュキミリに至っては『今はどうしても外せない要件があるから無理』だとよ…どいつもこいつも、組織の一員の自覚が少なすぎる」
そらそうだぜ、マレフィカルムなんて共有ラベルを貼られてるだけで元々俺達は別の組織。都合がいいから手を繋いでるだけで協力もしないし罰も与えない。そう言う距離感が一番やりやすいんだ。
「それならオウマ、お前はどう動く」
「……この件は本部が既に捉えてた。ダアトが動いてる」
「ならもう何もする必要はないだろう」
「ダアトが自らジズのところに乗り込むとは思えん…後は直接首を狙われてる総帥がどう思うかだが…アレもそう言うのに頓着がなさそうだしな、だったら俺も好きにする。俺だけ損見るのは馬鹿らしいからな」
こいつ…最初からそのつもりだったくせによく言うぜ。こいつが一生懸命ジズの裏切りを掴んでいたのは、何もマレフィカルムの為じゃねぇ。そのネタで俺たちを動かしジズと争わせ…自分だけ動かず他の戦力を削ぎ自分の組織を少しでも優位に立たせる為。
謂わば一人勝ちがしたかったんだ。ジズの裏切りを掴むまではいい動きだったが、あからさまに八大同盟を召集しようとした時点でなんか企んでる雰囲気ムンムン。最後に焦ったな…オウマ。
「そうかい、ならジズは泳がせる…でいいんだな」
「ああ、だがアイツが俺達に喧嘩を売るなら別だ。そこはお前も同じだろう…セラヴィ」
「勿論、おい!お前らも今回は不干渉でいいんだよな!」
セラヴィが背後で聞いてるんだか聞いてないんだがわからない態度で傍観するマヤとルビカンテに問いかけるも、そもそも最初から興味がないとばかりに聞いていない。これだよオウマ、八大同盟ってのはこう言う奴らなんだ、都合良く動かそうなんて考えても無駄。
最初から今社会に迎合する事を許さず、我を徹す為だけに世界に反抗したゴミクズの集まりが八大同盟なのだから。
「集めるだけ無駄だったか。或いはジズは八大同盟のこう言う面を読んでるかもしれねぇな…まぁいいや、呼びつけて悪かったな。とっとと帰れ」
「待てやオウマ、俺ら徒歩で帰らせるつもりか?送ってけや」
ふと、立ち上がり一人で何処かへ消えようとするオウマを呼び止めた瞬間。
「ん……?」
「お!」
部屋の中の二人が反応する、一番最初に反応したのはマヤ…次いでラセツ。その二人が部屋の入り口の方に目を向け眉を上げる、その様に何かを感じたセラヴィは…。
「おいラセツ、なんだ?」
「ん?いやぁ、なぁオウマ君!これからパーティでも始めるん?」
「はぁ?お前アホか?」
「そうなん?けど…えらいぎょーさん人がこっち走ってきてるけど、アレはなんなんかな」
「ッ…!」
次の瞬間オウマも外から向かってくる人間に気がつく、足音はまだ聞こえない…がそれでもセラヴィ以外の全員が部屋の外から殺到する者達の敵意を察知し表情を険しくする。
「チッ、どんな距離から気が付いてんだ化け物共が…、ってか人を呼んだ覚えはねぇぞ!誰だ!ここに刺客送ったのは!テメェか!セラヴィ!」
「バカ言うんじゃねぇよ、俺がやるならラセツ一人で済ます…しかし、マヤもルビカンテも人を使って暗殺するタイプじゃねぇ…ってなると」
「ジズか…!」
オウマぁ…お前はどうやら読み合いでジズに負けたみたいだな。お前が自信満々で掴んできた情報はジズが敢えて流した物だったようだ。その上で情報を掴んだオウマが八大同盟を集める事を読み、オウマが人を集めそうなこのアジトに刺客を送った。
ハッ!やるじゃねぇかジズ爺。政治的な駆け引きは下手くそだが…殺しの読み合いは相変わらず超一級品だぜ。一介の殺し屋として欲を持たず仕事に従事してりゃあよかったのによ。
『オラァッ!!カチコミじゃこの野郎ッ!』
その瞬間扉を蹴破って現れたのはスキンヘッドのマフィア。手には銃と爆弾ねぇ…こりゃハーシェル家傘下の反魔女組織の構成員共だな。
「おうラセツ、人数と強そうなのは何人だ」
「えぇ〜と、人数は五十…強そうなのは、おらんなぁ。雑魚ばっかや」
「ハッ、なら嫌がらせか」
「せやろな、この程度で殺せると思われてんなら…そっちのが腹立つわ」
「なに言ってんだこの野郎…!テメェら全員ジズ様の理想の邪魔なんだよ!ここでまとめて死にやがれ!」
銃をこちらに突きつけるマフィアたちは威嚇するように牙を剥くが、ビビるこたねぇ。寧ろここは格の違いを見せておくか…。
「ラセツ、片付けろ」
「あいあい社長さん…!」
バキボキと拳を鳴らし臨戦態勢に入るラセツの鉄仮面の奥で闘争心が滲む。セラヴィが保有する最高戦力にしてセラヴィが他の同盟達を相手に大きく出れる理由…それが鉄仮面ラセツ。
三年前は宇宙のタヴを相手に不覚を取ったがそれも過去の話、今じゃ確実にタヴを超える段階に至ったラセツを止めるのは、帝国三十二師団でも不可能だ。
「さぁさぁ喧嘩や、面白い事やろうやァッ!!」
石を上に投げれば下に落ちるように。
火を紙に近づければ燃え移るように。
それは、当たり前のことなのだ。敵方五十人…銃で武装した使い手二十人に魔術師十五人、後は秀でた所のないチンピラ十五人。対するは八大同盟の一角『パラベラム』最強の男ラセツただ一人。
これがぶつかりあった結果どうなるか。そんな物観測するまでもないが故にセラヴィはここに来る途中で買った本を開き、三ページ程読み終えた頃。
「へぇっ!?こんなもん!?」
「終わったか?ラセツ」
半壊したアジト、足元に転がる満身創痍のマフィア達。そして呆れた様子で頭を掻くラセツを確認して、セラヴィは時間の無駄を悟る。
突発的な多勢との戦闘にラセツがきちんと対応出来るかを見るつもりだったが、敵が弱過ぎる。
「なんだこいつ…ちょっと待てや、あんまりにもこれは…デタラメ過ぎる」
「お?まだ意識ある奴おるやん」
「剣が振るう前から砕けた…、銃弾が空中で軌道を変えた…、魔術が全部砕け散った…、なんで攻撃が一つも当たらねぇんだよ…!」
「なんでって、お前らは出来んの?これ」
「出来る訳ねぇだろ!」
マフィアが騒ぐが、当たり前のことを何騒いているんだ。ラセツはお前らとは違うんだ。
なんせこいつは、俺が持てる知識と財力を投じて作り上げた『理想の人間』。筋繊維の一本に至るまで全て理想を突き詰めた人智の集合体。使用魔術も吟味しそれに適応するよう魔力も改造しているし、積ませるトレーニングも幼少期から全て管理している。
生まれも育ちも根本から違う。確かに未だにラセツより強い奴がマレフィカルム内部にいるのは事実。だがラセツは未だに若く発展途上…いずれ、ダアトも超える可能性がある最強の兵士なんだ。
それがそこらのゴロツキ如きにやられてたまるか。
「相変わらずクソ強えな、鉄仮面の木偶の坊…。面白いモン見せてくれた例に俺のアジトにぶっ壊した事は不問にしてやるよ」
「お!サンキューオウマん!次はお前が俺と戦ってくれたりする〜?」
「テメェ、あんま調子乗んなよ。籠の中のインコの癖しやがって…」
「テメェー!チョウシノンナヨー!カゴノナカノインコノクセシヤガッテー!どや?インコの真似、上手かったやろ?」
「こいつ…!」
「ツッコめや、あーつまんな。これなら街で遊んでた方がマシやったわ」
しかしここまでだな、ジズがここに襲撃を行ってきた以上次はエアリアルかアンブリエルが来る可能性がある。エアリアルは八大同盟の盟主級の強さ故相手はしたくない、アンブリエルもクソ厄介な覚醒を持つ以上殺せるとき以外は相手をしたくない。
ここらで帰った方が損をしないで済む。ラセツは強い分ウチの切り札でもある、あまり戦わせたくない。
「さて、んじゃあ帰るぞ。おいオウマ…今回の一件はよく覚えておくからな」
「…………」
「はいはい社長さん、ほなまた〜!次はもっと楽しいパーティ期待しとくで───」
そう、セラヴィが席から立った瞬間の事だった。
「『ドラゴンブレイズ』…」
「お?」
刹那、セラヴィに向けて飛んできたのは龍を模した大爆炎。それをいち早く察知したラセツは蚊蜻蛉でも落とすように手を一度振るい業火を空中にて霧散させる…。
新手、いや本命が来たか?
「おっと、一人は持っていきたかったんだが…強いね、鉄仮面さん」
「まだ一人残っとった…というより、雑魚を先に行かせて様子見しとったな?えぐいことするわ」
羅刹が睨む先にいるのは、倒れ伏したマフィア達の向こう側に立つスーツの青年であった。白いスーツに青いネクタイをした、白金の短髪を漂わせる笑顔が清々しい青年…、この鉄火場には似つかわしくない風貌にセラヴィは覚えがあった。
「シュトローマンか…」
「はい、お久しぶりですセラヴィ社長にオウマ先輩。ご無沙汰です」
ニコッと微笑みながら軽く礼をするこいつは…シュトローマン、本名不詳年齢不詳、分かっているのは魔女排斥組織『キリング・ピカレスク』のボスであることだけ…なんていう香ばしい奴だ。ああ後一つ分かってることがあったな。
こいつは、ハーシェル家傘下の謂わば第一の部下のような存在であること。つまりこいつも敵だ。
「俺を殺しに来たか?それともオウマか?マヤでもルビカンテでも…好きなの選べや」
「うーん、真っ向勝負はあまり好きではないのですが…」
シュトローマンは困ったように頬を掻く。正直こいつがここに来るのは想定外だった、シュトローマンはジズが抱える傘下戦力の中でも特級の存在。なんせ…こいつは八大同盟に欠員が出た場合、その後釜に座る事の出来る第一候補の一人なのだ。
言ってみれば、八大同盟予備軍。運と時に恵まれなかっただけで…実力だけは八大同盟級だ。
「すみませんね、ジズ様からここにいる人達の襲撃を頼まれているんですよ。見た所…イノケンティウスやクレプシドラはいないようですし…」
「『なら僕でも勝てそう』…ってか?あんまり俺を、ナメんなよ…ッ!!」
「ッッ!ハハッ…こりゃあまた」
一瞬シュトローマンは見ることになる。地獄の鬼を、ナメた口に切れたオウマが発する威圧は瞬時にシュトローマンに理解させたことだろう。
確かにシュトローマンは八大同盟『級』ではあるが、本物の八大同盟とはやはり格が違うことを。
「シュトローマン、テメェここに戦争しに来たって自覚があんのかよ…。今ここで俺がお前を殺しても、それは既に『裏切り者を始末した』ってお題目が用意された上での話になるんだぜ?」
「いいや、悪いがあんた達は僕を殺せない。僕の得意な魔術が何か知ってるでしょう?この状況で僕を殺せますか?」
「………」
チラリとオウマが見るのはシュトローマンの足元に転がる奴の配下達。なるほど…さっきの無謀な突撃は場を作る意味合いもあったか。
オウマは知っている、シュトローマンが扱う魔術と魔力覚醒を。使用魔術は耐久に特化した面倒な性能、そして覚醒はマレフィカルム全体を見渡してもトップクラスの致死性の高さ。使用するだけ人を殺せる最悪の性能…、正直ここにいる全員が警戒しているのは魔力覚醒の方。
ただ、シュトローマンも織り込み済みだろうが。覚醒を使った時点でここにいる全員が全力でシュトローマンを殺しに行かなきゃならなくなる。それは奴も避けたい事態だろう…。
「…関係ないね、お前が死ぬまで殺せばぶっ殺せるし、俺が死ぬ前に殺せばぶっ殺せる」
「こりゃあマジだな、しょうがない…ジズ様には失敗したと謝って───」
「そりゃあ許されんでしょう」
「ッ!」
咄嗟に、シュトローマンはその場からの離脱を試みた。シュトローマンもまたオウマという男が扱う魔術と魔力覚醒の特質を知っていたからこそ『完全に戦闘態勢を取ったオウマからの逃走』は難しいと理解したからだ。
しかしそれを阻止したのは、今の今まで全くの沈黙を貫き続けていた…マヤだった。
「あっ────」
その瞬間、シュトローマンは言葉にならない断末魔を残し、背後に現れたマヤの裏拳を受け頭部が消滅した。まるで水風船のように破裂し頭蓋骨すら跡形も残さないその一撃によりシュトローマンは最も容易く絶命し──。
「っぶねぇっ!死んだかと思った!」
─ていなかった、いつの間にやらマヤの背後に転移していたシュトローマンは胸に手を当て鼓動を確かめながら冷や汗を拭う。ギリギリで回避したか?違う、マヤの前には相変わらず頭部のない死体がある。
なら何が起こったか。…それはシュトローマンの得意とする置換魔術『ワンウェイ・スケープゴート』の効果による物だ。彼は一度マーキングを行った物と自分の位置を瞬時に入れ替えられる。それが生命体であるなら詠唱も必要ない優れもの。
彼が足元に大量に敷いた部下達は既にマーキングを済ませてある。これら全員を殺し切らない限りシュトローマンは死なない、つまり彼は後五十回は死ねる…のだが。
(まずいな、五十じゃあまりに心許なかったか。もっと連れてくればよかった…あんな一呼吸の間に人を殺せる奴だとは思わなかった)
想定外だった、攻撃を行って来るのは精々オウマだけだと思っていた。他の盟主は静観を貫く物と思っていた。だがここでまさか一番動いて欲しくないマヤが行動に出るとは。
「こ、降参するって言ってるでしょう?」
「んー?いや…だって話聞いてたら君さ、私の事殺しに来たんでしょう?だったら殺される前に殺さないと」
「あんたそんな単純な理由で動くタイプでしたっけ…。いつもはもっと呑気にことを構えて────」
そこでようやくシュトローマンは気がつく。先程の戦闘…ラセツの行った戦闘により、マヤの手元に持っていた酒瓶がひっくり返り、酒が地面を濡らしていることに。
マヤは酒を溢された事に怒っている…わけではない、ただ酒を飲むという唯一の娯楽がなくなったから、次に好んでいる娯楽…つまり『戦闘』に興味がシフトしたのだ。完全に誤算だった…運が悪いにも程がある。
「よし、やろっか…次は当てるから」
「ちょっと待──」
と言いかけた瞬間再びシュトローマンの体が爆ぜる。マヤが軽く手を振るって生まれた真空波により肉体を消し飛ばしたのだ…が。当然シュトローマンは無事、また別の場所に転移し冷や汗を流す。
「だから!話聞けって!」
その瞬間シュトローマンは自らの髪を一本引き抜き…。
「『ワンウェイ・スケープゴート』!」
髪の毛と別の場所に安置しておいた魔力大砲を置換し即座にマヤを狙う、がしかし…。
「逃げるの上手いね」
(マジかよ、最新式の魔力砲弾なんだけど…効いてないとかそんな次元じゃない、当たった事にすら気がついてない…!)
「よーし、じゃあ次はもっと早く!」
「だから僕は──」
両断、一瞬でシュトローマンを切り裂くのはマヤの人差し指…。指を立てクリームでも切り裂くように人の体を真っ二つにしてしまう。
ギリギリで部下を身代わりに再び生還するシュトローマンは嘆く、嫌な役回りを押し付けられたと。最悪の存在に目をつけられたと。これ…五十回死ぬだけで済まされるのか…!
「ほほーう、すげぇーなぁーマヤさんは。俺より凄いやないの?」
「当然だラセツ、よく見とけ…あれが、お前目指すところだ」
逃げ回るシュトローマンとマヤの戦いとすら言えない戦いを、ラセツとセラヴィは眺め続ける。
ラセツは究極の人間ではあるが、完成はしていない。目指すところは勿論史上最強の人類だ、そして今…その座に座っているのがあの怪物女。
マヤ・エスカトロジー…、超人の中にあって更に超人に部類される最強の超人。神に愛され、愛され尽くした彼女の別名は…。
『現人神』…、神に愛され神を超え、神となる肉体を持った唯一の人類。
(欲しい、アイツの肉体構造のデータが少しでも手に入ればそれだけで人類はまた一段階上の存在に上がることが出来る…!)
ラセツのような養殖物とは違う、天然の超人。アイツの体が欲しい…誰もが願うが叶わない罪な存在。
マヤの肉体的なデータが手に入ればこれ以上ない武器になる、だがマヤの体は既にヴァニタス・ヴァニタートゥムに独占されている。ならせめて…。
…せめて、マヤに子供でもいれば…話は別なんだが。
(いや無理か、マヤの子供ならそれもまた神に愛されし究極の遺伝子を持つはず。そんなの世界中の人間が欲しがるに決まってる…、なのに話を聞かないって事はそういうことだ。実際マヤが子供を産んだなんて話は聞かないし、あり得ないか)
「それそれ〜!待て待て〜!」
「チッ、遊んでますよね…あんまりナメられても困るなァッ!!」
「お、始まるみたいでっせ?社長さん」
「………」
ようやく牙を剥き始めたシュトローマンがマヤに襲いかかる。だが…興味もない。
「軽く観戦したら帰るぜ?」
「え?なんでぇ」
「見てみろ、もうオウマもルビカンテも帰ってる。マヤが出た時点でマヤの勝ちは決まってる、シュトローマンも適当なところで撤退する、先が見えてる戦いを見る必要はない」
「それもそうか…、なら社長さん、帰りにステーキ奢ってや」
「ダメだ」
「いけず…」
シュトローマンを切ってきたという事はジズも本気なのだろう。まぁアイツもシュトローマンで俺たちを足止め出来るとは思ってない。
恐らくは、警告。手を出せば戦争する覚悟があるという警告。殺し屋だけで構成されたハーシェル家と殺しに特化した組織ばかり集まっているハーシェルの傘下と戦闘するのはリスキーだ。
なら、手出しはしない。俺達は所詮…自分達のためにしか戦わないのだから。
…………………………………………………
「任務ご苦労様です」
「ん?」
風が吹く、テルモテルス寺院の屋根の上に立つ二人の間に風が吹く。エリス達の馬車が旅立つのを眺める二つの影…。
片方はメイド、片方はアフロの男。その二人が向き合いながら徐に立ち上がり。
「態々迎えにきてくれたの?」
そう言葉を紡ぐアフロ男…否、モース大賊団五番隊の隊長『山凰』シャックスが腰に手を当て似合わぬ言葉で目の前のメイドに微笑みかける。
何故、シャックスがまだテルモテルスに居るのか。モース大賊団は既に旅に出ているというのに何故彼だけがここに残っているか。それを疑問に思う者はどこにも居ない。
ただ、その言葉を受けた目の前のメイドはため息を吐き。
「別に迎えにきたわけではありませんよ」
「つれないなぁエアリアル姉さんは」
メイド…ハーシェル家最高戦力エアリアル・ハーシェルはモース大賊団の隊長シャックスと親しげに話す。別に二人に接点があるわけではない、同じ三魔人の配下とは言えジズとモースは反目している、ならその部下のエアリアルとシャックスもまた敵対している。
親しげに話すわけがない。
ただ一人残ったシャックス、親しげに話すエアリアル、数多の不可解を残すこの光景に一つの答えを述べるとするなら、単純だ。
『このシャックスは、本物のシャックスではない』からだ。
「というかいつまでそんな格好をしてるんですか?アンブリエル。もう元に戻りなさい」
「はーい」
すると、シャックスの姿がゴキゴキと音を立てて崩れ、別の顔が浮き出て来る。モジャモジャのアフロ頭はサラリと流れるピンクの髪に変わり、ゴツい男の顔は麗しい女性の顔つきに…声もまたそれに伴い変わり果てる。
ここにいるのはシャックスではない、本来の名をハーシェルの影…その二番。凡ゆる人物を模倣し変装を行う偽装の達人アンブリエル・ハーシェルだ。
彼女はその場でシャックスの服を脱いで、その辺に隠しておいたメイド服へ着替え瞬く間にシャックスはその場から消え去る事になる。
「潜入ご苦労様です」
「はいはい」
アンブリエルの任務の大半は潜入。誰にでもなれる彼女は何処にでも忍び込める。例え長年苦楽を共にした山賊団であっても…アンブリエルの入れ替わりには気がつけない。モース達は一体いつからシャックスがアンブリエルと入れ替わっていたか気がつく事は永遠にはないだろう。
…正確に言うなれば、アンブリエルとシャックスが入れ替わったのはサラキアだ。メルクリウスに倒され、弟子達が纏めてガイアの街に転移し、その後モースに回収されるまでの間に…入れ替わっていた。
サラキアの街角に気絶し放置されていたシャックスを殺害し、衣服と顔を奪い。そのままモースに回収されモース達の監視を行っていたのだ。
故にテルモテルスにてアマルト達と会話していたのもまた…。
「んん〜、ずっと変装してたから疲れたよ」
「でしょうね。それで収穫は?」
「んー、やっぱダアトが居たっぽいね。ダアトに見られたら一発で看破されたかもしれないからヒヤヒヤだったよ。まぁ幸い顔を合わせる事はなかったけどね」
「そうですか、やはりあの場にはダアトがいたのですね。私も似たような気配を察知して探しに行ったのですが…先に接近に気が付かれ逃してしまいました」
「ズルだよねぇ識の力なんてさ、こっちがいくら気配を消してもお構いなしなんだもん」
「構いません、私達の任務はダアトの暗殺ではなくその存在の確認。そしてダアトがモース達に接近していた以上我等の計画は本部側にバレたと見るべきでしょう」
「だね、どうする?やっぱやめる?」
「それを決めるのは父上です」
「確かに」
ダアトが動いてる時点で本部は何かしらの確信を持ってダアトを動かしている。疑惑を持った時点である程度は確定していたが故に驚きはない。本当ならばダアトを始末したい気持ちはあるが、そこは指示にない上どの道逃げを打ったダアトを捕まえるなんて無理だ。
ここは引くしかないか…とアンブリエルは肩を落としながらも、チラリとテルモテルスの屋根の上から動き始めた馬車を見つめて。
「そう言えばさ、マーガレットに会ったよ」
「ほう…」
マーガレット、私たちを裏切り魔女の弟子になったあの女。奴の顔を久々に見た、折角父が研ぎ澄ませた殺しの直感がすっかり鈍って…あれじゃあ本物のメイドのようだった。私が変装して接近してもまるで気がつく気配がなかった。
あれじゃあトリンキュローも泣くだろうな。
「どうする?エアリアル姉さん。マーガレット…殺す?」
「…………」
エアリアルは馬車を見下ろす。あそこに逃げ出したマーガレットが居る。父が怒りを向け憎悪を露わにしたマーガレットがいる。殺せるならば殺すべきだ…だが姉は眉一つ動かさず。
「いえ、今は殺しません」
「へぇ、なんで?」
「指示にないからです」
「…またそれか」
姉は堅物だ、父を絶対としているが故に父が命令していないなら父が憎む相手でも殺さない。まぁ私としてもこのまま帰れるならいいんだけどね。
だが、もしここで姉が殺すと言ったらどうなっていただろうか。私とエアリアルと二人で弟子を壊滅させられただろうか、まぁ…出来るか。モース大賊団程度に半死半生になるくらいの連中なんか敵じゃない。
「それより、私が気になっていることがひとつあります」
「ん?何?珍しいじゃん」
すると姉は馬車からこちらに目を移し…。
「アンブリエル、お前…任務中に化粧をするのか?」
「え?ああ、うん。化粧っていうか私の皮膚って細かい傷が幾つもあるでしょ?それを変装で隠す為にファンデーションをあっちこっちに塗ってるんだよね。変装も簡単じゃないんだよ」
「なるほど…ではこれは?」
そう言ってエアリアルは私の手を指差す。するとそこには…。
「ん?…」
手の甲…その一箇所。小さな傷を隠す為に塗っておいたファンデーションが、少しだけ剥げていた。
…ここは確か、厨房に潜り込んだ時。マーガレットと一緒にいた料理人に叩かれた所か。軽く叩かれた時にファンデーションが取れてしまったのか…。
ん?そう言えばアイツ…。
『なぁ、俺達初対面だよな…?』
(……アイツまさか、これに気がついて。いやいやアイツは私の存在を知らないはず、確かに一度顔を合わせているけど…、その時も私の正体には気がついていなかったし…でも)
あの時のアイツの顔、何かを警戒するような素振り…。あの料理人…名前はアマルトだったか。ちょっと感がいいみたいだな、名前覚えておくか。
「バレたのですか?」
「まさか、バレてないよ」
バレてない、それは私がこうして生きているのが何よりの証拠。アマルトは『アンブリエル』を知らない、例え違和感を感じても答えには辿り着かない、バレていない。
「ならいいです。では帰りますよ…、モース大賊団へのカバーは」
「してある、シャックスは山賊を引退して隠居したことにしておいたよ」
「……では、帰投します。既にチタニアもオベロンも準備を済ませています、他のナンバー達も集結し力を蓄えている」
「トリンキュローは?」
「そちらも万全に、抜かりなく」
「流石」
ならば帰ろう、これから行われる大仕事はハーシェル家始まって以来の大仕事だ。大勢が死ぬ、ド派手に死ぬ、そしてその煽りを受けて余計に死ぬ、余分に死ぬ。世界に死が満たされ欺瞞と疑心に満ちた世が生まれる。
人が人を憎み疑う世界、それこそが私達にとっての楽園なのだ。
「では、…決めるとしましょう。全ては…生きるべきか死ぬべきかを」
エアリアルとアンブリエルは魔女の弟子達に背を向け歩き出す。もし彼等がエルドラドに向かうつもりならきっと戦うことになるだろう、そして…誰も残さず死ぬことになる。
マーガレットへの罰は、その時まで取っておけば良いのだ。
………………………………………………………
「はい、はい、そうです。ジズはやはり謀反を…はい」
ただ一人、荒野に立ち尽くすダアトは手元に握った黒い樹木のカケラを口元に当て『報告』を行う。今回の事件の顛末を総帥へ伝える為、彼女の一部に声をかけているのだ。
『───────』
「ええ、そうですね。魔女の弟子達にも会いましたよ、当初予測していたよりも強かったですが…それでも想定の範囲内です」
『────────』
「え?気になる奴?…不思議な事を聞くのですね、総帥。貴方が他の人間に興味を示すなんて」
ダアトが東部へやってきたのは総帥からの直々の命令があったからだ。普段私を動かさない総帥が自ら私に声をかけ東部に行けと言った…、それだけでも珍しいのに私が気になる奴がいたか…なんで聞くなんて、珍しいにも程がある。
「そうですね、争乱の魔女の弟子ラグナ…あれは要警戒対象ですね。アレが何かの拍子に『自分の魔力覚醒の本質』に気がついたら手がつけられなくなる」
『───────』
「そりゃあ私だって殺したかったですが、世の中ままならないものですよ」
『──────』
「そうですね、後は私個人の感想を述べるなら…孤独の魔女の弟子エリス。あれも目を離さない方がいい、アレはきっと……いえ、なんでもありません」
『───────』
「ええ、今すぐ帰りますよ。というかいいのですか?今からジズのところに行って全員殺せ!とか命令しなくて」
『────────』
「え……?」
そこで総帥から帰ってきた思わぬ返答に、ダアトは聞き返してしまう。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった、というか予測出来よう筈もない。そもそも前例がないし…。
「それ…ありなんですか?」
『────』
「いえ、不服はありません。では直ぐに帰投します…はい」
総帥声に返答を届け、私は彼女との連絡を終え木の板を懐にしまう。さて…ようやく東部から離れられる。こんな乾いた土地に長時間居たら健康に悪い。
まずは本部に帰り、そこで総帥からの下された新たな指令を行い。その後はきっとバシレウスへのトレーニングに付き合ういつものルーティンに戻るのだろう。
そうしている間にも、世界は動いていく。既にジズは反乱の支度を終え動き出すだろう、ジズの虎の子でもあるシュトローマンも八大同盟への接触を果たしているし、八大同盟は今回の一件に不干渉を貫く。
「はてさて、結果はどうなることやら」
目を見開き、空を見る。識による高度予測にてジズの謀反の顛末を見ようとしたが…結果が見えなかった。こんな事は初めてだ。
ジズの反乱…恐らくだがその渦中に彼女が居るんだろう。唯一私の予測を乱し得る存在であるエリスが。あの子は…行く先々で事件に巻き込まれすぎでしょう。
この先の結果は私にも分からない、ジズの起こす反乱が上手くいくのか、エリスの巻き起こす波乱がジズを食うのか。どちらに転んでもおかしくない。
「……ふふふ、未来が楽しみなんてはじめての経験です。エリスさん…やはり私は貴方と友達になりたかった」
爽やかな風が吹く、次に物事が動く頃は春の訪れを感じる頃だろうか。ああ…結果が楽しみだ、早く時間が過ぎないかな。
「さて!では帰投ついでにジョギングをして帰りましょうか。疲れていても健康の為健康の為!」
動き出す。世界が動き出す。エリスを中心に今まで止まっていた全てが動き出す。
エリスさん、貴方が今までマレウスで経験した冒険は飽くまで序章。貴方がこれから経験するのは激動の時代の入り口。荒れ狂う時の津波に飲まれて消えるか、或いは制して先を見るか。
どちらにせよ、私は待っていますよ。貴方が全てを乗り越えた先で…今一度再会するその時を。だからその時また改めて決着をつけましょう。
我が宿敵にして唯一の友になり得る女よ。決して止まる事なく…進め。
……………………第十四章 終