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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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474.魔女の弟子と母の涙


『神よ、我らが愛せし魂をその膝下に掬い上げ、その生涯に至るまで祈りに尽くした功労を讃えて頂きますよう、ここに集いし我等が懇願致します』


「おい、何でお前まで葬儀に参加してんだよ」


「シッ、静かに」


そして、モースとの戦いを終えたエリス達は翌日…遂に念願の!と言っていいのかは分からないがヒンメルフェルトさんの葬儀を迎えることが出来た。


長々とした儀式を終えて、エリス達は最後の仕上げ…天に昇る魂の見届けを行うべく祈りの間に参列する、と言ってもみんなではない。弟子達の中から参列しているのは代表としてエリスとラグナ…そしてネレイドさんだけ。


後はナールとか、アデマール老師とか、ケイトさんとか。生前のヒンメルフェルトさんを知る人達だけ、葬式というにはやや寂しい気もするが…それよりも気になるのは。


「あーしも一応関係者ですよね?」


「どこだよ…」


モース・ベビーリアの存在だ。昨日の戦いから回復した彼女は何故かこの葬式に参列し、エリス達と同じ長椅子に座ってヒンメルフェルトさんの葬式を見届けていた。


本人曰く今回の事件に関与して葬式を遅らせたから、一応関係者とか言うわけのわからない論法を使って無理矢理参加したのだ。アルトルートさんに許されたからって…こいつ厚顔すぎるだろ。


「出てけよ、お前がいるとナールが怯える」


「怯えさせとけ、あーしはまだあいつのこと嫌いだから。と言うか静かに…」


するとモースはずいっと身を前に乗り出し、祈りの間の最奥にて行われる儀式に注目する。恐らくだが、彼女がこんな無理矢理な論法を使ってでもこの葬式に参加した理由は…一つだ。


『ではネレイドさん、天の錫杖を』


『はい、どうぞアルトルート…』


「おおー!ネレイドー!見てるでごすよー!!」


ネレイドさんだ、この儀式を執り行うアルトルートさんの補佐を行う為僧侶服に身を包み、テキパキと動くネレイドさんを見るためにここに来たんだ。


この人は、悪人だ。どうしようもない悪人だ、だが悪人もまた人…我が子は可愛いか。しかしその愛は届いているやら居ないやら、ネレイドさんは一瞬物凄い形相でこちらを見て口で『黙れ』と伝えてくる。


はっきり言って、葬儀の邪魔だよモース。


「モースさん、気持ちは分かりますが…抑えて」


「ん、すまんでごす」


エリスがモースの服を引っ張り強制的に座らせると…彼女はマジマジとこちらを見る。エリスもまた彼女の顔をマジマジと見つめる。そうして見つめあった後モースは…。


「そういや、あんたとは久しぶり…だったでごすね」


「はい、何だかんだ今回の戦いでは顔を合わせなかったので」


「懐かしいでごすなぁ」


「ん?ああ、そういえば二人は初対面じゃないんだったな」


そう、アレはエリスがまだ師匠と旅をしていた頃の話。エトワールに着いて早々彼女と会ったんだ。会った時は彼女が何者か知らなかったが…今にして思えば三魔人の一角に躊躇なく話しかけるとか、エリスどうかしてたよ。


「お前も大きくなったでごすな、それに強くもなった…あの頃は小指で殺せそうな雑魚クソだったのに」


あの頃のエリスを雑魚呼ばわりか…一応覚醒は会得してたんだが、まぁ事実だろう。あのネレイドさんが半死半生でようやく倒せる相手だ、今のエリスでも倒せるか危うい相手。


ジャックにせよ、モースにせよ、三魔人とは恐ろしい奴等ばかりだ。


「魔女の弟子…あの時感じた縁はやはり思い違いじゃなかったでごすな」


「そう言えばそんな事言ってましたね、ってことは…」


「ああ、あの頃からジズから声がかけられていた。引き受けるには至っていなかったがな」


…そこでエリスは一つの違和感を感じる。モースの狙いはナールと東部の破壊だったはず、エリス達の存在は完全に誤算だった。なのに何故あの時の縁の話が今出たんだ?


まさか…。


「まさか、あの頃からジズにエリス達の話を?」


「ああ、いずれ敵対する存在としてお前達の名が挙げられていた。特に孤独の魔女の弟子と無双の魔女の弟子…そして争乱の魔女の弟子は要注意だと」


エリスとラグナとメグさんか。エリスは本拠地たる居場所を持たず放浪するから他の魔女と違って危険度が段違いに高いとシンも言ってた。メグさんはまぁ言わずもがな。ラグナは…あの頃から頭角を表していたしな。


うーん、物見事にエリス達の事を感知してるな。ジズは…。


「そしてジズは今もお前達を危険視し、警戒している」


「でしょうね…」


「でしょうねって。本当に分かってるでごすか?お前らは奴の肝入りの計画を完全にぶっ潰したんだ。生半可な怒りを買ってない、確実に殺しにくるぞ」


「…気も入りの計画?さっきから気になってましたけど…、モースさんは何故東部の破壊を?それが奴の肝入りの計画って…どうしてマレウス・マレフィカルムがマレウスを破壊するような真似を…」


「嫌がらせだ」


モースはやや難しい顔をしながら、深くため息を吐き。告げる、東部の破壊は嫌がらせである…と。


「嫌がらせ?」


「少なくともあーしはそう受け取った。奴はな…マレウス・マレフィカルムに反旗を翻して完全に乗っ取る心算なんだ、なら差し詰めマレウスそのものへの攻撃はマレフィカルムが隠れ蓑とするマレウスを機能不全にする事で、損害を与えようって魂胆なのかもしれない」


「なんですか…それっ!」


思わず怒りで手が出そうになる。つまりアレか?今回の一件はジズとマレフィカルムの内輪揉めの煽りを受けた結果だと?ジズは…単にマレフィカルムに嫌な顔をさせたいから、東部にいる多くの人達の命を奪おうとしたと!?それも無関係のモースを巻き込んで…!


なんてクズ野郎だ…!絶対許せん!!


「ん?待てよ?ジズって八大同盟だろ?それがマレフィカルムに反旗を翻すってのは、一大事じゃねぇか?」


「だからこそジズも本気であーしとジャックを引き込みたかったんだろうよ。八大同盟のボス級の連中と戦闘になっても互角に張り合えて、なおかつ魔女陣営にもマレフィカルム陣営にも属してない在野の強者となると他の三魔人しかいないでごすからな」


「つまり…」


ラグナは苦笑いする。つまりだ…八大同盟を取りまとめる盟主達は皆三魔人と互角かそれ以上の強さを持っているって事だ。なんせジャックやモースと同じ三魔人のジズが『八大同盟の一角』程度に収まってるんだから…当然か。


しかし、思い知らされるよ。今自分達が喧嘩を売ってる相手の大きさと言うものを。


「そっか、でも内輪揉めしてんなら放置しておけば勝手にマレフィカルムの戦力も落ちるか?」


「ジズを甘く見るんじゃないでごすよ。アイツはそんな馬鹿じゃない、何よりもしジズがこの謀反を成功させて、反魔女陣営のトップに立ったら…」


トンっ!とモースは何かを切るように手の皿の上に手刀を打ち…。


「即、開戦。奴は八大同盟の中でも指折りの過激派。謀反の理由もいつまで経っても魔女大国と正面から事を構えないマレフィカルム保守的対応に怒りを覚えて…だからな。奴が天下を取ったらその瞬間世界は未曾有の大戦争に突入する…」


「そりゃ…まずいな」


「まずいですね、どうしますか?ラグナ」


「どうするってもなぁ、居場所をも分からんし…あ、モースは分からないか?モースの居場所」


「友達じゃないし…」


それはそうだ。ジズがお家にモースを招いて『実はね?』って作戦の話をしたとも思えない。彼の本拠地は分からないままか…。


「ジャックなら分かるんじゃないんでごすか?確かアイツは空魔の館に招かれてたはずでごす」


「アイツも分からないって言ってたよ」


「ふーむ…、まぁそれもそうか。だって空魔の館って動いてるらしいし」


「………え?」


今、なんで言ってた?空魔の館が動いてる…?動く館?床から足が生えてトコトコ歩いてるの?メチャクチャ目立ちそうだが…。


なんでエリス達が目を丸くしていると、モースは『あれ?』と顔を上げ。


「え?まさか知らないんでごすか?ジズの館がどんなのか」


「知るわけねぇだろ…ってお前は知ってるのかよ」


「そりゃ、裏社会じゃそれなりに有名でごすからね。ジズの館」


有名なのに、場所はわからない。それは文字通り動いているから…か、ある意味最強の隠れ場所だな。


「ならせめて教えてくれ、空魔の館ってのはどういう風に動いてるんだ」


「どうやってって、そりゃ決まってるでごす」


「やっぱ館から足が生えてトコトコ?」


「なにそのキモい想像…住みづらそう。違う違う、そもそよ海魔ジャックは海に居たでごすよね?」


「まぁ、海賊だしな」


「んで、山魔のあーしは山にいた」


「山にいたかは知りませんが、山魔ですからね」


「じゃあ空魔のジズは…?」


「………もしかして」


コクリと頷いたモースは、ゆっくりと指を上へ…天井へ、否…『空』へと向かう、


「そう、空魔ジズは空にいる。空魔の館は帝国から盗み出した反重力魔力機構を搭載した…空飛ぶ大館なのでごす!」


「マジかよ!?空飛んでんの!?」


「帝国の…マルミドワズみたいに!?」


「一説によりゃあ、アレは館というより空中戦艦のようだ、なんて話も聞くでごす」


空飛ぶ館と聞いてエリス達は目を見合わせる。帝国の首都マルミドワズのように空を飛び続ける館、ジズはそこにいると言う。そりゃあ誰も居場所は分からんわ、だって空を飛んでいたら本当にどんなところにでも行けるし、誰も辿り着けない。


だから『空魔』…なのかは分からないが、ある意味一番厄介だぞ…それ。


「どうやって行けばいいんだよ…」


「知らん、でも普段は雲の上にいると言うし…見つけるのは難しいと思うでごすよ」


「…………難しいなんてレベルじゃねぇぞ」


空魔ジズの居場所は空の上、エリスでも空の上まで一気に駆け上がるのは難しい…。上空になればなるほど風の制御は難しくなる。飛べないラグナ達は尚更無理だ。見つけても突入は不可能。


ジズはマレフィカルムを乗っ取って魔女大国に戦争を仕掛けようとしている、放置は出来ない…だが手出しも出来ない。これは難問だとエリスは腕を組むが。


「まぁ、楽観的に捉えるなら…ジズもそんな直ぐには動かないんじゃないかな」


「え?どうしてですか?ラグナ」


「だって、反旗を翻す為にジズは手駒を欲した、それがモースとジャックだ…だがその二人はこうして敗れた。ジズの計画も頓挫した、なら…」


「万全ではない…ですか」


「ああ、手駒を欲するってことは、手駒が必要なくらいこれから起こそうとしている謀反は厳しいって事だしな。だから簡単には行動には移せない…だが」


「だが?」


「それで諦める奴は、そもそも謀反を企まない。この世で一番怖えのはにっちもさっちも行かなくなった強者だ。どう言う手に出るか分からん…懸念点として覚えておこう」


「分かりました」


どうせエリス達はもう既にジズにロックオンされてるし、もしかしたらこれから奴等と出会うこともあるだろう。なら簡単だ、いつものように殴ってきたところを殴り返してノックアウトする…それだけだ。


「まぁ、これからジズと事を構えるたらこれだけは覚えおくでごすよ」


するとモースはエリス達の様子を見ながら笑みを消しながら至極真っ当な神妙な面持ちで…、


「あーし達がジズに従っていたのはジズに恩義があるからってのともう一つ。奴らの戦力がモース大賊団を大きく凌駕していたからでごす」


「モース大賊団を…?」


「ああ、うちで言うところの本隊の雑多な雑魚山賊が…全員一線級の暗殺者なんだ。組織力じゃモース大賊団はハーシェル家には敵わない…戦うなら、今回以上の激戦になるでごす。覚悟をするでごすよ」


「……ああ」


モース大賊団は強かった、ジャック海賊団よりも強かった。だがハーシェル家はそれすら凌駕すると言う。…当然か、ジズは三魔人であると同時に八大同盟の一角。マレフィカルム最強の組織、その一角なのだから。


アルカナもジャック海賊団もモース大賊団も超える組織…、エリスが戦った中で間違いなく最強の敵になる存在だ。油断はしない…勿論ね。


「ま、でも朗報があるなら、あーしはもうそんなジズとは手を切ることでごすかね」


「手を切るのか?」


「おう、負けたからな。それにやっぱりネレイドを見つけてくれたのはジズじゃないし約束を守ったことにはならんし?」


「なら最初から従うなよ」


「ぶはははは!そう言うなって!…ジズに従う必要も無くなったし、もう東部にいる必要もないし…あーし達もそろそろ旅に出るでごす。だからせめてその前に…」


愛娘をこの目に収めておきたい…そうモースは再びネレイドさんを瞳に収める。愛娘か…。


「…………」


まだ、引っかかってる事があるんだけどな…これは口に出さないほうがいいんだろうか。


……………………………………………………


「なにされてるんですか?アマルト様?」


「んん?」


寺院の厨房に立ち作業に従事していたところ、ふとキッチンに入って来たメグに声をかけられ思わず振り向き首を傾げつつ、手元に広げた調理中の食材を見せる。


「料理だけど、…ほら。もう葬儀が終わるだろ?ってなったら俺達ももうここからおさらばすることになる。まぁ言ってみれば別れの餞別ってやつよ」


葬儀が終わればここにいる理由もなくなる。俺達はまた何処かへ旅に出る、その前に子供達にしてあげられる事をしたい、コルスコルピから勉強用の本を大量に持ってきて渡したり、筆記用具を出来る限り用意したり、あの子達がこれから生きていくにあたってより多くを学べるように俺は教師の端くれとして可能な限りを尽くした。


子供が子供で居られる時間には限りがあり、学びは子供のうちにするに限る。何かを知らなければ、何かを知ろうと思うこともない。無知は罪ではないが、悲しい事だと思う。だから俺達教師は子供達の未来の為に持てる力全てを使うんだ。


この料理もその一環、…と言うか俺の自己満足だな。せめてより長い時間美味い飯の余韻を味わってほしいから。


「優しいんですね、アマルト様は…お手伝いしますか?」


「頼むよ、そっちの食材切っておいてくれ。俺はあっち炒めてくるから」


「畏まりました」


「……………」


メグに背を向け俺は既に下拵えを済ませたそれを簡易的な発熱魔力機構で温めたフライパンに入れ、油を跳ねさせる。


「あの、アマルト様」


「ん?なによ」


「もしかして…その」


後ろから声をかけられ、振り向く事なく俺は答える…するとメグは。


「その、落ち込んでますか?」


「え?」


意外にしおらしい言葉が出て来て思わず振り向いてしまう。そこには…こう、なんていうか物凄くしおしおしたメグがトントンとまな板に包丁を打ち付けるように野菜を切っていた。


「なに言ってんだ?」


「えっと、…その。昨日私…アマルト様の事煽り過ぎてしまったな〜と…昨日ベッドに潜ってる時思い至りまして、不快な思いをさせてしまったかと」


「あ…ああ〜、っぶはは!お前そんな事気にしてんのかよ!」


まぁ?確かに俺も今回の戦績は情けないとは思ってたし、見せ場もなかったし、気にしてる部分は多い。だがそれでメグに何かを思うことはないぜ。だってメグは死ぬ気で頑張ってカイムを倒してくれたんだしな。


「気にしてねぇよ、第一メグがいなけりゃ俺達死んでたんだ。感謝はすれど、疎ましく思うことはない」


「まぁ、アマルト様って本当にいい男ですよね」


「だろ?ってかお前もそんな事気にするんだな」


「しますよ、私皆様のこと大好きですから…それに」


するとメグはこちらをチラリと見て、照れたように微笑むと。


「友達が悲しんでいたら、なんとかしてあげようとするのが…友達…ですよね?」


「……フッ、そうだな」


そうだ、そうだな、そうだよな〜。俺もこいつらのこと好きだし気持ちわかるぜ〜。なんとかしたい…かぁ、いい言葉だよなぁ。


メグの好意がありがたい、お陰でまだちょっと落ち込んでた部分もスッキリだ。


「よし!じゃあ次で挽回するぜ」


「次?」


「旅は続くんだ、ならまたどーせ似たような総力戦になることもあるだろうよ。だったらそん時俺はめっちゃ強え奴を倒す!」


「おお、流石はアマルト様。ではその時は頼りにさせていただきます」


「おう、頼れ頼れ!」


なはは!と笑っていると。友達二人だけの空間を踏み荒らすように別の足音が響き…。


「お?イチャイチャ中だったか?」


「あ?」


「って邂逅一番睨みつけるなよ」


次に厨房の扉を開けたのは、奇抜なアフロ頭…当然俺達の味方じゃねぇ。モース大賊団五番隊の隊長…名前は、確か。


「シャックス…だったか?」


「お?俺のこと知ってる感じかい」


「なにをしにこられたので?返答次第では容赦しませんが」


俺とメグは作業から手を離しシャックスを警戒するように睨みつける。がシャックスは勘弁してくれとばかりに両手を上げて…。


「待った待った、そんな顔するなって…もう敵対してないだろ?」


「だが味方でもねぇだろ」


「そりゃそうだ、けどもうウチの団長が戦うつもりがないみたいだし手出しはしねぇよ。それにほら、俺ぁ空き巣だし?真っ向からカチコミなんてしないしない」


「………なら何しに来たんだよ」


「いやぁ〜、いい匂いがしてたもんだから〜、味見を」


そう言って出来上がった料理に手を伸ばそうとするシャックスを手で叩いて追い返す。いやいや空き巣じゃねぇのかよ、お前これ普通に真っ向からの盗みだろうが。


「つまみ食いは許さねー」


「わ、悪い悪い…」


「ったく……ん?」


ふと、シャックスを叩いた時…何か違和感を覚え自分の指先を見る………この感じ。


「なぁ、シャックス」


「ん?なんだよ」


「俺達…初対面だよな?」


「あ?だと思うが?」


「……だよな」


…気の所為か、まぁ気のせいだよな。繋がらないし。


「ともかく今は料理してる最中!つまみ食い泥棒はどっか行け!」


「へいへーい」


「ったく、何しに来たんだか」


すごすごと退散するシャックスに睨みを効かせて追い払う、俺の目が黒いうちはつまみ食いは許さねぇ。というかこれは子供達の分なんだよ、山賊に食わせる飯はねえ!


「なんだったんでしょうね」


「俺が聞きたいよ」


「しかし、…アマルト様?なぜ初対面かどうかなんて聞いたんですか?わざわざ確認するまでもないのに」


「あ?いや…前会ったことある奴かと思っただけだよ、けど多分違う…かも」


「?」


…さっきのアイツ、どういうことだ?なんで…。


シャックスを叩いた指先を服で拭きながら俺は料理に戻る、ったく…カマ野郎が。


……………………………………………………………………


……そうして、エリス達は寺院での最後の一日を終えた。葬儀を終えヒンメルフェルトさんの棺桶を寺院の霊廟に埋葬し、これにて完全にお葬式は終わり。ここですべきことが全て終わった。


じゃあお葬式も終わったし次は一晩死者との別れを惜しんで大人しく夜を通すかと聞かれれば特にそんな事はしないようだ。まぁ…もう死んで結構経ってるし、準備期間が長過ぎて出て来た涙もとっくに出切ってる。


というわけでエリス達は早速解散の運びとなった。


「皆様、本当にありがとうございます。本当に…なんとお礼を言ったらいいか」


「いいんだよ、俺達がやりたくて引き受けたわけだし」


「そうでごす、お礼なんて…ねぇ?」


「テメェは迷惑かけた側だろうが…!」


そう言って子供達に手荷物を持たせて寺院の外に出る子供達とアルトルートさん。彼女はこれからサラキアに居を移しクルスが捨てたナウプリオス大神殿を新しい寺院にするらしい。


それ、いいの?とナールに聞いたら元々何かに使ってるわけでもないただの豪邸だから構わないとのことだった。確かに元々中に入ってたのが役立たずのクルスだったし、中身が入れ替わっても問題はないか。


「私達はこれから、ガイアの街を離れサラキアで新しい生活を始めていきます。その方が子供達にとってもより良いと考えたので」


「そうだな、ここはあまり生活するのに適してないし…街があんな状態だしな」


「はい、祖父の暮らしたこの寺院を離れるのは心苦しいですが。祖父ならきっと自分との思い出よりも子供達の身を優先するよう言うはずです、だから…ナール神父、ガイアの街を頼みました」


「任せよ、この街があれば無限に金が稼げるわ」


結局ガイアの街はナールの手元に行くらしい。この廃墟だらけの街を再興し、他の地方からの道も整備、また温泉のお湯を売ったりなんだりして金を稼いでいくらしい。ここの温泉を金儲けに…とやや面白くない部分もあるものの、大切なことであることもエリスはわかっている。


東部は貧しい地域だ、物資に乏しいから金も入ってこないし、金も入ってこないからより物理的に貧しくなる。東部の人達がより良い生活をするには金の流れを東部に作るしかない、その為の金儲けだ。回り回って子供達の為にもなろう。


「サラキアまでの護衛は必要ないか?」


「そこは大丈夫です、神聖軍の皆さんやアルザス三兄弟の皆様が護衛についてくれるので」


「え?アルザス達も同行すんの?」


「ええ、我々の依頼人はアルトルート。彼女が無事サラキアに着いてから我らもまた新たに旅に出るつもりです」


「そっか、じゃあここでお別れだな…」


「また会えますよラグナ様。俺とエリス達が再会できたのです。また何処かで、意外なくらいあっさりと顔を合わせることでしょう」


な?と笑顔を向けるアルザスにエリスも頷く、旅は別れの連続だが、同時に出会いの連続でもある。歩き続けていればいつかは道も交わるしまた別れるもする。出会いと別れと再会を円のように繰り返し思い出を重ねていくものなんだ。


「では…私も皆様と再会できる事を祈って…」


そうアルトルートさんが礼をすると…周りの子供達も。


「それじゃあねー!アマルト先生〜!」


「デティ先生もありがと〜!魔術教えてくれて嬉しかった!」


「メグさんもいつもお洗濯してくれてありがとうね!」



「うう、お前ら…くぅ〜、立派に生きろや〜!」


「魔術の道は一日にしてならず、きちんとした魔術師になりたかったら毎日修行を。そしていつか…自分が立派な魔術師になれたと思ったらアジメクを尋ねなさい」


「メグさんもお洗濯頑張りましたので、あ…テレンド君がおねしょした事を内緒にしておきますね」


余計なこと言うじゃんメグさん…。でも嬉しいもんだよね、子供達の未来を感じさせる笑顔というものは。この子達もきっと将来は立派な大人になってくれることでしょう。


子供達の健やかな将来、それこそが大人が願う最大の理想なのですから。


…ちなみにエリスに別れの言葉は?と期待してみると。


「エリスちゃんまた今度ね」


「エリスちゃんまた一緒にお化粧しましょうね〜」


「エリスちゃんまた可愛い格好してよ〜」


エリスだけなんか愛玩動物みたいな扱いだった…。まぁ嬉しいんですけども…。


「ふふふ、みんなそろそろ行きましょうね。…では!ネレイド様!ケイト様!またいつか!何処かで!」


「おう!またどっかでな!」


バイバーイと手を振り街の外へと歩いていくアルトルートさん…それと。


「…………」


「バルネア君」


「分かってるよ、ネレイドさん…、もう背中は押してもらわなくても大丈夫。俺…きちんと歩いて行くよ、それでまた誰かの背中を押す。そうやってみんなでアルトルートさんを支えて行くよ」


「うん、強くなった」


「ふふふ…あははは!」


バルネア君とネレイドさんは拳を突き合わせ、そして別れる。バルネア君も答えを得たようで…最初会った時みたいに迷いもない。うんうん、いいね。若人は道に迷ってこそだよ、大人のエリスはそう思うわけですよ。


にしても今思ったけどエリス…寺院の子達からかなり影の薄い存在だと思われてそうだな…。


なーんて思いながらエリス達は旅立って行くアルトルートさん達に手を振る。彼女はエリス達に再会と言った、それは夢物語ではない。エリス達にはまだマレウスでするべきことがある、その過程でまた東部に来ることもあるだろう。


しかしこれで東部の用事がまた増えた。…東部の最奥にある特別領事街ヤマト、師匠達に立ち寄る事を頼まれた東部にあると言われるレーヴァテイン遺跡群。どちらもここからではまだ遠いがまた東部に来た時にでも寄るか…或いはこれからうくのもいいな。


「行っちまったな、いつ味わっても別れは寂しいもんだ」


「ですね、…で?モース達はこれからどうするんですか?」


「ん?あーし達でごすか?…勿論東部を離れるつもりでごす。というかしばらく身を隠す」


「身を隠すの?」


「ああ、あーし達はもうジズに従うつもりもない。がジズがそれを許すとは思えない、もしかしたら刺客を送ってくるかもしれないでごすからな」


「返り討ちにすればいいじゃん」


「正面から玄関口叩いて喧嘩売ってくりゃそれも出来る。けど…そうもいかない、寝床を襲われるか、食事に毒を盛られるか、或いは唐突に爆弾投げつけられるか。そこに強さは関係ない。殺し屋に恨まれるってのはそう言うことでごすよ、そして…」


「これは私たちも同じか…うん、気をつけるよ」


「なはは!それでこそあーしの娘!」


エリス達もまたジズに恨まれる身、警戒はしておくに越したことはない。モース達もそれを警戒して暫くは大人しくするようだ、エリス的にはこいつら今すぐお縄にかけてやりたいところではあるが、アルトルートさんが許しちゃったからなぁ。


まぁ、モースもそこに対して悪事はしないと誓いを立てたし…大丈夫なんだろう、このあと山賊団を解散するか、別の生き方を模索するかは知らないけど、エリス達に関係のある話でもないしな。


「んじゃ、達者で暮らせよ…ネレイド」


「うん、生きるよ」


「これで呆気なく殺されては我らの面目も立たん、生きろよ…」


「ええ、ジズにだけは…殺されませんから」


「エリス、今回の一件は借りとしておく…だが忘れるな、私はお前に必ずリベンジするからな」


「お好きにどうぞ、いつどこからかかって来ても返り討ちにしますから」


ジャック達ように良好な関係になれたわけではない、だが…モースがエリス達に歩み寄ってくれた以上、もう敵ではないかもしれない。エリス達は立ち去って行く彼らに対して手を振ることはなく別れを告げる。


…こいつらともまた何処かで会えるのかな。いつ会えるのかな…。


…いつ会えるか、分からないのなら…せめて、聞いておくか。


「あの、モースさん」


「ん?なんでごす?」


すると、立ち止まり出立を取りやめたモースはくるりとこちらに振り向く。周りの山賊達もまた足を止めエリスに注目する。いやそんな大したことじゃないんだけどさ。


「一つ聞いてもいいですか?」


「いいでごすよ?」


「大したことじゃないんですけど、よくネレイドさんが自分の娘だって分かりましたね」


血統書があるわけでもない、確かな記憶があるわけでもない、なのにどうして娘とわかったのかと聞くとモースは。


「そんなもん分かるでごすよ、だって娘でごすから、一目でわかる。でごすよね?ネレイド」


「い、いや私は前にそんな話を聞いてたから…、モースがお母さんなんだってずっと思ってただけで…」


「およ?そうなんでごすか?でもほら、背丈が同じくらいだし…筋肉質なところも似てるでごすよね?ね?みんな」


お、おいおい…ちょっと待てよ、じゃあ…何か?


「え?特になんの証拠もなしにお高い親子だと思ってたんですか?周りに言われたからそんな気がしてたって…それだけ!?」


「失敬な事を言うでごすな…!あーしとネレイドな親子なんでごす!そこに変わりはないでごすよ!」


「でもなんの確証もないんですよね!?」


「はぁ〜〜小うるさいでごすねぇ、仕方ない…ネレイド。あれを見せてやれ」


「あれ?」


「あーしとネレイドが親子だって言う証拠でごす」


ああなんだ、あるんだ…と思いきやネレイドさんは『え?なんのこと?』と首を傾げており、モースさんもネレイドさんのその態度に何やら怪訝そうな顔をして…。


「と、惚けちゃダメでごす。お前もなんとなく理解していたはずでごすよ」


「なにを…?」


「あーしがお前につけた目印でごすよ!」


「目印?そんなの…あった?」


「あるでごす!首筋!首筋に刺青を入れたでごすよ!あーしの娘だと言う証明が欲しくてあーしはお前を手放す時に首筋に掘ったんでごす!」


そんな分かりやすい目印が……。


と、その瞬間エリスの脳裏に浮かぶ記憶のフラッシュバック。それは彼女と一緒に温泉に入った時のこと。彼女の裸体を見た時のこと。


彼女の首筋に刺青……そんなもの、あの時は…。


「お、おい待てモース!そんなもの入れていたのか!?」


「え?アスタロトは知らないでごすか?」


「私が加入したのはネレイドが捨てられたあとだ!というかそんなものがあるなら…確認したんだよな!?」


「してないでごす」


「…………」


アスタロトは口元に手を当てる。そうだ、温泉に攻め入った彼女もまたネレイドさんの裸を見ている、組み合って首筋を見ている、だからこそあんな顔をするんだろう。


だって、ネレイドさんの首筋に刺青は…。


「無いよ、そんなの」


「え……?」


無い─────。


その一言に場が凍りつく、無い…無いんだ。どうしよう、当事者じゃ無いのに涙が出そう、息が荒くなる、やばいんじゃ無いかこれ。


ゾゾゾっとモースの顔色が変わり…。


「嘘でごす!ちょっと見せろ!」


「ちょっ!?」


その瞬間モースはネレイドさんに組み付き首筋を確認する…が。無い、右にも左にも無い。それを見たモースはワナワナと震え。


「もしかして、消した?」


「刺青って消せるもんか?」


「でもそれしか考えられないでごすよ!あーし絶対入れたもん!刺青!」


「そんな刺青なかったよ、お母さんもそんなこと言ってなかったし…え?ってことは」


見つめ合う、お互いの顔を見てモースとネレイドさんはあんぐりと口を開けて…。


「……………どちら様?」


「……………こっちのセリフ」


ち、違うの…!?ここまでやっておいて!親子じゃ無いの!?じゃあなんだったのさ!ここまでの一連の流れ〜!!!!


「嘘だ!嘘でごす!絶対に刺青を入れたはず!」


「どんな刺青さ!」


「あーしの紋様と同じ刺青でごすよ!これに見覚えがあるはずでごす!!」


そう言って服を脱ぎ見せる背中に刻まれたのは巨大な怪物?龍?の紋様だ…。だがそれに見覚えがないのかネレイドさんは首を傾げ。


「いや、昨日見たのが初めてだけど」


「そんなーーー!!!???じゃあ…じゃあネレイドがあーしの娘じゃないなら、結局あーしの娘は…何処に行ったんでごすかー!!せっかく見つかったと思ったのに…こんなのあってあんまりでごすよー!!!」


刺青がない以上、ネレイドさんはモースの娘ではない。あれだけ親子感出してたのに結局親子じゃないとか…でも周りも周りだよ、背丈と体格だけで判断して本人達を焚きつけたから…と言っても今更か。


しかしネレイドさんとモースが親子じゃないなら、結局のところモースの娘は何処に行ってしまったのか。これはついぞわからないまま…なのか。


と、思ったところ。


「この刺青……」


エリスは見る、初めて見る。モースの背中に刻まれた刺青を見て…感じるのは既視感。エリス…これ見るの初めてじゃない。


この刺青…この模様…何処かで…、そう…何処かで見ているんだ。これは確か…ずっと昔の……。


「ああー!!!!!!」


「うおっ!びっくりした!どうしたんだよエリス」


お、思い出した!この刺青!確かアレだ!嘘だろ…じゃあこの人の娘って!


ってかラグナ!何貴方ポカンとしてるんですか!これ貴方も見てるでしょう!


「ラグナ!これに見覚えは!?」


「いや〜それが全然思い出せなくてさぁ、どっかで見た気はするんだけど…」


「ラグナッッ!!」


「ぶへぇっ!?なんで殴るの!?」


「貴方も見てるんですよ!これ!エリスと貴方は見てるんです!思い出してくださいよ!もっと見て!」


「もっと見てって、いくら見ても同じじゃん。怪物の刺青…いや、『剣を加えた怪物の刺青』だろ?」


そうだよ!見覚えあるでしょう!とエリスが問い詰めてもラグナは首をグリングリン傾げるばかり。周りの弟子達も口をあんぐりと開けているしモースとネレイドさんに至っては状況について行けていないと言った感じだ。


そんな、覚えてるのエリスだけですか…。


「なぁエリス、教えてくれよ。これどこで見たんだ?」


「何処でって…アルクカースですよ!エリスとラグナが継承戦の準備をしてる頃の話です!」


「継承戦って!どんだけ昔だよ!もう軽く十年くらい前だぞ!?」


「エリス覚えてます!…アレはエリスとラグナが継承戦の準備のため、武器の調達をしにアルブレート大工房に行った時の話です」


「ええと待てよ、そん時は確かアルブレートの工房長に会って…その後ラクレス兄様の悪事の一端を知って…そういや確かその時アイツにも出会って…。ああ!思い出した!アイツだ!アイツの首元にこの刺青があった!!」


ラグナの肌がゾワっと粟立つ。そうだよ、エリス達は一度この刺青を入れた人に会っている、そしてその人は…捨て子として工房に拾われている。


そう、つまり…この刺青をしたモースの本当の娘は。


「ミーニャさんです!ミーニャさんの首元にこの刺青がありました!彼女は捨て子として奴隷市場に売られていた所を工房に拾われている上…」


「年齢的にも一致する…!そうか!アイツ最近馬鹿みたいに身長が伸びて筋肉ムキムキになってると思ったら!あれモースの遺伝かよ!ってか山魔モースの娘だったのかよアイツ!」


そうだ、あのミーニャさんこそがモースの娘であるという証拠の刺青を持つ女の子。年齢もあっているし奴隷として売られていたと言う経緯も合致する。


恐らく、こちらは本当に間違いない。モースの娘はネレイドさんではなくミーニャさんの方なのだ。


「え?え?あんたら…あーしの娘を知ってるんごすか?」


「知ってます!割と仲良いです!」


「本当でごすか!?今何処に!ちゃんと生きてるでごすか!?元気でやって…真っ当に生きてるでごすか!」


そう言って必死にエリスにしがみつくモースの目には涙が浮かんでいる。ようやく見つけた娘が…実は違って、でもその後恐らく本物と思われる存在を見つけ、情緒がめちゃくちゃになってるんだろう。


なら、せめて安心させてあげよう。


「はい、元気でやっています。彼女は奴隷として売られた後アルクカースの武器職人さんに拾われたんです。そこで必死に鍛治の勉強をして…今では世界で一番の鍛治職人としてアド・アストラの兵器開発部門の局長として平和を守る為に働いていますよ」


「あーしの娘が…アド・アストラで働いて、お偉いさんになって…それも、世界一?」


「はい、部下はみんな彼女を姉御と慕い、たくさんお給金をもらって、個人の仕事部屋まで貰って、立派に独り立ちしてます」


「ッ…ああ、そうでごすか…!」


「それにね、エリスの身に付けてるこの籠手。これもミーニャさんが作ってくれたんですよ、エリスはこの籠手に何度も何度も、そりゃあもう数えきれないくらい助けられてきました…彼女には感謝してもし切れません、そんな人が世界中に溢れてるんですよ!」


「それが、…あーしの子が作った…?」


「はい、触ってみますか?」


そう言ってエリスは小手を外してモースさんに渡す。最初は壊さないようにゆっくりと触っていた手が、しかと籠手を掴み、撫でて…確認して、何よりも愛しい物を見るように抱きしめて…。


彼女は、乾き切った東部の大地に水滴を垂らす。


「ッ…そうか、そうだったのか…あの子は、アルクカースで職人をして…ッ!色んな人たちに感謝されて…!」


「はい、世界で一番尊敬出来る鍛治職人です」


「ズズッ…そっか…っ!そっか!壊す事と奪う事しか出来ないあーしが…生んだ子が、こんなにも凄い物を作り与えているなんて…誇らしい、誇らしいでごす…!うぅ…ぉおお…!」


目からは涙を、鼻からは鼻水を、心からの喜びを。娘の立派な生き様…その証たるディスコルディアの宝転輪を手に蹲りながら声を上げて号泣するモースをエリスはただ眺める。


彼女は何よりも娘の幸せを望んでいた。奪い壊すしか出来ない自分のようにはならないでほしいという祈りは届き、今…娘のミーニャさんは作り与えている。尊敬されて慕われて、立派な人として生きている。


モースはただ、それだけで嬉しくて…涙を流す。


「モース…」


「ネレイド…、すまなかったでごす。お前には…迷惑かけたでごす」


「ううん、貴方が娘を思う気持ちは…私もよく分かってる。娘の為なら命をかけられるくらい貴方は娘を愛している。その愛が…届いてよかったね」


「…ああ、今あーしは…神様に感謝したいくらい、嬉しいでごす」


ネレイドとモースは、親子ではなかったが…或いはそれと同じくらい、互いに互いを理解し合えているのだろう。モースの肩に手を置き共に泣き、共に喜ぶ。


「どうする?モース、貴方が望むなら…ミーニャに会えるけれど…」


「……いや、いいでごす。立派に生きてくれてるなら、それでいい」


「そっか、貴方ならそういうと思ったよ」


「…ただ、もしまた一度アルクカースに戻る日があったなら。伝言を」


すると、モースはエリスとラグナの方を見て…宝転輪を返すと共に。


「『お前の母は、お前を誇りに思っている』と…そう伝えてほしい」


「分かりました、しっかり…伝えますね」


「ああ、…ははは、結局娘に会わせてくれなかったジズなんかよりも余程好感が持てる。…よっしゃ!エリス!ネレイド!何かあったらあーしに言うでごすよ!お前らにゃ借りが出来た!何かあったらあーしらモース大賊団が味方をしてやる!」


「マジで?そりゃあありがたい…けど」


ラグナは苦笑いする、嬉しいんだけどさ…マレウスに来て出来た味方が世界最強の海賊ジャックと世界最強の山賊モースって…、これじゃエリス達が裏社会の人間みたいですよね…。


「よーし!そうと決まればまだトレーニングだ!肉食って酒飲んでまた体作り直して!あんた達の味方をする時のために力を付け直さないとな!」


「おお!団長…ようやく!」


「ああ!カイム!暴飲暴食解禁だ!世界最強のあの頃を取り戻すぜ!ぶはははははは!!!」


「うぅ…くぅ、カイムは嬉しゅうございます!」


「フッ、ようやくモースとの再戦が出来そうだ」


「それもこれもあんた達のおかげだ!…ミーニャまたよろしく言っといてくれや!」


娘が元気にやっていることを知った彼女は嬉しそうにガハガハ笑い、今までの気怠げな様子を消し飛ばす程豪快に笑う。もしかしたらモースという人間の本来の姿はこういう豪快な感じなのかもしれないな…。


「あ、そうだ…ネレイド、ちょいこっち」


「ん?なに?」


するとモースはネレイドさんを呼び寄せ…耳元でコソコソと何かを話すと。


「え?」


ネレイドさんは驚いた様子でこちらを見て、首を傾げる。何を話されたんだろう…。何んて気にする暇もなくモースは背中を向け立ち去り始め…。


「んじゃあな!ネレイド!…お前の母ちゃんも見つかるといいな、いや見つかるはずだ。お前ほど優しい子なら…きっとご褒美もあるはずだよ」


「う、うん。ありがとうモース」


「ああ!…んじゃ、またなッ!!」


拳を掲げ、勢いよく去っていくモースを眺め…エリス達は何となく思う。悪人を逃してよかったのかと言う疑問を吹き飛ばすほどに、モースという一人の母が報われてよかったと。また元気になれたのなら…多分ミーニャさんも嬉しいだろう。


「行っちまったな、みんな」


「ですね」


そして残されたのはエリスとラグナ、ネレイドさんや魔女の弟子と。


「全く、最後の最後でどんでん返しにも程がありますよ」


今まで気だるげに物を見ていたケイトさん、そして。


「にしても驚きだよね、まさかネレイドのお母さんがモースじゃなかったなんて、じゃあ何だったんだよ感がすーごい」


「あんまそう言うこと言うもんじゃないっすよ」


オケアノスとヴェルト…残されたのはこの十一人…ってぇっ!?


「オケアノさん!?ヴェルトさん!?貴方達何故ここに!?」


「うぇぇっ!?ヴェルト!?何でいるのさ!神聖軍もう行っちゃったよ!?」


「あ…いや、そのぉ」


「うん、私とヴェルトはこのままサラキアには向かわずエルドラドに行くんだ」


「エルドラド?」


皆が首を傾げる、神聖軍に同行せず変わりに向かうのはエルドラド…って確か、マレウスの中部にあるリュディア領の大都市の名前で、…クルスが向かったとされる場所。


「クルスについていくのか?」


「まぁアレでも一応教皇だしね、アイツがこれから行われる会議に出席するのに神将不在ってのもアレだし。それにちょっと問い詰めてやりたいから私達もエルドラドに向かうことにしたんだ」


「へぇ、そっか。殺すなよ」


「分からない」


なはは!と笑うオケアノスさん達を横目に、エリス達が注目するのは…ケイトさんだ。オケアノスさん達も直ぐに旅立つようだし、そろそろこの話をしてもいいだろう。


「さてと、それで?ケイトさん?」


「ん?なんですか?」


「何ですかじゃなくて、報酬」


「報酬…?」


こいつ、張り倒してやろうか…今度こそライデン火山にダンクしますよ…。そうエリスがパキポキ関節を鳴らせば彼女は鼻水を垂らして手を前に出し。


「ジョーダン!ジョーダンですから!…報酬、マレフィカルムの情報についてですよねぇ?…分かってますよ」


「元々この件についちゃお前に口割らせてもよかったところを温情で依頼を受けたんだ、報酬の支払いくらい渋るなよ」


「なになにー?何の話ー?教えてネレイド」


「オケアノス、一旦静かに」


シッと話に混ざりたがるオケアノスを制止する、ケイトさんにはマレフィカルムの情報を喋ってもらわないといけない、エリス達はその為に東部まで来て戦ったんだから。その報酬として情報をもらわねばやってられない。


そこで観念したのかケイトさんはおほんと軽く咳払いをして。


「…実はマレフィカルムの情報を握るかもしれない人を見つけたんです」


「え?本当ですか?」


そう問いかけるナリアさんの言葉に小さく頷くケイトさんはそのまま続け。


「エリスさんには言ったはずですが、冒険者協会の内部には魔女排斥機関の手の者が多く紛れ込んでいると」


「言ってましたね、実際に見たことはありませんが」


「…私も、奴らの尻尾を握ろうと頑張ったんです。そうしたら見つけたんです…冒険者協会内部に手引きしている人物を。恐らく彼は協会を…マレフィカルムに売るつもりなんでしょう」


「誰なんだよ、勿体ぶるなって」


「…手引きしている関係者の名は、…ガンダーマン。冒険者協会現会長『大冒険王』のガンダーマンです」


「ッな!?」


ガンダーマンって、あの俗物ジジイか!アイツがマレフィカルムに冒険者協会を売る?…う〜ん売りそ〜う!売りそうだなぁ〜!!


「私ずっと不思議に思ってんたんですよ、彼が身に付けている宝飾品の数々は何処から出たお金で買ってるのか」


「協会の資金を使ってるんじゃね?」


「私も最初はそう思ったんです、けど…最近は豪邸まで買ったりして、こりゃあ流石になんかあると思って調べてみたら、マレフィカルムとの繋がりが浮かび上がりまして」


「…マレフィカルムからの金でガンダーマンは私腹を肥やし、マレフィカルムはガンダーマンの提供で隠れ蓑である協会を手に入れると…ウィンウィンだな」


「って事は、ガンダーマン締めりゃなんか分かるか?ガンダーマンは今どこに居るんだ?」


「彼はああ見えて神経質ですからね、あちこちを行き来してるので特定は難しい」


「あんたガンダーマンの部下だろ…!」


「そんな事言わないでくださいよー!私ガンダーマンから押し付けられた仕事全部やってるんですからね!忙しくて何処に居るかなんて気にしたこともないですよー!でも裏切ってるなら別です!丁度次の行き先は分かってるんです!これが皆さんに直ぐに言えない理由でもありましたが…」


「行き先…?」


「エルドラドです!クルスが向かったエルドラド会談にガンダーマンも出る予定なんですよ!一応マレウスの権威者の一人なので」


「マジかよ…」


クルスが向かったエルドラドにガンダーマンも?って事はエリス達もエルドラドに行けばガンダーマンに会えるかもしれないと、そしてそこでガンダーマンを問い詰めれば…情報が掴めるかもしれないのか。


「会談は一ヶ月後です、それまでに何とかエルドラドに行けば…」


「って言っても、会談ってことは他所者は入れねぇだろ。それにクルス程の大物が呼ばれる会議なら厳戒態勢が敷かれるだろうし…少なくとも会談中は街に近づけないぜ」


「ちなみに主催はマレウス王政府で国王様も出席します」


「ならなおのこと無理じゃん!」


参ったな、ガンダーマンが何かを知っている可能性があるのは分かったが肝心の街に近づけないんじゃ接触のしようが無い。王貴五芒星や国王が出席する程の大会談が開かれているなら当然…街の外からやってきた旅人なんかが安易に近づけるとも思えない。


…んー、地味に詰んでないか?


「ではこう言うのはどうでございましょう、街に忍び込んでガンダーマン誘拐」


「終わる!バレたら終わる!」


「ではガンダーマンの家族を誘拐」


「それは倫理観が終わってる!」


「じゃあ諦めましょう」


「話を終わらせるな!まだなんかあるだろーがよ!」


なんてメグさんとアマルトさんがキャイキャイ言ってる中…。


「ん?」


エリスは気がつく、寺院の中から手荷物を纏めたアリスさんとイリスさんがおずおずとこちらを見ていることに。


「どうしました?アリスさん、イリスさん」


「実は…」


『じゃあ私と一緒にクルスの護衛として潜入しちゃう〜?ネレイド〜!』


『それはやだ』


『そんなこと言わないでさぁ!一緒にやろ──』


『やだ』


背後の喧騒に背を向けてエリスはアリスさんとイリスさんに近づくと、彼女達は胸元から一枚の手紙を取り出し…。


「帝国に、冒険者協会経由でエリス様にお手紙が」


「協会から?」


なんで冒険者協会からエリスに?とケイトさんに目を向けると彼女も何も知らないのか首を横に振る。よく分からない…っていうか、冒険者協会『経由』?ってことは差出人は協会じゃない?なら誰で…。


そう思い、手紙の裏に書かれた差出人の名前を見てエリスは…。


「ッ…ステュクス…!」


思わず手に力が篭る、ステュクス…!?なんでアイツがエリスに手紙を。読むか?破いてやろうかな…いやいや、彼がエリスに手紙を出してきたなら何か意味があるんだろう。


もしかしたら果たし状とかかな、なら受けて立とう。次はぶっ殺すと口の中で唱えながらエリスは手紙を開き中身を読む。


『まず最初に言わせてください、殺さないでください、破かないでキチンと読んでくださいお願いします』


チッ、アイツに思考を先読みされるなんて…。


『突然のお手紙に困惑していることと思います、それも俺からの手紙でさぞ困惑か激怒しているでしょう。ですがどうしても姉さんの力を借りたいんです。俺は今マレウスの中央都市サイディリアルで国王レギナの下で働いています。彼女は俺みたいな野良の冒険者にも優しくしてくれる素晴らしい人物で俺も彼女には恩があります、なので彼女の役に立ちたいと思い姉さんに手紙を送りました』


レギナちゃんの所で?なんでアイツがレギナちゃんと一緒にいるんだ?いまいち繋がりが見えてこないな…。


『そして本題です。レギナは今度エルドラドで大規模な会談を開くつもりです、そこでマレウスと魔女大国の関係性について改めて話し合い和解の道を探ると言っています。その為にもアド・アストラの六王の力が必要です、エルドラドにアド・アストラの六王を連れてきて欲しいんです。危険なのは承知です、六王に何かあったら俺を袋叩きにしても構いません、何もなくても三発くらいなら手加減込みで殴っても構いません。全ての責任は俺が取ります、なのでどうかお願いします』


そんな手紙と一緒に封入されていたのは…、エリスがステュクスに渡したポーションの瓶。これは確かにエリスが渡した物だ、エリスなら瓶に着いた細かな傷や形を記憶出来ると理解して送ってきたのか。


なるほど、つまりこの手紙は本物のステュクスが送ってきたと言う証明で、アイツは六王を連れてきて欲しいと…。


『断る!!!!』


と口にしてやりたいが、これはある意味渡りに船か…。


「すみません、ラグナ」


「ん?どうした?」


「実はステュクスから手紙が届きました…」


「ステュクスから?…見せてみろ」



「ん?」


「どうしたの?ヴェルト?」


「いや、今懐かしい名前を聞いた気が…」


チラリとこちらを見るヴェルトさんを無視してエリスはラグナを手紙を読ませる…すると彼は、一瞬難しい顔をするものの、直ぐにニタリと笑い。


「都合がいいにも程があんだろ」


「行きますか?」


「正直、危険だとは思う。マレウスはアド・アストラを仮想敵として見ているからな、六王だけで行けばもしかしたら何か…罠のようなものにかけられる可能性もある」


「ですよね…でも」


「ああ、それでも…まぁ、大丈夫だろ。それにこれは『マレフィカルム捜索』とは関係のない『六王としての仕事』だ。アド・アストラのバッグアップも万全に使える筈だ、だから…行くか!エルドラド!招待されたんなら追い返される事もねぇだろうし!」


手紙を天に掲げながら吠えるラグナと共に弟子達もまた状況を理解したのか…。


「ふむ、六王への招待か…レギナ殿が何を考えているか分からないが、恐らくマレウス建国史上初めての試みだろう。こちらの打算抜きにしても参加する価値はあるだろう」


「六王ってことは私たちだけじゃなくてベンテシュキメさんやヘレナさんやイオくんも連れてくってこと?ならアド・アストラ側から護衛の人たち何人か連れてこないとね」


「ベンちゃんも行くんだ…いいね」


「イオも行くのかよ、久しぶりだなアイツと会うのも」


「ヘレナさん元気ですかねぇ、アルザスさん達と言いエリスさんの旅を思い出します」



「ええー!ネレイド達も結局エルドラド行くのー!やりー!じゃ!一緒にいこーぜー!」


「結果的に、こうなるか。今暫くの間よろしくお願いしますデティフローア様」


やることは決まった、行くべき場所も決まった。次なる目的地は黄金の都エルドラド、そこでマレウス国王のレギナちゃんと会談を行い、その間に隙を見てガンダーマンを見つけ出し話を聞く。


これが次なる目的、東部クルセイド領のガイアの街を離れ中部リュディア領の黄金都エルドラドへ向かう…エリス達の新たなる冒険が始まるんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] とんでもないどんでん返しが来た! 最後の最後にエリス大活躍でMVPですね 親子揃ってシンパシー感じてたのがまた良い味を出している とうとう姉弟再会で狂犬マシマシになりそうだけど、仲介役沢山居…
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