471.決戦 山魔モース・ベビーリア
モース・ベビーリアは娘を愛している。最早朧げでその顔さえ思い出せないほどに色褪せてしまった記憶を頼りに、全てを捨てでも彼女は娘を求め続けてきた。
世界で唯一、人として愛した男アンテロスとの間に生まれた…ただ一人の娘。壊す事と奪う事しか出来ないモースが生み出した唯一無二の存在。自分はどうなってもいい、ただ娘だけは幸せに生きてほしい。
娘の幸せ…その為ならば、例え恨まれようとも構わない。だから…そうだ、ネレイド。
どうか、幸せに生きる為にも今は─────。
「ゥオラァッ!!」
「ふんぬっっ!!」
ライデン火山の頂上、今はもう火を吹くことはなくなった巨大火山の頂上で激突する力と力。互いに睨み合い、互いを潰す事だけを考えて母子は腕を合わせて力比べに興ずる。
「引け、引けぇッ!ネレイドォッ!!!お前じゃああーしには絶対に勝てん!」
「そんな事ない!勝つ…勝つ!今度こそ絶対に勝つ!!」
吠え合うのは山賊の世界に君臨する最強の王者『山魔』モースと、オライオンテシュタルを守護せし最強の守護者『闘神将』ネレイド。二人はここで、長きに渡って繰り広げられたクルセイド領での最後の大将戦に臨んでいた。
「あーしはこの火口の下にある『煉獄の血』を掌握し、東部を消し去る。今逃げなきゃあお前諸共全部死ぬぞ!」
「そんな事…させるわけない、私は…東部の人達を守る為にここに来たんだ!」
ザリザリと二人の足が地面を掻く、二人の力は拮抗し牙を剥きながらお互いの額をぶつけ合う。
今ここで、モースが勝てば。彼女は自身の怨讐とジズへの返礼として東部を消し去るだろう。その為の兵器たる溶岩の源流…東部全域に溶岩流を流す根源である煉獄の血はこの火口の下にある。
だからネレイドは引けない、数多の人達の祈りを背にしているからこそ、絶対に後ろには引き下がれない。例え相手が…どれ程強くとも、実の母親であっても、引けないのだ。
「フンッッ!!」
「お…おお?」
モースとネレイドの実力の差は明白だ、モースの方が数倍は強い。特に力での押し合いではモースに勝てる人間は片手で数える程度しか居ないと言われるほどの剛力無双。ネレイドもこの剛力を前に何度も投げ飛ばされた…が。
どう言う事か、今この場で…力比べで押しているのは。
───ネレイドの方だ。
「ぅぉぉおおおおお!!!」
「ッ前やった時よりも…ずっと強いだと…!」
力比べを挑んだモースが逆に押し返され始めての経験に目を丸くする…と、その瞬間飛んでくるのは。
「アガウエ・スマッシュエルボッ!」
「ぐぎぃっ!?」
顎先に向け飛んでくる正確無比にして鋭角な肘。これを受けたモースは堪らずのけ反りヨタヨタと数歩引き下がる。
はじめて、ネレイドがモースの足を後ろに押しやったのだ。
「テメェ〜…この数日で何があった…」
「……………」
ついこの間まで、ネレイドはモースに太刀打ちできなかった。だがどうして今はこうも互角に張り合えているのか…その答えは。
(なんでだろう…全然分からない、半日修行しただけなのに、何でこんなに強くなってるんだろう…)
ネレイド自身も、よく分かっていなかった。モースとの最終決戦に際し隠された力が覚醒して…とか、そう言う幻想的で夢のある話なのかもしれないとネレイドは半ば納得しているが…。
実際は違う。
ネレイドは気がついていないが、彼女のトレーニングに付き合ったオケアノスは気づいていた。だからこそ実戦的なトレーニングをひたすら積む…と言う方針をとったのだ。その本心はネレイドの実力向上ではなく……。
ネレイドの体は『スロースターター』である。オケアノスが彼女との戦いの中で見つけ出したネレイド自身理解していない彼女の体の特質がそれだ。ネレイドの肉体は大きく莫大な血液量と筋肉量を搭載しているが、その分エンジンのかかりが他の人よりも数倍遅い。
今まではそれでも彼女の圧倒的体躯と実力から苦にするわけでもなく戦えたが、それでも本質はそこにある。
ネレイドがオライオンでの戦いにて、ラグナと戦った時以上にエリスと戦った時の方が良いパフォーマンスが出来たのもそう。長く戦い続ければ続けるほど彼女の肉体は本来の力を発揮していく。
そこを理解したオケアノスは、敢えて実戦をトレーニングとした。実力をつけるのではなく彼女が本来の実力を発揮すればモースに勝てると踏んだから。だからここに来るまでに半日以上戦い続けた彼女の体は…。
もう、これ以上ないくらい温まっている。
(よく分からないけど、今なら行ける気がする…!)
「チッ、だけどそう来なくちゃあ面白くないでごす。この火口での炎の大一番…簡単に終わっちゃあつまらないでごすからな!」
「望む…」
大きく上半身を上げて、頭を高く振りかぶったネレイドは、裂帛の気合と共に。
「ところォッ!」
突っ込む、このまま力押しでモースは張り倒す。今ならそれが出来る、力の部分で互角に張り合えるなら戦える!そう意気込み強く踏み込みながらモースの胸倉に掴みかかるが…。
「調子に乗るんじゃねぇ!」
「うわっ!?」
刹那、伸ばした手を払われると同時に軸足を蹴られ、そのまま不安定になった体勢にダメ押しとばかりにモースが私の頭を掴み地面に叩きつける。目にも止まらぬ早業と針に糸を通さんが如き神業。
「ぐっ…」
地面に食い込んだ頭を抜きながら首を振るう。ただ地面に叩きつけただけなのに岩肌がスナックみたいに割れた!そうだった、忘れてた、腕力で互角なだけで技量じゃ負けてるんだ。闇雲に突っ込んでも勝てない!
「『天壊平打』ッ!」
「ぶふっ!?」
刹那、飛んできた平手打ちが立ち上がったネレイドの頬を打つ。その瞬間ネレイドが味わうのは…まるで世界が崩れる感覚。
「オラオラオラオラッッ!!」
「ぁがっっ!?!?」
反撃さえ許さぬ怒涛の連打は視界を覆い尽くし破壊していく、まさしく世界を壊し全てを奪う山魔の剛力。
「くっ…ぁぁあああああ!!!」
これ以上打たれたらまずいとネレイドは闇雲に拳を振り回すが。
「甘いでごす…」
一転、先程まで荒れ狂っていたモースの動きが静まり、水面の如く清廉に、闇雲に振るわれたネレイドの拳を叩き。
「あーしがただの力任せの戦い方で、この世界で頂点に立ったと思うか!」
「ッ!」
カウンター、ネレイドの動きに合わせるように突き出される張り手が一撃でネレイドの体を貫く衝撃波を生み出す。
「あーしはな、お前と同じで生まれながらにして他を隔絶する力を持っていた…!」
(速い…!)
そこから更に切り返すように私に向けて飛んできたモースが加えるのは張り手の連打。一つ一つが大気の壁をぶち破り衝撃波が背後まで飛ぶ。そんな猛攻をなんとかこちらも腕をコンパクトに動かし逸らしていく。
…けど、上手い。上手いぞ…モースの動きは確実に私を追い詰めている、闇雲な攻めじゃない!
「だがそれだけだ、生まれながらに持っていた、与えられた力だけでここまで上り詰める事はできなかった。あーしはお前が生まれる前からずっと修練を積み、ずっと修羅場に身を置き、常に技を磨いてきた!」
「あ!」
そこで決壊するように、私の防御が砕かれ手が払われる。同時に無防備な私の胴がモースに晒され。
「テメェとじゃ経験でも実力でも覚悟でも、違いがありすぎるんだよッッ!!」
「ぐふぉっ…!」
叩き込まれる張り手の一撃が私の体に食い込み、骨を越えて内臓を揺らし人として生きていくのに必要な機能のいくつかが一時的に停止し、私の足は力を失い後ろに引っ張られるように吹き飛ばされる。
「ぁ…ぐ…」
「そうして出来上がったのが山魔モース…そして、超武闘派山賊団『モース大賊団』だ。技を磨き力を得て…並み居る敵を蹴飛ばして未だあーしは『ここ』にいる。その意味が…ホントに分かってんのか」
地面を転がり、必死にお腹を抑えて呼吸を取り戻す。…ナメていたわけではない。だがしっかりと理解していなかった。
山賊の世界で頂点に立つことの意味。最強とはただ強い者の事を言うのではなく、誰も追いつけない存在のことを言う。モースは数十年に渡りそこに君臨し続けた文字通りの世界最強…だけど。
「私だって…オライオン最強。神将なんだ…!」
私だって、才能に胡座をかいていたつもりはない。寧ろ自分至らなさにばかり目が行った。それでも涙を飲んで汗を拭って『最強』の名を手に入れたんだ。意地と度胸じゃモースにだって負けてない!
「オライオン最強ねぇ、なら立てよ…見せてみろ。お前の言う最強がどれほどの価値か!」
「言われなくて…すぅー…」
大きく息を吸い、体の中にありったけの魔力を貯める。私だって磨いてきた、多くの技を磨いてきた、…そして磨かせてくれた人がいる。
その技の歴史は、モースよりも…相撲よりも…ずっと長い!
「夢を見よ、其方は闇へと落ちていく。真を見よ、其方は光へ引かれ行く、虚実合一の夢の狭間は今お前に罰を見せる『幻穴之闇口』!」
「なっ!?」
その瞬間、モースの足元に奈落の底へ通じる穴が開き…モースの体が重力に引っ張られ落ち────。
(違う!幻惑だ!)
即座にモースは足元の穴がネレイドが見せた幻惑魔術である事を看破する、それは長年の経験と彼女の異様なまでに発達した直感故の荒技。幻惑は看破されれば意味はなくなる…だが。
(ッ!筋肉が痙攣して動かない…まさか、ジャーキングか!)
高所から落ちる夢を見た時、体が大きく震え睡眠から覚醒する…と言う現象は誰しもが経験する。モースも体が成長しきっていない頃は毎晩のように見て睡眠不足になったこともあるが…これはその時と同じ現象。
脳が夢を現実と勘違いし、全身の筋肉を痙攣させる現象『ジャーキング』。例え意識で分かっていても脳の錯覚は防げない。故にその一瞬…どれだけの達人であっても肉体の痙攣は防げず。
痙攣した筋肉で動くこともまた、ままならない。
「エウポンペ・クローズラインッ!」
「んぐっ…!」
その瞬間を狙い叩き込まれるラリアット。筋肉が痙攣し回避も防御も出来ないモースはネレイドの腕を受け苦悶の表情を浮かべながら大きく仰反り…。
「まだまだ!カリアネイラ・ダブルスレッジハン───」
「させねぇよ!」
一瞬の筋肉痙攣から解放されたモースは即座に体勢を立て直し追い打ちをかけようと両腕を上げるネレイドに、カウンター気味のカチ上げをぶちかまし…。
「んなっ!?これも…!」
しかし、モースが触れた瞬間ネレイドの体は光の粒子になって消える。これもまた…幻影。
消える幻影、その粒子の隙間から見えるのはもう一人のネレイド…否、正真正銘のネレイドが鷹のように飛び上がり、大砲のような両足をモースに向けていて───。
「カリプソ・ドロップキック!」
「しまっ…!」
叩き込まれるドロップキック。それは今まで一歩のところで堪え足の裏以外を大地につけることがなかったモースに、尻餅をつかせる程の威力を発揮する。
「…マジでごすか……!」
その事実になによりも驚くのはモース自身だった。尻が地面に着いている…それは即ち相撲のルールに則ればモースの負け。故にモースは今まで一度として足の裏以外を地面につけないよう戦ってきたつもりだ。
(別に実戦で足の裏以外をつけても負けになんかならない、これはあーしの極めて個人的な感情であり自己ルール。大局に影響はない…だが)
モースは見上げる、尻餅をつきながらゆっくりとネレイドの顔を見上げ。
(このあーしが、道を譲っちまった…!いや、あーしを押し退けてネレイドが我を通した!この山魔モース・ベビーリアを相手に!)
モースは山賊をこの世で最も利己的な生き物であると思っている。道を譲らず他人を押し退けやりたい事をやる。それこそが唯一の価値観であり絶対の掟。自分を通せない山賊は死んだも同じ。
だが、今…モースは自分の『やりたい事』をネレイドに力尽くで曲げられた。個人的なルールを破らされた。これが幻惑…これが夢見の魔女の技。いや…。
(これが神将、なるほどね)
最強の証明、上手くやったよとモースは浅く笑いながら再び立ち上がる。ネレイドの渾身のドロップキックを受けながら体幹はブレる事なく、寧ろ笑みを浮かべる余裕さえある。
「神将、よく分かったでごす。だが…お前に幻惑という手札があるように、あーしにだって手札はある…!」
「…本気出してよ、長引かせるつもりはないから」
「そのつもりでごす…、さぁ…第二ラウンド始めようか!」
四股を踏み、全身に魔力を激らせたモースは再びネレイドと対峙する。今度は…自分と同じ最強の名を背負う者として、対等な存在として、ネレイドと対峙する。
まだまだ、戦いは序曲に差し掛かったばかりだ。
………………………………………………………
「あ、おーい!」
「ラグナさん!?」
全力で走り始めて大体三十分くらい。速度強化の付与魔術を使ってようやく俺はテルモテルス寺院へとやってきたわけだが…。街の状態はまぁ悪かった。
神聖軍達が復興しようとしてくれていた分全部チャラになるくらいぶっ壊れて…正直街というよりは瓦礫の海だった。これ全部カイムとの戦いで出来た物なのか…なんて戦慄しながら声を上げると、寺院の前に集合していたアルトルートさんやバルネア達子供陣が出迎えてくれた。
「みんな無事か!」
「はい、皆様が戦ってくれたので子供達は無事です…ですが」
「メグ達はどうなった!」
子供達がここにいて、怪我をしている様子はない辺りメグが負けてあえなく皆殺しってことはないんだろうが…それでも不安だ、正直心臓が爆発しそうなくらい不安だ。もし誰か死んでいたら…そんな不安が脳裏を過るが。
「皆様無事でございます」
「お?」
そう答えてくれたのは、寺院の中から出てきたメイド…アリスだった。
「アリス!メグ達は何処に!カイムは!」
「メイド長は山鬼カイムと一騎打ちを行い、見事撃破致しました」
マジか…いやメグがなんとかしてくれると信じていたが、それでも正直驚きだ。だってさ…カイムは魔力覚醒してたんだぜ?しかも技量としては俺よりも上の段階に居た。それと一騎打ちで勝った?…マジですごいなあの人は。
「ですがメイド長もかなりの重傷を負ってしまい、今は皆様揃って無限倉庫内で療養を。先程デティフローア様が意識を取り戻しましたので復帰ももう直ぐかと」
「そっか…」
みんなすげぇよ、カイムも凄いけどみんなはもっと凄い。俺もうかうかしてたら追い抜かれるな…。
しかし、カイムが倒れたか…。
「カイムは?」
「一応最低限の治療を施した上で拘束しています。今は寺院内部の石室に転がしてあります」
「なるほど、アスタロトはいなかったのか?」
「はい、モースと同行したのか…そもそもここにはいなかったのか、分かりませんがこの場にはいません」
「報告ありがとよ」
カイムが倒れた、アスタロトの所在は不明だが今この最終局面にいないと言うことはもう存在は無視してもいいだろう。…隊長達も倒れ、残すはモース一人か。
(今から火口に向かう事も出来る。けどそれは野暮か?…野暮だよな)
今火口ではネレイドとモースがやり合っている。尻上がりの体質を持つネレイドさんの体は今完全に仕上がっている、完全に仕上がったあの人の強さはいつもの比じゃない。なんせ長期戦に長期戦を重ねたシリウスとの決戦の最終局面では、単騎でシリウスをその場に留める程に調子を上げていたからな。
今のあの人はその時以上の力を発揮出来る、きっとモースにも引けは取らない。なら俺が行って余計な事をしないほうが士気を保てるだろう。
なにより任せると俺自身が言ったんだからな。
(しかし、ならどうするか…)
エリスは昨日ケイトさんを助けに行くとか言ってたし、ケイトさんの方面も俺が何かすることはない。しかし無為にここで時間を浪費して良いものか…。
「ラグナさん!」
「あ?どうした?バルネア」
ふと、バルネアに声をかけられその目を見た瞬間、俺は思わず声をあげそうになった。なんでかって?そりゃあ…バルネアの目が変わっていたから。
今まで何をするべきか迷っていたその目が、確かにするべき事を見つけていた。一皮剥けたってやつだな…。
「実は、手伝って欲しいことがあるんだ」
「なんだ?」
「…俺には、出来ないこと」
腕を組みながら、察する。なるほど、どうやら俺にはまだ…仕事があるようだ。
………………………………………………………………………………
「どぉぉおおおすこいっ!」
「がはぁっ!!」
叩き込まれる一撃に吹き飛ぶネレイドによって岩壁が崩れ弾け飛び、砂塵が舞うと同時にネレイドは壁を叩き走り出し腕に力を込める。
「はぁああああ!」
「殴り合いか!上等でごす!」
両者手を開き、張り手とビンタで打ち合う。真っ向から力と力でぶつかり合う。
「オラァッ!」
「ぐっ…引かない!」
「がっ!?…いってぇな!」
超ヘビー級の重量級ファイター同士の打ち合いはただそれだけで周囲を圧倒する程の威圧を見せる。
両者が全霊での戦いを始めて十分程。まだまだ倒れる気配さえ見せない二人は全身から血を噴きながらも吠え立て。
「カリアナッサ・スレッジハンマー!」
「ッ…甘い!」
振り下ろしたネレイドの鉄槌拳。しかしそれはモースに当たる直前で防がれ弾かれる。虚空に壁が生まれたような感覚…これは。
(魔力防壁!?なんて硬さ!)
打ち付けたネレイドの拳が痺れる程にモースの防壁は硬い。これがモースの全力…有り余る魔力を魔術ではなく全て防壁に回す事で生まれる圧倒的防御力がモースの真髄だ。
特筆すべきはその濃度…いや厚みか?モースは今自身を中心に二十センチもの厚さの壁を作り出している。ラグナでさえ五センチ…エリスに至っては十分な厚みを確保できないがゆえに流障壁を展開するしかないくらい防壁を厚く張るのは難しい。
私が知る中で最も厚い防壁を展開出来たのは三年前のシリウス…その規模一メートル。モースは三年前のシリウスの五分の一の防御力を展開出来ているんだ。はっきり言って人間に用意できて良い段階ではない。
「『煉獄張り手』ぇッ!」
「がはぁっ!?」
しかもその防壁はのまま攻撃にも転用される、ラグナ同様防壁を手に纏わせ打ち出す事で物理攻撃を可能とする。その一撃の威力は私の防壁を呆気なく砕き、くるくると空中に飛ばす程の物だ。
「くっ…!」
「まだまだ行くでごすよ!『煉獄百本鉄砲』!」
続け様に飛んでくるのは無数の手型防壁。ラグナでさえ一発出すので精一杯のアレを…こんな雨霰の如く出してくるなんて…!
「移ろい代わる一色を、象る幻『十元夢影』!」
「また増えた!」
咄嗟に幻影を無数に生み出し撹乱しながら横に飛ぶ。モースは物の見事に私の幻影に惑わされ…。
「だけど!一度見た技は効かないでごす!『羅漢滅法』ッ!」
両手を合わせ、深く腰を下ろしてから…四股を踏む。ただそれだけの動作で大地が割れあらゆる方向へ衝撃波の津波が荒れ狂う。たったの一撃で私の幻影は突き崩され私も…。
「キャッ!?」
「そこかッ!」
刹那、モースが私を見つけ…前傾姿勢で頭を下に落とした瞬間。
「『車道電雷』ッ!」
地面に二本の線を残す勢いで疾駆したモースが一気に突っ込み、一直線に攻防を残す張り手が炸裂する。あのウェイトからあの加速、ただそれだけで殺人技になり得る一撃…けど。
「ふんむっ!」
「え!?受け…!」
受け止める。真っ向からの攻撃に強いのは相撲だけじゃないんだよ!受けこそプロレスの特権!来ると分かってれば取る事はできる!ならば!
「次はこっち!クラント・グラップ!」
「ッ!…」
受け止めた手を離し、次はこちらが仕掛けようと手を伸ばす…が。
「触れられんぜ?どうするネレイド」
当然、私の手は防壁に弾かれる…けど、分かってるよ。私が掴みたかったのはモースじゃなくて『防壁』の方なんだから。
「『解脱掌』ッ!」
「は……?」
ネレイドの師リゲルが伝えし対アルクトゥルス用防壁破壊術…『解脱掌』。防壁に魔力を通し内部から強引にこじ開け防壁を崩す戦法…本来存在する防壁破壊術の数段上に存在するその技術を前にモースは目を剥く。
今まで一度も崩されたことのない防壁がなんか音を立てて崩れてるんだから。だが…それも当然、なんせこれはアルクトゥルス用に作られた代物。
恵まれた体躯と才能を持った世界最強の山賊モースが持つ二十センチの防壁がなんだというんだ、本気を出したアルクトゥルスの防壁はそもそもその比じゃない、何センチか?何メートルか?そんな測り方をすること自体烏滸がましくなる世界最強の防壁を打ち破る術を持っているネレイドの前では。
防壁は、事実上ないに等しい。
「『ナックルアロー』!」
「げぶふぅっ!?」
そこから飛んでくる左はモースの防壁を解除し頬を撃ち抜く。今まで一度も当たらなかった攻撃が当たった、『自分の防壁が破られる』という前代未聞の出来事にモースが混乱している、今なら…いける!
「惑わせるは神の御手、虚を掴み果てに得るは唯一の真実『無影幻束手』!」
更に振るった拳が虚空で分裂、まるで景色がブレるように突如として腕が増えた光景を前にモースは咄嗟の反応が遅れ───。
「取った!」
「む…!」
掴む、モースの一か八かの防御をすり抜けネレイドの腕はモースの胸ぐらに届き、強く強く掴みながら引き寄せ…。
「アプセウデス・ヘッドバッドッ!」
打つ、頭突きで打つ。打鐘のようにモースの頭をネレイドの額で打つ。まるで青銅との打楽器を打ったかのような轟音が鳴り響き、これにはモースも溜まらず瞳孔を揺らし。
「ぎっ…ぐっ…!」
「このまま!」
モースの意識がブレた、そこを察してネレイドは即座に背後に周りフィニッシュホールドを仕掛ける。モースのヘソの下に腕を回しガッチリとロック。そのまま彼女の底を掬うように持ち上げ…。
「『デウス』…!」
デウス・スープレックス。ネレイドのフィニッシュホールドを仕掛ける…が、モースを持ち上げようと伸ばした足が、伸び切ってもなおモースの体は持ち上がらない。
(ッ…相変わらず重芯が低い!まるで地面に食い込んでるみたい!)
まるで、地面に刺さった釘のようにモースは動かない、異常なまでに強い『投げへの耐性』がネレイドの決め技を阻害した瞬間、モースは意識を取り戻し。
「だーからー!そりゃあ効かんっての!」
回転する、モースの上半身が。グルリと回って飛んできた肘鉄にコメカミを打たれたネレイドは、今度は逆に彼女の方が意識を飛ばされ…。
「『化生廻し』!」
そのままネレイドの襟を掴み、足を払いながら背負うように投げ飛ばす。最早それは技ではなく、強引なまでの暴力と呼ぶに相応しいだろう。
「うっ!ぐぅ〜…!」
地面に叩きつけられ苦しそうに転がるネレイドは悟る。今ならモースも投げられると思ったけど…伊達じゃないか!
「立てよオラ!まだ終わりじゃねぇぞ!」
「くっ!」
胸ぐらを掴み上げられ私の体がまんまと持ち上げられる。必死に手を振り回すがそんなもん抵抗にすらならず…。
「色んな技を覚えて!色んな力を使って!」
叩きつけられる、大地に。
「色んな修練を超えて、いろんな修羅場を越えて!」
もう一度と持ち上げられ今度は壁に叩きつけられ。
「ここに立った!その経緯は分かった!尊重しよう…だがな!」
更に壁にめり込んだ私に加えられるモースの蹴りが容赦なく私を打ち据える。一撃で山を破るような連撃になす術なく私の体は崩れ砕けていく。
「『そこ』止まりなんだよ!お前は!技を誇り張り合う以上のことが出来ない!お前の戦いは…なまっちょろいんだよ!」
トドメとばかりに叩き込まれた『煉獄張り手』が炸裂し、割れる…私の背後の壁が割れてライデン火山の火口の一部に線が入り砕けていく。
轟音を上げ、崩れ行く火口…その断裂の隙間に倒れ伏した私は。
「なぁ…どうなんだよ、ネレイド!」
モースに踏みつけられ、抵抗することも出来ず…目を伏せる。
(なまっちょろいか、事実だな…私は確かになんとかモースにくらいつけているが、そこまで…決定打がない以上、私の戦い方はなまっちょろい…)
薄れゆく意識の中私は想う。決定打がない、互角に打ち合うだけたら打ち合えている、だがそれだけ。どれだけいいところまで行っても決めるには至っていないし倒せるヴィジョンが浮かんでいない。
いや、あるにはある…一つだけ、モースに通用するかもしれない技が、だがアレはデウス・スープレックス以上に予備動作が大きい。作るなら、さっきの隙以上の物を作らなきゃいけない、…現実的じゃない。
「はぁ〜…いい加減諦めたか?力の差を理解したか?」
「まだ……」
「はぁ〜…相変わらずでごすな」
頭をゴシゴシ掻きながらモースは鬱陶しそうに一歩引くと…。
「まあ、確かに強いでごすよ…アンタは。あーしが戦った中では一番でごす、確実にアスタロトよりも強い。実力じゃカイムの方が上だが…多分やり合えば勝つのはお前だろう」
「…………」
「だが、そこまででごすよ。あーしはカイムよりも強いし…なんなら、あーしより強いのはこの世にワンサカいるでごす」
「…知ってる」
「そんな奴らがひしめく世界で、意地を通すってのも楽じゃないし…きっと賢いやり方でもない。アンタらはマレフィカルムとやり合うつもりなんでごすよね?」
「ッ…なんでそれを」
「ダアトが言っていた。…なぁネレイド、悪いことは言わんでごす、諦めて帰るでごす。あーしに勝てないような奴がこの先戦っていけるとは思えん」
そんなことない…と言いたいが、私よりも経験を積み世界を見てきたモースが言うのだ。きっと世界最強の山賊よりも強く恐ろしい存在は世の中には居るんだろう。
「…あーしのバッグにはジズがいる。よしんばあーしを倒せてもジズには勝てない」
「……ジズって、そんなに強いの」
「強い、あーしよりジジイの癖してアイツはあーしよりも衰えていない、組織力も段違いだ、所詮山賊団のウチとマレウス・マレフィカルムの八大同盟は格が違う。何より…」
モースは上着を脱ぎ捨て、サラシ一丁で背中に刻まれた『怪物の刺青』を見せる。
「そのジズでさえ八大同盟最強じゃない、上にはもっとヤバいのが大勢いる。『作られた超人』ラセツ…『革命の寵児』タヴ…『神域の精霊使い』クレプシドラ…『神人』イノケンティウス。全員ジズやあーしさえ片手で殺せる化け物達ばかりだ」
「ッ…!」
「お前が貫いた意地の先に待ってんのは!そういう連中なんだよ!それと戦って勝てんのか?あーしにも勝てない奴が!」
「それは…」
「貫いた結果死ぬ意地なんざ意地とは言わねぇ!ただの自殺願望なんだよ!」
モースは振り向き様に私の顔を掴みながら吠える。この世は夢が見れるほど優しくない、残酷で容赦ない。頑張って、最後まで意地を張って、努力を続けた結果が報われるとは限らない。ここで頑張っても待ってるのは呆気ない敗北と惨たらしい死かもしれない。
モースは言う、現実を見ろと…。
「もういいだろ、諦めろ。そして仲間を連れて東部を離れろ…それで全部終わる。そして全てから目を背けて生きるんだ、それがお前には相応しい」
「…………」
確かに、モースということは正しいのかもしれない。モースは事実こんなに強いのに、上には上がいる…そしてその上は今から私が戦いを挑もうとしている連中だ。
これが現実、変えようのない事実。分かってるさ…そんな事、戦えば死ぬかもしれないことくらい分かってる。けど…。
「私は神将だ…!」
「ッ……」
「目の前に神に刃を向ける存在が居て、神をも恐れぬ蛮行を為そうとする悪人が居て、無視など出来ない…してはいけない!」
私は神将だ、神将という言葉の重みを知るからこそ、私にとってその言葉は心を支える柱となる。私は人々を守る為に人より大きく生まれたんだ!平和を壊そうとする奴を倒す為に力を持って生まれたんだ!
この信念に従って生きる道を私は選ぶ、例えそれが…どれだけ険しく恐ろしくとも!
「だから!お前は!そこを退け!!」
「む…!」
押し飛ばし、蒸気の如く鼻息を吐き出し腕を振り回す。出てこい!出てこい!私の力!まだまだ出せるだろ!まだまだ必要なんだ!こんなところで負けられないんだ!みんなの為に負けられないんだ!
折角デカい図体してるんだ!何処かにあるはずだろう!奴を倒せる力が!!
「出てこい!出せ…魔力覚醒ッ!」
「切るか、切り札を…!」
「『虚構神言・闘神顕現』ッッ!!」
全身から霧を噴き出し、祈る…己に。
頼む、頼むから…出してくれ、ここでこいつを倒せるだけの力を!!
……………………………………………………………………
(これがネレイドの魔力覚醒…)
噴き出す霧を見ながらモースは浅く笑う。どうやら諦めさせようと色々言ったらスイッチが入ってしまったようだ。私への怒りと不甲斐ない己への怒り…感情の昂りで際限なく力が増していくこの感じ。
懐かしい、若い頃の私のようだ。…今の枯れ切った私ではああは行かないな。
「こっからだよ!モース!」
「…見せてみるでごす」
霧を噴き出しながら迫るネレイドを前にモースは落ち着いて構えを取りながら迎え撃つ。…ネレイドはどうやら諦めないようだな。
「『ツープラトン』!」
「腕が増えた…面白い覚醒だ!」
霧を腕に変え四つ腕になりながら怒涛の攻めを繰り出すネレイドから逃げることなくモースは迎え撃つ。回避も捌きもしない、真っ向から張り手を打ち出し拳と拳を激突させながら魔力覚醒したネレイドと張り合い…それどころか。
「オラッ!その程度の覚醒でごすか!?そんなんじゃあーしに覚醒を使わせることさえ出来ないでごすよ!」
「ぅぐっ!」
ネレイドの頬を張り手で弾く、ネレイドの口元から血が滴る。ああ、我が娘が…あーしの手で傷を負っている。辛い…こんなにも辛い事はない、今すぐやめて手と手を取り合いたい。抱きしめてよくここまで戦ったと褒め称えたい。
けどそれは出来ない…。
「『デウス・カリアネイラ・ダブルスレッジハンマー』!」
「ぐっっ!?」
叩き込まれる四つ腕の振り下ろしを受け止めればそれだけで足が砕けそうになる。流石に覚醒を素の状態で受け止めるのは無理か。昔ならいざ知れず…贅肉が落ち筋肉だけになったあーしでは打撃の吸収も出来ない。
…ああ、ネレイド…お前は強いよ。きっとお前が思ってる以上にお前は強い、あーしを追い詰めてるつもりはないだろうが、あーしはとっくにお前に追い詰められている。
元々ね、あーしはもう戦える体でもないんでごすよ。無駄な肉が殆ど削げ落ちたこの体では長時間の運動もままならない。体力の殆どをオケアノスとの戦いで浪費してしまったからね。
血も激らないし重量もない。カイムがもう少し強くなったらきっとあーしは山魔の座を彼に譲らなきゃいけないくらい、あーしは衰えている。
それでも、こうして無理を押して戦ってるのは…お前の為なんだ。ネレイド…。
「こんなもん全く効かんでごすな!その程度で覚醒などちゃんちゃらおかしい!」
「うっ…どれだけ、強いの…!」
頭突きをかましネレイドを吹き飛ばす。即座に疲労で揺れそうになる肩を必死に抑え吐き出したくなる吐息を堪えネレイドの前では全盛期の山魔を演じる。
ダアトの語ったあの言葉。
『このままネレイドが進み続ければいつかはジズとぶつかり合い、彼女は殺される。だからネレイドの心を折って旅をやめさせなきゃいけない』そんな助言を受けて、あーしは一人で考えて、サラキアに向かいネレイドの心を折る為戦った。
そして、今この場でもあーしはネレイドの心を折ろうと絶望を体現するために戦っている。
「くぅ…ぬぉ!負けてたまるか、負けてたまるか!」
「もう体力も残ってないだろう!力尽きるまでにあーしを倒せるでごすか!」
ああ、ダアトの言った事は正しい。ジズは恐ろしいし配下のファイブナンバーもべらぼうに強い。きっとこのまま戦えばネレイドはジズに負ける、ジズに負ければお目溢しはない…確実に殺される。
「モース!!」
「ハハハッ!ネレイド!!」
腕と腕を重ね取っ組み合い睨み合う。彼女は止まらない、その瞳はいまだに燃えたぎっている。この瞳の炎をあーしが消さなければネレイドは殺されてしまう…彼女が生きるには、傷つかないためには…旅をやめさせるしかない。心を折って…絶望して、戦いの座から引き摺り下ろすしか…ない。
けど……。
「ぅぉぉおおおおおお!!!負けない…絶対に!絶対に折れない!」
(そうだ、そうだ!ネレイド!それでいい!もっとだ!もっと力を出せ!でなきゃ私には勝てないぞ!!)
残された全てを燃やし尽くしてあーしはネレイドを押し返そうと力を込める、それはネレイドの心を折るため…ではない。
ダアトは言った、このまま行けばジズとぶつかり合いネレイドは殺される。止めるためには心を折らなきゃダメだって…でも。
(止まらねえよな、お前はあーしの娘なんだから…誰かに何かを言われても、何をされても止まるわけがねぇ!譲るわけがねぇ!心なんか折るわけがないッッ!!)
こいつがあーしの娘なら、絶対に死んでも諦めないはずだ。例えあーしが強くともジズが恐ろしくとも絶対に歩みを止めないはずだ。
だからあーしはネレイドの前に立つ、彼女の壁となる。超えるべき壁となって立ち塞がる。私を倒して私を超えて、もっとネレイドを強くする為に。
(さぁネレイド、強くなれ。あーしを食らい糧にして強くなれ!そしてジズなんか飛び越えろ!アイツに殺されないくらい…いや!あんなクズぶっ飛ばせるくらい強くなれ!)
絶望なんかぶっ飛ばせ、実力の差なんか一足で飛び越えろ、お前ならそれが出来る、それを信じているからあーしはサラキアに行ってお前を焚きつけた、お前がここに来ると信じて火口で待ち続けた。
あーしと戦い、その中で強くなり、超えていくんだよ私を!それが…私にしてあげられる、最初にして最後の『子育て』なんだから。
「オラァッ!そんなもんか!この程度じゃジズに殺されるのが関の山だぞ!」
「グッ……!!!」
「守るんじゃないのか!立ち続けるんじゃないのか!一度吐いた唾は飲むな!立て!ネレイドッッ!!」
お前ならもっと出来るだろ!お前ならもっと戦えるだろ!こんなもんじゃ無いはずだあーしの娘は!!!力を引き出せ、それまであーしをどれだけ殴ってもいい、張り倒してもいい。
あーしを食らって先に進むんだ、お前の幸せの糧になれるなら…あーしは本望だ。
「ぅぐぉぉおおおおおおお!!!!」
「また真正面…!学ばんかい!」
突っ込んでくるネレイドを前にあーしも全力で答える、ここで手を抜いたら意味がない、ネレイドが強くなれなきゃ未来がなくなる。本当は殴ることも辛いけど…それでもやらなきゃ行けないんだ!
「吹っ飛べッ!!」
足を曲げ、突っ込むようにネレイドにぶちかましを喰らわせようとタックルを仕掛けるが…その瞬間、ネレイドの足元に霧が集約し…。
「ったぁっ!」
「なっ!?」
飛んだ、霧を噴射し推進力として高く飛び上がった…突っ込んでくると見せかけて飛び上がりあーしを飛び越えた!?この土壇場で八艘飛びだあ!?やるじゃないか!それでこそあーしの娘!…だけど!
「またそれかよ!」
背後を取ったネレイドはあーしを後ろから抱きつくように掴みかかる。…またそれかよ!どんだけその技にこだわるんだ…!
あーしは投げられない、あのアスタロトでさえ投げられない、重心を深く落とし大木の幹のようにその場に体を固定する術を会得しているあーしを投げるのは無理だ。何より。
「隙だらけなんだよ!!」
再び、体を回しネレイドの側頭部に肘鉄を加え気絶させようとするが…。
その瞬間、肘鉄を読んだネレイドが更に頭を深く沈め、腹を掴んでいた手を離し、今度は片手をあーしの股に、もう片方の手をあーしの脇に突っ込み…力を込める。
違う、これ…違う技だ!デウス・スープレックスに見せかけて隙を作り出し別の技に派生させたのか!?
(まずい!股の下はまずい!重心が底から掬い上げられる!)
────これは、ネレイドがモースとの初戦の際に『デウス・スープレックス』を破られ敗北した時の、苦い記憶をもとに作り上げた新必殺技。
臍の下を掴み持ち上げる方法ではモースは持ち上げられない、引っ張る形ではモースの重心操作を破れない。だからこそ…持ち方を変えたのだ。
持つのは股の下と脇の下…そう、引っ張るのではなく下からモースの体を押し上げる。真下から上げれば重心も関係ない。垂直に掲げられるモースの体はまんまと持ち上げられ高く高く掲げられる。
(た、たっか!?)
しかも、股の下を手で担ぎ上げる形になるので、デウス・スープレックス最大の武器である高度の高さに更に磨きがかかり、天に届く程の高さにモースは掲げられる事になる。
これこそ、ネレイドの新必殺技…その名も。
「必殺…『闘神パイルブレイカー…』」
「ッ!やば!」
体を仰け反らせる、デウス・スープレックスのように高くモースを掲げたまま後ろに後ろに倒れ、一気にモースを地面に叩きつけ────。
「『スープレックス』ッッ!!」
インパクトの瞬間、地面を蹴り上げ立ち上がり空中からモースを地面に叩きつけた上で足の裏から霧を噴射し加速。それによりモースは頭から火口の地面に叩きつけられる。
その威力はネレイドの必殺技『デウス・スープレックス』の数倍。彼女の全霊をぶつけられるモースの為だけに作り上げた対モース戦用奥義が地面を砕く。
「グッ…がぁっ!?」
その威力たるや、必死に堪えていたモースが苦悶の声をあげ、大地がひび割れ陥没する程。隙は大きく対応しようと思えば即座に対応されてしまう大技中の大技が決まり…ネレイドは3カウントも待たずにモースを投げ飛ばす。
「どうだッッ!!」
「ぐっ…う…くそ、いてぇな……」
轟音を上げ、ひび割れた大地から蒸気が噴射される。そんな中モースは痛みに悶える。筋肉と骨だけの体は衝撃を直に受け取ってしまう。今のモースにとっては一番痛い攻撃だ。
こりゃあやばい、まじで負けるかもしれん。
(やっぱり…焚きつけた甲斐があった…強くなったな、ネレイド)
この短時間であーしと張り合えるだけの力を得て、あーしを倒す為の技を編み出して…立派なもんだ、アンテロスに自慢してやりたいよ…うちの子は天才だってね。
でも、まだだ…まだ倒れる訳にゃいかん。もう今更頭部の崩壊とか火山の爆発とかどうでもいいけど、それでもネレイドにはもっともっと強くなってもらわなきゃ行けない。
ここから先…出会う敵は、きっとこの程度じゃ倒れてくれないからな。
「ッ…だが、まだまだこんなもんじゃあ倒れてやれんぜ…!」
「そんな…今のもらって、立つの…!?」
チラリと足元を見る、今の一撃で岩で閉ざされていた火口の入り口が砕け始めている。このままここで戦っても仕方ない。なら…見せてやるか。
正真正銘…山魔モースの最大奥義。あーしの最強の姿を。
「今のがお前の全力か?なら次はあーしが全力を見せてやるよ…!そして今度こそ!力の差に絶望しろォッ!!」
魔力を吸い込み、逆流させる。肉体にどれほどの負荷がかかるか分からないが…それでもやる。この覚醒を乗り越えた時、ネレイドは今度こそ本当の意味で。
…この旅を乗り切れる力を得ることになるのだから。
「魔力…覚…醒…ッ!!」
燃え上がる、ガサガサだった髪が炎のように燃え上がり、尽き掛けていた気力が体を満たし、全能感が脳を駆け巡り、山魔として全盛だった時代を一時的に取り戻す。
これがあーしの魔力覚醒…!
「『訶利帝大炎熱』ッ!」
訶利帝大炎熱…海魔ジャックと対を成す最大級の属性同一型魔力覚醒。それは自らの肉体と精神を大地に同期する物。即ち…。
皮膚は火山の如く黒く染まり、割れた皮膚から溶岩が溢れ、焼け立つ頭髪は炎と化し。今のモースは、足元のライデン火山と一心同体になったのだ。
「さぁ!今度こそ始めようぜ!正真正銘…東部をかけた最後の戦いをォッ!」
「うわっ!?」
叩き込む、拳を。地面を打ち付けるように一撃叩き込む。それだけで足元の大地が砕け内側から一気に蒸気が溢れ出しネレイドとモースは落ちていく。
ライデン火山の内部…溶岩が溢れる最悪の戦場、『煉獄の血』へと。
…頼むぜネレイド、あーしを超えてくれよな。その為だったらあーしは…どうなってもいいから。




