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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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465.魔女の弟子と嵐の前の静けさ


「うぃ〜、おはよう〜」


「おはようございます」


「ん、起きたか」


それから、エリス達は久々に平穏な日々過ごし…、数日後。こうして爽やかな朝を迎えることが出来た。アルトルートさんから貸し受けている宿、その二階の寝室から出て、ラグナと一緒に宿の広間へと降りる。


昨日は色々と疲れたからか、結構ぐっすり眠ってしまったみたいです…。既に朝日は登り切り、広間には結構な人が集まっていた。


「うわ、沢山いますね」


「まぁ、別に全てが終わったわけではないからな」


広間にいたのは、まず魔女の弟子達。ネレイドさんを除いた全員とアルトルートさん、アルザス三兄弟とこちら側の陣営が固まって座っており。


「ん、おはようさん」


「寝坊助だね」


引き続きヴェルトとオケアノス、ナールのアデマール老師、と昨日集まった面子に加え、今回は…。


「…………」


「あー…えっと」


メガネ女メーティスと、なんかエリスの顔を見るなり怯え始めたおっさんのクサンテも同席していた…。こいつら、どういうつもりだ。


「丁度いい、ラグナ。昨日の続きだ、モースに対する作戦会議をするぞ」


「ああ、分かった。エリスも…って何怖い顔してんだよ」


「……………別に、これからみんなで話し合いをすることについては構いません。ですが、そいつらの同席は必須ですか?」


「なんだと…!」


メーティスが立ち上がる。こいつらの同席は必須か?エリスとしてはこいつらもまた外に出ていてもらいたいんだが…。


「何が言いたいんだゴリラ女…、言いたいことがあるならはっきり言え」


「テメェの顔を見てると腑煮え繰り返るからとっとと死ねつってんだよクソメガネ、あの世への行き方知らないならエリスがまた連れてってあげましょうか?」


「いきなり喧嘩腰になるなエリス!起き抜け一発から元気だなお前は!」


「メーティスも!落ち着けよ!」


グッ!と殴り合いになりそうなところをアマルトさんとヴェルトさんに止められる。喧嘩腰になるな?エリスはまだこいつと喧嘩するつもりですよ…!だってこいつは!


「こいつは!エリスの友達と!バルネア君を…子供を殴った外道ですよ!」


「ハッ!そんな物、お前が不甲斐なくて守れなかっただけだろうが!」


「面白い遺言ですね、言いたい事はエリスに歯を全部折られる前に言っておきなさい!」


「だーかーら!やめろ!」


ギリギリと歯軋りしながら互いに睨み合う、エリスはね、こいつを許したつもりはないですよ。バルネア君が受けた仕打ち…百倍にして返すまでこいつは許さない、絶対に…!


「はぁ、相変わらず溝が深えな…」


「まぁ、昨日まで敵対してたわけだしな。エリスも悪いやつじゃないんだ…ただ、子供の事になるとこうなだけで」


「ああ、それに関してはこっちもどうかと思ってるぜ?メーティス」


「なんですかヴェルト、貴方も私を責めるのですか?」


「当たり前だ、お前侵攻に気が入りすぎて子供を殴って気絶させたんだって?当たり前だがお前この件は軍法会議行きだからな、軍人が…それも立場ある人間がしていい行いじゃない。反省しとけよ」


「う……」


「エリス君も、気持ちは分かるがケリはこっちでつける。だから今は抑えてくれ」


「……………わかりました、すみません」


そう言われては、こちらも何も言えない。どこまで言ってもエリスのやろうとしている事は『気に入らないからぶちのめす』という行いでしかない。ならばより正当性のある方へ譲るべきだ。


許せない…許せないが、これ以上輪を乱すのはやめよう。


「お、エリス、落ち着いたか?」


「ヴェルトさんが言うのであれば、エリスは何も言えません。ヴェルトさんには恩もありますし」


「ん、そう言ってくれてありがたい。んじゃあ早速だがモース対策会議を始めたい。双方思うところはあるだろうが、今は抑えてくれよ。それじゃあ」


とヴェルトさんはラグナにチラリと目配せをする。恐らく場を纏めろと言うのだろう、それを受けラグナは静かに頷くと前に出る。


モース大賊団に関する事柄ではエリス達は神聖軍よりも色々知っている、敵のメンバーやその強さ、ある程度の考え方や動き方。何より一度奴等の計画を潰した実績もある、そこから考慮して彼に主導権を渡したのだろう…が。


「よし、ではここに主要なメンバーが揃っているみたいだし早速話を進めていくぜ?まず憂慮すべきはモースの…」


「待ってよ!なんで君が指揮権を握るのさ!」


異議を唱えるのはなんとヴェルトさんの上官、オケアノスだった。


「え?いや…俺達の方がモースを知ってるし」


「だとしても、こっちは神聖軍五万人だよ?それがどうして流浪の冒険者の下につかなきゃいけないのさ。指揮は私が取る!」


「えぇ…ってかお前そんな事言うやつだったのか?」


「一回一緒に戦っただけで、私のことを知った気にならないで」


意固地、その言葉が似合うくらいオケアノスさんは頑固に譲ろうとしない。エリスも彼女とそこまで親交があるわけではないが…、もっとこう立場とかそう言うのに無頓着な人だと思ってたんだけどな。神将の立場も煩わしいって言ってたし。


そんな風に感じていたエリスの感性は強ち間違いではないようで、オケアノスさんの事をこの場で最もよく知るであろうアデマール老師とナールさんが口を開き。


「どうしたと言うのだオケアノス、お前はそんな…率先して前に立ちたがるような人間ではなかっただろう?」


「そうだぞオケアノス!貴様いつもいつも面倒くさがってメーティスに権限を丸投げしている癖をして、いつも仕事をしていない人間が権利を主張するな!ここにいる冒険者達は少なくともサラキアを救った実績がある、そちらに任せるのが妥当だろう!」


「五月蝿いよナール!お前極悪人のくせして今更真っ当な正論吐くなよ!」


「私は正論しか言わん!」


「だからうるさいって!…アデマール老師も黙ってて、ここは譲れないの」


譲らないとばかりに腕を組み前に出るオケアノスにラグナは困ったように頬を掻く。まぁ確かにオケアノスは神将だから指揮を任せるって点はいいんだろう。ラグナも別に自分が指揮しなくてはならないと思ってるわけではないし、でも。


「別にいいけどよ、お前…こう言う軍議や行軍を取り仕切った経験はあるのかよ」


「あ、あるよ!」


「ちなみに言っとくと嘘だ、この人はいつも単独で仕事してるからな。軍議も基本ブッチだしとても場を纏め上げるのは無理だと思うぜ〜」


「ヴェルト!余計なこと言わない!それにあるもん!サッカーとか…いつもキャプテンだし」


「サッカーじゃ人は死なないだろ、これからやるのはお前の部下や無辜の民の命がかかってんだぜ?」


「…だったら尚更、余所者には任せられないじゃん!」


まるで子供の駄々だ。ラグナの言葉に反論こそしているが、それはただ言い返しているだけで自分の正当性の証明にはなっていない。これじゃ平行線だ、かと言って経験の浅い人間にお試しで任せてあげられる状況でもない。


「なんでそこまで固執するんだ」


「固執って…別に、ただ私も…ネレイドみたいに…」


「ネレイド?なんでネレイドの名前が…」


「……………、ねぇ?ネレイドは軍を率いられるの?」


「え?まぁ出来るな。一回あの人と兵を用いた実戦的な演習をやったことがあるが…いやぁ見事だったよ。あの人の用兵術や兵法は質実剛健にして臨機応変、基本通りでありながらその裏を取る素晴らしい腕前だ、今思い出しても惚れ惚れするぜ…」


ラグナも絶賛するネレイドさんの指揮官としての腕前はエリスもよく知るくらい確かな物。彼女はオケアノスと違って真面目に将軍をやっているからね、オライオン神聖軍を纏め上げるその手腕は超敏腕だ。


あの筋骨隆々の姿とパワーファイターじみた豪快なスタイルからは想像もできないくらいあの人は頭の冴えるやり手の指揮官だ。暇な時はラグナとよくチェスを打っている…イオさんをして『チェスでは絶対に勝てない』と言わしめたラグナと唯一互角に打ち合えるだけの頭脳と手腕をあの人は持っている。


だからもしラグナではなく別の人間に纏め役を頼むなら、多分ネレイドさんの手元に主導権は向かうだろうし、エリスもラグナもみんなも文句は言わないと思う。


「そんなに凄いの…?」


「ああ、あの人は祖国でも経験を積んでるしな、才能に驕らず勤勉に努力して二十そこそこで軍の全権を任されるようになった実力と実績を併せ持つ人…、俺も心の底から尊敬できる凄い人だよ。で?そのネレイドさんは何処に?ここにいないみたいだけど?」


「ネレイド様なら朝早くに何処かに出かけていきましたよ?」


「そういや昨日もそんなこと言って夜遅くに帰ってきてたな、何をしてるんだか…。まぁいい、それで?オケアノス。お前はネレイドのようになりたいと?」


「ああそうだ、彼女みたいな…神将になりたい。強くて逞しくて…優しい人間になりたいんだ。だから……」


その心意気は素晴らしい、だがそれはそう言う模倣から入るのではなく日々の心掛けから入る物では?というかなりたいからなる!でだから指揮権をくださいは違うだろ…。


オケアノスの言いたい事は分かった、だがそれを受け入れる事は出来ない。されどオケアノスも譲る事はない。それもなんとなく分かってきたぞ。


「参ったな、どうしよう」


子供の駄々のようだからこそ、これを納得させるのは難しいぞ…とラグナがエリスに助けを求めた、その時だった。



「なら、サッカーで決めたらいいんじゃない?」


「え?」


「あ、ネレイド・イストミア!」


扉を開き、外から潜るように宿屋に戻ってくるのは、シスター服を脱ぎインナーを汗で濡らしたネレイドさんだ、優しげに微笑みながら『おはよう』と手を振ってくれるその姿にエリスはホッとする。


昨日は彼女に会えませんでしたからね、言ってみれば久しい再会というやつです。


「エリスも元に戻ったみたいだね、よかった」


「ありがとうございます…というかネレイドさん、何処に行ってたんですか?」


「ちょっとそこまで…。それよりどっちが指揮権を握るかって話さ。サッカーで決めたらいいんじゃないかな、ラグナ」


「決めたらって…、サッカーか。うーん、そんなので決めていいのか?」


「私達に今必要なのは、前に進む事じゃなくて、横を向いて一緒に歩く人達の事をよく知る事。どっちが指揮権を握るかで言い合ったり、昨日までの戦いを引きずっていがみ合ったり…そういうのを無くす方が先でしょう?」


「…確かに、その通りだ」


「ならサッカーは打ってつけだよ。場所とボールがあれば何処でもできるのがサッカー…でしょ?」


キラリと煌めくようなウインクをオケアノスさんに飛ばす。それを受けたオケアノスさんはムッとして…して…してない!?寧ろなんか顔真っ赤にしてアワアワと口を開けている。


何その憧れのスターに声かけられたみたいな反応!?


「それにほら、私達八人の弟子とアルザス三兄弟を加えれば…丁度十一人、オケアノスも軍勢から好きな人を選抜すればサッカーが出来る。文句はないでしょう」


「ま…まぁ、でも…いいの?私勝っちゃうよ?なんせ私は最強のプレイヤーだからね」


「大丈夫、こっちには最強の仲間達がついてるから。ね…だから、いいかな」


「俺は構わないぜ、先に進むことばかりに気を取られ協力相手との親睦を深めるって大切な事を蔑ろにしてたよ」


「私も大丈夫だ、サッカーだろうがフットボールだろうが望むところだろ」


「え、強制参加系?私スポーツ全般苦手なんだけど…」


「仕方ない、ならば俺達のアルザスフォーメーションがサッカーに於いても無類の強さを発揮する事を見せてやろう」


勿論だが、全員(デティ以外)オーケーだ。こういう事に関してはエリス達魔女の弟子はノリがいい。寧ろ呆気なくOKされてオケアノスの方が驚いてるくらいだ。


「い、いいの?私とサッカーだよ?」


「構わねえ、寧ろ勝つつもりだから…そっちも最高のメンバー今から集めてこい」


「わ!分かった!ヴェルト!クサンテ!メーティス!行こう!」


「了解しました、覚えてろよゴリラ女…」


「へいへい、おっさんにはあんまり活躍とかは期待しないでくれたらありがたいよ〜」


「あいよ、…ありがとな、ネレイド君。纏めてくれてさ」


「ううん、いいの…これが一番だと思ったから」


慌てて神聖軍に合流しサッカーチームを構築する為浮足立ちながらスキップ混じりに外へ出ていくオケアノスの背中を見ていたら、なんか…思うんだよな。


彼女はもしかしたら、ずっと寂しかったのかもしれない。誰かとサッカーをしたかったのかもしれない。その為にネレイドさんのような存在を目指したのかもしれないと。


そう思えば可愛い子じゃないか、オケアノスさんも。まぁ…エリスよりも年上くさいが。


「よし!私今から帝国に戻って皆さんのユニフォーム作ってきますね!チーム名は何にします!?」


「普通に魔女の弟子チームでいいんじゃね?」


「ダメでございますよアマルト様!?こう言うチーム名は士気に関わります!そんなんだからコルスコルピは帝国相手にいつもプロサッカーリーグで負けてるんですよ!」


「魔女大国でぶっちぎりの人材プール持つ国相手にチームスポーツで勝てるかっての!あとコルスコルピは野球の国!」


「野球でも帝国のアガスティヤブレーブスも負けてますよね、コルスコルピガーディアンズ」


「そんなことねーよ!」


今からスポーツやるってのに、何やら別スポーツの話で盛り上がり始めましたね…。


「アルクカース人的にはバスケットボールやりてぇなぁ。なぁ今からバスケやらね?ネレイドさんとか絶対強いだろ」


「寧ろネレイドさんが苦手なスポーツとか無さそう」


「それもそうか…実際のところどうなの?」


「…んー、分かんない。基本私レスリング以外やっちゃダメって言われてるから…選手の心折るから」


「逆よくそれでレスリングは許されてるな」


みんながスポーツの話をしてるからエリスも考えてみる。エリスにできるスポーツは何かあるだろうか、エリスは基本的にスポーツはやったことないし。というかエリスは昨今の新しい風潮についていけない古い人間なのでどうしてもスポーツというと遊びという感覚が抜けないな…。


そう言えば、エリスってギャンブルはてんでダメなのにスポーツではそんな事ないな。何が違うんだろう…。


『ってか今からサッカーやるって言ってんのになんでバスケの提案するんだよ!』


『私室内競技がいい!卓球にしよう!』


『デティ、お前じゃテーブルに手が届かないだろう』


『えぇ!?いきなり喧嘩売ってくるじゃん!?どうしたのメルクさん!取っ組み合いする?』


『ふっふっふっ!いよいよ来ましたね!帝国式サッカーを見せる時が!メグ!燃えております!』


『帝国式サッカーって強いんですか?メグさん』


『いえ、私自身はサッカーやったことないので分かりませんが…』


『何見せるつもりだったんですか…』


「…ふふふ」


「ん?ネレイドさん?」


ふと、弟子達の喧騒を前にネレイドさんがクスクス笑っているのが目に入る、そんなに滑稽か?まぁ滑稽か。


「どうしました?」


「ううん、…またみんなとサッカー出来て嬉しいなって」


「また?…あ、もしかして」


「うん、…みんなが私を仲間として受け入れてくれたあの時も、一緒にサッカーやったでしょ?…だから」


「親睦にサッカーを…ですか。なるほど」


なるほど、ネレイドさんもネレイドさんなりに考えてくれてるんだな。自分がサッカーでみんなと友達になれたから…オケアノスさんともサッカーで友達に、かぁ。


うん、そう思うといい気がしてきた。寧ろ乗ってきたぞ!


「よっしゃー!やりますよみんな!エリスもリベンジに燃えてきました!」


「張り切るのはいいが人は殺すなよ、エリス」


「出鼻くじかないでくださいよアマルトさん!ぶっ殺しますよ!」


オケアノスさんとも、友達になれたなら、それはそれでいいことだ。なら一丁やりましょうよ、親睦を深めるサッカーを。


……………………………………………………


「お…かっちょいいユニフォーム着てんじゃん」


「へへへ、だろ。超特急で作ってもらった。それよりチーム…そっちは準備いいのかよ」


「勿論」


そして、エリス達は十数分の準備期間の後ガイアの街の郊外にて突貫コートを作り上げ、その上でオケアノスさん達と対峙する。向こうはオケアノスさんに眼鏡女とクサンテとヴェルトさん、それに神聖軍の精鋭を加えた神聖軍チーム。


対するエリス達はアルザス三兄弟を加えた魔女の弟子チーム+α。みんなでお揃いの黒いユニフォームを着て背中に赤い背番号を背負いボールを手に並び立つ。ちなみに背中の数字は各々好きなのを付けてる。


エリスは『3』だ、魔女の弟子になった順番が三番目だから3です。因みにデティは『1』だ、理由を聞くと一番背が高そうな数字だからだそうだ、よく分からない。


「ボールはこっちで用意した、ほれ。確認しろよ」


「お、サンキュー…ってこれメチャクチャいいやつじゃん」


ボールは帝国から持ってきてきたやつを使う。今現在アド・アストラ主催の七大国リーグで使われている公式のサッカーボールだ。それを受け取ったオケアノスさんは目を輝かせ。


「凄いや、こんないいボール使ってもいいの?」


「寧ろ普段はどんなの使ってんだよ」


「布丸めたやつとか、無い時は大きめの木のみとかでも」


「寧ろそんなのでも出来るんだな」


「それがサッカーのいいところさ。それよりやろうか…勝った方が、これからモースと戦う際の指揮権を握る、でいいんだよね?」


「異論は挟まない、だからお前らも…」


「分かってる、負けたら従う…負けたらね!」


オケアノスさんはボールを足元に転がし、ニタリと笑う。さっきまでの危うさは感じない、寧ろ彼女はサッカーボールとある時が一番輝いて見える。自信に満ちた姿とそれに相応しい実力…面白い試合になりそうだ。


「さぁ…行くよ、どっちがキックオフか決めよう」


「なにそれ」


「どっちが先に蹴るか決めるの」


「どうやって?」


「なんにも知らないの!?コイントスで!そっちが裏か表か決めていいよ!」


「最低限のルールしか知らない!表で」


「よっと!」


ピンッ!と音を立ててクルクル巡るコインは宙へ舞い上がる。不思議とこういう時って…コインがゆっくりに見えますよね。


「………」


その間にエリスは周りを見る、一応エリスはなんか一番前で相手のゴールを狙う係らしい、名前は誰も知らなかったので名称不明。ネレイドさんは以前と同じでゴールを守る係。後各々いい感じの場所でいい感じの仕事をする…まさしく素人丸出しのポジションだ。


対するオケアノスさんのチームはまさしく綺麗に統率の取れた左右対称の陣形で今から真似した方がいいんじゃ無いかと思うレベルだ。


魔術はあり、覚醒はなし、ルールはそれくらい。後は急遽取り寄せたサッカーのルールブックをみんなで慌てて回し読みして…準備はそれくらい。


後は野となれ山となれだ。


「…ん、…あ」


ふと、コートの外に目を向けると、そこにはテルモテルスの子供達とアルトルートさん…そしてアデマール老師とナールが立っていた。みんなで応援…ってわけではなく、大人組は何やら真剣に話し合っている。


後はみんな神聖軍による応援だ、めっちゃアウェイ…だけど聞こえるよ、子供達の応援が、それがあればエリスは百人力──。


「裏!私達から!」


「エリス!よそ見してるな!くるぞ!」


「ッッ!」


「さぁ!夢を見せるぜ!」


動き出すオケアノス、その加速は一度見ていて初見では無い…にも関わらず、驚かされる。この人の加速にはエリスも魔術を使わないと追いつけないレベルだ。


面白い…面白い!楽しくなりそうだ!!


………………………………………………


『待てやァッ!!無視すんなァッ!!』


『相変わらず君試合中は別人みたいになるね!?』


『オケアノス様!パスパス!』


『やだ!私がシュートする!』


「…………」


「……さっきまでいがみ合っていたのに、なんかもう仲良さげですね」


二人で並び立ちながら、ナールとアルトルートは言葉を交わす。二人は互いに知らぬ仲では無い、数年前まで共にテルモテルスに居たのだから。


ただ、その時はアルトルートも無力な僧侶だったし、ナールは薄汚い稼業に手を染め金を稼ぐ悪徳神父だった。仲がいいとは絶対に言えない、寧ろ反目しあい、或いは憎しみすらある仲だ。


ただ、今は言い合うような事をせず…二人で肩を並べて語り合っている。


それは何故か、…何故だろうな。


「………バルネアは元気そうだな」


「へ?」


「あれは私の時代から居たクソガキだ、あれが騒げてると言うことは少なくともお前は子供を飢えさせてはいないらしい」


「…………」


一瞬『お前に上から目線で物を言われたく無い』と言いかけたが、直ぐにアルトルートは首を振り。


「バルネア君の名前、覚えてたんですか?」


てっきり、この人は子供を煩わしい物の一つとして捉え、視界にも入れてない物とばかり思っていたが…。まさか名前まで覚えていたとは。


「当たり前だろう…、あんなクソガキ他所でも見かけんわ」


そう顔を背けるナールの姿を見て、ふとアルトルートは気がつく。そういえばナール神父とこうして話したことは一度もなかったな…と。


以前は、ナールは欲に溺れた下劣な存在だと思っていたし、実際彼は下劣な男なのだろう。悪事に身を染めテシュタル様に顔向できないことばかりやって、子供を売り払うなんて許されざる行いにも手をつけていた。


私は当時、納得がいっていなかったんだ。ナールがお祖父ちゃんの次にテルモテルスを統べる事に。ナールよりも前から孤児の面倒を見ていたシスターも、利発な僧侶もテルモテルスにはたくさんいたのに、よりにもよってお祖父ちゃんが選んだのは…この男だった。


『ナールに任せるより他ない』と、祖父は言った。その時私は祖父が言うならきっとナールも言う程悪いやつじゃないのかもしれないと思っていたけけど、実際はあれだ。


私は彼に対する信頼を全て失い、彼を追い出した。けど考えてみればなぜ彼がそこまでしてお金を手に入れようとしたのか…聞いてなかった。彼の自室には稼いだ金銭で買った物も置かれてなかったし、私は…その金を使ってクルスに取り入ったのかと思ったが…どうやらそれも違うみたいだし。


「あの…その、ナールさん」


「…なんだ」


「ナールさんは、もしかして…テルモテルスの孤児達為に…お金を稼いでいたんですか?」


「………ガキの為、では無い。ただ預かった寺院を存続させたかっただけだ…」

 

「寺院を存続させるために?」


「お前も寺院を預かって分かったろう、寺院を持ちながら孤児院も兼任する事の大変さ。そして…どれだけ金がかかるかを」


分かる、今なら分かる。子供達の成長には凄まじい程のお金が必要だ、日々暮らしていくのに精一杯だ。私達は寺院に施される寄付を使ってなんとか食い繋いでいたけど…。


思ってみれば、ナールさんが寺院を取りまとめている時は…もっと良い暮らしができていた気がする。


でも…でもだからって…。


「だから、神に顔向出来ない事に手を染めたと…!?」


「……それしかなかった、それがベストだった、それが正しい判断だ。と…あの時の私は思って居た」


「思っていた…、なら今は…」


ナールは意気消沈したように頭をがっくりと下げ、力無く首を振って…。


「昨晩、ネレイドが私の元を訪ねてきた。私がかつて…売り払った子供だと言う…あの子がな」


「ネレイド様が…!?」


ネレイド様が、かつてナールに売り払われた子供の一人…?そんな、…そうなのか?


「そこで奴は私に向けてこう言ったんだ。私が奴を売り払ったと言う過去を聞いて…」


──────────────────


「私は、貴方に対して恨みや憎しみは抱いていない」


「なっ……!?」


唐突にナールの部屋に訪れたネレイドは、自らが私に売られた存在である事を前置きして…こう言ったんだ。恨んでいないと。


「お前は、やはり私がかつて売り払った…あの山賊の子供だったのか…」


「認めたくないけど、そう見たい。私はあのモースの娘…そして、モースが私を思って貴方を寺院に預け、私は売られた…それはきっと、疑いようのない事実。だけど恨んでいないよ」


「何故だ…!私はお前の人生を破壊したのだぞ!お前が売り払われた先でどのように暮らしたかなど知らんが…それでも私は!」


「って、言うってことは、少なからず罪悪感はあったんだね」


「ッ……」


ネレイドはまるで見透かしたように私を見下ろす。月明かりに照らされ銀に光るネレイドの髪、そして全てを慈しみ全てを理解した瞳、それは…あの時、教会で私に見せた瞳と同じ物。


この目が私は嫌だった、この目に晒されていると…まるで、テシュタル様の神像を前にしているかのような、そんな錯覚を覚えるから、顔向け出来なくなる。


「うん、メルクさんから聞いている。貴方にも事情があったことを。だから私も貴方に対して何かを言うつもりはない、…私は貴方を許している」


「…………」


「そんな言葉が、貴方は欲しかったんでしょう。貴方は心の底で売り払ってしまった子供達に対して罪悪感と復讐される事への恐怖心があったから」


どこまで見透かしているんだ。どこまで私を理解しているんだ。他人に理解されて恐ろしいと思った経験はない。だが、それでも彼女の言う通りであることもまた事実。


私は今、許しの言葉を貰えて安堵している。私だってテシュタル教徒だ、聖典を読み込み何が美徳で何が悪徳かは理解しているつもりだ。だからこそ私のやっていることは悪徳だと知っていた、知りながらでも…やるしかなかった。


だが、結果とは別に…悪徳を成した私にいつか、子供達が復讐に来るのではと、毎夜うなされていた…。許してもらえるなら、それもまた救われると言う物だ。


しかし、ネレイドは厳しくも首を横に振り。


「でもそれは飽くまで私個人の感情でしかない、貴方が売り払った子供は他にもいるんでしょう?」  


「ああ…」


いつしか私は彼女に対して虚勢を張る気力すら失い、懺悔するようにこくりと頷いていた。私は三十四人の子供を売り払っている。ネレイドだけではないんだ。


「もしかしたら、貴方の言う通り人生を破壊された子も…中にはいるかもしれない」


「ああ…」


「そう言う子達は、貴方を許さないかもしれない」


「…ああ」


「だから貴方は復讐によって滅ぶべき」


「………」


当然の帰結、当然の報い、当然の答え…全員が全員救われたなどと私も思っては…。


「とは私は言わない」


「え?」


顔を上げると、そこには…静かに微笑み、救いの手を差し伸べる神が…いや、ネレイドが…そこには『居た』。


「貴方は生きて、生きてこのまま進み続けて」


「なんで…」


「正しいと思ってやったことなんでしょう?」


「それは…そうだが」


「なら貴方はその子達の分まで、自分の正しさに恥じない生き方をしなくちゃいけない。売り払われてしまった子供達の人生は、もう今更戻せる物でもない。貴方が自分の行いを過ちだと認め立ち止まってしまっては、その子達はただただ被害にあっただけになってしまう。だから…せめて貴方は自分の正しさの為に進み続けるしかない」


「………」


「貴方は救われる事は…きっとない、けどそれでも…貴方はその子達の人生を背負ってでも、生き続けて進み続けなきゃいけない。それが貴方の咎…神が下される罰なんだと私は思う」


私が今、こうして生きていることが、神の選択だと言うのだ。殺されて終わりにはしてもらえない、過ちに呑まれて立ち止まる事も許されない。ただただ自分の正しさの為に進み続けるしかない。


それが、私への罰…なのか。


「そうか…分かった。他でもない…私によって人生を破壊されたお前が言うのなら、そうしよう」


「ん、でも…私みたいに、貴方のおかげで救われた人もいるってのも、忘れないでね?」


「……救われた?」


「うん、だって私…」


そう言うとネレイドは踵を返し、部屋の外へと歩みながらチラリとこちらを振り向き。


「私は今、とても幸せだから。幸せにしてくれる人たちに…出会えたから」


だから私は大丈夫。そうありったけの笑みを浮かべて退室していく彼女の言葉は。私の救いようもない人生の…一抹の光になったは確かだった。


自分が選んだ正しさに、巻き込んでしまった子供達。彼等への贖いは一生をかけてしなくてはいけない。だがそんな中に…一人でも、幸せになれた子がいたのだとしたら。


「……そうか」


私は一人、部屋に座り込み。両手を合わせて神に…いやネレイドに祈る。どうかお前はそのまま…幸せであってくれと。


それが、私が前に進み続けられる…唯一の理由になるのだから。


────────────────


「そう言った…ネレイドは私に。罪を罪として認めた上で前に進めと」


「ネレイド様がそんな事を…」


サッカーコートで駆け回る皆様を見て、私は口元を覆う。ネレイド様…ナールに許しの言葉を与えていたのですか?貴方はどこまで…。


『チェストォッ!はい!ゴール!一点目!これが神聖軍の力だ雑魚共ォッ!』


『いやメーティス!お前今パンチでシュートしてただろ!反則反則!今のなしなし!』


『何を言いますやら、これは私を勝たせる為神がしてくれた後押し。謂わば神の手です』


『どっからどう見てもテメェの手だろうがッッ!!』


大騒ぎするメーティスとアマルト様を見てくすくすと笑っているネレイド様は確かに幸せそうだ。彼女がああも大らかで優しい性格に育つことが出来て、そして今こうして笑っていられるのは、彼女にそう言った出会いがあったから。


決してこのクルセイド領にいては得られなかった物だ。それを彼女は尊んでいるのだ、だからこそ…そんな出会いを憎しみで汚したく無い、恨めば出会いも否定する事になるから。


「私は改めて自分の過ちを見つめ直させられた、彼女達に助けられ…彼女達に諭され、私は生かされている。それが全てなのだと理解した」


するとナールは…今一度前を向いて、力強く頷くと。


「すまなかったなアルトルート。私はどうやら自分の正しさの為に…多くの者達を巻き込んでいたようだ」


「いえ…そんな」


「そして、お前はそんな私からこの街を…テルモテルスを守り抜いた、ならばテルモテルス寺院はお前の手の中にあるのが相応しい。私はこの街から手を引くよ」


「いいのですか…?この街は、サラキアの人達の為に必要なんでしょう?」


「それはそうだが、これ以上…咎を重ねるわけにはいかん。私は神に生かされた身だ、神の御意志に従うまでよ」


そう言ってガイアの街から手をひこうとするナールに…私は、ふと切り出す。


「その、実は…一つ提案があるのですが」


「なんだ?」


「実は、私も先日の晩お話ししていたんです。…メルクリウス様と」


「メルクリウス?あの女と…」


これをナールに言うかどうか。それは私の意志に委ねられていた、メルクリウス様は飽くまで提案であって、それを採用するかどうかは君の意志に任せると…そう言ってくれていた。


最初は言うつもりはなかった、ナールに全てを任せるような…そんな選択をしていいのか迷っていた。だが今なら、彼の言葉を聞いた今なら、切り出せる。


「私が守りたいのは…飽くまでテルモテルス寺院です。ガイアの街ではありません…」


「そうだな、と言ってもこの街が形骸化している時点で守る価値も本来はないのだろう」


「はい、なので…もしナールさんが受け入れてくださるなら、テルモテルス寺院の移転を考えているんです。できればその…サラキアに」


「何?サラキアに?…」


感情論を排すれば、これ以上ない提案だった。正直この街は子供達を育てるのには向いていない。温泉はあるが…それだけだ。物流もか細いものしか通ってないし、何より大地が渇ききっている。


本当ならサラキアのような豊かな街で子供達を育てたい。ならサラキアに移転するのは十分ありだ。だが…。


「良いのか、この街はお前の祖父…ヒンメルフェルトの生まれ故郷にして奴が大切にした街。お前にとっても重要な街だろう」


そうなんだ、今のは飽くまで感情論を抜いた打算の話。私は人間で、人間はどうあっても感情論からは逃れられない生き物。


感情論で言えば、私は祖父が生まれ大切にしたこの街を離れたく無いし、祖父が築き上げたテルモテルス寺院はガイアの街にあるべきだと思っている。けど…。


「大切な街です、ですがそれは私にとってだけ…私は子供達の為に生きると決めましたので。だからこの街を…ナールさんにお譲りしようと思います」


「…………」


「ダメですか?アデマール派の私が…サラキアに行くのは」


「……教皇は、反対するだろうな」


それはそうだ、いくら私とナールで話をしてもクルスの一言で呆気なくひっくり返る。奴は感情論しか話さない、打算も何も出来ない男だ。きっと私達がサラキアに立ち入るのを許可しないだろう…。


「だが、問題ない」


「へ?そうなんですか?」


「クルスが『もう二度とサラキアに戻ることはない』と言って何処かへ消えるのを見た。奴はきっともうサラキアには戻ってこない。サラキアに戻ってこないなら文句もつけてこないだろう」


「本当ですか…!?」


「本当だ、クルスが出ていったからナウプリオス大神殿が空いた。そこを使うといい」


「ッ…!ありがとうございます!」


「礼は要らん、私は不要な物をお前に渡し。お前は私に不要な物を渡した。これは飽くまで対等な取引だ、どちらかが礼を言う必要はない」


こういう時、ナールさんのリアリストじみた面はとてもありがたい。私はサラキアに行って豊かな街で子供達を育てられる、ナールは温泉を使って真っ当な方法で金を稼げる。これでクルセイド領全体が潤う事になる…!


「では、祖父の葬儀が終わり次第…」


「ああ、神聖軍に警護させて孤児院の連中全員をサラキアへ移送することを約束する。私は当面忙しくなるからガキの面倒は見れんからな」


「そこは私に任せてください!…ふふふ」


ああ、よかった。一気に目の前の霧が晴れた気分だ。全ての問題が順調に解決していっている。まさかこんな事になるなんて…全て神のお導き。


いや、ネレイド様達がこの街に来てくれたおかげだ。みんなのおかげでテルモテルスと子供達が救われた。


再びサッカーコートに目を向ける。そこには私を救ってくれたみんなが躍動し…オケアノスとサッカーに興じている。


『喰らえネレイド!今度こそ!私がお前を倒す!!』


そんな雄叫びをあげて敵陣の奥深くまで切り込んだオケアノスが必殺のシュートをゴールに、ゴールを守るネレイド様に放つ。凄まじい威力のシュートだ、空気が爆ぜる音と共にボールが歪み、一陣の風となってネレイド様に迫る…。


だが。


『もう、それは効かないよ』


『あ!やべ…!私の技…昨日見せすぎたか!』


拳の一撃によって悠々とボールを弾き返す。つくづく超人だと思わされる場面にオケアノスが気を取られた瞬間、ネレイド様は弾いたボールをある方の足元に転がし…。


『決めて!エリス!』


『合点!』


エリス様だ、彼女の足元に転がったボールを取り戻そうとヴェルトやメーティスが動くが…もう遅い。


『必殺!』


『ちょっ!?自陣のゴール前からシュート打つつもりかよ!?』


『旋風雷響…』


纏う雷電は掲げられる足と共に空を引き裂き、吹き荒ぶ旋風は振るわれる足と共に世界を切り裂く。誰も止めることが出来ない、誰も予想だにしない、そんな一撃がエリス様の元から放たれ…。


『蹴斗…!』


今度は先程のオケアノスの比ではない威力、オケアノスが技術の極地だとするならこちらは強引さの極み、暴力の極み、圧倒の極みと称するに相応しい一撃。


黄金の軌道を描き一直線にコートを二分し一気に神聖軍側のゴールに向かい…。


『キーパーは!?クサンテ!止めろ!』


『無茶言わんでくださいよーーー!?!?!?』


そのままキーパーのクサンテを弾き飛ばしゴールと共に爆裂する。私はサッカーという物をよく知らないのだが…。


サッカーって派手なスポーツなんだなぁ、爆発とか起こるんだ。


「皆様…」


こうしてエリス様達を見ていて思う。私が救われたのは神導きではなく、皆様と出会えた幸運による物だと。あの日、偶然とは言えケイト様に誤った手紙を出していなければと…今でも思う。


偶然でも、奇跡でも、この出会いに感謝いたします。


「ん?そういえばケイト様は?」


「ケイト?ケイト・バルベーロウか?私がこの街に来た時から一度として見ていないが…」


「え?」


あれ?いつから見ていない?昨日の朝方には見かけたと思うんだが…そういえば襲撃があった前後から姿が見えない。何処に行ってしまったのだろう、もしかして神聖軍の襲撃を恐れて何処かに逃げてしまった?


うーん、そんな感じの人ではないと思うんだが…。


「どちらに消えてしまったのでしょう……あら?」


ふと、これ見よがしに私の足元に一羽のカラスが止まったのが見えて、私は思わずそれに目を向ける。するとそのカラスには──────。


………………………………………………………


時刻は、幾許か巻き戻り。場所はガイアの街とサラキアの街…その間に位置する小さな町の、その一角にある廃屋へと移り……。


「ふ、不覚を取りました〜…」


「ふんっ、手こずらせおって」


廃屋の一角にて全身を縄で縛られ簀巻きにされたケイトがメソメソと涙を流す。それを見張るのは無数の山賊と…彼女を捕らえた存在たる隊長カイムとアスタロト、そして。


「彼女さえ捕らえておけば、恐るるに足らないでしょう」


「本当だろうな、ダアト…」


知識のダアトだ。全ては彼女の一言によって始まった。


『テルモテルス寺院が襲撃を受けているみたいなので今のうちに魔術師ケイトを確保しましょう』


その言葉通り、テルモテルスは神聖軍の襲撃によりてんやわんや。魔力を探知されないダアトが忍び込み、連れ出すと共にカイムとアスタロトがロクに戦えないケイトを捕縛。魔女の弟子達はケイトが捕縛された事にも気が付いていないはずだ。


「全く、いきなりケイトを捕縛しようなど…どういうつもりか説明してもらうぞ、ダアト」


「いや、私はモースさんの命令に従っただけですよ?ケイトを捕まえたいって」


「何…?お前が言い出したんじゃないのか?じゃあモース様がサラキアに行っているのは…」


「ああ、そちらは私から一つ助言をしてあげただけですよ。その引き換えとしてお前はケイトを捕まえておけ…と言われただけです」


カイムは口を開けて驚く、そんな話まるで知らなかったからだ。モースに最も近いはずの自分がモースの考えも動向も、真意さえも全く聞かされていなかった事実。そしてその代わりにダアトがそこまでモースに深く近づいていた事実に。


「貴様…モース様に何をした!あの日ネレイドと別れた後、お前とモース様が裏で密談していたのは知っている。そしてその後から…モース様の様子がおかしくなったのも!…例の識の力とかいうのを使ってモース様を狂わせたか!」


片刃の剣を抜き放ちダアトの首に押し当てれば彼女は静かに両手を上げて頭を横に振るう。


「識の力を使って狂わせるなんて真似しません、識の力を使われたなら貴方達の目から見てあからさまにモースさんはおかしくなる…そんなすぐバレるような真似はしません」


「なら何をした」


「アドバイス…、知識人として彼女に有益な話をしました」


「それを何か聞かせろと…!」



「やめるでごす、カイム」


「モース様…!?」


ふと、部屋に入ってきたモースを見てカイムは咄嗟に剣を引く。モース様がサラキアから帰還されたのだ。


…と言っても、元々モース様はサラキアに行く予定などなかった、本来なら今頃別の場所で動いている予定だった。だが…突如モース様は『サラキアに向かう』と言い出しカイムの制止も振り切ってサラキアへと走っていってしまった。


その真意はわからない、それがモース様の意志なら尊重するつもりだったが…ダアトの要らぬ入れ知恵で道を誤ったなら、正さねばならない。


「モース様!どういうおつもりですか!こんな奴の甘言に惑わされるなんて…」


「別にダアトはあーしを騙してなどいない、ただ…ダアトはあーしに教えてくれただけでごす。その話を聞いて、あーしが判断して、サラキアに向かったまで…ダアトは悪くないでごす」


「ですが…!」


「それより、ケイトは」


「……こちらに」


モース様はチラリと簀巻きになったケイトを見て一瞬驚いたような顔を見せ。


「お前には、後で色々聞きたいことがあるでごす」


「今聞いてくれません?どの道隠し事とかするつもりないので…。後でって言われると緊張していてもたってもいられなくなっちゃいますよ」


「喧しい」


「うーん、会話にならない」


モース様の標的に、ケイトは入っていなかった。それでも今モース様はケイトの身柄を欲した。分からない、全て分からない、何をしようとしているのだ…こんな大切な時に隠し事なんて。


「モース様!お聞かせください!どういうつもりか!」


「どういうつもりも何も、あーしは…魔女の弟子を殺すつもりでごす」


「魔女の弟子をって…ネレイドもですか!?」


「そうでごす、さっきサラキアの様子を見に行ってみたら、物見事に全員やられていた。ジャックスもベリトもオセも全員倒れさていたんでごす」


「な!?シャックスが!?」


「ベリトまでもか…、なかなかにやるようだ」


「奴らは侮れない、どの道あーしらにはジズへの返礼としてこの東部を破壊し尽くさねばならないという役目がある。その障害になるなら…魔女の弟子を殺し尽くすだけでごす」


「でも…貴方の、娘なのに」


「おや?カイムさん、貴方にとっては都合がいいのでは?」


刹那、余計な横槍を入れてきたダアトに向け剣を振るい一閃を見舞うもそれすら読んでいたダアトは一歩引き剣先を髪に掠らせる事もなく手を挙げて謝罪の意を示す。


「これ以上問答をするつもりはないでごす。あーしはこれから計画に則って動く…我が魔力覚醒によってライデン火山を再度活性化させる。それだけで事は済む」


モースは語る、確かにモース様の持つ魔力覚醒があれば地下のマグマを根刮ぎ手中に収められる。


世界最大級の懸賞金を世界中から掛けられるモース・ベビーリアと言う女が、超特級の危険人物として各国に警戒される理由でもある破格の魔力覚醒『訶利帝大炎熱(かりていだいえんねつ)』。大地にある全てに自身の意志を反映させるこの力があれば、モースの怒りを反映した東部の大地は地下に溜まる溶岩流によって全て焼き尽くされる事になる。


サラキアが飽くまで保険であったのは、モースが飽くまで頭領であり彼女自らが手を下す必要性が見受けられない場合の為に保険であったのだ。だがその保険がなくなった以上この手を使うより他はない。


「ただ、今ライデン火山の麓には魔女の弟子と神聖軍がいます、モース様…そちらは」


「さっき言った、鏖殺する。そちらは任せるでごすよカイム。あーしは部下を連れ山に行く、その間横槍を入れられないよう全員殺しておくでごす」


「…承知しました」


「アスタロトとダアトはこの街に残りケイトを見張るように、東部の破滅と共にケイトに死なれると困る。全てが終わった時こいつには口が利ける状態でいてもらうためにも、お前達でケイトを守るでごす」


「……ああ」


「わかりました」


任せてもらえるのはありがたい、自分はモース様の下僕だ。彼女が望むなら叶えるまで。


モース様の態度がいきなり強硬な物になった理由や、一切余裕が見られない点には目を瞑ろう。自分はただ言われた通りに動くだけなのだから。


「…………」


恭しく礼をするカイムと、もう一人…残された二番隊の隊長アスタロトは、頭を下げる事なくただただ険しい視線でダアトを見つめていた。その視線に気がついたダアトもまたアスタロトに微笑み返し────。


「じゃあとっとと動くでごす。もうこれ以上時間をかけるつもりはあーしにはないでごす」


「承知!」


「………」


「………」


傅くカイム、睨み合ったまま動かないアスタロトとダアト。周囲の山賊達はその様を見て、元々チームワークなどなかったモース大賊団に、更に纏まりがなくなった気がして…焦り始める。


本当にこのままで大丈夫なのかと。


「…よし、お前達。これからテルモテルスに向かうぞ、そこで奴らに襲撃をかける」


「へ、へいカイム様!」


「モース様、シャックス達は…」


「まだ動けんでごす、みんな生きてるでごすが…暫くは戦えないでごすな」


「そうですか、なら我々で向かう。ケイトがここにいるなら恐れるものはない…」



「え?あの、私放置ですか?」


ゾロゾロと外に出ていく山賊達にケイトが顔を青くしたまま声を張り上げるが、全員無視。まさかの放置に慄いている間に山賊達は皆外に出ていってしまい、部屋にはただ一人、芋虫同然のケイトだけが取り残される。


「えぇ…まさかの放置、どう言うことよ、何がしたいんですか」


なんて文句を言っても誰も戻ってこない。


「やーい!モースの阿呆ー!カイムのボケー!ア…ア…アタストロだっけ?アタストロの間抜けー!」


なんて言っても誰も戻ってこない、もしかしたらもうこの部屋には誰も帰ってこないかもしれない。


「私に話が聞きたいって…なんなんですかねぇ、私攫ってどうしたいのやら」


もしかしたら脱出するなら今がチャンスかもと思いつつ、ケイトはモゾモゾと体を動かすが…ぎっちりかっちり締められた縄は解ける気配がない。昔ならいざしれずこの老体に縄抜けは厳しいか、最近関節ガチガチだし。


「流石山賊、人を攫うのも監禁するのもお手のものかぁ…」


ぐったりと諦めたように草臥れるケイトは、天井を眺める。これは自力脱出は不可能、と言うか脱出出来ても私一人じゃ帰れませんよね…。


でも、山賊達は何もわかっていないらしい。…私がケイト・バルベーロウ、マレウス最大級の魔術師の一人である…と言うことを。


「間抜けですね、本当に。こんなにしっかり拘束しておきながら…『魔術師の口を封じないなんて』何を考えているのやら」


ニタリと笑ったままケイトは窓の外に視線を向け…。


「『アニマルサモン』」


目をギラリと輝かせ窓の外を眺めれば…。ガラスを突き破って外から現れるのはカラス。ケイトが用いた動物使役魔術によって洗脳されたカラスが引き寄せられ部屋に入ってきたのだ、そして。


「ヨイショ、『ヘアーアレンジ』」


口で襟を噛みちぎりながら髪を硬質化させ自らの舌を刺し、血のインクを使って噛みちぎった布に色々と情報を書き込む。


(ここに閉じ込められる寸前に見た夜空の星の配置から恐らくここは石の街シジフォース。方位と地点とモース達の企みを書き込んでと)


魔術で操った髪をペン代わりに布に色々と書き込んでいく。これでも元は歴戦の冒険者、この手の修羅場は潜り慣れているし、旅の知識も地図の情報も全部頭に入っている。


まだ私はボケてないんですよ、今からでも現役復帰できるくらいには…経験もある。そんな私をあまりなめないでくださいよ!


「よし、これをエリス様達に届けてくださいね」


最後に『助けてお願い!』と迫真の文体で書き込みカラスの足に括り付け外に逃す。これで大丈夫、あとは私がなんかモース達の気を害して殺されないことを祈るだけだ。


「はぁ〜…えらい事に巻き込まれちゃいましたねぇ…」


『───ッ!』


「ん?」


『ですから、私は──』


『信用───』


「なんでしょ」


なんか、外で言い合う声が聞こえる。ゴロゴロと転がりながら扉に寄って耳を当てて外の様子聞いてみると…。


『だから、お前は信用ならん』


『そう言われましても』


(この声、ダアトとアスタロト…?)


外でダアトとアスタロトが言い合っている。私の見張りを任されていたんじゃなかったの?急に言い争いとか。


しかし面倒な二人が残ったなぁ…。こいつら二人ともめちゃ強いやん。


『お前の言葉を受けてから、モースの覚悟が濁った…お前が余計な事を言ったから』


『人の感情は常に外界の情報を得て歪み続ける粘土のようなもの。常に一定の形を保つことはない』


『細かい事を…。お前の目的はなんだ…お前は何者だ…、お前は私たちに隠れて何をしている…!』


『はぁ…、貴方は…』


なんか様子がおかしいな…、もしかしてこれ…。


「やーばいかも…」


小さくため息を吐き、天に祈る。この地には神がいると言うし、お祈りしますよ、どうか…生きて帰れますように〜〜!!

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