461.対決 争神将オケアノス
向かい合うは二つの最強。
「魔力覚醒『虚構神言・闘神顕現』…!」
「魔力覚醒『暴零蹴斗』…!」
部屋を埋め尽くすネレイドの霧、そしてその中で輝くオケアノスの黄金の輝き…それが両足に集中し凄まじい威圧を生み出す。
二人の神将の最終決戦の舞台は、ナウプリオス大神殿地下に存在するクルス・クルセイドの宝物庫。既に宝の数々は破壊され尽くし、残すは人の身だけとなったこの残骸の山の中…二人は警戒心を露わにする。
「………………」
「………………」
観察だ、相手の観察。互いに相手の魔力覚醒を見るのは初めてだ、相手の覚醒がどんな物なのか探る事が…熟達した覚醒者同士の戦いの第一段階だ。
(ネレイドの覚醒…なんだこれ、絶対肉体進化型だと思ってたのに…煙、いや霧が出てきた)
特に混乱するのはオケアノスだ、ネレイドの覚醒は自分と同じ肉体進化型だと思って覚醒戦に臨んだのに…返ってきたのは意外にも霧。その意外性に思わず動きが止まる。
(属性同一型…って感じではないな。ってなると概念抽出型か世界編纂型…分類不能型の可能性もあるけどソイツを考慮したらキリがないし一応除外。もし概念抽出型だったら一応『私の覚醒』とは相性がいい、けど世界編纂型だったら…)
オケアノスの覚醒『暴零蹴斗』は純粋な肉体進化型、特異な超自然的能力などの飾りっ気皆無の肉体強化。それ故にゴリ押しの効く概念抽出型は寧ろ相性がいい。
だが、もし世界編纂型なら…『面倒』だ。
(世界編纂型は独自のルールで動く。そのルールを理解しない限り勝ち目が薄いからな…、言ってみれば聞いたこともないゲームで相手と対戦するような物。初見相手には抜群に強いのが世界編纂型…。なんとなくこっちな気がしてきたな、勘だけど)
ネレイドは私との戦いに己の肉体しか用いていないが、それはある種の意地のような物で本来なら幻惑魔術もバリバリに使って戦うはずだ。そっちに覚醒が引っ張られているのなら…。
世界最強の幻惑使い夢見の魔女リゲル直々に授けた古式幻惑を基とした覚醒。これは厄介だろう。そう警戒心を露わにしチラリと足元で燻る霧を見遣る。これが全てネレイドの覚醒の一部なら…もう部屋全体に行き届いてるんだけど、どうするの?
(…関係ないか、いつも通り…真っ直ぐ行って直接ぶちのめす。それ以外に出来ることなんか無い…!)
カンカンと地面を数度足先で小突く。どの道ここで引き下がる選択肢は無く、小賢しく立ち回り様子見をする気も無い。互いに切り札をテーブルに並べたのなら、後は雌雄を決するのみなのだ。
「行くよ、ネレイド…全力全開の私のフルスピード…ついて来てよ」
「安心しろ、叩いて潰す…」
霧を纏い大きく両手を構えるネレイドを前にオケアノスが動く、初手…完全に互いの覚醒を知らぬ中での初撃。初見のアドバンテージを捨てオケアノスが見せるのは…。
「フッ…!」
───オケアノスの魔力覚醒『暴零蹴斗』は特異な能力を持たない純然な肉体進化型である、とは…確かではあるが誤った情報である。
確かに暴零蹴斗自体はオケアノスの身体能力を強化するのみに留まった覚醒である、しかし問題は…通常の人間を遥かに超える超人たる彼女がこの覚醒を使う点にある。素で肉体進化型と同等の身体能力を持つ彼女が、更に覚醒でもう一段階上の世界へ上がったらどうなるか。
そこから発せられる現象は、超自然的異能を超えた…奇跡となる。
「『ワールドドライブ・シュート』ッ!」
振るう、黄金の靴を履いたかのように光り輝く足をその場でグンッ!と振り上げるように振るう。それにより巻き起こるのは風…?いや違う、震えている。
世界が震えている…!これは───。
「ぐぶふっ!?」
突如ネレイドの体が何かに打ち据えられて吹き飛ばされる。見えない何かが飛んできた、今までのシュートとは比較にならない威力と質量の何かが飛んできた。
されど飛んできた物が周りに転がっているようには見えない、風が飛んできたようにも思えない、なら…今、私を打ち据えたのは恐らく。
(世界の修正力…!?)
「ドンドンガンガン!行くよ行くよ!」
続け様にオケアノスが足を振るう、今度はしっかり観察する。超高速で振るわれる足は…ある一定の加速点に至った瞬間、彼女足元の景色が歪んで見える。まるで空間が歪んで弛むようにぐにゃりとひしゃげ…その歪みをそのままネレイドに向けて飛ばして来て──。
「ぐっ!やっぱり…!貴方!世界を蹴ってるの!」
「御明察!これが私の覚醒…『暴零蹴斗』!」
次の瞬間、オケアノスは空間を蹴って空中を駆け抜けネレイドに迫る。
これが、オケアノスの魔力覚醒『暴零蹴斗』。超極限の段階にまで高められた脚力により発生する加速は、世界その物の粘性を捉え一時的に物質として扱う事ができる。オケアノスの蹴りによって歪められた世界は元に戻ろうと修正力を発揮し、その衝撃を前方に発生させる…それが今の攻撃の正体。
これはそもそもそういう覚醒では無い、もしも他の人間がオケアノスと同じ覚醒を会得しても同じことは出来ない。これはオケアノスだからこそ出来る絶技…。
空間を蹴って、修正力をぶっ放す。空間を蹴って、足場にする。空間を蹴って、空気を蹴って、ありとあらゆる物を『蹴る』ことが出来る覚醒、それが…暴零蹴斗。
「『ブレイクインパクト・シュート』!」
「ッッ!!」
一瞬の間にネレイドに肉薄したオケアノスはグルリと空間を蹴って虚空で加速し回し蹴りをネレイドに叩き込む…いや正確に言うなれば蹴り自体はネレイドに当たっていない。その蹴りが発生させた歪みがネレイドの体に直撃したのだ。
ただそれだけでネレイドの体は歪むような激痛を与えられ、修正力によって吹き飛ばされ壁に追突する。触れずに蹴り穿つ…武の極地の一つをこうも易々と。
「ップ、凄いね…」
まさか蹴り一つで世界に干渉するとは、驚きを通り越して最早神業だ。立ち上がりながら口元の血を吐いたネレイドは考える。
恐らくオケアノスのあれは、一種の究極だ。きっとあれ以上はない、魔女様もあれよりも大規模な事は出来てもあれ以上の現象は肉体では起こせない。オケアノスは文字通り片足を魔女の領域に突っ込んでいるんだ。
これが真方教会最強の力、これがあるからレナトゥスは真方教会を武力で排除しようとしないんだ。
(たった一人で国を足踏みさせる実力、凄まじい…。けどようやく見えた、オケアノスの底が…!)
凄まじいが、つまりこれを越えればオケアノスに先はない。だったら…こっちも底を見せるだけだ!
「次はこっちの番…!」
「上等!どっちかが根を上げるまでとことんかまし合おうぜ!」
霧を手繰る、ネレイドはとにかく先に動かねばならない。オケアノスの速度は反応を上回る、出方を見てから霧を実体化させていては間に合わない…だから。
「『アームレスリング』!」
「お!?」
部屋全域に撒いた霧を巻き取り渦巻かせ、無数の腕を。己の腕を模した巨椀を次から次へと作り出し地面を席巻する。先手を取らねばならない、だから…何処に逃げても同じように、この部屋全てに攻撃を!
「押し潰す!」
「霧が具象化!?違う…もっと別の、幻惑の具象化か!出鱈目な!」
海の底にへばりつく海藻のように、地面から生える腕の数々がオケアノスを攻めたてる。掴みかかり、殴りかかり、部屋全域に渡る腕の乱撃。されどオケアノスはその程度で捕まるような安い人間じゃない。
虚空を蹴って加速し、虚空を踏んで方向を変え、今まで二次元的に動いていたオケアノスの行動範囲が覚醒により広がり、三次元的跳躍を実現させ容易く腕の森を潜り抜ける。
「邪魔ッッ!!」
しかも、幻惑の腕に一撃…蹴りを入れれば空間が裂けて霧ごと破砕される。空間そのものに作用する幻惑である私の覚醒を…霧を、蹴り一発で壊したのだ。
デタラメはどっちだ、足一本で世界を変える気か…!
「『霧放』!」
霧を足の裏から放出し、ジェット噴射で距離を取る。幻惑の霧は壊される、ならやり方を変えないとな…!
「逃げるな!ネレイド・イストミア!」
「別に逃げてない!『地獄霧変』!」
両手から放った霧を一気に劫火に変える。それは意志を持つように渦巻き私を追いかけようとしたオケアノスを包み、焼き焦がす。
「ッ!炎に変わった…!?いやこれも幻惑か!だったら蹴り砕けば!」
「甘い…オケアノス!」
刹那、炎を裂いてネレイドの腕が伸びオケアノスの顔面を拳で撃ち抜く。…そう、炎は囮、今目の前に差し迫った危機を対処しなければいけなくなったオケアノスがネレイドから目の前の炎に注意を移す事を読んでの一撃。
それを受けオケアノスは虚空を蹴って空中で姿勢を直し着地し。
「チッ、鼻血止まんね…。上手く嵌められたなぁ」
「私の覚醒を克服した気になられても困る…!」
「あっそう、そりゃこっちのセリフだけどね!」
霧を纏い迫る巨人を前に再びオケアノスは足を上げる。両者共に反則級の覚醒を持つ持つ者同士、互いの手札は割れた。後は野となれ山となれ…そう言わんばかりに二人は再び読み合い度外視の乱打戦へと移る……。
「か、怪物…!」
そんな戦いの只中に放置されたクルスの事なんか蚊程にも気にする事なく。
…………………………………………………………………
クルス・クルセイドは今人生最大の危機を迎えていた。兵士や伴侶の忠告を無視した結果…猛獣が殺し合う檻の中に裸で閉じ込められてしまったのだ。
「ネレイドォォォオオ!!!」
「オケアノスッッ!!!」
黄金の蹴りを雨霰のように降り注がせるオケアノスと、霧で作り上げた腕で迎え撃つネレイド。さっきまで見せていた殴り合いよりももっと訳の分からない段階の戦いが今そこで繰り広げられている。
「ひぃぃ…!」
今のクルスに出来るのは部屋の隅に縮こまって巻き込まれないようにする事だけ。もしあの戦いに巻き込まれたらその瞬間死ぬ…。ネレイドの拳もオケアノスの蹴りも…どっちも人を殺すに値する威力、それをボコスカ打ちまくってアイツらほんとに人間かよ。
(ってかオケアノスの奴!俺の部下のくせして俺の事事無視しやがって!ネレイドもネレイドだ!大人しく俺に使われてりゃ利用してやったものを!)
ギリギリと歯軋りをしながら二人の戦いを見る。どうしても二人とも俺に従わないんだ、そればかりか無視までして……。
(しかし…オケアノスの奴、あんなに強かったのか…)
だが、そんな怒りさえ忘れる程に…二人の戦いは熾烈を極める。
「『ゴールデンブーツ・シュート』!」
「ぐぶ…!」
黄金に輝く蹴りがネレイドの腹を蹴り抜き、背中から光の奔流が突き抜けるほどの一撃を貰い口から溢れるような血を吐きながらも立ち続けるネレイドは逆にオケアノスの足を掴み。
「『デウス・レウコトエ・スロー 』!」
振り回し地面に叩きつける。更に地面に埋まり身動きの取れないオケアノスに霧から現れた巨椀が滅多撃ちを仕掛け追い討ちを加える。その一撃もこれまた凄まじく、宝物庫の床が芯から揺れる。
あり得ない、この宝物庫は如何なることがあっても粉砕されないように魔鉱石を使って作られた世界一頑丈な金庫でもあるんだぞ、それを割って揺らすなんて、アイツら怪物か。
(レナトゥスが言っていた…オケアノスは『始末するには惜しい逸材』って言葉がようやく理解できたかもしれねぇ)
オケアノスを本気で始末するには、いくら数を揃えても無意味。エクスヴォートやマクスウェルみたいな真性の化け物を投入しない限りアイツは誰にも止められない。態々始末してマレウスの総戦力を落としたくないとまで言っていた…その意味が分かる。
なんせアイツは才能だけであそこまで行ったんだ。俺とは違う本物の天才…、アイツ…あんだけ強いならもっと働けよな。
(そしてそれに着いていくばかりか押してさえいるネレイドも訳わからねえ。あれがオライオン最強?…そもそもアイツ、処刑するにしたってもどうやったら死ぬんだ)
二人の怪物、本物の戦い、それを目の当たりにしたクルスは茫然自失と眺める事しか出来ない。
理解不能、脳みそが二人を理解しようとするのを拒む。
「ハッハッハッ!今のは効いたぜい!久々に苦痛で喘いだよ!」
「なら、次はもっと痛くする…!」
「やってみろや!」
しかもそれだけやってまだ続ける。お互い血まみれ傷だらけになりながらもまだ続ける。
…付き合いきれない、このままここにいたらいつかこの部屋は倒壊する。もしかしたらナウプリオス大神殿は跡形もなく消滅するかもしれない。
馬鹿らしい、そんなアホみたいな結末に付き合わされてたまるか…!
「もう全部どうだっていい、俺の宝ももうここにはないんだ…だったら、構うことなんか何もない」
ガサゴソと動き、…使うつもりのなかった奥の手を使う。
「……俺以外の物になるくらいなら!」
ガコンッ!と一発壁を殴り、壁を外すと中から現れた取手を掴み思い切り引く。これは謂わば栓だ。これを抜けば空気が入り向こう側にある貯水槽に直結する。つまりこちら側に水が流れ込んでくる仕掛けになっているんだ。
本当は、ここにある物を始末する為に用意した奥の手。だがもうここには何も残ってない、ならせめて…それを壊した奴等諸共沈んでしまえ。
「水が流れてくるまでまだ時間がかかるか…、チッ!沈むところは見れそうにないな」
なるべく気づかれないように出口を目指す。もうこんなボロ臭い神殿なんか捨てて新たな新天地に俺の街を作る。レナトゥスに頼んで新しく街を作ってそこを真方教会の新天地とする。元々こんな枯れ切った土地になんか未練はなかった!
捨ててやる、こんな街。捨ててやる、こんな場所!俺はもっと相応しい場所に行くんだ!二度と帰ってくるか!こんな所!
「クソッ!クソッ!なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ。世の中不公平だろ!俺は王貴五芒星で真方教会の教皇で選ばれた人間なのに!」
転がり出るように宝物庫から逃げ出て誰も居なくなった神殿を走り外を目指す、一先ず外に逃げた兵士共と合流して…それからエルドラドを目指す。あそこにはレナトゥスは居ないがマクスウェルは居る。
普段どこにいるか分からないレナトゥスの窓口になってる男だ、取り敢えずアイツを使ってレナトゥスと接触するんだ。それで俺は…。
「ッ…どこ行った!アイツら!」
肩で息をしながら神殿の外に出るが、誰も居ない!兵士共め!俺を待たずに逃げやがったな!くそっ!これが終わったら全員処刑してやる!
「クソ!おい!誰かいねぇのか!オイ!おい!!」
必死に誰かを呼ぶ、誰でもいいから来いよと叫びながら辺りを探して回る、まさか街の外に逃げてないよな…、いや俺を置いていくわけが。
…あ!人影が見えた!なんだいるじゃないか!
「おい!居るなら返事を…」
「あ?」
遠くに見えた人影に近づき、後ろから声をかけると…そいつは険しい瞳をこちらに向け、緑色の髪を揺らし、山のような体を持ち上げこちらに振り向き…。
え?誰だこいつ…うちの兵士じゃねぇ…、ってかこの体のデカさ、まるで。
「ネレイド…?」
「…………丁度いい、あんたには聞きたいことが…あるでごす」
そう言うなり、そいつは笑い───。
……………………………………。
「オラァッ!」
「ぐっ!?」
炸裂する、黄金の光。それはネレイドの体を穿ち何度目かになる壁への衝撃と共に空間を揺らし、ガラガラと壁が崩れる。その振動で天井さえも瓦礫を落とし始める、もうこの空間自体が長く持たない。
あれからどれだけ戦ったか、あれからどれだけ戦い尽くしたか。数十分にも及ぶ激闘は…無敵に思われた二人の完全性に翳りを見せ始める。
「ぜぇ…ぜぇ…いい加減、倒れろや…!」
「まだ…はぁ…はぁ、倒れない…!」
二人ともゼェゼェと肩で息をして顎先汗を拭う。目は霞み頭の先はフラフラとおぼつかず、歩けていること自体が奇跡と言ってもいいほどに深刻なダメージを負っていた。
そもそも、2人はここに来るまでの間に既に激闘を繰り広げまくっている。中庭から始まり神殿内部を貫通し、そのまま宝物庫に落ちてから魔力覚醒で殴り合い。二人とも経験したことのない程の長期戦を前にいよいよスタミナが切れ始めているのだ。
「チッ、なんで…そこまで粘るんだよ…!」
「言ったでしょう。お前は完全でもなんでもない…一人の人間だって」
「人間?阿呆か。これのどこが人間だよ、私達揃って人外だよ!」
両手を広げこれまでの戦いを振り返るように叫ぶオケアノス、あれだけのことをしておいて自分達は人間ですって…あり得ないだろうと、しかしネレイドは小さく首を振り。
「関係ない、どれだけ力を持っていても、どれだけ力を振るえていても、私達が人間であることに変わりはない」
「じゃあなんで神は私達を他と一緒にしなかった!どうして私達だけを別にした!これは呪いか?或いは罰か!」
「…呪いか」
確かにこれは呪いかもしれない、私達は他の人のように平穏無事に生きることはできない定めにある。私達は確かに人に恐れられ…避けられる定めにある。
けど、それでも。
「これを呪いにするか祝福にするか、それを決めるのは神じゃない…私達だ」
「はぁ?そりゃどう言う…」
「人ってのはね、単純な生き物なんだ…」
この手を見る、大きく太く力強く…恐ろしい手。この手で軽く人を叩けば…私の意志とは関係なくそれは鈍器での一撃にも勝る。容易に人を傷つけ得る恐ろしい手だ。
昔は、この手を嫌ったこともある…だけど。
「…口で語るより、見せる方が早そうだ」
「見せる?」
手を握り、周囲に走る霧が渦巻き始める。世界を騙す幻霧、それは世界の形を変え私の望む物を周囲に見せる。その霧は腕にもなるし剣にもなる…その変幻自在の霧の最大開放。
ラグナ達みたいな覚醒の極限化にはまだまだ及ばないけど、私が三年間で獲得した…覚醒の大技を、見せてやる。
「『霧界・闘神幻燈』…!」
「ッ…!」
霧が爆裂するように辺りを埋め尽くし一瞬視界を覆い尽くす。この部屋全体に行き渡る霧は竜巻のように疾走し世界のあり方を変える。私の望む世界…そして、私が行き着いた答え。
それは─────。
…………………………………………………………
「霧が晴れて…ってんなんじゃこらぁぁぁあ!?!?」
オケアノスが口を開く、目を見開く、霧が晴れ目の前に広がる景色を見てあわあわと口を広げネレイドが見せるそれにただただ驚く。
そりゃあ驚くよ。なんたって…今目の前に見えているのは。
『青コーナー!真方教会最高戦力の神将として名を馳せる最強の挑戦者!黄金の足を持つ女!オケアノス・エケ=ケイリアーーーッッ!!』
『うぉぉおおおおお!!!』
四方に囲まれたリング、その周辺を囲むロープと…大観衆。響き渡るコールと溢れる熱気…これは闘技場?…違う、昔聞いたことがある。
これは…プロレスのリング!?
(なんだこれ、これがネレイドが見せている景色?にしては臨場感凄…まるで本物)
オケアノスも、サッカー選手として各地を巡りスターとして認識されているからこそ分かる。今この場を包むのは試合の熱気だ、否が応でも気分が高揚する本番の気配だ。
これがネレイドの作り上げた世界だと?リングの中心で周りを見回していると…。この世界を作り上げた張本人は、悠然と現れる。
『赤コーナー!オライオンプロレス界に燦然と輝く無敗記録!国内最強の名を欲しいままにする無敵の大超人!皆さん大歓声にてお迎えを!我らがヒーロー!伝説のチャンピオン!ネレイド・イストミアーー!!』
ドンッ!と花火が打ち上がり煙の向こうからレスリング用のウェットスーツに身を包んだネレイドが拳を掲げながら現れる。その腕に巻かれるのは無数のチャンピオンベルト。
彼女が現れただけで、観客は湧き上がり興奮の声が鳴り止まない…、そんな歓迎の声を聞き流しながらネレイドは一足にリングに上がり、私を見下ろす。
「…どう言うつもり?」
「これが、私の見せたいもの…。これが…私の祝福」
ベルトを脇に片づけ、彼女は観客席を見遣る。そこにはこれから起こる試合を楽しみにするような観客達の笑顔が並んでいる。全員が…ネレイドを見ている。
「確かに私達のこの力は…呪いかもしれない。けど…その力を使えば、人を笑顔にすることも出来る」
「見世物小屋で珍獣として見物されろってこと?」
「…ん?貴方になら分かる思ったのに、…サッカーやってる時は…みんなこんな顔で見てるんじゃないの?」
「ッッ……」
…くそっ、ああそうだよ。サッカーをやってる時…会場に押しかけるみんなは私を見に来る、私を見て手を叩いて私の名前を呼ぶ…その時は、その時だけは、誰も私を恐れない。
「貴方だってわかってるはず、私達に与えられた呪いは私達の力で祝福に変えられる。人を笑顔にして…歓声という福音を聞くことが出来る。…私は好きだよ、それ」
「…………」
「ここにいる時は、私は一人じゃないって思える。みんなが私の勝ちを祈ってくれる…そして、それは貴方も同じ、貴方はとっくに一人じゃないでしょ」
「まさか、それが言いたかっただけ?」
「うん、だからいじけないで…暗い顔しないで、この世の何処を探しても…一人だけの人間なんて居ない。貴方には私がいる、貴方の勝利を望む観衆がいる」
するとネレイドは腰を深く落として…構えを取り。
「それでも納得できないなら、もっと分からせてあげようか」
「……へっ、上等…決着つけるにはお誂え向きだよ…!」
ネレイドは私を一人じゃないという、一人だけじゃないという。だからもう寂しがることもない、恐ることもないという。
…余計なお世話なんだよ、私の事は私が決める。私の事を変えたけりゃ力尽くでやれよ…!
そう構えをとれば、リングの脇から何者かが現れ。
「では両者!準備はよろしいですね!?」
「ってあんた誰よ!?」
「審判さんだよ」
「さっきまでいなかったよね!?」
「では両者共に構えを!試合…開始ーーッッ!!」
いきなり現れた審判が手を挙げれば、その瞬間ゴングが鳴り────。
「フンッ!」
「なっ!?速っ!?」
ゴングが鳴ると同時にネレイドが突っ込んでくる。速い…今まで見せたスピードとは段違いに速い、まさかこの世界を展開するとネレイドは強くなるのか!?
なんで思っている間に私は突き飛ばされロープに突っ込み、伸びたゴムの反応で更にもう一度ネレイドの方に向け突き飛ばされる。
「『エウポンペ・クローズライン』!」
「ぅぐっ!?」
そして飛んでくるラリアット、ネレイドに向け飛ぶ体が腕撃を受け空中で一回転しマットに叩きつけられる。破壊力も段違いだ…!
やっぱりこの空間はネレイドを強化して……いや違う、これは。
『ぅぉおおおおおおおお!!!』
『流石ネレイド様だー!!』
『すげぇぇえええ!!!』
鳴り響く大歓声、ネレイドコールが木霊する。ビリビリと伝わるような熱狂が私の皮膚を刺す。…これだ、ネレイドは強くなったんじゃない…強くあろうとしているんだ。
(なるほど、『喧嘩』と『試合』は違う。競技者たるもの…どんな状況よりも『試合』が完全なパフォーマンスを発揮出来るようにするのは当然のことだ…!)
ここは、リングの上は。ネレイドにとって絶対に負けられない聖域なんだ。たとえ幻であろうともリングがリングである以上ネレイドは強くなる。私もサッカーコートの上ならいつもの力の数倍のポテンシャルを発揮出来るようにネレイドはここではまさしく無敵のチャンピオンなんだ。
それに。
『ネーレイド!ネーレイド!』
『いけー!やっちまえー!』
『ネレイド様頑張ってー!!』
(この大歓声、自分を讃える観客の声。私も競技者だから分かる…これは『ノッてくる』!)
歓声は力だ、ホームとアウェイの違いはここにある。大歓声に背中を押されている以上ネレイドは無限に強くなるだろう。
そういうことか、一瞬で場をホームに変えやがったんだ!
「やってくれるぜ…!」
『ブー!ブー!立つなー!』
『あんたなんかネレイド様に勝てるわけないのよー!』
そして私が立ち上がればブーイングが飛ぶ。酷いねぇ、気が滅入るよ…。でもこれが…普段ネレイドが見ている景色なんだ。
この再現度は想像じゃ作れない、マジで見てきたからこそ作れる本物の迫力なんだ。なるほどね…人々に恐れられる怪物から、観衆に支持されるヒーローに…か。
これが、ネレイドの言う祝福…か。この声…全てが。
「ハッ!全員黙らせてやる…!」
「やってみろ…!」
この幻惑は打ち砕かない、この幻の中で私はネレイドを打ち倒す。それが一番だからだ、ああ…認めるさ。ネレイド…あんたの言う通り私は一人じゃないのかもしれない。こんな景色を見せられて諭されたらそりゃあ認めるしかないよ。
けど、それでもまだ一つお前は私を納得させていない所があるよな。…そうだ。
「私が最強であることに!未だ変わりはないだろうが!」
「ッッ!?」
ロープを使って助走をつけ、今度は逆に自分からネレイドに突っ込みネレイドの顎を蹴り上げる。意趣返しのカウンター、それはネレイドの体幹をズラし。
「この幻想の中でお前を倒す!それが最も文句のつけようのない決着の付け方!そうだろう!」
虚空を踏んで続け様に幾度となくネレイドの頭を蹴りつける。私の全霊の蹴りをそう何度も直接頭部に叩き込まれれば…意識を保つことさえ難し───。
「ああ、そうだ!」
「なっ!?」
しかし蹴りを物ともしないネレイドによって掴み上げられる、こいつ心持ち一つで耐え切りやがった!やばい!掴まれた!アレがくる!
「それでいい!」
「ぐっっ!!??」
そのまま大きく振りかぶって地面に叩きつけられる。体が大きく腕が長い分振りかぶった時につく加速と遠心力が半端じゃない…!
ネレイドはもう限界だ、だが私も限界だ。これを何発も食らったら…負けるかもしれない!
「ッッ負けねぇぇえ!!私は絶対にぃぃ!!」
「そうだ、それでいい…!お前は今まで争う相手がいなかったんだろう!なら私と競おう!どっちが最強かを!!」
「私に決まってんだろうがぁぁぁあ!!!」
即座に立ち上がりそのまま加速をつけネレイドのガラ空きの腹部に弾丸の如きフロントキックを叩き込む。
あの柱のように揺るがないネレイドが、確かに揺らいでいる。あと少し…あと少しなんだ!
「お前は確かに強い、だが…お前は、最強を名乗るには。足りなさすぎる」
「何が…うォッ!?」
お返しとばかりに飛んできたネレイドの蹴り、私が弾丸なら奴のは大砲…、はっきり言って蹴りのやり方ってのを知らない素人の蹴り方だ。だがそれを補って余りあるウェイトと筋肉量。いつもなら耐えられるのに足が地面を捉え損ね無様にスリップして倒れ伏す。
もう少しは…私も同じか…。
「出会いだ。出会いが足りていない」
「出会いだぁ?これでも私マレウス中を駆け回っている身なんですけど?」
「会った人の数じゃない。…私はあの日から多くの気づきを得た。見たことないくらい強い奴、見たことないくらい悪い奴、見たことないくらい面白い奴、見たことないくらい見たことない奴…。それもこれも!私の友達と出会えたから!私はより強くなれた!」
ネレイドの背後に、新たな影が生まれる。霧が集い観客席に現れたのは…。
『ネレイドさーん!頑張ってくださーい!』
『負けんじゃねぇぞー!ネレイドー!』
『横断幕作りましたよネレイド様、見ますか?こっち見てください』
『邪魔をしてやるなメグ…、ともかく気張れ!ネレイド!』
「誰だアイツら…」
七人の若者達、金髪の女や赤毛の男、メイドにチビ…個性豊かな面々がネレイドを応援してる、アレがネレイドの仲間たち…?
「オケアノス、あの中にいる金髪の女の子…エリスとは会ったことあるでしょ?」
「え?ああ、そういえばあの子そんな名前だっけ」
応援してる金髪の女、ああ確かにアレはエリスとかそんな名前だった気がするな。とはいえそんな一回会っただけの奴なんか顔覚えるだけでやっとだよ。
「貴方は、ただ会っただけ。出会いではない…記憶に残る出会いではない。私にはある…友との楽しい記憶、敵との戦いの記憶、これまでの旅の記憶…それらが私を強くするんだ!」
「青臭い…!」
突っ込んでくるネレイド、起き上がりかけた私に追い討ちをかけるつもりか…!だが!
「安っぽい冒険活劇みたいなセリフ吐かすんじゃねぇよ!!」
「ぐっ!?」
そこからカエルのように飛び跳ねネレイドの顔面に一撃。押し飛ばすように最後の力を振り絞る…。
「過去がなんだ、出会いがなんだ記憶がなんだ。なぁ…今からテメェの言ってること全部的外れって証明すれば…お前はもうこれ以上立てなくなるってことだよな」
よろめいたネレイドに隙を見出す。肉体面は既に両者共に限界の域、今ここで私達を立たせているのは精神面だ。つまり…奴の言う理屈を、奴の言う強くなれる理由を真っ向から打ち砕けば、奴はもう二度と立てない。
つまり、奴の言うものを何一つ持ち合わせない私が…ここで奴をぶっ潰せば!
「見せてやる、今の今まで…誰にも見せたことのない私の必殺シュートを!」
編み出した時、とてもじゃないが個人相手には使えないと判断した大技。あまりの過剰火力にそこまでする必要がないと断じ…もしもの事態に備えて誰にも見せなかった奥義。
そうだ、今から見せるのは『レナトゥスが軍を率いて東部にやってきた時の為の技』…つまり、この国の軍を滅ぼす事を想定した私の全てだ!
「写せ…!」
ネレイドの切り札が無限の幻影だとするならば。オケアノスの切り札は唯一無二たる事実だ。足を高速で動かしその場で踊る様なステップを踏み、加速していく。
纏わせているのだ、空間を。高速ステップで空間を掻き乱し修正力が働くよりも前に更に乱し、擬似的ながら古式空間魔術にも匹敵する現象を巻き起こす。
「私が望む、唯一無二たる事実!勝利を!」
それは如何なる闇さえ打ち払う光であり、如何なる艱難さえ切り払う剣。掻き乱された空間に向けて一閃の下振るう蹴り、これこそ…オケアノスが持ち得る全てにして全身全霊のファイナルシュート…。
「『真脚ボッカデラベリタ』!』
キラリと光る瞬き。乱された空間はオケアノスの蹴りにより押し出され波状となって目の前に進む。それは空間そのものに伝播する振動となってひたすら前に…前に進み続ける。空間を水の様に捉えるオケアノスの蹴りは空間自体に波を発生させるんだ。
水の中に揺蕩う魚が、突如強烈な津波に襲われたらどうなる?なす術なく流されて押し飛ばされる様がありありと目に浮かぶだろう。それと同じだ、人とは…否、万物とは空間と言う名の海を揺蕩うクラゲに過ぎない。そこに波が起きたならば…同じなのだ。
この次元に存在している以上防ぐ術のない一撃、誰も動かすことの出来ない大海に波を起こす、オケアノスが求める勝利という名の真実を映し出す鏡…これこそが私の切り札だ。
「ッッ……!」
ネレイドに防ぐ術はない、避けられない瞬間を狙って防げない一撃をかましたのだ。まだ体力が残っていたなら、打てる手もあったかもしれない。だが…何かを模索するには戦い過ぎた。覚醒を維持するだけで精一杯のネレイドには…何も出来ない!
「グッ──────!!!」
歯を食い縛り、空間を揺らす波を直接身に受ける。強烈な爆風にも似た衝撃はネレイドの体に当たっても反射しない、何せ揺れているのは空間そのものだからな。つまり振動はネレイドの皮膚を通過し肉を通過し骨を通過し内臓さえ突き抜け背後に向かっていく。
物理的防御も魔力防御も意味をなさない、耐える耐えないの問題ではなくそもそも受けた時点で破砕は免れない。
徐々に、徐々に、ネレイドの足が後ろに…彼女体が後ろに押し流され、皮膚が破け口から血の滝を流し限界という物が可視化される。
終わりだ…、私の勝ちだ。
(勝った…いつも通り、私の勝ち、結局どうあっても私が最後に勝つ…わかりきってることじゃないか)
そう、いつも通り。いつも通りなんだよ。サッカーでも戦いでも…私と相対した奴はみんな最初は偉そうな事を言う。
『自分は努力したから天才のお前に勝てる』とか言ってた奴は五秒で折れた。
『仲間達の絆が自分を強くする』と宣った奴は八秒で全滅した。
私を悪魔と呼ぶ者も、神の子と呼ぶ者も、皆私を恐れ私に道を譲り…その道を私が歩む。いつも通り事なのに…どうして。
(どうして私はがっかりしてるんだ…)
なぜがっかりする?まさか負けたかったのか?そんなはずはない、心の底から勝ちたかった。
もっと戦いたかった?それもない、もう戦えない。ネレイドに勝って欲しかった?それも違う。なら私は一体何を…。
(まさか、ネレイドに期待していた?…私を、私の何かを…変えてくれると)
ネレイドならもしかして、私の孤独感を埋めてくれると…彼女の正しさを証明してくれると、期待していたと言うのか。
だが…それももう。
『倒れんなーッッ!!御大将ーーーッッッ!!!』
ハッと目を開く、なんだこの品性のカケラもない絶叫は、そう思い周りを見回すと…観客の一人が立ち上がる。傷跡だらけの顔と恐ろしい目つきをしたシスターが『天下無双之御大将』なる文字が刻まれた巨大な旗を振って声を張り上げている。
誰だ。御大将って──────。
「ゲッッ!?」
刹那、いきなり側面から飛んできた何かに体を押された上で掴み上げられる。これは…なんだ?肉?いや指…腕か!?
血塗れ過ぎて一瞬何か分からなかったそれが、私の体をがっしり掴み上げている。血の滴る手、血に塗られズタズタになった腕…原型を留めているか怪しい肩。と視線でそれらを辿っていくと、そこに居たのは。
「ね、ネレイド…!?どうやって今の攻撃を防いで…」
「フシュー…フシュー…」
血に濡れた髪の奥から眼光が光、血風混じりの吐息が尾を引く。まるで羅刹の形相…そんなネレイドの姿を見て、察する。
防いだんじゃない…、こいつ…よりにもよって…。
「受け止めたのか!?世界に波及する一撃を!」
「シュー…シュー…当たり前だ。プロレスの基本は『受け』…どこの世界に相手の決め技から逃げるチャンピオンがいるよ…!」
──これはオケアノスの存じ得ない話ではあるが。プロレスは喧嘩じゃあないんだ。
衆人娯楽の見世物で客を満足させる為の物。ド派手な技の応酬を見せ、それに耐え抜き力で魅せる。だからこそレスラーは技から逃げない、逃げずに受けて、受けた上で立ち、立った上で勝つ。そうして初めてプロレスは成立する。
故に、ネレイドは敢えて受けて立った。隙を晒したのではない、相手の決め技を受けてもしょうがない風を装った…つまり誘ったんだ。その部分に関してはネレイドはナリアの演技すら上回る。
そして敢えてオケアノスの最大奥義を受け止めて…、耐え抜き、今…オケアノスの肉体も精神も凌駕した。
「だが…耐えられるはずが無いだろ…!その傷で!」
「耐えられるさ、耐えられると思ったから受け止めたんだから」
「あり得ない…!あり得ないあり得ないあり得ない!受け止められるわけが…」
『やってやれー!御大将!あんたなら立てるって…信じてたー!!!』
まだ騒いでるよあの傷女、この場面で喧し………まさか。
いや、いやいや、まさか…まさかとは思うが、ネレイド…あんた。
「まさか声援のお陰で立てたとか…言わないよな」
かつて、アデマールがオケアノスに伝えた言葉。肉体でも精神でも乗り越えられぬ困難にぶち当たった時…人は如何にして壁を乗り越えるか。
前へ進む原動力は何か、如何なる苦痛に苛まれながらも進める理由は何か…決まっている、それは。
「……声援じゃないよ、祈りだ」
ネレイドは目を伏せる、我々競技者は…ある意味ファンにとっての神なのだ。『勝ってくれ』『活躍するところを見せてくれ』『姿を見せてくれ』…そんな真摯な祈りに応えるべく、全力を出して足掻いて足掻いて足掻きまくる。
そんな足掻きの中にネレイドは神を見る。アデマールは神を見る。光に目を向けている限り…人は絶対に倒れない。
「応援してくれる人がいる限り、祈りがそこにある限り、私はいくらでも立てる…この背に祈りの言葉が乗る限り、私は…どんな苦痛にも耐えられる…!」
「そりゃ…お前……」
肉体も精神も超えた先にある『何か』。確かに肉体面ではオケアノスの怪物だろう、そこからくる精神性もまたオケアノスは怪物で、ネレイドもまた同じだと…思っていた。
だが、違う…ネレイドは更に先を行く。肉体と精神だけではない『何か』に突き動かされ、彼女は祈りに応えるためだけに戦う。
そんなのまるで、神そのものじゃないか…!
「大技を受けたのだから、次は…私の大技の番」
「ま、待て…ちょっと待て!」
「無理」
ネレイドが動き始める、待て待て待て!今の状態じゃ受け切れない!私にはそんな祈られただけで世界さえ超える様なタフネスは発揮できない!負ける…このままじゃ負ける!
やられる…私が!
(ズルだろ!この場に居ない奴らの祈りを受けただけで無限に立ち上がれるとか!そんな…そんなの!なんかズルだ!)
こいつの仲間もあの傷女もこの場には居ないんだろ!?誰の祈りも届かないこの場所でもネレイドは祈りに応えるために戦えるというのか!?そんな悪態を吐きながら私は動き始めたネレイドによって天高く放り投げられる。
ダメだ、さっきの一撃で力を使い果たした。もう空を蹴れない…もう、ここまでか…!
(クソ…クソクソクソ!私は…私は!最強のオケアノスで!無敵の存在で!神に選ばれた────)
フッと浮遊感を全身に受けながら私は虚空でジタバタと暴れながら……見る。
天高く放り投げられた事で、見えるんだ。壁の様に視界を覆っていた観客席の向こう側が。みんな齧り付く様にリングに見入る中…少し離れたところで、ポツンと一人。リングを見る事なく両手を合わせて祈っている影が。
(あれは…私か?)
私だ、観客席の向こうに私がいる。一人で何かに祈ってる。あれはネレイドが見せている幻覚か?それとも私が見ている幻か?
分からない、分からないけど…ようやく合点がいく。ああ、そうか。
(ネレイドは、ここにいない人間の祈りの為に戦っていたんじゃない。ここにいる…ただ一人の、私のの祈りの為に───)
「オケアノス!お前はもう!最強じゃない!お前はもうただ一人の特別じゃない!なら…踏み出せるだろう!!それを私が、証明する!!」
飛び上がったネレイドが私の背後に抱きつきがっしりとホールドする。するとネレイドの足からジェットの様に霧が噴出され推進力に変わり、速さを得る。
加速する、加速して回転する。螺旋を描く様に私とネレイドが回転する。
「『超高度回転落下式…デウス』」
回転し、回転し、リングを目指して落ちていく。私にはもう何も出来ない、全力で抵抗しているが、そんな抵抗如きで崩せる技じゃないのは分かってる。
ああそうだ、私は負けるんだ。人生初めての経験だ、そっか…私はもう無敗じゃないんだ。
「『ウルト…』」
ネレイドは証明した、私の理屈が間違っている事を。私は最強じゃない、私は孤独じゃない、その証明を私に納得させた。
私が祈ったから、私の希望…『ネレイド・イストミア』に祈ったから。孤独から救ってほしいという願いを叶える為に、ネレイドは傷ついても傷ついても倒れる事なく最後まで食らいつき…そして。
「『スープレックス』ッッ!!」
その瞬間叩きつけられる衝撃、全身を粉々に砕く力の奔流。それを受け微睡む意識、あやふやになった感覚の先で誰かがスリーカウントを述べ。
鳴り響くゴングと共に、世界が…私の意識の様にドロドロに溶けて、それで…。
………………………………………………………………
「ん…んん…」
「ん、目が覚めた?」
「ここは……」
私は起き上がる、オケアノスから受けた傷を少しでも回復させようと粉々になった宝物庫に座り込んでいた所。ようやくオケアノスが目を覚ましたんだ。と言っても気絶していたのはほんの数分。私の全力を受けても彼女はそれっぽっちしか気絶していなかった…本当に凄い子だよね。
「大丈夫?オケアノス」
「……そか、私…負けたのか」
「うん、納得した?」
「……なんとなく」
オケアノスは地面に大の字に倒れたまま、顔だけ動かし目を背ける。そっか、納得出来たか、ならいい。私はその為に戦ってたんだから。
全ては納得の為、オケアノスは一人じゃない…特別な存在でもない。自分を孤独だと諦める必要も自分から人を避ける必要もない。私はその納得の為に戦った。
だから…真っ向から戦った、回りくどい事もした、滑稽な縛りも課した。その上で…必死に勝利をもぎ取ったんだ。
オケアノスなら、私が勝てば納得してくれると思っていたから。
「ねぇ、オケアノス」
「なに…?」
「私は、貴方の希望足り得たかな…」
「…あんた、本当に愚直だね」
愚直…?どういう意味だろう。小さく首を傾げて考えていると、オケアノスはヨロヨロとふらつきながらも立ち上がり。
「私に勝ったからって、何がどうなるわけでもなし。なのにそこまで必死になるなんて…」
「放っておけなかったから…」
「分かってるよ、あんたはそういう人……」
すると、オケアノスはふらつく足を必死にその場に繋ぎ止め、私に目を向け…一瞬の迷いを見せるが、直ぐにそれすら振り払い、小さく頭を下げ。
「ありがと、なんか…スッキリしたよ」
そう…言ってくれるんだ。
ありがとうと、…うん。それが聞きたかった、それだけが。
「うん、こっちこそ」
「あんたに…貴方に、憧れてよかったよ」
そういうなりオケアノスは私の肩をトントンと叩くと、体を私に預けてくれる。どうやら彼女も限界みたいだ…。
「ん、嬉しい」
「…にしても派手にやったね、クルスもどっか行ってるし」
「だね、途中でどっかに消えたけど…いいのかな」
「放っておけばいいさ、それよりネレイド…貴方何かする事があったんじゃないの?」
「…………」
戦いの興奮で温まった体が…サッと冷たくなる。あ…そうだ、そうだ!そうだった!
「やばっ!私することあるんだった!」
「そこは考えてなかったんだ…」
「どうしよう!ラグナ達心配してる…!」
「なら早く戻ってやりなよ…ん?」
ふと、気がつく。地面が水浸しだ。見てみれば壁に穴が開いている…私達が開けた穴じゃない。…おそらくはクルスだろう、私達を亡き者にする為に…水を流し込んだのだ。とオケアノスは一人で目を伏せる。
(どこまでクズなのか、仮にも私はお前の………。)
「ほら行けよ、直ぐにここも水に沈む…勝ったお前にはここから一人で抜け出す権利が…」
「うん!行く!ヨイショ」
「は?」
「いやいやいや、あんた何私のことシレッと抱き上げてるの?」
「へ?」
なんでって、ダメだったかな…お姫様抱っこ。とキョトンとするネレイドに目を丸くするオケアノスは慌てて口を開き。
「なんでって、今から私仲間と合流するから…」
「いやそれならなんで私まで連れてくのさ!私を置いていけばいいだろ!?」
「なんで置いていく必要があるの?…敵でもないのに」
「は…?」
「早く行かないと、なんか水漏れしてる。老朽化してたのかな…」
こいつ、私を敵だ思ってないのか?しかもクルスの悪意にも気が付いてないし…こいつ、どこまで…。
(こりゃあ、敵わないわ…)
「私の仲間に優秀な治癒術師がいる。その子にこの傷を治してもらわないと、貴方もう歩けないでしょ」
「それはそうだけど…」
「私は貴方を傷つけたかったわけじゃない、だからこの傷も治してもらう…一緒に行こう」
「……はぁ、調子狂うなぁ」
オケアノスを赤ちゃんみたいに大切に抱っこしながら無人になった神殿の中を歩く、…にしても凄いボロボロだなぁ。これ全部私がやったの?大体オケアノスじゃないの?分かんないや、全然記憶にない。
それに人もしないし…、あ…そういえばクルスが持って行った羅睺の遺産…どうなったんだろう。
「人いないね」
「そーだね」
「二人っきりだね」
「…だから?」
「メグがこう言ったら相手がときめくって…」
「ときめかせてどうすんのさ…」
ユーモア。軽く小粋なジョークを挟んで緊張を和らげるが…オケアノスを怒らせてしまったみたいだ、目を合わせてくれない。それにしても本当に人がいないなぁ…外に行けば誰かいるかな。
いや、誰かいたらまずいのか?私神聖軍に狙われてるし、今の状況も場合によっては神将を人質に取ってる様なものだし…やばいかも。
「…誰もいませんよーに…」
そう呟きながら外に出る、とりあえずどこに行こうかな…ナールのところに行ったら会えるかな。
「オケアノス」
「何」
「ナールの家、どっち?」
「なんでナール?…まぁいいけど、あっちだよ」
その案内に従いナールの家を目指し神殿から出て白亜の回廊を歩き向かう。軍部の隣にあると言われる館を目指していると…所々に凄まじい戦闘の跡が見える。大地が抉りれたり…壊されたり、これベリトの錬金術かな。
だとしたらもう戦いは始まってる…最悪終わってるかも…。
「あ、見えてきた」
誰か立ってる、ぶっ壊れた館の前で。知り合いかな、そう思い急いで駆け寄って───。
「え?」
「ん…?」
燃え滓となった館、その前に立っていたのは……。
「モース…!?」
「ネレイド……やっぱあんたも…」
モースだ、モースがサラキアに…いや、なんでここに…!?というか!
「ラグナ!」
見ればそこには傷だらけになり倒れたラグナと意識を失ったメルクさんが倒れていた。まさか…二人がモースにやられた…!?
「ネレイドか!…悪い、ちょっとこいつ止められねぇかも…!」
「いやよくいうでごすよ。右手と左足を粉砕骨折しておきながらここまであーしを止めるとか…あんたも大概怪物でごすな」
ラグナに駆け寄り状況を聞く、どうやら既にベリトやシャックスは倒しているそうだ。しかしメルクさんもラグナもその戦いの傷が深く、合流してから休みつつオセを倒しに向かっているデティを待っていたそうだ。
しかし、そこに現れたのがモース。いない筈のモースが突如して現れナールに襲い掛かったのだ。今この場で唯一戦えるラグナがモースを足止めしなんとかナールを逃せたそうだが。それも長くは続かずこの状況。
腕と足にひどい怪我を負ってる。この状態でモースと戦っていたのか…!
「くっ、ごめん!私がもっと早くきてれば」
「いやいい、そっちも大変だったみたいだしな。ってかぶっちゃけ俺達の中で一番重傷じゃね?」
そう、私達はみんな重傷。ラグナもメルクさんも私もオケアノスも…とてもじゃないがモースを相手に戦える状況じゃない。
デティが戻ってこなければ…私達は終わる。
くぅ、全部終わったと思ったのに…なんで今ここに。
「モース、お前がどうして…ここにいるんだ…!」
「………………」
どうやら私達の危機は、終わらない様だ。
…………………………………………………………
「後退するぞ!戦線を押し下げ更に迎撃する!」
「あいよ!」
「凄まじい攻勢でございますね…私でも抑えられないとは」
鳴り響く轟音、ただでさえ廃墟と化したガイアの街に押し寄せる大軍勢、それを迎え撃つは魔女の弟子とアルザス三兄弟。実力者の揃ったガイア防衛隊ではあるものの…敵の攻勢は凄まじく後退を余儀なくされる。
街中に張り巡らされたナリアの魔術陣やメグの魔装トラップ…これらを掻い潜るのは至難の業、これで時間稼ぎを…と思ったのだが、ここで敵の指揮官が取った采配は。
「進め!押し込め!敵は少数!少し突き崩すだけで終わりです!」
メガネを輝かせ両手に盾、分厚いプレートの鎧に身を包んだ『思慮の盾』メーティスは兵士達に命じてとにかく前進させる。トラップがあろうとも魔術陣があろうとも関係ない。
溢れる人員…およそ五万、それを存分に使い惜しむことなく投入し街のトラップを浪費させた上で進軍を続ける。謂わば持久戦…これをされると防衛側には打てる手が殆どない。
こちらが出来るのはトラップによって敵軍を分断し『点』で戦うことだけだった。だがそれを見越したメーティスは損害度外視で『面』で攻めてきた。いくら弟子達が強くとも軍勢に面で攻められたら止められない。
「クソ!敵の指揮官!思慮の盾メーティスだったか!?何処が思慮だよ!無思慮に攻めてきやがって!」
「ですがいい手でございます、相当手練れでございますね」
アマルトは悪態を吐きながら戦線を押し下げ迫る軍勢から逃げ、テルモテルスの正面に陣取る。まさかここまでの苦戦を強いられるとは思わなかった。
こっちは俺とメグとナリアの三人とアルザス三兄弟しか戦力がない、そして裏方でサポートを担当してるナリアは前線に出せない事を考えると…ここから更に引いて戦えるのは五人。
あまりにも戦力が少ない、一発逆転のレッドランペイジは温存してるが…もしかしたら使う機会を逃したかもしれない。いや最悪敵軍のど真ん中で変身してやるか?その前に俺殺されそうだけど。
ま、他に手がなければそれをするしかないが…。
「敵軍…マジだな」
街の向こうからか攻めてくるのは大軍勢、大通りを歩みながらトラップに突っ込み、後陣が更に前に、戦力差があるからこそ出来る強引な戦術にアマルトは敵のマジさ加減を見る。
これは、やばいかもしれない。
「なぁ、ラックさん。どうすりゃいいかな、あんたの経験上こういう時はどうすればいい」
「降伏だ、これは負け戦だ」
「おいおい…」
「だが降伏は出来まい、敵の顔を見てみろ…あれは気が狂っている。子供達を無事で…というわけにはいかんぞ」
「じゃあなおのこと!最後まで戦うしかねぇじゃねぇか!」
「アマルト様!もう敵が目の前まで来てます!」
見れば、既に敵は街の大部分を攻略し、残すはテルモテルス寺院のみとなった。テルモテルスをグルリと囲む敵兵の海、あれだけ損害を出してもこれだけ残ってるか…!
後ろには戦えない子供達とアルトルート…そしてエリス。どうすりゃいいんだか…!
…………………………………………
「外、大丈夫かな…」
「大丈夫ですよぉ、みんなそんなに怖がらないでぇ…」
テルモテルス寺院の最奥。祈りの間に身を寄せ合う子供達とアルトルートとエリス。戦えない者達を巻き込むわけにはいかないというアマルトさんの言葉で我々はここで隠れていることしか出来ないのだ。
「…………」
アルトルートは涙する、この世の無情さに。子供達は既に親との離別というこれ以上ない悲劇を味わっているのに、それでもまだ神は子供達に試練をお与えになるというのか。これ以上子供達に何かに怯えてほしくないのに…この世はなんと残酷なのだろうか。
「アルトルートさん…大丈夫?」
「大丈夫よ…、コゼットちゃんは優しいわね」
私を心配して身を寄せてくれるコゼットちゃんを、抱き止める。せめて…せめて子供達だけでも、なんとか助けたい。けど私には力がない…なんと力もない。
私にもネレイド様の様な力があればよかったのに…。
「大丈夫だよアルトルートさん、テシュタル様が助けてくれるよ。私お祈りしたから!」
「お祈り?…ああ」
そういえば、コゼットちゃんはネレイド様をテシュタル様と勘違いしてお祈りをしてたっけ。でもそのネレイド様も今ここにはいない…。
…どうなってしまうのか、本当にこの場に神はいないのか。
ヒンメルフェルトお祖父ちゃんが言った様に、本当にこの世に神はいないのか…。
「なぁ!あんた!」
刹那、ビリビリと痺れる様な声が祈りの間に響き渡る。声を張り上げたのはバルネア君…そして怒鳴られたのは。
「えっと…」
エリスさんだ、敵の魔術を受け戦う力を失ったエリスさんが…バルネア君に怒鳴られていた。
「あんた!強いんだろ!?メチャクチャ強いだろ!なんでここにいるんだよ!」
「え、エリスは…」
「みんな外で戦ってるんじゃないのかよ!」
「やめて!バルネア君!エリスさんは!」
咄嗟に止めに入る、エリスさんは今戦えないのだ。私には分かる、エリスさんからかつての覇気が失われていることが。それがどういう原理なのか分からないけど…こんな状態じゃ戦えない。
「エリスには…わかりません、強いとか…弱いとか…そもそも、ここが何処で…今何が起こっているのか…なんにもわからないんです」
「何わけ分からないこと言ってんだよ!…俺だって、本当なら…外に出て戦いたいのに…それを出来るあんたがなんでここに!」
「バルネア君!」
「……戦える?戦う?…分からない、なんですか…それは……」
頭を抱え苦悶の表情を浮かべるエリスさんに危険な物を覚えて、私は咄嗟にバルネア君の口を塞ぐ。ダメだ、これ以上この人を刺激するのは…だって、今のエリスさんは。
脆い、まるでヒビの入ったガラスの様な危うさを感じる。
「…エリスは…わたしは…、ここは…今…何が…」
「エリスさん、気にしなくてもいいんです…大丈夫ですから」
「…………」
エリスさんは私の顔を見る、不安げに眉を曲げ…地面を眺め、座り込んでしまう。その足は震え、目は困惑を燻らせ、首を小さく振っている。本当に今何が起こっているか分からないんだ。
今のエリスさんは、全てが未知なんだ。未知は恐ろしいものだ、そんな未知に満たされたエリスさんは今世界がさぞ恐ろしいものに映っている筈だ。
エリスさんは動けない、戦うなんてもっと…。
「…っ!じゃあいい!俺が戦う!」
「あ!バルネア君!」
すると、バルネア君は私の手を振り解いて祈りの間から出て行ってしまう…、すぐに追いかけようとしたが、私の後ろには子供達がいる事にも気がつく。ここで子供達だけにしていいのか?でもこのままじゃバルネア君が…!
「ど、どうしたら…!」
どうしたらいいんだ、私は…!どうしたらいいんだ!この状況を!
もう、ダメなのか…全部、諦めるしかないのか…!神様…!
「…………戦う…」
絶望に顔を歪ませるアルトルートの顔を見て、エリスが小さく呟く。
失望に苛まれ部屋を出ていったバルネアの閉めた扉を見て、エリスが目を細める。
希望を失い身を寄せ合う事しかできない子供達の様子を見て、エリスが己の手を見る。
「何も分からない…、エリスは…どうしたら……」
何も、何も思い出せない。本当に何も思い出せないんだ。
エリスには友達がいて、師匠がいることはわかる。だがどういう友達でどういう出会い方をして、師匠がエリスに何を教えてくれていたか…分からない。
今自分の中にある空洞が…凄まじく恐ろしい、その恐ろしさを誤魔化すために子供達と接しても、何も変わらない。
自分はここにいるべきじゃないのか?自分に出来る事はあるのか?…何も持っていない自分ができることは………。
「………っ」
立ち上がる、何もかもが未知に満たされたエリスが、立ち上がり、…そして。




