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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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454.魔女の弟子と二人の超人


「さて、昼の飯は何にするかな」


テルモテルスの食堂で小さく呟くアマルトは一つ悩みを抱えていた。ラグナ達がサラキアを目指してはや数日…、今回の戦いに殆ど参加していない俺にとってもう何度目かになる料理の機会が巡ってきたわけだが。


「いい加減レパートリーが尽きてきたぞ…」


頭を掻く、俺は古今東西ありとあらゆる料理体系を調べるのが好きでいつもいろんな料理を作ってる、それ故に料理のレパートリー自体は多くあるつもりだ。


ぶっちゃけて言うなら、一年間ずっと料理番をしても毎日違う料理を出せるくらいには手札がある。だが今は少し状況が特殊だ。


数十人近い子供達に過不足なく飯を食わせようと思うとどうしても時間的に鍋料理煮込み料理…言ってみればシチュー系が多くなる。鍋で一括で作れるのは楽だからな。


ただ、昨日言われてしまったんだ。子供に…。


『またこれ?』


とな、当然同じ料理は一度も出していない…だが同じような料理ばかりになってしまっているのは確かだ。子供の目にはシチューもボルシチも同じに見える。


だから最近はシチュー系ではなく別の料理を…と思ってるんだが、そうなると今度は今の状況をカバーできる料理に思い当たる節が少ないのだ。いい加減まとめて作って美味しい料理ってやつのレパートリーが尽きてきた。


流石に三食作ってると…どうにもなあ。


「パスタで纏めて茹でるか…いや、昨日マカロニ多めのグラタンシチュー出したんだった。パスタとマカロニが一緒だと思われるか?じゃあピッツァ…いやいやどんだけ生地作らなきゃいけないんだ」


いくらガキンチョとは言え人数が居ると流石にキツい、これがラグナやネレイドなら何出しても毎日美味い美味いって言って食ってくれるんだが……いやそれはそれでちょっと傷つくよな。


「仕方ない、知恵でも募るか」


そう思い俺は取り敢えずつけたエプロンを外し食堂の外に出る…するとそこには。


「では次は外でみんなで踊りましょう、きっと楽しいですよ。大丈夫、僕が基本は教えるので」


「わーい!ナリアさん大好きー!」


ナリアが大量の子供達を引き連れて外に向かっていた。まるで笛吹きだな。


今、この寺院で子供達に一番好かれてのはナリアだ。当初は俺が一番人気だったが率先して勉強を担当しているうちに真っ先に嫌われた。対するナリアの担当は紙芝居や歌の読み聞かせ、所謂娯楽担当のアイツは子供達に好かれやすい…。


って点を除くにしても、やはりナリアはプロだ。人を楽しませるプロ…それは年齢を問わない。現状うちのメンツが四人抜けているから殆どナリアに子供達を任せ切りにしてしまっている。


俺は三食を作ったり子供達に色々教えたりする係。じゃあ他のメンツは…というと。


「アマルト様、少々失礼します」


「おう…ってすげぇ量の洗濯物だな」


「四十人分ですので」


籠いっぱいに洗濯物を抱えたメグが超高速で外へと駆け抜けていく。メグはその他諸々の雑務だ。洗濯物に掃除に大忙し、四十人の子供達の世話をするのは大変だ。


アルトルート一人ではそこまで手が回らなかったせいか色々悲惨な状態だったし、せめて自分がいる間に正常な環境に持って行きたいと豪語していた。それ故彼女には料理を頼んでいない。


なんでかって?そりゃ料理まで頼んだらメグは引き受けるからだ。アイツは自分が無理をして解決するならそれでいいと思っているタイプだからな。前それでどえらいことになったから…メグにはあまり無理をさせたくない。


じゃあもう一人いるうちの料理係はというと…。


「エリスさんエリスさん!もっと遊んで〜!」


「いいですよぉ、何をして遊びますか?」


「おままごと!」


「いいですよぉ〜」


ほんわかした空気を醸し出しながら女の子達に囲まれ髪を結われたり遊びに付き合っているアレが…エリスだ。元々子供達に優しかったが今はちょっとまぁ…アレな状態だ。


正直今のエリスに意志というものは感じられない。ボーッとして受動的…受けた言葉に対して何かを返すだけ。自分からは全然動かない、まるで歳で仕事を引退した隠居老人みたいだ。


「エリスさん!エリスさん!」


「なんですかぁ?」


しかし、ああやって穏やかに笑うエリスを見ていると…思うんだよな。もしかしたらアレが本来のエリスだったのかもって。


アイツはいろんなもんを背負ってる。生まれながらにして過酷な環境に生まれ、シリウスの影響で絶対に忘れられない体になって、魔女の弟子として世界を守る者になって。魔女の弟子達はみんなそれぞれ訳ありだが…それでもその殆どが自分の意志だった。


対するアイツは、望む余裕もなくその責務を負わざるを得なかった。言ってみりゃ人生最初から魔女の弟子として生きるしかなかった人間だ。それがもし…普通の家庭に生まれ魔女の弟子にならず戦いに身を投じなければ、あんな風に穏やかでほんわかした人間だったのかもしれないと思うと…。


(ちょっとだけ、やるせないというか…。今のアイツには諸々の記憶がない、つまり虐待されてた記憶も辛かった戦いの記憶もない、普通の人間になっているんだから)


ある意味、あのままああやって平穏に暮らした方が幸せなのかもしれないと思う。


ま、その辺はエリスが決めることだし、俺がどうこう言うべきじゃないんだが。


「しかし参ったな、頼れる人間がいない」


アルトルートは今も絶賛儀式の最中だし、全員忙しい…むしろこうやってサボってる方が申し訳なく…。


「アマルト様?」


「あん?」


ふと、呼びかけられて後ろを振り向くと…そこには。


「アリスとイリスか」


「はい、アリスでございます」


「はい、イリスでございます」


アリスとイリス、赤い髪のメイドと青い髪のメイド。見事に二人して左右非対称の髪型をしている双子のメイドだ。そいつらが俺の顔を見て小首を傾げている。


「いかがされましたか?アマルト様。何やら困っているようでしたが」


「あ?ああ、実はよ。今日の昼飯何にするか全然決めてなくてさ…。他に仕事もあるから手頃に作れてかつ美味い料理…なんかないもんかなって思ってさ」


一応、二人に聞かれたから答えてみる。アリスとイリスも料理の腕は大したもの…と言うかアリスとイリスは戦闘面はからっきしなもののそれ以外の全ての面に於いてメグと同格の能力を持つと言っても過言じゃない。


あのメグが態々帝国本土から直々に自分の補佐として連れ回しているだけのことはある。そう納得させられるくらいこの二人の能力は高い。


「では帝国に伝わる伝統的な軽食『マルメターノ』の作り方を応用してはどうでしょうか」


「伝統??」


「はい、帝国には丸めた小麦の生地の中に具を色々入れて、それを揚げて食べると言う料理があります。これを片手に軍人は戦地で食事を取り、作業員はこれを昼食として仕事に励みます」


「帝国ならもっといいもん食えるだろ?」


「はい、飽くまでこれは昔から伝わる郷土料理のようなものです」


「ふーん…」


揚げ物か、確かにそれを応用すれば色々出来そうだな。生地を丸めて中に…うん、面白い料理が浮かんだぞ!


「サンキュー、なんかいいもんが作れそうだ」


「それは良かった、よければ我々もお手伝いしましょうか?」


「それは助かるけど、他に仕事はしなくていいのか?」


「午前の仕事はメイド長が終わらせました。特に他に指示が降っているわけではないので構いません」


アリスとイリスはペコリと同時に礼をしつつ手伝ってくれると言っている。まぁ…もしメグがなんか言ってきても俺が庇えばいいか。


「よし、じゃあ手伝ってくれ」


「畏まりました」


そして俺は二人を連れて厨房に向かう。しかし…なんか珍しい気分だな。


「そういや俺、お前らとこうしてしっかり話すの初めてかもしれない」


いつも馬車を守ってくれたり、裏方を手伝ってくれたり、メグはことあるごとに二人を呼び出しているが、絶妙に行動を共にする事が無いせいかあんまりこの二人と直接関わることはないんだよな。


そんな風に感じながらエプロンをつけていると。


「はい、我々はメイド長の手足ですので。我々が皆様と関わる必要はないかと」


「私達はメイド長の補佐、我々は皆様旅の仲間では無いので」


「何言うんだよ、そんな寂しいこと言うなって。俺お前ら二人に助けられてんだぜ?みんな二人を仲間だと思ってるさ」


「そう思っていただけるのは幸いです」


「ですがそれでも我々はメイド長の影なので」


うーん、こりゃ…仕方なく裏方に徹してるというより、二人が望んでメグに尽くしてる…って感じだな。前々から思ってたが、こいつらメグの事大好き過ぎじゃね?


「なんでお前ら、そんなにメグに尽くすんだ?」


「我々は、メイド長に育てて頂いたからです」


「我々がメイドとして誉れある仕事に従事出来るのはメイド長のおかげだからです」


「へぇ、詳しく聞いても?」


すると、アリスとイリスは目を見合わせ…。


「…私達、元は帝国の高官の娘なのです」


「私達の父は帝国で文部大臣を務めています」


「え?じゃあ普通に偉い奴らじゃん」


「いえ、偉いのは父です。父は努力と愛国心によって平民から大臣まで上り詰めた立派な人でした」


「ですが、その…お恥ずかしい事に我々双子はそこを勘違いしておりまして…。自分達は生まれながらにして恵まれた存在。ただ其処に在るだけで帝国に貢献出来る存在だと驕っておりまして…」


モジモジと恥ずかしそうに両頬に手を当て揺れるアリスとイリス。へぇ、まぁつまり…いいところの出のボンボンで昔はそれなりに偉ぶってたってことか。父親の仕事を誇りに思えるってのは、それはそれでいい娘だと思うけどね。


「お前ら二人がねぇ、イマイチ想像出来んな」


「私達も想像を絶するほど、かつての私達は傲慢でした」


「宮殿主催のパーティに父のお付きとして出席した際も…あろう事か、私達は陛下直属のメイドで在るメイド長に…メグ様を駒使いとして顎で使おうと、命令してしまって…」


「ほーん、そりゃまた」


相槌を打ちながら小麦粉を用意し、他の材料を並べて水で洗っていく。聞いてないわけじゃ無いが、こうして作業しながらの方が頭に入る。昔から授業授業でいろんな人間の話聞かされてきたが故の悪癖ってやつだな、これは。


「其処でメイド長は、…その。身を挺して私達の更生を買って出てくれたんです」


「更生?」


「我々を立派な帝国の一因にするために、教育係をしてくれたのです」


それ、アイツが単に偉そうな小娘に命令されてムカついたからとっちめてやろうとしただけじゃねぇの。メグの奴…結構器ちっちゃいところあるし。


「それで、二人はメイドに?」


「はい、私達は其処で痛感させられたのです。誰かの役に立つには…生まれや父の名前など必要とされない事」


「私たちが如何に何も出来ないかを、メイド長は私達に教えてくれた。そして出来ない事を全て出来るように教えてくれた。…あの時のメイド長はとてもカッコよくて…」


「その時誓ったのです、我々双子はメイド長が居なければ何も出来ない小娘のままだった。だから…メイドとして立派になれた暁には、一生涯をかけてこの方を支えようと」


「そしてメイド長は私達の意思を汲んで、こうして今もお供させてくださるのです」


なるほどね、人生の矯正をしてくれた…謂わば恩師のような存在がメグだと。アイツ…結構部下思いなところあるのかね。分からん、俺達はどうしたっても友達としてのメグの顔しか知らない。上司としてのメグの顔は多分一生わからないんだ。


「なるほど、分かったよ。腑に落ちた」


「そう言って頂けると幸いです」


「メイド長は優しい方です、なのでこれからもどうか仲良く──」



「アリス?イリス?何をしているのですか?」


すると、噂の張本人であるメグメイド長が空になった籠を抱えて食堂の方へと覗きにくる。そして料理をする俺とアリスとイリスの姿を見て色々と察したらしく『ああ』と小さく呟く。


「悪いメグ、二人を借りてるぜ。まずかったか?」


「いえ、二人にはそろそろ休憩を取らせようかと思っていたのですが。二人とも?精力的に働いてくれるのは良いですがきちんと休息は取ってくださいね」


「御言葉ですがそれはメイド長もです」


「最近動きっぱなしですメイド長、きちんとお休みをとってください」


「あらまぁ…、ではアマルト様のお手伝いが終わったら三人で休憩をしましょうか」


「是非」


……こうして見ているとメグとアリスイリスの関係は、上司と部下のようであり、同時に俺達とはまた違う友情のようにも感じた。俺とイオみたいな魔女の弟子以外の交友関係、そんな感じなのかもしれないな。


「ところでアマルト様」


「ん?なんだ?」


「実は私さっきとんでもない事に気づいてしまいました」


「なんだ?」


「神都サラキアに向かったラグナ様達ですが…」


ラグナ達に関することか?なんがあったか?とんでもないこと?そう首を傾げているとメグがササっと俺の横に回ってきて、耳元で。


「あのメンバー、料理出来る人がいません」


「……………」


そういやそうだな。こっちに料理出来る奴らが全員集合しちまってる。まぁ俺やメグは寺院に必要だし、エリスはあの状態だから仕方ないとは言え…んん?これやばいか?


「まぁ、アイツらもなんとかするだろ」


「今からでも私が行った方がいいですかね」


「いいよ、もうどうせサラキアに着いてる頃だ。今頃美味いサラキア飯でも食ってる頃合いさ」


そう、もうサラキアに着いている頃…、アイツらも今が一番の山場なんだ、そして…多分俺たちにとっても。


うまくやれよ、ラグナ…デティ…メルク、…ネレイド。


………………………………………………………………………


「ええ!?本当にヴェルトおじさん!?メチャクチャ久しぶりじゃん!今までどこ行ってたのさー!」


「ははは、すみませんデティフローア様…色々ありまして」


俺達はあれから、突如として再会したアジメクの騎士…いや元騎士団長のヴェルト・エンキアンサスの招きにより安全な隠れ場所へと招かれていた。


「なぁ、再会を喜んでるところ悪いけど…ここって本当に大丈夫なのか?」


「ん、ああ。問題ない、ここはもう使われてない酒場でな。元々目につきにくくて客が来ないから潰れた…なーんて笑い話以下の経緯を持つ店舗だ。よっぽどのことが無い限り兵士には見つからない」


招かれたのは酒場、それも大きな建物と建物の間の裏路地の曲がり角…の手前にひっそりとある階段を下った先にある半地下の酒場だ。天井付近にある窓からうっすらと差し込む光に照らされた木製の酒場は、やや手狭な物の物は殆ど置かれてないから活動に使う分には問題ないだろう。


本当なら馬車からいくつか物資を持って来たいところだが、見つかるのを防ぐために馬車は日の当たらない影に簡易小屋を展開してジャーニーごと隠してあるから物を持ってくるには少し遠いんだよな。まぁその分ジャーニーは無事だろうからいいんだけど…。


「安心しろ、後で食い物や毛布とか持ってきてやる。ここを活動の拠点に出来るようにしておくよ」


「ありがとうヴェルト殿、ここに来て味方がいない状況下で…貴殿の助けがなければ危うかった」


「いやいや、これでもアジメク騎士ですから。まぁ…もう元だけど」


そう、ヴェルトは元アジメクの騎士団長だ。その名前は俺も聞いたことがある、かつてはカストリアの魔女大国中最弱と言われたアジメクに生まれた麒麟児。史上最強の騎士団長とまで呼ばれた男だ。


ただ、…彼は反魔女を掲げるオルクス・タクス・クスピディータに与して魔女スピカ様に叛旗を翻したと言う話もある。一説じゃオルクスはマレフィカルムとも関わりがあったと言うし、ならそいつに協力していたヴェルトは…。


「そう怖い顔で見るなよ…ラグナ」


「ッ…、そりゃまぁ…あんたの話を知ってる身からするとちょっと怖いもんでさ」


「…まぁ怖いわな、あんたら全員魔女の弟子だろ?なんとなくわかるよ。そんな君達からすれば俺は親愛なる師匠達を裏切った最悪の謀反者だもんな」


「……ああ」


「けど、…大丈夫だ。って言ってもなんの保証にもならんかもしれないが俺はマレフィカルムとはなんの関わりもない、一時は利用されもしたが、今はもう…ただの一介の浪人だよ」


そうは言うが、文字通りなんの保証にもならんしな。仕方なしにデティを見ると彼女は潤んだ瞳で静かに頷き。


「大丈夫、信用していいよ。彼もまたアジメクの人間…私が責任を持つ」


「な!?デティフローア様!そんな…私はもうアジメクの人間では」


「いいの!私の前では…昔みたいに騎士で居てよ。ヴェルト」


「ッ…嗚呼、もう…その目で言われると弱い」


がっくりと項垂れるヴェルトを見るに多分信用しても大丈夫そうだ。ならポジティブに考えよう、ヴェルトとの邂逅はメリットで考えるとメチャクチャいい出会いかもしれない。


「なぁ、ヴェルトさん。あんた神聖軍の格好してるけどもしかして…」


「ん?ああ、今は色々あって神聖軍の幹部やってるんだ」


「マジか!なら表の兵士達を…」


「それは無理だよ、それが出来たらこんなところ紹介してない。あれは神将よりも上…教皇が命令してんだよ」


「教皇が?クルスか…」


「ああ、ナール襲撃の報を受け直ぐだ。いつもは酒飲んで大事なことは後回し後回しの人なのに…今は過敏になってんだ。まぁ時期が悪かったな」


「時期…ねぇ」


俺は酒場のカウンターに座り込み考え込む。何か今…クルスにとって過敏になる出来事が起こっているそうだ。それ故に警戒していると…まさかモースの件?いやそれならもっとシャックス達を警戒してるし…テルモテルスの関連か、そう考える方が妥当か。


まぁなににしても、どうでもいい。結局俺達がやりづらくなっていることに変わりはない。


「それよりデティフローア様、貴方こんなところでなにしてるんですか!?アジメクは!?スピカは!?」


「ヴェルト風に言うと色々あった…かな?」


「う…すんません、話すと長くなるので俺の経緯は後回しでお願いします」


「ごめんごめん、揶揄っただけ。私達は今テルモテルス寺院にお世話になっててね?それをナールの動かしてる神聖軍から守る為に交渉しに来てるんだ」


「え?テルモテルスの?」


「うん、だからヴェルトにも手伝って欲しいんだけど…」


「手伝うもなにも!俺も今その神聖軍を止める為に奔走してるところなんですよ!」


「えぇーっ!そうなのー!?じゃあ手伝ってくれる!?」


「勿論です!デティフローア様!」


これは…思わぬところで味方を得たな…!内部に通じてるどころか幹部の一人が味方に回るとは!こりゃあ…光明が見えてきたかも!


「ありがとうヴェルト〜!ぎゅ〜!」


「あ!うっ…うう、デティフローア様ぁ…」


ボロボロと泣きながら自分に抱きつくヴェルトを見ていると、なんか…こいつにも色々あったんだなぁと痛感させられる。


「ではヴェルト殿…早速」


「ああ、いや待ってくれ…みんな神聖軍を止めたいんだろ?」


「ん?うん、一応今の所の目的はそれかな」


「じゃあ俺だけじゃ無理だ。実は活動場所にここを選んだのは…俺が助けを求めた人との集合場所がここだからなんだ」


「助けを求めた?まだ味方がいるのか?」


「ああ、ある意味俺よりずっと頼りになるやつだ」


誰かいるのか?そんな奴。そう首を傾げていると…ゆっくりと、玄関の扉が開かれる。ノックもなしにいきなり扉が開かれ俺達は咄嗟に構えを取る…が。


「待て、構えるな。大丈夫だ」


ヴェルトに制止させられる。それと共に玄関から入ってきた影は…窓から差し込む光の中へと歩み寄って来て。


「ふむ、ヴェルト。話では一人…と言う話ではなかったかな」


「すみません、直前で増えてしまって」


そう、話すのは…現れたのは。俺達もよく知る人物だった…というかさっき会った…。


「さっきのお爺さん!?」


「ん?君たちは…」


お爺さんだ、教会の前に住んでいたメガネのお爺さんだ。曲がった腰をトントンと叩きながらお爺さんは俺達を見て驚いたような顔をしてヴェルトと俺たちの顔を交互に見ている。


え?心強い味方って、この爺さん!?…いや、味方が一人でもいてくれるのは嬉しいけど、流石に…。


「なぁ、ヴェルトさん…味方って、この爺さん?」


「お、おい!ラグナ君!流石にそういう口の聞き方は良くないぜ!この人は…」


「いいのだ、ヴェルト。青年の言う通り儂は今やただの老人じゃからのう」


「でも…」


「失礼、では名を名乗らせてもらおう…儂は」


と、老父は一息つくと…こう告げる。


「私は、アデマール・クルセイド。何者でもないただの老人じゃ」


「あ、アデマールって…!」


「クルスの、現教皇の祖父で…」


「元教皇の人だよね!?え!?生きてたの!?なんか勝手に死んでるものと思ってた!」


「デティフローア様、流石に失礼です…!」


アデマール、その名は聞いたことがある。かつて真方教会を束ねていた教皇で今はクルスと反目しているアデマール派の元締め。この爺さんが…いやいや!?


「ならなんでその元教皇があんな民家に住んでるんだ!?こう言っちゃなんだが…真方教会の元トップがしてる隠居暮らしとは思えねぇぜ!?」


「そりゃあのう、世間じゃ儂は勇退したことになっておるが、実際は孫のクルスに追い出されたも同然じゃからのう。命があるだけマシと言う状態じゃ」


「アデマール老師はクルス・クルセイドに全権利を半ば強奪されて、街の民家に押し込められているんだ。きっとみんなの見た家ってのがそれだな」


「つまり、簒奪か?」


「似たようなもんじゃのう」


惨め、と言うと失礼かもしれないが…それでもかつては真方教会のトップに上り詰めた男の晩年と考えるとやや物悲しさを感じる。アデマール老師は今も健在なのに孫のクルスにその座を奪われ今やボロ布を服に痩せ細っている始末。


信じられない話だ、血の繋がった祖父をここまで迫害するとは。


「これも儂に課された罰のようなもの、嘆きはしないが…それでもクルスは多くの者を振り回し過ぎている。剰えガイアを奪おうなど…許されることではない」


「じゃあアデマール老師も協力を…?」


「無論じゃ、とは言えこのような老人に出来る事など限られているがのう」


「俺もクルスのやり方はちょっとどうかと思ってたからな。そこにアデマールさんから声をかけてもらって…ガイアの街侵攻を止めようと色々動いてたんだ。まぁ結局侵攻は始まってしまったわけなんだが…」


「なるほど、ありがたいよ。正直俺達だけじゃ手詰まりだったところだし…、何よりこの街を良く知る二人が味方になってくれたのは心強い」


「本当はもう一人、味方をしてくれる奴が居るんだが…其奴は遠征に持ってかれちまってさ、だから今ここで動けるのは俺達二人だけだが、そう言ってくれるとありがたいなぁ」


ヴェルトとアデマール、真方教会内部に通じてる二人が味方になってくれた。この事実は大きく八方塞がりの現状に光明を届かせる要因になるかもしれない。


俺は前のめりになりながら二人に頭を下げて礼を言う。


「それじゃあ早速なんだが、正直どうすれば神聖軍を止められると思う…俺達もナールと交渉するつもりだったんだが…上手くいかなくて」


「ナールと真っ向から交渉してもダメだ。アイツを動かすにはもっと工夫しないといけないな…」


するとヴェルトは壁にもたれかかり腕を組むと。


「そもそも、今回の一件はクルスの号令による物だがぶっちゃけクルスはどうでもいいと言ってもいい」


「何故だ?ナールの上にいるクルスが今回の侵攻に乗り気なんだろう?ならナールをいくら説き伏せてもクルスが拒否して侵攻を強要する限り意味はないのでは…」


「そうだな、だがクルスはな…お前らが思っている以上に無能なんだ」


「無能?今でも結構無能だと思ってるけど」


「いや常軌を逸してる。まずアイツの頭には『虚栄心』と『スケベ心』しかない、どうやって自分を大きく見せて今日の晩に誰をどうやって抱くか、この二つしか考えてないんだ。だから政治に関してはまるで分からないし頭も悪いから金勘定も出来ない、当然先を読んで部下を動かすこともできないし、なんなら午前中に言った事は午後には忘れてる」


「とんでもない奴だな…、よくそれで王貴五芒星が務まっているな」


「務まってないさ、だからな表向きにクルスが最低限の事が出来ている『風』に見せかけるのがナールの仕事なんだ。クルスも自分が無能なのは分かってるからな、ナールの言ったことはそのまま耳から口へ移動させる、つまりナールが『やめる』と言えばクルスも『やめる』と言うのさ、例え自分がどれだけ乗り気でもナールが言うならまぁそれでいいかと割り切る」


「ううむ…」


メルクさんも思わず絶句する、俺だって絶句する、流石にそこまで何も出来ないお飾り領主が居るとは驚きだよ。


まぁでも有難いことにナールさえなんとかすればクルスは居ないものとして勘定してもいいってことだ。


「だからナールを動かすさえすれば良い、アイツの口から『侵攻をやめる』とさえ言わせればクルスはそれをそのままリピートしてくれる」


「しかし交渉は難しいぞ?」


「そりゃ交渉はな、アイツには会ったろ?あれは人と取引するタイプじゃない、相手がゼロで自分が10の取り分を得ないと気が済まない外道だ。例え交渉の席を用意しても会話にならないと思うぜ」


「ならどうすれば…」


すると、メルクさんの言葉に応えるようにヴェルトが指を指し示し。


「『交渉』がダメなら『脅迫』しかない、対等な取引が出来ないならどちらが上かはっきりさせればいい」


「きょ、脅迫…まぁそれは俺も考えたけど」


「手心を加えるやり方じゃないぞ?相手に恨まれないやり方ではナールは動かない。もう自尊心をバキボコにへし折ってなによりも命を優先させるくらい追い詰めて言う事を聞かせる…それしかねぇ!」


「…………」


とんでもない事言い出したな、まぁ確かにそれしかないとは思うが…。


「なんて言うかさ、アジメクって友愛の国なんだよな?俺の知り合いのアジメク人って大体過激な人間ばっかりなんだけど」


「そんな事ないんだけど!?ラグナ!?」


いやデティ、エリスにしてもクレアさんにしてもヴェルトにしても…どいつもこいつも精神性がアウトロー過ぎるぜ…。


「だからこれからナールの居宅に赴き、ナールに接触し軽く締める。アイツは用心深いからな、居宅は頑丈に出来てるから音も外に出ないし爪の二、三枚剥がしても問題ないだろ」


なんかエリスと話してるみたいだ、多分だがヴェルトとエリスは気が合うだろうなって感じが物凄くする。


「分かった、でも…よかったよ」


「よかった?爪を剥がせる事が?そんなに喜ぶんならお前らに拷問は任せ…」


「違うよ、神聖軍の侵攻阻止にはやはりナールの存在が不可欠である事だ。俺の友人が命懸けでナールを助けたんだ、結果的に神聖軍に追われることになっちまったが…アイツのやったことは間違いじゃなかったんだ」


「友人?」


「ああ、今一人で神聖軍を食い止めてくれている…」


「マジか、まだ一人居たんだな…しかも主力を欠いているとは言え神聖軍をたった一人で食い止めるとは凄まじい豪傑だな、名を聞いても?」


「ネレイドだ」


「ネレイド…?ってまさか闘神将ネレイド・イストミア?とんでもない大物だな、いやあんたらの素性を考えるならここに集まっている人もかなりの大物だが…そうか」


ネレイド、やっぱりネレイドのやったことは間違いじゃなかったよ。命懸けで飛び出してナールを守ったのは正しかったんだ。


…しかし、さっきから街の中心で響いていた轟音が止んでいる。もう終わったのか?合流出来るならしたいが…まさか彼女に限ってやられてなんか無いよな。


「そのネレイドは…あの体の大きな女の子かな?」


すると、アデマールさんが静かに口を開き…。


「ああ、そうだが…」


「だとすると、まずいのう。神聖軍の主力は既に遠征に向かっているが…まだクルスの剣がサラキアには残っている」


「クルスの剣…まさか、オケアノスか!」


マジか、てっきり侵攻に参加してるものと思っていたが…だが確かに冷静に考えたらクルスがオケアノスを手放すわけがないんだ。何せオケアノスはクルスにとって最大の剣であり最強の盾だ。神聖軍をホイホイ遠征に出せるのもオケアノス一人がサラキアに残っていれば自身の身が安全だからなんだ。


「ああ、そうじゃ…あの子がもし闘神将を前にすれば、戦わずにはいられないじゃろう」


「戦わずには居られない?そんなに職務に忠実なのか?」


そうヴェルトに問いかけるが返ってくるのは否定。首を横に振りそうでは無いと否定される。


「いやぁ、ありゃあ相当不真面目な部類に入ると思うけどな…」


「ヴェルトは知らんじゃろうな、オケアノスという子が…どれほどの歪さを抱えているか」


「そういうアデマールさんは随分オケアノスに詳しいな…」


「当たり前じゃ…何せあの子は…」


すると、静かに目を伏せたアデマールは、まるで神に告げるように天を仰ぎ。


「あの子は儂が育てたのだから…」


………………………………………………………………………


「………んん」


徐々に覚醒を始める意識、しまった気絶していたとネレイドは瞼を開ける…がしかし、見えるのは薄暗い天井。


朧げな意識を必死にかき集めて今自分がどこにいるかを確認する、見えるのは石室の天井。そして私はそこに寝転がっている…か。


最後に思い出せるのはオケアノスとの戦い、そこから意識があやふやになって…なるほど。どうやら私は負けてしまったようだ。とくれば恐らくここは。


「牢屋…か」


手を軽く動かすと、船に巻き付けるような巨大な鎖がガシャンと音を鳴らす。見れば両手両足に鎖が巻き付けられており、拘束されているのが分かる。


そうか、敗北してそのまま捕らえられたか…。


「んしょ…あれからどれだけ経ったんだろう」


「大して時間は経っていないよ、神将ネレイド」


「む…」


ガシャガシャと音を鳴らしながら起き上がると、そこには燭台を持ったオケアノスが鉄格子の向こうに立っていた。


「オケアノス…」


「そう、大した時間は経っていない。なのにもう目覚めて元気いっぱいとは…流石神将ネレイドだね」


「私はただのネレイドだよ」


「やめなよもうそれ、いい加減分かってるんだからさ…」


「むぅ……」


するとオケアノスは私が目覚めたのを確認してテーブルの上に燭台を置いて、鉄格子の前に椅子を置いてそこにどかりと座り。


「まさか本物の神将ネレイドに会う日が来るとは驚きだね。私…君に会いたかったんだ、ファンって奴だね」


「ファン?…サインする?」


「要らない、…そう、会いたかった…ファンだった…、でももう違う」


オケアノスの目は冷たい、冷酷で冷淡で冷徹。こんな嫌な目をする人だったんだ…。と半ばショックを受けつつ私は彼女と向き合う。


「ずっと君に憧れてた、というより…君という存在が私にとって唯一の救いだったとでも言おうかな、君にずっと祈り続けてきた」


「言いたいことの意味が分からない、態々牢屋の前に来てまでよく分からない事を言わないでほしい」


「分からないなら分からないでいいよ。ただ…私は君を超えたかっただけなんだから」


すると、コツコツと音を立てて向こうから足音がする。その足音に反応してオケアノスはやや不服そうな顔をしつつも立ち上がり…。


「おいオケアノス!例の女は!」


「五月蝿いよボン、ここにいる」


「ここ!?この檻か!」


喧しい声がする、けたたましく騒がしい声…品のない男の声。それはドタバタと走りながら私の牢屋の前までやってきて…顔を見せる。


「こいつが…フンッ、女だと聞いたからどんなものかと思ったが、こんなに大きくちゃ抱くどころじゃないな。下手に同衾したら潰されそうだ」


男だ、赤いシャツを着たイカにもチンピラ風味の黒髪の男。それがまるで忌々しい物でも見るように舌を打ちながらこっちを見てる。誰こいつ。


「オケアノス、誰このチンピラ」


「なぁッ!?チンピラだとぉっ??」


「ああ、このチンピラはクルス。神司卿クルス・クルセイド…名前くらいは聞いたことがあるだろ?」


「この人が…」


なんていうか、思っていたよりもずっと俗っぽいというか小物っぽいというか。この人が母やベンちゃんと同じ教皇を名乗っていること自体が驚きだ。こんな小物が真方教会の教皇クルス・クルセイドだなんて…。


「思ったより小さいんだね」


「はぁ?お前がデカいんだよ」


「ううん、身長の話じゃない…人として思っていたよりも小さい、小さ過ぎる」


「何を…!捕虜の分際で偉そうな事を!」


「やめなよボン、いつもみたいに剣で斬りかかるの?言っとくけどボンじゃ傷一つ与えられないと思うけど」


「ッ喧しいわ!分かってる、そんな事」


オケアノスの制止を振り払うと同時に、クルスはニヤリと下卑た笑みを浮かべながらこちらを見て。


「分かってるよ、なんたってお前は…オライオンテシュタルの神将様…だもんなぁ?」


「……違う」


「バカが、素性は割れてんだよ。テメェがあのオライオンの神将ネレイドだってのはな!なんで神将ネレイドがここにいるかは知らねえが…正直なんでもいい」


先程までオケアノスが座っていた椅子にクルスが座ると、クルスは膝の上に肘を置き頬杖を突きながらこちらを睨め回し。


「神将ネレイド、選べ…俺の下につくか、ここで果てるか」


「…どういう意味」


「そのままだ、オライオン人は頭まで悪いのか?俺の下につき従うならば従者として使う。従わないなら別の方法で使う」


「…別の方法?」


「お前の身柄を盾にオライオンに交渉する、神将は向こうにとっても惜しいだろう。多少の無茶も向こうは飲んでくれるだろう…そう、例えば…縄張りとかさ」


「なにそれ…」


「縄張りだよ、線を引こうって言うのさ。オライオンテシュタルはポルデュークで…真方教会はカストリアで、現状カストリアどころかディオスクロア全てのテシュタルをオライオンが仕切っている…おかしいよなぁ。取り分が大き過ぎるだろ!もっと俺達だって貰って良いはずだ!」


「…くだらないね、オライオンテシュタルのみんなは別に縄張りを広げるつもりも収益を得るつもりもない。ただ救いをもたらすために布教してるだけ…貴方みたいに強引に他の街に押し付けるようなことはしてないだけ…!」


布教は自分達の権威を広げているわけではない、自分達が救われたテシュタル教を他にも与えているだけ。クルスのように自身の影響領域拡大の為に望まぬ街に押し付けるようなことはしていない。


なのに、それを要求すると?カストリアのテシュタル教全てを真方教会に寄越せと?…あまりにも的外れ過ぎて悲しくなる。こんな人が教皇を名乗っているなんて。


「はっ!なんとでも言え!お前の身柄は既に確保してんだ!」


「無駄だよ、例え私の身を使って交渉してもオライオンテシュタルは動かない!」


「ならそん時はお前を惨たらしく殺すだけだ!」


一度鉄格子に勢いよく蹴りを入れた後クルスは苛立ったように立ち上がり何処かへ消えようとして…。あ…そうだ。


「待って!」


「ああ?なんだよ」


「そうだった、今はそんな事言ってる場合じゃない。モース大賊団が東部を破壊しようとしてるの!」


「モース?大賊団?」


嘘だろ、まさか知らないのか?そんな事ある?


「ボン、最近東部を騒がせている山賊団です」


「ああ、あれね。で?それが東部を破壊しようとしてるって?どうやって?規模は?」


「それは分からない、けど奴等は本気で東部に復讐するつもり…!このままじゃ貴方も危ないよ!奴らの最初の目的はこのサラキアだから!」


クルスは利己的な男だ、だが同時に自身の身が危ないと知ればきっとモースと戦う道を選んでくれるはずだ。神聖軍とモース大賊団をぶつけ合わせれば…きっと活路も開ける筈…。


「ああそう、なら丁度いいわ」


「丁度いい?…何が」


「いや、俺今から東部を離れて中央に行くつもりだから。東部がぶっ飛ぶならそれでいいや、お前を使ってカストリアのテシュタル教を根こそぎ頂けたら本拠地を移していいわけだし、丁度いい丁度いい!いい加減俺も東部の田舎暮らしはうんざりしてたんだわ!」


「貴方…本気で言ってるの?ここは貴方の領地なんでしょ!?」


「ああ、だから俺が好きにしていいだろ?」


「……………」


幼稚、その二文字が脳裏に浮かぶ。彼が言っているのは子供の理屈だ、自分のものなら自分が好きにしていい、そこに発生する責任には目もくれないくせして所有権ばかり主張する子供の理屈。


目の前でケタケタと笑う男が、私にはテルモテルスにいる小さな子供たちとなんら変わらないようにさえ見える。いや…他人を思いやれる分テルモテルスの子供たちの方が余程大人だ。


こいつは、あまりにも幼過ぎる。人としてあまりにも。


「じゃあ!そう言う事だから!また後で…オケアノス!逃すなよ」


「はぁ?ボン、私はこれから…」


「手間取らせんな、…テメェ…ジジイがどうなってもいいのかよ」


「ッ……」


ギロリとクルスが睨みつける、すると彼よりもずっと強いはずのオケアノスが苦虫を噛み潰したように苦悶の表情を浮かべ…。


「分かった、分かったよ。彼女の見張りは私が責任を持つ」


「最初からそう言っとけ、今は大事な時期なんだ…」


横柄な態度を取ってクルスは牢屋の奥の階段を通って何処かへと消えていく。…ここが何処か考えていたけど、クルスとオケアノスがいるって事は、多分ここは…。


チラリと残されたオケアノスに視線を向ける。そこには先程までより随分小さく見える彼女が突っ立っており…。


「大変そうだね」


「なら気軽にそんな事言わないで」


「誰か人質に取られてるの?」


「今の貴方と同じで、私の大切な人がクルスに命を握られている」


「助けてほしい?」


「誰に…」


「私に」


「…………」


オケアノスはなんとも言えない表情で私をジッと見つめて…ため息を一つ吐き出すと。


「君、バカなのかな。全身を鎖で雁字搦めにされた人がよく言うよ」


「それもそうだ」


「はぁ、ショックだなぁ…私が憧れ続けたあの闘う神将ネレイドが、こんな人だったなんて」


トスンとオケアノスは再び椅子の上に尻を置き、大きくため息を吐く。こんな人で悪かったね。にしても意外だったな、まさかオケアノスが私に…なんて。なんでマレウスにいる人が私のことを知ってるんだろう…。


「ねぇ、なんで私に憧れてたの?聞かせて、話」


「はぁ?……いや、どうせ暇だし、いっか…いいよ、話したげる」


するとオケアノスは静かに口を開いて…。


「あれは、私が孤児として…テルモテルス寺院からアデマール様の所に引き取られてからの話だったかなぁ」


…………………………………………………………………………



「つまりオケアノスは元々テルモテルス寺院で預かられてた孤児だったってことか?」


「ああ、儂とヒンメルフェルトは旧知の仲でな…彼が冒険者を引退して司祭としてやっていくにあたって色々便宜を図ったのも儂じゃった。そんな縁で彼が開いた寺院から…何度か子供を預かって育てていたことあった」


確かにヒンメルフェルトとアデマールは深い結びつきがあったことは聞いている、だが例のオケアノスまでテルモテルス寺院から出てきた人間だとは知らなかったな…。


びっくりだね!とデティとメルクさんと目を合わせる。ヴェルトは既にその話を知っていたのか特に驚いた様子もなく俯きながら壁にもたれる姿勢を保っている。


「儂がヒンメルフェルトからオケアノスを預かったのは、あの子が周囲の子に馴染めないからじゃった」


「ボッチだったの?」


「ボッチというか…いや、そうなのかな。うーん…ちょっと俗っぽい言い方な気もするけど、でも否定出来ないかも知れない…」


「デティ、アデマールさんを困らせるな」


「ごめーん」


「ともかく、彼女は生まれながらにして肉体的な超人としての才能を発揮していた。子供でありながら既に身体能力が常軌を逸していたんだ」


身体的な超人か…偶に生まれてくる肉体的な異常性を秘めた人間の事だな。通常の人間よりも強い力や高い耐久性だけでなく、異様に高い免疫や特化した才能を持ち魔力の関わらない部分で異様な力を持って生まれてくる者達。


ただ強いのではなく、理不尽な身体構造や身体能力を持つ者を言う。だから例えどれだけ強くてもスピカ様やフォーマルハウト様は肉体的超人ではないし、エリスも超人ではない。強さではなく理不尽な性能が超人の証左だ。


詳しく区分するなら超人にも二種類いる、それが『後天的超人』と『先天的超人』だ。


最も多いのが後天的に超人になった例。肉体改造に近いレベルでの修練や特殊な環境に長い間身を置いた結果後々肉体的超人になる例は多い。例えば俺とかな、俺は師範の肉体改造修行のせいで胃袋がエネルギー変換装置みたいになってるし、これもある種の超人と言える…まぁ所謂所の天才は大体ここに入る、天才も修練なしには強くなれんしな。


それに対して、生まれながらにしてその才能を持つ者は少ない。いわゆる先天的な超人、これは俺もネレイドさんしか見たことがない。数億分の一か…或いはもっと膨大な確率の果てに生まれる奇跡の存在。一世代に一人いればいい方…そんな希少な存在だ。


後天的超人は飽くまで機能の拡充なのに比べて先天的超人はそもそも作られた時の設計図と材料が違う。部類上人間に区分されているだけでそのパフォーマンスは確実に人間とは違う上位の性能と能力を持っている場合が多い。


言ってみれば俺のような後天的超人が人間離れした存在なら、先天的超人はそもそも人間の領域にいない。それがネレイドさんのような先天的超人…。


ああ、後もう一人居たな…。先天的超人にしてその最たる存在、史上最強の超人…そうだ。神に愛されし聖人ホトオリ、あれが確認出来る限り最古の超人であり最強の超人だ。体を震わせ灼熱を生んだり生体電気で雷を落とすアイツもまたそう言う存在ってわけだ。


そしてその先天的な超人の一人が…オケアノスと。


「彼女の身体能力は異常だった、鍛えているわけでもないのに常に最高の状態を保ち続け、全力で体を動かせば魔術と同等の現象を起こし、走れば馬より速く大地を駆け抜ける。まさしくあの子は神に愛された子だ」


「神に愛された…ね」


「だが神は愛するからこそ試練を与える、あの子はその力故に孤立し悲しんでいた。そこに目をつけたのが…当時既に寺院の院長を引退し一線を退いていたヒンメルフェルトだ。彼はテルモテルスをナールに任せると同時にこちらに移り住むこととなった…その時オケアノスをこちらに連れてきたんだ」


「ヒンメルフェルトがオケアノスを?なんでオケアノスだけを…」


「オケアノスは特別な子だった、ナールに任せるには…あまりにも特別過ぎたのだ」


「ああ、納得」


確かにそのままテルモテルスに置いておいたらどんな目に会ってたか分かった物ではないな。売り飛ばされたか、都合のいいコマとして使われていたか。どちらにせよ良いことにはなってなかった筈だ。


「そうして私の元にやってきた頃のオケアノスは全てに対する意欲を失っていた、なにもする気が起きない。何をしても楽しくない。そんな風に語る彼女に健全な生き方をさせるために私は二つの事柄を教えたのだ」


「二つの?なんだ?」


「一つはサッカーだ、球一つあればどこでも出来るあの競技は東部で元々人気だったからな。ルールという制限の中ならオケアノスの身体能力も関係なくなる…まぁそれでも直ぐにトッププレイヤーになってしまったが、もう一つ…彼女に目標を与えた」


「それが、ネレイドさん…とか?」


「そう、同時期に頭角を表し始めた夢見の魔女リゲル様の御弟子ネレイド様。同年代でありながら大陸を越えるほどの活躍をする彼女に目をつけた私は…彼女にこう言った…」


『オケアノス、君よりも強い人間はいる。君よりも逞しい体を持ち君さえも越える人物が同じテシュタル教徒の中に居るんだよ?だから研鑽を怠ってはいけない。君にはまだ目指すべき高みがある』


「それを聞いたオケアノスはまだ見ぬネレイドに希望を見出してくれた。努力する意味を見出してくれた。あの子は…ネレイドと言う神に祈り続けた子なのだ」


「ネレイドと言う神って…」


大袈裟…ではないのだろう。少なくともオケアノスの期待通りネレイドは成長するごとに名を上げていった。最後には闘神将になり世界さえ救ってみせた、ああそうか…。


「だからオケアノスは神将になったんだな」


「いやそれは単純に成り行き」


「成り行きかい…」


「だがそれでもネレイドに憧れたのは間違いない、…今まではマレウスとオライオンという絶対に関わり合うことの無い境界線を隔てていた両者が出会ってしまった以上戦いは免れない、そして…オケアノスは強い。ともすればネレイドを倒してしまうほどに」


「……さぁて、どうだろうな」


腕を組み窓の外に目を向ける。確かにオケアノスは強いだろう、見たことはないがエリスが言うには確実に第二段階の最高位に至っていると言う話だ、強いだろう…そりゃあ強いだろう。けど。


「負けねえよ、ネレイドは」


「だがオケアノスは…!」


「分かってるよ、そりゃあ強敵だ。やられることもあるだろうし倒れ伏すこともある…だが、絶対に負けねえ…あの人は一回言い出したことは絶対に曲げないくらい強情なんだ。そのネレイドが『生きて帰る』って言った…ならそうなる、例え誰が立ち塞がろうともな」


「むぅ…これは、野暮というものだったか」


どっちが強いかって論争じゃない、ただネレイドはそうする。絶対に生きて帰る、俺は彼女がどういう人か理解しているからあの場を任せたんだ。


なら、今は…。


「それよりナールをどうにかしよう。ナールに接触するにしてももうアイツは居宅に行っちまったんだろう?軍の本部が目の前にある居宅に…今からそこに行くなんて神聖軍とやり合いに行くような物だ」


「そこについては問題ない、既に計画は練ってある」


そうヴェルトは言うのだ、もう既になんとかするための計画はあると。これは頼もしい上に段取りが早い。


「流石は元アジメクの騎士団長様だな」


「止せよ、そう言う細かな打ち合わせはデイビッドやナタリアがやってくれてたから…別にそう言うのが得意なわけじゃない」


「そうなの?で、どう言う計画?」


「……それは、アデマール様から」


するとアデマールさんは決断したように顔を引き締めると…。


「儂がナールの元を訪ねる。いくら権威がなくなろうともナールは儂を無視出来ん…そこでナールを拘束すれば良い」


「え?いや…だけどそれをしたら…」


「ああ、儂は今度こそクルスに目をつけられ…全てを奪われるだろう。辛うじて行われてるお目溢しは今度こそ無くなる。だが…!」


まるで枯れた枝のようになった拳をギリギリと握り、皺だらけになった顔を引き締める…メガネの奥に輝く瞳を潤ませながらアデマールさんは、吐き捨てるように口にする。


「我が友ヒンメルフェルトは、その生涯を…命を懸けクルセイドに、儂に尽くしてくれた。そんな彼の眠る地であるガイアの街を守るためなら、儂も命を懸ける!でなければ儂は彼の友人として神に名乗ることさえ出来ん!」


友人として、彼の故郷を守る。それが友人よりもほんの少し長生きした自分の使命なのだと語るアデマールの目は、既に全盛期を通り過ぎ死を待つだけの老人とはとても思えない程に使命に燃えていた。


例え今この手に持っている全てを失おうとも、今この手に持っている全ては友のためにあるのだから、手放す事に躊躇はないと…彼は一切臆する事なく言って退けるのだ。


「ヒンメルフェルトさんは、良い友人を持った」


「フッ、そう言ってくれるか…ありがたい事だ」


ヒンメルフェルトは高潔な人物だったのだろう。命を顧みず西部から東部までやってきてくれるケイトという友人がいて、命懸けでガイアの街を守ろうとしてくれるアデマールと言う友人がいる。


高潔な友人を持つには、何より当人が高潔である必要がある。きっとヒンメルフェルトはそれだけ素晴らしい人物だった…だから死後も彼の意志がこうして子供達を守ろうと動いてくれている。


アルトルート…あんたの祖父さんはすげぇ人だよ。


「よし!では早速家に行って必要な物を取ってくる。準備をしておいてくれ!」


「ああ!分かった!」


「じゃあその間にヴェルトは私とお話ししようか〜、今まで何してたか…色々聞きたいからさ」


「で…デティフローア様、そんな顔するようになったんですね…」


…いよいよだ、いよいよガイアの街を守る為の戦いが始まる。ナールをなんとかすれば次は大賊団だ…けど。


油断しちゃいけない、きっとアイツらはまだナールを狙っているはずだから。まだ事件は何も解決していない…寧ろ、ここからなんだ。



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