452.魔女の弟子と神都への道中
「じゃあ、そう言うわけで。よろしく頼むよ…みんな」
神都サラキアを目指す。そう決めてからの動きは早くその日のうちに準備を終え私達は再び馬車に乗り込む事となった。
今私達はいくつもの問題を抱えている。迫り来る神聖軍、東部を破壊しようとするモースの魔の手、そしてナールを狙う山賊達。これら全てを纏めて解決する為に私達はサラキアへ向かう。
ただしメンバーはより厳選した少数精鋭…。
「では、守りは頼むぞ?」
「アマルト!エリスちゃんの事よろしくね!」
「すぐに戻ってくる…」
サラキアへ向かうのはラグナ、デティ、メルクさん、そして私…ネレイドの四人だ。
恐らくサラキアには山賊達の幹部がいる、なら戦闘になるのは間違いない。だからこそ戦闘面に特化した私とラグナ。錬金術による応用力に特化したメルクさん、そして戦闘に必須であるデティの四人だ。
この四人がいれば大体の敵には対応できる…。
対して迫り来るだろう神聖軍を迎え撃つのは。
「おう、任せろよ」
「僕頑張るので!任せてください!」
「何かあれば時界門で連絡をしますね」
「なにがあろうとも、テルモテルスはこのアルザス三兄弟が守る事を誓おう!」
居残り組はアマルト、ナリア君、メグさん、アルザス三兄弟だ。
子供達の面倒を見るのに特化したアマルト、特性上防衛線を得意とするナリア君、そして実力的にも頼りになるアルザス三兄弟。何かあれば時界門にて即座に私達に接触出来るメグさん。
この人達がいればテルモテルスも安心だろう…ややこちら側に戦力が偏っているが、そこはまぁ仕方ない。いざとなればメグさんの時界門で即時帰還が出来る事を加味しての人選だ。
本当ならば、ここにもう一人大戦力が加わっているはずなのだが…。
「ラグナ…またどこかに行っちゃうんですか…」
「え、エリス…うん、ごめんな」
「うぅ、悲しいです〜…」
「ああ…うう〜」
子供のようにポロポロ涙を流して悲しむエリスにラグナが苦しんでいる。
そう、エリスがこの状態だからだ。知識を消された影響で子供のような立ち振る舞いをする彼女を戦わせるわけにはいかない。
「うう、離れ辛い…」
「大丈夫だよ、ラグナ。だってエリスちゃんは強い子だもん…直ぐに立ち直るよ」
「立ち直るって…」
そんな精神的なもんか?とデティを見るが、何やらデティは確信の様な何かを得ている様でエリスの顔を見て頷いている。…うん、まぁそこについては俺も信じてるよ。
きっと俺たちが戻ってくる頃には元に戻ってる筈だ。
「すぐ帰ってくるから、いい子にしててくれ」
「はぁい」
「ふぅ、なんかあのエリスを見てると冷や汗が出る、なんでだろ」
「痛々しいからでは?」
結構毒のあること言うんだねナリア君…。と…ともかく、エリスが離脱している今我が陣営の戦力は一角を欠いていると言っていい、アマルト達は強いけれど流石に神聖軍の大軍勢を退けられるかと言えばやや危険なところがある。
少なくとも私の率いる神聖軍なら、こんな街一日で落とせる。だからこそ神聖軍がここにくる前にサラキアに向かってナールに侵攻をやめさせないといけない。
「そんじゃ、行ってくる」
「いい知らせを待ってるよ」
「おう!任せろ!」
時間がない、一分一秒を争う事態をなんだ。サラキアでなにが待ち構えているかは分からない…だが止まるわけにもいかない。私達で神聖軍もモース達も止めるんだ。
そんな決意を抱いて私達は馬車に乗り込み手綱を握る。ここからサラキアまでは数日の距離…急がないと。私達がモタモタしてたら全部台無しになる。
子供達も、アルトルートさんの気持ちも、東部の人達の命も。全部…失われる。
それだけは、阻止しないといけないんだ…。私にはその責任がある!
「みんな!出発するよ!」
「おう!気合十分だな!ネレイドさん!」
「うん!やる気モリモリ!」
手綱を握り三人が馬車に乗り込んだのを確認してから鞭を握って馬車を走らせる。
さぁ、行くぞ…神都サラキアへ!!
………………………………………………
「いってら〜!」
「頑張ってくださーい!」
「いっらっしゃいませ皆様〜!」
「武運を!」
ラグナ達を見送り遠ざかる馬車に向けて一堂で手を振る。さっき帰ってきたばっかりなのにもう出発しちまいやがった。まぁ状況が状況だから仕方ないんだが…。
しかし、俺また居残りか。今回俺全然役に立ててねぇ気がするが…こっちも大切な仕事だ、やり通さなきゃな。
「よし!じゃあ僕もそろそろ準備に取り掛かりますね!」
そう言って一番最初に動き出すのはナリアだ、その手にはペンが握られている。やるべき事…俺たち仕事はいずれ迫り来る神聖軍を相手に時間稼ぎをする事だ。その為に街に魔術陣を書き込むがナリアの仕事だ。
「気合十分だな、サトゥルナリア・ルシエンテス。エトワールにいた頃よりも幾分頼もしいぞ」
「えへへ、今回はラックさん達が味方で心強いです」
「フッ、お前の魔術陣の腕がどれだけ上達したか見せてもらうとしよう。丁度街は無人だしな、俺たちには魔術陣を書き込む腕がないがその分何処に罠を設置したらいいかのノウハウはある。助言してもいいだろうか」
「是非!」
「よし!行こう!」
「へへへ、前会った時はあんなちっこかったナリアが立派になりやがってよぅ。カッコいいじゃねぇか」
「んん?なんだい?リック兄さん、泣いてるの?」
「ば、バーロー!ロック!泣いてねえやい!」
と騒ぎながら街へと歩き出すナリアとアルザス三兄弟。こいつらはエトワールで因縁がある仲だったそうなのだが…その分付き合いも長いと言う事なのだろう。なんだか旧知の仲のように振る舞いながら魔術陣の作成に向かっていく。
正直、俺はラグナ達が間に合うとは思っていない。それはラグナ達の実力を疑っているからではなく、そもそも物理的に間に合わないのだ。どう考えても相手の方が先に動き出している以上先手を取られるのは免れない。
ラグナもそこを理解してるからこのメンバーを残したんだ。特にラグナが期待してるのはナリアだ。アイツの魔術陣がどれだけ敵の足止めを出来るかにかかってる。
「では私も街に罠を張り巡らせてきますね、アマルト様」
「おう、頼むよ」
続いて動くのはメグだ。俺たちと出会う前はゲリラ戦で大いなるアルカナの戦力を削りまくってた経歴を持つメグは、やはりというかなんと言うかトラップの設置能力も高い…と言うかこいつに関しては大体なんでも出来るしな。だからラグナはメグを残したって点もある。
だがそれでも真っ向からの戦力じゃ不足感がある。
情けない話だが、この場には魔力覚醒者がいないからな…いや、一人いるんだが。
「うふふ〜、ナリアさんは元気ですね〜」
その唯一の魔力覚醒者がこの有様だしな。まぁいつもみたいにギラギラされてても困るっちゃ困るんだが…こうもポワポワされててもなぁ。調子狂うと言うかなんと言うか。
「アマルトさん今日のご飯はなんですかぁ〜?」
「ん?今日の?今日はピッツァだよ。トマトとチーズをふんだんに使ったやつ」
「あはは〜、アマルトさんトマトとチーズ好きですねぇ〜」
「うるせぇ〜!ほら、子供達の面倒を見とけ」
「はぁ〜い」
「ったく………ん?」
ふと、腕を組む。そういやエリスの奴…飯を食ったかどうかも覚えてないくらいボケてたのに俺がトマトとチーズを使った料理が好きなのは覚えてたんだな。
いや、覚えてたと言うかこれは…んん?
まぁいいや、取り敢えず…孤児達の面倒見を頑張りますかね。
………………………………………………
「ネレイド、そろそろ馬車を停める。ジャーニーを休ませてやろう」
「ん、そうだね…」
出発から半日、太陽が沈み始めた頃メルクさんによって移動に対してストップがかかる。私達は戻ってきてから直ぐに出発したから今日はあんまり移動できなかった。
無理を押してでも進みたいところだが、それでジャーニーが潰れてしまっては元も子もない。デティが定期的に治癒魔術をかけて筋肉疲労を取ってくれているし負担はそんなにないとは思うが…それでもだ。この子は大切にしてあげないといけないから。
「ジャーニー…今日は一日ご苦労様」
「ぶるひひっ!」
馬具を解いてあげればジャーニーは『まだいける!』とばかりに応えてくれるが、無茶はダメだよと頭を撫でる。メグから預かっていた簡易馬房を展開し一旦そこでジャーニーを休ませることにする。
メグセレクション番外『即興馬房』。内部を拡張し馬が快適に休める空間を提供し、餌や水が整った空間。オマケに正式な手続きをしてから入らないと大音量の警報が鳴る仕組みなので賊にジャーニーを奪われる心配もない優れもの。
メグがいない状況だと、いつもみたいにホイホイ便利な道具を出してもらうわけにはいかないから、こう言う道具一つ一つを噛み締めて使っていかないと。
「…みんな、今日はお疲れ…ん?どうしたの?」
「…ああ、ネレイドか」
そんな一仕事を終えて馬車の中に戻ると、何やらラグナとデティが深刻そうな顔で床に座り考え事をしていた。
何かあったのだろうか…。
「どうしたの?」
「…すまん、俺のミスだ」
「…なに?」
「人選ミスだ、いきなりだが肝心なことを見落としていた」
ラグナが深く頭を下げて謝罪してくる。人選ミス?そんなことはないと思うが…肝心なことを見落としていたと言われてもその肝心なことに覚えがない。そんな状態で謝られても困るよ。
「なにをミスしたの?」
「……このメンバーを見て何か思う事はないか?」
そう言ってこの場にいるメンバーを指す。ラグナとデティと私とメルクさん…何か問題があるんだろうか。
「頼りになるメンバーだと思うけど」
「ああ、戦闘面では最高のメンバーだ…だが」
グッ!と悔しそうに拳を握るラグナは忸怩たる想いを吐露するように目を瞑り。
「料理できる奴がいねぇ…!」
「あ……」
そう言えば、いない。ここにはいつも美味しいご飯を作ってくれているアマルトもきらびやかな料理を作ってくれるメグさんも芳しい食事を用意してくれるエリスもいない…。ものの見事に普段料理しないメンバーが集まってしまっている。
「食料はあるんだ、ダイニングにある転移魔力機構を使えばメグの倉庫から食材は持ってこれる、けど加工が出来ん」
「え、えっと…みんな全然料理できないの?」
「んーと…私やメルクさんやラグナは昔学園に在籍してた頃、持ち回りで料理番をしてた頃があるんだけど」
どーにもこーにも昔だから勝手を忘れてて…とデティが申し訳なさそうに笑う。そっか…みんな学生時代は料理してたんだ。けどここにいる三人は謂わば皆王族、普段は厨房になんて絶対に立たない人達だ。そりゃあやり方なんか忘れちゃうか…。
「ネレイドさんは料理は出来るか?」
「んーと、一応最近は一人暮らしだから自炊くらいは…、けどテシュタル食しか作れないからみんなの疲れを癒せるような精力的な料理は作れないかも」
「そっか…」
私が作れるのは料理と言っていいか怪しいレベルのテシュタル食ばかりだ。キャベツを煮ただけのスープとか、軽く焼いたパンとか、そんなものばかり。こう言ってはなんだがテシュタル食を食べ慣れてない人達が食べても美味しくないだろう。
食事は士気向上に不可欠な大切なピース。美味しいご飯を食べてる方が戦いでは勝つ。ラグナが深刻そうな顔をしてるのは決して自分が美味しいものを食べたいからではない…だろう、多分。
「…………」
「どうする?ラグナ、パンでも齧るか?」
「ここで悩んでてもしょうがないよ〜」
「…いや、背に腹は変えられねぇ。いつもアマルト達に頼り切りでも仕方ないし、またしばらく間は俺達で食事当番を持ち回りでこなしていこう」
「持ち回りで?…いいの?私の番の時はテシュタル食になるけど…」
「いいんだ、ネレイドさんはいつも俺たちの食事の時は俺たちには合わせてくれてるだろ?なのに俺たちだけネレイドさんの食生活には合わせません…ってのは筋が通らないしな」
そういうとラグナは男子用の寝室に駆け込み…、直ぐに出てくる。その胸には普段アマルトが使っているエプロンを着用して。
「という訳で今晩は俺が作りまーす!いいよな!お前ら!」
「別に構わんが…なにを作るつもりだ?」
「牛の丸焼きとか?」
「それは美味しそうだね…」
「いやいや俺の事をなんだと思ってんだよ。もっと料理らしい料理作るっての!…アマルト風のヤツを作ってやるから待ってろよ?」
ニッ!の格好をつけて笑いキッチンへと進行していくラグナの背中を見て、私達三人は目を合わせる。
…こう言ってはなんだが、不安だな。私はラグナの料理を食べたことがないが、メルクさん達の様子を見るにあまり上手い方ではないみたいだし。
うん、ここは見に行こう。と全員で頷き合い私達もキッチンへ向かう。
「ラグナ、大丈夫?」
『大丈夫大丈夫〜!』
私達がキッチンに入ると、既にラグナは転移魔力機構に体を突っ込み何かを漁っていた。キッチンに取り付けられた小さな穴、開閉式の蓋を開けて中に手を突っ込むと好きな食材を取り出せるようにしてくれてある優れものだ。
あれのおかげで私達はいつも好きな時に好きな物が食べられるようになっている。まぁそれはアマルトという絶品の料理人がいてくれているからだけど。
「なにを探してるんだ?」
『アマルト風にするのに必要な物だよ、例えば…これとこれ!』
そう言ってラグナが穴から放り投げたそれをキャッチする。するとそこに握りられていたのは。
「トマトペーストとチーズ…」
オライオン産のトマトペーストの入った瓶、コルスコルピ産のチーズ。確かにアマルトがよく料理に使っている食材だ。
彼はいつも言っていた。『トマトとチーズはコルスコルピ人の誇りにして第二の血液だ』って、それ故か彼の料理にはこれらが使われていることが多いし、これらを使った料理は他のものに比べて比較的美味しい。
「トマトとチーズを使えばアマルトらしくなる…のか?」
「わかんない、私料理しないから。ネレイドさんはどう思う?」
「…ラグナを信じよう」
取り敢えず、やってくれると言っているのだからあんまりやる気を削ぐようなことを言うのはやめておこうとラグナを観察していると。
「お!あったあった!ヨイショ!見てみろよ!こんないいモンがあったぞ!」
と言ってラグナが取り出したのは…新鮮極まる巨大な肉のブロックだ。どう考えても市販されてないやつ、絶対業者とかが買うレベルの大きさの肉だ。
「まさかそれを丸焼きにする気か?」
「俺どんだけ丸焼きが好きだと思われてるの?んなことしないって。見てろよ」
というとラグナは巨大な肉のブロックをドスンと調理台の上に置き。キッチンをキョロキョロ見回し…。
「あれ?包丁どこだ?アマルトの使ってるやつ」
「アマルトのやつはキッチンにないと思うぞ?アイツは普段自分用の調理器具は持ち歩いているからな。メグも普段は時界門から取り出しているはずだ」
アマルトは自分の調理器具を我が子のように大切にしているからね。いつも暇な時はキッチンで包丁をニマニマしながら磨いているし、一度気を利かせてフライパンを洗ってお手伝いしようかと思ったら。
『しなくていい、大丈夫、しなくていい』
と割と真顔で言われた。恐らく洗い方とかもかなり気を使っているんだろう。
「そうなのか…、ならエリスが使ってる奴を借りるかな、あの子ならきっと直ぐに取り出せるとこに…あった」
何回か戸棚を開けると、一本の使い込まれた包丁を見つける。かなり手入れされている包丁だ…しかも年季の入ったいい包丁。
それを見たメルクさんがハッと何かに気がついたように顔を上げ。
「お、それ高い奴だな」
「え?そうなのか?」
「ああ、普段彼女が料理してるところを見たことがなかったが…そうか。そんないいものを使ってたんだな、それ…デルセクト1の料理人アビゲイル氏の物と同一の型だ。そう言えば彼女に包丁をもらったとかなんとか昔言ってたな」
「へぇ〜、やっぱすげぇなエリス、大事に使おう」
もしここでラグナが力加減を間違えて包丁をへし折ろうものなら、きっとエリスは死ぬまでラグナを許さないだろうな…。彼女はそういう物を大切にするタイプだ。記憶を無くさないから、その物に対するエピソードや愛着も失われない。だから包丁もしっかりしているんだ。
「よし、じゃあ…フッ!」
と、私はエリスの包丁が折れてしまうのではないかと危惧したが、そんなことはなかった。
ラグナは私達の中で一番の怪力だが、同時に最も力の使い方を心得ている男でもある。殆ど力を使わずスッ!と刃を通し野太い肉のブロックを切り裂いていく。
「おぉー!ラグナうまーい!」
「これでも昔は剣士だったんだぜ?俺」
「そうだったんだ…、ずっと武術家かと思ってた、なんで剣士やめたの…?師匠の影響?」
「いや、愛剣がへし折れた、力加減間違えてさ」
なんか不安になる情報を聞いてしまった気がするが気のせいだろう。
そうこうしてる間にもラグナは肉を切り裂き何枚かのステーキを作り出し、それと同時に巨大な鉄板をキッチンに用意する。
「今日の晩ご飯はステーキ?」
「ああ、素敵なステーキアマルト風だ、『付与魔術・赤熱属性付与』」
すると用意した鉄板に若干の熱を付与し、その上でこれまたブロック状の牛脂を乗せてジュウジュウと脂を伸ばしていき、丁度いい具合を身図らないながらラグナはその間に肉に塩胡椒を塗していく。
「そろそろだな」
「なんか、いい匂いだね」
「空腹の身に、牛の匂いは堪える」
「お腹減ってきたかも…」
充満する牛脂の匂い、濃厚でこってりした香りに皆お腹が鳴り始める。そんな中ラグナは油が塗りたくられた鉄板にステーキを投入。油の跳ねる音はやや恐怖心を煽るほどに大きくなりながらも、ラグナは続け様に二…三…四…五と次々と投入していく。
ここからどうするんだろう、ぶっちゃけて言ってしまえばステーキなんて応用の効く料理でもあるまいに…。
「よっと」
するとラグナはその辺から取ってきたフライ返しで肉をひっくり返していく。するとそこには物の見事についた焼け目が見える、ううん…美味しそうだ。
「流石はラグナだな、やはり肉の扱いはピカイチだ」
「ラグナ…お肉扱うの上手いの?」
「そういえばネレイドはラグナが料理をするところを見た事はなかったな。ラグナは肉の扱いだけで言えばエリス級に上手いんだ。肉を見る目もあるとアマルトに褒められたこともある」
「へぇ、そうなんだ」
「へへへ、アルクカースの益荒雄たる物、いい肉の一つも見定められないんじゃ話にならないぜ?」
「それでさぁラグナ、そのトマトとチーズどうするの?」
「ああ、これか?これはな…」
するとラグナはひっくり返して焼け目のついたステーキに向けて…。
「こうする!」
ドサッ!とステーキの上にトマトのペーストを乗っけるのだ。その瞬間トマトの汁が脂まみれの鉄板にかかり爆発するようにバチバチ音を立てる。もしこの鉄板が火を使って温められてたら、この時点で火事だっただろう。
「なななな!?なにしてるの!?」
「まぁ見てろって、こうして乗せたトマトペーストの上にチーズをバババッとまぶして、その上から更に焼いた肉を乗せる!」
トマトペーストを伸ばし、さらにその上にこれまた切り刻んだ大量のチーズを乗せる。トマトの海に沈むチーズ…それを更に焼いたステーキで蓋をして、あっという間にステーキのサンドが出来上がる。
「両側のステーキの熱でトマトとチーズにも火が通る。それでチーズが溶けてトマトと混ざり合い…完成!」
サッとラグナはそれを皿に移して完成を宣言する。
そこにあるのは、茶色く焼けたいい感じのステーキのサンドだ。間からは真っ赤なトマトと黄白のチーズがとろけて流れている。
「はい!名付けてステーキチーズサンド!ナイフとフォークで食べるんだ!」
「なんというか、男が好きそうな料理だな」
「でもなんか美味しそうかも、もっとメチャクチャなの出てくるかと思ってたし」
うん、変な物ではない。少ない材料で単純に仕上げたからおかしくなる要素がどこにもない。ややカロリーが…いやかなりカロリーが高い点に目を瞑れば良い物だ。一日中動いて疲れ切った体にはこの脂っこさが染み渡ることだろう。
ただ…。
「アマルト風…?」
「おう、トマトとチーズ使ってるからアマルト風だろ?あ、バジルでもかけとくか?」
アマルトが見たら怒りそうだな…。当然だがアマルトはこういう料理を作ったことはない。一度だけハンバーグの中にチーズを仕込んでいたこともあるが、肉と肉をサンドして間にチーズを…なんてことはなかった。
まぁいいか。
「ん、ありがとうラグナ。美味しそうだよ」
「へへっ、そう言ってもらえると嬉しいな」
「ラグナの作った肉料理なら、信頼は出来る。血糖値が気になるが頂くとしよう」
「ラグナ〜、私パンも欲しい〜」
「自分で用意しろ」
「ん、そうだ。ステーキならワインを出そう。いいヤツを残してある、ラグナ…は飲まんから、ネレイド?一緒にどうだ」
「飲みたい、是非」
「よし、ならパンも一緒に持ってきてやる」
「ありがと〜」
貰ったお皿を受け取ってテーブルに並べつつ棚からナイフとフォークを取り出し、ついでに私とメルクさん用のワイングラスも用意する。お酒を飲むのは久々だな…。
「じゃ、飯にするか」
とそこからは淡々とした食事が始まる。ラグナは美味しそうに自分の作った肉料理を食べていく。肉を二枚重ねているからナイフで切るのは少し苦労するのかデティはやや苦戦しつつもなんとか食べていき。
「さ、ネレイド」
「メルクさんにお酌してもらうのは、なんだか気が引けるなぁ」
「君と私の仲じゃないか。遠慮するな」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
メルクさんにワイングラスを向けると、彼女は慣れた手つきでワイングラスに真っ赤な葡萄酒を注いでいく。これはいい…とても良いお酒だ。アルコール臭さが無い、それでいてすっきりと典雅な葡萄の香りが鼻の奥に香ってくる。
思わず一口含むと、パッと花が咲くように味が広げり…。
「美味しい、私が普段飲んでいる物よりも味のキレがある…それに、高貴…とても」
「君は酒の味が分かるから振る舞い甲斐があるな」
「そんな事ないよ、これはメルクさんのお酒が良い物なだけ」
「フッ、この酒を作ったセレドナ様に良い報告が出来そうだ」
メルクさんもまたお肉を頬張りながらワインを飲んでいく。それに倣い私も肉を切り裂きチーズとトマトソースに絡めて頂く。
「…うん、美味しい」
「えへへ」
ラグナが照れ臭そうに頭を掻く、とても美味しい。やはり肉がいい、これは単純に肉が高級…というだけでなくそもそも品質が高い物をラグナが選んでくれているんだ。流石はアマルトが認めるだけはある腕前だ。
トマトとチーズがなければもっと美味しかっただろうことに目を瞑れば満足のいく出来だな。
「はむはむ…」
「今日は爆睡出来そうだ」
「美味しいね」
「自分で作っといてなんだが、美味いなぁ」
しかし…なんだか、寂しいな。空席が四つもあるというのは。メグさんとアマルトとナリア君とエリス…みんなとも一緒に食べたかったが、仕方ない事だ。みんなにはみんな仕事がある、ワガママは言ってられない。
「ところでさ」
ふと、ラグナがナイフとフォークを止めてやや真剣な面持ちでこちらを見る。…多分真面目な話だろうな。
「これから俺たちが向かうサラキアにはモース達の部下、隊長が三人いるはずなんだよな」
「五番隊の隊長シャックスと四番隊の隊長ベリト…そして三番隊の隊長オセ、この三人だ」
「メチャクチャ強いカイム達が居ないのはある意味救いかなぁ」
とデティは口周りをトマトでベタベタにしながら言うが。実際のところは分からないよ?
カイム達がサラキアにいないのは確かに私達の障害が少ないという意味でもあるが、同時に敵の主戦力の動きが分からないという意味でもある。もし奴らが今テルモテルスを襲ったら確実に痛手を喰らう。
まぁそうなっても大丈夫なようにメグさんが向こうにいるんだけど。
「そうだな、だがシャックス達も弱いわけじゃない」
メルクさんの言う通り、別にサラキアにいるメンバーも弱くない。彼らとは一度戦っているが、私達は事実として一人も奴等を倒せていない。
私もベリトと戦ったが、デティと私の二人がかりでも仕留めきれないくらいしぶとかった。
「どうせ、奴らとは戦うことになる。だがどのタイミングで誰が戦うことになるか分からない。もしかしたら前みたいに混乱の中で他助けが見込めない状況で戦うことになるかしれないし、情報の共有はしておこう」
「そうだな、いつもの通りだ」
「賛成〜!」
情報の共有とは言うが、一応何度か前回の戦いについては話し合っているからなにも知らないわけではない。だがそれでもやっぱりこう言う風に一回しっかり腰を据えて話し合っておいた方がいいだろう。
皆襟を正し姿勢を真っ直ぐ伸ばしながらいくつか意見を述べる。
まず…。
「五番隊の隊長シャックスだが。奴は物を宝玉に納める魔術を使っていた、デティ?心当たりは」
「あるね、バリバリ禁忌魔術のやつ」
「禁忌なのか?そんな感じはしなかったが」
「その魔術の名前は収納魔術『ジーゲルラベオン』。どんな物でも手のひらサイズの宝玉中に収納出来る運搬用魔術で、絶賛禁忌指定食らってるやつでーす!」
いえーい!と何故かピースサインをしながら誇らしげに言うデティを見て、メルクさんは腕を組む。
どんな物でも掌サイズの宝玉かぁ。便利そうだけどね?だって山のように大きな荷物もポケットに入れて運べるってことでしょ?とっても便利だ、引っ越しに使えそう。なに禁忌なんだ…。
「…そうか、誘拐に使えるから禁忌なんだな?」
「そそ、この魔術ってば人にも効いちゃうからね。物を押し潰せるコンセプトコンプレッサーも人間にも有効だから禁忌指定を食らったように、これもまた禁忌指定を食らった魔術の一つなの、人にも使えたらほら…ネレイドさんのこともポケットに入れて持っていけるからね」
「なるほどな、それは確かに脅威だが…確か似たような魔術を使う奴がアド・アストラにも居なかったか?ほら、人や物を好きな物に置き換えられる魔術を使う…エトワールの喜劇の騎士」
「ああ、あれは…いやあれも一応第三級禁忌魔術だよ?第三級は届出があれば職業に限定して使用は許可してるからね。禁忌魔術を使っちゃダメなのはしっかりとした管理と監視が出来ていない状況で使うのがダメなの」
「そうなのか、難しいんだな。魔術って」
「本当はね」
と言いつつデティが腕を組みながらふむふむと何度か頷くと。
「にしても変な魔術を使うねジーゲルラベオンなんて、あれはコンセプトコンプレッサーとかと違って大した攻撃力もないだろうに…」
「奴はそれに爆弾を入れて使っていたぞ?」
「でもそれって普通に爆弾持ち歩くのと何が違うの?態々その魔術を使う意味…あるのかなぁ?」
…確かに、どんな武器でも持ち歩けるのはメリットかもしれないけど、それだけだ。そもそも一流の魔術師はそれだけでそこらの兵器を上回る。爆弾数百個用意した程度じゃ上位の現代魔術使いには脅威という面では敵わない。
しかしシャックスはそれを使って隊長の座に就いている。ただただ世渡りがうまいだけの男をあのモースが徴用するとは思えない。
「だが実際奴はそういう風に戦っていたしな…」
「ならあるんだろう。奴がモース大賊団でも上位の存在である所以とも言える戦術や戦法が。その手の変わった魔術を使う奴は往々にして厄介だしな、ピクシスがそうだったように」
「……確かにそうかもしれないな」
ラグナの言葉は的確だった。変わった魔術…他の人が使わない魔術を態々使うのには理由がある。それでしか出来ないことがあるからだ、そしてそれこそが強さの理由。
モース大賊団は決して弱い組織ではない。隊長格にまで上り詰める男が…そんな強さを持ち合わせていないはずがない。
「私としてはベリトの方が危険度が高いと思うなぁ。私とネレイドさんの二人でも仕留めきれなかったんだよ」
「確か失敗錬金術を使うんだったか?錬金術師に対する冒涜だぞ」
ベリト…彼はその手で錬金術を破綻させる事によりあらゆる物体を崩壊させる力を持つ。どれだけ強固な城でも柱を崩せば倒壊する様に、ベリトはあらゆる物質の柱を壊す力を持つんだ、それ故にどんな物でも崩すことが出来る。
鉄のような硬い物から、炎のような形のない物まで。あれは厄介だった。
「遠くから俺も見てたよ、アイツ物凄い勢いで守りに徹してたな」
「そうそう、私達がちょっと攻めると鬼のような勢いで守るんだ。で攻め疲れたら攻めに転じてくるの。一撃必殺の魔術を持ってやる奴がしていい戦い方じゃないよ」
「ふん、ならばそいつの相手は私がしよう。真っ当な錬金術師ならばそいつの錬金術を上から覆い尽くせるからな」
「おお…!」
そうデティは口を開くが、果たしてそう上手くいくかな。いやメルクさんが腕を疑うわけじゃない…だが向こうだってこっちの使用する魔術はわかっているだろうし、ベリトのような臆病な性格なら絶対にメルクさんの前に姿は現さないと思う。
むしろ狙うなら、前回戦って決着をつけられなかった私やデティ…。或いは……。
ともかく奴の動きは予測出来ない。注意しておこう。
「後は…オセ?だっけ?この場で奴に会ったのは?」
「居ないな、戦ったのはアマルトだ」
「ん、…でも話には聞いてるよ。不思議な魔術を使うんだよね」
最後はオセ、高圧の水蒸気や幻を使うとか言う正体不明の女だ。戦ったのはアマルト、そして戦った彼は街の外までぶっ飛ばされて夜明けまで戻ってこれなかった。
「デティ、オセの使う魔術が何か想像はつくか?」
「うーーーん、聞いた感じだとよく分からないけどなぁ。この目で見てみないとなんとも…でも水蒸気を扱うかぁ…」
「水蒸気を操る魔術じゃね?純粋に」
「凄く元も子もないこと言っていい?」
「あ?ああ…いいけど」
「違う気がする」
デティは腕を組みながら深く考え込み。
「これは私の魔術導皇としてのカンなのだけれど、水蒸気だけを操る奴の戦い方じゃないと思うんだよね…もっと別の何かを隠してる気がする。水蒸気を操る魔術を使ってるには使ってると思うんだけど…メインの武器は別にある」
「つまりアマルトと戦った時は本気ではなく、本来の魔術の副次効果で戦っていたと?」
「うん、だと思う。水蒸気なんて作ろうと思えばいくらでも作れるしね、だから…オセに関しては!現場で見て私が判断します!」
よろしいか!と語るデティに皆頷く。こう言う敵対組織との戦いに於いて私達が持つ最大のアドバンテージはデティという魔術図鑑が仲間にいることだ。一眼見ただけでどんな魔術か把握し教えてくれる彼女がいることが強みなのだ。
その彼女が判断できないなら、こちらで下手な憶測は立てるべきではない。
「よし!じゃあ次は神聖軍!と言いたいが…情報がねぇ〜」
「全くないよね、対策の立てようがない」
「ま、分からないことは後で考えればいい。それより今は…おいネレイド、グラスが空だぞ」
「え?ああ…ありがと」
トクトクとグラスに注がれるワインを見て、私は思う。
神聖軍、私達がサラキアに着く頃には既に遠征に出てるだろうからその大多数が神都には居ないだろう。だが臆病なクルスのことだ、全軍は出していない筈。
なによりも自信を守る盾であり剣である神将は側に置いている筈だ。
(オケアノス…)
私は彼女の敵ではないし、これから敵対しに行くわけではない。だが…もし彼女がナールとの接触を阻むなら、私は彼女と戦わなければならないだろう。
それとも、義務で神将をやってる彼女は戦う道を選ぶのだろうか。もし…彼女が戦う道を選ばないなら、私は彼女を…。
許すことはないだろう。
「………………」
(うう、ネレイドが怖い顔してワインを飲んでる…、勝手にグラスに酒を注いだのは間違いだったかな)
(またモースのこと考えてんのか?いや…こりゃ別件だな)
(ネレイドさん、頭の中ぐちゃぐちゃだなぁ)
「………ん?」
フッと我に帰るとみんながやや戦々恐々とした顔でこちらを見ていることに気がつく。
や、やってしまった、一応今は食事の席なんだ。怖い顔するのは良くなかった。ベンちゃんからもよく言われてたじゃないか。『飯時くらい笑えよ、御大将が真面目な顔するとメチャクチャ怖えよ』って…。
「…ラグナ!」
「へぇっ!?ひゃい!?」
「これ美味しいね!」
「え?え…おう!」
「メルクさん!?」
「ぶふっ!?」
「ワイン美味しいね!」
「……ならもっと飲むか?」
「うん!」
「よしきた!」
取り敢えず誤魔化すように食事に注意を移し私は食事を進めていく。みんなを怖がらせないようにするために、これ以上オケアノスについて考えるのはやめとこー…。