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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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450.魔女の弟子と親子の血


取り敢えず今日は飲めや歌えの大騒ぎをするでごす!今日はあーしの娘が帰ってきた祝いの日でごす!!』


そんな号令と共にド派手な騒ぎと華麗な歌と芳しい料理の数々が運び込まれ、山賊達は私達を歓迎してくれた。ラグナも相手に敵意がないならこのまま丸め込んでしまおうと言っているし、みんなもその方向で進めだかっているようにも思えた。


だけど…私は、とネレイドは静かに俯き…結局モースの開いた宴では一度として食べ物に手をつけることがなかった。


「………………」


教会の外に出れば、天に開いた二つの断崖から覗く空が黒く染まっていた。どうやらもう夜のようだ…、もう既に宴は終わりラグナ達はアルトルートさんの回収に向かっている。


そんな中ネレイドは一人境界から出ていた。風に当たって落ち着きたかったから。ずっとずっと…宴の最中落ち着かなかった。


モースは、私を娘だと言った。ずっと頭にこびりついていた不安が現実のものになってしまった。私は…モースの…山賊の血を引く子供だった。


誇り高きテシュタル教を守る神将の身でありながら、栄えある夢見の魔女の弟子でありながら、私は…山賊の血を引く子供だったのだ。ずっと違うと否定し続けてきたけど…モースはの語る言葉はどれも真実のように思えたし、デティはモースが嘘をついていないと言っていた。


ならきっと…私は奴の娘…なのかな。


「ネレイド…?」


「っ…モース」


ふと、後ろを振り向くと…私の事を気にしたのか。モースが教会から出てきて私の隣に立っていた。


その顔は、人を慈しむ顔だ、娘を愛する母の顔だ。お母さんが…リゲル様が私に向けているそれと同じだった…。


…これだ、この顔をされるから…悩んでしまうんだ。


「どうしたでごすか?…料理は口に合わなかったでごすかね」


「…私は、テシュタル教だから」


「そうでごしたか、そりゃ…気が利かなかったでごすな」


モースはとても申し訳なさそうに俯いて、誤魔化すように頬を掻く。


もし、モースがクズで私を卑下にするような人間だったなら、私はある意味割り切れたかもしれない。だが現実はこれ、モースは私を娘として正当に愛し、真っ当な愛情を向けてくれる。


だから迷うのだ、…この人を母と認めてもいいのかを。


「……あーしは、母親失格でごす。…本当ならお前の好物でもてなしてあげたかったんでごすが…あーしはそれさえ知らない。お前の今までの苦労も幸せも…あーしは何も知らない」


「………………」


「こんなにも愛しているに、こんなにもお前を求めていたのに…あーしはお前に、何もしてやれない。それが悔しい…!」


モースは私と出会ってからずっと…涙を流し続けている。時に幸せで泣き時に悔しさで泣き時に悲しみで泣く。


なんでも彼女は私を探してずっと世界中を旅していたらしい。元々私を手放したのも私のことを思っての結果だったし、それが間違っていたなら全力で取り戻すために駆けずり回っていた。


モースがオライオンに来たのも、元を正せば私を探しに来ていたらしいし…なんというか、うう…言葉に出来ない。


「でも、これから…お前の事を知って行きたい。お前の事を教えてくれるでごすか?」


「……いいよ、でもその前にちゃんと私を育ててくれたお母さん…リゲル様に会ってね」


「勿論!…ああいや、その前にあーしもやらなきゃいけないことがあるでごす、お前のお母さんになるのはその後でごすな」


「やる事?何?」


「この東部をぶっ潰すでごす!跡形も残らず吹き飛ばし向こう百年は人が住めない土地にする予定でごすよ、その計画もちゃんとあるでごすからネレイドは一旦東部を離れるなりオライオンに帰るなりして待っててほしいでごす」


「……は?」


…何言ってるんだ?この人は、吹き飛ばす?東部を消し飛ばす?…え?なんで?


「なんで?」


「なんでって、アイツらクズでごすからな。よりにもよってあーしの娘を売り飛ばしたゴミクズに誰に喧嘩売ったか思い知らせるでごす、お母さんの逞しい姿を見ててほしい気持ちもあるけど危ないでごすからな」


「やめて」


「…なんででごすか、アイツらあーしに喧嘩売ったでもごすよ」


「でも私は無事でしょ?ならそれで…」


「それとこれとは別でごす。お前が売り飛ばされた事実もあーしが欺かれた事実も変わらない。結果として無事だっただけ…過程は変わっていないでごすよ」


怪訝な顔をして『何を言い出すんだ?』とばかりにこちらを見るモースに驚く。この人…まさかまだ東部やテルモテルスを恨んでるのか?私が無事でもそこは変わらないのか?だめだよ…そんな事したら人が死ぬ。


「大勢の人が死んじゃうよ」


「だから?」


「人が死ぬのはダメ、それは当然の道徳だよ」


「道徳?何くだらない事言ってるでごすか、道徳なんて持ち合わせてても得する機会はないでごす。直ぐに捨てるでごすよ、この世は道徳ではなく『やられたらやり返す』…って道理で回ってるんでごす」


「だから殺すの?」


「そうでごす」


ああ…なるほど、ようやく分かった。私がこの人を受け入れられない理由。それは…私とこの人では価値観が違いすぎるんだ。


リゲル様の下で世間一般的な道徳を積んで生きてきた私と。


その生涯の殆どを山賊として生き、暴力以外の解決法を知らないモースとでは価値観が違いすぎる。


道徳で生きる私と道理で生きるモース。そこに筆舌に尽くしがたい乖離が生まれている。


私達は今、目の前に立っているけど…その実、居る場所は…果てしなく遠い。


「ネレイド…お前にもあーしの血が流れてるでごす。なら分かるはず…それともお前は、傷つけられても歯ぁ食いしばって耐えるだけか?馬鹿にされて!ヘラヘラ笑うだけか!?そんなの力を持つ人間の生きた方じゃあない!」


「力があるからこそ歯を食い縛り耐える、馬鹿にされても受け入れる事こそが強さ…私はそう教わった」


「そりゃ…腰抜けの教えだ」


刹那、私の頭が真っ白に熱の篭った光に包まれたかと思えば…、この手はモースの胸ぐらを掴んでいた。


今なんて言った、こいつは今誰を腰抜けだと言った、誰が…腰抜けだと…!


「…私の母を、馬鹿にするな」


「お前の母はあーしだ」


「違うと言っている、お前は私の母親でもなんでもない!この外道!」


「ッ…親に向かって…!」


次の瞬間には私は逆にモースに掴み返され、この体が…軽々と片手で持ち上げられる。


「なんだその口の聞き方はァッ!!」


「ゔっ!?」


目まぐるしく変わる視界、それが静止した時…私は瓦礫に包まれ倒れていた。投げ飛ばされたんだ…モースに、そして民家に突っ込み粉砕したのだ。


なんて怪力、私の数倍はあるぞ…!


「ッ親じゃない!お前は親じゃない!」


「じゃかぁしゃぁっ!!テメェの育ての親は母親にそんな口聞けって育てたのか!」


「私の母親は夢見の魔女リゲル!それ以外存在しない!」


「こンの…あーしがどれだけお前を想ってるか!どれだけの時間をかけてお前を探していたか!ちょっとくらいあーしの…親の言うことくらい聞けッ!」


「親じゃない!」


「ッ平行線だな…!じゃあいい!お前をボコボコにぶちのめしてふん縛って!その後キチンと言葉の使い方ってのを教え直す!」


…どれだけ優しい母親として振る舞っていても、性根は山賊。頭に血が昇れば平気で子供に手を上げるし、その教育法にも暴力は用いられる。こんな酷いやつの血を私が引いているわけがない!


瓦礫を押し退け両手を広げレスリングの構えをとる…と同時に、モースもまた両拳を地面に叩きつけスモウの構えを取る。


やる気だ…なら、やってやる!!


「発気よぉい…!」


来る…!


「残った!」


と思った瞬間には既にモースは私の懐に潜り込んでいる。あの図体でなんて俊敏さ…!しかも。


(低い…!)


凄まじく体勢が低いのだ。普段誰よりも高い位置にあるはずのモースの頭が今は私の股下に…そしてその状態で突っ込んでくる。下からカチ上げるようなタックルに対し私が出来るのは迎え撃つ事だけ。


でも、組み技は私も得意!掴みかかってくるなら都合がいい!


「ッふんっ!」


「ぬぅぅんっっ!!」


ドスン!と音を立てて大地が縦に揺れる。私とモースの力と力がぶつかり合い組み合っているのだ。互いに足に力をこめて相手を押し飛ばそうと怪力と怪力が鍔迫り合いを行いギリギリと地面が悲鳴を上げ、世界がやめてくれと命乞いするような轟音を鳴り響かせる。


なんて重さだ…、こいつ足が地面に根を張ってるんじゃないかと疑ってしまうくらいビクともしない、私がこれだけ押してるのに…全然。


「そりゃ、レスリングってやつでごすか?」


「ッ…!」


「はっ、こんななまっちょろい技をお前の育ての親は教えたでごすか。あーしなら…お前をもっと強く出来た!」


ぐっ!とモースが私のベルトを掴むと共に足をかけ重心を揺さぶると共に。


「そら!外掛け!」


「うわっ!?」


この私が、呆気なく地面に転がされ…。


「『山鳴四股』ッ!」


転がった私に降り注ぐのはモースの足。大きく開いた足を落雷の如く倒れる私の上に落とし。地面ごと私の体を粉砕する。


「ぐぶふぅ…!」


「オラ立てよ!誰に生意気言ったか教えてやるよ!」


完全に頭に血が昇ったモースは血を吐き悶える私を更に持ち上げ。


「オラァッ!『地獄一本背負い』!」


グルリと背中に乗せたまま腕を引き私の体を放り投げ地面に叩きつける。その圧倒的腕力と壮絶な技量、この二つが合わさり生み出される破壊力はカストリア大陸を揺らす槌の如く大地を鳴動させる威力を発揮する。


「ぐっ…ぅぐ…!」


地面に叩きつけられ痛みを感じながらも立ち上がる、寝ていたらさっきの四股が飛んでくる。起き上がらないと…その一心で起き上がれば。


「っ…!」


先程の一撃の反動だろうか、揺れた大地によって周囲の建物が崩れている。街を形作る民家が崩れている、その瓦礫の隙間から民間人が這い出て悲鳴を上げながら逃げ回っているのが見える。


…東部に来てから、こんなのばっかりだな。


「…周りの人達が……」


「余所見するなッ!あーしを見ろ!あーしを!」


「ッ貴方は!この光景を見ても何も思わないの!」


「知らん!他人のことなんざどうだっていい!!」


その瞬間飛んでくる張り手をガードで受けるが、そのガードの上から私の体が張り飛ばされまた瓦礫に突っ込む。


こいつ、何処まで自分勝手なんだ…!街を破壊して…いや、それは私も同じか、この街で戦いを始めた以上私も同罪…。


「ネレイドォ!弱くて話にならんでごす!弱過ぎる!そんな軟弱に育ったからくだらない偽善を嘯くようになってしまったんでごす!その根性叩き直してやる!!」


「ッ…!」


怒りの形相でこちらに向かってくるモースに対して、私は歩むことさえ悩む。このままここで戦えば…街を壊すだけなんじゃないのか?私がモースを取り押さえて直ぐに戦いを終わらせられるならいいけど…。


多分、それは出来ない。


(モースは…強い)


ジャックと同格の魔人モース。あのラグナでさえジャック相手には死に物狂いでやってなんとか勝ちを収めた形になる。そんな私がモースに勝てるのか…!周りに被害も出さずに…私が!


「オマケに戦いの最中、迷いも見せる。通す我もないのか…!」


「通す…我…」


「なんもかんも足りないでごす!」


向かってくる、またあのタックルが来る。タックルで掴まれたら何も出来なくなる!掴まれちゃいけない!


「移ろう虚ろを写し映せ『一色幻光』!」


「なっ!」


咄嗟に放つのは古式魔術。モースの目には私の姿が無数に分裂して見えたことだろう。そんな中幻惑を身に纏い惑うモースの背後を取り…。


「これが、母が私に与えてくれた力だ…!」


「っ!?いつの間に背後に、幻惑魔術か!…小癪な!」


背後をとりモースの下腹部に腕を回し、デウス・スープレックスを構えを取るが…。


ここから持ち上がらない、モースを持ち上げられない!


「ッ〜〜!動かない!?」


「甘い…!あーしが簡単に投げられると思ったら大間違いでごす」


こいつ、体重移動させて私に重芯を捉えさせないようにしてるんだ。その手腕と技量…思わず上手いと心からの賞賛が漏れてしまう程にモースは武人として卓越している。


そんな風に呆気を取られた瞬間、モースが背後の私の肩に腕を回し、そのまま足を払い。


「『背負い投げ』!」


「ぅぐぅっ!?」


脇で背負うように投げられ頭から地面に叩きつけられる。投げようとしたのに逆に投げられた…。私の技が…通じない。


「半端でごすな、レスリングにしても幻惑にしても、その体躯と怪力があってこそ成立しているだけ…同じ体躯とそれ以上の怪力を持つ相手に、お前は無力極まりない」


「っ…」


「お前の師匠は、とんだ間抜けでごす。その恵まれた肉体を前にして教えたのが幻惑魔術?…アホらしい、魔女ってのも大したことないでごすなぁ!」


悔しい、苦しい、許せない、誰よりも母の技が馬鹿にされているのに…それを黙らせることできない私の弱さが許せない。


違うんだ、母の幻惑魔術は本当は強いんだ。私がそれを活かし切れていないだけなんだ…!母の教えは何も間違ってない。私が弱い…それだけだ。


だから…だから私は…!


「ふぅ〜…さて、分かったでごすか?ネレイド。あーしはお前の母、親に勝とうなんて無理なんでごすからこれに懲りたらもう生意気な口を利くのは…」


「魔力覚醒『闘神顕現・虚構神言』!」


「あ?…」


何やら語ろうとしていたモースの言葉をガン無視して、発動させる魔力覚醒。全身から霧を吹き、その霧を身に纏い…世界を騙す虚構を作り上げる。


騙され惑わされた世界は私の霧にありもしない現実を一時的に付与する。例えばこうやって霧で巨大な腕を作り出せば、物理的干渉のみならずそこに付随する腕力と重量が生み出される。


本来ではあり得ない家一つ握り込めるぐらい巨大な拳が、モース一人を狙い打ち抜くように放たれる。余所見をして上機嫌に勝った気になっていたモースには回避する時間が残されておらず。


大地が割れる音と共に、モースの体が吹き飛ばされ。数度地面をバウンドして止まる。


…彼方まで吹っ飛ばす気だったのに、全然飛ばなかった…。


「はぁ…はぁ、私を育てた母は間違ってない…私は…母の教えの正しさを証明するためなら、誰にも負けない…!」


「……………」


地面に倒れ伏したモースは何の事もないかのように直ぐに立ち上がる。普通の人間なら手足が砕け肋骨で内臓がミキサーされていてもおかしくないくらいの衝撃だったに…、立ち上がってから軽く土埃を払えばそれだけで元に戻ってしまう。


傷が…見当たらない。


「…ネレイド……」


「…っ」


「お前、手加減してやってりゃ図に乗りやがってこの野郎…!お前はあーしの娘なのに!なんであーしにばかり逆らって他人の教えばかり気にする!なんで…なんで…!」


「ヒステリックに付き合うつもりはない」


「お前…!!」


そう言って再び詰め寄ろうとしたモース、だが…遂に騒ぎを聞きつけたから教会から魔女の弟子達やカイム達モースの部下が飛び出してきて惨状を目にして驚愕する。


「お、おいおいネレイド!?こりゃどう言うことだよ!」


「モース様!?何故娘様と殴り合っているんですか!」


そして止めに入る、私とモースの間に入り待て待てと、これ以上殴り合うなと。だがそれで止まるモースではない。


「退け!カイム!こいつに母親への口利き方を教えてやらないと!」


「モース様…」


「ラグナ、こいつ外道だよ…!許せない!」


「マジかよ…もう喧嘩したのか」


はぁと一つため息を吐くラグナは、チラリとモースの姿を見た後…。


「ネレイド、気持ちは分かるが今は抑えてくれ、折角アルトルートを取り戻せたのにこれ以上こいつらと戦ったらまた奪い返されるかもしれない」


「…そうだけど!」


「モースとやり合って、それで勝てるか?」


「ッ……!」


ラグナは分かっているんだ、私達中で唯一三魔人と戦った事のある彼だからこそ、今この場で三魔人と戦う事のリスクを。


以前、ジャックとラグナが戦った時は…周辺の島々が少なくとも五つ以上は沈んだ。しかも作戦を用意して、事前に準備して、その上で運が絡んでのようやくの勝利。


今ここで…モースと戦って勝てるか。私は魔力覚醒を使ったのにモースには大したダメージを与えられていない。オマケにこのまま続ければカイムとアスタロト…そしてダアトが混ざってくる。


私達全員でもなんともならないダアトとそのダアトを吹き飛ばす怪力のモース。ラグナを技量で上回るアスタロトとそれを更に上回るカイム…これら四人を同時に相手するのは得策じゃない。


…勝てない戦いはすべきじゃない。全てを投げ打ち賭けに出るべき瞬間ではないのだから。


「分かった…やめる」


「よし、…じゃあ」


チラリと今度はモースを見遣る、先程は戦いを止めてくれたモースは今や誰よりも戦いたがっている。牙を剥いてギリギリと怒りを剥き出しにして…すごく怖い。


「モース、あんた娘と会いたがってたんだよな」


「そうでごす!だけど…いやだからこそソイツに礼儀を教えてやらないといけないでごす!」


「それで怒ってると?」


「だからそうだと…」


「本当にそれだけか?」


「ッ………」


ラグナの言葉にモースは目を見開き、咄嗟に視線を逸らす。それはつまり…私に怒っている理由は言葉遣い云々だけではないと?確かにそれだけで怒るにしてはかなり過激だと思ったが…他に理由なんて。


「…そうかい、色々あるんだな。ともかくここで手打ちにしてくれ、これ以上続けられると俺達も死に物狂いで戦わなきゃならない。何人か死人が出るかもしれない、そしてこっち側に死人が出たら俺は手段を選べない…そっちもそうだろ?」


「……ああ」


「そして俺たちには互いにまだするべき事がある、だよな?」


「お前は随分聡明でごすな、人を頷かせるのが上手い…腹が立つくらいに」


「お褒めに預かり光栄だよ。んじゃあ帰ってもいいよな」


「好きにするでごす、だがネレイド…あーしの言葉は覚えておけよ。死にたくないなら…東部を離れるでごす」


「……………」


私はその言葉に背を向けて、拒絶を示す。その答えを見たモースもまた何も言わず…私達はこの場にて離別を選ぶ。離別だ…分かりあう気など毛頭なかったが…やはり私達には繋がりなど生まれようはずもないのだ。


私はモースを許さない。彼女を認めない。例え血の繋がりがあろうとも…それを断ち切る程には私達の価値観には違いがあるのだから。


「………ネレイド」


そんなモースの呟きに聞こえないふりで答え、…私は。私達は、一時モース達のいるこの街を後にするのだった。


……………………………………………………


「…モース様、あれでよかったのですか」


馬車に乗り込み消えていくネレイドの後ろ姿を見送り、私はカイムの言葉に静かに頷く。


よかったかどうかなど分からない。けど…私はこうするより他なかった。


「下手な芝居だなモース、言葉遣い?礼儀?お前がそんな事で怒るとは思えん」


アスタロトが痛い指摘をしてくる。私は今しがたネレイドと…愛する娘と戦った。この手で打ち据え投げ飛ばし叩きのめした。アイツの言葉使いが親に対するそれではなかったから…と言う理由でだ。


滑稽だよな、山賊の私が躾まがいの暴行とは。山賊の暴力に意味はない、意味などあってはいけない。壊す事と奪う事しか出来ない私達が暴力の一つ一つに理由をつけていたら動けなくなるくらいには、私たちという人間は暴力に満ちている。


…分かっていたよ、ネレイドが私を母と認めないことは。認めたがっていないことは。だから私は彼女の望むままに振る舞うことにした。


あの子は、私がクズとして在る事を望んでいた。私がどうしようも無いクズなら心置きなく憎めるのにと…私に向けて複雑な顔を向けていた。…だってあの子は今や民を守る将軍でごすよ?あーしの娘が…人々を守る立場にいるんでごすよ?


誇らしいと同時に、諦めもついた。私はあの子に愛してもらえるわけがないだろうと。確かにネレイドを売り払ったのはナールだ、だがそれ以前にあの子を売り払ったのは…あーしなんだから。


だからあーしはネレイドを遠ざけることにした…、まぁ…理由は他にもいろいろ在るが。


「…ん?なんですか?」


「なんでもないでごす」


ダアトは私の視線に聡く反応する。この場では思考することも危ないか…まぁいい、やることに変わりはない。


「…ネレイド、お前は立派に育った。強く逞しく優しく正しく…私の望む在り方そのままに。お前を育ててくれた魔女リゲルに無常の感謝を述べるでごす」


でもね、ネレイド。悲しいけど…復讐をしたい気持ちは嘘じゃないんでごす。


私と貴女の時間を奪い、その上でのうのうと生きる奴等が許せない。神など居ないこの世にて…神の存在を嘯く全てが許せない。


だから私は…取引を飲んだのだから。


「…さ!もう思い残す事は何もないでごす。あーしらはあーしらの仕事を…始末をつけるでごす」


「はい、モース様」


「フッ、覇気が宿ったな。面白くなりそうだ」


「……………」


『やり残した事』は終えた、ならば後は『やらねばならぬ事』だけだ。あーしはお前さえ生きていてくれればそれでいいんでごすよ、ネレイド。






(ようやく、流れが定まり始めた。モースとネレイドから迷いがなくなった…なら、そろそろ動きますか。何やらモースも私に不信感を抱き始めている様なので)


そんな中ダアトは一人頷く、そろそろ物見遊山気分はやめた方がいいようだ。久しく与えられた時間…、だがこれ以上長引かせるのは良くない。私にはまだバシレウス様の修行をしなくてはいけないんだから。


何やら聞けばバシレウス様。私の不在を狙って天番島に襲撃を仕掛けたらしいですし、仕事を終わらせて帰らないと次は帝国本土に襲撃をかけそうだ。


そう自分の中で理由を作ったダアトは、まるでチェス板を前にする様に…冷酷に。


「それでモースさん?ちょっと向こうでお話ししませんか?」


「あ?…別にいいでごすが」


「それは…よかった」


よかった、モースさん。貴方が娘を愛する道を選ばなくてよかった。貴方が愛を求めぬ悪鬼羅刹であるならば………。


……………………………………………………………


「つまりモースは…ジズの命令を受けている、って事?」


「ああ、その可能性は高いだろうよ」


馬車に乗り込み、アルトルートを連れてガイアに戻る私は、ラグナの話を聞いてちょっとびっくりする。


ラグナは言うのだ、モースはただ私の態度に腹を立てただけではなく、その腹の底にはまだ別の目的があったと。


ガラガラと音を立てて暗闇を進む私たちの馬車の中、ラグナはソファに座りながら続ける。


「モースはネレイドさんの言葉遣いにキレて、価値観の相違から激怒し、襲ってきた…ってのがさっきの喧嘩の全容だよな」


「うん」


「言葉遣いでキレるくらいならもっと早く、別のことにキレてるだろ?襲撃かけてんだし。まぁそいつにはそいつの許せないラインがあるんだろうが…モースのあの感じはそれとは少し違った。きっとネレイド…お前を突き放すため態とやったんだろう」


「………」


「そして恐らく、そう思い至らせたのは…ジズの仕業だろう」


ジズ…ジャックとモースと同じ三魔人の一人にして世界最強の殺し屋。そしてマレフィカルムの八大同盟でもあるアイツが今回一件にも関わっていると言うのだ。


そもそも私達がジズの影に脅かされるのは初めてではない。…前回の冒険、ジャックの時もそうだった。


「ジャックが言ってた、ジズから取引を持ちかけられて、その見返りとして手を貸す約束をしたと…。モースにも粉掛けてるって話は聞いてたし、多分モースもなんらかの取引を受けたんだろう」


「その結果、モースは今ジズの言う事を聞いて動いてるって事?…なんの取引をしたのかな」


「決まってるさ。ジャックは自らの命と尊厳を放り捨てでも『夢』を願った。ならモースも同じだ、自分の命と尊厳を差し出してでも…見つけ出したかったもの、それをジズに願ったのさ、それは…」


「……私か」


モースは半生を掛けて私を探していた、娘である私を…。その為にジズと取引をした…モースが求めたのは私、ジズが求めたのはジャックと同じマレフィカルムへの加入。多分ダアトがいたのもその関係だろう…。


すると、今日は色々動いてややお疲れのデティがバッとクッションから起き上がり…。


「ん?それでなんでモースがネレイドさんを襲うの?」


そう聞くのだ、確かにジズと関わってるからって私達を襲う理由にはならないな…。とデティの疑問が投げかけられた瞬間、女子用寝室の扉が開き。


「それは…既にモースがジズの命令を受けて動いているからだろうな」


「メルクさん!」


「うっ、あまり大きい声を出さないでくれ…頭に響く」


頭を抱えて苦痛に悶えながらフラフラと寝室からメルクさんが現れる。『マスターと離れたくない!』と暴れるメルクさんをそのまま寝室に押し込んで休ませていたのだが…。


「その感じからすると、目が覚めたか?メルクさん」


「ああ、ダアトをマスターと見間違えるとは…いやあれは見間違いというレベルではないな。私の記憶ではこの視覚は確かにダアトをダアトとして捉えていた、しかし脳がダアトをマスターであると認識していた…恐ろしい力だよ、識とは」


「ともかく元に戻ってよかったよ」


「嗚呼、…なんかいつぞやもこんな事があったな。私こんなんばっかだ」


ダアトに改編されていた識別はダアトの言う通り時間経過で元に戻ったようだ。魂に刻まれた大切な記憶はダアトの力を持ってしても一時的にしか改変出来ないようだ。まぁ…それでも一時的には変えられるのが恐ろしいところではあるが。


「それよりメルクさん、モースがジズの命令を受けてるってどういう事?」


「ああ、飽くまで私個人の推理の話になるが。モースが言う東部の破滅は多分モース自身の復讐心に加えジズの命令でもあるんじゃないかと思うんだ」


「そうなの?」


「確認したわけじゃないからなんとも言えんが、それなら色々合点が行く点はある。例えばネレイドを襲ったのはこの命令自体から遠ざけたいから、そしてダアトがその行動に力を貸してる点、ジズもダアトもマレフィカルムの人間だからな…となればモースに力を貸す理由も分かる」


「つまり、モースはジズに東部の破壊を頼まれている。それが娘を探す事に対する対価のようなものなんじゃないかな、その上でモースは復讐心も持ち合わせてるから…まぁある意味モースとジズは利害が一致しているとも言える」


モースは東部を許せない、そこにジズの頼みが加わって…復讐心に『理由』と言う火が点火された。だからこそ彼女はガイアの街を襲ったり東部全体に山賊を練り歩かせているんだ。


「でもさ、だったら尚のことジズの言う事聞く必要ないじゃん。もう娘は見つかったんでしょ?ここにいるじゃん、なら言う事を聞く必要はないと思うんだけど」


と…デティは私を指差す、ジャックの時と同様言う事を聞く理由がなくなればモースは東部を破壊するのをやめるだろう。…けど多分、違う。そうじゃないんだ。


事実ラグナはそれを否定するように首を振り。


「違うな、見つかったからこそモースはもう引き下がる事が出来なくなった」


「…どう言う事?」


「ジズから仕事を受けて、結果娘が見つかった。そこにジズの働きかけがなかったとしてもジズが掲げた取引目標は達成されてしまった、結果的にジズはモースとの約束を守ったことになるんだ…ならモースも約束を守らないと取引の意味がなくなる」


そうだ、私達はジズの働きかけ関係なしに出会った。だが結果としてジズが仕事を与えた後目的が達成されてしまった以上…ジズとの契約は履行されたものとなる。


ジャックで例えるなら、取引を終えた後偶然海の秘宝を手に入れたようなもの。なんかたまたま目的達成されたからお前との契約はなしな?とするにはジズは強大過ぎる。だからモースは私と出会ってしまった時点でもうジズの言う事を聞くしか無くなってしまったのだ。


「だからもうモースには東部を消滅させるしかない、…けど、その前にせめてモースはネレイドを東部から遠ざけたかったんじゃないかな。せっかく出逢えた娘を巻き込みたくないから…だから変ないちゃもんつけて襲ってきた」


「…………」


「複雑かもしれないけど、多分こう言う事だと思うぜ。モースがネレイドを娘として愛してるのはマジっぽいし…」


「親ならば、そう言う決断をするかもな。まぁ私は幼くして両親を失ったから分からんが」


「私もー」


娘か…。まぁどうあれ私はあれを母として認めていない。だって結局マレウス東部を破壊しようとしている事に変わりはないわけだし。何より奴が今まで行ってきた所業は変わらない。


……けど、私にも…あの血が流れている…んだよね。


「…あの、よろしいでしょうか」


するとアルトルートさんが神妙な面持ちで話し合う私達の間におずおずと入ってきて…。


「ああ、いいよ。どうした」


「助けていただいてありがとうございました、まさか本当に助けに来てくれるとは」


「助けに来るに決まってるだろ?守るって言ったからな。まぁ一度は守りきれなかったわけだが…」


「いえいえ!そんな!助けていただいただけでも…って、そうだ。モースが東部を破壊しようとしていると言う話は聞きましたか?…その、どうしましょう」


「どうするって…」


チラリとラグナがこちらを一瞬見たかと思えば…。


「止めるさ、なんとしてでも。モースにも言い分があるようだがその行動の結果に『人が死ぬ』と言う一点が混ざっている時点でそれは咎められ止められるべき暴挙だ」


「ああ、と言ってもまだ奴等の計画の全貌も分からないわけだが…、まぁそこは寺院に戻ってからゆっくり話そう」


「そだねー!」


「…………うん、止めようね」


…止める、モースの行いは暴挙だ。糾弾され咎められるべき暴挙…なら止めるしかないし、何より…私にはアイツを絶対に止めなければならない理由がある。


だって、私なんだから。モースが東部に恨みを抱くに至った原因は、私なのだから。だからテシュタルの従順なる僕でありモースを動かす原因となった私にはアイツを何が何でも止めるべきであるという使命がある。


…止めないと、何がなんでも、絶対に…確実に。


「………」


ソファの上で膝に肘を置くラグナは…ギュッと握られた私の拳を一瞥し、目を伏せ─。


「ジズは、何故東部の破壊をモースに命じているんでしょうか」


ふと、いきなりメグさんが口を開く。ああ…そう言えば彼女もまた三魔人と因縁を持つ者の一人だったか。前回も今回も…事件の裏にジズの影が見え隠れしていると言うのは、彼女も心中穏やかではいられまい。


「さぁ、メグさんは何か分からないのか?」


「……ジズの殺しのスタイルは一度見たことがあります。アイツは派手に殺す事を嫌います、殺し痕跡も必要最低限、なるべく自死・病死・事故死に見せかけるのを美徳とするクズ野郎です。そんなアイツが…東部全域の崩壊を望むとは思えません」


「確かに、殺し…とは少し違うな」


「でも…その、メグさんの時は正面突破で城の人間皆殺しにしたし、そう言うこともあるんじゃない?」


「あれもあれで少しおかしいんですよ。ジズの力があればあんな…態々見せつけるような惨たらしい殺し方をせずに、一夜で城を無人に出来た。だから思うのです…今回はあの時と同じ何かとんでもない事をしようとしているような、そんな気が」


…嫌な事を思い出させるようだが、メグさんの両親を殺した時ジズは派手に殺した。それは彼が本来嫌うやり方の筈だったんだ、そしてそれは今回も同じ。東部全域を消し飛ばせば派手に人が死ぬ事になる。


ならばそこからジズの狙いも見えてくるのではないか。前回、ジズがメグさんの両親を殺した結果どうなったかと考えれば…。


当時の宰相ウィリアム・テンペストが死に、その後任としてレナトゥス・メテオロリティスが宰相の座に就いた。それがレナトゥスの意図したところからどうかは分からないが結果的にそうなった。そしてその後マレウスは大きな変革の道を歩むこととなる。


じゃあ今回は?…分からないが少なくとも言えるのは。


「また、マレウスをひっくり返そうと…いや、端的に言おうとすりゃ国家転覆か」


「こ、国家転覆!?」


ラグナの言葉にアルトルートさんが両手で口を覆う。


まぁ国土の四分の一が吹き飛べば国家転覆どころではない気もするが。少なくともジズの大目標はそこにある気もする。ジャックで海路を塞ぎ、東部の崩壊でマレウスにおける大勢力の一つテシュタル真方教会を消し去る。ジズがやろうとしている事はどれも大それていてマレウスにとってマイナスにしかならない事ばかり。


…マレウス・マレフィカルムという組織はマレウスに居ながらマレウスそのものの味方ではないのかな。彼らの事がよくわからない。


「前回の事を考えるにただの破壊が目的とは思えないし、その辺どう思う?メグさん」


「いや知りませんよ…、私別にジズ有識者とかジズ専門コメンテーターとかそう言うのではないので」


「だよな…」


結局のところ奴等の目的は分からない。ジズが絡んでいて放置すると良くないことしか分からない。けど放置出来ない事自体は分かっているんだ、ならば止めるしかない。


「さぁて…、ここからどうするかなぁ…」


ラグナは一人、ソファに深く座り込み、頭を抱えるように後ろで手を組み腕を枕に天井を見上げる。


何をするにしても、何もかもが足りない。私達はどうすればいいか…それがまだまだ判然としないのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] うっ…親衛隊… 探していた娘が将軍になっていたのを喜ぶどころか育て親にまで感謝している程だなんて、二人とも歩み寄れれば良いけど憎まれ役を辞めることはなさそうなのが辛いところ
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