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孤独の魔女と独りの少女【書籍版!8月29日発売中!】  作者: 徒然ナルモ
十四章 闘神ネレイド、炎の大一番
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449.魔女の弟子と母子の出会い


知識のダアト。モース大賊団の食客として招かれ力を貸す存在。ただでさえ強く手に負えないモース大賊団をより強固に、より凶悪に仕立て上げているのがこいつだ。


何より特筆すべきはその体、一切の魔力を持たない…いや持たないように見えるその体は常に気配や動きを悟らせず、まるで空気か何かと相対しているような…不可思議な感覚を覚えさせる。


こうして目の前にしているのに、全く緊張感を覚えないのは…そのせいか。


「さぁ行きますよ、諦めるまで。懇切丁寧にへし折ってあげましょう」


モース大賊団が根倉としている廃教会へ、アルトルートを助ける為突入を仕掛けた俺たちの前に突如現れた知識のダアト。その圧倒的実力の前に…俺達魔女の弟子一行は完全にその進撃の勢いを挫かれていた。


「ネレイド!」


「うん!」


目の前にはカイムもいる、アスタロトもいる、どちらも放っておいていいレベルの強者じゃない。だがダアトはそもそも無視させてくれないレベルの絶対強者だ。こいつをなんとかしないと後ろの扉には到達することすら出来ない。


故に俺とネレイドは息を合わせて一気にダアトに飛びかかり。


「容易い…」


しかし、一瞬ダアトの瞳が煌めいたかと思えば…次の瞬間には目にも留まらぬ速度で飛んできた拳に打ちのめされ俺とネレイドは迎撃され…て…。


「ぅ…ぐぉおおおおお!!」


「おやまぁ」


拳を受けても怯むことなく突っ込んだラグナのタックルをヒョイと飛んで回避するダアト。不意を突かれてもなおも動じることなく的確に回避する先に待っていたのは。


「『エウポンペ・クローズライン』!」


ネレイドの腕だ、巨木を振り回すが如く勢いで振るわれる腕が飛び上がり無防備なダアトに降り掛かり…。


「安易、安易なのですよ貴方達の動きは」


「ぅぐっ…」


刹那の煌めきの如き速度で撃ち放たれた銀の杖での刺突により逆にネレイドが吹き飛ばされラグナとネレイドの猛攻は呆気なく潰される。


「ラグナ!…っ!燃えろ魔力よ、焼けろ虚空よ 焼べよその身を、煌めく光芒は我が怒りの具現、群れを成し大義を為すは叡智の結晶!、駆け抜けろ!『錬成・烽魔連閃弾』!」


「メグセレクションNo.70『地上制圧型魔装 雨襖』!!」


「貴方達の動きは手に取るように分かる」


そんなラグナ達を助ける為メルクとメグの援護射撃が雨のように降り注ぐが、ダアトはそれに対して一瞥もくれることなく銀の杖を頭上で高速回転させて全て弾き返す。


「貴方達の連携は点を線で結んでいるだけだ。一塊ではない」


「ぅるせぇっ!!」


「全員の動きが連動しているが故に一つ点に注視していれば全体を把握出来る、だからこんな風に防がれるのです」


完璧なタイミングでのラグナの不意打ち、死角から飛んできたラグナの蹴りを片腕で防ぐダアトを前に弟子達は成す術もない…と言った様子だ。


「この…!」


「ラグナ!抑えてて!」


「ラグナ様!私も入ります!」


「魔力を一切感じないのに、何故こんなに強いんだ…!」


「撃て撃てー!」


ラグナが食いつくようにダアトに拳を振るい、そんなラグナを手助けするようにネレイドが剛力を振り回し、本来はエリスが入るべき場所に代わりにメグが入り、あちこちに時界門を開きまくり縦横無尽に攻め立てる。


そしてそんな三人を援護するように烽魔連閃弾による援護を行うメルクリウスと魔術の嵐で牽制を行うデティ。


その五人の動きを寸分違わず避けて、避けて、避けて。体を反らしその場で跳ねて腕を振るいダアトはその座標から一切動くことなく魔女の弟子の連携を完封していく…。



その様を外野から見ているカイムは…静かに剣を鞘に収める。


「ん?カイム…どうした、お前はダアトの援護をしないのか?」


「…くだらん、興醒めだ」


アスタロトの問いにくだらないと返す。ああそうだとも、くだらないんだ。


ラグナ達は強い、そんなラグナ達がまるで子供扱いを受けている。きっとあそこで戦っている魔女の弟子達をモース大賊団の五隊長に置き換えて同じ結果になる。


まるで、猫同士の喧嘩に獅子が乱入してきた感覚だ。当然猫とはラグナでありカイムだ。その両者の戦いに巨大な獅子が遊び半分で混ざってきた。そんな感覚に興が醒める。


奴がいるなら、我々が態々身を削って戦うなんて馬鹿らしい。もうこの場は奴に任せてもいいだろう。


「熱拳…」


「させません!」


「ぐぶふぅ…!」


そして遂に今、ラグナが倒れた。拳を放とうとした瞬間を狙った膝蹴りに胃液を吐き出し崩れ落ちる。ネレイドとメグも肩で息をして膝を突いており…ただ一人戦っていたダアトには砂埃一つ当たっていない。


「ッ…衝爆陣!『武御名方』ッ!」


そんなラグナ達を助けようとナリアがペンを走らせるが…。


「待ちなさい」


「あ…」


ナリアがペンで陣形を描き切る前に、一瞬で彼の前に移動してきたダアトがペン先を摘み動きを封じる。ナリアが両手でペンを掴み必死に動かそうと力を込めるも、指二本でペン先を摘むダアトにまるで敵わずペンは虚空に停止したまま微動だにせず。


そんな必死なナリアをクスリと笑って微笑んだダアトは、静かにもう片方の手をナリアに差し出し。


「寝てなさい」


「ぎゃんっ!?」


デコピンだ、それだけでナリアの体が垂直に横に飛び、壁に激突し大穴を開け…その中で崩れ落ちるナリアは動かなくなる。


それを助けに行けるものはいない、全員が倒れた…ダアトの前に、魔女の弟子達が全滅したのだ。


「時期尚早と言わざるを得ない。私の相手が…ではなく、貴方達の旅そのものが。我々を倒す?結構難しいと思いますが?」


「これが…識の力」


デティは歯を食い縛る。やられたと地面を叩く。


デティはこの戦いの趨勢を見てほとほと理解していた。ダアトという人間の強みを。


それは動きを読ませない魔力秘匿能力と…相手の先を読む識の力。そうだ、やはりダアトは識の力を使えるだ、それもエリスちゃんが超極限集中を発動させて漸く使える未来予知に似た情報解析をダアトは平常時から常に使い続けている。


こちらは相手の動きを察知出来ないのに相手は常に答えをカンニングしながら問題を解いているような状態。これじゃあそもそもの所から勝負にならない。


こちら側にいくら戦力があってもダメだ、ダアトに勝つにはダアトと同じ識の力を使える人間が必要だ。


そして、今現在判明している限りでは…ダアト以外に識の力が使えるのは世界で唯一…エリスちゃんだけ。


「で?まだ続けますか?」


「っ…!」


デティは周囲を見回す、見事に全員が散らばっている。治癒しようにもこうも散らばっていては回復効率が下がる。恐らくダアトはここまで把握して私達を分断して戦ったのだろう。


そこまで気を配って戦っても余裕…か。どうしよう、これ本当に帰った方がいい気がする…けどそうなったらアルトルートさんは…。


「デティ…」


「メルクさん?」


すると、私と同じく後衛を務めていたメルクさんが膝を突きながら冷や汗をかきつつ…こちらを見て。


「ラグナを回復させろ、その後にネレイドだ。回復の隙は私が作る…」


「それって…」


「ああ、私が全力で奴を数秒抑える…!」


「し、死なないでよ。絶対に」


「分かっている…」


自分が奴の隙を作ると口にしながら立ち上がるメルクさんに最低限の応急処置を済ませ、再びダアトと相対する。


しかし、ダアトはそんな事見抜いてるとばかりに笑い。クルリと杖を一回転させ…見抜いた上でこちらの考えに乗るようだ。


「諦めが悪いですね、弟子はみんなそうなんですか?」


「ああそうだ、どんな事があろうと諦める事などしないさ。それがマスターの…師の教えだ」


胸に手を当て大きく息を吸い直し、出来れば使いたくなかった奥の手を切る。ここにはカイムもいるしアスタロトもいる。何を考えているのか傍観に徹しているアイツらの目がある。この場では出来れば切り札は使いたくなかったと思いつつも…最早これしかないとメルクリウスは覚悟を決め。


「擬似魔力覚醒!『マグナ・カドゥケウス』!」


「む、魔力覚醒…いや擬似覚醒か」


覚醒に至るまで行かずとも、片足だけその領域に一時的に突っ込む荒技…擬似覚醒『マグナ・カドゥケウス』を使う。これがメルクリウスという人物にとっての切り札だ。


無尽蔵の錬成能力に加え、錬成物に概念を付与する事ができるマグナ・カドゥケウスを用いて翡翠の王冠とマントを身に纏うメルクリウスはダアトと相対する。


「驚いた、そこまで高めながらまだ覚醒に至っていないとは。いや…まだ不足しているのか」


「お前などこれで十分だ!錬成!『鬼の狩籠』!」


一瞬でダアトと自分、そしてそれらを以外全てを遮断する糸の巣を作り出しダアトの移動範囲を絞る。


「行け!!デティ!」


「うん!」


同時に動き出すデティとメルクリウス、デティはラグナたちを回復させるため…メルクリウスはその時間を稼ぐ為。共に疾駆する。


それを前にしたダアトは…『ふぅ』と静かに息を吹き。目を見開く。


(『認識強化』)


その瞬間、ダアトから見た全てがスローになる。銃を抜いてこちらに狙いを定めるメルクリウスも走り出したデティも、自らも。


エリスが『極限集中状態』と呼んでいる認識強化状態を開眼しダアトは注意深く観察する。


(メルクリウスが発動させた擬似覚醒は身体強化は一切されていない半端な覚醒…、デティフローアの足は短く疾走は遅い。デティフローアがラグナとネレイドの二人を完全回復させるのに必要な時間は凡そ十一秒。私がメルクリウスを倒すのに必要な時間は凡そ十秒…ですがあの目をした人間は簡単には倒れてくれない。私の目安では十二秒間たっぷり攻撃しないと倒れてくれませんね。困りました、一秒オーバーです)


遅延する世界の中ダアトは熟考を重ねる。ここでデティフローアに完全回復を許せばより一層状況は悪くなる。ならデティフローアから狙うか?


(無理ですね、メルクリウスが展開したこの網…小癪ですがフォーマルハウトが得意とする概念錬成に片足を突っ込んでいる。糸一本一本に『不壊』の概念が詰まっている…破壊にかかる時間は二十秒。論外)


メルクリウスを倒さなければこの網は壊せない。中々に良い手を初手で打ってきたな。


これではまたラグナとネレイドが回復して、その間にメルクリウスが回復して…無限ループです。誰かが倒れてもデティフローアが治す、これが不完全とは言えあのシリウスを倒した無敵の布陣ですか。


もしかしたら、万が一…億が一、私も押し込まれてしまうかも。


(仕方ありません、あんまり使いたくないですが…)


そう決意を固めた瞬間、再び世界は加速し元の速度を取り戻し─────。


「錬成『破壊旋風』!!」


「ッッ!」


展開された網の中でメルクリウスが無数の銃口を作り出し一斉にダアトを狙って集中砲火を繰り出す。錬金術師らしい数任せの戦法だ。


メルクリウスは思う、防がれるなら防ぎきれない量をと。回避されるなら逃げ場を覆いほどと。物は多ければ多いほど良い。それがフォーマルハウトが得意とする圧倒の物理戦法であると。


しかし、その物量を前にダアトは的確に弾幕の隙間に飛び込み高速で飛び回り回避を重ねる。


「くっ!脱兎か貴様は!錬成!『炎火大蜷局』!」


弾丸ではダメだ、そう悟ったメルクリウスは咄嗟に部屋を覆い尽くす量の火炎を錬成し一気にトグロを巻くように回転させる。


がしかし、メルクリウスは見る。炎に飲まれる寸前のダアトが…真っ直ぐこちらを見据え、膝を曲げているのを。


(しまった!失策だ!これは!)


その瞬間メルクリウスは自身の失策を悟り全力で飛翔する。


失策だ、いつもの癖で物量で覆い尽くそうとしてしまったが…覆い尽くしたらダアトが見えない。魔力を感じられないダアトを視界から外すのは愚策の極みだった!


「『一閃』!」


刹那、炎を突き破り光の槍の如き速度で突っ込んでくるダアトがメルクリウスに向けて飛んでくる。避けられるはずも無い速度、迎撃出来ない加速。


メルクリウスの飛翔を読んだ角度の一撃が的確に鳩尾を抉り…。


「フッ、そう来ると思っていたよ!」


「む…!」


しかし、来るのは分かっていたんだ。どうせ避けられないのは分かっていたんだ。だからこそメルクリウスは全身に走る衝撃を堪えながらダアトの腕を掴む。


「こうすれば!自慢の速度は活かせまい!」


それは捨て身の拘束。自身を敢えて打たせた上で相手を掴み離さない。倒すことではなく時間を稼ぐ事が目的だからこそ出来る芸当にダアトは忌々しげに表情を歪め。


「やはり、こういう目をした者は侮れない…!」


「このまま私諸共石に変えてやる…!」


ごぽりと口元から血を吐きながらギュッとダアトの腕を掴み錬金術を発動させようと魔力を高める。いくら殴られても離さない、いくら蹴られても離さない、今のメルクリウスは苦痛では動かない。


ダアトが逃れる術はない…が。


「誇りなさい、貴方達は私の思惑を悉く潰す…その手腕を」


ゆらりと…ダアトはのもう片方の手が開かれ。怪しい輝きを秘めていた。


何かされる、直感的にメルクリウスはそう思ったが…チラリとデティを見るとまだラグナの治癒の最中。今ここで手を離すわけにはいかない、ならば…甘んじて受け入れるよりない…!仲間のためならば、師の尊厳の為ならば、死など決して怖くはない!!


ギュッと口元に力を入れたメルクリウスの顔にダアトの手が覆い被さり。


「『認識改変』」


「ッぐ!?がぁっ!?」


その瞬間メルクリウスの頭がまるで打ち鳴らされた銅鑼の如くガンガンと揺れ視界が淡く染まっていく。瞳孔がバチバチと痺れ全身の筋肉が硬直し…そして。





「メルクさん!!!」


「メルクさん!大丈夫か!」


治癒を終えたラグナが立ち上がる頃には既にメルクさんはダアトに何かされ、呆然と立ち尽くし脱力していた。


何かされた、間違いなく何かされた。だが何をされた?そんなある種の恐れを抱きながらもデティとラグナは立ち止まりメルクリウスの様子を注視する。


「ダアト!テメェ!メルクさんに何しやがった!」


「貴方たちは揃いも揃って、いくら痛め付けても倒れてくれない…だからこうするより他ないでしょう」


「メルクさん!しっかりして!!」


「………あ?ん?私は何を…」


するとデティの声に反応してメルクさんはハッと意識を取り戻し、まだ痛む頭を抱えて周囲を見回し、その痛みの原因たるダアトを目に入れた瞬間…顔色を変え。


「ッ!」


動いた、目の前にいるダアトに向けて動いた…が。違う、攻撃ではない、メルクさんが取った行動は。


「ッこれは!失礼なことを!」


「へ?」


ダアトに向けて片膝を突き、跪くと共に銃を置いて…敬意を示し始めたのだ。


何が起こっているんだ…、何故メルクさんが。そんな…。


「誤ってでも貴方に銃を向けてしまうなど、一生の不覚です…お許しを、マスター」


「マスター…って、何言ってんだよメルクさん!あんたのマスターはフォーマルハウト様だろ!」


「ラグナ?何を言っているんだ、フォーマルハウト様なら居るじゃないか…ここに」


そう言ってメルクさんはダアトを指差すのだ。…メルクさんにはダアトがフォーマルハウト様に見えている?まさか…これは。


「識の力か…」


弄られたんだ、認識を。エリスが知識を奪われたようにメルクさんは認識を強制的に塗り替えられ戦意を奪われたんだ。


「ええ、これが識の力…だなんて、エリスさんのお仲間である貴方たちにいう必要はないでしょう。本当はあんまり使いたくない力なんですけどね、疲れるので」


「エリスも…メルクさんも、元に戻せよ…」


「言ったでしょう、疲れるからあんまり使いたくないと…。メルクリウス、貴方はここで待機していなさい、何があろうと動くことを禁じます」


「ハッ!マスター!」


「目を覚ましてよメルクさーん!!!」


何よりも厄介な力だ、これが識確の力か。師範達をして最も恐ろしいと言わしめた識の力とは、ここまで恐ろしい物なのか。


識は人である以上逃れようがない存在だ。知識を奪われれば何も出来なくなる、認識を書き換えられればダアトを正しく見ることも出来なくなる、意識を弄られれば…どうなるかさえ分からない。


そのせいで…エリスどころか、メルクさんまで…!!


「この、いい加減にしやがれぇッ!!」


「ッ…!プッツンしましたね!」


咄嗟に蒼乱の雲鶴を発動させ、闇雲にダアトに突っ込み教会の外まで押し飛ばし、開けた場所でのダアトとタイマンすることを選ぶラグナ。


そして、その場にはダアトの命令で静止したメルクさんと、倒れ伏した仲間と…デティだけが取り残される。


「……で?どうする?」


「あう!」


ビクッとデティが肩を揺らす。先程まで沈黙を貫いてきたカイムが口を開いたのだ。ダアトがこの場からいなくなった以上…また同じように戦うが?と。


しかし、今この場に戦える存在はいない。エリスちゃんとアマルトは留守番、ネレイドさんとメグさんとナリア君はノックアウト、メルクさんに関してはもうあれだし。


「っっ〜メルクさん!目を覚まして!目を覚ましてよ!」


「目を覚ます?起きてるが?」


「そうじゃなくて!戦おう!?」


「だがマスターがここを動くなと…、マスターにはきっと何かお考えがあるのだ。彼の方を信じよう、デティ」


「あーもー!」


ダメだ!メルクさんは至極正気だ!ただフォーマルハウト様とダアトを見間違えているだけで!それ以外は平常なんだ!だから私がどれだけ呼びかけても認識が変わらない!


人の認識は治癒じゃ治せない、間違って計算式を覚えてる人の頭に治癒をかけても意味ないように私じゃメルクさんの認識を治せない!!どうしようー!!!


「仕方ない、乗り気ではないが…山賊のアジトに乗り込んできたんだ、死ぬ覚悟くらいは出来ているよな」


「ひぃー!!まッ!待った!命乞いさせて!」


「断る」


「お助けー!!!」


もうダメだー!!と私が頭を抱えて蹲った…瞬間のことだった。


「騒がしいでごすな…」


そんな声が響き、カイムの動きが止まり…。


「さっきからドタバタドタバタ…やかましいでごすよ」


そう言って、そいつは奥の扉を開けて…現れる。その扉をくぐるような動きと天井に頭を擦り付けるような立ち姿。一瞬ネレイドさんと見間違えるシルエットに私は呆然と口を開ける…。


「ど…どどど、どでかぁ…!?」


「んん?どういうことでごすか、これは」


現れたのは巨人、痩せ細りながらも鋼の筋肉で体を覆う巨大な女。深緑の髪を腰まで垂らし、ブカブカのズボンを履いた…女。


ネレイドさんじゃない、けど…ネレイドさんみたいな…。


「モース様…!」


「モース!?この人が!?」

 

モースって、あのモースだよね。世界最強の山賊…あのジャックと対を成す陸の絶対悪。


ってことは敵の大ボス!?やばぁっ!?え?終わり?詰んだ感じか!?


「…………なるほど」


するとモースは周囲を見回し何があったかを察したようでガシガシと頭を掻き。


「襲撃者でごすか、剛毅なのは結構でごすが…覚悟、してきてるでごすよね」


「え?あ…そのぉ…」


「あーしらは山賊、山賊に喧嘩売った以上…骨の髄まで奪い取られても文句は言えねえでごすよ…!」


やばい、この人私のこと殺す気だ。それがありありとわかるくらい体中から殺気が満ちている…。その余りの迫力と気迫に私は動けなくなり…。


迫ってくる、モースの手が…私に…やば、死ぬ…死ぬ。


死ぬくらいなら…いっそ…。



「待て!!!」


「ん…?」


しかし、そんな私を守るように…もう一つの山が屹立する。


───ネレイドさんだ。傷だらけになりながらも立ち上がり、天井を擦ようにモースと同じ位置に頭を持ち上げ、対等の位置で睨み合う。


「ね、ネレイドさん…」


「大丈夫だよデティ、私が…守るから」


でも…この状況は、流石に…。そう思いモースをチラリと見てみると。


その反応に、思わず『え?』と言ってしまうくらい。意外な顔をしていた。


「───────」


それは驚愕。傷だらけのネレイドさんが立ち上がったから驚いたとか自分と同じくらい大きい女がいたことに驚いたとか、そんなレベルじゃない。


絶句だ、言葉を失うほどに…モースは目を見開き、ネレイドさんを見て固まっていた。そしてそんなモースの様子を見たネレイドさんも…ややバツが悪そうに、顔をしかめ。


「……何、さっきからジロジロ見て」


「あ…え?いや…え?…あ、あ…ああ…」


モースは震える手でネレイドさんの顔を指差し、ワナワナと唇を震わせる…。


どういう反応なんだ、表情もそうだが…今モースの体の中から溢れている感情はなんとも筆舌に尽くし難い。


『喜び』『悲しみ』『驚き』『怒り』『絶望』『希望』あらゆる感情がごちゃごちゃにかき混ぜられてよく分からない。こんなメチャクチャな感情を持てる人間なんかそうはいないし、こんな感情になる瞬間なんて人生にそうはない。


ただネレイドさんを見ただけで、モースはまるで自分の世界を砕かれたかのような感覚を味わい、呆然としている。


……何がどうなってんだ。


「あ、…あんた。名前は…」


「……ネレイド…、ネレイド・イストミア」


「歳は…」


「……25」


「親は…?」


「私を拾って育ててくれた…お母さんが一人」


「………………」


見合いかよ…。そのうちご趣味は?とか聞きそうな勢いだ。というかその質問の意義は?ってかなんかネレイドさん様子も変だぞ?


……なんか私を蚊帳の外にして話が進んでいる気がする。そんな疎外感を覚えている間にモースはあわあわと口を震わせ、頭を抱えたかと思えば。


「お…おお、おおおお…!」


涙を流し始めた。ボロボロと涙を流し嗚咽混じりの声でこう言い始めるのだ。


「ま、間違いない…間違いない、この子だ…あんたは、私の娘だ…!」


「っ……!」


「え?」


え?う?お?ん?…今なんて言った?私の娘?娘ってなに?どういう意味だっけ。私もダアトに知識奪われたのかな、意味がよく分からないんだけど…えっとですね、娘ってことはぁ…そのぉ…するってぇとぉ…。


「ぇぇええええええええええ!?!?!?ネレイドさんモースの娘だったのぉぉおおおおおおおおおお!?!?!?」


「ち、ちが…!」


「ぅおおおおおん!会いたかったでごすよぉ!ずっとずっと会いたかったぁ!私の娘!可愛い娘!愛してるでごすよぉ!元気で暮らしてたでごすか?怪我とかしてないでごすか?今まで寂しい思いをさせて悪かったでごすぅ!あーしは死ぬほどダメな…ダメなお母ちゃんでごすよぉ!!」


うおんうおん泣いて泣いて、大号泣を始めるモースにネレイドさんは何やら困惑しているようだが、いやいや…私の方が大困惑だよ。


さっきまで敵意に満ちていたモースから殺意や害意が消えて、代わりに心の底から溢れ出すような喜びが全身に満ちている。こちらを騙そうとしているとか謀ろうとしているとか、そんな小賢しい涙じゃない…。


あれは…。


「こんなに大きくなって、立派になって…あーしは…あーしはぁ…」


(本物の涙だ…)


サッとカイムを見ると彼も複雑そうな顔をしている。けど口を出さないってことは…え?マジなの?


確かにネレイドさんは拾われっ子で本当の親は分からない状態だった。だからこそモースが母親だという可能性も大いにあるし…何よりあの常軌を逸した肉体と背丈、親子ですと言われても納得がいってしまう。


「……違う、私は…」


けどネレイドさんは何やら否定したがっているようだ。まぁそんな声今のモースには届かないし、なんならモースはネレイドの体に刻まれた数々の傷にハッと気が付き。


「な!なんでごすか!この傷!あちこちに!だ…誰にやられたでごすか!」


「え……ダアトにだけど」


「ダァ〜アトだぁ〜?」


するとみるみるうちにモースの顔が怒りに染まり…、そこでカイムが動く。待て待てと手を出してモースを止めに入り。


「違います!モース様!こいつらはここに襲撃をかけてきたんです!貴方もそこは理解しているはずです!モースは私達と共に襲撃者の迎撃をしただけで…」


至極真っ当な正論、起こったことを的確に述べただけ…しかし、モースはギロリと肩越しにカイムを見下ろすと。


「カイム…今ンな事ぁどうだっていいんだよ。身内を傷つけられて黙ってる山賊が何処にいるよ。そこ退け…!」


「は…は…はわわ!」


いやどう言う反応…。なんかモースに睨まれてカイムめっちゃ嬉しそうなんだけど。なんで…?


「アスタロト!ダアトは何処だ!」


「表で赤髪の男とやり合っている」


「外だな…!…ネレイド?ちょっと待ってるでごすよ。お母さんがやり返してくるでごす」


「え?いや…ダアトは貴方の味方じゃ…」


「お前より大切な奴なんか、この世にいないでごす」


そういうなりモースはネレイドさんの頭をポンポンと撫でて、倒れ伏した山賊達を蹴り退けて玄関先の扉をベリベリと引き剥がし…。


「ダァァァァァァアアアアアアトォォオオオオオオオ!!!!」



「ん?」


「へ?」


外に向けて吠える。するとそこには市街地で災害みたいな戦いを繰り広げている最中のダアトとラグナが…。二人とも結構均激しい戦いを繰り広げていたようだが、ラグナは全身傷だらけで息が上がっているに対してダアトには目立った外傷が無いあたり…優劣自体は明白だ。


だがそんな戦いの最中、方向を上げたモースによって一旦二人の激戦は幕を閉じる。


「え?え?誰あのでかい女の人…ネレイドさん?じゃねぇな…」


「えっと、モースさん?どうされましたか?」


「…跡形も残しゃしねぇ…」


「ん?なんて?」


するとモースはダアトを視界に収めた瞬間、ドスンと…深く腰を落とす。


両拳を地面につけて足を開き尻を突き上げる、独特の構えを取ったかと思えば…溢れ出る、魔力の奔流が。はっきり言おう、格が違うと。アガレスもカイムも強いが…モースは格が違う。まるで山のような威圧と魔力。


同じだ…ジャックと同じだ!この人本当に世界最強の山賊なんだ!


「あの構え…スモウだ」


「え?知ってるの?ネレイドさん」


「………」


ネレイドさんは静かに語る。モースの使う武術の名を…『相撲』。遥か古の頃より存在する古式武術であり今は正式な後継者が潰えている筈の技。


真っ向から相手とぶつかり合い、真っ向から打ち合い、純粋なパワーとテクニックを瞬間瞬間で叩き込み合う剥き出しの闘争。それと全く同じ構えをモースは見せているのだ。


「…発気よぉい…」


「あ、やば…!なんかこっちに敵意向けてる…!」


咄嗟にダアトがラグナからモースに標的を変える。彼女に取っての危険度の高さの云々の話だろう。今目の前にいるラグナよりも…遠方で構えを取ったモースの方が、恐ろしいのだ。


モースの折り曲げた体に力が満ちる。鍛え上げられたカモシカのような足がメキメキと筋肉を膨らませる。ただ力んだだけで金属が擦れるような異音が響き…。


刹那、モースが更に深く腰を落とし。


「ッッッッ!!!」


モースの足元が爆裂し加速した!と思った頃には既にダアトの眼前にモースの掌が迫り。


「『神結』ッ!!」


「ッ剛の型『鬼哭』!!」


そして放たれるモースの張り手とダアトの掌底。それが激突し大地を砕かず大きく凹ませる…、あそこを爆心地として絶大な魔力が荒れ狂っているんだ。二人の魔力が激突し空間を軋ませている。


超常現象だと言える、あそこまでの力と力がぶつかる事をそもそも世界が想定していなかったのか圧縮された空気が灼熱を放ちバチバチと電流が放たれ、局所的に世界黎明の景色を再現したかと思えば…。


決着がついた…。


「ぅぐぅっ!さ…流石に貴方に真っ向からのパワー勝負で勝つのは無理か。それで衰えたとか…どの口で…」


ダアトだ、彼女がザリザリと吹き飛ばされ痛そうに突き出した手を振り膝を突く。あのダアトが真っ向勝負で勝ちを譲った…ラグナでさえ押し切れない相手を捉えて張り倒した。


「テメェ〜…あーしの娘に何してくれてんだこの野郎ぉ…!」


バシン!と一つ手を打ってダアトに敵意を向け続ける。


なんてパワーだ、下手すりゃパワーだけなら魔女様と張り合える領域にいるんじゃないかと思えるほどの超怪力。


「流石は当代唯一の大横綱、なんだかよくわかりませんが謝罪するので許してください。このまま貴方とやったら怪我じゃ済まなさそうなので…」


「…謝る相手がちげぇだろ。あーしの娘とそのお友達に謝りやがれこの野郎!!」


「……はい、申し訳ありませんでしたラグナさん。この通りですのでお許しを…」


「え?…えぇ、なんだこれ」


目を丸くするラグナとペコリと謝るダアト。それらを見て満足げに頷いたモースはクルリとこちらに振り向いて。


「あんたの敵はお母さんがやっつけておいたでごすよ!だからもう…安心でごす!」


と…最たる敵の代表例みたいな奴が笑顔を向けてこちらに言ってくるんだから、もうちんぷんかんぷんだ。


一体、何がどうなっているんだか。


……………………………………………………………


「ふぅむ、なるほど。つまりあんた達はアルトルートを助けにきた…ということでごすな」


あれからラグナ達は皆モースの誘いによって一時停戦。戦いが落ち着いたこともありデティによって全員の治癒を終え、一息。


首領であるモースが戦意を失ったこともあり他の山賊達もこちらを襲ってくる気配をなくした、唯一油断ならないのは…。


「マスター!マスターはこれを見越していたんですね!」


「ああいえ…その、マズい…面倒です」


「流石です!マスター!」


「…好かれてるんですねぇ、この方の師匠は」


ダアトだ、こいつはモースに従う義理がないからいつ襲ってきてもおかしくはないんだが。そのダアトによって認識を改変されたメルクさんに付き纏われてうんざりしている様子を見せるだけで何をするでもなくモースの隣に立っている。


本人曰く『モースさんがこれ以上貴方達と争うつもりがないようなので私も手を引きます。今度は本気で殺しにかかってきそうなので』とのことだ。まぁそれを何処まで信じていいかは分からないが。


「ともかく、そう言う事なんだ。アルトルートを解放してくれないか?」


「いいでごすよ、彼女には聞きたいことがあっただけでごすし…何より」


そうそう、もう一つ…言うことがあるとするなら、モースが俺達にフレンドリーな理由だ。


どうやら彼女は…。


「あーしの娘の友達の頼みでごす!母親として!叶えてあげるのはとーぜんの事でごすよ!」


ね!と満面の笑みを見せてくる。


そうだ、モースはネレイドの母親を自称しているのだ。それが事実なのか或いは何かの勘違いなのかはわからない。だがデティ曰くモース自身は嘘をついている様子はないそうだ。


…だがまぁ、俺自身の主観を述べさせてもらうならモースとネレイドの二人は異様なまでに似ているし、親子だと言われたらなんとなく納得出来るところはある。


「…だから!私は貴方の娘じゃないって言ってるでしょう!」


当の本人は否定してるけどな。まぁ〜でも親子ってのは自然と似通っていくものだ、ネレイドさんの巨体と圧倒的な身体能力。これらを持ち合わせる人間はそもそも少ない、そう言う点ではこの二つが符号する時点で怪しいし、何より。


「でもネレイド?あんたは生みの親を知らんのでごすよね」


「ま、まぁ…」


「それに歳も二十五…あーしの娘の年齢とも一致する。…あーしの背丈とアンテロスの…旦那の優しさの二つを受け継いでいる。あんたはあーしの娘でごす」


「うう…」


これだけの状況証拠が揃っているならまず間違い無いだろう。ネレイドさんの親が山賊の王だったとは驚きだが…なんの因果か巡り合わせか。


「ねぇねぇモースさん」


「なんでごすか?おチビちゃん」


「チビ言うなや!…と言いたいけどこの身長差なら仕方ないか…。じゃなくて!…モースさんって娘さんを探してたの?」


「ああ、そう言えばこちらの経緯を語ってなかったでごすな」


デティの質問に腰を深く落ち着けて、その場に座り込むモースはネレイドの顔をしみじみと見ながら語り出す。


「あーしには一人…娘がいたんでごす。本当に愛らしくてこの世の誰よりも愛していた娘が一人ね」


「けど捨てたんでしょ」


「手厳しい事を言わないでほしいでごすよネレイド。けど…そうでごすな、ネレイドの言う通りあーしはネレイドを手放した。けどそれは愛していなかったからじゃないんでごす」


「え…?」


「あーしは、こんな身の上でごす。あーしは選んで山賊をやっているからいい、けどこれから生まれてくる子供には…こんな道を歩んで欲しくなかったんでごすよ。だから…育てる資格のないダメな母親よりも寺院に預ける方が余程よいと考えて…お前をテルモテルスに預けたんでごす」


「私を…テルモテルスに…!?」


「そうでごす、ただその時の寺院の代表がナールって言うゴミクズ野郎で…そいつに騙されて気がついた時にはネレイドは奴隷として売りに出されていたんでごす。…こんな事なら最初から手元に置いておけばよかったと何度も思ったでごすが、お前はあーしが思うよりずっと…強く生きてくれたんでごすなぁ」


目尻に涙を浮かべるその姿に嘘偽りは見受けられない。本気でモースはネレイドの身を案じていたし、その成長を親として喜んでいるんだ。


ネレイドの太く逞しい指を手に取り、頬擦りしながら泣き笑う。


「こんなにいい友達に囲まれて、こんなに強く育って、いい人に拾われたみたいでお礼を言いたいでごす」


「私を拾ってくれたは…夢見の魔女リゲル様だよ…」


「なっ!?魔女様に拾われてたんでごすか!?…流石に魔女周りは探してなかったでごすが…そりゃ、すごいでごすなぁ!…ああ!もしかしてそれで魔女の弟子に?」


「うん…リゲル様は優しく私を育ててくれて、いろんな事を教えてくれた…」


「そうでごすかそうでごすか、今度、是非お会いして直接お礼を言いたいでごす」


…しかしこうして見ていると、モースは随分人のいい人物に思える。山賊ではあるものの親として情を持ち合わせ、自らの娘に涙出来る。そう言う部分ではジャックに似ているかもしれない、あいつも付き合ってみると案外気持ちのいい奴だったからな。


…こう言う人の情に漬け込むのは気が引けるが。


「なぁ、ネレイド」


「ん…?」


ちょいちょいとネレイドの肩を叩けば彼女が屈んで俺に耳を寄せてくる。そこに俺は小声で…。


「モースの今の様子はかなり友好的だ、こう言っちゃなんだが…お前の方から今回の一件について手を引くように言ってもらえないか?」


「私が?娘でもないのに?」


「別に娘である事を認めろってんじゃねぇさ、ただ…ネレイドの言う事なら聞いてくれそうだし」


「……………」


不服…って顔だな、でももしかしたらこの一件を平和的に終えられるかもしれないんだ。俺だって殴り合うのは好きだがそれは飽くまでそれ以外に解決法がない場合での話に限る。


別に殴らずに終えられるなら、それが一番だろう。


「ねぇ、モース」


「なんでごすか?ネレイド」


「…この街を占領するのをやめてあげて、貴方達がここに陣取ってると東部の物流が滞って民が飢えてしまう」


「ん?別にいいでごすよ」


「いいの!?」


「他ならぬネレイドの頼みならお安い御用でごすよ」


「じゃ、じゃあ…あれも元に戻せる?」


そう言ってネレイドさんが指差すのは…。


「マスター!まさかここでまたマスターと会えるとは光栄です!しかし何故貴方がマレウスに?手を貸さないと言う約束では?」


「……許して」


ダアトと認識を狂わされたメルクさんだ。それを指差し元に戻せるかと聞くとモースはいきなり怖い顔をしてダアトを睨み。


「おう、ダアト。元に戻してやれ」


そう命令するのだ、しかしダアトは小さく首を振り。


「嫌です、識を操る負荷がどれ程の物か分かります?凄く健康に悪いんです、出来れば使いたくないくらいには」


「テメェの身体なんざどうだっていい、あーしの娘がやれってんだよ、言う事聞けねぇのか」


「そもそも私は貴方の部下ではありませんよ…」


バチバチとダアトとモースの間で火花が散る。どうやらこの二人は一緒に行動しているだけで上下関係ってわけじゃないのか。


…ん?しかし、だとするとダアトの目的ってなんなんだ?


「はぁ、ご安心を?ネレイドさん。私がどうこうするまでも無くこの方は元に戻りますよ」


「そうなの?」


「ええ、先程から段々とここにフォーマルハウトがいるという事態の矛盾に気がつき始めている。本来はそういう細かな矛盾も押し潰せるのですが…どうやらこの方にとってマスターは心底大切な人の様子」


「勿論!マスターは私がこの世で最も敬愛する人物ですから!」


「こう言う真に大切に思う事柄は記憶に留まらず魂に刻まれる。私が干渉できるのは飽くまで認識の部分だけ…魂には関与出来ないので、そのうち魂の情報が表出して元に戻るかと」


「そうなんだ…、じゃあエリスは?」


「エリスさんですか?彼女は知識を纏めて消したのでどうとも。ただまぁ…彼の方も識の力を持つ人間なのでどうなるかは私にも分かりません。そのうち戻るかもしれませんよ、所詮一時凌ぎのつもりでやったので」


「そうなんだ、なら…よかった」


一応戻りはするのか。しかし恐ろしい力だな、魂に刻まれた情報には関与出来ないとされていながらも一時的にメルクさんをここまでおかしく狂わせてしまうとは。


これ、下手をしたらどんな使われ方をするか分からんぞ。この力を使えば敵に潜り込む事も…敵同士を仲間割れさせること自由自在だ。おまけにあの強さ…こいつに関してはどう対処していいのか未だに分からない。


「ま!ネレイドがそれで納得したならいいでごす!それよりご馳走を用意するでごすよ!今日からあーしも肉と酒解禁でごす!これほど嬉しい日はないでごすよ!!」


そう言って手をパンパンと叩くと教会の奥から大量の肉と酒が運び込まれてくる。歓迎の意を示してくれる…のだろうか。


ともかく、モースはネレイドに友好的だし。エリスもメルクさんもそのうち戻るらしいし。モース達もここから立ち退くようだし。


こりゃ、案外簡単に場を収められそうだな。


そんな楽観的な感覚を味わいながら…俺は、深く息を吐き落ち着くのだった。


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