445.魔女の弟子と山の怪物
「『土石流』!」
「『ファイアーウォール』!」
ガイアの街の中心で魔術を撃ち合うのは、モース大賊団四番隊隊長『山虎』のベリト。そしてネレイドの肩に乗ったまま杖を振り回すデティ。
魔女の弟子とモース大賊団の宵の戦いは煮詰まり始めていた。全てはアルトルートという女の身柄を掛けて。
「ぐぅぅ〜!アイツ強いんだけどぉ〜!」
「大丈夫?デティ」
クルクルと杖を手元で回し悪態を吐く、本当の想定ならもうとっくに倒せてるはずなのに、…あのベリトとかいう男。メチャクチャだ。
得意とするのは錬金術による齟齬を利用した崩壊。まぁこれを武器としてるやつはそれなりにいるよ、錬金術を会得した人間なら誰しもが『これをやればなんでも壊せるじゃん!』と思いつくわけだからね。
だが、それでも普通の錬金術が主流なのは、割りに合わないからだ。態と失敗しようとすると魔力を大目に消費しないといけない。それでいて少しの範囲しか崩壊させられないんだから…だったら炎なり鉄なりを錬成して攻撃した方が早えよ!ってなるわけだが。
こいつはそんな当たり前の思考にも行き着かず、崩壊一本で戦っている。普通に錬金術を使えばもっと強いだろうに、変なこだわりからか崩壊しか使わない。それでいて範囲は馬鹿みたいに広いからこっちの魔術を崩壊させて防御に回りつつ土石流を起こし攻撃まで仕掛けてくる。
それでいて戦闘の比重を攻撃二割防御八割で行ってくるからとにかくしぶとい。
(錬金術による崩壊は扱いが難しい分、対応するのは難しい。物質非物質問わず破壊出来るから…奴にダメージを与える方法は非常に限られる…)
正直私と相性が悪いのは感じてる。魔術戦の打ち合いじゃラチが明かないもん。
だから本当なら超高速で攻められるラグナかエリスちゃん、或いはアマルト辺りがアイツと相性がいいんだけど…。
(エリスちゃんは今寺院との方に行ってるし…ラグナは)
チラリと背後を見れば…そこには。
「はぁぁっ!!」
「どりゃぁあああ!!!」
飛び交う拳撃と剣撃、ラグナと一番隊隊長のカイムが相変わらず激戦を繰り広げている。もう周りの取り巻きは全員倒れ伏してるのにカイムだけがラグナに食らいついている。
ラグナが腕を振るえばそれだけで大地が揺れ、カイムが剣を振るえば周囲の建物が細切れになる。向こうは魔術使ってないのに魔術使ってるこっちより派手ってどういうこと〜?
こうなったら仕方ない。
「ネレイドさんごめん、任せてって言ったけど私じゃ無理そう。私がサブに回るから…」
「私が攻めるんだね…分かった」
ラグナはまだかかりそうだし、エリスちゃんはなんか様子がおかしい。誰もいないところで一人で魔術を撃って何もいないところで一人で戦ってる。何かがあった可能性が高いけどまずはこいつを倒さないといけない。
だからここはネレイドさんに任せようと耳元でコソコソ話をして作戦を変える。ネレイドさんなら私以上に戦えるはずだ。
よし、ここから反撃開始…………。
と、思ったところで、事態は急変する。
突如、目の前に広がる街並みが…見えない何かに吹き飛ばされるように形を崩し横へ横へ押し流され、吹き飛んだのだ。
「うわぁぁぁあああ!?!?」
「っ何!?」
その正体不明の現象はベリトを吹き飛ばし、ネレイドさんも慌てて背後に飛び巻き込まれまいと回避に走る。
なんだ、何が起こった?魔術か?多分魔術だろう。だが範囲があまりに広過ぎる。あれだけ広いと思えたベリトの錬金範囲の凡そ十倍近い規模が一気に吹き飛んだ。
新手か?…いやこの魔力は。
「ベリト!」
「デティ!何が起こった!」
それを後ろから見てたカイムは吹き飛ばされたベリトを救出に向かい、ラグナは私達を心配して駆け寄ってくるけど…いや何が起こったって聞かれてもこっちも困るんだけど。
「新手か?」
「分かんない、私とデティも混乱してる…。いきなり街が吹き飛んだ…」
「何?…どういうことだ」
そう私達が混乱していると、先程の見えない波に吹き飛ばされたであろう人が私達の前にザリザリと着地する。
「参りましたね、これほどとは…」
それは、黒い髪を揺らし 黒いコートを着込んだ銀の錫杖を持つ女性だった、いや誰?というか…。
「なんだアイツ、魔力を感じないぞ」
「え?魔力持ってない人?そんな人いるの?デティ」
あの黒い女、魔力を感じない。ちょっとしかないとかそんなレベルではなく全く感じない。完全なるゼロ…あり得ない現象だ。
全ての生命体は少なからず魔力を持つ、それは大小を問わず生きているなら魔力を持つし魔力を持たない者は生きているとは言えない。絶対にない、ありえない、生物である以上これは絶対に変わることはない。
なのになんで今目の前にいるのは奴は…魔力を持たないんだ。
「……おや?これはこれは、別のお弟子さんですか」
「っ…敵か!」
「ラグナ気をつけて、アイツ強い……!」
ラグナとネレイドが魔力を持たないあの女からの敵意に気がつき警戒するが、デティはそれどころではない。今目の前で起こっている現象がなんなのかを探るのに精一杯だ。
何故魔力を持たない、魔力を持たないよう人体改造を受けたタイプか?帝国にはかつて人工魔女ニビルなる存在が現れそれもまた魔力を持たなかったという。いやあれはそもそも魔力は持たないが外部からの魔力…つまりシリウスの魔力で動いていた。魔力を完全に持っていなかったわけではない。
ならあれも同じか?違う、ない。奴は自立した生き物だ。なら魔力を秘匿する魔術を使っているとか?それで魔力を感じられないだけとか。だったらまだ分かる…けど意味は分からない、そんなことをする意味は?隠密以外に価値はないしそもそもそんな魔術は私が知る限りではない…………いや待てよ。
…魔力を感じられないだけ?…そうか、そっか!まさか!あの人…うそぉ!?
「ウソォー!?そんな人間いるのー!?」
「ど、どうしたデティ!?」
「ががががが、学説がひっくり返る〜!?!?」
ぎょえー!と声を上げて危うくひっくり返りそうになる。マジで?マジのやつ?本当にそんな人いるの?いや普通に教えて欲しい…どうやって生きてるの!?
「おや私の体質…バレちゃいましたか?」
「やっぱりそうなんだね!ねぇ貴方!是非私とアド・アストラに来て!貴方の体を研究すれば救われる命が数十万とあるんだよ!だから…!」
「嬉しい誘いですが、無理ですね。私…マレフィカルムの人間なので」
「えっ!?」
「なので、ここらで魔女の弟子を数人くらい…消しておきますか」
その瞬間、マレフィカルムを名乗る女の姿がブレ…私達の目の前に現れる。速い…あまりに速い、加速魔術もなしにこんな加速をどうやって…ああそうか、この女の人が持ってる杖!どこかで見たことあると思ったら!
ああクソ!!!その手があったか!!!!
「デティ!気を抜くな!」
「あ!」
「遅い、剛の型!『神槍』!!」
キラリと煌めくような輝きと共に女は拳を握り、まるで槍でも突くかのような勢いで掌底を放つ。その威圧と勢いは私を竦ませる、魔力を感じないはずのその体から絶大な気配を感じ…私もネレイドさんも動けなくなる。
そんな中、ラグナは…。
「させるか!」
そう叫び私達と女の間に入りその拳を受け止める…がしかし。
「ぐっ、重いッ…!」
あのラグナが力で押される、アガレスの時のように技量で打ち負けたのではない…ラグナが最も得意とする分野で負けている。あの超巨大なレッドランペイジにも引けを取らなかったラグナが…女の細腕一本を両手で歯を食いしばって受け止めている。
「ほう、貴方がラグナ・アルクカースですね」
「そ、そういうテメェは…!!山賊じゃねぇな!どう考えてもお前カイムの百倍は強えだろ!かといってもモースにも見えないぜ?」
「ええまぁ、…私はダアト、知識のダアトですよ。覚えておいてくださいね」
ニコッと笑うダアトは…更に足に力を入れ。
「『繋の型』」
「っ!やべぇっ!デティ!」
「『打金』ッ!!」
更にもう一段階、ダアトの力が増加する。それはもう腕力ではない、別の何かに背中を押されるようにダアトが前へと進み、全力で受け止めるラグナの足を浮かせ…吹き飛ばす。
「ぐぅぅ!デティ!逃げろ!そいつには勝てない!」
その言葉を残し、街の果てまで吹き飛ばされるラグナを見送り、カタカタと震える。うそぉ…ラグナがワンパンでやられちゃったんだけど…。
「さて、次は…!」
「ネレイドさん!こいつから逃げよ!こいつ魔力を感じないだけで魔力そのものは持ってる!しかも多分、その出力も密度も私達の数千倍近いよ!」
「な!?そんな…!」
強い、ダアトは本来デメリットにしかならない体質を完全に武器に変えている。未だ人類が一度として成し得ていない事をやってのけて誰も持っていない未知の武器に仕立て上げている。
これは勝てない、何もかもが極限に近い段階にある。多分だけど…第二段階相当ではこの人には勝てない。生半可な第三段階でも勝てない、この人に匹敵出来るのはアド・アストラにはルードヴィヒ将軍しかいない。
「くっ、仕方ない…!移ろう虚ろを写し映せ『一色幻光』!」
「ほう、幻惑魔術…いえ古式幻惑魔術ですか」
咄嗟に逃亡へと走るネレイドさんは幻惑魔術を用いてダアトに幻影を見せ足止めし私を抱いて走り出すが…。
「ですが無駄です、『認識』」
「え…!?」
しかし、どういう原理か。ダアトが一瞥しただけで幻影は掻き消え真実だけが映し出され…。
「速の型…!」
ネレイドさんに迫る、真っ直ぐと迷うことも惑う事もなく、杖を放り捨て両拳を握りネレイドさんに飛び上がる。その速度はネレイドさんどころかラグナやエリスちゃんさえ遥かに上回る速度で…!
「ッデティ!逃げて!」
「ネレイドさん!?」
もはや逃げられないと悟ったネレイドさんは私を放り投げ…クルリと反転しダアトに突っ込んでいき。
「させない!傷つけ…させない!!」
「『五月雨』ッッ!!」
しかし、無情にもダアトの両拳が残像を残すほどの速度で幾度となく叩き込まれ。音速を超える連打はネレイドさんの体を超えその背後にある建物に拳型の跡を残す衝撃を放ち。
「ぐっ…ぐぶぅ…」
口と鼻から大量に血を流し、ネレイドさんが倒れるところを私は見る。信じられないことあのネレイドさんが一瞬で倒れてしまった。そしてこの段階にあってもまだダアトからは魔力を感じない。
…っ!まさか…。
「まさか、さっきエリスちゃんが戦ってたのって…」
「エリス?ああ、彼女ならもう倒しましたよ」
「え…!」
やはりそうか、だから私はエリスちゃんが一人で戦ってると思ってしまったんだ。ダアトの魔力は感じない、こうして目を離すとそれだけで存在を感じられなくなる。
つまり何か、エリスちゃんが実力で負け…ラグナは力で負け、耐久力が武器のネレイドさんが一瞬で倒されたってこと?
魔女の弟子の中でトップクラスの実力を持つ三人が?…こいつ一人に?
「さて次は貴方だけですが…」
「っ…」
「おっとさせませんよ」
咄嗟にネレイドさんを回復させようとするが、それを見越してかダアトはクルリと身を翻し私とネレイドさんの間に入り治癒の阻害を行う。速い上に私が何をしようとしているかも読んでいる。
……やばい、マジでやばい。これ…私達終わりか?私がもしここで奥の手を切っても今この人に勝てる気がしない。
「なんで、マレフィカルムがこんなところにいるのさ…」
「なんとなく貴方も理解してるんじゃないんですか?ジャック・リヴァイアには会ったんでしょう?」
「な、なんでそれを!?」
「私は物知りなんです、貴方達の動きは把握していますよ」
「まさか、それで私たちを殺しに来たの?私達の狙いを知って…」
「狙い?んん?ああ…マレフィカルムの本部を探してるんですか」
まるで、本読むかのように私を眺めなにかを見るダアト。そしてふむふむと頷くと共に…正解を言い当てる。なんだこの感覚…分からない。魔力を感じられないからこの人が嘘を言ってるのかカマをかけてるのかも分からない。
こんな感覚初めてだ。
「っ……」
「ですがご安心を、別に私は貴方達を潰しにきたわけではありません。ただ喧嘩売られたんで軽く懲らしめてやろうと思っただけです、だって私がなにもしなくとも…貴方達程度私が相手をするまでもないですから」
ねぇ?と彼女は倒れたネレイドさんを指す。悔しいが事実だ、エリスちゃんもラグナもネレイドさんも通じなかった時点で私達が八人結託してもこの人には勝てない。
こんなのがマレフィカルム側にいるなんて聞いてない…、こんな人がいるんじゃ私達…どうやってもマレムィカルムに勝てないじゃないか!
「さて、本当なら貴方にも痛みを味わってもらうつもりでしたが…どうやら時間切れなようです」
「時間切れ?」
「ええ、彼女が来ました」
彼女…そういえば、ベリトを吹き飛ばしたあの魔術。あれはダアトの物じゃない、だってあれが発動する瞬間私は別の人の魔力を感じたから。
つまり、ダアトは…何者かとの戦いの最中吹き飛ばされて、ここまで飛んできたってことか?ダアトが?吹き飛ばされて?
「ああ、ここにいましたか」
「…見つかっちゃった」
すると、ダアトは厄介そうに…崩れた家屋の向こうに目を向ける。するとそこには瓦礫の山の頂点に立つ存在が、ダアトとは正反対に絶大な魔力を漂わせ怒りを露わにしながら現れる。
あれは…。
「ケイトさん!?寝てたんじゃ!?」
ケイトさんだ、私達よりも先に宿のベッドで寝てたはずの彼女がダアトと相対している。まさかあの破壊もダアトを吹っ飛ばしたのも、全部ケイトさんが!?
いやいや彼女戦えないんじゃないの!?だから私達護衛にしてたんじゃないの!?
「はぁ〜本当に厄介ですねそれ、魔力を感じられないから軽く吹っ飛ばしただけで見失ってしまう。しかもその間に…随分好き勝手やってくれましたね」
「…本当はこのまま帰るつもりだったのですがね」
「はぁ?今更逃がすわけないでしょう。もっと痛い目みなさい…!」
「おい!ダアト!これはどういうことだ!」
「なにがあったんですかねぇ!」
すると、ダアトとケイトの戦場に更にカイムとベリトまで戻ってきてもうどえらい事になる。こりゃあもう私にはどうにもできませんよぅ…と怯えていると。当のケイトさんは。
「賊も来ましたか、丁度いい…全員纏めて吹き飛ばしてあげましょう」
「カイムさん、ベリトさん、彼女が先程の攻撃の正体…ケイト・バルベーロウですよ」
「なに?あれが?…噂に聞くよりも随分若いが?」
「それ説明するの面倒なので後にしてください。今は…あれから逃げることを考えましょう」
「逃げる?断る。我々があんな女一人に尻尾を巻いて逃げたとあればモース大賊団の名に泥を塗ることになる」
「……名前に泥、山賊が?」
「貴様…山賊に飯食わせてもらってる奴が何を言うか」
「あらら言われてしまいました、そして今我々は無傷で逃亡するチャンスを失いました。みんなで痛い思いをして一生懸命逃げましょう」
「だから逃げんと言っている」
三人だ、一級の剣士たるカイムと規格外の失敗錬金術師のベリトと…エリスちゃんたちをたった一人で倒せる隔絶した実力を持つダアト。この三人が相手だと言うのに…ケイトさんは怯まない、寧ろ滾るような瞳を覗かせ。
「お話はもういいですか?では…全員、折檻です」
トン…と一つ、ケイトさんは地面を突きながらその詠唱を言祝ぎ。
「『リクオルアトムス』…!」
「ッ……!」
刹那、再び世界が変容する。
まずドプリと音が立つ、周囲の瓦礫が地面に埋まり始めた…いやこの言い方は正しくないな。改めて言おう…『周囲の瓦礫が地面に沈み』始めたのだ。瓦礫どころかカイムやダアト達でさえ地面に膝下まで沈んでしまう。
「ッ…!なんだこれは!?沼か!?」
「違います、これは…物質の硬度をゼロに…!」
そう、リクオルアトムス…岩土魔術の最上位に位置する『硬度変化魔術』だ。これを受けた岩や土そして凡ゆる鉱石は硬度を失い水のように溶けてしまうのだ。これを使える者には剣も槍も意味をなさない…そんな魔術を。
ケイトさんは辺り一面覆うほどの規模で発動させたのだ。
「地面がべちょべちょに!?」
「ベリトさん!貴方は余所見をしないで!次に来る攻撃のレジストを!」
「へ?」
そう、ダアトの判断は正しかった。確かにこの魔術は凄いが…凄いだけ。これ単体ならば虚仮威しに過ぎない、そんな魔術を貴重なワンアクション…それも初手を使ってまで発動させた意味は一つ。
整えたのだ、場を…。ならば来る…そうまでしなくては使えない一撃が。
「はい、遅い。『ドゥオデキムスフルクシオ』」
杖を宙に浮かび上がらせたケイトさんは両手を上下から合わせ、互いの五つの指を合わせる形を取りながら魔術を放つ。
そう、魔術だ…魔術の筈だ。そうでなければこれは…一種の災害か。
「────────ッッ!?!?」
ケイトさんが発動させたのは水系魔術の中位に位置する通称『水流操作魔術』。本来は川などの流れを操作したり自前で用意した水を自由に操れるようになるだけの魔術…なのだが。彼女はなんとそれを水同然になった大地に向けて使用したのだ。
それによって発生したのはまさしく天変地異。大地がまとめてひっくり返りギュルギュルと螺旋を描き目の前の三人を纏めて吹き飛ばす。溶けた大地と共に砕かれた瓦礫がミキサーのように三人を切り裂き悲鳴さえも飲み込む大現象が起こり…。
「『セプテンデギムエダークス』」
両手を広げ上下から押しつぶすような形をとっての詠唱、世界はそれに従い目の前で荒れ狂う大渦を変化させ持ち上がった大地と抉れた大地…その二つ持ってして吹き飛ばされた三人を押し潰す。
その衝撃は街全体に響き渡り、まるで超巨大な爆弾でも爆裂したんじゃないかってレベルの轟音が響き渡るんだ。
デタラメすぎる魔術範囲、それにどれも直接的な攻撃力を持たない魔術を使っての範囲攻撃。あまりにも…あまりにも。
あまりにも…純然たる魔術師過ぎるよ。
「この程度じゃないでしょう?三人とも。というか…こんな老婆一人貴方達は仕留めることが出来ないので?」
「ッ…なんだ!なんなんだダアト!あの女は!」
「だから言ったじゃないですか、あの人は冒険者協会最高幹部のケイト・バルベーロウ。魔術王のなり損ないですよ」
降り注いだ地面を押し退けダアト達が這い出てくる。しかし先程までの余裕さはカイムには見られない。
そうだよ、カイムは甘く見ていたんだ。ケイトは確かに老婆だ、人間は老いれば魔力が弱まるし魔術も弱くなる。だからこそ老いた魔術師風情ならば赤子の手を捻るより簡単…な筈だった。
だが残念、目の前にいたのは普通の老婆じゃない。かつては魔術王に肉薄し当時の世界最強たるマグダレーナさんに匹敵するとも言われたもう一人の『元人類最強』。伊達じゃないんだよ、魔術を極め過ぎて後は魔女様の不老を模倣することしかやることがなくなった魔術師ってのは。
ケイトさんは未だに強い。それはもう疑う余地もない。
(というかさっきから魔術を放つ時にやってるあの仕草…もしかして『法印詠唱術』?うっそ…使ってる人初めて見た)
さっきからケイトさんが見せている不可解な指の動き、まるで印を作るようなあの動き、あれは法印詠唱術だ。デッドマンが使った手足法印術の元ネタとでも言おう古の詠唱術。
人は皆手から魔術を放つ。それは指先が最も血液が集中しつつ末端魔力が集まる部分だかだ。そこから撃つのが最も効率が良いのだが…更にそれを最適化させたのがこの法印詠唱術。
両手の指先を繋げて、その魔術の発動に最適化した形に体内魔力の流れを組み替え魔術を放つことで、通常の物より数段威力が高くなることが確認されている。ならばみんなこれを使えばいいんだろうが…これが難しいんだ。
まず両手を使うから杖を持てない、そして魔術一つにつき組む印の形が違うし印を組み上げる瞬間が適切なタイミングから0.02秒ズレるだけで意味がなくなる。これを全て覚え戦闘中に的確に組むのは至難の業。
それをケイトさんは杖を魔力で持つことで解決し、印を全て的確に把握しタイミングも形も完璧にして撃っている。
今から五十年くらい前に主流になってた筈のあの詠唱式…本では読んだことあるけど、マジでやる人初めて見たかも。
「チッ、仕方ない。あの規模の攻撃を連発されては被害が出る一方だ、ここは撤退する…そのために時間を稼ぐか」
するとカイムは鞘を捨て…剣を正眼に構えると共に魔力を集中させ。
「魔力覚醒『至天の炯眼』」
目を閉じたカイムの額に光り輝く瞳の紋章が浮かび上がる。魔力覚醒だ…アイツもやっぱ使えるんだ!
「ベリト、お前は部下達に撤退の合図を」
「わわ、分かりました!」
「ダアト、お前も魔力覚醒を使え。お前なら使えるだろう」
「嫌です」
「はぁ!?」
「ほら来ますよ」
「チッ!」
魔力覚醒を使用したカイムと撤退を始めるベリト、そして呑気に構えるダアトのに次なる攻撃が降り注ぐ。
「『ミトスホーミングレイ』」
ケイトさんは左手を皿のように広げ、右手を上から突き刺すように指を立てる印を組み、光弾魔術を発動させる。本来ならば光の球が浮き出て相手を追尾する破壊魔術…だがそこは元人類最強。
天の光がキラリといくつか光ると共に。雨霰のように超巨大な光弾が一気にカイム達に降り注ぐ。まるで流星群のようなそれはガイアの街を次々と吹き飛ばし消し飛ばしていく。
「ッ!デタラメな!ここまで強いか!冒険者協会最高幹部!」
しかし、そんな光弾を切り裂くのは瞳を閉じて第三の目を輝かせるカイムだ。なんとあれほど巨大な光弾を剣の一本で斬りはらいながら凄まじい勢いでケイトさんに向けて走っていく。
目を閉じているのに、あれだけボコボコの大地を的確に踏み抜いて剰え光弾まで切り裂くなんて、どんな魔力覚醒なんだ。
「おっと、こっち来た」
「お前は脅威だ!ここで狩る!」
「ふぅん、感覚器の強化…とはまた違いますね、魔眼を発展させた魔力覚醒ですか。珍しい」
クルリと宙に浮いた杖を剣のように振り回しカイムの斬撃を防いだケイトさんは、左手の親指を立てそれを右手で掴む印を取り。
「『エアコラプス』」
「ッ…!」
空気の凝固、及び圧縮だ。エリスちゃんの作ったエアロックよりも数倍は強烈な空気圧がカイムを襲う…が、本来は見えない筈の空気を読んだカイムは咄嗟にケイトさんから離れ圧縮された空気を剣の一振りで切断する。
もし、あそこでカイムが判断を間違えていたら。究極まで圧縮された空気圧に全身を押し潰され口から全部の内臓を吐き出していただろう。
「ほい『ビックバンインパクト』」
「な─────!」
そして、両手を重ねてカイムにかざすと共に放たれたインパクト系統最上位魔術、『最大衝撃魔術』の一撃を受けカイムの体が再び地面に埋まる。ついでに周りの地面も吹き飛ばし巨大なクレーターを作って────。
「見せましたね、隙を」
しかしそこで追撃をかけるのはダアトだ、持ち前の魔力を感じさせない体を使いケイトさんの隙を突き。背後に回りその杖を大きく振りかぶり…。
「剛の型『伐採』ッ!!」
「『フォーミュラーバリア』」
ズシンと大地が縦に揺れる。ダアトの一撃とケイトさんの作り出した防壁がぶつかり合い、行き場のなくなった力が大地を揺らしたのだ。
異様な光景だ、魔力を感じないダアトと絶大な魔力を持つケイトさんが互角に鍔迫り合いをしているこの状況。どちらも人として異質過ぎる。
「魔力を感じない体、厄介ですね。ですけど魔力が無いという事はこういう事されたら太刀打ち出来ませんよね」
「ッ…!」
「それ!『ラッシュインパクト』!」
バッ!と両手を広げた瞬間無数の衝撃波がダアトに向けて飛ぶ。本来なら魔力防壁に防がれるような一撃でもそれを持たないダアトにとっては防御しなくてはいけない一撃。故に咄嗟に杖を引いて防御に走るが…。
ダアトが苦悶の表情を浮かべる。
「ダメですね、パターン入っちゃった」
その言葉通り、先程のカイムのように防御に走った瞬間ダアトの足にケイトさんが魔術で作り出した触手…『ノクシャスカクタス』が飛びグルリと振り回した後地面に強く叩きつけ…。
「駄目押し!『カラミティデッドエンド』!」
両手の指を複雑に絡ませる印を組んだ瞬間地面に叩きつけられたダアトに天光が降り注ぎ街の三割が一瞬にして消失する。
そして燃え広がるガイアの街、その中心で両手を広げるケイトさんは…浅く笑う。
「ッ…と!」
そんな爆撃の中を駆け抜ける影、ダアトだ。今の一撃を避けたのか防いだのか、ともあれ彼女は死滅の光の中を突っ切って崩れ去った街の中を征き燃え盛る地獄を踏破し大きく迂回するようにスピードを上げる。
「無事ですか!ならもっといきましょう!大盤振る舞いです!ご馳走してあげますよ!」
足元の瓦礫に親指を押し当て血液を噴出させると共に吹き出た血を魔力で浮かせ、ケイトさんの周りに紅の小さな球が漂い始め。
「『マジックミラー』」
紅の球…宙に浮いた血液はケイトさんの魔力の中継地点となり、肥大化し人の頭程の大きさになったあたりでまるで意思を持ったかのようにそこら中を飛び回りダアトに向けて飛翔する。
「避けて見なさい『パーフォレイトイルミネイト』」
「っ…!」
宙を飛ぶ紅の球達は全てダアトを的確に追いかけ、ケイトさんの詠唱に呼応して光り輝く。と共に…その球の一つ一つから大地を焼く光線が無数に放たれる。
あの血で出来た球は全てケイトさんの一部なんだ。その一部を介して魔術を分裂させることにより自動追尾する発射口をケイトさんは作ったのだ。
あんな魔術の使い方、初めて見た。
「っよっと!」
しかしダアトもさるもので、四方八方から狙い撃ちにしてくる光線を全力で駆け抜けながら的確に回避していく。ダアトが崩れかけた家屋の壁を走り抜ければそれを追いかける球が次々と光線を放ち瞬く間に家屋は穴だらけになり炎上し爆裂する。そうなる頃には既にダアトは別の場所におり。
放たれる光線より速く走っているんだ、ケイトさんもダアトも凄まじすぎる。どうなるんだこの戦い。
「ほらほらこっちこっち!おいでおいで!」
ヒュンヒュンと速度を増して光線を放ちまくる血の球を寧ろ挑発するように手を叩きながら大地を蹴って壁を蹴ってクルリと身を翻しながら逃げるダアトには余裕の色さえ見える。
「ふむ、当たらないですね。なら…『オーバーライトフラッシュ』!」
攻め方を変える…というよりも更にケイトさんの攻め方が強引になる。一箇所集中の光線から拡散式の爆裂熱線へ切り替え手当たり次第にダアトに灼熱の光を浴びかける。
もはや雨と形容しても違和感のないその連射乱射を前にダアトは…。
「っとっとっと!…ここか!剛の型!」
幾度となくステップを踏んで灼熱の雨を全て回避すると共にクルクルと杖を振り回し、大地を突き抜き。
「『震天』ッ!!」
粉々に砕く。まるで地面の中に爆薬でも詰まっていたかのように大地が真上に破裂し辺り一面を巻き込む大爆発が発生し──。
「あ…!」
と思わず私は呟いてしまう。きっとケイトさんも同じように口を開けただろう、或いは舌を打っただろう。
土埃が舞い上がってしまった…つまり煙幕を張られたんだ。こうなっても本来なら魔力を感知し無限に追跡できるようにしてあるのだろうが…ダアトにはないのだ、感じる魔力が。
故に目で追って追尾するしかない。がしかしそれが今奪われた、ダアトを見失った。その為にダアトは目視で視認しにくい場所への逃げる為距離をとっていたんだ!
「速の型…『旋空』ッ!」
そして次に姿を現した時には既に遅く、空高く舞い上がったダアトさんがグルリと数度杖を振るい浮かび上がる血の球を全て切り裂き消し去っていた。
一瞬で攻略してしまった。ケイトさんの無敵と思われる魔術方式を…ここからどうするの!?とケイトさんを見やると…彼女は既に動いてた。
「『ヴァーミリオンブレイド』」
指で網を作り振り降ろすと共にダアトを中心にした大地が、街が、数センチのキューブ状に切り分けられる…超高密度の格子状の斬撃が降り注いだのだ。切り分けられた大地がバラバラと崩れ舞い上がる中、それさえ杖で防いだダアトが細切れの中ケイトさんを睨み…。
「『スターブレイカー』」
更に両手を合わせる仕草を取った瞬間崩れた大地が左右に盛り上がり壁となりダアトを挟み込み押しつぶし…。
「『ヴォルカニックバースト』」
両拳を合わせそれをそのまま突き出す…その印によって離れるのは超極大の熱線。直撃せずともその通過点は全て融解するような灼熱を帯びた光が真っ直ぐダアトを捉える壁に迫り…。
一瞬で跡形もなく吹き飛ばす…。こ、殺したか…!?
「まだですよね!知ってます!だから『ウルティマレボルシオン』ッ!!」
握った右手を更に左手で覆い隠し融解した大地を纏めて捻り上げ螺旋状に潰していく。まるで地面が絞った雑巾みたいに変形しダアトがいた場所を押し潰して…最終的にその圧力に耐えきれなくなった大地が粉々に砕け散り、焼け焦げた瓦礫が山のように積み重なる。
…デタラメぇ〜、全部知ってる魔術だけど知らない魔術みたいに強力だ。私も一応同じ魔術使えるけど同じことできないよ!?
これが…最強の座に近づき魔女様の領域にまで手を伸ばすことが出来た数少ない人類の一人…ダアトも強いけどこの人もデタラメすぎる。
「あははははは!久々に魔術ぶっ放してスッキリした〜ん!やっぱ派手にぶっ放して派手にぶっ壊すのが一番ですね〜!」
メチャクチャだな…、しかしそれにしても強いなケイトさん。マジで私達の護衛とかいらなかったんじゃ無いか?さっきから一歩も動いてないし。
それに敵の幹部もみんな倒しちゃったし─────。
「ふむ、やりますね」
「あら?」
え!?あれ!?ダアト!?生きてるの!?
瓦礫を押し退け、まるでなんのダメージもないかのようにペッペッと服の汚れを払うダアトに思わず私もケイトさんも表情を変える。
「フッ、もう勝ったつもりか?」
「あらら?そっちも?」
するとカイムも無事だったのか燃え盛る街の中から現れ第三の目でケイトさんを睨む。おかしい…あれだけの魔術が炸裂してたのに…。
「あらら?あら?おかしいなぁ、しっかり当てたのに全然ダメージがない」
「気がついてないのか?お前、さっきから攻撃を当ててはいるがクリーンヒットは一度もないぞ」
「ええ、派手に当たってはいますがダメージは大味ですよ。ちゃんと我々の事見えてますか?」
……え?当たってはいるけど、キチンと入ってないって事?いやいやあんな至近距離で撃ったのにそんなことあるはずが…。
「……しまった、老眼鏡忘れた」
そうだった!あの人老人だった!見た目は若いけど普通に肉体的に衰えてるお婆ちゃんだった!
そうか、一度もその場から動かずに戦っているんじゃない。動けないんだ!足腰に来てるから!
「さぁ反撃開始と行きましょうか、私も一張羅を汚されてカチンと来たので」
「あ!ちょっと待って!老眼鏡取ってくる!」
「ダメです、速の型『叢雨』ッ!!」
刹那、ダアトの足元が爆裂し今までとは比較にならない速度でケイトさんに迫る。ダアトの奴まだ力を隠してたの!?どんだけ手加減してたのさ!というかお前の天井はどんだけ高いんだよー!?
「まちょ!?『フォーミュラバリア』!」
「フンッ!」
一撃、超高速のダアトの蹴りが今度はケイトさんの防壁を粉砕する。さっきまでとはまるで馬力が違う…!やばい!やられる!
「一本、ですね!」
「タンマって言ってるのにー!」
「ダメです、剛の型…!」
更に拳を握りケイトさん目掛けダアトの必殺の一撃が…。
「ッッさせるかァッ!!」
「むっ!?貴方は…ラグナ・アルクカース!?」
しかしそこで飛んできてくれるのは、ラグナだ。遥か彼方まで飛ばされた筈のラグナがようやく戦線に戻ってくるなりまるで流れ星のような速度でダアトに突っ込みその体を吹き飛ばす。
「仮にもなぁ!俺らぁそこにいるケイトの身柄を守るって建前でここにいるんだよ!手ェ出したきゃ俺殺してからにしろや!!」
「貴方も貴方でタフですね…!」
しかもラグナ…『蒼乱之雲鶴』まで使って本気モードじゃん!なのにそれだけ本気を出してるのに今の一撃もダアトに防がれてしまった。
完全無欠か、ダアト…弱点ない感じかな!?
「『蒼拳天泣撃打』ッ!」
「速の型『五月雨』ッ!」
刹那、二人が地面に着地した瞬間解放される拳と拳、怒涛の殴り合い。もう私の目には何にも見えない。けど…こう…俯瞰で見たら若干ラグナが押されているようにも見える。
「速え…!やるもんだな、お前…ひょっとしたらモースより強いんじゃないか?」
「さぁどうでしょう。そもそもどうでもよくないですか?どっちが強いとか弱いとか、どれだけ強いか弱いかとか。結局挑戦を結実させられるか…力はそのためだけにある。競い合わせるのは暇人のする事ですよ」
「言ってくれるねぇ、あんた程の強者に言われちゃ反論出来ねぇよ」
「あらすみません…ねっ!」
「ぐっ!」
刹那、ラッシュの打ち合いを制したダアトの蹴りがラグナの側頭部を叩き抜き、ラグナの態勢が崩れ…るが。膝はつかない…寧ろ崩れた態勢のまま殴りかかりダアトに反撃にかかる。
「ッ…!」
その一撃はダアトの右頬を掠め…切れる。垂れる血をダアトは指で拭い、あからさまに表情を変える。
「一つ質問いいですか?」
「あ?なんだよ」
「貴方生まれは何処ですか?」
「は?アルクカースだけど」
「実は宇宙人だったりしません?それか別次元の来訪者とか、或いは異世界から転生してきたとか」
「そんなわけねぇだろ!俺ぁ純然たるアルクカース人だ!」
「にしちゃ…なんですかその潜在能力。戦いの中で成長するとかそんなまやかしみたいな事ホントに出来るとか常人とは思えません」
そう語るダアトは再び本を読むような目でラグナを眺め…眉を顰める。
「……マジですか貴方」
「ああ?」
「なんで貴方みたいな人が魔女の弟子やってるんですか。というかそもそも…弟子にする事自体おかしいですよ」
「何言ってんだよさっきから…!」
「……悪いことは言いません、貴方これ以上強くならないほうがいいですよ」
「嫌だね、直ぐにお前より強くなってやる」
「…………こいつも消したほうがいいか?」
その瞬間ダアトの殺意が漲り…………。
『ダアトさん!!カイムさん!!撤退できましたー!』
『よくやった!ベレト!おいダアト!逃げるぞ!』
「チッ…、やっぱりこうなるか。あーあー仕方ない、じゃ!逃げます!」
「あ!おい待て!ケイトさん!」
逃亡を始めるダアトやモース大賊団。それを追いかけようとするもダアトの速さは言うまでもない、追いかけるのは不可能と考えたラグナは咄嗟にケイトさんに声をかけるが…。
「待って、今待って、ちょっと待って、やった」
「は?何を!」
「腰、いわした。久々に本気出しすぎた…やばい、動けない」
「へ!?腰!?そんな老人みたいな…って老人だった!」
「ひっ…ひっ、やばい呼吸出来ない。この痛み…まさに魔女の一撃…」
ギックリ腰だ、どうやら周囲の戦況を確かめようと振り向いた瞬間腰をやったらしい。そのままの姿勢で冷や汗をダクダク流しながら微動だにしない彼女を見ているうちに…我々はモース大賊団を乗り逃してしまった。
「チッ、逃げられた…!まぁ仕方ない。おいみんな!無事か!」
「私は無事だよ!けどネレイドさんがやられて…見失っちゃったの。エリスちゃんもやられたみたいで」
「マジかよ、全部ダアトか?…マジであいつ手のつけようがないレベルで強いな…」
まだモース大賊団の面々は張り合うことができるだけマシだ。全員強いがそれでも戦いにはなる。だがダアトだけ明らかにレベルが違いすぎる。結局彼女だけ魔力覚醒を使ってなかったし…まだ力を隠してそうだったし。
ラグナもネレイドさんもエリスちゃんも通じない存在…そんなのが敵方にいるなんて、ちょっとどうしようもないかもしれない。
「…それより今は状況を確認する!デティはネレイドを探してやってくれ!」
「ぞぞ…そのー前に〜!私の腰〜!治癒してくだーさい!おねーがい!」
「あーはーい!」
そうだった、先にケイトさんを治してあげないとこのままじゃこの人ここから動けないよ。
そう思い慌ててケイトさんに駆け寄り治癒魔術をかけてあげる。しかし…この人がいなかったら危なかったかもしれない。情けない限りだが護衛対象に守られてしまった…。
「はぁ〜、治った〜」
「ケイトさんは治癒魔術使えないの?」
「それはヒンメルフェルトの仕事でしたからね…」
「そっか…」
そう言えば冒険者では僧侶が治癒魔術の担当だったな。若い頃はケイトさんに加え他にも伝説的なメンバーが一緒に戦ってたんだよなぁ、一緒に協力して。…ケイトさんの若い頃、いったいどれだけ強かったんだろう。
そう想いを馳せていると、瓦礫の向こうから慌てた様子の影が駆け寄ってきて。
「無事か!」
「助けに来たぜー!」
「敵は何処だ!」
「お、アルザス三兄弟」
アルザス三兄弟だ、三人とも体中に傷を作りながらも戦ってくれていたようで全身の汚れが彼らの戦いを物語る。その上でこうして助けに来てくれたのはありがたい…けどもう終わったんだよなぁ。
「悪い、もう終わったんだ」
「む、そうでしたか…しかし」
するとアルザス三兄弟は周囲を見回し、なにかを見やると。
「…街の半分が吹き飛んでいますが、一体なにと戦ったんですか」
「あー、それは…」
「………………」
ケイトさんはラグナから視線を逸らし、小さく口を動かし…『やっべ、やらかした』とか言ってる。どうやら戦ってる最中は街の状況とか気にしてなかったらしい…。
あんだけボカボカ大魔術ぶっ放しておいて何言ってんだこの人…。
「そ、それより!アルトルートさんは!?あいつらの目的はアルトルートさんなんでしょう!?山賊達が言ってましたよ!」
「ッ!そうだった!助けに行ったエリスがダアトに負けたってことは…!」
まずい、アルトルートさんが無防備だ…!
そう全員の背筋が凍った瞬間、アルザス三兄弟達から遅れて…もう一人、寺院の方から走ってくる。
…あれは、バルネア君だ。寺院にいるはずの子供の彼が…血相を変えて、走ってきて。
こういうんだ…。
「大変だ!アルトルートさんが…攫われちゃった!」
「ッ……」
その報告、そして戦い内容、街の惨状。全てを鑑みるに…出せる答えは一つ。
私達はどうやら、モース大賊団に完敗を喫したようだった…。